記事一覧

表皮水疱症 在宅ケアの実際と医療者に求められる視点【特別トークセッション 第1回】
表皮水疱症 在宅ケアの実際と医療者に求められる視点【特別トークセッション 第1回】
インタビュー
2026年7月21日
2026年7月21日

表皮水疱症 在宅ケアの実際と医療者に求められる視点【特別トークセッション 第1回】

わずかな摩擦で全身に水疱や創傷が生じる指定難病「表皮水疱症」。地域での対応経験がある訪問看護師は少なく、在宅療養への介入に不安を抱くケースも少なくありません。本連載では、自家培養表皮移植による再生医療を行う蒲郡市民病院の医師、皮膚・排泄ケア認定看護師、高校2年生の当事者・山崎璃斗さんとお母様をお迎えしたトークセッションの模様を全4回でお届けします。第1回は、病院と在宅での視点の違いや、家庭での処置に関するお話です。 久保 良二(くぼ りょうじ)先生蒲郡市民病院 皮膚科 部長。日本専門医機構認定皮膚科専門医。専門領域は乾癬、白斑、褥瘡。名古屋市立大学医学部臨床准教授、蒲郡市民病院特定認定再生医療等委員会委員。 藤田 順子(ふじた じゅんこ)さん蒲郡市民病院 看護部/皮膚・排泄ケア特定認定看護師。山崎璃斗さんの同院での初めての手術をきっかけに介入を開始。 山崎 璃斗(やまざき りと)さん栄養障害型表皮水疱症の当事者。現在はS高等学校(通信制)の2年生。幼少期より皮膚や粘膜の脆弱性に伴う広範な創傷や、関節の拘縮(屈曲変形)などの症状を抱えながら療養を継続。2020年より蒲郡市民病院にて自家培養表皮による再生医療を複数回受けている。 山崎 奈美(やまざき なみ)さん璃斗さんの母 / 看護師・DebRA Japan(表皮水疱症友の会)所属。璃斗さんの誕生直後から日々の洗浄・ガーゼ処置・栄養管理を担ってきた。最新の知見を集めながら、在宅ケアを実践。救命救急受付の仕事に就いている。取材協力蒲郡市民病院株式会社ジャパン・ティッシュエンジニアリング(J-TEC) ※本文中一部敬称略※本記事は、2026年6月4日時点の情報をもとに構成しています。 自家培養表皮移植を機に蒲郡市民病院へ ――2020年、璃斗さんが小学校5年生のタイミングで、蒲郡市民病院での自家培養表皮移植をスタートされたと伺っています。当時のことを教えてください。 久保: 2019年から表皮水疱症に対する自家培養表皮移植が保険適用になっており、そのタイミングで主治医の先生からご紹介いただきました。 表皮水疱症は、日常生活のなかで皮膚に加わるごくわずかな摩擦や刺激によって、全身に水疱(水ぶくれ)や創傷ができてしまう遺伝性の希少疾患です。ただし、同じ「表皮水疱症」でも、皮膚の表面のみの軽いタイプから重症なタイプまでさまざまで、患者様によって症状が大きく異なります。 私も大学の専門外来で1年ほど表皮水疱症の患者様を診ていたことがありますが、当時は再生医療がありませんでしたし、症状としても軟膏を塗布して被覆材をお渡しすることに留まることがほとんどでした。璃斗くんのように、全身のガーゼを外して診る機会は初めてだったので、普段の処置のしかたについて、お母様から教えていただいた側面が大きいですね。 藤田: 私にとっては、璃斗くんは本当に初めて担当させていただく表皮水疱症の患者様でした。知識としては知っていても、どうすれば上手にケアできるのか、いちから検討する必要がありました。事前に株式会社ジャパン・ティッシュエンジニアリング(J-TEC)(※)の担当者の方が勉強会なども開いてくださいましたが、私も璃斗くんとお母様の「お家ではこうやっていたんだよ」というお話が大変勉強になり、ケアの土台になりました。お母様や璃斗さんとの関係性なくしては、ケアが成り立たなかったと思っています。 ※愛知県蒲郡市に本社を置く再生医療製品メーカー ――症例が少なく、患者様によって大きく症状も異なるため、ご家族からの情報や良好な関係性が不可欠だったのですね。 日々の処置に数時間。表皮水疱症 在宅ケアの実際 ――ご自宅でのケアも、相当なご負担があると伺っています。実際のところはいかがでしょうか。 山崎(母):小さいころは、処置にとても時間がかかりました。特に、2020年ごろまで使っていた被覆材は、体液を吸い込むと皮膚にくっついて固まってしまうものだったんです…。そのため、ふやけて剥がれるまで湯船に浸かって待つんですが、長く浸かりすぎると、自分の皮膚までふやけて症状が悪化してしまうため、バランスを取るのが難しかったですね。被覆材が取れたら皮膚を乾かして、また全身にガーゼをつける。そんなことをしていると、大体3~4時間はかかっていました。 ――そうだったのですね。璃斗さんご本人の負担も相当なものだったかと思います。 璃斗: そうですね。小学校高学年のときに初めて自分で処置をしてみたんですが、背中などがうまく洗浄できていないと熱が出てしまって、それも大変でした。今は被覆材も変わり、当時より早く処置できるようになりましたが、2時間ほどはかかります。 山崎(母): 最近も高校の行事があったのですが、宿泊場所のお風呂は使えないので、別のホテルを一部屋取りました。限られた時間のなかで、私や夫も手伝いながら急いで必死に処置をしてなんとか1時間半というところでしたが、集団生活に参加しようとするとそういった対応も必要になりますね。 ――ご自宅の環境面で気を付けていらっしゃることはありますか? 掃除に気を遣いますね。どうしても痒みから皮膚を掻きむしってしまうので、落屑の量がとても多いんです。粘着クリーナーやハンドクリーナー、掃除機などを使って、こまめに対応しています。 医療者は普段処置している患者様・ご家族の声を大事に ――訪問看護師を含め、これまで表皮水疱症の対応経験がない医療者が介入する際、どのような心がけや視点が必要だと思われますか。 久保: 表皮水疱症の患者様は皮膚に被覆材をたくさんつけていますが、あれを剥がす時はとっても痛いんですよ。ですから、医療者主導で処置をしようと思っても、最初から思ったようにはできません。まずは患者様ご本人や、普段処置をされているご家族のお話が何よりも重要で、しっかりお話を伺ったうえで対応していくことが大切だと思います。 山崎(母): そうですね。私は医療従事者だったので、深い傷にもなんとか対処できる知識が最初からありましたが、一般の方が見たら驚くような傷の深さなんですよね。 看護師さんであっても、事前知識がないと驚いてしまうかと思います。今でもよく覚えていますが、璃斗が産まれたとき、外にでてきた瞬間からどんどんと皮膚が剥がれ落ちていって、産着も着せることができず、ただ裸で置かれて、泣き続けていました。ミルクを飲ませようと思ったら、その刺激で口の中が剥けてしまい、ガーゼを貼ろうとしたらその刺激でまた剥ける…。看護師さんたちもどうしたらいいかわからなかったわけです。 今はネットでさまざまな情報が手に入るので、表皮水疱症について知ってほしいですし、久保先生のおっしゃるように、ご家族とも話し合いをして進めていただけたらと思います。 藤田: 璃斗くんが自家培養表皮移植で入院する際も、どうやって入院中に清潔を保てばいいか、お母様にもさまざまなものを用意いただきながら、試行錯誤していきましたよね。症状や状態によってケースバイケースなので決まった「正解」は最初から見えず、話し合いながら模索していくことも必要だと思います。 ――ありがとうございました。第2回では、こうした療養生活を支えるための制度や、学校生活での工夫について伺っていきます。 取材・執筆・編集: NsPace編集部 【参考】〇難病情報センター「表皮水疱症(指定難病36)」https://www.nanbyou.or.jp/entry/53382026年7月17日閲覧〇株式会社ジャパン・ティッシュエンジニアリング(J-TEC)「適応対象:栄養障害型表皮水泡症及び接合部型表皮水泡症」https://www.jpte.co.jp/customers/medical/JACE/blisters/index.html2026年7月17日閲覧

「新幹線で転院したい」と言われたら? 新幹線搬送は「乗るまでの準備」が9割
「新幹線で転院したい」と言われたら? 新幹線搬送は「乗るまでの準備」が9割
コラム
2026年7月21日
2026年7月21日

