精神看護に関する記事

がん告知・再発等の「悪い知らせ」の伝え方&支え方【精神症状の緩和ケア】
がん告知・再発等の「悪い知らせ」の伝え方&支え方【精神症状の緩和ケア】
特集
2024年2月27日
2024年2月27日

がん告知・再発等の「悪い知らせ」の伝え方&支え方【精神症状の緩和ケア】

身体疾患を抱える患者さんの中には、不安や抑うつ、不眠といった症状を呈し、ケアが必要な方がいます。このシリーズでは主にがん患者さんの事例を中心に、患者さんが訴える精神症状の問題にどう向き合えばよいかを考えていきます。今回は「悪い知らせ(バッドニュース)」が伝えられた患者さんへの対応を考えます。 悪い知らせ(バッドニュース)とは患者の将来への見通しを根底から否定的に変えてしまう知らせのこと1)。伝えられる患者や家族に多大な精神的負担を与えるもので、がん医療においては病名の告知や再発・転移、積極的な治療の中止などがある。 悪い知らせに伴う心の反応 がん医療において、患者さんや家族に病状や予後に関する悪い知らせ(バッドニュース)を伝えることは避けて通れません。現代は死に直面する機会が少なく、自分自身や大切な人が「近い将来、死んでしまうかもしれない」という話を聞くことは、非常に強い衝撃を受ける体験です。 バッドニュースが伝えられた後、患者さんは混乱や不安、落ち込みなどを感じます。これは強いストレスに対する自然な心の反応であり、通常は時間が経つにつれてバッドニュースを受け入れ、落ち着きを取り戻していきます。しかし、中には症状が回復せず、適応障害やうつ病を発症する患者さんもいるため、患者さんの表情や言動をよく観察し、ケアを行っていく必要があります。 伝える側も感じるストレス 基本的にバッドニュースを伝える役割は医師が担いますが、在宅では訪問看護師が病状の変化や療養する場所の選択などに関する説明をしなければならないことも少なくありません。例えば、最期のときが近いと医師から説明を受けている利用者さんや家族に対し、次のような声かけをした経験はないでしょうか。 「どなたか会いたい(会わせたい)人はいらっしゃいますか。早めに連絡したほうがよいと思います」「自力でトイレへ行けなくなったら、病院への入院を希望されますか、それともこのまま自宅で過ごされますか」「葬儀はどのようにするか相談されていますか」など どれも「死」を連想させる声かけで、伝える側もストレスを感じるのではないかと思います。しかし、こうした問いかけをきっかけに患者さんや家族の想い、希望、生活の意向などが引き出されることがあり、大切なコミュニケーションです。だからこそ、患者さんや家族にどう伝え、伝えた後の心理的反応にどう対応するかも含めたコミュニケーションスキルを身に付けておくとよいでしょう。 伝える際のコミュニケーションスキル:SHARE バッドニュースを伝える際のコミュニケーションスキルとして「SHARE」がよく知られています。SHAREは、がん患者さんが悪い知らせを伝えられる際に医師に対しどのようなコミュニケーションを望んでいるのかに関する研究からまとめられたスキルです。患者が望むコミュニケーションの4要素の頭文字をとってSHAREと名付けられました。 4要素を図1に示します。 図1 SHAREの4要素 内富 庸介先生(国立がん研究センター 中央病院 支持療法開発センター長)より許諾を得て掲載 SHAREに関するコミュニケーション研修も実施されています。在宅で医師が利用者さんや家族にバッドニュースを伝える際、訪問看護師もこのSHAREを念頭に置いて支援を行うとよいでしょう。例えば、話し合うときに落ち着いた支持的な環境を調整し、日常生活への病気の影響や気がかりについて付加的な情報を提供するといったことを行います。もちろん、私たち訪問看護師が利用者さんにバッドニュースに関連することを伝えるときにも役立つスキルだと思います。 告知を受けたときから始まる意思決定支援 告知をはじめとしたバッドニュースを伝えられた後、患者さんや家族は残された時間の中で治療や療養場所などさまざまな選択をしていきます。訪問看護師は、利用者さんや家族に寄り添い、彼らの意思決定を支援する役割があります。 看護師が意思決定支援で真のニーズや価値観を引き出すかかわりとして、有効と思われるモデルをご紹介します。それは9つのスキルと30の技法で構成された「がん患者の意思決定プロセスを支援する共有型看護相談モデル(NSSDM)」です。NSSDMは、兵庫県立大学看護学部の川崎優子先生がまとめられたモデルで、「看護師が対応した面談記録の中から患者さんの意思決定プロセスに効果的に関与していた相談技術の構成要素を抽出」2)し作成されています。療養相談の先に意思決定支援があるとの前提で開発されたモデルであるため、訪問看護の場面で応用がしやすいと感じています。 ここではNSSDMで示される9つのスキルを紹介します(図2)。 図2 NSSDMの9つのスキル 川崎 優子先生(兵庫県立大学看護学部 教授)より許諾を得て掲載 意思決定場面においてすべてのスキルを扱うのではなく、患者さんの状況や相談内容に応じて必要な技術だけを段階的に用います。医療者の判断を押し付けるような情報提供にならないように留意しながら、患者さん自身が自分の価値観を自覚し、適切な自己決定を行うように支援する方法です。 今回はDさんの事例を通じて、がん患者さんの最期の療養先選択場面におけるNSSDMを用いた意思決定支援について紹介したいと思います。 事例:Dさん(80代、女性、独居) 5年前より肝細胞がんに対しラジオ波熱焼灼療法を受けていましたが、新たに胆管細胞がんと診断。その時点で本人の希望により化学療法は行わずBSC(ベストサポーティブケア)に移行し、自宅療養を選択されました。 最近になって下肢に著明な浮腫がみられ、Dさんは動くのが困難になってきました。病院の医師から入院をすすめられましたが、本人が「自宅で過ごしたい」と希望したため、訪問診療と訪問看護を開始することに。 病院から在宅へ、移行のタイミングで意思を確認 初回訪問日、Dさんは近所に住む友人に手伝ってもらい、布団からようやく起き上がれるような状態でした。数日前に訪問した医師より現在の病状の説明や今後の療養先の意思確認が行われています。その際、「自宅で過ごす」と話されていることを確認していましたが、看護師も再度Dさんに自身の病状の理解、現在の心理状態、これからへの思いを確認しました。 麻薬に対する抵抗感を確認するため、オピオイド鎮痛薬の使用について聞いてみました。すると「まだ大丈夫。私は弱い薬で効く体質なの。痛みで眠れないことはあるけれど、そのうちよくなるから」とのこと。この話から眠れない程度の疼痛があることや、オピオイド鎮痛薬の使用に抵抗感を持っていることが推察できました。 ほかにも以下の話をうかがいました。 今は病気や自身の身体について知りたい情報は特にない友人の支援を受けながら、このまま家で死を迎え、同世代の友人たちに人の死について考える機会にしてほしいと思っている同じ市内に住む息子には仕事があるし心配をかけたくないので世話にはなりたくない体調がよくなれば自分の身の回りに関することはできるから、今さら知らないヘルパーさんに家に来てもらうのもわずらわしいと感じる NSSDMを用いた意思決定支援の実際 まずは意思決定支援の方向性を見出すため、NSSDMの「スキル1 感情を共有する」を実践しました。Dさんには数年前に亡くなった寝たきりの夫を、息子に頼らず一人で介護されてきた経験がありました。こういった今までの生き方を否定せず時間をかけてうかがいました。 そうするうちに「痛みがあると自分の思い通りに動けないのはつらいけれど、痛み止めを使うことには抵抗がある」との発言があったことから、オピオイド鎮痛薬使用に関する意思決定支援を行うことにしました。 ここからは次の段階です。意思決定に向けて不足している点を補うため、特に「スキル5 患者の反応に応じて判断材料を提供する」と「スキル8 情報の理解を支える」ことに重きを置いてかかわりました。 Dさんは、疼痛が強いにもかかわらずオピオイド鎮痛薬に対する抵抗感があります。その結果、不眠を招き、疲労感が増している状態です。そこで何が抵抗感につながっているのか確認してみると、「麻薬を使用する=症状が悪化している」との思いがあるとわかりました。そこで、近年は薬剤も進化しており、痛みに対し早期から麻薬系の薬剤を使用することが多くなっていると説明しました。すると、「まずは一回試してみようかしら」との言葉が聞かれたので、訪問中に一度オピオイド鎮痛薬を服用しもらうことに。その場で体調の変化がないことを確認し、訪問後に時間をおいて電話でも体調を確認し、不安を軽減するようにしました。 Dさんとの信頼関係が構築できたと考えられた時点で、今後の療養先についてもう少し具体的に明確化するようにしました。Dさんにこれからの療養場所についてうかがってみると、次のような返事がありました。 足のむくみがひどくて、最近は息切れもする夜は心配で眠れないけれど、昼間にその分ウトウトしている以前は絶対に家がいいと思っていたけれど、息子に迷惑もかけられないし、病院や施設のほうがいいのかしらとも思うでも、先生に「家で最期まで過ごしたい」と言った手前、「気が変わりました」とは言いづらい こうした発言からDさんに意思決定の準備が整っていると判断し、最終段階の「スキル9 患者のニーズに基づいた可能性を見出す」を念頭に置いてDさんにかかわるようにしました。例えば、言い出しにくい気持ちを看護師が医師に代弁できることを保証し、改めて自宅と病院(施設)での最期の過ごし方の特徴について具体的に説明しました。また、自分が決めたタイミングで気持ちが変化すればいつでも療養場所は変更可能なことを伝えました。 その後、Dさんから呼吸苦が増強した時点で「入院したい」との連絡があり、訪問してDさんと息子さんの意思を再確認しました。主治医と連携し緩和ケア病棟への入院を調整し、最期は病院で永眠されました。 * * * 医療法第1条第4項には「医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手は、第一条の二に規定する理念に基づき、医療を受ける者に対し、良質かつ適切な医療を行うよう努めなければならない」と示されています。しかし、バッドニュースを伝えることは、相手が傷ついたり、悲しい思いをしたりすることが予測でき、伝える側も苦悩を抱える作業です。このため、伝えるチームメンバーを周りがサポートし、孤独にならないよう、尊重し合えるようなチームづくりが終末期ケアでは大切です。看護師として自分に課せられた説明義務を果たすと同時に、バッドニュースを伝える場面で助け合える人間関係を大事にしたいと思います。 執筆:熊谷 靖代野村訪問看護ステーションがん看護専門看護師●プロフィール聖路加国際病院勤務後、千葉大学大学院博士前期課程修了。国立がん研究センター中央病院などでの勤務を経て、2016年より現職。2007年にがん看護専門看護師の資格を取得。編集:株式会社照林社 【引用文献】1)Buckman R: Breaking bad news: why is it still so difficult? Br Med J (Clin Res Ed) 1984; 288(6430): p.1597-1599.2)川崎優子著.「がん患者の意思決定支援プロセスに効果的に関与していた相談技術」,兵庫県立大学看護学部・地域ケア開発研究所紀要 2017; 24: p.1-11. 【参考文献】〇内富庸介,藤森麻衣子編.『がん医療におけるコミュニケーションスキル―悪い知らせを伝える』,医学書院,東京,2007.〇川崎優子著.『看護者が行う意思決定支援の技法30 患者の真のニーズ・価値観を引き出すかかわり』,医学書院,東京,2017.〇聖隷三方原病院症状緩和ガイド「E.予後の予測」 https://www.seirei.or.jp/mikatahara/doc_kanwa/contents7/71.html2023/10/20閲覧

