特集 インタビュー コラム

ケースメソッドで考える悩ましい管理者業務への処方箋

ケースメゾットで考える管理業務
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CASE3 ドクターをどう動かせばいいのか_その3:どのように働きかけることが効果的なのか?

管理者として課題に直面したとき、自分以外の管理者がどう判断するかを知りたくなることはありませんか? この連載は、参加者どうしで考えをシェアしあう研修手法である、ケースメソッド注1セミナーの形式に沿って、訪問看護管理者が直面する課題を考えていきます。第9回はCASE3「ドクターをどう動かせばいいのか」の議論のまとめです。 はじめに 前回(その2:なぜ連携がうまくいかないのか?を参照)は、なぜK医師とは連携しにくいのかについて、A・B・C・Dさんそれぞれの意見を交換しました。今回は、訪問看護管理者としてどのようにK医師に働きかけるかをテーマに意見交換を進めます。 議論の題材となっているケースと設問は以下のとおりです。 ケースと設問 CASE3 ドクターをどう動かせばいいのか  「K医師と連携がしにくい。どうしたらよいか」とスタッフナースから相談を受けている。K医師は、地域で在宅療養支援診療所を複数経営している大きな医療法人に所属している。K医師はふだん大学病院で働いており、在宅医療は初めてだそうだ。  K医師が担当する利用者の多くは内科疾患を持つ人だが、なかには認知症を疑わせる症状がある人や、専門的なリハビリが必要と思われる人もいる。訪問看護としては、それらの症状に対して専門の医師にもみてもらいたいと考えているが、K医師は取り合おうとしない。利用者本人や家族は、「他の医師にみてもらったとわかったら主治医であるK医師が怒るのではないか」と考えているようで、自ら他院を受診はできないと言っている。管理者としてどうしたらよいだろうか?  設問あなたこの管理者であれば、連携がしにくいという評判があるK医師に対して、どのような働きかけをすべきだと考えますか。ご自身の経験から考えたアイデアをみなさんにシェアしてください。 K医師にどのように働きかけることが効果的なのか 講師ここまで(その2:なぜ連携がうまくいかないのか?を参照)のみなさんの意見から、K医師とよい連携をするために管理者としてできることは、「K医師と訪問看護の目標を一致させる」「K医師と訪問看護の情報の非対称性を解消する」の二つが出ました。では、具体的な取り組みとして訪問看護管理者は何ができるでしょうか? Aさん注2当たり前のことですが、 各利用者の在宅生活の目標についてよく知ってもらい、医師と看護で目標を一つにするために、K医師と話し合う時間をとりたいです。訪問看護は、利用者の意思を尊重したケア体制を構築したいので、K医師に看護側の考えを理解してもらうことは必須のことと思います。 BさんK医師はお忙しいのでしょうから、報告書を持参して相談するなどの機会を探ってみるのがよいかもしれませんね。専門医による診察がない状態がこのまま続くことによって、「利用者にこんな支障が起こりうるのでは」など、看護側がどんなことを懸念していて、なぜK医師に相談したいと思っているのかを、まず報告書に書くことも一つです。 CさんあまりにもK医師の対応がひどいなら、医療法人の本部に相談することも必要だと思います。なので、K 医師の対応について客観的な事実を集めるようにスタッフには指示をしておこうと思います。 Dさんケアマネジャーなどの関係者との情報交換を通じて、誰に働きかければK医師が動くのかを考えたいです。また、この在宅療養支援診療所には他の訪問看護ステーションもかかわっているでしょうから、地域の訪問看護ステーションの管理者会議などでK医師について聞いてみることもできると思います。 講師K医師に情報を提供するさまざまな手立てと、K医師やK医師が所属する医療法人の情報を収集するための具体的な取り組みが出てきましたね。さまざまな困難があることでしょうが、医療法人の本部との相談も視野に入れ、利用者の利益を中心としたケア体制の構築を進めていってください。 連携の鍵は「目的の不一致」と「情報の非対称性」の解消にある 講師では、これまでの議論を受けて、CASE3のまとめです。 みなさんの意見から、・利用者の状況を小まめに医師に伝えること・利用者ごとの在宅療養の目標を医師と看護師で擦り合わせておくことの必要性が見えてきました。 医師に限らず、多職種連携の場面においてキーとなる人物がなかなか動いてくれないという話はよく聞きます。その人自身に問題があるというよりは、その人物の合理的な選択の帰結として生じるものと捉えるほうが、効果的な働きかけを考えることができます。どなたかも発言されていましたが、人の性格などは急に変わるものでもありません。 今回のケースで管理者としてできることは、K医師との「目的の不一致」と「情報の非対称性」(その2:なぜ連携がうまくいかないのか?を参照)を解消するために動くことです。 Cさん連携しにくい医師への対応をしていて、「どうしてこの人はわかってくれないのだろう」と思うことが多々あったのですが、相手のことを十分に理解していなかったかもしれないと思いました。 講師はい、そうなんです。変えられないところを気にしても自分が疲れてしまうだけです。働きかけをして効果がありそうなところにご自身の力を集中させてください。ある人や組織との連携がうまくいかないことがあれば、「目的の不一致」と「情報の非対称性」の解消を考えてみてください。このことは他の場面でも応用できる考えかたですよ。 * 次回は、CASE4「クレームを受けるスタッフをどうするのか」を考えます。 注1ケースメソッドとは、架空事例(ケース)について、参加者それぞれの考えをシェアしあうことで、学びを得ていく授業形式です。ケースの教材には、訪問看護管理者が問題に直面している状況が、物語風に構成されています。参加者は、ケースの教材を予習し、自分がこのケースの主人公ならどうするかを事前に考えた状態で、授業に参加します。ケースメソッドの授業では、講師のリードのもと、参加者どうしでアイデアをシェアしながら議論をすることによって学びます。これは講義形式のセミナーとはずいぶん違ったものです。参加者の発言が何よりもセミナーを豊かにする鍵となります。 注2発言者はA・B・C・Dとしていますが、常に同一の人物ではありません。別人であっても便宜上そのように表記しています。 執筆鶴ケ谷理子合同会社manabico代表慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。看護師、保健師、MBA。大学病院(精神科)、訪問看護、事業会社での人事を経験後、株式会社やさしい手看護部長として訪問看護事業の拡大に寄与。看護師250人超の面談を実施し、看護師採用・看護師研修などのしくみづくりをする。看護師が働きやすい職場環境作りの支援を目指し合同会社manabicoを立ち上げる。【合同会社manabico HP】https://manabico.com 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇入山章栄.『世界標準の経営理論』東京,ダイヤモンド社,2019,114-132.

