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感染クラスター対応をゲームで疑似体験!「クラスター8」体験レポート
感染クラスター対応をゲームで疑似体験!「クラスター8」体験レポート
特集
2026年8月12日
2026年8月12日

感染クラスター対応をゲームで疑似体験!「クラスター8」体験レポート

「施設で新型感染症のクラスターが発生。しかも施設長は感染して不在——さあ、どうする?」。そんな緊迫の状況をカードゲームで疑似体験できるワークショップが、第8回日本在宅医療連合学会大会(2026年7月4日・5日、札幌)で開催されました。その名も「感染クラスター乗り切り体験ゲーム『クラスター8』」。実際にプレイヤーとして参加したNsPace編集部が、ゲームの様子と学びをレポートします。 「クラスター8」とは?現場の声から生まれた体験ゲーム クラスター8は、介護施設での感染クラスター発生時の対応を、チームで疑似体験するボードゲーム型の研修ツールです。開発の中心となったのは、コロナ禍で数多くの施設の感染対応を支援してきた医療・介護の実践者集団「一般社団法人KISA2隊(キサツ隊)」。「issue+design」との共同開発により、現場で見てきた工夫や失敗の教訓を集めて作られたといいます。 印象的だったのは、冒頭で語られた開発の動機です。クラスターの被害は感染者数だけでは語れません。感染対応を優先するあまり利用者さんのADL(日常生活動作)が低下してしまう、スタッフが疲弊して離職につながる、チームの人間関係が壊れてしまう——。そうした「二次被害」も含めて危機をどう乗り切るかを、安全な場で体験してもらいたい。ゲームにはそんな願いが込められています。 ゲームの舞台は「施設長不在の小規模施設」 ゲームの舞台は、利用者さん10名を職員6名で支える小規模な介護施設です。ある日、施設長が新型ウイルス感染症に感染して自宅隔離となり、残された職員だけでクラスター対応に立ち向かう——という設定で始まります。参加者は4人1組のチームとなり、それぞれ「医療職員」「介護職員」「ケアマネジャー」「感染対策委員」の役割を担当。感染発生からの8日間をターン制で進めていきます。ルールの骨格はシンプルです。 チーム共通の目標は「施設全体の感染者を一定数以下に抑える」こと 各自にはそれぞれ役割に応じた個人目標がある(職員の感染を防ぐ、利用者さんのADLを守る、職員の元気度を保つ…など) 毎ターン、20種類の「アクションカード」から実行する行動を最大3つまで選ぶ アクションには実行に必要な職員数があり、職員が感染すると打てる手がどんどん減っていく そして意地悪なことに、20種類のアクションの中には「実はあまり効果がないもの」も紛れ込んでいます。限られた人手で何を優先するか。チームの合意形成そのものが、このゲームの本体です。 体験して分かった「合意形成」の難しさ 編集部も1つのチームに入って参加しました。実際にやってみると、これが想像以上に悩ましいのです。 感染拡大を抑えたい医療職視点では、消毒やゾーニングを優先したい。一方で、利用者さんの生活を守る介護職視点では、隔離や制限ばかりだと個人目標のADLが守れない。職員の元気度を担当するメンバーからは「その前に職員が倒れます」と“待った”がかかる。それぞれの正義がぶつかる中で、3枚しか選べないカードをどれにするか——制限時間は刻一刻と減っていきます。 ゲームの結果は、チームの選択によって「グッドエンド」から「バッドエンド」まで複数のエンディングに分岐します。感染は抑えたのに利用者さんのADLが大きく低下し、職員の離職が始まってしまう、という苦いエンディングもあり、「感染者数さえ抑えればよいわけではない」という開発者のメッセージがここにも表れていました。 答え合わせで学ぶ、初動対応のポイント ゲーム後の解説パートでは、推奨される対応が具体的に示されました。詳細は割愛しますが、編集部が特に持ち帰りたいと感じたポイントを3つご紹介します。 (1)最初にやるべきは「指揮系統の明確化」 責任者が不在でも対応が止まらないよう、誰が判断し、誰に確認するのかをまず決める。指示待ちによる初動の遅れが、その後の展開を大きく左右します。 (2)ご家族への連絡は「有事の前」から 有事の連絡だけでは、ご家族の不安は募るばかり。平時から「何もないとき」にも連絡を取り、信頼関係を築いておくことで、緊急時の連絡も前向きに受け止めてもらえる、という指摘にはハッとさせられました。 (3)「よかれと思った対策」にも落とし穴がある 一見有効に思える対策でも、使い方や場面によっては逆効果になり得るものがあります。たとえば仕切りの設置が換気を妨げてしまうケースのように、「その対策は何のためか」を理解して選ぶことの大切さが強調されていました。 訪問看護ステーションでも「避難訓練」を 主催者が繰り返し語っていたのは、「これはあくまで疑似体験、いわば避難訓練です」ということ。本番はもっと過酷で、時間も情報も足りない中での判断を迫られます。だからこそ、平時に安全な場で「チームで決める」経験をしておくことに価値があるのだと感じました。 また、このゲームは医療職と介護職の合意形成ツールとしての側面も持っています。医療の正義と生活の正義、どちらも大切だからこそぶつかる。その調整を疑似体験できる研修ツールは、訪問看護ステーションと連携先の施設・事業所が合同で取り組む研修としても効果的だと感じました。 BCP(業務継続計画)は作って終わりになりがちです。自分たちの計画が本当に機能するのか、ゲームという形で点検してみる。そんな選択肢があることを、多くの事業所の方に知っていただきたいと感じた90分でした。 【参考文献】 第8回日本在宅医療連合学会大会運営事務局:「ワークショップ・交流集会・ハンズオンセミナー(事前予約)」.第8回日本在宅医療連合学会大会.https://www.aeplan.jp/jahcm2026/workshop/ 2026/8/6閲覧 一般社団法人KISA2隊:「感染クラスター8|感染対策研修をゲームで楽しく実施する!」.一般社団法人KISA2隊ウェブサイト.https://kisa2tai.or.jp/lp/cluster8/ 2026/8/6閲覧 厚生労働省老健局:「介護現場における感染対策の手引き 第3版」.厚生労働省ウェブサイト.令和5年9月.https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001149870.pdf 2026/8/6閲覧 厚生労働省:「介護施設・事業所における業務継続計画(BCP)作成支援に関する研修」.厚生労働省ウェブサイト.https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/douga_00002.html 2026/8/6閲覧

表皮水疱症の再生医療(自家培養表皮移植)【特別トークセッション 第4回】
表皮水疱症の再生医療(自家培養表皮移植)【特別トークセッション 第4回】
インタビュー
2026年8月12日
2026年8月12日

