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コラム
2022年9月27日
2022年9月27日

在宅医療はおもしろい! 〜全員主役の理想的なチーム医療〜

ALSを発症して7年、41歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。今回は在宅医療を支える、ドーナツ型のチーム医療のお話です。 医療現場のチームの形 一言で「医療現場」といっても、さまざまな医療現場があります。高度な医療を必要とする患者さんを診る大病院、地域の医療を支える中~小規模の病院、長期療養型の病院や、在宅医療など、それぞれで、求められる医療形態は異なります。 従来型の医療現場は、医師を頂点にした「ピラミッド型」によく例えられます。これは、医師が治療方針を決めて、看護師をはじめとした医療スタッフに指示を出して治療を進めていくものです。シンプルで、比較的少ない医療スタッフで多くの患者さんを診ることができ、効率的な方法です。一方で、他職種の意見や、何よりも患者本人からの細かい声が医療現場に届きにくいデメリットがあります。 最近では、疾患にもよりますが、患者さんの治療とともに、その後のリハビリテーションや社会復帰を共通のゴールとして、医師を中心に看護師や理学療法士・作業療法士・言語聴覚士などのリハビリスタッフ、薬剤師、社会福祉士など、多職種が協力・連携する「チーム医療」が主流になっています。 そんなチーム医療のなかでも、理想的な形が在宅医療だと私は思います。 在宅医療現場でも、もちろん医師が治療方針を決めるのですが、生活の基盤をつくるのはヘルパーさん・看護師さん・リハスタッフさんたちです。皆それぞれ自分にしかできない役割を果たしながら、強い横のつながりでチーム一丸となって私を支えてくれています。 私の家の場合 ~ドーナツ型の医療体制 医師は毎週往診に来て、薬剤の調整や、気管カニューレ・胃瘻カテーテル交換などの必要な医療処置を行い、一週間の経過や今後の注意点などを総括して、各訪問看護ステーションや訪問介護事業所に連絡してくれます。 看護師さんはそれをもとに、毎日の体調管理や人工呼吸器の管理などの医療的なケアから、筋肉や関節の拘縮予防のマッサージや入浴介助など、日々の生活に必要なさまざまなケアをしてくれます。 理学療法士さんはLICトレーナー(肺を膨らませた状態を維持して、肺や胸郭の柔軟性を保つ道具。後々紹介します。 ALS患者に必要な情報「実用編」 ~のど~ 参照)を用いた呼吸理学療法や、拘縮予防のストレッチ全般を行なってくれます。また、私の所に来てくれている理学療法士さんは作業療法士さんの役割も兼任してくれており、タブレットを操作するスイッチの調整など日常生活に必須な機械類の整備をしてくれます。 言語聴覚士さんは、私に合った食事方法を食材ごとに考え、食事介助をし、それらをまとめてレシピノートを作成して、ヘルパーさんに伝達してくれます。この連載第3回( 在宅療養開始 ~スーパー理学療法士(PT)現る!~ 参照)で最後の食事の話を書きましたが、その後気管切開+声門閉鎖手術を受け誤嚥のリスクがなくなり、再び食べることができるようになりました。ただ、舌はほとんど動かせず、飲み込む力もかなり弱いため、食事形態や食べ方には工夫が必要です(後々紹介します。「気管切開+誤嚥防止術」という考えかた!参照)。 薬剤師さんは、医師の処方箋をもとに薬剤を自宅まで届けてくれ、「お薬カレンダー」に朝・昼・夕・就寝前の薬剤をセットして日々の薬の管理をしてくれます。 そしてヘルパーさんは、口腔内・気管内の吸引や、カフアシスト(強制的に咳を出す機械。後々紹介します。ALS患者に必要な情報「実用編」 ~のど~ 参照)を使った排痰ケアや、食事介助や口腔ケア、入浴介助、細かい体位変換や、天井走行リフトを使ってトイレや車いすに移乗したりと、日常生活のほとんどすべてをサポートしてくれます。また2人介助で毎週外出もしています。 皆さんとても思いやりのある細やかなケアをしてくれます。 このように、それぞれの職種の人たちがお互いに情報を共有しながら、多面的に私を支えてくれています。これはまさに、患者を中心とした「ドーナツ型」の医療体制であり、理想的なチーム医療の型だと思います。 わが家のクリスマス会 コロナの第5波が落ち着いて、東京都の感染者数が二桁になった2021年12月上旬に、感染対策もしっかり行ないながら、わが家でクリスマス会を開催しました。 主治医はもちろん、看護師・理学療法士・言語聴覚士・ヘルパーさんなど多職種の人たちが集まってくれました。私も言語聴覚士さんに介助してもらいながら、皆さんが持ち寄ってくれたおいしいお酒や食事を味わいながら談笑したり、その横で、22歳の若いヘルパーさんと主治医が将来の在宅医療や介護士不足の問題について熱く語り合っていたりと、とても楽しくて居心地の良い時間でした。 ただの食事会ですが、そこには何の上下関係もなく、皆が横の絆でつながっている、理想的なチーム医療の縮図を見たような気がしました。 コラム執筆者:医師 梶浦智嗣記事編集:株式会社メディカ出版

