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2024年度障害福祉報酬改定 ポイント解説/相談支援における連携への対応など
2024年度障害福祉報酬改定 ポイント解説/相談支援における連携への対応など
特集
2024年5月28日
2024年5月28日

2024年度障害福祉報酬改定 ポイント解説/相談支援における連携への対応など

医療、介護に加え、トリプル改定のもう1つの対象が障害福祉サービスです。訪問看護の場合、障害福祉での報酬は発生しませんが、診療・介護報酬による障害福祉サービス利用者への訪問看護の提供は可能です。そうしたケースでの障害福祉サービス側との連携のしくみに注目します。 障害福祉サービス利用者も訪問看護は利用可能 障害福祉サービスを利用しつつ、居宅や共同生活援助(以下、グループホーム)で生活している人は、診療報酬による訪問看護の利用が可能です。また、障害福祉サービスの利用者が65歳以上になって介護保険の利用が優先されると、介護報酬で訪問看護を利用するケースも想定されます。 その場合、利用者にかかわる障害福祉、医療、介護など多様な機関による情報連携が重要になります。今回のトリプル改定では、こうした情報連携に関するしくみが新設・見直しされました。連携機関の1つとなる訪問看護事業所としては、障害福祉サービス事業所等からの情報提供の求めに応じる際の連携環境がどのように変わっていくか注意が必要です。 相談支援事業所の多機関連携加算 注目したいのは、相談支援事業所が手がける計画相談支援および障害児相談支援の「医療・保育・教育機関等連携加算」です。相談支援事業所とは、障害福祉サービスの利用意向がある人から、さまざまな相談を受けたり、具体的なサービス計画(以下、サービス利用等計画)の立案およびサービス調整を行う機関です。 そのサービス利用等計画を作成する際に、当事者が利用する医療や保育、教育機関などの職員と面談した上で、必要な情報提供を受けた場合に算定されるのが上記の加算です。対象となる障害当事者1人につき、月1回を限度として算定されます。 相談支援事業所と訪問看護事業所の連携が明記 同加算の訪問看護に関係する見直し点は、第一に算定の留意事項(通知改正)で、相談支援事業所の連携対象に「訪問看護事業所」が明記されたことです。これにより、相談支援専門員から面談(テレビ電話等の活用含む)を通じて、訪問看護提供時の利用者の心身の状態に関する情報提供依頼が増える可能性があります。 また、訪問看護事業者からの情報提供だけでなく、訪問看護側で利用者へのサービス提供に際して必要な情報が生じた場合、担当の相談支援専門員に情報提供を求めることができます。その求めに相談支援専門員が応じた場合の加算区分が新設されました。 医療・保育・教育機関等連携加算のしくみ 「精神障害者支援体制加算」と訪問看護の関係 指定相談支援事業所の報酬で、訪問看護との連携体制が要件となるものが、「精神障害者支援体制加算」です。 これは、精神障害者支援にかかる一定の研修を修了した相談支援専門員を配置している事業所を評価するものです。一定の研修とは、地域生活支援事業による精神障害者の障害特性およびこれに応じた支援技法等に関する研修、またはそれに準じた研修で都道府県知事が認める研修課程を指します。 今改定では、この加算が2区分となり、上乗せとなる新要件を満たした場合に、高単位の区分が算定できることになりました。その新要件とは、以下の内容です。 精神障害者支援体制加算の新区分(Ⅰ)の上乗せ要件重点的な支援を要する精神疾患の患者(前1年以内に以下の機関への通院・利用をしていること)を支援する以下の機関に所属する保健師、看護師、精神保健福祉士と連携する体制が構築されていること1. 診療報酬の療養生活継続支援加算を算定する病院等2. 障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律施行規則第57条第3項に規定する訪問看護ステーション等(精神科重症患者支援管理連携加算の届出があること) なお、この場合の「連携する体制」 とは、 研修を修了した相談支援専門員病院や訪問看護ステーションの保健師、看護師、または精神保健福祉士 が1年に1回以上面談または会議を行い、精神障害者に対する支援に関して検討を行っていることを指します。 つまり、訪問看護事業者としては、加算対象となる相談支援事業所からの依頼を受けて合同検討会を開催することになります。 横断的な改定ポイントが地域生活移行支援 今回の障害福祉サービスの報酬改定では、横断的なポイントとして、利用者の意向に沿った地域生活移行支援の強化が上げられます。 例えば、地域生活支援拠点等に位置づけられている障害者支援施設において、当事者の地域移行に向けた動機付け支援として、グループホーム見学や食事体験、地域活動への参加などを行った場合の評価が設けられました。これを「地域移行促進加算(動機付け支援を強化した区分はⅡ)」といいます。 また、グループホームから居宅生活への移行を望む当事者に対し、退居から一人暮らしに向けた計画作成と支援を行った場合を評価するという方針で、「自立生活支援加算」も見直されました。 障害者の地域生活移行の際、連携対象に注意 このように、本人の意向に沿って、施設から居住系サービス、さらには居宅への移行が進むと、主に医療保険で対応する訪問看護の利用ケースも増えてくることになります。 もちろん、それまでと生活環境が大きく変わることになるので、当事者が新しい暮らしになじむためには、移行前後での手厚い支援が欠かせません。例えば、グループホームでは、グループホームから居宅生活に移行した人への継続的な支援を評価する加算「退居後共同生活援助サービス費」が新設されました。これは、グループホーム側が退居後の利用者の居宅を週1回以上訪問し、本人の心身の状況や環境、そのほか日常生活全般の把握を行った場合に算定できます。 移行支援では、退居後に利用する障害福祉サービス事業者や医療機関、訪問看護事業者との連絡調整も必要となります。訪問看護事業者としても、こうした「居宅生活への移行支援」に関連して、利用者が以前生活していたグループホームの担当者との連携機会が生じることも頭に入れておきたいものです。 ※本記事は、2024年4月30日時点の情報をもとに記載しています。 執筆:田中 元介護福祉ジャーナリスト 編集:株式会社照林社 【参考】○厚生労働省(2024).「令和6年度障害福祉サービス等報酬改定について」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000202214_00009.html2024/4/30閲覧

2024年度介護報酬改定 ポイント解説/BCP・高齢者虐待防止措置の減算規定
2024年度介護報酬改定 ポイント解説/BCP・高齢者虐待防止措置の減算規定
特集
2024年5月21日
2024年5月21日