表皮水疱症の再生医療(自家培養表皮移植)【特別トークセッション 第4回】

国内での実施例がいまだ数十例に留まる、表皮水疱症の「自家培養表皮移植」。先進的な選択肢である一方、未知の治療に対する医療者側の心理的ハードルの高さも課題となっています。本連載では、自家培養表皮移植による再生医療を行う蒲郡市民病院の医師、皮膚・排泄ケア認定看護師、高校2年生の当事者・山崎璃斗さんとお母様をお迎えしたトークセッションの模様を全4回でお届けします。連載最終回は、璃斗さんが経験した再生医療について詳しく伺います。 久保 良二(くぼ りょうじ)先生蒲郡市民病院 皮膚科 部長。日本専門医機構認定皮膚科専門医。専門領域は乾癬、白斑、褥瘡。名古屋市立大学医学部臨床准教授、蒲郡市民病院特定認定再生医療等委員会委員。藤田 順子(ふじた じゅんこ)さん蒲郡市民病院 看護部/皮膚・排泄ケア特定認定看護師。山崎璃斗さんの同院での初めての手術をきっかけに介入を開始。 山崎 璃斗(やまざき りと)さん栄養障害型表皮水疱症の当事者。現在はS高等学校(通信制)の2年生。幼少期より皮膚や粘膜の脆弱性に伴う広範な創傷や、関節の拘縮(屈曲変形)などの症状を抱えながら療養を継続。2020年より蒲郡市民病院にて自家培養表皮による再生医療を複数回受けている。山崎 奈美(やまざき なみ)さん璃斗さんの母 / 看護師・DebRA Japan(表皮水疱症友の会)所属。璃斗さんの誕生直後から日々の洗浄・ガーゼ処置・栄養管理を担ってきた。最新の知見を集めながら、在宅ケアを実践。救命救急受付の仕事に就いている。取材協力蒲郡市民病院株式会社ジャパン・ティッシュエンジニアリング(J-TEC) ※本文中一部敬称略※本記事は、2026年6月4日時点の情報をもとに構成しています。 表皮水疱症における再生医療の位置づけ ――璃斗さんは、今回の治療をきっかけにQOLの変化を実感されたと伺っています。まずは、表皮水疱症における再生医療(自家培養表皮移植)がどのようなものか教えてください。 久保:  表皮水疱症において、再生医療は心強い存在になり得る治療法と考えています。流れとしては、治療が決まったらまずご本人の皮膚を小指の先くらい(約2平方センチメートル)採取します。それを再生医療メーカーの担当者さんに渡して約4週間かけて培養してもらうと、50枚ほどの表皮シートができるんです。出来上がる時期に合わせてご本人の入院日やどこに何枚移植するかを調整し、手術を行います。 ――患者様ご本人の皮膚を使用する治療法ということで、特性やメリットがある一方で、今後の普及にあたっての課題などはどのような点にあるのでしょうか。 久保: 現実的にこの治療がそれほど広がっていないのは、患者様に提案する以前に「医療者側が最初の一歩を乗り越えられない」問題が大きいからです。医療者の多くが実際にこの病気を診たことがない上に、再生医療という「やったことがない最先端の治療」を行うわけですから、重い腰が上がらないのです。当院が実践できているのは、病院や行政が再生医療に非常に協力的で、再生医療メーカーが近くにあるという点が大きいでしょう。 再生医療を選択した経緯 ――当時、お母様や璃斗さんご自身には、治療法の選択について迷いや葛藤はありましたか。 山崎(母): 表皮水疱症は症状がつらい病気ですから、なんとか良くしてあげたいという思いでずっと治療は検討していました。DebRA Japan(表皮水疱症友の会)がいつも最先端の医療情報を発信してくれていたので、大変参考にしていました。当時は再生医療のほかに骨髄移植の治験が始まるというお話もあったのですが、海外のデータも参照しながら、リスクと照らしあわせて我が家の場合は見送りました。本人の皮膚を用いた再生医療という新しい選択肢があり、それを地元の蒲郡市民病院で受けられると分かった時は、この治療を選ぶことに迷いはありませんでした。 ――実際の治療の流れや、入院中の璃斗さんの様子はいかがでしたか。 山崎(母): 最初は全身麻酔で、一気に数十枚の移植をしていただきました。まだ子どもだったので私も布団を持って行って、1週間以上一緒に病室で寝泊まりしていましたね。 璃斗: 手術が終わった直後は、移植したところが動かないように全身ガチガチに固められるので、まったく動けなくなるのがつらかったです。あとは、全身麻酔のあとの吐き気や抜糸の痛みもきつかったですね。 久保: 全身麻酔の時は、一度にたくさん移植していたので、抜糸もかわいそうでしたね…。小児科の先生にお願いして、強い鎮痛薬を使ったこともありました。最近は璃斗くんも大きくなって全身麻酔が難しくなり、ご本人も頑張ってくれるようになったので、局所麻酔で1枚〜2枚をピンポイントで移植するスタイルに変えています。 歩けることがうれしい。治療後の生活の変化 ――再生医療を受けて、璃斗さんの日常生活にはどのような変化が現れましたか。 璃斗: まずは手術後に皮膚の状態も落ち着いて、負担を感じず歩けるようになったと思います。気持ちの面でもストレスなく、外に出られるようになったことが、一番嬉しい変化ですね。 山崎(母): 再生医療を受ける前は、膝や足の指を動かすのも大変だったもんね。それが、自家培養表皮移植を受けて皮膚の状態が落ち着いてからは、歩行がとても自然に行えるようになったんです。 久保: 最初に来られたころに比べると、歩き方や歩行の様子がスムーズになり、確かな変化を感じています。また皮膚の状態が安定したことで、栄養バランスも整いやすくなり、身長や体重といった体の成長も感じ取ることができています。 藤田: 初めて会ったときから、約30㎝身長が伸びていますから…本当に大きくなりましたよね。私たちにとっても璃斗くんの成長はとても嬉しいです。 在宅支援のこれから「医療と生活をつなぐ役割」 ――璃斗さん、蒲郡市民病院の医療者の方々にメッセージをお願いします。 璃斗: 僕を担当してくれた久保先生や藤田さん、病棟の看護師さんたちは、血圧を測る時もチューブ包帯を巻いて傷つかないようにしてくれますし、何かをする前は必ず声をかけて確認してくれます。いつもすごく気にかけて優しく声をかけてくれてありがたいです。 ――ありがとうございます。最後に、藤田さん、久保先生、お母様から他の医療者に向けたメッセージをお願いします。 藤田: 私は、表皮水疱症のケアにおいて多職種連携が何より大事だと学びました。看護師1人だけでは絶対にできませんでした。病棟スタッフ、主治医、他の看護師、栄養士、再生医療メーカーの担当者さんなど、本当にいろんな方に助けてもらいました。 訪問看護師の皆さんも、自分たちだけで抱え込まないほうがよいと思います。心配な時は認定看護師の同行訪問などの制度を活用し、専門の看護師を巻き込むのもひとつの手です。表皮水疱症の患者様は、普段のケアを少しストップするだけで一気に悪くなってしまう特殊性もあります。1人で抱え込まずに、みんなで支える体制を作ってほしいです。 久保: 藤田さんも言っている通り、表皮水疱症は多職種で見ていく病気です。医師の場合も、再生医療に取り組みたい場合、1人で始めるのではなく、病院全体を巻き込んだ「チーム」で始めてほしいですね。まずは「お試しで2枚だけやってみよう」というくらいのスモールスタートで、一歩を踏み出してほしいなと思います。 山崎(母): この病気は本当に毎日が痛みの連続です。その痛みを少しでも軽減できる治療があるなら、チャレンジしたいと思う人が多いでしょう。ただ、全国的にはまだまだ治療を行っている病院が少ないので、少しでも多くの医療者の方に理解いただき、「こういう治療があるよ」とご本人やご家族に提案してもらえる世の中になったらうれしいなと思います。 また、我が家は訪問看護を利用するチャンスがありませんでしたが、子どもが小さいころはお風呂に入れるだけでもパニックで、「目を離したら万が一のことがあるのでは」と毎日神経をすり減らしていました。訪問看護師さんが来てくれて、ガーゼを巻くのを手伝ってくれたり、お話を聞いてくれたりするだけでも、ご家族の心はものすごく楽になると思います。「やりに来るだけ」じゃなくて、親の精神を支えてくれるような訪問看護師さんが地域に増えてくれたら本当にありがたいです。 ――大変貴重なお話をありがとうございました。 取材・執筆・編集: NsPace編集部 【参考】 〇難病情報センター「表皮水疱症(指定難病36)」https://www.nanbyou.or.jp/entry/53382026年8月12日閲覧

