H01_労務管理ABC

特集
2022年2月22日
2022年2月22日

第8回 労災保険・健康診断・メンタルヘルス対策/[その4]コロナ禍の今だからこそ取り組みたい 職場のメンタルヘルス対策

長期化するコロナ禍への対応において、訪問看護師が受ける心理的負担やストレスは拡大傾向にあります。管理者にとって、感染対策はもちろん、職場内のメンタルヘルス対策も重要な課題となっていることでしょう。今回は、スタッフのメンタルヘルスケアに活用できるセルフケアとコミュニケーションについて具体的な方法をご紹介します。 コロナ禍で「自分が感染してしまうこと以上に、利用者さんを感染させてしまったらどうしよう」という不安と緊張から体調を崩したり、メンタルヘルスの不調を訴えるスタッフが増えてきています。事業所としてどのような対策をとればよいでしょうか。厚生労働省が示す指針に基づき、まずはスタッフ自ら行う「セルフケア」と管理者が主体となって行う「ラインによるケア」に取り組んでみましょう。 メンタルヘルス対策における「4つのケア」 メンタルヘルスの不調を訴えるスタッフに対して、職場内でどのように対応すればよいでしょうか。参考にしたい方策として2006年3月に厚生労働省が示した「労働者の心の健康の保持増進のための指針(2015年11月改正)」が挙げられます。これは、労働安全衛生法70条の2の規定に基づき策定されたメンタルヘルス指針です。 この指針において、職場でのメンタルヘルス対策では「4つのケア」が継続的かつ計画的に行われることが重要とされています。4つのケアとは「セルフケア」、「ラインによるケア」、「事業場内産業保健スタッフ等によるケア」、「事業場外資源によるケア」です(図1)。 図1 メンタルヘルス対策における「4つのケア」 小規模事業所が多い訪問看護ステーションでは、これら4つのケアうち、セルフケアやラインによるケアから始めるとよいでしょう。 セルフケアへの取り組み セルフケアはスタッフ自ら行うケアです。セルフケアにおいて重要なことは「労働者自身がストレスに気づき、これに対処するための知識、方法を身につけ、それを実施すること」であり、「ストレスに気づくためには、労働者がストレス要因に対するストレス反応や心の健康について理解するとともに、自らのストレスや心の健康状態について正しく認識できるようにする必要がある」と先ほどの厚生労働省の指針※1で述べられています。 ストレスへの気づきのポイントは、以下に示すような自分の「変化」に自ら早めに気づくことです。 ・心配事が頭から離れず、考えが堂々めぐりする・疲れやすく、元気がない(だるい)・気力、意欲、集中力の低下を感じる(億劫、何もする気がしない)・寝つきが悪くて、朝早く目がさめる・食欲がなくなる・人に会いたくなくなる など※2 自分の変化に気づいたら、1人で抱え込まずにまわりの人に早めに相談することが大切です。 また、ストレスへの対処方法として、普段から「3つのR」を心がけ、ストレスを溜め込まないようにします。 【3つのR】レスト(Rest):休息、休養、睡眠レクリエーション(Recreation):趣味や娯楽、気晴らしリラックス(Relax):ストレッチなどのリラクゼーション 「疲れた」と感じたときに、例えば、以下のような行為で気分転換を図ります。 ・職場では……軽いストレッチで緊張を和らげた後、スタッフとのコミュニケーションを図り、思考を整理し、プラス思考に変換していく。 ・日常では……十分で快適な睡眠をとるとともに、趣味など仕事から離れた活動を行い心身ともにリフレッシュを図る。 ここでご紹介したような方法を含め、スタッフがセルフケアを正しく行えるように、ストレスへの気づき方やストレスの予防・軽減、対処方法を学べる機会を設けるとよいでしょう。 ラインによるケアへの取り組み ラインによるケアは管理者が主体となって実践します。ケアのキーワードは「コミュニケーション」です。厚生労働省が作成した職場のメンタルヘルス対策のリーフレット「職場における心の健康づくり」では「職場の管理監督者は、日常的に、部下からの自発的な相談に対応するよう努めなければなりません。そのためには、部下が上司に相談しやすい環境や雰囲気を整えることが必要です」と示されています。相談しやすい環境づくりの一例として、この連載の第3回[その3]でご紹介した「1on1ミーティング」を取り入れるのもおすすめです。 さらに、このリーフレットでは「管理監督者が部下の話を積極的に聴くことは、職場環境の重要な要素である職場の人間関係の把握や心の健康問題の早期発見・適切な対応という観点からも重要です。また、部下がその能力を最大限に発揮できるようにするためには、部下の資質の把握も重要です。部下のものの見方や考え方、行動様式を理解することが、管理監督者には求められます」と述べられており、その具体的な方法として、積極的傾聴(アクティブリスニング)が挙げられています。 特にこのコロナ禍においては、職員との話し合いや連携によって危機を乗り越えようとするチームワークの形成がとても重要です。そのためにも、まず、スタッフの話を聴く積極的傾聴が必要となるでしょう。図2に積極的傾聴のポイントを示しましたので、参考にしてみてください(図2)。 図2 積極的傾聴のポイント 積極的傾聴によって部下が安心して話せる関係を築くことで、部下自身が漠然としていた自分の気持ちや感情に気づき、どうしたらよいか自ら考え、行動するきっかけをつくることができます。管理者や上司が適切なコミュニケーションができるようになるためにも、この「話を聴く技術」を習得する機会を設けてみてはいかがでしょうか。 ・職場でのメンタルヘルスケアは、「セルフケア」、「ラインによるケア」、「事業場内産業保健スタッフ等によるケア」および「事業場外資源によるケア」の「4つのケア」が継続的かつ計画的に行われることが重要です。・訪問看護ステーションではこれら4つのケアうち、セルフケアやラインによるケアから始めるとよいでしょう。 【参考】※1 厚生労働省「労働者の心の健康の保持増進のための指針」(2015年11月改定)https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/roudou/an-eihou/dl/060331-2.pdf※2 厚生労働省「うつ対策推進方策マニュアル」 https://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/01/s0126-5b2.html 齋藤 暁株式会社ムトウ 執行役員 コンサルティング統括部 部長・CPS事業部 部長 ●プロフィール中小企業診断士・社会保険労務士・医業経営・医療労務コンサルタント医業経営・医療労務専門コンサルタント。全国の医療機関を対象に、中小企業診断士と社会保険労務士のW資格で経営と労務の両面をサポート。▼株式会社ムトウ コンサルティング統括部https://www.wism-mutoh.jp/business/consulting/ 記事編集:株式会社照林社

