アセスメントに関する記事

人工呼吸器装着後の安楽な姿勢とベッド周りの環境整備:当事者の知恵と工夫
人工呼吸器装着後の安楽な姿勢とベッド周りの環境整備:当事者の知恵と工夫
コラム
2026年6月9日
2026年6月9日

人工呼吸器装着後の安楽な姿勢とベッド周りの環境整備:当事者の知恵と工夫

ALSを発症して10年、現役医師・梶浦先生によるコラム連載、第2弾。最終回となる今回は、梶浦先生が受けてこられた質問の中で最も多かった人工呼吸器装着後の安楽な姿勢を保つ方法と、ベッド周りの環境整備のコツについてたっぷりご紹介いただきます。 本記事は、医療従事者の指導・管理のもとで行われている在宅医療の一例を紹介するものです。掲載されている医療機器の配置や使用方法を、一般の方が医療者の指示なく参考・模倣することは安全上のリスクがあります。在宅での医療機器管理については、必ず主治医や訪問看護師等の医療従事者にご相談ください。 はじめに ALS当事者や関係者の⽅々から最も多く寄せられた質問が、今回のタイトルです。 気管切開して⼈⼯呼吸器を付ける前のALS当事者にとって、装着後の⽣活がどのように変わるのかを想像することは難しいものです。人工呼吸器をつけても安楽に過ごせるのか。どのような環境整備が必要なのか。こうした情報は、人工呼吸器をつけて生きていくか否かの決断に大きく関わるにもかかわらず、調べてもなかなか出てきません。 私自身、これから⾃分がどうなっていくのかよく分からないながらも、死にたくない⼀⼼で、気管切開と人工呼吸器装着を決断しました。だからこそ、その後の生活で一番考えながら、改良を重ねてきたのもこのテーマだったのです。 ALSという病気は、症状も進行スピードも人によって違います。また、在宅療養環境(⽀援体制や⾃宅のスペースなど)もそれぞれの家庭で大きく異なります。⼀概に「こうしたほうがよい」とは⾔えず、教科書的に一括りにして扱うことが難しいのが実情です。 それゆえに、ALS当事者や関係者たちが、在宅での療養生活で実際に取り入れている知恵や工夫を持ち寄り、それを発信し、「いいな」と思った部分を⾃分の⽣活の中に取り⼊れていくしかないのだと思います。 そこで今回は、私が考えて、実践している⼯夫を紹介していきたいと思います。それぞれの状況に応じて参考にしていただければ幸いです。 安楽な姿勢の基本原則:接触面積を広くとる ⼈⼯呼吸器をつける前のALS患者を含む、重度の四肢体幹障害者に共通して重要なのは、 体と、⾞椅⼦・ベッドとの接触面積を広くとり、浮いている部分をできるだけなくす ということに尽きます。 これにより体圧が1ヵ所にかかり過ぎるのを防ぎ、分散することができ、身体への負担を最⼩限に抑えることができます。 座位での姿勢の工夫(図1) ⾞椅⼦に座るときやベッドの背もたれを起こしたときには、以下を意識します。 腰の部分が浮かないように、できるだけ深く座る 枕と⾸の間に隙間ができないよう、タオルや薄いクッションを丸めて入れる 図1 ベッド上での座位姿勢の工夫 側臥位での姿勢の工夫 クッションを活用し接触面積を広くとりつつ、足の骨同士が重ならないように気をつけています(図2)。 図2 側臥位での姿勢の工夫 ちなみに、私は毎晩、側臥位で寝ています。その際、空圧センサーにつま先を接地しておくようにし、ほんのわずかな⼒でもセンサーを押して、人を呼べるようにしています。センサーを押したら「反対側の側臥位へ体位変換してほしい」という合図です。 人工呼吸器をつけることで大きく変わること 人工呼吸器をつけると、気管孔と⼈⼯呼吸器が回路(ホース)で常につながるようになります。このホースが動いてしまうと、それが刺激になり、むせてしまったり、気管孔周囲に⾁芽組織*を形成する原因になったりします。そのため、ホースはできるだけ動かないように固定しておく必要があります。私がおすすめする固定⽅法は、胸元とベッドの2点で固定することです(図3)。 *肉芽組織:傷の治癒過程や慢性炎症の際に形成される、新しい結合組織と⽑細⾎管のこと。出血を伴うこともある。 図3 ホースの固定方法 ホースを胸元とベッドの2点で固定し、ホースができるだけ動かないように工夫している ホースの動きにさえ注意していれば、⼈⼯呼吸器をつける前と安楽な姿勢はあまり変わりません。私は人工呼吸器を装着したことで、呼吸苦から解放され、大きな安堵を感じました。 ベッド周りの環境整備と物品管理の工夫 ベッド周囲の環境は、部屋の広さやレイアウトによって変わる部分が⼤きいのですが、ここでは私が試⾏錯誤の末にたどり着いた「理想的な形」を書いていこうと思います。参考にしてみてください。 ベッド周りには⼈が⼊れるスペースを確保する 部屋を広く使うためにベッドを壁につけている⽅も少なからずいらっしゃいます。しかし、これは介助者にとっては、とてもやりにくい配置になります。 例えば、先述した側臥位の体位変換を左右均等に行うには、介助者がベッドの左右から行う必要があります。可能であれば、人が1人⼊れるくらいのスペースをどちらにも確保しておくことをおすすめします。 ■介護用電動ベッドとモーター数ちなみに、介護⽤電動ベッドはモーター数によって性能が変わります(表1)。モーター数が多いほど性能がよく、ALS患者のように介護度が高い場合、3モーター以上のモデルが推奨されます。 なお、要介護度によりますが、介護⽤電動ベッドは介護保険を利用してレンタルができます。 表1 電動ベッドのモーター数と機能 モーター数     機能           1モーター   背上げ(または脚上げとの連動)基本的な動作2モーター背上げ+脚上げ標準的な介護に対応3モーター背上げ+脚上げ+高さ高度な介護に対応。ベッドの高さが変えられるため、介護者の負担が軽減される4モーター以上背上げ+脚上げ+高さ+αベッド自体の傾斜が変更できる機能、立ち上がりサポート機能、体位変換機能など、さまざまな機能があり、より個々の細かいニーズに対応。 ベッド周りの物品は「厳選」し「コンパクトに配置」する ⼈⼯呼吸器を使用すると、人工呼吸器はもちろん、吸引器や排痰補助装置など、ベッドの周りに置いておく機器が増えます。限られたスペースの中で効率的に動けるよう、動線を考えてコンパクトにまとめることが大切です。 ■私の機器配置の工夫ここでは私が実際に配置している機器の配置⽅法をご紹介します(図4)。私は必要なものをできるだけコンパクトに置きたいため、1つのワゴンに人工呼吸器、吸引器、排痰補助装置、持続吸引器を載せています。⼈⼯呼吸器の加湿器もワゴンの⽀柱に固定してます。 図4 私の機器配置の工夫(一例として) ■カテーテルの保管方法⼝腔内と⿐腔内の吸引に必要なカテーテルは、洗濯バサミの⽳に通し、ワゴンの取⼿に固定して吊り下げています。気管カニューレ内を吸引するカテーテルは、特に清潔な状態を保つ必要があるため、壁から吊るして、⼈の⼿や身体などが触れない場所に保管しています。 在宅療養環境での一般的なカテーテルの保管⽅法としては、以下の2つが⽤いられることが多いです。私の場合、「(2)乾燥させて保管する方法」を採⽤しています。 (1)清潔な容器で保管する方法清潔な蓋つきの保存容器、または未開封の専⽤パック・滅菌袋に入れて保管する⽅法です。容器を再利用する場合は、十分に洗浄・乾燥させてから使用します。(2)乾燥させて保管する方法(私が採用している方法)風通しのよい場所で自然乾燥させて保管する方法です。カテーテルは水分が残ると細菌が繁殖しやすいため、しっかり乾燥させます。 病院では、基本的に吸引カテーテルを1回使⽤したら捨てるのが原則かと思いますが、在宅医療の現場では、使用できる吸引カテーテルの数が限られています。数日使用してから交換するケースが⼀般的なため、私はこのような方法で管理しています。 ■吸引カテーテルの色分け吸引カテーテルは太さによってコネクターの⾊が違います。私は、緑色の14Frを口腔内用、白色の12Frを気管カニューレ内用、黒色の10Frを鼻腔内用として使用しています。原則「鼻用は黒」など、吸引する部位ごとに色を分けておくと、家族が使うときにも間違えなくてよいかと思います。 ■通水ボトルの管理方法カテーテルを使⽤した後は、カテーテルの内腔に水道水を通して洗浄する必要があります。この時に使う水も、私はペットボトルに入れて、フックを取り付け、ワゴンに吊り下げています。気管吸引用カテーテルを通水する水は清潔な状態を維持しないといけないため、常にペットボトルの蓋を締め、⼝腔用・⿐腔⽤のペットボトルと間違えないようにしています。また、ペットボトルの⽔が半分以下になったら中⾝を破棄し、新しい⽔に交換します。ペットボトル自体は、週1回、新しいものに交換しています。 カテーテルや通⽔ボトルの管理⽅法は、家庭ごとに異なります。ここで紹介した方法は、1つの例として参考にしてください。 「enjoy!ALS 2」最終回の最後に― ALSと診断された⼈は、必ず⼀度は「死」を意識するでしょう。これまでずっと、⽣きることに前向きな情報だけを発信してきた私もそうでした。⼈は死を⾝近に感じたときに、改めて⾃分の⼈⽣について振り返るものです。 それが⼀瞬の出来事であれば「⾛⾺灯」と呼ばれるものなのかもしれません。⾃分の⼈⽣について振り返ったときに、⾃分は⼗分⽣きたのか? ⾃分の⼈⽣は満⾜なものだったのか? という問いについて考えさせられることになります。 当時35歳の私は、医師としてのキャリアも順調で、愛する家族もでき、⼈⽣には「希望」しかありませんでした。それが突然、⾃分はALSという病気であり、あと数年で死ぬかもしれないという予測不能な無慈悲な現実に直⾯しました。そのとき、⾃分の希望に満ちた未来は「絶望」という⾔葉に置き換わりました。絶望の中から⼀筋の希望を探し出し、前向きに⽣きていくことは、⾔葉ではとうてい表現できないほど、とてもつらく⼤変なことでした……。 私は「⼈の役に⽴ちたい」という強い思いから医師になり、医師の仕事が⾃分の⽣きがいでした。私の中の⼀筋の希望は「死ぬまで医師として、誰かの役に⽴てるように⽣き続けていこう」という決意でした。そんな⾃分の希望を守っていくために、さまざまな⼯夫を凝らしながら、もがき続けました。対⾯診療ができなくなったら遠隔診療に切り替え、⼿でカルテが書けなくなったら、⻭でカルテを書いてきたのです。 これからもさまざまな困難に直⾯すると思いますが、そのつど⼯夫を凝らしながら、もがき続けていきたいと思っています。そして、精⼀杯⽣きて、⼈⽣の最後にただ愛する妻と息⼦に「パパがんばってたね! かっこよかったね!」と⾔ってもらえたら、きっと⾃分の⼈⽣はとても有意義で素晴らしいものだったと思えることでしょう。そんな⽣き⽅をしたいものです。 コラム執筆者:医師 梶浦 智嗣「さくらクリニック」皮膚科医。「Dermado(デルマド)」(マルホ株式会社)にて「ALSを発症した皮膚科医師の、患者さんの診かた」を連載。また、「ヒポクラ」にて全科横断コンサルトドクターとしても活躍。編集:株式会社照林社

