特集 インタビュー コラム

訪問看護師が知っておきたい法制度

法制度「生活保護」
特集

知っておきたい生活保護の基礎知識ー「生活保護を受けたい」と相談されたら?

この連載では、訪問看護師のみなさんが現場で遭遇しそうなケースをもとに、利用者さんからの相談に関連する法律や制度についてわかりやすく解説します。法律に苦手意識がある方でも自信をもって対応できるよう、役立つ知識をお届けします。今回のテーマは「生活保護」です。 事例 独居の利用者Eさん(70代男性)。タクシーの運転手を自営業で細々と営んできましたが、引退後は貯金を切り崩して生活してきました。年金は、納付期間が短かったため、月4万円程度しか受給できていません。 ある日、訪問した看護師のFさんは、思い詰めた表情のEさんからこう打ち明けられました。 「お恥ずかしい話だが、もうお金がありません。ついては、生活保護を受給したいのだが、ここに現金で10万円ある。これだけは私の葬儀代として別にとっておきたい。でも、所持金が完全にゼロにならないと生活保護は受けられないのですか。もしそうなら、あなたに預かってもらって、私が死んだら葬儀代に充ててほしい。」 Eさんは目立った浪費癖もなく、堅実に生活しているかに見えましたが、よくよく話を聞いてみると、昔ギャンブルにはまっていたそうです。そのころに作った借金の支払いにずっと追われており、返済は今でも100万円ほど残っていると言います。 相談を受けたFさんとしては、「役所へどうぞ」と言えば済みそうですが、それだけではさすがに冷たい対応と言われてしまいそうです。10万円を預かる話も断るべきことはわかりますが、どのような言い方をすればよいのでしょうか。 回答例 「生活保護を受給されたいのですね。その場合、福祉事務所にご相談いただく必要があります。生活保護は、国が定めた「最低生活費」に満たない収入しか得られない人を保護するための制度です。ご自身の経済状況を正直に申告することが大前提となりますし、そもそも看護職員は利用者様の金銭をお預かりできる立場にはなく、お金をお預かりすることはできません。生活保護にはいくつか種類があり、葬儀の補助もあるそうですので、葬儀代のことはそれほどご心配なさる必要はないかと思います。そうしたことも含めて、福祉事務所の生活保護担当の方にご相談されてみてはいかがでしょうか。」 今回は、利用者さんが生活保護を受給する場合の支援機関へのつなげ方はもちろん、生活保護の受給条件や申請の流れ、扶助の内容なども確認していきましょう。制度について知っておくことで、適切な対応につながると思います。 生活保護とはどんな制度か 生活保護とは、病気で働けない、失業で収入がないといった理由で生活費が足りない方に、その不足の程度に応じて、最低限の生活保護費(以下、保護費)を国から支給される制度です。日本国憲法第25条ではすべての国民に生存権を認めており、1項には「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と定められています。この権利を実現するための施策が生活保護です。 なお、生活保護の申請件数は年々増加傾向にあります。特に新型コロナ以降は急増しました。2022年10月時点の調査結果では、生活保護を受給する世帯は約164万世帯あり、そのうちの約半数が単身の高齢者世帯となっています1)。 生活保護を受けるための要件 厚生労働省は、生活保護を受けるための要件を「生活保護は世帯単位で行い、世帯員全員が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することが前提であり、また、扶養義務者の扶養は、生活保護法による保護に優先します。」と説明しています2)。 つまり、生活保護を申請する前に以下のことが求められているのです。・預貯金や土地、生命保険、自動車といった資産があれば、それらを売却して生活費に充てる・世帯の中で働くことが可能な人がいれば、その能力に応じて働く・年金や雇用保険、健康保険、児童扶養手当など、他の制度で給付を受けることができる場合は、まずはそれらを生活費に充てる・配偶者や両親、祖父母、きょうだいといった3親等以内の親族から援助が受けられる場合は援助を受ける その上でもなお毎月の世帯収入が「最低生活費」に満たない場合、生活保護を受けることができます。 