コラム
2022年8月30日
2022年8月30日

ALS患者に必要な情報「実用編」 ~上肢②コミュニケーションツール~

ALSを発症して7年、41歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。今回は実用編の第2弾。梶浦さんが実際に使用した道具や工夫を紹介します。ALSはもちろん、ほかの疾患などの方たちの生活にも参考にしてください。 指が動かなくても操作できます! 上肢の障害が進行していちばん困るのは、指先の細かい動きができなくなり、パソコンやスマートフォン、iPadなどのタブレットの操作ができなくなることではないでしょうか(患者さんの年齢にもよると思いますが)。ALS患者にとって、パソコンやスマートフォン・タブレットは、外部とのつながりを保つための必要不可欠なツールなのです。私はこれで仕事やメール・LINEなどあらゆることをやっていたので、指が動かなくなってきたときは、かなり途方に暮れました……。 しかし、ご安心ください! 指が動かなくなったって、パソコンやiPhone/iPadを操作することができます。 視線入力装置 まずパソコンです。指でキーボードやマウスを操作できなくなったら、視線入力装置を使って、目の動きでパソコンを操作することができます。視線入力装置は、ふだん使っているパソコンに後付けできます。 選択したいアイコンなどに視線を合わせて、そのまま見つめつづけるなどで操作が可能です。設定により操作方法はいろいろと可能です。個人で設定するのは難しいと思いますので、作業療法士(OT)さんなどに相談してみるとよいかと思います。 視線入力装置は、ALS患者さんの間では昔から普及しています。いくつか種類があり、助成金が出る場合もありますので、その点も含めて相談してみるとよいかと思います。 目を使わなくても操作できる 私は、大学で講義をするときは、視線入力装置を用いてパソコンのプレゼンソフトを操作してスライドを作っています。 ただ視線入力装置は画面をずっと見つづけないといけないので、長時間作業していると目が疲れてしまいます。 なので、ふだんは、歯のわずかな噛む力を使ってタブレットを操作しています(歯でどうやって操作しているかは、後で具体的にご紹介します)。これなら視線は自由に動かせるので、目の疲労が少ないですし、テレビを見ながら仕事やメールができ、視線を用いた会話(エアーフリック式文字盤)も自由にできます。 タブレットなどを外部スイッチで操作できる機能 最近は、障がい者でもタブレットなどを操作できる機能が備わっています。たとえばiPadだと、2013年のiOSバージョン7以降、設定によって、画面を触らなくてもさまざまな操作ができます。 自分がよく使う動作を中心にカスタマイズできますので、OSのサポートから調べてみてください。 私が使っている外部スイッチ 外部スイッチでとてもおすすめなのが、「ピエゾニューマティックセンサースイッチ PPSスイッチ」です。これは、ALSをはじめとする難病患者のことを考えて設計された入力装置(スイッチ)で、使用者の状態に合わせて、圧電素子(ピエゾ)と空圧(ニューマティック)の二種類のセンサーを選択できます。 圧電素子(ピエゾ)センサー ひずみ・・・やゆがみ・・・を感知して、信号を出力するセンサーです。ごくわずかな筋運動でもスイッチを押すことができます。 直径17mmのセンサー部を、体のどこでもよいので、まだ自分の意思で少しでも動かせる部位に医療用テープで貼り付けて使用します。指の関節部分や、おでこに貼り付けて使っている人が比較的多い気がします。私は左足の第二指が最後まで自分の意思で動かせたので、ここにセンサーを貼り付けて使っていました。 空圧(ニューマティック)センサー センサー部のエアバッグを触れることで反応するセンサーです。わずかな力で操作可能です。空気を少しでも動かせるものであれば、付属のエアバッグ以外で代用することもできます。 私は、手の指がわずかに動かせる間は、百円ショップで売っているおもちゃのゴム風船や、ゼリー飲料の空き容器に空気を入れて、エアバッグの代わりにセンサーの先に付けて使っていました。 空圧センサーを使って歯で操作する 気管切開をしてからは、マスク式の人工呼吸器が外れたため、口が自由に動かせるようになりました。そこで、吸引カテーテルの先端をハサミで切り、アイロンで穴を塞いで、空圧センサーに接続し、それを歯で噛んでセンサーとして使っています。 私はさらに、このカテーテルに低圧持続吸引装置注1のカテーテルも結び付けて、唾液を吸引しながらiPadを操作しています。 注1 口腔内の唾液を低圧で持続吸引する装置。私が使っているのはシースターのコンセント式設置型低圧持続吸ポンプです。 この方法は一石二鳥で、かなりおすすめです。ただ長期間同じ場所で噛んでいると歯列が乱れてくることがありますので、マウスピースを装着したり、噛む歯を変えながら使用することをおすすめします。マウスピースは、訪問歯科の先生が、在宅で歯型を取り、作ってくれます。余談ですが、むせ込んだときに歯を食いしばってしまう方にも、舌を噛まないようにマウスピースを装着することをおすすめします。 ※編集部注記事内容は執筆者個人の見解・経験です。PPSスイッチのチューブを噛んで操作することは個人の能力に依存し、メーカーが推奨する使用方法ではありません。 コラム執筆者:医師 梶浦智嗣記事編集:株式会社メディカ出版記事協力:パシフィックサプライ株式会社     シースター株式会社

