(株)N・フィールド  NsPace独占インタビュー

インタビュー
2022年4月5日
2022年4月5日

どうすればいい? 利用者さんからの拒否

精神科訪問看護に特化して運営しているN・フィールド。今回は、訪問看護のサービス利用に強い拒否感がある利用者への対応などについて、引き続き精神看護専門看護師の中村創さんに話をうかがいました。(以下敬称略) お話中村創 株式会社N・フィールド 精神看護専門看護師 サービス受け入れ拒否の背景 [中村]介護サービスなどでもしばしばみられるように、精神科訪問看護でも、周囲が必要と考えても利用者さんがサービス受け入れを拒否するケースがあります。 具体的な背景には、医療者への不信感が強い、たとえば、特にコロナ禍といった状況では、利用者さん自身が悪いウイルスを持っていると思い込み「来てほしくない」との連絡があるケースや、本人は訪問看護を不要と思っており、理由を尋ねると「『退院をしたければ訪問看護を受けること』と主治医に言われたから」というケースなどがあります。 初回訪問がとても大切 [中村]「拒否があるから、何もしない」ということはありません。外来受診ができているか、電気メーターはいつもと変わらずに回っているかといった「生存確認」など、最低限からでも、できる支援を模索します。 「自分自身にウイルスがある」と思って「来てほしくない」と言う人は、それだけ不安が強い状態だということです。電話でご様子を確認しながら、訪問できるタイミングを計ります。訪問できたら、少し受け入れるキャパシティが広がってきたのだなと、アセスメント項目として、みさせていただくわけです。 このように、サービス利用に強い拒否感のある利用者さんへの対応においては、初回訪問がとても大切だと思っています。 「来てほしくない」と思われているのに、最初から看護師の専門性を前面に出してしまうと、訪問拒否につながることもあります。心がけているのは、ご本人にとって不快ではない時間を作っていくことです。 役割意識で利用者を『尋問』していないか [中村]「安心」「快適」という感覚は、利用者さんの主観によるものです。それをこちらが、「私が来たから安心でしょう」と押しつけてはダメですよね。最初に「私はあなたの敵ではないし、危険な存在でもないですよ」と、いかにして認識してもらうかが、何よりも大切です。 私たちは、気をつけていてもつい、訪問看護師としての専門性を発揮しよう、役割を遂行しようと力が入りすぎて、利用者さんの「安心」や「快適」を引き下げてしまうことがあります。 「薬を飲めていますか」「朝起きられていますか」と言うことは、利用者さんからすると尋問です。そうした医療者視点からのアプローチでは、利用者さんは疲れてしまいます。そうではなく、その人の生活にこちらがいかに乗っていけるか。それが、「安心」「快適」を感じていただける最低ラインの専門性であり、スキルだと考えています。 看護は対人関係のプロセスそのもの [中村]そもそも、訪問看護師は利用者に対して「訪問したからには専門職として何かしなくてはいけない」と考えがちではないかと私は考えています。 そうした意識を、実は利用者さんのほうが鋭く感じ取り、プレッシャーを受けていることもあります。 そうならないよう私が心がけているのは、「まず顔見知りになる」です。私は看護理論のなかで「看護は対人関係のプロセス」1)という言葉をとても大切にしています。 見知らぬ看護師である私の訪問を受け入れた利用者さんは、最初、とても緊張しています。それが、氷が溶けるように少しずつ心を開いていってくれる。その感覚を味わうことが、看護師にとっての醍醐味だと思っています。そして、心の氷が溶けるような体験は、利用者さんにとっては、対人関係上のトレーニングでもあるのです。 知的障害や発達障害のある人は、他者とのコミュニケーションに強い苦手意識を持っていることもあります。うまくコミュニケーションをとれなかった体験の累積で、自己肯定感がどんどん低下していることが多いのです。しかし、訪問看護師を受け入れたことで、「あれ? 私、今、人がいても大丈夫だ」と気づく。この体験がとても大切なのです。 何もしないでそっとそばにいる [中村]精神科看護には、「ただそばにいること」の意味を示した「シュヴィング的接近」というかかわりかたがあります。これは、何か月も病室で毛布にくるまり、他者とのかかわりを一切持とうとしなかった少女のベッドサイドに、看護師が毎日同じ時刻、静かに30分間座ることで起きた変化を、看護師のシュヴィングが伝えたことに由来します。 数日後、少女は毛布から顔を出して看護師を見ますが、看護師は変わらず静かに座り続けます。それに安心した少女は、起き上がって看護師をじっと見て、翌日には少女のほうから話しかけてきた、というのです。 傷ついてきた人には、まず何も働きかけずに、そっとそばにいる。これが基本ではないかと思うのです。相手に、「そばにいてもいい」と受け入れられはじめる、少しずつ関係ができる。そしてようやく、その人の抱える生きづらさを軽減する方策を考えるお手伝いができるようになります。 専門職にとって「何もしないでそばにいる」というのはとても難しい。しかし、とても大切なことだと思っています。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇Travelbee,J.『人間対人間の看護』長谷川浩ほか訳.医学書院,1974.