支給される保護費は「最低生活費―世帯収入」で決まる 最低生活費とは「生活扶助」と「住宅扶助」の合計金額のこと。生活扶助と住宅扶助の金額は、居住する地域や家族構成、生活態様などによって大きく異なります。世帯収入がこの額に満たない場合に、最低生活費から収入を差し引いた額が保護費として支給されます。 例えば、Eさんの居住地を東京都八王子市と仮定した場合、70代の単身世帯の生活扶助は74,220円、住宅扶助は53,700円です。これを合計すると最低生活費は127,920円です。Eさんの収入は、毎月支払われる年金が相当しますので、あくまで概算ですが「127,920円-4,000円=87,920円」程度の保護費を受けられることになります。 生活保護には8種類の扶助がある 一口に生活保護といっても、実は8種類に分類されます。表1に種類と内容をまとめましたので、ご覧ください。 表1 生活保護の種類と内容 これらの中から申請者の生活に必要な扶助が、福祉事務所の審議に基づき、単体で、あるいは組み合わせて支給されます。Eさんの場合、生活扶助、住宅扶助、医療扶助、介護扶助、葬祭扶助の5つが受けられそうです。 なお、生活保護を受給している場合も訪問看護の利用は可能です。Eさんのケースであれば、事前に福祉事務所に介護扶助、あるいは医療扶助の申請を行い、福祉事務所の指示に従い必要な手続きをします。 生活保護受給までの流れ 相談・申請 まずは、居住する市町村の福祉事務所の生活保護相談窓口に行きます。そして、ケースワーカーと呼ばれる生活保護担当者に、制度や申請について詳しい説明を聞きます。 その際、先ほどご説明したように、生活保護以外の方法を活用できないか確認されます。もしあれば指示に従いますが、それでも生活保護が必要であれば申請の手続きを行います。 持参する物 収入を申告する書類や資産状況を示す通帳や生命保険の証書、本人確認書類として健康保険証や運転免許証などを用意します。初回の相談で完璧にそろえる必要はないので、ケースワーカーに聞いて準備すれば十分です。 結果通知 申請後2週間から1ヵ月の間に自宅に「保護決定通知書」が届きます。生活保護が却下された場合、却下理由に不服があれば、行政不服審査法に基づく再審請求を行うことが可能です。 生活保護受給後は制限や義務があることも知っておく 生活保護のメリットは、言うまでもなく、働けない状態でも最低限の生活費を受給できる点です。Eさんのように訪問看護を利用しているのであれば、介護費や医療費が現物支給されるのは大きなメリットでしょう。他に、住民税、国民年金保険料なども免除されます。 ただし、さまざまな制限や義務が生じることも知っておきたいポイントです。 特に確認したいのは、申請時点で所有ができる財産が制限されることです。基本的に、車や高級腕時計といった贅沢品の所有は認められません。ローンやクレジットカードも利用できません。ただし、預貯金は最低生活費の半額以下であれば、所有が認められます。Eさんの場合、10万円の所持金がありましたから、ゼロにする必要はないですが、3~4万円は使ってからでないと認められない可能性が高いでしょう。 そのほか、年に2~3回程度、ケースワーカーによる家庭訪問を受けることが義務づけられます。また、福祉事務所に毎月収入状況を申告しなければなりません。 受給後の生活において、収入の申告は非常に重要です。申請時よりも収入や財産が増えた場合、必ず報告しなければなりません。報告せずに保護費を受給し続けると、不正受給とみなされ、返還しなければならなくなります。悪質と判断されて逮捕に至る場合もあるので、収入を得たらすぐに報告します。 扶養照会の運用は大幅に見直された 従来、生活保護申請者にとって大きな心理的負担となっていた親族への扶養照会は、2021年に出された厚生労働省の通知により運用が改められました。