CASE3 ドクターをどう動かせばいいのか_その2:なぜ連携がうまくいかないのか?
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CASE3 ドクターをどう動かせばいいのか_その2:なぜ連携がうまくいかないのか?

管理者として課題に直面したとき、自分以外の管理者がどう判断するかを知りたくなることはありませんか? この連載は、参加者どうしで考えをシェアしあう研修手法である、ケースメソッド注1セミナーの形式に沿って、訪問看護管理者が直面する課題を考えていきます。第8回は前回に引き続き、連携がしにくいと評判のドクターについてのケースです。 はじめに 前回(「その1:なぜ連携しにくいのか?」参照)は、連携しにくいと評判のK医師の特徴や、K医師に関係する周囲の人々の状況について、A・B・C・Dさんそれぞれの考えを出しあいました。続く今回は、なぜK医師との連携がうまくいかないかをテーマに意見交換を進めます。 議論の題材となっているケースと設問は以下のとおりです。 ケースと設問 CASE3 ドクターをどう動かせばいいのか  「K医師と連携がしにくい。どうしたらよいか」とスタッフナースから相談を受けている。K医師は、地域で在宅療養支援診療所を複数経営している大きな医療法人に所属している。K医師はふだん大学病院で働いており、在宅医療は初めてだそうだ。  K医師が担当する利用者の多くは内科疾患を持つ人だが、なかには認知症を疑わせる症状がある人や、専門的なリハビリが必要と思われる人もいる。訪問看護としては、それらの症状に対して専門の医師にもみてもらいたいと考えているが、K医師は取り合おうとしない。利用者本人や家族は、「他の医師にみてもらったとわかったら主治医であるK医師が怒るのではないか」と考えているようで、自ら他院を受診はできないと言っている。管理者としてどうしたらよいだろうか?  設問あなたこの管理者であれば、連携がしにくいという評判があるK医師に対して、どのような働きかけをすべきだと考えますか。ご自身の経験から考えたアイデアをみなさんにシェアしてください。 なぜ連携がうまくいかないのか 講師ここまで(「その1:なぜ連携しにくいのか?」参照)のみなさんの意見から、K医師との連携がうまくいかない理由として、①K医師の特徴と②多職種連携の際に生じる問題、の二つが出てきました。では、この二つを連携がうまくいかないことの原因として考えたとき、みなさんはどんな意見を持ちますか? Aさん注2性格って、人から言われて変わるものではないですよね。在宅医療の経験を増やすといっても、これには時間もかかります。組織や職種も違いますし、私たち訪問看護管理者が働きかけられることでもありません。 Bさん他の組織の、違う職種に関することですし、私たちが無闇にどうこう言うことで、今後その医療法人との連携で角が立つのもよくないと思います。とはいえ、利用者のことや今後の連携を考えると、何かはしないといけませんよね。 講師他人の性格を変えようとするのは難しいことですね。私たちに何ができるかを考えると、多職種連携の際に生じる問題の解決に目を向けるほうが建設的ですね。 Cさんケースに書かれているのは「K医師が看護師の提案に耳を傾けてくれない」という看護師側の訴えだけで、K医師の考えはわかりません。K医師の考えや、K医師の所属する診療所としての考えを聞いてみてもよいかもしれません。 Dさんもしかしたら、看護師からの提案がK医師にとっては自分への批判ととらえられてしまっているのかもしれませんよね。ふだんから、「看護師がどのような情報を持っていて何を考えているのか」を伝えていくなどのコミュニケーションも必要でしょうね。 「なぜ連携がうまくいかないのか」の小括 議論が進むと、K医師自身(性格や働きかた など)を変えることの難しさが改めて浮き彫りになりました。そして話題は「他職種連携の際に生じる問題」の難しさに移りました。この問題の難しさの原因は、突き詰めると二つです。 目的の不一致K医師(利用者の治療を目指す)と訪問看護(利用者の在宅生活の維持向上を目指す)の目的が一致しない。K医師の行動は、違う目的を持った訪問看護の側からは理解しにくいかもしれない。情報の非対称性医師が病院や診療所内でどのように動いているのか、利用者の治療についてどのように考えているかが、訪問看護側からは見えにくい。 逆に、医師からは訪問看護が何を考えてどのように動いているか、訪問看護が把握している利用者の普段の生活状況や悩みなどの情報が見えていない可能性もある。 この二つを解消するために動くことが管理者には必要です。そして次回は、「管理者として連携しにくいと評判の医師に、どのように働き掛けるか」を考えていきます。 >>次回「その3:どのように働きかけることが効果的なのか?」はこちら 注1ケースメソッドとは、架空事例(ケース)について、参加者それぞれの考えをシェアしあうことで、学びを得ていく授業形式です。ケースの教材には、訪問看護管理者が問題に直面している状況が、物語風に構成されています。参加者は、ケースの教材を予習し、自分がこのケースの主人公ならどうするかを事前に考えた状態で、授業に参加します。ケースメソッドの授業では、講師のリードのもと、参加者どうしでアイデアをシェアしながら議論をすることによって学びます。これは講義形式のセミナーとはずいぶん違ったものです。参加者の発言が何よりもセミナーを豊かにする鍵となります。 注2発言者はA・B・C・Dとしていますが、常に同一の人物ではありません。別人であっても便宜上そのように表記しています。 執筆鶴ケ谷理子合同会社manabico代表慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。看護師、保健師、MBA。大学病院(精神科)、訪問看護、事業会社での人事を経験後、株式会社やさしい手看護部長として訪問看護事業の拡大に寄与。看護師250人超の面談を実施し、看護師採用・看護師研修などのしくみづくりをする。看護師が働きやすい職場環境作りの支援を目指し合同会社manabicoを立ち上げる。【合同会社manabico HP】https://manabico.com 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇入山章栄.『世界標準の経営理論』東京,ダイヤモンド社,2019,114-132.