「新幹線で転院したい」と言われたら? 新幹線搬送は「乗るまでの準備」が9割

もし受け持ち患者様から「新幹線で遠方の病院へ転院したい」と相談されたら、あなたはすぐに具体的なイメージが湧きますか? 車両での長時間移動に比べ、患者様の身体的負担を抑えられる新幹線ですが、その裏には一般の乗車とは全く異なる緻密な事前調整が存在します。今回は、新幹線搬送のリアルな実務と、安全な移動を支える民間救急の役割を解説します。 執筆:藤 健二郎(とう けんじろう)社会人経験を経て看護師となり、済生会福岡総合病院の救命救急センターで勤務。重症患者の看護に従事した後、大学院で看護師のストレスに関する研究を行い、急性・重症患者看護専門看護師を取得。現在は東京女子医科大学病院CCUでの臨床と並行し、ケアプロ株式会社 交通医療事業部長として、重症患者搬送や外出支援など「医療×移動」の分野で事業を展開している。■ケアプロ株式会社「ドコケア」:https://dococare.com/transport民間救急とは?緊急性の低い患者の搬送を行う民間サービスのこと。多くは、消防庁の認可を受けて「患者等搬送事業(一般乗用旅客自動車運送業)」を行っている。 長距離搬送では、新幹線という選択肢がある 前回までは、民間救急の役割や、重症患者様の搬送事例について紹介してきました。今回は、長距離搬送の中でも、”新幹線”を利用した搬送についてお伝えします。 遠方の病院や施設へ移動する場合、車両だけで長時間移動する方法もありますが、患者様の状態によっては、新幹線を利用した方が身体への負担を抑えられることがあります。 一方で、新幹線搬送は、通常の乗車とは大きく異なります。寝たきりの患者様や、人工呼吸器、吸引器、酸素などの医療機器を使用している患者様の場合、ただ切符を取ればよいわけではありません。 多目的室の確保、車椅子スペースの予約、車椅子やストレッチャーのサイズ確認、駅構内の動線確認など、事前に確認すべきことが数多くあります。 また、新幹線チケットは電話だけで完結しづらく、乗降場所の管轄駅との調整も必要であり、実務上は直接駅へ行く方が早いケースが多いです。 新幹線搬送は、チケット手配から動線確認まで調整が続く 新幹線搬送でまず重要になるのが、座席やスペースの確保です。車椅子の方であれば車椅子スペース、横になった状態での移動が必要な方であれば多目的室の利用を検討します。ただし、多目的室は誰でも自由に使える場所ではなく、利用には事前の相談や調整が必要です。 また、車椅子で乗車する場合も、車椅子の幅や奥行き、リクライニングの有無によって、乗車可能かどうかや必要なスペースが変わります。そのため、患者様の状態だけでなく、使用する車椅子やストレッチャー、医療機器のサイズまで確認しておく必要があります。 さらに、乗車駅と降車駅の選定も重要です。新幹線の停車時間は限られています。特に寝たきりの方や人工呼吸器を使用している方では、途中駅から乗車したり、途中駅で降車したりすることが難しい場合があります。 東京駅などの始発駅から乗車し、目的地側でもできるだけ終点や主要駅を選ぶことで、乗降に必要な時間を確保しやすくなります。 「移動できる状態」をつくることが、民間救急の役割 新幹線搬送では、病院から駅まで、駅構内、新幹線車内、到着駅から搬送先まで、いくつもの場面をつなぐ必要があります。 出発病院での準備、駅までの介護タクシー、駅構内の移動、新幹線への乗車、車内での観察、到着後の介護タクシー、受け入れ先への引き継ぎ。そのどこか一つでも調整が不十分だと、安全な搬送は成立しません。 また、長距離移動では、患者様の状態変化にも備える必要があります。基礎疾患、ADL、嚥下、排泄、認知機能、夜間の状態、せん妄歴などを事前に把握し、緊急時の連絡先や受診先、診療情報提供書の準備を確認することが重要です。 新幹線搬送は、単に新幹線に乗る搬送ではありません。 患者様の状態、医療機器、駅の構造、車両設備、乗降時間、到着後の移動手段までを一つひとつ確認し、「安全に移動できる状態」をつくる仕事です。 私たちはこれからも、患者様とご家族の希望を大切にしながら、医療と移動をつなぐ長距離搬送を丁寧に支えていきます。

血尿スケールとは?尿色観察の基本
血尿スケールとは?尿色観察の基本
コラム
2026年7月21日
2026年7月21日

血尿スケールとは?尿色観察の基本

血尿スケールとは、肉眼で確認できる血尿の程度を、尿の色で段階的に評価するための目安です。訪問看護や介護の現場では、利用者さんの尿の色が「いつもより赤い」「茶色っぽい」といった変化に気づくことがあります。 血尿は一時的な体調変化でみられることもありますが、尿路感染症、尿路結石、腎臓や膀胱の病気などが関係している場合もあります。そのため、色の変化だけで判断せず、痛みや発熱、排尿状態などもあわせて観察することが大切です。この記事では、血尿スケールの見方や観察ポイント、医師へ報告する際の注意点を解説します。 血尿スケールとは 血尿スケールとは、尿に血液が混じっている可能性があるときに、尿の色を段階的に確認するための視覚的な目安です。一般的には、肉眼で確認できる血尿を、淡いピンク色から濃い赤色、茶褐色に近い色まで、5〜6段階で評価します。NsPaceの用語集でも、血尿スケールは肉眼的血尿の程度を色によって分類する視覚的基準として説明されています。 血尿には、大きく分けて「肉眼的血尿」と「顕微鏡的血尿」があります。肉眼的血尿は、尿の色の変化として目で確認できる血尿です。一方、顕微鏡的血尿は見た目では分からず、尿検査で確認される血尿です。訪問看護や介護の現場で気づきやすいのは、尿の色が赤い、ピンク色、茶色っぽいなどの肉眼的な変化です。 血尿スケールの見方 血尿スケールは、施設や資料によって段階の分け方が異なる場合があります。ここでは、在宅ケアの現場で観察しやすいように、6段階の目安として整理します。 段階尿の色の目安観察のポイント1段階淡いピンク色少量の血液混入が疑われる2段階やや濃い赤色血尿がはっきり分かる3段階明るい赤色早めの報告を検討する4段階濃い赤色・暗赤緊急性が高い可能性がある5段階鮮血に近い赤色出血量が多い可能性がある6段階茶褐色・黒っぽい色古い血液や別の異常も考える 血尿スケールは、尿の色を客観的に伝えるための補助的な指標です。色が濃いほど注意が必要ですが、色だけで重症度を決めることはできません。血尿が少量でも、初めてみられた場合や症状を伴う場合は、医療職へ相談することが望ましいとされています。 血尿で確認したい症状 血尿を見つけたときは、尿の色だけでなく、ほかの症状もあわせて確認します。特に、以下のような症状がある場合は注意が必要です。 排尿時の痛み 頻尿 残尿感 発熱 腰や背中の痛み 下腹部痛 尿量の減少 血の塊が混じる 尿が出にくい 転倒や打撲後の血尿 血尿の原因には、尿路感染症、尿路結石、腎臓の病気、膀胱の病気、外傷、激しい運動などさまざまなものがあります。血尿は軽視せず、原因の確認につなげることが大切です。 また、赤っぽい尿が必ずしも血尿とは限りません。薬剤やビーツ、ルバーブなどの食品によって尿が赤く見えることもあり、血液による色の変化か判断しにくい場合があるため、確認を受けることが大切です。 在宅での観察ポイント 訪問看護や介護の現場では、利用者さんの普段の尿の色や排尿パターンを知っておくことが大切です。急な変化があった場合は、血尿スケールの段階だけでなく、「いつから」「どのくらい」「どのような症状を伴うか」を確認します。 たとえば、以下のように観察します。 「本日朝から尿が淡いピンク色。排尿時痛なし。発熱なし。尿量は普段と同程度。血尿スケール1段階程度。」 「訪問時、尿が暗赤色。血の塊あり。下腹部痛を訴える。尿が出にくい様子あり。血尿スケール4段階程度。」 このように記録すると、医師や看護師に状況を共有しやすくなります。特に、尿の色が急に濃くなった場合、血の塊がある場合、痛みや発熱を伴う場合、尿が出にくい場合は、早めに医師へ報告することが望ましいです。 医師へ報告するときの内容 血尿がみられたときは、以下の内容を整理して報告すると、状態が伝わりやすくなります。 血尿に気づいた日時 尿の色と血尿スケールの目安 血の塊の有無 排尿時痛や頻尿の有無 発熱の有無 腰背部痛や腹痛、叩打痛の有無 血圧・脈拍・SpO2 尿量の変化 転倒や打撲の有無 服薬状況 既往歴 水分摂取量 普段の尿色との違い 血尿は、症状が軽く見えても原因の確認が必要な場合があります。尿がピンク、赤、茶色に変化した場合は、医師に相談した方がよいです。 血尿スケールを使うときの注意点 血尿スケールは便利な目安ですが、診断を行うためのものではありません。尿の色は、採尿容器の色、照明、水分摂取量、薬剤、食品などの影響を受けることがあります。また、茶色っぽい尿は血尿以外に、ミオグロビン尿やビリルビン尿などが関係する場合もあります。尿色の異常には複数の原因があるため、尿検査などで確認することが重要です。 在宅では、無理に原因を判断するのではなく、利用者さんの状態を具体的に観察し、必要に応じて医師や看護師につなぐことが大切です。 まとめ 血尿スケールは、尿に血液が混じっている可能性があるときに、尿の色を段階的に把握するための目安です。訪問看護や介護の現場では、尿の色の変化を早く見つけ、普段との違いを具体的に記録することが重要です。 ただし、血尿スケールだけで重症度や原因を判断することはできません。排尿時の痛み、発熱、腰痛、血の塊、尿が出にくいなどの症状がある場合は、早めに医師へ報告しましょう。血尿の観察では、「色」「量」「症状」「経過」をセットで確認することが、利用者さんの安全を守るために役立ちます。 監修:飛鳥馬 沙耶(あすま さや)/訪問看護ステーション 管理者HCU・高度急性期病棟にて約6年間、循環器・心臓外科・脳外科領域を中心とした急性期看護に従事。2023年より訪問看護ステーションの管理者として、在宅医療の現場に携わる。専門領域は、訪問看護・在宅医療、急性期看護。 【参考文献】 NsPace:「血尿スケール」.https://www.ns-pace.com/glossary/hematuria-scale/2026/7/17閲覧 NHS:「Blood in urine」.https://www.nhs.uk/symptoms/blood-in-urine/2026/7/17閲覧 Mayo Clinic:「Blood in urine(hematuria)」.https://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/blood-in-urine/symptoms-causes/syc-203534322026/7/17閲覧 Cleveland Clinic:「Hematuria」.https://my.clevelandclinic.org/health/diseases/15234-hematuria2026/7/17閲覧 PMC:「Diagnostic Approach to Abnormal Urine Colors」.https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC12066962/2026/7/17閲覧 日本感染症学会:「腎盂腎炎(Pyelonephritis)|症状からアプローチするインバウンド感染症への対応」.https://www.kansensho.or.jp/ref/d32.html2026/7/17閲覧

GCS(グラスゴー・コーマ・スケール)とは?意識レベル評価の基本
GCS(グラスゴー・コーマ・スケール)とは?意識レベル評価の基本
特集
2026年7月14日
2026年7月14日