PENUT記事
PENUT記事
コラム
2026年6月2日
2026年6月2日

訪問看護師向け在宅看取り指導者養成プログラム「PENUT-T」特徴&指導者の声/日本訪問看護財団

在宅での看取りを支える訪問看護師の育成には、実践力だけでなく「人を育てる力」が求められています。PENUT連載最終回となる本記事のテーマは、在宅看取りを地域に広げ、次世代を育てる指導者を育成するための実践的プログラム「PENUT-T(ピーナット・ティー)」です。プログラムの特徴や指導者のリアルな声を通して、その魅力と可能性をご紹介します。 訪問看護師向け在宅看取り指導者養成プログラム(PENUT-T)とは PENUTの連載第3弾では、訪問看護師向け在宅看取り指導者養成プログラム(PENUT-T: Program of End-of-life care for home visiting Nurses Training-Trainer)をご紹介します。 PENUT-Tは、在宅看取りを推進するという使命感をもち、所属施設や地域において在宅看取りを実践できる訪問看護師を意欲的に養成できる「指導者」の育成を目的としたプログラムです。2024年度より年1回開催しており、現在は全国で126名の指導者が活動しています(2026年度末時点)。 プログラムは講義と演習で構成され、1日間の集合研修として実施されます(表1)。 PENUT-Tの4つの特徴 1.教育学の専門家による講義 講義「グループワーク研修の実施・評価とファシリテーターの役割・コツ」は、教育学の専門家が担当します。講義では、実践者を対象とした研修で押さえておくべき理論やポイント、ファシリテーターの役割と実践のコツについて学習します。 2.PENUTスーパーバイザーによるファシリテータートレーニング 演習はグループワーク形式で実施され、各グループにはスーパーバイザーが配置されます。スーパーバイザーは、在宅看取りを指導的立場で実践し、社会活動を通じてPENUTの質向上と普及に貢献してきた訪問看護師の方々です。 前列左から:大橋 奈美氏、柴田 三奈子氏、中島 朋子氏、平原 優美、富岡 里江氏、藤田 愛氏後列左から:岩本 大希氏、福田 裕子氏、清野 美砂氏、島田 珠美氏、黒澤 薫子氏、豊田 好美氏 3.修了後は「指導者」としてPENUT演習の開催が可能に PENUT-Tの修了者は、指導者としてPENUTの演習を開催できるようになります。指導者は、開催日時、開催形式(集合/オンライン)、受講料などを自ら設定し、地域や所属施設の在宅看取り実践力向上を目的に研修を企画・実施しています。 4.エビデンスに基づくプログラム PENUT-TはPENUTと同様に、アンケート調査、インタビュー調査、専門家のレビュー、モデル事業を経て開発された、エビデンスに基づく系統的なプログラムです。PENUT-Tの有効性を検証した研究成果は、日本看護科学学会の学術集会1)および学会誌2)にて公表しています。 1)濱谷 雅子, 平原 優美, 小沼 絵理, 沼田 華子, 野口 麻衣子, 菱田 一恵, 岡本 有子, 竹森 志穂, 新幡智子, 山田 享介, 栗田 佳代子, 山本 則子. 訪問看護師向け在宅看取り教育プログラム(指導者)(PENUT-T)の有効性の検討. 第44回日本看護科学学会学術集会(2024年12月)2)濱谷 雅子, 平原 優美, 小沼 絵理, 新幡 智子, 沼田 華子, 野口 麻衣子, 菱田 一恵, 山田 享介, 岡本有子, 竹森 志穂, 栗田 佳代子, 山本 則子. 訪問看護師向け在宅看取り指導者養成プログラム(PENUT-T)の有効性の検討. 日本看護科学会誌. in press. 指導者の声 地域で活躍する指導者の声を紹介します。 小川 綾乃さん(ソフィアメディ訪問看護ステーション成城 管理者、訪問看護認定看護師/2025年度PENUT-T修了)―PENUT-Tを受講し、指導者を取得した理由を教えてください。これまでもELNEC-J(End-of-Life Nursing Education Consortium-Japan)コアカリキュラム指導者として、講義を行ってきましたが、より在宅の場にフィットした内容で学びを届けたいという思いがありました。また、自ステーションが本年度から東京都の教育ステーションに認定されたこともPENUT-T受講のきっかけとなりました。お看取りの経験が少ない地域のステーションに対してPENUTを実施することで、地域全体の在宅看取りケアの底上げに貢献できるのではないかと考え、受講を決めました。―PENUT-Tを実際に受講してみていかがでしたか。鍋田先生の「グループワーク研修の実施・評価とファシリテーターの役割・コツ」は、本当に素晴らしく、思わず引き込まれる講義でした。私はこれまで、研修では本題を話すことが最も重要だと考えており、研修の目標はついさらっと流してしまいがちでした。しかし、まずは目標をしっかり共有することが、受講者の学びを大きく左右するのだと気づかされました。さらに、「受講者としっかり目線を合わせる」など、講義を進めるうえでの受講者との接し方や心構えも学ぶことができました。受講後すぐに講師を務める機会があったのですが、学んだことを早速実践しています。―グループワーク(演習)はいかがでしたか。グループメンバーは初対面の方ばかりだったので、最初はお互いをきちんと評価し合うことが難しく、「コミュニケーションが上手ですね」「笑顔が素敵ですね」といった、当たり障りのないフィードバックに終始していました。そんなとき、スーパーバイザーから「そういうのはいらない。大事なことはきちんと伝えなければ駄目だ」とズバッと指摘していただき、受講者の学びのために指導者としてどうあるべきか、その心構えを教えていただきました。また、スーパーバイザーは、常に広い視野で状況を捉えていて、いただくアドバイスはどれも有意義でした。大人数の前で手を挙げて質問するのは躊躇してしまう場面もありますが、各グループにスーパーバイザーがついてくださったことで、気軽に質問や相談ができ、理解が深まり、腑に落ちる学びが得られました。ここで身につけたファシリテーションスキルは、面談などさまざまな場面で生きています。―PENUTの開催についてはどのようにお考えですか。自社では、新卒や卒後3年以内の若いスタッフが増えています。お看取りの経験がなく、終末期の身体の変化を知らないスタッフも少なくありません。そのようなスタッフには、PENUTで知識を身につけてもらうことで、利用者や家族に安心していただけるサポートにつながると考えています。まずは自社スタッフを対象にPENUTを実施し、その後は地域でもぜひ開催してみたいです。一方で、演習開催の前に、講義受講料が必要となる点が1つのネックだと考えています。例えば、会社全体から受講希望者を募り、受講料を会社負担で実施できないかなど、いくつかの方法を検討してはいるのですが、まだ実施には至っていないのが現状です。―PENUT-Tの受講を検討している方へメッセージをお願いします。コミュニケーションの取り方やファシリテーションの方法など、自分自身の学びにつながり、実践でいかせる内容が多くあります。受講に迷っている方は、ぜひ受講していただけたらと思います。また、一緒に学んだ仲間との横のつながりができるのもPENUT-Tの魅力です。地域でPENUTを開催する際にも、一人で抱え込まず、仲間と協力しながら取り組むことができます。仲間づくりという点でも、とてもおすすめの研修です。 土屋 清美さん(つむぐ訪問看護ステーション 管理者、訪問看護認定看護師/2023年度 PENUT-T修了)―PENUT-Tを受講し、指導者を取得した理由を教えてください。これまでELNEC-Jコアカリキュラム指導者として地域で活動してきました。ELNEC-Jは病院向けの内容も多いのですが、在宅看取りに特化したプログラムが新たにできたと聞き、自分自身の知識を深めたいと思ったことが受講理由のひとつです。自ステーションのケアの質をより高めたいという思いもありました。さらに、訪問看護認定看護師として「地域に向けて何かできることはないか」と考えていたこともあり、指導者の取得を決めました。―自ステーションのケアの質の向上という点で、PENUTをどのようにいかされていますか。PENUTでは、訪問看護計画の立案とコミュニケーションの演習を行います。経験の浅い訪問看護師が作成する訪問看護計画書は、どうしても看護師側の視点に寄ってしまう傾向があります。そのため、「利用者の目線に立つとどのような計画になるだろうか」と一緒に考える時間を大切にしています。また、利用者や家族への声掛けに躊躇してしまうスタッフもいるため、実際の場面を振り返りながら、コミュニケーションの取り方について一緒に考える機会をつくっています。スタッフにはPENUTの受講を積極的に勧めています。私もスタッフも、PENUTの教材をボロボロになるまで読み込み、日々の実践にいかしています。―地域に向けてはいかがでしょうか。自ステーションが所属する練馬区訪問看護ステーション連絡会の石神井ブロックには、研修会チームがあり、不定期で勉強会を行っています。まずは自ステーションのケアの質を高めていくことを大切にしながら、いずれはPENUT開催の企画を提案できたらと考えています。一方で、開催に至るまでのハードルの高さや日々の忙しさなどには課題も感じています。先日、あすか山訪問看護ステーションがPENUTを開催されたと伺いました。そのような事例も参考にしながら、地域での学びの場づくりにつなげていきたいと思っています。―PENUTやPENUT-Tの受講を検討している方へメッセージをお願いします。PENUTは、在宅という実践の場をしっかりと見据えてつくられたプログラムなので、困ったときに該当ページを開くと、何かしらのヒントが得られると思います。演習では、訪問看護計画書の作成方法やコミュニケーションについてグループで話し合うことで、自分の傾向に気づき、多くの学びを得られる点も魅力です。さらにPENUT-Tを受講して、学んだ知識をスタッフ教育にいかせるようになったと実感しています。 連載のおわりに ここまで3回にわたり、PENUTについてご紹介してきました。開発に携わった多くの訪問看護師、講師、研究者の思いが形となり、PENUTを受講してくださった訪問看護師の皆さんが、今日も全国で素晴らしいケアを実践されていることは、私たちにとって何にも代えがたい喜びです。 一方で、PENUTをより多くの地域や多様な現場へ届けていくためには、例えば、指導者による演習開催の推進、受講者のフォローアップ体制の強化など、まだまだ取り組むべき課題が残されています。さらに、プログラムを時代の変化や現場のニーズに合わせてブラッシュアップし続けていくことも必要です。 これからも、現場の皆さんとともに歩みながら、より実践に根ざした学びの場を育てていきたいと考えています。 PENUT受講案内1. 講義お申込受付中受講形式:オンデマンド配信受講時間:約11時間(テスト含む)受講可能期間:60日間(この間は繰り返し受講可能)プログラム・対象等詳細: https://www.jvnf.or.jp/penutkensyu/2. 演習【日本訪問看護財団主催】(1)会場開催開催日時:2026年11月14日(土)9:30~16:05申込期間:2026年8月1日(土)~10月28日(水)プログラム・対象等詳細:https://jvnf.manaable.com/login/cd87bf81-a546-4684-be21-d46b52f07f9f/detail(2)Web開催開催日時:2027年1月30日(土)9:20~16:05申込期間:2026年10月1日(木)~2027年1月13日(水)プログラム・対象等詳細:https://jvnf.manaable.com/login/230e3b63-f73b-4f42-9799-e2e9e012e5fa/detail【他団体(PENUT-T修了者)主催】他団体主催の演習は、トップページのお知らせに掲載しておりますhttps://www.jvnf.or.jp/penut/PENUT-T受講案内受講形式:集合研修(東京会場)開催日時:2027年2月20日(土)申込期間:2026年11月1日(日)~2027年2月3日(水)プログラム・対象等詳細は、日本訪問看護財団公式ホームページにて後日公表いたします 研修情報・詳細はこちらさらに詳しい情報や研修開催情報については、PENUT専用ウェブサイトをご覧ください。https://www.jvnf.or.jp/penut/ 執筆:濱谷 雅子(はまたに まさこ)/公益財団法人 日本訪問看護財団 事業部博士(看護学)。早稲田大学スポーツ科学部を卒業後、修士課程から看護学の道へ。2020年度より現職。日本訪問看護財団が5年間にわたり実施した「訪問看護師向け在宅看取り教育プログラムの開発」事業では、主研究者として開発に携わる。訪問看護師の優れた実践をインタビュー調査などを通じて理論化し、その成果を広く社会へ発信する研究活動を行っている。

特集
2026年6月2日
2026年6月2日

腹膜透析患者の在宅移行を支える地域連携――訪問看護師が知っておきたい「仙台モデル」の実践

腹膜透析(PD)患者さんの在宅移行を支えるとき、「この地域では誰と連携すればいいのか」「多職種とどうつながればよいのか」と悩む訪問看護師さんも多いのではないでしょうか。 今回はJMS帝人ホームメディカルケア株式会社のご協力のもと、宮城県仙台市で構築された先進的な地域連携の取り組みをご紹介します。「仙台モデル」が示す病院・在宅医・看多機の連携の形は、チームで在宅PDを支えるヒントが詰まっています。 ※本記事は2026年6月に公開されたものです。法令や制度、関連ガイドラインは変更される場合がありますので、最新情報をご確認ください。 ※本記事はJMS帝人ホームメディカルケア株式会社が制作したパンフレットを転載しています。 地域で支える腹膜透析(PD) 宮城県仙台市では、東北医科薬科大学病院 腎臓・高血圧内科を中心に、在宅医と看護小規模多機能型居宅介護(以下、看多機)施設が連携して、地域で腹膜透析(以下、PD)患者さんを支える「仙台モデル」を構築しています。 いかにして病院・診療所・介護施設の連携(病診介護連携)が構築されたのか、そして実際にどのように運用されているのか。東北医科薬科大学病院副院長の森 建文(もり たけふみ)先生と、セントケア看護小規模仙台中野 所長の川村 一美(かわむら ひとみ)氏にお話をうかがいました。 導入病院における在宅PD推進の取り組み 腎不全の療法選択 森: 当院では腎不全患者さんの療法選択について、「これからどのように生きたいのか」を中心にして検討を始めます。透析が必要になった患者さんの多くは高齢者ですから、どこで誰と暮らしたいのか、どのようなことが生きがいなのか、人生の最後をどのように過ごしたいのかを聞き取って、なるべく実現できるような療法を選択します。 院内で医師や看護師、ソーシャルワーカーや心理療法士もチームに入って、患者さんの要望を聞き取ることもあります。血液透析(以下、HD)のほうが有利であればHDを勧めますが、地域によってはHD施設への送迎がむずかしい場合もあります。また、血液透析困難症の方もいます。PDであれば体にやさしくできることがわかっているので、PDで透析プランを立てることがおのずと増えてきました。 PDをどこで行うのか 森: とはいえ高齢者が自身でPDをすべて完結するのはむずかしく、少し手伝う必要があります。家族が手伝うにしても、負担がかかりすぎては長続きしません。地域の社会資源を利用すれば、訪問看護師、看多機、在宅医と連携しているサービス付き高齢者住宅など、いろいろなシナリオを描くことができます。自宅をベースにして家族がPDを手伝う場合に受けられるサービス、施設に入所してPDを受ける場合など、いくつかの選択肢を提示できます。 病院で療法の説明を受けただけでは理解が追いつかないので、自宅で繰り返し視聴できるように療法の説明動画をWeb上にアップしています。家族といっしょに視聴して、本音で話し合うことも大切です。また、一度決めたとしても、変更は可能です。看多機を試したあとに施設に入ることもあれば、施設に入った方が自宅に帰ることもあります。その間に体の状態も変わってくるので、療法選択はずっと続いているとも言えます。 介護施設の新しい施設がオープンすると、スタッフが足を運んでPD患者さんの退院後の受け入れを依頼することもあります。連携する看多機では、PDの手技指導や術後管理を含めた出口部管理なども行います。PD患者さんを受け入れた看多機では、看取りまで経験すると、この医療が患者さんにとって有益であることをスタッフが理解して、やりがいを感じられるようです。訪問看護師も最初はPDの手技に不慣れでしたが、しだいに手応えを感じてもっと受け入れたいと声が上がるようになってきました。 在宅療法のメリット 森:たとえば認知症の症状が重い方は、病院では長く入院できないことがあります。長く入院していると認知症はさらに重くなり、体が動かなくなり、寝たきりになるリスクが高まります。病院では病気の治療はしますが、その間に高齢者は体の機能が落ちてしまい、しだいに半寝たきりになって、誤嚥性肺炎などで最期を迎えることさえあります。このような場合、できるだけタイムラグなく自宅に帰れる状況をつくったほうが、有利となるケースが少なくありません。不思議なことに、病院にいるときよりも自宅や施設で過ごすほうが、高齢者の体の動きはよくなります。病院では専門のリハビリ担当者がついて、生活動作を保つ訓練をしているのですが、それよりも退院して自宅や施設にいるほうが、高齢者は元気になっていきます。普段の生活リハビリの重要性がうかがい知れます。 患者さんを支える在宅医療 在宅医との連携 森: 治療方針が決まって、治療を継続する在宅医や看多機などのサポート態勢が整うと、在宅療法が始まります。在宅療法に入るときは病院のスタッフが訪問して、在宅医に引き継ぎます。在宅医の先生方は腎臓内科が専門とは限らないので、常に連絡が取れる態勢を整えています。 昨今の在宅医療は多くの薬剤を取り寄せて使用できるうえ、酸素吸入や超音波診断装置など在宅用の機材も増えてきています。病院内でしか行えなかった処置のなかには、在宅で可能になったものもあります。また、終末期の緩和医療は、薬剤の使い方や患者さんの生活状況の把握など、在宅医の先生方のほうが病院医よりもはるかに長けていることもあります。 診療報酬においては、在宅医がPDの管理料を算定した場合、これまでは病院側は算定できませんでした。2026年の診療報酬改定では病院側でも少し算定できる流れになっているので、病診の連携強化につながりそうです。 病診看多機連携と情報共有ツール 森: 私たちのPD地域連携では、病院と在宅医、看多機は常に専用の連絡アプリや電話で連絡を取り合っています。病院内ではこうしたツールの使用が許可されないので、主治医が直接病棟に行って指示を出す必要があります。看多機にはある程度予測されることは事前に打ち合わせがしてあり、急変したときにはオンライン連絡ツールや電話を駆使してタイムラグなく対応しています。施設であれば、連携している在宅医にデジタル連絡手段や電話で連絡して、管理してもらうことも可能です。 2026年4月からは、老人介護施設との連携を強化していきます。特別養護老人ホームとショートステイ、ケアハウスの3形態を運営している施設と近隣のクリニックと提携して、PDに限らず効率よく患者さんをサポートできるシステムの構築を目指しています。 在宅医療への思い 森: 市民公開講座で「みなさんどこで最期を迎えたいですか」と聞くと、たいていは自宅と答えます。ところが8割の方は、病院で亡くなっているのが現状です。われわれの調査によると、事前にしっかりと療法選択をして緩和医療を中心とした在宅医を積極的に手配していた群は、8割が自宅か家族が通える施設で最期を迎えていました。これに対して、普通に病院の外来に通っていた群は、8割が病院で亡くなっていました。つまり、事前にどれだけ準備するかが重要なのです。 これらのことを踏まえて、高齢の患者さんには「病院に長くいないで、早く帰りなさい」と伝えることがあります。家族は心配して「もう少し入院させてください」と言いますが、「長く入院すると患者さんが動けなくなります。早く帰ったほうが元気になります」と説明します。実際に、退院すると元気になる高齢者がたくさんいます。 退院をサポートする看護小規模多機能型居宅介護(看多機) 看護小規模多機能型居宅介護サービスの特徴 川村: 看護小規模多機能型居宅介護(看多機)は2014年に開始された比較的新しい事業で、訪問介護、訪問看護、通い(デイサービス)、泊まり(ショートステイ)の4つのサービスを一体的に提供できる施設です。介護保険で運営されており、要介護1〜5の認定を受けた方が対象となります(要支援は対象外)。住み慣れた地域で、必要なサービスを一体的に提供できる点が特徴で、病院と自宅の中間的な役割を担います。介護報酬は包括報酬(定額制)のため、要介護1の方でも毎日訪問サービスを受けることが可能です。利用者の状態に応じた柔軟なサービス提供ができる点が、看多機の大きな特徴です。 PD地域連携を始めた経緯 川村: 当施設は2017年に開設しました。オープン前に地域のケアマネジャーや病院の連携室の方を招いて施設の内覧会を開いたところ、東北医科薬科大学病院の連携室の方から「PD患者さんの退院後の受け入れ先がない」と聞きました。私たちセントケアの基準では、人工呼吸器以外の医療行為であれば受け入れられます。看護師の在駐時間は7時〜19時で、それ以外の時間帯はオンコール態勢のため、定期的な医療行為が時間内に行えるのであれば対応は可能です。開設時の看護師にPD経験者はいませんでしたが、地域にニーズがあれば対応したいと受け入れを決めて、病院と勉強会を重ねて準備しました。2017年10月からPD患者さんの受け入れを開始して、以来常に4〜5名の登録者がいます。2026年2月までに、のべ18名のPD患者さんを受け入れています。 PD患者さんの在宅移行支援 川村: 東北医科薬科大学病院からの紹介患者さんがほとんどです。退院が決まると病院でカンファレンスが開かれて、病院側は主治医、病棟看護師、退院支援看護師、在宅医側は看護師、窓口担当者、看多機からはケアマネジャーと看護師が出席して情報共有します。患者さんや家族は、介護と看護を複合的に提供する看多機のサービスがよくわからない方が多いので、まずは見学に来てもらって退院後の不安を聞き取ります。 看多機の基本は自立支援なので、患者さんがPDの手技をどこまでできるか、家族はどこまでサポートできるか、不安に思うのは何か、全方向から見て、退院直後にどこで過ごすかを調整します。家族がPDに不安を抱えている場合は、患者さんが看多機に泊まって、家族には通ってもらって手技を伝えます。あるいは患者さんが自宅に帰って、毎日看多機に通ってPDの手技を覚えることもあります。病院には「手技は2〜3回教えてもらえれば十分で、100点ではなくてもセントケアへ送ってください」と伝えてあります。在宅になれば、長期的な視点で私たちがサポートします。トライ&エラーを繰り返しながら、高齢でも徐々にPDができるようになる方もいます。 在宅PDのメリット 川村: 病院で病衣を着てベッドで横になっている時と、自宅に帰って私服で看多機に通う時とでは、同一人物とは思えないほど様子が違う方がいます。血液データだけを見ると驚くほど悪い数値なのに、在宅PDを受けて生き生きと過ごす方が少なくありません。それは「在宅の力」、家で過ごすことによる力です。 在宅PD実践の現場から 在宅PDを実践している患者さんや家族の声 川村: 新型コロナウイルス感染症の流行下では、病院に入院した患者さんとの面会が制限され、手技の指導も制限がありました。家族に会えないのはさみしいという理由で在宅PDを選択する方が増えて、家族に手技を指導して、そのままずっとサポートして看取りまでしたケースもありました。パンデミックを契機に、在宅医療のあり方はずいぶん変化した印象があります。高齢夫婦の事例では、94歳の男性で毎日看多機に通ってPDを行い、手技もしっかりしている方がいました。週2回は自宅PDを体重スケールでできるようになりましたが、奥さんの不安が強いようすでした。「奥さんの仕事は、ご主人の具合が悪くなったときに看多機に電話をかけるだけですよ」という声掛けで、なんとか受け入れてくれました。患者さんや家族で完璧に手技ができなくても、私たちがフォローします。家族のレスパイト(一時的な休息・介護負担の軽減)も私たちの重要な役目です。 森: PDは身体への負担が比較的少ない療法です。寝たきりに近く、経口摂取が困難な患者さんでも、最低限のPDのみで生命維持が可能な方が多くいます。なかには全身状態が改善し、食事摂取が可能となって趣味に取り組めるようになった方や、家族と釣りに出かけられるようになった方もいます。眠るように最期を迎える方が多く、家族が気づかないうちに「息を引き取っていました」という連絡も少なくありません。 在宅医療・在宅介護には、患者さんと家族双方に大きな満足感をもたらす力があります。介護をやりきったという納得感が共有されることで、看取りの場面でも家族が穏やかに見送ることができます。本人が満足して最期を迎えられたと周囲が実感できることは、在宅医療の大きな意義です。自宅ベースでPDを続けるうえでは、看多機は最強のサポーターです。セントケアは全国の拠点でPDを受け入れるそうなので、今後は在宅PDの全国的な広がりを期待したいと思います。 まとめ 仙台モデルは、病院・在宅医・看多機が緊密に連携することで、高齢PDの患者さんが「住み慣れた地域で最期まで生きる」選択肢を広げた先進的な取り組みです。 訪問看護師や在宅医療に関わるみなさんにとって、看多機との連携がPD患者さんの在宅生活を支える力になることを、森先生と川村氏の言葉が示しています。 在宅医療の現場では、医療・介護・家族がつながることで「在宅の力」が生まれます。PDという医療行為を在宅で続けるためのチームケアのモデルとして、この仙台モデルが全国各地へと広がることを願っています。 「事前にどれだけ準備するかが重要」という森先生の言葉は、訪問看護師の皆さんにとっても同じではないでしょうか。PD患者さんが在宅で安心して生活を続けるために、地域のチームとつながることの意味を、仙台モデルが示してくれています。 「在宅×透析シリーズ」では、腹膜透析の基礎知識からトラブル対応、セルフケア指導まで、現場に役立つ情報を発信しています。ぜひ合わせてご覧ください。 森 建文(もり たけふみ)東北医科薬科大学病院 副病院長・腎臓内分泌内科 科長/東北医科薬科大学 内科学第三(腎臓内分泌内科)教授、医学博士。日本腎臓学会腎臓専門医・指導医、日本透析医学会透析専門医、日本内科学会総合内科専門医・指導医、日本高血圧学会高血圧専門医・指導医川村 一美(かわむら ひとみ)セントケア看護小規模仙台中野 所長