DVや虐待がある場合、一定期間音信不通が続いている(例えば10年程度)、相続をめぐり対立している、といった事情がある場合は、扶養照会を行わなくてよくなりました。 また同年、福祉事務所職員の実務マニュアルも改正されました。生活保護の申請者が扶養照会を拒んだ場合、その理由を丁寧に聞き取り、照会をしなくてもよい場合にあたるかどうかを検討するという対応方針が新たに示されました。加えて、扶養義務の履行が期待できる者に限る、という点も明確になりました。 もし、利用者さんが「家族に知られたくない」と思い、申請に踏み切れないケースがあれば、この点を伝えてあげることで安心されるかもしれません。 ワンポイントメモ 借金があっても生活保護の申請はできるの? 事例のEさんのように借金がある場合でも生活保護の申請は可能です。ただし、受給後に、支払い督促に応じて弁済してしまうと不正受給と見なさるので注意が必要です。なぜなら、保護費は借金返済のために支給されるものではないからです。 では、どうすればよいかというと、債務整理が有効です。裁判所を介する「自己破産」の制度が別にあるので検討するとよいでしょう。まずは、経済的にお困りの方が無料で弁護士に相談できる「法テラス」といった機関を利用し、相談してみてはどうか、というアドバイスが可能と思います。 ▼「法テラス」ホームページttps://www.houterasu.or.jp/ 執筆 外岡 潤介護・福祉系 弁護士法人おかげさま 代表弁護士 ●プロフィール弁護士、ホームヘルパー2級介護・福祉の業界におけるトラブル解決の専門家。介護・福祉の世界をこよなく愛し、現場の調和の空気を護ることを使命とする。著書に『介護トラブル相談必携』(民事法研究会)他多数。 YouTubeにて「介護弁護士外岡潤の介護トラブル解決チャンネル」を配信中。https://www.youtube.com/user/sotooka 記事編集:株式会社照林社 【引用】1)厚生労働省「被保護者調査(令和4年10月分概数)」https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/hihogosya/m2022/dl/10-01.pdf2023/1/16閲覧2)厚生労働省「生活保護制度」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/seikatuhogo/index.html 2023/1/16閲覧

相続・遺言の「いろは」―「遺産を寄付したい」と相談されたら?
特集

相続・遺言の「いろは」―「遺産を寄付したい」と相談されたら?

この連載では、訪問看護師のみなさんが現場で遭遇しそうなケースをもとに、利用者さんからの相談に関連する法律や制度についてわかりやすく解説します。法律に苦手意識がある方でも自信をもって対応できるよう、役立つ知識をお届けします。今回のテーマは「相続・遺言」です。 事例 豪邸に住む利用者のCさん(80代男性)。大金持ちですが、一人暮らしで、どことなく寂しそうです。Cさんは寝たきりで、全額自費で訪問看護サービスをフルタイムで利用しています。 そんな中、看護師のDさんはCさんから次のように依頼されました。「私はもう長くないことがわかっている。あなたも知っていると思うが、私には子どももきょうだいもおらず、私の死後、遺産を相続する者がいない。そうなると国に納めることになると思う。そうなるよりは、少しでも有意義なことに使いたいと思い、かねてから応援している環境保護団体に私の遺産を寄付したい。Dさん、こんなときどうすればよいか、教えてくれないか。」 Dさんは心の中で「えーっと、これっていわゆる相続の問題ですよね。何をどこまで説明すればよいのだろう…」と焦りました。もちろんDさんは法律の専門家ではありませんからアドバイスはできません。でも、自分の親や、いずれは自分自身も関わらざるを得ないテーマですから、基本的なことは知っておきたいと思っていました。「遺書みたいなものを書けばよいのかしら? 相談する先は弁護士? まずは、ケアマネジャーに伝えればよい?」