GCS(グラスゴー・コーマ・スケール)とは?意識レベル評価の基本

訪問看護の現場において、利用者さんの意識レベルに変化があったとき、そのことを客観的に評価することは重要です。この記事では、GCSの基本的な考え方や評価項目、JCSとの違い、訪問看護師が意識状態を観察するときのポイントを解説します。 GCSとは GCSとは、Glasgow Coma Scale(グラスゴー・コーマ・スケール)の略称です。意識レベルを評価するためのスケールで、主に頭部外傷や脳血管障害など、意識状態の変化が重要になる場面で用いられます。 GCSでは、以下の3つの反応を確認します。 E:Eye opening/開眼反応 V:Verbal response/言語反応 M:Motor response/運動反応 それぞれの項目に点数をつけ、合計点で意識レベルを評価します。合計点は3〜15点で、点数が高いほど意識状態が良好で、点数が低いほど意識障害が強いと判断されます。 GCSの評価項目 GCSは、単に「起きているか」「眠っているか」だけを見るものではありません。開眼反応、会話の成立、指示への反応などを分けて確認することで、意識状態をより具体的に把握します。 E:開眼反応 開眼反応では、利用者さんがどのような刺激で目を開けるかを確認します。 点数状態4点自発的に開眼する3点呼びかけで開眼する2点痛み刺激で開眼する1点開眼しない 普段から目を開けて会話できる方が、呼びかけても目を開けにくい場合は、意識レベルの低下が疑われます。ただし、眠気、薬剤の影響、疲労、視覚障害などが関係することもあるため、普段の状態との違いを確認することが大切です。 V:言語反応 言語反応では、会話の内容や受け答えの適切さを確認します。 点数状態5点見当識がある4点混乱した会話がある3点不適切な発語がある2点意味のない発声がある1点発語がない 「今日は何月何日か」「ここはどこか」「名前を言えるか」などを確認し、受け答えが状況に合っているかを見ます。会話ができていても、話の内容がかみ合わない、急に混乱が強くなった、言葉が出にくいなどの変化がある場合は注意が必要です。 M:運動反応 運動反応では、指示に対して体を動かせるか、刺激に対してどのような反応があるかを確認します。 点数状態6点指示に従って動く5点痛み刺激の部位に手を持っていく4点痛み刺激から逃げるように動く3点異常な屈曲反応がある2点異常な伸展反応がある1点反応がない 運動反応は、GCSの中でも重症度の判断に関わる重要な項目です。たとえば「右手を握ってください」「足を動かしてください」といった簡単な指示に反応できるかを確認します。痛み刺激を用いる評価は、医療職が状態や安全性を確認したうえで行う必要があります。 GCSの点数の見方 GCSは、E・V・Mの点数を合計して評価します。たとえば、開眼反応が4点、言語反応が5点、運動反応が6点であれば、合計は15点です。記録するときは、合計点だけでなく、各項目の内訳も書くことが大切です。例:GCS 15点(E4V5M6)例:GCS 10点(E3V3M4)合計点だけでは、どの反応が低下しているのか分かりにくい場合があります。同じ10点でも、言語反応が低いのか、運動反応が低いのかによって、状態の捉え方が変わります。そのため、GCSは合計点とあわせて、E・V・Mの内訳を伝えることが重要です。GCSの公式資料でも、合計点だけでなく開眼・言語・運動の3要素をそれぞれ報告することの重要性が示されています。 GCSとJCSの違い 日本の医療現場では、GCSとあわせてJCS(Japan Coma Scale)が使われることもあります。JCSは、日本で広く用いられている意識レベルの評価法で、刺激に対する覚醒の程度を数字で表します。一方、GCSは開眼、言語、運動の3つの反応をそれぞれ点数化します。そのため、JCSよりも評価項目が細かく、意識状態の変化を具体的に共有しやすいという特徴があります。ただし、GCSは評価に慣れが必要です。とくに訪問看護の現場では、利用者さんのもともとの認知機能、発語の状態、麻痺の有無、難聴、失語、気管切開の有無などによって、正確に評価しにくいことがあります。その場合は、無理に点数化するのではなく、「普段と比べてどう違うか」を具体的に記録することが大切です。 訪問看護の現場で観察したいポイント 訪問看護の現場では、GCSの点数をつけること自体が目的ではありません。大切なのは、利用者さんの普段の状態を知ったうえで、変化に早く気づくことです。 たとえば、以下のような変化がある場合は注意が必要です。 呼びかけへの反応が鈍い 目を開けにくい 会話がかみ合わない 急にぼんやりしている 手足の動きに左右差がある いつもできる指示に従えない 強い頭痛、嘔吐、けいれんを伴う 転倒後に意識がはっきりしない これらの変化がある場合は、バイタルサイン、転倒や頭部打撲の有無、服薬状況、発熱、脱水、血糖異常の可能性などもあわせて確認します。特に、急な意識レベルの低下や麻痺、ろれつが回らないなどの症状がある場合は、速やかに医師や救急へ相談する必要があります。 GCSを記録するときの注意点 GCSを記録するときは、点数だけでなく、観察した状況も残しておくと情報共有がしやすくなります。たとえば、以下のように記録します。「訪問時、呼びかけで開眼。名前は言えるが、場所の理解があいまい。右手を握る指示には応じる。GCS 13点(E3V4M6)。普段は会話明瞭で見当識あり。」このように書くと、点数だけでなく、普段との違いも伝わります。医師や救急隊へ連絡する際にも、状態の変化を具体的に説明しやすくなります。また、気管切開や挿管などで発語が難しい場合は、言語反応を「発語なし」として1点にするのではなく、評価不能(NT)として扱い、その理由を記録します。あわせて、頷き、首振り、ジェスチャー、筆談などで意思疎通ができるか、指示に応じられるかといった観察内容も残します。たとえば「気管切開中のためVは評価不能(V-NT)。呼びかけで開眼し、頷きで意思表示あり。右手を握る指示に応じる」のように記録すると、点数だけでは伝わりにくい実際の反応を共有しやすくなります。GCSでは、点数そのものだけでなく、評価できなかった理由と、実際に観察できた反応を明確に記録することが重要です。 まとめ GCSは、意識レベルを開眼、言語反応、運動反応の3つに分けて評価する指標です。合計点は3〜15点で、点数が低いほど意識障害が強いと考えられます。訪問看護の現場では、GCSの点数を正確につけることだけでなく、利用者さんの普段の様子との違いを把握することが大切です。呼びかけへの反応、会話の内容、指示への反応などを観察し、急な変化がある場合は早めに医師や救急へ相談しましょう。GCSを理解しておくことで、意識状態の変化をより客観的に伝えやすくなります。訪問看護や介護の現場でも、利用者さんの安全を守るための観察ポイントとして役立つ指標です。 監修:飛鳥馬 沙耶(あすま さや)/訪問看護ステーション 管理者HCU・高度急性期病棟にて約6年間、循環器・心臓外科・脳外科領域を中心とした急性期看護に従事。2023年より訪問看護ステーションの管理者として、在宅医療の現場に携わる。専門領域は、訪問看護・在宅医療、急性期看護。 参考文献 ● StatPearls:「Glasgow Coma Scale」.https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK513298/,2026/5/25閲覧● Glasgow Coma Scale Official Site:「Assessment of Glasgow Coma Scale」.https://www.glasgowcomascale.org/,2026/5/25閲覧● BrainLine:「What Is the Glasgow Coma Scale?」.https://www.brainline.org/article/what-glasgow-coma-scale,2026/5/25閲覧● 日本集中治療医学会J-PADガイドライン作成委員会†「日本版・集中治療室における成人重症患者に対する痛み・不穏・せん妄管理のための臨床ガイドライン」:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsicm/21/5/21_539/_pdf/-char/ja, 2026/07/06閲覧

子育て中も安心して働ける訪問看護~ともろー訪問看護ステーション市沢 山口さんにインタビュー~
子育て中も安心して働ける訪問看護~ともろー訪問看護ステーション市沢 山口さんにインタビュー~
インタビュー
2026年7月14日
2026年7月14日