インタビュー
2022年3月29日
2022年3月29日

専門性を押しつけない支援で利用者を支える

精神科訪問看護に特化して運営しているN・フィールド。今回は訪問先での主要な仕事の一つでもある服薬について、取締役の郷田泰宏さん、精神看護専門看護師の中村創さんにお話をうかがいました。(以下敬称略) お話郷田泰宏 株式会社N・フィールド 取締役中村創 株式会社N・フィールド 精神看護専門看護師 服薬中断という現実 [郷田]私たちは、精神疾患のある人を、病院から地域へと定着させる役割を担っています。サービスに入らせていただき徐々に利用者さんの地域での生活が落ち着いてきたと思っていたら、デイサービスなどへの通所が滞りがちになることがあります。その背景には、多くの場合、服薬の中断という現実があります。 調子が悪くなったとき、その変化を訪問看護師がいち早くキャッチし、医療との橋渡しをすることが大切です。薬の調整ですむ場合もありますし、入院になったとしても重症化する前に入院できれば、早期退院につながります。 早期対応によって調子を取り戻し、早く元の生活に戻っていただけるよう支援する役割を、訪問看護師は担っていると思います。 [中村]実際に訪問していても、病院で薬を処方されても、症状が治まるとつい服用を忘れてしまう。あるいは自己判断でやめてしまう利用者さんは、実は多いです。一般診療科でも、服薬の継続はしばしば課題になりますよね。高齢者や認知症の人も同様です。 向精神薬には副反応が強く出たり、期待する効果が出るまでの服薬継続に努力を要したりするものもあり、どうしても在宅ではご自身で管理しきれず、服薬の中断が起こりがちなのです。 「吐き気が出るから飲みたくない」ケース [中村]利用者さんに、「この薬は飲みたくない」と言われたことがありました。吐き気が強く出る抗うつ薬でした。 まず利用者さんに、その薬の作用を聞いているかお尋ねしました。「セロトニンをためておく作用があると聞いた」と答えてくださいました。そこで、「セロトニンは、たくさんたまると嘔吐中枢のスイッチを押す場合もあるんです」と伝えました。「それは知らなかった。医者から言われたかもしれないけれど、忘れていた」ともおっしゃいました。 専門性を引き出しに備えておく [中村]それから、脳の機能について説明しました。薬で増えたセロトニンの量を、脳が『これぐらいが一定なのか、じゃあ、もう吐かなくてもいいや』と学習するのに、2~4週間かかるんですよ、という説明です。その利用者さんは、飲みはじめて1週間でした。 さらに、「あまり吐き気がつらいようなら吐き気止めを処方してもらえるよう主治医に連絡しましょうか」と提案しました。制吐薬の処方により、実際吐き気が治まったことで、利用者さんは納得し、服用を継続することができました。 セロトニンについての情報提供のような、医療職としての専門性は、いつも引き出しには用意しておきます。でもいつも出すわけじゃない。あなたの必要に応じて発揮しますよ、というスタンスがいいのではないかと考えています。 「大丈夫かと思って飲まなかった」ケース [中村]もう一つは、利用者さんが「死ね」「消えろ」という声がしてとてもつらい、と訴えてきたケースです。そのとき私は、「それはいつからなのでしょうか。お薬も飲めているのにおかしいなぁ……」と、あえて独り言のように返しました。 すると、その利用者さんは「実は、大丈夫かなと思って、薬を飲まなかったんだよね」とポツリ。このような場合、服薬中断をとがめたり責めたりは絶対にしません。 私は「薬を飲んでいたときと、やめてみたときで何が変わりましたか」と尋ねました。「症状がなくなったから大丈夫と思って薬をやめたら、また症状が出てきた」と答える利用者さんに、「なるほど。ご自分では、そのことについてどう思いますか?」と問いかけました。 「症状が出たのは薬を飲まなかったからでしょ」というのは、こちらの考えの押しつけです。そうではなく、ご自分でそこに気づいてほしいわけです。 利用者自身が気づき、腑に落ちることが大切 [中村]この方は「じゃあ、ちょっと飲んだほうがいいかな」とおっしゃいました。そこで、服薬を続けるほうが症状は落ち着くし、自己判断で薬をやめて入院になる人も多いかな、という『一般論』を伝えます。ご本人が腑に落ちることが大切なのです。 自分の生活がうまくいっていることと、薬の効果が、実は関係がある。利用者さん自身がそう実感できて初めて、服薬は継続できるものです。その説明を抜きにして「ただ処方されているから飲んでください」ではうまくいかないですね。 重要なのは、薬を飲むか飲まないかではなく、利用者さん自身の生活の充足が実現されること。「生活の充足」というゴールに、薬を使ってたどり着く選択をするかどうかは、その人しだいです。私はそう考えて、「利用者さん自身が自分で気づき、選択するための支援」を行っています。 記事編集:株式会社メディカ出版