コラム
2022年7月26日
2022年7月26日

ALS患者に必要な情報「実用編」 ~上肢①〜

ALSを発症して7年、41歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。今回は、梶浦さんが使ってみてよかった道具や工夫を紹介する、実用編です。ALSはもちろん、ほかの疾患などの方たちの生活にも参考にしてください。 「実用編」でお伝えしたいこと ALS患者が自分らしく生き抜いていくのに、最も必要なものは「情報」です。 徐々に動かなくなる体に対応させて、できることをいかに維持していくかが課題になっていきます。そのためにはさまざまな工夫や道具が必要です。その情報を得るため、多くの人はインターネットで調べることになるのですが、ここに大きな落とし穴があります。 前回のこの連載で書きましたが、ALS患者はたくさんの苦悩を乗り越えながら何年もかけて自分の病気を受け入れていくことになります。 インターネットで調べたら、自分が欲しい情報だけ入ってくるわけではありません。溢れ返るnegativeな情報のなかから、自分が欲しい情報を探し出さないといけません。それは、病気をまだ受容できていない段階の患者にとっては、とてもつらく苦しい作業です。知る必要のない情報や、知るにはまだ早すぎる情報は、ときにはpositiveに生きていこうという気持ちも折りかねません。 私も、最初のころはインターネットを使って、役に立ちそうな情報を探し回っていましたが、欲しい情報にたどり着く前に心が折れて、何度も挫折して、そのうち探さなくなった経験があります。この連載では、そんなnegativeな情報をそぎ落として、positiveで有益な情報のみを伝えたいという思いで書いてきました。 そんななかで、私自身が今まで工夫してきたアイデアや、使ってきてよかった物を「実用編」として、具体的にご紹介していきたいと思います。 ALSと道具とのつきあい ALSは、徐々に全身の筋肉を動かせなくなっていく進行性の神経難病です。初発症状は上肢(40%)や下肢(33%)やのど(25%)にあらわれやすく、文字が書きにくい、箸が持ちにくい、歩きにくい、つまづきやすくなった、声が出しづらい、飲み込みにくくなった、などの症状から始まります1)。その後は、徐々に全身の筋力が同時多発的に低下していきます。 徐々に症状が進んでいき、月単位でできないことが増えていく時期を「進行期」と考えます。症状が進行して体を動かすことができず、人工呼吸器を装着して、基本的にはベッド上で生活する時期を「維持期」と考えます。 特に「進行期」では、いかに工夫して、それまでできていたことを維持していくかが大切になっていきます。介護保険を使い、いろいろな福祉用具のレンタルや購入ができるのですが、それらの多くは病院で作業療法士(OT)さんや理学療法士(PT)さんが紹介してくれます。この連載では、そんな一般的な福祉用具も紹介しつつ、多くの人が教えてもらわないであろう工夫や道具を中心にご紹介したいと思います。 また進行期は、個人差はあるものの、一般的には症状の進行が速く、高価な福祉用具を購入したのに数か月しか使えなかった……なんてこともしばしばあります。「実用編」では、長く使えそうなものや、安価で購入できるものを中心に、初発症状の頻度の高い上肢→下肢→のど、の順番に、お役立ち情報をまとめていきます。 ALSに限らず、他の神経難病や脳卒中の後遺症、脊髄損傷の方など、さまざまな方たちにも応用できる内容も多いと思いますので、参考にしてみてください。 指先の筋力が低下しても使える箸 私も含めて、初発症状が片側上肢の遠位側(指先)の筋力低下から始まり、頭側(腕〜肩にかけて)の筋力低下を徐々に自覚するようになる方が比較的多くいます。遠位側の筋力低下で初めに困るのは、指先の細かい動きができず、箸などが持ちづらいことです。福祉用具で、トングのようにお尻の部分がつながっている箸などがあるので、参考にしてください。 腕を上げにくくなったときの工夫 症状が進行すると、腕を上げて食事を口まで持っていくことが大変になっていきます。そうなってくると食卓の上に台を置いて、その上に食事を乗せて、口と食事までの距離を近くすることで食べやすくなります。 また、肘を食卓に乗せることでも、腕の重さが軽くなります。腕を支えてくれる、momoという福祉用具もあるため参考にしてください。ただ、ALSの進行具合によっては、数か月程度しか使えないこともありますので、注意が必要です。 ポケットで腕の重さを支える このころには、歩行時に腕の重さを支えるのがつらくなってくるのですが、このことを病院で相談したら、骨折した時によく使う、腕を支える三角巾のようなものを紹介されました。ただこの時期のALS患者の多くは、とうていまだ自分がALSであることを受容できていません。多くの人は、自分が病気であることを周囲から隠そうとします。三角巾のような目立つものを着ける気にはなれないのが正直なところだと思います。 なので、私はポケットが中央でつながっている服やポケットが深い上着を着て、ポケットの中に手を入れて腕を支えていました。 座った状態で腕を支える この段階で、とても役に立ったのがニトリのこのビーズクッションです。 これは、座った状態で腕が上げづらく、スマートフォンが使いにくかったので購入したのですが、座って膝の上に置いたときのクッションの角度が絶妙で、腕を乗せて安楽な姿勢をとりながらスマートフォンを操作できるので、かなり便利でした。 まったく腕が上がらなくなりスマートフォンを持てなくなっても、クッションの上に百円ショップなどで売っている滑り止めシートを貼って、その上にスマートフォンやタブレットを置いて使えます。 ちなみに私は、いろいろな素材の同じものを5個も買ってしまいました。クッションの中のビーズを出し入れできるので、別売りの補充用ビーズでボリュームを調整できます。ぜひ参考にしてみてください。 コラム執筆者:医師 梶浦智嗣記事編集:株式会社メディカ出版記事協力:有限会社ウインド     テクノツール株式会社     株式会社ニトリホールディングス 【参考】1)日本ALS協会.初期症状と診断.https://alsjapan.org/care-early_symptom/

コラム
2022年6月28日
2022年6月28日

難病患者の病気を受容するプロセス 〜希望を持つことの大切さ〜

ALSを発症して7年、41歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。今回は、キューブラー=ロスの「死の受容過程」を梶浦さんが考察します。 E・キューブラー=ロスの『死ぬ瞬間』 ALSのような治療法のない難病を告知された患者は、それを受け入れるまでには相当な覚悟と時間が必要です。 アメリカの精神科医であるエリザベス・キューブラー=ロスは、200人以上の末期患者の心理状態の変化を、5段階で表現した著書『死ぬ瞬間』を1969年に発表しました。 これは、医師が初めて、医学がおよばない「死」という領域を科学的にとらえようとした画期的な本です。もう50年以上前のものであり、そこからさまざまな考えかたが波及しましたが、今でもサナトロジー(死生学)の基本的なテキストとして世界的に広く普及しています。 私も学生時代に授業で学んだことを思い出し、今回は、本書でキューブラー=ロスが示した「死の受容過程」1)を考察してみたいと思います。 ALS患者の受容過程と私の場合 キューブラー=ロスは、末期患者が病気を告知されてからの心理状態の変化を1 否認と孤立2 怒り3 取り引き4 抑うつ5 受容──の5段階で示しています。 このような心理状態の変化は、末期患者にしか当てはまらないのではありません。ALSのような難病患者や、自分の力ではどうしようもない困難に直面した人たちにも、広く当てはまります。 私は、これをALS患者に当てはめて、実際に私が経験した心理状態の変化と比較してみました。 第1段階「否認と孤立」 自分がALSであるという事実に衝撃を受け、それを頭では理解しようとするが、感情的にその事実を否認(逃避)している段階。「何かの間違いだ」というような反論をするものの、それが否定しきれない事実であることは知っている。周囲の人たちも自分をALS患者として見るため、そうした周囲から避けるように距離をとり、孤立するようになっていく。 私の場合もまさしくそうでした。この連載の第2回で書きましたが、なぜこんなことになってしまったのか? 何かの間違いではないか? と、自問自答を繰り返す日々が続きました。そして、自分はALS患者であり、これから先は周りの友人や同僚たちとはまったく違う人生を送っていかないといけないのか……。そう思うと、それまでどおりに笑って話すことができず、自然と周りの人たちと距離をとるようになっていきました。 第2段階「怒り」 自分がALS患者であるという事実は認識できた。しかし、どうして悪いことをしていない自分がこんなことにならないといけないのか?というような漠然とした怒りや、憤りにとらわれる段階。イライラが抑えられず、周囲の人に怒りを発散してしまう。 第3段階「取り引き」 信仰心がなくても、神や仏にすがり、どうにかしてほしいと願う段階。これまでの行為を改めるから嘘であってほしいといった「取り引き」をしようとする感情。 第4段階「抑うつ」 徐々に進行していく症状に直面して「死」を意識するようになり、悲観と絶望に打ちひしがれ、憂うつな気分になる段階。 私の場合は、この第2~4段階の感情は特にありませんでした。医師という仕事柄、「病気」とは非常に身近にあるものであり、誰にもいつでも起こりうるものという感覚がありました。また、ALSとはどういう病気であるかを詳しく調べることができ、「ともに生きていく」選択肢があることを理解できたことも要因だと思います。もし私が医師でなかったら、このような感情がわいてきたのかもしれません。 第5段階「受容」 これまでは、自分がALS患者であることを拒絶し、何とか回避しようとしていたが、進行していく症状にあらがえず、自分がALS患者であることを受け入れる段階。 遅かれ早かれ、この「受容」の段階に至ります。時間をかけて少しずつ受け入れていくことになるのですが、私は完全に受け入れるには5年近くかかりました。 ここで私が特に強調したいのは、キューブラー=ロスは これらのすべての段階を通してずっと存在しつづけるのは『希望』である。 と書いていることです。 現実を冷静に受け入れている人でも、新薬や新たな治療法が開発されるかもしれないということにわずかな希望を持ち、それを糧に気力を保っている人も多いでしょう。 たとえその希望が非現実的なものであっても、患者は、希望を与えてくれる医師や看護師を最も信頼するものである。 私もそうでした。診断されて間もないころは、まだ治験段階の薬を自費で購入し、わずな希望にすがり、それを肯定してくれる医師を信頼しました。 ALSと診断されて、それを受け入れられないでいる患者さんへ この病気を簡単に受け入れられる人なんて一人もいません。 孤独になったっていい。怒ったっていい。何かにすがりついたっていい。落ち込んでも、ふさぎ込んでもいい。それがふつうの感覚なんだから、そんな自分を肯定してほしい。この病気を受け入れるには、長い時間がかかるのだから、あまり先のことは考えすぎず、目の前の症状と少しずつ向き合っていけばいい。 そして、どんな病気にも希望はあることを忘れないでほしい。 そして、ALS患者さんを支える人たちには、患者さんのこのような感情を理解し、共感し、希望を持って寄り添ってほしいと思います。 私の二つの希望 ちなみに、私の今の希望(野望?)は、筋肉を使わずに正確にスイッチを押せるようにならないかな?ということです。 ALS患者の課題の一つは、「残存している筋力をいかに効率よく使い、パソコンやiPadなどのツールを操作できるか?」ということです。しかし発想を変えて、そもそも筋力以外で操作できれば、この問題は解決できるのではないでしょうか。たとえば、脳波を使ってスイッチを押すことができれば、筋力がいくら落ちても、コミュニケーションはとれるはずです。 今はまだ開発・発展段階ですが、今のtechnologyがあれは、きっと脳波でスイッチを押してiPadを操作できる日が来るはずです! お詳しい方がおられましたら、こちらまでご連絡ください。 そして、もう一つは、この連載を読んでくださっているALS患者さんに、少しでも「生きる希望」を提供できますように。 コラム執筆者:医師 梶浦智嗣 記事編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)E・キューブラー=ロス,鈴木晶訳.『死ぬ瞬間:死とその過程について』東京,中央公論新社,2001,468p.