腎不全の緩和ケアがよく分かる 在宅での保存的腎臓療法(CKM)とは
腎不全の緩和ケアがよく分かる 在宅での保存的腎臓療法(CKM)とは
特集
2026年5月19日
2026年5月19日

腎不全の緩和ケアがよく分かる 在宅での保存的腎臓療法(CKM)とは

非がん疾患の患者さんに質の高い緩和ケアを届けるための知識・視点を整理。訪問時のケアの実践につながるヒントをお届けします。今回のテーマは「腎不全」。その中でも末期腎不全(ESKD)に対する在宅での保存的腎臓療法(CKM)について、東京ふれあい医療生活協同組合 梶原診療所の岡田絵里先生に、進行に伴う苦痛症状とその対応、患者さんのQOL向上のために検討すべきことを解説いただきます。 はじめに わが国では、慢性腎臓病(CKD)を有する患者数は約2,000万人(成人の約5人に1人)1)とされ、75歳以上の高齢者における有病率は34.6%(約3人に1人)に上ると推算されます2)。また、ESKDに対して血液透析を中心とした腎代替療法が行われてきましたが、透析導入患者の平均年齢は今や約71歳3)を超え、重度の心不全や認知症など、体外循環がハイリスクとなるケースも少なくありません。 超高齢社会における腎不全治療の在り方が問われており、近年は腎代替療法を選択せず、ESKDに伴う症状緩和を主軸とするCKMを選択する症例も増加しています。本稿では在宅療養下でCKMを選択された腎不全患者さんを対象とした緩和ケアについて概説します。 腎不全とは 疾患の概要 腎不全とは、腎臓の機能が低下し、老廃物や余分な水分、電解質の排泄や調整ができなくなる状態です。高齢腎不全の多くの症例では、糖尿病・高血圧・加齢などを背景に緩徐に腎機能の低下が進行し、ESKDに至ります。このようなケースでは亡くなる1~2ヵ月前まで身体機能が比較的保たれ、末期がんのような病の軌跡をたどることが特徴です。 一方で、腎不全の原疾患や他臓器の併存症によって、腎機能の急性増悪を繰り返しながら段階的に腎機能が低下していく症例もあり、過去の腎機能の推移から今後の経過を個別に予測する必要があります。 進行の特徴と終末期の変化 病期の進行とともに、浮腫、倦怠感、食欲不振、呼吸困難、皮膚のかゆみ、意識障害などが段階的に現れます。糸球体濾過量(eGFR)が10mL/分/1.73m2未満となり終末期が近づくと、尿量の著しい減少、傾眠傾向の増加、せん妄、けいれん、昏睡といった尿毒症による症状もみられます4)。特にCKMを選択される場合は、終末期に向けて症状のコントロールがより重要になってきます。 ESKDに伴う主な苦痛症状とその対応 米国で腎緩和ケアサービスを受けていたESKD患者335 名における5大症状は、呼吸困難(63.7%)、倦怠感(51.8%)、浮腫(48.2%)、疼痛(44.2%)、食欲不振(38.1%)5)であったと報告されています。そのほかの苦痛症状も含め、観察ポイントとケア・対応を表1にまとめました。 表1 ESKDに伴う主な苦痛症状と観察ポイントおよびケア・対応 苦痛症状観察ポイントケア・対応呼吸困難・浮腫・体液過剰   ・血圧・体重・SpO2・塩分制限・在宅酸素療法・ベッドのギャッジアップ・顔に冷風を当てる・利尿薬の増量・薬物治療:オピオイド※、抗不安薬(オピオイド無効時)倦怠感・高度の貧血や心不全の有無・薬剤性(抗ヒスタミン薬、オピオイド※、睡眠薬など)・抑うつ・貧血の是正(薬物治療:腎性貧血治療薬〔ESA やHIF-PH 阻害薬など〕)・原因薬剤の減量・中止:抗ヒスタミン薬、オピオイド※、睡眠薬などによる倦怠感の可能性を検討・抑うつがある場合は抗うつ薬を検討疼痛・NRS(数値的評価スケール)・痛みの性質・増悪寛解要因・神経障害性疼痛の場合:薬物治療(プレガバリン、ガバペンチンなど)・侵害受容性疼痛の場合:薬物治療(アセトアミノフェン、トラマドール、オピオイド※など)食思不振・悪心・嘔吐・食事量・体重・排便管理・食事の少量頻回摂取・薬物治療:制吐薬、六君子湯など・リン吸着薬やカリウム吸着薬などの減量・中止の検討・難治性の場合:薬物治療(オランザピン)せん妄・意識障害・意識レベル・症状の変動・羽ばたき振戦の有無・介入可能な原因検索(電解質異常や感染症、便秘や尿閉など)・せん妄に対する環境調整(日中の覚醒を促す、眼鏡や補聴器の適正使用など)・活動性せん妄に対する薬物治療:抗精神病薬(クエチアピン〔糖尿病患者では禁忌〕、ペロスピロンなど)・臨死期における尿毒症による意識障害は苦痛がなければ介入を行わないことも多い皮膚掻痒・掻把痕・皮膚乾燥の確認・スキンケア、保湿、天然繊維の肌着の使用・薬物治療:抗ヒスタミン薬、ナルフラフィン(抗ヒスタミン薬が効きにくい場合。保存期CKD では適応外)むずむず脚症候群・日内変動の確認・鉄欠乏の有無・薬剤性(抗精神病薬や抗うつ薬など)・カフェインやアルコール摂取を控える・鉄分の補充・薬物治療:プレガバリン、プラミペキソールなど便秘・便の性状・薬剤性(リン吸着薬、カリウム吸着薬など)・原因薬剤の減量・変更:リン吸着薬、カリウム吸着薬・薬物治療:上皮機能変容薬(ルビプロストン、エロビキシバット)、浸透圧性下剤(ポリエチレングリコール)など⇒腎機能低下患者では酸化マグネシウムを避ける(高マグネシウム血症への注意が必要) ※腎不全におけるオピオイドの使用モルヒネは、有害な代謝産物(モルヒネ-3-グルクロニド〔M3G〕)が蓄積し、せん妄やミオクローヌスなどを起こしやすくなるため、eGFR30mL/分以下の場合、使用は原則禁忌とされています。オキシコドン、ヒドロモルフォン、トラマドールは、減量して慎重に投与します。ブプレノルフィンやフェンタニルは腎不全でも比較的安全に使用可能ですが、いずれも内服薬がない点に留意する必要があります。非がん進行性疾患の呼吸苦に対するオピオイドの使用は知見に乏しく、現状はエビデンスが担保されていませんが、一定の効果が得られることもあり、使用を検討します。 患者さんのQOL向上のためにできること ポリファーマシー対策 腎不全患者さんは、高血圧や糖尿病、脂質異常症、心疾患などの多疾患並存を抱える場合、内服薬が多くなる傾向にあります。ある研究によると、CKDステージG4(腎機能が高度に低下した状態)およびG5(ESKDの状態)では、6剤以上のポリファーマシー状態にある患者さんの割合が、それぞれ84%、74%であったと報告されています6)。 CKMを選択される患者さんにおいては、長期的な生命予後よりも、QOLや短期予後をより重視した処方設計が望ましい場合もあります。例えば、便秘になりやすい症例や服薬アドヒアランスに懸念がある症例においては、血清リンのコントロール目標は緩くし、リン吸着薬の減量・中止を検討してもよいかもしれません。高カリウム血症を呈する症例では、アシドーシスに対する炭酸水素ナトリウムを使用することで、カリウム吸着薬による便秘を避けられる可能性があります。 個々の症例に応じて処方を見直し、患者さんの治療負担の低減を図ることができるとよいでしょう。 食事制限は患者さんのQOLを重視 CKDの食事療法に関しては、一般的にタンパク・リン・カリウムなど、多くの制限が提示されます。しかし、高齢CKD患者さんではそもそも食事摂取量が低下し、サルコペニアの合併例も多いことから、栄養指導にも留意が必要です。 『CKD診療ガイド2024』(日本腎臓病学会編)では、サルコペニアを合併したCKDでのタンパク制限の緩和についても言及されています7)。食事はQOLに直結する人生の愉しみでもあり、高齢CKM症例における食事制限に関しても、主治医と相談の上で適宜緩和を検討すべきでしょう。 アップデートしておきたい知識 腎不全の緩和ケアに対する関心の高まりから、令和 8 年度診療報酬改定において緩和ケア病棟の対象疾患として新たに腎不全が加わり、また腎臓病対策推進の一環として緩和ケア提供体制の整備を含めた診療加算が新設されました8)。 在宅で受けることができる透析治療として、腹膜透析(PD)への関心も高まっています。血液透析と比較し、通院負担や体外循環による心血管系の負担が少ないことがメリットである一方、高齢患者さんでは自身での管理が難しいケースも少なくありません。訪問看護師によるサポートで在宅PDを導入・継続するassisted PDの広がりが期待されます。 本文で使用した略語一覧(本文登場順)ESKD:end-stage kidney disease(末期腎不全)CKM:conservative kidney management(保存的腎臓療法)QOL:quality of life(生活の質)CKD:chronic kidney disease(慢性腎臓病)eGFR:estimated glomerular filtration rate(推算糸球体濾過量(値))SpO2:saturation of percutaneous oxygen(経皮的動脈血酸素飽和度)ESA:erythropoiesis stimulating agent(赤血球造血刺激因子製剤)HIF-PH:hypoxia-inducible factor-prolyl hydroxylase(低酸素誘導因子プロリン水酸化酵素)NRS:numerical rating scale(数値的評価スケール)PD:peritoneal dialysis(腹膜透析) 執筆:岡田 絵里東京ふれあい医療生活協同組合 梶原診療所 筑波大学医学類卒業後、腎臓専門医・透析専門医・総合内科専門医を取得。在宅医として高齢者腎不全診療にアプローチしていきたいと考えています。 編集:株式会社照林社 【引用文献】1)日本腎臓学会編:CKD診療ガイド 2024.東京医学社,東京,2024:ⅳ.2)Kobayashi A,Hirano K,Okuda T, et al.:Estimating the prevalence of chronic kidney disease in the older population using health screening data in Japan.Clin Exp Nephrol 2025;29(3):276-282.3)正木崇生,花房規男,阿部雅紀,他:わが国の慢性透析療法の現況.日本透析医学会雑誌 2024;57(12):543-620.4)鈴木利彦監修,坂井正弘編:腎不全の緩和ケア.東京,南山堂,2025:47.5)Kwok AO,Yuen SK,Yong DS,et al.:The Symptoms Prevalence, Medical Interventions, and Health Care Service Needs for Patients With End-Stage Renal Disease in a Renal Palliative Care Program.Am J Hosp Palliat Care 2016;33(10):952-958.6)坂本愛,浦田元樹,岩川真也,他:慢性腎臓病を有する高齢者のポリファーマシーにおける有害事象の潜在的リスク因子に関する検討.日本腎臓病薬物療法学会誌 2018;7(1):13-23.7)日本腎臓学会編:成人CKD患者への栄養管理.CKD診療ガイド 2024,東京医学社,東京,2024:55-58.8)厚生労働省:令和8年度診療報酬改定について 【医科全体版】 令和8年3月6日版.2026:379.2026/4/27閲覧