CASE3 ドクターをどう動かせばいいのか _その1:なぜ連携しにくいのか?
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CASE3 ドクターをどう動かせばいいのか_その1:なぜ連携しにくいのか?

管理者として課題に直面したとき、自分以外の管理者がどう判断するかを知りたくなることはありませんか? この連載は、参加者どうしで考えをシェアしあう研修手法である、ケースメソッド注1セミナーの形式に沿って、訪問看護管理者が直面する課題を考えていきます。第7回は、連携がしにくいと評判のドクターについて、なぜ連携がしづらいのかについて多角的に考えます。 はじめに 「ドクターをどう動かせばいいのか」という悩みは、看護管理者の方からよく聞くテーマです。みなさんもセミナーに参加したつもりで、「自分だったらどうするだろう」と考えながらこの連載を読んでいただければと思います。 ケースと設問 CASE3 ドクターをどう動かせばいいのか   「K医師と連携がしにくい。どうしたらよいか」とスタッフナースから相談を受けている。K医師は、地域で在宅療養支援診療所を複数経営している大きな医療法人に所属している。K医師はふだん大学病院で働いており、在宅医療は初めてだそうだ。  K医師が担当する利用者の多くは内科疾患を持つ人だが、なかには認知症を疑わせる症状がある人や、専門的なリハビリが必要と思われる人もいる。訪問看護としては、それらの症状に対して専門の医師にもみてもらいたいと考えているが、K医師は取り合おうとしない。利用者本人や家族は、「他の医師にみてもらったとわかったら主治医であるK医師が怒るのではないか」と考えているようで、自ら他院を受診はできないと言っている。管理者としてどうしたらよいだろうか?   設問 あなたこの管理者であれば、連携がしにくいという評判があるK医師に対して、どのような働きかけをすべきだと考えますか。ご自身の経験から考えたアイデアをみなさんにシェアしてください。 連携しにくいと評判の医師について 講師このケースで議論したいことは、「管理者として連携しにくいドクターをどのように動かすか」です。その前にまず、連携しにくいと評判のK医師の特徴や、そのK医師に関係する周囲の人々の状況について、皆さんはどのように考えますか? Aさん注2K医師はふだんは大学病院で働いていますし、在宅医療の経験があまりないので、訪問看護の状況をよくわかっていないと思います。こういうことってよくあるのではないでしょうか。 Bさんすごく対応のよい医師とそうでない医師の差が大きいですよね。もともとの性格などもあるかもしれませんが、医師の経験や価値観が、在宅医療へのかかわりに影響していそうだと個人的には思っています。ここは訪問看護としてはどうしようもないですが。 Cさん医師はどうしても治療に目が行きがちなのかもしれません。特に、病院勤務で、在宅の経験があまりないとその傾向が強い気がします。でも訪問看護の目的は、在宅生活の維持・向上です。私の経験上、ここが一致しないためになかなか話が進まないことがよくありました。 DさんK医師は、利用者の状況を、診察時点の「点」でしかみていないのではないかと思います。利用者やご家族のなかには、「医師に生活全体の状況や困っていることを率直に伝えられない」という人もいらっしゃいます。 「連携しにくいと評判の医師について」の小括 最初の議論は、「連携しにくいと評判のK医師の特徴やそのK医師に関係する周囲の人々の状況について」、それぞれの考えを出しあいました。 これらの発言は、①個人の特徴 ②多職種連携の際に生じる問題、の大きく二つに分類できます。 ①K医師の特徴・本業は病院の医師であり、かつ在宅医療の経験があまりない。・在宅医療への理解が不足しており、自己の価値観を優先している。②多職種連携の際に生じる問題・K医師は治療を、訪問看護は在宅生活の維持・向上を目指しており、目標が一致していない。・医師の立場では、看護師に比べて、利用者の細かな生活状況がわかりにくい。 発言をこのように分類してみると、管理者として働き掛けることができる部分は、②多職種連携の際に生じる問題であることが、参加者のみなさんには見えてきたようです。 次回は、「なぜ連携がうまくいかないのか」について、この二つの面から考えていきます。 >>次回「その2:なぜ連携がうまくいかないのか?」はこちら 注1ケースメソッドとは、架空事例(ケース)について、参加者それぞれの考えをシェアしあうことで、学びを得ていく授業形式です。ケースの教材には、訪問看護管理者が問題に直面している状況が、物語風に構成されています。参加者は、ケースの教材を予習し、自分がこのケースの主人公ならどうするかを事前に考えた状態で、授業に参加します。ケースメソッドの授業では、講師のリードのもと、参加者どうしでアイデアをシェアしながら議論をすることによって学びます。これは講義形式のセミナーとはずいぶん違ったものです。参加者の発言が何よりもセミナーを豊かにする鍵となります。 注2発言者はA・B・C・Dとしていますが、常に同一の人物ではありません。別人であっても便宜上そのように表記しています。 執筆鶴ケ谷理子合同会社manabico代表慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。看護師、保健師、MBA。大学病院(精神科)、訪問看護、事業会社での人事を経験後、株式会社やさしい手看護部長として訪問看護事業の拡大に寄与。看護師250人超の面談を実施し、看護師採用・看護師研修などのしくみづくりをする。看護師が働きやすい職場環境作りの支援を目指し合同会社manabicoを立ち上げる。【合同会社manabico HP】https://manabico.com 記事編集:株式会社メディカ出版