コラム
2022年5月31日
2022年5月31日

文字盤を使わない文字盤!? 〜エアーフリック式文字盤〜

ALSを発症して7年、41歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。今回は、梶浦さんのコミュニケーション方法をご紹介します。 文字盤でのコミュニケーション 今回は私の使っている、珍しいコミュニケーション方法をお伝えしたいと思います。 皆さんは、声が出せない人のコミュニケーション方法といえば、まず手話を思い浮かべるのではないでしょうか。では、声も出せず、手も動かすことができない人は、どうやってコミュニケーションをとると思いますか? 多くの人は、文字盤という、透明なアクリル板に「あいうえお表」が書かれたものを使ってコミュニケーションをとります。 これは、アクリル板ごしに、会話する相手と文字の上で目を合わせて、伝えたい文字を決定する方法であり、昔から広く使われています。ただ、「あいうえお表」をすべて一枚のアクリル板に書いているので、一文字が小さく、目を合わせにくいという欠点があります。 フリック入力方式の文字盤 スマートフォンが普及してフリック式の文字入力方法が出てきてからは、文字盤でも応用されるようになってきました。 「あかさたな……」の行が、文字盤に大きく書いてあります。まず、行に視線を合わせてどの行かを決めてから、視線を上下左右に動かして、行のなかのどの文字かを決定する方法です。 この方法のほうが、従来の「あいうえお表」の文字盤よりも、目を合わせやすくなりました。ですが、そもそも文字盤自体がないとコミュニケーションがとれない点は変わりません。 文字盤を使わない文字盤 そこでさらに応用されたのが「エアーフリック式文字盤」です(これは私が考えたのではなく、私がお世話になっている理学療法士さんに聞いた方法を、私なりに解釈した方法です。なのでオリジナルとは少し違うかもしれません)。 この文字盤の最大の特徴は、「や行」と「わ行」を合体させることで、「あかさたな……」の行を9マスに収めている点です。9マスに収めることで、文字盤がなくても空中にこのエアーフリック式文字盤があると仮定して、上下左右斜め方向に視線を動かすだけで文字を表現することができます。 私はこの文字盤を暗記しているので何も見ません。介助者は、文字の配置を覚えるまでは、介助者用の文字盤を確認しながら私の視線を読み取ります。介助者も覚えてしまえば、何も使わずにスムーズに会話ができます。 エアーフリック式文字盤を用いた私のコミュニケーション方法 まず大前提として、「YES」は軽いまばたき2回(たまに1回になってしまいます)、「NO」は目をギュッとつぶります。 1.目を合わせたら、会話を開始する合図です。 2.一回目の視線の動きで、行を示します。(1)一回目で、「あ」〜「ら」の行がある、上下左右斜め方向に視線を動かします(真ん中にある「な」行の場合は、正面を見てまばたきを1回します)。 介助者は、どの行かを読み取ってください。「な行」は、正面を見てまばたきを1回するだけですので、わかりにくいので意識しながら読んでください。 (2)どの行かを読み取ったら、「あ行」「か行」など声に出して伝えてください。合っていれば、3に進みます。間違っていたら目をギュッとつぶるので、やりなおしてください。 3.ニ回目の視線の動きで、行の中のどの字かを示します。視線を上下左右に動かしてそれぞれの「行」の文字の方向を注視します。真ん中の文字は、正面を見てまばたき1回です。 このように、一文字を表現するのに、視線を2回動かします。 慣れないうちは、「あ行のい」「さ行のす」など2段階で読んでいってください。慣れてくれば目を2回連続で動かすことで1段階で一文字を表現することができます。 「を」の文字はないので、「お」で代用します。小さい文字や濁音は、2回まばたきをします(「つ」の文字でまばたきを2回したときは、「っ」になります。「づ」は「ず」で代用します)。半濁音(「ぱ・ぴ・ぷ・ぺ・ぽ」)は、まばたきを3回します。 以上が私のコミュニケーション方法になります。 何も使わないで会話ができるメリット このコミュニケーション方法の最大のメリットは、何も使わずにどこでも会話ができることです。何も必要ないので自然に会話することができますし、慣れてくればかなり速く会話することができます。 介助者も文字盤を持つ必要がないので、たとえば食事介助や入浴介助をしているときなど、介助者の手がふさがっていても会話ができます。口腔内吸引のときも、「奥」「右」など、吸引してもらいながら、どこを吸引してほしいかを伝えることができます。 また長い文章を話すときも、両手が空いているため、介助者が、紙とペンを持って書きとめることができます。私は長い文章を話すときは「メモ」と言って合図します。 文字盤を覚えていたほうが、このコミュニケーション方法の良さを最大限発揮できますが、覚えていなくても、通常の透明文字盤としても、シンプルでとても使いやすい方法です。覚えるまではお互いに文字盤を見ながら、ゆっくりとやればよいと思います。 コラム執筆者:医師 梶浦智嗣記事編集:株式会社メディカ出版

