研究に関する記事

災害発生時の在宅呼吸管理 訪問看護師への期待
災害発生時の在宅呼吸管理 訪問看護師への期待
インタビュー
2024年2月27日
2024年2月27日

災害発生時の在宅呼吸管理 訪問看護師への期待/福永興壱先生インタビュー

在宅酸素療法(HOT)や在宅人工呼吸療法(HMV)の黎明期にかかわってこられた慶應義塾大学 福永興壱先生。今回は、HOT患者さんやHMV患者さんにとって不安の大きい大震災をはじめとした災害発生時において訪問看護師さんに期待することについてうかがいます。 >>前編はこちら在宅呼吸管理の進歩で「自宅に帰りたい」を実現/福永興壱先生インタビュー 慶應義塾大学医学部 呼吸器内科 教授福永 興壱(ふくなが こういち)先生1994年に慶應義塾大学医学部卒業後、慶應義塾大学大学病院研修医(内科学教室)、東京大学大学院生化学分子細胞生物学講座研究員、慶應義塾大学病院専修医(内科学教室)、独立行政法人国立病院機構南横浜病院医員、米国ハーバード大学医学部Brigham Women’s Hospital博士研究員、埼玉社会保険病院(現:埼玉メディカルセンター)内科医長、慶應義塾大学医学部呼吸器内科助教、専任講師、准教授を歴任。2019年6月に教授に就任し、2021年9月より同大学病院副病院長を兼任。2023年現在、日本で結成されたコロナ制圧タスクフォースの第二代研究統括責任者を務める。 東日本大震災発生時は患者さんの安否を確認 ―今年も新年早々、わが国では大きな震災に見舞われました。近年、毎年のように全国で自然災害が発生しています。在宅で酸素療法(HOT)や在宅人工呼吸療法(HMV)を受ける患者さんにとって災害は大きな不安要素ですが、例えば東日本大震災のとき、先生はどのような対応をされましたか。 患者さんにとってもっとも深刻なのは「停電」の問題です。HOTもHMVも電源の確保が必要不可欠です。電気の供給が止まってしまうと、生命に直結しますから。 東日本大震災が起こったときは、東北だけでなく、関東でも数時間にわたる停電が何度も起こりました。あのとき、当院では患者さん一人ひとりに電話をかけて、状況確認を行いました。当院の患者さんのすべてが在宅医療を受けているわけではないからです。特に心配だったのは、外来に月1回来られる患者さんたちのこと。電話をかけると、皆さん、すごく安心してくださいました。 また、物資面でも医療機器メーカーさんと連携して対応しました。当院の患者さんのリストを作成し、それをメーカーさんに渡したところ、酸素流量から必要な容量を計算して、患者さん一人ひとりに酸素ボンベを届けてくれたんです。心強かったですね。患者さんも、「メーカーの人が酸素ボンベを届けてくれるから」と伝えると安心されていました。 日ごろの病状把握が災害時のトリアージにつながる ―自然災害が発生したとき、在宅で療養されている患者さんに対して訪問看護師さんが果たせる役割や、日ごろから意識してかかわってほしいこと、期待することを教えてください。 先ほどお話しした患者さん一人ひとりへの電話での状況確認の際、月1回外来にいらっしゃる患者さんもその電話で安心してくださったのですが、訪問看護を利用している患者さんはより重症な方が多く、訪問看護師の皆さんはもっと密接に患者さんにかかわっていると思います。だからこそ、災害時に訪問看護師の皆さんとコンタクトをとれることが患者さんの安心感につながるはずです。災害時に迅速に患者さんとコンタクトをとる方法を日ごろから考えていただくことが重要なのかなと、あのときの経験で思いました。 また、HOTを受ける患者さんの状態にもレベルがあります。例えば、動かなければ何とかSpO₂ 90%以上を保てる方もいますよね。患者さんの病状が分かる訪問看護師さんであれば、コンタクトをとるときに「今はあまり動かないで静かにしていましょう」と安静を促すことができます。一方、高流量の酸素療法を受けている患者さんであれば、酸素は命綱ですから、いち早く酸素ボンベを持って行かないといけません。 訪問看護師さんは、われわれ以上に患者さんの病状を把握していると思います。担当患者さんが多くても、日々の病状によってトリアージすることが可能になるのではないでしょうか。既に実施されている方も多いと思いますが、日ごろから病状を把握していることが「緊急時のトリアージにつながる」、そういう観点で普段から備えていただけると、患者さんも安心されるのではないかと思います。 COVID-19で感じた大学の一体感 ―2020年には新型コロナウィルス感染症(COVID-19)が世界規模で流行しました。先生はCOVID-19に対する診療チームのリーダーをされていたとうかがっています。そのときのことも教えてください。 COVID-19のときは、慶應義塾大学全体で、それこそ臨床と研究が協働してCOVID-19に立ち向かいました。診療チームでは、呼吸器内科が先頭に立って、内科、外科、救急科、麻酔科など、さまざまな診療科が連携して患者さんに対応できる体制を整えていきました。 振り返ってもすばらしかったと思うのは、精神科の先生たちが「心のケアチーム」をつくってくれたことです。今でこそ「心のケア」は当たり前のように普及していますが、患者さんだけでなく、看護師をはじめとする医療従事者に対しても専門家がしっかりと心のケアにあたってくれました。 有用な医療情報に積極的にアプローチを ―最後に訪問看護師さんに向けてメッセージをお願いします。 結核病棟を持っていた国立病院で働いていたころ、そこで初めて在宅医療や訪問看護に触れ、地域医療の重要性を実感しました。現在のようなシステム化されていない時代の肺がん患者さんを、その病院の医師や地域の訪問看護師さんは非常にきめ細かくケアされていて、疼痛コントロールや酸素量の調整など、最期の看取りまでかかわっていらっしゃいました。そのときに初心にかえったというか、やはり医療は一気通貫なんだ、こうして成り立つのだと感動した覚えがあります。 在宅での看護は、病院のように整った環境で行う看護以上の大変さがあると思っています。在宅には患者さんの「生活」があります。そのため、訪問看護師さんは患者さんの生活を理解できないといけない、そう考えています。その一方で、在宅酸素療法の指導や援助もそうですが、近年、訪問看護で実施される医療処置の件数は年々増加しています。在宅での看護力が高まっている証だと思いますが、新たに学ぶことも増えてきているのではないでしょうか。生活を支えるケアだけでなく、高度な医療的ケアを実践するには最新の知識と技術が必要だと思います。 近年、デジタル化が急速に進み、手軽にアクセスできるWeb情報も増えています。さまざまなところで発信されている有用な医療情報に積極的にアプローチし、現場での問題解決に活用していただきたいと思います。学び続けることで自分の心の負担も減らせるでしょうし、レベルアップにも役立つ。それが結果的には患者さんのケアにつながっていくはずですから。取材・執筆・編集:株式会社照林社

