多発性硬化症 ガイド重版 患者の視点で編集 情報発信20年 副作用や食生活など詳しく

2024年2月6日 07時36分
 神経難病の一つ、多発性硬化症の患者が中心となり治療や薬の解説、日常や社会生活の留意点などをまとめた「多発性硬化症完全ブック」が、1月で5版を重ねた。病気に向き合うための情報の少なさから、1人の女性患者が初版を自費出版して20年余り。患者が作ったガイドブックが版を重ねるのは異例で、患者の視点で知りたい医療情報を発信し続けている。 (五十住和樹)
 この女性は、20歳の時に発症した東京都荒川区の中田郷子さん(51)=写真。入院によるステロイド治療を繰り返す中で、一時は歩行困難になった。当時は脳神経内科の医学書のコピーを主治医からもらった程度で他にほとんど情報がなく、「病気のメカニズムを知り、症状とうまく付き合って治療に臨むことができなかった」と中田さん。大学も中退し、静かに家で療養するのが当たり前と思っていた。
 その頃普及し始めたインターネットで米国の患者団体のサイトを見たら、治療のかたわら仕事をし、結婚や出産もする患者の姿や情報の多さに驚いた。1996年にこれらの情報を翻訳してネットに公開すると、多くの患者や医師から反響があったという。
 こうして集めた情報や知識を還元しようと2001年、完全ブックの初版を出した。知り合った専門医に監修してもらったが、患者の視点を最重要視した情報発信に心を砕いた。
 例えば、再発予防や進行抑制が目的の疾患修飾薬については、国内で使われる全種(現在は8種類)を取り上げ、選び方や副作用など患者が知っておくべき情報を盛り込んだ。特に副作用は「因果関係がはっきりしないものは医師も製薬会社も説明しないが、患者は把握しておく必要がある」という。また、患者の出産に備えて、妊娠中からの準備、薬の影響や産科の選び方なども経験者の話を基に詳述した。
 親類や友人への病名告知、病状が落ち着いている時にお勧めの運動、食生活などの項目も。病状などを正確に伝えるために診察前にメモを作り、納得いくまで主治医から説明を受ける大切さも指摘した。医師とは「一緒に治療に取り組む関係」を築くよう助言する。
 これまで主に新薬が出たタイミングで新版を発行。今は7人の専門医が編集委員に名を連ねて支援する。第5版では、再発予防治療薬や病気の進行などに関する最新の知見を取り入れた。
 医師向けの診療ガイドラインでも、患者の声を取り入れる動きが始まった。23年版の編集では、男女7人の患者が会議に参加して意見を表明。多発性硬化症では初の試みで、主に薬剤の使い方のQ&A形式で「患者の価値観や意向・希望」に配慮するよう求める項目を設けた。
 ガイドライン作成で委員長を務めた北海道医療センター臨床研究部長新野(にいの)正明さん(55)は「医師が勝手に決めるのでなく、患者さんと作り上げる。治療法や検査などを診療の中で決める際、患者さんの意見が入らないことは近年は考えられない」と指摘。「医師任せにせず、完全ブックなどで病気を知って疑問をぶつけてほしい。医師側も時間をかけて話し合い、同じ目標を共有していくのが大切」と話している。
  ◇ 
 「多発性硬化症完全ブック(第5版)」はA5判、税込み3千円。希望者はNPO法人「MSキャビン」のホームページから申し込む(送料無料)。

<多発性硬化症> 脳や脊髄、視神経の神経線維を覆っているミエリンというカバーを自分で壊してしまう自己免疫疾患。壊された部分によって視力、運動、感覚障害のほか、疲労、記憶力や集中力の低下など多様な症状が出る。遺伝的、環境要因などが指摘されるが原因は不明。多くが再発と寛解を繰り返す。2017年の疫学調査では、全国の患者数は約1万8千人。20~30代に多く、女性でより発症する傾向がある。


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