キャリア形成に関する記事

制度のはざまにいる人をサポート~包括的な支援を目指して~
制度のはざまにいる人をサポート~包括的な支援を目指して~
インタビュー
2024年4月16日
2024年4月16日

制度のはざまにいる人をサポート~包括的な支援を目指して~

栃木県下野市で「れもん在宅クリニック」開業し、訪問診療・往診に従事している吉住直子先生。医師として活躍する傍ら、地域食堂や子ども食堂の運営・学習支援なども精力的に行っており、そこからの学びも多いとおっしゃいます。医療にとどまらず、包括的に地域の方の人生をサポートすべく活動する想いや目指すことについてうかがいました。 >>前編はこちら介護ヘルパーから医師へ~地域医療への想いの源泉~ 吉住 直子(よしずみ・なおこ)先生れもん在宅クリニック 院長訪問看護ふらみんご 代表取締役1982年栃木県足利市生まれ。臨床検査技師、介護ヘルパーを経て群馬大学医学部医学科に編入。2014年同大卒業後、自治医科大学附属病院、JCHOうつのみや病院などを経て2022年れもん在宅クリニック開業。医師の仕事と並行して、2019年からは子ども食堂と学習支援を行う「任意団体おおるり会」を運営している。 少し医学に詳しい、いちメンバーとして ―ご自身のクリニックや、運営している訪問看護ステーションのスタッフとのコミュニケーションで、気をつけていらっしゃることはありますか。 臨床検査技師と介護ヘルパーの経験があるので、医師に報告やお願いをすることがどれほど気を遣って大変なことなのか分かっているつもりです。 例えば医師に電話したいと思っても、「外来中かな」とかいろいろ考えて気が引けてしまったり、事前に根回しが必要だったり。いざ電話をかけるときもすごく緊張しましたし、連絡して「忙しいから後にして」なんて言われると心が折れました。ですから、医師になった現在は、周りの人が自分に話をしやすい空気を作れるよう意識しています。 ほかの訪問看護ステーションの方とは掲示板で患者さんの情報共有をすることが多いので、まめに書き込んだりレスポンスしたりすることを心がけています。「この人には気軽に連絡していいんだな」と思ってもらいたいですね。 ―気軽に医師に相談できる環境というのは、訪問看護にかかわるすべての職種にとって本当に心強いものだと思います。 在宅・訪問医療において、私は自分を「ちょっと医学的なことに詳しい、いちメンバー」だと考えています。看護師さん、ケアマネさん、介護ヘルパーさん、デイサービスのスタッフさん、福祉用具業者さん、そのチームの中のひとりです。 医療福祉界のトップが医師というわけではありません。褥瘡のことは看護師さんの方が私よりずっと知識も経験もあって得意でしょうし、オムツを替えてくれる介護ヘルパーさんでないと気づかないこともあるかもしれない。ほかの職種のほうが知っていること・得意なことはあると思うので、「教えてほしい」というスタンスで仕事をしています。 ―先生が今後行っていきたいと考えていることはありますか? 地域医療や介護サービスにかかわるみなさんと、死生観や生きること・死ぬことについて勉強会などを通して一緒に考えて、思いを共有できるような機会が作れるといいなと思っています。 例えば、頸髄症で四肢の動きがあまり良くない独居の男性がいらっしゃるとして、ご本人は家で過ごすことを希望している。ただ転倒リスクは高いし、一人暮らしを継続するには毎日介護ヘルパーを入れる必要がある。こういった場合、私は本人の意思を尊重したいと思いますが、他者の視点から見ればそれが最適ではないこともあります。 絶対的な正解はないかもしれませんが、一緒にしっかりと考えていきたいですね。 子ども食堂でのハロウィンの様子。手前でジバニャンの仮装をしているのが吉住先生(写真を一部加工しています) 子ども食堂、学習支援での葛藤とよろこび ―吉住先生は、子ども食堂や学習支援にも取り組んでいらっしゃいます。活動を始めたきっかけを教えてください。 前編でお話ししたとおり、私が中学生のころ父は入退院を繰り返していました。同じころ妹も入院が必要になり、母は妹に付き添うことに。私が家に一人残らねばならないとなったとき、近所に住んでいた友人の家族が私を預かってくれたんです。 私自身が近所の人に助けてもらってきたので、今度は自分が地元に還元したい、困っている子どもがいたら助けたいと思って始めました。 ―活動されている中での気づきや葛藤などがあれば教えてください。 子ども食堂をやってみて知ったのは、本当にいろんな家庭があるということ。土地柄、金銭的にすごく困っている家庭は少ないのですが、シングル世帯でお母さんがあまり家におらず、お金には困っていないけれど愛情不足、とか。 本当に「どうにかしなければ」と思ったときは児童相談所に行ったこともありました。不登校の子どもや、道を踏み外しそうな子どもの相談にも乗っていましたが、子ども食堂でいくら話を聞いて、彼・彼女らの考えを尊重しても、結局子どもはそれぞれの家に帰っていく。そして、家では親の価値観の中で暮らすことになります。 私の意見と親の意見との間で揺れてしまうのではないか、私がかかわることでかえって子どもを惑わせているのではないかと悩むこともしばしばです。どこまで踏み込むべきなのか、今でもまだ迷っていますね。 ―食事の提供や勉強を教えること以外に行っていることはありますか? 将来の夢が見つかれば勉強するモチベーションになるかなと思い、「世の中にはこんな仕事があります」という仕事紹介の会をしたことがあります。電車の運転士さんとCAさんに来ていただいて、この仕事に就くためにはこんな勉強をした、こういう学校を出ればいい、仕事のこんなところが大変だった・面白かった、ということを話してもらいました。 海外出身の方に来ていただいて、その国の文化について話してもらって子どもたちの興味の幅を広げる勉強会もしましたね。 ―素敵な活動ですね。先生のところで支援を受けたお子さんたちはその後どのような道を歩んでいるのでしょうか。 学年最下位で、ギリギリで公立高校に入った、子ども食堂の利用者第一号の子が自衛官になりました。嬉しかったですね。 彼が初めて子ども食堂に来たのは中学3年生のとき。親は公立高校に入れたいと思っているけれど、本人は勉強嫌いで教科書を全部捨ててしまっている状態だったんです。アルファベットも書けなかったところから、一緒に問題集を買って勉強して、公立高校に合格できました。「将来は自衛官や警察官が向いているんじゃないの?」なんて話していたら本当に自衛官になったんです。 ―どういう部分で自衛官や警察官が向いているのではないかと思われたのですか? 「高校に受かりたいなら毎日来なよ、一緒に勉強しようよ」と言ったら、前の日にどんなにケンカをしても、毎日来ることだけは続けてくれたからでしょうか。言われたことをコツコツ守ることができたから、そういう仕事が向いているのではないかと思って。今も元気に社会人をやっていますよ。 吉住先生の誕生日に、スタッフから花束とメッセージのプレゼント グリーフケアの一環としての地域食堂 ―患者さんのご家族やご遺族を招く地域食堂にも取り組まれているそうですね。 子ども食堂や学習支援を始めたのが2019年、地域食堂は「れもん在宅クリニック」を開業して2年後の2024年1月から始めました。 訪問診療していた患者さんをお看取りした後、そのご家族が「もうこれで先生と会うのは最後なんですね。子ども食堂にボランティアを兼ねていってもいいですか」と言ってくださることが何度かあったんです。 子ども食堂は、子どもたちがワイワイご飯を食べて学習もしている場所。ご遺族に来ていただいてもうまく交わらないのではないかと感じ、子ども食堂とは別に地域食堂を始めることにしました。地域食堂は、グリーフケアの一環という位置付けです。クリニックに関係するご家族を中心に、ときには患者さんご本人も呼んでざっくばらんな話をしています。 実際に始めてみたら、すごく学びがありました。印象的だったのは、医師の夫と看護師の妻というご夫婦で、長い闘病の末に夫を看取った奥様。「夫を亡くした後、初めて自分から外に出ようと思ったのがこの地域食堂だった。私は毎日泣いて過ごしていて、同じように夫を亡くして気持ちの整理がつかない人の話を聞いてみたいと思った」と話してくれたんです。 彼女が思いを表出する機会を作れてよかったと思いましたし、医療従事者であっても、一番身近なご家族を失うことは、大変つらいこと。ご家族に医療従事者がいらっしゃると安心してしまいがちだったのですが、ご家族を看取るのに医療従事者であるかどうかは関係ないのだと学びましたね。 「制度のはざま」にいる人たちへのサポート ―今後の展望についてお聞かせください。 宿泊できる施設を作りたいと思っています。在宅に切り替えたものの自宅でのケアが思ったより大変だと感じているご家族、お看取りのときに看護師も医師もいないのは心細い方、ペットと離れたくないから病院には戻りたくない方などが、必要なときに泊まれる施設です。病院でも家でもない、在宅医療を続けたい方のための宿泊施設ですね。 そういった施設があれば、一般的には保護が行き届かない方もサポートできると考えています。例えば独居で気ままに暮らしている高齢者で、介護保険の申請もしておらず、病気ではないので入院適応もないけれど動けなくなった、ショートステイ施設にも行けない、というような方も保護できます。 制度のはざまで困っている人たちを取りこぼさずに、支えていきたいと思っています。 ※本記事は、2024年1月の取材時点の情報をもとに構成しています。 取材・執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