コラム
2022年4月26日
2022年4月26日

人は一人では生きられない 〜妻との話〜

ALSを発症して7年、41歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。今回は、病気になる前からの、いちばんの理解者とのお話。 positiveに生きられるのも周りのおかげ 人は一人では生きられない。当たり前の話です。誰しもがそうなのですが、ALS患者である私は特にそうです。誰かの助けがないと一日たりとも生きられません。日々、家族やヘルパーさんや医師、看護師、PT、ST、薬剤師さんなど、さまざまな人が助けてくれるおかげで、こんなにも楽しく生活することができています。私を支えてくれるすべての人に、心から感謝しています。 特に妻にはどれだけ感謝してもしきれません。 私自身がいくらpositiveに生きようとしても、周りの人がそれを応援して支えてくれないかぎり不可能です。妻は、私が病気になってからの6年間、いやもっと前から、ずっと私のいちばんの理解者であり、ずっと側で支えつづけてくれています。 朝からサーフィンをしてバスケをして 私と妻は大学の同級生です。大学生のころからの付き合いで、研修医の時に結婚したので、かれこれもう20年近い付き合いになります。私は昔から無茶をする性格で、妻にはさんざん迷惑をかけてきました。 大学生の時、私はバスケ部の主将をしており、毎日バスケばかりしながら、台風が近づいてくるとサーフィンに出かけるという生活を送っていました。医師になってもその生活はあまり変わりませんでした。仕事が早く終わったら(まぁ早く終わる日はほとんどないのですが……)バスケのクラブチームの練習に出かけ、波がいい日は朝5時からサーフィンをして職場に行きました。 30歳のある休日、朝からサーフィンをして、そのままバスケのクラブチームで試合を2試合するという、いつもどおりの無茶をしていたら、左のアキレス腱が切れました。 整形外科の友人と一緒のチームだったので、一瞬で診断がついて、そのまま翌日手術をする予定になりました。怒られるかな〜と思いつつ、そのことを妻に伝えると「大丈夫!? 迎えに行くね」と言って、いっさい怒らずに看病してくれました。 こりない私は、手術が終わったらすぐにリハビリをして、バスケとサーフィンを再開しました。 また……(笑) 33歳のある日、仕事終わりにバスケをしていたら、今度は右のアキレス腱を切りました。また整形外科の友達たちと一緒にいたので、一瞬で診断がついて、そのまま翌日手術をする予定になりました(笑)。 今度こそ絶対怒られるな〜と思いながら、妻に電話すると「また切ったの!?」と呆れられながら、「じゃあ私が麻酔してあげるよ」と言って翌日妻が麻酔をかけてくれました(妻は麻酔科医です)。 そんな感じでいつも、私がやらかしてしまっても、起きてしまったことはしょうがないと考えて、すぐに一緒に前を向いてくれます。 いいよ。一緒に行こう 34歳でALSと診断されたときもそうでした。お互い激しく動揺しましたが、どうすればいいのかをともに考えて、全力でサポートしてくれました。 ALSと診断されて間もないころ、神経内科の先生に「寒いと症状が強く出るので、暖かくしてください」と言われました。いろいろ考えた末、海と自然が大好きで都会が嫌いな私は「せめて仕事ができる間は、暖かい奄美大島に移住する!!」と本気で言いはじめました。 反対されるかと思ったら、妻はあっさりと「あなたが行きたいならいいよ。一緒に行こう」と言ってくれました。 すぐに家族三人で奄美大島に行き、勤務先の病院と面接して働くことを決めました。 そのまま不動産屋に行き、家も決めて、息子の幼稚園まで決めて移住する準備が整った時に、「医局に戻って来てくれ」と大学の教授から連絡がありました。奄美大島の病院の院長にも教授から連絡があったらしく、泣く泣く移住を諦めて医局に戻りました。今思うと、医局に戻って同僚たちがサポートしてくれたおかげで、限界まで診療を続けることができたのですから、医局に戻ってよかったなと思います。 私は何ができるのか そんな、いつでもサポートしつづけてくれる妻に対して、私は何ができるのか? どうしたら妻を幸せにできるのか? 病気になる前は、そんなことは考えていませんでした。ただ当たり前に一生懸命仕事をして、一緒に子育てをして、お互い支えあって生きていくだけでした。 いろいろ考えました。考え抜いた結果は、今までとあまり変わりませんでした。 今の自分にできる仕事を一生懸命して、息子にはそんな父親の姿を見せることで、父親の役目を少しでも果たせるのではないかと思いました。 頼まない努力 妻とはどんな状態になっても、「介護する人→される人」の関係にはなりたくありません。あくまでも、日常のささいなことを話したり、一緒に音楽を聴いたり、テレビを見たり、子供の成長を二人で話し合いながら見守っていく「夫婦」の関係でいたいと思っています。 妻は、頼んだらいろいろやってくれます。しかし、頼むことが多くなるほど「夫婦」の時間が短くなっていき、妻の負担が増えていきます。だから私にできる誠意は「頼まない努力」をすることなのだと思います。 ヘルパーさんのいる時間帯に、体位変換や排泄や入浴や口腔ケアなど、日常で必要な動作はすべて終わらせて、妻しかいない時間帯は、ムセたときの吸引などの必要最低限の処置のみお願いするように心掛けています。 それでも間違いなく妻には大きな負担をかけてしまっていますが、それが私なりの、妻とうまくやっていく方法ではないかと思っています。 コラム執筆者:医師 梶浦智嗣 記事編集:株式会社メディカ出版

