今日から役立つコミュニケーション入門

その「偶然」は「偶然」ではない
その「偶然」は「偶然」ではない
コラム
2023年1月24日
2023年1月24日

その「偶然」は「偶然」ではない

スタッフマネジメントに役立つコミュニケーションの話題を、訪問看護管理者のみなさまへお届けしてきました。最終回は、看護師としてのあなたのキャリアを考えるときに思い出してほしい、「計画された偶然」に関するお話です。 計画された「偶然」 世の中で成功を収めたとされる人たちに「そのような成功に至るまでにどのように計画を立て、どのような努力を重ねたのですか」と質問してみると、意外や意外、8割が「いや、計画したというより偶然こうなったのです」と答えるといいます。「そんなバカな」と思うかもしれません。しかし、これはきちんと研究された理論なのです。 心理学者のジョン・D・クランボルツは、ある調査の結果、18歳のときに考えていた職業に就いている人は全体の2%にすぎない、というのです。慎重に立てた計画よりも、想定外や偶然の出来事が人生やキャリアに影響を与えているのではないか。クランボルツはこれを「計画された偶発性理論(Planned Happenstance Theory)」と名付けました。 キャリアというと、「しっかりと目標を立ててそれに向かって一つひとつ努力を重ねるもの」だと一般的に思われています。しかし、今の世の中はVUCA(不確実、不安定、複雑、曖昧)の時代といわれています。いくら緻密に計画を立てても、予測不能の変化や技術の進歩、気候変動、グローバルな出来事で思うとおりにいかず、個人の意思でコントロールできることはほとんどありません。 個人のキャリアも、最初に立てた計画に固執してはかえって変化に対応しそこなう。そうではなく、大きな方向性は決めておきながらも、人生の瞬間・瞬間で判断をして行動をすることで、チャンスを生かすことができる。それがこの理論の考えかたです。 偶然の出来事が人生を変える 私は仕事上、いろんな看護師さんのキャリアに出会います。 看護師になる人は、専門学校や大学に進学する時点で「看護師になろう」と決めていることが多いです。ところが看護師になってから、思ってもいなかった道に進む人がいます。 たとえば、看護師の臨床経験をもとに、新たなテクノロジーを医療現場に適した形に応用する会社をつくった人。訪問看護師をやりながら、訪問看護ステーションの経営コンサルタントをしている人。昔から漫画を描くのが得意で、看護師になってから医療のことをわかりやすくイラストで描いているうちにイラストレーターになった人。ファッションが大好きで看護師になってからもファッションモデルをやっていたら、いつの間にかファッションプロデューサーになっていた人……など。 もちろん、みなさん看護師ですから、看護学校や看護大学を卒業して国家試験を受けて合格しているところまでは共通したキャリアです。看護師になってからの偶然の出来事が、それぞれの人生を変えています。 技術会社の社長になった人は、大学生のときに医療ミスが原因で病状が悪化した患者さんと出会い、ナースになってから「あの人の命をテクノロジーで救えなかっただろうか」と思い、働きながら勉強を始めました。イラストレーターになった人は、仕事中の出来事を院内勉強会でイラスト資料にしたら大好評となり、出版社にそのイラストを持ち込んだのがきっかけで思いがけない道が広がりました。 偶然をキャリアのきっかけにできる人 こうしてみるとすごく行動力のある看護師さんのようですが、ご本人たちは「いたってふつうのナースです」と言います。しかし、このような人には共通点があります。 ・好奇心が強い。自分のやりたいことに正直。・あきらめない。失敗してもまたチャレンジする。・楽観的。きっとうまくいくと信じている。・こだわらない。「ぜったいにこうあるべき」と思わず、状況に応じて柔軟に対応する。・冒険的。新しい世界に飛び込むことをいとわない。 目の前の出来事にこうした態度で取り組んでいると、もともと自分が望んでいた方向に知らないうちに進んでいるというのです。なので「偶然」が「必然」となって自分のキャリアをつくっていくことになります。 「偶然」の受け止めかたは人それぞれです。ある人にとっては失敗体験になる同じ出来事が、ある人にとっては大きなヒントになり、何かのスタートのきっかけになるかもしれません。 偶然の出会いは必然かもしれない 人との出会いも同じです。偶然出会った人が、あなたの人生に大きな意味をもたらします。出会おうとしても出会えない。しかし、出会ってしまうと「このタイミングで出会ったことは奇跡としか思えない!」と思ってしまうこと、ありませんか。 人間関係はさまざまな出会いによって生まれ、コミュニケーションによって育まれます。「一期一会」という言葉があります。一生に一度だけの機会だと思って真摯に取り組むという意味です。上司、同僚、部下、患者さん、利用者さん……。いろんな出会いは、あなたに何かを教えてくれ、何かの転機になってくれる、一つひとつが大切なものなのです。 この2年間の世界では、以前は想像もできなかったコロナ禍で、予測不能な出来事がたくさん起こりました。しかし、この偶然もあなたにとっての「必然」かもしれません。この変化をどう生かしていくかはあなたしだいです。 12回にわたりコミュニケーションをテーマにいろいろな話を書かせていただきました。これもまたみなさまにとって何かの「必然」となりますことを願っています。ありがとうございました。 執筆松井貴彦・まついたかひこ ライフキャリアコンサルタントNPO法人いきいきライフ協会 理事、一般社団法人看護職キャリア開発協会 所属。1962年生まれ。同志社大学文学部心理学専攻卒(現心理学部)卒。出版社にて求人広告制作(コピーライター、ディレクター)、就職情報誌編集者、編集マネジャー。その後、医療・看護系出版社、関連会社の代表取締役など歴任。国家資格キャリアコンサルタント、GCDF-Japanキャリアカウンセラー(米国CCE, Inc.認定のキャリアカウンセラー資格)。自分史アドバイザー。YouTubeは「松井貴彦 まっチャンネル」で検索。記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇白石弓夏.『Letters~今を生きる「看護」の話を聞こう』大阪,メディカ出版,2020,192p.〇J.D.クランボルツ,A.S.レヴィン著.花田光世ほか訳.『その幸運は偶然ではないんです!』東京,ダイヤモンド社,2005,232p.