2024年度介護報酬改定 ポイント解説/BCP・高齢者虐待防止措置の減算規定

2024年度介護報酬改定では、多くのサービスにまたがる義務化措置や加算の見直しが行われています。また、報酬の適正化という観点からの改定も行われました。今回は、そうしたテーマについて取り上げます。 BCPが未策定の場合の減算規定 まずは、2021年度に基準上の規定が設けられ、3年の経過措置をもって完全義務化された業務継続計画(以下、BCP)策定等の取り組みと高齢者虐待防止の推進です。いずれも2024年度からの完全義務化に伴い、未実施の場合の減算規定も設けられました。 1つめのBCP策定に関する完全義務化の内容を整理すると以下のようになります。 1. 感染症および自然災害の発生時を想定したBCPの策定2. 1に従い必要な措置(備蓄品の管理や担当者の使命など)を講ずること3. 従事者に対して、1にかかる研修を実施すること※4. 従事者に対して、1にかかる訓練(シミュレーション)を実施すること※ ※3および4に関しては、訪問看護の場合で年1回以上 上記のうち、1、2が未実施の場合の減算が設けられました。これを「業務継続計画未策定減算」といい、未策定の状況が解消されるまで所定単位数から1%が減算されます(施設・居住系については3%)。感染症および自然災害のBCP、いずれか1つでも未策定の場合で減算適用となるので注意しましょう。ただし、訪問看護を含む訪問系サービスについては、感染症対策の強化に関する義務化から日が浅いため減算規定の適用は2025年3月末まで猶予されます。 なお、減算になる期間は「1、2を満たさない状況が発生した翌月(状況の発生が月の初日であればその月)」からスタートし、「1、2を満たさない状況が解消された月」までです。 高齢者虐待防止措置の未実施も減算 高齢者虐待防止の推進において、2024年度から完全義務化となる項目は以下のとおりです。 1. 虐待の防止のための対策を検討する委員会(オンライン開催可能)を定期的に開催すること2. 1の結果について、従事者に周知徹底を図ること3. 虐待の防止のための指針を整備すること4. 従事者に対し、虐待の防止のための研修を年1回以上実施すること5. 1~4の措置を適切に実施するための担当者を置くこと この1~5のいずれかでも実施されていない状況が生じた場合、速やかに都道府県*1に「改善計画」を提出しなければなりません。その上で、「改善計画」に則った取り組みを行い、「実施されていない状況」が生じて*2から3ヵ月後に、改善状況をやはり都道府県に報告して「改善」が認められることが必要です。 上記の「実施されていない状況が生じた月の翌月」から「最終的に都道府県に改善が認められた月」までの間は、減算が適用されます。これを「高齢者虐待防止措置未実施減算」といい、月あたり所定単位数から1%の減算が行われます。 *1 看護小規模多機能型居宅介護の場合、市町村(指定権者)に改善計画を提出する。 *2 運営指導等で未実施が発見された場合、その発見月の翌月からとなる。 身体的拘束等の適正化が運営基準に 先の高齢者虐待防止の取り組みは、利用者の尊厳確保に関して不可欠なテーマです。同様のテーマから定められた規定がもう1つあります。それが「身体的拘束等の適正化」です。診療報酬改定でも規定されていますが、改めて取り上げましょう。 >>診療報酬改定の「身体的拘束等の適正化」についてはこちら2024年度診療報酬改定のポイント解説/医療DX、既存加算の適正化 具体的には、以下の規定が運営基準に設けられました。 1. 利用者または他の利用者等の生命・身体を保護するための「緊急やむを得ない場合」を除き、身体的拘束その他利用者の行動を制限する行為(以下、身体的拘束)を行ってはならない。2. 身体的拘束等を行う場合には、その態様および時間、その際の利用者の心身の状況ならびに緊急やむを得ない理由を記録しなければならない。 いずれも施設系、居住系、短期入所系、小規模多機能系ではすでに設けられている規定ですが、2024年度からは訪問系や通所系、居宅介護支援でも定められました。 1の規定にある「緊急やむを得ない場合」とは、 切迫性(利用者等の生命・身体への危険が切迫していること)非代替性(他に方法がないこと)一時性(一時的であること) の3つの要件を満たすことです。各要件の確認については、組織としての手続きを慎重に踏む必要があります。現場の一従事者の判断だけに任せてはいけません。 特別地域加算等の地域の範囲見直し 訪問系、通所系、小規模多機能系など複数のサービスにまたがる加算上の見直しとしては、特別地域加算、中山間地域等の小規模事業所加算、中山間地域に居住する者へのサービス提供加算があります。いずれも、訪問時の移動に過剰な時間が費やされがちな地域で、その人件費・燃料費等のコストを考慮した加算です。 具体的な対象地域を示します。 いずれの対象地域にも含まれている「過疎地域」。この場合の「過疎地域」とは、「過疎地域の持続的発展の支援に関する特別措置法」の第2条第1項に規定された地域です。一方で、同法では「みなし過疎地域」に関する公示もあり、今改定ではこの「みなし」とされていた地域も含めることになりました。 PT等による訪問にかかる厳しい減算 最後に、利用者ニーズに合わせた訪問看護の適切な提供を図るための改定を取り上げます。具体的には、理学療法士・作業療法士・言語聴覚士(以下、PT等)によるサービス提供への評価です。 近年、訪問看護ステーションにおけるPT等の従事者割合が増えており、PT等の訪問による単位数も増加傾向にあります。 こうした状況を受け、リハビリ系サービスとの役割分担の観点から、2021年度改定ではPT等による訪問での基本報酬が引き下げられました。それでも、例えばPT等による訪問回数が看護職員による訪問を上回っているといったケースも指摘されていました。 そこで、2024年度からは、PT等による訪問についての減算も設けられました。減算の対象はPT等による訪問で、要件は以下のとおりです。 1. 事業所における前年度(前年4月から当該年3月まで)のPT等による訪問回数が、看護職員による訪問回数を超えていること2. 1に適合しない場合であっても、前6ヵ月間において、緊急時訪問看護加算、特別管理加算、看護体制強化加算をいずれも算定していないこと【上記を満たす場合】1回につき8単位を所定単位数から減算(なお、1について、2023年度の実績に応じ、2024年度は同年6月1日から2025年3月末までの減算となる) 上記は介護予防訪問看護でも同様です。 なお、2021年度改定では、介護予防訪問看護の適正化の観点からサービス提供が12ヵ月超の場合に5単位の減算が適用されています。このケースについて、上記のPT等による過大訪問の減算が適用されている場合、減算幅は「5単位」⇒「15単位」となります。かなり厳しい減算となる点に注意が必要です。 次回は、トリプル改定のうちの障害福祉サービスの中から、訪問看護に関係のある内容を取り上げます。>>次回の記事はこちら2024年度障害福祉報酬改定 ポイント解説/相談支援における連携への対応など ※本記事は、2024年4月23日時点の情報をもとに記載しています。 執筆:田中 元介護福祉ジャーナリスト 編集:株式会社照林社 【参考】○厚生労働省(2024).「令和6年度介護報酬改定について」https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_38790.html2024/4/23閲覧○厚生労働省(2024).「令和6年度介護報酬改定に関するQ&A(Vol.1)(令和6年3月15日)」https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001230308.pdf 2024/4/23閲覧

2024年度介護報酬改定 ポイント解説/医療・介護の整合性確保
2024年度介護報酬改定 ポイント解説/医療・介護の整合性確保
特集
2024年5月14日
2024年5月14日

2024年度介護報酬改定 ポイント解説/医療・介護の整合性確保

トリプル改定のうち、今回と次回は訪問看護の介護報酬について取り上げます。介護報酬改定も、診療報酬とおおむね同様のテーマに沿った改定が行われました。さらに、診療報酬側との整合性を取ることで、医療・介護問わず切れ目ない支援がめざされています。 まず注意したいのは、介護報酬改定の施行時期です。介護報酬改定の施行時期は原則2024年4月ですが、訪問看護については診療報酬改定の施行時期との整合性を取るために6月施行となりました。 この点を頭に入れつつ、具体的な改定項目を見ていきましょう。 24時間対応の充実に向けた加算再編 診療報酬側では、利用者ニーズへの即応性や現場の業務負担の軽減という2つのテーマをめぐり、24時間対応体制の充実が図られました。介護報酬側でも、これに対応して「緊急時訪問看護加算」の改定が行われています。 改定前の同加算の区分は1つ。その要件は「利用者やその家族から、電話等で看護に関する意見を求められた場合に、保健師や看護師(以下、看護師等)が常時対応できる体制にあること」でした。今改定では、追加要件を付した新区分Ⅰが設けられ(旧要件のみの区分はⅡ)、単位が上乗せされています。 緊急時訪問看護加算(月あたり) ※「上記以外」とは「病院・診療所の場合」および「一体型定期巡回・随時対応型訪問 介護看護事業所の場合」をいう 追加要件「現場の業務負担の軽減策」とは 新区分Ⅰに追加された要件は、「緊急時訪問における看護業務の負担軽減に資する十分な業務管理等の体制整備が行われていること」です。具体的には以下の6項目で、そのうち2項目以上を満たす必要があります。 緊急時訪問看護加算(Ⅰ)の看護業務の負担軽減に資する取り組み1. 夜間対応した翌日の勤務間隔の確保2. 夜間対応に係る勤務の連続回数が2連続(2回)まで3. 夜間対応後の暦日(午前0時から24時まで)の休日確保4. 夜間勤務のニーズを踏まえた勤務体制の工夫5. ICT・AI・IoT等の活用による業務負担軽減6. 電話等による連絡・相談を担当する者に対する支援体制の確保 なお、上記の6の連絡・相談を担当する者は、以下の条件を満たしている場合には、看護師等以外の職員が担当しても構わないとされました。 ア 看護師等以外の職員が、利用者・家族等からの電話等による連絡・相談に対応する際のマニュアルが整備されていることイ 緊急の訪問看護の必要性の判断を、看護師等が速やかに行える連絡体制および緊急の訪問看護が可能な体制が整備されていることウ 事業所の管理者は、連絡相談を担当する看護師等以外の職員の勤務体制や勤務状況を明らかにすることエ 看護師等以外の職員は、電話等により連絡・相談を受けた際に、看護師等へ報告すること。報告を受けた看護師等は、当該報告内容等を訪問看護記録書に記録することオ アからエまでについて、利用者・家族等に説明し、同意を得ることカ 事業者は、連絡相談を担当する看護師等以外の職員について届け出ること 新区分Ⅰにかかる追加要件と連絡・相談担当者の範囲拡大は、診療報酬側の「24時間対応体制加算」をめぐる要件や届出基準と同じであることが分かります。 専門性の高い看護師による管理を評価 利用者ニーズの即応性に関しては、在宅での重度療養ニーズへの対応強化が図られました。 まずは新加算「専門管理加算(月250単位)」です。これは専門性の高い看護師による利用者への計画的な管理を評価した加算です。要件は、(1)一定の専門研修を受けた看護師が、(2)厚生労働省(以下、厚労省)の定める利用者に計画的な管理を行った場合に算定されます。この(1)と(2)には2ケースあり、具体的な内容は以下のとおりです。 なお、診療報酬では「機能強化型訪問看護管理療養費1」の施設基準として「専門の研修を受けた看護師の配置」が求められました。ここでも、診療報酬との関連が見られます。 退院時にかかわる評価の見直し 退院時の共同指導における要件見直し 重度療養ニーズを有する利用者へのサービスでは、入院医療機関から退院するタイミング以降のかかわりも大きなポイントです。そのタイミングにかかる2つの評価が見直されました。 1つめは、「退院時共同指導加算(1回600単位)」の見直しです。これは、医療機関からの退院や介護老人保健施設からの退所にあたり、(医療機関の医師やそのほかの従事者と合同での)利用者・家族への共同指導、およびその直後の初回訪問看護について評価する加算です。 この要件について、共同指導の内容を「文書」で提供するという規定がなくなりました。利用者の退院後には本人・家族にさまざまな不安や戸惑いが生じがちです。そうした状況への対応に集中するための効率化が図られました。 退院後の「初回加算」はどうなった? 2つめは、先の「退院時共同指導加算」を算定していない場合に退院後の初回訪問を評価した「初回加算」です。同加算について、「退院・退所の当日の訪問」と「当日以降の訪問」によって2区分に再編されました(併算定はできません)。 初回加算 これも、退院当日から本人や家族は大きな不安・戸惑いに直面しがちであるという点から、当日訪問を手厚く評価したことになります。 在宅療養に不可欠な「口腔衛生管理」 自宅療養を行う利用者に対して、自立支援・重度化防止の取り組みも強化されています。2024年度の介護報酬改定で、重点が置かれている取り組みの1つが「口腔衛生」の管理です。 この取り組みへの推進に向け、訪問看護をはじめとした訪問系サービスのほか、短期入所系サービスにおいて、利用者の口腔衛生の状況確認を評価する加算が設けられました。それが「口腔連携強化加算」です。1回50単位で、月1回に限り算定されます。要件は以下のとおりです。 口腔連携強化加算の算定要件1. 訪問看護師等が、利用者の口腔の健康状態の評価を実施すること2. 利用者の同意を得て、1の評価結果を、歯科医療機関および介護支援専門員に情報提供(※)すること※「口腔連携強化加算に係る口腔の健康状態の評価及び情報提供書情報提供書」は以下のリンク先を参照のことhttps://view.officeapps.live.com/op/view.aspx?src=https%3A%2F%2Fwww.mhlw.go.jp%2Fcontent%2F12300000%2F001227893.xlsx&wdOrigin=BROWSELINK3. 1の評価を実施するにあたり、診療報酬の歯科訪問診療料(歯科点数表区分番号C000)の算定実績がある歯科医療機関の歯科医師または歯科医師の指示を受けた歯科衛生士が、訪問看護師等からの相談に対応する体制を確保し、その旨を文書等で取り決めていること 看取り期での医療保険と介護保険の整合性 在宅療養においては、利用者や家族が「退院して在宅での看取りを望む」といったケースも増えています。仮に本人が介護保険の適用対象にもかかわらず要介護認定を受けていない場合、訪問看護は医療保険でのサービス提供となります。 そうしたケースが増えてくると、医療保険と介護保険での訪問看護にかかるしくみの整合性がますます問われます。その点を考慮した介護報酬側の改定が2つ行われました。 「ターミナルケア加算」の単位アップ 1つは、介護報酬側の「ターミナルケア加算」です。これは、死亡日および死亡日14日以内に2日以上訪問した場合に、死亡月につき算定されます(末期がんなど厚労省が定める疾患に限る)。診療報酬上でこれに対応するのが「訪問看護ターミナルケア療養費」ですが、両者で単位数が異なっていました。今回の介護報酬改定では、以下のように揃えることになりました。 ターミナルケア加算 参考:診療報酬の「訪問看護ターミナルケア療養費Ⅰ(在宅で死亡した場合)」は25,000円1点=10円で計算した場合に診療報酬側とそろう 死亡時の遠隔診断にかかる加算も もう1つは、今改定で誕生した「遠隔死亡診断補助加算(1回150単位)」です。利用者が厚労省の定める離島や過疎地域、豪雪地帯などに居住しており、死亡時に医師が訪問できないとき、訪問看護師が情報通信機器を用いて医師の死亡診断を補助した場合に算定されます。算定要件は以下のとおりです。 遠隔死亡診断補助加算の算定要件1. 訪問する看護師が、「情報通信機器を用いた在宅での看取りに係る研修(日本医師会などが実施)」を受けていること2. 利用者が診療報酬上の「死亡診断加算」の対象(計画的・定期的な訪問診療を行っていること)であること3. 正当な理由のために、医師が直接対面での死亡診断等を行うまでに12時間以上を要することが見込まれる状況であること この加算も、2024年度の診療報酬改定で訪問看護に「遠隔死亡診断補助加算」(1回150単位)が誕生したことに合わせたものです。 次回は、2024年度から完全義務化された業務継続計画(BCP)の策定など、多くのサービスにまたがって適用された運営基準や加算・減算について取り上げます。 >>次回の記事はこちら2024年度介護報酬改定 ポイント解説/BCP・高齢者虐待防止措置の減算規定 ※本記事は、2024年4月16日時点の情報をもとに記載しています。 執筆:田中 元介護福祉ジャーナリスト 編集:株式会社照林社 【参考】○ 厚生労働省(2024).「令和6年度介護報酬改定について」https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_38790.html2024/4/16閲覧○ 厚生労働省(2024).「介護保険最新情報Vol.1225『「令和6年度介護報酬改定に関するQ&A(Vol1)(令和6年3月15日)」の送付について』」https://www.mhlw.go.jp/content/001227740.pdf2024/4/16閲覧