CASE2利用者からのハラスメントへの対応_その3:ハラスメントを未然に防ぐ
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CASE2利用者からのハラスメントへの対応_その3:ハラスメントを未然に防ぐ

管理者として課題に直面したとき、自分以外の管理者がどう判断するかを知りたくなることはありませんか? この連載は、参加者どうしで考えをシェアしあう研修手法である、ケースメソッド注1セミナーの形式に沿って、訪問看護管理者が直面する課題を考えていきます。第6回は、ハラスメントを未然に防ぐために管理者としてできることを話しあいます。 はじめに 前回は、管理者としての具体的な行動を考えました。続く今回は、ハラスメントを未然に防ぐことをテーマに意見交換を進めます。 議論の題材となっているケースと設問は以下のとおりです。 ケースと設問 CASE2 スタッフから、利用者によるハラスメントの相談を受けたとき スタッフナース田中さんから「利用者Hさんの訪問を外してほしい」と相談を受けた。利用者Hさんには脳梗塞後麻痺と心不全があり、入浴介助を行なっていた。Hさんはニコニコと穏やかな性格だったが、介助時に「裸になって一緒に入ろう」などとセクハラ発言をされるのが不快という理由だった。Hさんは一人暮らしで、以前利用していた訪問看護ステーションでも同様の言動がみられ、さらに、キーパーソンの娘が「厳格で真面目な父がそんなことをするはずがない」と主張し、その訪問看護ステーションでトラブルになっていた。そんな経緯での当ステーションへの依頼だったため、依頼を受けることにはスタッフナースたちから反対の声が大きかった。よく依頼をくれるケアマネジャーからの依頼で、しかも直近は当ステーションの売上が低迷しているために、依頼を受けることにしたのだ。管理者としてどう対応したらよいだろうか? 設問もしあなたがこの管理者であれば、Hさんのような利用者への対応はどのようにすべきだと考えますか。ご自身の経験から考えたアイデアをみなさんにシェアしてください。 ハラスメントを未然に防ぐために管理者としてできることは何か 講師これまでは、すでに起きてしまったハラスメントへの対応について議論してきました。この対応はとても重要です。そして、ハラスメントを未然に防ぐための手立てを検討し、実施していくことも管理者の役割として重要です。では何をしておくとよいとみなさんは考えますか? Aさん注2オーソドックスなのですが、ご利用者やその家族に暴力・セクハラを許さない意思表明をして、重要事項説明書に事業所の対応を明記しておくといいのではないかと。今回の場合だと、Hさんの娘さんへの対応にもなると思います。 Bさんハラスメントへの対応について社員研修は実施しておきたいです。いざ起きてしまうとなかなか適切な対応ができないと思うので。ケースメソッド形式でやるのもいいかもしれませんね(笑)。そしてスタッフとは、ハラスメントについて相談しやすい体制を築いておく。 Cさん起こった後に弁護士に相談するという意見が出ていたと思いますが、ハラスメントからクレームや営業妨害などの事態に発展した場合に備えて、事前に弁護士に相談しておくことも必要だと思いました。 DさんHさんを紹介したケアマネとは付き合いが長そうなので、セクハラが起きたときの対応についても相談しておけたのではと思えますね。 講師ご利用者たちへの事前説明と、研修という声がありましたね。ケースメソッド研修でハラスメント対応を学習しておくのもいいと思いますよ(笑)。Cさん・Dさんの発言にあったように、事前にできることはたくさんありますね。 管理者として問題を未然に防ぐという意識を持って行動する 講師では、CASE2の議論のまとめに入りましょう。 今回は、ハラスメントへの事後対応と、ハラスメントを未然に防ぐために管理者がすべきこと・できることについて、ケースの議論を通して学びました。 事後対応は、スピード感を持って毅然とした対応をする必要があります。ハラスメントの事後対応については4つのステップを意識してください。 1.被害者のケア2.事実確認3.関係者との対応協議4.行為者への適切な措置 そしてさらに重要なことは、ハラスメントを未然に防ぐという考えに立って動くことですね。 Aさん私は今回のケースよりもっとひどいハラスメント事例に遭遇し、とても苦労した経験があります。その経験があるので、今はハラスメントを未然に防ぐにはどうしたらいいかを常に考えています。でも、こんな苦労はしたくなかった。 講師Aさんはたいへんなご苦労があったのだと思います。そういった経験から学ぶことはとても大事なのですが、痛みや危険を伴うこともしばしばです。ハラスメント対応の4つのステップはとても重要ですが、実際にこのステップをしなくてもいいように、問題を未然に防ぐ意識を持って行動してください。 * 次回は、CASE3「対応してくれないドクターに動いてもらうには?」を考えます。 執筆鶴ケ谷理子合同会社manabico代表慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。看護師、保健師、MBA。大学病院(精神科)、訪問看護、事業会社での人事を経験後、株式会社やさしい手看護部長として訪問看護事業の拡大に寄与。看護師250人超の面談を実施し、看護師採用・看護師研修などのしくみづくりをする。看護師が働きやすい職場環境作りの支援を目指し合同会社manabicoを立ち上げる。【合同会社manabico HP】https://manabico.com 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇全国訪問看護事業協会.「訪問看護師が利用者・家族から受ける暴力に関する調査研究事業報告書」東京,全国訪問看護事業協会,2019,58p.https://www.zenhokan.or.jp/wp-content/uploads/h30-2.pd2022/7/7閲覧〇三木明子監修・著,全国訪問看護事業協会編著.『訪問看護・介護事業所必携!暴力・ハラスメントの予防と対応』三木明子監修.大阪,メディカ出版,2019,210p.〇事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講すべき措置等についての指針.平成18年厚生労働省告示第615号.令和2年6月1日適用.