不眠への対応【精神症状の緩和ケア】
不眠への対応【精神症状の緩和ケア】
特集
2024年2月6日
2024年2月6日

不眠への対応【精神症状の緩和ケア】

身体疾患を抱える患者さんの中には、不安や抑うつ、不眠といった症状を呈し、ケアが必要な方がいます。このシリーズでは主にがん患者さんの事例を中心に、患者さんが訴える精神症状の問題にどう向き合えばよいかを考えていきます。今回のテーマは「不眠」です。 不眠とは睡眠の開始と維持に関する問題があり、日中に倦怠感や思考低下、意欲低下、食欲低下といった不調が出現している状態。不眠は、入眠困難(寝つきが悪い)、中途覚醒(何度も目が覚める)、早期覚醒(早朝に目が覚める)などに分類される。 がん患者さんにみられる不眠 睡眠は疲れた心身を回復させ、体調を整えるために大切です。しかし、がん患者さんの30~50%が不眠を経験するといわれており1)、がんと診断された直後や治療中、治療終了後、緩和期などに不眠で悩む人は少なくありません。 事例:Cさん(80代、女性、独居) 肝臓がんの診断で手術を受け、経過に問題なく半年前に退院。近隣に住む息子夫婦が連れ添い、定期的に外来通院し検査を継続。薬剤管理や体調確認目的で訪問看護を利用しています。 退院直後は気が張っている様子で元気そうだったCさん。ところが、近頃あまり元気がありません。訪問看護師が問いかけてみると、「何だか夜眠れなくて。昼間にうとうとしてしまい、結局1日何もできない。こんな生活だと張り合いもないし、食欲もない」との返事がありました。 訪問時、がん患者さんから「以前に比べて疲れやすくなった」「よく眠れない」「眠りが浅い」という悩みを訴えられることが少なくありません。Cさんの場合、眠れないことに加えて、そのことが日中の生活に影響している様子もうかがえました。 不眠の状態を評価する DSM-5では、不眠の診断基準として入眠困難、中途覚醒、早期覚醒のうち1つ以上を伴い、日中の社会的、行動上などの生活機能障害が週3回以上あり、3ヵ月以上持続すると定義しています2)。 Cさんにどのように眠れていないのか詳しく聞くと、「寝ようと思って11時には布団に入るけれど1時過ぎまで眠れない。寝る時間は遅いのに朝5時には目が覚める」と話されました。これは入眠困難と早期覚醒に該当します。また、家にいるときだけでなく、デイサービスの間も眠気があり、こうした状態が3ヵ月以上も続いているとのことでした。 訪問看護師は、Cさんの不眠の原因を探ると同時に、まずは薬物療法以外の方法で、生活の中に取り入れやすい工夫を紹介することにしました。 睡眠を妨げる原因を把握する 不眠の原因には、がんの進行や治療による痛み、入退院による環境の変化、服用している薬剤の影響などがあります。さまざまな精神疾患の前駆症状や随伴症状である可能性もあります。患者さんの不眠の原因を見きわめ、適切な対応につなげることが大切です。 Cさんは、現段階では痛みや発熱など身体的な苦痛は感じていません。退院後の生活にも大きな変化はないため、それらが不眠の原因とは考えにくい状況です。そこで、不安や適応障害などの心理的な原因がないか確認してみることにしました。 すると、Cさんは「家に一人でいると、これから先どうなるのか、再発したらどうすればよいのかと、とりとめもなく考えてしまう」と話されました。Cさんの病状は一段落しており、子どもたちが家に来る機会もすっかり減っています。日々の困りごとは医師や看護師、家族に相談できているので、何も手につかないくらい不安な状況ではないそうですが、一人で過ごす時間が長くなり、そうしたことを考えてしまうようです。 睡眠習慣の見直しを中心に対応 不眠への対応のポイントは原因を取り除き、症状を緩和することです。訪問看護師はCさんの訴えから、不安の緩和、現在服用している薬剤の調整と睡眠に関する療養相談を行うことにしました。 不安の緩和 Cさんは漠然とした将来への不安を抱え、ストレスを感じているようです。まずはCさんの不安を緩和するために、十分な時間をとって話を聞くようにしました。 薬剤の調整 Cさんは通院している大学病院の肝胆膵科以外にも、内科や整形外科、泌尿器科、眼科、耳鼻科など多くのクリニックを受診し、さまざまな薬剤を処方してもらっています。そこで、かかりつけ薬局に相談し、薬剤調整と不眠の原因になる薬剤がないか確認してもらうことにしました。 また、医師にも相談し、不眠時の内服薬が開始されることに。Cさんは「薬に頼ると中毒みたいになってやめられないのでは」と心配されましたが、訪問看護師が医師の指示通り適切に服用することで依存状態にはならないと説明することで服用に納得されました。 なお、痛みや息苦しさといった苦痛症状が睡眠に影響している場合は、その症状を緩和する方法を医師や薬剤師に相談しましょう。 睡眠薬を使用する際は、非がん患者さんで呼吸不全症状があると、薬剤の呼吸抑制作用が強く出る場合があるため注意が必要です。また、肝不全や腎不全などの患者さんの場合、薬剤の代謝・排泄に影響するため、肝機能や腎機能の状態を確認しながら使用します。睡眠薬については医師や薬剤師と十分相談するようにしてください。 睡眠に関連する療養相談(非薬物療法) 非薬物療法として、夜間の睡眠のみに注目するのではなく、日々の生活リズムの見直しも大切です。またCさんからは「決まった時間に寝て、決まった時間に起きなければならない」との思いが強くあるような印象も受けました。そのため、これまでの睡眠習慣に固執せず、今の自分自身にあった睡眠習慣を身につけてもらえるようなサポートを行うことにしました。 具体的な対応は以下のとおりです。 [1]生活リズムの見直しをすすめる<具体策> 何時に寝て、何時に起きているかを確認し、希望する睡眠時間が年齢相応か確認する。加齢に伴い実際に眠れる時間は短くなる。「寝なくては」と必要以上にベッドで横にならず、患者さんの年齢に応じた睡眠時間を把握し、その時間、眠れるように工夫する。就寝時間をコントロールするのではなく、起床時間をコントロールする。寝る時間が短くなっても熟眠感が得られるような睡眠パターンに目を向けることが大切。日中に適度な運動を行い、朝食をしっかりと摂るようにする。眠たくなってからベッドに入るようにし、環境と入眠開始の関連づけを行う。午睡はしないほうがよいが、日中どうしても眠いときは、15時までに20~30分程度の短い午睡をとるようにする。 [2]眠れないときの対応を伝える<具体策> ベッドに入っても寝付けないときは、いったんベッドを離れ、眠たくなったら再びベッドに入るようにする。 [3]眠る前の注意事項を伝える<具体策> カフェインを摂取しないようにする。就寝前にリラックスできる習慣があれば取り入れる。 非がん患者さんにみられる不眠への対応 心不全や呼吸不全のような非がん疾患の場合は、上記の内容に加え、睡眠を障害する症状の緩和ケアが必要です。例えば、終末期心不全では、60~88%に呼吸困難、69~82%に全身倦怠感、35~78%に疼痛、70%前後に抑うつ症状があるといわれています3-5)。これらの症状に対応することが睡眠障害の改善につながります。がん患者さんとは異なり、「寝てしまうと、もう起きられないのではないか」というような漠然とした不安を訴える方も多い印象があるため、強い不安を認めた場合には不安に対する支援が大切です。 * * * 不眠は身体疾患や精神疾患と相互的な因果関係があるといわれています。不眠の原因への対応を念頭に置きつつも、不眠そのものに積極的な介入が推奨されています。このため、眠れないという訴えをおろそかにせず、しっかりと受け止め支援してほしいと思います。 執筆:熊谷 靖代野村訪問看護ステーションがん看護専門看護師 ●プロフィール聖路加国際病院勤務後、千葉大学大学院博士前期課程修了。国立がん研究センター中央病院などでの勤務を経て、2016年より現職。2007年にがん看護専門看護師の資格を取得。 編集:株式会社照林社 【引用文献】1)谷向 仁著.「不眠」,森田達也,木澤義之監修,西 智弘,松本禎久,森 雅紀,ほか編.『緩和ケアレジデントマニュアル第2版』.東京,医学書院,2022,p.311.2)American Psychiatric Association. 『Diagnostic and statistical manual of mental disorders(DSM-5®)』. Washington, DC, American Psychiatric Pub, 2013.3)Krumholz HM, et al. Resuscitation preferences among patients with severe congestive heart failure: results from the SUPPORT project. Study to Understand Prognoses and Preferences for Outcomes and Risks of Treatments. Circulation 1998; 98: 648–655.4)Levenson JW, et al. The last six months of life for patients with congestive heart failure. J Am Geriatr Soc 2000; 48: S101–109.5)Solano JP, et al. A comparison of symptom prevalence in far advanced cancer, AIDS, heart disease, chronic obstructive pulmonary disease and renal disease. J Pain Symptom Manage 2006; 31: 58–69. 【参考文献】〇 厚生労働省.健康づくりのための睡眠指針2014(平成26年 3月).https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000047221.pdf(2023/10/20閲覧)〇 国立がん研究センター.がん情報サービス「眠れない・不眠 もっと詳しく」.https://ganjoho.jp/public/support/condition/insomnia/ld01.html(2023/10/20閲覧)