コラム
2022年3月29日
2022年3月29日

父親の背中

ALSを発症して6年、40歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。今回は、梶浦さんの「いちばんの治療薬」のお話。 将来はお医者さんになる 私の家には、私が講義をしている大学の看護学部の学生たちが、何人もヘルパーとして働きに来ています。その学生たちに、なぜ看護師になろうと思ったのか聞いてみたら、「キッザニアの職業体験で興味を持ったから」「助産師になりたかったから」「災害看護に興味があったから」などさまざまな意見がありました。いちばん多かったのは、「親が看護師や医師などの医療職だったので、その影響を受けた」というものでした。 実は私も、父親が医師(外科医)です。祖父も医師で叔父たちも医師という、医師家系で育ちました。周りに医師以外の職業がいなかったので、物心ついたころから、自分も将来医師になるんだろうと思っていました。 今でも覚えていますが、小学校受験のときのことです。 面接官に「将来何になりたいですか?」と聞かれ、「お医者さんになりたいです」。「なぜお医者さんになりたいんですか?」と聞かれて、「お腹を切りたいからです」と答えました。その小学校には落ちたらしい……(笑)。 カッコよかった父親の姿 そんな感じで、何となく、幼稚園児のころから医師という職業に興味を持っていましたが、小学校低学年でそれが確信に変わりました。 小学校1年生のある日、それまで元気いっぱいだったのに、急に血尿を出して倒れました。急いで父親の勤務先の病院に行って検査すると急性糸球体腎炎という病気で、そのまま一か月間入院しました。 そこで初めて父親の白衣姿を見ました。 ふだん家では、お酒を飲みながらテレビを見てぐーたらしている父親が、いろいろな人に「先生」と呼ばれて慕われていました。その姿が、とてもカッコ良く、誇らしかった。 そのときに、自分も将来お医者さんになろうと強く思いました。 「いいなあ、パパは」 自分にも息子ができて一人の父親になりました。私は息子が2歳のときにALSになったので、息子は病気になってからの私しか覚えていません。 もし病気になっていなかったら、たくさん一緒に遊んで、休みの日はサーフィンやバスケ(私は小学校から大学までずっとバスケ部だったので)を教えたり、勉強を教えたり、とにかく大好きな息子と一緒にいろいろなことをしたかった。そしてバリバリ働く父親の背中を見せてあげたかった。 今の息子には父親はどう映っているのだろうか。そんなことを何となく考えていたある日、息子にこんなことを言われました。 「いいなぁパパは、毎日寝ながらテレビを見てて楽しそうで。宿題もないしさー」 息子には寝ながらテレビを見ている父親として映っているのか!?と思いつつ、楽しそうに映ってくれているのであればいいかと思い、少し安堵しました。 いちばんの治療薬だ 息子も今では8歳になります。 息子には「パパはALSっていう、全身の筋肉がだんだん動かせなくなっていく病気なんだよ」と、小さいころから、病名や症状を包み隠さず伝えています。そのため、息子も幼いながら私の病気を何となく理解してくれています。そして、毎年七夕やお正月などの行事のたびに「パパの病気が早く治りますように」とお願いごとをしてくれます。 そんな息子の気持ちに後押しされて、「どんな状態になっても今できることを最大限頑張ろう。そしていつまでも息子にとって尊敬できるカッコいい父親でいたい」という前向きな気持ちになれます。どんな治療薬よりも、息子の存在がいちばんの治療薬だ! 息子よ、いつもありがとう!! 宇宙一のお医者さん そんな息子が最近、「将来は宇宙一のお医者さんになる!」と言いはじめました。 宇宙に医師はいるのか!?と心の中でツッコミつつ、スケールの大きい夢をキラキラした目で語ってくれる息子を微笑ましく見ていました。 私の家は医師家系ですが、親に「医師になりなさい」と言われたことは一度もありません。私も息子には好きな仕事についてほしいと思っています。 ただ、ベッドにへばり付いているこんな父親の背中が、少しでも息子に影響を与えられているのであれば、素直に嬉しいなぁと思うのです。 コラム執筆者:医師 梶浦智嗣 記事編集:株式会社メディカ出版