ヘルパンギーナと溶連菌の見分け方
ヘルパンギーナと溶連菌の見分け方
コラム
2026年8月12日
2026年8月12日

ヘルパンギーナと溶連菌の見分け方|症状の違いと受診目安

ヘルパンギーナと溶連菌感染症は、どちらも発熱やのどの痛みがみられる病気です。症状が似ているため、「どちらなのか見分けにくい」と感じることもあります。 ただし、ヘルパンギーナは主にウイルスが原因で、のどの奥に水疱や潰瘍がみられやすい病気です。一方、溶連菌感染症は細菌が原因で、急なのどの痛みや発熱、扁桃の腫れ、首のリンパ節の腫れなどがみられます。この記事では、ヘルパンギーナと溶連菌感染症の違い、観察ポイント、受診の目安を解説します。 ヘルパンギーナとは ヘルパンギーナは、発熱とのどの痛み、口の中の水疱を特徴とする感染症です。乳幼児を中心に、夏に流行しやすい「夏かぜ」のひとつとされています。主な原因はコクサッキーウイルスA群などのエンテロウイルスです。 厚生労働省によると、ヘルパンギーナは感染してから2〜4日後に突然の発熱が起こり、その後、のどの痛みや水疱が現れます。発熱は1〜3日続くことが多く、食欲不振、全身のだるさ、頭痛などを伴うこともあります。 のどの奥に小さな水疱や潰瘍ができるため、飲み込むときに痛みが強くなり、水分や食事を取りにくくなることがあります。小児では、脱水症に注意が必要です。 溶連菌感染症とは 溶連菌感染症は、主にA群β溶血性レンサ球菌という細菌によって起こる感染症です。感染すると、急な発熱や強いのどの痛み、飲み込むときののどの痛み、扁桃が赤く腫れるなどの症状がみられ、首の前側のリンパの腫れ、口蓋の赤い点状出血、扁桃の白い付着物といった特徴的な症状が出現することもあります。 溶連菌感染症は細菌感染のため、A群β溶血性レンサ球菌による扁桃咽頭炎では、医師の判断により抗菌薬が投与されることがあります。 見分けるポイント ヘルパンギーナと溶連菌感染症は、症状だけで完全に見分けることは難しい場合があります。ただし、観察のポイントを整理すると、違いを把握しやすくなります。 項目ヘルパンギーナ溶連菌感染症原因主にウイルス主に細菌流行時期夏に多い冬季と春から初夏の2つの流行ピークがある年齢乳幼児に多い学童期の子どもに多い発熱突然の高熱がみられ、発熱は1~3日続く急な発熱が多いが、通常発熱は3~5日以内に下がるのどの所見のどの奥に水疱・潰瘍扁桃の腫れ、白い付着物咳・鼻水みられることがある目立たないことが多い治療対処療法が中心抗菌薬が必要な場合がある ヘルパンギーナでは、のどの奥の水疱や潰瘍が特徴です。一方、溶連菌感染症では、扁桃の腫れや白い付着物、首の前側のリンパ節の腫れなどが手がかりになります。 ただし、実際には症状が重なることもあります。家庭や在宅ケアの現場で「ヘルパンギーナだ」「溶連菌だ」と断定せず、症状の経過や全身状態を確認し、必要に応じて受診につなげることが大切です。 受診を考えたい症状 溶連菌感染症では、扁桃周囲膿瘍などの局所化膿性合併症やリウマチ熱、糸球体腎炎に至ることがあるため、早期に診断し抗菌薬投与する必要があるとされています。そのため、以下のような症状がある場合は、早めに医療機関へ相談しましょう。 水分がほとんど取れない 尿の回数が明らかに少ない ぐったりしている 呼びかけへの反応が弱い 高熱が続く のどの痛みが強く、飲み込めない 発疹がある 首の腫れや強い痛みがある 呼吸が苦しそう けいれんがある ヘルパンギーナでは、のどの痛みによって水分摂取が難しくなり、脱水症につながることがあります。厚生労働省も、ヘルパンギーナの合併症として、熱性けいれん、脱水症、小児ではまれに髄膜炎や心筋炎などへの注意を挙げています。 在宅での観察ポイント 訪問看護や在宅ケアでは、病名を見分けることよりも、利用者さんや子どもの状態を具体的に観察することが重要です。 確認したいポイントは、以下のとおりです。 発熱がいつからあるか 最高体温 のどの痛みの程度 水分摂取量 食事量 尿量や尿の回数 口の中の水疱や潰瘍の有無 扁桃の腫れや白い付着物の有無 咳や鼻水の有無 発疹の有無 家族や園、学校での流行状況 活気の低下や意識状態の変化 記録する場合は、以下のように、症状と経過を具体的に書くと共有しやすくなります。 「昨日夕方から発熱。最高体温39.0度。のどの痛みが強く、水分摂取は少量。口腔内奥に小さな水疱様の所見あり。尿は朝から1回のみ。」 「本日朝から発熱とのどの痛みあり。咳・鼻水は目立たない。扁桃に白い付着物あり。首の前側に圧痛あり。食事摂取は半分程度。」 このように記録すると、医師や看護師に状況を伝えやすくなります。 家庭で気をつけたいこと ヘルパンギーナでも溶連菌感染症でも、発熱やのどの痛みがあるときは、無理に食事を取らせるよりも、水分摂取を優先します。冷たい飲み物、ゼリー、スープなど、のどにしみにくく飲み込みやすいものを選ぶとよいでしょう。 酸味の強い飲み物や熱い食べ物は、のどや口の中の痛みを強めることがあります。食事量が少なくても、水分が取れていて尿が出ているかを確認します。 溶連菌感染症が疑われる場合は、検査や治療が必要になることがあります。自己判断で市販薬だけで様子を見るのではなく、症状や流行状況に応じて医療機関へ相談しましょう。 まとめ ヘルパンギーナと溶連菌感染症は、どちらも発熱とのどの痛みがみられるため、見分けにくいことがあります。ヘルパンギーナは、夏に乳幼児を中心に流行し、のどの奥の水疱や潰瘍が特徴です。溶連菌感染症は、急なのどの痛み、発熱、扁桃の腫れ、首のリンパ節の腫れなどが手がかりになります。 ただし、症状だけで正確に判断することは難しいため、家庭や在宅ケアの現場では、病名を決めつけず、発熱の経過、水分摂取量、尿量、のどの所見、全身状態を観察することが大切です。ぐったりしている、水分が取れない、高熱が続くなどの症状がある場合は、早めに医療機関へ相談しましょう。 監修:飛鳥馬 沙耶(あすま さや)/訪問看護ステーション 管理者HCU・高度急性期病棟にて約6年間、循環器・心臓外科・脳外科領域を中心とした急性期看護に従事。2023年より訪問看護ステーションの管理者として、在宅医療の現場に携わる。専門領域は、訪問看護・在宅医療、急性期看護。 【参考文献】 厚生労働省:「ヘルパンギーナ」.https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/herpangina.html2026/8/12閲覧 国立健康危機管理研究機構 感染症情報提供サイト:「ヘルパンギーナ(詳細版)」.https://id-info.jihs.go.jp/diseases/ha/herpangina/010/index.html2026/8/12閲覧 CDC:「About Strep Throat」.https://www.cdc.gov/group-a-strep/about/strep-throat.html2026/8/12閲覧 MSDマニュアル プロフェッショナル版:「扁桃咽頭炎」.https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/16-耳鼻咽喉疾患/口腔咽頭疾患/扁桃咽頭炎2026/8/12閲覧 国立健康危機管理研究機構 感染症情報提供サイト:「A群溶血性レンサ球菌感染症」.https://id-info.jihs.go.jp/infectious-diseases/group-a-streptococcal-infection/index.html2026/8/12閲覧 国立健康危機管理研究機構 感染症情報提供サイト:「IDWR 2023年第43号<注目すべき感染症> A群溶血性レンサ球菌咽頭炎」.https://id-info.jihs.go.jp/surveillance/idwr/featured/2023/43/index.html2026/8/12閲覧 MSDマニュアル プロフェッショナル版:「扁桃周囲膿瘍および蜂窩織炎」.https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/16-耳鼻咽喉疾患/口腔咽頭疾患/扁桃周囲膿瘍および蜂窩織炎2026/8/12閲覧

心温まるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
心温まるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
特集
2026年8月7日
2026年8月7日