インタビュー
2022年3月22日
2022年3月22日

精神科訪問看護師は利用者を孤立させない

精神科訪問看護に特化するN・フィールド。今回は精神科訪問看護で求められていることについて、取締役の郷田泰宏さん、看護師の中村創さん、精神保健福祉士の谷所敦史さんに語っていただきました。(以下敬称略) お話郷田泰宏 株式会社N・フィールド 取締役中村創 株式会社N・フィールド 精神看護専門看護師谷所敦史 株式会社N・フィールド 精神保健福祉士 精神病床でも在院期間が年々短縮化 [郷田]精神疾患も含め、病気の治療は基本的には病院で行われるものです。しかし入院治療をみると、医療費適正化政策によって入院期間は年々短縮化が進められています。 2010年には18.2日だった一般病床の平均在院(入院)日数は2019年には16.0日に。精神病床においても、2010年に301.0日だった在院期間が2019年には265.8日に短縮されています。 一般診療科も精神科も、病院での治療が終わったら、リハビリテーションなども含めたフォローは在宅で。今、日本の医療はそうした方針で動いているのです。 治療継続と孤立防止 [郷田]そこで、私たち精神科訪問看護が担うのは、治療の継続です。 精神疾患は、病院での治療が終わればそれで完治というものではありません。慢性疾患に近い側面があり、病院で集中的な治療を受けた後の継続的な治療において、当社のような訪問看護の役割があると考えています。 一方で、精神科訪問看護では、利用者さんを「疾患や障がいのある人」としてみるだけでなく、「地域で暮らす生活者」としてみる視点も必要です。 社会資源と結びつけることで終わらずに [郷田]精神の疾患や障がいを持つ人は、いろいろな症状の影響で、どうしても孤立しがちです。そこを、私たち訪問看護師が、デイサービスや就労移行支援事業所など、地域の社会資源との間に入って調整する、孤立させないようにする。 疾患や障がいがある人も、自分たちの居場所を求めています。そういう人々に、居場所や役割を提供していくこと。そして、単に社会資源と結びつけるだけでなく、利用者さんが今どういう状態にあるかという情報提供をすることも、訪問看護師の大事な役割だと考えています。 何かあったときに、利用者さんがすぐに相談できる存在として、私たち訪問看護師がいる。 訪問看護師は、在宅医療の一つのパーツにすぎません。利用者さんを中心に、地域のサポート資源全体で支えていく。そのために、私たち精神科訪問看護を上手に使ってもらえればと考えています。 生活を自分で成り立たせるサポート [中村]当社の利用者さんは、約4割が統合失調症系の疾患のある人です。