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認知症の施策 当事者の声を聞いて進める動き 一部の自治体で始まる…「認知症基本法」では努力義務

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 自治体の施策作りにあたり、認知症の当事者の意見を聞く取り組みが一部で始まっている。今年1月に施行された認知症基本法は、自治体が当事者の意見を聞くことを努力義務としている。全国的に取り組みが広がっていくことが期待されている。(石井千絵)

「趣味などを通じ社会とつながる」

■ワークショップ

認知症の人 望む暮らしは…一部自治体 意見を施策に反映

 千葉県浦安市は2022年、「認知症とともに生きる基本条例」を制定した。内容を検討するにあたって認知症の人や家族の声を聞こうと複数回行ったのが、認知症の人に体験や思いを話してもらう「ワークショップ」だった。

 このワークショップで市内に住む男性(87)は、認知症と診断された後も、地域の人に頼まれて絵を教えていることを披露した。男性が絵画教室の日を忘れてしまっても生徒が呼びに来てくれて継続できている。「絵を教えることが一番楽しい」と思いを語った。ワークショップには認知症でない市民も参加しており、「認知症になったら何もできなくなる」といった思い込みを 払拭ふっしょく するようなエピソードだった。

 個別ヒアリングも行い、介護サービス事業所など本人のなじみのある場所で、普段接しているケアマネジャーが同席するなどして、当事者が話しやすい環境づくりを心がけた。市高齢者包括支援課の塚原涼子さんは「認知症になっても趣味などを通じて社会と関わり続けることが大切だとよく分かった。重要性を市民に認識してもらえるよう条例に盛り込んだ」と話した。

 現在も条例制定前と同じく、当事者の意見を聞く取り組みとして、同市内では月1回、認知症の人が集まって語り合う「本人ミーティング」が続けられている。

認知症の人 望む暮らしは…一部自治体 意見を施策に反映

認知症の当事者が集まって語り合う「本人ミーティング」(浦安市の市文化会館で)

 1月22日、同市の市文化会館の一室では、70~90代の男女5人が参加し、ピアノの得意な女性が演奏を披露するなど笑顔が絶えなかった。参加者の女性は「毎回楽しみ。認知症だと平気で言えるようになった」と話していた。

 東京都稲城市では、市内の2か所で認知症の人や家族が集まる定例の認知症カフェを開催している。何げない雑談の中から、市の職員らが困りごとを拾い上げ、市民向けの認知症サポーター養成講座などで紹介し、本人目線での支援手法を学べるようにしている。

■「ひとことカード」

 「好きなハーモニカを地域の人たちと楽しみたい」「人の役にたつことをやりたい。やらせてほしいが周りがやらせてくれないのがさみしい」。神奈川県大和市では、手のひらサイズの「ひとことカード」に地元で望む暮らしを書いてもらった。

 同市は21年、認知症のための施策を推進する「認知症1万人時代条例」を制定するにあたって、「生の声」を多く集めるため、認知症の人たちにカードを配布した。

 約50人が書いたカードは新しいことに挑戦したいという声や、趣味などを続けたいという声が目立った。認知症の誤解や偏見を取り除く一助にしてもらいたいとして、現在、市のホームページで公開している。市認知症施策推進係の水野義之さんは「周囲が先回りして認知症の人の行動を制限しがちだ。望むことをできるだけ続けられるような町づくりが大切だと分かった」と話した。

 認知症の人の声を聞いて施策に反映させる取り組みは少しずつ広がっている。岩手県滝沢市では手助けを受けながら買い物をする「スローショッピング」、静岡県富士宮市では当事者が集まるスポーツイベントなどを開催している。

 認知症介護研究・研修東京センター(東京)の永田久美子副センター長は「自治体の多くはまだ認知症の本人抜きに施策を進めているため本当に必要なことからずれていることがある」と指摘する。その上で「地域を良くするためには、本人の声を出発点とすべきだ」と話した。

市区町村6割「取り組みなし」

 今年1月1日に施行された認知症基本法は、認知症に関する総合的な対応をまとめた初めての法律だ。

 認知症になっても尊厳を持って生活できるよう、国に対策の基本計画策定を義務づけ、自治体には地域の事情に応じた支援計画を立てる努力義務を課している。策定の際に本人や家族の意見を聞くことも求めた。

 一般社団法人「人とまちづくり研究所」が厚生労働省の補助を受け、22年に市区町村に行ったアンケート調査では「過去3年間に認知症の本人の経験や声をきっかけとしたり、本人が参加したりして、始めた、または見直した取り組み」について、6割が「ない」と回答しており、全体として取り組みが遅れている。

 政府の取り組みも試行錯誤が続く。昨年9月から、首相官邸で行われた認知症に関する会議に日本認知症本人ワーキンググループの藤田和子代表理事が当事者として参加した。初会合で藤田さんは参加者の発言時間が短く、会議の目的を十分に理解できず混乱してしまったという。政府は2回目以降、担当者が事前説明を丁寧にするなどの改善を行った。藤田さんは「どんな配慮が良いかは人によっても違う。『認知症の人が難しいことを考えるのは無理』という思い込みを持たず、参画しやすい方法を一緒に考え、改善する積み重ねが大切」と指摘した。(2024年2月20日付の読売新聞朝刊に掲載された記事です)

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