心温まるエピソード【つたえたい訪問看護の話】第3回vol08

訪問看護の現場では、利用者さんやご家族との日々の関わりのなかで、その人らしさや大切にしてきた思いに触れる瞬間があります。今回は、「みんなの訪問看護アワード2025」に寄せられた投稿のなかから、利用者さんと訪問看護師の間に生まれた、忘れがたい5つのエピソードをご紹介します。 「筆が引き出すあのころの顔つき」 「もう、心も体も衰えました」と繰り返し話していた90代のAさん。かつて親しんだ筆を手にした瞬間、その表情は凛と引き締まり、迷いのない筆運びで作品を書き上げました。Aさんのなかに今も息づいていた力と、娘さんが懐かしい母の姿を見つけたエピソードです。 90代のAさんは、訪問するといつも笑顔で「私はもう、心も体も衰えました」と繰り返し話していました。そんなある日、足腰が弱り、自分では上がれなくなっていた2階へ、介助のもとで一緒に上がることになりました。案内していただいたのは、かつてAさんが使っていた部屋です。壁には、額に入れられたたくさんの習字や刺繍の作品が飾られていました。そこは、Aさんの生きてきた時間が詰まったような部屋でした。Aさんが以前、習字をしていたことは聞いていました。しかし、Aさんはいつも、「もう衰えて、指も曲がってしまったから、習字はできませんわ」と話していました。部屋で習字道具を見つけた私は、「やってみませんか」と声をかけ、1階の部屋まで運びました。「あきません。もうできません」Aさんは首を横に振りました。それでも私は、「私にも教えてほしいんです」とお願いし、墨汁を用意して筆を手渡しました。すると、Aさんの目の色が変わりました。すっと立ち上がり、背筋をぴんと伸ばして半紙に向かいます。そこには、気迫さえ感じさせる凛とした姿がありました。Aさんは、迷いのない筆運びですらすらと文字を書き上げ、最後に自らの雅号を添えました。そして、完成した作品を見つめながら、さまざまな感情が込み上げたように涙ぐんでいました。後日、筆を持つAさんの写真を娘さんに見ていただくと、「私が幼いころ、母はとても厳しい人でした。あのころのような、きりっとした表情を引き出してくださって、とてもうれしいです。こんな顔、久しぶりに見られました」と、喜びの言葉をいただきました。その後、Aさんの「もう衰えました」という言葉には、昔のように誰かのために何かをしたくても、思うようにできないもどかしさが込められていたのだと分かりました。 2025年1月投稿 「最期の願いを託した両親への手紙」 病状が進行するなか、ご両親への手紙を書きたいと願った38歳の佐藤さん。痛みや倦怠感が強まるなかでも少しずつ言葉をつづり、家族への感謝と思いやりを一通の手紙に託しました。その手紙が、今もご両親の心を支えているエピソードです。 佐藤さんは38歳。直腸がんが全身に転移し、ご家族は医療者から、予後が数カ月程度と見込まれると説明を受けていました。ご本人に病状をどのように伝えるかについては、ご家族と医療・ケアチームで慎重に話し合われていました。リハビリに取り組んでいたある日、佐藤さんから声をかけられました。「オレ、両親に手紙を書きたいんだ。協力してくれないかい?」薬の副作用もあり、痛みや倦怠感が強まり、体調は悪化し続けましたが、それでも佐藤さんは決して諦めることなく「やるんだ!」と、まさに決死の思いで書き上げました。完成した手紙には、自分が家族より先に旅立つことへの悲しみとともに、ご両親やご兄妹への最大級の感謝と、ご両親のこれからを気遣う言葉が綴られていました。「僕が亡くなったら家族に渡してください」そう約束した6日後、佐藤さんは亡くなりました。まだ温かい彼に手を合わせ、ご両親に手紙をお渡ししました。四十九日が過ぎたころ、ご両親にお会いすると、手紙を振り返りながら「ちゃんと分かっていたんだね」「私たちのこと心配してくれていたから、元気でいなくてはね」と目に涙を浮かべながら、小さく笑顔を見せてくださいました。佐藤さん。あなたが残した手紙は、今でもご両親を支えていますよ。 2025年1月投稿 「どうか最期まで満面の笑顔で」 表情や左手の動きで、豊かに気持ちを伝えていたTさん。満面の笑みは、関わる人たちの心を和ませていました。やがて表情が少なくなっていくなか、最期のときを迎える直前に見せた、穏やかなほほ笑みが心に残るエピソードです。 高次脳機能障害と右半身麻痺のあるTさん。失語により言葉を理解しているかどうかの判断も難しい状況で、意思表示の手段は、表情と動かせる左手の動きのみでした。移乗は断固拒否され、寝たまま左手で食事をする生活を20年程続けていました。好き嫌いがはっきりしていたTさんは、受け入れにくいことがあると、表情や動かせる左手で強く気持ちを示すことがありました。一方、うれしいときには満面の笑みを浮かべ、涙を流したり、握手を求めたりすることもありました。そうした豊かな感情表現と笑顔には、周囲の人の心を和ませる不思議な力がありました。だんだんと食が細くなり痩せ細るTさん。以前のように強く気持ちを表すことも少なくなり、力なく笑うようになっていきました。満面の笑みを見ることはなくなり、つらさからか泣くことも増えていきました。段々と表情も乏しくなるなか、最期のときを迎える直前、看護師の顔を見て微笑んだTさん。まるで「ありがとう」と伝えてくれているような穏やかな表情を見て、穏やかな気持ちになりました。Tさん、これからも大好きなパンと巻き寿司を口いっぱいに頬張りながら、あの素敵な笑顔で過ごしてね。 2025年1月投稿 「木曜日の午後2時」 がんの終末期を自宅で過ごしていた正義さんは、体調が変化しても、外を歩くことを楽しみにしていました。亡くなる2週間前まで一歩ずつ散歩を続け、いつも笑顔を見せていた正義さん。後になって知った「木曜日の午後2時」への思いに、訪問看護師の胸が熱くなったエピソードです。 がん終末期に病院を退院した正義(まさよし)さん。とてもダンディで心温かく、まるで正義の味方のような方でした。退院してから少しずつ元気になり、ベッド中心の生活から次第に歩けるようになりました。私が選んだウォーカーをとても気に入ってくださり、どんどん歩ける距離も伸びていきました。その姿は、腰椎に転移があるとは思えないほどでした。夏には1キロメートル近く散歩できました。足の悪い私は、スタスタ歩く正義さんについて行くのが大変なこともありました。秋の終わりになると、足がむくみ始め、重さも増して歩くスピードも遅くなりました。冬になっても、雨さえ降っていなければ、どれだけ寒い日でも「少しだけお付き合いください」と言われ、一緒に歩きました。吐く息が真っ白になるほど寒い日でも「風が気持ちいいですね」と笑っていました。正義さんと一緒に春を迎えられるとは、思っていませんでした。足は大きくむくんでいましたが、それでも正義さんは「外にでたい」と話し、私たちは一緒に20メートルほど歩きました。体はつらそうなのに嬉しそうでした。亡くなる2週間前にも、わずか10メートルではありましたが、歩くことができました。一歩一歩はとてもゆっくりで、足取りも重く、つらそうでした。それでも、正義さんの表情には嬉しそうな笑みが浮かんでいました。その翌日から全身の痛みが強まり、正義さんはベッドから動けなくなりました。傾眠状態になってからも、ケアの後には「ありがとうございました」と言って、いつものように笑顔を見せてくださいました。正義の味方のような方でした。後日、娘さんから「父は、訪問看護が来る木曜日の午後2時を、いつも心待ちにしていました」と聞きました。その言葉を聞いた瞬間、涙があふれました。けれど、木曜日の午後2時を心待ちにしていたのは、私も同じでした。 2025年1月投稿 「痛みとの孤独な闘い」 進行した膵臓がんと診断されたKさんは、入院ではなく、住み慣れた自宅で過ごすことを望みました。十分とはいえない生活環境のなかでも、訪問看護師や医師と関わりながら、自分らしい時間を過ごしたKさん。最期まで本人の希望を支えた日々と、看護師の心に残った言葉を描いたエピソードです。 生活保護で一人暮らしをしていた67歳のKさん。血糖値の管理が難しくなったことをきっかけに、訪問看護の介入を開始した。その後、著しい高血糖で入院し、肝臓への転移を伴う進行膵臓がんと診断された。Kさんは積極的な治療を希望せず、住み慣れた自宅で緩和ケアを受けながら過ごすことを選択した。がん性疼痛が強くなったため、年末からは医療用麻薬による疼痛緩和が開始されるも、入院は望まず。室内は生活環境を整えることが難しい状態で、寝具や排泄の環境も十分ではなかった。はじめは支援を受け入れることにためらいがあったが、体を動かすことが難しくなるにつれ、少しずつ排泄ケアなどを受け入れてくださるようになった。私たちは寝具や衣類を整え、Kさんらしく過ごせる方法を一緒に考えた。「一人で過ごすのは寂しくないですか。痛みを和らげるために、入院する方法もありますよ」そう声をかけると、Kさんは、「病院はどうしても嫌や。ここにおるんが気楽や」と答えた。決して整った環境ではなかったが、そこはKさんが長く暮らしてきたかけがえのない自宅だった。私はその思いを受け止め、主治医やほかの看護師と相談しながら、自宅で過ごし続けられるよう支援することを決めた。ラジオから懐かしい曲が流れると、Kさんは頭を揺らしてリズムを取った。私たちも一緒に歌い、穏やかな時間を過ごした。訪問診療医から「こういう看取りもいいね。みんなで支えれば、ここで最期まで過ごせると思う」と言葉をかけてもらったことも、支援を続けるうえで大きな支えとなった。最期が近いと感じた日の早朝、夢のなかにKさんが現れ、「ありがとうな」と声をかけてくれました。長く関わっていた別の看護師も、同じころにKさんの夢を見たという。Kさんは、自分が望んだ場所で最期まで過ごされた。私たちの関わりは、Kさんの寂しさや痛みを少しでも和らげ、心の支えとなったのだろうかと、今も考える。『負けないで、もう少し』今後、この歌を耳にするたびにKさんを思い出し、私たち自身が前を向くための応援歌として口ずさむことでしょう。 2025年1月投稿 利用者さんやご家族との信頼関係から生まれる温かい瞬間は、訪問看護師にとってかけがえのない宝物です。これからも一人ひとりの人生に寄り添い、心通う看護を届けていきたいですね。 編集: NsPace編集部

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
特集
2026年8月7日
2026年8月7日

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】第3回vol07

訪問看護の現場では、疾患や障害などがある中でも懸命に前向きに生きる利用者さんがたくさんいます。「みんなの訪問看護アワード2025」に投稿されたエピソードから、利用者さんの前向きな姿勢に力を分けてもらえるエピソードをご紹介します。 「彼女が教えてくれた『手当て』」 末期乳がんの彼女は、自然療法で治すという固い意思を持ち、激痛の時には「薬よりも人の温もりだよ」と語った彼女のエピソード。 「息を引き取られたそうです」クリニックからの電話に言葉が出なかった。というのも、彼女は数年前に末期の乳がんで余命宣告をされたにもかかわらず、何度となく山を乗り越えてきたため、なんとなく絶対死なないような気がしていたからだ。彼女はとても強い方だった。「自然療法で治す」という固い意思を持っていたので、腫瘍から膿が出ようが、リンパ漏で下半身がビショビショになろうが、薬は一切使わなかった。一方で、どんなに体調が悪くても自分でできるリハビリを考え、常に身体を動かし、歌を歌い、いつも笑っていた。痛みや高熱も身体の必然の反応として受け止め、自然に治していく姿を見ていると「薬って本当に必要?」とさえ感じた。それでも激痛に震える彼女を前にすると「薬を使えば楽にしてあげられるのに…」と看護師として何もできないジレンマで辛くなることもあった。しかし彼女はそんな時には決まって「手当て」を希望されたのだ。看護の原点ともいえる「手当て」。「あなたが触ってくれるだけで楽になる。薬よりも人の温もりだよ」という彼女の言葉は、学生時代に学んだナイチンゲールの教えを彷彿とさせた。浮腫んだ身体にゆっくり手を沈めていく感触。「ああ、気持ちいい」と静かにつぶやいていた彼女の声。彼女の選択が正しかったのかは分からない。正直、もっと違う選択もあったのではないかとさえ感じる。それでも彼女が信じた治療に寄り添えたこと。それは間違いではなかったと感じている。 2024年10月投稿 利用者さんの前向きな姿勢や人生の歩みは、関わる訪問看護師だけでなく読者にまで元気や力を与えてくれます。あらためて、訪問看護師と利用者さんの関係は共鳴するのだと考えさせられます。 編集: NsPace編集部

表皮水疱症の食事&栄養管理【特別トークセッション 第3回】
表皮水疱症の食事&栄養管理【特別トークセッション 第3回】
インタビュー
2026年8月4日
2026年8月4日