介護ヘルパーから医師へ~地域医療への想いの源泉~
介護ヘルパーから医師へ~地域医療への想いの源泉~
インタビュー
2024年4月9日
2024年4月9日

介護ヘルパーから医師へ~地域医療への想いの源泉~

高校卒業後、臨床検査技師、介護ヘルパーを経て医学部医学科に編入した異色のキャリアを持つ医師・吉住直子先生。2022年、栃木県下野市で訪問診療・往診を中心に行う「れもん在宅クリニック」を開業するまでの歩みや想いについてうかがいました。 吉住 直子(よしずみ・なおこ)先生れもん在宅クリニック 院長訪問看護ふらみんご 代表取締役1982年 栃木県足利市に生まれる2005年 群馬大学医学部保健学科検査技術科学専攻卒業/臨床検査技師として自治医科大学附属病院検査部に就職2006年 介護ヘルパーの資格を取り、有料老人ホームに住み込みで働く2009年 群馬大学医学部医学科に編入2014年 群馬大学医学部医学科卒業/自治医科大学附属病院で初期臨床研修2016年 自治医科大学呼吸器内科医局入局2019年 JCHOうつのみや病院にて勤務/任意団体おおるり会を発足2022年 れもん在宅クリニック開業2023年 訪問看護ふらみんご開業 臨床検査技師から介護ヘルパーへの転身 ―まず、臨床検査技師から介護ヘルパーに転身された経緯についてお聞かせください。 学生時代は化学が好きで、手に職をつけたかったこともあって臨床検査技師になりました。医療の道を志したのは、肝臓がんを患っていた父の影響もあると思います。私が中学生のころから、父は入退院を繰り返していたんです。 病状が悪化してきたのが、私が自治医科大学附属病院の検査部に就職したころのこと。父の死を目の当たりにしたとき、「自分は医療従事者なのに直接的なことは何もできない」と強く感じました。身近な人が亡くなるのも初めての経験でしたから、「人はいつか死ぬ」という現実を突きつけられた気持ちでしたね。 これを機に、どんなに医療が進歩しても人が死なないようにできないなら、どう亡くなるのか、どう最期まで生きるのかに関わりたいと思うようになったんです。それで、お看取りを見据え、最期までその人らしく楽しく過ごすためのお手伝いができるのは高齢者介護だと考え、介護ヘルパーの資格を取りました。 往診中の吉住先生(2023年)。先生の家族である犬を同行することも(写真を一部加工しています) 介護ヘルパーは天職。大変だけど面白い ―ヘルパーステーションなどに就職なさったのですか? いえ、介護施設に住み込みで働くことにしました。というのも、臨床検査技師からヘルパーに転職すると母に話したら「せっかく大学も出て、資格もあるんだから臨床検査技師を続ければいいでしょ」と猛反対で。話が決裂してしまったので、当時、母と暮らしていた家を出たんです。 ―なんと…! 職種とともに生活環境も大きく変わられたのですね。 そうなんです。築100年くらいの古民家を使った介護施設で、利用者さんと一緒に暮らし始めました。認知症が進んでいて大きい施設では預かりきれないような方も含め、利用者さんは9人くらい。介護ヘルパーの在籍数も9名ほどの施設です。 利用者さんのお話を1日中聞いたり、徘徊に付き添っていたらスタッフ共々迷子になって迎えに来てもらったり、夜に大声を出す方につられて全員起きてカオスな状態になったり。そういうことを大変だと嘆くのではなく、面白エピソードとしてみんなで笑えるような雰囲気でしたね。大変だけど楽しい、面白いという感じでしょうか。 利用者さんの人生に触れ、深く関われることが楽しくて、一生やっていきたいなと思いました。入院患者さんの話を聞く暇もなく採血をしていた大学病院の臨床検査技師時代からは、毎日がガラリと変化しましたね。 ―利用者さんと介護ヘルパーのみなさんの笑顔が目に浮かぶようです。 利用者さんの数が少なく、一人ひとりに対して個別に対応できていたのがよかったのだと思います。胃瘻で経口摂取できない方にも通常の食事を用意して、においを味わっていただこうという考え方の施設でしたから。 よりよい介護と、医師の判断は切り離せない ―充実した毎日の中で、医師を目指そうと思われるにはなにかきっかけがあったのですか? ひとつは、その施設で出会った100歳のおばあさまとのことです。ご本人もご家族も施設を気に入って、ここで最期まで暮らせたらいいなとおっしゃっていました。少しずつ食事が摂れなくなってきて、みんな施設でお看取りをする心づもりをして、いよいよ呼吸が止まって…というとき。施設と連携していた病院が、外来診療外の時間だったんです。 事前に時間外の対応について明確な取り決めをしておらず、往診医に連絡すると「いま呼吸が止まっているなら、救急車を呼んで病院で死亡確認してもらってね」と。救急車で病院に運ばれて、本人も家族も望んでいない心臓マッサージをされている様子を見て、「これは誰のための何の行為なんだろう」と思いました。 往診に来て死亡確認するのが難しかったとしても、臨機応変に「数時間後、診療の時間に往診に行くからちょっと待っててね」と言ってくれればみんな安心して待てたかもしれない。施設でお看取りできたらみんな幸せだっただろうに。そういう気持ちがぬぐえませんでした。 ―医師でなければできない行為への課題感を持たれたのですね。 そうですね、すごくもどかしくて。それからもう一つ、腎臓に疾患のある90歳を過ぎたおばあさまが検査入院をすすめられて、1週間ほど入院したことがありました。杖をついて歩いて病院に行ったのに、退院したときは寝たきりになっていて、そのままあっという間に亡くなられたんです。腎臓のことだけを考えたら必要な検査入院だったかもしれないけれど、そのおばあさまの人生にとって本当に必要だったのかと考えてしまいましたね。 仮に介護ヘルパーが「検査入院はあまり重要ではないのでは」と提言したとしても、医師が必要だと言えば家族は疑いを持ちません。介護ヘルパーが日々どんなに頑張っても、月1回・2回来る医師によって、人生の終い方も治療方針も変わってしまう。そう思い知らされることが重なり、よりよい介護をするために理解ある医師を探そうと思いましたし、そういう医師がいないなら自分が医師にならなければと思ったんです。 長く生きるための医療と患者さんの願い ―吉住先生は介護ヘルパーの仕事を続けながら勉強し、医学部の編入試験に一度で合格されました。当時の想いを聞かせてください。 本気で認知症高齢者介護に関わっていくには、介護ヘルパーを何十年続けても力不足だろうと思っていました。何年かかったとしても医師にならなければという想いでしたね。 ―医学部での学びや大学病院での研修を通じて、お気持ちに変化はありましたか? まずは「1秒でも長く生きることにこだわる最先端の医療」を学ぶ必要があると考えるようになりました。そういう医療を知らないと、ご本人の希望をくみ取るような「引き算の医療」はできないと思ったので。 大学病院では「大学病院の医師」として、生きることにこだわる医療を提供していましたが、本人のQOLよりも救命を優先する医療現場で、思うことはたくさんありました。 とくに印象的なのは、間質性肺炎で胸腔ドレーンが入っているおじいさまとのこと。 急性増悪を起こしているものの、ご本人は家に帰りたいとおっしゃる。1秒でも長く生きることにこだわる医療者の立場からは「ドレーンが入っているし、急性増悪も起こしているから帰れません。せめてドレーンが抜けたら、外出外泊なども含めて家に帰ることを考えられますよ」としか言えないんです。でも、治療をしても容態は悪化していく。おじいさまは「CTなんて撮らなくていい」「とにかく家に帰してほしい」と繰り返す。そうして亡くなる数日前には「俺を家に帰さなかったことを、ずっと覚えていてね」と言われたんです。 こういう方を受け入れる医師にならなければと強く感じました。 「れもん在宅クリニック」の由来はレモンの花言葉「誠実な愛」と、先生が好きな米津玄師の曲「Lemon」にちなんでいる。訪問看護ふらみんごも、米津玄師の曲名から 医療依存度の高い患者さんを受け入れたい ―自治医科大学附属病院の近くにクリニックを構えたのには理由があったのでしょうか。 通常は在宅に切り替えるのが難しいような、医療依存度の高い患者さんを受け入れたいと思って、大学病院と密に連携できる立地にしました。胸腔ドレーンが入っている方も、輸血が必要な方も受け入れています。ご本人・ご家族に帰りたいという思いがあるなら、なるべく帰れる環境を整えたいというのがポリシーです。 また、私は現在も自治医大の呼吸器内科に非常勤医として籍を置いています。おやっと思うときは、専門の先生に相談させてもらうこともあります。 ―先生は、訪問看護ステーション「訪問看護ふらみんご」も運営していらっしゃいますよね。 はい、訪問看護ステーションを併設していることで、訪問看護師と密に交流できます。患者さんは、医師には自分の思いや状況を言えないけれど、看護師には言えるというケースがあります。結果としてより質が高く、満足度も高い医療が提供できるのではないかと考えているんです。 >>後編はこちら制度のはざまにいる人をサポート~包括的な支援を目指して~ ※本記事は、2024年1月の取材時点の情報をもとに構成しています。 取材・執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

「ほっちのロッヂインタビュー」枠にとらわれない『ケアの文化拠点』とは
「ほっちのロッヂインタビュー」枠にとらわれない『ケアの文化拠点』とは
インタビュー
2024年2月13日
2024年2月13日