CASE2利用者からのハラスメントへの対応_その2:相談に対して管理者はどう対応するか
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CASE2利用者からのハラスメントへの対応_その2:相談に対して管理者はどう対応するか

管理者として課題に直面したとき、自分以外の管理者がどう判断するかを知りたくなることはありませんか? この連載は、参加者どうしで考えをシェアしあう研修手法である、ケースメソッド注1セミナーの形式に沿って、訪問看護管理者が直面する課題を考えていきます。第5回は、カスタマーハラスメントへの対応として、管理者としての具体的な行動を考えます。 はじめに 前回は、田中さんの心理的ケアと事実確認の必要性、ハラスメント対応のために関係する人々は誰なのか、意見を出しあいました。続く今回は、訪問看護管理者として何ができるのかをテーマに意見交換を進めます。 議論の題材となっているケースと設問は以下のとおりです。 ケースと設問 CASE2 スタッフから、利用者によるハラスメントの相談を受けたとき スタッフナース田中さんから「利用者Hさんの訪問を外してほしい」と相談を受けた。利用者Hさんには脳梗塞後麻痺と心不全があり、入浴介助を行なっていた。Hさんはニコニコと穏やかな性格だったが、介助時に「裸になって一緒に入ろう」などとセクハラ発言をされるのが不快という理由だった。Hさんは一人暮らしで、以前利用していた訪問看護ステーションでも同様の言動がみられ、さらに、キーパーソンの娘が「厳格で真面目な父がそんなことをするはずがない」と主張し、その訪問看護ステーションでトラブルになっていた。そんな経緯での当ステーションへの依頼だったため、依頼を受けることにはスタッフナースたちから反対の声が大きかった。よく依頼をくれるケアマネジャーからの依頼で、しかも直近は当ステーションの売上が低迷しているために、依頼を受けることにしたのだ。管理者としてどう対応したらよいだろうか? 設問もしあなたがこの管理者であれば、Hさんのような利用者への対応はどのようにすべきだと考えますか。ご自身の経験から考えたアイデアをみなさんにシェアしてください。 相談を受けた後にどのように対応していくか 講師ここまでの意見交換で、カスタマーハラスメントへの対応として、多くの関係者との協力が必要なことがわかってきました。では管理者として、やるべきこと・できることは、どんなことでしょうか? Aさん注2田中さんの話をよく聞き、そしてHさんに話を聞く必要があります。田中さんは思い出すのも嫌だとは思いますが、ハラスメント発生時のことについて詳細に記録を書くように指示します。あとはHさんの既往歴から考えると、Hさんに話をする前に、主治医と相談する必要があるなと思います。 Bさんできるだけ早く、ケアマネやキーパーソンの娘さんにも連絡する必要があると思います。ケアマネにはすぐに電話報告でいいと思いますが、娘さんは気難しそうですし、誤解があるといけないので対面でお話をしたいです。 Cさんすでに発言が出ていたと思いますが、事実確認と田中さんの心理的なケアはできるだけ早く行う必要があります。そしてハラスメントの事実があるのであれば、Hさんやその家族に対して契約解除もやむを得ないことを毅然とした態度で伝えるべきです。 Dさん田中さんの代わりに入るスタッフの検討も必要です。このステーションは売上が低迷しているので、ここで契約終了というのはなかなか言えないと思うんですよね。 Eさんセクハラについて相談できる専門家、弁護士さんのような人がいるといいですね。悪質なセクハラに発展しないとも限りませんし。でもスタッフを守ることも管理者としてやるべきことですよね。 講師記録をつけることは大切ですね。そして、田中さん・Hさんに事実確認をする順番やその方法についても、実際の問題に直面したときは考えなくてはなりませんね。ここまで、ハラスメントが起きた後に管理者としてできること・すべきことを議論してきました。 Fさんハラスメントが起きてしまった後の対応については、まさに今まで議論してきたことが役立つと思います。でも、ケースの管理者さんは、ハラスメントが起きる前にいろいろ対処ができたと思うんですよね。Hさんの状況も把握していたわけですし。 講師そうですね。では次回、ハラスメントを未然に防ぐ視点で、管理者はどうすればいいのか議論していきましょう。 「相談を受けた後にどのように対応していくか」の小括 「ハラスメントが起きてしまったら管理者として何をすべきか」を議論することで、①被害者のケア ②事実確認 ③関係者との対応協議 ④行為者への適切な措置 ── の4つのステップの大切さが共有されました。 そして次回は、「ハラスメントを未然に防ぐ視点で管理者はどうすればいいのか」を議論します。 ー第6回に続く 注1ケースメソッドとは、架空事例(ケース)について、参加者それぞれの考えをシェアしあうことで、学びを得ていく授業形式です。ケースの教材には、訪問看護管理者が問題に直面している状況が、物語風に構成されています。参加者は、ケースの教材を予習し、自分がこのケースの主人公ならどうするかを事前に考えた状態で、授業に参加します。ケースメソッドの授業では、講師のリードのもと、参加者どうしでアイデアをシェアしながら議論をすることによって学びます。これは講義形式のセミナーとはずいぶん違ったものです。参加者の発言が何よりもセミナーを豊かにする鍵となります。 注2発言者はA・B・C・Dとしていますが、常に同一の人物ではありません。別人であっても便宜上そのように表記しています。 執筆鶴ケ谷理子合同会社manabico代表慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。看護師、保健師、MBA。大学病院(精神科)、訪問看護、事業会社での人事を経験後、株式会社やさしい手看護部長として訪問看護事業の拡大に寄与。看護師250人超の面談を実施し、看護師採用・看護師研修などのしくみづくりをする。看護師が働きやすい職場環境作りの支援を目指し合同会社manabicoを立ち上げる。【合同会社manabico HP】https://manabico.com 記事編集:株式会社メディカ出版