特集
2022年2月15日
2022年2月15日

第8回 労災保険・健康診断・メンタルヘルス対策/[その3]パートも健康診断の対象者? スタッフの健康管理、正しく知ってしっかり実践

事業者は、労働安全衛生法に基づき、労働者に健康診断を実施する義務があります。訪問看護ステーションには常勤だけでなく、パートやアルバイドなど、さまざまな勤務形態のスタッフがいます。健康診断の実施対象となる範囲や健康診断の種類など、今回は管理者にとって必須の知識である健康診断の概要について解説していきます。 私の訪問看護ステーションには、パートタイムで働く看護師や理学療法士が在籍しています。健康診断では「常時使用する労働者」が対象になっていますが、パートのスタッフも健康診断の対象になりますか。パートで働くスタッフに対しても、一定の要件を満たす場合は、健康診断を実施する義務があります。 健康診断の種類にはどのようなものがある? 訪問看護ステーションは、事業者として労働安全衛生法(以下「安衛法」という)66条に基づき、スタッフに対して医師による健康診断を実施しなければなりません。では、実施が義務づけられている健康診断にはどういったものがあるのでしょうか。表1に、事業者が実施しなければならない一般健康診断の種類をまとめましたので、ご覧ください。 表1 一般健康診断の種類 ※特定業務:深夜業を含む業務。労働安全衛生規則(以下「安衛則」という)13条1項2号で14の業務が定められている ここでは一般健康診断のうち、「雇入時の健康診断」と「定期健康診断」について説明していきます。 パートタイム労働者も健康診断の対象者に含まれる? 雇入時の健康診断と定期健康診断の対象者は「常時使用する労働者」です。常時使用する労働者とは、次の2つの要件を満たす人をいいます。 (1)期間の定めのない労働契約により使用される者であること。なお、 期間の定めのある労働契約により使用される者の場合は、契約期間が1年以上の者、並びに契約更新により1年以上使用されることが予定されている者、および1年以上引き続き使用されている者。(なお、特定業務従事者健診〈安衛法45条の健康診断〉の対象となる者の雇入時健康診断については、6か月以上使用されることが予定され、または更新により6か月以上使用されている者) (2)その者の1週間の労働時間数が当該事業場において、同種の業務に従事する通常の労働者の1週間の所定労働時間数の4分3以上であること。 厚生労働省「短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律の一部を改正する法律の施行について(抜粋)」(平成19年10月1日付け基発第1001016号)より つまり、1年以上雇用している、またはそれが見込まれる労働者で、1週間の所定労働時間が常勤スタッフの4分の3以上であるパートタイム労働者(以下、パート)に対しては、健康診断を実施しなければなりません。 では、1週間の所定労働時間が常勤スタッフの4分の3に満たないパートではどうなるのでしょうか。この場合、法的な実施規定はありませんが(1)の要件に該当していれば、1週間の所定労働時間が常勤スタッフのおおむね2分の1以上あれば健康診断を実施することが望ましいとされています。 健康診断の費用はステーションで負担しますか? 労働安全衛生法の義務に基づいて実施される健康診断の費用は、すべて事業者が負担します。 また、管理者の方から「健康診断を受けている間の賃金はどうなるのか?」との疑問もよく聞かれます。厚生労働省の基準によると、一般健康診断の場合は、受診に要した時間の賃金は労使協議により定めるべきものとしたうえで、スタッフの円滑な受診を考えれば、事業者が支払うことが望ましいとしています。参考にしてください。 健康診断実施後の注意点は? 健康診断の実施後も、ステーションには事業者として行わなければならないことがあります。 まず、健康診断の結果は、スタッフ自ら健康管理できるよう、スタッフに通知しなければいけません(安衛法66条の6)。そして、健康診断個人票を作成し5年間保存することが義務づけられています(安衛則51条)。なお、従業員が50人を超える事業所では、定期健康診断を行ったら所轄の労働基準監督署長に結果報告書を提出する義務があります(安衛則52条)。 また、健康診断で異常の所見ありと診断されたスタッフがいれば、健康を保持するための必要な措置について医師に意見をきく必要があります(安衛法66条の4)。そして、医師の意見により必要ありと認めるときは、就業場所の変更や作業の転換、労働時間の短縮など、適切な措置を講じなければなりません(安衛法66条の5)。さらに、特に保健指導が必要なスタッフがいれば、医師や保健師による保健指導の実施に努めなければなりません(安衛法66条の7)。 健康診断は、労働者に受診義務があります。もし受診を拒否するスタッフがいれば、そのままにしておくのではなく、義務であることを伝えて受診するよう促してください。 よりよい看護サービスを提供するためにも、スタッフの健康管理はとても大切です。管理者としてスタッフの健康状態の把握に努め、その結果に基づき適切な対応を実践できるようにしましょう。 ・1年以上雇用している、またはそれが見込まれ、1週間の所定労働時間が常勤スタッフの4分の3以上であるパートタイム労働者は、健康診断を実施しなければなりません。・健康診断実施後も、診断の結果に基づきスタッフの健康管理を適切に行うことが必要です。 【参考】〇厚生労働省リーフレット「健康診断を実施しましょう」https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000103900.pdf〇厚生労働省リーフレット「パートタイム労働者の健康診断を実施しましょう!!」https://www.lcgjapan.com/pdf/lb09094.pdf?22 ※健康診断の種類や実施義務などについて詳しく紹介されています。ぜひご参照ください。 齋藤 暁株式会社ムトウ 執行役員 コンサルティング統括部 部長・CPS事業部 部長 ●プロフィール中小企業診断士・社会保険労務士・医業経営・医療労務コンサルタント医業経営・医療労務専門コンサルタント。全国の医療機関を対象に、中小企業診断士と社会保険労務士のW資格で経営と労務の両面をサポート。▼株式会社ムトウ コンサルティング統括部https://www.wism-mutoh.jp/business/consulting/ 記事編集:株式会社照林社

特集
2022年2月8日
2022年2月8日

第8回 労災保険・健康診断・メンタルヘルス対策/[その2]「これって通勤災害?」認められるケース・認められないケースとその理由

前回の記事では、労働者が仕事中に災害(事故)に遭った場合に「業務災害」として労災保険による補償を受けることができることについて解説しました。しかし、労災保険が適用されるのは、仕事中の事故(業務災害)だけではありません。実は、通勤中の事故(通勤災害)も労災保険の対象になります。今回は、どういう場合が通勤災害として認められるのかを学んだ後、「帰宅の際、夕食の買い出しをしている途中に事故に遭った」というイレギュラーな事例を通じて、応用的な理解を深めていきたいと思います。 私のステーションのあるスタッフは、就業時間の後に、別の病院で夜勤として兼業で働いています。ある日、そのスタッフは、ステーションから病院への移動中に、駅のホームで足を滑らせて転倒して肩を骨折してしまいました。これは副業先に向かう途中の事故なので、労災の対象にはならないですよね?いいえ、通勤災害として労災の対象になります。 通勤災害が労災の対象になる理由 まず、「どうして通勤災害が労災の対象になるのか」を考えてみましょう。 それは、労働者が企業に労働力を提供してあげるためには、自宅から職場まで通勤をしなくてはならないからです。当たり前といえば当たり前ですね。ポイントは、労働者は自分のために通勤しているのではなく、「企業のために通勤をしてあげている」ということです。 労働者は、通勤する際、自宅から駅まで歩いている際に交通事故に遭うかもしれませんし、雨に濡れた駅の階段で足を滑らせて転倒してしまうかもしれません。つまり、労働者は、「通勤」という行為に伴って何らかの事故に遭うリスクを抱えているわけです。これは、企業に労働を提供しなくてよいのであれば、そもそも抱える必要がなかったリスクです。 そのため、そのようなリスクが現実化して事故が起きてしまった際に、企業のために通勤しようとしてくれた労働者を保護するために労災保険があるというわけです。 通勤災害は3パターンだけ 通勤災害として認められるのは、次の3パターンだけです(労災保険法7条2項)。 ① 住居と就業場所との間の往復② 就業場所から他の就業場所への移動③ ①の往復に先行または後続する住居間の移動 文字にするとわかりにくいので、次の図をご覧ください。 図1 通勤災害として認められる3つのパターン ①は、最もオーソドックスなパターンで、自宅から職場までの往復経路のことです。 ②は、副業をしている場合が典型です。ある労働者が、訪問看護ステーションで働いた後、夕方から別の病院で夜勤をしようとして、訪問看護ステーションから病院に移動する際に事故に遭ったとしたら、それは労災の対象になるということです。なお、兼業禁止なのに黙って副業をしていたとしても、労災上は保護されます。ただし、この場合は、副業先に行こうとして事故に遭っているわけですから、副業先の労災保険を使用します。 ③は、単身赴任している場合が典型です。ある労働者が、大阪に妻子を残して東京に単身赴任しているとします。金曜日の夕方に仕事を終えたら、一度東京の家に戻って身支度をして、そのまま大阪の妻子のもとに帰り、土日を大阪で過ごそうと思っていたとしましょう。その際、東京の家から大阪の家に向かう途中で交通事故に遭った場合も、通勤災害として扱います。 ・通勤災害が認められるのは次の3パターンのみです。しっかりと押さえておきましょう。 ① 住居と就業場所との間の往復 ② 就業場所から他の就業場所への移動 ③ ①の往復に先行または後続する住居間の移動 あるスタッフの話です。彼女は、就業後、電車に乗って地元の駅につき、駅から自宅に向かって歩いていましたが、途中で経路を少し外れて、近所のスーパーに寄って夕食の買い物をしました。しかし、スーパーを出て自宅に向かおうとしたところ、スーパーの駐車場で、自転車にぶつかり骨折してしまいました。これは通勤災害として認められますか?いいえ。いわゆる寄り道であり、かつ、元の経路に戻っていないので、認められません。 通勤とプライベートな用事 通勤災害とは、「企業のために通勤してあげている労働者」を保護するための制度です。 よって、例えば、職場からの帰宅途中に友人と映画を見に行って、その帰り道に事故に遭ったとしたら、それはもはや通勤災害ではありません(図2)。純粋なプライベート上の事故です。 また、通勤災害といえるためには通勤経路は「合理的な経路」でなくてはなりません。朝の通勤中に、散歩を兼ねてまったく関係のない経路を何倍も遠回りして歩いている時に事故に遭ったとしたら、それは「通勤中の事故」とは呼べないでしょう。それは「散歩中の事故」というべきです。 図2 通勤災害が認められるケース・認められないケース① 職場から映画館、映画館から自宅に向かう経路は通勤経路とはならず、途中で事故に遭ったとしても通勤災害には該当しない。 通勤と夕食の買い物 では質問のケースのように、帰宅の際、駅から自宅に向かって歩いている途中に、夕食の材料を買うために経路を少しだけ外れて近所のスーパーに寄った場合はどうでしょうか? この点、通勤の途中に通勤経路を外れて寄り道をした場合は、原則として、寄り道をしている最中だけでなく、その後の経路も含めてすべて「通勤」として認められなくなってしまいます(労災保険法7条3項本文)。かなり厳しいルールですね。 ただし、「日常生活上必要な行為」として認められている①日用品の購入またはそれに準ずる行為(クリーニング店への立ち寄りなど)、②職業訓練、③選挙の投票、④医療機関への受診、⑤親族の介護のために寄り道をした場合は、寄り道が終わって元の通勤経路に戻った後は「通勤」として扱われます(労災保険法7条3項ただし書、労災保険法施行規則8条)。あくまで「元の通勤経路に戻った後」を通勤として認めているのであり、寄り道をしている最中は通勤として認められないことに注意してください(図3)。 図3 通勤災害と認められるケース・認められないケース② 職場からの帰り道に、日用品を購入するためにスーパーに立ち寄る場合は、寄り道が終わって元の通勤経路に戻った後は通勤経路となるため、戻った後で事故に遭った場合は通勤災害には該当する。 ご質問のケースについて ご質問のケースは夕食の買い物ということですから、①日用品の購入にあたるでしょう。そのため、買い物をするために寄り道をしても、スーパーで買い物を済ませて元の通勤経路に戻ってきた後は「通勤」として認められますから、その後に事故に遭えば通勤災害として認められます。 しかし、ご質問ケースでは、スーパーで買い物を済ませた後に、スーパーの駐車場で事故に遭っているようですので、「元の通勤経路に戻ってきた」とはいえないでしょう。よって、寄り道中の事故ということになり、通勤災害としては認められないことになります。 ・通勤途中に通勤経路を外れて寄り道をした場合は、原則として、寄り道をしている最中だけでなく、その後の経路も含めてすべて「通勤」として認められません。・ただし、「日常生活上必要な行為」のために寄り道した場合は、寄り道が終わって元の通勤経路に戻った後は「通勤」として扱われます。 前田 哲兵 弁護士(前田・鵜之沢法律事務所) ●プロフィール医療・介護分野の案件を多く手掛け、『業種別ビジネス契約書作成マニュアル』(共著)で、医療・ヘルスケア・介護分野を担当。現在、認定看護師教育課程(医療倫理)・認定看護管理者教育課程(人事労務管理)講師、朝日新聞「論座」執筆担当、板橋区いじめ問題専門委員会委員、登録政治資金監査人、日本プロ野球選手会公認選手代理人などを務める。所属する法律事務所のホームページはこちらhttps://mulaw.jp/ 記事編集:株式会社照林社