表皮水疱症の食事&栄養管理【特別トークセッション 第3回】

全身の創傷から栄養が漏れ出てしまう表皮水疱症において、「食事と栄養管理」は重要なテーマです。本連載では、自家培養表皮移植による再生医療を行う蒲郡市民病院の医師、皮膚・排泄ケア認定看護師、高校2年生の当事者・山崎璃斗さんとお母様をお迎えしたトークセッションの模様を全4回でお届けします。第3回は、栄養障害を補うための医学的アプローチやご家庭での試行錯誤について語り合います。 久保 良二(くぼ りょうじ)先生蒲郡市民病院 皮膚科 部長。日本専門医機構認定皮膚科専門医。専門領域は乾癬、白斑、褥瘡。名古屋市立大学医学部臨床准教授、蒲郡市民病院特定認定再生医療等委員会委員。藤田 順子(ふじた じゅんこ)さん蒲郡市民病院 看護部/皮膚・排泄ケア特定認定看護師。山崎璃斗さんの同院での初めての手術をきっかけに介入を開始。 山崎 璃斗(やまざき りと)さん栄養障害型表皮水疱症の当事者。現在はS高等学校(通信制)の2年生。幼少期より皮膚や粘膜の脆弱性に伴う広範な創傷や、関節の拘縮(屈曲変形)などの症状を抱えながら療養を継続。2020年より蒲郡市民病院にて自家培養表皮による再生医療を複数回受けている。山崎 奈美(やまざき なみ)さん璃斗さんの母 / 看護師・DebRA Japan(表皮水疱症友の会)所属。璃斗さんの誕生直後から日々の洗浄・ガーゼ処置・栄養管理を担ってきた。最新の知見を集めながら、在宅ケアを実践。救命救急受付の仕事に就いている。取材協力蒲郡市民病院株式会社ジャパン・ティッシュエンジニアリング(J-TEC) ※本文中一部敬称略※本記事は、2026年6月4日時点の情報をもとに構成しています。 傷から栄養が漏れ出てしまう ――久保先生、「栄養障害型表皮水疱症」において、栄養管理が重視される医学的な理由について教えてください。 久保: 璃斗くんの場合、病名に「栄養障害型」とついている通り、栄養を口から入れたとしても、全身の傷から栄養が外に漏れ出ていっちゃうんですよね。再生医療を始める前は本当に皮膚の状態が深刻で、低栄養、低アルブミン血症、強い貧血症状に加えて、身長・体重も標準偏差から離れていたことが課題でした。 ――入院時は、病院側からはどのような食生活のサポートや栄養指導が行われているのでしょうか。 藤田:入院される時は、当院の栄養士が面談をして、メニューを細かく調整しています。食べられないものがある時は、お母様が外から買ってきてくれた持ち込みの食事で調整してもらうこともありました。 ――ご家庭では、どういった工夫をされていますか? 山崎(母): 水分も皮膚から抜けていってしまうので、便秘にもなりやすく、内科の先生にも相談しながら試行錯誤してきました。この子の場合は、食物繊維があまり効果的ではなく、水分を多めにとることを心がけています。タンパクや鉄、亜鉛を補うために飲む栄養剤も処方されていますが、大変なようです…。 璃斗: おいしくはないです(笑)。がんばって飲んでいます…。 食事による口腔内の傷 ――食事による口腔内の傷にも注意が必要だと思いますが、最近はどういった工夫をされているのでしょうか。 藤田: 基本的には、表皮水疱症の方はお菓子も口の中でスッと溶けるチョコレートやマシュマロなど飲み込むのに負担がないものを用意されることが多いと思います。ただ、最近の璃斗くんはご本人が自由に食べたいようですね(笑)。 山崎(母): そうなんです。小さいころはとても気を付けて対応していました。おせんべいを食べたらかけらがささってしまうことがありますし、海苔巻きを食べさせたら海苔が唇に張り付いて、皮膚も剥がれてしまったという経験もありますし…。おやつはアイスクリームが多かったですね。でも、今は自分で飴をガリっと噛んで食べています。当然血が出ていますし痛いはずですが…。 璃斗: 今は食べたいという気持ちのほうが強いんです(笑)。 見落とされがちな「歯科治療」の壁 ――栄養・口腔ケアの領域で、他に困っていることはありますか? 山崎(母): 実は、どこまで口の中の皮膚がめくれるかわからないために、歯科で基本的に治療をしてくれないんです。これまでの経験上は「口腔内のチェックとフッ素を塗るのみ」が基本でした。 DebRA Japan(表皮水疱症友の会)を通じて他の患者様やご家族との接点もありますが、表皮水疱症で歯科治療ができずに悩んでいる方は多いんです。 久保: そうだったのですね。表皮水疱症の患者様が歯科治療でそれほど困っているというのは、初めて知りました。大きな病院の歯科・口腔外科と皮膚科が連携を取らないといけない領域だと思います。医療者側も気を留めておかなければいけない重要なポイントですね。 ――多職種連携がいかに重要であるかも浮き彫りになりました。ありがとうございます。 最終回となる第4回では、再生医療について伺います。 取材・執筆・編集: NsPace編集部 【参考】〇難病情報センター「表皮水疱症(指定難病36)」https://www.nanbyou.or.jp/entry/53382026年7月30日閲覧

学校だけがゴールではない─不登校支援と訪問看護師のケアマネジメント
学校だけがゴールではない─不登校支援と訪問看護師のケアマネジメント
コラム
2026年8月4日
2026年8月4日

学校だけがゴールではない─不登校支援と訪問看護師のケアマネジメント

不登校支援において、訪問看護師はどのような役割を担えるのでしょうか。家庭と学校・福祉をつなぐ多機関連携の実践と、訪問看護師が果たすケアマネジメント機能についてお伝えします。 不登校支援における訪問看護師の立場 ショートケーキ訪問看護ステーションは、東京都豊島区、板橋区、北区を中心に、発達障害や不登校など、生きづらさを抱える子どもと家族を対象とした児童精神科訪問看護を提供しています。 私たちは家庭という生活の場で子どもや家族と関わりながら、医療だけでなく教育や福祉とも積極的に連携し、その子らしく成長できる環境づくりを支援しています。学校訪問や支援者会議への参加、関係機関との情報共有も日常的な実践の1つです。 近年、不登校児童生徒数は増加し続けています。その背景には発達障害や精神的な不調、家庭環境の課題、友人関係の悩みなど、さまざまな要因が複雑に絡み合っています。そのため、不登校支援は学校だけで完結するものではなく、家庭、医療、福祉、地域資源など、多くの関係者が連携しながら支援を行うことが求められています。 児童精神科領域の訪問看護に携わる中で、私は「子どもを支援する」というよりも、「子どもを取り巻く環境全体を支援する」という感覚を持つことが少なくありません。特に不登校支援においては、多機関連携をどのように進めるかが支援の質を大きく左右すると感じています。 今回は、ショートケーキ訪問看護ステーションでの実践を通して感じている多機関連携と訪問看護師のケアマネジメントについてお伝えしたいと思います。 学校と家庭をつなぐ情報共有 当ステーションでは、保護者の同意を得たうえで学校へ情報提供書を送付しています。担任やスクールソーシャルワーカー、特別支援教育コーディネーターなどと、定期的な情報共有やカンファレンスも行っています。 訪問看護師は家庭という生活の場に入るため、子どもや保護者から日常の様子を直接聞くことができます。 例えば、 「昨夜、両親とのトラブルがあり気持ちが不安定になっている」「友達とけんかをしたが仲直りはできた。しかし本人はまだ不安を抱えている」「睡眠が乱れており朝から活動することが難しい」 といった情報は、家庭で関わる訪問看護師だからこそ把握できる内容です。 一方で学校には、 「今日は朝から表情が硬かった」「授業中に集中が続かなかった」「休み時間は一人で過ごしていた」 など、家庭では見えない子どもの姿があります。 どちらも子どもの状態を理解するために重要な情報ですが、それぞれが独立して存在しているだけでは十分な支援にはつながりません。訪問看護師が学校と家庭の間に入り、双方の情報を整理しながら共有することで、支援者全体の目線を合わせることができます。 実際に行った支援者会議では、担任の先生から次のような言葉がありました。 「学校は楽しいところだよって本人に知ってもらいたいんです。来てくれたらたくさん楽しませたいと思っています。でも、そのための手立てが分からなかったんです」 家庭では本人の不安や悩みを聞くことができても、その情報が学校へ十分に伝わっていないことがあります。一方で学校側も、子どもを支えたいという思いを持ちながら、どのように関わればよいか悩んでいることがあります。 家庭での様子や本人の思いを共有したことで、学校側からは「子どもへのアプローチの選択肢が増えたことが嬉しい」という声が聞かれました。 この経験を通して、多機関連携の目的は支援者を増やすことではなく、子どもを理解する視点を増やすことなのだと改めて感じました。 子どもの居場所を増やすという視点 不登校支援では、「学校へ行けるようになること」が目標として語られることがあります。しかし、私たちが目指しているのは単純な登校ではありません。大切なのは、子どもが安心して過ごせる場所を増やしていくことです。 自宅だけでなく、 学校 保健室 別室登校 教育支援センター 放課後等デイサービス フリースクール 習い事や地域活動 など、本人が安心して過ごせる居場所を確保しながら、その子のペースに合わせた学習や社会参加の機会を整えていくことが重要です。 実際に、学校への登校は難しくても、放課後等デイサービスへ通うことが外出のきっかけになる子どもがいます。また、フリースクールが新たな学びの場となり、自信を取り戻していく子どももいます。 私たちは「学校へ戻すこと」をゴールにするのではなく、その子が安心して過ごせる場所を1つでも増やし、その子らしい社会とのつながり方を一緒に探していくことを大切にしています。 訪問看護師が担うケアマネジメント 成人領域では、介護支援専門員が支援全体を調整する役割を担っています。 一方、児童領域では事情が異なります。 障害福祉サービスを利用している場合には、計画相談支援事業所の相談支援専門員がケアマネジメントを担います。しかし、不登校の子どもの中には放課後等デイサービスや移動支援などの障害福祉サービスを利用しておらず、相談支援専門員が関与していないケースも少なくありません。 その場合、学校との調整、医療との連携、福祉サービスの導入検討、地域資源とのつながりづくりなど、多くの役割を保護者が担うことになります。 しかし、不登校が長期化すると、保護者自身も疲弊し、十分に調整役を担うことが難しくなることがあります。 そのような場面で訪問看護師は、子どもや保護者の思いを整理し、学校や医療機関、児童相談所、福祉機関へつなぎ、必要に応じて支援者会議を開催します。 また、放課後等デイサービスやフリースクール、教育支援センターなどの地域資源を紹介し、子どもや家族と一緒に新たな選択肢を検討することもあります。 制度上、訪問看護師はケアマネジャーではありません。しかし実践の中では、以下のコーディネーターとしての役割を担っています。 支援者同士をつなぐ 情報を整理する 支援の方向性をそろえる 私は、このケアマネジメント機能こそが、児童精神科領域における訪問看護師の大きな特徴の1つであると感じています。 訪問看護師が担う橋渡しの可能性 不登校支援は、1つの機関だけで完結するものではありません。 家庭、学校、医療、福祉、そして地域の多様な居場所がつながることで、初めて継続的で安定した支援が実現します。 訪問看護師は家庭に最も近い専門職の一人として、子どもと家族の思いを受け止めながら、多機関をつなぐ橋渡し役を担うことができます。 学校に行けることだけがゴールではありません。 子どもが安心して過ごせる場所を1つでも増やし、その子らしいペースで成長していける環境を整えること。そのために今後も、多機関連携とケアマネジメントを大切にした実践を続けていきたいと思います。 執筆:齋藤 透ケアプロ株式会社ショートケーキ訪問看護ステーション リーダー日本赤十字看護大学大学院 地域看護学領域 専門看護師コース修了 児童精神・発達支援・不登校支援を中心に活動。「学校に行かせること」だけをゴールにせず、家庭という生活の場から、親子関係や安心感、人とのつながりを支えることを大切にしている。ゲームや好きな話題を通した関係形成、親子間の感情整理、学校連携などを得意としている。 編集:NsPace 編集部 【参考】〇文部科学省「令和6年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果の概要」https://www.mext.go.jp/content/20260305-mxt_jidou02-100002753_3.pdf2026/6/25閲覧