次いで、依存症系、うつなどの感情障害系、パーソナリティ障害系の人が多い傾向にあります。実際に訪問すると、案外、自分で生活できている人が多い印象です。そこで私たちが果たす役割は、生活をご自分で成り立たせることへのサポートだと考えています。 実際に在宅で利用者さんを支援していると、精神科訪問看護に対する医師からの要望は、主に二つあります。一つは、利用者さんが在宅で安定して生活できているかどうかの確認。もう一つは内服状況の確認です。 精神疾患のある人は、ある程度生活ができていても、ちょっとしたことでつまずき、そこから生活がガタガタと崩れてしまうことがあります。私たちはそうならないよう、対処法を一緒に考えたり、部分的に手をお貸ししたりするわけですが、かといってできないことを肩代わりしてもいけない。この調整が、実はいちばん難しいと考えています。 看護師とは異なる側面からの支援 [谷所]当社では、看護師だけでなく、ソーシャルワーカーや作業療法士も参画し、多職種チームで利用者さんをサポートしています。私はソーシャルワーカーとして、看護師とは異なる側面から、在宅生活を円滑に送れるよう支援しています。 利用者さんには、偏食や過食がある、生活リズムが一定しない、金銭管理ができないなど、生活障害を抱える人も多くいらっしゃいます。経済的支援や地域サービスによる支援が必要でも、それをご自分で見つけるのが苦手な人もいらっしゃいます。そうした人と、支援制度や支援機関などの社会資源とをつないでいくのが、私たちソーシャルワーカーの役割です。 最近は、外来患者のソーシャルワーク担当制を採用していない病院が少なからずあり、そうした病院から「外来患者の障害年金の申請を手伝ってほしい」といった依頼が来ることもあります。 病院と連携して、病院では手が回らないところを請け負い、調整しながら利用者さんの生活を支えていく。地域でそうした役割を担うことも増えてきました。 医療だけでは支えきれない部分を、ソーシャルワーカーがカバーしていく。さらには、ゴミの出しかたや洗濯機の使いかたがわからないなど、小さいようで本人にとっては大きな悩みに、作業療法士が対応し生活の底上げを図っていく。 各職種が強みを生かし、多角的な支援を行うことによって、精神疾患のある人の在宅生活を支えているのです。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】1)厚生労働省.「平均在院日数」『平成22年(2010)医療施設(動態)調査・病院報告の概況』2010,22.2)厚生労働省.「平均在院日数」『令和元年(2019)医療施設(動態)調査・病院報告の概況』2019,21.

