インタビュー

【愛知県蒲郡市の災害対策】複数の自治体との合同訓練&ボートレース場の電源利用

【愛知県蒲郡市の災害対策】複数の自治体との合同訓練&ボートレース場の電源利用

近年、大規模な自然災害が連続して発生し、南海トラフ地震への備えも求められるなか、医療現場における防災対策の重要性はますます増しています。より質の高い備えに寄与できるよう、先進的な防災対策を行う事例をご紹介。今回は、愛知県蒲郡市医師会の会長を務める近藤耕次先生にお話を伺いました。

【プロフィール】
近藤 耕次 先生
こんどうクリニック院長/蒲郡市医師会 会長

医師:近藤 耕次
藤田保健衛生大学(現:藤田医科大学)および同大学院を卒業。1989年に蒲郡市民病院に入職し、内科・神経内科部長を経験した後、2002年にこんどうクリニックを開業。2020年に蒲郡市医師会の会長に就任。

周辺自治体や企業と連携。蒲郡市の防災対策

―蒲郡市では、どのような防災対策をしているのですか?

毎年、市民参加型の「市民総ぐるみ防災訓練」を市内の中学校を中心に実施し、災害初動期における対応を訓練しています。

訓練内容は、

・多数傷病者を想定したトリアージ訓練
・救護本部の設置および情報処理訓練
・市民による避難所の開設・運営訓練
・避難所と災害対策本部との状況報告訓練

など、多岐にわたります。消防団・警察官、歯科医師会、薬剤師会、蒲郡市医療救護所登録看護師など、多職種の協力を得ながら実践的なプログラムを組んでいるんです。


市民総ぐるみ防災訓練

そのほか、全市民を対象とした「シェイクアウト訓練」や、災害用伝言ダイヤル「171」の体験訓練なども行われているほか、2025年1月には豊橋・豊川・田原の各市の自治体と連携して「東三河南部医療圏災害時保健医療活動訓練」も実施しました。主に南海トラフ地震を想定し、災害時の医療対応をシミュレーション。竹島ふ頭地区の重症患者をドクターヘリで災害拠点病院の蒲郡市民病院まで搬送する流れを確認し、伝達方法やネットワーク体制の課題を洗い出しました。

なお、医師会は蒲郡市防災会議にも参加しており、発災時の救護所の開設方法や医薬品・血液製剤の確保の流れなど、継続的に防災対策の見直しと確認を行っています。今後も繰り返し防災訓練の実施や検討・改善を行い、体制を整えていきたいと考えています。

―在宅療養者の災害対応についても教えてください。

はい。現段階では、人工呼吸器利用者や在宅酸素療養者、透析が必要な方を対象に、以下のような避難環境の整備を進めています。

人工呼吸器利用者
蒲郡市市民病院で優先的に受け入れ。

在宅酸素療法療養者
災害時も安定的に電源供給ができる「蒲郡競艇場(ボートレース蒲郡)」に救護所を開設し、誘導。医療機器メーカーに必要分の酸素ボンベ等を搬入してもらう。

透析が必要な患者
市内に2ヵ所ある「透析クリニック」が受け入れ。ポンプ車を稼働させ、クリニックに水を供給する。

ただ、避難先を決めておくだけでは不十分です。特別対応を要するすべての方の安全を守るには、その人数や疾患の詳細を把握しておかなければなりません。医療機関も蒲郡市全体の患者数は把握していませんし、蒲郡市在住で市外の医療機関にかかっているケースもあります。周辺自治体と連携しながら全体把握のためのしくみをつくる必要があったのです。

そこで、人工呼吸器利用者と在宅酸素療養者に関しては、行政に申請して「蒲郡電源あんしんネットワーク」に登録いただくしくみをつくっています。また、複数の自治体が在宅医療・福祉統合型支援ネットワークシステム「東三河ほいっぷネットワーク」(多職種間で情報を共有したり、患者さんやご家族側から情報発信をしたりできるシステム)に、災害関連情報を確認できる機能を新設しています。

