記事一覧

PENUT記事
PENUT記事
コラム
2026年6月2日
2026年6月2日

訪問看護師向け在宅看取り指導者養成プログラム「PENUT-T」特徴&指導者の声/日本訪問看護財団

在宅での看取りを支える訪問看護師の育成には、実践力だけでなく「人を育てる力」が求められています。PENUT連載最終回となる本記事のテーマは、在宅看取りを地域に広げ、次世代を育てる指導者を育成するための実践的プログラム「PENUT-T(ピーナット・ティー)」です。プログラムの特徴や指導者のリアルな声を通して、その魅力と可能性をご紹介します。 訪問看護師向け在宅看取り指導者養成プログラム(PENUT-T)とは PENUTの連載第3弾では、訪問看護師向け在宅看取り指導者養成プログラム(PENUT-T: Program of End-of-life care for home visiting Nurses Training-Trainer)をご紹介します。 PENUT-Tは、在宅看取りを推進するという使命感をもち、所属施設や地域において在宅看取りを実践できる訪問看護師を意欲的に養成できる「指導者」の育成を目的としたプログラムです。2024年度より年1回開催しており、現在は全国で126名の指導者が活動しています(2026年度末時点)。 プログラムは講義と演習で構成され、1日間の集合研修として実施されます(表1)。 PENUT-Tの4つの特徴 1.教育学の専門家による講義 講義「グループワーク研修の実施・評価とファシリテーターの役割・コツ」は、教育学の専門家が担当します。講義では、実践者を対象とした研修で押さえておくべき理論やポイント、ファシリテーターの役割と実践のコツについて学習します。 2.PENUTスーパーバイザーによるファシリテータートレーニング 演習はグループワーク形式で実施され、各グループにはスーパーバイザーが配置されます。スーパーバイザーは、在宅看取りを指導的立場で実践し、社会活動を通じてPENUTの質向上と普及に貢献してきた訪問看護師の方々です。 前列左から:大橋 奈美氏、柴田 三奈子氏、中島 朋子氏、平原 優美、富岡 里江氏、藤田 愛氏後列左から:岩本 大希氏、福田 裕子氏、清野 美砂氏、島田 珠美氏、黒澤 薫子氏、豊田 好美氏 3.修了後は「指導者」としてPENUT演習の開催が可能に PENUT-Tの修了者は、指導者としてPENUTの演習を開催できるようになります。指導者は、開催日時、開催形式(集合/オンライン)、受講料などを自ら設定し、地域や所属施設の在宅看取り実践力向上を目的に研修を企画・実施しています。 4.エビデンスに基づくプログラム PENUT-TはPENUTと同様に、アンケート調査、インタビュー調査、専門家のレビュー、モデル事業を経て開発された、エビデンスに基づく系統的なプログラムです。PENUT-Tの有効性を検証した研究成果は、日本看護科学学会の学術集会1)および学会誌2)にて公表しています。 1)濱谷 雅子, 平原 優美, 小沼 絵理, 沼田 華子, 野口 麻衣子, 菱田 一恵, 岡本 有子, 竹森 志穂, 新幡智子, 山田 享介, 栗田 佳代子, 山本 則子. 訪問看護師向け在宅看取り教育プログラム(指導者)(PENUT-T)の有効性の検討. 第44回日本看護科学学会学術集会(2024年12月)2)濱谷 雅子, 平原 優美, 小沼 絵理, 新幡 智子, 沼田 華子, 野口 麻衣子, 菱田 一恵, 山田 享介, 岡本有子, 竹森 志穂, 栗田 佳代子, 山本 則子. 訪問看護師向け在宅看取り指導者養成プログラム(PENUT-T)の有効性の検討. 日本看護科学会誌. in press. 指導者の声 地域で活躍する指導者の声を紹介します。 小川 綾乃さん(ソフィアメディ訪問看護ステーション成城 管理者、訪問看護認定看護師/2025年度PENUT-T修了)―PENUT-Tを受講し、指導者を取得した理由を教えてください。これまでもELNEC-J(End-of-Life Nursing Education Consortium-Japan)コアカリキュラム指導者として、講義を行ってきましたが、より在宅の場にフィットした内容で学びを届けたいという思いがありました。また、自ステーションが本年度から東京都の教育ステーションに認定されたこともPENUT-T受講のきっかけとなりました。お看取りの経験が少ない地域のステーションに対してPENUTを実施することで、地域全体の在宅看取りケアの底上げに貢献できるのではないかと考え、受講を決めました。―PENUT-Tを実際に受講してみていかがでしたか。鍋田先生の「グループワーク研修の実施・評価とファシリテーターの役割・コツ」は、本当に素晴らしく、思わず引き込まれる講義でした。私はこれまで、研修では本題を話すことが最も重要だと考えており、研修の目標はついさらっと流してしまいがちでした。しかし、まずは目標をしっかり共有することが、受講者の学びを大きく左右するのだと気づかされました。さらに、「受講者としっかり目線を合わせる」など、講義を進めるうえでの受講者との接し方や心構えも学ぶことができました。受講後すぐに講師を務める機会があったのですが、学んだことを早速実践しています。―グループワーク(演習)はいかがでしたか。グループメンバーは初対面の方ばかりだったので、最初はお互いをきちんと評価し合うことが難しく、「コミュニケーションが上手ですね」「笑顔が素敵ですね」といった、当たり障りのないフィードバックに終始していました。そんなとき、スーパーバイザーから「そういうのはいらない。大事なことはきちんと伝えなければ駄目だ」とズバッと指摘していただき、受講者の学びのために指導者としてどうあるべきか、その心構えを教えていただきました。また、スーパーバイザーは、常に広い視野で状況を捉えていて、いただくアドバイスはどれも有意義でした。大人数の前で手を挙げて質問するのは躊躇してしまう場面もありますが、各グループにスーパーバイザーがついてくださったことで、気軽に質問や相談ができ、理解が深まり、腑に落ちる学びが得られました。ここで身につけたファシリテーションスキルは、面談などさまざまな場面で生きています。―PENUTの開催についてはどのようにお考えですか。自社では、新卒や卒後3年以内の若いスタッフが増えています。お看取りの経験がなく、終末期の身体の変化を知らないスタッフも少なくありません。そのようなスタッフには、PENUTで知識を身につけてもらうことで、利用者や家族に安心していただけるサポートにつながると考えています。まずは自社スタッフを対象にPENUTを実施し、その後は地域でもぜひ開催してみたいです。一方で、演習開催の前に、講義受講料が必要となる点が1つのネックだと考えています。例えば、会社全体から受講希望者を募り、受講料を会社負担で実施できないかなど、いくつかの方法を検討してはいるのですが、まだ実施には至っていないのが現状です。―PENUT-Tの受講を検討している方へメッセージをお願いします。コミュニケーションの取り方やファシリテーションの方法など、自分自身の学びにつながり、実践でいかせる内容が多くあります。受講に迷っている方は、ぜひ受講していただけたらと思います。また、一緒に学んだ仲間との横のつながりができるのもPENUT-Tの魅力です。地域でPENUTを開催する際にも、一人で抱え込まず、仲間と協力しながら取り組むことができます。仲間づくりという点でも、とてもおすすめの研修です。 土屋 清美さん(つむぐ訪問看護ステーション 管理者、訪問看護認定看護師/2023年度 PENUT-T修了)―PENUT-Tを受講し、指導者を取得した理由を教えてください。これまでELNEC-Jコアカリキュラム指導者として地域で活動してきました。ELNEC-Jは病院向けの内容も多いのですが、在宅看取りに特化したプログラムが新たにできたと聞き、自分自身の知識を深めたいと思ったことが受講理由のひとつです。自ステーションのケアの質をより高めたいという思いもありました。さらに、訪問看護認定看護師として「地域に向けて何かできることはないか」と考えていたこともあり、指導者の取得を決めました。―自ステーションのケアの質の向上という点で、PENUTをどのようにいかされていますか。PENUTでは、訪問看護計画の立案とコミュニケーションの演習を行います。経験の浅い訪問看護師が作成する訪問看護計画書は、どうしても看護師側の視点に寄ってしまう傾向があります。そのため、「利用者の目線に立つとどのような計画になるだろうか」と一緒に考える時間を大切にしています。また、利用者や家族への声掛けに躊躇してしまうスタッフもいるため、実際の場面を振り返りながら、コミュニケーションの取り方について一緒に考える機会をつくっています。スタッフにはPENUTの受講を積極的に勧めています。私もスタッフも、PENUTの教材をボロボロになるまで読み込み、日々の実践にいかしています。―地域に向けてはいかがでしょうか。自ステーションが所属する練馬区訪問看護ステーション連絡会の石神井ブロックには、研修会チームがあり、不定期で勉強会を行っています。まずは自ステーションのケアの質を高めていくことを大切にしながら、いずれはPENUT開催の企画を提案できたらと考えています。一方で、開催に至るまでのハードルの高さや日々の忙しさなどには課題も感じています。先日、あすか山訪問看護ステーションがPENUTを開催されたと伺いました。そのような事例も参考にしながら、地域での学びの場づくりにつなげていきたいと思っています。―PENUTやPENUT-Tの受講を検討している方へメッセージをお願いします。PENUTは、在宅という実践の場をしっかりと見据えてつくられたプログラムなので、困ったときに該当ページを開くと、何かしらのヒントが得られると思います。演習では、訪問看護計画書の作成方法やコミュニケーションについてグループで話し合うことで、自分の傾向に気づき、多くの学びを得られる点も魅力です。さらにPENUT-Tを受講して、学んだ知識をスタッフ教育にいかせるようになったと実感しています。 連載のおわりに ここまで3回にわたり、PENUTについてご紹介してきました。開発に携わった多くの訪問看護師、講師、研究者の思いが形となり、PENUTを受講してくださった訪問看護師の皆さんが、今日も全国で素晴らしいケアを実践されていることは、私たちにとって何にも代えがたい喜びです。 一方で、PENUTをより多くの地域や多様な現場へ届けていくためには、例えば、指導者による演習開催の推進、受講者のフォローアップ体制の強化など、まだまだ取り組むべき課題が残されています。さらに、プログラムを時代の変化や現場のニーズに合わせてブラッシュアップし続けていくことも必要です。 これからも、現場の皆さんとともに歩みながら、より実践に根ざした学びの場を育てていきたいと考えています。 PENUT受講案内1. 講義お申込受付中受講形式:オンデマンド配信受講時間:約11時間(テスト含む)受講可能期間:60日間(この間は繰り返し受講可能)プログラム・対象等詳細: https://www.jvnf.or.jp/penutkensyu/2. 演習【日本訪問看護財団主催】(1)会場開催開催日時:2026年11月14日(土)9:30~16:05申込期間:2026年8月1日(土)~10月28日(水)プログラム・対象等詳細:https://jvnf.manaable.com/login/cd87bf81-a546-4684-be21-d46b52f07f9f/detail(2)Web開催開催日時:2027年1月30日(土)9:20~16:05申込期間:2026年10月1日(木)~2027年1月13日(水)プログラム・対象等詳細:https://jvnf.manaable.com/login/230e3b63-f73b-4f42-9799-e2e9e012e5fa/detail【他団体(PENUT-T修了者)主催】他団体主催の演習は、トップページのお知らせに掲載しておりますhttps://www.jvnf.or.jp/penut/PENUT-T受講案内受講形式:集合研修(東京会場)開催日時:2027年2月20日(土)申込期間:2026年11月1日(日)~2027年2月3日(水)プログラム・対象等詳細は、日本訪問看護財団公式ホームページにて後日公表いたします 研修情報・詳細はこちらさらに詳しい情報や研修開催情報については、PENUT専用ウェブサイトをご覧ください。https://www.jvnf.or.jp/penut/ 執筆:濱谷 雅子(はまたに まさこ)/公益財団法人 日本訪問看護財団 事業部博士(看護学)。早稲田大学スポーツ科学部を卒業後、修士課程から看護学の道へ。2020年度より現職。日本訪問看護財団が5年間にわたり実施した「訪問看護師向け在宅看取り教育プログラムの開発」事業では、主研究者として開発に携わる。訪問看護師の優れた実践をインタビュー調査などを通じて理論化し、その成果を広く社会へ発信する研究活動を行っている。

