コラム

父性・母性を生かしたマネジメントとは

この連載は、訪問看護ステーションで活躍するみなさまに役立つコミュニケーションのテーマを中心にお届けします。チームメンバーとコミュニケーションをとるにあたり、どのようなマネジメントスタイルをとっていくかも大きくかかわってきます。今回はその観点からお話しします。

父性原理と母性原理

河合隼雄さんという心理学者が「父性原理」「母性原理」という言葉を今から40年以上前の1976年に発表されました。ちょっと難しそうに聞こえるかもしれませんが、子育てとマネジメントを重ねて考えるとわかりやすいので紹介します。

簡単にいえば、父性原理は「良い子だけがわが子」であり、母性原理は「わが子はすべて良い子」だというものです。この対立した原理が社会や組織のなかに存在しているという理論です。

それぞれに、ポジティブな面とネガティブな面があります。

父性原理のポジティブな面は、力強く建設的なところ。ネガティブな面は切り捨て、破壊に至るところ。

母性原理のポジティブな面は、産み育てるところ。ネガティブなところは「呑み込み、しがみつき、死に至らせる面」と河合氏は言っています。

両者が働きバランスを保つ

人が成長するプロセスにおいては「自分の存在は認められている」と安心することが大切で、それがあってこそ子どもは冒険やチャレンジすることができます。ここでは「母性原理」が大切なわけです。母性原理は「場の倫理」としてみんなが居心地の良い状態に保とうとします。これがポジティブな一面です。しかし、その居心地の良い状態にずっといると冒険心やチャレンジ精神を忘れて、変化に対して対応ができなくなるかもしれないというのがネガティブな一面です。

それに対して「父性原理」は、個人の欲求や成長に高い価値を置きます。ですから組織に変化が必要なときは、それまで与えられていた「良い子」の枠から抜け出して外の世界で冒険、チャレンジをしなければなりません。

「わが子はすべて良い子」から「良い子だけがわが子」への変化が求められるとき。ここで父性原理の出番となるわけです。

家庭内に父親・母親の役割があるように、組織内でも、組織が置かれた状況によって父性原理・母性原理がそれぞれ働いてバランスを保つ必要があります。

組織の置かれた状況に父性原理と母性原理を生かす

河合氏がこの本を書いた1976年当時では「日本は母性原理優位の社会だ」と書かれていました。年功序列で場の倫理を重んじてきたからです。高度成長期でみんなが一つの目標に向かって力を合わせれば成果が上がる時代はそれでよかったのでしょう。

その後、バブル期、バブル崩壊期を経て、現在の日本は低成長期となりました。そこで組織が取り入れたのが「成果主義」です。プロセスなんてどうでもよい、結果だけですべてが評価されるという経営。まさに「良い子だけがわが子」という父性原理です。

生き残るために成果主義バリバリで組織運営をするとどうなるか? チャレンジする人、成果を上げられる人だけが評価されていくとどうなるか……組織は殺伐とします。まだ成果を上げる前の段階の人、つまり発展途上の人は切り捨てられて、行き場を失い離職にもつながります。

また、逆もあります。母性原理ムンムンの居心地の良い職場は、自分を成長させたい人にとっては、刺激がなく離職につながるかもしれません。

したがって、組織を存続し成長させていくには、父性原理・母性原理の両方のマネジメントスタイルが必要です。大切なのはそのバランスです。男だから、女だからという話ではありません。マネジメントの機能として、事業や人材を伸ばしていく父性、産み育てていく母性の原理が必要だということです。

マネジメントスタイルとコミュニケーションの方法を合わせる

自分のマネジメントのスタイルとしては、父性原理、母性原理のどちらが強いでしょうか。そのスタイルによってメンバーとのコミュニケーションのとりかたも変わってきます。父性原理を生かす場合は、組織の現状と目指す目標を明確にして、実現に向けてのサポートや助言を行う。母性原理を生かす場合は、個々の状況に合わせて成長を見守りながらフォローを行っていく。掛ける言葉にも違いが出てくるのではないかと思います。

父性原理だけの職場は、殺伐としがちですから離職につながる可能性がありますし、母性原理だけだとチャレンジしない職場になるかもしれないので、こちらも離職につながる可能性があることは先に述べました。それを防ぐためには、父性原理と母性原理の管理者が対話をきちんとすることです。対話をベースとした人間関係の醸成ができるしくみがあるとよいです。

組織にマネジャーが複数いてそれぞれの役割を分担できるときは対話を進めながらメンバーと接していきますが、マネジャーが一人で、事業の拡大・推進と人材の育成・教育の両方を並行して進めなければならないかもしれません。その場合、役割とコミュニケーションの方法がちぐはぐにならないように注意が必要です。そういうときは、自分と違うマネジメントスタイルに強いメンバーの力を借りて、チームビルディングする機会ととらえてもよいと思います。詳しくは次回にお話しします。

執筆
松井貴彦・まついたかひこ ライフキャリアコンサルタント

NPO法人いきいきライフ協会理事、一般社団法人看護職キャリア開発協会所属。
1962年生まれ。同志社大学文学部心理学専攻卒(現心理学部)卒。出版社にて求人広告制作(コピーライター、ディレクター)、就職情報誌編集者、編集マネジャー。その後、医療・看護系出版社、関連会社の代表取締役など歴任。
国家資格キャリアコンサルタント、GCDF-Japanキャリアカウンセラー(米国CCE, Inc.認定のキャリアカウンセラー資格)。自分史アドバイザー。YouTubeは「松井貴彦まっチャンネル」で検索。
 
記事編集:株式会社メディカ出版

【参考】
〇河合隼雄.『母性社会:日本の病理』東京,講談社,1976.

この記事を閲覧した方にオススメ

× 会員登録する(無料) ログインはこちら