子育て中も安心して働ける訪問看護~ともろー訪問看護ステーション市沢 山口さんにインタビュー~

ともろー訪問看護ステーション市沢の管理者・山口さんは、急性期病院での経験を経て訪問看護に転身。「じっくり関わりたい」という想いを胸に、訪問看護一筋で25年のキャリアを歩んできました。子育て中のスタッフも安心して働ける環境づくりや、チームで支え合う柔軟な体制を整えるなど、誰もが長く続けられる訪問看護のかたちについてお話を伺いました。 【※本記事はナスキャリが事業所向けに提供している「特集記事掲載サービス」によるものです。取材・撮影・編集はナスキャリが担当しました。】 小学生の頃から看護師に憧れて ―山口さんが看護師を目指したきっかけは、どんなことだったのでしょうか? 「小さい頃から、道を聞かれたり『これ教えてくれない?』と頼まれることが多かったんです。人の役に立つことが自然にできる自分に気づき、将来はそういう仕事をしたいと感じるようになりました。さらに、看護師をしていた叔母2人から『あなたは看護師に向いている』と勧められ、小学生の頃には目標がはっきり固まりました。」 ―卒業後は病院勤務からスタートされたんですよね。 「はい。奨学金の関係もあり、神奈川県の300床規模の病院に就職しました。内科を中心に、皮膚科や整形外科など幅広い診療科で経験を積むことができました。急性期での多忙な毎日を通して、一人ひとりとじっくり関わる時間の大切さを実感し、訪問看護への興味が芽生えました。」 訪問看護で実感した「じっくり関われる喜び」 ―訪問看護を最初に体験されたのは、いつ頃ですか? 「病院を辞める少し前に、ある訪問看護ステーションでアルバイトとして少しだけ入ってみたんです。そうしたら、すごく楽しくて。『これだ!』って思いましたね。利用者さんご本人だけでなく、ご家族にも関われるのが訪問看護の魅力だと思います。チームと連携しながらケアを進める感じが、私にはすごく合っていました」 ―そこから25年、訪問看護一筋で歩んでこられたのですね。 「はい、気がついたらあっという間で!今は本当に、病院より訪問看護のほうが自分には合っているなと感じます。達成感もありますし、“深みにはまった”っていう表現がしっくりきますね」 スタッフと積極的にコミュニケーションをとる山口さん(写真右)。 チーム制と柔軟な働き方で、誰もが働きやすい ―ともろー訪問看護ステーション市沢に入職されたきっかけは? 「前職でも訪問看護をしていましたが、転職を考えていた時に友人から紹介を受けました。平成24年から管理者として勤務し、もう15年近く経ちます。日々の課題はありますが、スタッフ全員が働きやすい環境づくりを第一に考えています」 ―働きやすさのための工夫はありますか? 「昔は完全担当制でしたが、現在は担当を持ちつつもチームで動く体制に変えました。これにより休みが取りやすくなり、利用者さんにとっても『担当が違うから不安』という心配が減ります。月1回のカンファレンスに加え、日常的に訪問帰りに自然と情報共有する文化を大切にしています」 ―子育て中のスタッフへの配慮はどうされていますか? 「多くのスタッフが子育て中なので、お互いに譲り合いながらシフトを組んでいます。基本は平日勤務、土日は休みですが、必要に応じて交代でスポット訪問もします。社用車やユニフォームの貸与、冷蔵庫の飲料常備など、小さな配慮も働きやすさにつながっていると思います。たとえばユニフォームはレンタルで、クリーニング込みです。訪問から帰ってきて、自分たちで洗濯しなくて良いのは助かりますよね」 ―カンファレンスや情報共有は、どのようにされているのでしょうか? 「月に1回は必ずカンファレンスを行っています。それ以外にも、朝や夕方の訪問から戻ってきたタイミングで、自然に相談や報告の会話が飛び交っています。とにかく“話しやすい雰囲気”を大切にしています」 経験豊富なスタッフと多様な症例に挑む ―現在のスタッフ体制を教えてください。 「看護師は約5人、リハビリ職が2人です。訪問リハとの連携もスムーズで、訪問看護と訪問リハビリのセットで依頼も多いです」 ―教育体制も充実していると聞きました。 「はい。新しく入った方には必ずベテランスタッフが同行します。最初は見学からスタートして、徐々にケアの中心を新人さんに移していきます。必要に応じて半年以上の同行期間を設けることもありますし、飲み込みが早い方は早めに独り立ちすることもあります。だからと言って“いきなり一人で訪問する”ってことは絶対にありません。安心して働いてもらえるようにしています」 地域と共に「その人らしい暮らし」を支える ―地域との関わりについても教えてください。 「市沢町では、地域の方向けに月1回体操教室を開いています。うちの理学療法士が講師として参加していて、地域の方とも顔なじみになってきました。“こんにちは〜”って声をかけてもらえるのが嬉しいですね。地域とのつながりが支援の土台になっていると感じます」 ―印象に残っているエピソードはありますか? 「がんのターミナルの利用者さんです。訪問看護を一度終了したのですが、私が気になって時々電話をかけていたんです。独居だったので気になっていて。しばらくは生活できていたようなのですが、ある日から動けなくなってしまったとお話をいただいて、そこから訪問看護を再開したんです。最期の2週間は1日3回訪問するほど濃厚な関わりでした。前日に“ありがとう”って笑顔で言ってくださって…。娘さんが3人いらっしゃって、交代で泊まったりしていました。最初は“入院させたい”という気持ちもあったようですが、最終的には『自宅で看取れてよかった』と言っていただけました」 ―ご本人だけでなく、ご家族の安心も支える役割を担っているんですね。 「その通りです。利用者さんやご家族からSOSを出せる関係を作っておくことも、訪問看護の大切な役割だと思っています」 インタビュアーより 今回お話を伺って、山口さんが25年もの長きにわたり訪問看護の道を歩んでこられた背景には、「一人ひとりにじっくり向き合いたい」という変わらぬ想いがあることを強く感じました。取材中も、笑顔を交えながらスタッフや利用者さんへの気遣いを語る姿が印象的で、「チームで支え合うこと」や「柔軟な働き方」を当たり前のように実現している職場の空気感が伝わってきます。また、地域とのつながりを大切にし、最期のときまでその人らしい暮らしを支えるエピソードからは、訪問看護の奥深さとやりがいを改めて感じました。子育て中の方やブランクのある方でも安心して働ける環境を探している方にとって、山口さんの職場はきっと心強い選択肢になるはずです。 整理整頓された明るい雰囲気の事務所。アースカラーのユニフォームがおしゃれです。 事業所概要 事業所名: ともろー訪問看護ステーション市沢 所在地: 神奈川県横浜市旭区市沢町262-11 NKビル1階 事業所紹介ページ:https://ns-pace-career.com/facilities/16865 この記事を読んで「訪問看護、自分にもできるかも」と感じた方へ 「もっと患者さんと関わりたい」「自分らしい看護を実現したい」そう感じている看護師の方は少なくありません。 ナスキャリナビでは、訪問看護の現場で働く看護師のリアルな声を多数掲載しています。 精神科訪問看護で活躍する看護師の声 未経験から訪問看護を始めた体験談 育児と両立しながら働く現場の実例 各ステーションの教育体制・チーム文化 さらに、キャリアの悩みやモチベーション維持のコツなど看護師として働くうえで役立つ記事も充実。 「自分に合う訪問看護の職場って、どんなところだろう?」そのヒントが、きっと見つかります。 ▶ 他の訪問看護師インタビューを読むhttps://ns-pace-career.com/media/ 記事提供:ナスキャリナビ編集部 NsPace Career

認知症の緩和ケアがよく分かる スピリチュアルペイン、BPSD、末期の苦痛への対応
認知症の緩和ケアがよく分かる スピリチュアルペイン、BPSD、末期の苦痛への対応
特集
2026年7月14日
2026年7月14日