「私はどうなるの?」 災害対策に注力するきっかけ

―近藤先生が防災対策に注力されるようになったきっかけについて教えてください。

きっかけは、筋萎縮性側索硬化症(ALS)を患い、意思伝達装置がないと意思表示ができない患者さんから、「もし電気が止まってしまったら、私はどうなるの?」と質問されたことです。当時の私は、その方に何も答えられませんでした。そこで、蒲郡市役所の長寿課や蒲郡市長、中部電力、医療機器メーカーなどに相談し、踏み込んだ防災対策を検討し始めたんです。蒲郡競艇場を避難所として活用する案も、その過程で蒲郡市から提案いただきました。

―行政を巻き込みながらの対策づくりが実現できた理由や、協力を打診する際に気を付けていることについて教えてください。

私ども医師会が先頭に立ち、行政の中でも医療的観点からの防災対策の強化に課題感を強くもっていた蒲郡市役所の長寿課と、トップである市長の両方に積極的に働きかけたことが功を奏したのではないかと感じています。

また、周囲に相談したり協力を求めたりする際は、笑顔で柔らかいコミュニケーションをとることを意識しています。お互いが安心感をもち、考えをきちんと伝え合える関係を目指したいと思っています。

今後のカギは「共通認識づくり」

―防災対策のさらなる拡充に向けて、現状課題として考えている点があれば教えてください。

より幅広く、深い共通認識(ルール)づくりをしなければならないと考えています。例えば、「被害状況がどれほどのレベルであればほかの市町村への応援要請を出すか」という基準の設定。これが曖昧だと、判断を間違える可能性が高まり、被害が拡大したり、せっかくの応援をもてあましたりしかねません。報告様式の統一も必要でしょう。現在は市町村ごとに形式や書式が異なるため、情報の漏れや過多が生まれるリスクがあります。災害時の情報整理は非常に難しいので、統一を急ぎたいですね。

また、救護所の備品、管理の見直しも重要です。「災害発生から3日間ほどは外傷の手当てが中心になる」といったように、リアルな状況を想定した上で、フェーズによって必要な備品の検討が必要だと考えています。管理の面では、特に薬剤の使用期限は徹底的にチェックしなくてはなりません。飲み薬は災害発生から1週間程度で供給体制が整うとされており、過度な備蓄はコスト増にもつながる可能性も。慎重な判断が求められます。

そして、連絡手段の確保も大切ですね。携帯電話は電池切れや通信障害で使用できなくなる可能性があるため、それ以外の手段もあらかじめ検討しておく必要があります。安否の情報を関係者で共有するためのルールづくりも含めて、災害の備えとして欠かせません。

―在宅療養者の方向けの災害対策についてはいかがでしょうか?

人工呼吸器利用者や在宅酸素療養者、透析患者の方々以外にも多様な疾患・障害を持つ方がいらっしゃいますから、対象をより広げて対策を講じなければならないと考えています。

蒲郡市では福祉避難所を設けていますが、現状ではすべての方に対応することはできません。ニーズに応じて複数の福祉避難所をつくる案を検討しているものの、災害時は一人ひとりが「適切な福祉避難所」に移動できない可能性もあるでしょう。ベストな対策を引き続き検討していきたいと考えています。

訪問看護師に伝えたい防災対策のポイント

蒲郡市医師会 会長 近藤氏インタビュー

―災害対策に関して、訪問看護師の皆さまへアドバイスやメッセージをお願いします。

訪問看護の事業所単位で取り組みたいことのひとつに、利用者さんの「要介助度ランク」の検討があります。例えば、災害発生直後に優先して訪問すべき方、1週間以内に訪問すべき方などをあらかじめ設定しておくことで、限られた人員でも効率的に対応することができます。災害時は、基本的に時間の経過とともに支援人員が増えていくもの。だからこそ、特に人手が足りない災害直後の混乱期を乗り切るための備えが重要になります。

また、各事業所でBCP(業務継続計画)を策定しているかと思いますが、日頃から少ない人員で運営している事業所は特に、災害時に単独で対応するのは限界があります。重要なのは、地域の訪問看護ステーションが協力し、「自分たちは同じ地域のグループなんだ」という意識をもって地域BCPを考えていくことではないでしょうか。

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最後にお伝えしたいのは、災害時は訪問看護師さんご自身とご家族の安全確保を最優先にしていただきたい、ということです。その上で、可能な範囲内で仕事にあたればよいと思います。どうか「医療従事者だから利用者さんを優先しなければ」と思い詰めないでください。

※本記事は、2025年3月の取材時点の情報をもとに構成しています。

取材・執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

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