表彰式イベントレポート
表彰式イベントレポート
特集
2026年6月2日
2026年6月2日

第4回 みんなの訪問看護アワード表彰式イベントレポート【3月8日開催】

2026年3月8日(日)、東京駅近くのイベントホール「My Shokudo Hall & Kitchen」(東京都千代田区)にて、「第4回 みんなの訪問看護アワード」の表彰式を開催しました。 本アワードでは、応募されたエピソードを所属や氏名をすべて伏せた匿名形式を採用。厳正な審査を経て、計25のエピソードが受賞作品として選出されました。 当日は、受賞者の皆さまに加え、特別審査員の先生方や協賛企業の皆さまにもご参加いただき、表彰のほか特別トークセッションや懇親会を実施。胸を打つエピソードや学びの多いトークが続き、会場は終始、共感とあたたかな拍手に包まれました。当日の様子や参加者の皆さまの声を、写真とともにご紹介します。 受賞者の皆さまへのトロフィー・記念品授与 まずは受賞者の皆さまへの表彰が行われました。受賞者お一人おひとりが登壇し、トロフィーと記念品を受け取るとともに、投稿のきっかけや受賞の喜びなどを語りました。 受賞者お一人おひとりを表彰 贈呈されたトロフィー  全受賞エピソード つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!大賞・審査員特別賞・ホープ賞・協賛企業賞【2026】 つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!入賞【2026】 受賞者の皆さまのコメントをピックアップしてご紹介します。 鈴木 開哉さん入賞ウィル訪問看護ステーションよこはま北山田(神奈川県)「訪問看護でしていることは外からは見えにくく、その価値が十分に評価されにくい面もあると感じています。だからこそ、自分たちのケアの意味や訪問看護の魅力を改めて発信したいと思い、応募しました。このような賞をいただき、大変嬉しく思っています」 坂口 葵さん入賞カンナ訪問看護ステーション(千葉県)「大変なこともありますが、訪問看護は毎日がとても楽しく、気づくと仕事のことばかり考えてしまうほど夢中になっています。これからは若手の方にもその楽しさを伝え、訪問看護の輪を広げていきたいです」 大賞に輝いたのは、OUR訪問看護ステーション(宮崎県)の中田 富久さんが投稿したエピソード「わたしらしさを、ともにつくる」です。血友病とHIVを抱え、幼少期から病院中心の生活だった利用者さんが、訪問看護を通して「自分らしい人生」を広げていくエピソードを投稿してくださいました。 大賞を受賞した中田さんのコメントを一部ご紹介します。 「私たちのステーションで初めて担当した利用者さんで、思い入れがあったことから、この事例を選びました。彼は社会とのつながりが薄く、当初はどのようにコミュニケーションをとればよいのか、私自身も試行錯誤しました。しかし、一つひとつのケアの必要性や意味、本当の願いを叶えるためのプロセスを根気よくお伝えする中で、少しずつ心が通うようになったと感じています。今も彼との関わりは続いています。この受賞を励みに、今後も一人ひとりの利用者さんと向き合っていきたいです」 中田さんのエピソードについて、特別審査員の高砂 裕子さんは次のように語りました。 「人生の『最期』に寄り添うエピソードも心に残りましたが、本エピソードは人生の『再スタート』に火を灯した点が印象的で、大賞とさせていただきました。全国訪問看護事業協会では、HIV感染者の方の在宅支援にも取り組んでいます。高齢化などで通院が難しくなった方が訪問看護を利用されるケースも増えており、このエピソードにあるように、どんな背景の方であっても、その方らしい暮らしを支える訪問看護の役割の大きさを改めて実感しました」 受賞エピソードをテーマにしたトークセッション 表彰後は、特別審査員の長嶺 由衣子さんと受賞者3名による特別トークセッションが行われました。3名のエピソードは、日本のグローバル化や超高齢化、施設内訪問看護など、多様な現場を映し出す内容で、訪問看護の本質や今後の展開を考える貴重な機会となりました。 エピソードの背景やその時の思いも語られ、会場も聞き入るトークセッションに 海外の方への訪問看護を経験した小川 祥子さんは、利用者さんとご家族が抱える不安や孤独に寄り添い、多職種と連携しながら信仰や言語の違いに配慮しながら看護に当たった様子を紹介。看護だけでなく「日本で安心して暮らせる居場所づくり」を重視したと語った点が印象的でした。施設内訪問看護で、8歳のお子さんを持つお母様のホスピスケアに携わった高橋 さゆりさんは、ご家族とともにお母様を支えつつ、施設全体でお子さんの成長も見守り、ご家族それぞれが自分らしく過ごせるよう支援したプロセスを語りました。お母様が旅立たれてからも、たくましく成長するお子さんの様子も語られ、会場はあたたかい拍手で包まれました。 寝たきりのご主人を認知症の奥様が支えるエピソードを投稿した米原 拓也さんは、「課題を解決するだけが看護のゴールではない」と実感したと語りました。多職種や地域と連携しながら利用者さんやご家族の「生きる力」を支えたプロセスを紹介し、訪問看護の本質や多様な支援のあり方を伝えました。 参加者の皆さまからは度々拍手があがり、また、受賞者の一人である八箇 多恵さんからは、富山市の取り組みも紹介されました。富山市では認知症等により見守りが必要な方へQRコード付きの見守りシールを配付する取り組みを実施しているとのこと。 訪問看護の多様な現場や想い、ご家族に寄り添う姿、多職種・地域での支援の重要性などが共有され、参加者にとって学びの多いトークセッションとなりました。 お祝いの声があふれ、笑顔に包まれた懇親会 式典終了後に懇親会を開催。大賞のエピソードは漫画化特典がありますが、懇親会の冒頭では、看護師で漫画家の広田 奈都美さんからもコメントをいただきました。 「訪問看護は、利用者さんの生きる力を支え、本当の願いを叶えるために、その方に合った関わり方や支援を考え、形にしていく仕事です。今日のエピソードでは、そのプロセスが具体的に語られましたよね。皆さんの経験は、全国のステーションの方々に多様なアプローチの仕方や考え方があることを知ってもらうきっかけになるはずです。今日の受賞式だけでなく、ぜひ日々の交流の中でもこうしたエピソードを語り合い、訪問看護の可能性をさらに広げてほしいと思います」 懇親会では、受賞者や特別審査員、協賛企業の皆さまが、このイベントの意義や訪問看護の今後の役割について語り合う様子が見られました。1日の訪問件数の調整やスタッフ間の教育・連携の工夫などを話題にするテーブルも。あちこちで熱心な意見交換が行われ、いつまでもお話が途切れない様子が印象的でした。 審査員の先生方のコメント 最後に、「みんなの訪問看護アワード」や表彰式について、特別審査員の先生や参加者の皆さまにうかがった感想をご紹介します。 高砂 裕子さん(一般社団法人全国訪問看護事業協会 副会長)こうして受賞者の皆さまが集まれたことを、大変嬉しく思います。訪問看護は「正解のない仕事」だからこそ、悩みや葛藤も多いと思います。でも、だからこそ利用者さんやご家族の人生に寄り添う、忘れがたい瞬間も生まれるのだと改めて感じました。訪問看護では、多職種との連携も含め、「みんなで考えること」がとても大切です。ぜひこれからも、ステーション内外問わず、多くの方とご自身の体験を語り合っていただけたらと思います。 高橋 洋子さん(公益財団法人日本訪問看護財団 事業部部長)受賞者には若手の方も多く、40〜50代が中心といわれる訪問看護師の世界に新しい風が育っていることを嬉しく、頼もしく感じました。利用者さんの最期に寄り添うだけでなく、生きる力や希望を支える看護の大切さも改めて実感しました。看護師は病気だけを見る仕事と思われがちですが、こうしたアワードを通して、より多くの方に訪問看護師の多様な関わり方を知ってもらえたらと期待しています。 山本 則子さん(東京大学大学院医学系研究科 教授)数々のエピソードを拝読し、訪問看護は本当にクリエイティブな仕事だと改めて感じました。「本当の願い」という言葉が何度か出てきましたが、利用者さんの本当の願いに応えるためにあらゆる工夫を尽くすところが、この仕事の素晴らしいところだと思います。一方で、独居の方や老老介護の方が増えるなど、社会の変化に合わせて、医療保険や介護保険といった制度自体も変わっていくことが求められているのではないかと感じました。 長嶺 由衣子さん(東京科学大学 公衆衛生学分野 非常勤講師)受賞者の方々のエピソードから感じたのは、利用者さんやご家族を中心に置きながら、自分たちがどう変わるかを常に考えているという共通の価値観です。この柔軟性こそ、訪問看護の本質ではないでしょうか。また、受賞に至らなかった方も、エピソードを書いて送った行為自体を大切にしてほしいです。何が大事だったかを振り返り、自分の看護を客観視する時間を持つことは、必ず今後の成長につながると思います。 「第4回 みんなの訪問看護アワード」表彰式にご参加いただいた皆さまの集合写真 表彰式にご参加いただいた皆さま、本当にありがとうございました。大賞エピソードの漫画も公開していますので、ぜひご覧ください。 取材・執筆:高橋 佳代子編集:NsPace編集部