在宅呼吸管理の進歩で「自宅に帰りたい」を実現
在宅呼吸管理の進歩で「自宅に帰りたい」を実現
インタビュー
2024年2月20日
2024年2月20日

在宅呼吸管理の進歩で「自宅に帰りたい」を実現/福永興壱先生インタビュー

呼吸器内科の最前線でご活躍されると同時に、コロナ制圧タスクフォースの研究統括責任者も務める慶應義塾大学 福永興壱先生に特別インタビューを実施。今回は、呼吸器内科医をめざされたきっかけや在宅酸素療法・在宅人工呼吸療法を受ける患者さんとの思い出深いお話をうかがいました。 慶應義塾大学医学部 呼吸器内科 教授福永 興壱(ふくなが こういち)先生1994年に慶應義塾大学医学部卒業後、慶應義塾大学大学病院研修医(内科学教室)、東京大学大学院生化学分子細胞生物学講座研究員、慶應義塾大学病院専修医(内科学教室)、独立行政法人国立病院機構南横浜病院医員、米国ハーバード大学医学部Brigham Women’s Hospital博士研究員、埼玉社会保険病院(現:埼玉メディカルセンター)内科医長、慶應義塾大学医学部呼吸器内科助教、専任講師、准教授を歴任。2019年6月に教授に就任し、2021年9月より同大学病院副病院長を兼任。2023年現在、日本で結成されたコロナ制圧タスクフォースの第二代研究統括責任者を務める。 呼吸器内科のエキスパートとして臨床・研究に邁進 ―まずは、先生が呼吸器内科に進まれたきっかけを教えてください。 元々は地域に根ざした医療を志して進んだ医学部でしたが、初期研修が始まり、最初に配属されたのが呼吸器内科でした。その際、喘息や慢性閉塞性肺疾患(COPD)、肺がん、肺炎など幅広い疾患を経験でき、急性期から慢性期まで診られることにやりがいを感じたんです。また、当時は医局員の数も少なく、小規模ゆえにチームとしての一体感がありました。熱意ある先輩医師たちが、1人の患者さんに対して一生懸命ケアする姿を見て、呼吸器内科に進もうと決意しました。 ―東京大学やハーバード大学の研究室ではどのような研究をされていたのですか。 喘息をはじめとする炎症性肺疾患の病態解明や、新しい治療法の確立につながるようなテーマに取り組んでいました。 人間の体内では常に炎症が起こっていますが、生体内の恒常性の維持(ホメオスタシス)によって、炎症を起こした後、正常な状態に戻ります。炎症がそのまま継続すれば恒常性が破綻し、病気になってしまいます。ハーバード大学では、この恒常性を維持するしくみに関する研究に携わりました。人間は体内で「炎症を起こす物質」と「炎症を抑える物質」の両方をつくることができ、それらが生体内の恒常性のバランス保持に貢献していることが分かったのです。これはハーバード大学で得られた大きな成果だと思っています。 ―福永先生は、現在副院長として病院経営にも携わっていらっしゃいますが、最新のお取り組みについて教えてください。 病診連携の一環として、退院調整をいかにスムーズに行うか、というところに課題があります。最近では、IT化を検討し、株式会社3Sunny(スリーサニー)が提供するオンライン上で入退院の調整業務ができる「CAREBOOK」というシステムを導入しました。また、医師の働き方改善も急ピッチで進めていかねばなりません。私は院内の「医師の働き方改革プロジェクト」を担当しているのですが、医療・介護機関向けのマネジメントシステム事業を展開する株式会社エピグノとともに、現在医師シフト管理システムの共同開発を行っているところです。 HOT導入で患者さんの療養生活の変化を実感 ―先生はさまざまな呼吸器疾患の患者さんを診てこられたと思います。