特集

[1]相手を思う気持ちを伝える、それがマナーの基本姿勢

訪問看護師の方に知ってほしいマナーについての新連載です。第1回は筆者が経験したさまざまなエピソードをもとに「マナーとは何か」を考えてみます。利用者さんのお宅でどうすればよいか迷ったときにも参考にしていただけるお話です。

訪問看護師に必要なマナーとは

訪問看護師は、訪問する個々のご家庭の価値観に基づいたマナーに加えて、連携する医療・介護従事者や自治体の方たち、福祉用具業者の方など、まさに多職種とやりとりする際のマナーが必要となります。

また、事業所の規模にもよりますが、病院であれば事務部、総務部などが担当する業務を看護師が担うケースも少なくありません。ビジネスの基本に関するマナーも知っておく必要があります。

ゆえに、さまざまな局面において柔軟にマナーを発揮できる「マナー力」を備えることが望ましいでしょう。

そのためには、事業所としてのマナーのスタンスを具体的に検討・整理し、職員全員で共有するのが基本策といえます。NsPaceサイト内の「お役立ちツール」では「接遇マナーマニュアル」が用意されています。このマニュアルをベースに、事業所オリジナルの申し合わせ書の作成をおすすめします。

私は看護師として病院2年・血液センター2年・フリーナース1年、編集者として約5年、その後フリーライターとなり30年余り。数年間、小さな会社の代表も務めました。

また、インターネットが普及する前からナースが横につながるためのネットワーク活動にも取り組みました。2001年にはエンゼルメイク研究会を発足して、例えば、大手化粧品会社を訪ねて「エンゼルメイク専用の化粧品セット開発の必要性」などについてプレゼンテーションを行ったこともあります。仕事ではなく活動としてグリーフワークにまつわる取材をさせていただいたりもしました。

社会人となってからの39年間、このようにさまざまな立場となり、いろいろな方との仕事上のやりとりを経験しました。

連載第1回目の今回は、そんな私が「マナーとは何か」を考えるうえで非常に勉強になったエピソードをご紹介します。みなさまが、申し合わせ書を作成される際の参考になりましたら幸いです。

マナーとは……、相手の価値観を優先し、相手に余計な心の負担をかけないように配慮すること

編集者時代、俳句集の編集を数年間担当しました。

その時代のある冬の日のこと、高齢の女性俳人Aさんのお宅を訪れました。原稿を受け取り、出版スケジュールなどを打ち合わせるためです。都会のど真ん中にある一軒家で、庭木がきちんと手入れされているお宅でした。

Aさんは茶道を教えもする礼儀作法に厳しい方で、その日も失礼のないように気をつけなければと緊張しながらインターフォンを押したのでした。

応接室で、Aさんに促されてソファに座りました。もちろん、下座にあたる出入口にいちばん近い位置の席にです。そして、Aさんのご機嫌を損ねることなく打ち合わせが進み、そろそろ失礼するという段になると、Aさんはぴりっとした表情になり、言いました。

「残念だわ。今日のあなた、ひとつだけ、マナーが足りない点があったわ。脱いだコートを中表にして丸めなかったこと」

やはりそこか、と思いました。

この日は、強めの埃っぽい風が吹いており、道中わずかに霧雨も降りました。ウールコートの表面が少し湿り、埃を含んでしまったので、寒いけれど、脱いで小さく丸めてから玄関に入ったのです。それだけでも相当、相手に負担をかけないように気を遣っているじゃないか、という不満をもちながら、私は「失礼しました」と返しました。

すると、Aさんは私の顔を覗き込みながら続けたのです。

「あなた、27歳だったわよね。これからのあなたのために言いますが、中表にしなかったのは、たぶん、あなたの価値観や都合を優先したからですよね。今どき、コートを中表にしたりするマナーなんて必要ないでしょ、よほど汚れているなら別だけど、って思ったかもね。でも、相手の価値観を優先して、相手に余計な心の負担をかけないように配慮する。それがマナーですからね」