血管内脱水とは?在宅での観察ポイント
血管内脱水とは?在宅での観察ポイント
コラム
2026年8月4日
2026年8月4日

血管内脱水とは?在宅での観察ポイント

血管内脱水とは、血管の中を流れる水分が不足し、循環血液量が低下している状態を指します。一般的な「脱水」は体全体の水分不足として捉えられますが、血管内脱水では、血管内の水分が少なくなることで、血圧低下や頻脈、尿量減少、意識状態の変化などがみられることがあります。訪問看護や在宅ケアの現場では、利用者さんの口渇や皮膚の乾燥だけでなく、血圧、脈拍、尿量、むくみ、意識状態などをあわせて観察することが大切です。この記事では、血管内脱水の基本的な考え方、起こりやすい原因、在宅で確認したいポイントを解説します。 血管内脱水とは 血管内脱水とは、血管内の水分が不足している状態です。体内の水分は、主に細胞内、細胞と細胞の間にある間質、血管内に分かれて存在しています。血管内の水分が不足すると、全身に血液を十分に送ることが難しくなります。その結果、血圧が下がる、脈が速くなる、尿量が減る、手足が冷たくなるなどの変化が起こることがあります。MSDマニュアルでは、体液量減少が中等度になると起立時の頻脈や低血圧がみられることがあり、重度では頻呼吸、頻脈、低血圧、混乱、毛細血管再充満時間の延長などのショック徴候が起こりうるとされています。ただし、血管内脱水は見た目だけでは判断しにくいことがあります。たとえば、体にむくみがあっても、血管内の水分が不足している場合があります。そのため、「むくんでいるから脱水ではない」と決めつけず、全身状態を総合的に確認することが大切です。 一般的な脱水との違い 一般的に脱水というと、水分摂取不足、発汗、下痢、嘔吐などによって、体内の水分が不足している状態を指します。一方で、血管内脱水は、特に血管内を流れる水分量の不足に注目した考え方です。在宅ケアでは、専門的な分類を厳密に判断するよりも、循環が保たれているかを観察することが重要です。血圧低下、頻脈、尿量減少、立ちくらみ、意識のぼんやり感などがある場合は、血管内の水分不足が関係している可能性があります。 血管内脱水が起こる原因 血管内脱水は、水分や電解質の喪失、血管内から間質への水分移動、出血などによって起こることがあります。代表的な原因には、以下があります。 下痢 嘔吐 発熱や発汗 水分摂取量の低下 利尿薬の使用 出血 感染症 炎症による血管透過性の亢進 低栄養や低アルブミン血症 熱傷 心不全や腎機能低下などの基礎疾患 感染症やDICなどで血管内皮が障害されると、血管内の水分が間質に流出し、体は浮腫状態でも血管内は脱水になることがあります。 細胞外液を補う目的で、等張電解質輸液が血管内や組織間に水分・電解質を補給する輸液として使われることがあります。大塚製薬工場の解説では、等張電解質輸液は細胞外に分布して細胞外液量を増やすため、細胞外液補充液とも呼ばれるとされています。 細胞外液補充液等に反応しない患者、低アルブミン血症があるなど特定の状況下では、アルブミン製剤が使用される可能性もあります。 在宅でみられやすいサイン 血管内脱水では、循環血液量が不足することで、さまざまなサインが現れます。訪問看護や介護の現場では、以下のような変化に注意します。 立ち上がったときにふらつく 血圧がいつもより低い 脈が速い 尿量が少ない 尿の色が濃い 口の中が乾いている 皮膚や舌が乾燥している 手足が冷たい 倦怠感が強い ぼんやりしている 反応が鈍い 食事や水分がとれていない 特に、呼吸困難や呼吸促迫、過度の発汗、意識レベルの低下、低血圧、体温の低下、チアノーゼがみられる場合は、ショック状態を示す重篤な症状の可能性があるため、早急に医師へ報告する必要があります。 ただし、高齢者では症状がはっきり出にくいことがあります。普段より元気がない、食事量が落ちている、反応が遅い、尿量が少ないなど、小さな変化を見逃さないことが大切です。 むくみがあっても注意が必要 血管内脱水で特に注意したいのは、むくみがある場合です。一般的には、むくみがあると「水分が多い状態」と考えがちです。しかし、間質に水分がたまっていても、血管内の水分が不足している場合があります。 たとえば、低栄養や低アルブミン血症、炎症、感染症などでは、血管内に水分を保ちにくくなり、間質に水分が移動しやすくなります。その結果、足や手はむくんでいるのに、血管内の水分は不足していることがあります。 日本腎臓学会誌の解説でも、浮腫は間質に水分が貯留して腫れている状態であり、必ずしも体全体の水分量増加と同じではないと説明されています。 在宅では、むくみの有無だけで判断せず、血圧、脈拍、尿量、体重変化、呼吸状態、食事・水分摂取量などをあわせて観察します。 観察するときのポイント 血管内脱水が疑われる場合は、以下の項目を確認します。 バイタルサイン 血圧、脈拍、体温、呼吸数、SpO2を確認します。特に、普段より血圧が低い、脈が速い、呼吸が速い、発熱がある場合は注意が必要です。頻脈は低容量状態で循環を保つための代償反応としてみられることがあります。 尿量と尿の色 尿量が減っている、尿の色が濃い、排尿回数が少ない場合は、体内の水分不足を示すサインのひとつです。特に、普段と比べて明らかに尿量が少ない場合は、早めに医師や看護師へ報告します。 皮膚・口腔内の状態 口唇や舌の乾燥、皮膚の乾燥、皮膚の張りの低下などを確認します。ただし、高齢者では皮膚の張りがもともと低下していることもあるため、これだけで判断しないようにします。 意識状態 ぼんやりしている、会話がかみ合わない、呼びかけへの反応が鈍いなどの変化がないか確認します。体液量の減少が重くなると混乱などがみられる場合があります。 食事・水分摂取量 食事量や水分摂取量が減っていないかを確認します。暑い日、発熱時、下痢や嘔吐があるときは、普段と同じ量の水分でも不足することがあります。 医師へ報告するときの内容 血管内脱水が疑われる場合は、観察した内容を整理して報告します。一時点の情報だけで伝えるのではなく、経過と普段との差をあわせて伝えると、状態が共有しやすくなります。 報告時には、以下の内容をまとめます。 いつから変化があるか 食事量、水分摂取量 尿量、尿の色、排尿回数 血圧、脈拍、体温、呼吸数、SpO2 立ちくらみやふらつきの有無 下痢、嘔吐、発熱、発汗の有無 むくみの有無 体重の変化 意識状態の変化 服薬状況 利尿薬の使用有無 基礎疾患 普段の状態との違い たとえば、以下のように記録します。 「昨日から食事量が半分程度。水分摂取は約500mL。尿量少なく、尿色濃い。訪問時、血圧92/58mmHg、脈拍104回/分。立ち上がり時にふらつきあり。発熱なし。普段より反応がやや遅い。」 このように書くと、血管内脱水が疑われる状況を具体的に伝えやすくなります。 早めの相談が必要な状態 以下のような場合は、早めに医師や救急へ相談します。 意識がぼんやりしている 呼びかけへの反応が悪い 血圧が大きく低下している 脈が速く、状態が改善しない 尿がほとんど出ていない 強いふらつきがある 発熱、下痢、嘔吐が続いている 手足が冷たく、顔色が悪い 息苦しさがある 出血が疑われる むくみが強いのに尿量が少ない 重度の体液量減少では、頻呼吸、頻脈、低血圧、混乱、毛細血管再充満時間の延長などのショック徴候が現れ、ショックにつながる可能性があります。 在宅では、状態の変化を見つけた時点で早めに相談することが、重症化を防ぐために重要です。 まとめ 血管内脱水とは、血管内の水分が不足し、循環血液量が低下している状態です。水分不足だけでなく、感染症、炎症、出血、利尿薬の使用、低栄養、むくみを伴う病態などでも起こることがあります。 訪問看護や在宅ケアでは、口渇や皮膚の乾燥だけでなく、血圧、脈拍、尿量、意識状態、むくみ、食事・水分摂取量をあわせて観察することが大切です。特に、むくみがある場合でも血管内脱水が隠れていることがあるため、見た目だけで判断しないようにしましょう。 利用者さんの普段の状態を知り、小さな変化を具体的に記録することが、早期発見と適切な対応につながります。 監修:飛鳥馬 沙耶(あすま さや)/訪問看護ステーション 管理者HCU・高度急性期病棟にて約6年間、循環器・心臓外科・脳外科領域を中心とした急性期看護に従事。2023年より訪問看護ステーションの管理者として、在宅医療の現場に携わる。専門領域は、訪問看護・在宅医療、急性期看護。 【参考文献】●NsPace:「血管内脱水」https://www.ns-pace.com/glossary/volume-depletion/,2026/7/30閲覧●MSDマニュアル プロフェッショナル版:「体液量減少」https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/10-内分泌疾患と代謝性疾患/水代謝/体液量減少,2026/7/30閲覧●Cleveland Clinic:「Hypovolemia」.https://my.clevelandclinic.org/health/diseases/22963-hypovolemia,2026/7/30閲覧●日本輸血・細胞治療学会:「科学的根拠に基づいたアルブミン製剤の使用ガイドライン(改訂第3版)」https://yuketsu.jstmct.or.jp/wp-content/uploads/2024/07/070030406.pdf,2026/7/30閲覧●StatPearls:「Fluid Management」.https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK532305/,2026/7/30閲覧●日本腎臓学会:「浮腫と脱水,濃縮と希釈の考え方」(佐々木成,日腎会誌 2008;50(2):97-99).https://jsn.or.jp/journal/document/50_2/097-099.pdf,2026/7/30閲覧●大塚製薬工場:「水・電解質輸液」.https://www.otsukakj.jp/healthcare/iv/electrolytes/,2026/7/30閲覧