医療と福祉と、エトセトラ。枠にとらわれない『ケアの文化拠点』とは

長野県軽井沢町のほっちのロッヂに足を踏み入れると、いわゆる「診療所」「訪問看護ステーション」から連想するイメージとは異なり、まるで別荘のような雰囲気。ほっちのロッヂでは、訪問看護ステーションを「家に訪問し医療のサポートをしたり、町全体の健康を考える活動のこと」と定義。訪問看護をする人たちのことは、「訪問もしますが、町のあちらこちらで働きながら、この町全体が健康な状態であるためにどんなことができるだろう?と考えているチーム」としています。 実際にほっちのロッヂで訪問看護をしている人たちは、どのような想いで、どんな働き方をしているのでしょうか。今回は前編でお話を伺った藤岡さんに加え、看護師の小宮さんと今井さんにもお話を伺いました。 >>前編はこちら多様な人たちが集まり「心地よい」と思える空間をつくる【藤岡聡子氏インタビュー】 藤岡 聡子(ふじおか さとこ)さん「老人ホームに老人しかいないって変だと思う」と問いを立て24歳で創業メンバーとして有料老人ホームを立ち上げ、アーティスト、大学生や子どもたちとともに町に開いた居場所づくりを実践。2015年デンマークに留学し、幼児教育・高齢者住宅の視察、民主主義形成について国会議員らと意見交換を重ね帰国。「長崎二丁目家庭科室」主宰(豊島区椎名町)、2019年より長野県軽井沢町にて「診療所と大きな台所があるところ ほっちのロッヂ」を医師の紅谷と共に開業し共同代表。共著に『社会的処方(2019学芸出版社)』『ケアとまちづくり、ときどきアート(2020中外医学社)』。今井 麻菜美(いまい まなみ)さんほっちのロッヂ 訪問看護ステーション 地域看護師急性期病棟、離島の病院、老人ホーム等を経て、「診療所と大きな台所のあるところ」に関心を持ち、ほっちのロッヂへ 小宮 彩加(こみや あやか)さんほっちのロッヂ 訪問看護ステーション 地域看護師病棟での勤務を経て、「医療福祉のクリエイティブ職」という言葉に惹かれ、ほっちのロッヂへ診療所と大きな台所があるところ ほっちのロッヂ(長野県軽井沢町)「症状や状態、年齢じゃなくって 好きなことする仲間として出会おう」をコンセプトに、大きな台所を起点とし、2019年訪問看護ステーション、2020年に在宅医療(外来・訪問診療)・共生型通所介護・医療型短期入所事業含め全事業開始。運営元:医療法人社団オレンジHP: http://hotch-l.com/Instagram: https://www.instagram.com/hotch_lodge/ 「クリエイティブ職」という言葉に惹かれて ―訪問看護師の小宮さん、今井さんのお二人は、ほっちのロッヂで初めて訪問看護をされているんですよね。まず、小宮さんはどういった経緯・想いでほっちのロッヂで働くことになったんですか? 小宮: 私は、病院に半年勤めたあと、「ほっちのロッヂ」にきました。きっかけは、自分の想いと病棟での仕事とのギャップですね。 自分の想いについては、看護大学院時代にさかのぼるのですが、私は病院の実習が大好きでした。お食事をあまり召し上がらない方がいたのですが、一対一でやり取りする中で、はしからフォークに変えたり、うどんを切るなどの工夫で、随分召し上がるようになった、という経験をしたんです。実習中はしんどいこともありましたが、そういったやりとりを通じて「こういう看護をしたいな」と思って、病院に就職しました。 病院が悪いと言っているわけでは決してないのですが、実際に働いてみると回転数についてや、延命の実際などについて目の当たりにし、「私がやりたいことってこれだったかな?」と心に引っかかる部分がありました。 そんなとき、この募集をみかけて「これだ!」と思ったんです。 ―ほっちのロッヂの求人ですね。どういった部分が心にささりましたか? 小宮: 私の場合は、点数とか入院日数とか回転率とかよりも、看護は「創り出すからこそ面白い」っていう感覚があったんです。誰がやっても同じではなくて、人とその時、その場の空気感とか目線とか、いろいろな要素があって、全部が組み合わさって、創り出していけるものが看護かなと思っていて。そこを追求していきたいと思っていたところに「クリエイティブ」という言葉が目に入って、「これだ!」と(笑)。 藤岡: ここに書かれている文言は、紅谷(※)が言ったことをベースに私が料理して生まれたものですが、天気とか季節とか気温とか、気分とか…。本当に不確実な要素がある中で人を相手にするわけですから、「クリエイティブのほかに何があるの?」って思っています。クリエイティブっていう言葉からはデザインとかを連想しがちですけれど、こんなに無形のクリエイティブさはないよな、と。 ※紅谷 浩之(べにや ひろゆき)氏:医師/医療法人社団オレンジ理事長/ほっちのロッヂ共同代表 小宮: 日によっても全く違うので、その瞬間、その場で創り上げていくものという感覚です。それが、しんどいけど面白いところですね。ほっちのロッヂでは、患者さんがいらしたときに「今回は外がいいな」って思ったら、本当に青空診療になります(笑)。 このお日様があって、この緑があって、この体調で外にいられるなら、外かなって。その時々で組み合わせ具合が全然違っていて、そこを逃さずキャッチできたぶんだけ、面白いケアになるって思います。 ―空間も含めて、つくっているんですね。 藤岡: そうですね。ただ、こちらだけがつくっているということではなく、互いに関係し合ってつくりあげている。そして、あくまで癒しは結果である。そんなイメージです。 森の中に佇むほっちのロッヂ3周年祭での記念撮影スタッフ勉強会の様子ほっちのロッヂ内のライブラリー いつの間にか訪問看護をしていた ―今井さんがほっちのロッヂで働くことになった経緯も教えてください。 今井: 私は急性期病棟で数年働いていたんですが、「やりたい看護はもっと別の場所にあるのでは」と考えて、離島に行ったんです。離島では退院した方々の笑顔にたくさん出会い、お家やご家族が持つ力をすごく感じました。「ここでの看護、好きだな」と思って、それ以来「住まいに近いところにいたい」という思いがあります。 結婚を機に関東に戻ることになった際も、島にいたころの看護ができる場所を探したんですが…なかなか見つかりませんでした。当時は訪問看護をする勇気はまだなくて、在宅サービスや老人ホームで働きました。 でも、あるとき同僚が体調を崩し、ケアすることもケアされることもできず、ただただ崩れていく…みたいな状況になってしまいました。そしてその後、私自身も近い状況になってしまったんです。「これは違うな」と思い、私はもう看護師という役割にこだわらなくてもいいと思いました。また、食生活の乱れを整えたら健康を取り戻したという経緯もあって、そのころから健康的に働くことや、健康を支える食事が自分の中のテーマになりました。 そんなとき、たまたま雑誌を開いたらほっちのロッヂの記事が出てきて、「診療所と大きな台所のあるところ」という副題に目を奪われました。「これはなんだ?」と(笑)。働く場所を探したというよりも、「診療所の台所って、どういう役割があるんだろう」とか、「どうやって健康を支えるんだろう」というところに興味がありました。 藤岡がやっていた「長崎二丁目家庭科室」のことも知っていたんですが、行こうと思ったらもう閉じていたっていう経緯もあって。藤岡と話をしてみたくて軽井沢に行って、気づいたらいつの間にか訪問看護をしていました(笑)。 看護師がたくさん関わる=「幸せ」ではない ―ほっちのロッヂでは、訪問看護ステーションのことを、「家に訪問し医療のサポートをしたり、町全体の健康を考える活動のこと」と定義されています。いわゆる「訪問看護師」という職種から想起される定義・枠を取り払おうとされているように思いますが、普段どのような活動をされているのでしょうか。 小宮: 「看護師としてこういうことをしています!」と決めつけてしまうこと自体がちょっと違うのかなと思っていて、何か特別な活動をしているという感じではないんです。 でも、地域の方々のことをよく見ようとしているというのはありますね。例えば、訪問先のひとつにご夫婦とも認知症で二人暮らしをされているご家庭があって、私たちは普段の買い物をどうしているのか、ずっと気になっていたんです。そうしたらたまたまあるメンバーが、奥様がコンビニに入るところを見かけたんですね。 そのまま様子を見続けると、コンビニの店員さんがカゴを積んでカートのようにして、買い物ができるようにサポートしていたんです。想像以上にご自身と生活圏内の方々の力で生活されていることに感銘を受けました。こういうときにすぐさま「私が助けなきゃ」と入っていく方もいらっしゃると思うのですが、私たちは「様子を見て把握しておこう」というスタンスでいます。 藤岡: 見守り続けるためにあえてお声をかけずに、少し付いて行ってますからね(笑)。でも、本当にメンバーのみんなは町の方々のことをよく見ているんです。地番を言えばどなたの家なのか全部言えますし、人間関係もめちゃめちゃ把握してる。地域の方々の生活圏内で起きているお話はしっかり聞かせてもらうし、見届けているんです。 私たちと全然関係のないところでどんな生活をされているのか、しっかり見ることはすごく大事。一方で、私たちが代わりにカゴでカートを作ることももちろんできるけれど、すぐに直接関わろうとしないことも大事だと思っています。このケースでは、コンビニの店員さんが、お客様だからということもあるんでしょうが、ある種の「ケア」をしているんですよね。 小宮: そうなんです。ステーションとしてほかの職種の方も交えて勉強会をやろうというときも、そこにコンビニの店員やバスの運転手さんがいないほうががおかしいんじゃないか、って思っているくらい、チームの皆がシームレスに考えているんですよね。 また、私たちがべったり週5日関われば、その方が幸せになれるとは思っていないんですよ。地域に住む方々には、それぞれに歴史やつながりがあります。例えば、かつて嫁姑問題に苦労されて、「雑巾の水をかけられていたけれど頑張ってきたんだ」といったお話もたくさん伺うんです。その方にとっては、同じタイミングで軽井沢に嫁いできて、近いタイミングでご主人を亡くされたご友人が心のよりどころで、すごく大切な存在だったりします。そのことを、我々が知っておくことは大事ですよね。 利用者さんがご主人を亡くされて悲しんでいるとわかったら、私たちも全力を尽くします。でも、「私たちがずっと一緒にいますね」ではなくて、「ご友人とお会いしたらどうですか」という風につなげていく場合もあります。そのご友人が、公民館で手仕事の活動をされているとわかると、「じゃあそこに参加するにはどうしたらいいか」と考えていくんです。 肩ひじ張らないからこそ「使われる」存在に 藤岡: 私たちは、「これをやります」という明確な区切りを設けていないので、つかみどころがなくてわかりづらいと思うんですが、肩ひじを張らないところがむしろ大事だと思ってます。だからこそ、地域の方が私たちをうまく使ってくださるんですよね。 例えば、いわゆるACP(人生会議/アドバンス・ケア・プランニング)ってありますよね。「人生最後の時をどう迎えていくか」っていう対話。2022年9月からほっちのロッヂでも月1回のペースで「生き方交換会」という言葉を作ってやっているんですが、実は我々から「ぜひ人生会議しましょう!」と言ったわけじゃないんです。地域の方から「人生会議みたいなことを私のカフェでやりなよ」っていうお話があって。それに対してチームの一人が「ああ、じゃあ、やりましょうか」みたいな風にして始めたんです(笑)。 今井: 生き方交換会では、形式は決めずその時自分たちが話したいことを話していきます。例えば、最近の嬉しかったこと、今心に引っかかっていることなどです。集まる人は年齢も経験もさまざまなのですが、「実は最近お看取りをして、その人の思い出をたどりたい」という方が「こんな風に最期を過ごせてよかった」と教えてくれて、そういう過ごし方あるんだな、と知ることができます。 話す内容に関する思い出が蘇って、それが嬉しいときもあれば少し辛いときもあると思うんですが、語り手は「絶対聞いて」「そのとおりに受け止めて」って押し付けることはしません。また、聞き手が決めつけたり否定したりすることもなく、それぞれがテーブルに自分の想いを置いていく感覚というか。受け取りたい人が想いを受け取って、またそこからまた新しい想いが生まれて、まわっていく…というイメージですね。生き方交換会という言葉にも繋がりますが、自然と「想いを交換」しています。 いきなり登場人物になろうとしない 藤岡: 生き方交換会の場では、私たちは輪の中には入っているんですが、やっぱり「看護」を振りかざすことなく、ただそこにいて、見ているという感じですね。決して傍観者ではないんですが、「〇〇さん」という方がいたときに、〇〇さんの人生の登場人物の中に、いきなり自分たちを持ってこないというイメージです。私たちは「〇〇さんの隣」というよりは、「ふたつ隣」くらいの距離感がちょうどいいかなと。 私たちの活動に目立つ要素や派手さみたいなものは必要ないと思っていて、「私たち訪問看護ステーションです!」とグイグイいくのも違うと思っているんですよね。〇〇さんの目の前にいる「登場人物」の方々に、当たり前ですができることを最後までやって欲しいんですよ。 必要に応じて、もちろん私たちが出るべきところは出るんですが、それはギリギリまで待つ。ご本人あるいは医療者じゃないご本人の周りにいる方たちに、いかに登場して活躍していただくかというのが大事だと思っています。 制限がある中でも、挑戦する仲間がいる ―訪問看護師として働く中で、事業所の利益・報酬単価との兼ね合いや「〇〇は看護師の仕事ではない」といった線引きがあって、なかなか決められた枠を超えた動きが難しいと思う方もいらっしゃると思います。そういった方々に対してメッセージをいただけないでしょうか。 藤岡: 難しいですよね…。目の前のケアに集中すれば、当然単価の話は出てきますよね。さきほど出てきたお話は、インフォーマルなケアなので。でもやっぱり、目の前の人のことを「自分一人で全部やろう」と思わないこと、家族や隣近所の方々に登場人物として出てきてもらうことが大事だと思います。 小宮: 今のお話、看護学部時代に学んだナイチンゲールの「看護覚え書」の言葉を思い出しました。 藤岡: えっ、なになに?ナイチンゲールはなんて言ってるの? 小宮: 看護師がいない時に、どう回るかを考えてマネジメントすることが重要だということですね。 「責任者たちは往々にして、『自分がいなくなると皆が困る』ことに、つまり自分以外には仕事の予定や手順や帳簿や会計などがわかるひとも扱えるひともいないことに誇りを覚えたりするらしい。私に言わせれば、仕事の手順や備品や戸棚や帳簿や会計なども誰もが理解し扱いこなせるように──すなわち、自分が病気で休んだときなどにも、すべてを他人に譲り渡して、それですべてが平常どおりに行われ、自分がいなくて困るようなことが絶対にないように──方式を整えまた整理しておくことにこそ、誇りを覚えるべきである。」ナイチンゲール,フロレンス著、湯槇 ます/薄井 坦子/小玉 香津子/田村 眞/小南 吉彦 訳 『看護覚え書―看護であること看護でないこと (改訳第7版)』より引用(2011、現代社)より引用 私たちが関われるのは24時間の中で1時間程度というわずかな時間ですし、その方の暮らし全体も視野に入れないといけないですよね。 今井: そうですね。あとは、「枠を超えた働きができない」と葛藤している看護師さんには、「やりたいけどできない」っていう気持ちがあると思うんですよね。そう思っている方々に、「ここにやっている仲間がいるよ」って伝えたいです。 藤岡: いいこと言う! 一同: (笑) 藤岡: 実際に息苦しく働いている方もいらっしゃると思いますし、人によっては死活問題だと思います。でも、私たちのように実践している現場もありますから。もちろん、私たちもやりたいことを完全に自由にやっているわけではなくて、他の職種の方々との連携とか、地域や事業者独自のやり方などに苦しむことはありますよね。制限がないわけはないんですが、その中でもやっている人はいるよ、ということが誰かの勇気につながると嬉しいですね。 ―ありがとうございました! 取材・執筆・編集: NsPace編集部