梅雨バテ 訪問看護師向けケアガイド
梅雨バテ 訪問看護師向けケアガイド
特集
2026年5月19日
2026年5月19日

梅雨バテと隠れ脱水を見逃さないために|1,030人調査×内科医監修の訪問看護師向けケアガイド

梅雨の時期に体調不良を感じる人は約4割——。株式会社リーフェホールディングスが2026年3月に1,030人を対象に実施した調査で、そんな実態が明らかになりました。さらに2026年は3月の寒暖差が例年より大きく、自律神経がすでに消耗した状態で梅雨を迎えるため、例年以上に症状が深刻化しやすいと考えられます。支援が必要な訪問看護の利用者さんにとって、梅雨バテは脱水・転倒・既往症悪化への入口になり得る見逃せない症状です。本記事では内科医の立場から、現場で今すぐ使えるアセスメント・ケアの知識を解説します。 梅雨バテとは——夏バテとの違いを理解する 梅雨バテとは、梅雨の時期に特有の環境変化(気圧の低下・高湿度・日照不足)が複合的に重なることで自律神経が乱れ、心身にさまざまな不調をきたす状態の総称です。「夏バテ」と混同されることが多いですが、発症のメカニズムは異なります。 梅雨バテ夏バテ主な時期6月〜7月上旬7月〜8月主な原因気圧変動・高湿度・日照不足高温・高湿度・冷房による体温調節の乱れ中心症状だるさ・頭痛・メンタル不調・睡眠障害食欲不振・疲労感・体力消耗特徴自律神経の乱れが主体体力・栄養の消耗が主体 この違いが訪問看護の現場で重要なのは、「気温がまだ高くないから大丈夫」という先入観が、梅雨バテや隠れ脱水の見落としにつながりやすいからです。また、気圧変化に伴う不調は「気象病」「天気痛」とも呼ばれ、日本生気象学会の研究によると天気の変化で体調不良を訴える人は全体の約7割にのぼるとされています。 潜在的な患者数は国内に1,000万人以上と推計されており、梅雨バテはその代表的な症状です。訪問看護の利用者さんだけでなく、訪問看護師のみなさん自身にも影響が出やすい時期であることを覚えておいてください。 梅雨バテの症状【1,030人調査データ】 株式会社リーフェホールディングスが2026年3月に実施した「春の不調に関する実態調査」(n=1,030人)では、6月に不調を感じた402人に対して具体的な症状を尋ねました(複数回答可)。上位5位の結果は以下の通りです。 順位割合 割合1位 だるさ 73.1%2位 頭痛・眩暈 60.4%3位 肩こり・腰痛 45.5%4位 無気力 39.1%5位 眠りが浅い 35.6% (株式会社リーフェホールディングス「春の不調に関する実態調査」2026年3月・n=1,030人) 注目したいのは、「だるさ」「頭痛」といった身体症状に加え、「無気力(39.1%)」という精神面の不調が4位に入っている点です。 訪問看護の現場でこうした変化に気づいたとき、それは「異変を察知するきっかけ」になります。ただし、反応の鈍さや意識の変化は脳血管障害・重度脱水・低ナトリウム血症など重大な疾患でも現れるため、まずバイタル測定と意識レベルの確認を行い、重篤な原因を除外することが先決です。そのうえで環境的な背景(梅雨・気圧変化)と照らし合わせ、梅雨バテの関与を考えてください。 支援が必要な利用者さんにとって、梅雨バテの症状は日常生活に直結します。だるさや無気力が続けば活動量が落ち、廃用症候群につながる可能性があります。頭痛や眩暈があれば立ちくらみから転倒につながることもありますし、食欲不振が重なると服薬が不規則になり既往症に影響が出ることも考えられます。「なんとなく元気がない」というサインを早めにキャッチして関わることが、在宅生活の安定を支える第一歩です。 梅雨バテが日常生活に与える影響【調査データ】 同調査で4〜6月に不調を経験した980人に「不調時に本来の自分の何%で動けているか」を尋ねたところ、78.9%が「80%未満」と回答しました。 パフォーマンス割合80〜100%(ほぼ変わらない)21.1%50〜79%(ミスが増える・動きが遅い)57.0%20〜49%(最低限のことしかできない)18.1%0〜19%(休みたい・何も手につかない)3.8% (株式会社リーフェホールディングス「春の不調に関する実態調査」2026年3月・n=1,030人) 不調を感じた人の約6割が「ミスが増える・動きが遅い」状態にあります。訪問看護の利用者さんの場合、このパフォーマンス低下は服薬管理のミス・転倒リスクの上昇・水分摂取量の低下として現れやすく、より深刻な事態に発展するリスクがあります。 また見落としがちですが、介護をしているご家族も同様の影響を受けている可能性があります。ケアの質が全体的に落ちやすい時期として認識しておくことが大切です。最悪の場合、うっかり服薬管理のミスにつながることもゼロではありません。「家族の介護力も季節によって変わる」という視点を持ちながら、訪問時に服薬カレンダーの確認や一包化の提案をさりげなく行うことが、利用者さんとご家族の両方を支えることになります。 梅雨バテの3つの原因——医学的メカニズム (1)気圧の低下による自律神経の乱れ 梅雨は低気圧が長期間持続します。耳の奥にある「内耳」は気圧を感知する精密なセンサーとして機能しており、気圧が低下すると前庭神経が過剰に反応し、自律神経のバランスが崩れます。自律神経には「交感神経(活動モード)」と「副交感神経(休息モード)」の2系統があり、低気圧が続くと副交感神経が優位になりやすく、体が常に「休息モード」に傾きます。これがだるさ・眠気・意欲低下の本質的な原因です。 また、低気圧の影響でヒスタミンという炎症・発痛物質の産生が増えることが知られており、頭痛・肩こりの増悪につながります。 (2)高湿度による体温調節機能の低下と「隠れ脱水」 梅雨時期は湿度が80〜90%に達することもあります。高湿度環境では汗が蒸発しにくく、体内に熱がこもった状態(うつ熱)が続きます。これがだるさや倦怠感の主な原因のひとつです。 さらに見落とされがちなのが「隠れ脱水」のリスクです。「梅雨はまだ涼しいから水を飲まなくていい」という認識のまま、気づかないうちに水分不足が進行するケースが多くあります。高齢者は口渇感が鈍化していることが多く、自覚なく脱水が進むリスクが特に高い点に注意が必要です。 (3)日照不足によるセロトニン・メラトニン分泌の乱れ 太陽光を浴びることで分泌されるセロトニン(幸福ホルモン)は、気分の安定や意欲の維持に不可欠な神経伝達物質です。梅雨の時期は晴天が少なくなることでセロトニンの分泌が低下し、気分の落ち込み・無気力感・不安といった精神症状が現れやすくなります。 またセロトニンは睡眠ホルモン「メラトニン」の前駆体でもあるため、睡眠の質の低下や日中の眠気にも直結します。 訪問看護師が押さえておきたいポイント 梅雨バテは自己申告されにくい症状です。特に高齢の利用者さんは「年のせい」「大げさにしたくない」と思い、体調変化を積極的--に伝えないことが多くあります。以下のチェックリストを訪問時のアセスメントにそのままご活用ください。なお、チェックリストの使用はバイタルサインと意識レベルに大きな変化がないことを確認したうえで行ってください。 【梅雨バテチェックポイント】 表情・言動の変化 いつもより口数が少ない・反応が遅い 「なんとなくだるい」「ぼーっとする」という訴えがある 何もしたくない、外に出たくないという意欲の低下がある ぼんやりしている・会話が噛み合わない 隠れ脱水のサイン 口腔内・口唇の乾燥がある 皮膚をつまんで戻りが遅い 尿の色が濃い・回数が少ない 腋窩に発汗がない(体温調節機能低下の危険なサイン) 血圧低下・脈拍増加がある 生活環境の確認 室温28℃以上・湿度60%以上になっていないか エアコンを使っていない・使い慣れていないか 水分補給がアルコールやコーヒー中心になっていないか 食事量や睡眠に変化が出ていないか 服薬が正しく行われているか 【特に注意が必要な利用者さん】 高齢(口渇感の鈍化により自覚なく脱水が進みやすい)  心疾患・腎疾患・糖尿病などの基礎疾患がある  利尿薬・降圧薬・抗コリン薬など脱水リスクを高める薬剤を服用中  日中独居、またはほぼ動かない生活をしている  エアコンを使わない、または使い慣れていない 1つでも該当する項目がある場合は、梅雨バテの可能性を念頭に置いた観察と早めのケア介入を検討してください。 最新研究に基づく梅雨バテの対策 (1)内耳ケア——耳まわりのマッサージ 内耳は気圧変化を感知するセンサーとして機能しており、血流を改善することで自律神経の過剰反応を抑える効果が期待できます。道具は不要で座ったままできるため、利用者さんへそのまま指導しやすいケアです。訪問時に一緒に実施してみるのもよいでしょう。 やり方(1回約1〜2分) 両手の親指と人差し指で耳全体を軽くつまみ、上・下・横に5秒ずつゆっくり引っ張る 耳全体を後ろ方向にゆっくり5回まわす 耳を折り畳むように前に倒し、5秒キープする 手のひらで耳全体を覆い、後ろ方向に円を描くように5回まわす 雨の日の朝や、体調変化を感じたタイミングで行うのが効果的です。 (2)腹式呼吸——迷走神経を刺激して副交感神経を整える 深くゆっくりとした腹式呼吸は横隔膜を動かし、迷走神経を介して副交感神経を直接活性化します。 座位・臥位どちらでも実践できるため、在宅でのケアに取り入れやすい方法です。 手順:鼻から4秒吸ってお腹を膨らませ、口から8秒かけて吐く。5〜10回を目安に、起床時・就寝前に習慣化する。 (3)適切な水分補給と経口補水ドリンク 水分摂取量は1日の目安として1.5〜2リットルで、時間を決めてこまめに摂ることが大切です(腎疾患・心不全のある方は担当医の指示量を優先してください)。水や麦茶が適していますが、身体がだるい場合には水と電解質を同時に補給できる経口補水液が特に有効です。以下のレシピで自宅でも簡単に作ることができます。 橋本医師考案:手作り経口補水ドリンクレシピ(コップ1杯・約200ml分) 材料分量水200mlレモン汁大さじ1リンゴ酢小さじ1オリゴ糖大さじ1はちみつ大さじ1+小さじ1塩ひとつまみ コップに水を注ぎ、すべての材料を加えてよくかき混ぜるだけで完成です。ビワ・パイン・キウイ・梅・桃・ミントなど旬のフルーツを加えるとさらに飲みやすくなります。なお、アルコールやコーヒー・緑茶には利尿作用があるため、水分補給の代わりとして摂取すると脱水が進む可能性があります。飲み物の「量」だけでなく「中身」も確認することが重要です。 [注意事項]・塩分・糖分の制限がある利用者さんへの提供は、事前に担当医または管理栄養士へご相談ください。・作り置きは雑菌繁殖のリスクがあるため、作ったその日のうちに飲み切るようにしてください。 (4)栄養バランスのとれた食事 梅雨バテの症状を和らげるためには、自律神経のサポートに関わる以下の栄養素を意識した食事が効果的です。 栄養素 期待できる効果 主な食材ビタミンB群 疲労回復・自律神経のサポート 豚肉・玄米・納豆・バナナビタミンC 抗酸化作用・免疫力の向上 レモン・キウイ・ピーマンマグネシウム 自律神経の安定 豆腐・ひじき・アーモンドタンパク質 免疫力の維持・疲労回復 鶏肉・魚・大豆製品発酵食品 腸内環境を整え自律神経に好影響 ヨーグルト・納豆・キムチ 食事の準備が難しい利用者さんには、品数の多い定食や宅配食の活用もご提案ください。腸内環境と自律神経には密接な関係があることが近年の研究で示されており、発酵食品の積極的な摂取は梅雨バテ対策としても注目されています。 (5)生活リズムの維持と室内環境の整備 自律神経の乱れを防ぐためには、規則正しい生活リズムを保つことが基本です。毎朝同じ時間に起床し、雨天でも室内の電気をつけて明るい環境を作ることで、体内時計のリセットを促せます。また37〜38℃のぬるめの入浴は副交感神経を適度に活性化させ、睡眠の質向上にも効果的です。 室内環境については、高齢の利用者さんが「暑くないからエアコンは不要」と判断して室温・湿度が上がり続けているケースが多く見られます。訪問時に室温28℃以下・湿度60%以下を目安に環境を確認し、必要であればエアコンの適切な使用を促してください。 利用者さん・ご家族への現場での活用ポイント 訪問看護の現場では「気持ちの問題だと思っていた」「梅雨だから仕方ない」という声が多く聞かれます。まず「気圧変化による医学的な症状であること」を伝えることが、利用者さんの安心感と行動変容の第一歩になります。現場では次の3点を優先して確認・指導するのが実践的です。 水分補給の中身を確認する:量だけでなく、アルコール・コーヒー中心になっていないかをさりげなく聞く。「1時間に1回コップ半分」を目安として伝えると習慣化しやすい。 室内環境を目で確認する:エアコンの使用状況・室温・湿度を訪問のたびにチェックする。「電気代より命が大事」と丁寧に伝えることが高齢の利用者さんには特に有効。 介護家族にも声をかける:ご家族自身も梅雨バテの影響を受けているケースが多い。「一緒にケアしましょう」というスタンスが介護の持続性にもつながる。 こんな症状は受診を——梅雨バテと他疾患の見極め 「梅雨バテかもしれない」と思っても、他の疾患が隠れているケースがあります。以下の症状が続く場合や、梅雨バテ対策をとっても改善しない場合は、早めに受診を促してください。 症状・所見 疑われる疾患 受診先だるさ・むくみ・寒がり・体重増加が続く 甲状腺機能低下症 内科著明な倦怠感・動悸・顔色不良 鉄欠乏性貧血 内科市販薬が効かない持続的な頭痛・吐き気片頭痛・高血圧・脳血管疾患 内科・神経内科強いめまい・耳鳴り・難聴 メニエール病・突発性難聴 耳鼻咽喉科気分の落ち込み・無気力が2週間以上続く うつ病・適応障害 心療内科・精神科 訪問看護師として大切なのは、「梅雨バテかもしれないが、梅雨バテではないかもしれない」という視点を常に持つことです。症状が想定より強い・長引く・急激に悪化する際は、積極的に担当医師へ報告・相談してください。 まとめ 梅雨バテは「気のせい」でも「年のせい」でもなく、医学的な根拠をもつ体調不良です。適切なケアで症状を大きく和らげることができます。訪問看護の現場で「なんとなく元気がない」利用者さんに気づいたとき、本記事のアセスメントの視点とケアの知識がその一助になれば幸いです。また、皆さん自身の体調管理にもお役立ていただければ幸いです。 【調査概要】調査名:春の不調に関する実態調査実施者:株式会社リーフェホールディングス調査対象:全国の男女有効回答数:1,030人調査方法:インターネット調査 執筆:橋本 将吉現役内科医。『西新宿セルフライフ内科クリニック 』院長。2011年に「医学教育という専門領域から、日本と世界の明るい未来を創造する」という理念のもと、株式会社リーフェホールディングス(旧株式会社リーフェ)を設立。将来の医師を育てる医学生向けの個別指導塾『医学生道場』の運営や、自らが『ドクターハッシー(内科医 橋本将吉)』というYouTubeで健康教育を行う。2022年9月に、健康や医学を医師から学ぶ事のできるサービス『ヘルスケアアカデミー』をリリース。ヘルスケアアカデミー事業の一環として企業や学校などでセミナーを開催している。また、2023年11月には現役の医師目線で日々を健康に暮らすためのアイテムを扱うライフスタイルブランド「ハシモトマサヨシ」を立ち上げ、乳酸菌飲料「乳酸菌V28」や睡眠グッズ「お疲れさまくら」などの商品を展開している。「めざましテレビ」「ホンマでっか!TV」「櫻井・有吉THE夜会」など多数のテレビ番組の出演、「世界一受けたい授業」「林修の今、知りたいでしょ!」など、人気番組の医療監修を手掛け、著書に『薬のトリセツ』(自由国民社)『「老いても元気な人」と「どんどん衰えていく人」ではなにが違うのか』(アスコム)などがある。リーフェホールディングス:https://li-fe.co.jp/医学生道場:https://igakuseidojo.com/ヘルスケアアカデミー:https://healthcare-academy.co.jp/ハシモトマサヨシ:https://hashimotomasayoshi.co.jp/