とぐるぐる考えが巡るDさん。この悩みをスッキリ整理しましょう。 回答例 「その場合、遺言を書くことになると思います。ただ、遺言の書き方には決まり事があるそうです。法的に有効なものを作り、確実に実行するには、やはり法律の専門家に相談されたほうがよいでしょう。相続や遺言を専門とする弁護士や司法書士を探されるとよいと思います。」 遺産を「相続」する人は法律で決められている 人が死亡すると「相続」が発生します。相続とは、その人が所有していた預貯金や不動産、有価証券などの遺産を、相続人が相続割合に基づき引き継ぐことをいいます。相続では、この亡くなった人を「被相続人」、遺産を引き継ぐ人を「相続人」と呼びます。 相続人は、民法でどのような関係の人がどういった順番でなれるのかが定められています。被相続人に配偶者(妻や夫)がいる場合、必ず配偶者が相続人になります。そして、子がいるときは子が第1順位、子がおらず親が生きているときは親が第2順位、子も親もおらず、きょうだいのみがいるときはきょうだいが第3順位として相続します(図1)。 そして、今回のように相続人が誰もいない場合、被相続人の遺産は国に帰属することになります。 図1 相続人の範囲と優先順位 遺言を作成すれば相続の内容を決められる では、どうすれば自分の死後、財産の使い道を指定できるのでしょうか? 実は、簡単な方法があります。それは、どのような紙でもよいので、本人が自筆で「遺言」を作成することです。(※「遺言」は「ゆいごん」と読みますが、法的に正確な読み方は「いごん」です。) なお、遺言には民法で定められたいくつかの要件があります。以下に、その一部を簡単にまとめました。こういった要件を満たしていないと、せっかく遺言を作成しても無効になってしまう恐れがあるため、注意が必要です。  【求められる要件(一部)】・本人が、遺言の本文のすべてを自筆する(※)。・遺言を作成した年月日を具体的に記載する。・本人が署名・押印する(押印は実印でなくてもよく、認印でも問題ない)。・誰に何を相続させるのか、相続内容を明記する。・誤字・脱字は訂正する(訂正方法は民法で定められている)。※遺産目録を付ける場合、その目録は自筆ではなく、パソコンで作成してもかまいません。 今回の事例であれば、「私の死後、私の財産は〇〇環境保護団体に遺贈する」と全文を自筆します。そこに、作成日、氏名を記載し、氏名の横に押印すれば完成です。これにより立派に法律上有効な遺言となり、Cさんの死後、書かれているとおり実行されます。 自筆では心配なら「公正証書遺言」の選択もあり 自筆の遺言は、手軽に作成できる反面、その有効性を争われやすいというデメリットがあります。また自宅で保管していると、紛失したり、死後誰にも発見されなかったりというリスクがあり、心もとない面もあります。また、麻痺や筋肉の疾患などで自筆が困難な場合もあります。 そのようなとき、第三者機関に遺言を作成してもらうことができます。これを「公正証書遺言」といいます。公証役場で公証人が間違いのない遺言を作成してくれます。また、健康上の理由で公証役場まで出向けない場合、公証人が自宅や病院へ出張してくれるサービスもあります。Cさんにとってはうってつけですね。ただし、公正証書作成の手数料以外に、1~2万円程度の日当や交通費が必要です。 「遺言執行者」を決めておこう ここで、遺言を確実に実行するためのワンポイントアドバイスをお伝えします。せっかく遺言を作成したのに、死後、誰にも気づいてもらえず処分品の中に埋もれたまま…という事態にならないよう、「遺言執行者」を指定しておくことをおすすめします。 遺言執行者とは、相続が遺言どおりに実行されるように必要な手続きを行う人のことをいいます。特別な資格は必要ないので、未成年や破産者でない限り、誰でもなることができます。信頼できる人を見つけたら「このような遺言を書きたいので、執行してくれないか」と頼み、承諾を得たうえで、遺言に「〇〇さんを執行者に指定する」と追記すれば完了です。 執行者の責任は重大なため、法律の専門家で、業務を間違いなくやり遂げてくれる弁護士や司法書士に依頼すると確実です。 