特集
2022年2月1日
2022年2月1日

第8回 労災保険・健康診断・メンタルヘルス対策/[その1]いざというときのために知っておきたい! 労災保険の基礎知識

いざというときにスタッフをしっかりサポートできるよう、管理者として労災保険に関する知識を整理しておきましょう。また、日ごろから訪問看護ステーションならではの労災リスクに備え、ステーション内でスタッフとともにリスクを洗い出し、その予防策や対応方法を共有しておくことも大切です。 訪問中に利用者宅で転倒したスタッフがいます。「痛みが続くため、念のため医療機関を受診したい」との申し出がありました。どのような流れで労災保険の給付が受けられますか。業務中・通勤中のけがや病気には労災保険が適用されます。スタッフから業務中・通勤中に受傷したと報告を受けたときは、けがをした日時と状況、けがの状態や部位などを確認し、病院を受診してもらいます。受診の際は窓口で「労災です」と伝えるように指導しましょう。受診した病院が労災保険指定医療機関(労災病院)の場合は、その病院に「療養補償給付たる療養の給付請求書」を提出します。そうすれば、療養費を支払うことなく治療を受けることができます。そして、この請求書は病院を経由して労働基準監督署に提出されます。労災病院でない場合は、いったん療養費を立て替えて支払います。その後「療養補償給付たる療養の給付請求書」を、直接、労働基準監督署に提出すると、療養費が請求書に記載した口座に支払われます。 労災保険の制度 労災保険(労働者災害補償保険)とは業務や通勤が原因となって発生したけがや病気、障害、または死亡に対して、労働者やその遺族に必要な保険給付を行う制度です。常勤のスタッフだけでなく、パートやアルバイトなどの雇用形態、また国籍などを問わず、雇用関係にあるすべての労働者に適用されます。 保険給付を受けるためには被災したスタッフ、またはその遺族が所定の保険給付請求書を入手し、必要事項を記載して、被災したスタッフが所属するステーションの所在地を管轄する労働基準監督署長に提出しなければなりません。労災に該当するかどうかは、労働基準監督署が調査のうえ判断します。 保険給付請求書は労災の補償内容によって異なります。必要な書類は厚生労働省のサイトからダウンロードできますので、手続きの際に活用してください。 労災申請は原則として本人が行いますが、ステーションとして、スタッフの負担を軽減するためにスタッフに代わって書類を準備したり、記載可能な項目を記載し労働基準監督署に提出するなど、スタッフがスムーズに手続きを行えるようにサポートしましょう。 給付の種類 労災保険にはさまざまな給付制度がありますが、請求しない限り受けることができません。実際に被災した人から「どのような給付があるのか、受けられるのか職場で教えて欲しかった」との声も聞きますので、ステーションの管理者として図1に示すような給付の種類をしっかり理解しておきましょう。 図1 労災保険給付の主な種類 どのようなケースが労災になるのか? では、ここで訪問看護ステーションの業務において労災保険が適用されるケースを場所別に具体的に見ていきましょう。キーワードは「業務災害」と「通勤災害」です。 ●ステーション内での被災例えば、ステーション内で高い所にある物を取ろうとして転落したり、ステーションの建物の階段を踏み外して転倒したりなど、業務に従事して被災した場合は、特段の事情がない限り業務災害と認められます。 ●利用者宅での被災利用者宅で転倒し負傷した場合などは、業務災害と認められます。転倒以外の被災としては、例えば、針刺し事故や害虫によるけが、新型コロナウイルスなどの感染症に利用者や利用者家族から感染してしまうことなどが挙げられます。このような場合も業務災害として労災請求することができます。 ●通勤途中・移動途中での被災自宅とステーション、自宅と利用者宅への移動が通勤に該当します。ある利用者宅から別の利用者宅への移動は、業務の性質を有しますので、通勤ではなく業務に該当します。 通勤途中で被災し、通勤災害に対する補償を受ける場合は「合理的な経路」と「合理的な方法」により行うという要件を満たすことが必要です。移動の「中断」や「逸脱」があった場合には、通勤と認められないため注意が必要です。通勤災害については、次回の記事で詳しく説明しますので、ぜひご覧ください。 また、業務中や通勤途中の交通事故の場合は労災保険が使用できますが、加害者が加入する任意保険や自賠責保険の利用や調整など、ケースバイケースで判断する必要がありますので、労働基準監督署等とよく相談することをお勧めします。 労災や労災保険に関する相談 労災に関する相談、労災保険に関する手続き方法については、ステーションを管轄する労働基準監督署のほか、厚生労働省が設置する労災保険相談ダイヤルで相談することができます。 労災保険相談ダイヤル0570-006031(受付時間:月~金9:00~17:00) ステーションで管理する連絡先リストに「労災保険相談ダイヤル」の電話番号も加えておき、疑問があればすぐに相談できるように準備をしておいてもよいでしょう。 労災に備えよう 寒い地域では路面が凍結しやすいことによる転倒、湿度が高く暑い地域では熱中症など、ステーションが所在する地域の特性によって労災のリスク内容は異なります。いざというときに素早く対応できるように、普段からステーションのスタッフと以下のことを話し合っておきましょう。 ・業務に関連したリスクとその予防策、実際に被災したときの対応―利用者宅―利用者・利用者のご家族―関係機関や業者の施設―移動・通勤に関連したリスクとその予防策、実際に被災した時の対応 あらかじめ自分たちを取り巻く労災のリスクを明らかにすることによって、防災・減災につながります。また、リスクや予防方法を認識し、話し合いやマニュアルなどを通じて共有することで、スタッフが安心して働ける職場づくりにもつながりますので、ぜひ、カンファレンスの時間などを活用して労災に備えた対応をしていきましょう! ・保険給付を受けるためには、保険給付請求書を、ステーションの所在地を管轄する労働基準監督署の労災課に提出しなければなりません。・労災保険は常勤のスタッフだけでなく、パートやアルバイトなどの雇用形態や国籍などを問わず、雇用関係にあるすべての労働者に適用されます。・いざというときに備えて、日ごろから労災のリスクや予防策、労災が発生したときの対応などをスタッフと話し合っておきましょう。 加藤 明子 加藤看護師社労士事務所代表看護師・特定社会保険労務士・医療労務コンサルタント●プロフィール看護師として医療機関に在職中に社会保険労務士の資格を取得。社労士法人での勤務や、日本看護協会での勤務を経て、現在は、加藤看護師社労士事務所を設立し、労務管理のサポートや執筆・研修を行っている。▼加藤看護師社労士事務所https://www.kato-nsr.com/ 記事編集:株式会社照林社