2024年度診療報酬改定のポイント解説/医療DX、既存加算の適正化
2024年度診療報酬改定のポイント解説/医療DX、既存加算の適正化
特集
2024年5月7日
2024年5月7日

2024年度診療報酬改定のポイント解説/医療DX、既存加算の適正化

診療・介護・障害福祉サービスの各報酬にかかる、個別の改定ポイントを解説。今回は、訪問看護における医療DXにかかる新加算や機能強化型訪問看護ステーションの評価アップ、多様なニーズへの対応、既存加算における各種評価の適正化などを取り上げます。 医療DXへの対応 「訪問看護医療DX情報活用加算」が新設 居宅同意取得型のオンライン資格確認等システムを通じて利用者の診療情報を取得し、その活用によって質の高い訪問看護を提供した場合について、「訪問看護医療DX情報活用加算」が新たに設けられました。月1回に限り50円(5点)が加算されます。 「居宅同意取得型」とは、利用者の自宅でオンラインの資格確認(マイナンバーカードによる本人確認にもとづく資格情報の取得)や薬剤情報の提供に関する同意を、デジタル端末で得ることをいいます。 施設基準は以下の通りです。 施設基準1. 電子情報処理組織の使用による請求(オンライン請求)を行っていること2. 電子資格確認を行う体制を有していること3. 事業所の見やすい場所に、以下の事項を掲示していること ● 医療DX推進の体制に関する事項 ● 上記体制により,質の高い訪問看護を実施するための十分な 情報を取得していること ● 上記の情報を活用して訪問看護を行っていること4. 3の事項について、原則としてウェブサイトに掲載していること なお、4の基準は2025年5月末までの経過措置が設けられています。 オンライン請求に伴う指示書様式の見直し 医療DXに関しては、2024年6月から訪問看護レセプトのオンライン請求が始まります。これを踏まえ、訪問看護指示書(精神科訪問看護指示書含む)の記載事項や様式が見直され、「主たる傷病名」にそれぞれ「傷病名コード」を付すことが原則となりました。 医師の死亡診断に関しICTを使った補助も評価 業務のデジタル化という点では、在宅ターミナルケア加算においてICTを活用した新加算「遠隔死亡診断補助加算(1回150点)」が加わりました。在宅での利用者の看取りに際し、医師が行う死亡診断を、訪問看護師がICTを活用して遠隔で補助した場合の評価です。利用者が離島などに在住し、死亡時に医師の訪問が難しいケースを想定したものです。 対象は、在宅ターミナルケア加算を算定している利用者。その利用者に対し、ICTを用いた在宅での看取りに係る研修を受けた看護師が、医師の指示のもとで死亡診断の補助を行うことが要件です。 機能強化型訪問看護ステーションの評価手厚く 今改定では利用者ニーズへの即応性に関する見直しも行われています。 1つめは、機能強化型訪問看護ステーション(以下、機能強化型)に関する評価です。機能強化型は、24時間の対応体制や手厚いターミナルケアの実績など、重度化する在宅のニーズに応える体制を整えているのが特徴です。今改定では、この機能強化型の訪問看護管理療養費が1~3の各区分ですべて引き上げられました。 機能強化型訪問看護管理療養費(月の初日の訪問の場合) 区分1では、「専門研修を受けた看護師の配置」が「望ましい(推奨)」から「必須」に格上げされています。 なお、2024年3月末までに区分1にかかる届出を行っている事業所は、上記の格上げ要件を満たさなくても、2026年5月末までは区分1の基準を満たしているとみなされます。 機能強化型以外も初日の訪問は引き上げ 機能強化型以外の事業所による「訪問看護管理療養費」についても、月の初日の訪問は以下のように引き上げられました。 機能強化型以外の訪問看護管理療養費(月の初日の訪問) また、算定留意事項には以下の内容が加わりましたので、確認しておきましょう。 訪問看護管理療養費の新たな留意事項(一部意訳)災害等が発生した場合でも、訪問看護の提供を中断させないこと。中断しても可能な限り短期間で復旧させ、利用者への訪問看護の提供を継続的に実施できるよう業務継続計画(BCP)を策定し、必要な措置を講じていること。 介護保険では業務継続にかかる取り組みは、2024年度から完全義務化されています。医療保険でもBCP策定や研修・訓練の実施が問われたことになります。 2日目以降の訪問は? 適正化の細かい基準に注意 一方、2日目以降の訪問は、報酬上の評価がニーズへの対応に見合っているかが精査された上で「適正化」が図られました。 単価は2区分に再編され、区分ロ(訪問看護管理療養費2)については引き下げとなりました。 訪問看護管理療養費[月の2日目以降の訪問(1日につき)] 訪問看護管理療養費1の基準は以下の通りです。 【訪問看護管理療養費1の基準】⇒以下の(1)、(2)にともに該当していること(1)同一建物居住者(※1)が7割未満(2)以下のAまたはBのいずれかに該当することA. 特掲診療料の施設基準等別表の7、8(※2)に該当する者への訪問看護について相当な実績を有することB. 精神科訪問看護基本療養費を算定する利用者のうち、GAF尺度(※3)による判定が40以下の利用者の数が月に5人以上 ※1 同一建物居住者…対象となる利用者と同一の建物に居住する他の者に対して、同一日に指定訪問看護を行う場合※2 特掲診療料の施設基準等別表の7、8は以下のリンクを参照▼厚生労働省「特掲診療料の施設基準等」https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=84aa9733&dataType=0※3 GAF尺度…以下のリンク先を参照▼厚生労働省「GAF(機能の全体的評定)尺度」https://www.mhlw.go.jp/shingi/2003/11/dl/s1111-2a.pdf 上記の(1)に該当しない、あるいは(2)のA・Bいずれにも該当しない場合は、訪問看護管理療養費2の算定となります。なお、2024年3月末時点で指定を受けている事業所では、2024年9月末までは、上記の要件を満たしていなくても訪問看護管理療養費1の算定が可能です。 「緊急訪問看護加算」も適正化により減算 サービス提供実態によって「適正化」が図られた評価には「緊急訪問看護加算」もあります。同加算は(1)利用者・家族の求めに応じ、(2)主治医の指示にもとづき、(3)緊急の訪問看護を行った場合に算定されるものです。 ただし、訪問が頻回となった場合、それが「緊急訪問として適切か」が問われました。そこで、日数に応じて「月15日以降」の緊急訪問看護に減算が適用されます。 緊急訪問看護加算 算定要件も新たな規定が加わりました。それは、記録の明確化と算定理由の記載です。 緊急訪問看護加算の新基準(意訳)● 緊急に指定訪問看護を実施した場合は、その日時、内容及び対応状況を訪問看護記録書に記録すること● 緊急訪問看護加算を算定する場合には、同加算を算定する「理由」を、訪問看護療養費明細書に記載すること 医療ニーズが高い利用者の退院支援 ニーズへの即応性に関し、さらに注目したいのが次の2つです。(1)医療ニーズの高い利用者の退院支援(2)母子への適切な訪問看護の推進 医療ニーズの高い利用者の退院支援 具体策は、「退院支援指導加算」の要件見直しです。同加算は、利用者の退院にあたり、訪問看護師が退院日に「在宅での療養上必要な指導」を行った場合に算定されます。 変更点は「長時間の訪問を要する者への指導」に関する要件です。改定前は、「1回の退院支援指導が90分超」のみ算定できましたが、ここに「複数回の退院支援指導の合計が90分超」も算定可能となりました。この見直しは、利用者の状態によって長時間指導が難しい(頻回訪問による指導が望ましい)ケースがあるという実態に沿ったものです。 母子への適切な訪問看護の推進 母子への適切な訪問看護の推進には乳幼児の状態に応じた対応への評価と、ハイリスク妊産婦に対する支援の充実が示されています。 前者は、訪問看護基本療養費の「乳幼児加算」の見直しです。同加算は、6歳未満の乳幼児に訪問看護を行った場合に算定されますが、ここに対象者が超重症児や準超重症児などの場合の単価を引き上げた評価が新設されました。 一方で、従来区分については単価を引き下げ、訪問看護での対応ケースの重点化も図られています。 乳幼児加算の見直し ※(2)の別表第七、(3)の別表第八に関しては以下を参照▼厚生労働省「特掲診療料の施設基準等」https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=84aa9733&dataType=0 後者の具体策は「ハイリスク妊産婦連携指導料」の要件追加です。同加算は、精神疾患を合併したハイリスク妊産婦への支援に向け、診療方針にかかる多職種カンファレンスを2ヵ月に1回開催した場合に算定されます。適用されるのは産科・産婦人科医院ですが、この多職種連携の対象に、患者を担当する訪問看護ステーションの看護師、保健師、助産師が加わりました。 利用者の尊厳保持にかかる2つの基準見直し 最後に、「利用者の尊厳保持」という観点からの訪問看護の運営基準上での見直しに注目します。 具体的には、(1)虐待防止措置、(2)身体的拘束の適正化の推進が定められました。(1)は、訪問看護の運営規程の中に「虐待の防止のための措置に関する事項」を盛り込むことが義務づけられ、(2)については具体的取扱い方針に以下の2つが盛り込まれました。 指定訪問看護の具体的取扱い方針の第15条より(要約)● 指定訪問看護の提供に当たっては、利用者または他の利用者等の生命・身体を保護するため「緊急やむを得ない場合」を除き、身体的拘束その他利用者の行動を制限する行為(以下「身体的拘束等」)を行ってはならない● 前号の身体的拘束等を行う場合には、その態様および時間、その際の利用者の心身の状況、「緊急やむを得ない理由」を記録しなければならない 上記の「緊急やむを得ない場合」とは、切迫性、非代替性(他に方法がないこと)、一時性の3つの要件を満たすことです。また、その要件の確認については、組織としての手続きを慎重に行う必要があります。個人の判断に任せてはいけないということに注意しましょう。 次回は、介護報酬上の改定点について取り上げます。>>次回記事はこちら2024年度介護報酬改定 ポイント解説/医療・介護の整合性確保 ※本記事は、2024年4月9日時点の情報をもとに記載しています。 執筆:田中 元介護福祉ジャーナリスト 編集:株式会社照林社 【参考】○厚生労働省(2024).「令和6年度診療報酬改定の概要 医療DXの推進」https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001219984.pdf2024/4/9閲覧○厚生労働省(2024).「令和6年度診療報酬改定の概要 在宅(在宅医療、訪問看護)」https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001226864.pdf 2024/4/9閲覧

