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訪問看護の現場で活きる!感染対策の基礎知識【セミナーレポート前編】
訪問看護の現場で活きる!感染対策の基礎知識【セミナーレポート前編】
特集 会員限定
2025年8月5日
2025年8月5日

訪問看護の現場で活きる!感染対策の基礎知識【セミナーレポート前編】

2025年5月16日に開催したNsPace(ナースペース)のオンラインセミナー「訪問看護の現場で活きる!感染対策のヒント」。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行期を振り返り、訪問看護における感染対策についてご講演いただきました。講師は、感染管理に造詣が深い松橋 久恵さんです。セミナーレポート前編では、訪問看護における感染対策の特徴や考え方、直面する課題についてご紹介します。 ※約90分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)が特に注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】松橋 久恵 さん訪問看護師/元 感染管理認定看護師(2010~2024年)1997年から20年以上にわたって国立がん研究センター東病院にて勤務。2010年には感染管理認定看護師の資格を取得し、院内の感染対策に専門的に取り組む業務にも従事した。2019年に「訪問看護ステーションそら」に入職し、現在に至る。 「感染」の定義 感染とは、病原体が宿主の体内に侵入し、発育・増殖すること。単に体内に病原体が定着しただけでは発症しません。感染が成立しやすい主な条件は以下のとおりです。 病原性が強い 未知の病原体で抗体をもっていない ウイルス量が多い流行期である 抵抗力が弱っている(高齢者・小児・基礎疾患を持つ人など) 感染予防の考え方 「感染経路」を断ち切る標準予防策 文献1)より引用 人から人への感染は、上図の輪で表した感染経路がつながったときに成立します。この輪を断ち切ることが予防の第一歩。そして、この考えに基づいた対策が「標準予防策(スタンダードプリコーション)」です。 標準予防策では、感染症の有無にかかわらず、すべての対象者の「血液」「体液」「分泌物」「排泄物」「粘膜」「損傷のある皮膚」には感染リスクがあると考えて対応します。代表的な対策は、以下のとおりです。 手指衛生 個人防護具(手袋・マスク・ガウン・ゴーグルなど)の適切な使用 環境整備 器材の管理(洗浄消毒滅菌) 廃棄物の処理や取り扱いへの注意 特に重要なのは手指衛生です。ウイルスや細菌は手によって運ばれるため、感染経路を断つ上で最も有効な手段といえます。感染性のあるものを扱った際には、目・鼻・口といった「侵入門戸」に手が触れないよう特に注意が必要です。たとえ病原体が手に付着していても、これらの部位に触れなければ感染は成立しません。感染を防ぐ上で最終的な防御ラインを担っているのが「手」であるため、やはり手指衛生の徹底は欠かせないのです。 コロナ禍を振り返る 新型コロナウイルス感染症への対応ガイド 2020年以降の新型コロナウイルス感染症感染拡大時には、多くの訪問看護事業所が対応に苦慮したでしょう。2023年1月に環境感染学会が発行した「医療機関における新型コロナウイルス感染症への対応ガイド(第5版)」(以下「ガイド」)では、新型コロナウイルス感染症に対して、これまで多くの医療現場や社会全体が抱えてきた「どこまでやればいいのか」「何が本当に必要なのか」といった疑問に対して、最新の知見をもとに一定の方向性が示されています。基本的には、標準予防策をベースとし、リスクの高い場面では必要な対策を追加するという考え方です。 ■日常ケアは標準予防策の徹底が重要 COVID-19において、特別な対応が必要とされるのは一部の場面に限られます。例えば、吸引や酸素吸入などエアロゾルを発生させる手技を行う場合にはN95マスクの使用が推奨されますが、日常的なケアでは標準予防策を適切に実施することで十分に対応可能とされています。また、互いにマスクを着用していれば飛沫が直接届くリスクは低いため、アクリル板の使用も必須ではないとされています。 なお、新型コロナウイルス感染対策において、医療現場で全員がマスクを着用する「ユニバーサルマスキング」が推奨されており、これも標準予防策の一部のように考えられるようになってきています。COVID-19患者は発症の2日前から他人に感染させる可能性があるため、ケア提供者から利用者さんへの感染リスクを減らす観点から、ユニバーサルマスキングは重要です。なお、マスク素材はサージカルマスクまたは不織布マスクが望ましく、布マスクなどの性能には限界があるため注意が必要です。 ■COVID-19疑い例:状況に応じて個人防護具を選択 COVID-19の疑いがある場合、患者さんとの距離や接触の程度によっても個人防護具の選択は変わります。たとえば、身体接触がほぼ無い場合にはガウンの着用は不要で、環境表面に触れる可能性があるなら手袋を着用する、といったように「目的に応じた選択的な対策」が求められます。 ■COVID-19確定例:原則シューズカバーは不要 文献2)より引用 COVID-19確定例の場合、シューズカバーを脱ぐ際に手指が汚染されるリスクを考慮し、基本的にはシューズカバーの使用は推奨されていません。衣類に付着したウイルスは増殖しないとされているため、たとえ靴下やズボンにウイルスが付着したとしても、過度に心配する必要はないとされています。 訪問看護における感染対策の難しさ 医療現場における感染対策の情報は、多くが病院や施設での実施を前提にまとめられています。環境や条件の違いから、病院と同じ水準の感染対策を訪問看護の現場でそのまま実施するのは、現実的に難しいといえるでしょう。ここからは、訪問看護における感染対策についてみていきます。 感染リスクについて 病院や施設の場合、「集団生活」であることを理由に、患者さんや利用者さんに対して一定の強制力をもって協力を求めることができます。「周囲に迷惑をかけたくない」という雰囲気が自然に生まれる環境ですし、資源(人手・資金・物資等)も比較的整っています。 一方の訪問看護では、基本的に訪問時の一時的な協力依頼にとどまるケースがほとんどです。利用者さんに症状が見られても検査結果を待たずに対応せざるをえず、看護師側が感染リスクを抱えながらケアにあたる場面も少なくありません。 病原体の伝播リスクについて 訪問看護の場合、多数の患者さんが集まる医療機関とは異なり、病原体の伝播リスクは比較的低いとされています。 主な感染源は 感染したサービス提供者や家族 汚染された器材 ですが、訪問看護の現場では、医療処置やケアを行う人は限られています。また、器材の共有が少なく、カテーテル挿入などの侵襲的処置も最小限にとどまります。 訪問看護における感染対策のポイント 標準予防策の実施率アップを目指す 当たり前に感じる方もいるかもしれませんが、スタッフ一人ひとりがきちんと標準予防策を意識し、確実に実施できるかどうかが感染対策の鍵になります。ガイドで繰り返し強調されているように、新型コロナウイルス感染対策においても標準予防策の徹底が重要でした。感染経路が多様であっても、感染対策の基本となる柱は変わりません。 在宅医療の現場でも同様に、標準予防策の実施率を上げていくことが感染リスクを下げ、医療従事者と利用者さんやそのご家族を守り、感染拡大を防ぐことにつながるということを、改めて意識していただきたいと思います。 感染経路別予防策の追加 未知の感染症であっても、基本的にいずれかの感染経路に分類されます。そのため、標準予防策に加えて、感染経路別予防策を追加していくことも必要です。以下に、代表的な感染経路(図)とそれぞれに対する予防策の例をご紹介します。 (C)HAICS/T.Torii■空気予防策長く続く咳や発熱は結核、発疹が伴えば麻疹や水痘の可能性があるため、発症者はサージカルマスク、ケア者はN95マスクを装着。抗体をもっている、罹患歴がある場合は通常のマスクを選択可能。■飛沫予防策呼吸器症状が見られ、流行期にあるときは、ケア者も発症者もサージカルマスク(場合によってはN95マスク)を装着。■接触予防策下痢や嘔吐が見られる場合、ガウンを着用し、ほかの利用者さんとの器材の共有は避ける(共有する場合は消毒する)。次亜塩素酸ナトリウムを含む製品を利用した環境清掃も有効。 感染症発症者にマスクを着用してもらうことは、最も有効な感染拡大防止策のひとつです。咳エチケットの観点から、協力を求めても問題ないと思います。マスク着用が困難な場合は、ケア提供者が目を保護するとよいでしょう。また、換気を徹底することでリスクをさらに軽減できます。(換気については後編で解説) 症状を確認しながら経験的な経路別予防策を追加することは、訪問看護における感染予防の実践には欠かせません。そのため、標準予防策と組み合わせて、柔軟に対応していくことが重要です。 以下の表は、訪問看護における標準予防策と、実際の場面で求められる経験的な感染対策をまとめています。 例えば、「7. 退室」時の標準予防策は「手指衛生」のみですが、利用者さんが「ノロウイルスかもしれない」と考えられる場合には、退出前にベッド周辺を消毒用クロスでさっと拭き取るなど、「環境整備」の対応を追加することもあります。 感染症まん延に対する心構え 「発生ゼロ」目標と人権侵害 医療関連感染の対策における目標は、「発生ゼロ」を目指すのが基本です。しかし、新型コロナウイルス感染症の流行状況をふまえると、市中感染で同水準を目指すのは非現実的でしょう。 特に感染拡大期には、社会活動そのものを制限するほどの対策が必要となり、社会生活との両立は困難です。その点を理解しないと、感染者や医療従事者が苦しみますし、必要以上に責められる結果になりかねません。例えば、症状を隠して出社する、発症者を非難する、感染は自己責任といわれる…といった、コロナ禍に一部で見られた風潮の背景にも「理解不足」があるでしょう。 市中感染の場合、「発生ゼロ」を目標とするのではなく、感染者への早期対応やサービス・事業を継続していくための体制づくりに力を注ぐことが重要だと考えています。また、感染症には昔から「人権侵害」の問題がつきものです。特に新しい感染症が発生し、正しい知識が浸透していないときは、恐怖感や不安感から差別的行動が生まれやすくなります。 例えば新型コロナの流行時には、訪問看護師が玄関の外で感染防護服を着用する場面も見られました。「慎重な対応をしておくに越したことはない」と思われるかもしれませんが、実際の感染リスクを鑑みると過剰なケースもあり、近隣住民の目に触れることで利用者さんが差別や偏見を受けるリスクもあります。特に防護具を着用する場面や方法には十分な配慮が必要です。 感染対策を行う上では、単にマニュアル通りに動くのではなく、「本当に必要か」「その行動が利用者さんにどのような影響を与えるか」を立ち止まって考えることが求められます。医療従事者には、冷静な判断をする力と、利用者さんの人権を尊重し、生活環境への配慮をする姿勢が不可欠です。 次回はより具体的な標準予防策の実践や訪問看護ならではの感染対策、BCPについて解説していきます。>>後編はこちら(※近日公開)訪問看護の現場で活きる!感染対策の実践【セミナーレポート後編】 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア 【引用】1)NPO法人HAICS研究会PICSプロジェクト 編著「オールカラー改訂2版 訪問看護師のための在宅感染予防テキスト」メディカ出版, 2020,p14.2)⼀般社団法⼈ 環境感染学会.「医療機関における新型コロナウイルス感染症への対応ガイド第5版」,2023.