特集
2022年1月25日
2022年1月25日

第7回 防災対策、交通事故、個人情報保護、医療事故編/[その4]医療事故は、なぜ起こる? 事故を未然に防ぐためにできること

訪問看護サービスを提供するにあたって、最も重要なことは何でしょうか。それは、医療安全を確保することです。医療は、人の病を治す術となりますが、時に、人の健康を害し、命を奪ってしまうことすらあります。今回は、医療事故が起きる構造を理解し、それを防止するための方策を学びましょう。 以下の事例で、AさんとBさんはいくつのミスを犯しているでしょうか。とある医療機関で、看護師のAさんとBさんが、患者Cさんに投与する薬剤「X」を準備しようとしました。「X」は保管庫の棚に入っていましたが、同じ棚には「X’」というよく似た名前の薬剤が入っていました。Bさんは他の業務が忙しかったので、薬剤の準備はAさんが1人で行うことになりました。しかし、Aさんは急いでいたので、よく確認せず「X’」という薬剤を持ち出してしまいました。その後も、Bさんは忙しくてAさんに任せっきりでした。Aさんは、薬剤を投与する際も特に薬剤のラベルを注視せず、そのまま「X’」を投与してしまいました。 医療事故が起きる構造とは? 「ハインリッヒの法則」という言葉を聞いたことがあるかと思います。これは労働災害の分野で使われる言葉で、1つの重傷事故の裏には、29の軽傷事故と、300もの無傷事故(ヒヤリ・ハット)が隠れているという「1:29:300の法則」のことをいいます。 これと似た考え方として、医療事故を考える際にはスイスチーズ・モデルというものが使われます。「医療事故は複数のミスが連なってしまったときに起きる」ということを表しています。 上の事例で考えてみましょう。AさんとBさんのミスとしては次のものが挙げられます。 ①保管庫の同じ棚に「X」と「X’」というよく似た名前の薬剤を入れていたこと②薬剤を持ち出す際にAさんとBさんの2人で確認しなかったこと③薬剤を持ち出す際にAさんが間違った薬剤を持ち出しこと④Bさんは、投与する際もAさんに任せっきりで、自ら確認しなかったこと⑤Aさんは、投与する際にラベルを注視せず、間違いに気づくことができなかったこと → 誤投与(事故発生) このように、1つの事故であっても少なくとも5つものミスが隠れていたわけです。ポイントは、「①〜⑤までのどこか1つでもミスを防ぐことができていれば、最終的に事故は起きなかった」ということです。 スイスチーズ・モデルは、医療事故が起きるこの構造を端的に言い表しました。スイスチーズの「穴」を「1つ1つの小さなミス」ととらえて、それが連なってしまったときに事故が起きてしまう(矢印がすべての穴を貫通してしまう)ということです。 図 スイスチーズ・モデル 医療安全の基本的な考え方というのは、この穴(ミス)の発生をできるだけ未然に防ぎ、また仮に1つのミスが起きても、他でリカバリーできる体制をつくっておくことにあります。 システム・エラーとヒューマン・エラー 上の①「保管庫の同じ棚に「X」と「X’」というよく似た名前の薬剤を入れていた」というのは、構造上の欠陥であるためシステム・エラーと呼ばれます。対して、③のような人為的なミスをヒューマン・エラーと言います。 ヒューマン・エラーは人為的なミスであるため、完全になくすことができません。よって、「人はヒューマン・エラーをしてしまう」という前提に立って、それでもミスをリカバリーできる体制をつくっておくことが重要です。 代表的なヒューマン・エラー対策 ヒューマン・エラー対策は、古くから産業界において発展してきました。その代表例としては以下のようなものがあります。事故対策のヒントとして参考にしてください。 ①フールプルーフ、フェイルセーフフールプルーフとは、そもそも間違えることができないしくみにすることです。例として、「扉を閉めないとスイッチが入れられない電子レンジ」が挙げられます。 フェイルセーフとは、たとえミスをしても大事故にならないしくみにすることです。例として、「消し忘れたら自動的に消えるストーブ」が挙げられます。 ②5S(整理、整頓、清掃、清潔、しつけ)作業環境を整理・整頓・清掃して清潔にし、そのような状態を継続させること(しつけ)は、事故防止の基本中の基本であるとされています。 ③指差し呼称指差し「確認」ではありません。指差し「呼称」です。これは電車の車掌さんが行っていますね。 人の注意力というのは散漫ですので、「指を指す」ことによって自分自身を対象に集中させ、さらに、声に出して言う(呼称)ことによって、あえて2度集中させているわけです。 ④ダブル・チェック自分自身を客観視するというのはとても難しいことです。③の「指差し呼称」は、1人で自分自身を客観視しようとする取り組みといえますが、それにも限界があります。 やはり理想的なのは、自分以外の別の人から客観的にチェックしてもらうことです。ダブル・チェックとは、1つの物事を2人以上でチェックすることをいいます。 ⑤伝言ゲームを避ける皆さんは、幼い頃に伝言ゲームをやったことがあるかと思います。伝言ゲームでは、数名の人を挟むだけで当初のお題が大きく変わってしまうわけですが、これは「伝言」というものの恐ろしさを端的に教えてくれています。 例えば、訪問先において医師から電話で指示を受けた場合、指示された処置は、できるだけ電話を受けた本人が行うべきでしょう。「医師 → スタッフA → スタッフB」と伝言をすると、それだけミスが起きやすくなる(医師の指示がスタッフBに正確に届かない)可能性があることを自覚しておきましょう。 また、指示を受けたスタッフは、指示を受けている際にメモをとって復唱し(これは③指差し呼称の応用といえます)、さらに一緒にいるスタッフにダブル・チェックをしてもらうとよいでしょう。 ヒヤリ・ハットを共有しよう そして最後に、ステーション内で起きたヒヤリ・ハットをスタッフ全員で共有するようにしましょう。月に一度の定例会の際などに、どういうことでミスしそうになったか、スタッフみんなで話し合ってもらうのです。 重要なことは、報告をしたスタッフを決して責めないことです。それをすると誰もミスを報告できなくなります。場合によっては、匿名で報告をしてもらってもよいでしょう。 そして管理者は、そうして集まったヒヤリ・ハットを分析し、再発防止のための方策を考えるわけです。 医療安全を実現するためには不断の努力が求められます。以上の内容を参考に、ぜひ、ステーションに安全文化を根づかせる取り組みを始めてみてください。 ・訪問看護サービスを提供するにあたって最も重要なことは医療安全を確保することです。そして、医療安全を実現するためには不断の努力が求められます。・医療事故を起こさないためには、どういうことでミスしそうになったか、スタッフみんなで話し合い、ヒヤリ・ハットを共有しましょう。 前田 哲兵 弁護士(前田・鵜之沢法律事務所) ●プロフィール医療・介護分野の案件を多く手掛け、『業種別ビジネス契約書作成マニュアル』(共著)で、医療・ヘルスケア・介護分野を担当。現在、認定看護師教育課程(医療倫理)・認定看護管理者教育課程(人事労務管理)講師、朝日新聞「論座」執筆担当、板橋区いじめ問題専門委員会委員、登録政治資金監査人、日本プロ野球選手会公認選手代理人などを務める。所属する法律事務所のホームページはこちらhttps://mulaw.jp/記事編集:株式会社照林社