これまでの患者さんへの治療で印象に残っているケースを教えてください。 私がまだ指導医だったころの話です。間質性肺炎が重症化し、どんどん酸素の流量が上がってしまった患者さん(60代、男性)がいました。その方が「家に戻りたい」と希望され、私たちも何とかご自宅に帰れるようにサポートすべく、在宅酸素療法(HOT)を導入することに。この患者さんの場合、酸素機器1台では酸素流量が足りないという課題があり、最終的には2台接続して流量を上げ、ご自宅に戻っていただくことができたという思い出があります。 HOTが普及する前は、病院の中央配管から酸素を供給されている患者さんは「家に帰れないのが当たり前」と考えられていました。それが、HOTという治療法を導入すればご自宅に帰すことができる。患者さんのご家族にも喜んでいただき、病院ではなくご自宅で最期を過ごしてもらえたというのは、当時の私にとってHOTの意義を痛感した出来事でした。「自宅に帰りたい」と強く希望される患者さんにHOTは大きなメリットになると感じました。 現在はネーザルハイフローという高流量の酸素投与システムがあるので、今ならそちらを使用しますね。でも、高流量の酸素が必要な方でも在宅に切り替えることができたのは、当時としては画期的でした。 訪問診療や訪問看護の存在も大きいですね。患者さんのご要望を踏まえて「自宅に帰す」という選択肢を考えても、病状の急変を懸念して迷うこともあります。在宅医や訪問看護師さんたちがしっかりと患者さんをみてくれるという安心感があったからこそ、はじめて「自宅に帰す」という選択肢が生まれたと思います。 また、結核病棟のある国立病院で働いていたときには、当時登場したばかりのNPPVの効果に驚かされたこともあります。肺結核後遺症で二酸化炭素(CO₂)が体内に蓄積し、危険な状態に陥った患者さんにNPPVを導入したところ、CO₂の値がよくなり、一度はご自宅に戻っていただくことができました。その患者さんは気管挿管をしない方針だったので悩んだのですが、NPPVという新しい治療法の効果を目の当たりにして、人工呼吸療法の発展を実感しました。 HOT患者さんが地域で支援されていることを実感 ―昨今、地域包括ケアシステムの推進により、在宅医療の充実が図られていますが、先生が大学病院で診療を行う中で感じている変化を教えてください。 そうですね、大学病院で診るHOT患者さんの数が減っているのではないかと感じています。感覚的にですが、以前はかなり多くの患者さんが酸素を持って通院されている印象がありました。だからと言って在宅酸素療法を受けている患者さんの数が減っているわけでなく、実際は漸増傾向にあります。 その背景には、地域連携の基盤づくりが大きく進んだことがあるのではないでしょうか。わざわざ大学病院に行かなくても、在宅医の先生が月に一度訪問診療を行い、訪問看護師の皆さんが援助や指導をしっかり行っている実態があると考えています。まさに在宅医療の充実ですね。在宅酸素を管理する軸が、これまでは大学病院や基幹病院だったのが、患者さんの家の近くにある診療所やクリニックへとシフトしてきた。それを支えているのは現場の在宅医、訪問看護師さんたちの働きであり、その積み重ねで少しずつ患者さんの療養生活を地域で支えるシステムが構築されてきたのではないでしょうか。このことは、在宅酸素の40年近くの歴史における大きな成果であると実感しています。 ―ありがとうございました。次回は災害時において訪問看護師さんに期待することについてうかがいます。 >>後編はこちら災害発生時の在宅呼吸管理 訪問看護師への期待/福永興壱先生インタビュー取材・執筆・編集:株式会社照林社