「ほっちのロッヂ」藤岡聡子氏インタビュー
「ほっちのロッヂ」藤岡聡子氏インタビュー
インタビュー
2024年2月6日
2024年2月6日

多様な人たちが集まり「心地よい」と思える空間をつくる【藤岡聡子氏インタビュー】

長野県軽井沢町の「ほっちのロッヂ」は、「ケアの文化拠点」を掲げ、「症状や状態、年齢じゃなくって 好きなことする仲間として出会おう」を合言葉に、枠にとらわれない活動をしています。「診療所」「訪問看護ステーション」「デイサービス」などを行っていますが、一般的に想起するイメージとは異なります。大きな台所やアトリエがあり、医療資格の有無や年齢、病状等に関わらず、さまざまな人たちが出入りします。医師の紅谷浩之氏とともに、ほっちのロッヂの共同代表を務めるのは、福祉環境設計士の藤岡聡子さん。今回は、藤岡さんのこれまでのキャリアについてや、ほっちのロッヂが生まれた背景などを伺いました。 藤岡 聡子(ふじおか さとこ)さん「老人ホームに老人しかいないって変だと思う」と問いを立て24歳で創業メンバーとして有料老人ホームを立ち上げ、アーティスト、大学生や子どもたちとともに町に開いた居場所づくりを実践。2015年デンマークに留学し、幼児教育・高齢者住宅の視察、民主主義形成について国会議員らと意見交換を重ね帰国。「長崎二丁目家庭科室」主宰(豊島区椎名町)、2019年より長野県軽井沢町にて「診療所と大きな台所があるところ ほっちのロッヂ」を医師の紅谷と共に開業し共同代表。共著に『社会的処方(2019学芸出版社)』『ケアとまちづくり、ときどきアート(2020中外医学社)』。 診療所と大きな台所があるところ ほっちのロッヂ(長野県軽井沢町)「症状や状態、年齢じゃなくって 好きなことする仲間として出会おう」をコンセプトに、大きな台所を起点とし、2019年訪問看護ステーション、2020年に在宅医療(外来・訪問診療)・共生型通所介護・医療型短期入所事業含め全事業開始。運営元:医療法人社団オレンジHP: http://hotch-l.com/Instagram: https://www.instagram.com/hotch_lodge/ 定時制高校での出会いが歪みを直してくれた ―まずは、藤岡さんのこれまでのご経験、キャリアについて教えてください。 私は元々、人材教育会社でキャリアをスタートさせたんですが、働き始めて1年を過ぎたあたりで、たまたま友人から「老人ホームを作ろう」と言われたんですよ。そして、私自身、思い当たることもあり、気づいたら「いいじゃん!つくろう!」って言っていたんですよね(笑)。「人の暮らしのど真ん中に入っていく」きっかけは、この老人ホームの立ち上げでした。まったく違う業界から、いきなり24時間対応の50人程度の規模の老人ホーム運営に携わることになったんです。 少し幼少期のことにさかのぼりますが、私は小6のときに医師だった父を亡くしています。当時弱っていく父を子どもながらに「怖い」と感じ、きちんと父の死に向き合えなかったという心残りがある。そして人が生きることや死ぬことをどう捉えていいかわからなくなり、母親と話すことや学校に行くこともしんどくなり、いわゆる不登校と言われる時期を過ごしていました。人からは不良というレッテルを貼られることも珍しくなかったですね。世間から自分のことを見た目や境遇でそのように扱われることも、とても苦しかった。 進学を機に私の考えは大きく変わったと思います。唯一受験して合格できた先は夜間定時制高校。そこに通い始めたら、学校やアルバイト先で年齢もバックグラウンドも多様な人たちとの出会いがありました。その出会いが私の「歪み」を直してくれたんです。そういった経験を通じて、全く違う属性の人と混ざり合うことの大切さを実感していたので、「老人ホームに老人しかいない」という状況は、そもそも自分の中に引っかかってくるわけですよね。 ―そうなのですね。では、どういった老人ホームになるのがよいと思われますか? 目の前の方がどんな症状・状態であっても、その人が「ああ、本当に今日生きていてよかった」と思える空間を作りたいという気持ちがあるんです。人が「心地いいな」とか「今日はいい出会いがあったな」とか、地味かもしれませんが「お茶が美味しかったな」とか。そういった日常の嬉しさに気付ける空間が、どんな人にもきっと必要だろうと思うんです。 だから、例えば「85歳で要介護2だから、あなたはここね」と振り分けてしまうことに違和感があります。また、介護や医療の専門性ももちろん大事なのですが、今の私のような「そうじゃない専門性」もあっていいよなっていう思いをずっと持っています。 ジブリの映画『崖の上のポニョ』でデイサービスと保育園が併設されているのもいいなと思って。決して制度や機能面から入ったわけではなく、あらゆる状況の方たちが町が洪水になったとしても、「誰かの(恋路を)猛烈に応援する!」と、生ききっているわけですよね。その横顔や描写にとても感動したのです。 ですから、友人に声をかけられた時に思っていたのは、有料老人ホームの中にカフェをつくって、カフェの2階は近所の小学校に通う子どもたちが放課後に立ち寄れる学童保育のようなことをして、あらゆる世代が出会える場にしたいと思っていました。 世代・属性が異なる人たちが集う場をつくりたい ―当時、そのプランに対してのまわりの皆さんの反応はいかがでしたか。 介護職の人たちには、私の考えはまったく理解してもらえませんでしたね。あえて言ってしまうと、「何の専門性もない人間が老人ホームを作っている」という状況ですから。「老人ホームに老人しかいないのは当たり前で、それを変だと疑う人のほうが変」「老人ホームに子どもたちが入ってきたら危ない」とも言われました。私物を隠されてしまうなど、いじわるをされてしまったこともあります。私も当時は若かったので(笑)、「あんまり専門職の子たちと私は合わないのかな」という気持ちにもなってしまいました。 そういった経緯があったのと子育てや母の看病の都合もあって、老人ホームから離れて、大阪から東京に引っ越しました。東京ではさまざまな職業の人と仲良くなって、地域の方々との出会いもたくさんありました。やっぱり私は人が心地よく暮らしていく環境をつくること、整えていくことにすごくフィーリングが合うんですよね。 でも、同時にいわゆる「ケアの現場」の近くにいない方たちっていうのは、町ゆくおじいさん・おばあさんたちとの関係がちょっとぎこちなくなってしまうんだな、ということも感じました。例えば、「あのおじいさん、腰が曲がってて、スリッパ履いてるし、変わった歩き方だけど大丈夫かな」と思っても、声をかけづらい。声をかけて「何かあったらどうしよう」と思うみたいですね。 やっぱり私は、年齢や状況に関わらず、ともに心地よいと思える環境を作りたいと思っていましたし、ケアの現場と距離がある人たちにはできなくて、私だからこそできることがあるなと思いました。だから、世代や属性が離れているような人たちが出会う場所を作ってみたんですよね。ほっちのロッヂを立ち上げる前につくったのが「長崎二丁目家庭科室」です。元々空き家をリノベーションしてゲストハウスを作っているチームと話をしているうちに、「この取り組みを地元の方がなかなか理解してくれない」と。一方で地域の方々とコミュニケーションをとっていると、手仕事・暮らしに関する特技をお持ちの方が多い場所だなと思って。これをもっと日常的に地域の方同士が会えるような環境を作ることができたら面白いと考えて、そのゲストハウス1階を間借りし、「長崎二丁目にある、家庭科室」を名乗ったわけです。 長崎二丁目家庭科室 東京都豊島区にて2018年まで運営されていた福祉・多世代交流の場。 「ようこそ、長崎二丁目家庭科室へ。」(https://nagasaki2-baseforeveryone.tumblr.com/ ) 長崎二丁目家庭科室には、なんとなく町の人たちが集まってきて、編み物とかをして、本来は出会わなかった他者が出会う環境を作ることができて。「ああ、これいいな」と思いました。誰かが何かを教えてると思ったら、逆に教わる側に行っていることもあったりして、関係性が容易に逆転する空間でもありました。 紅谷医師と意気投合し、ほっちのロッヂ誕生 ―その後、ほっちのロッヂを立ち上げられていますが、きっかけはなんだったんでしょうか。 軽井沢町のある教育機関の方針に共感して、代表者に会いにいったことがあるんですが、それがきっかけですね。私はその教育機関に、教育と地域をからめて何かできないかと提案したんです。結果的には制度の壁もあって叶わなかったのですが、実は同時期に時間差で紅谷(※)も同じ方に会いにいっていました。紅谷もその教育機関へ子どもたちを真ん中にするまちづくりがしたい!と提案を持っていくほど熱意があったので、代表者の方が「藤岡さんと紅谷さんが会ってみたらどうか」と紹介してくれたんです。まったくの初対面なので、「誰!?」と思いながら、ちょっと緊張しつつ顔を合わせました(笑)。 ※紅谷 浩之(べにや ひろゆき)氏:医師/医療法人社団オレンジ理事長/ほっちのロッヂ共同代表 でも、すぐに気が合いましたね。私が地域で「教える側・教えられる側の関係性が逆転する空間」っていいな、と思ったのと同様に、紅谷はケアの対象だと思っていた医療的ケア児とのコミュニケーションを通じて、「医師として変われた」「学べた」ということを、とても大事な経験として持っていました。そして、あらゆる状態にある子どもたちが学んだり、遊べたりする子ども中心の町・地域を作りたいという想いを持っていたんですよね。医療的ケア児のコミュニティを全国に広げて、「軽井沢で1ヵ月空き家を借りたからキャンプしよう!」なんてこともできちゃう行動的な人だったんです。 参考: オレンジキッズケアラボ「軽井沢キッズケアラボ」 私が「老人ホームに老人しかいないのは変だと思う」って言ったことに対しても、紅谷は「ワハハ! さとちゃん(※藤岡さんのこと)、面白い!」って言ったんですよ。そんな反応をされたことがなかったので、「え?こんな人初めて!」と驚きながらも「そうだよね!」と意気投合して。 こんな風にたまたま在宅医療をやっていた紅谷と、そうじゃない人間である私が出会って始めたのが「ほっちのロッヂ」なんです。 得意なことがたまたま「在宅医療」だった ―藤岡さんの意見を受け入れてくれる紅谷先生との出会いがあったからこそ、「ほっちのロッヂ」があるんですね。 そうですね。こういう始まり方なので、私にとっては紅谷が医師であろうがなかろうが、いい意味で関係がなかったのです。自分の価値観に共感してもらえた経験がないまま数年過ごしてきた中で、たまたま紅谷が共感してくれて、たまたま医師で、在宅医療をやっている人だった。そこまで知っちゃったら、そういう人に対して一緒に「ケーキ屋さんやりませんか」とか、「宿をやりませんか」とか言えないですよね(笑)。 「じゃあ診療所だ」って思って。その中でも、医師も看護師も医療的な専門性のない人も含めた、いろんな人からできたチームをつくろうと思ったんです。作り手側がお互いやってみたいと思うことの実現のために、「在宅医療」っていう得意技を使ったということですね。やるからには本気で取り組んでいますし、医師も看護師も必要です。それに加えて、私は人がここにいて「気持ちいいな」「嬉しいな」「いい一日だったな」と思える空間をつくりたいという願いがあるので、それを実現していくために少しずつ動いたという感じですね。 ―「訪問看護ステーションをつくりたい」「診療所をつくりたい」という箱や枠の部分から考えるのではなく、「こういう場をつくりたい」が先に来ていたんですね。 次回は、ほっちのロッヂで訪問看護師として働く方々も交えてお話を伺います。>>後編はこちら医療と福祉と、エトセトラ。枠にとらわれない『ケアの文化拠点』とは 取材・執筆・編集: NsPace編集部

