経済・企業

「解禁」5年目のオンライン診療、利便性認識も実績なお少なくーー診療報酬など普及に課題

テレビやスマホで受けられるオンライン診療は2次感染の不安がない(JCOM提供)
テレビやスマホで受けられるオンライン診療は2次感染の不安がない(JCOM提供)

 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、政府が2020年4月に、初診のオンライン診療を特例で解禁して5年目に入った。22年度からは恒久化され、電話やオンライン診療に対応する医療機関の比率は23年に全体の約16%と解禁前の約9%から上昇。民間企業の関連サービスも広がっている。しかし、海外と比べれば、オンライン診療を経験した人の比率はなお低い。導入する医療機関にコストがかかることや対面診療より医師への報酬が少ないことなどが普及の妨げになっている。「解禁」5年目に当たる今年からは、あぶり出された課題をどう解決し、医療の効率化を進めていくかが焦点となる。

オンライン診療ができる医療機関の割合は頭打ちだ(出所:厚生労働省)
オンライン診療ができる医療機関の割合は頭打ちだ(出所:厚生労働省)

ケーブルテレビのJCOM、30~40代を中心に利用

「具合はいかがですか」「熱があって、くしゃみが出るんです」。予約した時間にテレビのアプリケーションを操作すると、医師と自分の顔が画面に映り、診察が始まる。医師とのやり取りは、診察前に本人確認があることを除けば、病院の診察室の時とほぼ同じ。画面が大きく、画質が良いからか顔色など症状も詳しく見てもらえそうだ。新型コロナウイルスの感染拡大以降、オンライン会議が普及したため緊張することもなく診療が進む。最後に医師が処方箋を薬局に送信。薬局に服薬指導を受けた上で、薬が自宅に送られてくる。

 ケーブルテレビ大手のJCOMは、21年からこうしたオンライン診療のサービスをテレビで提供している。当初は一部地域だけのサービスだったが、23年からは対象を全国に拡大、スマートフォンでも利用できるようになった。30~40代の会社員などを中心に利用者が増えている。同社の浅井利暁ビジネス開発第一部部長は「利用者からは『病院や薬局で長く待つ必要がない』『忙しい平日の昼間でも診察してもらえる』と好評だ」と話す。

二次感染防止や医療資源偏在是正にメリット

 オンライン診療のメリットはさまざまだ。通院や会計の時間を削減できることに加え、近くに医療機関がなかったり、ケガや病気で通院が難しかったりする人も気軽に診察を受けられる。感染症の拡大の際には院内感染や二次感染も防止できる。医療機関も、ほかの都道府県や市町村の患者を診察できるようになる。もちろん検査や手術など対応不能な分野もあるが、風邪や生活習慣病の管理など多くの分野はオンラインでまかなえる。

 厚生労働省が医師数や人口などから算出した24年1月時点の「医師偏在指標」によると、岩手県や新潟県の数値は東京都の半分程度に過ぎない。離島や山間部、過疎地ではこの差がさらに広がり、病院に行くこと自体が難しい地域もある。大和総研の石橋未来研究員は「地方の医師不足は依然として深刻であり、オンライン診療を活用する余地が大きい」と指摘する。

5割の人が「オンライン診療を利用したい」

 規制緩和を受けて、スマホなどを通じたオンライン診療のサービスは、JCOMのほかメドレーやMICIN(東京・千代田)など多くの企業に広がっている。LINEヤフーの今井恵子ヘルスケア事業本部長は、自社のオンライン診療サービスについて「23年は診療件数が前年の2倍に増えるなど、ユーザー数が急拡大している」と話す。花粉症や皮膚科、風邪などのニーズが多いという。

 LINEリサーチの23年6月の調査によると、「今後、オンライン診療をぜひ利用してみたい」「機会があったら利用したい」との回答は合計で50%に達した。特に女性は10~20代が57%、30~50代が53%と高かった。利用したい人からは「小さい子供がいて病院まで連れて行くのが大変」「手間が省ける」「感染症リスクを防げる」といった意見があり、市場規模の拡大が期待されている。

オンライン診療を経験した人の割合は主要国で最低レベル

日本はオンライン診療を求める声が多いが、実際には利用できていない(アクセンチュア提供)
日本はオンライン診療を求める声が多いが、実際には利用できていない(アクセンチュア提供)

 もっとも、日本は足元で世界に後れを取っている。コンサルティング大手のアクセンチュアが14カ国1万2000人を対象にした調査によると、日本でオンライン診療を経験した人の比率はわずか6%。14カ国の平均(22%)や米国(32%)、英国(35%)、オーストラリア(29%)などを大幅に下回り、最低レベルにとどまる。

日本で医療効率化を求める人(患者)の比率は35%と14か国平均(32%)を上回っており、患者は利用したくても利用できない状況だといえる。アクセンチュアの石川雅崇・執行役員は「オンライン診療の経験値が極めて少ない日本では、その社会的な意義が十分に理解されていない」と話す。

診療報酬の低さや導入コストが普及の障害に

 なぜ国内のオンライン診療の普及は進まないのか。理由の一つが、オンラインの診療報酬が対面診療の87%に抑えられていることだ。触診や聴診などの検査ができないオンライン診療には医師から不安の声が根強い。厚生労働省も「対面診療を適切に組み合わせて行うことが求められる」との立場で、診療報酬にもこうした意向が反映されているとみられる。

 国内でオンライン診療ができる医療機関の比率も22年以降はやや伸び悩んでいる。厚生労働省の実態調査では、現在オンライン診療に取り組んでいない医療機関の約82%が「今後も取り組む意向はない」と答えた。「システム導入・運用のコストが高い」「情報通信機器を⽤いた診療のメリットが⼿間やコストに⾒合わない」といった理由をあげる医療機関がそれぞれ4割程度(複数回答)を占める。

オーストリアではオンライン診療の診療報酬引き上げ

 それでは、どうすれば国内でも普及が進むのだろうか。大和総研の石橋氏は「オンライン診療を導入する医療機関が増えれば、システム投資のコストも徐々に下がっていく。関連投資への補助金の活用も選択肢の一つだ」と話す。IT企業などで構成する日本医療ベンチャー協会は「オンライン診療時の初診・再診料、医学管理料の診療報酬を対⾯診療時と同等⽔準に算定できるよう⾒直すべきだ」と主張する。オーストラリアでは遠隔医療の際の医師への報酬を一部引き上げ、オンライン診療を推進しているとされる。

 医師の不足や都市部偏在の影響で、今後は離島や山間部以外でも医療機関に通えない人が増えていくだろう。大病院に患者が集中する医療資源の活用の非効率さも改善する必要がある。オンライン診療や電子処方箋の普及といった医療DX(デジタルトランスフォーメーション)は、世界で最も少子・高齢化が進む国の1つである日本でこそ不可欠な改革でもある。

 アクセンチュアの石川氏は、オンライン診療の意義について「症例データの収集やAI(人工知能)による画像診断などを進めることが医療の効率化や質の向上、ひいては医療財政の改善にもつながる」と分析する。国・地方の財政がひっ迫する中で、どう普及を進め、医療分野の質や生産性を向上させるのか。「オンライン診療の本格解禁」5年目を迎える日本政府、医療機関、企業が難題をいかに克服していくかに注目が集まる。

(日高広太郎・ジャーナリスト)

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