コラム
2021年1月22日
2021年1月22日

今日からできるプチ災害準備

高齢者のための災害準備チェックポイント 高齢者の災害準備において気を付けなくてはいけないことにはどのようなものがあるでしょうか?高齢者特有の準備の特徴から考えてみたいと思います。 期限が切れている ・非常用の食事の消費期限が切れている ・懐中電灯やラジオの電池が切れている 高齢者のご家庭にお伺いして準備の状況をおたずねすると、「あ、そういうの、ちゃんとありますよ!」と言って見せてくださいます。 災害準備のための物資(非常食や懐中電灯、ラジオなど)は、多くの方のお宅にきちんと常備されていることが多いのです。ところが、中に入っているものを一つ一つ確認していくと、今、災害が起きてしまったらすぐに役に立たない物があることも見受けられます。 情報が古い ・通院中の病院や服用している薬の名前が書かれたノートの情報がアップデートされていない ・家族や親戚の連絡先が過去のものになっている 高齢の方は定期的に病院に通っていたり、薬を飲んでいらっしゃることが多いため、避難先に持っていけるように病院や薬の名前を記したノートを作ることが推奨されます。また、いざという時に助けを求められる家族・親戚の連絡先をメモしておくことも必要です。 しかしそれらの情報が古く、情報がアップデートされていないことも多々あります。 実際の避難を想定出来ていない ・避難用の非常袋が持ち出せない ・自分に必要な物資が入っていない 避難用の非常袋には2リットルの重さのお水などが詰め込まれていて、「これを実際に背負って逃げられますか?」とお尋ねすると、「ちょっと、重たすぎるねぇ」などという答えが返ってくることがあります。高齢の方の災害準備には、避難用物資の準備をする際は自分で運べる重さか、すぐ持ち出せる場所にあるかなど実際を想定した準備が必要です。 また、日頃の生活で必要なものというのは高齢者、お一人お一人で異なります。誰もが使うようなものは、災害が起きてもすぐに提供されるようになりますが、特有のニーズへの対応は、往々にして後手になりがちです。 メガネが必要な方、入れ歯が必要な方、薬が必要な方、補聴器が必要な方、またそのための充電ケーブルや電池等、どうしても無くては困るものをリストアップして、自分なりの準備品を考えておくことが大切です。 避難することの危険性を考慮していない ・自分の地域で起こりえる災害を把握していない ・とにかく避難所へ行かなければと思っている 防災というと多くの方が想像される「避難」については、避難場所をきちんと把握していらっしゃる方も多いのですが、高齢者には「避難によるリスク」というのが常に伴うことを知っておかなくてはなりません。 いつもなら何でもないような散歩道も、雨が降って視界が悪かったり、非常用の荷物を抱えて避難を急いでいる際には、いつものように冷静に歩くことができず、足元をとられて転ぶということもあり得ます。 避難を必要とする災害が起こりうるのか、もし避難をしないという選択をする場合にはご自宅は避難に耐えうるのか等を知っておくことが重要になります。 高齢者の方に「あなたのお住いのエリアではどのような災害が起こりうるかご存じですか?」とお尋ねすると、起こりうる災害を想定した災害準備をしている方は少なく、「とにかく避難所へ」とお考えの方も多いようです。リスクを減らすためにも、土砂崩れや川の氾濫など、避難をした方がよい災害が来る可能性があるのか、自宅にとどまった方がよい災害が起こりうるかを知っておくことは重要です。 