認知症の緩和ケアがよく分かる スピリチュアルペイン、BPSD、末期の苦痛への対応

非がん疾患の患者さんに質の高い緩和ケアを届けるための知識・視点を整理。訪問時のケアの実践につながるヒントをお届けします。今回のテーマは認知症です。東京ふれあい医療生活協同組合 オレンジほっとクリニック 東京都地域連携型認知症疾患医療センター長の平原佐斗司先生に、認知症の緩和ケアにおける課題の中から、スピリチュアルペインへの対応、BPSDのとらえ方、末期認知症の苦痛への支援などを中心に、その考え方や実践のあり方について解説いただきます。 認知症の緩和ケアにおける課題 認知症の緩和ケアアプローチとは、「単に身体的苦痛をとる治療やケアにとどまらず、認知症の行動・心理症状(BPSD)、合併する疾患、および健康問題に対する適切な治療を含む、認知症のすべての治療とケアを意味する」1)と定義されています。ここでいう緩和ケアアプローチとは、緩和ケアに特化していない環境で、日常のケアの中に、緩和ケアの手法や手順を統合するための方法を指します。つまり、在宅で認知症ケアに関わるあらゆる専門職が身に着けておくべき考え方や手法であるといえるでしょう。 わが国における認知症に対する緩和ケアの課題は、以下に示すとおり多岐にわたります。 摂食嚥下障害など食にまつわる課題 末期の肺炎の苦痛に対する緩和ケア 終末期の褥瘡 疼痛など重度から末期の身体的苦痛への対応 合併症・併存症の急性期の痛みや呼吸苦などの苦痛 BPSDとして表出される身体的心理的苦悩への対応 心不全、骨折などの併存疾患のマネジメントと全身管理 うつ、不安、不眠、孤独などの精神的な苦痛への対応 認知症の人がもつスピリチュアルペイン(実存的苦痛)への対応 独居、経済的困窮、セルフネグレクトなど社会的な苦痛への対応 身体拘束を含む医療行為に伴う苦痛への対応や治療負担(treatable burden)への配慮 認知症の人の苦痛の評価法の確立 認知症の告知に伴う苦痛への配慮 本人本位のACP(アドバンスケアプランニング)推進 認知症の人の家族ケア 遺族の悲嘆ケア 経済社会的状況によるケアの格差 など さらに、認知症の緩和ケアのニーズは、2016年から2060年の間に世界で4倍近く、先進国でも3倍以上に増加し、特に日本などの東アジア地域で急増する2)といわれています。このため、ニーズの急増に対応していくことも今後の緩和ケアにおける最大の課題と考えられています。 スピリチュアルペインへの対応 認知症の人の言葉や行動の裏には、その人の心の痛みや苦悩があると理解されるようになり、認知症の人のスピリチュアルペインが注目されています。診断後早期のスピリチュアルペインを和らげることは、緩和ケアの観点からも重要です。 認知症の人は、認知機能の低下による日常生活の失敗から、自尊感情や自己効力感の低下、アイデンティティ(自分が自分らしくあること)の喪失を経験しており、「自己の存在の意味の消滅から生じる苦痛(スピリチュアルペイン)」を感じているのです。 認知症の人のスピリチュアルペインへのアプローチはまだ確立されたものはありませんが、生活障害に対するタイミングのよい支援、その人の視点に立った理解と共感に満ちたコミュニケーション、peer support(同じ立場の方々との交流)などが大切になります。 BPSDを緩和ケアの視点でとらえる BPSDは「本人が現実の世界に適応しようと、もがき苦しんでいる徴候ととらえるべき」と考えられるようになってきています。また、BPSDを認めた認知症の人の3分の2に疼痛が認められ、そのうちのほぼ半数が中等度から重度の疼痛を経験しており、BPSDは認知症の人の病態の変化や苦痛を表すサインであることも少なくありません。 つまり、BPSDの出現や増悪には病態の変化や苦痛の存在、薬物の影響などが要因となっていることが多いため、まずは病態や苦痛のアセスメントが優先されます。BPSDイコール精神科、抗精神病薬という短絡的な対応は厳に慎むべきです。 ご本人のストレスの原因となっている環境を調整するなど非薬物療法を優先させること、その上で薬物療法が必要な場合も、可能な限り安全性の高い薬剤を優先させるといった工夫が必要です。 急性期入院に伴う緩和ケアの視点 認知症の人は、感染症や骨折などの急性疾患を発症しやすく、しばしば入院治療が必要となります。身体合併症を有した認知症の人が急性期病院に入院した場合、疾患に伴う苦痛に加えて、検査や治療に伴う多様な苦痛を経験します。 認知症を有する人は、入院時に2.3~4.7倍せん妄を起こしやすいとされています3)。そして、せん妄発症者の死亡リスクは1.95倍、施設入所リスクは2.4倍で、入院中にせん妄を発症した人の認知症発症リスクは12.52倍に及ぶといいます4)。 また、一般病院に入院した認知症の人、あるいはその疑いがある人の44.5%が何らかの身体拘束を受けています5)。身体拘束は廃用や転倒などの合併症や併存症を生み、認知症の人のADLやQOLを低下させます。 このような入院の害(入院関連機能障害)を考え、急性期においては、まず不要な入院を避け、可能であれば暮らしの場で治療を継続できるようにすることが必要です。仮に急性期に入院治療を行う場合も、身体拘束最小化に取り組んでいる医療機関、治療よりもケアの質がよい医療機関を選択することが大切になります。 末期認知症の人の苦痛評価 アルツハイマー型認知症(AD)の人の疼痛の感受性に関するメタアナリシスなどから、認知症の人も強い苦痛を感じている6)ことが明らかになっています。つまり、重度認知症の人は、痛みを表現することが困難となっているだけであり、決して苦痛を感じなくなっているわけではありません。しかし実際には、進行した認知症の人の苦痛は、しばしば見過ごされたり、過小評価されているために、適切な治療やケア、あるいは緩和ケアに結びつきにくい現状があります。 苦痛の表現が困難な末期認知症の人の苦痛に気付くためには、苦痛の客観的評価法の活用が必要であり、海外では多くの客観的評価法が開発されています。 わが国で客観的評価法を利用するためには、言語妥当性が検証された日本語版が開発されていること、項目数が数個程度等日常臨床で用いやすいことが条件になります。これらの条件を満たす客観的評価としては以下があります。 【痛みの客観的評価】 日本語版PAINAD アビー痛みスケール日本語版 など 【呼吸困難の客観的評価】 RDOS modRDOS-4(図1) 図1 日本語版 modRDOS-4と観察項目 Wong RX,Shirlynn H,Koh YS,et al.:Exploration and Development of a Simpler Respiratory Distress Observation Scale (modRDOS-4) as a Dyspnea Screening Tool:A Prospective Bedside Study.Palliat Med Rep 2021;2(1):9-14.平原佐斗司,鈴木みずえ,金盛琢也,他:言語妥当性が担保された日本語版 modRDOS-4 の開発~在宅ケアや施設で使用できる呼吸困難の客観的評価尺度~.日在宅医療連会誌 2023;4(4):9-15. さらに、われわれは、在宅や施設、病院などで多職種で用いることができる苦痛評価プロトコールを開発しました(図2)。このようなプロトコールを用いることで、認知症ケアにかかわる全専門職が認知症の人の苦痛に早期に気付くことを狙っています。図2 重度~末期認知症の人の苦痛評価プロトコール(改定案) 末期認知症の緩和ケア:食支援、呼吸困難への対応 末期認知症では、食思不振と嚥下障害、肺炎からくる呼吸困難や咳嗽・喀痰などの呼吸器症状、疼痛、長期臥床に伴う褥瘡などの苦痛の緩和が必要になります。 末期の嚥下障害に対してはComfort feeding only(CFO)の考え方に基づく食支援を行います。CFOは認知症末期の経口摂取の在り方として提唱された考え方と実践法であり、食支援の目的を「栄養補給」とするのではなく、「本人の楽しみ」「Comfort(快適さ)」とする考えに立っています。つまり、食べることの目的は、あくまで「食べることが本人にとって快適かどうか」です。不快でないかぎり食支援を継続しますが、不快であればただちに中止し、ほかの心地よいケア(声かけやタッチセラピー、手浴・足浴、音楽、アロマ、こまめな口腔ケアなど)を行います。 末期認知症の緩和ケアのもう一つの課題は、肺炎による呼吸困難です。末期認知症の人の最大3人に2人が、肺炎を合併して死亡していると考えられています。そして、肺炎を合併して死亡した人は、食べられなくなり自然に亡くなった人に比べ、呼吸困難や不快感などの苦痛がはるかに大きい7)ことが報告されています。 末期の肺炎の苦痛緩和に対して輸液や抗菌薬をいつまで継続すべきかについては、エビデンスが不足しているため、個別の状況に基づき判断せざるを得ません。判断が困難な場合、時間を定めて治療を行い、その治療が患者さんの穏やかさに貢献したか否かを判断する方法(Time limited trial:TLT)を試みます。 また、末期認知症の人の肺炎合併時にみられる呼吸困難に対するオピオイドの有効性を示す、質の高い研究は認められませんが、国内外の指針・ガイドラインではオピオイド投与が推奨されています8)。 本文で使用した略語一覧(本文登場順)略語:フルスペル(日本語)BPSD:behavioral and psychological symptoms of dementia(行動心理症状)ACP:advance care planning(今後の治療・療養について患者・家族と医療従事者があらかじめ話し合う自発的なプロセス)ADL:activities of daily living(日常生活動作)QOL:quality of life(生活の質)AD:alzheimer's disease(アルツハイマー型認知症)PAINAD:pain assessment in advanced dimentia(ペインアド)RDOS:respiratory distress observation scale(呼吸困難の客観的評価)COF:comfort feeding only(認知症末期の経口摂取の在り方として提唱された考え方と実践法。食の支援の目的を栄養補給とするのではなく、本人の楽しみ、Comfort(快適さ)とする考え)TLT:time limited trial(時間を定めて治療を行い、その治療が患者の穏やかさに貢献したか否かを判断する方法) 執筆:平原 佐斗司東京ふれあい医療生活協同組合 研修・研究センターオレンジほっとクリニック 東京都地域連携型認知症疾患医療センター長1987年に島根大学医学部卒。現在、東京ふれあい医療生活協同組合 研修・研究センター長ならびに、同オレンジほっとクリニック 地域連携型認知症疾患医療センター長として在宅医療、認知症診療に従事。専門は、在宅医療、非がん疾患の緩和ケアで、研修・研究センターでは在宅医療専門医・指導医として、多くの在宅専門医の育成を行う。学会活動では、日本在宅医療連合学会 代表理事、日本認知症の人の緩和ケア学会 理事長、日本エンドオブライフケア学会 副理事長を務めている。 編集:株式会社照林社 【引用文献】1)van der Steen JT, Radbruch L, Hertogh CM, et al.:White paper defining optimal palliative care in older people with dementia: a Delphi study and recommendations from the European Association for Palliative Care.Palliat Med 2014;28(3):197-209.2)Sleeman KE,de Brito M,Etkind S,et al.:The escalating global burden of serious health-related suffering: projections to 2060 by world regions, age groups, and health conditions.Lancet Glob Health 2019;7(7):e883-e892.3)Inouye SK,Westendorp RG,Saczynski JS:Delirium in elderly people.Lancet 2014;383(9920):911-922.4)Witlox J,Eurelings LS,de Jonghe JF,et al.:Delirium in elderly patients and the risk of postdischarge mortality,institutionalization,and dementia:a meta-analysis.JAMA 2010;304(4):443-451.5)中西三春:一般急性期病院における認知症ケア.老年看 2018;23(2):44–48.6)Stubbs B,Thompson T,Solmi M,et al.:Is pain sensitivity altered in people with Alzheimer's disease? A systematic review and meta-analysis of experimental pain research.Exp Gerontol 2016;82:30-38.7)van der Steen JT,Mehr DR,Kruse RL,et al.:Predictors of mortality for lower respiratory infections in nursing home residents with dementia were validated transnationally.J Clin Epidemiol 2006;59(9):970-979.8)国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター:在宅における末期認知症の肺炎の診療と緩和ケアの指針.https://www.ncgg.go.jp/hospital/news/documents/01zaitaku.pdf2026/2/18閲覧