エンバーミングの今と役割―海外事例・コロナ禍の研究から
エンバーミングの今と役割―海外事例・コロナ禍の研究から
コラム
2026年5月12日
2026年5月12日

エンバーミングの今と役割―海外事例・コロナ禍の研究から

日本におけるエンバーミングの浸透状況や背景を整理しつつ、海外で広がる「セレブラント」の取り組みを通して、葬儀がもつ意味を考えます。さらにコロナ禍に、著者である橋爪 謙一郎氏が代表取締役を務める株式会社ジーエスアイが参画したエンバーミングに関する研究やマニュアル作成の取り組みも紹介。「どのような状況でもご遺族が大切な時間を持てるようにしたい」という揺るぎない思いが、すべての活動の根底にあります。 はじめに 米国カリフォルニア州のエンバーマーライセンスを取得し、現地で業務に従事する中で、エンバーミングの価値を実感しました。その経験を胸に、2001年に日本に帰国。日本でもいずれエンバーミングが重要な選択肢となることを期待し、日本人エンバーマーの育成やエンバーミングに関するさまざまな啓蒙活動に取り組んできました。 昨今、大切な人や自分自身の葬儀を検討する際に、宗教やこれまでのしきたりにとらわれず、「自分らしさ」やそれぞれの「死生観」をはじめとした価値観を反映させたいと考える人たちが増えています。しかし、個々人の思いや理想がそのまま実現されることはなかなか難しいのが現実です。 今回は「エンバーミング」が日本でどのくらい浸透しているのか、そしてその背景にある要因についてお伝えします。さらに、葬儀が多様化する中で、海外で広がる「セレブラント」の取り組みを参考に、日本において何を軸に「葬儀」を考えればよいかを「グリーフ(悲嘆)」の視点から考察していきたいと思います。 エンバーミングの普及を阻むもの 2024年時点で、日本全国でどのくらいエンバーミングが行われているのか、あらためて調べてみました。一般社団法人日本遺体衛生保全協会(IFSA)のまとめによると、およそ82,000件1)。同じ年の総死亡者数と照らし合わせると、その割合は約5%にすぎません。残念ながらまだまだ浸透しているとはいえない状況が見えてきます。 浸透度合いが、現状に留まる要因はいくつか考えられますが、ここでは、その中でも特に影響を与えている2点について解説します。 (1)エンバーミング施設とエンバーマーの不足 2025年4月1日現在、全国32の都道府県に90の専門施設が開設され、エンバーミングを提供しています。しかし、これらの施設は都市部に集中しており、エンバーミングを依頼したくてもできない地域があるのが現状です(図1)。 図1 エンバーミング施設のある都道府県 ピンク色:施設のある都道府県日本遺体衛生保全協会:日本への導入経緯.https://www.embalming.jp/embalming/medic/(2026/5/8閲覧)より許諾を得て転載 また、2025年現在、IFSAの認定エンバーマーは約300人になりますが、実際に稼働している人数はこれより少なくなっています。そして、1人が1日に処置できるエンバーミングの件数は、最大で3~4件ほどです(労働時間を8時間として計算)。年間に提供できるエンバーミングの件数を増やすには、エンバーミング施設の数や、認定師資格をもつエンバーマーの人数を増やすしか方法がないといえます。 エンバーマーの数を増やすには、教育機関の拡充も必要ですが、現在、エンバーマーを育成する教育機関は1校しかありません。学校を卒業後、認定試験を受けて、毎年20人前後のエンバーマーが認定されますが、実際の需要に追い付いていない状況です。 (2)価値が伝わらない―業界内の認知の壁 日本にエンバーミングが導入され、1988年に埼玉県内の葬儀社で初めて提供されてから、すでに37年以上が経過しています。しかし、エンバーミングを自社の商品として取り扱っていない葬儀社のスタッフの中には、エンバーミングがご遺族にもたらす価値について、正確な知識を有している人が多いとはいえません。 例えば、「日本では土葬をするわけではないから、エンバーミングは必要ない」あるいは「火葬までの数日間であれば、ドライアイスや保冷庫できれいな状態を保てる」といった考えから、ご遺族にエンバーミングを勧めない葬儀社もあります。 実際に、いくつかの葬儀社に問い合わせをしたものの「エンバーミングは不要」と説得されたり、「当社では対応できない」と断られ、インターネットで探し回った末に弊社にたどり着いたというケースがありました。「エンバーミングをお願いできる会社にやっと出会えた」とホッとされるご家族がまだまだいらっしゃいます。 実は、今回この原稿の執筆依頼をお受けしたのは、正しい情報や知識を必要としている人たちにお届けしたいと考えたからです。ご家族と接する専門職の皆さんがこの記事を読むことで、終末期医療や在宅医療を受けている患者さんのお身体の状態や、ご家族の心身の状態を把握した上で、エンバーミングについて適切に情報提供できるようになるかもしれない。そうすれば、大切な人を喪った後の気持ちを整理し、感情との折り合いをつけていく上で、欠かせない支援になると思うのです。 大切なのは、「エンバーミングが必要かどうか」だけで判断するのではなく、故人のお身体の状態やご家族の心身の状態を踏まえ、医療従事者と葬祭事業者が連携して最適な対応を考えていくことです。死別を経験されたご家族が少しずつ元気を取り戻していけるよう、その過程を支える社会的なしくみが求められているのではないかと感じています。 世界で活躍する「セレブラント」 皆さんは「セレブラント」という職業をご存知でしょうか? セレブラント(Celebrant)とは、故人やその家族の意思、信念、価値観、文化的な背景などを反映させてプランニングされた「世界に一つの儀式」を執り行う人材のことです2)。1973年にオーストラリアで誕生しました。 それまで結婚の儀式は教会のみで挙げるものとされていましたが、移民の増加や性の多様性などの社会的な変化の影響もあり、キリスト教に属していない人々の要望を受けて、政府が結婚式の司祭認可制度を設立しました。これにより、結婚の儀式は教会以外の場所でも行うことが可能になり、選択肢の幅が大きく広がったのです。 やがてこのムーブメントは結婚式だけにとどまらず、葬儀の場にも広がりました。セレブラントが宗教色にとらわれず、故人の生き方やご家族の思いを中心にセレモニーを設計・司会する専門職だったからかもしれません。セレブラントは、宗教だけでは解決できないことを解決し、思いを整理する役割を果たしてきました。ご遺族のグリーフに対して細やかな配慮ができる場づくりが評価され、オーストラリアでは大切な人を亡くした時に、セレブラントに葬儀を依頼する人が増えています。 セレブラントによって執り行われる葬儀の割合について、いくつかの国の統計を参考までに共有します(表1)。 表1 国別セレブラントによって執り行われる葬儀の割合3)-7) ニュージーランド  56%オーストラリア  60~70%アメリカ合衆国52%イギリス40% 日本における葬儀の現状とこれから 日本では葬儀が何のために執り行われるのかという目的を考えることなく、葬儀にかかるコスト面に焦点を当て、簡素化を選択する動きも増えてきたように思います。 確かに、終末期までそばに寄り添えたからこそ「葬儀は質素で構わない」と考える人もいるでしょう。しかし、葬儀の際に故人の「生き方」や「価値観」、「家族との思い出」を反映させた時間をつくり、心の中にしっかりと思い出を残せるような機会をつくることは、グリーフサポートの観点からも必要不可欠だと考えます。諸外国で広がる「セレブラント」の活躍を見ていると、日本においても今その必要性は増しているのではないかと強く感じます。 COVID-19禍における研究への取り組み 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)がパンデミックになった際、感染を広げないために葬儀にもガイドラインが設けられました。今振り返ってみると、そこまでしなくてもよかったのではないかと思えるほどの過度な感染対策の結果、顔を見ることもできないまま火葬となり、遺骨を受け取ることしかできなかったご遺族も少なくなかったはずです。 デルタ株が蔓延していた時期、感染対策を徹底しつつご家族が希望するお別れの場をつくるため、当社は千葉大学法医学教室や東京大学法医学教室とともにエンバーミング処置に関する研究に参加しました。検討した内容は(1)感染対策、(2)薬品の濃度、(3)処置の方法など、多岐にわたります。 さらに、この研究に先駆けて、日本医師会総合政策研究機構対新型コロナウイルス特別医療支援タスクフォース「新型コロナウイルス感染症 ご遺体の搬送・葬儀・火葬の実施マニュアル支援プロジェクト」に当初より参画し、海外での対策事例の調査やマニュアル執筆にも携わりました。それは、ご家族や葬儀の参列者はもちろん、エンバーマー、ご遺体を搬送する担当者、葬儀の担当者、火葬場職員など、関わるすべての人々が安全な状態で葬儀を執り行えるようにするためでした。 「さよならのない別れ」とエンバーミングの役割 ミネソタ大学名誉教授のポーリン・ボス博士は、COVID-19で家族を亡くした場合、それは「完全な喪失」ではなく「あいまいな喪失」になる可能性があると示唆しました。喪失そのものが不明瞭な状況であったため、喪失後に起こるグリーフの反応が複雑化したり、凍結したりすることが起こり得ると指摘したのです。 日本ではパンデミック初期から病院での面会制限や遺体への接触制限が広く導入され、「お見舞いにも行けない」「臨終に立ち会えない」「顔を見ることができない」「葬儀を行えないまま火葬される」といった事態が各地で起こりました。こうした状況下での喪失体験は、「本当に亡くなったのか」という思いが宙づりの状態になってしまいます。つまり、「心理的には存在しているが、身体的(物理的)には存在していない状態」に当たると考えられるため、いわば「さよならのない別れ」になってしまうことが危惧されました。 これらのことから、エンバーミングを活用し、感染対策を講じ安全を確保しながらも「死を現実として受けとめる場」を提供する必要性があると考え、当社は研究に協力しました。今後どのような状況においても、ご遺族に必要なお別れの場を提供できるよう研究に取り組み、情報提供に努めていくつもりです。 * * * 4回にわたり、この記事をお読みくださった方には、エンバーミングの「防腐」「殺菌」「修復」の3つの機能をどう活かすかで、意義のあるお別れができるようになることをご理解いただけたのであれば、うれしく思います。 執筆:橋爪 謙一郎株式会社ジーエスアイ 代表取締役一般社団法人グリーフサポート研究所 代表理事米国で葬祭科学とエンバーミング、グリーフサポートを学び、帰国後(有)ジーエスアイと(一社)研究所を設立。現在は東大大学院で脳科学的視点からグリーフの研究を行う。編集:株式会社照林社 【引用文献】1)日本遺体衛生保全協会:エンバーミングの法的解釈.https://www.embalming.jp/embalming/interpretation/2026/5/8閲覧2)株式会社ジーエスアイ:セレブラントとは.https://www.griefsupport.co.jp/griefsupport/celebrant.html2026/5/8閲覧3)The Funeral Directors Association of New Zealand:2023 New Zealand Funeral Industry Trends Report.2023.https://funeraldirectors.co.nz/assets/2023-FINAL-NZ-Funeral-Industry-Trends-Report-v3.pdf2026/5/8閲覧4)McCrindle Research Pty. Ltd.:Australian Bureau of Statistics, The Australian Funeral Directors Association Funeral Industry Trends Report 2024. https://mccrindle.com.au/app/uploads/2018/04/Deaths-and-funerals-in-Australia_McCrindle.pdf2026/5/8閲覧5)National Funeral Directors Association:2024 Consumer Awareness and Preference Studyhttps://nfda.org/about-nfda/research-and-information2026/5/8閲覧6)Church of England Data Services team:The Church of England, Detailed Diocesan tables for Statistics for Mission 2023.https://www.churchofengland.org/sites/default/files/2024-12/statisticsformission2023.pdf2026/5/8閲覧7)Office for National Statistics (ONS):Statistical bulletin, Death registered in England and Wales 2023.https://www.ons.gov.uk/peoplepopulationandcommunity/birthsdeathsandmarriages/deaths/bulletins/deathsregistrationsummarytables/20232026/5/8閲覧 【参考文献】○Pauline Boss:The Myth of Closure: Ambiguous Loss in a Time of Pandemic and Change.New York:W. W. Norton & Company;2021.○黒川雅代子,石井千賀子,中島聡美,他編著:あいまいな喪失と家族のレジリエンス 災害支援の新しいアプローチ:誠信書房,東京,2019.○ポーリン・ボス著,中島聡美,石井千賀子監訳:あいまいな喪失とトラウマからの回復 家族とコミュニティのレジリエンス.誠信書房,2015.