特集
2026年6月2日
2026年6月2日

腹膜透析患者の在宅移行を支える地域連携――訪問看護師が知っておきたい「仙台モデル」の実践

腹膜透析(PD)患者さんの在宅移行を支えるとき、「この地域では誰と連携すればいいのか」「多職種とどうつながればよいのか」と悩む訪問看護師さんも多いのではないでしょうか。 今回はJMS帝人ホームメディカルケア株式会社のご協力のもと、宮城県仙台市で構築された先進的な地域連携の取り組みをご紹介します。「仙台モデル」が示す病院・在宅医・看多機の連携の形は、チームで在宅PDを支えるヒントが詰まっています。 ※本記事は2026年6月に公開されたものです。法令や制度、関連ガイドラインは変更される場合がありますので、最新情報をご確認ください。 ※本記事はJMS帝人ホームメディカルケア株式会社が制作したパンフレットを転載しています。 地域で支える腹膜透析(PD) 宮城県仙台市では、東北医科薬科大学病院 腎臓・高血圧内科を中心に、在宅医と看護小規模多機能型居宅介護(以下、看多機)施設が連携して、地域で腹膜透析(以下、PD)患者さんを支える「仙台モデル」を構築しています。 いかにして病院・診療所・介護施設の連携(病診介護連携)が構築されたのか、そして実際にどのように運用されているのか。東北医科薬科大学病院副院長の森 建文(もり たけふみ)先生と、セントケア看護小規模仙台中野 所長の川村 一美(かわむら ひとみ)氏にお話をうかがいました。 導入病院における在宅PD推進の取り組み 腎不全の療法選択 森: 当院では腎不全患者さんの療法選択について、「これからどのように生きたいのか」を中心にして検討を始めます。透析が必要になった患者さんの多くは高齢者ですから、どこで誰と暮らしたいのか、どのようなことが生きがいなのか、人生の最後をどのように過ごしたいのかを聞き取って、なるべく実現できるような療法を選択します。 院内で医師や看護師、ソーシャルワーカーや心理療法士もチームに入って、患者さんの要望を聞き取ることもあります。血液透析(以下、HD)のほうが有利であればHDを勧めますが、地域によってはHD施設への送迎がむずかしい場合もあります。また、血液透析困難症の方もいます。PDであれば体にやさしくできることがわかっているので、PDで透析プランを立てることがおのずと増えてきました。 PDをどこで行うのか 森: とはいえ高齢者が自身でPDをすべて完結するのはむずかしく、少し手伝う必要があります。家族が手伝うにしても、負担がかかりすぎては長続きしません。地域の社会資源を利用すれば、訪問看護師、看多機、在宅医と連携しているサービス付き高齢者住宅など、いろいろなシナリオを描くことができます。自宅をベースにして家族がPDを手伝う場合に受けられるサービス、施設に入所してPDを受ける場合など、いくつかの選択肢を提示できます。 病院で療法の説明を受けただけでは理解が追いつかないので、自宅で繰り返し視聴できるように療法の説明動画をWeb上にアップしています。家族といっしょに視聴して、本音で話し合うことも大切です。また、一度決めたとしても、変更は可能です。看多機を試したあとに施設に入ることもあれば、施設に入った方が自宅に帰ることもあります。その間に体の状態も変わってくるので、療法選択はずっと続いているとも言えます。 介護施設の新しい施設がオープンすると、スタッフが足を運んでPD患者さんの退院後の受け入れを依頼することもあります。連携する看多機では、PDの手技指導や術後管理を含めた出口部管理なども行います。PD患者さんを受け入れた看多機では、看取りまで経験すると、この医療が患者さんにとって有益であることをスタッフが理解して、やりがいを感じられるようです。訪問看護師も最初はPDの手技に不慣れでしたが、しだいに手応えを感じてもっと受け入れたいと声が上がるようになってきました。 在宅療法のメリット 森:たとえば認知症の症状が重い方は、病院では長く入院できないことがあります。長く入院していると認知症はさらに重くなり、体が動かなくなり、寝たきりになるリスクが高まります。病院では病気の治療はしますが、その間に高齢者は体の機能が落ちてしまい、しだいに半寝たきりになって、誤嚥性肺炎などで最期を迎えることさえあります。このような場合、できるだけタイムラグなく自宅に帰れる状況をつくったほうが、有利となるケースが少なくありません。不思議なことに、病院にいるときよりも自宅や施設で過ごすほうが、高齢者の体の動きはよくなります。病院では専門のリハビリ担当者がついて、生活動作を保つ訓練をしているのですが、それよりも退院して自宅や施設にいるほうが、高齢者は元気になっていきます。普段の生活リハビリの重要性がうかがい知れます。 患者さんを支える在宅医療 在宅医との連携 森: 治療方針が決まって、治療を継続する在宅医や看多機などのサポート態勢が整うと、在宅療法が始まります。在宅療法に入るときは病院のスタッフが訪問して、在宅医に引き継ぎます。在宅医の先生方は腎臓内科が専門とは限らないので、常に連絡が取れる態勢を整えています。 昨今の在宅医療は多くの薬剤を取り寄せて使用できるうえ、酸素吸入や超音波診断装置など在宅用の機材も増えてきています。病院内でしか行えなかった処置のなかには、在宅で可能になったものもあります。また、終末期の緩和医療は、薬剤の使い方や患者さんの生活状況の把握など、在宅医の先生方のほうが病院医よりもはるかに長けていることもあります。 診療報酬においては、在宅医がPDの管理料を算定した場合、これまでは病院側は算定できませんでした。2026年の診療報酬改定では病院側でも少し算定できる流れになっているので、病診の連携強化につながりそうです。 病診看多機連携と情報共有ツール 森: 私たちのPD地域連携では、病院と在宅医、看多機は常に専用の連絡アプリや電話で連絡を取り合っています。病院内ではこうしたツールの使用が許可されないので、主治医が直接病棟に行って指示を出す必要があります。看多機にはある程度予測されることは事前に打ち合わせがしてあり、急変したときにはオンライン連絡ツールや電話を駆使してタイムラグなく対応しています。施設であれば、連携している在宅医にデジタル連絡手段や電話で連絡して、管理してもらうことも可能です。 2026年4月からは、老人介護施設との連携を強化していきます。特別養護老人ホームとショートステイ、ケアハウスの3形態を運営している施設と近隣のクリニックと提携して、PDに限らず効率よく患者さんをサポートできるシステムの構築を目指しています。 在宅医療への思い 森: 市民公開講座で「みなさんどこで最期を迎えたいですか」と聞くと、たいていは自宅と答えます。ところが8割の方は、病院で亡くなっているのが現状です。われわれの調査によると、事前にしっかりと療法選択をして緩和医療を中心とした在宅医を積極的に手配していた群は、8割が自宅か家族が通える施設で最期を迎えていました。これに対して、普通に病院の外来に通っていた群は、8割が病院で亡くなっていました。つまり、事前にどれだけ準備するかが重要なのです。 これらのことを踏まえて、高齢の患者さんには「病院に長くいないで、早く帰りなさい」と伝えることがあります。家族は心配して「もう少し入院させてください」と言いますが、「長く入院すると患者さんが動けなくなります。早く帰ったほうが元気になります」と説明します。実際に、退院すると元気になる高齢者がたくさんいます。 退院をサポートする看護小規模多機能型居宅介護(看多機) 看護小規模多機能型居宅介護サービスの特徴 川村: 看護小規模多機能型居宅介護(看多機)は2014年に開始された比較的新しい事業で、訪問介護、訪問看護、通い(デイサービス)、泊まり(ショートステイ)の4つのサービスを一体的に提供できる施設です。介護保険で運営されており、要介護1〜5の認定を受けた方が対象となります(要支援は対象外)。住み慣れた地域で、必要なサービスを一体的に提供できる点が特徴で、病院と自宅の中間的な役割を担います。介護報酬は包括報酬(定額制)のため、要介護1の方でも毎日訪問サービスを受けることが可能です。利用者の状態に応じた柔軟なサービス提供ができる点が、看多機の大きな特徴です。 PD地域連携を始めた経緯 川村: 当施設は2017年に開設しました。オープン前に地域のケアマネジャーや病院の連携室の方を招いて施設の内覧会を開いたところ、東北医科薬科大学病院の連携室の方から「PD患者さんの退院後の受け入れ先がない」と聞きました。私たちセントケアの基準では、人工呼吸器以外の医療行為であれば受け入れられます。看護師の在駐時間は7時〜19時で、それ以外の時間帯はオンコール態勢のため、定期的な医療行為が時間内に行えるのであれば対応は可能です。開設時の看護師にPD経験者はいませんでしたが、地域にニーズがあれば対応したいと受け入れを決めて、病院と勉強会を重ねて準備しました。2017年10月からPD患者さんの受け入れを開始して、以来常に4〜5名の登録者がいます。2026年2月までに、のべ18名のPD患者さんを受け入れています。 PD患者さんの在宅移行支援 川村: 東北医科薬科大学病院からの紹介患者さんがほとんどです。退院が決まると病院でカンファレンスが開かれて、病院側は主治医、病棟看護師、退院支援看護師、在宅医側は看護師、窓口担当者、看多機からはケアマネジャーと看護師が出席して情報共有します。患者さんや家族は、介護と看護を複合的に提供する看多機のサービスがよくわからない方が多いので、まずは見学に来てもらって退院後の不安を聞き取ります。 看多機の基本は自立支援なので、患者さんがPDの手技をどこまでできるか、家族はどこまでサポートできるか、不安に思うのは何か、全方向から見て、退院直後にどこで過ごすかを調整します。家族がPDに不安を抱えている場合は、患者さんが看多機に泊まって、家族には通ってもらって手技を伝えます。あるいは患者さんが自宅に帰って、毎日看多機に通ってPDの手技を覚えることもあります。病院には「手技は2〜3回教えてもらえれば十分で、100点ではなくてもセントケアへ送ってください」と伝えてあります。在宅になれば、長期的な視点で私たちがサポートします。トライ&エラーを繰り返しながら、高齢でも徐々にPDができるようになる方もいます。 在宅PDのメリット 川村: 病院で病衣を着てベッドで横になっている時と、自宅に帰って私服で看多機に通う時とでは、同一人物とは思えないほど様子が違う方がいます。血液データだけを見ると驚くほど悪い数値なのに、在宅PDを受けて生き生きと過ごす方が少なくありません。それは「在宅の力」、家で過ごすことによる力です。 在宅PD実践の現場から 在宅PDを実践している患者さんや家族の声 川村: 新型コロナウイルス感染症の流行下では、病院に入院した患者さんとの面会が制限され、手技の指導も制限がありました。家族に会えないのはさみしいという理由で在宅PDを選択する方が増えて、家族に手技を指導して、そのままずっとサポートして看取りまでしたケースもありました。パンデミックを契機に、在宅医療のあり方はずいぶん変化した印象があります。高齢夫婦の事例では、94歳の男性で毎日看多機に通ってPDを行い、手技もしっかりしている方がいました。週2回は自宅PDを体重スケールでできるようになりましたが、奥さんの不安が強いようすでした。「奥さんの仕事は、ご主人の具合が悪くなったときに看多機に電話をかけるだけですよ」という声掛けで、なんとか受け入れてくれました。患者さんや家族で完璧に手技ができなくても、私たちがフォローします。家族のレスパイト(一時的な休息・介護負担の軽減)も私たちの重要な役目です。 森: PDは身体への負担が比較的少ない療法です。寝たきりに近く、経口摂取が困難な患者さんでも、最低限のPDのみで生命維持が可能な方が多くいます。なかには全身状態が改善し、食事摂取が可能となって趣味に取り組めるようになった方や、家族と釣りに出かけられるようになった方もいます。眠るように最期を迎える方が多く、家族が気づかないうちに「息を引き取っていました」という連絡も少なくありません。 在宅医療・在宅介護には、患者さんと家族双方に大きな満足感をもたらす力があります。介護をやりきったという納得感が共有されることで、看取りの場面でも家族が穏やかに見送ることができます。本人が満足して最期を迎えられたと周囲が実感できることは、在宅医療の大きな意義です。自宅ベースでPDを続けるうえでは、看多機は最強のサポーターです。セントケアは全国の拠点でPDを受け入れるそうなので、今後は在宅PDの全国的な広がりを期待したいと思います。 まとめ 仙台モデルは、病院・在宅医・看多機が緊密に連携することで、高齢PDの患者さんが「住み慣れた地域で最期まで生きる」選択肢を広げた先進的な取り組みです。 訪問看護師や在宅医療に関わるみなさんにとって、看多機との連携がPD患者さんの在宅生活を支える力になることを、森先生と川村氏の言葉が示しています。 在宅医療の現場では、医療・介護・家族がつながることで「在宅の力」が生まれます。PDという医療行為を在宅で続けるためのチームケアのモデルとして、この仙台モデルが全国各地へと広がることを願っています。 「事前にどれだけ準備するかが重要」という森先生の言葉は、訪問看護師の皆さんにとっても同じではないでしょうか。PD患者さんが在宅で安心して生活を続けるために、地域のチームとつながることの意味を、仙台モデルが示してくれています。 「在宅×透析シリーズ」では、腹膜透析の基礎知識からトラブル対応、セルフケア指導まで、現場に役立つ情報を発信しています。ぜひ合わせてご覧ください。 森 建文(もり たけふみ)東北医科薬科大学病院 副病院長・腎臓内分泌内科 科長/東北医科薬科大学 内科学第三(腎臓内分泌内科)教授、医学博士。日本腎臓学会腎臓専門医・指導医、日本透析医学会透析専門医、日本内科学会総合内科専門医・指導医、日本高血圧学会高血圧専門医・指導医川村 一美(かわむら ひとみ)セントケア看護小規模仙台中野 所長

心温まるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
心温まるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
特集
2026年5月29日
2026年5月29日

