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最期・お看取りエピソード【つたえたい訪問看護の話】第2回vol. 8

人生の最期をどこで、どのように過ごしたいか。その願いは一人ひとり異なります。訪問看護師は、ご本人やご家族の思いに寄り添いながら、その人らしい最期の時間を支えています。今回は、「みんなの訪問看護アワード2024」に寄せられたエピソードの中から、看取りの現場で生まれた心温まる物語をご紹介します。

「焼酎お湯割りとろみ付き」

人生の最期が近づく中で、「大好きな焼酎をもう一度飲みたい」という願いを叶えた福さん。訪問看護だからこそ実現できた、ご本人らしい最期のひとときを描いたエピソードです。

90代の福さん。長らくベッド上で生活をしていましたが、誤嚥性肺炎を繰り返し徐々に食欲も低下してきました。
「食べたいものを食べさせてあげたい」というご家族の希望もあり、ご本人に聞いてみると、「焼酎が飲みたい」と弱々しくもはっきりと答えました。ご家族はそれを聞いて微笑みました。「おじいちゃん、焼酎が大好きだったんですよ」と。
早速、主治医とも相談のうえ、大好きだった焼酎のお湯割にとろみをつけて福さんのもとへ。眠っている時間が増えてきていた中で、焼酎の匂いを嗅ぐとにっこり笑って「焼酎だ」と答えてくれました。ほとんど食事がとれなくなっていましたが、その焼酎を一口飲んで「おいしい」と笑顔で答えてくれました。
それから間もなくして福さんは亡くなりました。私が最期に福さんの笑顔を見たのはこの時です。訪問看護だからこそ叶えられた、ご本人とご家族の願いでした。
天国でも、ゆっくりと焼酎を味わってくださいね。

2024年1月投稿

「花嫁の看取り」

「いつかウエディングドレスを着てみたかった」。そんな妻の願いを、最期の時間の中で叶えた夫婦の物語。人生の締めくくりに寄り添う訪問看護の温かさが伝わるエピソードです。

看護の現場には、言葉で表しきれない感銘深い体験が数多くある。
大腸がん・肝転移の47歳女性のケース。予後は厳しいと引き継がれ、自宅へ退院された。夫婦には子どもはおらず、親戚とも疎遠だった。妻は病状が急速に悪化し、翌朝に息を引き取った。
一晩中苦しむ妻を看続けた夫は「退院は間違いだったのか」と吐露。「家に帰れば延命できるかもしれない、と勝手な期待があった」と苦悩の言葉。
2人で夢見て建てた家でずっと仲良く人生を歩んでいきたかったろうに。妻との別れが近づく時間を、夫はどのような思いで過ごしていたのだろう。私たちは妻を見送る夫の心情に涙した。
「夫婦になって20年、妻はウエディング姿に憧れていた」と話を聞き「花嫁姿にして差し上げませんか」と提案、夫は涙ぐみながら頷いた。早速、ウエディングドレスの調達に奔走し、ベールをかぶり、ブーケを持ち純白ドレスに身を包んだ妻。その姿を、蝶ネクタイ姿の夫が静かに見つめていた。
その後「お墓探しは、生前に妻と新居を探していたころと同じなんです」とお墓購入の近況報告をいただいた。

2024年1月投稿

「大切な人への最後のメッセージ」

素直に伝えられなかった娘への感謝の気持ち。訪問看護師が思いをつなぎ、親子が心を通わせることができた最期の日々を描いたエピソードです。

子宮がん末期、余命あとわずかとなった60代の女性。
「まだ死にたくはなかったけど、死を受け入れる覚悟はできている。すべての準備は完璧です」と話されていた。ただ、娘さんとの間にわだかまりがあり、素直になれずにいた。
私が訪問すると「あの子には、今まで私の身の回りのことを何から何までやってもらって、本当に感謝しています。」といって涙を流していた。その言葉を娘さんに直接伝えることができず、「あの子には、話さなくても全部分かっていると思います。」ともいっていた。
後日、私が娘さんとお会いした時に、そのメッセージを娘さんに伝えたところ、娘さんも涙を流して「母がそんなことを話していたんですか…。」と驚いていた。娘さんからのメールや、会いに来てくれることを、お母様がとても喜んでいたことも伝えた。
その一週間後、家族に見守られ、娘さんに手を握られながら、穏やかに旅立たれた。最期の時に、互いに思いが通じ合った親子の姿が印象的だった。