訪問看護師向け在宅看取り教育プログラム(PENUT)
訪問看護師向け在宅看取り教育プログラム(PENUT)
コラム
2026年4月28日
2026年4月28日

訪問看護師向け在宅看取り教育プログラムPENUT 研修風景&受講者の声/日本訪問看護財団 

在宅での看取りに関わる訪問看護師には、実践を支える専門的な知識や技術に加え、療養者やご家族との関わり方、多職種との連携など、幅広い力が求められます。そうした力を体系的に学べるのが、日本訪問看護財団による訪問看護師向け在宅看取り教育プログラム「PENUT(ピーナット)」です。本記事では、訪問看護ステーションで行われたPENUT演習の様子や受講者の声を紹介するとともに、研究成果から見えてきた受講後の実践の変化についても解説します。 PENUTの研修風景 PENUTは、オンデマンド講義とライブ演習で構成されるプログラムです(詳細は前回の記事をご参照ください)。ライブ演習は、150名規模のオンライン研修から、数名で行う集合研修まで、目的に応じて多様な形式で実施されています。今回は、2026年1月にあすか山訪問看護ステーションで開催されたPENUT演習の様子をご紹介します。  開催場所:あすか山訪問看護ステーション(東京都北区) 開催日時:2026年1月17日(土) 9:30~15:00  東京都、埼玉県、千葉県の訪問看護ステーションより訪問看護師5名が参加しました。午前は「訪問看護計画の立案」、午後は「コミュニケーション技術の習得(ロールプレイ)」をテーマに演習が行われ、活発な意見交換が行われました。  研修後のアンケートでは、参加者全員が「在宅看取りができそう!在宅看取りをやってみよう!」という気持ちが「とても高まった」と回答しました。その理由としては、「在宅看取りや訪問看護における大切な考え方を学び、本質的な意見交換ができた」、「みなさんが悩む部分や関わり方の工夫を知れてよかった」などの声が寄せられました。少人数・対面だからこそ生まれる深い学びと、実践に直結する気づきが多く得られた様子がうかがえました。  PENUT受講者の声  PENUT受講者の声を紹介します。  寺師 千恵さん(株式会社ウッディ 訪問看護ステーションはーと/2025年度PENUT修了)―PENUTを受講したきっかけや理由を教えてください。訪問看護に約1年前に復帰し、さまざまな研修を受講しながら学び直していたときに、PENUTの講師でもある上司から紹介されました。体系的な知識を順序立てて学べる点に魅力を感じ、受講を決めました。これまで多くのお看取りを経験させていただきましたが、必要な支援はご本人、ご家族、環境によって異なり、その都度悩んだり立ち止まったりする場面があります。だからこそ、勉強を続けていかなくてはいけないと思っています。―実際に受講されて、PENUTの講義で印象に残っていることはありますか。とても充実した内容だったので、印象に残っていることはたくさんあるのですが、例えば「在宅看取りにおける臨床推論」は非常に勉強になりました。現場でどのように考えを組み立て、実践につなげていくのか、これまでは自身の経験に頼る部分が大きかったのですが、体系的に知識として学べたことは大きかったです。痛みのアセスメントなどは実践でも活用しています。また、「ご家族への支援」や「グリーフケア」も印象に残っています。それぞれのご家庭がもつ文化的背景に配慮する大切さや、コミュニケーションや対話を通してその背景に気づく力の重要性を改めて実感しました。―演習はいかがでしたか。経験豊富な看護師さんが多く、さまざまな経験をもとに「看取り」というものを一緒に深く考えることができたと感じています。例えば、痛み止めを使うことに抵抗がある利用者さんに関する話題が印象的でした。私たちはどうしても「何とか痛み止めを使ってもらう方法はないか」という問題解決型の思考で考えがちです。しかし、その方にはどのアプローチもうまくいかなかったそうです。そこで一度立ち止まり、ご本人とご家族と一緒に考えていく姿勢に切り替えたといいます。そして丁寧に話を聞いていくなかで、ご本人は「薬以外で自分がリラックスして楽にいられる方法を探したい」と考えていたことが分かり、「入浴」という希望を引き出すことができたそうです。このように、「痛みをゼロにしなくてはいけない」という価値観から一度離れることで、新しい選択肢が生まれてくるという議論ができました。この議論は、私自身が大切にしている「枠組みや視点を捉え直す」という考え方と深くつながるもので、とても勉強になりました。―PENUTの受講を検討している方へ、メッセージをお願いします。講義はすべてオンラインで、受講期間内であればどこからでも繰り返し視聴できる点はおすすめポイントです。私は平日の帰宅後や土日の空いている時間に視聴しましたが、1日1時間でも確保できれば無理なく進められます。そして、何より魅力的なのが講師陣の豪華さです。第一線で活躍されている著名な先生方から学べる機会は、PENUTならではだと感じています。演習については、私は集合研修を受講しましたが、ロールプレイでは現場さながらリアルな体験ができ、学びが一層深まりました。 大倉 みのりさん(株式会社つむぐ風 つむぐ訪問看護ステーション/2022年度PENUT修了) ―PENUTを受講してから、看取りケアを実践されていますか。 ステーション全体では、年間20~30件のお看取りをしています。私自身は、PENUTを受講した当時は先輩の同行訪問でターミナルケアに携わる程度でしたが、この3年間で10件ほどのお看取りを担当させていただきました。 ―特に印象に残っているお看取りはありますか。 とても仲のよいご家族が協力しながらお看取りされた、非がんの利用者さんが印象に残っています。ご家族は、お小水の量が少なくなってきたり、むくみが増えたりといった体の変化についていけず、不安を抱えている様子でした。そこでスタッフ間で連携し、終末期の身体の変化をまとめたパンフレットを用いて一つひとつ説明したところ、ご家族は安心され、最期まで自宅でケアを続けることができました。PENUTで学んだ「死にゆく過程の身体的変化」の知識が役立った場面でした。 ―ほかにもPENUTの講義や演習で、実践にいかせていると感じることはありますか。 PENUTを受講した当時、利用者さんから「こんなに辛い症状が続くんだったら、もう死にたいわ」と言われた際に、どう受け止めてよいか分からず、言葉に詰まってしまう自分がいました。「在宅看取りに必要なコミュニケーション技術」の講義では、自分の中に生じる「心の壁(ブロッキング)」を自覚し、それを意識的に脇に置いて、相手に寄り添って気持ちを聴くことの大切さを学びました。今でも、利用者さんからマイナスな言葉が出たらどうしようと身構えてしまうことはありますが、自分の気持ちは一度脇に置き、まずは利用者さんの思いをありのままに受け止めることを意識して関わっています。 ―PENUTの受講を検討している方へ、メッセージをお願いします。 お看取りに対して不安を感じている方には、ぜひPENUTを受講していただけたらと思います。「こういうとき、どうしたらいいんだろう」と感じていたことが、PENUTではしっかり学べたという実感があり、受講してよかったと思っています。終末期には、機能が徐々に低下していくことでさまざまな症状が現れますが、そのしくみは何となく頭で理解していたものの、うまく言語化できていませんでした。PENUTで学んだことで、身体の変化をご本人やご家族に説明できるようになり、それが自分の自信にもつながりました。  研究成果からみるPENUT受講者の変化  次に、PENUTの有効性を検証した研究成果をご紹介します。  PENUTは終末期ケアに対する自信を向上させる  2021年度に実施したモデル事業では、PENUTを先に受講する介入群と、後から受講する対照群にランダムに割り付け、緩和ケアに関する医療者の自信・意欲尺度(訪問看護バージョン)を用いて、PENUTの有効性を検証しました。  介入群のみがPENUTを受講した時点で、介入群(62名)は対照群(59名)よりも「終末期ケア」および「医師とのコミュニケーション」に対する自信が向上し、「症状緩和」の困難感が減少しました。  PENUT受講者の実践の変化―「根拠ある説明」と「柔軟なケア」  同モデル事業参加者へのインタビュー調査では、PENUT受講により知識を習得できたことで、「亡くなるまでの身体的変化がイメージできるようになった」、「症状に対するアセスメントやアプローチ、ケアの幅が広がった」、「暮らしの中で柔軟なケアができることに気づかされた」といった変化が語られました。さらに、「病態変化や予後を予測し先手を打った対応がとれるようになった」、「療養者やご家族に根拠ある説明ができるようになった」など、実践面での成長も明らかとなりました。 研修情報・詳細はこちら さらに詳しい情報や研修開催情報については、PENUT専用ウェブサイトをご覧ください。 https://www.jvnf.or.jp/penut/  次回はPENUT指導者の声と今後の展望についてご紹介します。>>次回の記事はこちら 訪問看護師向け在宅看取り指導者養成プログラム「PENUT-T」特徴&指導者の声/日本訪問看護財団 執筆:濱谷 雅子(はまたに まさこ)/公益財団法人 日本訪問看護財団 事業部 博士(看護学)。早稲田大学スポーツ科学部を卒業後、修士課程から看護学の道へ。2020年度より現職。日本訪問看護財団が5年間にわたり実施した「訪問看護師向け在宅看取り教育プログラムの開発」事業では、主研究者として開発に携わる。訪問看護師の優れた実践をインタビュー調査などを通じて理論化し、その成果を広く社会へ発信する研究活動を行っている。 

非がん性呼吸器疾患の緩和ケアがよく分かる 予後・在宅リハビリ・呼吸困難対応
非がん性呼吸器疾患の緩和ケアがよく分かる 予後・在宅リハビリ・呼吸困難対応
特集
2026年4月21日
2026年4月21日