ニーズに合わせた準備を 何より、高齢者と一言でいっても、身体機能や認知機能、必要な支援ニーズが極めて多様であるため、災害準備に必要なものは、それぞれに大きく異なる、ということが高齢者の特徴だと言えます。これがあれば大丈夫!という準備はなく、それぞれのニーズにあわせて災害準備を考え、それを定期的に確認することが重要です。 そうはいっても、いつ来るかわからない災害のために、日ごろからきちんと準備をしておくことは難しいのが実際です。また何もかも購入しようと思うと、お金がかかってしまいそうで、準備をする気も起きなくなってしまいます。そこで、あまり気負わず、日頃からちょっとした工夫で高齢者の災害準備を進めていただくポイントを考えてみましょう。 今日からできる「プチ災害準備」 起こりうる災害をチェック まず、お住いのエリアで起こりうる災害を調べてみましょう。これには市区町村の防災の手引きやホームページなどが役に立ちます。また、災害時ご自身の避難は想定されない場合でも、避難所を知っておくことは大切です。実際に災害が起こった際に、物資や情報が提供される場所になりうるからです。 3日間の物資を準備 次に、自宅で3日間、援助を待つことができるための物資を準備します。物資の準備のために、防災グッズを新たに買う必要はありません。 例えば、食べ物であれば、「今日から3日間、電気やガスが使えず、自宅から全く外出しなくても生活できるかしら?」という視点で、プラス3日分の食料品を準備するようにしておけば、非常食の賞味期限を気にする必要はありません。また、日頃食べ慣れたものであれば、口に合わないということもないでしょう。 また災害がおさまっても、その後に停電が一定時間来るということも、しばしばあります。夜間の停電の中、部屋を移動することなどは高齢者にとってとても危険です。 懐中電灯を各部屋に準備しておいたり、持ち出し品を就寝中は寝室に置いておくことや、暗闇の中割れたガラスなどを踏むことの無いように、スリッパや室内履きを持ち出し品に入れておくことなども、ちょっとした工夫の一つです。 防災プチ訓練 なお、高齢者の災害準備にありがちな、防災グッズの確認忘れを防止し、既往歴や連絡先などの情報を定期的にアップデートするために、防災プチ訓練をお勧めしています。台風が来ると予報が出た際や、小さな地震が来た際に「被害がなくてよかった!」で終わらせるのではなく、備品や食料の確認をしたり、避難場所までの経路を確認してみるなどの機会を定期的に持つようにしていただくといいでしょう。 まだ来ぬ災害への準備を一から始めようと思うと大変ですが、ちょっとした工夫と定期的な習慣として進めることで、災害準備は格段に進みます。高齢者の特徴でもある多様なニーズに合わせるためにも、自ら準備をすること、定期的に確認することを念頭に、高齢者の災害準備を考えてみましょう! 東京都健康長寿医療センター研究所 研究員・博士(保健学)・学士(工学) 涌井智子 専門は家族介護、老年社会学、公衆衛生。介護を支える社会の仕組みについて、個人、家族、社会構造といった視点で研究を実施。特に家族介護者の負担感軽減のための支援策の検討や、介護分野におけるテクノロジー導入の課題、要介護高齢者の家族のための災害準備等について日本と米国で研究を実施中。2013年10月より現職。   【参考】 これまでの研究調査を基に、高齢者の方の災害準備に必要な内容を簡単にまとめた「災害準備ノート」を掲載しています。災害準備されていますか?―要介護高齢者の災害準備を考える― 災害対応についてもっと知りたい方は、こちらの特集記事をご覧ください。

