“患者の家族のプロ”は家族と本人と医者をつなぐ

(前回から読む→「『反撃の医療』と『撤退戦の介護』の間で家族は悩む」)

深田 晶恵(ふかた・あきえ)
深田 晶恵(ふかた・あきえ)
生活設計塾クルー取締役、ファイナンシャルプランナー、CFP認定者 1級FP技能士 1967年北海道生まれ。日本フィリップス(現フィリップス・ジャパン)で8年間勤務後、1996年にファイナンシャルプランナーに転身。FP資格取得後、実務経験を積み、1998年にFPとして独り立ちする。その後、同じオフィスの仲間と特定の金融商品、保険商品の販売を行わない独立系FP会社「生活設計塾クルー」を立ち上げ、個人向けコンサルティングを行う一方、セミナーやメディアを通じてマネー情報を発信している。「すぐに実行できるアドバイスを心がける」のがモットー。

深田晶恵さん(以下、深田):自分が乳がんを経験したときに、“患者のプロ”になるべく、リングノートに病気のこと、医師が言ったこと、自分の疑問点やその回答などを書き込んで、「医師と上手にコミュニケーションを取り、自分が納得して治療を進められる、患者のプロ」になろうとしました。義理の両親が末期がんと認知症だと分かったときも、リングノートを活用して、患者の家族のプロを目指したんですね。通院に付き添いつつ、その日に起きたことや医師から言われたことを全部ノートに書いて。

 特に認知症の家族がいる人にはノートの活用はお勧めです。認知症だと会話の内容をすぐに忘れてしまいますけど、それでも、医師と話すときに本人の前では言いにくいことってありますよね?

NPO法人となりのかいご代表・川内潤さん(以下、川内):それはそうですね。

深田:義母は訪問診療と外来を同時に利用していたときがあるのですが、例えば、外来の主治医が言っていた「(義母のがんは)完治の見込みはない」など、「義母には聞かせたくないこと」をノートに書いておいて、訪問診療の医師に看護師が義母のバイタルチェックをしている間に該当ページをサッと見せて読んでもらう。訪問診療医は、目だけ動かし「分かりました」と表情で返してくる。とても便利ですよ。

“患者のプロ”と“患者の家族のプロ”の違いはどこですか。

深田:もちろん「本人が患者か、患者ではないか」ということですが、これは言い換えれば、患者は1人だけど、家族は私1人ではない、ということでもあります。“患者の家族のプロ”は、家族と医療関係者の間に立って、両者をつなぐ役割になるわけです。

前回、他のご家族から、義父母のお二人の医療・介護については全権を委任されていた、とおっしゃっていましたよね。

深田:はい。ありがたいことに家族中から信頼されていて、全権委任されていましたが、私だけ情報を独占していたら、みんなの気持ちの足並みがそろわないかもしれない。それは困るので、夫の兄弟とその配偶者6人のLINEグループをつくって、週1回ペースで義母の状況を伝えていました。

そこまでやっていたんですか。

川内:施設の利用は考えませんでしたか?

深田:義父を施設にお願いしなかったのは、義母が認知症になっても、さらにがんが進行しても「自分は夫の世話をする」という決意が本当に最期まで崩れなかったことがあります。義父は自分が施設に入る気持ちは0%で、さらに義母のがんもどんどん進んでいきました。そんな2人を同時に受け入れてくれるような施設は思い当たらない。「この先、どうなるのかな」と思わず不安になることもありました。もし、義母が先に亡くなったら、仕事をしながら義父の介護を担うのは私には無理。そうなったとき、義父の施設入所は果たして可能なのか、とか。

 いろいろなシミュレーションをしたくても変数が多すぎて無理なんですよ。コロナ禍がどうなるのかも全然見えなかったし。なので、何かがあったときは「その都度考えよう」と、考えなくちゃいけないタイミングが来たら、そこは逃さずジャッジしていく、ということだけを夫と話し合って決めました。

 結局、義父は老衰で義母よりも先に亡くなりました。93歳でした。その後、義母は病院の主治医から「抗がん剤治療をやめるなら、病院は卒業しよう」と言われて、訪問診療1本に絞ることになったのです。

「お医者さんがそうおっしゃるなら」で終わるか、終わらないか

治療を目指す「医療」、本人が満足のいく生活を目指す「介護」。双方の目的が違うため、「医療と介護」が同時に必要になったときに、どちらを優先すべきかが大きな問題になります。医療にはソーシャルワーカー、介護にはケアマネージャーと、どちらも相談できる人がいますが、両方をつなぐ人がいない。