心温まるエピソード【つたえたい訪問看護の話】第2回vol07

訪問看護の現場には、利用者さんやご家族との心の交流から生まれる温かいエピソードがたくさんあります。「みんなの訪問看護アワード2024」に投稿されたエピソードから、心がほっこりと温まるエピソードをご紹介します。 「アリンコ最中」 精神科の訪問看護で、利用者さんの気持ちを受け取った心温まるエピソード。 精神科の訪問看護をしています。利用者さんは病気の影響で、自分自身や部屋を衛生的に保つことが難しく、部屋にコバエが飛んでいたり、お話している間をゴキブリが横切ったりすることもあります。そんな中、高齢の利用者さんが「これ食べて」と出してくれたのは、有名な和菓子店のあんこたっぷりで人気の最中でした。嬉しいけれどテーブルに直置きしていたよね。ん?なんかあんこの様子がおかしいぞ?と思ったら、あんこに群がるアリの大群でした。「お気持ちだけいただきます」と言っても「大丈夫やって。今食べて」と断れません。置いておいて利用者さんが食べても困るので、「いただいて帰って、後でゆっくりいただきますね」と言うと、嬉しそうにティッシュで包んだアリンコ最中をくれました。きっと私が喜ぶと思ってくださったのだなと、その顔を見た時に思いました。お家を出てカバンの中から最中を取り出すと、アリもわんさか出てきて泣きそうになりましたが、この利用者さんとは今も関係は良好です。 2023年12月投稿 「心の棘」 訪問看護では時に、看護師がつらい気持ちになるような「棘」を感じる場面がある。看護師が、スタッフと一緒に心の棘を抜いていくエピソード。 「さっさと帰れ」「もう来んでええ」「死ね」看護師は、たくさんの傷つく言葉を受け取ることがある。病気だからしかたがないと頭では分かっていても、心に深く刺さった棘を抜くのは中々大変である。認知症を発症し、以前は暴力的でもあったと聞くOさんは、身体的な暴力は減少したが、言葉での暴力は健在であった。そのことで何件も訪問看護ステーションを変更されており、「今日はどんな酷いことを言われるのだろう…」と自転車の足取りがどんどん重たくなる自分がいた。このままでは看護師もOさんもダメになってしまう。訪問後にスタッフとカンファレンスを行い、Oさんの笑顔を見るために嫌な部分ではなく良い部分に注目し、スタッフ全員がOさんを大切に思えるように、情報共有することにした。するとOさんから「ありがとう」と言葉をかけられるようになった。心に深く刺さった棘は完全に抜かれて、私は今日も「何回笑顔が見られるかな?」と足取り軽く自転車を漕いでいる。 2023年12月投稿 「想い」 疎遠になっていたがん患者さんの娘さんに、民生委員の方が根気強く手紙を送り続けたことで、最期のときに家族が再会を果たせたエピソード。 「人間味のある看護師さんたちに看てもらえて幸せだったよ」最期の言葉の代弁者は民生委員のHさんだった。Iさんは独居生活。がんと余命宣告を受け、自宅で最期を迎えることを望んでいた。娘さんとも疎遠で、時を埋めるかのようにHさんが娘さんへ手紙を送り続けていた。落ち着いていた日々は束の間。吐血し、一刻を争う状況となりHさんから娘さんへ連絡をした。「父がどこに住んでいるか分からないけれど。でも東京から向かいます」と。私たちは「今から来てくれるよ、頑張りますよ」と声をかけ続けた。私が血を綺麗に拭き取っていると、Hさんが「すごい仕事ですね。私は元教師で、早くに父を亡くしたから地域の役に立ちたくて、Iさんをずっとみてきたの」と話していた。願いが叶った。娘さんが数十年間分のアルバム集を片手に、涙ながら目を閉じたIさんに語りかけていた。アルバムの最終ページに安らかに最期を迎えられた。病気がちな父を想い、娘さんは訪問看護師になったそう。面影ある洋服を探し、娘さんが着せてくださった。“微笑んでいるみたいだね”と皆感じていた。Hさんのように人に尽くしてくださる存在が偉大だった。主治医より「この一年の中で一番良い看取りでした。ありがとう」と。 2024年1月投稿 利用者さんやご家族との信頼関係から生まれる温かい瞬間は、訪問看護師にとってかけがえのない宝物です。これからも一人ひとりの人生に寄り添い、心通う看護を届けていきたいですね。 編集: NsPace編集部

心温まるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
心温まるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
特集
2026年5月29日
2026年5月29日

心温まるエピソード【つたえたい訪問看護の話】第2回vol06

訪問看護の現場には、利用者さんやご家族との心の交流から生まれるエピソードがたくさんあります。「みんなの訪問看護アワード2024」に投稿された作品の中から、心がほっと温まるエピソードをご紹介します。 「夫婦の絆」 がん末期のご主人が、亡くなる前日に奥さんを抱きしめ、「ありがとう」の想いを伝えた夫婦の物語。 夫婦二人暮らしのお宅で、がん末期のご主人への訪問看護に携わった。奥さんはクリーニング屋を営みながら介護をしていた。ご主人は気管カニューレを挿入しており、奥さんとうまくコミュニケーションを取ることができなかった。それでも奥さんは仕事の傍ら、なんとか気持ちを通わせようと声をかけ続けていた。しかし、ご主人は自分の想いをうまく伝えられないもどかしさからイライラし、奥さんをつっぱねるようになっていた。その後、ご主人が亡くなりグリーフ訪問をした時に奥さんからこのようなお話があった。「亡くなる前の日に、お父さんが私をぎゅーっと抱きしめてくれた。『ありがとう』って言われた気がしたんだよ」と涙目で話してくれた。私は「良かったね、お母さんの想いは、ちゃんとお父さんに届いてたんですね」と声がけし、一緒に泣いた。 2024年1月投稿 「もう一人のあたたかい家族」 「家族とは何か」を問いかけながら、訪問看護師として利用者さんに寄り添いたいという想いを綴ったエピソード。 家族って何でしょうか。血の繋がり?それとも同居している人?家族の形とは?「家族」と聞いて私が思い出すのは、産み育ててくれた両親、そして兄弟。海外で我が子のように愛してくれた恩師や兄弟のように接してくれた友人。彼らに共通することは、信頼や愛情、そして相手を深く想う気持ちを持って接してくれたことです。遠く離れていても、いつも心のどこかにいる存在。家族とは形にとらわれるものではなく、人と人の純粋な関係性なのだと私は思います。そんな家族にたくさん支えてもらいました。訪問看護師として、私の家族が私に与えてくれたものを、関わる人々へ返していける人間になりたいです。この想いを大切にして、利用者様はもちろん、在宅医療に関わる方々やスタッフの「もう一人のあたたかい家族」となれるよう毎日全力で自転車を漕ぎます!いつか一人前の訪問看護師になれる日を夢にみて。 2024年1月投稿 「みんなに贈る体調管理表」 前立腺がんの終末期だったMさんが、体調管理表に残した「ありがとう」の言葉が、家族と看護師の心を支えたエピソード。 Mさんは前立腺がんの末期であった。几帳面な方で体調管理表を自ら作成されていた。妻は介護に悩み、涙を見せることもあった。ある時、発熱と肺炎症状があり入院されていたが、数日経ち、妻から「もう時間がない、家で過ごさせてあげたい」という電話を受けた。訪問看護が介入し、一時外出が実現した。モルヒネ皮下注射を受けながらも、笑顔のMさんに私は「おかえりなさい!」と声をかけた。そこにはいつもの日常があった。家族と一緒にテレビを観たり、ソファーに座ったり、特別なことをしているわけではなく、Mさんを包み込むような当たり前の幸せがあった。夕方、病院へ帰る介護タクシーを見送った。それは翌朝のことだった。「さっき息を引き取ったよ。家に連れて帰るね」と、妻から連絡があったのは。「見て…」と妻から見せてもらった体調管理表には『私の人生みんなのおかげで楽しかった。ありがとう』と、少し震えたMさんの文字。私は涙があふれた。この言葉が、家族だけでなく、私たち看護師の心も救ってくれた。 2024年1月投稿 「願いを叶えた、思い出の志賀島ドライブ」 腎臓がんの終末期を迎えたKさんが、「もう一度志賀島に行きたい」という願いを叶えた、思い出のドライブのエピソード。 私が印象深く覚えているのは、腎臓がんの終末期を患っていた50代のKさんです。Kさんは、がんにより歩くことも難しい状態でしたが、毎回意欲的にリハビリに取り組まれていました。しかし、病状は無情にも進行していきました。精神的にも落ち込み、生きる希望を見失いかけていたある日「もう一度、志賀島に行きたいです。」と相談されました。そこは、病前に奥様とドライブをした思い出の場所です。早速、自家用車を福祉車両へ変更し、車椅子から助手席への移乗練習を何度も繰り返しました。介助に不慣れな奥様には移乗介助の方法も指導しました。そして昨年、念願だった志賀島へ行くことができました。Kさんは「諦めないで良かったです。ありがとう。」と笑顔で言われました。その後、Kさんは亡くなられましたが、私たちに最期まで諦めない姿を見せてくださいました。終末期のリハビリを通じて、利用者様やご家族様の思いに寄り添うことができ、私自身貴重な経験となりました。 2023年12月投稿 利用者さんやご家族との信頼関係から生まれる温かい瞬間は、訪問看護師にとってかけがえのない宝物です。これからも一人ひとりの人生に寄り添い、心通う看護を届けていきたいですね。 編集: NsPace編集部

漫画「わたしらしさを、ともにつくる」
漫画「わたしらしさを、ともにつくる」
特集
2026年5月26日
2026年5月26日

大賞エピソード漫画化!「わたしらしさを、ともにつくる」【つたえたい訪問看護の話】

NsPaceの特別イベント「第4回 みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。大賞を受賞したのは、OUR訪問看護ステーション(宮崎県)の中田 富久さんの投稿エピソード、「わたしらしさを、ともにつくる」です。 今回は、大賞エピソードを『ナースのチカラ ~私たちにできること 訪問看護物語~』著者の広田奈都美先生に、全11ページの漫画にしていただきました。ぜひご覧ください! >>全受賞エピソードはこちらつたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!大賞・審査員特別賞・ホープ賞・協賛企業賞【2026】つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!入賞【2026】 漫画:広田 奈都美(ひろた なつみ)漫画家/看護師。静岡県出身。1990年にデビューし、『私は戦う女。そして詩人そして伝道師』(集英社)、『ナースのチカラ ~私たちにできること 訪問看護物語~』『おうちで死にたい~自然で穏やかな最後の日々~』(秋田書店)など作品多数。>>『ナースのチカラ』の試し読みはこちら【漫画試し読み】『ナースのチカラ』第1巻1話(その1)投稿者: 中田 富久(なかだ とみひさ) さんOUR訪問看護ステーション(宮崎県)正直に申し上げると、嬉しさと同時に、どこか身の引き締まる思いがあります。 私たちの仕事は、誰かの病や困難と向き合うことから始まります。 訪問看護は、病を抱えながらも「その人らしく生きる」ための一つの選択肢です。 医療を届けることが目的ではなく、その人の生活を支えることが本質だと考えています。今回の受賞をきっかけに、訪問看護という仕事を一人でも多くの方に知っていただき、必要とする方のもとにこの選択肢が届くことを願っています。 >>「第4回 みんなの訪問看護アワード」特設ページ [no_toc]