患者さんの想いを尊重した看護/ラミーナ訪問看護ステーション
患者さんの想いを尊重した看護/ラミーナ訪問看護ステーション
インタビュー
2025年8月5日
2025年8月5日

「言葉を大切に」~患者さんの想いを尊重した看護を提供~ラミーナ訪問看護ステーション 木村さんにインタビュー

 【PR】この記事はNsPace Careerナビ編集部が取材・編集しています。 病棟勤務を経てがんセンターに転職し、14年間の緩和ケアの経験を積まれた木村様。訪問看護ステーションを立ち上げられた経緯や大切にされている想い、今後のビジョンをうかがいました。 緩和ケアを経て訪問看護の世界へ 看護学校を卒業して大学病院に入職し、脳外科や泌尿器科、ICU、呼吸器内科、循環器内科、放射線科の病棟で働きました。看護師として10年目を迎えたとき、今後は緩和ケアに携わりたいと思ったのです。 その頃から訪問看護にも興味を持っていましたが、まずは緩和ケアを学んでからと考えました。そんなときに千葉県にあるがんセンターに緩和ケア病棟ができると聞き、転職を決めました。 がんセンターでは、整形外科、泌尿器科、緩和ケア病棟を経て、退院調整をする部門の「在宅支援センター」が立ち上がり、私は初期から関わらせてもらいました。病院全体の在宅調整を担う中で、在宅で過ごす患者さんのことや、支援してくださる訪問診療や訪問看護、居宅介護支援事業所と連携させて頂きました。この時期に今のラミーナに繋がる多くの学びがありました。 千葉県がんセンターを退職後、さくさべ坂通り診療所で在宅緩和ケアを学びながら緩和ケア認定看護師の資格を取得しました。 その後、千葉県がんセンター時代からお世話になっている五味クリニックの関連会社から2017年に訪問看護ステーションが開設され、管理者となりました。管理は初めての経験が多く、戸惑いや不安もありましたが、会社のサポートもあり業績は順調で、2021年に独立し今年6月で4周年を迎えることができました。五味博子先生は、今も変わらず連携してくださっていて、安心して訪問することができています。 「自分でステーションを立ち上げるときに「患者さんの思いや言葉を大切にする」ということを軸にやっていこうと決めました。」とお話しされる木村さん 大事にしているのは「患者さんが語る言葉や想い」 当ステーションの特徴は「患者さんの言葉を大事にする」ことです。看護師それぞれに思いは持っていますが、まずは「患者さんがなにを考えているのか」「どんな体験をしながら過ごしているのか」など、患者さんの言葉で語ってもらい、そこを理解するところから始めています。 患者さんの考えていることが不利益にならなければ基本的に見守る姿勢ですし、もし不利益になるようなら、指導というのではなく「こういう方法もあるのではないか」と提案する形で進めていくことを意識しています。 やはり患者さんに語っていただくには、コミュニケーションスキルが欠かせません。患者さんの言葉を勝手に置き換えていないか、意識しながら聴くようにしています。 「患者さんの言葉を大切にする」という軸は、がんセンターでの経験に原点があります。当時は緩和ケアの知識を持っていたこともあり「こういう風にした方がいい」「この薬を使った方がいい」というように患者さんのためにと言いつつ、割と自分の世界を押し付けていた気がします。 その当時の患者さんに「自分たちでどうするかを選ぶのではなく、レールに乗せられているようだ」と言われたことがありました。患者さんがどうしたいのかを、自分では考えているつもりでしたが「こうした方がいいのではないか」と誘導しているような感覚があって、だんだん苦しくなりました。 在宅の世界に入って、相手との向き合い方を180度変える必要が出たときに、これまでいかに自分本位で看護をしていたかというのを実感しました。その経験から、ステーションの理念は「患者さんの思いや言葉を大切にする」ということを軸にやっていこうと決めました。 地域とつながり、気軽に相談できる場を作りたい ステーションを立ち上げた当初は、規模を大きくして、スタッフも充実させて……というように、事業所として安定することばかりを考えていました。でも、大きくなった先に何を見据えるのかという部分が私のなかにあまり見えてこなかったのです。1人ひとりの患者さんを大事にしていくのであれば、今くらいの規模でみんなが密に連携を取れている方が、働きやすいのかなと今は思っています。 個人的に考えているのは、患者さんやご家族が、病院ではない場所で、がんやがん以外の病気について、安心してフラットに話せるような場所を作りたいと考えています。様々な不安や今後のことを、ゆっくり考えたり話したりすることで、少しずつ自分を取り戻せる場所が必要だと感じています。 そういった場所作りを進めていくには、地域の方々との交流が大切だと思っているのですが、現時点ではあまりできていません。公民館で病気予防に関する勉強会や健康教育はさせてもらっていますが、たとえば町内会や自治会とはつながっていないと気づきました。 訪問看護という点では、お看取りをさせていただいた患者さんのご家族から「あのとき母もお願いしたから、父もお願いします」というようなうれしいつながりはありますが、対地域への存在感はまだまだ地道な活動が必要かなと思っています。当ステーションのある地区は他市に比べて訪問看護ステーションの数が少ないので、地域でアイデアを出し合って、横のつながりも大事にできたらいいですね。 会議をする「ラミーナ訪問看護ステーション」のスタッフさん。 スタッフ連携で、より良い職場づくりと丁寧な看護の提供を 当ステーションは丁寧なケアと丁寧な対応をするスタッフが多いです。頼もしいスタッフがそろってくれていて、ありがたいですし、患者さんから感謝されたり、つながりをより感じられたりするところだと思います。患者さんとしっかり向き合って看護を提供したいという方がいたら、ぜひ一緒にやっていきたいです。 私自身もまだまだ未熟なところがあるので、みんなに教えてもらいつつ、新しいものを取り入れながら、時代に沿って活動していくことを大事にしながらやっていきたいと思っています。 私自身、一看護師かつ経営者としては初めてなので、今でも人事評価制度やラダーについて、どういう取り組みをするか悩むこともあります。 教育はもちろんですが、お給料の面でもみんなの頑張りを反映させたいですし、まだまだ試行錯誤していますよ。スタッフには大変な思いをさせているかもしれないけれど、良い形で還元できるようにしたいです。 最初は緩和ケア専門のステーションにしたいという思いがありましたが、周りを見渡すと、がんだけでなく本当にさまざまな病気の方がいて、みんな一生懸命生きていらっしゃることを知りました。今はがん以外の疾患も積極的に訪問させていただいています。 患者さんの言葉を大事にして「今どう生きていきたい」とか「こんな風にしていきたい」というような言葉を拾うことをこれからも大切にしていきます。 そして私たちから患者さんにあらためて聞かなくても「あの人はそう言ってたよね」というように、患者さんの言葉を引き出しにたくさんしまっていけるような、そういう日々の訪問と関わりをしていきたいと思っています。 インタビュアーより がんセンターで長く緩和ケアに携わられた木村様。「患者さんの言葉を大切にする」という優しく温もりある姿勢がとても印象的でした。木村様を中心にスタッフの皆様もとても和やかな雰囲気で、密な連携を大切にされています。患者さんの思いを尊重した看護を提供したい方にぴったりのステーション様です! 事業所概要 ラミーナ訪問看護ステーション(市原市) 住所:市原市辰巳台東1-11-7 辰巳台イーストメゾン105号 運営方針・理念: 「家で過ごす」をかなえる 患者さん・ご家族の思いを聴き自分らしく生ききることを支援します 記事提供:NsPace Careerナビ編集部

分かりやすい! ALSの最新治療~痛くない筋肉注射の方法~
分かりやすい! ALSの最新治療~痛くない筋肉注射の方法~
コラム
2025年7月29日
2025年7月29日