特集
2022年1月18日
2022年1月18日

第7回 防災対策、交通事故、個人情報保護、医療事故編/[その3]改めて考えたい、利用者様の大事な個人情報の取り扱い方

昨今、個人情報に対する社会の意識は日増しに高まるばかりです。個人情報保護の重要性を理解しておくことは、事業所を営んでいくにあたって必須といえます。今回は、個人情報保護の基本的な考え方を解説したいと思います。 突然ですが、クイズです。以下に掲げる職業の共通点は何でしょう?・医師、歯科医師、助産師、看護師・弁護士、弁理士、公証人・宗教家 看護師に与えられた特権 医療者・法律家・宗教家というあまり見ることのない組み合わせですね。答えがわからないという方も多いのではないでしょうか。 実はこれらは、刑事訴訟法149条によって、刑事裁判において「証言拒絶権」という特権を与えられている職業です。看護師であれば、裁判所から刑事事件について証言するように言われても「患者さんから聞いた秘密は証言しません」と言えるわけです。このような特権は、上記の職業以外には与えられていません。すべての国民は、裁判所から証言を求められたら証言する義務を負っているわけですから、看護師の皆様は、とても強力な特権を法律で与えられているわけです。 ではなぜ、そのような特権が与えられているのでしょうか? それは、上記の職業はいずれも「人から重大な秘密を聞くことを前提に仕事をしている」ためです。適切なケアを提供するためには、患者から、病歴だけでなく生活状況などさまざまなことを聞く必要があるでしょう。ただ、患者側からすると、話した内容(秘密)を看護師が守ってくれないと、すべてをありのまま話すことができません。 そこで、法律は、看護師に対して証言拒絶権を与え、患者が看護師に対して安心して秘密を話せるようにしたというわけです。 厚生労働省が定めるガイダンス 国は、医療・介護現場の個人情報保護について、詳細なガイダンスを定めています。具体的な事例集も付いていて、管理者にとっては参考になる情報が詰まっています。 『医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス』 『「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」に関するQ&A(事例集)』 守るべき「個人情報」とは 個人情報保護法における「個人情報」とは、要するに「個人を識別することができる情報」のことをいいます。 ポイントは、ここでいう「情報」には、文字情報だけでなく、顔写真・音声・映像なども含むということです。 また、「他の情報と照合することよって特定の個人を識別することができる情報」も個人情報に含まれます。とすれば、ステーションが利用者様から得る情報は、およそすべてが個人情報に該当すると言っても過言ではありません。例えば上記ガイダンス(6〜7頁)では、以下の情報が個人情報にあたるとされています。 ○医療機関等における個人情報の例診療録、処方せん、手術記録、助産録、看護記録、検査所見記録、エックス線写真、紹介状、退院した患者に係る入院期間中の診療経過の要約、調剤録 など ○介護関係事業者における個人情報の例ケアプラン、介護サービス提供にかかる計画、提供したサービス内容等の記録、事故の状況等の記録 など 「要配慮個人情報」とは さらに、①身体障害、知的障害、精神障害に関すること、②健康診断の内容、③診療や調剤の内容といった医療に関する情報は、単なる個人情報ではなく、「要配慮個人情報」と呼ばれ、特に厳重な取り扱いが求められています(個人情報保護法施行令第2条)。 これらの情報は、不当な差別・偏見の原因となり得るため、犯罪歴情報などと並んで、特に保護すべきと考えられているためです。 このように、普段から皆様が扱っている診療情報というのは、実は、きわめてプライバシーの度合いが高い情報であるということを自覚するようにしましょう。 ・個人情報とは「個人を識別することができる情報」をいい、「他の情報と照合することによって特定の個人を識別することができる情報」も含まれます。・①身体障害、知的障害、精神障害に関すること、②健康診断の内容、③診療や調剤の内容といった医療に関する情報は、「要配慮個人情報」と呼ばれ、特に厳重な取り扱いが求められています。 先日、利用者様の息子だという方からステーションにお電話がありました。「20年近く父(利用者様)と絶縁していたけど、相続のこともあるし、様子が気になった。現在の病状はどうなっているか教えてほしい」とのことでした。息子さんですから、父親の病状を教えても問題ないですよね?いいえ。個人情報(病状)の第三者提供にあたりますので、利用者様の同意を得る必要があります。 個人情報を第三者に教えてもよい場合とは? 個人情報の取り扱いの中で最も重要なテーマが、「どのような場合に外部に情報を提供してよいか」という問題です。これを「第三者提供」と呼びます。 これは個人情報保護法第23条において定められているのですが、ポイントは「原則として本人の同意を得ることが必要だ」ということです。 例外的に本人の同意を得なくてもよい場合というのは、①高齢者虐待が疑われる場合に通報するような場合や(これは高齢者虐待防止法で許容されています)、②本人の生命・身体・財産を守るために緊急を要する場合くらいです。 そのほか、「黙示の同意」というロジックもよく使われます。これは、「本人に聞いたら、まず間違いなく同意するだろうと考えられる場合」をいいます。例えば、同居している家族に病状を説明するような場合は、本人は同意すると考えられるため、わざわざ本人に「ご家族にお話していいですか?」と尋ねて同意を得なくてもよいとする考え方です。 しかし、ご質問のケースでは、20年近く絶縁していたということですので、利用者様が同意するかどうかはわかりません。原則に立ち返って、利用者様からきちんと同意を得る必要があります。 医療情報の特殊性を理解する ステーションの管理者としては、「普段、医療現場が扱っている情報というのは、実は法律上はトップレベルのプライバシー情報なんだ」ということを認識していただくことが何よりも重要です。スタッフに対して研修会を実施するなど、ステーション全体で情報管理に対する意識を高めるようにしましょう。 ・医療現場で取り扱う情報は、法律上はトップレベルのプライバシー情報だという認識をもつことが何よりも重要です。・個人情報を外部に提供する場合(第三者提供)は、原則として本人の同意を得ることが必要です。 前田 哲兵 弁護士(前田・鵜之沢法律事務所) ●プロフィール医療・介護分野の案件を多く手掛け、『業種別ビジネス契約書作成マニュアル』(共著)で、医療・ヘルスケア・介護分野を担当。現在、認定看護師教育課程(医療倫理)・認定看護管理者教育課程(人事労務管理)講師、朝日新聞「論座」執筆担当、板橋区いじめ問題専門委員会委員、登録政治資金監査人、日本プロ野球選手会公認選手代理人などを務める。所属する法律事務所のホームページはこちらhttps://mulaw.jp/ 記事編集:株式会社照林社

特集
2022年1月11日
2022年1月11日

第7回 防災対策、交通事故、個人情報保護、医療事故編/[その2]スタッフが交通事故を起こしたら? これだけ押さえて冷静に対応!