看護師同乗の「民間救急」とは? 要望に応え、不測の事態に備える仕事
看護師同乗の「民間救急」とは? 要望に応え、不測の事態に備える仕事
コラム
2026年5月26日
2026年5月26日

看護師同乗の「民間救急」とは? 要望に応え、不測の事態に備える仕事

病気や障害などによって「移動の壁」に直面する人は多く、公的支援だけでは不十分な現状があります。そうした課題の中で注目されているのが、医療的ケアを伴う移動を支える「民間救急」です。本記事では、ケアプロ株式会社 交通医療事業部長の藤 健二郎氏に、民間救急の調整や事前対応の実際を紹介いただきます。 執筆:藤 健二郎(とう けんじろう)社会人経験を経て看護師となり、済生会福岡総合病院の救命救急センターで勤務。重症患者の看護に従事した後、大学院で看護師のストレスに関する研究を行い、急性・重症患者看護専門看護師を取得。現在は東京女子医科大学病院CCUでの臨床と並行し、ケアプロ株式会社 交通医療事業部長として、重症患者搬送や外出支援など「医療×移動」の分野で事業を展開している。■ケアプロ株式会社「ドコケア」:https://dococare.com/transport民間救急とは?緊急性の低い患者の搬送を行う民間サービスのこと。多くは、消防庁の認可を受けて「患者等搬送事業(一般乗用旅客自動車運送業)」を行っている。 「民間救急=ただの移動」という誤解 民間救急と聞くと、多くの人は「病院から病院へ、患者を運ぶだけ」「タクシーの延長みたいなもの」と思うかもしれません。 しかし、実際は大きく異なります。そこにいるのは、以下のような患者さんです。 認知症で環境が変わると混乱してしまう人 痙攣のリスクを抱えた人 ALSなど、呼吸や意思伝達に制限がある人 心不全で、今この瞬間も循環動態が揺れ動いている人 こうした患者さんを、医療的ケアを行いながら安全に移動させるのが民間救急です。 状態を安定させながら搬送する たとえば、こんなケースがあります。 末期の心不全で入退院を繰り返している80代の男性。「地元に帰りたい」という強い希望があり、東京から九州へ搬送することになりました。この方は、強心薬と利尿薬を持続投与しながら、身体の状態を維持していました。 つまり、単純に移動するだけではなく、 薬剤の持続投与 バイタルサインのモニタリング 急変リスクへの対応 を行いながらの搬送です。 こうした医療的ケアは、すべて主治医の指示のもとで事前に準備し、搬送中も治療が途切れないように設計しています。さらに今回は、患者さんから「道中で大阪の親戚に会いたい」という希望があり、バリアフリーのホテルを確保して1泊することになりました。宿泊中も医療管理が継続できるよう、必要な薬剤や機器を事前に整え、万が一に備えて近隣の医療機関とも連携をとった上で対応をしました。 予測できないことが起きる前提で動く 慣れない環境で、その患者さんは夜間にせん妄を発症しました。点滴を抜こうとする、落ち着かない、指示が通らない。こうした状況は珍しくありません。 持参していた薬剤を使用しながら対応し、なんとか朝を迎えました。しかし、ここで重要なのは「対応できたこと」ではなく、“対応できる前提で準備していること”です。 万が一に備え、移動経路にある医療機関へ事前連絡 薬剤は搬送終了までもつ量を準備し、事前に医師の指示書を取得 宿泊施設の選定と動線確保 患者と家族、医療者、交通手段の調整 これらをすべて整えたうえで、はじめて「移動」が成立します。 民間救急は「見えない調整」の積み重ねで成り立つ 実際の現場では、 新幹線の座席調整 車いすやストレッチャーの導線確保 タクシーや介護車両の手配 患者の状態に応じた人員配置 など、無数の調整が同時並行で進みます。 しかもそれらは、患者の状態によって常に変化します。 つまり、民間救急とは「医療・生活・移動を同時に成立させる仕事」なのです。 * * * 民間救急は、「ただ運ぶ仕事」ではありません。むしろ、その人の人生の続きをつなぐ仕事です。もし、移動を理由に何かを諦めている患者さんや家族がいるなら、こうした選択肢があることを、知ってもらえたら嬉しいです。

「一人の人を、まるごとチームで支える」~訪問看護ステーションはる 田中さん・山崎さんにインタビュー~
「一人の人を、まるごとチームで支える」~訪問看護ステーションはる 田中さん・山崎さんにインタビュー~
インタビュー
2026年5月26日
2026年5月26日