コラム
2021年1月22日
2021年1月22日

異なる支援ニーズへの対応と地域コミュニティ

情報提供の必要性 アメリカの疾病対策予防センター 日本の防災の手引きには、これまであまり状況や対象特有のニーズに合わせた情報提供がなされてきませんでした。 米国の疾病対策予防センター(Centers for Disease Control and Prevention: CDC)では、災害準備向けの情報発信を積極的に行っています。 北米はエリアによって、起こりうる自然災害が多岐にわたりますので、その災害タイプ別(地震、雷、火事、水害、津波等)に、個人で行える災害準備のポイントを解説しています。何より重要なこととして、災害発生時には手助けが来るまでに時間がかかることから、災害発生時に耐えうる自らの災害準備が重要であることがわかりやすく解説されています。 また興味深いのは、準備においてもその支援ニーズが異なることから、特に支援が必要な人やその家族向けに、例えば、高齢者向け、障がいのある人向け、妊婦や出産を予定しているご夫婦向け、医療ニーズのある子供とその家族向けなど、対象別に情報提供をしていることです。 このような情報提供は、支援ニーズが多岐にわたる高齢者にとっては非常に有用ですので、ぜひとも各自治体の防災の手引き等の情報提供に反映されることが望まれます。 異なる支援ニーズ また、高齢者と一言で言っても、生活の上で介護が必要な方、そうでない方、家族と住んでいる方、住んでいない方等様々ですので、その方の状況をまずはしっかり把握したうえで、災害準備の計画を立てる必要があります。 特に要介護高齢者の方の災害準備を進める上では、「ご本人が必要とする生活上の必需品」、「ご本人の身体機能や認知機能の程度」、「ご本人が得られる支援」という軸で必要な災害準備の内容を整理し、災害準備計画につなげることをおすすめします。 また「ご本人が得られる支援」は時間帯によっても異なります。就寝時、介護保険サービスの利用時、家族と家で過ごしている時、家族が不在の時等、災害は24時間起こりえることを理解し、その時々の状況について計画を検討する必要があります。 なお、災害時個別支援計画を作成している訪問看護ステーションの例もありますので、参考にしてみてください。 地域コミュニティの役割 身体機能が低下しつつある高齢の方にとっての災害準備には、地域のつながりも重要になってきます。 というのも、災害はいつ発生するかわかりません。いつもなら頼れる家族がそばにいても、災害発生時に仕事や買い物などで、近くにいないということも考えられます。 また災害の起こりうる状況は地域によって異なりますので、地域別の情報を共有しておくことはとても重要になってきます。 第1回コラムで紹介した調査結果においても、地域住民とのネットワークの状況が、介護が必要な高齢者の災害準備を進める鍵であることが示唆されています。 地域住民とのネットワークが密であるほど、つまり、地域においてネットワークがない人や日常会話程度のネットワークのみの人に比べて、ある程度介護のことを話したり、情報を共有するネットワークを持つ人の方が、災害準備が進んでいる状況が明らかになっており、災害準備において地域での情報共有が重要であることを示しています。 これは、介護が必要な高齢者の身体・認知機能を少しでも共有しておくことで、いざという時に声をかけてもらえたり、避難所や支援、災害準備に関する情報の共有が、日頃から自然と進められているためであると考えられます。 東京都健康長寿医療センター研究所 研究員・博士(保健学)・学士(工学) 涌井智子 専門は家族介護、老年社会学、公衆衛生。介護を支える社会の仕組みについて、個人、家族、社会構造といった視点で研究を実施。特に家族介護者の負担感軽減のための支援策の検討や、介護分野におけるテクノロジー導入の課題、要介護高齢者の家族のための災害準備等について日本と米国で研究を実施中。2013年10月より現職。  