せん妄への対応【精神症状の緩和ケア】
せん妄への対応【精神症状の緩和ケア】
特集
2024年1月9日
2024年1月9日

せん妄への対応【精神症状の緩和ケア】

身体疾患を抱える患者さんの中には、不安や抑うつ、不眠といった症状を呈し、ケアが必要な方がいます。今回のテーマは「せん妄」です。在宅で特に問題となる「過活動型」の事例をもとに、訪問看護師ができる支援について考えたいと思います。 せん妄とは意識障害を主体としたさまざまな精神症状を呈する状態。不穏や興奮、落ち着きのなさがみられる過活動型と、傾眠や活動性の低下がみられる低活動型に分けられる。身体の不調や薬剤の使用などによって急速に発症するのが特徴。 がん患者さんにみられるせん妄 せん妄は終末期のがん患者さんにはよくみられる症状です。予後1ヵ月程度の場合には30~50%、予後数日から数時間では80%以上の方がせん妄を経験するといわれています1)。このことからも在宅でのがん患者さんの看取りにかかわる上でせん妄は避けては通れない問題であることが分かります。 事例:Bさん(80代、男性、妻と2人暮らし)  直腸がんでストーマを造設し、ご自身でストーマ管理を行ってきたBさん。術後に化学療法を受けてきましたが、病気の進行もあり、BSC(ベストサポーティブケア:積極的ながん治療は行わず、症状の苦痛緩和を主に行うこと)に移行。また、自宅での看取りを希望され、訪問診療と訪問看護が開始されました。 Bさんは倦怠感が強く、寝ていることが多いのですが、トイレとシャワーだけは「自分でやる」と家族の手伝いを断り、気丈に振る舞われています。ご家族はふらつくBさんを心配しながらも、Bさんの意思を優先し、見守っていました。 Bさんの異変 ある朝、「ベッドからBさんが滑り落ちてしまった。よくわからないことを言って、私の言うことも聞いてくれない」と妻から連絡が入りました。訪問看護師が急いで駆けつけると、Bさんは床に寝たままの状態で、視線も合わず、意識の混乱が見られます。訪問看護師は、Bさんに声をかけながら全身状態を確認し、外傷もないようなので全介助でベッドへ戻し、医師に臨時の往診を依頼しました。 妻に状況を詳しく聞くと、実は最近Bさんは日が暮れるころになるとおかしな発言をすることがあり、気になっていたと話されました。今日も、明け方にBさんがつじつまの合わない話をし始めたと思ったら、ベッドの上で立ち上がろうとして、おしりから滑り落ちたとのことでした。 訪問看護師は、Bさんの言動がいつもと異なることからせん妄を疑いました。症状のアセスメントを行い、今後の対策を考える必要がありそうです。 アセスメントツールでせん妄の有無を評価 せん妄かどうかの評価はアセスメントツールを活用するとよいでしょう。さまざまなツールがありますが、ここでは国立がん研究センター東病院で開発された「せん妄アセスメントシート」(図1)を紹介します。このアセスメントシートにはせん妄のリスク評価から予防ケア、せん妄症状のチェック、せん妄出現時の対応までがステップごとにまとめられています。順番にチェックしていくことでせん妄対策が行える有用なツールです。 図1 せん妄アセスメントシート 国立がん研究センター東病院「せん妄アセスメントシート」(先端医療開発センター精神腫瘍学開発分野より許諾を得て転載)https://www.ncc.go.jp/jp/epoc/division/psycho_oncology/kashiwa/090/20171115095243.html(2023/9/15閲覧) 早速シートに沿ってBさんの症状を評価します。まず、「STEP1 せん妄のリスク」です。Bさんの場合、「70歳以上」の項目が該当しますので、そのまま「STEP2 せん妄症状のチェック」に進みます。Bさんの様子を観察すると、視線が合わずにキョロキョロしており、つじつまが合わない言動が見られます。時間を確認してみると「うるさい」の一言しか返ってきません。STEP2に記載されている項目に複数当てはまるため、そのまま「STEP3 せん妄対応」へと進み、介入策を検討することにしました。 せん妄の治療とケア 「STEP3 せん妄対応」にも記載されているとおり、せん妄が起こったときに大切なのはせん妄に関係する因子のアセスメントを行い、改善が可能な因子に積極的に介入することです。せん妄には「準備因子」「直接因子」「促進因子」があること(図2)を念頭に、改善や除去が可能な因子があるかアセスメントし、介入策を検討します。 それとともにせん妄を起こしている患者さんの苦痛に十分配慮し、積極的な薬剤の使用を医師や薬剤師に相談します。Bさんのケースでは臨時の往診の後、リスペリドンを処方してもらいました。 図2 せん妄の発症 Bさんの場合、直接因子としては薬剤の影響、促進因子としてはがんによる疼痛が考えられます。そこで、疼痛緩和目的でモルヒネを頓用で使用し、安定した疼痛コントロールを行うことに。同時に、家族が服薬で苦労しないように、鎮痛のベースをテープ剤に変更したり、Bさんが自分で剥がせない適切な貼付位置を妻に指導したりといったサポートを行いました。薬剤師にも相談し、Bさんの処方薬を見直し、服用する薬剤を極力減らすようにしてもらっています。 自宅の環境を生かした対応 Bさんはベッド上で起き上がったり、転倒の危険があるのに一人で動いたりしています。このようなせん妄の症状から万が一のことを考え、転倒してもけがをしないように、低床ベッドを導入し、ベッド横のフローリングには布団やクッション、マットなど自宅にある衝撃を吸収できるものを敷くことにしました。 また、Bさんは昼間に寝てしまい、明け方に症状が活発化し転倒したことから、昼夜のリズムを整えるケアも必要です。例えば、日中はテレビをつけっぱなしにして生活の中の音が途絶えないようにし、午睡を避ける対策をとりました。自分の家にいるという安心感を最大限活用しながら工夫できることを検討し、実践していきました。 家族が安心して介護できるようにサポート 在宅では家族の介護力を確認し、必要に応じてサポートすることも大切です。病院とは異なり、在宅ではせん妄の症状が起こったとき、家族が対応しなければなりません。Bさんがつじつまの合わない話をし始めたり、そわそわと落ち着きがなくなったりした場合にどう応じるのがよいのかを妻と時間をかけて話し合いました。 Bさんは終末期せん妄を発症していると思われ、それはお別れの時が近づいているサインでもあります。不可逆的なせん妄である可能性も伝えた上で、Bさんの発言に対応する具体的な方法を説明しました。例えば、理論的に答えを返すのではなく、「そうだね」と相づちを打って同意を示す、否定的な声かけはしない、低めの落ち着いた声でゆっくり話すほうがよいといったようなことです。 また、対応に疲れてしまったときは、病院や施設などの利用を検討することも大切であり、つらいときにはいつでも相談してほしいと伝えました。困ったときにサポートできることを保証するのも訪問看護師の大切な役割です。在宅におけるせん妄へのケアでは、ご家族の苦痛にも目を向け、支えていく態度が求められます。 その後、妻は「自分一人では夫の面倒を見られないけれど、夫は最期まで自宅にいたいと思うから」と話し、それまで消極的だったホームヘルパーを積極的に利用するように。娘とも連絡をとり、娘家族が頻繁に家に訪ねてくるようなりました。 Bさんはつじつまの合わない発言はあるものの、薬物療法を開始したこともあり、落ち着いて過ごせる日が多くなりました。そして、孫に氷を口に入れてもらって、家族に囲まれながら最期のひと時を過ごし永眠されました。 * * * 在宅におけるせん妄への対応は、自宅がもつ環境による癒しの効果を最大限に活用して行います。そこが病院での対応と大きく異なる点です。せん妄が出現したときに、寝ること、食べること、トイレに行くことなど、生活に必要な動作を安全に行うにはどのようなサポートが必要か。また、ご家族がどのように対応したいと思っているかを話し合いながら、できる限り今まで送られてきた日常生活の様子を壊さないような調整を心がけてみてください。せん妄の症状があっても、残された時間を穏やかに過ごせるようなアイデアをご家族と一緒に考えてみるのはいかがでしょうか。 執筆:熊谷 靖代野村訪問看護ステーションがん看護専門看護師 ●プロフィール聖路加国際病院勤務後、千葉大学大学院博士前期課程修了。国立がん研究センター中央病院などでの勤務を経て、2016年より現職。2007年にがん看護専門看護師の資格を取得。 編集:株式会社照林社 【引用文献】 1)小川朝生著.「せん妄」,森田達也,木澤義之監修,西 智弘,松本禎久,森 雅紀,ほか編.『緩和ケアレジデントマニュアル第2版』.東京,医学書院,2022,p.329.