インタビュー
2022年3月15日
2022年3月15日

ソーシャルワーカーが地域での受け入れ体制を支援

精神科訪問看護に特化して運営しているN・フィールド。実際のサービス提供は、一般の訪問看護とどう違うのだろう。今回は同社の看護師・中村創さんと、精神保健福祉士・谷所敦史さんに、現場で感じる感覚について語っていただきました。(以下敬称略) お話中村 創 株式会社N・フィールド 看護師谷所 敦史 株式会社N・フィールド 精神保健福祉士 精神科病院ができることには限界がある [中村]精神科病院を受診する患者数は、年々増加しています。2002年には約224万人だった外来患者数は、2017年には約389万人まで増加(注1)。現在は400万人を超えているのではといわれています。 一方で、指定訪問看護ステーション数は、2021年6月現在、全国で約1万3000拠点(注2)。患者数に比べて圧倒的に少ないうえ、すべてのステーションが精神科訪問看護に対応しているわけではありません。 この圧倒的な数の不足が、訪問看護、なかでも精神科訪問看護の難しさだと思います。しかしだからこそ、これからどんどん変化が出てくるところにやりがいを感じています。 訪問看護に注力すると、病棟で看護していたときより、患者さんの変化に気づくことができるようになります。それを目の当たりにした看護師もまた変わっていきます。 精神科訪問看護はまだ試行錯誤のなかにあると思いますが、そういう相互作用の繰り返しが変革をもたらすところに、やりがいも、おもしろさもあると思っています。 [谷所]私は触法障がい者(注3)を支援する病棟で勤務していた経験があるのですが、そういう方たちの退院を支援するには、地域とのつながりが必須となります。しかし病院では、できることに限界があります。だから私は地域で活動したいと考え、N・フィールドに入社しました。 現実には、訪問看護ステーションに勤務するソーシャルワーカーはまだまだ少数です。しかしだからこそ、この先、もっと道がひらけていくと考えています。 10年、20年入院している方を病院が退院させるのが難しいなら、地域のほうで働きかけ病院から外に出ていただこうと思っていて。「私たちが地域で支えていくので退院させてください」と言えたらいいですよね。 地域の理解が社会復帰の潤滑油に [谷所]地域での受け入れ体制を整備するため、N・フィールドでは「住宅支援サービス」も行っています。 「住宅支援サービス」とは、精神疾患があるなどさまざまな理由によって、地域での住居探しが困難な人に住居を見つけ、入居後も訪問看護師と連携しながら生活をサポートしていくサービスです。 このサービスも含め、国の政策の一つでもある長期入院の解消を進めるにはどういう活動ができるかを考えていく。そこが面白いのです。社会的入院からの社会復帰は以前よりは増えてきていますが、まだ十分とはいえませんから。 [中村]そこには、地域での精神疾患のある人への理解度が大きく影響していると思います。 ある町内会では、地域の清掃活動に精神科の外来患者さんも加わり、住民と一緒に清掃をしています。清掃が終われば、住民が精神疾患のある人にもごく自然に「参加してくれてありがとう」と声を掛けてくれる。そういう地域と、人里離れた山の上に精神科病院があって精神疾患のある人と出会ったこともない地域とでは、精神疾患に対する受け止めはまったく違います。 ソーシャルワーカーがいることの意味 [谷所]地域で何か事件を起こした人に精神科受診歴があると、それによっても空気が変わります。そうした報道があると、精神疾患がある人の地域復帰のハードルは一気に高くなってしまいます。 事件に至る人は非常に特異なケースです。しかし、そうした人も地域で支える何かがあれば違っていたのではないかと感じます。その「何か」の一つが、精神科訪問看護でありたい。 そういう意味で、地域でもっと訪問看護を知ってもらいたいですし、もっとうまく活用してほしい。地域で医療につながっていない方も、私たちソーシャルワーカーが動くことでつなげていければと考えています。 実際、保健所などからの依頼で、契約していない人の家に同行訪問することもあります。そうした社会貢献も当社のソーシャルワーカーの役割です。 ソーシャルワークに出会えていない人に支援を届けていくことで、訪問看護を知ってもらえますし、地域のメンタルヘルスケアにも貢献できます。全国規模の会社ですから、そこを丁寧にやっていきたいと考えています。 [中村]精神疾患を持ち、つらい思いをした時期があってもそこから立ち直り、しっかり生活できている。それを、医師や支援者ではなく、経験した本人が語るほうが、よほど説得力があります。北欧では、先行く先輩としてそうした人たちを「経験専門家」と呼んでいます。経験を語る場の提供に、当社もかかわれたらと考えています。 注1 厚生労働省.『精神疾患を有する外来患者数の推移(疾病別内訳)』『精神障害にも対応した地域包括ケアシステム構築のための手引き(2020年度版)』2021,5.注2 一般社団法人全国訪問看護事業協会.『令和3年度訪問看護ステーション数調査結果』注3 触法障がい者とは、法に触れる行為をしてしまった知的障がい者・精神障がい者をいいます。 記事編集:株式会社メディカ出版