分かりやすい! ALSの最新治療~痛くない筋肉注射の方法~

ALSを発症して10年、現役医師・梶浦先生によるコラム連載、第2弾。今回は、ALSの最新治療法について解説します。エダラボンの内服薬や高用量のメコバラミンなど患者のQOLを高める治療の最前線をお伝えします。 ALSの疫学と原因について 日本におけるALSの患者数は1万人弱で、10万人あたり7〜11人程度の有病率とされています。男女比は1.3〜1.5:1で、やや男性に多い傾向にあります。 ALS患者の約90%は孤発性(家族歴がない)ですが、残りの約10%は家族内で発症することが知られており、家族性ALSとも呼ばれています。家族性ALSの原因となる遺伝子変異はこれまで30種類以上見つかっており、日本ではSOD1という遺伝子に変異があるパターンが最も多く、遺伝子変異の中の約20%(ALS全体の約2%)を占めます1)。 好発年齢は50〜70歳くらいですが、まれに若い年代で発症することもあります。私のように30代以下で発症するケースは全体のわずか約10%です。前回のコラム(>>分かりやすい!  ALSの診断方法〜二転三転した私の病名〜)で書きましたが、若年発症例は珍しいからこそ、さまざまな疾患の可能性が考えられ、結果として診断が遅れることもあるのです。 発症のメカニズムも徐々に分かってきています。運動ニューロンの中にTDP-43という異常タンパク質が蓄積し、それが細胞死を引き起こすと考えられています2)。「なぜTDP-43が蓄積するのか」「どうすればそれを除去できるのか」といった疑問が解明されれば、根本的な治療につながるのですが、その実現にはまだ時間がかかりそうです。そのため現在は、運動ニューロンの保護を目的とした対症療法が主な治療法となっています。 ALSの平均余命 一般的に、人工呼吸器を使用しないALS患者の平均余命はおよそ2〜5年とされています。その一方で、胃瘻による栄養管理を行いながら、人工呼吸器を装着する場合、生存期間の中央値は20年ともいわれています。(>>ALSの平均寿命が2〜5年なんて嘘だ!) しかしながら、この過酷な病気とともに生きていく人は少なく、気管切開を行い人工呼吸器を導入する人は、全体の20〜30%程度に過ぎません。 ALS治療の大きな柱:「栄養療法」と「薬物療法」 栄養療法について ALS患者は、病初期から著しく体重減少を起こすことがあります。体重減少の原因には以下のとおりさまざまなものがあります。 ALS特有の病初期~中期にかけての異常な代謝亢進(人工呼吸器を装着するまで) 病気の進行に伴う全身の筋肉量の減少 嚥下機能の低下に伴う食事摂取量の減少 呼吸機能の低下に伴う努力性呼吸*によるエネルギー消費量の増加  *努力性呼吸:自然に呼吸ができないため、一所懸命に呼吸をすること。   「ALSを発症した当初から体重を落とした群」と「体重を落とさなかった群」を比較した研究によると、後者の群のほうが人工呼吸器の装着までに要した期間が長く、QOLが低下する速度もゆるやかであったと報告されています3),4)。このことから、食事と合わせた高カロリー療法が進行を遅らせる効果があるとされています。 一方、発症後期(人工呼吸器装着後)は代謝量の減少に伴い、必要なカロリーも減少します。そのため徐々に摂取カロリーも減らす必要があります。ちなみに、今の私の摂取カロリーは1日900kcalです。 薬物療法について 日本では長年、「リルゾール」と「エダラボン」の2剤が治療薬として認可されていました。詳しくは「ALSの治療法について〜栄養療法がとても大切!〜」をご参照ください。ここからは「enjoy!ALS」第1弾の連載を終了してからの2年間で新しく変わった治療について解説していきます。 【ALS最新治療】エダラボンの内服薬が登場! 1つ目は、エダラボンが点滴から内服に変わったことです。これはALS患者にとって非常にうれしい進展でした。2週間ごとに点滴を留置するわずらわしさから解放されたことで、QOLが大きく向上しました。 【ALS最新治療】第3の治療薬、高用量メコバラミンが承認! 2つ目は、高用量のメコバラミンが、2024年9月に世界に先駆けて日本で初めて承認されたことです。 メコバラミンは、高用量ビタミンB12の筋肉注射製剤です。ビタミンB12は昔から神経保護作用があることが知られており、500μgの錠剤が末梢神経障害の治療薬として広く医療現場で使用されてきました。1990年代より、厚生労働省の研究班による臨床研究において、従来の承認用量の50~100倍量にあたる高用量メコバラミンが、ALSに対して臨床効果を示す可能性が示唆されました。これを受け、2006年から数百人規模の患者を対象とした臨床試験を経て、病初期のALS患者において進行スピードがゆるやかになったことが確認されたため、今回ついに承認されることになりました。 なぜ内服ではなく「筋肉注射」なのか? では、なぜリルゾールやエダラボンのように内服製剤にならず、筋肉注射という痛みを伴う投与方法になったのでしょうか。 ビタミンB12はさまざまな食品に含まれる水溶性ビタミンです。口から入ってきたビタミンB12は、胃から分泌された「内因子」というタンパク質と結合し、小腸の末端である回腸から吸収され、血中に運ばれます。 図1に示したとおり、従来の用量である500μg程度の量であれば、ビタミンB12は内因子と結合することができます。しかし、高用量メコバラミンはその100倍にあたる50mgものビタミンB12が含有されているため、経口投与ではほとんどが内因子と結合せず、便として排泄されてしまいます。こうした理由から、内服よりも比較的緩徐に血中に運ばれる筋肉注射による投与方法が選ばれたのです。図1 なぜ高用量メコバラミンは筋肉注射なのか 高用量のビタミンB12は内服では吸収しきれません。そのため筋肉注射が必要なのです。   高用量メコバラミンは週2回のペースで筋肉注射を継続していく治療です。なるべく痛みを軽減できるように、投与していきましょう。 筋肉注射では、痛みを感じるポイントが3つあります。 1.注射針が皮膚に刺さるときの痛み 2.薬液が筋肉内を押し広げながら注入されるときの痛み 3.薬液と人体のpH(酸・塩基成分の割合)や浸透圧の違いによる痛み これらの痛みを軽減するための工夫をご紹介します(図2)。 極力細い針を使用する 注射針は数字によって太さが分かれており、数字が大きいほど細い針になります。一般的に採血や点滴などで使用する針は22Gや23Gの太さですが、私は27Gというかなり細い針を使用しています。 それでも痛い場合は、針を刺す部分の皮膚を保冷剤などで冷やして感覚を鈍らせてから注射するとよいかと思います。 なるべくゆっくり注入する なるべくゆっくりと薬液を注入していくことで痛みを和らげられます。 高用量メコバラミンはそもそも痛みが出にくい 薬液の成分によりますが、高用量メコバラミンは薬液のpHや浸透圧が人体に近いため、比較的痛みは少ないです。 図2 筋肉注射の痛みを和らげる工夫 高用量メコバラミンはpH・浸透圧の差が小さいため、薬液自体の刺激が少ない。これらのポイントを意識していただけるだけで、痛みに対する不安がだいぶ和らぐと思います。ぜひ参考にしてみてください。 【ALS最新治療】トフェルセンの登場! 遺伝子治療への第一歩 3つ目は、2024年12月に、疫学のところで述べたSOD1という遺伝的原因を標的とする治療薬「トフェルセン」が日本でも承認されたことです。ちなみに、米国では2023年に迅速承認されています。 SOD1に変異をもつALS患者では、有害なタンパク質が運動ニューロンの変性を発現させ、進行性の筋力の低下や機能の喪失を招きます5)。トフェルセンは根治的治療薬ではないものの、ALSの進行スピードを遅らせる効果が認められています。遺伝子にアプローチする初めての薬剤であることから、今後のALS治療に大きな期待がもてます。わずか2年の間に、ALSの治療はこんなにも進歩しています。これらの事実は、ALS患者の皆さんにとって大きな希望になることでしょう!   コラム執筆者:医師 梶浦 智嗣「さくらクリニック」皮膚科医。「Dermado(デルマド)」(マルホ株式会社)にて「ALSを発症した皮膚科医師の、患者さんの診かた」を連載。また、「ヒポクラ」にて全科横断コンサルトドクターとしても活躍。編集:株式会社照林社 【引用文献】1)Nakamura R,Sone J,Atsuta N,et al:Next-generation sequencing of 28 ALS-related genes in a Japanese ALS cohort.Neurobiol Aging 2016;39(219):e1-8.2)葛原茂樹:ALS研究の最近の進歩:ALSとTDP-43.臨神経 2008;48(9):625-633.3)Shimizu T,Nakayama Y,Matsuda C,et al:Prognostic significance of body weight variation after diagnosis in ALS:a single-centre prospective cohort study.J Neurol 2019;266(6):1412-1420.4)Nakayama Y,Shimizu T,Matsuda C,et al:Body weight variation predicts disease progression after invasive ventilation in amyotrophic lateral sclerosis.Sci Rep 2019;9(1):12262.5)Akçimen F,Lopez ER,Landers JE,et al:Amyotrophic lateral sclerosis: translating genetic discoveries into therapies.Nat Rev Genet 2023;24(9):642-658. 【参考文献】○筋萎縮性側索硬化症診療ガイドライン作成委員会編,日本神経学会監修:筋萎縮性側索硬化症(ALS)診療ガイドライン2023.南江堂,東京,2023.

大賞エピソード漫画化!「お母さん~看護の襷をつなぐということ~」【つたえたい訪問看護の話】
大賞エピソード漫画化!「お母さん~看護の襷をつなぐということ~」【つたえたい訪問看護の話】
特集
2025年7月22日
2025年7月22日

