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元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】第3回vol05
公開日:2026年8月3日
更新日:2026年8月3日

訪問看護の現場では、疾患・障害などがある中でも懸命に前向きに生きる利用者さんがたくさんいます。「みんなの訪問看護アワード2025」に投稿されたエピソードから、利用者さんの前向きな姿勢に力を分けてもらえるエピソードをご紹介します。
「半年かけて開いた、全盲のAさんの心」
全盲でリハビリに意欲がなかったAさんが、ご主人の献身的な支援と根気強い関わりで前向きになったエピソード。
| 全盲のAさんは、「もうベッドから動かないから」という理由で、病院でもリハビリをほとんどせずに自宅へ戻られました。 もともと、家の中はご主人の支えで歩かれていたようで、ご主人の希望もあり、訪問リハビリでの介入が始まりました。関わって半年ぐらいは、リハビリに対する意欲もなかなか出ず、「少しずつリハビリして外の空気を吸いましょうね」と声かけに対して、「外の空気を吸うなら窓を開けたら吸えるよ」と笑いながら返答をされるAさんでした。 それでも、ご主人は僕が行なっているリハビリを見ながら、僕の知らない間にノートにメモをしてくださっていました。リハビリのノートを作り、それを見ながらご主人もリハビリをしてくださっていました。 すると、約半年経ったころにAさんから「私もポータブルトイレを使えるようになるかな?」とはじめて前向きな発言がありました。 目標もなく帰って来られたAさんでしたが、いつしか週1回40分のリハビリを楽しみにしてくださり、心を開いてくださいました。 |
2025年1月投稿
「家(うち)はいいな」
胆のうがん末期で「やっぱり家はいいな」と大好きなソーダを飲み笑顔で過ごした数時間後、奥様に見守られ自宅で旅立った忘れられない看取りのエピソード。
| 胆のうがん末期の利用者様。“時々入院、ほぼ在宅”という状態で奥様が介護されていた。ご本人も奥様も病気については良く理解されており、ご自分の意思もしっかりされていた。 在宅しているときは、ほぼ毎日訪問していた。「病院の看護師さんは忙しそうでゆっくり話を聞いてもらえない。でも訪問看護師さんは、自分一人のために家まで来てくれる。看護師さんを独り占めできる」と、訪問看護を大変喜んでくださった。最後の入院の際は、「今しか家に帰ることができない」と、急に退院が決まった。朝から訪問看護の電話が鳴り続けた。病院の看護師、相談員、ケアマネジャーの誰もが、どうしても家に帰してあげたいと感じた。 その日の夕方、無事に家へ帰ることができた。大好きなソーダを飲まれ「やっぱり家はいいな」と、笑顔で話をされた。その数時間後、奥様に見守られ息をひきとられた。忘れることのできない看とりだった。 |
2025年1月投稿
「最期の希望 本人・家族の思いに寄り添う訪問看護」
肺がん末期で食事制限をされていた70代男性が「自分の事は自分で決める」と、最期まで意思を貫き好きな物を食べながら過ごしたエピソード。
| 肺がん末期の状態で、イレウスを繰り返す70代男性。妻と二人暮らし。「何もするな。延命治療はしたくない」と、退院を希望し訪問看護を紹介される。入院中は24時間点滴をし、食事制限があった。スープ類を少々楽しむ程度を許可されていた。退院早々に、塩ラーメンを食べて焼酎を飲む。家族は「言い出すと聞かないからしかたないです」と話し、本人は「食べれんのはストレス、嫌だ。自分の意思に任せて、自分のことは自分で決める。仏壇に供えられても死んだら食べれん、生き地獄」と、話す。だが、妻は「せっかく退院したのに。また入院になるのか心配」。本人と妻の思いに耳を傾け、食事の工夫を相談したり、看護師と信頼関係を築きながら調整したりすると、徐々に受け入れてもらえる。しかし、恐れていたイレウスになり、数日後には緊急入院。 本人の希望である“生まれ育った自宅に帰りたい”という思いに関係機関と連携して寄り添った。家族のケアをしながら、亡くなる数日前まで好きな物を食べては吐きながら過ごした。本人の意思を貫き、最期まで住み慣れた自宅で支援をした。 |
2024年12月投稿
「新婚50年」
肺がん末期で余命宣告を受けた男性が、泣き崩れる奥様と訪問看護の支援で穏やかに旅立ったエピソード。
| 「まさか今回の肺炎の入院で、一気に終末期状態へ突入するとは思わなかった。抗がん剤を始めて1年も経っていないのに…」 朗らかで外交的。奥様と2人だけの楽しく豊かな人生を歩んできた男性は、肺がんの診断後、間質性肺炎の急性増悪もあり、酸素投与が必要な状態となりました。それまでは自分で車を運転し、奥様と一緒に受診し、治療の後は美味しい食事を楽しんで帰る――ごくごく平穏な毎日でした。この入院を機に余命宣告を受け、奥様は泣き崩れるばかり。片付けをしても何をしても涙があふれ、本人は「1日も早く帰りたい」と、夫婦2人で退院日を決めてしまうほどでした。 退院カンファレンスでは、予定よりも早い退院を希望されたので、全員がザワつき、手配していたヘルパーや訪問診療医の日程も調整が困難な状況。状態が状態なだけに、訪問診療のバックアップなしでの退院は、医療関係者みんなが不安をもらしました。希望する日に退院したとしても、すぐに訪問診療医が介入できない状況だったのです。それならば、訪問看護でお引き受けしましょう!退院から2日間は、訪問診療医より症状が悪化した際と酸素流量の詳細な指示をいただき、無事退院しました。 あらゆる支援を2日間で濃密に提供し、彼らしい笑顔とユーモアが回復していきました。どこに行っても「新婚50年」と、言って周りを和ませる彼は、退院して4日目の早朝に旅立ちました。旅立つ前夜は、美味しいアイスを夫婦で召し上がったそうです。 |
2024年12月投稿
「元気になって」
100歳を超えて看取りのために自宅に戻ったAさんが、日に日に元気になり食欲も出て歩き出し、3年以上経った今も元気に過ごしているエピソード。
| Aさんとの出会いは“自宅で最期を迎えさせてあげたい”という家族の思いがきっかけでした。病院や施設での生活を経て、食欲もなく年齢も100歳を超えていたAさん。 しかし、帰ってくると日に日に元気になりました。食欲も出てきて、歩き出しトイレに行くこともできるようになりました。「シャワーを浴びたい」との本人の希望で、週2回のシャワー浴が始まりました。 良く食べて良く話しました。びっくりするくらい元気になり、時々昼夜逆転していることもありました。看取りのはずだったAさんは、あれから3年以上元気に過ごしています。我がステーションの最高齢!いつまでも元気でいて欲しいです。 |
2024年12月投稿
利用者さんの前向きな姿勢や人生の歩みは、関わる訪問看護師だけでなく読者にまで元気や力を与えてくれます。あらためて、訪問看護師と利用者さんの関係は共鳴するのだと考えさせられます。
編集: NsPace編集部