自分やチームを「無能化」させないために
自分やチームを「無能化」させないために
コラム
2022年12月27日
2022年12月27日

自分やチームを「無能化」させないために

この連載は、訪問看護ステーションで活躍するみなさまに役立つコミュニケーションのテーマを中心にお届けします。第11回は、能力主義の組織は無能化する……という怖いお話です。 組織は無能化していく 「能力主義のチームに長く所属すると、そのうち無能になってしまう」。そんな法則があるのをご存じですか?  衝撃的ですよね。この法則は社会学者のL.J.ピーターが発表したので、「ピーターの法則」といわれます。能力主義のチームに所属していれば、自分の実力がしっかり評価されるはずだから、無能になるなんて矛盾していると思いますよね。しかしそうではないとピーターはいいます。 一般的に、能力主義の組織は階層的にできていて、一定の能力が身に付けばさらに上の層に昇格していきます。ですから、能力を発揮して認められて昇格した人は、次なる上の層を目指します。こうして能力のある人は出世できるのが能力主義の良いところです。 でもいつまでも出世できるとはかぎりません。層が上がると求められる能力も上がり、上がるほどポストも減っていきます。どこかのポジションで能力の限界がくれば、そのポジションに留まりつづけることになります。そうなると、やがてそのポジションは「無能レベルに達してしまった人」ばかりになります。 つまり、能力主義の階層組織では「あらゆる組織は無能化する」というのがピーターの法則なのです。 会社でいえば、「課長」の階層は「部長になれない人」の集まり。そういえば「万年課長」なんて言葉もあります。課長止まりでそれ以上昇進できない人を指しています。 組織は無能化し、肥大化していく さらにピーターの法則では、無能な管理職が各地位を占めるようになると、組織全体もだんだん無能化していく……といわれています。つまり、無能化した管理職に評価される部下もしだいに無能化していく、というわけです。 もう一つ「パーキンソンの法則」というのもあります。これは平たくいえば「あらゆる組織は肥大化する」というものです。 仕事のできる人は自分の領域を広げて人を増やすので組織は大きくなります。一方で、仕事のできない無能なリーダーも、自分が仕事をできないぶん人を集めることで補おうとするので組織は大きくなる。つまり、いずれにせよ組織は放っておけば肥大化するというのです。 よく「大企業病」といわれますが、その原因にはこの「ピーターの法則」や「パーキンソンの法則」も当てはまるでしょう。 人事施策でうまくいくか それではどうしたらよいか? これは組織のトップマネジメントの永遠の課題です。 よくいわれる解決方法は、人事施策で昇進や昇格の制度をつくり、しっかり教育を行い、無能化を防ぐことです。もちろんこれは間違いではありません。「無能な状態に陥った人」を配置換えしたり、思い切って降格させたりすることも打開策になることがあります。「それが能力主義だ!」と言ってしまえばそうなのかもしれません。しかし、人事施策で解決しようとすることは、非常にデリケートな問題を含みます。 私自身の経験ですが、子会社に5年間出向して社長をした時期があります。社長でなければ経験できないようなことにチャレンジができました。しかし状況は厳しく、当初掲げた目標を達成することはできないまま本社に戻ることになり、そのときに降格処分を受けました。社長ですから経営責任をとるのは当たり前ではありますが、その降格はサラリーマンである私にとっては大きな苦しみでした。 今となっては笑って話せますが、当時は人間性や人格まで否定されたような気持ちになったものです。 それは、会社の中だけの価値観で生きてきたため、その組織の評価が絶対的な自分の評価だと思っていたからです。逆に会社の中で評価されていても、一歩外に出るとまったく通用しないなんてケースもあります。同じ組織の中だけでずっと生きていると、まさに社会的に「無能化」してしまうこともあるのです。 子会社から戻った私は、それまで経験したことのない介護分野の新規事業に飛び込みました。50代になってからのチャレンジでしたが、そこでまた新たに鍛えられました。無能化していた自分が新しい世界で「まだ自分にはノビシロがある」と気づくことができたのです。 自分を無能化させないために 一つの組織の中で上司の顔色をうかがってばかりいると、上司からの評価に自分の人生が左右されてしまう可能性があります。「サラリーマンの最大のリスクは上司である」と言った人がいます。無能な上司の下にいると自分も無能になる可能性がありますから、これは言いえて妙な言葉です。 人生100年時代といわれます。自分や自分のチームを無能化させないためには、組織の中だけで生きるのではなく、組織を離れた世界でも生きていける自分の価値、自分の強みを磨くことです。そのために一つの組織の中だけでコミュニケーションをとるのではなく、さまざまな分野や世界の人とコミュニケーションをとることです。それによってコミュニケーションスタイルも磨かれていきます。 昔は「自分の強み」が一つあれば何とか定年まで生きていけました。でもこれからの時代、強みは三つくらいほしいところです。30代で一つ、40代で一つ、そして50代で一つ。こうすれば、60歳になるまでに三つの強みが持てます。それを活かせば定年からも無能化することなく、新しい世界が広がるはずです。 執筆松井貴彦・まついたかひこ ライフキャリアコンサルタントNPO法人いきいきライフ協会 理事、一般社団法人看護職キャリア開発協会 所属。1962年生まれ。同志社大学文学部心理学専攻卒(現心理学部)卒。出版社にて求人広告制作(コピーライター、ディレクター)、就職情報誌編集者、編集マネジャー。その後、医療・看護系出版社、関連会社の代表取締役など歴任。国家資格キャリアコンサルタント、GCDF-Japanキャリアカウンセラー(米国CCE, Inc.認定のキャリアカウンセラー資格)。自分史アドバイザー。YouTubeは「松井貴彦 まっチャンネル」で検索。記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇ローレンス・J・ピーターほか.渡辺伸也訳.『ピーターの法則:創造的無能のすすめ』東京,ダイヤモンド社,2003,222p.〇藤原和博.『坂の上の坂:55歳までにやっておきたい55のこと』東京,ポプラ社,2011,271p.