大賞エピソード漫画化!「お母さん~看護の襷をつなぐということ~」第3話【つたえたい訪問看護の話】

NsPaceの特別イベント「第3回 みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。今回は、株式会社ウッディ 訪問看護ステーションはーと(東京都) 木戸 恵子さんの大賞エピソード「お母さん~看護の襷をつなぐということ~」をもとにした漫画の第3話(最終話)をお届けします。 >>全受賞エピソードはこちらつたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!大賞・審査員特別賞・ホープ賞・協賛企業賞【2025】つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!入賞【2025】  「お母さん~看護の襷をつなぐということ~」前回までのあらすじ4人のお子さんがいるえみさんは、末期の肺がんを患っている。子どもたちと最後の思い出をつくるために、主治医の許可も得て宮崎から東京に飛行機で移動していたが、容体が急変して緊急入院。移動には高いリスクを伴うが、えみさんや夫は「宮崎へ帰りたい」と切望しており、病院は訪問看護師の木戸さんに相談した。その後、えみさんは木戸さんが運営するホームホスピスで、体力をつけるために3日ほど休養。いよいよ、在宅医のW先生やドライバーさんたちとともに、車で宮崎へ向かう。<主な登場人物>>>第1話はこちら大賞エピソード漫画化!「お母さん~看護の襷をつなぐということ~」第1話【つたえたい訪問看護の話】>>第2話はこちら大賞エピソード漫画化!「お母さん~看護の襷をつなぐということ~」第2話【つたえたい訪問看護の話】 「お母さん~看護の襷をつなぐということ~」第3話(最終話)   漫画:広田 奈都美(ひろた なつみ)漫画家/看護師。静岡県出身。1990年にデビューし、『私は戦う女。そして詩人そして伝道師』(集英社)、『ナースのチカラ ~私たちにできること 訪問看護物語~』『おうちで死にたい~自然で穏やかな最後の日々~』(秋田書店)など作品多数。>>『ナースのチカラ』の試し読みはこちら【漫画試し読み】『ナースのチカラ』第1巻1話(その1)投稿者: 木戸 恵子(きど けいこ)さん株式会社ウッディ 訪問看護ステーションはーと(東京都)大賞をいただき、とても光栄で、嬉しく思います。私は訪問看護師になって27年になります。確実な医療ケアや医療処置が求められる緊張の現場ですが、まずは患者さんやご家族のお話を伺い、患者さんの心の風景を垣間見られるように、という意識を持って接しています。えみさん(仮名)も、お話を傾聴し、心の風景を共有することから関わりました。課題や心配はありましたが、ご本人・家族と医療者すべての思いを繋ぐために覚悟を決め、その場の雰囲気を瞬間的に察知しながらアセスメントに努めました。私は、常日頃から出会った関係性や連携を大切にしています。例えば、研修で学びを共にした仲間とは情報交換や視察をし合ったり、仕事仲間とはカンファレンスを繰り返したりと、絆づくりをしています。えみさんの事例においても、相談した仲間たちすべてが自分事のように対応してくれました。普段の連携力や繋がりを生かせたことは、今後のやりがいにもなります。私が出会ったとき、えみさんの体力は限界アラームが鳴り始めていましたが、たくさんの方の心に響く、熱くて強い命の炎を持っておられた方でした。改めて振り返ると、えみさんの原動力が私たちをさらに強く繋げてくださったのだと思い、感動しています。貴重な体験をさせていただきました。最後に、えみさんのご冥福を祈るとともに、ご家族様や関わってくださった仲間たちに感謝申し上げます。ありがとうございました。 >>「第3回 みんなの訪問看護アワード」特設ページ [no_toc]

訪問看護の口腔ケア 口腔トラブルの対処法【セミナーレポート後編】
訪問看護の口腔ケア 口腔トラブルの対処法【セミナーレポート後編】
特集 会員限定
2025年7月22日
2025年7月22日

訪問看護の口腔ケア 口腔トラブルの対処法【セミナーレポート後編】

2025年4月11日、NsPace(ナースペース)はオンラインセミナー「訪問看護の口腔ケア~基礎知識&痛みへの対処法~」を開催。口腔ケアに詳しい緩和ケア認定看護師の笹田豊枝先生を講師に迎え、在宅での口腔ケアの実践方法について、トラブル対処法を含めて教えていただきました。セミナーレポート後編では、代表的な口腔トラブルの対処方法を中心にご紹介します。 ※約75分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)が特に注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 >>前編はこちら訪問看護の口腔ケア 基礎知識&口腔乾燥の対処法【セミナーレポート前編】 【講師】笹田 豊枝 さん訪問看護師/緩和ケア認定看護師/のぞみ訪問看護ステーション 管理者大学病院の病棟看護師、緩和ケアチームの専従看護師、看護専門外来などを経験した後、2020年から訪問看護分野で活躍。口腔ケアにまつわる研修・講演を多数行っている。 がん治療に伴う口腔トラブルの原因と病態 口腔トラブルには、口腔機能の低下や全身性疾患、口呼吸などさまざまな要因が関与しますが、がん治療中にも起こりやすい傾向があります。がん治療による口腔トラブルは重症化しやすく、利用者さん自身が辛い症状を抱えることも少なくありません。 がん治療による口腔トラブルの主な原因は大きく分けて2つあります。 化学療法や放射線療法(照射をしているところ)口腔粘膜への直接障害末梢神経障害唾液分泌障害骨髄抑制による二次的な感染症や虫歯・歯周病の急性増悪 など体が弱っているセルフケア能力の低下食べる、話す機会の減少抗コリン作用薬(オピオイドや向精神薬など)の使用 など これらが口腔粘膜炎や口腔乾燥といった口腔トラブルを引き起こすと、痛みや味覚低下などが発生し、食事や会話が困難になるなど、生活の質(QOL)に大きく影響を及ぼします。 口腔トラブルのケア 口腔トラブル別の対処方法をご紹介します。 [トラブル1]厚い舌苔 まずは水や保湿成分の入った含嗽剤で湿らせたスワブブラシで軽擦し、発泡剤無配合かつ保湿成分入り、タンパク溶解作用をもつ歯磨き剤を舌全体に乗せて、約5分待ちます。その間にブラッシングをはじめできるケアを済ませておき、再び含嗽剤で湿らせたスワブブラシで軽擦すると、舌苔がかなりとれます。ケア後はきれいにして保湿することを繰り返してもらいましょう。 [トラブル2]強い口臭 歯、舌、口腔粘膜をきれいにし、保湿するのが基本方針です(乾燥すると臭いが強くなりやすいため)。日常のケア以外では、歯科での歯石除去も検討してください。 また、アルコール入りのデンタルリンスは乾燥を強めるため、ノンアルコールタイプを選ぶようアドバイスするとよいでしょう。 [トラブル3]口腔内の痛み 痛みがある場合は、まず原因を探ります。多くは口内炎や歯肉炎、舌炎、腫瘍、カンジダなどの口腔内トラブルが由来ですが、心筋梗塞といった全身性の疾患が原因のケースもまれにあります。 ケアにあたっては、痛みを和らげる工夫が必要です。痛みによってケアが困難になると、口腔乾燥や口腔トラブル、そして痛みが増強するという悪循環が起こります。例えば、生理食塩水やアズレンリドカイン含嗽水、ヘッドの小さい歯ブラシを使用してみてください。 そのほか、ケア前に鎮痛剤を使用することも検討しましょう。特に口腔領域に放射線治療を行っていたり、口腔に影響が及ぶ化学療法を受けていたりする方は、鎮痛剤を使用しないとケアはもちろん食事もできない方が多いでしょう。 【鎮痛剤の選択】 まずはロキソプロフェンナトリウムやアセトアミノフェンを試し、十分な効果を得られない場合は、トラマドールや医療用麻薬を使います。内服や貼付剤では不十分であれば、持続皮下注、持続静注を検討しましょう。内服はケアの30分前、皮下注や静脈注は数分前に投与します。 そのほか、麻酔薬やリドカイン入りの含嗽水を事前に口に含み、麻酔がかかったような状態にしてからケアをする方法もあります。 [トラブル4]口腔内出血 口腔内に傷があり、出血している場合は、手袋をつけた指で傷に触れないよう保護しながらブラッシングします。小さい歯ブラシや一本歯ブラシを使い、愛護的にケアすることは、出血を助長させないだけでなく、痛みを与えないためにも大切な工夫となります。ポイントは一度できれいにしようと考えないことです。 ただし、歯がある方の歯ブラシでのブラッシングは必要不可欠なので、工夫しながらケアしてください。また、乾燥は出血を助長する可能性があるのでしっかりと保湿し、血餅は無理にはがさないでください。 【出血点への対処】 生理食塩水や水に浸したガーゼもしくはティッシュで出血部位を圧迫し、止血しながらケアする方法があります。なお、出血点が見つからない場合は歯科医や主治医の力を借りてください。 [トラブル5]カンジダ カンジダは終末期、ステロイドや免疫抑制剤の使用、口腔乾燥で起こりやすく、痛みや味覚障害の原因になります。最も効果的なケアは、きれいにして保湿すること。ミコナゾール軟膏を使うのも有効です。なお、一見きれいな舌でもカンジダの可能性があります。ヒリヒリと痛む場合はカンジダを疑ってください。 * * * 在宅での口腔ケアは本人が継続できなければ意味がないため、できるだけシンプルなケアを提案しましょう。同時に、継続につながる「動機づけ」にも取り組んでみてください。後手にまわらないよう、予防的に行う姿勢をもつことも重要です。 ケアの中身における最大のポイントは、繰り返してきたとおり「きれいにして、保湿すること」。今日からぜひ意識して実践してください。 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