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
特集
2026年8月3日
2026年8月3日

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】第3回vol05

訪問看護の現場では、疾患・障害などがある中でも懸命に前向きに生きる利用者さんがたくさんいます。「みんなの訪問看護アワード2025」に投稿されたエピソードから、利用者さんの前向きな姿勢に力を分けてもらえるエピソードをご紹介します。 「半年かけて開いた、全盲のAさんの心」 全盲でリハビリに意欲がなかったAさんが、ご主人の献身的な支援と根気強い関わりで前向きになったエピソード。 全盲のAさんは、「もうベッドから動かないから」という理由で、病院でもリハビリをほとんどせずに自宅へ戻られました。もともと、家の中はご主人の支えで歩かれていたようで、ご主人の希望もあり、訪問リハビリでの介入が始まりました。関わって半年ぐらいは、リハビリに対する意欲もなかなか出ず、「少しずつリハビリして外の空気を吸いましょうね」と声かけに対して、「外の空気を吸うなら窓を開けたら吸えるよ」と笑いながら返答をされるAさんでした。それでも、ご主人は僕が行なっているリハビリを見ながら、僕の知らない間にノートにメモをしてくださっていました。リハビリのノートを作り、それを見ながらご主人もリハビリをしてくださっていました。すると、約半年経ったころにAさんから「私もポータブルトイレを使えるようになるかな?」とはじめて前向きな発言がありました。目標もなく帰って来られたAさんでしたが、いつしか週1回40分のリハビリを楽しみにしてくださり、心を開いてくださいました。 2025年1月投稿 「家(うち)はいいな」 胆のうがん末期で「やっぱり家はいいな」と大好きなソーダを飲み笑顔で過ごした数時間後、奥様に見守られ自宅で旅立った忘れられない看取りのエピソード。 胆のうがん末期の利用者様。“時々入院、ほぼ在宅”という状態で奥様が介護されていた。ご本人も奥様も病気については良く理解されており、ご自分の意思もしっかりされていた。在宅しているときは、ほぼ毎日訪問していた。「病院の看護師さんは忙しそうでゆっくり話を聞いてもらえない。でも訪問看護師さんは、自分一人のために家まで来てくれる。看護師さんを独り占めできる」と、訪問看護を大変喜んでくださった。最後の入院の際は、「今しか家に帰ることができない」と、急に退院が決まった。朝から訪問看護の電話が鳴り続けた。病院の看護師、相談員、ケアマネジャーの誰もが、どうしても家に帰してあげたいと感じた。その日の夕方、無事に家へ帰ることができた。大好きなソーダを飲まれ「やっぱり家はいいな」と、笑顔で話をされた。その数時間後、奥様に見守られ息をひきとられた。忘れることのできない看とりだった。 2025年1月投稿 「最期の希望 本人・家族の思いに寄り添う訪問看護」 肺がん末期で食事制限をされていた70代男性が「自分の事は自分で決める」と、最期まで意思を貫き好きな物を食べながら過ごしたエピソード。 肺がん末期の状態で、イレウスを繰り返す70代男性。妻と二人暮らし。「何もするな。延命治療はしたくない」と、退院を希望し訪問看護を紹介される。入院中は24時間点滴をし、食事制限があった。スープ類を少々楽しむ程度を許可されていた。退院早々に、塩ラーメンを食べて焼酎を飲む。家族は「言い出すと聞かないからしかたないです」と話し、本人は「食べれんのはストレス、嫌だ。自分の意思に任せて、自分のことは自分で決める。仏壇に供えられても死んだら食べれん、生き地獄」と、話す。だが、妻は「せっかく退院したのに。また入院になるのか心配」。本人と妻の思いに耳を傾け、食事の工夫を相談したり、看護師と信頼関係を築きながら調整したりすると、徐々に受け入れてもらえる。しかし、恐れていたイレウスになり、数日後には緊急入院。 本人の希望である“生まれ育った自宅に帰りたい”という思いに関係機関と連携して寄り添った。家族のケアをしながら、亡くなる数日前まで好きな物を食べては吐きながら過ごした。本人の意思を貫き、最期まで住み慣れた自宅で支援をした。 2024年12月投稿 「新婚50年」 肺がん末期で余命宣告を受けた男性が、泣き崩れる奥様と訪問看護の支援で穏やかに旅立ったエピソード。 「まさか今回の肺炎の入院で、一気に終末期状態へ突入するとは思わなかった。抗がん剤を始めて1年も経っていないのに…」朗らかで外交的。奥様と2人だけの楽しく豊かな人生を歩んできた男性は、肺がんの診断後、間質性肺炎の急性増悪もあり、酸素投与が必要な状態となりました。それまでは自分で車を運転し、奥様と一緒に受診し、治療の後は美味しい食事を楽しんで帰る――ごくごく平穏な毎日でした。この入院を機に余命宣告を受け、奥様は泣き崩れるばかり。片付けをしても何をしても涙があふれ、本人は「1日も早く帰りたい」と、夫婦2人で退院日を決めてしまうほどでした。退院カンファレンスでは、予定よりも早い退院を希望されたので、全員がザワつき、手配していたヘルパーや訪問診療医の日程も調整が困難な状況。状態が状態なだけに、訪問診療のバックアップなしでの退院は、医療関係者みんなが不安をもらしました。希望する日に退院したとしても、すぐに訪問診療医が介入できない状況だったのです。それならば、訪問看護でお引き受けしましょう!退院から2日間は、訪問診療医より症状が悪化した際と酸素流量の詳細な指示をいただき、無事退院しました。あらゆる支援を2日間で濃密に提供し、彼らしい笑顔とユーモアが回復していきました。どこに行っても「新婚50年」と、言って周りを和ませる彼は、退院して4日目の早朝に旅立ちました。旅立つ前夜は、美味しいアイスを夫婦で召し上がったそうです。 2024年12月投稿 「元気になって」 100歳を超えて看取りのために自宅に戻ったAさんが、日に日に元気になり食欲も出て歩き出し、3年以上経った今も元気に過ごしているエピソード。 Aさんとの出会いは“自宅で最期を迎えさせてあげたい”という家族の思いがきっかけでした。病院や施設での生活を経て、食欲もなく年齢も100歳を超えていたAさん。しかし、帰ってくると日に日に元気になりました。食欲も出てきて、歩き出しトイレに行くこともできるようになりました。「シャワーを浴びたい」との本人の希望で、週2回のシャワー浴が始まりました。良く食べて良く話しました。びっくりするくらい元気になり、時々昼夜逆転していることもありました。看取りのはずだったAさんは、あれから3年以上元気に過ごしています。我がステーションの最高齢!いつまでも元気でいて欲しいです。 2024年12月投稿 利用者さんの前向きな姿勢や人生の歩みは、関わる訪問看護師だけでなく読者にまで元気や力を与えてくれます。あらためて、訪問看護師と利用者さんの関係は共鳴するのだと考えさせられます。 編集: NsPace編集部