あなたには師匠と呼べる人がいますか
あなたには師匠と呼べる人がいますか
コラム
2022年12月20日
2022年12月20日

あなたには師匠と呼べる人がいますか

この連載は、訪問看護ステーションで活躍するみなさまに役立つコミュニケーションのテーマを中心にお届けします。第10回は、師匠を見つけることのすすめです。 師匠と弟子の関係 前回、「ブレずに生きるには自己一致すること」と書きました。ちょっと抽象的でわかりにくいという人のために、今回はより具体的に書きます。仕事や生きかたでブレないためのポイント。それは「師匠を見つける」ということです。 「師匠」といえば、芸事を思い浮かべる人も多いと思います。たとえば落語の世界では師匠は絶対的な存在です。師匠につかなければ落語の世界で生きていくことはできません。 師匠につくことは「入門」といわれ、それがまず落語の世界で生きることの絶対条件です。入門すれば師匠の言うことが「絶対」で、すべてにおいて師匠の判断が必要です。極端にいえば「弟子は師匠の所有物」といっても過言ではありません。なので師匠はいつでも弟子を破門することもできます。師匠のいない人は落語会では生きていけませんから、「破門」=「落語会からの追放」を意味します。 落語界の弟子は芸を習うだけでなく、寄席に行けば下働きをしますし、朝は早くから師匠の家で掃除や洗濯、身の回りのお世話、家事全般をします。それも落語の修行の一部だとみなされるのです。 師匠は教えてくれる人ではない 「師匠」を英語に置き換えると、和英辞書によれば「マスター」「ティーチャー」「メンター」などが当てはまるようです。しかし一般的にティーチャーは「先生」と訳されます。ティーチャーは「教える人」ですが、師匠は必ずしも教えません。 師匠はその姿を見せることで、弟子に体験的で直感的な育成を行うのです。弟子は「教わる」よりも「見て学ぶ」のです。 「学ぶ」は、もともと「真似(まね)ぶ」から転じた言葉だともいわれます。そこには弟子の主体性が必要です。師匠は手とり足とり教えるというよりも、日常生活も含めて弟子にその生きかたを見せて、そこから学ばせるという関係性です。ここに、「師弟関係」といわれる独特のコミュニケーションがあります(ある意味、この師弟関係でいちばん学ぶものは、芸そのものよりも師匠とのコミュニケーションのとりかたではないかと私は思っています)。 今の時代、「そんなの古いよ」と思う人もいるかもしれません。実際、落語の世界でも師弟関係は昔とは少しずつ変わっているようでもあります。とはいっても基本はやはり主体的に真似ることです。師匠とは、命令や指示・強制で弟子を育てるのではなく、その姿・立ち居振る舞いで、弟子を感化していくもの。弟子は、教えてもらうのではなく自ら学ぶものです。 師と仰ぎたい人を見つける だから「ブレない自分」をつくろうと思うなら「教えてくれる人」ではなく「自ら求めていきたい」人を探してください。 仕事で身近にそういう人がいれば、めちゃくちゃラッキーです。その人のやりかたを徹底的に真似てみてください。何か困ったことがあれば「あの人ならどうするだろう。どんな判断をするだろう」とその人になったつもりで考えるのです。 師と仰ぐ人の行動や判断が、理解できないことがあるかもしれません。そのときも成長のチャンスです。成長は、必ずしも現在の延長線上にあるとはかぎりません。違和感があることもあるでしょう。成長には「違和感を受け入れる」ことによって開花する段階もあります。 まずは型を身に付ける 日本の茶道や武道の世界には「守破離(しゅはり)」という言葉があります。 まずは師匠から教わった型を徹底的に「守」る。それができたうえで他流派の型と照らし合わせる。自分に合ったよりよい型を模索し試すことで、既存の型を「破」ることができる。そうして、師匠に教わった型と自分で見いだした新しい型の双方に精通すれば、既存の型にとらわれず、自在に型から「離」れることができる。これが「守破離」です。 ちなみに型のできた人が型を破ることを「型破り」、型のない人が型を破ったら「形無し」というそうです。「型破り」になるためには、まずは基本である型を身に付けることから始まるのです。 仕事に置き換えると、「守」は半人前から一人前の段階。指導を仰ぎながら仕事をし始めて、自律的に仕事できる状態くらいまで。「破」は、一人前になってから現状の仕事を分析して、さらに改善や改良をできる段階。いわゆる「一人前に毛が生えたくらい」です。そして「離」は、新しい知識や技術を取り入れて、仕事を新たに創造できる状態を指します。 身の回りを見渡して師匠と呼べる人がいない場合は、歴史上の人物でも、小説上の人物でも構いません。自分が岐路に立ったとき「その人ならどうするだろう」と思える人を見つけ、その人から生きる哲学を学ぶのです。「なぜその人を師匠とするのか」、それを一度言語化してみてください。抽象的な言葉になってもよいのです。むしろ師匠の存在は一言では言い表せない抽象度の高いものかもしれません。 執筆松井貴彦・まついたかひこ ライフキャリアコンサルタントNPO法人いきいきライフ協会 理事、一般社団法人看護職キャリア開発協会 所属。1962年生まれ。同志社大学文学部心理学専攻卒(現心理学部)卒。出版社にて求人広告制作(コピーライター、ディレクター)、就職情報誌編集者、編集マネジャー。その後、医療・看護系出版社、関連会社の代表取締役など歴任。国家資格キャリアコンサルタント、GCDF-Japanキャリアカウンセラー(米国CCE, Inc.認定のキャリアカウンセラー資格)。自分史アドバイザー。YouTubeは「松井貴彦 まっチャンネル」で検索。記事編集:株式会社メディカ出版