ラダー&評価制度
ラダー&評価制度
インタビュー
2023年8月29日
2023年8月29日

訪問看護のラダー&評価制度 マネジメント層教育に残る課題への取り組み

訪問看護スタッフや管理者に対する評価制度としてラダーを採用しているソフィアメディ株式会社。今回は、特に「マネジメントラダー」における課題や、業界全体に求められる教育制度に関して、前回と同じくQM(クオリティマネジメント)推進グループの篠田 耕造さん、田中 麻奈美さん、福島 圭輔さんに、お話を伺いました。 >>前編はこちら訪問看護のラダー&評価制度 キャリアパスを「見える化」する意義 篠田 耕造さん/CQO(Chief Quality Officer)公立総合病院、専門病院、地域包括ケアを行う法人で、教育体制や業務プロセス・品質管理に携わりながら、MBA(経営管理学修士)・認定看護管理者を取得。日本看護協会教育委員・学会企画、岐阜県看護協会副会長等を歴任。JNAラダー・教育システム、管理者研修、医療経営セミナー講師などを行う。2022年よりソフィアメディ株式会社CQOに就任。田中 麻奈美さん作業療法士歴21年、ソフィアメディに在籍して13年目となる。訪問看護ステーションで従事していたが、産休・育休を機にキャリアチェンジし、バックオフィスの仕事も兼務。2020年よりQM推進グループに所属。スタッフ全般の育成プログラム作成、ラダー体制の整備などを行う。福島 圭輔さん理学療法士歴20年ほど。ソフィアメディには2013年に入社し、東京都大田区ステーション池上にてセラピストとして勤務。2016年分室であるステーション西馬込の主任セラピストとなる。2020年にバックオフィスへ異動。2020年から1年間採用担当、2021年からQM推進グループに所属し、管理者や主任など、マネジメント層に対しての育成、研修などを担当。※本文中敬称略 ※本記事は、2023年5月の取材時点の情報をもとに制作しています。 課題となるマネジメントラダーの作成 ─管理者に対する教育「マネジメントラダー」について教えてください。 福島: 現在QM推進グループでは、マネジメントラダーの作成も進めています。本来は全領域を網羅したラダーを一気に作成できるといいのですが、非常に難易度が高いため、段階的に作成しています。まずは、新任管理者を対象としたものから着手しました。先輩管理者から受けるOJTと、我々が作成するOff-JTが横軸で支援し、管理者を育成していきます。 また、弊社のビジョン、ミッションを達成するため、「管理者としてあるべき姿」の要件を挙げています。その要件を満たすための「6つの能力」を設定しています。「6つの能力」については、日本看護協会の病院看護管理者のマネジメントラダーを参考にし、そこから到達目標や具体的な基準と項目を加え、マネジメントラダーとして構築しました。 篠田:20代後半から30代前半の経験の浅い若手管理者がスタッフの育成や評価を行うのは、やはりハードルが高いものです。しかし、指定訪問看護事業所として、管理者が従業員の資質向上や研修の機会を確保する必要があり、新任管理者であっても育成・評価から事故・苦情対応まで幅広い役割が求められます。ですから、まずは新任管理者層を重視して育成し、プログラムについても現在作成している最中です。管理者育成の全体最適化はこれからですね。 QM推進グループ 打ち合わせの様子 縦軸と横軸でフォローを充実させていく ─Off-JTとOJTとも関わりがあるのですね。 篠田: はい、もちろん。QM推進グループではステーション支援の機能も持っており直接的なサポートも併せて行っています。マネジメントスキルの高い管理者が寄り添って行うOJT体制を推進しています。それらを「縦軸」とし、バックオフィスは、マニュアルを充実させる・研修を行う・システムを整えるといった「横軸」のフォローを行って、組織全体で新人管理者を支えるしくみを充実していきたいと考えています。いまが本格的に動き出した、というタイミングですね。 「QM推進グループで経験値の高い管理者を地域に派遣する」という支援方法もありますが、我々が目指しているのはそのようなかたちではありません。限られた人材でまわしていくのではなく、あくまでもステーションがあるそれぞれの地域に近い指導者が活躍してくれるのが理想ではないかと考えています。地域の特性や属性などを理解している人材を活かし、地域に根差すステーションをつくる、というところを目指したいんです。 全国的に訪問看護ステーションの量と質の拡大が求められる中で、一番の課題となるのは管理者不足と、その育成にあります。とはいえ、弊社は既に「管理者をやったことがないからできない」という言い訳ができる規模ではありません。全国にステーションを持つブランドとしてやるべきことは、そういった弱点といえる部分を放置せず、しっかりと支えて育成すること、リードタイムを短くしていくことではないかと考えています。もちろん、管理者以外のスタッフ育成やケアの質保証や向上に向けても整えていく予定です。 田中: たとえば、セラピストに関しても日本看護協会のラダーを参考にしながらラダーを作成しています。ただ、やはり全国を見てもセラピストにラダーを導入している実例がないので、なかなか苦戦しています……。運用して、現場の声を集めながら進めていきたいと考えています。「訪問看護にマッチするセラピストとは」といった面についてもこれから追求していく必要がありますね。 業界の大きな課題に立ち向かう先駆者 ─ここまでお話を伺って、業界全体の課題もあるように思いました。 篠田: はい。まさにこれからというところであり、いま粛々と、着実に進めているところです。課題感は大きいですね。ただ、高齢化社会の中で本当に生活を支えていく訪問看護はなくてはならないものであり、我々の課題は業界全体の課題でもあるといえます。弊社がある意味先駆的に物差しと価値を示していき、経営基盤を活かしてできることに取り組み責任を果たしていくことが必要、とも思うんです。 訪問看護は社会的インフラとしてニーズが高まっている一方、経営は難しい実態があります。人員確保はするものの、教育については「おいてけぼり」になっているのが今の状態です。実務に追われ、手が回らないんですね。このような事態を招かないためにも、弊社も、体系的な教育プログラムと併せて、大規模ステーションでの研修体制など、地域の教育ネットワークを構築することも、ソフィアメディだからこそできることではないかと。地域のステーションや施設へ、部分的にプログラムを提供することも視野に活動を推進していきたいですね。 ─訪問看護には独特の教育が必要ですね。 篠田: そうです。病院とは異なり、訪問看護は「人の生活の場」に入って行くので、そこで看護を行うにあたっての「意思決定支援」と、その意思決定を支えるための「協働する力」がより重要になります。お客様の状況や家庭に合わせて調整する力が高く求められます。また、訪問看護は継続的な日常の療養支援が必要であり、在宅療養者のニーズに応じて、医療や介護を包括的に提供できるよう調整することが求められます。当然、一律な介入はあり得ませんので、事例を通して経験し、確実に次に繋げていくチームでの経験学習が大切になりますね。 そこが、ある意味では訪問看護の「醍醐味」ともいえます。本当の意味での「お客様本位」を考え、それが達成できる喜びも感じられる。そのぶん負担もありますが、それを支えていけるだけの教育システムをつくっていきたいと考えています。 ─ありがとうございました! 執筆: 倉持 鎮子取材・編集: NsPace編集部

ラダー&評価制度
ラダー&評価制度
インタビュー
2023年8月22日
2023年8月22日

訪問看護のラダー&評価制度 キャリアパスを「見える化」する意義

ソフィアメディ株式会社は、訪問看護スタッフや管理者に対する評価制度としてラダーを採用しています。随時改定を行いながら、スタッフの育成に効果をもたらすために模索を続けています。ソフィアメディの訪問看護において、ラダーはどのような価値を持つものなのでしょうか。QM(クオリティマネジメント)推進グループの篠田 耕造さん、田中 麻奈美さん、福島 圭輔さんにお話を伺いました。 篠田 耕造さん/CQO(Chief Quality Officer)公立総合病院、専門病院、地域包括ケアを行う法人で、教育体制や業務プロセス・品質管理に携わりながら、MBA(経営管理学修士)・認定看護管理者を取得。日本看護協会教育委員・学会企画、岐阜県看護協会副会長等を歴任。JNAラダー・教育システム、管理者研修、医療経営セミナー講師などを行う。2022年よりソフィアメディ株式会社CQOに就任。田中 麻奈美さん作業療法士歴21年、ソフィアメディに在籍して13年目となる。訪問看護ステーションで従事していたが、産休・育休を機にキャリアチェンジし、バックオフィスの仕事も兼務。2020年よりQM推進グループに所属。スタッフ全般の育成プログラム作成、ラダー体制の整備などを行う。福島 圭輔さん理学療法士歴20年ほど。ソフィアメディには2013年に入社し、東京都大田区ステーション池上にてセラピストとして勤務。2016年分室であるステーション西馬込の主任セラピストとなる。2020年にバックオフィスへ異動。2020年から1年間採用担当、2021年からQM推進グループに所属し、管理者や主任など、マネジメント層に対しての育成、研修などを担当。※本文中敬称略 ※本記事は、2023年5月の取材時点の情報をもとに制作しています。 ラダーの浸透が難しい訪問看護業界 ─病棟を含め、「看護師のクリニカルラダー(日本看護協会版)」(JNAラダー)を見たことがある看護師は多いと思いますが、2023年6月にはクリニカルラダーに代わる新しい指標も示されました。違いについて教えてください。 篠田: もともと2016年に日本看護協会がラダーを開発した目的は、病院と高齢者施設・訪問看護が地域完結型のシームレスな看看連携を目指す上で、双方に共通する基準をつくるということにありました。クリニカルラダーは看護師共通の評価システムで、実践能力を5レベルに分け、それぞれ習得すべき「4つの力」(意思決定を支える力/ニーズをとらえる力/協働する力/ケアする力)に分けて目標を設定していました。 2023年の改定後の指標は「生涯学習」をテーマにしており、変化する社会やニーズに合わせて、看護職が継続的な学習を主体的に取り組み、その能力の開発・維持・向上を図り続けるための羅針盤として公開されました。看護職一人ひとりが看護職として活躍し続けるためには、各自のライフイベントや価値観に応じて、仕事と生活の調和を図りながら自律的に学ぶことが求められています。キャリア視点が加わったというイメージです。 ■看護師のラダーについて 2012年: 日本看護協会「助産実践能力習熟段階(クリニカルラダー)」を公表2016年: 日本看護協会「看護師のクリニカルラダー(日本看護協会版)」を公表2019年: 日本看護協会「病院看護管理者のマネジメントラダー(日本看護協会版)」を公表2023年: 日本看護協会「看護師のまなびサポートブック」(看護師に求められる「看護実践能力」と、それに基づく学習項目、看護実践能力習熟段階も掲載)を公表※「看護師のクリニカルラダー(日本看護協会版)」に代わる指標参考:日本看護協会出版会「50年のあゆみ」(https://www.jnapc.co.jp/50th/chronology.html) ―訪問看護において、ラダーはどの程度導入されているのでしょうか。 篠田: 訪問看護のラダー導入率は全国的に見ても低く、協会は看護師間・施設間・地域間の切れ目のないケア提供を目指すためも、JNAラダーの浸透を推進していました。全国展開を目指す弊社においても、業界全体の流れと同じくラダーの定着が急務となったんです。 弊社がまずベースとしたのは、JNAラダーと滋賀県看護協会で出している訪問看護師向けのステップアップシートです。そこにソフィアメディの方針に基づいた調整・更新を随時行いながら、運用してきました。 そして、今回の日本看護協会の『看護師に求められる「看護実践能力」と、それに基づく学習項目、看護実践能力習熟段階』の公表に合わせて、我々も社内の評価システムをアップデートしているところです。 ─ありがとうございます。皆さんは評価制度の検討を担当されていると伺っていますが、もう少し担当されている業務の内容について教えてください。 福島: 私たちはQM推進グループに所属しており、そのグループが受け持つ業務のうちのひとつが、従来のラダーを含む評価制度についての検討・改善です。 振り返り面談の時だけに確認するような表面的な評価制度ではなく、日々の仕事に実際に活用できるか、といった点にも配慮しながら検討しています。現在は、研修をはじめとしたOff-JTだけでなく、どのようにして実践(OJT)にラダーや新人教育プログラムを組み込んでいくか、より実践的なものに仕上げられるか、ということを重点的に議論しています。周知内容・研修内容・コミュニケーションの方法など、施策の進行度合いやスタッフの反応も確認しながら進めています。 グループ内では進める施策ごとにチーム分けを行っているのですが、週1回のミーティングで全体進捗・部分進捗も確認しています。チーム内ではミーティング以外に1on1も行っており、体調管理や日々の小さな疑問点などを解決していく時間としています。 グループ内のオンラインミーティングの様子 新人をフォローする役割も持つ評価制度 ─評価システムの内容について、具体的に教えてください。 田中: これまで弊社では、クリニカルラダーにキャリアパス的要素を加えてアレンジし、「4つの力」ごとに採点が行われるような運用を行ってきました。カテゴリごとの到達度をパーセンテージで算出し、レーダーチャートで実践能力が可視化されるようなしくみを導入していました。現在は、もっと日々の実践の中でラダーを活用できるように、このようなしくみ自体を見直ししている最中です。 今回は、新たに導入した新人教育プログラムの一部である「クリニカルラダーレベル1」についてお話しできればと思います。こちらが実際のラダーの一部です。 日々の実践を反映させ、ラダー評価ができるように工夫しています。例えば、この表においては、4つの力にそれぞれ①から④の番号を振り、「①-1」「①-2」…と細分化して、各項目の実践内容を具体的に書いています。ここに実践した日付を記載していくことで、日々の実践の中でラダーの項目を振り返りながら進めていくということができるんです。 篠田: それぞれの力に必要なOJTの内容が表示されており、それを実践したことを「振り返りシート」に記入するという、ラダーと実践が紐づけられたしくみも採用しています。これまではこの結びつきが非常に弱く、ラダーにおいて自分が目標達成に向け日々の実践で何をすべきかがわかりにくいものでした。また、評価が人事考課で行われ、半年に一度という頻度だったため、やはり日々の実践との結びつきという意味では非常に弱かったため、そういった点を改善しました。 初期は毎日、3ヵ月を過ぎたら1週間ごとなど、入社歴が浅いほど評価の頻度は高くなっています。「安全でかつ安心な訪問看護を提供する」というフェーズにいち早く届くよう、より細かく、より丁寧に評価するようにしているんです。「スモール・サクセス」とでも言いますか、細かく達成感を得られるようにしているんです。 ─「レベル1」は、いわゆる「新人さん」のプログラムとのことですが、なぜレベル1の教育プログラム整備を優先されたのでしょうか。 訪問看護の1年以内の離職率は15~18%と、病院の離職率の11%前後と比べても高めです。病院とは違い、一人で目の前のお客様に対応する力が求められる訪問看護では、総合的な技術を持ち、調整を完結できるレベルだと思える「自己効力感」がなければ継続できる領域ではありません。新人さんがより早く裏付けのある自己効力感を持つためにも、やはり共通の物差しとして、評価制度を整備する必要があると考えました。JNAラダーはすべての看護師に必要な実践能力です。地域で求められる訪問看護の役割をキャッチアップしつつ、体系的な教育システムとして質の高いケア提供の実践に繋げていく事が重要だと考えています。 なお、弊社は教育体制として「チーム支援型」を採用しており、そのチームの中で指導に立つメンバーに対しての研修も当然重要視しています。指導者を通してチームメンバーの評価や状況把握を行うなど、直接評価を伝えていたときとは異なる体制を整えつつあります。また、現状は「経験を通しての教育」を行っている状況ですが、順次整備していく予定です。 ―試行錯誤しながらの整備・運用だと思いますが、どのような部分に課題を感じていますか? 評価の段階は現在のところ3段階ですが、なにをもって「1」とするか「3」とするかの評価基準はあっても、評価者の経験や尺度によって変わってしまうことが課題ととらえています。病院では目の前で実践の評価がしやすい環境ですが、訪問看護は同行しないと実践の状況が確認できない環境です。評価者間での評価のバラツキが生じやすいことが課題と捉えており、整備していきたいと考えています。 ただ、考え方として押さえておきたいのは、ラダーはいわゆる「ラベル付け」のための評価ではないということです。評価すること自体が目的ではなく、あくまでも自身の成長のため、実践能力の評価・自己研鑽のツールであり、共通の物差しとして活用していくものです。厳しすぎる評価は成長を止めてしまう危険性もある。そうではなく、キャリア学習の支援、成長を促進につながるような評価制度にしたいというのが我々の願いです。 やはり病院よりも訪問看護は個別性が強くなりますので、「なにをもって」というのはお客様視点だと思います。病院であればキュアの視点で判断しやすいのですが、訪問看護は「生活」の視点をふまえた幅広いケアの視点が必要です。その人らしさを総合的に看るヘルスアセスメントが重要となり、すべての看護師に高い能力が求められます。訪問看護の特性を踏まえた上で、目の前のお客様のためにできることは何かを、さらに追い求めていく必要がありますね。 実績や頑張りが「見える化」されたという声 ─看護に直接携わるスタッフは、こういった評価制度をどのように捉えているでしょうか? 田中: 見えなかった部分が「見える化」されたというのは、スタッフにとって非常に大きいようです。訪問看護は病院と異なり、非常に主観的な評価に頼らざるを得ない側面がありましたが、ラダーを元に指導者とスタッフが面談を行うことで、「どう伝えたらいいのかわからない」「共通の物差しがなかった」という悩みがある程度解決できたという意味に受け止めています。それまで「報われなかった部分」ともいえる頑張りや努力が、評価に繋がっているということではないかと。現在、管理者に対するマネジメントラダーの作成も開始されていますし、さらに改善していけるといいなと考えています。 * * * 後編では、マネジメント層の評価制度についてお伺いします。 >>後編はこちら訪問看護のラダー&評価制度 マネジメント層に残る課題への取り組み 執筆: 倉持 鎮子取材・編集: NsPace編集部