ケースメソッドで考える悩ましい管理者業務への処方箋
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CASE2利用者からのハラスメントへの対応_その1:何を考える必要があるか

管理者として課題に直面したとき、自分以外の管理者がどう判断するかを知りたくなることはありませんか? この連載は、参加者どうしで考えをシェアしあう研修手法である、ケースメソッド注1セミナーの形式に沿って、訪問看護管理者が直面する課題を考えていきます。第4回は、カスタマーハラスメントへの対応時にどんな検討が必要かを考えていきます。 はじめに 今回から3回にわたり、利用者からのハラスメントの事例をテーマに考えます。 みなさんのなかにも、ハラスメントへの対応に悩まれたり、苦い経験をしたりしている人が少なからずいると思います。また痛ましい事件のことを思い浮かべた人もいらっしゃるでしょう。そのことを思い出して、苦しくなったり、嫌な気持ちになったりするかもしれません。 しかし、今後そのようなカスタマーハラスメントの場面に遭遇したとき、管理者としてよりよいアクションをとれるように、学ぶことに価値があると考えています。みなさんも、「自分だったらどうするだろう」と考えながら読んでいただければと思います。 ケースと設問 CASE2 スタッフから、利用者によるハラスメントの相談を受けたとき スタッフナース田中さんから「利用者Hさんの訪問を外してほしい」と相談を受けた。利用者Hさんには脳梗塞後麻痺と心不全があり、入浴介助を行なっていた。Hさんはニコニコと穏やかな性格だったが、介助時に「裸になって一緒に入ろう」などとセクハラ発言をされるのが不快という理由だった。Hさんは一人暮らしで、以前利用していた訪問看護ステーションでも同様の言動がみられ、さらに、キーパーソンの娘が「厳格で真面目な父がそんなことをするはずがない」と主張し、その訪問看護ステーションでトラブルになっていた。そんな経緯での当ステーションへの依頼だったため、依頼を受けることにはスタッフナースたちから反対の声が大きかった。よく依頼をくれるケアマネジャーからの依頼で、しかも直近は当ステーションの売上が低迷しているために、依頼を受けることにしたのだ。管理者としてどう対応したらよいだろうか? 設問もしあなたがこの管理者であれば、Hさんのような利用者への対応はどのようにすべきだと考えますか。ご自身の経験から考えたアイデアをみなさんにシェアしてください。 田中さんからの相談を受けたとき、配慮すべきことは何か 講師今回は、ハラスメントの言動がある利用者のケースです。みなさんがこの管理者であれば、どのような対応をしていきますか? Aさん注2田中さんから「Hさんの訪問は外してほしい」と言われているので、田中さんの心理的なケアがいちばんに必要だと思います。そしてその後の対応策となると難しいですね。田中さん以外のスタッフに訪問に行ってもらっても、同じことが起こると予想されます。 Bさん田中さんに「我慢してHさんに訪問してよ」と言ったら、それこそ管理者のパワハラです。Hさんには脳梗塞の既往歴があり、セクハラ発言は高次脳機能障害によるものかもしれません。主治医にも相談が必要です。 Cさん主治医に相談もですけど、まずはHさんにセクハラ発言についての事実を確認します。そして、ケアマネや主治医らとHさんへのケアの方針を相談します。 Dさん今までの発言にまだ出てきていませんが、娘さんとコンタクトをとる必要があります。あとはステーション内でHさんについての情報共有をするミーティングが必要だと思います。 「田中さんからの相談を受けたとき、配慮すべきことは何か」の小括 利用者によるハラスメントの相談を受けたケースを題材に、まず、管理者として何を考えなければならないかを話しあいました。 ●田中さんへの心理的なケアがいちばんに必要。訪問に行くスタッフを替えるだけじゃダメ。●既往歴を考えると、Hさんの言動に影響している可能性があるので、主治医に相談する。●事実確認の上で、主治医だけではなくケアマネも含めて、今後のケア方針を相談する。●キーパーソンとコンタクトをとる必要がある。●ステーション内でミーティングし、情報共有する。 田中さんへのケアと、事実確認、そして問題解決に向けて多くの人たちと協力して事を進めていかなくてはならないことが見えてきました。 次回は、「問題の解決に向けて管理者としてどのような行動をすべきなのか」を考えていきます。 ー第5回に続く 注1ケースメソッドとは、架空事例(ケース)について、参加者それぞれの考えをシェアしあうことで、学びを得ていく授業形式です。ケースの教材には、訪問看護管理者が問題に直面している状況が、物語風に構成されています。参加者は、ケースの教材を予習し、自分がこのケースの主人公ならどうするかを事前に考えた状態で、授業に参加します。ケースメソッドの授業では、講師のリードのもと、参加者どうしでアイデアをシェアしながら議論をすることによって学びます。参加者の発言が何よりも学びを豊かにする鍵となります。 注2 発言者はA・B・C・Dとしていますが、常に同一の人物ではありません。別人であっても便宜上そのように表記しています。 執筆鶴ケ谷理子合同会社manabico代表慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。看護師、保健師、MBA。大学病院(精神科)、訪問看護、事業会社での人事を経験後、株式会社やさしい手看護部長として訪問看護事業の拡大に寄与。看護師250人超の面談を実施し、看護師採用・看護師研修などのしくみづくりをする。看護師が働きやすい職場環境作りの支援を目指し合同会社manabicoを立ち上げる。【合同会社manabico HP】https://manabico.com 記事編集:株式会社メディカ出版

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CASE1スタッフナースが利用者に過度に感情移入している心配があるとき_その3:どのように面談を行うか?

