鶴若麻理「看護師のノートから~倫理の扉をひらく」
医療・健康・介護のコラム
末期心不全で入院、のみ込みも困難な認知症の父に「何とかして食べさせて」と次女 誤嚥のリスクどうする?
心不全で入退院を繰り返してきた78歳の男性が、数日前に救急入院した。末期の心不全状態だった。話すことはできるものの、認知症で意思表示は難しかった。妻はすでに亡くなり、次女夫婦、小学生の孫と一緒に暮らしており、長女は海外に住んでいる。
医師は次女に「お父様は末期心不全の状態であり、強心薬の点滴を投与しているが、数日中に急変する可能性も十分にある」と伝えていた。万が一、心停止になった場合の心臓マッサージなどをするか否かについて、次女は「何としても助けてほしい。どんなことでもしてほしい」との回答だった。
前回の入院時は、患者は食事をほぼ全部食べていたが、今回の入院では普通の食事では口の中に食べ物をため込んでしまうことが多かったため、おかゆとペースト状のおかずが提供されていた。
食事の量にむらがあり、全体的に徐々に減ってきていたが、栄養補給の点滴は投与していなかった。次女の話では、患者はもともとおかゆが嫌いだったという。次女は「よくなったら家に帰ろうね」と話しかけ、「おかゆは嫌いだから、硬いごはんにしてほしい」「何とかして食べさせてほしい」と看護師に要望していた。
医師は次女に対し、患者が終末期に近づき、徐々に食べられなくなっている状態であることは説明していた。看護師も、普通の食事では 誤嚥 のリスクがあると説明していたが、次女は状況をよく理解できていないのか、「どんな治療でもしてほしい」と言うばかりだった。
また必要な薬も、患者が口を開けないため、飲むことができなくなっていた。次女は「こんなんじゃ、死んじゃう」と何とか薬を飲ませるよう看護師に要望をしていた。
さて、どうするか。
「リスクを冒して食べさせるべきではない」の意見も
患者が終末期に近づき、徐々に食べられなくなっているものの、次女は「食べさせたい」という思いが強く、誤嚥性肺炎や誤嚥による窒息のリスクを考えたとき、食事をどうすべきなのか悩んだと看護師が話してくれました。
看護師間のカンファレンスでは、「誤嚥性肺炎のリスクを冒してまでも食べさせるべきではない」という意見も出ました。次女は、医師や看護師の説明が理解できないわけではないはずなのに、なぜそれほどまでに食べさせたいのか。
弟は病死、姉は海外「自分が父の面倒みなければ」
主担当の看護師は、次女と互いの小学生の子どものことなどを話しながら、父親への思いについて話を聞いていきました。次女は「とにかく、何としてでも生きてほしい。過去に一つ下の弟を病気で亡くし、同じように食べられなくなる姿をみて、耐えられなくなった。姉は海外にいて、事情があってすぐには帰国できない状況なので、今は自分がしっかり父の面倒をみなければならない」という。
主担当の看護師は、患者と関わるなかで、アイスや食事を見せる、または「ごはんですよ」と声をかけると患者は笑顔になる様子があり、本人は食べることが好きであることに変わりはなく、食事やアイスを楽しみにしているのではないかと考えたそうです。
その後、次女と改めて話し合う機会を持ち、医師からは身体状態及び誤嚥のリスクや今後起こりうる状況、看護師からは本人は今でも食事を見ると笑顔になる様子などが伝えられました。次女は、姉とも再度話をして少し落ち着いたということでした。
本人が好きな食べ物を少しでも
話し合いのなかで、次女から「これから先の時間が短いのであれば、本人が好きな食べ物を気をつけながら少しでも食べさせたい」という希望が語られました。
看護師の食事介助時には、アイスやゼリーなどの誤嚥しにくい食べ物の提供が続けられました。また、医師とも相談して、誤嚥しにくい食べ物なら男性の好物を持ち込むことが許可されました。内服も錠剤を減らすなど対応して、男性のストレス軽減に努めました。その3週間後に男性は亡くなったそうです。
本人が意思表示できない場合、本人の身体状況と家族の意向だけでどうすべきか、考えてしまうときもあります。このケースでは、アイスや食べ物を持って行ったときの表情、また「ごはんですよ」という声掛けに対する患者の笑顔を大切にできないかと看護師は考えました。患者は言葉による意思表示はできませんでしたが、看護師は日々のケアのなかで、表情などを常に気にかけ、自分の言動に対する反応の意味を熟慮していたことがわかります。
また、このコラムでも何度か触れてきましたが、死期が近づき食べられなくなるなど、医療者にとっては、よく経験し、受け入れていくしかないと思っていることでも、ひとたび家族側の視点にたてば、このように違う物語がみえてきます。(鶴若麻理 聖路加国際大教授)
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