日本訪問看護認定看護師
日本訪問看護認定看護師
インタビュー
2023年7月4日
2023年7月4日

日本訪問看護認定看護師協議会 立ち上げ経緯&想い【特別インタビュー】

「訪問看護認定看護師/在宅ケア認定看護師」は、日本看護協会が行う認定審査に合格し、訪問看護において高いレベルの技術力や知識を持つと認定されたスペシャリストのこと。今回は、日本訪問看護認定看護師協議会の取り組みについて、代表の大橋奈美さんと、監事の野崎加世子さんにお話しいただきます。 <参考> 新認定看護師制度への移行について2020年度から新認定看護師制度が誕生し、訪問看護認定看護師は「在宅ケア認定看護師」に名称変更。また、これまでは別途行っていた特定行為研修(※)が認定看護師制度に取り込まれることになりました。旧認定看護師制度は2026年度で教育終了予定です(認定審査は2029年度までで終了)。 ※看護師が医師による手順書により特定行為(診療の補助)を行う場合に特に必要とされる研修。在宅ケア認定看護師を目指す場合、在宅・慢性期領域の特定行為(呼吸器、ろう孔管理、創傷管理、栄養及び水分管理に係る薬剤投与関連)を学ぶ。 ○プロフィール大橋 奈美(おおはし なみ)さん/協議会代表理事看護学校卒業後、総合病院等に勤務。2004年ハートフリーやすらぎ訪問看護ステーションに入職し、現在は常務理事。訪問看護のユニフォームを着て病棟に行けば病棟看護師に声をかけられ、近所を歩けば地元の方とフランクに会話するなど、地域に密着している現役の訪問看護師でもある。現監事の野崎さん(当時代表)の訪問看護師としての姿勢に感銘を受け、協議会へ。 野崎 加世子(のざき かよこ)さん/初代 協議会代表理事&現 監事看護学校卒業後、総合病院に勤務。岐阜県看護協会訪問看護ステーションの立ち上げから関わり、2023年3月末に定年退職。ステーション連絡協議会の会長職を10年以上歴任。岐阜県内で初めてナーシングデイを開設する、高山市内唯一の医療福祉アドバイザーに就任するなどパイオニア的な存在。現在「これからの在宅医療看護介護を考える会」の代表として活躍中。豊富な経験を基に訪問看護の魅力を伝えており、講演依頼が絶えない。 ※文中敬称略 協議会の活動内容&立ち上げ経緯 ―そもそも日本訪問看護認定看護師協議会は、どんなことをしている団体なのでしょうか。 大橋: 日本訪問看護認定看護師協議会(以下、「協議会」)は、訪問看護認定看護師のネットワーク構築と、訪問看護全体の質向上を目指して2009年に誕生しました。「施設から在宅へ」という大きな流れがあるなかで、訪問看護・在宅ケアのスペシャリストである認定看護師は、重要な役割を担っています。認定看護師同士で情報交換をしつつ自己研鑽を積み、地域包括ケアシステムの推進に貢献できるように日々活動しています。 ■日本訪問看護認定看護師協議会 活動 日本訪問看護認定看護師協議会ホームページ(https://jvncna.net/block_act/)より 当初は100名からのスタートでしたが、地道にネットワークを全国に広げていき、現在では362名の仲間がいます。認定看護師同士の研修会・勉強会はもちろん、協議会の外に向けても積極的に情報発信していますね。 例えば、2024年度の医療保険・介護保険の同時診療報酬改定に向けた要望書の作成や、訪問看護ステーションの運営・多機能化に関するコンサルテーション活動等を行っています。また「訪問看護に新たなツールを導入できないか」という試みを行ってくださる団体・法人等からのお声がけに対しても積極的に協力しています。 ―どのような組織単位で活動しているのでしょうか。 大橋: まず、年2回の総会をはじめとした協議会全体としての活動があります。また、地域特性もありますので、全国を大きく9ブロックに分けて地域単位の活動もしているんです。ブロックごとに交流や研修会の開催、地域貢献活動の企画&運営等も行っています。 ■日本訪問看護認定看護師協議会の9ブロック 日本訪問看護認定看護師協議会ホームページ(https://jvncna.net/block_act/)より ―ありがとうございます。2009年に協議会を設立されたとのことですが、初代 代表の野崎さんに、当時の経緯を教えていただきたいです。 野崎: はい。私は日本訪問看護財団の訪問看護認定看護師 教育課程(※)の2期生でした。当時はまだ開講したばかりだったので仲間も少なく、病院の看護師からは「訪問看護認定看護師って具体的に何をするの?」と聞かれてしまうほど知名度も低かったんです。認定看護師の役割である実践・相談・指導をどう進めるべきか、悩みました。 ※日本訪問看護財団の認定看護師教育課程(訪問看護)は2021年度より閉講。 そこで教育課程時代の恩師に相談したところ、団体(協議会)を作ることをすすめていただき、「あなたが代表ね!」と言われたんです(笑)。そういったきっかけで協議会を設立し、活動をさらに充実させるために2014年に一般社団法人化。今は大橋さんに代表をバトンタッチしたという経緯です。会員も当時の3倍以上になり、ずいぶん仲間が増えましたね! ―設立するにあたり、認定看護師さんたちや関係各所の方にはどのように声掛けをしていったのでしょうか。 野崎: すべての認定看護師の教育課程拠点に順次説明をしにいき、「在宅療養者が望むように過ごすには、質の高い看護を追求する仲間が必要です」という想いを伝えました。また、総決起大会を開き、「私たち訪問看護認定看護師はこれからも地域のために、看護のために活動します!」という宣言もしました。 設立後も、訪問看護認定看護師がいない自治体には、直に出向いてその意義をご説明する…といった地道な活動もしましたね。 ―反対意見やご苦労はありませんでしたか? 野崎: そうですね。協議会設立に限らず、新しいことをしようとすると、大抵反対のご意見はあるものです。「協議会はいらないのでは?個人で活動すればよいのでは?」というお声もいただきました。でも、「私たちの目指すところは地域ネットワークの構築であり、訪問看護の充実なんだ」という想いは、皆さん一緒なんです。しっかり対話していくことでご理解いただけて、無事に設立できました。 ―野崎さんの真摯にご説明をされる姿勢、前向きに周囲を巻き込んでいくパワフルさはなかなか真似できないものだと思います。大橋さんも、野崎さんの講演会を聞きにいかれたことがきっかけで協議会に入られたそうですが、そのときのことを教えてください。 大橋: そうなんです! 当時、別の訪問看護認定看護師さんの講演にも行っていたのですが、そこでは訪問看護に関するネガティブなことがたくさん語られていました。その上で最後に「やりがいがあるから皆さん来てください」っておっしゃるのですが、正直「こんなことを聞いて誰が訪問看護をやるんだろうか」と思っていました…。 これではいつまで経っても訪問看護師も認定看護師も増えない、と思っていた時に、野崎さんの講演を聞いたんです。野崎さんのお話のなかにはネガティブな言葉が一切なく、お話にも心から共感しました。私は「これぞ理想の認定看護師だ!」と、すっかり心を奪われたんです。もっとお話が聞きたくて、知り合って間もないのに「仲間たちと一緒に岐阜まで行っていいですか?」と連絡したことも。大歓迎してくださり、下呂温泉にも連れて行ってもらいました(笑)。 野崎: そんなこともありましたね(笑)。 大橋: だから私の講演も、99%は成功体験を語るようにしています。野崎さんのすごさは、協議会設立時もそうですが、それ以外でも積極的に行政や病院、関係者にアプローチして交渉し、新たな体制を作りあげていくことです。「体制がないなら作る」というポジティブな発想は、私のロールモデルになっています。 野崎: ありがとうございます。協議会の私たちが暗い顔をしていたら「訪問看護師になりたい」「協議会に入りたい」と思えませんから、これからも笑顔かつポジティブでいたいですね。 全国の仲間たちと訪問看護の質向上に貢献 ―協議会設立から約15年、法人化から約10年経ちました。協議会の活動を通して、訪問看護認定看護師の認知度や活動内容は変化しましたか? 野崎: はい、確実に変わっていますね。まず、困難事例があった際は、認定看護師が所属している事業所に依頼が来るようになりました。また、多職種が集う会議に参加した際、認定看護師が中心となってまとめている姿を見たこともあり、地域包括ケアの中心的な立ち位置になっていっていることを実感します。 大橋: 冒頭でも少し触れましたが、「訪問看護に関する協力要請は協議会に」という流れも定着しつつありますよ。例えば最近は大学との協働案件が多く、ポケットエコーやVRの研究に協力しています。コロナ禍には、日本訪問看護財団から感染防護具を各県に配布したいというご依頼をいただいたのですが、協議会のネットワークを活用して迅速かつ公平に対応できました。日本財団から遺贈基金をいただいて「在宅看取りを実践できる訪問看護師の育成事業」を実施できたことも、大きな功績です。 野崎: 認定看護師の知識と経験、そして使命感をもってやり遂げられたことは、協議会としても誇れることですね。 大橋: 全国に信頼できる仲間がいるからこそ、こうした大きな事業や取り組みができます。誠実な仲間たちに感謝です。 ―改めて、訪問看護認定看護師の存在意義や求められる姿勢について教えてください。 大橋: 我々には、大変な場面でも逃げずに利用者さんの側に居続ける姿勢が求められると思います。しっかりとアセスメントをして、諦めずにとことん考えていくことが認定看護師の存在意義ではないでしょうか。 野崎: 利用者と向き合う強さが必要なので、ズルい人にはできないですし、真摯に向き合うことが大事だと思います。訪問看護は、熱いハートと冷静な頭脳を持たないとできませんが、そこが魅力でもありますね。 大橋: 全部引き受ける覚悟も必要ですよね。覚悟があるから、よく勉強もする。病棟と違って対象者は全世代であり、疾患もさまざまです。本当にみんなよく勉強していると思います。野崎さんや私も、最近特定行為の研修を修了しましたしね! また、全国の訪問看護師さんたちの相談に乗るのも、私たちの重要な役目です。私が相談に乗る時は、なるべく可視化してお伝えするようにしています。「ストンと腑に落ちました」と言っていただけると、気づきを促す実践・指導ができた、と思えます。認定看護師は社会資源のひとつなので、ぜひ活用いただきたいです。 野崎: 本当にそうですね。全国に訪問看護認定看護師がいるので、壁にぶつかった時はぜひ気軽に相談してもらいたいです。 新たな仲間たちとともにさらにパワーアップ ―今後の協議会は、どのように発展していきたいと思いますか? 野崎: 認定看護師が継続して学べる環境の整備と、国の政策に活かせる活動をしていきたいですね。最近では企業から相談事業の依頼を受けることもあるので、情報交換をしながら活躍の場を広げたいと思っています。 大橋: 訪問看護ステーションに就職する際、「認定看護師がいる事業所なので選びました」という方も多いようです。認定看護師の役割を人材育成にも広げ、互いに育み合いながら裾野を広げていけるといいですね。 また、若手にとってもベテランにとっても、利害関係のない認定看護師に悩みごとや相談ごとを吐露できる環境があることは大切だと思います。今後はどんどん特定行為ができる「在宅ケア認定看護師」も増えてきます。名称は変わっても目指す部分は同じなので、これまで創り上げてきた基盤を大事にしつつ、新たな仲間を増やしてネットワークを強化したいと思っています。 ※本記事は、2023年4月の取材時点の情報をもとに構成しています。 取材・執筆:山辺 智子 日本訪問看護財団 研究員/看護師・保健師研究を通して訪問看護認定看護師の能力と行動に魅了され、活動を応援している一人編集:NsPace編集部