インタビュー
2022年3月8日
2022年3月8日

看護師を支援するICTと教育のしくみ

精神科訪問看護に特化して運営しているN・フィールド。多くのステーションが人材不足で悩むなか、24時間オンコールの廃止、残業なしなどの「働きやすさ」で注目を集めています。しかしそれだけではありません。人材育成やICTの活用などについて、取締役の郷田泰宏さんと看護師の中村創さん、精神保健福祉士の谷所敦史さんに語っていただきました。(以下敬称略) お話郷田 泰宏 株式会社N・フィールド 取締役中村 創 株式会社N・フィールド 看護師谷所 敦史 株式会社N・フィールド 精神保健福祉士 人材育成に独自の研修プログラムを整備 [郷田]N・フィールドでは、入社した看護師の教育研修のため、「教育専任部」を設置し、独自のマニュアルや研修プログラムに沿って、体系的な教育を行っています。前回お話しした、オンコール体制をとらない、18時までの勤務などもそうしたプログラムの一環です。 精神科経験のないスタッフには、入社後にまず、定められている3日間の「精神科訪問看護基本療養費算定要件研修」を受講してもらいます。その後、マニュアルや動画を使用した社内研修で、精神疾患や精神科訪問看護の知識を身につけたうえで、同行研修を実施します。経験の少ない看護師には、自信がつくまで2人ひと組の同行訪問でOJTを実施し、ひとり立ちできるよう育成しています。 AIを活用してアセスメントを可視化する 精神科医療は他の診療科に比べ、アセスメントや診断に科学的根拠を示しにくい領域です。精神科訪問看護においても、アセスメントは看護師一人一人の観察眼や感覚に頼るところが大きく、客観性や科学的根拠についての課題が指摘されていました。 そこで当社では2020年にアセスメントを可視化し、判断に科学的根拠を提供する看護支援システム「TWiNSS」を導入しました。 「TWiNSS」とは、看護師が訪問後に作成し、蓄積された日々の看護記録をAIが読み込み、記述されているキーワードの集積から、個々の利用者の症状の変化をグラフと点数で可視化するというものです。 「TWiNSS」はコミュニケーションを活発にする 利用者さんの心身の調子の「波」を可視化することで、入院のリスクを早めにキャッチでき、早期対応が可能になります。また、どのような治療や支援が有効であったか、これから必要になりそうかなどを、担当看護師とは違う視点からの情報が提供されるため、ステーション内のカンファレンスでの議論が活発になってきました。 ベテラン看護師でも、自分のアセスメントと異なる情報が「TWiNSS」から示されることがあります。それもまた意義があると私たちは考えています。 どちらのアセスメントがよい、ということではありません。アセスメントの違いをどう分析するのか。いろいろな可能性があるなかで、利用者さんにどのようなかかわりをするのか。そこに議論が生まれることで、ステーションとしての一体感が高まります。看護の「熱」を増すことにつながるコミュニケーションツールだと感じています。 もちろん、人がつくるこうしたシステムに完璧はありません。「TWiNSS」も、まだ改良の余地があると思っています。看護記録の様式や用語の統一など、これからさらに精度を上げていって、将来的には病院でも導入してもらえれば、退院時にスムーズに利用者さんの情報を在宅に引き継ぐことができます。 看護師の『肌感覚』ではつかめない異変をキャッチ [中村]「TWiNSS」を現場で活用していると、しばしばびっくりするぐらい的中することがあります。 支離滅裂な言動もなく、安定していたためノーチェックだった利用者さんがいました。ただ看護記録には、「『少し足が痛い』と言っている、せかせか歩いている」という記述がありました。そういった記録が増えた月の翌月初に、その方の入院リスク値が40%から70%にポーンと高くなったのです。 どうしたのだろうと思っていたら、その月に実際、入院されてしまいました。記録を丁寧に見直したら、せかせか歩いていたのは、近隣とちょっとしたトラブルがあって、不安から落ち着かなくなっていたからでした。結果的に、焦って歩いて転倒し、骨折してしまったのです。 看護師の肌感覚では「逸脱した精神症状はみられないので入院からは遠い」と思っていた人でしたが、これはまったく別の視点ですよね。なるほどそういうことだったのかと思いました。 ベテランスタッフが一人増えたような感覚 [谷所]私は、「TWiNSS」の導入はベテランのスタッフが増えたような感覚だと思っています。一人で利用者の家を訪れる訪問看護師は、十分な自信がないと「これで大丈夫だろうか」と不安になることがあります。利用者のわずかな異変に気づけるか気づけないかは、訪問した看護師しだいともいえるからです。 これまで異変を見出す感覚・視点は、精神科においては、職人芸的なものとして醸成されてきました。しかし、「TWiNSS」はそれを、「ここもちゃんと見てきた?」と、気づきにくかったところを補完する役割を果たしてくれます。 これからは「TWiNSS」のようなICTツールの活用によって、もっとアセスメントの客観的根拠を増やしていきたいと考えています。 記事編集:株式会社メディカ出版