訪問看護では、利用者様のご自宅を訪問する際に自動車を運転することが多いと思います。そこで避けられないのが「交通事故」です。いかに注意して運転していても、交通事故を完全になくすことはできません。交通事故を起こしてしまったスタッフはパニックになっているでしょうから、ステーションの管理者は冷静に対応できなければなりません。そこで今回は、スタッフが交通事故を起こしてしまった場合の対応の基本を解説します。 今朝、訪問中のスタッフから電話がありました。「訪問車両で交通事故を起こしてしまいました。自動車同士で、見通しの悪い交差点で、出会い頭にぶつかってしまいました。衝撃は結構あったのですが、私もお相手もけがはなく、お互いに車が少し凹んだだけで済みました。お相手は『大した事故じゃないから、警察に報告するほどではないですよ。示談交渉は後で保険会社を通じて行いましょう』と言っています。お相手の提案にのって、警察に報告しないで、このまま帰っていいですか?」ということです。管理者として、どのように対応したらいいですか?交通事故を起こしてしまった場合は、必ず警察に報告するよう指導しましょう。 道路交通法上の義務 交通事故を起こしてしまった場合、まず考えるべきは、負傷者の救護と、現場の安全の確保です。必要であればただちに救急車を要請します。また、人身事故の場合に警察に報告しなければならないことは当然です。 では、質問のケースのように誰もけがをしていない場合や、物損事故だけの場合であっても、警察に報告しなくてはいけないのでしょうか? 答えは「必ず報告しなくてはいけない」です。道路交通法72条は、交通事故があった場合、運転手は、次のことをしなくてはいけないと定めています。 【交通事故を起こしてしまった場合の義務】 ①ただちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、現場の安全を確保する  → 違反すると最大で「10年以下の懲役又は100万円以下の罰金」(同法117条) ②ただちに警察に報告する  → 違反すると「3月以下の懲役又は5万円以下の罰金」(同法119条1項10号) けががなくても報告義務あり ポイントは、人身事故だけでなく、物損事故だけの場合も「交通事故」であることには変わりないということです(道路交通法67条2項参照)。 つまり、質問のケースのように誰もけがをしていない場合や、物損事故だけの場合であっても、②の報告義務は課せられています。相手が「警察に報告しなくてよい」と言ったとしても、警察への報告をするかしないかを、私人間で勝手に取り決めることはできませんので注意してください。 まずは警察に報告をして、警察の指示を仰ぐようにしましょう。 けがは後から明らかになることも 交通事故に遭うと頸部が「むち打ち」になることがあります。症状が事故直後はなくて、事故翌日から出るということもしばしばあります。 ご質問のケースでは、双方ともにけがはないということですが、衝突の際に衝撃があったことからすれば、後からむち打ち症が出てくることも考えられます。事故直後の症状だけから「人身被害はない」と判断することは避けましょう。 なお、事故の直後というのは、まだ被害の全体像が見えませんので、示談交渉をまとめようとするのは時期尚早といえます。事故直後は、示談交渉を急ぐのではなく、「証拠固めをする」ということを意識してください。 どういう証拠があるの? 事故の相手方との示談交渉を適切に進めるためには「証拠」が必要です。以下、交通事故における基本的な証拠を説明します。 ①交通事故証明書交通事故が発生した日時・場所・当事者などの基本的な情報を証明するものです。これは「自動車安全運転センター」が発行してくれるのですが、ポイントは「警察に報告をしていないと発行してもらえない」ということです。 交通事故証明書がないと、そもそも事故が起きたことすら証明できないことになりかねませんので、警察への報告は必ず行うようにしましょう。 なお、交通事故証明書は保険会社が入手してくれることが多いですが、警察で申請書を提出しても入手できます。 ②実況見分調書①の交通事故証明書には、どちらが何キロくらい出していたのか、どの地点でブレーキをかけたのか、交差点のどの場所で衝突したのかといった、事故の具体的な状況までは記載されていません。 それを記載するのは、事故現場にやってきた警察が双方の言い分を聞いて作成する「実況見分調書」です。この実況見分調書は交通事故の証拠としてとても重要です。管理者としては、事故を起こしたスタッフに対して、「警察からの実況見分に冷静に対応するように。曖昧なことを断定的に言ったり、間違った事実を言ったりしないように」とアドバイスすることが大切です。 なお、物損事故だけの場合は、実況見分調書を簡略化した「物件事故報告書」という資料が警察によって作成されます。 ③ドライブレコーダー以上は事故が起きてからつくられる証拠ですが、できれば、スタッフが事故に巻き込まれた場合を想定して、事前に車両にドライブレコーダーを搭載しておくべきです。 ドライブレコーダーであれば、事故の客観的状況がありのままに記録されており、証拠としての価値はとても高いといえます。 示談交渉はどうすればいいの? 負傷者がいる場合には、後日で結構ですので、お相手の都合を尋ねたうえで、スタッフや管理者が「お見舞い」に行くことを検討してもよいでしょう。お相手の保険会社に連絡をすれば、お相手がお見舞いに応じてくださるかを教えてくれるでしょう。 ただし、「示談交渉」は、基本的にはステーション側の保険会社に任せたほうがよいです。お見舞いとは異なり、示談交渉は法的な責任を明確にするものであり、これは専門家でないと判断が難しいためです。 なお、こちら側が被害者の場合、相手の保険会社の和解提示額が、裁判所での相場よりも低いことがしばしばあります。そうした場合は、弁護士に依頼することも検討しましょう。自動車保険の中に、弁護士費用を保険会社が負担してくれる「弁護士費用特約」が付いていることがよくありますので、弁護士をつけようかと考えた場合は、まずステーション側の保険会社に「弁護士費用特約」があるか確認するとよいでしょう。その特約を使えば、弁護士費用を負担せずに弁護士を付けることができます。 管理者として最も重要な心構えとは 以上の他、スタッフが業務中に負傷した場合には、労災の申請も考えなくてはいけません。このように交通事故が起きた場合、管理者として判断すべき事柄は多岐にわたります。 とはいえ、最も重要なことは交通事故を起こさないことです。そのためには、余裕のある訪問スケジュールを組むようにして、スタッフがあわてて運転しなければならないような状況を未然に防ぐことを心がけましょう。 ・最も重要なことは事前の対策を行い、交通事故を起こさないようにすることです。・事故を起こしてしまった場合は、必ず警察に報告し、警察の指示を仰ぐようにしましょう。物損事故だけの場合も同様です。・また、事故直後は、示談交渉を急がず、「証拠固めをする」ことを意識しましょう。 前田 哲兵 弁護士(前田・鵜之沢法律事務所) ●プロフィール医療・介護分野の案件を多く手掛け、『業種別ビジネス契約書作成マニュアル』(共著)で、医療・ヘルスケア・介護分野を担当。現在、認定看護師教育課程(医療倫理)・認定看護管理者教育課程(人事労務管理)講師、朝日新聞「論座」執筆担当、板橋区いじめ問題専門委員会委員、登録政治資金監査人、日本プロ野球選手会公認選手代理人などを務める。所属する法律事務所のホームページはこちらhttps://mulaw.jp/記事編集:株式会社照林社

特集
2022年1月6日
2022年1月6日

第7回 防災対策、交通事故、個人情報保護、医療事故編/[その1]知りたい、BCP(事業継続計画)対策!基本的知識と策定手順をわかりやすく解説

イメージしてください。皆さまの地域で東日本大震災と同じような規模の地震が発生したり、新型コロナウイルスのような感染症が蔓延したらどのように対応しますか? そして、スタッフや利用者さんの安全をどのように守りますか? 事業所を継続的に運営するうえで、さまざまなリスクを想定した対策が必要です。今回は、安全配慮義務や自然災害対策としてBCP(Business Continuity Plan,事業継続計画)について考えていきます。 介護事業所ではBCP(事業継続計画)の策定が義務化されました。介護事業者との連携も多いなかで、訪問看護ステーションでもBCPの策定に取り組んだほうがよいのでしょうか。ぜひ取り組んでみてください。緊急事態にしっかりと対応できる、強い事業所づくりに必要な計画です。また、BCPの体制がしっかりできていないと、災害時に安全配慮義務違反に問われる場合があります。 安全配慮義務とは 会社等組織は、従業員や顧客が生命、身体等の安全を確保するために必要な配慮をする法律上の義務を負います。これを安全配慮義務といいます。 この安全配慮義務は、大規模な自然災害に対しても適応されます。東日本大震災による津波被害をきっかけとした多くの津波犠牲者訴訟では、従業員や顧客に対する企業の安全配慮義務が大きく取り上げられました。 これは、訪問看護ステーションでも同様です。スタッフや利用者さんの生命や健康に被害があり、それが事業所側の安全配慮義務違反によるということになれば、損害賠償責任を負うこととなります。さらに、事業所としてのマイナス評価による信用損失など被害はさらに甚大となります。 安全配慮義務に違反しないためのポイント 裁判例から「安全配慮義務違反」になるかどうかのポイントには2つあります。 第1のポイントは「自然災害発生後の情報収集体制が構築できているか」という点です。管理者は情報収集行動を行う担当者を決め、収集した情報を判断権者へ報告するしくみを構築する必要があります。具体的には判断する管理者が不在でも、責任権限が自動移譲される体制などをマニュアルへ記述することや、マニュアルの内容を従業員に対し教育・訓練で周知することです。 第2のポイントは「報告を受けた情報にもとづき適切な判断と行動がとれるか」という点です。情報を受けた判断権者ができる限り最善の判断ができるよう、最悪のシナリオなどを想定した訓練を平時から行っておく必要があります。 管理者がこうしたしくみや対策を講じていなければ安全配慮義務違反に問われる可能性があります。また、このポイントを押さえたBCP(Business Continuity Plan,事業継続計画)を策定する必要があります。 BCPとは 自然災害に起因した安全配慮義務に対応したBCPを策定するにあたっては、BCPの定義や概念などの基礎的な内容をしっかりと理解する必要があります。 内閣府による「事業継続ガイドライン」では、BCPは「大地震等の自然災害、感染症のまん延、テロ等の事件、大事故、サプライチェーン(供給網)の途絶、突発的な経営環境の変化など不側の事態が発生しても、重要な事業を中断させない、または中断しても可能な限り短い期間で復旧させるための方針、体制、手順等を示した計画」と定義されています。つまり、BCPとは自然災害だけではなく、経営に重大な影響を及ぼすようなリスクをすべて対象としています。 また、BCPは災害が発生した緊急時のみを対象としていません。BCPは緊急事態を乗り切った、その後、重要事業復旧までどのようにしてたどり着くかがテーマとなっています。そのため、重要事業復旧を順調に進めるために、事前に準備しておく必要があるのです。要するに、BCPは事前準備から重要業務再開までの取り組みということになります(図1)。 図1 BCPの範囲 BCP策定の手順 BCP策定の基本的な手順は次の①~⑩のとおりです。①基本方針の策定②対象とする災害リスクの特定③重要業務の決定④目標復旧時間の設定⑤重要な経営資源と対応策⑥財務状況の診断⑦BCP発動フロー⑧緊急対策本部の編成⑨教育・訓練の実施計画⑩見直し・更新 BCPの策定がゴールではなく、平時から教育や訓練を行いBCPの実効性を高め、新しい知識をふまえた定期的な見直しと更新も手順にしっかりと組み込むことが大切です。ここでは紙面の関係上、特に重要な①~③の項目についてポイントを解説します。 ①基本方針の策定BCP策定に取り組む目的を明確にします。何のために策定するのか、事業所の理念や基本方針との整合性を考えながら表現を工夫しましょう。例えば、次の3つの視点で目的を検討し、事業所の姿勢を関係者に知ってもらいます。・スタッフの視点 スタッフとその家族の安全と生活を守る。・利用者の視点 利用者さんの健康・身体・生命を守る。・地域社会の視点 地域の人々と協力しながら復興に貢献する。 ②対象とする災害リスクの特定地震、風水害、火災・爆発、広域停電、テロ、集団感染など考えられるリスクを洗いだし、そのリスクがどのくらい起こりやすいのか、そのリスクが起こったとき業務にどのくらい影響するのかを評価し、優先すべきリスクを特定します。リスクを評価する際には地域のハザードマップなどを参考にするとよいでしょう。 ③重要業務の決定リスクが発生した場合、どの業務を優先して守るか、どの業務から復旧するかの視点で、業務の優先順位を決めます。重要業務を決めるにあたっては、通常の業務と緊急時に発生する業務を抽出し、その業務が停止した場合の影響を考えていきます。表1には、通常の業務と緊急時に発生する業務の例と、業務停止による影響および緊急度を示しましたので参考にしてください。 表1 通常の業務と緊急時に発生する業務の例 【緊急度基準】SA:間断なく継続、A:数時間~24時間以内に開始、B:1~3日以内に開始 そして、重要業務が決定すれば、それをいつまでに復旧し、復旧するための経営資源をどのように確保するか、また、リスク発生時に取るべき具体的な行動を検討していきます。 * BCPの策定にあたっては、介護施設・事業所を対象としていますが、厚生労働省ホームページの「介護施設・事業所における業務継続計画(BCP)作成支援に関する研修」が参考になります。スタッフや利用者さん、そして地域に安心を与えられる事業所をめざし、ぜひBCPを作成してみてください。 ・緊急時における事業の安全配慮義務の観点からもBCPの策定は必要です。・BCPの定義や概念などの基礎的な内容を理解し、基本的な手順に則りBCPを策定してみましょう。 齋藤 暁株式会社ムトウ 執行役員 コンサルティング統括部 部長・CPS事業部 部長 ●プロフィール中小企業診断士・社会保険労務士・医業経営・医療労務コンサルタント医業経営・医療労務専門コンサルタント。全国の医療機関を対象に、中小企業診断士と社会保険労務士のW資格で経営と労務の両面をサポート。▼株式会社ムトウ コンサルティング統括部https://www.wism-mutoh.jp/business/consulting/記事編集:株式会社照林社