教育×訪問看護
教育×訪問看護
特集 会員限定
2023年5月2日
2023年5月2日

オンライン実習事例から学ぶ 教育×訪問看護の連携【セミナーレポート】

2023年1月28日に開催した「【トークセッション】教育×訪問看護の連携」。フリーアナウンサーの中村さん進行のもと、山形大学の松田教授と訪問看護師の川俣さんによるトークセッションを実施しました。山形大学の看護学科で行った「訪問看護ステーションと連携したオンライン実習」の事例を通し、教育と訪問看護が今後どう関わっていくべきかについて考えます。 ※約50分間のトークセッションから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】松田 友美 さん山形大学大学院医学系研究科看護学専攻 在宅看護学分野 教授川俣 沙織 さん山形県訪問看護ステーション連絡協議会 副会長訪問看護ステーションにこ 管理者【ファシリテーター】中村 優子 さんフリーアナウンサー。著名人のYouTubeチャンネル運営、著者インタビューなどを多数手がける※本文中敬称略 オンライン実習で知識と考える力をつける 中村:川俣さんが管理者を務める「訪問看護ステーションにこ」が山形大学看護学科の在宅看護オンライン実習(以下「オンライン実習」) に協力されたきっかけは、松田先生からのお声がけだったと伺っています。依頼された経緯について教えてください。 松田:コロナ禍で在宅看護実習をすべて中止せざるをえなくなり、川俣さんに藁にもすがる思いで、初めは実習の導入講義をお願いしたんです。 川俣:協力させていただくからには、訪問看護の楽しさや臨場感が伝わる内容にしたくて。私がただ講義をしても面白くないので、ステーション内で相談し、スタッフの協力のもと、現場と学生さんをオンラインで繋いで「同行しているような実習」を行うことになりました。 松田:オンラインではどうしても実際に体験することは難しいですが、訪問看護の重要な視点を事前学習した上で実習を行うことによって、知識とそれを使う思考回路が鍛えられました。技術は社会人になってからでも磨けるけれど、知識や考える力を養うのは学生のうちでないとなかなかできないので、とても良い内容だったと思っています。 実習で訪問看護の力、あり方が伝わった 中村:実際にオンライン実習を受講した学生のみなさんの反応はいかがでしたか? 松田:学生たちの反応は、予想以上に良いものでした。まず、実習はできないだろうと諦めていたのに、現場を見られたことに対する喜びですね。そして何より、看護の力を実感できたようです。教科書には「看護はその人の力を引き出す」と書いてあるけれども、いまいちピンとこない。でも、実際に看護師さんが利用者さんに接する様子を見て、生の声を聞いて、どういうことか理解できた、と。 川俣:複数の学生さんが同じ利用者さんの看護現場を共通体験できるメリットも大きかったと思います。 私たちは日ごろ、ひとりの利用者さんに複数のスタッフが関わるようにしています。利用者さんは「多面体」なので、複数人で関わったほうが気づきを得られると考えているからです。そして、その結果をもとに、どういう方針で看護をしていくかチームで考えます。 今回のオンライン実習では、学生さんたちに、その過程と似たような体験をしてもらえました。お互いに意見を交換する中で、「ほかの人はそう考えるんだな」という、他者の視点からの学びがあったはず。また、「多様な意見があっていい」ということも理解してもらえたと思います。 これは通常の実習ではなかなか得られない学びだと思うので、今後の看護師人生にいい影響を与える経験になったのではないでしょうか。 松田:そうですね。学生からも、「ほかの人から自分では思いつかない意見が聞けて勉強になった」「信頼関係の築き方の多様性を学べた」といった声が寄せられました。 新卒で訪問看護に携わる道もつくりたい 中村:オンライン実習の取り組みを経ての今後の展望について教えてください。 川俣:オンライン実習は臨地実習の代替ではなく、演習と臨地実習の間に挟むことで、学びを効率的に補完できる可能性があると評価しています。コロナ禍に限らず、よりよい形を模索しながら継続できればと思っています。 松田:卒業生に対するアンケートで「どんな教育が今役に立っていると感じるか」という質問をしたところ、「在宅看護のオンライン実習」と答えてくれる学生が多くいました。川俣さんのおっしゃるとおり、今後も積極的に導入していくべきではないかと考えます。 次のステップとしては、実際に在宅看護に関わりたい、訪問看護ステーションに就職したいという人材を増やしていくことではないでしょうか。 川俣:現段階では、新卒看護師を訪問看護ステーションで採用できる事業所はまだまだ少ないと感じています。病院で経験を積んでから訪問看護に移行するというのが多いと思いますが、今回の経験で考えが変わりました。利用者さんの人生に寄り添うという観点では、新卒であっても十分に活躍できると思います。もちろん、技術的な部分での医療機関との連携をはじめとしたフォロー体制は必要で今後の課題でもあります。地域の医療機関等のみなさんと協力体制を構築して、新卒から訪問看護に携わるというキャリアの実現に向けて、頑張っていきたいです。 松田:訪問看護に従事するにあたり、しっかりとした知識や技術、マナー、判断力などが必要なことは確かです。でも、コミュニケーションってそんなに構えなくても良い、難しいことではない、訪問看護はやりがいがあって楽しいということを、私たちも講義や実習で伝えていきたいと思います。 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア * * * ※本トークセッションと同日開催した録画配信セミナー、アンコール開催セミナーに関しましては、以下のセミナーレポートをご覧ください。 >>【セミナーレポート】vol.1 BCP策定の基礎知識/BCP策定へのSTEP~いのちと暮らしを守る、継続可能な業務計画を考える~ >>【セミナーレポート】調整役としても活躍する -訪問看護師によるエンゼルケア-