今回の事例では、遺産を受け取る環境保護団体(受遺者といいます)も執行者になれます。生前に贈り先の団体に受遺者になってほしいとの意思を伝え、先方の承諾を得られるのであれば、執行してもらうのが最も確実な方法といえるでしょう。一方、生前に受遺者を明らかにしたくないのであれば、やはり法律業務の専門家に仕事として依頼することをおすすめします。 些細なミスで遺言が無効にならないように ここまで読んで「よしわかった、早速手近にあるメモ用紙に書いていただこう」とお手軽に遺言を利用者さんにすすめてしまうことは禁物です。簡単なように思えますが、先ほどご紹介した要件を1つでも満たさなければ無効とされてしまうのが遺言の恐ろしいところです。 例えば、作成日を「令和5年1月吉日」とぼかして書いた場合、それだけで「日付が書かれていない」として無効と判断されます。また、押印が何もない場合も無効です。なお、押印は、印鑑である必要はなく、拇印、そのほかの指の頭に墨や朱肉をつけて押捺すること(指印)でもよいとされています。 遺言は自分で作成が可能ですが、いざというときに使えないと無用なトラブルを引き起こしかねません。トラブル回避のためにも間違いのない遺言を作成する必要があるのです。 遺言作成の相談先は課題に応じて選択 では、Cさんの事例の場合、Dさんはどのような専門家に相談すればよいでしょうか。「法律家なんて知り合いにいないし…」という場合、検索して一から探さざるを得ませんが、信頼できるところに頼みたいものです。 相談先は以下のとおり、たくさんあります。それぞれに特徴がありますので、抱える課題や状況に応じて選択するとよいでしょう。ただし、相談先が相続関係に精通しているとは限らないため、「遺言作成業務を取り扱うか」を必ず事前に確認することが大切です。 弁護士 法律といえば弁護士ですが、トラブル解決の専門家であり、費用が最もかかります。そのため、「相続人が揉めている」といったトラブルの火種がない場合、司法書士や行政書士でも十分と思います。 司法書士 司法書士は不動産の登記業務を得意とする専門家です。もし遺産に不動産がある場合、不動産の相続方法や登記を含めた遺言作成の相談が可能です。 行政書士 行政書士は書類作成を主に行う専門家です。複雑な事情がなく、遺言の形式チェックを依頼したい場合、行政書士が適任でしょう。 税理士 税理士は税に関する専門家なので、相続税や贈与税の負担をなるべく軽くしたいといった相談が可能です。 各士業の公的団体 各専門家の事務所を検索すると多くの候補が出てきます。迷う場合は、各士業の公的団体にアクセスするのが無難です。弁護士であれば弁護士会です。「お住まいの都道府県名+弁護士会」で検索し、相談窓口の部署に電話をかけ、相談予約を取ります。 法テラス(日本司法支援センター) 利用者さんに金銭的な余裕がない場合、「法テラス(日本司法支援センター)」がおすすめです。法テラスは、国(法務省)が設立・運営する相談機関で、弁護士や司法書士に無料相談することができますし、そのまま着手を依頼することも可能です。なお、役所で開催される無料市民相談もありますが、相談した弁護士にその場で依頼することができないという欠点があります。「法テラス+地元の名称」で検索し、最寄りの法テラスに予約を取ることをおすすめされるとよいでしょう。 執筆 外岡 潤介護・福祉系 弁護士法人おかげさま 代表弁護士 ●プロフィール弁護士、ホームヘルパー2級介護・福祉の業界におけるトラブル解決の専門家。介護・福祉の世界をこよなく愛し、現場の調和の空気を護ることを使命とする。著書に『介護トラブル相談必携』(民事法研究会)他多数。 YouTubeにて「介護弁護士外岡潤の介護トラブル解決チャンネル」を配信中。https://www.youtube.com/user/sotooka 記事編集:株式会社照林社

成年後見制度とは―認知症の利用者さんから「通帳を預かって」と言われたら?
特集

成年後見制度とは―認知症の利用者さんから「通帳を預かって」と言われたら?