適応障害、不安、うつ状態への対応【精神症状の緩和ケア】
適応障害、不安、うつ状態への対応【精神症状の緩和ケア】
特集
2023年12月19日
2023年12月19日

適応障害、不安、うつ状態への対応【精神症状の緩和ケア】

このシリーズでは主にがん患者さんの事例を中心に、患者さんが訴える精神症状の問題にどう向き合えばよいかを考えていきます。今回のテーマは「適応障害、不安、うつ状態」です。 不安とは漠然とした不確実な恐れの気持ちが継続する状態。適応障害とは*「がん」という現実に直面したための精神的苦痛が非常に強く、日常生活に支障をきたしている状態。うつ状態とは*適応障害よりもさらに精神的な苦痛がひどく、身の置きどころがない、何も手に付かないような落ち込みが2週間以上続き、日常生活を送るのが難しい状態。*国立がん研究センター がん情報サービス「がんと心」を参考に作成https://ganjoho.jp/public/support/mental_care/mc01.html(2023/9/15 閲覧) がん患者さんにみられる精神症状 がん患者さんは診断や治療を受ける過程でさまざまなストレスを抱え、その結果、不安や抑うつ、不眠といった精神症状をきたすことが知られています。こういった症状が日常生活に大きな支障をきたす場合には適応障害やうつ病などが疑われます。 特に適応障害は、高頻度に認められる精神症状であり、せん妄とうつ病がそれに続きます1)。なお、不安や抑うつなどの症状はがん患者さんだけでなく、心不全や呼吸不全のような非がん疾患の患者さんにも生じるといわれています2)3)。 病的な状態ではないにしろ、多くのストレスを抱える患者さんにかかわる際、精神的な問題がないかアセスメントし、支援を行うことが訪問看護師に求められています。Aさんの事例を通して患者さんの症状にどうかかわるかを考えたいと思います。 事例:Aさん(80代、男性、独居) 大腸がんで手術を受け、一時的にストーマを造設。ストーマ管理の目的で訪問看護を週2回利用しています。手術後に肝転移が見られたため、現在は化学療法を実施中も口内炎の痛みや倦怠感がひどく、今まで通っていたデイケアにも通えなくなってしまいました。家で過ごす時間が長くなり、気分がすぐれない日も多いようです。今回は化学療法について不安があるとの訴えがあったため、化学療法に詳しい看護師が訪問することになりました。 Aさんは、いつもと違う看護師に少し緊張した様子でしたが、徐々に慣れていき、以下のようなことを話してくれました。 口内炎ができてしまい食事のたびにしみてつらいことそれに伴い食事がおいしくないこと 化学療法を受けると身体がだるくなり、やる気も起こらず、気がつくと寝ているだけの生活になっていること 心配事を解決し不安を解消 Aさんの訴えを聞いた訪問看護師は、まずはAさんの心配事の解消が必要と考えました。化学療法による副作用や症状の出現時期、対応方法を具体的に説明し、Aさんの不安を軽減できるように働きかけました。ところが、Aさんは説明を聞いた後も表情が硬く、「心配事は解決できそうです」と話されるものの、とても解決したとは思えない様子です。 全人的苦痛(トータルペイン)の視点でケア Aさんの不安そうな様子に変化がないことから、訪問看護師は身体的なつらさだけではなく、精神的、社会的、スピリチュアルな面から包括的にアセスメントすることにしました。 一般的に、がん患者さんが直面するつらさ(苦痛)は身体的な面だけでなく、精神的、社会的、スピリチュアルと多面に及ぶとされています。これを全人的苦痛(トータルペイン)と呼びます(図1)。緩和ケアでは患者さんに生じるさまざまな苦痛に対応するために、全人的なアプローチが必要です。 Aさんはがんの診断を受けてまだ間がありません。Aさんご本人の苦痛の強さや、世話をしているご家族の心配や負担の大きさ、日常生活に支障をきたしている程度を判断。問題があると感じた場合、精神・心理的問題にすぐに対処します。そのため、Aさんの状況を適応障害、不安、うつ状態の視点から一つずつ確認することにしました。 図1 全人的苦痛(トータルペイン)の理解 淀川キリスト教病院ホスピス編.「緩和ケアマニュアル 第5版」.最新医学社,大阪,2007,p.39より引用 適応障害 適応障害は、比較的明確なストレスを原因として3ヵ月以内に発症し、日常生活に支障をきたしている状態をいいます。適応障害への対応は支持的・共感的に話を聞くことと、ストレスを作り出している問題を把握し、その中から解決可能なものを選択し、介入することです。 Aさんは、がんの診断、ストーマ造設、化学療法、そして化学療法による副作用などで多くのストレスを抱えていることが想像されます。まずは、Aさんにストーマの受け入れ状況を確認してみることにしました。 するとAさんは「いつもと違う状況で突然漏れると不安だが、看護師さんに相談できるし、交換自体は自分でできるから不安はない。服を着ていると案外ストーマがあることも分からないしね。同世代の友人が便秘だ、下痢だと困っているのを聞くと自分のほうが楽かなとも思うよ」と話されました。 不安そうな様子はあるものの、大きな環境の変化であるストーマ造設については肯定的にとらえることができているようです。化学療法に関しても前向きに取り組みたいと考えているそうです。日常生活への支障や本人の苦痛が強くなった起点が明らかな場合、専門医の診察を医師に相談しますが、それには当てはまらないと判断しました。 不安 次に、不安についてアセスメントしました。不安は図2に示すように、気分、思考、行動、身体の症状として現れます。Aさんにこの4つの面について具体的な症状を確認したところ、不眠や食欲減退の訴えはありましたが、気分面や思考面、行動面の自覚症状はないようです。Aさんの日常の行動や心理的に大きな障害は認められず、専門的な介入が今すぐ必要な状態ではないと考えました。 図2 不安の症状 藤澤大介 「不安」.森田達也,木澤義之監修、西 智弘,森 雅紀,山口 崇編集,『緩和ケアレジデントマニュアル 第2版』,医学書院,東京,2022,p.323.より引用 うつ状態 うつ状態については、「落ち込みのチェックリスト」(図3)といったスケールを用い、現在の自分の心の状態を振り返ってもらうとよいでしょう。Aさんに「今、悲しい気持ちや気分の落ち込みなどを感じますか」と問うと、「気分の落ち込みがあきれるほどひどい」との答えが。どのくらいその様子が続いているのか、以前に同じような経験をしたことがあるのかを重ねて問いかけてみました。 するとAさんから次のような話が聞かれました。 「実は、若い時にうつ病を発症し、長い間病院に入院していたことがある。子どもたちにも話せていない。あの時と今の自分の状態が似ているなと思っても、それで病院に行きたいとか、誰かに相談したいとか、とても言い出せなかった。このような状態で治療を続けていると、何のために生きているのか分からなくなる。でも、いろいろしてくれる家族や先生(医師)に悪くて」 図3 落ち込みのチェックリスト(米国精神医学会のDSM-IV診断基準に準拠) 【チェックリストの使い方】まずは、1.2.の質問についてお答えください。 1.2.ともに「ない」という方重い落ち込みではないようです。1ヵ月に1度くらい、上記の項目をチェックしてみることをおすすめします。1.2.の両方、あるいはどちらか1つが「ある」という方3.~9.の質問に答えてください。3.~9.の質問で、「はい」と答えた数を数えてみてください。1.2.の数も合わせた合計が5つ以上で、かつ2週間以上続いている方は適応障害やうつ病の可能性があり、専門家による心のケアが必要と考えられます。まずは担当医や看護師、ソーシャルワーカーへ相談することをおすすめします。精神科、精神神経科、心療内科、精神腫瘍科の医師、心理士による心のケアが役に立ちます。 国立がん研究センターがん情報サービス「がんと上手につき合うための工夫」https://ganjoho.jp/public/support/mental_care/mc03.html(2023/9/15閲覧) 医師への相談をAさんに提案 Aさんが話し終えた後、訪問看護師は今の自分の気持ちを言葉にして伝えてくれたことがとても大切であるとAさんに伝えました。その上で、Aさんが信頼している担当の医師にも今の話を率直に伝えてみてはどうかと提案。また、治療を受けている病院でも、不安やうつ状態のような精神症状について、希望すればきちんと診てもらえることを説明しました。 Aさんから疲れやすさと気力の減退が特につらいとの訴えがあったので、そのことも医師に伝えるように提案し、その後はアドバイスをせず、Aさんの気持ちを傾聴するよう心掛けました。 看護師が帰るとき、Aさんは「自分の中で抱えていたものを話せて気分が少し楽になった。今度、治療のときに先生に話してみようと思う」と話されました。表情も少し和らいだようにみえました。その後、受診している病院で医師に自分の精神面について相談し、現在は精神科のカウンセリングを受け、少しずつ快方に向かっているそうです。 * * * 多くのストレスにさらされるがん患者さんでは、最初の訴えが身体的なものであっても、その背後にはほかに影響する要因が隠れていることがあります。その可能性を常に念頭におきながら会話をし、傾聴し、支持的にかかわることが重要です。 症状を引き起こしている問題が解決可能な問題であれば、小さな問題から解決し、患者さんにかかるストレスを減らしていきましょう。問題の解決が難しい場合は気持ちや感情に焦点を当てた介入を行っていくことが必要です。ぜひ訪問する利用者さんの様子をよく観察し、「いつもと違う」と感じたら気持ちをたずねてみてください。 執筆:熊谷 靖代野村訪問看護ステーションがん看護専門看護師 ●プロフィール聖路加国際病院勤務後、千葉大学大学院博士前期課程修了。国立がん研究センター中央病院などでの勤務を経て、2016年より現職。2007年にがん看護専門看護師の資格を取得。 編集:株式会社照林社 【引用文献】1)Akechi T, et al. Psychiatric disorders in cancer patients: descriptive analysis of 1721 psychiatric referrals at two Japanese cancer center hospitals. Jpn J Clin Oncol 2001; 31(5): 188-194.2)北野大輔.心不全に対する緩和医療.日大医誌 2020; 79(4): 235-239 3)津田 徹.非がん性呼吸器疾患の緩和ケアとアドバンス・ケア・プランニング.日内会誌 2018; 107(6): 1049-1055.