特集
2025年7月22日
2025年7月22日

バスキュラーアクセスのトラブル対応、日常管理のポイントも【事例あり】

透析患者さんにとって、生命維持に直結するバスキュラーアクセス※の日常管理は、在宅での療養生活を支える訪問看護においても避けては通れない重要な課題です。今回は訪問時に遭遇しやすい、バスキュラーアクセスのトラブル対応と日常管理のポイントについて、ありがちな事例を3つ挙げながら解説します。 ※内シャント(AVF)、人工血管(AVG)、長期留置カテーテルを含む 事例1:透析カテーテルが抜去しかけている 患者さんのドレッシング交換を行おうとしたところ、透析用の長期留置カテーテルが通常の固定位置から大きくずれており、抜去しかけている状態であることに気がついた。 【初期対応】まずは全身とカテーテル周囲を観察 患者さんの全身状態(バイタルサイン、意識状態、訴えの有無など)を慎重に観察しながら、カテーテル周囲の状態を確認することが重要です。自己判断での処置は避け、主治医または透析クリニックへ速やかに報告・相談し、受診や処置の必要性について指示を仰ぎます。 【禁忌】カテーテルの押し込みはNG! カテーテルを自ら押し込むことは原則として禁忌です。長期留置カテーテルは、血管(多くは上大静脈)に直接挿入されています。押し込む行為は感染リスクを著しく高めるだけでなく、先端が血管壁を損傷する可能性があり、カテーテルの位置が逸脱して機能不全を起こす危険性があります。 【対処法】落ち着いて仮固定し、連携を カテーテルには触れず、清潔操作で滅菌ガーゼを仮固定(過度な圧迫は避ける)します。 感染徴候(発赤・熱感・膿・発熱など)を観察後、主治医または透析施設へ速やかに連絡し、状況を詳細に報告します。 事例2:シャント音やスリルが消失している 訪問時、シャントの観察を実施したところ、シャント音が聞こえず、スリルが触知できなかった。 【初期対応】まずはシャント側の上肢を観察 シャント音やスリルの消失は、シャントの閉塞や血栓形成による血流遮断の可能性が疑われます。シャント側の上肢の皮膚温、色調、浮腫の有無を観察し、再度、聴診と触診を実施します。シャント中枢側(吻合より遠い部位)でシャント音が聴取できなくても、吻合部付近で聴取できる場合があるため、範囲を絞らず広めに確認しましょう。 【対処法】シャント閉塞疑いの場合は速やかに連絡 再度確認してもシャント音が聞こえず、スリルが触知できない場合は、シャントの閉塞が疑われます。その場合は、速やかに透析施設または主治医へ連絡します。 シャントが閉塞している場合、透析が実施できません。手術が必要となるため、手術の日程や透析日の調整など迅速な対応が求められます。 事例3:シャント周囲の皮膚に発赤や熱感を認める シャント周囲の皮膚に明らかな発赤と熱感を認めた。患者さん本人は「少し赤いけど痛みはない」と話していたが、感染徴候がみられる状態であった。 【初期対応】まずは感染徴候を観察 シャント周囲の発赤と熱感は、感染の初期徴候である可能性を示す重要なサインです。早期対応を怠ると、最悪の場合、全身性の敗血症につながることもあります。発赤・熱感以外の感染徴候(腫脹・疼痛・浸出液・皮膚潰瘍など)も観察し、全身状態(発熱・悪寒・倦怠感など)を確認します。 【禁忌】温め、もみほぐしはNG! 温罨法(おんあんぽう)やもみほぐしは炎症を悪化させ、感染を広げる危険性があります。感染徴候を認めた際は、注意が必要です。 【対処法】全身症状がある場合は主治医に連絡 発熱・悪寒・倦怠感などがあれば全身感染(シャント感染・敗血症)を疑い、速やかに透析施設または主治医に連絡し、受診・処置の指示を仰ぎます。 手術の可能性を視野に入れた搬送手段の確保を検討し、受診の指示があった場合、速やかに家族や訪問診療医らと搬送について調整します。特に発熱や強い痛みがある場合は緊急搬送が必要となる場合があります。 バスキュラーアクセスの日常管理のポイント 長期留置カテーテルとシャントについて、それぞれの日常管理のポイントを示します。 長期留置カテーテル 日常管理では、以下の項目を観察します。 観察項目内容挿入部の状態発赤・腫脹・浸出液・熱感などの感染徴候の有無を観察固定状態テープやドレッシングの固定状態(しっかり固定されているか)を確認カテーテル位置ズレや抜けかけの有無を確認全身状態発熱・悪寒・倦怠感など、感染徴候の有無を確認出血・漏れ挿入部からの出血や透析後の漏れの有無を確認疼痛・掻痒痛みやかゆみの有無およびその程度・部位を確認 清潔保持とケア 原則として透析施設でドレッシング材の交換を行いますが、訪問看護師が行う場合もあります。その際は、清潔操作を徹底しましょう。 入浴、シャワー時はカテーテル部を防水処置で保護します。濡れていると感染の原因となります。 患者・家族指導 日常生活でカテーテルを引っ張らないように注意すること、着替えの際はカテーテル部を押さえるなどの配慮が必要であることを伝えます。 発熱や出血など、異常時の連絡体制を共有しておきます。 少しのズレでもカテーテルの位置が「いつもと違う」と感じたら、医療機関との早期連携を心がけるように伝えます。 シャントの日常管理のポイント シャントは「命をつなぐライフライン」です。日々のセルフチェックが、トラブルの早期発見・重症化予防につながります。患者さん本人にも以下のチェック項目を共有し、「いつもと違う」は異常のサインであり、小さな変化も放置せず、訪問看護師に連絡するよう伝えます。連絡を受けた訪問看護師は、遠慮せずに透析施設へ連絡しましょう。 【観察項目】・シャント音、スリル(振動感)があるか・シャント部に発赤、腫脹、熱感がないか・シャント肢にしびれや冷感がないか・出血や内出血、痂皮(かひ)などがないか 生活の中での注意点患者さんに以下のことに注意するよう指導します。 シャント肢を圧迫しない(重い荷物を持たない、腕枕や腕時計、きつい袖を避ける) 採血・血圧測定・注射はシャント肢を避ける シャント肢を清潔に保つ 転倒や打撲を避ける(特に高齢者は要注意) * * * バスキュラーアクセスの管理は、透析療法を支える基盤であり、訪問看護の中でも特に専門性と慎重さが求められる領域です。日々の観察や患者さんへの声かけにより、訪問看護師の違和感に気づける力こそが、重篤なトラブルを防ぐことにつながります。今回ご紹介した事例や管理に関する解説が、現場でのケアに少しでもお役に立てば幸いです。  執筆:熊澤 ひとみ医療法人偕行会 透析医療事業部 副事業部長透析看護認定看護師【職歴】昭和63(1988)年 名古屋共立病院 入職平成11(1999)年 偕行会 セントラルクリニック 異動平成17(2005)年 透析医療事業部 副事業部長令和3(2021)年 医療法人偕行会 法人本部 理事【所属学会】日本腎不全看護学会 監事日本臨床腎臓病看護学会日本透析医学会編集:株式会社照林社

エンバーミング(遺体衛生保全)とは? 歴史や目的・意義を解説
エンバーミング(遺体衛生保全)とは? 歴史や目的・意義を解説
特集
2025年7月15日
2025年7月15日

