A10「困った時はお互い様」看護師を惹きつけるキャンナスの魅力

インタビュー

看護師としてのやりがいは地域での仕事、助け合いもますます重要に

訪問ボランティアナースの会「キャンナス」を25年前に立ち上げて地域ケアの先頭を走りつづけてきた代表の菅原由美さん。今後は、子供のケアや子育て支援に力を入れていきたいと話しています。在宅介護の担い手として、ヘルパーを准看護師として育成したい思いもあるそうです。まだまだ猪突猛進が続きそうです。 今後の構想 菅原: 私が一人開業って言い出したのを応援してもらったり、3.11東日本大震災で避難所の支援をしてから被災地支援が活動の一つとして加わったりと、振り返るといろいろなことをしてきたなぁと。介護保険ができる時には、訪問介護事業所の管理者をなぜ看護師がやってはいけないのか、厚労省に直談判もしたんですよ。最初は、掃除、洗濯は看護師の教育にはないからって言われたんですが、制度がはじまる直前になって、看護師資格を1級ヘルパー扱いとすることになりました。厚労省も含めて、みんな手探りでした。新しいことがはじまるというわくわく感はありました。 介護保険に引っ張られて高齢者ケアに行き過ぎてしまった思いはあります。 私としては、これからは子育て支援や子どものケアに力を入れ行きたいと思っているところです。 実は私は県の委託で3人の子どもの里親になった経験があります。親が育てきれずに施設に預けた子どもたちで、その中には知的障害者もつ子もいて、養育の難しさも感じました。こういう子どもたちは今もたくさんいて、なんとかできないかと。私がキャンナスを立ち上げた時の最初の利用者も、障害児のお母さんでした。その子を預けることができないので、兄弟を病院につれていけないと困っていました。今のお母さんはみんな働いているじゃないですか。高齢者の小規模多機能型サービスの子ども版があって、日中預かるだけでなく、なんかあったら泊まっていいし、病気の時はおうちにも行くよ みたいなサービスがあったらいいなと思ったりもしています。 介護保険ができればキャンナスなんていらなくなると思っていて、きちんと制度をつくりあげることが役割と思ってきたわけですが、状況はそうはなっていません。 このコロナ禍で、医療や介護にまわす財源が先細っていって、地域の助け合いでお願いしますという部分が増えていくのではないかと思います。 ―最後に訪問看護師として働いている方、これから働こうとしている方にメッセージをお願いします。 菅原: 私は病院には10カ月しかいなかったので、それが良いとか悪いとか言える立場にはありませんが、訪問看護の世界に入った人間が病院に戻ることは極々まれです。看護師としてのやりがい、生きがい、楽しみは訪問看護にあるので、せひ来て欲しいし、地域に根ざして頑張ってほしいです。 現実的には、訪問看護師は転職の多い職場ですが、今は仕事がたくさんあって、いくらでも選べるから仕方がない面もあります。そういう意味では、私はヘルパーにも期待していて、現場で頑張っているヘルパーに働きながら看護師の資格をとってもらったらどうかと思っています。 それで在宅での医療ニーズはかなりカバーできます。社会人が4年制大学や3年の専門学校に行くのはハードルが高いから、准看護師がいいのではと思っています。 キャンナスの仲間や介護経営者は、賛同してくれる人が多いです。准看護師は減らす方向で、学校もどんどん減っているので焦っています。 どうしてこう物議を醸すことばかり思いつくのか、自分でも不思議です。まだまだやらないと、と思うことは沢山あります。 キャンナスの25年間の取り組みや、お話ししたような考えは昨年10月に出版した『ボランティアナースの奇跡』(※1)で紹介していますので、ご一読いただけると光栄です。 ** 訪問ボランティアナースの会 キャンナス代表 菅原 由美 東海大学病院ICUに1年間勤務。その後、企業や保健・非常勤勤務の傍ら3人の子育て。96年ボランティアナースの会「キャンナス」を設立。98年有限会社「ナースケア」設立。2009年「ナースオブザイヤー賞」、「インディペンデント賞」受賞。 【参考】 ※1:菅原由美「ボランティアナースの奇跡」

