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認知症ポジティ部

医療・健康・介護のコラム

「認知症になったから、出会えた人がたくさんいる」…当事者として思い伝える「希望大使」の活動広がる

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 認知症の当事者の一人として、経験談や思いを発信する希望大使の活動が広がっています。どのようなことを伝えたいのか、各地の大使たちに尋ねました。あなたの「希望」は何ですか――。(田中文香、小沼聖実)

カフェ手伝い 集える場作り…鈴木貴美江さん 84(京都府)

当事者として輝く日々…各地の「希望大使」

岩倉地域包括支援センターに集まる人のためにコーヒーを入れる鈴木さん

 75歳の時、 嗜銀顆粒しぎんかりゅう 性認知症と診断された。2010年に夫の一夫さんを亡くし、落ち込んでいた。同じ内容の食事を続けて作るなど物忘れが増えたことに、同居する娘の祐三子さん(59)が気付いたのが受診のきっかけだった。

 自宅にこもりがちになっていた時、主治医が地域の喫茶店を借りて、認知症の人や家族、支援者がお茶を飲みに来る「認知症カフェ」を開くことに。「しゃべらなくても構わないので、手伝ってくれませんか」と頼まれたのが転機になった。洗い物をしたり、コーヒーの入れ方を教わったりして、輪に加わった。

 2018年に、京都市の岩倉地域包括支援センターが開くカフェも、洗い物から手伝い始めた。最近はコーヒー豆をひくところから任されている。「顔見知りの方にお会いできるのがうれしい。楽しくて、やりがいがある」

 コーヒーは夫も好きだった「家族をつなぐ飲み物」。呉服工房を営んでいた一夫さんが倒れ、入院していた頃、よくお菓子と一緒に差し入れた。病院のカフェスペースで、家族3人で話したことも。

 昨年夏から、祐三子さんと、自宅や近隣の会館などでドリップしたコーヒーを入れ、おしゃべりをするイベントも開いている。地域の人が気軽に集える場を作りたいからだ。

 自宅から外に出てみたら、色々な人とつながった。「応援してくれるたくさんの方からパワーをもらい、感謝の気持ちでいっぱい」と話す。

 畑で大根やジャガイモを作って販売したり、50年ぶりに自転車に乗ったりと、地域包括支援センターの活動ではやりたいことに挑戦し続けている。「10年前より今の方が元気で、生き生き過ごしている。不安に思う人に、少しでも早く診断を受け、一歩踏み出してみてほしいと伝えたい」

52歳時に診断 通院先で働く…岩井孝昌さん 55(岐阜県)

当事者として輝く日々…各地の「希望大使」

通院先でもある病院で働いている岩井さん

 3年前に若年性アルツハイマー型認知症と診断された大垣病院(岐阜県大垣市)で、週4日働いている。

 院内のデイケア施設に通ってくる利用者のために、工作の下準備や清掃、庭の草刈りをしている。書類のコピーや、シュレッダーを使った廃棄作業など職員の補助も仕事だ。

 集中しすぎて、ずっと作業を続けてしまうこともあるから、草刈りの時はタイマーを活用している。

 はがれやすくなった掲示物を貼り直したり、職員室のシンクの掃除を申し出たりと、できる仕事を積極的に見つけているという。

 ガスの配管工として働いていた40代後半、同時並行で複数の作業をすることが難しくなった。仕事の指示を忘れてしまったことも。妻の勧めで受診し、認知症だとわかった。52歳。2人の息子は社会人になっていたが、「今後が不安で、生きていくために仕事がしたかった」と振り返る。

 当事者や家族を支援する県の「若年性認知症コーディネーター」に相談しながら、障害者手帳の取得や障害年金の受給手続きを進めた。通っている同病院からの提案で、障害者雇用の枠で働けることにもなった。

 病院内で働き始めるのと同時に、作業療法の一環で園芸スペースの管理も担うようになった。「ホウレンソウやキャベツ、コスモスやマリーゴールドを育てている。野菜が大きくなるとうれしいし、花を見ると心が洗われる」

 前回の作業を思い出せるように、写真に撮って見返すなど工夫しながら作業する。

 仕事を任せてもらえ、楽しく働くことができる今を幸せだと感じる。「認知症があっても働けることをたくさんの人に知ってほしい」と話す。

バンド参加 皆と楽しく…三村(ひろ)()さん 68(埼玉県)