ブレずに生きるには ~「自分なりの方針」を決めよう~
ブレずに生きるには ~「自分なりの方針」を決めよう~
コラム
2022年12月6日
2022年12月6日

ブレずに生きるには ~「自分なりの方針」を決めよう~

この連載は、訪問看護ステーションで活躍するみなさまに役立つコミュニケーションのテーマを中心にお届けします。第9回は、「ブレない」ためにはどうすればよいかを考えてみましょう。 「ブレる」とは? よく「あの人の言っていることはブレブレだなぁ」とか「私はブレずにやっていきたい」などと言います。「ブレない」は、どちらかといえば褒め言葉です。なぜ「どちらかといえば」なのかは後で触れます。 「ぶれる」を辞書で調べると「正常な位置からずれ動く。とくに写真で写す瞬間にカメラが動く」とあります。イメージがわかりやすいですね。もともとは、「写真を写す瞬間にカメラが動く」状態をいいます。そこから、「心がブレる」は、「何かの瞬間に、ふだんの言動と違うことをしてしまう」ことを指します。 「正しい位置からずれ動く」のは、「正しい位置」がわかっていないから、シャッターを切る瞬間にどこに焦点を当てればよいか、どういう構図にすればよいかわからずに動いてしまうということでしょう。 ブレない人は、自分の本来の姿を知っている 写真写りのよい人には自分のキメ顔があります。どの方向からどの角度で、どんな表情をしたときがいちばんよい顔かを知っていて、シャッターを切る瞬間に最高の表情にもっていくのです。つまり「ブレない」というのは、戻るべき場所、立つべき場所、あるべき姿を知っている、ということです。それって自分探しみたいなものです。 まぁ、わざわざ探さなくてもわかりきっていることもあります。たとえば「映画ならエンターテイメントが好きで、ホラーやスプラッターが苦手。小説なら歴史ものが好きで海外ものより日本もの」とか、「音楽なら70年代ロックが好き、でもテクノっぽい80年代サウンドもけっこう好き」とか、自分の好みがありますよね。それがわかっていると、友だちにホラー映画に誘われても「ごめん、私それ苦手なの」とすぐに反応できるのではないでしょうか。 ところが、仕事とか世の中のことや政治のような、あまり自分の立つ場所がまだはっきりしていない話になると、「あれもいいな」「こっちもいいな」といろんな人の姿や意見に振り回されてしまう。若いころや、新しい世界に飛び込んだときだと、特にそうです。 ブレずに生きるには、自分の方針に沿って生きよう 「自分らしくブレずに生きたい」という声をよく聞きます。では「ブレずに生きる」にはどうするか、が今回のテーマです。それは「自分の方針に沿って生きる」ということです。「自分の方針? そんなの考えたこともない」という人もおられるでしょう。そんな人でも、「自分の方針」が実はあるのです。 人にはそれぞれ「自分なりの方針」があります。それが自分のなかで言語化されていて、そこから逸れない人が「ブレない人」です。自分に正直に生きている人といってもよいでしょう。自分のありたい姿や自分の好みがはっきりしていて、それを大事にしている人です。たとえば先の例の「好きな映画」について、その理由をはっきり言える人です。 ぼんやりと思っているだけでなく、言葉にすることが大事です。「映画を見ることで、日常では体験できないようなことを楽しみたいから」「悲しいことやつらいことがあっても映画を見ることで自分の気持ちの整理をしたり、主人公の生き方にヒントを見つけ出したりしたいから」といった言葉にするのです。これが自分の映画に関する「方針」です。見る映画を選ぶときにこの方針を貫けば、映画についてはブレなくなります。もし人からこの方針に合わない映画に誘われたら断ればよいのです。 長所と短所は裏表 人の意見に左右されない。そんなところから「ブレない自分」を鍛えていけます。ランチは自分の食べたいものを食べる。休日の予定は自分の意思を優先する。頼まれごとも気の向かないことは引き受けない……など。 もしかしたらそれは「自分勝手」と言われるかもしれません。それでもいいんだと思ってください。冒頭に、「ブレない」は「どちらかといえば・・・・・・・・褒め言葉」と書きました。ブレないことは場合によっては「自分勝手」「融通が利かない」などと言われてしまうこともあるのです。 長所と短所はつねに裏表です。ブレない人は「信念のある人」「自分軸がある人」であると同時に、「自分勝手」「融通の利かない人」なのです。それを受け入れることができればブレない人になれます。ある意味、開き直れるかどうかです。 開き直れるとブレにくくなります。「だってそれが私だから」「ごめんなさい。それは私以外の人にお願いしてください」と言いやすくなります。そして自分の思いどおりにならなかったときは「まっ、そんなこともあるさ」とあっさりあきらめて、自分のやりたいほうにハンドルを切る。自分の好みに合う人、方針が似ている人を見つけたら「気が合いそうですね」「ご一緒しましょう」と声を掛けていけばよいのです。 「ブレない生きかた」とは、前回までに取り上げた言葉で言えば「自己一致している」ということです。自分の判断基準を持って、それに正直に生きていくということなのです。 執筆松井貴彦・まついたかひこ ライフキャリアコンサルタントNPO法人いきいきライフ協会 理事、一般社団法人看護職キャリア開発協会 所属。1962年生まれ。同志社大学文学部心理学専攻卒(現心理学部)卒。出版社にて求人広告制作(コピーライター、ディレクター)、就職情報誌編集者、編集マネジャー。その後、医療・看護系出版社、関連会社の代表取締役など歴任。国家資格キャリアコンサルタント、GCDF-Japanキャリアカウンセラー(米国CCE, Inc.認定のキャリアカウンセラー資格)。自分史アドバイザー。YouTubeは「松井貴彦 まっチャンネル」で検索。 記事編集:株式会社メディカ出版

メンバーが指示どおりに動かない
メンバーが指示どおりに動かない
コラム
2022年11月22日
2022年11月22日

メンバーが指示どおりに動かない

この連載は、訪問看護ステーションで活躍するみなさまに役立つコミュニケーションのテーマを中心にお届けします。第8回は、メンバーの動きが自分の期待に合わない状況の、どこに問題があるのかを考えてみましょう。 「ただ指示に従う」組織を目指しますか? 前回、「相手の良いところを探して、ノートの見開きいっぱいに箇条書きで書けるまでは相手に注意や指導はしない」と書きました。この話を若い管理職(Cさん)にしたところ「話としてはわかるし理想だと思いますが、実際にそんなことをしていたら時間がかかりすぎます。その間は気になることを注意しないなんて、上司として示しもつきません!」とのこと。確かにそれも一理あります。 そこで私はCさんに聞きました。「それではCさんは、時間をかけずにメンバーが自分の言うことを聞いてくれればよいと思っているのですか」。すると「もちろんです。時間はかからないほうがいいです。こっちだって忙しいし、組織なのですから上から言われたことは素直に聞いてほしいです」とCさん。 そこで私はさらに聞きました。「それならCさんは、上司の指示には何も言わず、そのまますぐに動き出しますか」と。するとCさんはうーんと腕を組みました。 命令を出して人を動かすことはできますし、スピードも速いでしょう。それが組織ですし、もちろんそれが必要なときもあります。でもそれがあなたの目指す組織でしょうか? 私は、個人を尊重した働きかたを推進して組織を活性化していくお手伝いをしています。人に言われてやるのではなく、自分で考えてアイデアを出して、チームみんなで目標達成していけるようなチームづくりを大事にしています。その視点でいえば、命令で人が動くマネジメントは、できるだけ避けるべきだと私は思っています。もしメンバーの動きと自分の思いにズレがあるのなら、そのズレを両者が認識することから始めるのがよいと考えます。 ズレがどこにあるのか そうCさんに話し、さらに詳しく状況を聞くと、そのメンバーは「忙しいときに頼んでもいない作業を勝手にやって、それを注意したらすねてしまった」ということでした。さて、どこに問題があるのでしょうか。    「メンバーの良いところを探す」という目でみると「頼まれてもいない作業を勝手にやった」は、自発的な行動であり、良いことです。そこを無視してまず注意した。これは否定から入ってしまっています。 チームとしては、そのメンバーのしたことは「そんなことは後でいいのに」という内容だったのでしょう。注意したくなるのもよくわかります。でも相手はそこをまだ理解できていなかったか、やるべきことがわかっていなかったのでしょう。だからその点を理解してもらえればよいのです。 「『それをやってくれたのは良いことだし、いいアイデアだと思います。ところで今、チームとしての優先順位は何だとあなたは思っていますか?』と聞いてみるところから始めてみては」と私はCさんに伝えました。 理解してもらいたければ、まず相手を理解する 「そんなこと言わなくてもわかっているでしょう」とCさんは言いましたが、「わかっていないからCさんとの意識のズレが生じたように見えます」「どちらかが悪いわけでもなく、ただ優先順位が共有できていなかっただけのように思えますよ」と話しました。するとCさんは「なるほど……。私はメンバーの良いところを探すつもりが、悪いところを探して、注意するのが先になっていました。褒めるほうが先なのにね」と言ってくれました。 「言うことを聞かせよう」と思うと、かえってその思いが相手に伝わって、思うようにいかないことがあります。自分のことを理解してもらおうと思えば、まず相手のことを先に理解すること。自分の思いを伝えたいあまりに相手の思いに気づかないことはよくあります。 管理者に大切な「自己一致」 前回の繰り返しになりますが、カール・ロジャーズの▷無条件の肯定的配慮 ▷共感的理解 ▷自己一致 ── の三つの視点で自分を振り返ってみましょう。 どれも大切なのですが、私は、管理者がメンバーマネジメントする上では「自己一致」がいちばん大切で、難しいように思います。 自己一致とは、自分にウソをつかず、矛盾しないということです。「ありのままに」いられることです。メンバーに合わせるために無理に相手に迎合したり、逆に虚勢をはって相手を威嚇したりしないことです。自分に正直でないとストレスがたまります。「自分さえ少し我慢すれば」などとは思わないことです。 マネジャーともなるとメンバーも複数いることでしょう。一人で我慢していると、ほかのメンバーの我慢も蓄積します。我慢が突然耐え切れなくなることもあります。気分に左右されず安定した判断をするためには、意識的に、つねに自分に正直でありつづけることです。 執筆松井貴彦・まついたかひこ ライフキャリアコンサルタントNPO法人いきいきライフ協会 理事、一般社団法人看護職キャリア開発協会 所属。1962年生まれ。同志社大学文学部心理学専攻卒(現心理学部)卒。出版社にて求人広告制作(コピーライター、ディレクター)、就職情報誌編集者、編集マネジャー。その後、医療・看護系出版社、関連会社の代表取締役など歴任。国家資格キャリアコンサルタント、GCDF-Japanキャリアカウンセラー(米国CCE, Inc.認定のキャリアカウンセラー資格)。自分史アドバイザー。YouTubeは「松井貴彦 まっチャンネル」で検索。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇諸富祥彦.『カール・ロジャーズ入門:自分が“自分”になるということ』東京,コスモス・ライブラリー,1997,362p.

