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インタビュー

『自分なりのこだわりを貫きたい』という思いに寄り添い、支えた38日間

数々のお看取りに寄り添ってきた望月さんが出会った印象的な方々。後編は、末期がんで在宅に戻り状態が厳しくなっても、自分なりの在り方・こだわりを貫こうとしたBさんの支援について語っていただきました。

自分のことは自分で

【患者Bさん】
60歳男性。膵尾部がん末期、肝臓・骨への転移あり。
化学療法を受けていた大学病院のソーシャルワーカーの勧めで、訪問看護を利用開始。
2020年9月3日から10月10日まで担当。

初回訪問の時、すでにBさんは瘦せて腹水がたまり、厳しい様相でした。病院から勧められての訪問看護開始だったこともあり、Bさんは「別に必要ないから」という口ぶりでした。

すでに食べられない状態だったBさんは、「食べないと体力がつかないから」と、化学療法のために造設されていたポートからの高カロリー輸液を希望されました。訪問看護では、輸液の管理などを行うことになりました。

Bさんは、「とにかく自分のことは自分で」という人でした。訪問医が腹水を抜いたら5リットルも出るような状態だったのに、「お風呂も自分で入るから清潔ケアは必要ない」と言うのです。

一般的に、在宅療養する男性は、奥様に頼り切りになりがちです。ですが、Bさんは奥様にも手を出させないようで、初回訪問の時、奥様はひと言も発しませんでした。

高カロリー輸液も、自分で動けるよう点滴ポールではなく、携帯用バッグを使うことを希望されました。それも、看護師が用意した後に自分で確認して入れ直すなど、几帳面な人でした。


『這ってでもトイレに行く』という強い意志

高カロリー輸液を入れれば、どうしても腹水は増えるので、Bさんは苦しかったと思います。
それに、間もなく消化管が閉塞して、イレウス症状が出てきたことも厳しい状況でした。
消化液がたまると吐き気を催しますが、Bさんはとにかく寝床では吐きたくなかったのでしょう、輸液のバッグを持って、トイレに駆け込み、吐いていました。

どう見ても、Bさんにはサポートが必要な状態でした。
しかしBさんは、サポートは受けたくない、ポータブルトイレを置くのも嫌、自分で這ってでもトイレに行こうとする人でした。
訪問看護は1日おき、ないし連日訪問していましたが、最後まで訪問介護は利用しませんでした。

状態の厳しさを、Bさん自身もわかっていたと思います。しかし、それは決して口にされません。どうしたいのかを私たちに訴えてくることもありませんでした。
Bさんは、看護師に必要な情報を尋ね、それを受け止めるというスタイルの人でした。

入院と再度の在宅療養

嘔吐症状はその後もどうにもならず、Bさんの希望で2020年9月21日に一度入院しています。
そのときも、Bさんは「病院に行けば、どこで吐こうがスタッフにケアしてもらえるから」という言い方をされていました。
救急車で行くように伝えたのですが、結局、ご自分でタクシーを拾って乗り込み、途中でドアを開けて吐いて、病院まで行ったようです。

このとき私たちは、「もう在宅療養に戻るのは無理かもしれない」と覚悟をしていました。しかしBさんは、10月2日に退院してきたのです。
在宅でも一度イレウス管を試していて、入院中も試したが不快で苦しい、病院にいたところで状況は変わらない、ということに納得されたからでした。

Bさんは、それまでいつも病状説明を一人で聞いていました。しかしこのときは、奥様も一緒に話を聞き、そして、家に帰ることを決めて戻ってきました。
痛みが強くなり、麻薬性鎮痛薬を使いはじめ、退院後は1日2回訪問するようになりました。

イレウスがある人は、本当に気の毒なのですが、嘔吐症状がとても強いのです。

Bさんは、家に戻ってからは、トイレに行かず、好きなときに好きなように吐く、と決めたのだと思います。
それまで布団を敷いていた部屋に、「入れたくない」と言っていたベッドを入れて、ケアシーツをいっぱい敷きました。そして、飲みたいものを飲み、吐きたいときに吐く。
Bさんのその決断に合わせて、奥様も下着をたくさん用意していました。体を起こしての着替えも大変になってきたので、下着が汚れたら切って脱がせて捨てるようになりました。

何回か緊急訪問もあって、亡くなる2日前の訪問で、奥様がこんなことを話してくれました。

「最初は何も手を出せない状態で、本人の好きにさせるしかありませんでした。でも、退院を機に、坐薬を入れたり、本人が欲しいものを飲ませたり、体をさすったり、着替えさせたりできるようになって。まとまった睡眠がとれないですけど、自分の手を出せるようになり、介護できて、何だか楽しくなってきました。」

もともと関係が悪いご夫婦ではなかったのです。私たちは再度の在宅療養はないかもしれないと思っていましたが、奥様は「絶対帰る」と思っておられたそうです。退院して、本人の鎧がようやく取れたのかなと思いました。

最後は、奥様から、「起きたときには心臓が止まっていました」と連絡をいただきました。「次に起きたら亡くなっているかも、と思ったが寝ました」とおっしゃっていました。
奥様も覚悟の決まった人でした。

「訪問看護ノー」と言われず、最期まで寄り添えるように

Bさんに対して、訪問をはじめたころ、提案を色々していました。たとえば、「息も絶え絶えになりながらシャワーを浴びなくても、清潔ケアをお手伝いできますよ」などです。しかし、答えはいつも「ノー」でした。

けれど、訪問看護はそれでいいと思うのです。

病院から家に帰れば、みなさん、自分のやり方・自分の好みを大切にする。それが当たり前です。
体に影響があることであれば、タイミングをみて、より安全な方法を伝えていくことも考えますが、それもケースバイケースです。

患者を受け入れる病院とは違い、支援するこちらがご家庭を訪問し、ケアを受け入れていただくのが訪問看護です。
頭ごなしに指導する・正しいやりかたを押しつけるようでは、訪問看護自体を「ノー」と言われてしまう可能性もあります。

最期まで介護者をサポートしながら寄り添うために、ご本人・ご家族が主体の療養生活を支えていくのが、訪問看護の役割だと思っています。

※掲載の内容については、ご本人とご家族の了承を得て掲載させていただいております。

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望月葉子
白十字訪問看護ステーション看護師

記事編集:株式会社メディカ出版

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