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訪問看護ステーション“一人開業”の必要性、地方分権で基準緩和が争点に

全国訪問ボランティナースの会「キャンナス」の代表、菅原さんには、訪問看護ステーションの一人開業の旗手というイメージもあります。3.11の被災地特例で実現にこぎつけましたが、時間切れで制度化にはいたっていない。“一人開業”の必要性について、菅原さんにお伺いします。 訪問看護ステーションの一人開業 ―訪問看護ステーションの一人開業について、今はどうお考えでしょうか。 菅原: この問題はまだ終わったわけじゃないんです。まだ、火はくすぶっているのはご存知ですか。地方分権に対する地方からの提案で、最低2.5人以上必要となっている人員基準を、都道府県知事の判断で変えられるようにしてほしいというのが出てきました。過疎地の看護師不足は深刻で、1人辞めてしまうと、採用ができなくて、ステーションが維持できなくなります。少ない人数でできるようにしてほしいということです。これは私たちの主張とまったく同じ。令和4年度中に結論を得ることになっていて、期待しています。今回は地方VS厚労省という図式で、私たちは見守るしかないのですが、実現のためならなんでもお手伝いしたいという思いでいます。 ―一人開業に取り組んだきっかけはなんでしょうか? 菅原: 訪問看護が充実すれば、隙間をうめていたキャンナスはなくなるだろうと考えていました。制度の充実が市民の幸せだと。それには、訪問看護ステーションを増やす必要があります。ところが、当初はなかなか増えなかったです。ネックになっていたのが人員配置基準でした。1人辞めるのだけれど、どうしても次がみつからなくて、1.5人になっちゃう。休止しないといけないのかっていうSOSは今もわたしのところにしょっちゅう入ってきます。 どんな商売だって、お客さんが少ない時は1人から始める。ケアマネジャーだって1人から始めて、利用者が増えたときに増員するわけです。それなのに、国家資格をもっている私たちがなんでだめなのって。シンプルなんです。開業する時に、お客さんが1人もいないのに、他の2人分の人件費払って、パソコンも人数分揃えてなんてやっていたら初期投資もかかります。ある程度収益が出るようになったら人を雇います。急に人が辞めてもお客さんを手放さないで、自分で穴埋めして頑張るというのが熱意ある管理者ナースのあるべき姿ではないですか?今は効率化のため大型化がいいという風潮ですが、1人ででもやりたいという意思と能力があれば、それを認めてほしいです。 09年に「開業看護師を育てる会」をキャンナスとは別に立ち上げて、たくさん訪問看護ステーションを増やしていきたいという思いで、「星降るほどの訪問看護ステーションを!」とキャッチフレーズを決めて、シンポジウムを開いて問題提起したり、ロビー活動をしたりとがむしゃらに活動していました。2.5人の基準の根拠はなんですかとずっと聞いてきたのですが、厚労省はずっと説明できていません。民主党政権ができたのが追い風になって、3.11の被災地特例でとして規制緩和が実現した時はやったー!と喜びました。自治体の反発や無理解もあって、特例は3ヵ所で期限がきて、打ち切りになってしまいましたが、1人でも大丈夫という成果を示せたと思っています。 大切なのは「志」(こころざし) 今、訪問看護ステーションもずいぶん増えて、あの頃とは状況が変わってきました。資格があれば、いくらでも仕事があるみたいな時代になって。それで、数ではなくてやはり「志」(こころざし)だと考え直しました。キャッチフレーズも変えて、「星降るほどの訪問看護“志”を!」にしています。 志(こころざし)があって、2.5人以上集まらないなら、自費で1時間1,600円、2,000円という世界ですが、キャンナスとして仲間に入ってもらえるとありがたいなと思います。 ** 訪問ボランティアナースの会 キャンナス代表 菅原 由美 東海大学病院ICUに1年間勤務。その後、企業や保健・非常勤勤務の傍ら3人の子育て。96年ボランティアナースの会「キャンナス」を設立。98年有限会社「ナースケア」設立。2009年「ナースオブザイヤー賞」、「インディペンデント賞」受賞。

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訪問看護ステーションとボランティアを両輪で。補完し合い各地で多様な事業展開