うつ病の学び直し
うつ病の学び直し
特集
2023年6月20日
2023年6月20日

【在宅医が解説】「うつ病」の知識&注意点【訪問看護師の疾患学び直し】

このシリーズでは、訪問看護師が出会うことが多い疾患を取り上げ、おさらいしたい知識を解説します。今回はうつ病とうつ症状について、在宅でよくみられる症状を中心に、訪問看護師が知っておきたいことを在宅医療の視点で紹介します。 はじめに 「うつ病」という病名を聞いたことがない方は、まずいないと思います。どんな症状が出るかというと、 一日中気分が落ち込んでいる、何をしても楽しめないといった精神症状とともに、眠れない、食欲がない、疲れやすいなどの身体症状が現れる厚生労働省「みんなのメンタルヘルス総合サイト」1) と厚生労働省のウェブサイトに記載されています。ですが、仕事や私生活でつらいことがあったり、あまりに忙しかったりすると、多くの人はこんな気分や体調を経験するのではないでしょうか。その線引きは非常に難しく、精神科の専門医でも診断がつくまで年単位を要することがあります。 私たちが在宅の現場で出会うのは、「大うつ病」と呼ばれるいわば正真正銘のうつ病よりも、内科的疾患に合併するうつ症状や、薬の副作用、心理的な原因があっての抑うつ気分のほうが圧倒的に多いと思います。ここでは、主に後者について解説します。 うつ症状を生じうる疾患がたくさんある 癌、慢性疼痛を伴う疾患、内分泌疾患、冠動脈疾患、糖尿病、脳梗塞後遺症、パーキンソン病等々、うつ症状を呈しうる疾患はたくさんあります。すべてを書ききれませんので、ここでは癌を取り上げたいと思います。 癌患者はうつ病や抑うつ状態になりやすい 癌の患者さんでは、15~40%と高率にうつ病を合併する2)とされています。 癌患者さんは、将来の計画を失ってしまう絶望感、死の恐怖、身体的苦痛への不安、経済的不安等々、非常に強いストレスにさらされますから、抑うつ状態になるのはむしろ通常の反応といえます。さらにわれわれが在宅で出会うのは、積極的治療の適応がなく「死を待つばかり」の患者さんが多いわけですから、身体的にも精神的にもかなり深刻な状況です。 患者さんとご家族に、「抑うつ的になりやすい状況に置かれていること」を理解していただき、共感をもってお付き合いしていきましょう。 信頼できる人に思いを打ち明けることで、気持ちが整理され、落ち着いてくることがあります。家族でも親友でも、主治医でも看護師でも構いません。患者さんが思いの丈を打ち明けられる環境づくりを工夫してください。 「病気についてよくわからない」「これからどうなっていくのかわからないのが不安」という場合は、主治医が病気と予後について丁寧に説明することで、少しずつ気持ちが整理されていきます。 癌終末期のうつ症状への対応 終末期においては、心身に苦痛を与えている症状の緩和(いわゆる緩和ケア)で、うつ症状が軽減することもありますが、難しければ、比較的副作用が軽い抗うつ薬を投与することもあります。 人生最期の大事な時間です。身体症状はもちろんのこと、精神的問題についても極力緩和し、本来のその人らしい時間を過ごしていただくために全力を尽くさなければなりません。看護師の皆さんは、患者さんとご家族のお気持ちを丁寧に拝聴し、主治医につないでください。 高齢者のうつ病の特徴と治療 高齢化が急速に進んでいる現在、高齢者のうつ病には特に注意を払いましょう。さまざまな病気を抱えている上に、加齢による心身の衰えが加わると、うつ病発症リスクは高くなります。さらに、配偶者との死別、経済的不安などの環境要因で、気持ちが落ち込みがちになります。 治療の基本は、高齢者以外でも同様ですが、柱となるのは支持的精神療法です。患者さんの訴えを丁寧に拝聴し、悩みに共感すること。それだけで「癒される」患者さんは少なくありません。看護師の皆さんにはぜひその役割を果たしていただきたいと思います。 不眠、食欲不振などに対して薬物治療を行なうこともありますが、若い方に比べると、高齢者では抗うつ薬の副作用が出やすく、効果も出にくいです。持病の治療薬との組み合わせが悪いと抗うつ薬が使えないこともあります。高齢者では、単一の抗うつ薬をごく少量から使用して様子をみることになります。 薬剤惹起性うつ病を疑うケース うつ症状を起こしやすい薬剤として、古典的にはインターフェロン、ステロイド、レセルピンをはじめとする降圧薬などが知られています。ほかにも、鎮痛薬、抗ヒスタミン薬、高脂血症治療薬など一般的に使われる薬剤でも、頻度は低いですが「抑うつを誘発する可能性」が指摘されているものがたくさんあります。 新しい薬の処方後に患者さんが抑うつ的になった場合、まずは副作用の可能性を疑います。早期発見して薬を中止すれば、抑うつは速やかに改善します。 高齢者の多剤併用には特に注意を 高齢者では特に、薬の副作用について注意が必要です。 高齢者は複数の持病を持ち、そのぶん処方される薬が多くなります。処方が6つ以上に増えると副作用を起こす頻度が増えるといわれていますが、6つどころではなく、特に病気ごとに複数の医療機関に通院している方だと、合計10種類以上の薬を飲んでいる、というケースも少なくありません。 高齢になると薬を分解・代謝する力が低下するため、薬が効きすぎたり副作用が出やすくなったりします。たくさんの薬を服用していると、そのぶん副作用のリスクが高まり、重症化しやすいです。特に起こりやすい副作用として、認知症、せん妄と並んで、うつ症状が挙げられています。 特に、鎮痛薬や睡眠薬、抗不安薬などは、体に蓄積されやすいので注意が必要です。 執筆:佐藤 志津子医療法人社団緑の森 理事長さくらクリニック練馬 院長編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)厚生労働省「みんなのメンタルヘルス総合サイト」https://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_depressive.html2023/03/20閲覧2)明智龍男.『がん患者のうつ病・うつ状態』現代医学.69(2),2022,30-5.

【セミナーレポート】「だから」が分かると腑に落ちる精神看護
【セミナーレポート】「だから」が分かると腑に落ちる精神看護
特集 会員限定
2023年1月10日
2023年1月10日

【セミナーレポート】「だから」が分かると腑に落ちる精神看護

2022年9月30日に実施したNsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー「『だから』が分かると腑に落ちる精神看護」。講師として登壇してくださったのは、精神看護専門看護師であり、現在は訪問看護事業を展開する株式会社N・フィールドで広報部長を務める中村創さんです。病院での勤務や「べてるの家」での生活経験をふまえ、訪問看護現場での精神疾患を抱える患者さんとの向き合い方、看護師にできることなどを教えてもらいました。 ※約60分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】中村 創さん 株式会社N・フィールド 事業管理本部 広報部 部長/精神看護専門看護師/公認心理師精神看護専門看護師として、急性期病棟や閉鎖病棟を含む複数の病院に勤務。精神疾患を抱えた方々の地域活動拠点である「べてるの家」の一室で暮らし、当事者研究のイベント運営にも携わる中で、地域の受け入れ体制を整備する必要があると実感する。訪問看護にその可能性を感じ、2019年より株式会社N・フィールドで活動。 目次 ▶ 精神看護では患者さんとの関係構築が重要 ▶ 感情をぶつけられたらその裏側を想像しながら対応を ▶ 統合失調症の看護では「安心」を一緒につくる ▶ 自殺を考える人との対話では、自殺の話題から逃げない --> ▶ 精神看護では患者さんとの関係構築が重要 精神疾患の治療において、優れた臨床成績を出している療法を学び、実践することはもちろん大事です。しかし、患者さんと治療者との間に関係が構築されていなければ、どんな療法も効果が発揮されないと私は考えています。 また、私が病院、訪問の別なく看護の現場で何よりも重要だと実感しているのは、「患者さんの語り」に耳を傾けること、「この人になら話してみよう」と思ってもらえる関係を構築することです。安全が担保されている関係が構築されなければ、患者さんが語り始めることはありません。 ▶ 感情をぶつけられたらその裏側を想像しながら対応を 臨床で患者さんから怒りをぶつけられた経験がある方は少なくないと思います。そんなときは、「怒りの裏側」に思いを巡らせると、同じ場面が違って見えます。 人は、他者との関わりにおいて自己が傷つくのを防ぐため、つまり自己防衛のために怒りを手段として使うことがあります。もしくは、相手を支配し、自分が主導権を握りたいときにも怒りを用います。 このように、怒りの奥には何らかの思いが潜んでいます。そして、怒っている瞬間は心に余裕がなく、根底にある「自分が傷つけられそうになっている」「相手を思いどおりにしたい」「正しいのは私」といった思いを修正することはできません。 臨床で患者さんの強い怒りに触れたとき、そういった怒りの感情を無理に鎮めようとするのではなく、鎮まるのを待つほうがいいでしょう。精神看護においては、こうした「見えない部分」を想像しながら対応を考えていくことが重要になります。 ▶ 統合失調症の看護では「安心」を一緒につくる 統合失調症は、英語で「Schizophrenia」といいます。「schizo」は分裂、「phrenia」は連想という意味です。頭の中で情報をまとめる、統合することが難しくなる状態です。急性期では、自他の境界が分からなくなり、強い恐怖を感じています。怖くてしかたがないから眠れなくなり、さらに神経が過敏になって、症状も強くなります。 そんなときに私たち看護師ができるのは、「あなたは安全だから大丈夫」と説得することではなく、患者さんが安心できる環境を一緒につくること、相手の内側で何が起こっているかを想像し寄り添うことです。「説得は無理に抑えつけようとする行為である」と心に留める必要があります。 また、看護師自身が「この状態はいずれおさまる」と信じることも重要です。念じるだけでも構いません。看護師の回復への信頼は、患者さんにも伝わります。その信頼が伝わることで少しずつ気持ちが落ち着き、話ができるようになっていくのです。 ▶ 自殺を考える人との対話では、自殺の話題から逃げない 自殺の行動化で搬送される人の中には、周囲からみれば些細に思える動機を淡々と話される方もいます。例えば、「水たまりを踏んで靴下が濡れたので死のうと思いました」といった具合です。耳を疑ってしまいますが、これは、その人が行動を起こす瞬間に至るまでに、多くの荷物を背負ってきたからです。靴下が濡れた瞬間、積荷の重さが限界を超えてしまったということです。 そんな精神状態にある方は、視野が狭くなり、自殺という選択肢しか見えなくなります。「自殺が唯一の解決策」と考えるようになり、周囲にいるかもしれない家族や仲間、支援者が見えなくなっているのです。 そうした方と対話する際、私たちは誠実な態度で話を聴かなければなりません。自殺の話題から逃げず、はっきりと尋ねましょう。例えば、私は「今死にたいという気持ちはどのくらいでしょうか?」「『死なない』と私に一言いってもらえませんか?」などと伝えます。真正面から受け止める人が「そこにいる」ことが、自殺を思いとどまるひとつのファクターになります。 また私たち看護師は、一人で抱え込まないことも大切です。チームのメンバーに状況を共有し、個人ではなく、チームで対処するという姿勢で臨みましょう。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

対話で変わる精神医療のありかた――オープンダイアローグとは何か
対話で変わる精神医療のありかた――オープンダイアローグとは何か
インタビュー
2022年11月29日
2022年11月29日