「一人の人を、まるごとチームで支える」~訪問看護ステーションはる 田中さん・山崎さんにインタビュー~

精神科に特化した訪問看護を行う「訪問看護ステーションはる」。ハードルが高いと思われがちな精神科分野で、利用者にもスタッフにも“全肯定”の姿勢で寄り添う温かなチームがここにあります。未経験でも安心して飛び込めるその理由と、地域と共に歩む看護の実際を、管理者・田中さんと事務・山崎さんのお話から紐解きます。 【※本記事はナスキャリが事業所向けに提供している「特集記事掲載サービス」によるものです。取材・撮影・編集はナスキャリが担当しました。】 「親切で明るい」から始まった訪問看護 大阪市内にある「訪問看護ステーションはる」は、精神科に特化した訪問看護ステーションです。その成り立ちには、同法人の高山診療所が長く地域で培ってきた信頼関係と、スタッフ一人ひとりの「誰かの力になりたい」という想いがありました。 事務の山崎さんは、診療所のバックオフィスに長く携わるなかで、地域医療の最前線を見てきました。 【山崎さん】「診療所では、医師もスタッフもデイケアや外来だけじゃ足りないと感じていたんです。ご自宅でどう過ごしておられるかが分からないまま、診察だけで終わってしまう。だからこそ、実際に“家に行く”訪問看護の必要性を強く感じていました」 2017年、そんな想いから「訪問看護ステーションはる」が立ち上がりました。最初は診療所の看護師がカバーしながら、徐々に現在の体制へと育ってきました。利用者さんはもともと診療所に通っていた方が多く、自然な形で訪問看護への移行がなされました。 【山崎さん】「最初から“顔見知り”の看護師が来てくれることって、ものすごく安心感があるんですよ。『あなたが来てくれるなら』って言ってくださることが多いですね」 法人全体としても、「親切で明るい」という理念が浸透しており、スタッフにとっても働きやすい環境が整っています。 【田中さん】「“これはダメだ”って言われたこと、ないんです。『それいいね』『やってみよう』って言ってもらえる。だから、利用者さんのために本当に必要だと思ったことを、素直に提案できるんです」 と、管理者である田中さんは話します。 そんな風土が、訪問看護という柔軟な支援のかたちを支えているのです。 優しい笑顔で利用者さんの相談に対して親身な姿勢で対応しています。 精神科訪問看護のリアルとやりがい 精神科の訪問看護は、医療だけでなく“生活全体”を支える支援です。ときに金銭管理の問題に関わったり、家族関係に介入したり、社会資源の調整を担ったりと、多面的な支援が求められます。 “存在そのものを肯定する” 利用者さんに何か起こったとき、問題としてとらえるのではなく一つの過程ととらえる。解決策もその人が持っている、少し支えるだけでその人がもともと持っている力が引き出されると考えています。 【田中さん】「先生がよく“全肯定でいこう”って言うんです。その人をそのまま受け止めることから、すべてが始まる。私たちもそうやって関わってもらっているから、自然と利用者さんにもそうできるのかもしれませんね」 訪問を重ねるなかで、表情が変わっていく。そんな変化に立ち会えることが、精神科訪問看護の一番のやりがいだといいます。 【山崎さん】「電話が減ったな、落ち着いてきたな、って感じる瞬間があるんです。訪問を始めてから、明らかに“日常”が整っていく。そんなふうに“生活の中で支える”のが、私たちの役割だと思っています」 “その人らしく”を支えるチームケア 訪問看護ステーションはるでは、訪問看護師だけでなく、作業療法士(OT)がいます。また、クリニックの医師、看護師、精神保健福祉士(PSW)、薬局の薬剤師、保健師など、地域に根ざした多職種との連携が当たり前のように行われています。 【山崎さん】「精神疾患を抱える方って、運動の習慣がなかったり、お部屋の片づけに困っていたりするんですね。そこにOTさんが入ってくれると、“一緒に片づけようか”とか、“今日はここだけ整えようか”って寄り添ってくれる。それだけで、暮らしが少しずつ整っていくんです」 【田中さん】「作業療法って、“生活そのもの”を見てくれるんですよね。料理、洗濯、会話…全部が作業。だから、私たちの看護とすごく相性がいい。利用者さんの表情が明るくなるのを見ると、やっぱり“つながってよかった”って思います」 精神科の利用者さんのなかには、生活保護を受けている方も多く、ケースワーカーや就労支援、保健師、時には教育機関ともつながることがあります。ある女性のケースでは、学びたいという意欲があり、先生や相談員と連携しながら、学業に専念できる環境を整えた支援が印象に残っているといいます。 【田中さん】「“無理かな…”って思っていたことが、チームで関わることで“できるかもしれない”に変わっていく。そんな瞬間に立ち会えるのが、この仕事の魅力です」 未経験でも安心できる風土と学び 精神科の訪問看護は、未経験者にとってハードルが高く感じられるかもしれません。しかし、訪問看護ステーションはるには、それをやさしく受け止めてくれる空気があります。 【山崎さん】「“精神って難しいんじゃないか”って思われがちですけど、新人スタッフには、いきなり一人で訪問を任せることはなく、経験豊富な先輩が同行し、毎回の訪問を丁寧に振り返ります。利用者さんもスタッフも、ほんとにやさしい人ばかりなんですよ。」 【田中さん】「“今日はこんな対応したけど、どう思った?”って聞いたり、“ここはうまくいったね”って一緒に振り返るんです。声かけ一つでも、共有し合える文化があります」 加えて、月に一度の高山診療所との連絡会議では、医師やOT、PSWなどと共にケース検討を行うほか、外部研修への参加も推奨されています。スタッフ一人ひとりの「もっと学びたい」という気持ちを支える風土が根づいています。 【山崎さん】「“こんなこと聞いていいのかな?”っていうことこそ、気軽に聞ける雰囲気なんです。“わからない”って言える安心感が、結局はケアの質にもつながると思います」 地域に根づくケアと、未来への一歩 訪問看護ステーションはるでは、今後の展望として、より広い地域での訪問を見据えたサテライトステーションの開設も構想されています。 【山崎さん】「利用者さんがいるけど、今の場所からだと毎回行くのが大変なエリアがあるんです。そういう場所にも“はるの看護”を届けたい。だから、サテライトを作っていきたいって考えています」 “生活に伴走する”という想いは、これからも広がっていく予定です。 【田中さん】「精神科の訪問看護って、やってみないとわからない魅力があるんですよね。毎日が同じじゃないし、利用者さんの“その日”に合わせて寄り添っていく。その中で、自分の看護観も育っていく気がします」 「訪問を待ってくれている」「今日も来てくれてよかった」──そんな言葉を励みに、訪問看護ステーションはるのスタッフたちは、今日も地域へと足を運びます。 マンションの中にある訪問看護ステーションはるは、アットホームな環境を用意しています。 インタビュアーより 「精神科の訪問看護って、難しそう」。そう感じていた自分のイメージが、訪問看護ステーションはるの取材でがらりと変わりました。むしろ、こんなに温かく、優しさに満ちた現場があることに、胸がいっぱいになりました。 田中さんの言葉の一つひとつには、利用者さんを“ひとりの人”として見つめるまなざしと、看護師としての確かな自信がありました。そして山崎さんからは、組織として支えることの大切さを感じました。 “未経験だから不安”という方にこそ、ぜひ知ってほしい職場です。ここには、“ともに歩む”看護が確かにありました。 事業所概要 事業所名:訪問看護ステーションはる所在地:大阪府大阪市天王寺区上汐3-8-2ノバカネイチ谷九301号室スタッフ構成:看護師、准看護師、作業療法士など特徴:診療所との連携/新人育成の受け入れ体制/多職種連携による地域支援事業所ページ:https://ns-pace-career.com/facilities/15612 この記事を読んで「訪問看護、自分にもできるかも」と感じた方へ 「もっと患者さんと関わりたい」「自分らしい看護を実現したい」そう感じている看護師の方は少なくありません。 NsPace Careerナビでは、訪問看護の現場で働く看護師のリアルな声を多数掲載しています。 精神科訪問看護で活躍する看護師の声 未経験から訪問看護を始めた体験談 育児と両立しながら働く現場の実例 各ステーションの教育体制・チーム文化 さらに、キャリアの悩みやモチベーション維持のコツなど看護師として働くうえで役立つ記事も充実。 「自分に合う訪問看護の職場って、どんなところだろう?」そのヒントが、きっと見つかります。 ▶ 他の訪問看護師インタビューを読むhttps://ns-pace-career.com/media/ 記事提供:NsPace Careerナビ編集部