2024年1月投稿

「社長として。旦那として。」

人生の最終段階にあっても、会社を支える社長として、そして愛する妻の夫として生き続けたAさん。最期までその人らしく過ごす姿に触れた訪問看護師のエピソードです。

施設内訪問看護に就職して初めて受け持ったAさん。
仕事一筋で、責任感が強く、何事も自分でやり遂げる方でした。一代で会社を興し、ご家族で経営されています。
直腸がんが全身に転移し、長年治療を続けてきましたが、全身状態も悪くなり入居となりました。入居時は努力呼吸がみられ、返答も難しい状態。しかし、時折体を起こしてコーラを希望されるなど、起き上がる様子もみられました。
入居8日目の夕方「車椅子に乗りたい」「フロアを回りたい」「プリンを食べたい」とはっきりした口調で話されました。笑い話をしたと思ったら「まじめな話をします」と筆談し、「会社が心配だ。妻と話したい」と訴え、自分の携帯で奥様の声を聞いていました。その時初めて、患者さんではなく「社長」としての姿を見た気がしました。
次の日の午前、Aさんは亡くなりました。入居から9日でした。
最期に社長として、そして夫として過ごす時間を持つことができたAさん。その大切な時間に立ち会わせていただけたことは、私にとっても忘れられない経験となりました。

2024年1月投稿

「やっぱり家にいたい」―あなただから言えた本音

「本当は家で最期まで過ごしたい」。誰にも言えなかった本音を引き出したのは、信頼関係を築いてきた訪問看護師でした。利用者さんの願いに寄り添い続けた看護の力を感じるエピソードです。

常勤の訪問看護師になりたてのAさんは、今日もがん末期のBさんに振り回されていた。
「訪問に行ったらいないんです。天気が良いから外出していたそうで、『今から来て』って言うんですよ」「今日は、お弁当を買ってきてほしいって言うんですよ」ほかにもさまざまな出来事があった。デイサービスで介護職員にため口をきかれたって、Bさんが怒っていた時も、Aさんは丁寧に話を聞いていた。Bさんは、お茶を飲みながら、若いころの話や日々の出来事を語ってくださった。
ある時、Bさんは胸水が溜まって受診することに。連携を学ぶために受診へ同行すると、Bさんは入院を拒否した。帰宅後、Bさんはぽつりとこう話した。「本当は家で最期までいたい。だって、父親が建ててくれた家だから」
Aさんは、親戚との関係調整にも奔走し、Bさんがかわいがっていた甥に遺言を託す機会もつくった。急な状況だったが、日ごろから連携しているクリニックの医師にも協力を依頼した。Aさんは、Bさんの願いを叶え、ご自宅で最期を迎えられるよう支援することができた。
その1年後、Bさんの親族から「自分も最期は家で暮らしたい」と希望された。それは、AさんがとことんBさんに向き合った結果だったのかもしれません。今では、その人らしさを大切にできる訪問看護師へと成長しました。Aさんのような訪問看護師に憧れ、この仕事を目指す人が増えてくれたら嬉しいな。

2024年1月投稿

人生の最期に何を大切にしたいかは、人それぞれです。訪問看護は、その人や家族の思いに寄り添いながら、限られた時間の中で「その人らしさ」を支える仕事です。今回ご紹介したエピソードからも、一人ひとりの願いに向き合う訪問看護の価値と、看取りの時間の尊さが伝わってきました。

編集: NsPace編集部

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