この連載では、訪問看護師のみなさんが現場で遭遇しそうなケースをもとに、利用者さんからの相談内容に関連する法律や制度についてわかりやすく解説します。法律に苦手意識がある方でも自信をもって対応できるよう、役立つ知識をお届けします。今回のテーマは財産管理にかかわる「成年後見制度」です。 事例 軽度認知症の利用者Aさん。一人暮らしを続けてきましたが、最近は物忘れが目立つようになり、ガスコンロをつけっぱなしにするなど「危なっかしい」と周囲は感じています。 そんな中、訪問看護師のBさんはAさんから次のように依頼されました。「私は子どもも連れ合いもいないし、きょうだいは疎遠だからいざというとき誰にも頼ることができないの。この前テレビで、私のような独り身の家に強盗が押し入ったというニュースを見て、急に怖くなって。あなたなら信用できるから、私の通帳を預かってくれないかしら。もちろんお礼はします。」 「Aさんと信頼関係が築けていたんだ」とうれしくなった反面、さて困ったことになったと思うBさん。利用契約上かかわっているに過ぎない一看護師ですから、そこまでできないことは確かです。通帳のお預かりはお断りしなければなりませんが、Aさんから「じゃあ、私はどうすればいいの?」と尋ねられたとき、Bさんは何と答えればよいでしょうか? 回答例 「成年後見制度という制度があって、そこで通帳の管理をしてくれるそうですよ。一度、法律の専門家に相談されるのはいかがでしょうか。難しいようでしたら、私からケアマネジャーや地域包括支援センターの人におつなぎしますね。」 通帳をお預かりすることは財産管理につながります。Aさんのように、認知症で判断力の低下が見られ、財産管理に不安がある場合、専門的なサポートが必要でしょう。このようなときに利用できる制度として「成年後見制度」があります。 成年後見制度とは 成年後見制度(略称「後見制度」)とは、認知症や精神障害などで判断力が不十分な人のために、財産の管理や収入・支出の管理、また介護サービスの利用契約を締結するといった生活環境を整える行為を代わりに行ってくれる、後見人をつける制度です(図1)。 後見人は、本人の財産の一切を預かり収入や支出を管理しますが、いわゆる「お小遣い」として自由に使えるお金を本人に渡すこともあります。実際にいくらを渡すか、また本人の希望にどこまで応じるかについては基本的に後見人の裁量に委ねられています。そのため、本人の購入希望を後見人が断り、トラブルになるケースもあります。 図1 成年後見制度の全体像 図1に示すとおり、成年後見制度には「法定後見」と「任意後見」の2つがあります。順に説明していきましょう。 法定後見 法定後見とは、すでに判断力が不十分な人に家庭裁判所が後見人をつける制度です。 法定後見は、さらに3つの類型に分かれています。認知症が重い方から順に、後見、保佐、補助とランクが用意されているイメージです(図1)。 1.後見認知症や精神障害などにより判断力が欠けている人について本人や親族らの申し立てによって、家庭裁判所が「後見開始の審判」をして、本人を援助する人として後見人を選任する制度です。後見人は、本人に代わって契約を結んだり(法律行為の代理)、本人の契約を取り消したりすることができる(法律行為の取消)など、幅広い権限を持ちます。 2.保佐判断力が著しく不十分な人について、家庭裁判所が保佐人を選任する制度です。保佐人は、本人が不動産の売却時に一定の重要な行為をすることに同意したり(一定の行為の同意)、本人が保佐人の同意を得ずにしてしまった行為を取り消したりすること(一定の行為の取消)を通じて、本人の財産を守ります。 3.補助一人で判断する能力が不十分な人について、家庭裁判所が本人を援助する人として補助人を選任する制度です。保佐人より預かる権限は限られます。 任意後見 任意後見は、判断力が十分あるときに、将来自分の後見人になる人と契約を交わす制度です。 任意後見の場合、法定後見のような分類はありません。また、本人や親族らが家庭裁判所に申し立てる必要がある法定後見と違い、将来自分の後見人になってもらう人と契約(任意後見契約)を交わします。