漫画「役割を求めて」訪問看護アワード
漫画「役割を求めて」訪問看護アワード
特集
2024年4月23日
2024年4月23日

大賞エピソード漫画化!「役割を求めて」【つたえたい訪問看護の話】

NsPaceの特別イベント「第2回 みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。大賞を受賞したのは、訪問看護ステーションかすたねっと(大阪府)の岡川 修士さんの投稿エピソード、「役割を求めて」です。 今回は、大賞エピソードを『ナースのチカラ ~私たちにできること 訪問看護物語~』著者の広田奈都美先生に、全11ページの漫画にしていただきました。ぜひご覧ください! >>全受賞エピソードはこちらつたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!大賞・審査員特別賞・ホープ賞・協賛企業賞つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!入賞 漫画:広田 奈都美(ひろた なつみ)漫画家/看護師。静岡県出身。1990年にデビューし、『私は戦う女。そして詩人そして伝道師』(集英社)、『ナースのチカラ ~私たちにできること 訪問看護物語~』『おうちで死にたい~自然で穏やかな最後の日々~』(秋田書店)など作品多数。 >>『ナースのチカラ』の試し読みはこちら【漫画試し読み】『ナースのチカラ』第1巻1話(その1)投稿者:岡川 修士(おかがわ しゅうじ)訪問看護ステーションかすたねっと(大阪府)「役割を求めて」は、私一人でやったことではなく、加東さんの想いがあり、社長の井上の判断があり、ポジティブに受け入れてくれる仲間がいることで生まれたエピソードです。みんなでやってきたことを認めてもらったので、嬉しいの一言に尽きます。社長の井上からも「岡川さんがセンサーを働かせて相談してきてくれたことや、加東さんの雇用に関して反対するメンバーが一人もおらず、みんな心から喜んでくれたことでこのエピソードが生まれました。本当に会社をつくってよかったと思いましたし、人に恵まれて幸せです。そして、一つの結果としてこういった素晴らしい賞をいただけて、とても嬉しく思っています」というコメントをもらいました。ステーション一同、感謝の気持ちでいっぱいです。利用者さんの背景や状況は多岐にわたりますが、仲間と一生懸命頭をひねって知恵を出し合う時間は、とても尊いものだと思います。これからも頑張っていきたいと思います。 * * * 次回、「第3回 みんなの訪問看護アワード」の「つたえたい訪問看護の話」エピソードは、2024年秋から応募開始予定です。 [no_toc]

制度のはざまにいる人をサポート~包括的な支援を目指して~
制度のはざまにいる人をサポート~包括的な支援を目指して~
インタビュー
2024年4月16日
2024年4月16日