表皮水疱症の医療費助成制度&学校生活における支援【特別トークセッション 第2回】
表皮水疱症の医療費助成制度&学校生活における支援【特別トークセッション 第2回】
インタビュー
2026年7月28日
2026年7月28日

表皮水疱症の医療費助成制度&学校生活における支援【特別トークセッション 第2回】

表皮水疱症の治療・療養を継続していくためには、社会保障制度の活用が不可欠です。本連載では、自家培養表皮移植による再生医療を行う蒲郡市民病院の医師、皮膚・排泄ケア認定看護師、高校2年生の当事者・山崎璃斗さんとお母様をお迎えしたトークセッションの内容をお届けしています。第2回のテーマは、医療費助成制度や学校生活についてです。 久保 良二(くぼ りょうじ)先生蒲郡市民病院 皮膚科 部長。日本専門医機構認定皮膚科専門医。専門領域は乾癬、白斑、褥瘡。名古屋市立大学医学部臨床准教授、蒲郡市民病院特定認定再生医療等委員会委員。藤田 順子(ふじた じゅんこ)さん蒲郡市民病院 看護部/皮膚・排泄ケア特定認定看護師。山崎璃斗さんの同院での初めての手術をきっかけに介入を開始。 山崎 璃斗(やまざき りと)さん栄養障害型表皮水疱症の当事者。現在はS高等学校(通信制)の2年生。幼少期より皮膚や粘膜の脆弱性に伴う広範な創傷や、関節の拘縮(屈曲変形)などの症状を抱えながら療養を継続。2020年より蒲郡市民病院にて自家培養表皮による再生医療を複数回受けている。山崎 奈美(やまざき なみ)さん璃斗さんの母 / 看護師・DebRA Japan(表皮水疱症友の会)所属。璃斗さんの誕生直後から日々の洗浄・ガーゼ処置・栄養管理を担ってきた。最新の知見を集めながら、在宅ケアを実践。救命救急受付の仕事に就いている。取材協力蒲郡市民病院株式会社ジャパン・ティッシュエンジニアリング(J-TEC) ※本文中一部敬称略※本記事は、2026年6月4日時点の情報をもとに構成しています。 指定難病制度・医療費助成の実際 ――表皮水疱症の治療・療養に欠かせない社会保障制度について教えてください。 久保: まず、指定難病制度やお子様の場合は自治体の小児医療費助成制度などが代表的な保障制度になるかと思います。表皮水疱症の患者様は全国で500~1,000名程度と言われていますが、重症度によっては指定難病制度の医療費助成の対象にならないケースもあり、その場合は自己負担が大きくなります。また、使い勝手が良く、ぜひ在宅で使っていただきたい被覆材が現行の制度では処方できないこともあり、そういった部分も改善されていくと良いと思います。 山崎(母): ガーゼ類は診療報酬で上限1,000点(1万円分)と決まっていて、被覆材は上限なしなんですが、実際にはガーゼがその点数分では収まらない現実もあります。 ※表皮水疱症患者等に対しては「在宅難治性皮膚疾患処置指導管理料(C114)」が設けられており、ガーゼ等の衛生材料費が含まれる。 でも、璃斗が幼いころは被覆材もすべて自費でしたし、東京の特定の病院でしか手に入らないものがあって、東京に住む親族に大きな病院で取り寄せて買ってもらう…ということもしていました。今は資材がかなり手に入りやすくなり、保険適用範囲も広がっているので助かっています。今は小児医療費助成制度も使えるので、本当にありがたいですね。 暮らしの中で積み重なる経済的負担 ――医療費以外の「見えにくいコスト」にはどのようなものがあるでしょうか。 藤田: お母様から「今住んでいる地域では、車椅子が借りられなかった」と伺ったときは驚きました。当時、璃斗さんにとって車椅子は必要不可欠なものだったので、そういった支援がいきわたると良いと思っています。 山崎(母): そうですね。車椅子は15万円程度かけて用意しました。当時は再生医療も何もやっていない時期で、皮膚から栄養も出て行ってしまうので鉄分が全然足りなくて貧血がひどく、輸血ぎりぎりの状態でした。すごく疲れやすく、熱も出やすくて、足もうまく伸ばせないので、どこか行くにも車椅子がないと無理でした。でも、「障害」と認定されるほどではないため車椅子の貸し出しや助成金などは出ないという状況だったんです。 あとは、皮膚を掻くことを抑制するための装具をつけていたこともあるのですが、これも保険適用にはならなかったので、数万円単位の自己負担が発生する…ということもありましたね。 在宅療養がご本人・ご家族にもたらす変化 ――保育園や学校での生活についてはいかがでしたか。印象的に残っているエピソードも教えてください。 山崎(母): 自家培養表皮移植手術をするまでは歩行がうまくできなかったので、特別支援学校への進学も考えたのですが、最終的にはなんとか地域の保育所や小・中学校の特別支援学級に通学することができました。我ながら、毎日の送り迎えを、よくやりきったなぁと思います。 保育園時代は、慣らし保育を半年程度行いながら、受け入れてくださって、ありがたかったです。給食も、食材を細かくカットしながら、みんなと同じものを食べさせてくださいました。ただ、おやつについてはおせんべいなどを食べると口の中が切れてしまうので、別メニューのことが多かったです。本人が「僕だけいつもバウムクーヘンだ!」と怒っていることもありましたね…。 あとは、中学校で反抗期にさしかかったときに親子喧嘩をして、「もう歩いて自分で帰りなさい」と言ってしまったこともありました。結局ゆっくり歩く璃斗の後ろからついていっていたのですが(笑)。 璃斗: 保育園の時のことは覚えていませんが…中学校のときに徒歩で帰ったときは、いつもと違って友達と一緒に帰れたので、僕としては楽しい思い出です(笑)。 ――ご本人は楽しかったんですね! お友達と遊ぶときなどに気を付けていたことはありますか? 璃斗: 小学校のときは、積極的に動く子が多いのであまり近づけなくて、基本的に1人で遊んでいることが多かった記憶があります。 山崎(母):年齢的にまだ加減のわからないお子さんもいるし、中には多動傾向にあるお子さんもいるので、先生方も苦労して守ってくださいました。それでも、集団生活ですから誰かに押されたり、物を投げられたりして怪我をすることはあります。普通の子なら怪我に至らないようなケースでも、この子の場合は出血を伴う大怪我になってしまうので、相手の子や先生もショックを受けますし、本人も当然痛いです。 だから「自分から距離を取りなさい」と教え込んできました。なので、急に誰かが動いたときにぶつからないように集団から少し離れたり、階段も最後に登ったり、といったことを今では自然に自分でやるようになっています。 ――中学校に上がってからはいかがでしたか? 璃斗: 中学では、病弱・身体虚弱特別支援学級に3人しか生徒がいなかったんですよ。だからその子たちとはすごく仲が良くなって、教室でトランプとかをして遊んでいました。 山崎(母): 中学校では、璃斗が他の生徒と物理的な距離をとれるように大きなサイズの机を作ってくださったんです。他の子に必要なオストメイト対応トイレも用意されていましたし、とても手厚かったです。校長先生が毎朝送り迎えの時に声をかけてくれたり、何かあれば教頭先生や主任の先生がしっかりお話を聞いてくれたりと、本当にありがたかったですね。 ――現在は通信制のS高等学校2年生とのことですが、現在の生活やお友達との関わりについてはいかがですか? 璃斗: 中学の同級生とも仲が良かったですが、人数が少なかったので、友達付き合いは今の方が断然多いです。チャットアプリで思いついたことを気軽に話したり、アバターをつくってVRChatしたりしています。「いつ見ても接続中だな」という人もいますし(笑)、時間を気にせず遊んでいます。 ――オンラインでいつでも繋がれる環境だからこそ、以前よりもお友達付き合いが増えているんですね。ありがとうございます。 次回は、表皮水疱症の「食事と栄養管理」の実際について、お話を伺っていきます。 取材・執筆・編集: NsPace編集部 【参考】〇難病情報センター「表皮水疱症(指定難病36)」https://www.nanbyou.or.jp/entry/53382026年7月17日閲覧〇今日の臨床サポート「c114在宅難治性皮膚疾患処置指導管理料」https://clinicalsup.jp/jpoc/shinryou.aspx?file=ika_2_2_2_1/c114.html2026年7月17日閲覧

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