特集
2021年12月28日
2021年12月28日

第6回 ハラスメント、育児・介護と仕事の両立支援編/[その4]「介護離職」を防ぎたい! スタッフの負担軽減のために事業所にできること

高齢化が進み、介護と仕事の両立が必要な人が年々増えてきています。事業所でも育児・介護休業法で定められている両立支援制度を整備し、介護をしながら勤務を継続したいスタッフへのサポートを行う必要があります。多様な働き方に柔軟に対応するしくみづくりを通じて、さまざまな知見や経験を有する多才なスタッフが働き続けられる、しなやかな強さを持つ職場をつくっていきましょう。 職場に、介護が必要な家族と同居しているスタッフがいます。そのスタッフから、最近業務が忙しくなってきたこともあり、介護と仕事の両立が難しくなってきたと相談されました。彼女はベテランの訪問看護師で、大切な人材です。介護離職をしてしまうと経済的負担なども心配です。何とか彼女をサポートできるしくみを整えたいです。どのような支援を行えばよいでしょうか。育児と同様、介護と仕事の両立においても、育児・介護休業法でさまざまな支援制度が定められています。両立支援制度を組み合わせて活用し、家族をサポートするスタッフの負担軽減に努めましょう。 介護と仕事の両立支援のための措置・制度 働く人の介護と仕事の両立のために、育児・介護休業法では、さまざまな支援制度を定めています。 育児と仕事の両立支援制度と同様に、事業所に介護と仕事の両立支援制度を規程する就業規則がなくても、介護休業、介護休暇、所定外労働・法定時間外労働・深夜業の制限は、法律に基づいて本人の申し出により利用することができます。 表1に主な両立支援制度をまとめました。 表1 法律で定められた主な介護と育児の両立支援制度 厚生労働省『介護休業制度』特設サイトをもとに作成https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/ryouritsu/kaigo/ 育児・介護休業法では、「要介護状態」および「対象家族」を介護する場合に上記の制度ができます。 ここでいう「要介護状態」とは、要介護認定を受けていなくても、負傷、疾病または身体上もしくは精神上の障害により、2週間以上の期間にわたり「常時介護を必要とする状態」のことをいいますので注意しましょう。 なお、「常時介護を必要とする状態」とは、以下の表2を参照しつつ、判断することとなります。 表2 常時介護を必要とする状態に関する判断基準 (注1)各項目の1の状態中、「自分で可」には、福祉用具を使ったり、自分の手で支えて自分でできる場合も含む。(注2)各項目の2の状態中、「見守り等」とは、常時の付き添いの必要がある「見守り」や、認知症高齢者等の場合に必要な行為の「確認」、「指示」、「声かけ」等のことである。(注3)「①座位保持」の「支えてもらえればできる」には背もたれがあれば一人で座っていることができる場合も含む。(注4)「④水分・食事摂取」の「見守り等」には動作を見守ることや、摂取する量の過小・過多の判断を支援する声かけを含む。(注5)⑨3の状態(「物を壊したり衣類を破くことがほとんど毎日ある」)には「自分や他人を傷つけることがときどきある」状態を含む。(注6)「⑫日常の意思決定」とは毎日の暮らしにおける活動に関して意思決定ができる能力をいう。(注7)慣れ親しんだ日常生活に関する事項(見たいテレビ番組やその日の献立等)に関する意思決定はできるが、本人に関する重要な決定への合意等(ケアプランの作成への参加、治療方針への合意等)には、指示や支援を必要とすることをいう。 厚生労働省ホームページ『仕事と介護の両立 よくあるお問い合わせ』「常時介護を必要とする状態に関する判断基準」より引用https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/ryouritsu/otoiawase_jigyousya.html#01 事業所には、介護と仕事の両立のためのさまざまな制度を整備し、運用する義務があります。 育児と仕事の両立支援同様、介護についても支援制度の整備に活用できる公的なサポートはあるのでしょうか?あります。「仕事と家庭の両立プランナー」が育児の場合と同様に、訪問支援を行ってくれます。また、助成金制度の活用も可能です。 「仕事と家庭の両立支援プランナー」を活用しよう 国の事業として、中小企業における介護や仕事と両立支援・経営支援のノウハウを持つ専門家が、無料で訪問支援を行っています。厚生労働省のサイトでは、次のような事業主に申し込みを呼びかけています。該当する場合は、ぜひ利用を検討してみてください。 ●介護に直面した従業員がいるが、休業などの制度を利用する予定●既に仕事と介護を両立しながら働く従業員がいるが、さらにサポートをしたい●上記のような従業員はいないが、社として備えておきたい 詳しくは以下をご参照ください。 ▼厚生労働省ホームページ「仕事と家庭の両立支援プランナー」の支援を希望する事業主の方へhttps://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000080072.html 助成金制度を活用しよう 介護についても、職業生活と家庭生活が両立できる「職場環境づくり」のために、雇用保険の『両立支援等助成金』があります。2021年度における介護と仕事の両立支援推進を目的とした『両立支援等助成金』には、以下の表3に示すコースがあります。 表3 介護離職防止支援コース  ▼厚生労働省ホームページ2021年度 両立支援等助成金のご案内https://www.mhlw.go.jp/content/000811565.pdf令和3年度 両立支援等助成金 介護離職防止支援コース 「新型コロナウイルス感染症対応特例」のご案内https://www.mhlw.go.jp/content/000806011.pdf これ以外にも、自治体で準備している助成金・補助金制度などもありますので、情報収集されることをお勧めします。 前回の記事でも述べましたが、助成金・補助金制度については、細かな要件や期限内に提出が必要な書類があります。また、毎年内容が変更されることが少なくありませんので、リーフレットなどをよく確認しましょう。『両立支援等助成金』などの雇用関係助成金に関する相談窓口は、事業所を管轄する労働局ハローワークが窓口になります。 国の支援などを上手に活用して制度整備を行い、職員が介護を理由に離職することなく、継続して働ける支援を行っていきましょう。 介護離職を防ぐ事業所の制度を整備・促進するため、プランナーの派遣や助成金・補助金制度など、国や自治体でさまざまな支援活動が準備されています。それらを積極的に活用しましょう。 ** 加藤 明子 加藤看護師社労士事務所代表看護師・特定社会保険労務士・医療労務コンサルタント ●プロフィール看護師として医療機関に在職中に社会保険労務士の資格を取得。社労士法人での勤務や、日本看護協会での勤務を経て、現在は、加藤看護師社労士事務所を設立し、労務管理のサポートや執筆・研修を行っている。▼加藤看護師社労士事務所https://www.kato-nsr.com/ 記事編集:株式会社照林社