制度のはざまにいる人をサポート~包括的な支援を目指して~

栃木県下野市で「れもん在宅クリニック」開業し、訪問診療・往診に従事している吉住直子先生。医師として活躍する傍ら、地域食堂や子ども食堂の運営・学習支援なども精力的に行っており、そこからの学びも多いとおっしゃいます。医療にとどまらず、包括的に地域の方の人生をサポートすべく活動する想いや目指すことについてうかがいました。 >>前編はこちら介護ヘルパーから医師へ~地域医療への想いの源泉~ 吉住 直子(よしずみ・なおこ)先生れもん在宅クリニック 院長訪問看護ふらみんご 代表取締役1982年栃木県足利市生まれ。臨床検査技師、介護ヘルパーを経て群馬大学医学部医学科に編入。2014年同大卒業後、自治医科大学附属病院、JCHOうつのみや病院などを経て2022年れもん在宅クリニック開業。医師の仕事と並行して、2019年からは子ども食堂と学習支援を行う「任意団体おおるり会」を運営している。 少し医学に詳しい、いちメンバーとして ―ご自身のクリニックや、運営している訪問看護ステーションのスタッフとのコミュニケーションで、気をつけていらっしゃることはありますか。 臨床検査技師と介護ヘルパーの経験があるので、医師に報告やお願いをすることがどれほど気を遣って大変なことなのか分かっているつもりです。 例えば医師に電話したいと思っても、「外来中かな」とかいろいろ考えて気が引けてしまったり、事前に根回しが必要だったり。いざ電話をかけるときもすごく緊張しましたし、連絡して「忙しいから後にして」なんて言われると心が折れました。ですから、医師になった現在は、周りの人が自分に話をしやすい空気を作れるよう意識しています。 ほかの訪問看護ステーションの方とは掲示板で患者さんの情報共有をすることが多いので、まめに書き込んだりレスポンスしたりすることを心がけています。「この人には気軽に連絡していいんだな」と思ってもらいたいですね。 ―気軽に医師に相談できる環境というのは、訪問看護にかかわるすべての職種にとって本当に心強いものだと思います。 在宅・訪問医療において、私は自分を「ちょっと医学的なことに詳しい、いちメンバー」だと考えています。看護師さん、ケアマネさん、介護ヘルパーさん、デイサービスのスタッフさん、福祉用具業者さん、そのチームの中のひとりです。 医療福祉界のトップが医師というわけではありません。褥瘡のことは看護師さんの方が私よりずっと知識も経験もあって得意でしょうし、オムツを替えてくれる介護ヘルパーさんでないと気づかないこともあるかもしれない。ほかの職種のほうが知っていること・得意なことはあると思うので、「教えてほしい」というスタンスで仕事をしています。 ―先生が今後行っていきたいと考えていることはありますか? 地域医療や介護サービスにかかわるみなさんと、死生観や生きること・死ぬことについて勉強会などを通して一緒に考えて、思いを共有できるような機会が作れるといいなと思っています。 例えば、頸髄症で四肢の動きがあまり良くない独居の男性がいらっしゃるとして、ご本人は家で過ごすことを希望している。ただ転倒リスクは高いし、一人暮らしを継続するには毎日介護ヘルパーを入れる必要がある。こういった場合、私は本人の意思を尊重したいと思いますが、他者の視点から見ればそれが最適ではないこともあります。 絶対的な正解はないかもしれませんが、一緒にしっかりと考えていきたいですね。 子ども食堂でのハロウィンの様子。手前でジバニャンの仮装をしているのが吉住先生(写真を一部加工しています) 子ども食堂、学習支援での葛藤とよろこび ―吉住先生は、子ども食堂や学習支援にも取り組んでいらっしゃいます。活動を始めたきっかけを教えてください。 前編でお話ししたとおり、私が中学生のころ父は入退院を繰り返していました。同じころ妹も入院が必要になり、母は妹に付き添うことに。私が家に一人残らねばならないとなったとき、近所に住んでいた友人の家族が私を預かってくれたんです。 私自身が近所の人に助けてもらってきたので、今度は自分が地元に還元したい、困っている子どもがいたら助けたいと思って始めました。 ―活動されている中での気づきや葛藤などがあれば教えてください。 子ども食堂をやってみて知ったのは、本当にいろんな家庭があるということ。土地柄、金銭的にすごく困っている家庭は少ないのですが、シングル世帯でお母さんがあまり家におらず、お金には困っていないけれど愛情不足、とか。 本当に「どうにかしなければ」と思ったときは児童相談所に行ったこともありました。不登校の子どもや、道を踏み外しそうな子どもの相談にも乗っていましたが、子ども食堂でいくら話を聞いて、彼・彼女らの考えを尊重しても、結局子どもはそれぞれの家に帰っていく。そして、家では親の価値観の中で暮らすことになります。 私の意見と親の意見との間で揺れてしまうのではないか、私がかかわることでかえって子どもを惑わせているのではないかと悩むこともしばしばです。どこまで踏み込むべきなのか、今でもまだ迷っていますね。 ―食事の提供や勉強を教えること以外に行っていることはありますか? 将来の夢が見つかれば勉強するモチベーションになるかなと思い、「世の中にはこんな仕事があります」という仕事紹介の会をしたことがあります。電車の運転士さんとCAさんに来ていただいて、この仕事に就くためにはこんな勉強をした、こういう学校を出ればいい、仕事のこんなところが大変だった・面白かった、ということを話してもらいました。 海外出身の方に来ていただいて、その国の文化について話してもらって子どもたちの興味の幅を広げる勉強会もしましたね。 ―素敵な活動ですね。先生のところで支援を受けたお子さんたちはその後どのような道を歩んでいるのでしょうか。 学年最下位で、ギリギリで公立高校に入った、子ども食堂の利用者第一号の子が自衛官になりました。嬉しかったですね。 彼が初めて子ども食堂に来たのは中学3年生のとき。親は公立高校に入れたいと思っているけれど、本人は勉強嫌いで教科書を全部捨ててしまっている状態だったんです。アルファベットも書けなかったところから、一緒に問題集を買って勉強して、公立高校に合格できました。「将来は自衛官や警察官が向いているんじゃないの?」なんて話していたら本当に自衛官になったんです。 ―どういう部分で自衛官や警察官が向いているのではないかと思われたのですか? 「高校に受かりたいなら毎日来なよ、一緒に勉強しようよ」と言ったら、前の日にどんなにケンカをしても、毎日来ることだけは続けてくれたからでしょうか。言われたことをコツコツ守ることができたから、そういう仕事が向いているのではないかと思って。今も元気に社会人をやっていますよ。 吉住先生の誕生日に、スタッフから花束とメッセージのプレゼント グリーフケアの一環としての地域食堂 ―患者さんのご家族やご遺族を招く地域食堂にも取り組まれているそうですね。 子ども食堂や学習支援を始めたのが2019年、地域食堂は「れもん在宅クリニック」を開業して2年後の2024年1月から始めました。 訪問診療していた患者さんをお看取りした後、そのご家族が「もうこれで先生と会うのは最後なんですね。子ども食堂にボランティアを兼ねていってもいいですか」と言ってくださることが何度かあったんです。 子ども食堂は、子どもたちがワイワイご飯を食べて学習もしている場所。ご遺族に来ていただいてもうまく交わらないのではないかと感じ、子ども食堂とは別に地域食堂を始めることにしました。地域食堂は、グリーフケアの一環という位置付けです。クリニックに関係するご家族を中心に、ときには患者さんご本人も呼んでざっくばらんな話をしています。 実際に始めてみたら、すごく学びがありました。印象的だったのは、医師の夫と看護師の妻というご夫婦で、長い闘病の末に夫を看取った奥様。「夫を亡くした後、初めて自分から外に出ようと思ったのがこの地域食堂だった。私は毎日泣いて過ごしていて、同じように夫を亡くして気持ちの整理がつかない人の話を聞いてみたいと思った」と話してくれたんです。 彼女が思いを表出する機会を作れてよかったと思いましたし、医療従事者であっても、一番身近なご家族を失うことは、大変つらいこと。ご家族に医療従事者がいらっしゃると安心してしまいがちだったのですが、ご家族を看取るのに医療従事者であるかどうかは関係ないのだと学びましたね。 「制度のはざま」にいる人たちへのサポート ―今後の展望についてお聞かせください。 宿泊できる施設を作りたいと思っています。在宅に切り替えたものの自宅でのケアが思ったより大変だと感じているご家族、お看取りのときに看護師も医師もいないのは心細い方、ペットと離れたくないから病院には戻りたくない方などが、必要なときに泊まれる施設です。病院でも家でもない、在宅医療を続けたい方のための宿泊施設ですね。 そういった施設があれば、一般的には保護が行き届かない方もサポートできると考えています。例えば独居で気ままに暮らしている高齢者で、介護保険の申請もしておらず、病気ではないので入院適応もないけれど動けなくなった、ショートステイ施設にも行けない、というような方も保護できます。 制度のはざまで困っている人たちを取りこぼさずに、支えていきたいと思っています。 ※本記事は、2024年1月の取材時点の情報をもとに構成しています。 取材・執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

2024年度診療報酬改定 ポイント解説/24時間対応体制加算&訪問看護処遇改善
2024年度診療報酬改定 ポイント解説/24時間対応体制加算&訪問看護処遇改善
特集
2024年4月16日
2024年4月16日