エンバーミング(遺体衛生保全)とは? 歴史や目的・意義を解説

エンバーミング(遺体衛生保全)は、故人の姿を生前の安らかな状態に近づけるために、防腐処置や消毒、修復などを施す技術です。ご遺族が心の準備を整え、悲しみと向き合うために重要な手段でもあります。本記事では、日本におけるエンバーミングの先駆者であり、グリーフサポートの普及にも尽力されている橋爪謙一郎氏に、エンバーミングの歴史とその深い意義について詳しく教えていただきます。 知っておきたい、死後の身体変化が与える影響 ヒトが亡くなった後、その身体は適切な処置をしなければ、時間の経過、病気や治療、身体が置かれている環境などの影響を受けて変化し続けます。変化を最小限にして、その人らしい姿を保てるかどうかは、家族のグリーフに影響を与える要素となることから、身体の状態に合わせた適切な処置が求められます。 看護師の皆さんは、故人の尊厳を守るために、ていねいにエンゼルケアを行っていることと思います。また、遺されたご家族が、故人のつらそうな表情を目の当たりにすることで、罪悪感や苦しい感情を持たないように配慮されていると思います。エンバーミングについて理解をしていただくために、まずは亡くなった後の身体の変化、「死体現象」についてお話しすることから始めたいと思います。 ヒトが亡くなった後の変化:死体現象とは 皆さんは「死体現象」という言葉を聞いたことはあるでしょうか? この現象は、早期と晩期に分けられます。 晩期死体現象には腐敗や自家融解が含まれているため、この現象を止めるためにドライアイスや保冷庫などを用いて処置することで対応します。しかし、早期死体現象に対しては、必要な対処がされていないことが多くあります。 早期死体現象には、以下が含まれます。 ・血液の変化・死斑の発現・死後硬直・死体温の変化・乾燥・角膜の乾燥と混濁など 腐敗の進行は抑えられたとしても、それよりも早い時期に始まっている変化は、残念ながらそのまま進むことがあります。そうなると、看護師の方々がエンゼルケアをしっかり行ったとしても、時間の経過とともに変化が起こってしまうのです。 もう少し分かりやすく具体的にお伝えしましょう。血管中に残った血液は、重力に従って上から下へと移動していきます。身体が仰向けに寝かされている状態であれば、背中側の部位に血液による変色が強く現れ、それと同時に、顔や腹部の表皮で乾燥が進みます。 心停止とともに血流が止まり、体内からの水分補給が途絶えている上に、重力の働きによって、顔の表皮の乾燥がさらに進んでいきます。そのため、きれいに施された化粧であっても、崩れたように見えることがあるのです。特に粘膜部分は乾燥しやすく、唇やまぶたに大きな変化がみられます。本来は保湿が必要ですが、それが行われないと、乾燥が進み、口元やまぶたが開いてきてしまいます。 エンバーミングの歴史と日本での普及 エンバーミングは、日本語で「遺体衛生保全」と訳されます。歴史をたどると、古代エジプト時代のミイラづくりが起源とされています。時代が進むにつれてヨーロッパに伝わり、医学の進歩のために解剖用の遺体を保存する目的でさらに発展しました。その後、アメリカにも伝わり、1900年代には教育制度やライセンス制度が確立され、医学の進歩とともに薬品の開発や技術革新が進み、現代に至ります。 日本では、1988年に埼玉県で一般の方向けに初めてエンバーミングが提供されました1)。その後、全国に広がり、2025年現在では32の都道府県で、91の施設においてエンバーミング処置が提供されています(日本遺体衛生保全協会調べによる)。 このようにエンバーミングは、長い歴史と技術の積み重ねを経て、現代においても重要な役割を果たすようになりました。 エンバーミングの目的と意義 エンバーミングには「防腐」「消毒」「修復・化粧」という3つの目的があるといわれています。 防腐:体内のタンパク質が腐敗・自家融解することをホルムアルデヒドやアルコールなどの薬品を注入浸透させることによって抑制する。消毒:薬品を注入し浸透させ、あるいは表皮に塗布することによりウイルスや細菌を不活性化する。修復・化粧:病気療養中および死後変化によって変化したお姿を生前の安らかだった頃の姿、表情に近づける。 しかし、これだけを聞いても、実際に利用する方にとってどのようなメリットがあるのか分かりにくい部分があると思います。エンバーミングをすると、ご遺族にとってどのような意義や価値があるのかについて解説していきます。 時間の制約から解放される エンバーミングをすることによって、慌てて葬儀をする必要がなくなります。ご遺体の変化が進むことを考えて、できるだけ早く葬儀を行った結果、「気持ちの整理もつかないままお別れをしなければならなかった」と後悔するご家族は少なくありません。また、変化を抑えるために、専用の保冷庫に預けることをすすめられ、故人と会えないまま葬儀当日を迎えることもあります。そうしたケースでは、「亡くなった」という実感がないまま「気がついたら葬儀が終わっていた」と感じる方もいらっしゃいます。 一方で、エンバーミングを施したことによって、体調を崩されたご家族の回復を待ち、家族全員が揃ってから葬儀を行うことができたケースもあります。このように、最後のお別れを一緒に過ごしたい人たちのスケジュールを尊重した上で、葬儀の日程を決めることが可能になるのです。 過度に冷やす必要がなくなる 葬祭業の立場からすれば、ドライアイスや保冷庫などを使用してご遺体の温度を下げ、腐敗の進行を遅らせることは当たり前の対応です。しかし、その身体の冷たさにショックを受けるご家族は多く、「こんなに冷たくなって……」というお声をよく聞きます。 エンバーミングを施した場合は、ほとんどのケースでドライアイスを使用する必要がなくなります。エンバーミングを施した故人に触れたご家族から、「冷たくないんですね。以前に葬儀をした時は、身体に霜がつくほど冷やされてしまって、本当にかわいそうに思いました」とお話しいただいたことがあります。実は違和感を持っていても「仕方ない」と感じるご家族が多いのだと思います。 もちろん、我々エンバーマーが処置をする前に日数が経過し、腐敗が進行してしまった場合には、エンバーミングを行っただけでは変化を止めることができないケースもあります。そのため、死亡後はできるだけ早めに処置することが望ましいのです。 その人らしさを取り戻す エンバーミングを施すことによって、病気や治療などの影響でやつれてしまっているお顔やお姿を安らかだった頃に近づけることが可能です。生前にどのような病気を患い、どのような治療を受けていたのかといった情報を、エンバーマーが詳細に渡って把握できれば、ご遺体の状態を改善することができるようになります。 ご遺族からの依頼の多くは、「できる限り元気だった頃の姿や表情を取り戻してほしい」というものです。エンバーミングによって防腐され、安定した状態であれば、傷の修復や含み綿などでは改善が難しい「痩せた部位」の修復も可能になります。 また、ドライアイスや保冷庫による処置では、必要な追加処置を行わなければ、乾燥が進み、口やまぶたが開いたり、変色が進んだりすることがあります。エンバーミングを施すことによって、体内から保湿されるため、過度の乾燥を抑えることができます。 さらに、表皮からも保湿することで、肌が整った状態で化粧を行うことが可能になり、その人らしさを取り戻すことにもつながります。使用する薬品に含まれる色素が組織に浸透することで、血色の悪かった部分にも自然な色味が戻るため、厚く化粧をする必要がなくなるケースもあります。 * * * このように、エンバーミングは、ご遺族が「死」を緩やかに受け入れ、大切な人と向き合いながら最後のお別れの時間を過ごすために、役立つ手段の一つだといえるのです。  執筆:橋爪 謙一郎株式会社ジーエスアイ 代表取締役一般社団法人グリーフサポート研究所 代表理事米国で葬祭科学とエンバーミング、グリーフサポートを学び、帰国後(有)ジーエスアイと(一社)研究所を設立。現在は東大大学院で脳科学的視点からグリーフの研究を行う。編集:株式会社照林社 【引用文献】1)日本遺体衛生保全協会:エンバーミングとは- 医療従事者の立場から.https://www.embalming.jp/embalming/medic/2025/6/20閲覧

訪問看護の口腔ケア 基礎知識&口腔乾燥の対処法【セミナーレポート前編】
訪問看護の口腔ケア 基礎知識&口腔乾燥の対処法【セミナーレポート前編】
特集 会員限定
2025年7月15日
2025年7月15日

訪問看護の口腔ケア 基礎知識&口腔乾燥の対処法【セミナーレポート前編】

NsPace(ナースペース)が2025年4月11日に開催したオンラインセミナー「訪問看護の口腔ケア~基礎知識&痛みへの対処法~」。口腔ケアに精通している緩和ケア認定看護師の笹田豊枝さんが登壇し、在宅での口腔ケアの基本や、よくあるトラブルへの対処法を解説いただきました。セミナーレポート前編では、口腔ケアの基礎知識や口腔乾燥への対策をまとめます。 ※約75分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)が特に注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】笹田 豊枝 さん訪問看護師/緩和ケア認定看護師/のぞみ訪問看護ステーション 管理者大学病院の病棟看護師、緩和ケアチームの専従看護師、看護専門外来などを経験した後、2020年から訪問看護分野で活躍。口腔ケアにまつわる研修・講演を多数行っている。 口腔ケアの目的 口腔ケアの主な目的は以下のとおりです。 口腔内を清潔に保つ爽快感を得る口腔内の乾燥や口臭を軽減する歯周病や誤嚥性肺炎などの二次的感染症を予防する食べる、話す機能の維持や改善を図る文献1)より引用 また、口腔粘膜は、組織や器官の保護、食べ物の温度・硬さ・味を感じ取る感覚機能、唾液の分泌による口腔内の清潔保持や消化を助ける作用など、多くの役割を担っています。口腔粘膜の状態が悪化すると、食事や会話に支障をきたすだけでなく、全身の健康状態にも影響を及ぼすことがあるのです。 通常の口腔ケアをしっかり行うことは、おいしく食べられる、快適に話せるようになるなど、生活の質(QOL)を高めるだけでなく、口腔内疾患や全身性疾患の予防にもつながります。看護師は、こうした好循環を目指していくとよいのではないかと考えています。 アセスメントと評価 ケアに先立って、まずはアセスメントと評価を行います。具体的には、次の5点を確認してください。 (1)口腔内の状況 歯、粘膜、舌、歯肉、口唇について、乾燥の有無を含めた現在の状況を観察しましょう。併せて、声や嚥下、唾液の状況もチェックしてください。なお、トラブルが疑われる場合は必ずペンライトを使用して詳しく観察します。 (2)口腔ケアへの認識、生活習慣 口腔ケアの基本はセルフケアです。利用者さんのケアへの認識や生活習慣に合わせ、自力で行えるよう支援します。 まずは意識状態や理解力、ケアへの意識を把握し、それに応じた介助方法を選択します。また、その方ができるだけ自立できるように、普段の口腔ケア習慣やセルフケアの状況、学習能力、自発性を踏まえて、個別に口腔ケアプランを立てていくことが大切です。 (3)ADL 麻痺をはじめ、身体機能に何らかの障害がある場合は、適切なサポートを検討します。 (4)口腔内トラブルのリスク因子 唾液分泌量やカルシウム量、免疫機能の低下により易感染状態にある場合は、早めの保湿ケアが必要です。 (5)ケアの妨げとなる要因 嘔吐や出血はケアの妨げとなるため、リスクがあれば早い段階で対応します。特に出血傾向がある場合、通常通りのケアを続けることでかえって症状が悪化することもあります。必要に応じて主治医や歯科医師と連携しながら、安全かつ適切な対応を検討することが大切です。 口腔乾燥の定義と主な原因 口腔乾燥の症状には、乾燥感だけでなく、口腔の違和感や義歯不適合などのさまざまなトラブルが含まれています。なお、口腔の乾燥感を本人が自覚しており、かつ唾液分泌の低下がある場合は「口腔乾燥症」と診断されます。 口腔乾燥の主な原因は、以下の7つです。 薬剤による副作用プレセデックスをはじめとした催眠性の鎮痛剤や抗がん薬、抗パーキンソン剤、麻薬などは乾燥を引き起こしやすいです。 放射線療法による障害(後編で解説) 口腔機能の低下(話せない、食べられない)唾液腺や唾液分泌機能が正常な場合も、義歯不適合や麻痺などによって口腔機能に障害が起こると、唾液腺への「適度な物理的刺激」が低下し、唾液の分泌量が減ります。がんの患者さんは急に痩せて義歯が合わなくなるケースが少なくないので、特に注意が必要です。 全身性疾患シェーグレン症候群や糖尿病が例として挙げられます。 その他の疾患うつ病、ストレスや精神的緊張による自律神経への影響、流行性耳下腺炎をはじめとした唾液腺疾患、唾液分泌に関わる神経が手術や放射線療法などによる損傷などにより、口腔の乾燥を招く可能性があります。 口呼吸唾液の分泌量が正常でも、口呼吸があると口腔粘膜が乾燥します。 部屋の乾燥 口腔乾燥のケア方法 口腔乾燥のケアは、口腔内をきれいに清掃すること。清掃のステップごとにポイントをご紹介します。 Step1 保湿 清掃を始める前には必ず保湿を行ってください。乾燥した状態で口腔内に指や器具を入れられると苦痛を感じますし、その状態でかさぶたや痰を無理に除去すると痛みを伴います。また、口角が切れるといった損傷の原因にもなりかねません。 保湿の方法は、まず利用者さんの口角に白色ワセリンをたっぷりと塗布。ケア者のグローブを装着した指にも白色ワセリンを塗る、もしくは湿らせます。 そして、可能であれば利用者さんにうがいをしてもらいましょう。難しい場合は、スポンジブラシで口腔保湿剤やワセリンを塗擦する粘膜ケアを行います。その後にブラッシングをしていくと、固着した剥離上皮や痰などが浮いてくるので、取り除いてください。 【口腔清掃時はコップを2つ用意】 器具が汚れたままでケアを続けると、誤嚥性肺炎の原因になりかねません。水を入れたコップをあらかじめ2つ用意し、スポンジブラシをこまめにきれいにしながらケアをしましょう。 Step2 ブラッシング 口腔ケアの基本であるブラッシングのポイントは以下のとおりです。 【歯磨き剤の選び方】 口腔乾燥がある場合は、発泡剤入りの歯磨き剤は避けましょう。ラウリル硫酸ナトリウム無配合で低刺激、かつ保湿成分を含む歯磨き剤が市販されています。 Step3 含嗽(うがい) 「ぶくぶく、くちゅくちゅ、がらがら」といったうがい動作は、非常に複雑な行為なので、口腔機能の向上にもつながります。うがいができる方にはぜひ行ってもらいましょう。 このとき使用する洗口液は、ノンアルコールで刺激性の低いものを選びます。保湿成分が入ったものだとなおよいです。粘膜の炎症症状が強い場合はアズレンスルホン酸ナトリウム水和物を、さらに激しい痛みもある場合は医師が処方するリドカイン入りのうがい液か生理食塩水の使用を検討します。 Step4 舌掃除 水で湿らせて水気を切ったスポンジブラシで、1日に1回、軽い力で10こすりくらいして舌苔を除去します。やりすぎは舌粘膜を傷つけるので、角化層をこすりすぎないよう注意して、無理なくはがれるものだけを除去しましょう。清掃後はスポンジブラシの汚れをきれいに拭きとってください。 Step5 口唇口腔粘膜の保護 口唇が乾燥している場合は、やはり白色ワセリンを塗布するとよいでしょう。 口腔粘膜の乾燥が目立つ場合は、長もちするジェルタイプの口腔保湿剤を口腔内に薄く塗りましょう。厚く塗ると除去するのが大変になります。また、次に保湿剤を塗る際は、細菌が繁殖しないように古いジェルをきれいに回収することを徹底してください。 可能であれば、利用者さん自身に保湿剤を塗っていただき、舌を使って口腔内に広げてもらうと口腔運動の促進にもつながります。唾液が自然に出てくるまで続けてもらってください。 次回は在宅での口腔ケアの実践方法に加え、実際に起こりやすいトラブル対処法についても具体的に解説します。>>後編はこちら訪問看護の口腔ケア 口腔トラブルの対処法【セミナーレポート後編】 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア 【引用文献】1)村松真澄:日本口腔ケア学会口腔ケア研修会資料,2008.3.8