対話で変わる精神医療のありかた――オープンダイアローグとは何か

在宅医療のスペシャリスト・川越正平先生がホストを務め、生活全般を支える「真の地域包括ケア」についてさまざまな異業種から学ぶ対談シリーズ。第9回は、医療者・患者・家族が平等に語り合うフィンランド発祥の精神医療の新潮流、 オープンダイアローグについて語りあった。(内容は2018年1月当時のものです。) ゲスト:森川すいめいみどりの杜クリニック院長、精神科医、鍼灸師明治国際医療大学、日本大学医学部卒。国立病院機構久里浜医療センター勤務を経て、現在、医療法人社団翠会みどりの杜クリニック院長。ホームレス支援を行うNPO法人TENOHASI理事、認定NPO法人「世界の医療団」理事、同法人「東京プロジェクト」代表医師。著書に「漂流ホームレス社会」(朝日文庫)、「その島のひとたちは、ひとの話をきかない」(青土社)などがある。 対話によって入院患者が40%に激減 川越●精神科治療の分野で注目されているオープンダイアローグについて教えてください。 森川●オープンダイアローグは1984年にフィンランドのケロプダス病院で生まれた、開かれた対話による精神医療形全体を総称したものです。ニーズを聞いて、それに対する包括的なケアをするという考えかたを基礎にしています。 それまでは本人や家族が不在のなかで、医療者によって治療方針が決まっていったのですが、意思決定の場に本人と家族を招き、まずは両者に「ご加減いかがですか」と聞きはじめたのだそうです。ただそれだけで、入院患者が40%に減るということが起こりました。いかにそれまで本人の声を聞かなかったか、家族の声がそこになかったかがわかったともいえます。 川越●それまでは「精神疾患の人は自分で意思決定できないだろう」と判断されていたということですね。認知症の人の場合も同じ状況だといえそうです。 森川●もう一つ、「一対一で会わない」という決めごとがあります。医療者と患者だけだと、どうしても力関係が生じて対等になりにくい。でも複数の参加者がいて、そこにいるすべての人の声が同等に大切にされるように工夫されていくと、互いの関係性が対等になりやすくなる。本人の困りごとを共有している人が同席するので、学校の先生や近所の人も参加できます。 病名よりもその人の困りごとが大事 川越●認知症専門医が「これはレビーだ」「アルツハイマーだ」と診断するより、その人が何に困っているのかに注目しなさいということですね。 森川●はい。生きていくことにおいて困っているときに、病名が役立つことはあまりありません。求められていることは、困りごとについて一緒に考え試行錯誤していくことです。 川越●オープンダイアローグを行うためには、どんなトレーニングが必要なんですか。 森川●人は誰でも赤ちゃんのころから、言葉だけじゃなく体でも対話しています。でも大人になって頭で考えるようになると、そのやりかたを忘れてしまう。頭で考えることを外していく作業です。 川越●言葉だけじゃない、体を使った対話というと、ユマニチュードなどもそうですね。 森川●「オープン」といっても何でも話すという意味ではなく、本人たちにとって開かれている場であるという意味です。また、ダイアローグという言葉には、ギリシャ語で「あなたとわたしは違う存在」という意味があります。互いに違う人間だと確信し、相手を知らないと知ることから対話が始まるんです。 川越●日本の精神医療は「来ない人は診ない、治す気がない人は診ない」というスタンスが一般的ですが、それでは認知症やセルフ・ネグレクトの人などは診ないことになります。引きこもりの人やアルコール依存の人など、医療を断固拒否する人はどうしますか。 森川●家に行くための時間がつくれないのが今の精神医療の現状ですが、それをオープンダイアローグでは上手にマネジメントして、医療チームが外に出られるようにしました。 人生にかかわる症状が対話により解消 川越●オープンダイアローグの手法は、日本でも広がっていますか。 森川●日本でも広がりつつあり、私のクリニックでも2年前から実践しています。まずは日本の制度を使って、どう工夫するか。対話の場には医師がいなくてもいいので、訪問看護の制度でもオープンダイアローグが成り立ちます。セラピストとしての訓練はしなければなりませんが、精神科訪問看護は2人訪問が可能なので。私の場合は訪問診療という形で、対話をしに行きます。 先日は、高齢で幻覚・妄想が強くなった方のところで対話をしました。薬も全然効かなかった人です。その人は、家に泥棒が入るという幻覚・妄想を、家族を巻き込んで警察にまで相談していました。そこでわれわれは幻覚の問題はいったん置いて、本人と家族の困りごとを聞いていきました。幻覚として人が家に入ってくるということ。そのことに対して警察も家族もまともに対応してくれない。病気扱いされてしまう。それがどれほど本人にとって悔しいことかも見えてきました。 川越●思いを大切にすることで、安心するんですね。 診断や薬を使う前にまず対話を 森川●本人の気持ちを丁寧に扱っていくことができた。それが、本人にとっても家族にとってもよいことだったようです。閉じこもっていた人だったのに、デイサービスにも行くようになりました。人生にかかわっている幻覚を、対話によってみんなで共有することで、もう一度、人生に寄り添えるようになる。目的は治療ではなく、対話ができたことなんです。 川越●オープンダイアローグの手法を使って、同じ価値観、同じ方法論で情報が共有できると、物事が全部つながって、見える世界が変わってくる気がします。医療はどうしてもヒエラルキーのある世界で長年積み上がってきているので、まずはその考えかたを変えることが必要ですね。 森川●薬を使わない療法だというと、反対する人が多いんです。伝えかたが難しい。「診断や薬を考える前にまずは何度も対話をして、困りごとが何かを考えていこう」ということであって、対話で治すとか、そういうものではありません。 川越●大切なのは、医療の枠にとらわれず本人のニーズを基として何をするかという、人生にかかわる話ですね。 森川●本当に思います。そう簡単には広がらないとは思いますが、オープンダイアローグ、丁寧に広めていきたいですね。 ー第10回に続く あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 「医療と介護Next」2018年1月発行より要約転載。本文中の状況などは掲載当時のものです。

