看取り医を「死神」呼ばわり…最愛の妻を亡くした夜に62歳夫が絞り出した言葉

元高校教師の平山幸子さん(仮名・60歳)は末期の肺がん患者だった。夫の茂一さん(仮名・62歳)は、妻の病気を受け入れられずにいた。藁にも縋る思いで民間療法に手も出している。看取りの医者・平野国美氏は茂一さんに『死神のような医者』と拒絶されたが、長女のたっての希望で、歓迎はされていないこの家に、定期的に訪問診療する事になった。

前編記事『「うるせぇ、帰れ!」2700人を看取った医師が絶句…元製薬会社研究員の62歳夫が末期がんの愛妻に”民間療法”を試しまくった「涙の理由」』に続き、5500人以上の患者とその家族に出会い、2700人以上の最期に立ち会った医師が、人生の最期を迎える人たちを取り巻く、令和のリアルをリポートする――。

頻繁に呼び出されるように

月に1度だけ訪問診療する約束だったが、1週間後には呼び出された。深夜2時「あいつが39度の熱を出した。今すぐ診察に来い」という横柄な言い方だった。

自宅に到着し、バイタルを測りながら様子を見る限り、脱水症状を起こしているように見えた。夫の茂一さんから話を聞くと、今日は朝から150キロほど車を飛ばしたところにある病院の温熱療法に出かけて帰ってきたという。そして帰ってきた晩に、こうして幸子さんは熱を出すと説明を受けた。私はできるだけ柔らかく伝えた。

「幸子さんには治療に耐えられる体力がありません。今の体力で片道2~3時間の車の移動だけでも、かなりの負担となっています。それに加えてこの脱水症状です。健康時ならともかく、この状況での温熱療法は避けた方がよいのではないでしょうか?」

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返す刀で反論してきた。

「そうかも知れないが、体温が上がる事によって癌細胞が死滅するから、これはこれでいい」

彼は薬学博士だ。患者の体力や寿命を完全に無視して考えれば、これを即座に100%否定できるだけの言葉を私は持ち合わせていない。幸子さんは無言を貫いている。夫に逆らえないのか、追随しているのか、波風が立つ事自体を恐れているのか、わからない。引き下がるしかなかった。

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