「志」でつながっているという全国訪問ボランティアナースの会「キャンナス」。今回は各拠点の具体的な事業内容について代表の菅原由美さんにうかがいました。 制度事業とボランティア ―菅原代表のところでは、ボランティアとしてのキャンナスと営利法人での訪問看護ステーションの両方をやっていますね。 菅原: キャンナスをはじめて、しばらくしたら介護保険制度ができることがわかりました。制度の事業をするには、法人格が必要で、選択肢としては非営利のNPO法人もあったので、かなり悩みました。大手企業も続々参入する介護保険事業が非営利と思えなかったので、営利法人を別につくって、訪問介護、訪問看護はそちらで始めることにしました。キャンナスは制度の足りないところを埋めるスキマ産業で、制度が充実していけば、なくなると思っていたんです。キャンナスは1時間1,600円ですが、介護保険だと1割負担で数百円。制度が成熟することが市民の幸せだと。結果的には、この時の選択は正しかったのだと思います。両輪だから補い合うことができます。 各拠点での活動内容 ―各拠点で、どのような活動をなさっているのか詳しく教えていただけませんか? 菅原: 本当にいろいろです。細かなところまでは正直よくわからないのですが、よかったら、昨年10月にこの25年の活動を『ボランティアナースの奇跡』(※1)として出版しましたのでご覧ください。 この中では、8ヵ所の拠点のルポもあって、たとえば、キャンナス世田谷用賀は、もともと訪問看護ステーションがあって、患者さんの「普通の暮らしがしたい」という願いをかなえるために6年後にキャンナスを始めました。 キャンナス名古屋の代表は、ALSの患者さんのシェアハウスをやっていて、会社で訪問看護、訪問介護、居宅介護支援を行い、キャンナスは楽しみや人生の目的の支援と位置付けています。 石川県のキャンナス加賀山中は、訪問看護師として働くかたわら、空き家になった代表の実家を拠点に500円でワンコイン入浴をしていて、そこを地域の高齢者の通いの場にもしています。自分の体調も万全ではないのに、引きこもりの若者を引っ張り出して、林業に世話したりと、ひとり暮らしの高齢者の家に雪かきに行ったり飛びまわっていて、これが原点と頭が下がる思いです。 この本に掲載はされていないですが、北海道では、農協と連携して、家族が農作業をしている間に、お年寄りを集めて預かるという事業をキャンナスとしている代表もいます。 みんな違ってそれでいい 菅原: 医療保険、介護保険で足りない部分をキャンナスで補うかたちで考えている方もいれば、サラリーマン看護師として、空いている時間でやっている方もいて本当にそれぞれです。 本では、各拠点に行ったアンケートも紹介しています。回答してくれたのは、34カ所で、右向け右みたいな統制がとれてないところがキャンナスらしいねと笑いましたが、おおむねこんな感じではと思います。併設事業所がないキャンナスだけをやっているところと、併設事業所があるところがだいたい半分ずつ。 キャンナスをはじめようと思った理由も聞いていますが、「訪問看護ではできない暮らしの手助けがしたい」が一番で、次が、「看護師として地域貢献したい」で、その次が「訪問看護の上乗せ」でした。制度の穴埋めがメインの理由ではなく基本的にはみんなおせっかいなおばさん(笑)。 提供したことのある支援では、「通院以外の外出の付き添い」「通院時の付き添い」が多く、「宿泊付き旅行の付き添い」もいれると長時間になる外出系はニーズがある。次に、「喀痰吸引」で「掃除・洗濯」「食事・洗濯」と続いています。利用料は1時間あたり1,500円から3,000円くらいで、支援内容によって差をつけているところもあります。 地方では、他の訪問看護ステーションで対応できない時間帯の摘便に行ってとか、そういう使われ方をすることもあるようです。 ですが、それが地域の信頼を得ている、ということにもつながっているような気がします。訪問看護ステーション+キャンナスがあることで、補完し合い、地域に活かせると思います。 ** 訪問ボランティアナースの会 キャンナス代表 菅原 由美 東海大学病院ICUに1年間勤務。その後、企業や保健・非常勤勤務の傍ら3人の子育て。96年ボランティアナースの会「キャンナス」を設立。98年有限会社「ナースケア」設立。2009年「ナースオブザイヤー賞」、「インディペンデント賞」受賞。 【参考】 ※1:菅原由美著「ボランティアナースの奇跡」