非がん性呼吸器疾患の緩和ケアがよく分かる 予後・在宅リハビリ・呼吸困難対応

非がん疾患の患者さんに質の高い緩和ケアを届けるための知識・視点を整理。訪問時のケアの実践につながるヒントをお届けします。今回は、慢性的に呼吸機能を低下させる非がん性呼吸器疾患(NMRD)を取り上げます。東京ふれあい医療生活協同組合 研修・研究センターの平原佐斗司先生に、各疾患の予後や在宅でのリハビリ・呼吸困難への対応について詳しく解説いただきます。 非がん性呼吸器疾患(NMRD)の緩和ケアの基本 非がん性呼吸器疾患(NMRD)は、慢性閉塞性肺疾患(COPD)や間質性肺疾患(ILDs)、気管支拡張症(BE)、非結核性抗酸菌症(NTM)など、呼吸器の慢性疾患を総称する言葉として提唱されています。 私どもの診療所では、新規に在宅医療が導入される人のおよそ1割が、NMRDを主病名とする方々です。 NMRDの緩和ケアの特徴は、標準的な治療(薬物治療)と運動療法やコンディショニング(後述)などの呼吸リハビリテーションの継続が症状緩和にとっても重要であるということです。呼吸困難を改善し、QOLを高めるためには、標準的治療、呼吸リハビリテーション、緩和ケアをNMRDの病の軌跡の中で一体的・統合的に提供することが大切になります。 つまり、病状が進行し末期となってからも、治療や呼吸リハビリテーションをアレンジしながら継続し、これらによって改善しない呼吸困難などの苦痛がある場合には、オピオイドなどの緩和ケア的な手技を上乗せしていきます。 各疾患の病の軌跡と予後 NMRDは、急性増悪と寛解を繰り返しながら、徐々に全体的な機能が低下し、最期は比較的急速に悪化し、死に至るという軌跡をたどることが多いとされています。 慢性閉塞性肺疾患(COPD) COPD患者の予後は病期の進行とともに悪化します。特に「%1秒量」*が50%を下回ると増悪の頻度が増し、併存症による死亡も増加します。呼吸機能以外の予後不良因子には、やせ、栄養障害、ADL(歩行距離)の低下、自覚的呼吸困難感、合併症・併存症、最近の急性増悪や入院回数などがあります。 * %1秒量:年齢や性別、身長などから予測される本来あるべき予測1秒量に対しての、実測1秒量(努力性肺活量のうち、最初の1秒間で吐き出された空気量)の割合 また、長期喫煙歴のある高齢者に発症することが多いため、併存症の合併が多く、COPD患者の約4分の3は併存症や合併症によって死亡しています。代表的な併存症・合併症には、喘息、肺線維症、肺がん、肺炎、気胸などの肺合併症に加え、栄養障害や骨格筋機能障害、心血管疾患、骨粗しょう症などが知られています1)。 急性増悪で入院した患者の死亡率は4.6%で、1年以内の再入院は45%、1年以内の死亡は20.2%と報告されています2)。また、長期在宅酸素療法登録患者の5年生存率は40%と報告されています1),3)。 COPDの代表的な予後予測指標は2004年に開発されたBODEインデックスです。これは、前述の予後不良因子(body mass index〔BMI〕、気流閉塞度〔obstruction〕、呼吸困難〔dyspnea〕、運動能力〔exercise capacity〕)を点数化したもので、数年単位の予後予測スコアとしては有効4)です。 間質性肺疾患(ILDs) ILDsはNMRDの中でCOPDに次いで多い疾患で、その多くは原因不明の特発性間質性肺炎(IIP)です。IIPの中でも特発性肺線維症(IPF)が50~60%を占めます。IPFにおける診断時からの生存期間中央値は35ヵ月であり、極めて予後不良の疾患として知られています。 IPFの死亡原因の4分の3は、原疾患やその増悪です。慢性安定期から投与された抗線維化薬(ピルフェニドン、ニンテダニブ)は、IPFの予後を改善することも報告されています。IPFの軌跡は、緩徐に進行する群、長期に安定する群、急速に進行していく群など多様であり、予後予測は極めて困難な疾患群です。また、在宅酸素療法(HOT)導入からの平均生存期間は約18ヵ月で5)、HOT導入後のIPF患者に対しては、EOL期と認識して対応する必要があります。 予後予測スコアとして、GAPスコア6)が開発されていますが、肺拡張能力試験(DLCO)を含むため、専門医のいる病院でなければ評価が困難という欠点があります。 気管支拡張症(BE) BEでは慢性の膿性痰や時に血痰を伴う咳、繰り返す気道感染に伴う呼吸困難、発熱、倦怠感などが苦痛となります。BEの多くは小児期に発症し、青年期に一時期改善がみられた後、中高年期に症状が悪化し、呼吸機能が低下してから医療機関を受診することが多く、約10%が呼吸不全に陥ると推定されています。 BEの18%がNTMを原因とし、両疾患は相互に関連しています。治療は、気道クリアランスを中心とした呼吸リハビリテーションが重要で、薬物治療ではマクロライド療法が有効です。予後についての大規模な研究はなく、フォローアップ中央値18年の死亡率が20.4%、13年では死亡率29.7%という海外の報告があります7),8)。高齢、呼吸機能の低下、高PaCO2、緑膿菌感染などは予後不良因子と考えられています。 非結核性抗酸菌症(NTM) NTMは近年増加しているNMRDです。特に基礎疾患のない中年以降の女性に発症しやすいMAC症が最も多く、顕著に増加しています。MAC症の死亡率は、追跡期間4.3年で16.6%、5年で28%というわが国の報告があります9),10)。 在宅における呼吸リハビリテーションの要点 呼吸リハビリテーションは、「病気や外傷によって呼吸器に障害が生じた患者さんに対して、可能な限り機能を回復し、あるいは維持することによって、症状を改善し、患者さん自身が自立した日常や社会生活を送れるように継続的に支援する医療」と定義されています11)。 呼吸リハビリテーションのプログラムの構成要素には主に以下のものが含まれます。 吸入療法を含めた薬物療法 ワクチン接種 酸素療法 人工呼吸療法 禁煙・ニコチン置換療法 コンディショニング(肺理学療法、リラクゼーション、呼吸法、胸郭可動域訓練、排痰訓練など) 全身持久力トレーニング ADLトレーニング 呼吸筋トレーニング 栄養療法 教育:教育的アプローチ、心理的サポート 社会参加(日常活動、就労、旅行支援など) これらの要素の中でも、運動療法の実施が重要であり、運動療法を行う前提として(1)基本的治療(吸入療法を含めた薬物療法、場合によってはHOTやNPPV(非侵襲的陽圧換気)などの人工呼吸療法)によって病状を安定させること、(2)教育・心理的アプローチを行い、(3)適正な栄養管理(高カロリー、高タンパク食)の実施が必要になります。 在宅医療における呼吸リハビリテーションにおいては、在宅主治医が個別の呼吸リハビリテ―ションのプログラムをつくり、訪問看護師や理学療法士などのリハビリ専門職が協力して実施していきます。呼吸法や肺理学療法、呼吸ストレッチ体操を行った後、中等度の息切れを感じる程度、あるいは最大心拍の60~80%を目安にして、下肢を中心とした運動療法を行うことがポイントです。在宅患者は、フィットネスレベルが極めて低い重症者が多いため、低強度負荷の運動から開始し、徐々に負荷を高めていく方法が推奨されます。 最初に集中的に6~8週間の導入プログラムを行い、その後、運動療法を継続するようにします。呼吸リハビリテーションの効果は中断後6ヵ月後も残存するといわれており、導入後は週1回の歩行トレーニングでも効果の維持が期待できます。また、春や秋などの気候のよい時期に集中的に運動療法を行い、真夏や冬には負荷の少ない簡単な運動で維持するという戦略をとるようにするとよいでしょう。 NMRD終末期の呼吸困難と緩和ケア 前述したようにCOPDを代表とするNMRDの終末期は、非がん疾患の中でも呼吸困難などの苦痛が大きい疾患群です。NMRD患者にとっては呼吸困難が最大の苦痛であり、その頻度と持続時間は末期の肺がんの苦痛をも凌ぐといわれています。 終末期の呼吸困難に対しては、それまで行ってきた標準的な薬物治療や呼吸リハビリテーション(酸素療法、肺理学療法、呼吸筋マッサージなど)をできる限り継続することが重要です。しかし、それでも改善しない強い呼吸困難には、積極的なモルヒネの使用が推奨されます。 モルヒネの使用 NMRD終末期のモルヒネ投与の基本は以下のとおりです。 ・頓用使用:1回2.5mg(2~3mg)・徐放剤内服:1日10mgから開始 通常は頓用使用から始め、使用回数が増えてきたら徐放剤に変更していくようにするとよいでしょう。しかし、わが国においては、がんで使用される徐放剤は非がん疾患の保険適応がなく、またモルヒネ徐放剤の1日最小量は20mgであるため、非がん疾患の呼吸困難に対してはモルヒネ徐放剤を使用しにくい状況にあります。そのため、実際には以下のような方法で定期投与を行うことがあります。 ・塩酸モルヒネ粉末:2.5mgを6時間ごと(1日4回)・モルヒネ硫酸塩細粒(2%):1回0.25gを12時間ごと(保険適応外) 重症COPDに対しては、30mgまでのモルヒネの使用は、入院率および死亡率を上げないことが分かっており、効果と副作用を確認しながら、内服30mg相当までは1.3~1.5倍ずつ引き上げていくとよいでしょう。 ●モルヒネ以外のオピオイドオキシコドンやフェンタニール、ヒドロモルフォンなどモルヒネ以外のオピオイドについては、NMRDを含めた非がん疾患の呼吸困難への有効性に関して、ランダム化試験といった質の高いエビデンスはありません。何らかの理由でモルヒネが使用できない場合、特に腎不全や心腎症候群を伴う心不全などでは、オキシコドンなどを選択することがあります(保険適応外)。 ●経口投与が困難な場合嚥下障害が強くなったり、臨死期となり経口摂取が困難となった場合は、持続皮下注射(CSI)に切り替えます。通常モルヒネの場合、内服量の2分の1で調整します。例えば、CSIでモルヒネ投与を開始する場合は、塩酸モルヒネ注1%を時間0.25mg(1日量6mg)を基本とし、年齢や腎機能などで調整するようにします。 ●不安の強い場合モルヒネによって呼吸困難が緩和せず、とりわけ不安が強いケースには、個別にベンゾジアゾピンの使用が検討されます。ただし、呼吸抑制を起こしやすく、死亡率を高める可能性があるため注意を要します。 HOT HOTでは、SpO2が 90%以上を維持できる酸素投与を行います。高濃度の酸素吸入が必要な場合は、酸素供給デバイスにはカニュレではなく、リザーバー付カニュレ、さらにリザーバー付マスク、あるいはオキシマスクなどを用います。リザーバー付マスクには、容量600mLのリザーバーが付属しています。リザーバーに貯まった酸素を一度に吸入するため、高濃度の酸素吸入が可能です。リザーバーマスクは二酸化炭素の貯留を防ぐため、6L/分以上の酸素流量で使用します。 NPPV NPPVは、COPDや拘束性換気障害、神経筋疾患などの慢性期管理や、COPDの急性期管理で広く用いられています。終末期での緩和ケアのエビデンスは乏しいですが、内因性PEEPが高い末期COPDなど、症例を選んで実施すると呼吸困難の緩和につながることがあります。 体位と環境の工夫 ケアにおいては、まず安楽な体位(ファーラー位など)をとることが重要です。臨死期になると寝返りやわずかな動きでも酸素飽和度が低下し、呼吸苦が出現するため、最も安楽な体位を工夫します。室内の十分な換気、顔面のクーリングや送風、音楽やリラクセーション、喀痰管理なども有効です。 疾患別の対応 ●IPF呼吸困難に対する最近のシステマティックレビューでは、エビデンスレベルは弱いものの、COPDと同様に酸素療法やモルヒネ、呼吸リハビリテーションの有効性など12)が示されています。 ●BEやNTM最期まで喀痰の分泌が問題となることが多く、吸入や肺理学療法などを駆使し、十分な気道のクリアランスを確保することが求められます。在宅では、非専門家でも実施できる体位ドレナージの指導が大切です。痰の喀出が多い場合や痰による無気肺などがある場合は呼吸理学療法を行います。 本文で使用した略語一覧(本文登場順)NMRD:non malignant respiratory disease(非がん性呼吸器疾患)COPD:chronic obstructive pulmonary disease(慢性閉塞性肺疾患)ILDs:interstitial lung disease(間質性肺疾患)BE:bronchiectasis(気管支拡張症)NTM:non-tuberculous mycobacteria(非結核性抗酸菌症)IIP:idiopathic interstitial pneumonia(特発性間質性肺炎)IPF:idiopathic pulmonary fibrosis(特発性肺線維症)HOT:home oxygen therapy(在宅酸素療法)DLCO:diffusing capacity of the lungs for carbon monoxide(肺拡張能力試験)NPPV:non-invasive positive pressure ventilation(非侵襲的陽圧換気療法)CSI:continuous subcutaneous injection(持続皮下注射) 執筆:平原 佐斗司東京ふれあい医療生活協同組合 研修・研究センター1987年に島根大学医学部卒。現在、東京ふれあい医療生活協同組合 研修・研究センター長ならびに、同オレンジほっとクリニック 地域連携型認知症疾患医療センター長として在宅医療、認知症診療に従事。専門は、在宅医療、非がん疾患の緩和ケアで、研修・研究センターでは在宅医療専門医・指導医として、多くの在宅専門医の育成を行う。学会活動では、日本在宅医療連合学会 代表理事、日本認知症の人の緩和ケア学会 理事長、日本エンドオブライフケア学会 副理事長を務めている。 編集:株式会社照林社 【引用文献】1)Miyamoto K,Aida A,Nishimura M,et al:Gender effect on prognosis of patients receiving long-term home oxygen therapy. The Respiratory Failure Research Group in Japan.Am J Respir Crit Care Med  1995;152(3):972-976.2)茂木孝,山田浩一,木田厚瑞:慢性閉塞性肺疾患の急性増悪による入院医療費とこれに関与する因子の検討.日呼吸会誌 2006;44(11):787-794.3)Aida A,Miyamoto K,Nishimura M,et al:Prognostic value of hypercapnia in patients with chronic respiratory failure during long-term oxygen therapy.Am J Respir Crit Care Med 1998;158(1):188-193.4)Celli BR,Cote CG,Marin JM,et al:The body-mass index, airflow obstruction, dyspnea, and exercise capacity index in chronic obstructive pulmonary disease.N Engl J Med 2004;350(10):1005-1012.5)Kataoka K,Oda K,Takizawa H,et al:Multi-institutional prospective cohort study of prognostic factors in patients with idiopathic pulmonary fibrosis receiving long-term oxygen therapy.European Respiratory Journal 2019;54(63):PA1723.6)Ley B,Ryerson CJ,Vittinghoff E,et al:A multidimensional index and staging system for idiopathic pulmonary fibrosis.Ann Intern Med 2012;156(10):684-691.7)Goeminne PC,Nawrot TS,Ruttens D,et al:Mortality in non-cystic fibrosis bronchiectasis: a prospective cohort analysis.Respir Med 2014;108(2):287-296.8)Loebinger MR,Wells AU,Hansell DM,et al:Mortality in bronchiectasis: a long-term study assessing the factors influencing survival.Eur Respir J 2009;34(4):843-849.9)Gochi M,Takayanagi N,Kanauchi T,et al:Retrospective study of the predictors of mortality and radiographic deterioration in 782 patients with nodular/bronchiectatic Mycobacterium avium complex lung disease.BMJ Open 2015;5(8):e008058.10)Ito Y,Hirai T,Maekawa K,et al:Predictors of 5-year mortality in pulmonary Mycobacterium avium-intracellulare complex disease.Int J Tuberc Lung Dis 2012;16(3):408-414.11)日本呼吸ケア・リハビリテーション学会:呼吸リハビリテーションとは.https://www.jsrcr.jp/citizen/rehabilitation.html2026/4/16閲覧12)Ryerson CJ,Donesky D,Pantilat SZ,et al:Dyspnea in idiopathic pulmonary fibrosis: a systematic review.J Pain Symptom Manage 2012;43(4):771-782.

訪問看護師向け在宅看取り教育プログラム(PENUT)開発秘話/日本訪問看護財団
訪問看護師向け在宅看取り教育プログラム(PENUT)開発秘話/日本訪問看護財団
コラム
2026年3月24日
2026年3月24日

訪問看護師向け在宅看取り教育プログラム(PENUT)開発秘話/日本訪問看護財団

在宅で最期を迎えることを希望する人がいるなか、訪問看護師は、療養者や家族に寄り添いながら看取りを支える重要な役割を担っています。そうした社会的背景のもと誕生したのが、訪問看護師向け在宅看取り教育プログラム(PENUT:ピーナット)です。本記事では、PENUTの特徴とともに、開発に込められた思いや歩みを紹介します。 ■公益財団法人 日本訪問看護財団 PENUT事務局職員 平原 優美(ひらはら ゆみ)/常務理事、在宅看護専門看護師小沼 絵理(おぬま えり)/事業部所属岸 純子(きし じゅんこ)/事業部所属、在宅看護専門看護師角田 佳奈美(すみだ かなみ)/事業部所属濱谷 雅子(はまたに まさこ)/事業部所属※手前左から時計回りに記載 執筆:濱谷 雅子(はまたに まさこ)/公益財団法人 日本訪問看護財団 事業部博士(看護学)。早稲田大学スポーツ科学部を卒業後、修士課程から看護学の道へ。2020年度より現職。日本訪問看護財団が5年間にわたり実施した「訪問看護師向け在宅看取り教育プログラムの開発」事業では、主研究者として開発に携わる。訪問看護師の優れた実践をインタビュー調査などを通じて理論化し、その成果を広く社会へ発信する研究活動を行っている。 訪問看護師向け在宅看取り教育プログラム(PENUT)ってなに? 訪問看護師向け在宅看取り教育プログラム(PENUT: Program of End-of-life care for home visiting NUrses Training)は、在宅看取りを実践できる訪問看護師の養成を目的としたプログラムです。オンデマンド講義(約10時間)と演習(1日間)で構成されます(図1)。 2021年度に実施したモデル事業を含め、2026年1月末までに818名が修了しています。 【PENUTの3つの特徴】 PENUTの主な特徴は以下の通りです。 1. エビデンスに基づく系統的なプログラムPENUTは、アンケート調査、インタビュー調査、専門家のレビュー、モデル事業を経て開発された、エビデンスに基づく系統的なプログラムです。PENUTの有効性を検証した研究1)は、日本看護科学学会にて学術論文優秀賞および最優秀演題口頭発表賞を受賞しました。 2. 在宅看取りに卓越した訪問看護師と医師による臨場感ある講義講義は、在宅看取りに豊富な経験をもつ訪問看護師と医師が担当しています(表1)。各講義では、実際の事例に基づく支援の過程や療養者・家族とのコミュニケーションの様子などが再現され、臨場感のある学びが得られます。また、講義はオンデマンド配信のため、受講期間内であればいつでもどこでも何度でも視聴可能です。 3. 専門的な教育を受けたファシリテーターによる演習演習では「訪問看護計画の立案」と「コミュニケーション技術の習得」をテーマにグループワークを行います。訪問看護師向け在宅看取り指導者養成プログラム(PENUT-T)※により専門的な教育を受けた指導者がファシリテーターを担当します。 ※ 訪問看護師向け在宅看取り指導者養成プログラム(PENUT-T:Program of End-of-life care for home visiting NUrses Training-Trainer)は、PENUTを開催できる指導者を養成する教育プログラムです。詳しくは別の記事で紹介します。 PENUTはどうして誕生したの? 日本訪問看護財団では、訪問看護師による在宅看取りの推進を目的に、2017年度よりELNEC-J(End-of-Life Nursing Education Consortium-Japan)コアカリキュラムを用いた研修を実施してきました。ELNEC-Jは科学的根拠に基づいた有用なプログラムですが、主に医療施設における成人がん患者のケアを想定しており、当財団としては訪問看護に特化した包括的な看取り支援のための教育プログラムの必要性を感じていました。 国内の年間死亡者数は2040年には約168万人に達すると推計されています2)。また、国民の約半数は自宅で最期を迎えることを希望しています3)。こうした社会的背景を受け、当財団は2020年度よりPENUTの開発に着手しました。 PENUTの開発秘話 PENUT開発の歩み PENUTの開発は、日本財団の助成を受けて2020年度に始まり、5年間の計画で進められました。 図2に示すように、はじめに有識者で構成される検討委員会(委員長:東京大学・山本則子教授)とワーキング委員会を設置し、文献検討、アンケート調査、インタビュー調査を重ねてプログラム案を作成しました。その後、モデル事業の実施・評価を行うなど、複数の段階を経て完成に至りました。 コロナ禍での手探りのスタート PENUT開発事業は、まさにコロナ禍の真っただ中にスタートしました。緊急事態宣言が発令されるなか、訪問看護の現場は日々対応に追われ、ひっ迫した状況にありました。そのような状況で「プログラム開発をしている場合ではないのではないか」という声もありました。一方で、多死社会の到来は目前に迫っており、地域で看取りを支えるしくみづくりは待ったなしの課題です。こうした中長期的な視点で事業を進めることも、当財団の使命であると考え、PENUT開発事業をスタートさせました。 しかし、いざ事業を始めてみると、プログラム開発の手順や進め方について、右も左も分からないことばかりでした。どのような段階を踏めば質の高い教育プログラムがつくれるのか、どのように根拠を積み上げていくのか、手探りの状態からのスタートでした。 課題に一つひとつ向き合い、積み上げた5年間 そこで、財団事務局とワーキング委員で、国内外の類似プログラムや教育理論、研究方法について、文献を読み込み、必要なプロセスを一つひとつ整理していきました。そして、プログラムの開発や評価研究の経験をもつ専門家から助言をいただきながら、少しずつ事業の形を整えていきました。 こうして動き出した事業でしたが、5年間の道のりは決して平坦ではありませんでした。モデル事業の参加者は集まるのか、効果的なコミュニケーション技術演習をオンラインでどのように行うのか、収集した膨大なデータをどのように分析しプログラムに反映させるのかなど、一つひとつの課題に対し、事務局で議論を重ね、検討委員とワーキング委員の助言を得ながら進めていきました。 現場の訪問看護師の思いと実践がプログラムに そのようななかで、モデル事業に参加し、開発に協力してくださった全国の訪問看護師の皆さんの存在は、私たちの大きな支えとなりました。インタビュー調査では、日々悩みながらも積み重ねられている素晴らしい実践を、丁寧に、時に熱を込めて語ってくださいました。その語りに触れるたびに、「このような実践ができる訪問看護師をもっと増やしたい」という思いが強くなりました。 さらに、プログラムの講師や演習のファシリテーターを担当してくださったのも、まさに現場で看取りを支えている訪問看護師の方々でした。ご自身の経験を惜しみなく共有し、受講者に寄り添いながら学びを導く姿に、私たちは何度も心を動かされました。その実践の深さに触れるたび、「この内容を社会へ発信したい」という思いを強くしました。 このように、全国の訪問看護師の皆さんが語ってくださった実践、講師やファシリテーターとして支えてくださった方々の熱意、そして専門家の助言が、プログラムの要素を形づくっていきました。まさにPENUTは「現場とともにつくる教育プログラム」として育まれてきたのだと感じています。 研修情報・詳細はこちらさらに詳しい情報や研修開催情報については、PENUT専用ウェブサイトをご覧ください。 https://www.jvnf.or.jp/penut/ 次回は、「PENUT誕生で変化する看取りの現場」と題し、受講者の声を紹介します。>>次回の記事はこちら訪問看護師向け在宅看取り教育プログラムPENUT 研修風景&受講者の声/日本訪問看護財団 【参考文献】1)濱谷雅子, 平原優美, 小沼絵理, 沼田華子, 野口麻衣子, 菱田一恵, 岡本有子, 竹森志穂, 新幡智子, 栗田佳代子, 山本則子:無作為化比較試験による訪問看護師向け在宅看取り教育プログラム(PENUT)の有効性の検討. 日本看護科学会誌, 44, 218-227, 2024. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jans/44/0/44_44218/_pdf/-char/ja2026/3/10閲覧2)内閣府(2022):第1章 高齢化の状況 高齢社会白書 (令和4年版),5, 日経印刷株式会社.3)厚生労働省(2023): 人生の最終段階における医療・ケアに関する意識調査報告書.https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/saisyuiryo_a_r04.pdf2026/3/10閲覧