コラム
2021年1月22日
2021年1月22日

高齢者にとっての災害対策

9月1日の「防災の日」が制定されている日本では、小中学校などで定期的に避難訓練が行われるなど、防災への意識が高いといえるでしょう。しかし、毎年起こる災害では、どうしても高齢者の被災が多くなってしまっており、改めて高齢者の防災への取り組みが注目されます。 高齢者にとっては、特に「災害準備」が大切になりますので、高齢者の多様な支援課題や防災における特徴を広く知っていただきながら、高齢者お一人お一人の防災について考えてみたいと思います。 なぜ、高齢者にとっての災害準備が重要なのか 初動期と展開期 災害は、大きく「準備期」「初動期」「展開期」に分類されます。 準備期とは災害発生以前を指し、「初動期」は災害が起こってからの約72時間を、そして「展開期」は災害発生から72時間経過後を指します。 高齢者は、これらのどのタイミングにおいても脆弱であると言われていますが、例えば、初動期においては体力的・精神的な理由で、避難するのが遅れてしまうことがあったり、生活環境の変化(避難所での生活)に対処しきれず、急激に身体機能が低下したり、認知症状が進行するなどの状況に陥ることが報告されています。 また、展開期においても同様で、長期にわたる避難所での生活や、生活再建のための疲れの蓄積によって身体的・精神的消耗が激しく、若い人に比べて命を落とすことも多く(災害関連死等とも言われます)、この時期の支援の重要性が言われています。 準備期 準備期においては、高齢者が災害のための準備ができていないことや避難訓練の参加率が低いこと等が報告されています。 初動期や展開期における高齢者への対策を強化することは容易なことではありませんが、時間のある準備期の対策を充実させることで、高齢者自らが、災害が発生した場合に生き残る可能性を広げることにつながります。 災害のための物資の準備をしておくことや、起こりうる災害を想定しておくこと、災害発生時に助かる可能性を広げるためのネットワークづくりをしておくことは、災害が起きた時に落ち着いて行動することを可能にし、また、高齢者自らが行うことができる最も基本の対策となります。 高齢者の災害準備が進まない理由 私の専門は介護が必要な高齢者の生活支援と、介護が必要な高齢者を支えるご家族の負担や健康を支えることです。そのため、災害準備においても、特に介護が必要な方とそのご家族の方、特に在宅で生活をされている方の災害準備ポイントを常々考えております。 といいますのも、施設入居の方の場合には、施設でマニュアル等が検討されますが、在宅の場合にはご家庭でそれぞれの災害対策を考えなくてはなりません。 災害のプロでもなく、介護のプロでもない高齢者やご家族にとって、災害に向けて準備を進めることは簡単なことではありません。 まず、どのような準備をしておく必要があるのか、何の災害に備えておかなければならないのかといった情報を集めるところからが難しいのです。 アンケート調査 実際、過去に行った調査(回答してくれた方は、在宅で介護を担う家族介護者1101名)から明らかになったのは、要介護の方のご自宅において避難計画をお持ちの方は24%、全般的に「災害の準備ができている」と回答した方は8%に過ぎませんでした。 中でも、認知症の方を介護するご自宅、経済状況が苦しいご自宅、介護者が若い場合等に、災害準備が進んでいない状況が明らかになっています。(この結果は、ロジスティック回帰分析や順序回帰分析という統計手法を用いて、性別や介護の程度といった他の変数を調整しても、統計的に有意な結果であることが示されています) これは、認知症の方を介護しているご家族にとっては何を準備しておいたらよいのかわからないということや、認知症の方の介護に手いっぱいで、災害準備を行うまでの経済的、精神的な余裕がないということが反映されています。 実際ご家族の方は、災害準備に関する情報支援が必要だと感じていますが、どこで情報を得られるかわからない方もいることや、避難が必要な場合には避難場所への移動を助けてもらえるような対策の必要性、地域住民との連携の必要性が課題として挙げられています。 東京都健康長寿医療センター研究所 研究員・博士(保健学)・学士(工学) 涌井智子 専門は家族介護、老年社会学、公衆衛生。介護を支える社会の仕組みについて、個人、家族、社会構造といった視点で研究を実施。特に家族介護者の負担感軽減のための支援策の検討や、介護分野におけるテクノロジー導入の課題、要介護高齢者の家族のための災害準備等について日本と米国で研究を実施中。2013年10月より現職。 災害対応についてもっと知りたい方は、こちらの特集記事をご覧ください。