メンバーを褒めるときやってはいけないこと
メンバーを褒めるときやってはいけないこと
コラム
2022年11月8日
2022年11月8日

メンバーを褒めるときやってはいけないこと

この連載は、訪問看護ステーションで活躍するみなさまに役立つコミュニケーションのテーマを中心にお届けします。第7回は、管理者として、メンバーを褒めるときに注意したいことをお伝えします。 うわべだけの「褒める」は失敗する 「褒めて育てる」とは、よくいわれる言葉です。私も基本的に「褒めて育てる」は大賛成です。でも「褒めて育てる」をテクニックとして使っていると、失敗することがあります。 「メンバーの話を聞いても、何が言いたいのかよくわからない」なんてことありませんか。いったい何が言いたのだろう? つじつまが合っていないのではないか? どこまでわかって話をしているのだろう? ……なんて具合に。 私は、マネジャーになりたてのころ、そんな思いを抱きながらメンバーの話を聞くことがよくありました。最後には「結局、何が言いたいの?」とイライラをこらえきれず言ってしまう始末。見かねた上司がアドバイスをくれました。 「話を聞くときは『相手の言っていることはすべて正しい』と思って聞いてみなさい。理解できないのは自分の聞く力が足りないと思いなさい」。 つまり、相手を理解しようと思えば、まずは全部丸ごと受け入れようとする。「ある部分だけは受け入れて、ある部分は受け入れない」と評価するように聞くのではなく、すべてを受け入れることで、相手の言っていること全体が理解できるのだ、と。 部下の良いところをノート見開きいっぱいに書く もう一つ、新任マネジャー時代の話です。私は年上の部下(Aさん)を持つことになり、その対応に苦慮していました。そのときにまた上司からアドバイスをもらいました。「部下だからといって頭ごなしにものを言わないように。まずはAさんの良いとこを見つけてノートの見開きいっぱいに箇条書きで書く。それができるまでAさんには注意したいことがあっても言わないようにしてみては」と。 私はそのとおりに、Aさんの良いところを見つけてメモしました。そして気になることがあっても注意することはしませんでした。 Aさんにとって私は年下の上司ですから、何か注意されて面白いはずがありません。最初、Aさんからは「何も言うなよ」オーラが満ち溢れていました。ノートの見開きいっぱいにメモが埋まるころ、私は、本人がいないところでほかのメンバーにAさんの良いところを伝えて「Aさんに教えてもらうといいよ」と言うようになりました。すると、しばらくしてAさんから私に話しかけてくるようになりました。 ここでのポイントは「相手の良いところをノートいっぱい見つけるまで注意しなかった」ことです。少し時間はかかりますが、良い関係をつくるには「急がば回れ」です。 「受け入れるふり」は通用しない マネジャー経験を積んだ後でも失敗談があります。どこの部署でも周囲との関係をうまくつくれなかったメンバー(Bさん)が、私の部署に配属されました。理屈っぽくてプライドが高く、自分にも他人にも厳しい人でした。 私はゆっくりBさんを観察して良いところを探しました。よく話を聞くと、Bさんの言っていることは筋が通っています。それと同時に、融通が利かず多少自己中心的なところがあり、他人の立場を軽んじるところがありました。 そこで面談時に私はBさんの良いところをフィードバックしました。Bさんはそれを受け入れ納得してくれました。でも正直なところ、私はBさんに気持ちよく話を聞いてもらうために、少し『盛り気味』にしました。そしてBさんがいい気持ちになっているところに「でもね、一つだけ気を付けてほしいのはBさんのこういう欠点は直してほしい」と付け加えたのです。 するとBさんの態度は一転硬直し、関係の構築は見事に失敗して、一からやりなおしになりました。いや、一からどころかゼロからです。私のやっていたことは「相手を受け入れるふり」で、じつは相手を受け入れていなかったのです。それがBさんにもばれてしまったのです。テクニックで相手を丸めこもうとしていたのが伝わったのです。 傾聴の三原則 「カウンセリングの神様」ともいわれるカール・ロジャーズは、傾聴の三原則に▷無条件の肯定的配慮 ▷共感的理解 ▷自己一致 ── を上げています。「相手の良いところを見つける」というのは、この三原則と重なります。テクニックではなく、本気で良いところを見つける過程で、相手を尊重し、理解することができるようになる。つまり、相手ではなく自分を変えることで、相手を理解できる。それが「自己一致」でもあります。話を盛っている時点で自己一致していないのです。 褒めることに集中する 人を褒めるときにやってはいけないこと。それは、相手を褒める同じタイミングで、相手を責めたり否定したりしないことです。褒めるときは褒めることだけに集中するほうが、相手にとっても心に響くものになります。注意すべきことと褒めるべきことが同時にあった場合も、よほどのことがないかぎり先に褒めるほうが良い結果につながります。そして注意をすることがあれば改めて場を変えて行うのがよいでしょう。 執筆松井貴彦・まついたかひこ ライフキャリアコンサルタントNPO法人いきいきライフ協会 理事、一般社団法人看護職キャリア開発協会 所属。1962年生まれ。同志社大学文学部心理学専攻卒(現心理学部)卒。出版社にて求人広告制作(コピーライター、ディレクター)、就職情報誌編集者、編集マネジャー。その後、医療・看護系出版社、関連会社の代表取締役など歴任。国家資格キャリアコンサルタント、GCDF-Japanキャリアカウンセラー(米国CCE, Inc.認定のキャリアカウンセラー資格)。自分史アドバイザー。YouTubeは「松井貴彦 まっチャンネル」で検索。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇諸富祥彦.『カール・ロジャーズ入門:自分が“自分”になるということ』東京,コスモス・ライブラリー,1997,362p.