脱水症は何日で治る?症状や対処法から熱中症との違いまで解説
脱水症は何日で治る?症状や対処法から熱中症との違いまで解説
特集
2025年7月15日
2025年7月15日

脱水症は何日で治る?症状や対処法から熱中症との違いまで解説

脱水症は、体内の水分と電解質が不足することで引き起こされる症状です。本記事では、脱水症の症状や原因、熱中症との違い、適切な対処法について解説します。脱水症について正しく理解し、早期発見・予防の意識を高め、自信を持ってアセスメントおよび対処ができるようになりましょう。 脱水症とは 脱水症とは、体内の水分とナトリウム(Na)やカリウム(K)などの電解質のバランスが崩れ、必要な体液が不足した状態を指します。私たちは日常的に汗や尿、呼吸を通じて水分を失っていますが、水分補給が十分でなかったり、発熱や下痢などで急激に体内の水分が失われたりすると脱水が進行します。 脱水症の症状 脱水症になると、血液の循環が滞り、血圧が低下します。また、全身への栄養供給が十分に行われず、老廃物の排出機能も低下してしまいます。主な症状は、口の渇きや倦怠感、食欲減退などです。また、筋肉や骨に必要な電解質が不足すると、足がつったり、しびれを感じたりすることもあります。 また、脱水症の症状の重さは、体内の水分がどの程度失われたかによって異なります。 軽度(体重減少率1~2%)の脱水:喉の渇きを強く感じるようになり、尿の回数や量が減少します。また、発熱や軽い下痢、嘔吐など、消化器官や全身に症状が現れる場合もあります。 中等度(体重減少率3~9%)の脱水:倦怠感が強まり、めまいや頭痛が現れます。血圧や臓器の血流が低下するなど、全身に影響が生じます。 重度(体重減少率10%以上)の脱水:生命に関わる危険な状態です。心臓や腎臓の機能が低下し、血流が著しく減少することでショック状態に陥る可能性があります。意識がもうろうとしたり、極端な低血圧により臓器不全を引き起こしたりすることもあり、迅速な対応が必要です。最悪の場合、死に至ることもあるため、重度の脱水に至る前に対処しましょう。 脱水症の原因 身体から水分が失われる主な要因は以下のとおりです。 原因説明朝食を抜く睡眠中に呼気や発汗で水分が失われているため、朝食を抜くと補水の機会を逃し、脱水のリスクが高まる寝すぎ長時間にわたって水分補給をしない状態が続くことで、体内の水分が不足し、脱水を招く可能性がある。就寝中も汗をかいているため、睡眠時間が長くなるほど脱水傾向が強まる点にも注意が必要ストレス緊張が続くと交感神経が活発になり、心拍数や体温が上昇することで水分消費が増え、脱水状態になりやすい高温の室内環境風通しが悪く、エアコンを使わない室内では発汗が促され、水分不足になりやすい二日酔いアルコールの利尿作用により体液が過剰に排出されるため、翌朝に脱水症状を引き起こしやすい発熱体温上昇により発汗が増え、水分が失われることで脱水のリスクが高まる下痢や嘔吐感染症や食あたり、体調不良などによる下痢や嘔吐で、体内の水分や電解質が急速に失われる食べ過ぎ消化のために胃腸へ血液が集中することで全身の血流が低下し、体温調整が乱れ、脱水を引き起こすことがある 脱水症と熱中症の違い 脱水症が進行すると、体温調節が難しくなり、熱中症に移行するリスクが高まります。脱水症と熱中症は混同されやすいですが、熱中症は、高温環境の中で体温調節機能が適切に働かなくなることで発生する症状の総称です。体内の水分・電解質のバランスが崩れ、体温が異常に上昇することで、めまいや吐き気、強い倦怠感が生じることがあります。重症例では、けいれんや意識障害を伴い、適切な処置が行われなければ生命に危険を及ぼす可能性があります。そのため、早期発見と迅速な対応が不可欠です。 脱水の種類 脱水は、原因や体液の失われ方によって「高張性脱水」「等張性脱水」「低張性脱水」の3つのタイプに分けられます。それぞれの特徴と主な原因は次のとおりです。 高張性脱水 高張性脱水は、血液中のナトリウム濃度が高くなり、細胞内から細胞外へ水分が移動し、細胞内液が減少した状態のことをいいます。大量に汗をかいたにもかかわらず十分な水分補給ができていない場合に発生しやすく、循環血液量は保たれますが、強い喉の渇きを感じるのが特徴です。 また、脳血管障害や脳腫瘍、頭部外傷などによって口渇中枢の機能障害がある場合、自覚しないまま脱水が進行することがあるため、特に注意が必要です。 等張性脱水 等張性脱水は、水分と電解質がほぼ同じ割合で失われる血漿浸透圧の変化を伴わない脱水で、下痢や嘔吐、出血、重度の熱傷などによって急激に体液が減少する際に起こります。 血圧低下やショック状態に陥る危険があり、適切な補水と電解質の補充が必要です。特に、大量の下痢や出血が続く場合には、医療機関での早急な対応が求められます。 低張性脱水 低張性脱水は、水分・ナトリウムをはじめとした電解質が減少したにもかかわらず、水分のみが補給され、血液中のナトリウム濃度が低下することで生じます。浸透圧によって、細胞外液から細胞内へ水分が移動し、血液を含む細胞外液量の減少を伴うことが特徴です。その結果、循環血液量の減少や循環不全を起こしやすく、特に血圧低下や意識障害を伴う場合には迅速な対応が求められます。 大量に汗をかいた際に、水分補給を水やお茶だけで行い、塩分を適切に補充しないと、この脱水が引き起こされます。また、頻回の嘔吐や下痢、副腎機能の低下、不適切な輸液管理なども誘因となるため、病態に応じた適切な補液が必要です。 脱水症は何日で治る? 脱水症状が改善するまでの期間は、その程度や原因によって異なります。一般的に、軽度の脱水であれば、水分を適切に補給し、安静にすることで数時間から1日程度で回復するといわれています。 しかし、強い倦怠感や頭痛、めまいを伴う場合は、回復により長い時間が必要でしょう。また、重度の脱水症になると体液バランスが大きく崩れており、医療機関での点滴治療が必要で、回復までに数日かかることもあります。 脱水の検査 脱水の診断は、問診や身体診察で得た情報をもとに行います。皮膚の乾燥や口の渇き、血圧の低下、脈拍の増加などの症状が見られる場合、脱水の可能性が高いと判断されます。また、既往歴や服用している薬の種類も、判断材料の1つです。 脱水の程度を詳しく調べるために、血液検査を行うこともあります。血液中のナトリウムやカリウムなどの電解質の濃度を測定することで、どのタイプの脱水が進行しているのかを確認できます。 脱水の対処法 脱水の症状が見られた場合、まずは適切な水分補給を行うことが重要です。水だけではなく、電解質を含む飲み物を摂取することで、体内の水分バランスを素早く整えることができます。 脱水によってめまいやふらつきが生じた場合は、すぐに安静にし、無理に動かないようにしましょう。症状が軽ければ、休息を取りながらゆっくりと水分補給を行うことで改善されます。しかし、症状が長引いたり、意識がもうろうとしたりする場合は、すぐに医療機関へ連絡し、適切な治療を受ける必要があります。 脱水のフィジカルアセスメント 脱水のフィジカルアセスメントでは、体重減少率や皮膚の冷感、口腔粘膜の乾燥度、呼吸や脈拍の変化などを指標として、脱水の重症度を評価します。 上述したように健康時からの体重減少率が3%未満であれば軽度、3~9%であれば中等度、10%以上になると重度です。 皮膚の冷感や毛細血管再充満時間の遅延は、中等度以上の脱水では四肢が冷たく感じられることが多いでしょう。重度では「かなり冷たい」と表現されるほど血流が低下し、末梢の血液供給が著しく減少していることがわかります。 呼吸や脈拍の変化も脱水の進行に伴い明確に現れます。軽度ではほぼ正常ですが、中等度になると呼吸がやや速くなり、脈拍も増加します。重度の脱水では呼吸が荒くなり、深く速い呼吸になることが多く、脈も速くなり触れにくくなるため、ショック状態へ進行する危険があります。 さらに、意識レベルの変化も見逃せないポイントです。軽度では「いつもと違う」と感じる程度の変化ですが、中等度では意識が混乱し、もうろうとすることがあります。重度になるとぐったりして反応が鈍くなり、昏睡状態に陥ることもあるため、直ちに医療機関での対応が必要です。 * * * 軽度の脱水であれば自宅での対策が可能ですが、倦怠感や意識の混濁などの重い症状が現れた場合は、速やかに医療機関を受診することが重要です。本記事で解説した内容を利用者さんとそのご家族のアセスメントに役立ててください。 編集・執筆:加藤 良大監修:久手堅 司せたがや内科・神経内科クリニック院長 医学博士。「自律神経失調症外来」、「気象病・天気病外来」、「寒暖差疲労外来」等の特殊外来を行っている。これらの特殊外来は、メディアから注目されている。著書に「気象病ハンドブック」誠文堂新光社。監修本に「毎日がラクになる!自律神経が整う本」宝島社等がある。