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
特集
2026年7月13日
2026年7月13日

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】第3回vol06

訪問看護の現場では、疾患・障害があっても、自分らしく前向きに生きる利用者さんがたくさんいます。今回は「みんなの訪問看護アワード2025」に寄せられた投稿の中から、利用者さんの生き方や言葉に元気をもらえるエピソードをご紹介します。 「精神疾患を抱えた利用者さまの社会復帰を目指して」 うつ病で自宅にこもり、生活環境の維持も難しくなっていた60代のTさんが、根気強い訪問看護の支援を受け、シャワー浴を希望し、ヘルパーと買い物にも出かけられるようになったエピソード。 Tさんは60代の女性です。うつ病のため自宅にこもっておられ、自宅は室内に物が多く、生活環境の維持が難しい状況でした。身内も遠方に住んでおり、経済的な支援以外は受けられない状態でした。夏に圧迫骨折で入院したことをきっかけに、地域での生活を支える目的で、ケアマネジャーを通じて当ステーションへ訪問看護の依頼がありました。訪問開始前のカンファレンスでTさんと面会した際には、入院中も入浴を拒否されており、体臭が強い状態でした。1つの質問に対する返答までに10分以上かかることも多く、担当ケアマネも対応に苦慮していました。まずは伸び切った爪を整え、室内でできるリハビリから支援を始めました。介入当初は保清を拒否し、「リハビリだけをしてくれればいい」と話されていました。そこで、まずはTさんの思いを丁寧に傾聴しました。そのうえで、入浴によって体が楽になったり気分転換につながったりすること、清潔を保つことでヘルパーと一緒に買い物へ行くなど、生活の幅が広がる可能性があることを根気強くお伝えしました。その結果、現在ではご本人からシャワー浴を希望されるようになり、ヘルパーと買い物にも出かけられるまでになりました。今回の経験を通して、病院勤務では得られなかった学びがありました。利用者さまの思いを汲み取り、多職種がそれぞれの役割を果たしながら支援することで、ADLやQOLの向上につながったのではないかと思っています。 2024年12月投稿 「小さな命が教えてくれたこと」 18トリソミーのAちゃんを自宅で見守るご家族。毎晩のように鳴り響くアラーム音への不安の中、訪問看護師は夜中や明け方にも駆けつけ、最期まで寄り添いました。ご家族が「自宅で看取ることができました」と振り返ったエピソードです。 「訪問看護師さんって何をしてくれるのかな」Aちゃんのママはそう思っていたそうです。NICUから訪問依頼があったのは、数年前の梅雨の時期でした。診断名は「18トリソミー」。長期生存は難しく、退院後に急変した場合も侵襲的な治療はおこなわない方針が、主治医から示されていました。退院するとご家族は「家に帰れてよかった」と笑顔でその日を迎えられました。しかし、その後は夜泣きなどで酸素飽和度が低下し、アラームが毎晩のように鳴る日々が続きました。不安になったママから訪問看護へSOSの電話が入り、私たちは夜中や明け方にも駆けつけました。ご家族が少しでも長く一緒に過ごせるよう願いながら、その都度駆けつけ、必要に応じて主治医と連絡をとりました。しかし、つらいことばかりではありません。Aちゃんのお姉ちゃんがそばで声をかけたり遊んだりすると、Aちゃんはかわいらしい笑顔を見せてくれました。その時間は、ご家族にとっても私たちにとっても、ホッとできるひと時でした。それから3か月後、パパから「このまま自宅でみんなで見送ります」との連絡がありました。私たちが駆けつけると、ご両親に抱かれた小さな命は、静かに旅立っていかれました。ご両親は「覚悟はしていたけれど……」と涙されながらも、私たち看護師にお礼を言ってくださいました。「訪問看護師さんって何をしてくれるのかなと思っていましたが、『こんなことで電話してもいいかな』『こんなことで来てくれるかな?』と思って電話しても、すぐに駆けつけてくれて。最期まで寄り添ってもらったので、自宅で看取ることができました」そう言っていただけたことは、今でも忘れられません。 2024年12月投稿 「最後の願い~自宅で死にたい~」 心不全末期で「家で死ぬために、ここまで頑張ってきた」と語った86歳の女性。本人の強い意思と家族の思いに寄り添い、自宅で最期を迎えるという願いを支えたエピソード。 出会ってわずか2日でお別れとなった、86歳の女性。心不全と認知症を患っていた。ある日、心不全の急性増悪が疑われる状態となり、ケアマネジャーから訪問看護の介入依頼があった。訪問すると、死期が迫っていると感じるほど切迫した状態だったので、私の頭には、救急要請の4文字が浮かんだ。救急要請について問いかけると、「家で死ぬために、ここまで頑張ってきたんや」と力強く話された。娘さんにこれまでの経過を伺うと、ご本人は幾度となく「入院はしたくない。家で死にたい」と話していたという。私はご本人の強い意志を受け止め、在宅医への相談を提案し、緊急往診を依頼した。在宅医が到着し、心エコーやレントゲンを実施。病状や治療について説明を受けると、ご本人は「楽にしてください」と希望された。治療をしなければ命に関わることが改めて説明されたが、「かまへん。楽にして」と意思は変わらなかった。入院について迷っていたご家族も、「もう十分頑張った。本人の希望どおりにしてあげたい」と、ご本人の意思を受け入れた。その後、苦痛緩和のための持続鎮静が開始された。一番の願いであった自宅のベッドで、お子さん3人に見守られながら穏やかに旅立たれた。私はこの事例を通して、意思決定支援とは、本人の価値観や願いに寄り添い、本人と家族が納得できる選択を支えることなのだと強く感じた。 2024年12月投稿 「痛みを和らげるのは薬だけじゃない」 胃がん末期で「食べられないなら早く死にたい」と落ち込んでいたYさんが、家族や多職種と花見を楽しみ、「たくさんの人に出会えて幸せです」と語ったエピソード。 胃がん末期のYさん。食べることが好きで、いつも『孤独のグルメ』を観ていた。なんとか食べられるものを口から食べていたが、やがて絶食となり、CVポートから点滴による栄養管理が始まった。主治医から予後は限られていると伝えられた。「食べられないなら早く死にたい」と元気をなくすYさん。ご家族も、元気をなくしたYさんを見て「つらい」と涙を流していた。少しして桜の季節がやってきた。ご家族で毎年恒例の花見をしていたそう。このまま何も食べられず、恒例の花見もできないまま最期を迎えることになったら、後悔しないだろうか。私はそんな思いを医師やYさんとご家族に伝えた。やはりYさんの願いは「食べたい」「花見に行きたい」ということだった。ご家族も同じ思いだった。医師から「固形でないものなら食べてもいいですよ。花見も行けるうちに行っておいで」と背中を押していただき、家族や多職種とお花見へ出かけた。みんなでアイスを食べたあの時のYさんの笑顔は、決して忘れられない。Yさんからは「私はたくさんの人に出会えて幸せです」と言っていただいた。私もYさんからたくさんのことを学んだ。がん終末期の苦痛を和らげるのは薬だけではない。あたたかい人の関わりによって、痛みや苦痛が和らぐこともあるのだと実感した。 2024年11月投稿 「ケアは魔法」 がん終末期で頑なにケアを拒んでいたAさん。最後の訪問で清拭と着替えを受け入れ、「まるで、魔法だな」と涙ぐみながら話してくださったエピソード。 少し前のお話になります。がん終末期の高齢男性の利用者様、Aさん。奥様との2人暮らしでした。心が強く、つらくても人に頼らず頑張ってこられました。訪問看護を受けていても、その姿勢は変わらず、私たちにもなかなか頼ろうとはされませんでした。そんな折、身体が思うように動かなくなり、転居が決まりました。翌日の転居を控え、訪問看護はその日が最後でした。私が「お身体を拭いて、着替えましょうか」とお伝えすると、少し動くのもつらそうなご様子でした。しばらく間を置いた後、「じゃ、お願いしようかな」と小さな声で話されました。それまでケアを受け入れることはほとんどなかったAさんでした。「できるだけ、体への負担が少ないよう、手早く済ませますね」と声をかけ、清拭と着替えを行いました。終わった後、「お疲れ様でした。ご協力いただき、ありがとうございました」とお伝えすると「まるで、魔法だな」とAさんが話されました。その言葉が褒め言葉であることは、すぐに伝わってきました。こんなにも心に残る褒め言葉があるのだと、胸が熱くなりました。涙ぐむAさんと握手をしてお別れしました。翌日、Aさんは予定されていた転居先へ向かわれました。私がAさんと言葉を交わしたのは、あの日が最後となりました。あの言葉は、お別れの際の気遣いだったのかもしれません。それでも、ケアにおいては質が大切であり、常に意識して取り組む必要があるのだと改めて思いました。後日、ごあいさつに来られた娘さんから、「最後の訪問看護の日、父が涙を見せていたのを初めて見ました」とお聞きしました。Aさん、ありがとう。 2024年11月投稿 利用者さんの前向きな姿勢や生き方に、励まされた経験のある訪問看護師も多いのではないでしょうか。今回ご紹介したエピソードからも、訪問看護はケアを提供するだけでなく、利用者さんやご家族から多くのことを学び、支えられる関係であることが伝わってきます。 編集: NsPace編集部

訪問看護ステーションの開業資金はどう準備する?融資先の選び方と失敗しないポイント
訪問看護ステーションの開業資金はどう準備する?融資先の選び方と失敗しないポイント
コラム
2026年7月7日
2026年7月7日