コラム
2022年10月25日
2022年10月25日

「セルフイメージ」を置き換える

この連載は、訪問看護ステーションで活躍するみなさまに役立つコミュニケーションのテーマを中心にお届けします。第6回は、自己効力感を高める要因となる、代理体験のお話です。 自己効力感を高める代理体験 前回、自己効力感をつくりだす五つの要因のうち、四つを説明しました。自己効力感を高める最後の一つは「代理体験」です。これは「モデリング」とも呼ばれます。 自分の目標とする人やあこがれの人を見て、その人の活躍や成果を自分に重ね合わせることです。自分の目標とする人・あこがれる人が努力を重ねて成果を上げる姿を見て、自分も「やればできる」と思える。これが代理体験です。 活躍を自分に投影させる 今、日本の野球少年のヒーローは、ロサンゼルス・エンゼルスで活躍している大谷翔平選手でしょう。ピッチャーとしてもバッターとしても彼の活躍に野球選手としての夢が大きく広がります。いえ野球少年だけではありません。老若男女が彼の姿を追っています。 何しろ、大リーグという世界の舞台に立ち、しかも「二刀流」という、大リーグ選手でもやったことのないことをニコニコ笑顔でやってみせる。 活躍する舞台は違えども、進学や就職で新しい世界に飛び込んだ若者、異動や昇進、転職、独立など仕事でさまざまな課題や困難と向き合う人たちにとって、大谷選手がどれだけのプレッシャーと向かい合っているのかは想像に難くありません。そのなかで彼がどんな言動をして、どんな成果を上げていくのか。そこに自分を投影させている人も多いのではないでしょうか。 モデルに重ね合わせて考える もちろん順調なときばかりではありません。打てないとき、勝てないときもあります。 そのとき彼はどうするのか? そしてどう乗り越えるのか? 自分ならどうするのか? 重ね合わせながら考えます。このときに「視座」が変わるのです。今までの自分とは違う立場や視点からモノを見ることができるかもしれません。「そうなんだ! こうすればいいんだ!」という勇気やアイデアが自分のなかに生まれます。 「学ぶ」は「まねぶ(真似ぶ)」から転じた言葉だという説があります。大谷選手の活躍を見た子どもたちのなかには、今後「二刀流」を目指す人も増えるでしょう。これまで、高校野球までは「エースで4番」はいても、大学、社会人、プロ野球では「ピッチャーかバッターか」を選ぶのが普通でした。でも大谷選手の活躍は新しい常識が生まれるきっかけになりました。 真似ることでセルフイメージが変わる 好きなモデルさんのファッションコーディネートを真似したり、同じブランドのバッグやアクセサリー、服を選んだり、髪型を似せたりする人も多いですね。それをすることによって、何となく自信がついたり、「私にもこんな見せかたができるかも」と思えたりします。 着ている服や髪型、持っているバッグで何が変わると思いますか? 頭の中のセルフイメージが変わるのです。 前回の話のように、人は、頭に描いたイメージになるように体が動きます。だから、ファッションが変わると、それを身に着けている自分のイメージが変わり、それに合わせて歩き方や立ち居振る舞いも変わります。話す内容も変わっていくかもしれません。 「なりたい自分」が具体的であればあるほど、その自分に近づきやすくなります。そうなるように自分が変わっていくのです。これが「セルフイメージの置き換え」です。 うまくいかないときや苦しいときがあっても、「こんなときあの人だったらどうするだろう。どんな言葉を発するだろう、どんな行動をとるだろう」と考えることで、自分の振舞にもヒントが見つかります。これが自己効力感をアップすることにつながります。 モデルとした人の逆境 しかし、この代理経験、モデリングには一つ注意しなければならないことがあります。自分がモデルとした人が努力したにもかかわらず失敗をしたときに、一緒に自己効力感を失ってしまうことがあるのです。 モデルとした人が歴史上の人物なら、その成功も失敗もすでにわかっていますが、現在活躍中の人だと、未来がどうなるかは誰にもわかりません。成功ばかりの人生はありえません。人生には必ず、順風、無風のときも、逆風のときもあります。だから逆風のときも、モデルとした人がそこからどう対処していくのかを見守りながら、今度はその人を応援していくことが自分の自己効力感を高めることにつながります。 セルフイメージをふまえたコミュニケーション コミュニケーションの視点でいえば、メンバーのセルフイメージの置き換えを支援するようなかかわりができるのが望ましいです。つまり、その人が「どうなりたいのか」に、本人が具体的に気づくようなサポートです。日ごろから「どんな人になりたいか」を聞いておくのもよいでしょう。それがまだぼんやりとしているうちは、セルフイメージができていないということです。 「具体的に」とは、言葉にできるようにすることです。対話をしながら「それはたとえばどんなふうに?」「もう少し聞かせて」と声掛けをすることで、本人によって「なりたい自分」の輪郭をはっきりさせていくことができます。 執筆松井貴彦・まついたかひこ ライフキャリアコンサルタントNPO法人いきいきライフ協会理事、一般社団法人看護職キャリア開発協会所属。1962年生まれ。同志社大学文学部心理学専攻卒(現心理学部)卒。出版社にて求人広告制作(コピーライター、ディレクター)、就職情報誌編集者、編集マネジャー。その後、医療・看護系出版社、関連会社の代表取締役など歴任。国家資格キャリアコンサルタント、GCDF-Japanキャリアカウンセラー(米国CCE, Inc.認定のキャリアカウンセラー資格)。自分史アドバイザー。YouTubeは「松井貴彦まっチャンネル」で検索。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇Albert Bandura.本明寛ほか翻訳.『激動社会の中の自己効力』東京,金子書房,1997,368p.