当事者として輝く日々…各地の「希望大使」

妻の富士子さんと各地の当事者の会に参加している三村さん

 「大勢で、わいわい演奏するのが楽しい」

 アルツハイマー型認知症と診断された5年前、誘われてバンドに加わった。メンバーは、認知症の当事者や家族、医療関係者など約20人。担当はギターで、地域のイベントなどで演奏を披露した。

 妻の富士子さん(68)は、初めて練習に参加した時の様子が忘れられない。

 「上を向いて歩こう」「少年時代」「さんぽ」――。診断を機に仕事を辞め、元気をなくしていた夫が、高校時代に熱中したギターを引っ張り出し、もらった楽譜を見ながら楽しそうに音を鳴らしていた。「認知症になっても、こんなに楽しく過ごせるんだ」

 定期練習の会場は遠方のため、自宅でスマートフォンをつなぎ、毎月、欠かさず参加した。退職し、「ああ、俺もおしまいか」と感じた博寄さん自身も、「周囲の助けがあれば、できることはまだまだある」と思えるようになった。

 しかし、バンドに参加するようになって間もなく、コロナ禍で活動が中断。昨年から、演奏の機会は徐々に戻ってきたが、ギターは以前のようには弾けなくなっていた。

 でも、楽しいのは、集まってわいわい演奏することだ。営業の仕事が長く、誰かと話すことが好きな性格。だから、今は、歯の隙間を使って音を鳴らす「歯笛」でバンドに参加している。「子どもの頃、いたずらで授業中に吹いていたのが、この年になって役立つとは」とおどけて話す。

 ギターを楽しむ夫の姿に、「やりたいことを全部できるよう、とことん付き合う」と決めた富士子さんと一緒に、各地で開かれる当事者の会に参加を続けている。「認知症を隠そうとしなくていい。外に出て、好きなことを楽しもう」と伝えたいからだ。

相談に乗り 仲間と交流…()(うえ)守さん 63(大分県)

当事者として輝く日々…各地の「希望大使」

デイサービスの菜園で作業する戸上さん

 認知症の人の自宅を訪ねて相談に乗る「ピアサポーター」の活動を続けている。

 依頼があると、自身が通う「なでしこガーデンデイサービス」の職員と出向く。同じ認知症の当事者として、5年間で約130人と話した。

 認知症のことは、ほぼ尋ねない。「何が好きですか」「趣味は?」と楽しい話題を心がける。「どうせなら、一緒に楽しいことがしたいから」

 何年も自宅に閉じこもっている人もいる。でも、話を聞いた後に誘うと、たいていの人はデイサービスに来てくれる。そして、一緒に様々な活動をする。野球が好きな人とはキャッチボールを。釣りが趣味だった人とは、施設の近くを流れる川でハヤ釣りを。

 自分にも、ふさぎ込んだ時期があった。公務員として働いていた56歳の時に前頭側頭型認知症と診断され、早期退職した。自宅で一日中、布団をかぶって過ごした。

 1年ほどたち、見かねた妻に促されてデイサービスに通い始めた。最初は誰ともしゃべらず、軒下に出て、一人でたばこを吸っていた。

 変わったのは、同世代の仲間ができてからだ。「ソフトボールをしたい」「家庭菜園を作ろう」。デイサービスが、そんな自分たちの要望を活動に取り入れてくれた。前向きな気持ちが戻った。

 最近は、デイサービスの運営法人が設立した会社で月2日、荷物の運搬の仕事も始めた。時給は900円。4人の孫におもちゃやアイスを買うのが楽しみだ。

 趣味のゴルフも再開し、友人とゴルフ場へ通う。スコアはわからないからつけない。できないことは気にせず、いま楽しめることに取り組めばいいと思う。「認知症でも、自分らしく生きていける。認知症になったから、出会えた人がたくさんいるんです」

◆希望大使= 2019年度に厚生労働省が5人の認知症当事者を任命したのが始まり。全国の講演会で体験を話したり、認知症関連の会議に参加したりしている。都道府県単位で任命する地域版希望大使も各地で誕生し、1月時点で、合わせて74人が活動している。

(2024年3月19日付の読売新聞朝刊に掲載された記事です)

 「認知症ポジティ部」は今回で終わります。

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