コラム
2022年2月22日
2022年2月22日

ALSの治療法について 〜栄養療法がとても大切!〜

ALSを発症して6年、40歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。ALSでは薬物療法と並んで栄養療法がとても大切です。 日本で承認されているALS治療薬 現在日本では、ALSにはリルゾールとエダラボンの二つが、治療薬として認可されています。 リルゾールは、神経伝達物質であるグルタミン酸の過剰興奮による、運動ニューロン(骨格筋を支配する神経細胞)の変性を抑える作用があるといわれるものです。人工呼吸器装着までの期間を3か月程度遅らせる効果があるとされていますが、生活の質(QOL)の低下速度を緩やかにする効果については言及されていません。 一方エダラボンは、もともと2001年に脳梗塞急性期治療薬として承認された薬剤です。細胞が傷害される原因の一つであるフリーラジカル(活性酸素)を取り除き、細胞を保護する作用を有することから、ALSに有効ではないかと考えられ、2015年に世界に先立って初めて日本で認可された薬剤です(アメリカでも2017年に認可されています)。 QOLの低下速度を緩やかにする効果があるとされていますが、人工呼吸器装着までの期間を遅らせる効果については言及されていません。 残念ながらどちらも満足した治療効果が期待できるとはいえないものの、ある程度の治療効果は認められており、発症早期から開始するほうがよいです。何よりも、前向きに治療をしている姿勢が、病気とともに生きていくうえで精神衛生上とても良い方向に働くと考えます。 私も発症早期から、どちらも積極的に開始しています。 体重を落とさないことが予後を良くするといわれている! これらの薬物療法に加えて、ALSでは栄養療法がとても重要と考えられています。 ALS患者さんでは、しばしば病初期から著しく体重減少を起こすことがあります。 原因としては、ALS特有の病初期〜中期(人工呼吸器を装着するまで)にかけての異常な代謝の亢進、病気の進行に伴う全身の筋肉量の減少、嚥下機能の低下に伴う食事摂取量の減少、呼吸機能の低下に伴う努力性呼吸(自然に呼吸ができないため、一所懸命に呼吸をすること)によるエネルギー消費量の増加、などが考えられますが、はっきりとしたことはわかっていません。 ただ、もともと体重の軽い人や、病初期からの体重減少のスピードが速い人は、病気の進行速度も速いというデータも出ており1)、体重減少を抑えることが重要であると考えられています。 また、最近の見解では、「ALSを発症した当初から体重を落とした群と、体重を落とさなかった群を比較すると、体重を落とさなかった群のほうが、人工呼吸器を装着するまでの期間が長く、QOLが低下する速度も緩やかである」2、3)という結果が出ており、食事と併せた高カロリー療法が、進行を遅らせる効果があるとされています。 効率的にカロリーをとる工夫 一般的に、カロリーを多くとることは、肥満や糖尿病や高脂血症などの原因としてマイナスなイメージがありますが、ALS患者さんではそんなことを言っている場合ではないと思います。すでに合併症のある方は注意が必要ですが、カロリーを多くとることを最優先に考えてもよいのではないでしょうか。 またALSは全身の筋力が落ちていく病気のため、筋肉の原料であるタンパク質を多くとろうと思われる人もいらっしゃいますが、ALS患者さんに必要なのはあくまでも体重を落とさないためのカロリーですので、タンパク質にこだわらず、糖質や脂質などもしっかりとることをおすすめします。 タンパク質と糖質は4kcal/g、脂質は8kcal/gですので、食事量を多くとるのが大変な人は、脂質を多く摂取したほうが効率よくカロリーがとれるのでおすすめです。 冷や奴に揚げ玉を追加したり、味噌汁にごま油を垂らしたり、ヨーグルトにオリーブオイルを混ぜたりと、方法は何でもよいかと思います。皆さんが食べやすい方法を試してみてください。 体重を減らさないために ちなみに、私は2015年に34歳という若さでALSを発症しました。まだまだ食欲もあり、一日でも長く「生きたい」「愛する家族と一緒にいたい」と強く思っていました。 なので、発症当初から、とにかく体重を減らさないように気をつけて食事をとるように意識し、いろいろなものを大盛りで食べていたら、結果的に半年間で体重が10kgも増えました。 体重を増やしたほうがよいのかについては、今のところ明確なエビデンスは出ていませんので、まずは体重を落とさないことを意識してみてください。 早めの胃瘻造設がおすすめ 栄養療法は、薬剤による治療ではないため見落とされがちですが、とても重要です! 経口摂取ができるうちは、体重を落とさないように意識して食事のメニューを考えましょう。そして、経口摂取に疲労を感じたら(できれば疲労を感じる前に)早めに胃瘻を作る。つまり、安定して栄養を摂取できるようにしておくことを、強くおすすめします。 胃瘻を作ったら経口摂取できないのでは?と誤解をされている患者さんもいらっしゃいますが、そんなことはありません。胃瘻を作っても今までどおり経口摂取できます。 実際私は、胃瘻を作ったあとも経口摂取を続け、胃瘻を使わない期間がしばらくありました。 ちなみに胃瘻を作る手術は、外科or消化器内科の医師が、上部消化管内視鏡(胃カメラ)を用いて行います。手術は原則的に仰臥位で自発呼吸下にて行うため、呼吸状態がある程度保たれていないと手術ができません。特殊なNPPV(非侵襲的陽圧換気。気管切開を行わないで、マスクを着けるだけの人工呼吸器)をつけながら手術ができる施設もありますが、手術の難易度が格段に上がり、患者さんの負担も大きくなってしまいますので、その点も考慮して、早めに主治医の先生とご相談することをおすすめします。 ※本コラムは執筆者個人の見解です。治療については主治医とご相談ください。 コラム執筆者:医師 梶浦智嗣 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】1)Shimizu,T.et al.Reduction rate of body mass index predicts prognosis for survival in amyotrophic lateral sclerosis:a multicenter study in Japan.Amyotroph.Lateral Scler.13,2012,363.2)Shimizu,T.et al.Prognostic significance of body weight variation after diagnosis in ALS: a single-centre prospective study.J.Neurol.266,2019,1412-20.3)Nakayama,Y.et al.Body weight variation predicts disease progression after invasive ventilation in amyotrophic lateral sclerosis.Sci.Rep.9,2019,12262.

コラム
2022年2月8日
2022年2月8日

看護師の皆さん!ALSに対するイメージで勝手に壁を作っていませんか?

ALSを発症して6年、40歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。難病患者とあまりかかわったことのない看護師さんに特にお伝えしたい、ALS患者の願いです。 ALSに対するイメージで、壁を作っていませんか? 看護師の皆さんはALS患者に対してどんなイメージを持っているでしょうか。 ALS患者とあまり接したことがない看護師さんの多くは、「コミュニケーションのとれないやっかいな患者」「何を考えているのかわからない」「どう接すればよいのかわからない」そんなイメージを持っているのではないでしょうか。 入院は「どaway」 私は2021年2月に気管切開と声門閉鎖手術を行いました。コロナの影響でヘルパーさんの付き添いが認められず、一人きりの入院でした。 ふだんは、私の性格や行動パターンを理解して、会話もスムーズにできる家族やヘルパーさんや看護師さんたちに囲まれて、楽しく快適に暮らしています。まさに「home」です。しかし、一人きりの入院となると、私のことをまったく知らない人たちに囲まれての生活です。まさに「どaway」。 主治医を信頼していたので手術に対する不安は全然ありませんでしたが、一人きりになることが、不安で不安でしかたありませんでした。 皆さんも、自分に置き換えて想像してみてください。体が動かせず、通訳もいない状態で、言葉の通じない病院に一人きりで入院する感じです。想像しただけも恐ろしい……。 文字盤も説明書も手作りボードも使われず…… なので、いろいろ対策をしていきました。もちろん初対面で文字盤を使い、コミュニケーションをとることは難しいとよくわかっていたので、文字盤の使いかたを書いた説明書と、いろいろな種類の文字盤を持参しました。それでも使えないときのために、あらかじめ、「頭を置き直して」「足を曲げて」「iPadをセットして」「痛い」「苦しい」など、伝えたくなるであろうことを書いたボードも持参しました。 実際に持参したボード ですが、それすらほとんど使ってもらえませんでした。声も出せず、目以外ほとんど動かせない自分と、積極的にコミュニケーションをとってくれようとした看護篩さんは、ほとんどいませんでした。ある程度想像していたものの、ここまでとは思いませんでした。 誰か一人でもコミュニケーションをとろうとしてくれたら 入院中にこんなことがありました。 手術後ICUにいたとき、体勢を整えた際に枕が高すぎて首が前屈し、気切部のカニューレが圧迫されていました。このときから、部屋にいた看護師さんに苦しい合図を出していましたが、目を合わせてもらえず、合図は届きません。看護師さんが離れ、何とか足元のナースコールを押そうとしてもがいていたら、体がずり下がり、首の前屈が強くなりました。徐々に気切部のカニューレが閉塞し、呼吸ができなくなっていきました。 SpO2が下がりアラームが鳴って、看護師さんたちが集まって来たときには、すでにSpO2は80%台。私は必死で「首」「首」と心で叫びながら目で合図を送り続けていましたが、誰にも届きません。 SpO2が70%台まで下がり、苦しすぎて気を失いかけたとき、ようやく首が前屈しておりカニューレが閉塞していることに気がついてくれて、首の位置を直してもらい、なんとか立ち直りました。 誰か一人でも私とコミュニケーションをとろうとしてくれていれば、こんなことにならなかったのに……。 下手でもいいんです なぜコミュニケーションをとろうとしてくれないのだろうか? 看護をしたい気持ちがないからだろうか? 違います。看護師の皆さんからは、看護をしたい気持ちは伝わってきます。 ただ、「話し掛けてもコミュニケーションをとれるのだろうか」「話し掛けてもコミュニケーションがとれないなら、なるべくかかわらないほうがよいのでは」 そんなふうに考え、未知のものに触れる不安で、一歩を踏み出す勇気が出ないのだと思います。 私のような難病患者は、はじめから上手にコミュニケーションをとれるなんて、思っていません。たどたどしくてもいい、下手でもいい、ただ勇気を出して話し掛けてくれさえすれば、こちらはコミュニケーションをとれる方法を準備して、待っています。 なので、ALSなどの難病患者とあまりかかわったことのない看護師の皆さんには、この記事を読んで、一歩前に踏み出す勇気を持ってもらえたら嬉しいです。 コラム執筆者:医師 梶浦智嗣 記事編集:株式会社メディカ出版