コラム
2022年10月11日
2022年10月11日

「自己効力感」は育てられる

この連載は、訪問看護ステーションで活躍するみなさまに役立つコミュニケーションのテーマを中心にお届けします。第5回は、自己効力感を育てる方法をお話しします。 頭のイメージに合わせて体は動く 前回、「自己効力感」とは「自分には何かを成し遂げる能力がある」と信じられる力であることを紹介しました。 この力があると、未来に向けて挑戦する、行動する、学習する、成長する、といったことが、成功しやすくなります。これをチームのみんなが持っているならば、きっと雰囲気が良く、お互いに良い影響を与えあうことは想像に難くありません。 人間は、頭でイメージしたことが実現するように体が動きます。失敗をイメージすれば失敗するように、成功をイメージすれば成功するように、体が動き、言葉が出てきます。 ですから、まず日常でできることは、できるだけネガティブなことを考えないことです。こう書くと「出たよ、またポジティブ信仰か」と思う人がいるかもしれませんが、それもすでにネガティブな発想かもしれません(笑)。 ネガティブなことが思い浮かんだら、頭の中でポジティブなことに置き換える習慣をつけるのです。どうしたらよいのかって? ポジティブに変換する 漫才のぺこぱさんっていますよね。彼らの漫才にもそのヒントがあります。 「もうだめだ!」⇒「もうだめだと思ったところがスタートだ!」「大変だ!」⇒「大したことじゃない、まだできることがあるはずだ」「もうヘトヘトだよ」⇒「よくがんばった。今夜はぐっすり眠れるだろう」 ……みたいな変換を彼らはしていますよね。無理やり感もありますが、逆にギアを入れる感じが面白いです。このギアチェンジにフッとした笑いが入るのも、実は気分転換になっていいのです。 私にはいつでも上機嫌の友人がいます。彼はたとえば仕事で理不尽な場面にあって「なめてんのかー!」と思ったら、すかさず「なめられたろかー!」って変換をするそうです。「しばいたろか!」と思ったときは「しばかれたろうか!」って変換する。子どもがイタズラしたときは「怒るよ!」じゃなくて「踊るよ!」って言うそうです。意味がわからないですよね。でも笑えてきます。 これって自分の「怒り」の感情を「笑い」に変換しているのです。「怒り」はネガティブですが「笑い」はポジティブです。自分の感情をコントロールすることって大事です。 自己効力感をつくる要因 自己効力感を唱えたアルバート・バンデューラは、自己効力感をつくりだす要因として、①成功体験 ②代理体験 ③言語的説得 ④生理的情緒的高揚 ⑤想像的体験 ── の5つを挙げています。 成功体験 何といっても「成功体験」が、いちばん自己効力感を育てます。大切なのは、その「成功の質」です。たやすい成功体験を重ねても、失敗するとすぐ落胆してしまいます。忍耐強い努力を重ね、打ち克った体験を持つと、逆境にも負けない自己効力感が育ちます。この積み重ねが大切なのです。 この粘り強さには、ぺこぱさんのような切り替えの発想が大事。「この失敗が次の成功のもとになるだろう」と切り替えて粘り強く成功体験につなげることです。 言語的説得 もしあなたのメンバーが努力や成長の姿を見せたときは、そこにきちんと着目して「あなたは〇〇を乗り越えましたね」「〇〇できたのはあなたの実力ですよ」「あのときあきらめずに〇〇しつづけたことが成功につながりましたね」と、言葉にして伝えてあげてください。これが、③の「言語的説得」になります。人に言われて初めて自分の能力に気がつくことがあるからです。 生理的情緒的高揚 そういう上司がいるチームで「私には上司の△△さんがいるからきっと大丈夫!」と思いはじめたら、しめたものです。メンバー自身が「だんだんいい方向になってきた。あともう少し頑張ろう」と思えたら自己効力感が芽生えはじめています。こういうドキドキワクワクの高揚感が、④の「生理的情緒的高揚」です。 自己効力感のある上司はこうしてメンバーを見守り、声を掛けながら、自己効力感も育てていくのです。そのときに大切なのは、言葉や表情やジェスチャーを使ったコミュニケーションです。 想像的体験 ポジティブな表情・言葉・ジェスチャーは、成功をイメージさせます。そのイメージができると、心と体が成功するように動き出します。うつむかず胸を張って前を向きます。するとますます成功に近づきます。 だから、自己効力感の強いチームはムードが明るいです。メンバーは自分の成功や成長を実感しながら、ほかのメンバーの成功や成長にも関心を持ち、見守ったり励ましたりすることができるような、相互作用も生まれていきます。 そして、自分やメンバーたちの成功がイメージできるようになる。「このチームで自分も頑張ればきっとうまくいく」と思えるようになれば、それが⑤の「想像的体験」です。 残る②「代理体験」については次回お話しします。 松井貴彦・まついたかひこ ライフキャリアコンサルタントNPO法人いきいきライフ協会理事、一般社団法人看護職キャリア開発協会所属。1962年生まれ。同志社大学文学部心理学専攻卒(現心理学部)卒。出版社にて求人広告制作(コピーライター、ディレクター)、就職情報誌編集者、編集マネジャー。その後、医療・看護系出版社、関連会社の代表取締役など歴任。国家資格キャリアコンサルタント、GCDF-Japanキャリアカウンセラー(米国CCE, Inc.認定のキャリアカウンセラー資格)。自分史アドバイザー。YouTubeは「松井貴彦まっチャンネル」で検索。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇Albert Bandura.本明寛ほか翻訳.『激動社会の中の自己効力』東京,金子書房,1997,368p.