心温まるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
心温まるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
特集
2026年5月22日
2026年5月22日

心温まるエピソード【つたえたい訪問看護の話】第2回vol05

訪問看護の現場には、利用者さんやご家族との心の交流から生まれるエピソードがたくさんあります。「みんなの訪問看護アワード2024」に投稿された作品の中から、心がほっと温まるエピソードをご紹介します。 「お別れは、突然に。」 認知症による混乱がありながらも、最期まで夫のために尽くし続けた妻。突然の別れを通して、夫婦の深い絆を感じたエピソード。 妻と二人暮らしのA氏。身の回りのことはすべて妻が行っていた。A氏の状態観察のため、週に1回訪問。しかし、訪問するたびに妻の認知機能低下が目立つようになっていった。妻は、認知症による混乱がありながらも、必死にA氏のために尽くしていた。ある日の朝、妻はベッドに横になったまま息をしていなかった。突然、妻を喪ったA氏。時々笑顔を見せるが、どこか寂しげな表情が印象的だった。認知症で困惑する妻の姿ばかり見ていたが、遺影の着物姿はとても素敵だった。訪問後の帰り道、さまざまなことが蘇る。「母ちゃんには感謝してる」と、妻のいないところで照れながら話すA氏。最期まで、自分のことより夫を優先して支え続けた妻の姿。二人暮らしが一人暮らしとなり、その現状を目の当たりにした私にも心にぽっかりと穴が空き、涙がこぼれてきた。誰かが先に逝けば、残される人がいる。当たり前と思っていた日常が幸せだったことに、後から気付くのは寂しい。1日1日を大切に生きようと改めて感じた。 2024年1月投稿 「大往生という言葉の重み」 「ありがとう」と言葉を残し、家族に見守られて旅立った100歳の利用者さん。“大往生”という言葉の重みを改めて感じたエピソード。 100歳代の女性。息子さんと二人暮らしでした。「息子がよくしてくれるから何も困ってない」そう言って、可愛らしい笑顔で話してくださいました。最期は「ありがとう」と言葉を残し、息子さんと娘さんに見守られて旅立たれました。周囲の方は口々に「大往生だった」と話されていました。しかし後日、クリニックナースから「息子さんが来訪された時“大往生だと言われてもね…”と寂しそうでした」と聞きました。そうだ…。どんなに高齢で穏やかな最期であっても、残された家族にとっては簡単には「大往生」とは思えない。日々をともにしてきた家族を失う寂しさや欠乏感は、「大往生」という言葉だけでは片づけられないのだと思いました。また、90代女性の利用者さん。長年一人暮らしでしたが、ベッド上生活になり娘さんが同居されていました。最期が近づいていたある日、娘さんが「上品で優しい母。料理も裁縫も日曜大工もなんでもできるすごい母でした」と話してくださいました。その言葉を聞きながら、ご本人はよい表情で小さく頷かれていました。その2時間後に旅立たれました。娘さん涙ぐみながらも、「大往生、100点満点です」と話されました。私は「大往生でしたね」と返させていただきました。言葉の大切さを改めて感じました。 2024年1月投稿 「かあちゃん」 「かあちゃん」と呼んでくれた98歳の男性。大トロのお刺身をうれしそうに頬張る笑顔が、今も心に残るエピソード。 98歳の男性。膀胱癌の終末期で、入所時から私の担当だった。認知症もあり、病気の影響か頻尿が続いていた。余命1ヵ月程度と説明され、その間に何ができるか考えていた。入所時から、私のことを「かあちゃん」と呼び、私は呼ばれることにやや抵抗を感じていた。何かにつけ「かあちゃん痛いよ~」「かあちゃん服脱がせてくれ」「かあちゃん…」と。ある日、「かあちゃん、美味しい刺身で一杯やりたいなぁ~」と話された。その一言を聞き、私は買い物に出かけ、大トロのお刺身を用意して夕食時に提供した。嬉しそうな笑顔で「これは美味い」と、日本酒と一緒にうれしそうに食べてくださり、こちらまで嬉しくなる日だった。夏祭りで歌う姿や、家族面会の時の笑顔。たくさんの笑顔を残してくれた。一方で、最期の日は終末期せん妄による苦しそうな表情があったと聞き、最期は辛い思いをさせてしまったのではないかと、今も考える。「とうちゃん、かあちゃんは優しかったですか。とうちゃんが満足する母ちゃんでしたか」 2024年1月投稿 「伝えたかったありがとう」 家族の助言には耳を貸さなかったAさんが、少しずつ訪問看護師を受け入れてくれるようになった。そして最期に残されていたのは、「ありがとう」と書かれた1枚の裏紙だったエピソード。 老夫婦で過ごされていたAさん。近くには娘様もお住まいで、いつもご夫婦の様子を見に来られていました。腸閉塞を何度も繰り返していましたが、Aさんは奥様や娘様の助言には耳を貸さず、「俺の体は俺が1番知っている。」と話されていました。困り果てた娘様からSOSがあり、ケアマネジャーを通して訪問の依頼がありました。初めは私たちスタッフにも拒否的でしたが、何度か訪問させていただくうちに、徐々にAさんは受け入れてくれるようになりました。排泄の状況をうかがっても、以前は「なんでそんなこと教えなきゃいけない?」と話されていました。しかし、ある日から大量の裏紙の束を持ってきて「そうだ、3日出てないんだ。腹も張ってるし、浣腸お願いできるかな。」と。しかしご家族様には変わらず、助言を受け入れてもらえず、奥様や娘様は「もう家でみるのが大変で…。夜中に何度も“看護師さんを呼んで”と言われて…。」と疲弊されてました。ある日、突然の嘔吐で緊急訪問となりました。そのまま救急搬送され入院し、帰らぬ人となりました。その後、ご自宅を訪ねると奥様がAさんの大量のメモ紙を持ってきて「片付けをしていたら、1枚だけ出てきたの。」と、そこには「ありがとう」と大きく書かれた1枚の裏紙でした。ご家族も私たちも、それを見て号泣しました。 2024年1月投稿 「告白」 「山田さんとは心が通じ合っている気がする」98歳のおばあちゃまとの5年間のかかわりの中で、忘れられない“告白”を受け取ったエピソード。 昔はイングリッド・バーグマン似だった98歳のおばあちゃま。乳がんのケアで関わることとなった。訪問看護師として処置に伺うアトリエには、鮮やかな花の油絵が、友人や家族の写真とともに飾られていた。夕方になると、ご飯を目当てにちゅんちゅん(雀たち)が集まってくる。ご家族はご本人らしい最期を望まれていたが、医療の選択肢が増えた今、告知しないほうが難しかった。何度となくスタッフ間で議論したが、当人は「みんないい人ばかりね」と微笑み、病状については深くは知らされていなかった。つかず離れずがモットーのこの仕事なのに、がんが進行したある日、「山田さんとは心が通じ合っている気がする」 と、見つめられ、戸惑った。「ありがとう。私も」と返した。最期にトイレは自分で行かれ、寝込まれたのはわずか二日間だった。凛とした美しい表情は、まるで眠っているようだった。四十九日過ぎに手を合わせ、遺族と喪失感や疲れを共有した。「じつは告白されたんですよ」そんな話をしながら、娘さんと一緒に泣いて、笑った。一年後、自転車で前を通った。「両想いやね」と伝えたかった。寂しいと、私もちゃんと伝えればよかった。やっと今、自分の心に向き合えている。 2024年1月投稿 利用者さんやご家族との日々の関わりの中には、言葉では言い尽くせない大切な時間があります。一人ひとりの人生に寄り添う訪問看護だからこそ出会える瞬間を、これからも大切にしていきたいですね。 編集: NsPace編集部