コラム
2021年12月28日
2021年12月28日

訪問看護師 兼 ヘルパー 最強説!

ALSを発症して6年、40歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。訪問看護師と一言でいっても、その働きかたはいろいろあるのです。 皆さんはなぜ、訪問看護を選びましたか? 前回までALSにfocusを当てていましたが、今回は訪問看護師にfocusを当ててお話をしたいと思います。 このコラムを読んでくれている訪問看護師の皆さんは、なぜ訪問看護師の道を選んだのでしょうか。 多くの方は、病棟勤務を経て訪問看護の道に進むと思いますが、 病棟勤務に疲れたから? 家庭ができて夜勤が難しくなったから? 確かに病棟勤務の看護師さんは、日勤と夜勤をこなさいといけないので、体力的にもとても大変です。また、人間関係など看護業務以外の問題で病棟を離れる方もいるでしょう。 患者さんの退院後まで考える余裕がなかった 余談ですが、私は大学病院で働いていたころ、皮膚科病棟の病棟チーフをしていた時期があります。病棟に入院している20~30人の患者さん全員の主治医をしていました。 毎日何人もの患者さんが退院し、入院します。そのたびに病歴を把握して治療方針を決めて、何とか良くして退院させることだけを毎日考えていました。月6~8回の当直と、毎日オンコールで24時間何かあったら病院から呼ばれる生活が続きました。充実していましたが、かなり疲れており、正直、退院した後の患者さんの生活まで考える余裕がありませんでした。 ただ、自分が病気になってみて初めて気がつきましたが、私のように、入院期間は病気のほんの一瞬であり、在宅加療がメインである患者さんも多くいます。そういう患者さんの生活を長期的に支えてくれる訪問看護師さんは本当に、大切で、ありがたい存在です。 『病人を診よ』を実現できる訪問看護 大学病院や、急性期患者さんを診る市中病院では、目まぐるしく患者さんが入れ替わります。医師も看護師も「病気」を良くすることを入院期間のエンドポイントと考え、なかなか一人の患者さんとゆっくりと向き合うのが難しいことがあります。 「病気を診るのではなく、病人を診よ」。ナイチンゲールの看護理念に基づく言葉ですが、私は、これが医療の本質だと思います。 今思うと、大学病院で働いていたころの私は、病気を診ることに精いっぱいで、この言葉を実現できていなかったと思います。しかし、これを実現できることが、まさに訪問医療・訪問看護の醍醐味ではないでしょうか。 たとえば私のようなALS患者にしても、症状は皆違うし、病気との向き合いかたや、どのように生きたいかも皆違います。ひとりひとりの患者さんとしっかりと向き合って、患者さんの意思を尊重し、寄り添いながらじっくり看護したいと考え、訪問看護師の道を選んだ人もいるでしょう。 訪問看護師になってみて、皆さんの現実はどうでしょうか? じっくり看護ができて充実していると思えている人もいるだろうし、実際は限られた時間であれもやって、これもやってと、忙しく過ごして、急いで次の訪問先に向かって、じっくり看護ができていないと思っている人も少なからずいるのではないでしょうか。 そこで、「訪問看護師兼ヘルパー最強!」説。 訪問看護師兼ヘルパーさんとのwin-winな関係 今、私のところに、訪問看護師兼ヘルパーさんとして働いてくれている人がいます。その人は、看護師として来てくれて、看護時間が終わったら、そのまま重度訪問介護の枠を使ってヘルパーさんとして入ってくれます。 私にとっては結果的に看護師さんに長時間入ってもらえることになるので、非常に心強い。熱が出たり、急に体調を崩したりしても、その場でバイタルチェックをして、必要であれば主治医にすぐに連絡してくれます。通常のヘルパーさんであれば、まず訪問看護師さんに連絡して、看護師さんの判断を待ってから主治医に連絡する流れになるので、その一手間を省けるのはとても大きいのです。 そして何よりも、長時間一緒にいるので、お互いの信頼関係が作りやすい! その看護師さんも、一か所で長時間働けるので、移動や時間に追われるストレスがなく、ゆっくり看護・介護ができ、働きやすいと言ってくれています。まさにWin-Winな関係。 このように、看護と介護を組み合わせたハイブリッドな事業所もあり、一言で「訪問看護師」といってもいろいろな働きかたがあるなぁと感じたので、取り上げてみました。 コラム執筆者:医師 梶浦智嗣記事編集:株式会社メディカ出版

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