訪問看護ステーションの開業資金はどう準備する?融資先の選び方と失敗しないポイント

訪問看護ステーションの開業を目指すとき、事業計画や人員体制と並んで避けて通れないのが「資金の準備」です。 開業には、初期費用と運転資金を合わせて、1,200〜1,500万円程度が必要な目安とされています。自己資金で足りない分は融資で補うことになるものの、看護師にとって融資は馴染みの薄い世界。「どこに相談すればいいかわからない」という方も多いのではないでしょうか? このコラムでは、融資先の選び方・よくある失敗・動き始めるタイミングについてわかりやすく解説します。 開業時の資金繰りは情報収集が重要 知識がないまま開業準備を進めてしまうと、審査に通らなかったり、開業後に運転資金が底をついたりするケースが起こりえます。融資は「申し込めば通る」ものではなく、事業計画の妥当性や自己資金の割合、申請するタイミングなど、複数の要素が審査に影響します。 「とりあえず動き始めてから考えよう」では、気づいたときには選択肢が狭まっていた——ということにもなりかねません。まずは、融資先の種類や特徴について詳しくみていきましょう。 融資先の特徴と選び方 ひとくちに融資といっても、相談先によって金利や審査のハードルが異なります。 主な融資先とその特徴を比較してみましょう。 主な融資先の比較 融資先金利審査のハードル特徴日本政策金融公庫2~3%台低め・創業実績なしでも可・開業時の第一候補信用金庫・地方銀行2~4%台中程度・地元に根ざした金融機関メガバンク低め高い・創業時は3~5年以上の実績が必要 ※上記に記載した融資の金利はあくまで目安であり、将来的に変更される可能性があります。実際に融資を検討する際は、必ず最新の条件を各金融機関へご確認ください。 開業時の融資は、日本政策金融公庫を第一候補に、信用金庫・地方銀行を併用するのが現実的です。メガバンクは、開業後に実績を積み、大口の資金需要が発生した際に検討する選択肢と考えておきましょう。 また、融資以外の手段として、クラウドファンディングという選択肢もあります。クラウドファンディングとは、インターネットを通じて不特定多数の人から資金を集める方法です。資金調達と認知度向上を同時に狙える方法でもあり、訪問看護ステーションの開業で活用した事例もあります。 資金調達でよくある失敗 資金調達を進めるうえで、開業を考えている看護師が陥りやすい失敗があります。 よくある3つの失敗のパターンをあらかじめ知っておくと、同じ失敗は防ぎやすくなります。 失敗1.自己資金不足のまま融資申請してしまう 自己資金が少ないと、「事業への本気度が低い」と判断されやすく、審査で不利になります。「まず融資を受けてから自己資金を足せばいい」と考える方もいますが、自己資金なしでは融資を受けること自体が難しいのが現実です。開業を意識し始めたタイミングから、計画的に貯め始めておくことが大切です。 失敗2.見積もりの甘さから融資審査が通らない 訪問看護の報酬には、約2ヶ月間の入金タイムラグがあります。4月に提供したサービスの報酬が入金されるのは6月末です。このしくみを資金計画に織り込めていないと、「資金繰りの見通しが甘い」と判断され、融資審査が通らないケースがあります。また見積もりが甘いと、審査を通過できたとしても、開業後に運転資金が底をつくリスクも生じます。収益が安定するまでの6ヶ月分(金額にすると600〜1,000万円程度)の確保が必要です。このように、入金タイムラグを前提とした資金計画を立てておきましょう。 失敗3.助成金・補助金を当てにしてしまう もう一つ注意しておきたいのが、助成金・補助金の扱いです。助成金・補助金は後払いが基本のため、開業直後の資金繰りには使えません。助成金を当てにして資金計画を立ててしまうと、思わぬ資金不足につながる恐れもあります。あくまで「プラスアルファ」として考えておきましょう。 資金調達を始めるタイミング 資金調達は、思い立ったときに始めるのでは遅い場合があります。開業の時期から逆算して、計画的に動き始めましょう。目安となるスケジュールは以下のとおりです。 開業を意識し始めたらすぐ:自己資金を準備する 融資審査では、300〜500万円程度の自己資金があると有利になります。ただし、融資だけでは資金が足りなくなるケースもあるため、できれば1,000万円程度を目標に準備しておくと安心です。開業を意識し始めたら、まず貯蓄から始めましょう。 開業6ヶ月前:日本政策金融公庫に相談する 自己資金の目途が立ってきたら、日本政策金融公庫の窓口に相談しましょう。窓口への相談は無料で、「いくら借りられるか」「どんな書類が必要か」といった基本的な疑問から相談できます。事業計画書のたたき台・資金計画・開業時期の見通しを持参すると、話がスムーズに進みやすくなるでしょう。「まだ準備中だから」とためらわず、早めに足を運んでみてください。 開業3ヶ月前:融資申請・審査 相談の内容が固まってきたら、いよいよ融資申請のステップです。申請から実行までは、1〜2ヶ月かかります。「開業直前に申請すればいい」と後回しにしてしまうと、資金が間に合わなくなるリスクがあります。 このタイミングで動き出せるよう、逆算して準備を進めておきましょう。 また、日本政策金融公庫の融資だけでは必要な資金額に達しない場合もありますので、地方銀行や信用金庫への相談も同時並行で進めましょう。 まとめ:資金調達は、融資先を知って早めに動き始めよう! 金調達は、知識と準備が整っているほど、スムーズに進められます。融資先の特徴を理解し、開業の時期から逆算して動き始めると、資金面での不安を減らせます。 融資先の窓口相談は無料のところも多く、開業実績がなくても丁寧に対応してもらえます。「融資なんて自分にできるのかな」とためらわず、気軽に足を運んでみてはいかがでしょうか。 まずは情報収集から始め、自己資金を貯え、融資相談・申請をする——このステップで、開業準備を整えていきましょう。 監修:小瀬 文彰(看護師・保健師・経営学修士)株式会社UPDATE代表取締役2013年慶應義塾大学看護医療学部卒。ケアプロ訪問看護ステーション東京にて、新卒訪問看護師としてキャリアをスタート。訪問看護の現場・マネジメント経験の後、薬局・訪問看護を運営するスタートアップ企業にて最高執行責任者として40拠点・年商65億規模の経営に携わり、上場企業へのグループインを実現。 現在は株式会社UPDATEの代表として、訪問看護のマネジメントコーチ(経営・組織づくり支援)や組織マネジメント講座を通し、「想いある医療者に、マネジメントの力を」届ける事業を展開中。そのほか、業界団体の研修会登壇や調査研究支援(シンクタンク事業)も実施中。

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
特集
2026年7月6日
2026年7月6日

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】第3回vol4

訪問看護の現場では、疾患・障害があっても、自分らしく前向きに生きる利用者さんがたくさんいます。今回は「みんなの訪問看護アワード2025」に寄せられた投稿の中から、利用者さんの生き方や言葉に元気をもらえるエピソードをご紹介します。 「訪問看護を続ける原点 やる気をもらった一枚の色紙」 16年前、東京赴任で不安を抱えていた新米訪問看護師が、利用者のAさんから贈られた一枚の色紙に励まされ、訪問看護を続ける原点となったエピソード。 16年前、私が訪問看護師として初めて赴任したのは東京でした。故郷の山形を離れ、ブランクがある中で久しぶりに現場に出る私は「新しい仕事、久しぶりの現場、新しい土地……やっていけるのか?」と不安でいっぱいでした。そんな中、私が受け持つことになったAさん。現代文の教員であったAさんは、時々思わず出てしまう私の方言に興味を持って「お国言葉はあったかくていいね」と言って和ませてくれる、とてもやさしい方でした。ある日、Aさんから一枚の色紙を差し出され、そこには「為せば成る為さねば成らぬ何事も成らぬは人の為さぬなりけり」と私の地元の偉人の言葉が書いてありました。訪問中の何気ない会話から、私になじみのある言葉を選び、訪問看護師になりたての私にエールを送ってくださったAさん。色紙を見た瞬間、とても温かい気持ちになり、「今できることを頑張ろう!」というやる気が出てきました。Aさんとの出会いがあったからこそ、今も訪問看護を続けられているのかもしれません。あの時いただいた色紙は私の大事な宝物です。 2025年1月投稿 「久しぶりの写真」 初回訪問時の写真撮影をきっかけに、利用者さんの笑顔や「久しぶりに写真を撮る喜び」が広がるエピソード。 なかなか訪問できないスタッフのために、初回訪問時にご本人・ご家族の了承をいただいたうえでお写真を撮らせてもらい、ファイルに綴じるようにしています。お写真を撮ると伝えると、髪型を気にされたり、お化粧を気にされたりする方もいました。初回訪問のため、たまたま在宅だった息子さんと満面の笑みで映る利用者さん。なかには「久しぶりに写真を撮った」と言われるご夫妻。大谷選手の名前を出して「『おおたにー』と言うと自然と笑顔になりますよ」とお声がけし、その笑顔を写真に残す。写真を印刷してお渡しし、また笑顔が見られる。 2025年1月投稿 「息子への想い」 レノックス・ガストー症候群とともに54年を生きた息子を、「大丈夫」と抱きしめ続けたお母さまの愛と、5年間寄り添った訪問看護師の想いを描いたエピソード。 Aさんは、へその緒をたすきのように体に巻き付けて出生。生後7か月ころに熱性けいれんを起こしたことをきっかけに検査を受け、「レノックス・ガストー症候群」と診断を受けた。「けいれんは一生つきまとうよ」と医師から言われた時はショックでしかたなかったけど、「そんなこと言ってられない」とお父さんと二人で世話をしてきた。大きなけいれんのたびに、お母さまは「大丈夫、大丈夫」とAさんを抱きしめた。その後、けいれんが落ち着く光景を何度も見てきた。養護学校にも楽しそうに通った。ここまでのお話は、訪問看護師として5年関わったAさんが病院で亡くなったあと、ご自宅に伺ったときのお母さまの語りである。お母さまと並んでうれしそうな顔をしているAさんの写真と、たくさんの思い出話で一緒に泣いた。「可愛かった」と話すお母さまの姿を前に、我が子に先立たれたお気持ちを思うと、何と声をかければ良いのか分からなかった。高齢になるお母さまのために、Aさんの施設への入所も検討していたこともあり、「Aさんなりに、お母さまを楽にさせてあげたいと思ってくれたのかもしれませんね」とお伝えするのが精いっぱいだった。お父さまの人生の最終段階にも、訪問看護師として伴走した。ひとりになったお母さまのことが心配で、これからも時々連絡していこうと思う。そんなことを考えながら、Aさんの遺影に語りかけた。「54年間、よく頑張りましたね。お疲れ様でした。」 2025年1月投稿 「絶対に駄目よ。」 膵臓がん末期のSさんが「私と代わってほしい」と口にしたあと、「絶対に駄目よ」と続けた言葉に、最期まで自分らしく生き抜く強さを感じたエピソード。 私が訪問看護師となって、最初に受け持ったのが膵臓がん末期のSさんでした。笑顔が素敵で人生経験も豊富なSさんから、点滴の時間や浮腫へのケアの時間に、さまざまなお話を聞かせてもらいました。亡くなる10日前、だんだん動けなくなってきたSさんに、私にお手伝いできること、こんなことをしてほしいなどありませんか?と聞いてみました。Sさんは少し口角を上げて「私と代わってほしいわね」と話されました。私は正直驚きました。何て答えたら良いのだろう、と戸惑いました。少し考えて私は「お体大変なんですよね、変わってほしいですよね。Sさんの感じている大変さは、経験した人にしかわからないですよね」と伝えると、今度は笑わずに「絶対に駄目よ。こういう経験したら。」と凛とした口調でした。最期まで病と闘い、自分らしく生ききろうとしている人生の先輩の言葉だと思いました。「Sさんだから頑張れているんですね」と伝えると「そうなのかしらぁ」といつもの柔らかい笑顔でした。Sさんは、強くて優しくて時々涙も流し、最期まで自分らしく生ききった方でした。こんな風に、人生の最期に出会わせていただき、ともに歩むことができる訪問看護は、戸惑うことも多いですが、ありがたい経験をさせていただける仕事だと思います。 2025年1月投稿 「寄り添って最後まで」 がんのターミナル期、一人暮らしで最期まで在宅を望み続けた利用者さん。時には苛立ちを見せながらも、心の通った関わりを感じたエピソード。 病院勤務から訪問看護勤務にかわり、初めて受け持った利用者さんだった。癌のターミナル期だったが、在宅での療養を希望されていたため、訪問看護が介入し、関わりを持っていった。ほとんど目が見えていない状況もあり、普段は関係性が保てたが、自分の思い通りにならないことや、周囲が思うように応えられないと感じた時には、苛立ち、怒り口調になることがしばしばあった。病院勤務ではそのような関わりを持つ時間がなかったので、対応や言葉かけ一つにも難しさを感じた。ところが、私がしばらく訪問できない時には、他のスタッフから「Bさん(私の名前)は元気かと言っていたよ」と聞き、嬉しい気持ちになった。在宅での療養を望まれていましたが、環境的に難しい状況となりました。しかし、所長に相談すると、さまざまなサービスを活用することで在宅療養を継続できるようになりました。訪問者全員の名前を覚えていて、冗談を交えながら会話を楽しんでいるようだった。1人暮らしで、身の回りのことが難しくなったため入院を勧めたが、在宅で過ごしたいというご本人の思いは最後まで変わらなかった。最終的には入院するに至ったが、本人の意向を尊重しながら関わる中で、その思いを言葉や表情で返してくださることが、訪問看護のやりがいではないかと感じた一事例だった。 2025年1月投稿 利用者さんの前向きな姿勢や生き方に、励まされた経験のある訪問看護師も多いのではないでしょうか。今回ご紹介したエピソードからも、訪問看護はケアを提供するだけでなく、利用者さんやご家族から多くのことを学び、支えられる関係であることが伝わってきます。 編集:NsPace編集部