「はい。実はコートがとてもくたびれており、中表にするのが恥ずかしかったもので。でも、私の都合でそうしたわけですから、恐縮です」

「そうね」と言い、Aさんは私を睨みました。
(このエピソードは、以下に続きます)

全体の態度でマナー不足はカバーされる

ソファから立ち上がり、ていねいにお辞儀をして顔を上げると、何と意外にもAさんは笑顔になっていました。

「でもね、誰でも相手の価値観にぴたりと合わせるのは難しいわけだし、全体の態度がマナー不足を補完できるのよ。あなたの全体の態度は悪くない印象だから、大丈夫。萎縮しないで、これからもよろしくね。相手を大切に思い、自身の言動を考える。それがマナーの基本姿勢です。
それと、形だけのマナーの実行だと、ケースに応じた対応ができないことがあることも覚えておいてね」

そう言ってAさんは、私の背中をぽんと叩きました。

それから30年経った、ある暑い夏の日のことです。フリーライターの女性Bさんが、私の仕事場兼自宅にインタビューに来てくれました。

玄関で出迎えると、Bさんは挨拶を済ませた後、「ごめんなさい、失礼します」と言って、フットカバータイプの靴下をバッグから取り出し、それを素早く履いてから、こちらが出したスリッパに足を入れたのでした。

こちらとしては、素足でスリッパを履いていただいてもまったく問題ないのですが、Bさんの気遣いに感動しました。そして、Aさんの言葉「ケースに応じた対応」を思い出しました。

ここでご紹介したエピソードは、いずれも仕事の目的や相手との関係性が訪問看護の場面とは異なりますが、病院など施設で働くときとは違う、訪問仕事をする際のマナーの方向性として共通しているように思います。

マナーの形は一定ではない

マナーについてのAさんの金言を、肝に銘じたはずの私でしたが……。

今から数年前の冬、編集者の女性Cさんと私は、ある医師の訪問診療に同行し見学させていただきました。

その際に私とCさんは、それぞれのお宅の訪問時にコートを脱がなかったのです。それは私の判断でした。訪問先の患者さんやご家族、そして訪問する医師、それぞれに微塵も迷惑をかけたくない、いるのを忘れるくらいお邪魔にならないようにしたい、と頭の中でぐるぐる考えた結果、黒子のような存在になろうとしたのです。

移動用の車にコートを脱いだままにしておけば、脱ぎ着に手間取ることもなく、わずらわせたりしなくてよいのではとも思いました。しかし、それではCさんに寒い思いをさせてしまいそうでやめたのでした。

こんなマナー違反をしてしまったのは私の中の感覚も関係しています。私はかつて出身地で、誰かがどちらかの家を訪ねた際、家の人にお茶の準備などの負担をかけないよう、「すぐに帰るのだからおかまいなく」という気持ちの表明として、コートも上着も脱がず、すすめられた座布団も使わないようにするのを幾度となく見てきたのです。

以上は、私ならではの間抜けなエピソードですが、みなさまも、マナーの形の地域差、年代差などを感じたことがあるのではないでしょうか。

迷うときは率直に相談

あるベテランの訪問看護師さんに訪問時のマナーのポイントを問うてみたら、「ひととおりのマナーの基本知識を得ておき、訪問先の相手のマナーの感覚に触れて、自身のマナーの形を調整し、その訪問先でのマナーのルールをつくっていく(例えば、荷物の置き場など)。どうしても判断に迷うことがあるなら、そのときは率直に相手(利用者さんやそのご家族)に相談してみるのが一番」
とのことでした。

そう。私も同行させてくれた医師に、コートのことを率直に相談すればよかったのです。

第2回へ続く

執筆 小林 光恵
看護師、作家

 
●プロフィール
看護師、編集者を経験後、1991年より執筆業を中心に活躍。2001年に「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表を務める。2015年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表。漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案著者。

記事編集:株式会社照林社

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