インタビュー
2021年1月21日
2021年1月21日

研究を飛び越えて、魅せる強み

ビュートゾルフ柏では「住み慣れた地域での穏やかで彩りある人生に生涯を通じて伴走する」をモットーにしています。研究と臨床を両立しているからこそできる、制度の活用やステーションを運営することになった経緯について伺いました。 ビュートゾルフの4要素 ―モットーには、どのような思いが込められていますか。 吉江: イメージしているのはイギリスやオランダの家庭医みたいなものです。 同じ地域の中で「この人は支えるけど、この人は支えない」ということはなくて、子どもでも、高齢者でも、障害のある方でも、すべてみる。地域の住民全体と契約をするイメージです。 精神科や小児科など何かに特化するというやり方は性に合わなくて、特化するなら区域に、と考え立ち上げのときに作った絵がこちらです。今もこのコンセプトは変わっていません。 訪問看護ステーションという形で立ち上げたのですが、それだとどうしても基本自宅にいて、外出しないという方が対象になってしまい、元気に外を歩いている方とは仕事上でお会いする機会がないですよね。そこをなんとかしたいと思いました。 訪問看護ステーションを始めた時期に、行政の地域支援事業として住民による通いの場や生活支援体制整備事業が推進され始めました。 タイミングも良かったので、私たちもやってみたら、たまたまうまくいきました。これは、ビュートゾルフの4要素に通じるものがあります。 ―ビュートゾルフの4要素とは、どういうものでしょうか? 4要素とは「場」「住民」「看護師」「各種制度をうまく組み合わせる知恵」のことです。 「看護師」と「住民」が互酬的な関係を持ち、また住民同士が支え合う「場」を作る。その際に「各種制度をうまく組み合わせる」ことで、補助金や助成金などを上手く利用していくというのが、基本的な考えです。 ―地域支援事業などを上手く利用していくにはどうしたら良いでしょうか。 制度を組み合わせる知恵というのは、地域包括ケアの分野で研究をしてきた私の強みでもあるかもしれません。 地域包括ケアのしくみは本当に細分化されていて、これをやらせてあげる代わりにこれが義務として発生するなど、一長一短があるなと思っています。 そこを熟知して役所とも渡り合いながら、本当の意味で住民をハッピーにできるような道具だけを使っていきたい、足枷を増やさないように努めています。 研究から実践へ ―なぜ吉江さんは、オランダのビュートゾルフを日本に導入して、ステーションを始めようと思ったのですか? 吉江: 当時は東京大学で研究職をやっていて、千葉県柏市の在宅医療のプロジェクトなどをやっていました。看護師として地域包括ケアに関わる中で、私自身も訪問看護ステーションの運営を経験してみたいなと漠然と思っていました。 その時期にちょうど、オレンジクロスという新設の財団法人でビュートゾルフの研究プロジェクトを1年間やるので、プロジェクトマネジャーみたいなことをやらないか誘われたことがきっかけです。 ―ビュートゾルフのプロジェクトとはどのようなものだったんですか? 吉江: 正式名称は地域包括ケアステーション実証開発プロジェクトといいます。 日本でもビュートゾルフの考え方を広めるために、もし日本でやるとしたらどういう形がいいのか、みんなで勉強しながら進めていくプロジェクトでした。 黒船が来たみたいに拒否反応を示されるのは避けつつ、ビュートゾルフの名前を使う、使わないに関係なく、日本の実践者のみなさんにも参考になればいいなという思いで、研究を進めていました。 その中で、ビュートゾルフの名前を使って実践しているところも必要だよねという話が出て、私が訪問看護ステーションを立ち上げることになりました。 一般社団法人Neighborhood Care 代表理事 / 東京大学高齢社会総合研究機構 客員研究員 / ビュートゾルフ柏代表 / 看護師・保健師 吉江悟 東京大学に入学後、看護学コースに進学し、看護師の資格を取得。大学卒業後は、大学院の修士課程と博士課程に進学。並行して保健センターや虎の門病院に勤務。大学院卒業後は、東大の研究員や病院での非常勤講師と並行して、在宅医療のプロジェクトに関わるようになる。2015年に、研究として関わっていたビュートゾルフを日本でも展開するプロジェクトとして、ビュートゾルフ柏を立ち上げ、代表に就任。現在も、看護師として現場に関わりながら、研究員としてさまざまなプロジェクトに参加し、臨床と研究の両立を大切にしている。    地域で活躍する訪問看護ステーションについてもっと知りたい方は、こちらの特集記事をご覧ください。

あなたにオススメの記事

× 会員登録する(無料) ログインはこちら