管理者として課題に直面したとき、自分以外の管理者がどう判断するかを知りたくなることはありませんか? この連載は、参加者どうしで考えをシェアしあう研修手法である、ケースメソッド注1セミナーの形式に沿って、訪問看護管理者が直面する課題を考えていきます。第3回は、CASE1「スタッフナースが利用者に過度に感情移入している心配があるとき」の議論のまとめです。 はじめに 前回は、終末期の利用者に過度な感情移入をしているように見える佐藤さんを支援するために、具体的にどのような介入が必要か、A・B・C・Dさんそれぞれの考えを出しあいました。今回は、佐藤さんとの面談を行う際の注意点について話しあいます。 議論の題材となっているケースと設問は以下のとおりです。 ケースと設問 CASE1 スタッフナースが利用者に過度に感情移入している心配があるとき スタッフナースの佐藤さんについて、「担当利用者に感情移入しすぎなのではないか?」と別のスタッフナースから相談があった。どうやら寝ても覚めても利用者のことを考えているらしい。佐藤さんは、在宅看取りの看護に携わることを希望して、病院から訪問看護に転職してきた背景がある。終末期の利用者を担当するのは2回目、今回は主担当として任されている。そのためか思いが強くなりすぎているように見える佐藤さんに対して、管理者としてどのような支援ができるだろうか? 設問あなたがこの管理者であれば、佐藤さんのようなスタッフへの支援はどのようにすべきと考えますか。ご自身の経験から考えたアイデアをみなさんにシェアしてください。 面談の目的を佐藤さんの育成にフォーカスする 講師ここまでのみなさんの意見から、面談の目的を「佐藤さんの育成」と設定したいと思います。そうすると、面談はどのように進めるべきだと考えますか? Aさん注2まずは佐藤さんに話をしてもらわないといけないので、利用者の状況を聞いて、その時に佐藤さん自身はどういう気持ちになったのかを話してもらいます。いろいろ聞きたいのはグッとこらえます。 Bさん話してもらうことは大切ですけど、やはり、確認すべきことや言うべきことはちゃんとしたいです。なかなか言いにくいこともあったりするのですが、管理者としてステーション全体のことも考える必要があると思います。 Cさん言うべきことはちゃんと言ったうえで、佐藤さんとしてはこれからどうしたいか? 管理者からどういう支援があれば助かるか?を話したいです。 Dさんそうなんですよね、佐藤さんの状況や気持ちを確認して、その上で、「次の訪問はどうしようか」という話ができるのがいちばんよいと思います。 講師Aさんから「グッとこらえる」と発言がありましたが、表情を見ると、ほかのみなさんも同意されているようです。一方みなさんの言われるように、スタッフにとって耳に痛いことも管理者としてしっかり言わないといけない。スタッフの振る舞いは、ステーション全体の評判につながります。そして、面談の終わりには、「今後に向けてどうするのか」が必ず確認したいことですね。 訪問看護師を育成する手法「1on1」 講師では、これまでの議論を受けて、CASE1のまとめです。 今回は、「終末期の利用者に対して過度な感情移入をしているように見える佐藤さん」のケースを通して、管理者がスタッフを育成する手法としての1on1について考えました。 スタッフの置かれている状況や、スタッフの持つスキルなどによって、支援の内容は変わりますが、基本的に1on1の目的は、スタッフの抱える問題を解決することです。今回のケースでいえば、決して佐藤さんを評価することではありません。1on1は、スタッフの抱える問題解決と、それに向けたスタッフの成長のために行うものです。これを念頭に置き、経営者・管理者の方は、次の3つのステップを毎回行うことを意識してください。 信頼関係を構築する → 学びを深化させる → 次の行動の決定をうながす 佐藤さんが自身の問題を解決することは、そのステーションの問題を解決することでもあります。「1on1はスタッフのための時間」を意識してください。これが難しいんですけどね。あれこれ言いたくなってしまいますよね(笑)。 Aさん面談って、あれこれ問い詰めてしまったり、「こうしなさい」と指導してしまったりすることが多くて。「育成を目的とした1on1はスタッフのための時間」と意識するといいんですね。 講師そうですね、「スタッフである訪問看護師の成長のプロセスを支援する」という立場に管理者が立つことが大切です。ある企業のマネジャーさんは、1on1ではストップウォッチを持って「今日はまず5分間は話を聞くぞ」とされているそうです。1on1の原則である、3つのステップを意識して、いろいろ工夫しながら進めてみてください。 * 次回は、CASE2「利用者からのハラスメントにどう対応するか?」を考えます。 注1ケースメソッドとは、架空事例(ケース)について、参加者それぞれの考えをシェアしあうことで、学びを得ていく授業形式です。ケースの教材には、訪問看護管理者が問題に直面している状況が、物語風に構成されています。参加者は、ケースの教材を予習し、自分がこのケースの主人公ならどうするかを事前に考えた状態で、授業に参加します。ケースメソッドの授業では、講師のリードのもと、参加者どうしでアイデアをシェアしながら議論をすることによって学びます。これは講義形式のセミナーとはずいぶん違ったものです。参加者の発言が何よりもセミナーを豊かにする鍵となります。 注2発言者はA・B・C・Dとしていますが、常に同一の人物ではありません。別人であっても便宜上そのように表記しています。 執筆鶴ケ谷理子合同会社manabico代表慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。看護師、保健師、MBA。大学病院(精神科)、訪問看護、事業会社での人事を経験後、株式会社やさしい手看護部長として訪問看護事業の拡大に寄与。看護師250人超の面談を実施し、看護師採用・看護師研修などのしくみづくりをする。看護師が働きやすい職場環境作りの支援を目指し合同会社manabicoを立ち上げる。【合同会社manabico HP】https://manabico.com記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇本間浩輔.『ヤフーの1on1:部下を成長させるコミュニケーションの技法』東京,ダイヤモンド社,2017,244p.〇松尾睦.『職場が生きる 人が育つ 「経験学習」入門』東京,ダイヤモンド社,2011,224p.〇松尾睦.『「経験学習」ケーススタディ』東京,ダイヤモンド社,2015,200p.