無理なくみんなで備える。日本訪問看護認定看護師協議会の災害対策【後編】
無理なくみんなで備える。日本訪問看護認定看護師協議会の災害対策【後編】
インタビュー
2025年7月8日
2025年7月8日

無理なくみんなで備える。日本訪問看護認定看護師協議会の災害対策【後編】

地震・大雨・台風等、各地で災害が起きているなか、医療現場における防災対策の重要性はますます増しています。今回は、日本訪問看護認定看護師協議会でBCP作成支援活動を行ってきた戸崎さんと碓田さんに、今後のBCP作成支援活動や災害対策に対する考え方などを伺います。 >>前編はこちら手探りで始めたBCP作成支援 日本訪問看護認定看護師協議会の災害対策【前編】  日本訪問看護認定看護師協議会訪問看護認定看護師のネットワーク構築と、訪問看護全体の質向上を目指して2009年に誕生。訪問看護・在宅ケアのスペシャリストである認定看護師が集い、情報交換をしつつ自己研鑽を積み、地域包括ケアシステムの推進に貢献できるように活動している。参考:日本訪問看護認定看護師協議会 立ち上げ経緯&想い【特別インタビュー】戸崎 亜紀子さん星総合病院法人在宅事業部長/在宅ケア認定看護師/日本訪問看護認定看護師協議会 理事。総合病院で急性期看護を経験した後、育児・介護のため一時退職。クリニック勤務を経て星総合病院に入職し、精神科病棟を経験した後、訪問看護ステーションへ。訪問看護ステーション管理者、在宅事業部事務局長、法人看護部長を経て、現職。東日本大震災(2011)や令和元年東日本台風(台風19号)(2019)では、被災者・支援者の両方を経験。碓田 弓さん訪問看護認定看護師。総合病院にて外科病棟、緩和ケア病棟、透析室を経験した後、病院系列の訪問看護ステーションに異動し、12年勤務。介護施設併設の訪問看護ステーションの立ち上げおよび管理者を経験したのち、2023年9月よりみんなのかかりつけ訪問看護ステーション四日市に入職。 ※本文中敬称略 地域に広がっていくBCP 2024年度BCP作成支援 セミナーの様子 ―前編ではこれまでのBCP作成支援活動について伺ってきましたが、今後の活動について教えてください。 戸崎: 活動内容は未定ですが、アンケートの反応も良かったので、可能であればニーズに応じて実施していきたいと思っています。いろいろな方向性が考えられますが、碓田さんは今後どういった活動が重要だと思いますか? 碓田: 個人的には、連携型BCP・地域BCP策定モデル事業が推進されているので、これをどう地域に広げていくか、というところが重要になってくるのではないかと思っています。 戸崎: 確かに、それは大切ですね。私は今後、事業所によってBCPへの温度差が広がっていくのではないかと考えています。BCPに関しては、「委託会社を利用してとにかく作成を間に合わせた」というケースもある一方で、「もっと連携を強めて地域に広げていきたい」という取り組みをしているケースもあります。 すでにBCPに関連する無料の研修やツールもかなり増えてきましたが、それでも「どうすればよいかわからない」「参加できていない」という方がいらっしゃる現状があります。基本のところからわからないと言っている方々を底上げした方がいいのか、それとも先を見据えているステーションに対してもっと先に行けるように支援していけばいいのか……。慎重に検討したいところです。 碓田: そうですね。私の体感としては「とにかく間に合わせた」事業所が大半なのではないかなと思っています。シミュレーションについても、「やってはいるけど、これでいいのかどうか分からない」という声をよく聞きます。 だからこそ、自分たちのステーションだけでやろうとするのではなく、「地域のステーションみんなでやろう」となれば、「自分はこれができてないな」とか「あの事業所はここまでやってるのか。真似してみよう」といった気づきや底上げに繋がるのではないかと考えています。 無理なく、できることから始める ―ありがとうございます。近年、南海トラフ地震に対する警戒も強まっていますが、災害に対する心構えを教えてください。 戸崎: はい。不安を抱えていらっしゃる方が多いと思います。私自身の経験として、2011年の東日本大震災の2年前に「宮城県沖地震の再発率が80%」という話があったことを思い出します。当時、「本当に来るんだろうか」という半信半疑の空気感がありましたが、「何か防災訓練をしておこう」という比較的気軽な気持ちで、事業所のスタッフと阪神淡路大震災の被災の記録や、日本海沖地震の新潟のステーションの手記などを読み合わせしました。「大変だったんだね」と感想を言い合い、「やっぱり対応マニュアルを少し見直しておこうか」という話になりました。 本当に肩の力を抜きながらやった訓練でしたが、振り返ってみれば、このときの話し合いや見直しが、東日本大震災での対応に活かされたと感じる部分がいくつもあるのです。災害について「みんなで話し合っておく」ことは本当に大事だと思います。 2023年度の研修(「どうする!うちのBCP」)に参加してくださった管理者さんも、「研修を機にみんなで話し合う場を持ってみたら、確かに質の向上につながると思った。みんながまとまったようにも感じた」とお話ししてくださいました。BCPを作るだけではなく、みんなで取り組むことが減災につながる。災害は起きてしまうから完全には防げませんが、「減災」には必ずつながります。 BCP作成支援活動をしていて、管理者や担当者が誰か一人で作っているケースが多いと感じたのですが、それではなかなか進まないんです。「ああでもない」「こうでもない」とみんなで議論する時間がとても大事だと思います。 ハードルを上げず、一人で抱え込まないことが大事 碓田: そうですね。BCPも一人で作っていると不安になり、手が止まってしまうと思います。事業所内外を問わず、まわりの人と相談しながら進めることが大事ですね。 戸崎: はい。つい忘れがちなのですが、BCPは「業務継続計画」なので、主語は利用者さんではなく「自分たち」。「私たちが」業務を継続できるための計画であり、「職員が何らかの事情で来られなくなっちゃったときにどうしましょう?」という計画も含まれるわけですよね。例えば、感染症が地域で流行り、子どもがいるスタッフが軒並みダウンする……といったこともあるかもしれません。想像以上に身近なんです。 「人が少なくなったときに、どの業務を優先し、どの業務を後回しにするか」を考えるのがBCPの基本ですから、事業所でスタッフと一緒に「どうする?」って考えたほうがいいでしょう。一度やってみると、きっと有意義だと感じるのではないかと思います。 碓田: 地域BCPに関しても、地域の人たちで一度でも実際に集まって話し合っておく、ということがとても大事になりそうですね。私も自分の地域でやっていきたいと思います。 戸崎: それも大切ですね。郡山でも最近、事業所の垣根を超えて、行政も入った机上訓練を初めて実施しています。地域の全員が参加できなくても、机上訓練だったとしても、1回実施するだけでも、やるとやらないとでは大きく異なります。机上訓練であれば、そこまでハードルは高くありませんしね。 碓田: あまりハードルを上げないことが大事ですね。立派な計画書を作ろう、完璧に訓練しようと思うと、何から手をつけていいのかわからなくなってしまいます。まずは災害について気軽に話せる場をつくるところから始めたいですね。そこから、「じゃあ〇〇が必要だ」などと繋げていける。そういったことの積み重ねでブラッシュアップしていけるのではないかと思います。 戸崎: そうですね。あとは、災害は、本当にどこでいつ、何が起きるかわかりません。2025年に入ってからだけでも、大規模な地震や山火事、道路の陥没やそれに付随するインフラ停止など、さまざまな災害がありました。「こんなことが起こるなんて」と驚くような災害も起こってしまいました。 不安になると思いますが、災害は「想定できるもの」と「想定できないもの」に分かれることを意識するといいかと思います。例えば台風は事前に気象予報で来ると知ることができますし、地震や停電などに関しては、事前にシミュレーションして対応方法を決めておき、マニュアルを作っておけば対応しやすくなるでしょう。 すべて想定することはできなくても、少しでも考えておけば、応用できることがきっとあります。「どうせわからないから」とやらないのではなく、やっぱり少しでも準備しておくことが大切なんです。自分事になっていないスタッフがいても、気軽に事業所内で話し合うだけでも、気負ってしまってやらないよりずっといいんです。ぜひ、そのことを意識していただきたいです。 ―ありがとうございました。 取材・編集・執筆:NsPace編集部

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