2024年度診療報酬改定 ポイント解説/24時間対応体制加算&訪問看護処遇改善

今回から、診療・介護・障害福祉サービスの各報酬にかかる、個別の改定ポイントを取り上げます。前回の「全体像 ポイント解説」でも述べた課題への対応に向け、訪問看護ではどのような改定が行われたのでしょうか。まずは診療報酬での改定から取り上げます。 >>トリプル改定 全体像 ポイント解説についてはこちら 2024年度トリプル改定(診療報酬・介護報酬・障害福祉報酬改定)の全体像 解説 医療・介護・障害福祉の各分野が直面する(1)高齢化に伴うニーズの多様化、(2)賃金水準向上と人手不足、(3)現場業務の効率化を図るためのDXという3つの課題。この課題に総合的に対応したのが、訪問看護管理療養費における「24時間対応体制加算」の見直しです。同加算を再編して評価を手厚くし、さらに「看護業務の負担軽減の取組」を評価した高単位の区分を設けました。 「24時間対応体制加算」は報酬を引き上げ2区分に 本改定では、24時間対応体制への評価は以下のように2区分に見直されました。 イは「24時間対応体制における看護業務の負担軽減の取組を行っている場合」、ロは「それ以外の場合」です。イの業務負担軽減の取り組みは以下の6項目です。そのうち、a・bのいずれかを含む2項目以上を満たしている必要があります。 看護業務の負担軽減の取り組み(届出基準通知)a.夜間対応した翌日の勤務間隔が確保されているb.夜間対応に係る勤務の連続回数が2連続(2回)までc.夜間対応後の暦日の休日が確保されているd.夜間勤務のニーズを踏まえた勤務体制の工夫がなされているe.ICT、AI、IoT等の活用による業務負担軽減がなされているf.電話等による連絡・相談を担当する者への支援体制が確保されている 連絡・相談対応のための担当者配置に特例 24時間対応では、利用者・家族からの相談対応や連絡の体制確保に向けた担当者の配置が必要です。ここでも、事業所の保健師や看護師(以下、看護師等)の「業務負担の軽減」から、サービス提供体制が確保されていれば、看護師等以外の職員を担当としても差し支えない特例が設けられました。 ただし、以下の6つの条件をすべて満たすことが必要です。 ●看護師等以外の担当者が利用者・家族からの連絡・相談に対応する際のマニュアルが整備されていること●緊急の訪問看護の必要性の判断を、保健師や看護師が速やかに行える連絡体制および緊急の訪問看護が可能な体制が整備されていること●事業所の管理者は、看護師等以外の担当者の勤務体制および勤務状況を明らかにすること●看護師等以外の担当者は、電話等により連絡・相談を受けた際に保健師や看護師へ報告すること。報告を受けた保健師や看護師は、その報告内容等を訪問看護記録書に記録すること●上記4項目について、利用者・家族に説明し、同意を得ること●事業者は、看護師等以外の担当者に関して地方厚生(支)局長に届け出ること(様式あり) 訪問看護の処遇改善に「訪問看護ベースアップ評価料」 24時間対応体制などを機能させる上で、先のような「特例」もさることながら、やはり保健師・看護師の確保が欠かせません。そのためには処遇改善が何より重要です。 訪問看護の処遇改善において、カギとなるのは毎月決まって支払われる賃金を引き上げること、つまりベースアップです。これについては改定前から「看護職員処遇改善評価料」が設けられていましたが、訪問看護の職員は対象とはなっていませんでした。 そこで、訪問看護職員にも手厚いベースアップが図れるような加算「訪問看護ベースアップ評価料」が設けられたのです。 ベースとなる加算Ⅰに上乗せとなる加算Ⅱ 訪問看護ベースアップ評価料は、2段階で構成されます。基本はⅠで、給与総額の1.2%増が目指されます。ただし、小規模ゆえにⅠだけでは1.2%増が達成できない場合に、Ⅱが上乗せされます。 処遇改善の対象は、訪問看護に従事する職員(リハビリ職や看護補助者含む)で、事務作業専属の職員は含まれません。ただし、看護補助者が訪問看護に従事する職員の補助として事務作業を行うケースは対象となります。また、訪問看護に従事する職員の賃金が2023年度との比較で一定以上引き上げられた場合には、事務作業専属の職員の賃金改善にあてることができます。 職員の賃金改善にかかる計画作成などが要件 Ⅰ・Ⅱに共通する算定要件は以下のとおりです。 算定要件(Ⅰ・Ⅱともに共通の要件を抜粋)1.2024年度・2025年度の職員の賃金改善にかかる計画を作成していること2.2024年度・2025年度に、対象職員の賃金(役員報酬を除く)の改善(定期昇給を除く)を実施すること。ただし、2024年度分を翌年の賃金改善のために繰越す場合は、この限りではない3.2については、基本給または毎月決まって支払われる手当の引上げにより改善を図ることを原則とすること4.1の計画にもとづく賃金の改善状況を、定期的に地方厚生局長に報告すること Ⅱについては、Ⅰにおいて算定される金額の見込み額が、対象者の給与総額の1.2%未満であることが必要です。介護保険での訪問看護も行っている場合は、対象者の給与総額について「医療保険の利用者の割合」を乗じた上で計算しなければなりません。 区分Ⅱはさらに18区分に細分化 具体的な金額は、以下のようになります。 Ⅱは1~18、つまり18区分あります。これは算定回数の見込みから、以下の計算式で導き出した数字により区分されます。 ※「対象職員の給与総額」は、直近12ヵ月での1月あたりの平均数値※加算Ⅱの算定回数の見込みは、訪問看護管理療養費(月の初日の訪問の場合)の算定回数を用いて計算する。直近3ヵ月での1月あたりの平均の数値を用いる 上記で導き出した「X」について、適用例は以下のようになります。 ここまでの計算が手間という場合は、厚生労働省が「訪問看護ベースアップ評価料計算支援ツール」を示しているので活用してください。 ▼ベースアップ評価料計算支援ツール(訪問看護) https://view.officeapps.live.com/op/view.aspx?src=https%3A%2F%2Fwww.mhlw.go.jp%2Fcontent%2F12400000%2F001219494.xlsx&wdOrigin=BROWSELINK 人員不足の時代に向けた管理者「兼務」の緩和 処遇改善が進んでも、労働力人口そのものの減少下では、人員確保のハードルは上がり続けます。特に複数の事業所を設ける法人では、それぞれに管理者を配置することが難しくなることもあります。 そこで、訪問看護の管理者要件が一部緩和されました。管理者は「専従・常勤」であることが原則ですが、訪問看護ステーションの管理業務に支障がない場合に、同じ敷地や隣接の敷地内に限らず、ほかの事業所・施設の管理者や従事者を兼務できるようになりました。 なお、改定後の緩和条件として「管理業務に支障がない状態」が明確化されています。それは、ほかの事業所・施設で兼務する時間帯でも、 管理者を務める事業所において利用者へのサービス提供の場面等で生じる事象を適時適切に把握できること職員・業務への「一元的な管理および指揮命令」に支障が生じないこと です。 次回は、医療DXに関する見直しなどを取り上げます。>>次回の記事はこちら2024年度診療報酬改定のポイント解説/医療DX、既存加算の適正化 ※本記事は、2024年4月3日時点の情報をもとに記載しています。 執筆:田中 元介護福祉ジャーナリスト 編集:株式会社照林社 【参考】〇厚生労働省(2023).「令和6年度診療報酬改定の概要【賃上げ・基本料等の引き上げ】」https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001224801.pdf2024/4/3閲覧〇厚生労働省(2024).「令和6年度診療報酬改定の概要 在宅(在宅医療、訪問看護)」https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001226864.pdf 2024/4/3閲覧

介護ヘルパーから医師へ~地域医療への想いの源泉~
介護ヘルパーから医師へ~地域医療への想いの源泉~
インタビュー
2024年4月9日
2024年4月9日

介護ヘルパーから医師へ~地域医療への想いの源泉~

高校卒業後、臨床検査技師、介護ヘルパーを経て医学部医学科に編入した異色のキャリアを持つ医師・吉住直子先生。2022年、栃木県下野市で訪問診療・往診を中心に行う「れもん在宅クリニック」を開業するまでの歩みや想いについてうかがいました。 吉住 直子(よしずみ・なおこ)先生れもん在宅クリニック 院長訪問看護ふらみんご 代表取締役1982年 栃木県足利市に生まれる2005年 群馬大学医学部保健学科検査技術科学専攻卒業/臨床検査技師として自治医科大学附属病院検査部に就職2006年 介護ヘルパーの資格を取り、有料老人ホームに住み込みで働く2009年 群馬大学医学部医学科に編入2014年 群馬大学医学部医学科卒業/自治医科大学附属病院で初期臨床研修2016年 自治医科大学呼吸器内科医局入局2019年 JCHOうつのみや病院にて勤務/任意団体おおるり会を発足2022年 れもん在宅クリニック開業2023年 訪問看護ふらみんご開業 臨床検査技師から介護ヘルパーへの転身 ―まず、臨床検査技師から介護ヘルパーに転身された経緯についてお聞かせください。 学生時代は化学が好きで、手に職をつけたかったこともあって臨床検査技師になりました。医療の道を志したのは、肝臓がんを患っていた父の影響もあると思います。私が中学生のころから、父は入退院を繰り返していたんです。 病状が悪化してきたのが、私が自治医科大学附属病院の検査部に就職したころのこと。父の死を目の当たりにしたとき、「自分は医療従事者なのに直接的なことは何もできない」と強く感じました。身近な人が亡くなるのも初めての経験でしたから、「人はいつか死ぬ」という現実を突きつけられた気持ちでしたね。 これを機に、どんなに医療が進歩しても人が死なないようにできないなら、どう亡くなるのか、どう最期まで生きるのかに関わりたいと思うようになったんです。それで、お看取りを見据え、最期までその人らしく楽しく過ごすためのお手伝いができるのは高齢者介護だと考え、介護ヘルパーの資格を取りました。 往診中の吉住先生(2023年)。先生の家族である犬を同行することも(写真を一部加工しています) 介護ヘルパーは天職。大変だけど面白い ―ヘルパーステーションなどに就職なさったのですか? いえ、介護施設に住み込みで働くことにしました。というのも、臨床検査技師からヘルパーに転職すると母に話したら「せっかく大学も出て、資格もあるんだから臨床検査技師を続ければいいでしょ」と猛反対で。話が決裂してしまったので、当時、母と暮らしていた家を出たんです。 ―なんと…! 職種とともに生活環境も大きく変わられたのですね。 そうなんです。築100年くらいの古民家を使った介護施設で、利用者さんと一緒に暮らし始めました。認知症が進んでいて大きい施設では預かりきれないような方も含め、利用者さんは9人くらい。介護ヘルパーの在籍数も9名ほどの施設です。 利用者さんのお話を1日中聞いたり、徘徊に付き添っていたらスタッフ共々迷子になって迎えに来てもらったり、夜に大声を出す方につられて全員起きてカオスな状態になったり。そういうことを大変だと嘆くのではなく、面白エピソードとしてみんなで笑えるような雰囲気でしたね。大変だけど楽しい、面白いという感じでしょうか。 利用者さんの人生に触れ、深く関われることが楽しくて、一生やっていきたいなと思いました。入院患者さんの話を聞く暇もなく採血をしていた大学病院の臨床検査技師時代からは、毎日がガラリと変化しましたね。 ―利用者さんと介護ヘルパーのみなさんの笑顔が目に浮かぶようです。 利用者さんの数が少なく、一人ひとりに対して個別に対応できていたのがよかったのだと思います。胃瘻で経口摂取できない方にも通常の食事を用意して、においを味わっていただこうという考え方の施設でしたから。 よりよい介護と、医師の判断は切り離せない ―充実した毎日の中で、医師を目指そうと思われるにはなにかきっかけがあったのですか? ひとつは、その施設で出会った100歳のおばあさまとのことです。ご本人もご家族も施設を気に入って、ここで最期まで暮らせたらいいなとおっしゃっていました。少しずつ食事が摂れなくなってきて、みんな施設でお看取りをする心づもりをして、いよいよ呼吸が止まって…というとき。施設と連携していた病院が、外来診療外の時間だったんです。 事前に時間外の対応について明確な取り決めをしておらず、往診医に連絡すると「いま呼吸が止まっているなら、救急車を呼んで病院で死亡確認してもらってね」と。救急車で病院に運ばれて、本人も家族も望んでいない心臓マッサージをされている様子を見て、「これは誰のための何の行為なんだろう」と思いました。 往診に来て死亡確認するのが難しかったとしても、臨機応変に「数時間後、診療の時間に往診に行くからちょっと待っててね」と言ってくれればみんな安心して待てたかもしれない。施設でお看取りできたらみんな幸せだっただろうに。そういう気持ちがぬぐえませんでした。 ―医師でなければできない行為への課題感を持たれたのですね。 そうですね、すごくもどかしくて。それからもう一つ、腎臓に疾患のある90歳を過ぎたおばあさまが検査入院をすすめられて、1週間ほど入院したことがありました。杖をついて歩いて病院に行ったのに、退院したときは寝たきりになっていて、そのままあっという間に亡くなられたんです。腎臓のことだけを考えたら必要な検査入院だったかもしれないけれど、そのおばあさまの人生にとって本当に必要だったのかと考えてしまいましたね。 仮に介護ヘルパーが「検査入院はあまり重要ではないのでは」と提言したとしても、医師が必要だと言えば家族は疑いを持ちません。介護ヘルパーが日々どんなに頑張っても、月1回・2回来る医師によって、人生の終い方も治療方針も変わってしまう。そう思い知らされることが重なり、よりよい介護をするために理解ある医師を探そうと思いましたし、そういう医師がいないなら自分が医師にならなければと思ったんです。 長く生きるための医療と患者さんの願い ―吉住先生は介護ヘルパーの仕事を続けながら勉強し、医学部の編入試験に一度で合格されました。当時の想いを聞かせてください。 本気で認知症高齢者介護に関わっていくには、介護ヘルパーを何十年続けても力不足だろうと思っていました。何年かかったとしても医師にならなければという想いでしたね。 ―医学部での学びや大学病院での研修を通じて、お気持ちに変化はありましたか? まずは「1秒でも長く生きることにこだわる最先端の医療」を学ぶ必要があると考えるようになりました。そういう医療を知らないと、ご本人の希望をくみ取るような「引き算の医療」はできないと思ったので。 大学病院では「大学病院の医師」として、生きることにこだわる医療を提供していましたが、本人のQOLよりも救命を優先する医療現場で、思うことはたくさんありました。 とくに印象的なのは、間質性肺炎で胸腔ドレーンが入っているおじいさまとのこと。 急性増悪を起こしているものの、ご本人は家に帰りたいとおっしゃる。1秒でも長く生きることにこだわる医療者の立場からは「ドレーンが入っているし、急性増悪も起こしているから帰れません。せめてドレーンが抜けたら、外出外泊なども含めて家に帰ることを考えられますよ」としか言えないんです。でも、治療をしても容態は悪化していく。おじいさまは「CTなんて撮らなくていい」「とにかく家に帰してほしい」と繰り返す。そうして亡くなる数日前には「俺を家に帰さなかったことを、ずっと覚えていてね」と言われたんです。 こういう方を受け入れる医師にならなければと強く感じました。 「れもん在宅クリニック」の由来はレモンの花言葉「誠実な愛」と、先生が好きな米津玄師の曲「Lemon」にちなんでいる。訪問看護ふらみんごも、米津玄師の曲名から 医療依存度の高い患者さんを受け入れたい ―自治医科大学附属病院の近くにクリニックを構えたのには理由があったのでしょうか。 通常は在宅に切り替えるのが難しいような、医療依存度の高い患者さんを受け入れたいと思って、大学病院と密に連携できる立地にしました。胸腔ドレーンが入っている方も、輸血が必要な方も受け入れています。ご本人・ご家族に帰りたいという思いがあるなら、なるべく帰れる環境を整えたいというのがポリシーです。 また、私は現在も自治医大の呼吸器内科に非常勤医として籍を置いています。おやっと思うときは、専門の先生に相談させてもらうこともあります。 ―先生は、訪問看護ステーション「訪問看護ふらみんご」も運営していらっしゃいますよね。 はい、訪問看護ステーションを併設していることで、訪問看護師と密に交流できます。患者さんは、医師には自分の思いや状況を言えないけれど、看護師には言えるというケースがあります。結果としてより質が高く、満足度も高い医療が提供できるのではないかと考えているんです。 >>後編はこちら制度のはざまにいる人をサポート~包括的な支援を目指して~ ※本記事は、2024年1月の取材時点の情報をもとに構成しています。 取材・執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