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CASE1スタッフナースが利用者に過度に感情移入している心配があるとき_その2:管理者としてどう支援できるか?

管理者として課題に直面したとき、自分以外の管理者がどう判断するかを知りたくなることはありませんか? この連載は、参加者どうしで考えをシェアしあう研修手法である、ケースメソッド注1セミナーの形式に沿って、訪問看護管理者が直面する課題を考えていきます。第2回も前回に引き続き、利用者に感情移入しすぎているように見えるスタッフナースのケースです。今回は管理者として何ができるかを考えます。 はじめに 前回は、終末期の利用者さんに過度な感情移入をしているように見える佐藤さんの状況について、A・B・C・Dさんはどう考えるか、それぞれの考えを出しあいました。続く今回は、「訪問看護管理者として何ができるか」をテーマに意見交換を進めます。 議論の題材となっているケースと設問は以下のとおりです。 ケースと設問 CASE1 スタッフナースが利用者に過度に感情移入している心配があるとき スタッフナースの佐藤さんについて、「担当利用者に感情移入しすぎなのではないか?」と別のスタッフナースから相談があった。どうやら寝ても覚めても利用者のことを考えているらしい。佐藤さんは、在宅看取りの看護に携わることを希望して、病院から訪問看護に転職してきた背景がある。終末期の利用者を担当するのは2回目、今回は主担当として任されている。そのためか思いが強くなりすぎているように見える佐藤さんに対して、管理者としてどのような支援ができるだろうか? 設問あなたがこの管理者であれば、佐藤さんのようなスタッフへの支援はどのようにすべきと考えますか。ご自身の経験から考えたアイデアをみなさんにシェアしてください。 管理者としてどのような支援ができるのか 講師ここまでのみなさんの意見から、管理者としては佐藤さんに何かしらの働きかけが必要なのは間違いなさそうです。では、具体的に、どのように働きかけますか? Aさん注2難しいかもしれませんが、私はステーションのメンバー全員でこの件について話をして、佐藤さん担当の利用者のところに、ほかのスタッフでも訪問できるようにしたいと思います。 Bさん私は、すぐに佐藤さんと話をする必要があるので、一対一の面談の時間を作ると思います。ほかのスタッフも含めてカンファレンスをできればよいですが、忙しいとなかなか集まりにくいので、現実的には一対一かなと。訪問看護師としての佐藤さんの成長を促すような支援ができればと考えます。 Cさん私も、チームで話をするにしても、まず佐藤さんと話をしておくべきだと思います。Bさんが言われたように、管理者が支援をするなら早いほうがよいと思うので。 講師一対一かチームか、人数の違いはありますが、佐藤さんと話す場を持つのは共通の意見ですね。その上で、できるだけ早いほうがよい、チームで対話するとしてもまずは一対一の面談からという考えも出ました。管理者として佐藤さんの異変に気がついたのであれば、すぐに行動に移すというのは自然な流れでしょう。 一対一の対話をどのように進めていくのか 講師では、佐藤さんと一対一で対話をすることを考えてみましょう。その面談は、どのような目的で行いましょうか。 Aさんこの利用者のことを佐藤さんが背負い込みすぎないような支援が目的になります。そしてその後に、より良いケアができるようになるために成長支援もしていきたいです。 Bさん事実確認もしたいです。制度外での訪問や、金銭授受といったことがもしあれば、そちらへの対処も検討しないといけませんから。佐藤さんやステーション全体の今後のことも考えて、この点も確認しておきたいです。 Cさん佐藤さんの育成を主目的に面談をするのは私も賛成です。ルールからの逸脱についての確認も、佐藤さんの状況についてはほかのスタッフから聞いただけなので、事実はどうなのか、管理者として確認することが必要だと思います。ですが、「〇〇さんがこう言っていたよ」と佐藤さんに伝えることは、うまく言えませんが間違っている気がするので、避けたいです。どんな言いかたで伝えるのがいいのか……、悩みます。 「何を目的に面談をするか」の小括 みなさんの話しあいから、面談の目的が大きく二つ出てきました。1.佐藤さんの、看護師としての成長をどうやって支援していくのか。2.ルールからの逸脱の確認。もし逸脱があれば対応を検討することも含まれます。これら二つの目的の背景には、管理者としてステーションをどのように運営していくべきなのかが根底にありますね。また、具体的に佐藤さんにどうやって伝えるのかの視点も登場しました。 そこで、次は「佐藤さんとの面談をどのように行うのか」を考えていきます。 ─第3回に続く 注1ケースメソッドとは、架空事例(ケース)について、参加者それぞれの考えをシェアしあうことで、学びを得ていく授業形式です。ケースの教材には、訪問看護管理者が問題に直面している状況が、物語風に構成されています。参加者は、ケースの教材を予習し、自分がこのケースの主人公ならどうするかを事前に考えた状態で、授業に参加します。ケースメソッドの授業では、講師のリードのもと、参加者どうしでアイデアをシェアしながら議論をすることによって学び、参加者の発言が何よりもセミナーを豊かにする鍵となります。 注2発言者はA・B・C・Dとしていますが、常に同一の人物ではありません。別人であっても便宜上そのように表記しています。 執筆鶴ケ谷理子合同会社manabico代表慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。看護師、保健師、MBA。大学病院(精神科)、訪問看護、事業会社での人事を経験後、株式会社やさしい手看護部長として訪問看護事業の拡大に寄与。看護師250人超の面談を実施し、看護師採用・看護師研修などのしくみづくりをする。看護師が働きやすい職場環境作りの支援を目指し合同会社manabicoを立ち上げる。【合同会社manabico HP】https://manabico.com記事編集:株式会社メディカ出版

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