体が持つ「治す力」を引き出す 川嶋みどりさん(92) 看護のあり方語る

2024年4月11日 07時36分

看護について話す川嶋みどりさん=東京都渋谷区で

 看護歴は73年。今も後進の指導に当たる92歳の現役看護師、川嶋みどりさんは数え切れないほどの患者に寄り添ってきた。元気に回復した人がいれば、看取(みと)ったこともある。そんな経験から確信したのは医療に過度に頼る危険性だ。「体には治す力がある。自分で考えて生活習慣を見直すことが健康長寿のカギ」と言う。その思いを新著「長生きは小さな習慣のつみ重ね」(幻冬舎)にまとめた。 (編集委員・鈴木伸幸)

◆健康長寿のカギ

 国民皆保険や医療技術の進歩で日本は世界有数の長寿国だ。しかし、幸福度といったランキングでは先進国で最低レベル。国際比較で、健康不安を訴える人の割合や医療機関に通う頻度が高い。川嶋さんは、その理由を「保険制度の影響で、日本の医療機関は検査で異常値を探しては病名を付けて薬を出しがちな傾向がある。医療に頼らずに、ちょっとした工夫で改善できる体調不良をあえて病気にしている」と解説する。
 自らも90歳代となって気になっているのが、高齢者への医療だ。年を重ねれば、体のどこかに不調があって当たり前。「医学的な異常」が本人の「正常」だったりする。ところが「『異常診断』への過剰反応で本人が病気と思い込み、それによって免疫力といった本来、人間に備わっている自然治癒能力を低下させている」と言う。
 根底にあるのは「医師は間違えない」という誤った認識。さらには病人同士で、お互いに病気自慢をしがちな国民性があるという。
 自覚症状がなく、気付いた時には手遅れ-といった場合はあり、全ての検査を否定はできない。しかし、自分の体の異変は軽微でも自分が一番感じているはずだ。「頭痛や腹痛、微熱といった症状には働き過ぎによる過労、食べ過ぎ、睡眠不足などの原因があって対処法がある。原因をそのままにして一時しのぎの薬を飲むから深刻化する」

日本赤十字看護大学で教える川嶋みどりさん=川嶋さん提供

◆「薬は飲まない」

 川嶋さんは特定の病気に効果的な抗生物質などを除き、なるべく薬は飲まない。そもそも「完璧な医療」などはなく、薬には副作用があるからだ。こんな経験をした。「膝が痛くなって処方された鎮痛剤を飲み続けたら、胃潰瘍になった。膝痛は体重を少し落としたら治った」
 実際、医療機関での治療が不要な病状も少なくない。川嶋さんは「経験上、入院患者の6割は減らせる」と言う。ただし前提がある。看護力の有効活用だ。
 「体が持つ『治す力』を引き出すことが看護の目的。そのためには病院という非日常空間でも、人として当たり前の日常を送れるようにするケアが必要。ところが、医療の高度化や看護の専門化で医師の補助が主業務となり、本来の看護が後回しにされている」

日本赤十字女子専門学校在学時の川嶋みどりさん=1950年ごろ、川嶋さん提供

◆女児手当て 原点

 看護師になった直後に、こんな体験をした。脊髄に大きな腫瘍がある終末期の9歳女児を担当した。「痛い…」と息も絶え絶えにうめくばかりだった。看護師として何ができるのか-。足をさするとあかで肌はザラザラ。体力が落ちていて、いきなり全身を拭くことはできない。そこで1週間かけて少しずつ体を拭いた。すると徐々に顔色が良くなり、生気を取り戻した。何も食べられなかった女児が「おなかがすいた」。卵がゆを作るとおいしそうに二口食べ、おしゃべりもできるようになったという。
 女児は約3カ月後に亡くなったが「何もしなければ、うめきながら最期を迎えただろう。ケアで女児として当たり前の姿に近づけたことが、一時とはいえ治す力になったと思う。さっぱりとした顔に浮かんだ笑みが忘れられない。それが私の看護師としての原点」。
 現場での数々のケア体験は日常生活にも応用できる。それを実践するために川嶋さんは体調不良といった病気ではない「未病」の人たちにケアを提供する看護センターの創設を目指している。「人生100年時代を健康で明るく楽しむには、何よりも本人の意思と心掛け。それを自覚して年を重ねてほしい」

皇后さま(当時)からフローレンス・ナイチンゲール記章を授与される川嶋みどりさん=2007年7月9日、川嶋さん提供

<かわしま・みどり> 1931年、ソウル生まれ。日本赤十字女子専門学校(現日赤看護大学)卒。日赤中央病院(現日赤医療センター)勤務を経て同大教授、看護学部長などを歴任。2007年、フローレンス・ナイチンゲール記章受章。現在、同大名誉教授、医療法人財団健和会臨床看護学研究所所長。ロングセラーの「看護の力」など著書多数。


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