「だから」がわかると腑に落ちる精神看護 Q&A編
「だから」がわかると腑に落ちる精神看護 Q&A編
特集 会員限定
2022年11月8日
2022年11月8日

先行公開! 「だから」がわかると腑に落ちる精神看護 Q&A編【セミナーレポート】

2022年9月30日(金)、NsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー 『「だから」がわかると腑に落ちる精神看護』を開催いたしました。株式会社N・フィールドの中村 創さんを講師に迎え、精神看護について解説いただきました。 本記事では、セミナー時に皆さまからいただいた質問へのご回答を、セミナーレポートに先んじて公開いたします。当日、時間の都合により回答し切れなかった質問にも回答いただきました。セミナーに参加いただいた方も参加できなかった方も、ぜひご覧ください。 【講師】中村 創さん 株式会社 N・フィールド/事業管理本部 広報部 部長 精神看護専門看護師 怒りを前にしたときは、「利用者さんは自分を守ろうとしている」と考えてみて <Q1>攻撃的な言動のある利用者さんについて、生活背景に「寂しさ」があるというお話がありました。しかし、その背景は周囲からは見えないため、怖さだけが際立ちます。どのような点に気を付けて接すると、隠れた寂しさなどに気付くことができますか? 確かに「攻撃性」「怒り」「他害的な言動」は怖さが際立ってしまい、「寂しさの可能性」まで気が回りません。ここで考えたいことは、「ポジティブな感情を抱いているときに怒りを表出することはあるだろうか?」ということです。多くの方が「それはない」と考えることと思います。 「攻撃的言動」「怒り」の目的は以下の(1)~(4)であるというお話を講演の中でさせていただきました。 (1)権利擁護(2)支配(3)主導権争い(4)正義感の発揮 臨床で遭遇する怒りの目的の多くは、(1)~(3)である印象があります。それぞれ、「自身の窮地を脱するため」「相手を思い通りにするため」「自身が有利になるため」と置き換えて考えたとき、どうしてそうする必要があるのでしょうか。「窮地にいると感じているから」「相手を支配しないと自分が怖いから」「常に自分が不利だと感じているから」という答えに行きつくでしょう。利用者さんは、不安や恐怖、脅威や自尊感情の欠落を怒りで払拭しようとしている状態なのだと推察できるわけです。 いずれにせよ、利用者さんが「自身を守るため」の攻撃性であるということは共通すると考えられます。怒りを前にしたとき、「何かから自分を守ろうとしてのものなのかもしれない」と考えてみると、看護師側も少し落ち着ける場合があります。そのように、自分の感情と思考に気を付けてみることをおすすめします。 ちなみに、「この場を何とかしなければ」と思えば思うほど何とかならないことが多いでしょう。できれば「この場を何とかしなければ」という思考自体を「何とか」していただくと(これもまた難しいのですが…)、少し冷静になれる場合があります。怒りに対して怒りで返したり、焦ったりすることは状況を悪化させることが大半です。まずは一息つける工夫を検討することをおすすめします。 重要なのは関係性構築。精神科受診を促す前に、困りごとを共有しよう <Q2> がんのため、介護保険で訪問看護している利用者さんがいます。「壁から音が聞こえる」などの幻聴があり精神科の受診歴がありますが、「治らなかった」とすぐに受診をやめてしまい、その後受診していません。再受診を促したいのですが、どのようにアプローチすればよいでしょうか? 熱心に訪問すればするほど、「受診すれば状況は変わるのに!」と思うでしょう。私も「なんとか受診を」と挑戦してはうまくいかない…ということが往々にしてありました。その都度「どうすればよかったのか」と考えてきました。そして、私の経験則から出せた結論は、「受診を促す前に、困りごとを共有する」ということです。 以前、母娘二人暮らしで、お母様が介護保険で訪問看護を利用されており、言動の辻褄が合わない未受診の娘さんがいらっしゃるご家庭を訪問していたことがあります。相当前から、「親戚に家具を盗まれた」とおっしゃるなど言動に辻褄が合わない内容が増え、親戚や地域から孤立していた娘さんでした。 訪問中は、娘さんがスタッフに「親戚が物を盗むのでどうしたらいいですか?」などとお話をし続けるため、お母様のお話がほとんど聞けないという状況。対処に行き詰まりを感じたステーションからご相談を受け、私も訪問に入らせていただきました。私が徹底したことは、「娘さんとの会話に時間を使う」ということ。複数名で訪問に入り、お母様のお話はもう一人の訪問スタッフがしっかりと聞くことにしました。 娘さんと話していくうちに、身体的な不調やお金のこと、お母様との関係、書類に関する不明点など、困りごとに関する話題も増えてきました。解決できる困りごとは一緒に対応していったところ、だんだんと信用していただけるようになりました。 あるとき娘さんから、「もう少し訪問時間が増えるといいんですけど」と要望をいただきました。そこで、「私たちは精神科医から指示書を書いてもらって訪問をしています。先日お疲れで眠れないと伺いましたが、そういう相談を含め精神科を受診していただけると、私たちはさらに時間をかけられます。可能でしょうか」と伺うと、「わかりました」と案外スッと承諾いただけました。 この経験から、私は「この人が言うのであれば受診もいいかな」と思っていただけるような関係の構築が重要ということを実感しました。これは受診に限らず、さまざまな生活範囲の拡大を促す場合にも言えることと考えています。「困っていることを確認して対応する」→「お互いが困りごとを解消できた実感を持つ」という流れを繰り返すことで、こちらの提案を受けていただきやすくなるということです。受診も提案の一つと捉えて臨んでいます。 利用者さんの主体性を伸ばすためには、「今ある主体性に気づく」ことから始めよう <Q3> 洗濯機を回せない利用者さんに対し、洗濯機にデコレーションをして解決に至ったエピソード、すごいと思いました。利用者さんの主体性を伸ばすアイデアの思考法や、考えるプロセスなどはあるでしょうか? お褒めにあずかり光栄です。「デコレーションをする」というアイデアは、ステーションで働く作業療法士の発案でした。「何とかしよう!」ではなく、「さらに良くするには?」という視点の変更がポイントになったと思います。 精神疾患に罹患した利用者さんは、ご自身が「自己決定」「主体性の発揮」から離れようとする場面が多いように感じられます。これは、自己決定を否定されてきた不全体験や、自身で決定をする前に周囲に決定されてきてしまった生活習慣などが影響していると考えられます。 自己決定ができずに生活していく過程で、自分の思考そのものが分からなくなったという方もいらっしゃいます。「あなたはどうしたいですか?」の問いに、「わからないです」と回答される方は案外多いと感じます。 私の経験則ですが、例えば入院が長かった方は病院で指示される、自身の言葉よりも周囲の言葉が優先されるという経験が長かったこともあり自身の判断に自信が持てない方が多いです。入院に限らず、幼少からの家庭環境の影響で自信を失った方もいらっしゃいます。 そういった方々の主体性を伸ばしていくには、現在ある自主性に私たちが気づくことから始めることが重要だと思っています。 そして、その気づいた自主性と行動に対して最大限労うことで、患者さんが「自主性とはこういうことなのか」と振り返ることができると、最終的に主体性を伸ばす支援になるでしょう。生活することは決断の連続ですから、まずは私たちがその決断の場面に気づくことから始めることが重要と考えています。 暴力に対しては、事業所としての方向性確認&安全確保の枠組み設定を優先 <Q4> 統合失調症、暴力行為のある方の訪問をしています。複数名でいくと恐怖を与えてしまうようで、単独訪問しています。しかし、毎回どこかしらを殴られてしまいます。訪問を止めることはできず、正しい対処法がわかりません。 大変な思いをしながら訪問をされているとのこと、ストレスも相当なものではないかと思います。 CVPPP(包括的暴力防止プログラム)やKYT(危険予知トレーニング)など、対応策・予防策はさまざまありますが、念頭に置いていただきたいのは、「ご自分が被害者にならない=患者さんを加害者にしない」ということです。 私がこれまでお会いした暴力被害に遭遇したことのある看護師さんは、その場を「何とかしよう」と考える、根が真面目な方が多いように思います。報告書などを読むと、不測の事態というよりも、徐々に緊張感が高まっていくなかで諫めようと尽力した結果、被害に遭ってしまったという経過を辿ったケースが多いことに気が付きます。「玄関に入って1分で被害に遭う」というよりは、徐々に段階を経ることが多いようです。 日本臨床救急医学会は、暴言・暴力の予兆として・時間を気にし始める・落ち着きがなくなる・語気が粗くなる・早口になる・急に言葉が少なくなる・目つきが変わる(鋭くなる)という兆候を上げています。 日本臨床救急医学会は、予兆を感じ取ったら積極的に傾聴する姿勢を示し、「自分の主張を理解してもらえる」と相手に感じてもらうように働きかけることをすすめています。できない要求まで理解して飲むということではなく、あくまで相手の背景を理解しようとする姿勢が大切です。 利用者さんの背景が詳細に分からないため、疑問にお答えできていないかもしれませんが、まずは「聴く」という姿勢を持つこと、予兆が出た場合も聴き続けること。「これ以上は無理」と思う2歩手前で引くということが大事だと思います。できれば、ご本人が落ち着いてお話ができるときに「これ以上は留まれない」という線を一緒に設定できるとよいでしょう。 また、「殴ることでコミュニケーションが成立する」という誤った学習は、将来ご本人の不利になります。そういったコミュニケーションをしているうちは引き、「また来ます」と言う。落ち着いて話ができたときは、「本当にうれしい」とご本人にお伝えすることも大切でしょう。しかし、これは本当に難しい対応で、なによりストレスフルです。事業所としての方向性と、対象となる方との安全を確保できる枠組みの設定を優先的にされることが重要だと考えます。 短時間の施設見学&リモート講義で精神科実習を行っている学校も <Q5> コロナ禍で精神科実習ができていません。学内実習で代替できることはないでしょうか? この大変な世情のなか、実習含めカリキュラムを組み立てるご苦労は相当なものと推察いたします。私がご依頼をいただく専門学校や大学では、「短時間の施設見学」+「現場のスタッフが講義」という形式をとっていました。私も現場のスタッフとして講義をしており、リモートと対面、どちらも対応しております。そのような事例があるということをお伝えさせていただきます。 うつ病の利用者さんには焦って安易な手段をとらず、回復を「一緒に待つ」姿勢で <Q6> うつ病の利用者さんとの接し方を教えてください。 うつ病で私が心がけていることは大きく「自殺防止」と「自然体でいること」の二つです。 質問者様がどのような場面でうつ病の方との関係性にお困りなのか、想像の域を出ませんが、これまでお会いしてきたうつ病と診断された方からは、「普通でいてくれた方がありがたい」という声が多く聞かれました。うつ病を発症する方は、「他者が気を遣っている」という感覚を必要以上に取り込んでしまう傾向にあるようです。「自分が迷惑をかけている」という意識が強くなるのだそうです。妙に明るい口調では疲れるようですし、かといって相手のトーンに合わせて自分が普段しないような落としすぎたトーンで接すると、それこそ「気を遣われている」と感じるようです。 まずは、あくまで自然体であることをおすすめします。その上で、無理に相手を動かそうとしないということを私は心がけています。 不思議なもので、それまで仕事一筋であった方が療養期間中にピアノを始めたり、同じような経緯の方がそれまで観たことのない映画にはまったり、空手を始めてみたり、という具合に回復の過程において、新しいものに興味を抱く方が一定数いらっしゃいました。共通しているのは、「活動とセット」ということでした。私は「興味の引き出しがどのくらいあるか」ということを、回復の目安にしています。 また、近年言われているうつ病の脳内炎症モデルを知ると、「抑うつはむしろ回復過程」と私は励まされる気持ちになります。なれなれしい自然体を嫌う患者さんも多いので、あくまでご自身の良識の範囲で関わっていくことがコツです。また、私は「うつ病は休息を身体が欲している」という状態であるということを念頭に入れ、回復を一緒に待つことを心がけています。間違っても「こうすれば改善する」といった安易な手段を取らず、忍耐をもってお話を伺うことが重要と考えています。 恋愛感情をもたれたら、「これ以上接近するといい関係を保てない」と伝えることも大切 <Q7> 3年以上担当していた統合失調症の男性に恋愛感情を持たれてしまいました。担当を外れても私にこだわってしまい、1ヵ月ほどで別の訪問看護事業所にお願いすることになりました。距離感を意識していたはずですが、難しいなと感じました。このようなご経験はありますか? 恋愛感情を持たれたとき、「自分の接し方に問題があったのではないか」と感じてしまう方もいらっしゃるでしょう。私も恋愛感情を持たれたことはあります。そのときも、「自分が最初にきちんと線引きをしていなかったからだ」と行動を戒めようしましたが、距離をとりすぎて、かえってよそよそしくなってしまいました。この辺りの線引きはとても難しいと思いますが、考えてみれば人間関係はそういった微妙なバランス感覚の上に成立していることが多いでしょう。 ところが精神科の臨床では、うまい距離感を保ち関係を維持する体験が少なく、「相手との距離感をとることが苦手」という方が一定数いらっしゃいます。そういう方の人間関係は、「大好きか大嫌いか」の二択に限定されてしまっています。生育環境において安定した人間関係を構築できなかった代償とも言えるでしょう。成育歴は、そういう観点から非常に大事であると思っています。 被虐待児にそういう傾向が顕著であることは有名でしょう。しかし、療育環境に問題がなさそうと思えても、塾や習い事をいくつも掛け持ちし、対等な人間関係を育まずに成長してきた患者さんがいらっしゃいました。 「看護とは対人関係のプロセスである」と知ってからの私は、「自身を媒体としてどういった関係が心地よいかを患者さんと一緒に考えることが看護師の役割の一つ」と認識を改めるようになりました。以来、「あなたとは良好な支援関係を崩したくない。これ以上接近してしまうと、いい関係を保つことは難しくなる」とはっきりお伝えするようにしています。また、「あなたが望むほど緊密ではないけれど、私はあなたとの関係は切らない」ということを、言葉でも態度でも表現するよう心掛けています。 もちろん、そうお伝えした上で「それならもういい」と言われたこともなかったわけではありませんが、案外その後も支援を継続できる方もいらっしゃいます。細くても切れない、支える糸の一本であるという気持ちで臨まれてはいかがでしょう。 ** 中村さんの豊富な経験に基づくご回答をお届けしました。明日からの精神訪問看護に生かせるヒントが、たくさん見つかったのではないでしょうか。 オンラインセミナー 『「だから」がわかると腑に落ちる精神看護』の講義内容をダイジェストにしたレポート記事も公開しております。ぜひそちらもご覧ください。 【参考】〇岩井俊憲,宮本秀明,永藤かおる『アンガーマネジメント―怒りの感情をコントロールしよう』https://hrd.php.co.jp/hr-strategy/hrm/post-578.php(2015.1.13)2022/10/31閲覧〇Adler.A 著,岸見一郎 翻訳.『人生の意味の心理学(上)-アドラー・セレクション』p.49,アルテ,2010.〇Williams.E,Barlow.R 著.壁屋康洋,下里誠二,黒田治 翻訳.『軽装版 アンガーコントロールトレーニング』.p.34,星和書店,2012.〇衛藤暢明 著.日本臨床救急医学会 監修.『救急医療における精神症状評価と初期診療 PEECガイドブック』.p.77,へるす出版,2012. 記事編集:NsPace(ナースペース)