特集
2021年12月21日
2021年12月21日

第6回 ハラスメント、育児・介護と仕事の両立支援編/[その3]育休の分割取得も可能に、法改正でここまで変わる育児と仕事の両立支援制度

妊娠や育児と仕事を両立するためのさまざまな制度が法律で定められています。子育てをしながら訪問看護師として働く看護職も増えてきています。2022年4月からは、育児休業制度などの周知や意向確認も義務づけられますので、事業所は妊娠や育児と仕事の両立支援制度を整備し、活用できるように準備していきましょう。 先日、スタッフから「妊娠した」との報告を受けました。出産後も引き続き、この事業所で働きたいと話してくれています。妊娠中だけでなく、産後は子育てしながら仕事ができるように、職場としてしっかりサポートしたいと思っています。どういった支援を行えばよいでしょうか。 短時間勤務制度や所定外労働の制限や育児休業制度など、さまざまな育児と仕事の両立支援制度が定められています。さらに、2021年6月に育児・介護休業法が改正され、一層の拡充が進んでいます。改正ポイントもふまえたうえで、職場の制度を見直し、整備していくことが大切です。 妊娠や育児と仕事の両立支援のための措置・制度 まずは、労働基準法や育児・介護休業法などの法律で定められている妊娠や育児と仕事の両立支援制度について確認していきましょう。表1~表3をご覧ください。 表1 <妊娠~産前・産後休業期間>において法律で定められている両立支援のための措置・制度の一覧 ※産後6週間を経過後に本人が請求し、医師が認めた場合は就業することができます。 厚生労働省『育児・介護休業法のあらまし』を参考に作成https://www.mhlw.go.jp/content/11909000/000355354.pdf 表2 <育児休業期間>において法律で定められている両立支援のための措置・制度の一覧 ※男性の育児休業取得促進として、以下のような法制度が定められています。・夫婦で育児休業を取得すると、1歳2か月まで休業できる(制度名:パパ・ママ育休プラス)・妻の産休中に夫が休業した場合、夫は2度目も取得できる。・配偶者が専業主婦(夫)でも休業できる。 厚生労働省『育児・介護休業法のあらまし』を参考に作成https://www.mhlw.go.jp/content/11909000/000355354.pdf 表3 <職場復帰後>において法律で定められている両立支援のための措置・制度の一覧 厚生労働省『育児・介護休業法のあらまし』を参考に作成https://www.mhlw.go.jp/content/11909000/000355354.pdf 育児・介護休業法、ここが変わります! 2021年6月に育児・介護休業法が改正され、2022年4月からは育児休業を取得しやすい雇用環境の整備、スタッフへの個別の周知やスタッフの意向確認の措置が義務づけられます。 また、2022年10月からは「産後パパ育休」(出生時育児休業)の創設、育児休業の分割取得が可能となり、男女問わず育児と仕事の両立支援制度が手厚くなります。産後パパ育休とは、育児休業とは別に、父親が子どもの誕生直後8週間以内に最大4週間までの休業を2回に分けて取得することができる制度です。 では、2022年4月からどのようなことが義務づけられるのか、具体的に見ていきましょう。 ●育児休業を取得しやすい雇用環境の整備 育児休業と産後パパ育休の申し出が円滑に行われるようにするため、事業主は以下のいずれかの措置を講じなければなりません。 ①育児休業・産後パパ育休に関する研修の実施②育児休業・産後パパ育休に関する相談体制の整備等(相談窓口設置)③自社の労働者の育児休業・産後パパ育休取得事例の収集・提供④自社の労働者へ育児休業・産後パパ育休制度と育児休業取得促進に関する方針の周知厚生労働省リーフレット『育児・介護休業法 改正ポイントのご案内』より引用https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000789715.pdf  なお、①~④については複数の措置を講じることが望ましいとされています。 ●妊娠・出産(本人または配偶者)の申し出をした労働者に対する個別の周知・意向確認の措置 本人または配偶者の妊娠・出産等を申し出た労働者に対して、事業主は育児休業制度等に関する以下の事項の周知と休業の取得意向の確認を、個別に行わなければなりません。周知や意向を確認する方法も示され、面談、書面等での情報提供が挙げられています。 厚生労働省リーフレット『育児・介護休業法 改正ポイントのご案内』より引用https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000789715.pdf  これらの新しいしくみを整えて、スタッフの育児と仕事の両立を後押しすることが事業所に求められています。 ・事業所には、妊娠や育児と仕事の両立のためのさまざまな制度を整備し、運用する義務があります。・2022年4月からは育児休業を取得しやすい雇用環境の整備、スタッフへの個別の周知や意向確認の措置が義務づけられます。 妊娠や育児と仕事の両立を支援できる制度を整備したいのですが、どのように進めればよいのかわかりません。活用できる助成金制度もあるのでしょうか?事業所の制度を整備・促進するため、国や自治体でさまざまな支援活動が準備されています。専門家に相談することもできます。活用できる助成金制度もあるので、積極的に情報収集してください。 「仕事と家庭の両立支援プランナー」を活用しよう どのように制度を整備し、運用したらよいのか悩まれている管理者の方もいらっしゃるかと思います。そのようなときにお勧めしたいのが、「仕事と家庭の両立支援プランナー」です。 国の事業として、中小企業における育児や仕事の両立支援・経営支援のノウハウを持つ専門家が、無料で訪問支援を行っており、厚生労働省のサイトでは、次のような事業主に申し込みを呼びかけています。 ●出産予定の従業員がいて、産休・育休の前後をしっかりフォローしたい●育休を取得する男性従業員がいるが、どのように制度を整えたらよいか分からない●現在は、育休予定の従業員はいないが、社として備えておきたい ぜひ「仕事と家庭の両立支援プランナー」の利用を検討しましょう。詳しくは以下をご参照ください。 ▼厚生労働省ホームページ「仕事と家庭の両立支援プランナー」の支援を希望する事業主の方へhttps://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000080072.html 助成金制度を活用しよう 職業生活と家庭生活を両立できる「職場環境づくり」のための、雇用保険の『両立支援等助成金』があります。2021年度における育児と仕事の両立支援推進を目的とした『両立支援等助成金』には、以下のようなコースがあります。 ・出生時両立支援コース(子育てパパ支援助成金) 57万円~・育児休業等支援コース 28.5万円~ ▼厚生労働省ホームページ2021年度 両立支援等助成金のご案内https://www.mhlw.go.jp/content/000811565.pdf これ以外にも、自治体で準備している助成金・補助金制度などもありますので、情報収集されることをお勧めします。 助成金・補助金制度については、細かな要件や提出が必要な資料があります。また、毎年内容が変更されることが多いので、リーフレットなどをよく確認しましょう。『両立支援等助成金』などの雇用関係助成金に関する相談窓口は、事業所を管轄する労働局ハローワークが窓口です。 国の支援などを上手に活用して制度整備を行い、スタッフが妊娠・出産・育児を理由に離職することなく、継続して働ける支援を行っていきましょう。多様な働き方ができる職場は、多才なスタッフが力を発揮できる強い組織となります! 育児休業など事業所の制度を整備・促進するため、プランナーの派遣や助成金・補助金制度など、国や自治体でさまざまな支援活動が準備されています。それらを積極的に活用しましょう。 ** 加藤 明子 加藤看護師社労士事務所代表看護師・特定社会保険労務士・医療労務コンサルタント ●プロフィール看護師として医療機関に在職中に社会保険労務士の資格を取得。社労士法人での勤務や、日本看護協会での勤務を経て、現在は、加藤看護師社労士事務所を設立し、労務管理のサポートや執筆・研修を行っている。▼加藤看護師社労士事務所https://www.kato-nsr.com/ 記事編集:株式会社照林社

× 会員登録する(無料) ログインはこちら