2024年度トリプル改定(診療・介護・障害福祉報酬改定)ポイント解説
2024年度トリプル改定(診療・介護・障害福祉報酬改定)ポイント解説
特集
2024年4月9日
2024年4月9日

2024年度トリプル改定(診療報酬・介護報酬・障害福祉報酬改定)の全体像 解説

2024年度のトリプル改定に向け、診療報酬・介護報酬・障害福祉サービス報酬の3分野の具体的項目が出揃いました。今回から、訪問看護が特に押さえておきたい3分野の改定内容を解説します。改定項目も多い中、まずは全体像を把握し、頭の中を整理しましょう。 医療・介護・障害福祉の各分野は、さまざまな課題に直面しています。その課題は大きくは3つに分けられます。 課題1 高齢化に伴うニーズの多様化 1つめは、高齢化に伴う中長期的な課題です。いわゆる団塊世代が全員75歳以上を迎える2025年が間近に迫り、医療・介護の複合ニーズも急速に高まります。この傾向は、2025年以降さらに顕著になるでしょう。障害福祉の分野も、障害当事者の高齢化でやはり医療・介護の複合ニーズが高まります。 そうした中では、医療・介護・障害福祉の切れ目のない連携とともに、例えば訪問看護では、容態急変時等の緊急対応や在宅での看取りなど、多様な場面での備えを強化しなければなりません。 課題2 賃金水準向上と人手不足 2つめは、「課題1」に対応するためにも解決しなければならない直近の課題。具体的には、近年の急速な物価高騰を受け、全産業での賃金水準も上がっていることです。 こうした状況下では、医療・介護・障害福祉分野も手をこまねいてはいられません。物価高騰によって事業運営が厳しくなれば、そこで働く看護師をはじめとした従事者の賃金も上がりにくくなります。そうなれば、他産業との競合で従事者不足が加速する恐れもあります。 これを解決するには、3分野における現場の支え手の処遇改善とともに、働きやすい職場環境の構築が必要です。 課題3 現場業務の効率化を図るためのDX 3つめの課題は、事業運営や職場環境の改善を視野に入れた場合に不可欠な業務の効率化です。この場合の業務効率化とは、現場従事者の業務負担を減らしつつ、患者・利用者へのサービスの質の維持・向上を実現することを指します。 この業務効率化に向けて求められているのが、医療・介護分野におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)、いわゆるデジタル改革です。例えば、デジタル化された医療・介護情報の利活用やICTを使った多職種連携などが挙げられます。これらは、「課題1」「課題2」を同時に解決していくカギとなります。 3つの課題はそれぞれに関連しあっている 多様なニーズへの対応強化を図りつつ、事業運営や従事者の処遇改善を進める。そのために「業務効率化」を検討していく。という具合に、3つの課題への対処を同時に進めていくことが、2024年度トリプル改定全般を通じた主要テーマです。 1つの加算内でも「3つの課題」への対応が 訪問看護を例に挙げましょう。訪問看護では、利用者ニーズに応じた24時間対応体制の確保が大きな課題です。これを診療報酬上で評価したものに「24時間対応体制加算」があります。 この加算について今改定で単位数が引き上げられました。これにより、課題1への対処を強化しています。と同時に、24時間対応にかかる看護師の業務負担の軽減への対策を講じた場合に、さらに単位の引き上げを実施。これで、課題2にも対処したことになります。 加えて、その業務負担軽減策では、ICT、AI、IoT等の活用も要件に定められました。これは3つめの課題への対処にあたります。1つの加算の見直しでも、3つの課題への同時対処を目指したことが分かります。 課題対応に向け、報酬はどこまで引き上げられた? 3つの課題解決を同時に進めていくには、当然ながらその原資を確保するために、一定の報酬引き上げが必要です。今改定では、3分野ともにプラスの改定率となりました(薬価を除く)。 まず、診療報酬の改定率は+0.88%。この中には、看護職員、病院薬剤師、その他の医療関係職種(勤務医や勤務歯科医師などを除く)について、2024・2025年度に賃金のベースアップを図るための特例的な対応としての+0.61%も含まれます。 介護報酬の改定率は+1.59%と、診療報酬を上回りました。このうち、介護職員の処遇改善分は+0.98%で、これは6月に施行される新処遇改善加算の加算率の引き上げ分です。 さらに、障害福祉サービスの報酬改定率は+1.12%。こちらの改定率アップも診療報酬を上回っています。 プラス改定が患者・利用者にもたらす影響 このように、3分野ともプラス改定となったことで、事業運営には一定の追い風となります。しかも現場従事者の処遇改善に特に力を入れたことで、人員不足への対処も図られています。 一方、プラス改定となることで、国民の社会保険料や患者・利用者の一時負担も増加する懸念があります。その負担増の納得を得るには、設定された報酬がニーズへの対応やその手間に見合っているかを精査し、「適正化」を図る必要があります。 ニーズ対応やその手間を精査した適正化も 例えば、訪問看護では「緊急時のニーズ対応」について、診療報酬で「緊急訪問看護加算」が算定されます。これが頻回となる場合、本当に緊急時の訪問なのかが問われます。そこで、月あたり15日目以降の単位が引き下げとなりました。 また、診療報酬上の訪問看護療養費について、同一建物居住者の割合に応じて単位を引き下げた区分が設けられました。これは、同じ算定対象でかかる手間に応じた適正化を図ったわけです。 こうした大きな改定の括りを頭に入れることで、今改定で国が何を求めているかを理解しやすくなります。その上で、次回から3分野にわたる改定項目を個別に見ていくことにしましょう。 >>次回の記事はこちら2024年度診療報酬改定 ポイント解説/24時間対応体制加算&訪問看護処遇改善 ※本記事は、2024年3月26日時点の情報をもとに記載しています。 執筆:田中 元介護福祉ジャーナリスト 編集:株式会社照林社 【参考】〇厚生労働省(2023).「診療報酬・介護報酬・障害福祉サービス等報酬改定について」https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001180683.pdf2024/3/26閲覧〇厚生労働省(2024).「個別改定項目について」https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/001220377.pdf2024/3/26閲覧〇厚生労働省(2024).「令和6年度診療報酬改定の概要 在宅(在宅医療、訪問看護)」https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001226864.pdf2024/3/26閲覧〇厚生労働省(2024).「令和6年度介護報酬改定における改定事項について」https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001213182.pdf2024/3/26閲覧

yellインタビュー「自分らしく楽しく働ける組織にするために。」
yellインタビュー「自分らしく楽しく働ける組織にするために。」
インタビュー
2024年3月19日
2024年3月19日