深田:いなかったから、自分でやった、ということになるかもしれないですね。

川内:これはすごく大変だと思いますよ。でも、病気を抱えながら介護の状況になるという方はそれなりにいらっしゃるので。

ですよね。私の場合はまだ両方同時というのは体験していませんが、この先母が衰えていくにつれ、両方のギャップが出てくるかもしれない。

深田:脅かすわけじゃありませんが、そうなる可能性はありますよ。

川内:そのバランスをどう取るかみたいなことを一緒に考えてくれる人は、まずはケアマネージャーなのでしょうが、なかなかそこまで関わらないというか、関わりたくないというか……。

深田:医療の専門知識を持つケアマネージャーは少数でしょうから、積極的には関わりたくないでしょうね。「お医者さんはどう言っているんですか」と聞くしかないかも。

川内:はいそれです。ここで大事なことは、もし、ケアマネージャーが関わっていたら、「お医者さんが、そうおっしゃっているならば、そうなんじゃないですか」で終わらせると、そこにコミュニケーションエラーが起きている可能性がある。

 ケアマネージャーは医療的な判断とか治療方針を決めることはもちろんできません。できませんが、担当した要介護のご本人の生き方、人生で何を大事にしたいか、という気持ちには触れているはずなんです。だから、「この人はこういうことを大事にされている方なんです。その上で、お医者さんからの話はどう聞こえますか? その治療を受けないという選択肢はないでしょうか」といった切り返しができるといいなと思いますけど。

なるほど! でも、難しいでしょうね。

川内:そうですね。でも、ご家族から「本人にとってはどうなんでしょうか」とケアマネージャーさんに聞いてみることはできると思います。

深田:それなら、訪問看護ステーションのナースは、相談する相手としていいと思いますよ。

川内:確かに、訪問看護のナースに話しやすい場合もありますね。どちらでも話しやすい方に話すのが良いと思います。ケアマネージャーも訪問看護師出身の方もいらっしゃるので。深田さんは相談してみたのですか?

深田:相談しました。介護と看護、どちらの経験値もあるので、頼りになりますね。義母のちょっとした変化を伝えて、日常生活の注意点などをアドバイスしてもらいました。

しかしこのお話に限らず、「介護」は「医療」に劣後する気がどうしてもしてしまいます。なぜなんでしょうか。

深田晶恵さん、川内潤さん(右)
深田晶恵さん、川内潤さん(右)

「いつかは親も死ぬ」ことを認められますか?

深田:FP相談や知人の話を聞いていると、親が病気になると、どんなに高齢であっても「治療すれば病気は治る」と考える子どもが多いように思います。病気か老衰かは分かりませんが、親もいつかは亡くなるんです。でも「治療をあきらめないのが親孝行」と思うと、違う方向へ行ってしまうかもしれません。

あ、それはあるかも。

川内:そうなんですよね。

深田:「いつかは親も死ぬ」ということを、家族が、子どもが認めることで、ようやく「親が本当に望んでいること」も、認めてあげることができるんだと思います。治療を優先すると、親の残りの生活の質の低下につながるかもしれません。

 これ、みなさん頭では分かっていることですが、心まで落とすのは難しいです。義母の場合のように、主治医に「次の抗がん剤を試してみよう」と提案されて、「やめておきます。義母のQOLが下がりますから」と即答できるのは、私くらい(笑)。治療が始まってしまうと「次の抗がん剤を使うかどうか、家でよく考えてから次回の外来で返事して」と言われることは、まずないです。治療から撤退するなら、患者か家族がその場で判断することになるのです。

「何もできなくなっても、親には1分1秒でも長く生きてほしい」と願うのは、子どもなら当然だ、くらいに思っていましたが、「いつかは親も死ぬ」ことを正面から認められないからそうなるのか。そこを認めていれば、「何が何でも治してほしい」という考え方には行かないかもしれません。そうすれば、「医療」が「介護」より優先だ、と思わなくなるかも。

川内:介護を医療に優先させる判断をアドバイスすると「なんだ、お前はうちの親を見捨てるのか!」とおっしゃるような方もいます。もちろん、支援する側はご家族とのコニュニケーションを丁寧に取ってそうならないようにしていかなければならないし、ご家族が親の死を受け入れるのはすごく難しい。深田さんみたいにご自分で気が付く方は稀有(けう)です。

深田:仕事柄、病気などで子どもが高齢の親より先に亡くなるケースも見ているので、「年齢順に親から亡くなる」ことは、ありがたいことなのだと常日ごろから思っています。その上で、親が居心地のいい最後の時間を過ごすにはどうしたらいいのか考える。同時に子どもの生活も犠牲にしない。こんな話をすると、みなさん腑(ふ)に落ちるようなので、あちらこちらでしゃべり歩いています(笑)。

川内:介護の側からしたら、すごくありがたいことです。親の死の受け入れを、私たちがどう支援していくかということが課題で、今のお話を伺っていて、まだまだうまくサポートできていないところだなと、改めて認識しました。

(つづきます)

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