インタビュー
2022年4月5日
2022年4月5日

どうすればいい? 利用者さんからの拒否

精神科訪問看護に特化して運営しているN・フィールド。今回は、訪問看護のサービス利用に強い拒否感がある利用者への対応などについて、引き続き精神看護専門看護師の中村創さんに話をうかがいました。(以下敬称略) お話中村創 株式会社N・フィールド 精神看護専門看護師 サービス受け入れ拒否の背景 [中村]介護サービスなどでもしばしばみられるように、精神科訪問看護でも、周囲が必要と考えても利用者さんがサービス受け入れを拒否するケースがあります。 具体的な背景には、医療者への不信感が強い、たとえば、特にコロナ禍といった状況では、利用者さん自身が悪いウイルスを持っていると思い込み「来てほしくない」との連絡があるケースや、本人は訪問看護を不要と思っており、理由を尋ねると「『退院をしたければ訪問看護を受けること』と主治医に言われたから」というケースなどがあります。 初回訪問がとても大切 [中村]「拒否があるから、何もしない」ということはありません。外来受診ができているか、電気メーターはいつもと変わらずに回っているかといった「生存確認」など、最低限からでも、できる支援を模索します。 「自分自身にウイルスがある」と思って「来てほしくない」と言う人は、それだけ不安が強い状態だということです。電話でご様子を確認しながら、訪問できるタイミングを計ります。訪問できたら、少し受け入れるキャパシティが広がってきたのだなと、アセスメント項目として、みさせていただくわけです。 このように、サービス利用に強い拒否感のある利用者さんへの対応においては、初回訪問がとても大切だと思っています。 「来てほしくない」と思われているのに、最初から看護師の専門性を前面に出してしまうと、訪問拒否につながることもあります。心がけているのは、ご本人にとって不快ではない時間を作っていくことです。 役割意識で利用者を『尋問』していないか [中村]「安心」「快適」という感覚は、利用者さんの主観によるものです。それをこちらが、「私が来たから安心でしょう」と押しつけてはダメですよね。最初に「私はあなたの敵ではないし、危険な存在でもないですよ」と、いかにして認識してもらうかが、何よりも大切です。 私たちは、気をつけていてもつい、訪問看護師としての専門性を発揮しよう、役割を遂行しようと力が入りすぎて、利用者さんの「安心」や「快適」を引き下げてしまうことがあります。 「薬を飲めていますか」「朝起きられていますか」と言うことは、利用者さんからすると尋問です。そうした医療者視点からのアプローチでは、利用者さんは疲れてしまいます。そうではなく、その人の生活にこちらがいかに乗っていけるか。それが、「安心」「快適」を感じていただける最低ラインの専門性であり、スキルだと考えています。 看護は対人関係のプロセスそのもの [中村]そもそも、訪問看護師は利用者に対して「訪問したからには専門職として何かしなくてはいけない」と考えがちではないかと私は考えています。 そうした意識を、実は利用者さんのほうが鋭く感じ取り、プレッシャーを受けていることもあります。 そうならないよう私が心がけているのは、「まず顔見知りになる」です。私は看護理論のなかで「看護は対人関係のプロセス」1)という言葉をとても大切にしています。 見知らぬ看護師である私の訪問を受け入れた利用者さんは、最初、とても緊張しています。それが、氷が溶けるように少しずつ心を開いていってくれる。その感覚を味わうことが、看護師にとっての醍醐味だと思っています。そして、心の氷が溶けるような体験は、利用者さんにとっては、対人関係上のトレーニングでもあるのです。 知的障害や発達障害のある人は、他者とのコミュニケーションに強い苦手意識を持っていることもあります。うまくコミュニケーションをとれなかった体験の累積で、自己肯定感がどんどん低下していることが多いのです。しかし、訪問看護師を受け入れたことで、「あれ? 私、今、人がいても大丈夫だ」と気づく。この体験がとても大切なのです。 何もしないでそっとそばにいる [中村]精神科看護には、「ただそばにいること」の意味を示した「シュヴィング的接近」というかかわりかたがあります。これは、何か月も病室で毛布にくるまり、他者とのかかわりを一切持とうとしなかった少女のベッドサイドに、看護師が毎日同じ時刻、静かに30分間座ることで起きた変化を、看護師のシュヴィングが伝えたことに由来します。 数日後、少女は毛布から顔を出して看護師を見ますが、看護師は変わらず静かに座り続けます。それに安心した少女は、起き上がって看護師をじっと見て、翌日には少女のほうから話しかけてきた、というのです。 傷ついてきた人には、まず何も働きかけずに、そっとそばにいる。これが基本ではないかと思うのです。相手に、「そばにいてもいい」と受け入れられはじめる、少しずつ関係ができる。そしてようやく、その人の抱える生きづらさを軽減する方策を考えるお手伝いができるようになります。 専門職にとって「何もしないでそばにいる」というのはとても難しい。しかし、とても大切なことだと思っています。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇Travelbee,J.『人間対人間の看護』長谷川浩ほか訳.医学書院,1974.

インタビュー
2022年3月29日
2022年3月29日

専門性を押しつけない支援で利用者を支える

精神科訪問看護に特化して運営しているN・フィールド。今回は訪問先での主要な仕事の一つでもある服薬について、取締役の郷田泰宏さん、精神看護専門看護師の中村創さんにお話をうかがいました。(以下敬称略) お話郷田泰宏 株式会社N・フィールド 取締役中村創 株式会社N・フィールド 精神看護専門看護師 服薬中断という現実 [郷田]私たちは、精神疾患のある人を、病院から地域へと定着させる役割を担っています。サービスに入らせていただき徐々に利用者さんの地域での生活が落ち着いてきたと思っていたら、デイサービスなどへの通所が滞りがちになることがあります。その背景には、多くの場合、服薬の中断という現実があります。 調子が悪くなったとき、その変化を訪問看護師がいち早くキャッチし、医療との橋渡しをすることが大切です。薬の調整ですむ場合もありますし、入院になったとしても重症化する前に入院できれば、早期退院につながります。 早期対応によって調子を取り戻し、早く元の生活に戻っていただけるよう支援する役割を、訪問看護師は担っていると思います。 [中村]実際に訪問していても、病院で薬を処方されても、症状が治まるとつい服用を忘れてしまう。あるいは自己判断でやめてしまう利用者さんは、実は多いです。一般診療科でも、服薬の継続はしばしば課題になりますよね。高齢者や認知症の人も同様です。 向精神薬には副反応が強く出たり、期待する効果が出るまでの服薬継続に努力を要したりするものもあり、どうしても在宅ではご自身で管理しきれず、服薬の中断が起こりがちなのです。 「吐き気が出るから飲みたくない」ケース [中村]利用者さんに、「この薬は飲みたくない」と言われたことがありました。吐き気が強く出る抗うつ薬でした。 まず利用者さんに、その薬の作用を聞いているかお尋ねしました。「セロトニンをためておく作用があると聞いた」と答えてくださいました。そこで、「セロトニンは、たくさんたまると嘔吐中枢のスイッチを押す場合もあるんです」と伝えました。「それは知らなかった。医者から言われたかもしれないけれど、忘れていた」ともおっしゃいました。 専門性を引き出しに備えておく [中村]それから、脳の機能について説明しました。薬で増えたセロトニンの量を、脳が『これぐらいが一定なのか、じゃあ、もう吐かなくてもいいや』と学習するのに、2~4週間かかるんですよ、という説明です。その利用者さんは、飲みはじめて1週間でした。 さらに、「あまり吐き気がつらいようなら吐き気止めを処方してもらえるよう主治医に連絡しましょうか」と提案しました。制吐薬の処方により、実際吐き気が治まったことで、利用者さんは納得し、服用を継続することができました。 セロトニンについての情報提供のような、医療職としての専門性は、いつも引き出しには用意しておきます。でもいつも出すわけじゃない。あなたの必要に応じて発揮しますよ、というスタンスがいいのではないかと考えています。 「大丈夫かと思って飲まなかった」ケース [中村]もう一つは、利用者さんが「死ね」「消えろ」という声がしてとてもつらい、と訴えてきたケースです。そのとき私は、「それはいつからなのでしょうか。お薬も飲めているのにおかしいなぁ……」と、あえて独り言のように返しました。 すると、その利用者さんは「実は、大丈夫かなと思って、薬を飲まなかったんだよね」とポツリ。このような場合、服薬中断をとがめたり責めたりは絶対にしません。 私は「薬を飲んでいたときと、やめてみたときで何が変わりましたか」と尋ねました。「症状がなくなったから大丈夫と思って薬をやめたら、また症状が出てきた」と答える利用者さんに、「なるほど。ご自分では、そのことについてどう思いますか?」と問いかけました。 「症状が出たのは薬を飲まなかったからでしょ」というのは、こちらの考えの押しつけです。そうではなく、ご自分でそこに気づいてほしいわけです。 利用者自身が気づき、腑に落ちることが大切 [中村]この方は「じゃあ、ちょっと飲んだほうがいいかな」とおっしゃいました。そこで、服薬を続けるほうが症状は落ち着くし、自己判断で薬をやめて入院になる人も多いかな、という『一般論』を伝えます。ご本人が腑に落ちることが大切なのです。 自分の生活がうまくいっていることと、薬の効果が、実は関係がある。利用者さん自身がそう実感できて初めて、服薬は継続できるものです。その説明を抜きにして「ただ処方されているから飲んでください」ではうまくいかないですね。 重要なのは、薬を飲むか飲まないかではなく、利用者さん自身の生活の充足が実現されること。「生活の充足」というゴールに、薬を使ってたどり着く選択をするかどうかは、その人しだいです。私はそう考えて、「利用者さん自身が自分で気づき、選択するための支援」を行っています。 記事編集:株式会社メディカ出版

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