心不全の緩和ケアがよく分かる 症状・治療・在宅支援のポイント
心不全の緩和ケアがよく分かる 症状・治療・在宅支援のポイント
特集
2026年3月24日
2026年3月24日

心不全の緩和ケアがよく分かる 症状・治療・在宅支援のポイント

非がん疾患の患者さんに質の高い緩和ケアを届けるために、訪問看護師が知っておきたい知識・視点を整理します。今回のテーマは「心不全」。息切れや浮腫、倦怠感など心不全特有の症状とその観察ポイント、薬物治療やアドバンス・ケア・プランニング(ACP)を含む在宅での支援について、東京ふれあい医療生活協同組合 梶原診療所の藤田真奈先生に分かりやすく解説していただきます。 心不全とは 心不全診療のガイドラインでは、次のように定義されています1)。 心臓の構造・機能的な異常により、うっ血や心内圧上昇、およびあるいは心拍出量低下や組織低灌流をきたし、呼吸困難、浮腫、倦怠感などの症状や運動耐容能低下を呈する症候群 また、2017年10月31日には、日本心不全学会と日本循環器学会が、国民向けの定義として以下のように合同で記者発表しました2)。 心不全とは、心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気 心不全の分類として代表的なのが、左室の収縮機能(EF:駆出率)によるものです。 ●HFrEF:EFが低下した心不全●HFpEF:EFが保たれた心不全●HFmrEF:EFが軽度低下した心不全●HFimpEF:EFが改善した心不全※特に重要な分類を太字にしています。 最近増えている高齢者の心不全では、HFpEFが多いことが特徴です。 心不全の主な症状 心不全では主に「肺うっ血」「体うっ血」「低心拍出・組織低灌流」の3つが原因となり、さまざまな症状が現れます。それぞれの原因によって、次のような症状がみられます。 ●肺うっ血息切れや呼吸苦など●体うっ血下肢を中心とした全身の浮腫、腹部膨満感、食欲低下など●低心拍出・組織低灌流疲れやすさ、倦怠感、めまい、失神、認知機能の低下、せん妄など 心不全末期ではこれらの症状が重なり、不安や不眠が加わることで、より多様な症状となって患者さんを苦しめます(表1)。実際、末期には6~7種類の症状を有するという報告もあります3)。 表1 終末期における身体および精神症状 症状がん(%)心不全(%)倦怠感23~10042~82痛み30~9414~78悪心・嘔吐2~782~48呼吸困難16~7718~88不眠3~6736~48せん妄・認知機能障害2~6815~48抑うつ4~806~59不安3~742~49文献4)を参考に作成 なお、こうしたさまざまな症状が起こる末期であっても、心不全の場合、症状緩和と並行して病態の改善をめざした治療もできる限り継続します(治療の詳細については後述します)。 症状の分類にはNYHA心機能分類(表2)があります。訪問看護が必要な患者さんはNYHAⅢ度以上の方が多いですが、苦しみの程度や日常生活にどのような影響が出ているかは個々で異なります。そのため、実際の生活状況を見ながら、丁寧に評価することが重要です。 表2 NYHA心機能分類 NYHA Ⅰ   通常の心不全に起因する身体活動の制限はない。NYHA Ⅱ安静時には快適であるが、日常的な身体活動で心不全に起因する症状(呼吸困難、疲労、ふらつき)がわずかにみられる。NYHA Ⅲ安静時には快適であるが、日常的な身体活動以下で心不全の症状がみられる。NYHA Ⅳ 安静時にも心不全の症状がみられる。文献5)を参考に作成 心不全の進行の特徴 心不全は、急性増悪と治療による部分的な回復を繰り返しながら、徐々に進行していきます。急性増悪時にそのまま死に至ることもありますし、また致死的不整脈で突然死する可能性もあり、がんと比較すると予後の予測が困難です。 心不全患者の観察ポイント:変化に注目 バイタルサインは必須の確認指標ですが、「体重」も重要です。一般的に1週間で2kg以上の増加があると、生理的な体重増加を超えている可能性があります。その場合には、食事量の変化や息切れの有無を確認します。また、呼吸の様子(起座呼吸の有無、呼吸補助筋の利用の有無など)を観察しながら、慎重に身体所見をとりましょう。観察ポイントは以下のとおりです。 不整脈の有無 下腿浮腫の程度 頸静脈(特に内頸静脈)の怒張 肝腫大の有無 四肢冷汗の有無 聴診における湿性ラ音や過剰心音(Ⅲ音・Ⅳ音)、心雑音の有無 など 大切なのは「いつもと違う所見か」「安定時と比較して、新たに出現もしくは増悪している所見なのか」という視点です。なお、長期の低心拍出により悪液質や筋量減少をきたし、体重減少を生じる場合もあります。体重の増加だけでなく、減少にも注意が必要です。 心不全の治療 心不全の治療は、病態改善のための積極的治療と、症状緩和のための治療を並行して行っていきます(図1)。ここでは主に薬物治療について述べます。 図1 心不全の緩和ケアモデル 【参考】がんの緩和ケアモデル 文献6)を参考に作成 心不全の場合、緩和ケアと並行して、病態の改善をめざした積極的治療もできる限り継続される。 病態改善を目的とした薬物治療 代表的な薬には以下のようなものが用いられます。 ACE阻害薬:エナラプリル、カプトプリル、イミダプリル アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB):ロサルタン、カンデサルタン、アジルサルタン アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI):サクビトリルバルサルタン ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA):スピロノラクトン、エプレレノン β遮断薬:カルベジロール、ビソプロロール SGLT2阻害薬:ダパグリフロジン、エンパグリフロジン こうした薬を、患者さんの病状や病態、血圧や心拍数、血液検査結果などを見ながら調整していきます。また、病態改善薬は心不全末期でも継続することが原則ですが、血圧低下や心拍数低下が患者さんの苦痛につながる場合は、減量や中止を検討することもあります。 症状緩和を目的とした薬物治療 代表的な薬剤は利尿薬です。【主な薬剤】 ループ利尿薬(フロセミド、アゾセミド、トラセミドなど) 【上記薬剤で効果が不十分な場合に併用される薬剤】 サイアザイド系利尿薬(トリクロルメチアジド、ヒドロクロロチアジドなど) バソプレシンV2受容体拮抗薬(トルバプタン) また、前述したMRAやSGLT2阻害薬にも利尿作用があります。 利尿薬は浮腫や胸腹水の軽減に有効ですが、漫然とした使用は脱水や腎機能低下、電解質異常、血圧低下にもつながるため、避けるべきです。 その他にも状況に応じて以下の薬剤を使用します。 低心拍出、組織低灌流による症状:経口強心薬(ピモベンダン、ドカルパミンなど) 治療抵抗性の呼吸苦:少量のオピオイド(心不全で使用可能なオピオイドとしてコデインリン酸塩、塩酸モルヒネがあります) 不安症状や不眠症状:抗不安薬や睡眠薬(非ベンゾジアゼピン系睡眠薬やメラトニン受容体作動薬等が望ましいです) さまざまな治療やケアでも耐え難い苦痛が残存する場合は、多職種で検討し、患者さんやご家族と十分に話し合った上で、鎮静薬の使用も検討します。 薬物治療以外の治療・ケア 薬物だけでなく、以下のような介入も有効かつ重要です。 心臓リハビリテーション 非侵襲的陽圧換気療法(NPPV) 在宅酸素療法(HOT) 心負荷が軽減される食生活や生活環境の調整 高齢者の心不全へのアプローチ 最近、急増している高齢者の心不全では、認知症や悪性疾患、骨折後のADL低下、独居、フレイルなど、心臓以外にもさまざまな疾患や問題を多く合併していることも特徴です。これらは心不全の治療・管理だけでは解決しないことも忘れてはいけません。 訪問看護師が大切にすべき視点と役割 患者さんの在宅生活を捉える視点 訪問看護師は、患者さんの在宅生活を見ることで、心不全が患者さんの生活にどれくらい影響しているのか、日々の生活で何に困っているかを直接見て把握することができます。そして、それを在宅チームに還元し、改善策をチームで話し合うことができます。訪問看護師の適切な観察と評価は、患者さんのQOLの改善に直結します。 ●食事や内服状況の評価例えば、高血圧が続いている心不全の方の食生活が塩分過多になっていることに気付いた場合、栄養指導や配食弁当の導入で改善が期待できます。また、服薬管理ができていないことが分かった場合には、訪問薬剤指導の導入や薬の一包化、服薬回数の調整(1日1回への整理)などで改善するかもしれません。 ●住環境の評価階段昇降やトイレの様子、手すりやベッドの有無など、在宅生活における患者さんの心負荷の程度を評価します。その情報をもとに改善策を、医師やリハビリ、介護スタッフと共有し、話し合うことで、心不全患者さんの在宅生活は確実に向上します。 ●アドバンス・ケア・プランニング(ACP)への取り組み心不全は予後予測が難しい疾患です。だからこそ、日々の生活の中で患者さんの意思や価値観を理解し、終末期も含め、将来どのような医療・ケアを受けたいのか、人生の最期の時間をどうやって過ごしたいのかを、患者さんの気持ちに寄り添いながら、ともに考えていきます。医師やほかのチームメンバーと情報共有・協力しながら意思決定支援を行っていくことも重要です。 訪問看護師が築く信頼と安心 もちろん医療者であっても、患者さんの私生活や個々の事情に自由に踏みこんでよいわけではありません。少しずつ信頼関係を築きながら患者さんの気持ちを理解し、生活を改善するために必要な情報を得ていくことが重要です。 大切なのは、患者さんの病状や状況を理解し、患者さんに寄り添い、安心してもらうことです。心不全の薬や治療にはさまざまなものがありますが、状態をよく分かっている訪問看護師が、患者さんの話を傾聴したり、背中をさすったりするだけで、苦痛や症状が緩和されることはよくあります。看護師の寄り添いとケアには、大きな力があると感じています。 まとめ 日本の心不全患者数は、2030年には約130万人に達するといわれています7)。入院ベッドの不足やコロナ禍を経て、在宅で療養する心不全患者さんも増加の一途をたどっています。 そのような中、訪問看護師の存在は極めて重要です。訪問看護師が中心的な役割を担い、医師や理学療法士、ヘルパー、ケアマネジャー、薬剤師、栄養士などと協力し、多職種連携による「在宅ハートチーム」をつくることが求められています。訪問看護師がハブとなって情報共有と多職種との協力を続けながら、患者さんに寄り添い、患者さんやご家族が安心して在宅療養生活を送れるように応援・サポートします。こうした支援の輪を広げていくことは、多くの心不全患者さんを救うことになるでしょう。 本文で使用した略語一覧(本文登場順)ACP:advance care planning(アドバンス・ケア・プランニング)EF:ejection fraction(駆出率)HFrEF:heart failure with reduced ejection fraction(EFが低下した心不全)HFpEF:heart failure with preserved ejection fraction(EFが保たれた心不全)HFmrEF:heart failure with mid-range ejection fraction(EFが軽度低下した心不全)HFimpEF:heart failure with improved ejection fraction(EFが改善した心不全)NYHA:New York Heart Association(ニューヨーク心臓協会)ACE:angiotensin converting enzyme(アンジオテンシン変換酵素)ARB:angiotensin II receptor blocker(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)ARNI:angiotensin receptor neprilysin inhibitor(アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬)MRA:mineralocorticoid receptor antagonist(ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬)SGLT2:sodium glucose cotransporter 2(ナトリウム・グルコース共輸送体2)NPPV:noninvasive positive pressure ventilation(非侵襲的陽圧換気療法)HOT:home oxygen therapy(在宅酸素療法)ADL:activities of daily living(日常生活動作)QOL:quality of life(生活の質) 執筆:藤田 真奈東京ふれあい医療生活協同組合 オレンジほっとクリニックふれあいファミリークリニック、梶原診療所高知大学医学部を卒業後、自治医大病院で初期研修を行う。一般内科・循環器内科の修練を積んだ後、在宅医療の世界へ。独居や認知症を合併した高齢心不全の方たちが一人でも多く心地よい在宅生活を送れるよう、日々患者さんと向き合っている。資格:循環器内科専門医・在宅医療専門医・総合内科専門医・認知症サポート医 編集:株式会社照林社 【文献】1)日本循環器学会,日本心不全学会,日本心臓病学会,他:2025年改訂版 心不全診療ガイドライン.日本循環器学会.2025:19.https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2025/03/JCS2025_Kato.pdf2025/10/23閲覧2)日本循環器学会,日本心不全学会:『心不全の定義』について.https://www.j-circ.or.jp/five_year/teigi_qa.pdf2025/10/23閲覧3)Nordgren L,Sörensen S:Symptoms experienced in the last six months of life in patients with end-stage heart failure.Eur J Cardiovasc Nurs 2003;2(3):213-217.4)Moens K,Higginson IJ,Harding R:Are there differences in the prevalence of palliative care-related problems in people living with advanced cancer and eight non-cancer conditions? A systematic review.J Pain Symptom Manage 2014;48(4):660-677.5)Heidenreich PA,Bozkurt B,Aguilar D,et al:2022 AHA/ACC/HFSA Guideline for the Management of Heart Failure: A Report of the American College of Cardiology/American Heart Association Joint Committee on Clinical Practice Guidelines.Circulation 2022;145(18):e895-e1032.6)Gibbs JS, McCoy AS, Gibbs LM, et al. Living with and dying from heart failure:the role of palliative care. Heart 2002;88(Suppl 2):ii36-ii39. 7)Okura Y,Ramadan MM,Ohno Y,et al:Impending epidemic: future projection of heart failure in Japan to the year 2055.Circ J 2008;72(3):489-491.

× 会員登録する(無料) ログインはこちら