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
特集
2026年7月6日
2026年7月6日

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】第3回vol03

訪問看護の現場では、疾患・障害などがある中でも懸命に前向きに生きる利用者さんがたくさんいます。「みんなの訪問看護アワード2025」に投稿されたエピソードから、利用者さんの前向きな姿勢に力を分けてもらえるエピソードをご紹介します。 「お母さん」 肺がんで31歳のお母さんが、4人の子どもたちのために1200km陸路で帰郷し、翌日家族に囲まれて旅立ったエピソード。 浦安にある、とある病室での20時半すぎ。重い空気が流れるカンファレンスが行われていた。患者さんは、31歳のえみさん。肺がんで12L/分の酸素投与をうけている。えみさんは、涙ながらに「家に帰りたい」と医師に訴えていた。えみさんは、1~7歳までの4人のお子さんをもつお母さん。憧れのディズニーランドに行くため、家族で宮崎からやってきた。途中に、機内で呼吸困難が出現。着陸後、すぐに病院へ運ばれた。急展開の中、子どもたちと別れた。「お母さん、お母さん」と子どもたちの泣く声が聞こえた。えみさんには、これから必要な治療と厳しい状態であることが説明された。宮崎に帰る体力はとぼしく、予断の許さない状態であると説明されたが、えみさんの強い意思と覚悟に医療者も心が揺れた。療養の場は在宅医療と訪問看護へとたすきが渡った。帰郷を目標に、まずは在宅で3日間体調を整える。緩和ケアだけではなく、身体と心に栄養をたくわえる。看護師は精一杯、気力を高める手当てをした。一方、静岡・神戸・岡山・宮崎の訪問看護の仲間の協力を仰ぎ、陸路での帰郷に決定し準備に入った。サロンカーに酸素ボンベを25本備え、エアマットを敷いた。訪問診療の医師と看護師が同乗し宮崎を目指して出発した。20時間後、えみさんの笑顔は子どもたちの中にあった。「お母さん、お母さん」と、はしゃぐ声が聞こえる。在宅医療と訪問看護は地元のステーションへたすきがつながった。長い1200kmであり、貴重な5日間となった。翌日、えみさんは家族に囲まれ旅立った。 2025年1月投稿 「訪問看護師が父を看取って」 訪問看護師自身が前立腺がんの77歳の父を看取る中で、「私にとってはたった1人のお父さん」と家族の気持ちに寄り添う大切さを学んだエピソード。 77歳になる父は長年、脊椎間狭窄症で腰痛に悩んでおり4月19日に退職した。訪問看護師として忙しく働く私に、ヘルプを出してきたのは5月4日。「熱があるみたい」SpO2が74%しかないことに驚き、救急車で病院へ向かった。医師から告げられた言葉は「お父さん、前立腺がんがあるよ。腰、大腿部、リンパ節に転移してる」あぁ…だから腰が痛かったんだ…!私は一瞬で父の置かれているステージが予測できた。輸血しても酸素状態は悪化の一方で、食事も進まず。「あと1ヵ月程かもしれない。緩和ケアをすすめます」と、医師に言われた。私は「帰り道で亡くなってもいい、家に連れて帰る」と、大口を叩いた。大規模な退院カンファレンスが開かれた。何度も経験しているのに、心はついていかなかった。退院前日、酸素9リットルまで投与された父に奇跡が起こった。突如として酸素投与を終了し、無事に退院し自宅で過ごすことができた。父も私も本当に嬉しかった。訪問看護やリハビリ、訪問入浴に介入してもらった。父はよく食べ笑顔だった。レスパイト入院している時に急変し、5日間ずっと付き添ったが7月24日に父は旅立った。家に帰る決断をすることができず、病院に踏みとどまった。訪問看護師のくせに…と、自分を責めてばかり。仕事上、多くの患者さんを担当しているけれど、私にとってはたった1人のお父さん。介護がこんなに大変だとも知らなかった。これからは家族の気持ちにもっと寄り添える訪問看護師になれるだろうか。 2025年1月投稿 「生まれ変わった過去の私」 褥瘡処置で毎日訪問するAさんから、「Bさん(私)はよくがんばってきたんですね」と過去の自分を肯定してもらい、生まれ変われたと感じたエピソード。 褥瘡の処置のため、毎日訪問しているAさん。Aさんは処置の際にいろいろな話をしてくださいます。とりわけ、すでに自立されたお子さん方の幼少期のエピソードは、子育て中の私の笑いを誘い、Aさん自身のお子さんへの慈しみを感じさせます。Aさんは私にとって利用者さんというより、尊敬できる子育ての先輩であり、時に私を育ててくれる存在です。ある日、Aさんは私の経歴に興味をもたれたのか「Bさん(私)は看護師にどうしてなったの?看護師になる前はどうしていたの?」と仰いました。私は一般の大学に通っていたこと、バブル景気も終わりがみえてきたころで、家庭の事情により自分で学費を賄うために夜間の学校に行っていたこと、またそのことが若いころも今も恥ずかしさをともない、積極的に話題にしない自分がいることをAさんに話しました。その時にAさんは少し間をおいて、「Bさんはよくがんばってきたんですね。そのことは恥ずかしく思わずに、ぜひBさんのお子さんが大きくなったらお話しされたらいいと思いますよ」と笑顔で私に話しました。今までの恥ずかしいと思っていた気持ちが晴れて、過去の自分の人生を誇ってもいいんだと、生まれ変われた瞬間でした。訪問看護は、利用者さんと長く関わり対話を重ねていくことができます。その対話から看護師である私自身のこれまでの人生を、新しく捉え直す機会に出会うことができました。この経験は訪問看護の醍醐味の1つといえると思います。 2025年1月投稿 「訪問看護の『正解』とは」 ALSのNさんと奥様を支え、交流会への参加を説得し、最期に「あなた達に出会えて本当に良かった」と言われたエピソード。 Nさんと奥様との出会いは今から1年前になります。Nさんは、その数か月前にALSと診断を受けられ、初めて会った時はすでに多くの介助が必要な状態でした。進行は早く、当初より「人工呼吸器は絶対につけない」と強い意志をお持ちでした。もともと大きな会社の管理職をされていたこともあってか、弱音を吐くことなくいつも毅然としておられ、スタッフを笑わせてくれていました。しかし、リハビリに対しては前向きになれず、ベッド上での生活となっており、ALSという病気を受け入れることができていない様子がうかがえました。そんな時、訪問診療の先生より「ALS患者家族の交流会」のお知らせがありました。やはり「絶対に行かない」とのことでしたが、スタッフでどうしたら参加できるのか話し合いを重ねました。不安に対して一つひとつ解決策を考え、奥様が「参加したい」というお気持ちを伝え、何とか説得することができました。当日の会場で「妻に迷惑だけはかけたくない。これから恩返しをしようと思っていた時だったのに」と心の内を明かされ涙されました。先日Nさんは、肺炎により永眠されました。奥様から「あなたたちに出会えて本当に良かった。主人はとっても幸せだったと思う」と言われました。訪問看護では、正解が分からず“本当にこの関わりで良かったのか”と、考えることが多々あります。しかし奥様のこの言葉で「よし!また頑張ろう!」と元気と勇気をいただきました。 2025年1月投稿 「利用者の希望の先にあるもの」 がんの利用者さんとの関わりで、訪問看護の仕事を改めて考えさせられたエピソード。 Aさんは胃がんの終末期で、「最期は家で過ごしたい」という希望を叶えるため在宅療養を開始した。疼痛のコントロールはできていたが、鎮痛薬の副作用で倦怠感が強く、ベッド上で過ごす日々が続き廃用性症候群が進行した。「車椅子に乗りたい」というつぶやきが忘れられず、次のカンファレンスで議題にあげ、主治医や理学療法士と連携しながら座位保持と車椅子移乗の練習を始めた。Aさんは苦痛をこらえ、黙々とリハビリに励んだ。自力で移動できるようになると台所に向かい、料理道具を眺めて微笑み「体力がついたら料理するね」と話した。その3日後、家族に見守られながら静かに息を引き取った。Aさんが闘病前、パン作りが趣味で家族に振る舞うことを誇りにしていたことを聞いた。利用者の人生に寄り添い、希望を形にするための手助けをするこの仕事の尊さを改めて感じた。 2025年1月投稿 利用者さんの前向きな姿勢や人生の歩みは、関わる訪問看護師だけでなく読者にまで元気や力を与えてくれます。あらためて、訪問看護師と利用者さんの関係は共鳴するのだと考えさせられます。 編集: NsPace編集部

× 会員登録する(無料) ログインはこちら