そして、いざ判断力が十分でなくなった時点で、後見人になる人が家庭裁判所に申告をすることによりスタートします。 後見人には報酬を支払うことも 後見人の実務に対して報酬を支払うことがあります。法定後見の場合、後見人からの申し立てによって家庭裁判所が報酬額を決定します。報酬額は、被後見人の財産の規模や後見人の実務の内容をもとに妥当な金額が算定されます。一概には言えませんが、2万円程度です。 任意後見では、被後見人本人と契約を交わすため自由に報酬額を決められます。とはいえ、法定後見の金額にならうことが多く、家族が後見人となる場合、無償であることも少なくないようです。 後見制度を利用するときのメリットとデメリットは? メリットとデメリットは、法定後見か任意後見かで変わってきます。 法定後見の場合、昔からきょうだい仲が悪い、親族間で介護方針に争いがあるなど、トラブルを抱えているときに有効です。家庭裁判所に申し立てをすれば、裁判所が自動的に後見人を選任してくれるからです。その場合は通常、家庭裁判所に登録している第三者の弁護士や司法書士などが選ばれます。 見方を変えれば、家庭裁判所が独断で赤の他人を後見人に据えてしまうリスクがあるといえます。 任意後見は、親族はもちろん、NPO法人のような任意後見をサービスとして提供している団体とも契約することができます。「この人に頼みたい」という意向がはっきりしている場合、確実にその人が後見人になれる任意後見のルートがよいでしょう。一方、先にも述べたように任意後見の報酬は自由であるため、高額な金額を要求するような悪質な団体に引っかからないよう注意が必要です。 まずはオフィシャルな組織に相談してみることをすすめる 事例のAさんの場合、看護師に相談するくらいですから、身内に頼れる人がおらず、誰に相談すればよいかもわからない状況なのでしょう。後見制度については無料で相談に応じてくれる機関がたくさんありますが、まずは司法書士会や社会福祉士会などオフィシャルな組織が行っている相談を受けることがおすすめです。 ▼東京司法書士会ホームページhttps://www.tokyokai.jp/consult/free_consult.html ▼日本社会福祉士会「権利擁護センターぱあとなあ」ホームページhttps://www.jacsw.or.jp/citizens/seinenkoken/shokai.html 認知症や判断力の程度にもよりますが、「他人に自分の財産管理を任せる」というざっくりとした意味を理解できるようでしたら、任意後見の選択肢も考えられます。例えば、事例のBさんのように信頼できる人が身近にいて「その人にお願いしたい」ということであれば任意後見の方法によることで通帳管理を任せることができます。 法定後見では、判断力の低下が重度でなければ、補助人か保佐人がつく可能性が高いです。権限が限られますが、要望すれば通帳管理も任せることができます。 「いきなり専門家に相談するのは勇気がいる」ということであれば、担当のケアマネジャー、あるいは地域包括支援センターに「後見制度につなげるような支援をしてほしい」と申し送ればよいでしょう。 いずれにせよ、言われたとおり通帳を預かってしまうことは、思わぬトラブルに巻き込まれる可能性もあり、厳禁です。 執筆 外岡 潤介護・福祉系 弁護士法人おかげさま 代表弁護士 ●プロフィール弁護士、ホームヘルパー2級介護・福祉の業界におけるトラブル解決の専門家。介護・福祉の世界をこよなく愛し、現場の調和の空気を護ることを使命とする。著書に『介護トラブル相談必携』(民事法研究会)他多数。 YouTubeにて「介護弁護士外岡潤の介護トラブル解決チャンネル」を配信中。https://www.youtube.com/user/sotooka 記事編集:株式会社照林社 【参考】〇大阪家庭裁判所他「成年後見人等の報酬額のめやす」 https://www.courts.go.jp/osaka/vc-files/osaka/file/f3104.pdf 2022/12/7閲覧

× 会員登録する(無料) ログインはこちら