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ボランティアナース〜ナースの力はもっと地域に活かせる〜

全国訪問ボランティアナースの会「キャンナス」は、1997年の立ち上げから25年たって、全国に136ヵ所の拠点があります(2020年9月末現在)。ボランティアとして、制度にとらわれない支援ができるのが特徴です。訪問看護ステーションと組み合わせて事業化している拠点もあります。今も活動したいという看護師は後を絶たないといいます。キャンナスの魅力について、発起人であり、現在も代表を務める菅原由美さんにお尋ねします。 ボランティアナースとは? ―キャンナスの理念を教えてください。 困った時はお互い様、地域のためにできることをできる範囲でしようというところから始まっています。キャンナスのキャンナスは、英語の「できる」(キャン)と看護師(ナース)の造語で、「できることをできる範囲で」という意味です。 ボランタリーな精神で無理はしない。そこが25年前も今も変わらない基本的な部分です。 ―キャンナスの立ち上げ時のお話を聞かせてください。 菅原: 97年に住まいのある藤沢で最初のキャンナスを立ち上げた時は、まだ、介護保険制度もなくて、訪問介護事業所も訪問看護ステーションも身近にはりませんでした。家族や休めるようにレスパイトケアや、家での看取りのお手伝いというところから始まって、どこかに遊びに行きたいといった最後の夢をかなえる、保険内ではかなわないその方の生き方をサポートしているような支援も行っています。 私も、仲間も基本的に「おせっかいなおばさん」で、まず体が動いちゃう。だから、何かできることがあるのではいかと被災地にも飛んでいってしまうわけです。 3.11東日本大震災では、避難所に泊まり込んでお手伝いさせてもらいました。あれから、大きな自然災害が続いて、被災地支援に積極的に取り組んでいたので、被災地支援ボランティア団体みたいなイメージをもたれている方もいるようですが、地域での助け合い活動がメインです。 潜在看護師の活躍の場 ―潜在看護師に出てきてほしい、そんな思いがあったのでしょうか。 菅原: 立ち上げた時には、潜在看護師の掘り起こしという思いも強くありました。 私もその一人で、資格を取った後は、病棟に10ヵ月勤務して結婚退職。看護師としては保健所のパートみたいなことしかしてこなかったです。 子育てで仕事を離れていて復職したいけれど病院はちょっとハードルが高い、という人はゴロゴロいました。私でも家族の看取りができたのだから、サンダル履きで行ける範囲で、空いている時間で活動してくれれば、喜んでくれる利用者がいるから出てきてほしい、そんな思いです。ボランティアといっても、無償ではなくて有償。そのほうが出てきてもらいやすいから。 キャンナスの活動にかかわりたいという方からは、SNSやホームページを通じて、毎日のように連絡があります。 ―自分もやりたい、そう思ったらどうすればよいですか? 菅原: 活動に興味があるという方から連絡があった場合、今は全国に拠点があるので、近くの拠点を紹介しています。拠点というと、フランチャイズのような組織で、それだけ増えれば、本部が儲かって儲かって困るんじゃないのと言われたりすることもあるのですけど、本部は何ももらっていません。 拠点の発会式は私が参加する決まりがあって、全部行きましたが交通費は持ち出し。結構な出費ですけれど、楽しいからいいか、と。やりたいと言って手をあげてくださった方とはお話しして、同じ思いを共有できるかは私が確認していますが、事業は、それぞれ自己決定、自己責任。みんな違っていいと思っていますから。 組織ではなく、「志」(こころざし)でつながっているネットワークと考えてもらったほうが良いと思います 訪問ボランティアナースの会 キャンナス代表 菅原 由美 東海大学病院ICUに1年間勤務。その後、企業や保健・非常勤勤務の傍ら3人の子育て。96年ボランティアナースの会「キャンナス」を設立。98年有限会社「ナースケア」設立。2009年「ナースオブザイヤー賞」、「インディペンデント賞」受賞。

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