インタビュー
2022年3月1日
2022年3月1日

経営者が語る ─安定経営のワケ─

精神科訪問看護に特化して運営しているN・フィールドは、設立から17年で47都道府県に212拠点を展開しています。急成長の理由や、今なぜ精神科訪問看護なのかを、創業時から現在までの変遷をたどりながら取締役の郷田泰宏さんに語っていただきました。(以下敬称略) お話郷田 泰宏株式会社N・フィールド 取締役 患者さんの社会復帰を手助けする一助に [郷田]N・フィールドは2003年、看護師3人で、大阪で開業したのが始まりです。最初から精神科の訪問看護を目指していたわけではなく、たまたま精神科病院出身の看護師が創業者だったことから、これを強みとして出発しました。 精神科医療は長期入院の患者さんも多く、社会復帰、地域移行が進まないことが長年、問題視されていました。今でこそ、精神科の患者さんも「病院から地域へ」という流れができつつあり、地域的にも受け入られるようになりつつありますが、開業当時は、まだ長期入院が一般的でした。 社会資源をふまえた支援があれば退院できる人はいるのに――そんな問題意識を看護師たちが共有し、当社が精神科の訪問看護に特化したサービスを提供するようになったのは自然なことでした。 当初は、精神科訪問看護がどういうものか、教科書があるわけでもなく、皆手探りで手法を確立しようと必死でした。そのため、想い入れの強い多くのスタッフが疲弊し、一時は退職者が続いた時期がありました。その後、看護師の働きやすさや、やりがいを発揮できる環境を整備することに注力し、現在では離職率も大きく低減でき、事業展開に応じて多くの看護師採用を増やすことができる段階にあります。 精神科に対する社会の理解が大きく変化 現在、精神科の患者さんの社会復帰・地域移行の流れは強まっています。一方で、退院した利用者を在宅で支える訪問看護師は、今も不足しています。その理由の一つが、「精神科訪問看護は危険・難しい」イメージがあることです。 患者さんが、果物ナイフやガラス食器など危険物とみなされる生活用品を持ち込めない病院は、ある意味で「守られている安全な空間」です。一方、在宅では包丁やはさみなど、当たり前の生活道具であっても、使いかたによっては危険なものがいろいろあります。そうした生活の場で患者さんと看護師が向き合う精神科訪問看護は、安全ではないように感じられ、一人で訪問することに不安を感じる看護師が多いのかもしれません。 しかし実は、訪問時にこうした危険な事態はほとんど起こりません。むしろ在宅のほうが危険は少ないというのが、経験上の見立てです。 その理由の一つとして、入院形態から患者が余儀なく受けてしまうストレスが、生活空間である在宅では存在しないことが挙げられます。 精神科は、他の診療科と違い、医療保護や措置など、本人の同意を得ない入院形態があります。強制的に入院となり、行動を制限されることを納得できていない患者さんもいます。しかし、訪問看護は、自宅で暮らしている利用者さんの同意を得たうえで訪問します。そういう意味で、暴力など危険な事態が起こるリスクは一般的に低いと思われます。 全国に拠点をもち安定経営を続ける理由 こうした実態は、現在では看護師基礎教育課程でも伝えられ、精神科訪問看護へのイメージは、少しずつですが変わりつつあります。 多くの患者さんが在宅へ戻ってくる――しかし地域で患者さんを支える社会資源としての訪問看護ステーションは不足している――N・フィールドはそこに特化し、事業展開してきました。おかげさまで、全国に数多くの拠点を持ち、いわば社会的インフラとして事業展開するに至っています。その一環として、現在では訪問看護だけではなく、住む場所を提供する住宅支援の事業も展開しています。 拠点展開に応じた人材確保は今も課題です。N・フィールドでは、働きたいと希望される人へ、入社前に体験訪問を積極的に行っています。入社後のイメージギャップをできるだけ少なくし、早期離職を予防する取り組みです。 それに加えて、当社の勤務体制がワーク・ライフ・バランスの面で評価されている側面もあると思います。夜間勤務のある病院とは異なり、当社は基本的には9時から18時までの日勤帯の勤務です。訪問看護事業所の多くが採用している24時間のオンコール体制も、当社では採用していません。自分の時間を大切にする働きかたを目指す看護師や、子育て中で日中しか時間に余裕がない看護師からも、そうした働きやすさが受け入れられている面があると思います。 こうした、看護師の負荷をなるべく少なくする経営努力が、人材確保のうえで一つのアドバンテージになっているのかもしれません。 記事編集:株式会社メディカ出版

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