コラム
2022年9月27日
2022年9月27日

管理者に必要な「自己効力感」とは

この連載は、訪問看護ステーションで活躍するみなさまに役立つコミュニケーションのテーマを中心にお届けします。第4回は、「自分ならうまくできる」と思える、自己効力感のお話です。 うまくできる!と思える力 チーム運営をするときに、誰もが「明るく前向きなチームにしたい」と思います。しかし、実際にやってみると「うちのメンバーはネガティブな人が多くて、前向きなコミュニケーションがとりにくい」と思うことがあるかもしれません。そんなときはコミュニケーションの方法だけではなく、メンバーの「自己効力感」にも目を向けてみましょう。 自己効力感とは「自分がどんな状況に置かれても適切な行動がうまくできる予測、および確信」のことをいいます。社会的学習理論アプローチとして、カナダの心理学者アルバート・バンデューラが唱えたものです。 自己効力感が高い人 どんな逆境においても最後の最後まであきらめず勝利を狙うスポーツの世界では、ときどきそんな姿を見ることができます。 ピンチに強い人、チャンスに強い人、どちらも自己効力感の高い人です。自分は絶対にこのピンチを乗り越えられる、このチャンスをモノにできる! そんな人が率いるチームは、最後まであきらめなくなります。だから奇跡の大逆転が起こったりするのです。 自己効力感が低い人 一方、自己効力感が低い人はどうなるか。ものごとにうまく対処できる自信がないため失敗をイメージしてしまい、そのとおりになってしまう。 チャンスが来ても「どうせうまくいくはずがない」と勝手に失敗をイメージする。ピンチがくると「ほら、やっぱりここでやられてしまう」と、これまた失敗や負けをイメージしてしまう。 自己効力感は持って生まれたもの? みなさんはいかがでしょうか。どちらの面もあるのではないでしょうか。 先天的に自己効力感を高く持っている人もいます。根拠のない自信のある人もいます。こういう人がいちばん強い。何があっても「たぶん大丈夫」って人。本人もよくわからないけど「うまくいく感じがする」って人。 これは、ある種のメタ認知能力かもしれません。たとえば運動能力の高い人は、初めてチャレンジする種目でもそこそこ良い結果を出したりします。そんな人が、仕事でもいきなり結果を出したりします。それこそ天性ですね。 しかし、そうではない人もいます。でも安心してください。自己効力感は育てられるのです。 自己効力感を育てるには 自己効力感を高められない理由は大きく二つです。 一つは「自分の過去」です。いつまでも過去の失敗を忘れられない。また失敗するのではないかと恐れる。人間の体は不思議なもので、頭でイメージすると体もそのとおりに動くようにできているのだそうです。 子どものころ自転車に乗りはじめたときに、「コケる」と思ったら本当にコケたことはありませんか。スキーであっちのほうに行ってはいけないと思ったら、なぜかそっちへ行ってしまった経験はありませんか。それです。 もう一つは「他人との比較」。どうしても他人と比べてしまう自分がいます。自分がうまくいっているときでも「きっと他人はもっとうまくいくだろう」とか「私なんてあの人に比べたら」と勝手に考えて自滅してしまうなんてことがありませんか。 そんなときに思い出してほしい、心理学者エリック・バーンが言った有名な言葉があります。 「過去と他人は変えられない。変えられるのは未来と自分だけ」 きっとどこかで聞いたことがあるのではないでしょうか。 ではどうやって未来と自分を変えていけばよいのか。先ほど「人はイメージをすると体もそれに反応して動く」と言いました。それをプラスに活用するのです。成功をイメージすれば、体も成功するように動いていきます。 「それができれば苦労はない!」と思うかもしれません。次回は、その方法をもう少し深掘りしていきます。 松井貴彦・まついたかひこ ライフキャリアコンサルタントNPO法人いきいきライフ協会理事、一般社団法人看護職キャリア開発協会所属。1962年生まれ。同志社大学文学部心理学専攻卒(現心理学部)卒。出版社にて求人広告制作(コピーライター、ディレクター)、就職情報誌編集者、編集マネジャー。その後、医療・看護系出版社、関連会社の代表取締役など歴任。国家資格キャリアコンサルタント、GCDF-Japanキャリアカウンセラー(米国CCE, Inc.認定のキャリアカウンセラー資格)。自分史アドバイザー。YouTubeは「松井貴彦まっチャンネル」で検索。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇Albert Bandura.本明寛ほか翻訳.『激動社会の中の自己効力』東京,金子書房,1997,368p.〇安部朋子.『ギスギスした人間関係をまーるくする心理学:エリック・バーンのTA』大阪,西日本出版社,2008,228p.

コラム
2022年9月13日
2022年9月13日

管理者に求められる「対話力」とは

この連載は、訪問看護ステーションで活躍するみなさまに役立つコミュニケーションのテーマを中心にお届けします。第3回は、チーム運営に必要な対話力のお話です。 前回のおさらい 前回は「父性原理」と「母性原理」を生かしたマネジメントとコミュニケーションの話をしました。「父性原理」は「良い子だけがわが子」、母性原理は「わが子はすべて良い子」という対立した原理でしたね。みんなが心地良く働く職場には母性原理が働く風土が良いですが、ぬるま湯になる可能性もあり変化に対応できないかもしれません。現状を打破して建設的に打って出るには、父性原理を生かして外界と戦いに出るような風土が必要です。若手の育成には母性原理、組織の発展には父性原理が生かされるといわれます。 管理者には「対話力」が求められる 人にはそれぞれ得意なマネジメントがあります。新人や若手を育てるのが得意な人は、組織のボトムを支えていく人です。いっぽうで、最前線のリーダーに高い目標を与えるのが得意な人は、組織をぐいぐい引っ張っていく人です。あなたはどちらが得意でしょうか。 しかし、マネジメントの経験を積んでいくと、組織がどちらも必要とするタイミングが必ず来ます。そのときは自分が果たす役割に対して、もう一方の役割を果たしてくれる仲間(経営パートナーだったり、メンバーであったり)とバランスをとりながらチーム運営をしていく必要があります。そのために必要なのが「対話」です。したがって管理者には「対話力」が求められます。 対話とよく混同されるのが「会話」や「情報交換」です。対話が必要というと「はい、バッチリやってます!」と言う人がいるんですが、じつはなされているのは「会話」や「情報交換」だったりします。 対話のスキルが組織の未来を変える 「会話」は、それぞれの価値観は発信しても、そこからは立ち入りません。ランチタイムの「私は〇〇が好き」「へー、そうなんだ」のような感じです。これを重ねても行動の変化は生まれません。また、「情報交換」はその名のとおり情報を交換するだけで、価値観はフラットです。 これに対して「対話」は、あるテーマについてお互いの意見や考えかたを交換することです。これは必ずしも「合意する」「納得する」に至ることを指しません。意見は違ってもいいのです。「違うことを理解すること」が大事なのです。理解したうえで「聞き流す」こともアリです。対話で大切なのは相手と向き合うこと、相手の人格を尊重することです。 組織のなかにこのような対話の風土をつくれるかどうかは、管理者(マネジャー)のスキルしだいです。これはリーダーシップでもマネジメントスキルでもなく、「ファシリテーションスキル」です。組織のトップが対話の重要性を理解して、そのスキルを持っているかどうかで、その組織の成長、人材育成、そして組織の未来が変わるといっても過言ではありません。 対話力をつけるには時間がかかります。トップがいつも「右向け、右!」と号令を掛けていたほうが組織の意思決定が早いといえば早いです。しかし、それでは組織内での対話力は育たないし、その組織の未来はないでしょう。 対話力をつけるために気をつけることは ①自分の経験則だけが正しいと思わないこと。②人の考えかたはいろいろあると知ること。③相手を否定しないこと。「Aという意見の代わりにB」ではなく「Aという意見に加えてBも考えることはできないか」と考えてみること。否定をしてしまうと意見が出なくなります。④自分の意見も変える勇気をもつこと。いったん出した意見を変えたり取り下げたりすることは、ときに勇気がいります。 ときどき観客席から好き勝手なことを言って高みの見物ばかりをする人もいますが、対話をするには、自分が相手の土俵に降りて向き合う覚悟が必要です。 執筆松井貴彦・まついたかひこ ライフキャリアコンサルタントNPO法人いきいきライフ協会理事、一般社団法人看護職キャリア開発協会所属。1962年生まれ。同志社大学文学部心理学専攻卒(現心理学部)卒。出版社にて求人広告制作(コピーライター、ディレクター)、就職情報誌編集者、編集マネジャー。その後、医療・看護系出版社、関連会社の代表取締役など歴任。国家資格キャリアコンサルタント、GCDF-Japanキャリアカウンセラー(米国CCE, Inc.認定のキャリアカウンセラー資格)。自分史アドバイザー。YouTubeは「松井貴彦まっチャンネル」で検索。 記事編集:株式会社メディカ出版

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