ピラティス×訪問看護
ピラティス×訪問看護
インタビュー
2023年5月2日
2023年5月2日

【ピラティス×訪問看護】初心者でもOK。気軽にできるピラティス基本動作

全国の主要都市などに100店舗以上のピラティス・ヨガスタジオを運営する株式会社ZEN PLACEは、ピラティスのノウハウを在宅医療へ導入するという新しい取り組みを行っています。今回は、ZEN PLACE訪問看護師の日高さんに、看護師がピラティスを行うメリットや今後の展望についてその熱い思いをお伺いするとともに、簡単にできるピラティスの動作をご紹介いただきました。 これまでの記事はこちら>>【ピラティス×訪問看護】病棟看護師から訪問看護師へ転職したきっかけ>>【ピラティス×訪問看護】ZEN PLACE のキャリアパス&訪問時のピラティス活用法 日高 優(ひだか ゆう)2008年より急性期病院での看護師(ICUや救急外来など)を経て、2020年よりZEN PLACE訪問看護ステーションにて勤務。病院勤務時代にピラティスのインストラクターコースを修了。カウンセリング技術を学び、SNSを通して看護師に自分と向き合うことの大切さを発信している。ZEN PLACE訪問看護ウェルビーイング創造のリーディングカンパニーであるZEN PLACEが運営する訪問看護ステーション。ピラティスの技術を医療や介護の場に用い、働くスタッフから利用者様すべての人が心身ともに健康で豊かな人生が歩めることを目指している。「したい看護をするのではなく利用者様とご家族が望む生活のサポートをすること」がモットー。 看護師がピラティスをするメリットとは? ―日高さんが「看護師自身がピラティスを行ったほうが良い」と思われる理由について教えてください。 ピラティスはやればやるほど身体が変わっていきます。利用者さんの心身に良いことはもちろん、自分自身のケアにも使えます。看護師は「大変」「つらい」というイメージがありますし、離職率も高いですよね。まずは自分が満たされないと、「サポートしたい」という気持ちは生まれづらくなると思うんです。「看護が楽しい」と思える人を増やすためのひとつの手段として、ピラティスはとても良いのではないかと思っています。 私も、ピラティスを始めてから自分を俯瞰して見られるようになり、余裕が出てきました。自分が感情的になっている時にすぐに気づき、落ち着いて対応ができるようになったと思います。「これは私個人の感情だな」「ここは対話が必要だな」「私はここができないけれど、ここはできている」という感じで。そうなってくると、利用者さんの表情や様子の変化も見落とさず、気づけるようにもなるんですよね。 ―時間に追われることも多い職業だと思いますが、焦ることやイライラしてしまうことはないのでしょうか。 そうですね。特に訪問看護師になってから、「やらないといけない」「できないとダメ」という自分自身の考えを押し付けないようになりました。 病院にいたときは、「医師に言われたらそれが絶対」「治療優先」という考えも強かったんです。そうなってくると、「○か×」あるいは「100か0」という考えに囚われやすいですし、命を預かっている以上、できない自分や周りの人たちを許せない。新人の看護師に対して「なんでできないの?」というネガティブな言葉を投げる人が多かったり、自分を責めて離職につながってしまったりします。患者さんに対してもそうですね。例えば、処方した薬を飲んでいなかったら、「薬は飲まないといけないものだから、ちゃんと飲んでくださいね!」とお伝えしていました。 でも、在宅医療では、利用者さんやご家族の意思や生活の質が大切になってきます。看護師は利用者さんの「生活」を支援する立場なので、さまざまな考えや価値観を尊重しやすいんですよね。薬が飲めていなくても、「〇〇さんはどうしたいですか?」と利用者さんの意思を確認できます。また、「歩きたいけど練習をさぼってしまって歩けない」ということでも、それも含めてその人。さぼりたいならさぼってもいいのかなと思っています。利用者さんご本人の意思を尊重し、かつその方の頑張れる範囲や現状を受け止めて、サポートするようにしています。 「できない=ダメ」ではない ―訪問看護とピラティスの理念との相性が良い、という側面があるのでしょうか。 そうですね。ピラティスの中にも「できないことは『ダメ』じゃない」という考え方があります。「できない自分」も今の自分として気付いて受け入れてあげるんですよね。 医療現場では、問題にフォーカスして原因を究明し、解決を図る考え方が必要になってきます。でも、そこには本来、人の感情や気持ちも存在していて、そこに気付き感じ取ることも大事だと思うんです。 利用者さんには「できない」ことを理由に落ち込んでほしくないですし、そうした自分の状態を受け止めてもらえるように声かけをしています。こういうピラティスの考え方は、とても訪問看護に活きているなと感じています。 ―看護師さんたちにも、そういったありのまま自分を受け入れてほしい、ということですね。 そうですね。私が看護師こそピラティスをして欲しいなと思っているのはまさにそこです。看護師も職場に対して安心感を求めているはずなんですよね。「できない自分やダメな自分もいて良いんだ」と思えれば気持ちが少し楽になると思っています。 仕事上つらい経験をすることもありますが、それに耐えて慣れていくのが当たり前という認識からか、自分のつらさに気付かず、心が疲弊していく方がたくさんいると感じています。また医療機関は閉鎖的で保守的、職種階級的な部分もあるので、内部で何か問題が発生しても解決できず、同じ悩みやストレスを持ち続けてしまうこともしばしばあります。 看護師がまず自分の状態に気付き、発散することで自分を整えて、心の余裕を持つことができれば、好循環ができます。自分だけではなく利用者さんやご家族、スタッフなど誰に対しても気持ちに余裕を持って接することができるはず。仕事もプライベートも良い方向に向きやすくなるのではないでしょうか。 だからこそ、医療従事者にもっとピラティスが広まってくれたら嬉しいですし、ピラティスを身近で楽しめる環境が増えればいいなと思っています。もちろん、私は自身のケアとしても引き続きピラティスを続け、利用者さんやご家族にも良い看護を提供し続けることを目標としていきたいと思います。 初めてでも気軽にできるピラティスの基本動作の紹介 ―ありがとうございます。では、ピラティスをやったことがない看護師さん向けに、気軽にできる基本動作を教えてください 今回は3つのエクササイズをご紹介します。(1)ピラティスの胸式呼吸(2)ピラティスの骨盤矯正(3)体幹を鍛えるロールアップとロールダウン ピラティスマットを使用しますが、なければヨガマットやバスタオルの上でも大丈夫です。 ベッド上だと身体が安定しにくいので、床の上で行うようにしましょう。 写真提供:ZEN PLACE (1)ピラティスの胸式呼吸 よく「腹式呼吸」という言葉は聞くと思いますが、ピラティスの呼吸法は「胸式呼吸法」といいます。胸式呼吸は交感神経を優位にさせ、全身に血液を送り出そうとして血管収縮が起こり、血圧も上昇し、脈や呼吸も速くなります。また頭が冴えてきて集中力や記憶力などが高まりやすくなるのも特徴的です。 床の上にあぐらをかいて、背筋を伸ばして顎を引いて座って行うのですが、このとき正しい姿勢になることが大事です。背筋が伸びておらず肩が内巻になっていると、心窩部や胸郭が広がりにくいので、胸を広げて肋骨を閉じましょう。 呼吸をする際には、両手を胸の下辺りに添えると胸の膨らみを意識しやすいです。息を吸うときは、胸の下辺りに当てた手が外側に開いていく感じを、吐く際は手が中心に寄っていく感覚を持ち、肋骨が開閉されているかチェックすることが大事です。 口から息を吐き出しながらお腹に力を入れへこませます。そのまま胸を膨らませるように鼻から息を吸い、そのまま口から息を吐きだしましょう。 (2)ピラティスの骨盤矯正 骨盤の位置を把握して正しい位置に戻すことを目的としています。 骨盤ニュートラル 特に女性には、反り腰の方が多いと言われています。脚を組む、バッグをいつも同じ肩に掛けるなど、身体の重心を片側にかけることで骨盤は歪んでしまうと考えられます。特に看護師の場合はベッドに向かってかがんで作業することもあるので、腰に負担がかかりやすく歪みも出やすいのでしょう。 骨盤の歪みは血行不良による身体の不調や痛みの原因にもなるため、まず行っていただきたい基本動作ですね。 反り腰の場合、骨盤が前傾しているので、それを後ろに倒して元に戻す動作を行います。骨盤を立てることでお尻が少し下がるイメージです。ピラティスでは寝ながら骨盤矯正を行います。 マット上で仰向けになり、膝を立てた状態になりましょう。肩の力みを抜きます。この時点で手を腰の下に入れ、手のひらが簡単に入るようであれば前傾、手のひらもまったく入らないようであれば後傾している状態です。 手のひらがぎりぎり入るくらいの状態だとピラティスでいう「ニュートラルポジション」となります。この状態で骨盤を前傾、後傾、戻すという動作を繰り返します。 ペルビックカール ピラティスには「ペルビックカール」という骨盤や腰椎を安定させるエクササイズがあります。 仰向けに寝て膝を曲げ、息を吐きながら骨盤を傾けるように上げて脊柱をマットから離し、息を吸って上でホールド。息を吐きながら、膝を曲げた仰向けの状態に戻るという動作を繰り返します。 (3)体幹を鍛えるロールアップとロールダウン 仰向けに寝て手は拳を向かい合わせにして頭の上に伸ばし、両脚は真っ直ぐ揃えたまま足の爪先まで伸ばします。 息を吸って腕を体の前方に向かって上げていき、腹筋をしめ息を吐きながら起き上がり股関節の上に肩がある姿勢で息を吸ってキープ(Cカール)。息を吐きながら体を倒していくという動作を繰り返します。 そして息をゆっくりと吐きながらお腹を引き締めて、腹筋の力で背中を丸めて足元まで起き上がっていきます。この時、はずみをつけないよう注意し、しっかりと腹筋と身体の軸を意識してゆっくり起き上がりましょう。 起き上がったら手順を逆に行い、元の体勢に戻ります。 * ピラティスは10回やると違いを感じ、20回やると見た目がかわり、30回やると身体のすべてがかわるといわれています。「ちょっと疲れているな」「ジムに行くのは大変だけど自宅で軽く運動をしたいな」という方はもちろん、日々の姿勢や体型を良くしたいという方でも気軽にスタートできるのがピラティスの魅力です。ぜひ一度試していただき、継続していただければいいなと思っています。皆様に少しでもピラティスの魅力が伝われば幸いです。 ―日高さん、どうもありがとうございました。 取材: NsPace編集部編集・執筆: 合同会社ヘルメース

ピラティス×訪問看護
ピラティス×訪問看護
インタビュー
2023年4月11日
2023年4月11日

【ピラティス×訪問看護】ZEN PLACEのキャリアパス&訪問時のピラティス活用法

全国の主要都市に100店舗以上のピラティス・ヨガスタジオを運営する株式会社ZEN PLACEは、ピラティスのノウハウを在宅医療へ導入するという新しい取り組みを行っています。今回は、ZEN PLACE訪問看護の日高さんに、ZEN PLACEにおけるキャリアや実際にどのようにピラティスを訪問看護に取り入れているのかなどを伺いました。 >>前回の記事はこちら【ピラティス×訪問看護】病棟看護師から訪問看護師へ転職したきっかけ 日高 優(ひだか ゆう)2008年より急性期病院での看護師(ICUや救急外来など)を経て、2020年よりZEN PLACE訪問看護ステーションにて勤務。病院勤務時代にピラティスのインストラクターコースを修了。カウンセリング技術を学び、SNSを通して看護師に自分と向き合うことの大切さを発信している。ZEN PLACE訪問看護ウェルビーイング創造のリーディングカンパニーであるZEN PLACEが運営する訪問看護ステーション。ピラティスの技術を医療や介護の場に用い、働くスタッフから利用者様すべての人が心身ともに健康で豊かな人生が歩めることを目指している。「したい看護をするのではなく利用者様とご家族が望む生活のサポートをすること」がモットー。 スタッフのニーズに合わせたピラティス研修 ―ZEN PLACEでの研修やキャリアについてお聞かせください。入職してからピラティスのインストラクター資格を取得することも可能だそうですね。 はい、可能です。福利厚生の一環でスタジオを利用することができるので、趣味としてスタジオに通うスタッフもいれば、ピラティスを学び将来的に職務に活かそうとするスタッフもいて、さまざまですね。実際に入職してから資格を取っている人もいますよ。 ZEN PLACEでは、WE(Wholebody Educator)と呼ばれるスタジオのスタッフが、訪問看護師向けに理念やピラティスの概要説明を行う研修があります。興味を持ちピラティスの資格を取りたいと思った場合は、養成コースに通うこともできるんです。 以前は、インストラクターと両立している看護師や理学療法士がいたこともありますね。現在は、基本的に訪問看護をしたいのであれば看護師としてステーションに所属し、スタジオでピラティスを教えるインストラクターになりたい場合はスタジオに所属するというパターンが多いです。 ピラティスを取り入れた訪問看護とは? ―実際、どのように訪問看護にピラティスを取り入れているか教えてください。 訪問時に「ピラティスだけをやる」ということはなく、基本的には訪問の目的に応じて、できるピラティスの動作を行っていただくことが多いですね。利用者さんの既往や現在の疾患、ADLの状況に応じてできない動作もあるので、可能な範囲内でピラティスの一部を行っていただくイメージです。 例えば、すぐにできるものだと呼吸のしかたですね。呼吸だけでもすごく変わりますよ。病気の有無にかかわらず、現代人は不安やストレス、不規則な生活から呼吸が浅くなりがちです。ピラティスは「鼻から吸って口から吐く」という呼吸で行うのですが、この呼吸のみを利用者さんと一緒に行うこともあります。(図1)。 図1:座位での呼吸練習 これを続けるだけで身体が温かくなってきますよ。利用者さんは疾患のことや将来のことなど、さまざまな不安を抱えているケースが多いのですが、呼吸を変えると気持ちも落ち着きやすくなります。お話を聞きながら、「ピラティスで行う呼吸を少し練習してみましょう」と促しています。 特に身体動作に支障がなければ、上向きになって骨盤を傾ける動作もしていますし(図2)、頭が後ろに行ってしまってうまく起き上がることができない方には、「ローリング」という背中を丸めて転がる動作をリハビリに組み込んで、起き上がりがうまくできるようにサポートすることもあります(図3)。 図2:骨盤の位置確認 図3:起き上がりの練習動作 夜眠れなくて眠剤を使っている利用者さんに、できるだけリラックスして穏やかに眠れるように、「ピラティスをしてから寝てみましょう」とお声がけしたところ、しっかり継続してくださった事例もありました。また、リハビリによる基本的動作の改善を実感していただいたり、「すごくスッキリしました」「リフレッシュしました」と言っていただけたりすると、もともと転職をしたきっかけがピラティスだったこともあり、とてもうれしくなりますね。 病院だとどうしても治療が優先なので、点滴や内服に頼らざるを得ないところもありますが、在宅ではお家でその人らしい生活をしていけるように促していけたらいいなと思っています。 少しずつ確実に広がっているピラティス ―訪問時には、基本的に毎回ピラティスを取り入れているのでしょうか? 利用者さんによってまちまちですね。場合によっては、当然医療的なケアを優先します。リハビリを担当する理学療法士のほうが積極的にピラティスを取り入れていて、訪問看護師は医師からリハビリの指示があった利用者さんに対して可能な限りピラティスを取り入れています。 指示書に「ピラティス」という言葉が入っているわけではないですが、「筋力低下の予防」や「歩行訓練」等の指示をいただいた際に、必要な動作や姿勢の形成にピラティスを用いますね。 ―利用者さんから「ピラティスを取り入れてほしい」と要望があるケースはありますか? ステーションの特徴としてピラティスを謳っているので、それを見て時々連絡して下さる方はいらっしゃいます。ただ、まだ医療・介護領域で一般的ではないこともあるせいか、利用者さん自ら「ピラティスを」とご要望をいただくことは少なく、こちらから働きかけて組み込んでいくことの方が多いですね。 ―訪問看護にピラティスを取り入れた際、介護保険の加算は取れるのでしょうか? 残念ながら加算が取れるわけではありませんが、「こういうエクササイズをしています」と報告書に書いて医師に伝えることはしています。 ―リハビリの一環として、ピラティスも取り入れているというイメージですね。 そうですね。ZEN PLACE以外でもこうした動きは強まっていて、最近はピラティスを学ぶ医療従事者の方が増えていると感じています。病院内のリハビリに取り入れているケースもありますよ。 ZEN PLACEのスタジオや養成講座に違う病院やクリニックで働く看護師の方が通われていることもありますし、ピラティスの必要性を感じている医療従事者が増えているようで、うれしいですね。 ―ありがとうございました。次回は、看護師がピラティスを行うメリットや気軽にできるピラティスの動作について伺います。 >>【ピラティス×訪問看護】初心者でもOK。気軽にできるピラティス基本動作 ※本記事は、2023年1月の取材時点の情報をもとに制作しています。 編集・執筆: 合同会社ヘルメース取材: NsPace編集部 【参考】○ZEN PLACE「【医療従事者向け】ピラティスインストラクター養成コース」https://www.pilates-education.info/courses/healthcare2023/3/20閲覧

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