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
特集
2026年5月22日
2026年5月22日

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】第2回vol3

訪問看護の現場では、疾患・障害などがある中でも懸命に前向きに生きる利用者さんがたくさんいます。「みんなの訪問看護アワード2024」に投稿されたエピソードから、利用者さんの前向きな姿勢に力を分けてもらえるエピソードをご紹介します。 「かぶってない」 精神疾患と知的障害を抱える利用者さんと信頼関係を築き、安定した療養生活をサポートできたエピソード。 精神疾患と知的障害、糖尿病を患う彼女の自宅に4人の看護師が交代で訪問している。内服管理、血糖値確認、生活リズムの確立、対人関係の援助などで訪問している。彼女の希望は“話をしたい”。病院の受診以外で人と交流する機会もない彼女にとって、私たちの訪問は唯一の楽しみである。自分からは話さず、私たちが話をしても返ってくる言葉は単語のみ。沈黙の時間が続くが、彼女はあまり気にならない様子。そんな沈黙を破り、彼女は突然言葉を発した。彼女の訪問時の様子は、看護師同士で情報共有していたが、突然「かぶってない」と言われた看護師は頭をフルに回転させて考えた。彼女の目線の先には、袋がかぶってない陰部洗浄用のボトルがあった。精神科勤務の経験のない私たちは、彼女のケアを手探りの状態で続けているが、この1年間入院することなく自宅で生活する事ができた。 2024年1月投稿 「看護の心~お孫さんからの学び~」 癌末期のAさんを献身的に介護するお孫さんから、看護の心は資格ではなく相手を慮る気持ちだと学んだエピソード。 Aさんはがん末期で、奥さんと息子さん家族と住んでいます。Aさんは入院中に転院の話に納得されず、在宅療養を希望し訪問看護が開始となりました。高齢の奥さんに代わり、お孫さんが献身的に介護を担っていました。徐々に経口摂取もままならず、点滴の可否を決定する時期となりました。奥さんと息子さんは「これ以上辛い思いはさせたくない。自然な形がいい」と点滴は希望されませんでしたが、お孫さんは「まだ生きる可能性があるのに自分たちが諦めてしまっていいのか」と涙ながらに訴え、話し合いの結果、点滴を実施することとなりました。せん妄でお孫さんに暴力を振るうこともありましたが「明日はじいじはいないかもしれないという思いで介護をしている」と話し常に寄り添っていました。最後は3人のお孫さんとお嫁さんが交替で介護にあたり、みんなに囲まれて旅立たれました。看護の心というのは、資格の有無ではなく”どれだけ相手を慮ることができるのか“ということをお孫さんから学びました 2024年1月投稿 「ひ孫に会いたい!」 韓国人の利用者さんが、うろ覚えの韓国語で通訳を受けながら無事に帰国し、ひ孫に会えた笑顔の写真が送られてきたエピソード。 私には幼少期を韓国で過ごしたという、バックグラウンドがあります。近年、外国籍の利用者さんも増えてきており、私は韓国人の利用者さんを担当することになりました。ご本人は40年前に来日しており日本語は上手ですが、韓国に住んでいる娘さん夫婦は日本語を話せず、初めての介護でした。そして「これから生まれるひ孫に会いたい、会わせたいから韓国に帰りたい」と希望がありました。うろ覚えの韓国語と携帯の翻訳機能を使いヘルパーさんやケアマネさん、訪問診療時の通訳をしていました。なかなかうまく通訳できず苦労しましたが、帰国に向けて準備の手伝いをする中で、「同じ言葉で話せる人がいるだけでも安心です」とおっしゃっていただきました。体調が落ち着き、娘さんも介護できるようになったので無事に帰国しました。帰国前、お互いに「サランヘヨー」とハグをしお別れ。そして、ひ孫に会えて笑顔いっぱいの写真が送られてきました。 2023年12月投稿 「あなたが来てくれるだけで」 新人作業療法士が、「あなたが顔出してくれるだけで元気がでる」と利用者さんに言われて涙したエピソード。 私は臨床2年目、訪問看護師としては1年目のひよっこ作業療法士です。利用者さんは透析をしており、透析後は疲労感が強いため積極的にリハビリを行うのが難しい様子でした。ご本人も頑張りたいのに体が動かない、私も何かできると良いのだけど難しい。何もできないのにこのまま訪問を続けて良いものか悩んで、思わずご本人に「何もできなくてごめんね」と言ってしまいました。ところが「何バカなこと言っているの!あなたが顔を出してくれるだけで元気がでるんだから!」と言われ、ハッとしたと同時に涙がでました。リハビリらしいリハビリはできていませんが、私を必要としてくれている人がいる。少しでもその人の生活の一部になっていることを忘れずに、そしてこれからもそう思ってもらえるように頑張っていこうと思いました。 2023年12月投稿 「母にしてあげたかったこと」 母を膵臓癌で亡くした看護師が、訪問看護の研修で感動し、母にしてあげたかった看護を利用者さんに届けようと決意したエピソード。 私が病棟勤務で毎日忙しくしていたころ、母に膵臓癌が見つかった。すでに末期の状態で、みるみる体調が悪くなり3ヶ月で旅立った。実家は県外で頻繁に会いに行くこともできず、看護師なのに私は母に何もしてあげられなかったと後悔する毎日。何のために看護師をしているのか分からなくなり、17年勤めた病院を数ヶ月後退職した。気力もなく過ごしていた時、看護協会から訪問看護に関する研修案内メールが届いた。なぜか心が動いて“行ってみたい”と思った。その研修は数日間あり、その中の半日は指定されたステーションで同行研修をする。学生時代の実習気分で懐かしい感じもあり、ドキドキしながら同行させてもらった。そこで出会った看護師さんの、利用者さんに対する温かさと丁寧さにとても感動し、管理者さんからの「あなた訪問看護師向きだと思いますよ」の一言に“ここで働きたい!”と直感で思い、すぐにスタッフ募集しているか調べて採用してもらうことができた。終末期の利用者さんも多く、母と重なる部分もあるが、母にしてあげたかった看護をここで精一杯頑張っていこうと思う。 2023年12月投稿 利用者さんの前向きな姿勢や人生の歩みは、関わる訪問看護師だけではなく読者にまで元気や力を与えてくれます。あらためて、訪問看護師と利用者さんの関係は共鳴するのだと考えさせられます。 編集: NsPace編集部

× 会員登録する(無料) ログインはこちら