自分らしく楽しく働ける組織にするために。スタッフを応援する制度&風土

岡山市を中心に、訪問看護ステーション、定期巡回型随時対応型訪問介護看護、居宅介護支援事業所、デイサービスなどを展開するエール。今回は、立ち上げ後に印象に残っているエピソードや、スタッフの教育や自身の学び直し、そして今後の展望について経営者の平田さんに伺いました。 >>これまでの記事はこちら訪問看護ステーション併設の定期巡回・随時対応サービスのメリットとはニーズに応じて事業を拡大。限られた社会資源で地域の幸福度を上げるために 平田 晶奈さんエール 代表取締役社長国立病院機構岡山医療センター小児病棟、岡山県精神科医療センター児童思春期病棟での勤務を経て、在宅支援の必要性を感じ訪問看護師へ転身。地域で在宅療養支援をする中で、地域包括ケアシステム構築のためには、24時間365日の在宅サービスが必須であると確信し、2015年に訪問看護ステーション エールを設立。定期巡回随時対応型訪問介護看護「ケアステップ エール」、介護サービスを利用したい方のケアマネジメントを行う居宅介護支援事業所「ケアメイト エール」、医療ケアが必要な重症心身障がい児・者のデイサービス「すくすく エール」を展開。https://yell-oka.com/ 利用者さんのために主体的に考え、動く姿勢 ―2015年にエールを立ち上げてから、特に印象に残っているうれしかったエピソードについて教えてください。 たくさんありますが、2つご紹介します。 まずは、スタッフにまつわるエピソードとして、一度エールを去った方が再び戻って来てくれたことはとてもうれしかったですね。ほかの施設で働いたことで、「エールが大切にしている利用者さんに対する想いや寄り添い方、社内体制の素晴らしさが改めて分かり、こういう環境で働けることが幸せだったと気づいた」と話してくれました。 利用者さんのエピソードとしては、NICU(新生児集中治療室)の退院後からエールの訪問看護でサポートしている5歳の男の子の利用者さん、Aくんについてご紹介します。Aくんは人工呼吸器を装着しており、退院してから基本的にご自宅、もしくは病院で過ごされていました。でも、2022年にエールがデイサービスを開始したとき、保護者の方から「エールが運営するなら安心して任せられる」というありがたい言葉をいただいて。デイサービスを利用していただくことで、Aくんは初めて「地域デビュー」することができたんです。 また、Aくんには小学生のお兄ちゃんもいます。医療的ケア児がいるご家族は長時間の外出や旅行が難しい傾向にあり、そのお兄ちゃんもかなりの我慢をしていたと思います。なので、ご両親がAくんをショートステイに預けて、お兄ちゃんが行きたかったテーマパークへ夏休みにご家族で遊びに行くという計画を立てていたんですね。ところが、コロナ禍に突入して、残念ながらショートステイが利用できなくなり、その計画が中止に。 訪問看護でお家にお邪魔したスタッフが、落ち込んでいるお兄ちゃんの姿を見て事情を伺い、「何とかしたい!」と私に相談してきたので、「それは何とかしなきゃ!」と検討しました。そして、深夜の2~3時頃にAくんをデイサービスで預かり、ご家族は車でテーマパークへ。日中は目いっぱい遊んで、お父さんとお兄ちゃんだけホテルに泊まり、お母さんは終電で戻ってきていただきました。お母さんは大変だったのですが、なんとかお兄ちゃんに夏休みの思い出をつくってあげることができた、と喜んでいただけました。 今お話ししたエピソードは本当に一例で、人工呼吸器を装着する利用者さんが成人式に出席したり、七五三の写真を撮影したり、ご要望の場所にお出かけしたりと、スタッフが主体的に提案して実現している場面がたくさんあります。利用者さんの喜ぶ顔をみるのもうれしいですし、利用者さんに寄り添ってスタッフたちが主体的に提案・行動してくれることが、経営者として本当にうれしく思います。 ―ありがとうございます。逆に、苦しかったエピソードも教えていただけますか? スタッフと対面でのコミュニケーションが取れなくなったコロナ禍は苦しかったですね。ママさんスタッフの中には、子どもの預け先がなくて仕事を継続できなくなった方もいて、人数が減ったことで組織が不安定な状態に陥ったこともありました。 でもそのとき、「組織が未熟だから、コロナという荒波で船が転覆しそうになったのだ」と気づけました。どんな困難に遭遇しても、自分たちで立ち上がり、対処できる組織にしていかなければいけないと思ったんです。そこから、社員教育にさらに力を入れるようになりました。これまでのスキルアップや資格取得の研修に加え、人間関係やチームビルディング、自らの価値観を知るといった研修も取り入れています。 同時に、スタッフが増えて組織が成長していく中で、私ひとりだけが情報を発信する体制では難しいと考え、組織内での情報共有のしくみ化も重要視しました。管理職の育成に注力し、2020年頃からは月1回の管理職研修も導入しています。この研修では、経営戦略や訪問看護に関するスキルアップだけでなく、管理職としてのあり方やスタッフと向き合う姿勢、理念に基づいた組織運営も意識しています。 デイサービスが小児のケアを学ぶ場に ―エールのスタッフさんの数は増加しているとのことでしたが、採用時にはどのようなポイントを重視されていますか? エールの理念に共感していただけるかどうかですね。経験は重視していないので、新卒の看護師もいます。在宅看護の現場こそ若い人たちの力で盛り上げていかなければいけないと思っていますし、地域医療でしっかり看護について学べる環境を整えたいとも思っています。現在平均年齢が38歳なので、比較的若手が多いと思います。 ―エールでは0歳児から高齢者まで幅広くケアされていますが、当然小児に関するケアが未経験の看護師さんもいるということですよね。どのように教育されているのでしょう。 そうですね、小児科経験のあるスタッフは1割程度です。現在は、2022年に開設したデイサービスが1つの教育機関としての役割を担っています。訪問看護の現場では、医療的ケア児のケアを看護師1人でしなければならず、相当なプレッシャーがかかります。でもデイサービスであれば、まわりのスタッフと一緒に利用者さんを看ることができ、わからなければ質問もできる。訪問看護に比べて利用者さんと長い時間触れ合えるので、慣れるのが早いことも大きなメリットですね。 また、訪問看護の看護師がデイサービスにもいるというのは、医療的ケア児の保護者の皆さまにとっても「いつもの看護師さんが看てくれる」と安心材料になるようで、とても喜んでいただいています。社員教育ができて、ご家族にも喜ばれて、デイサービスをつくったことで「Win-Win」な状態になったと思っています。 もちろんそれだけではなく、訪問看護の現場でも、小児看護未経験の看護師に対しては、ほかのスタッフがしっかり同行しています。「1回、2回同行してOK」ではなく、4回でも5回でも、大丈夫と思えるまで同行し、丁寧に引き継ぐことを大切にしています。 あとは、小児のケア内容は本当に個人差が大きいので、「ケアの見える化」を高齢者以上に大事にしていますね。終礼や引き継ぎなどでは実施したケアの内容を共有し、「なぜそれをやるのか」「次に何をすべきなのか」などをしっかり見える化して、トラブルが起こるリスクを下げています。 ―さきほど、コロナ禍を経てより研修に力を入れるようになったというお話もありましたが、その他の教育制度や取り組みについても教えてください。 「利用者アンケート」を年1回実施し、この結果をもとに、日々の業務に何を入れ、どう改善していくかということを、各部署に考えてもらっています。入社時には、自身の強みが数値化されて導き出される「ストレングスファインダー」というテストも受けてもらっていますね。エールの経営理念は「人の可能性を信じ、応援する。」なので、自分の強みを組織や利用者さんにどう活かしていくかを大事にしてもらっています。また、それぞれの強みをオープンにしてスタッフ同士がお互いの強みを理解し合うことで、協力体制が生まれやすくなるよう心掛けていますね。 なので、私はスタッフに対して「突出している人がチームにいないようにしてほしい」と伝えています。1人だけ抜きん出た人がいたら、「ノウハウを共有してチーム全体のレベルを引き上げる」ことで抜きん出ていない状態にしてほしいと思っているんです。また、エールは一人でも多くの利用者さんに最高のケアやサービスを届けたいという目標があるので、自分たちが倒れては元も子もありません。75%~80%の労力で100%~120%の成果が出せるように、みんなで考えてやっていこうということも言い続けています。 ―社員を応援するための取り組みについて、表彰制度や資格取得応援の制度もあると伺っています。 はい。毎月、輝いているスタッフにスポットを当てるMVPを選出しています。「頑張っている人が報われる」組織でありたいので、頑張っている人を見逃さないように、スポットライトを当てることを大切にしているんです。私は投票権を持っておらず、管理職やスタッフがそれぞれの視点で候補者を挙げ、MVPを決めているのも1つの特徴です。最近では、異職種間の連携に注力して頑張ってくれた看護師が選ばれました。 スタッフの資格取得応援に関しては、取得した資格が目の前の利用者さんや地域、そして一緒に働く仲間たちにとってプラスになる場合、キャリア手当として給与に還元されるしくみも導入しています。スタッフは自己成長や達成感を得られますし、会社としても社員のスキルの向上になるので、Win-Winだと思います。 また、「やりたいことを見つけたら、先行して実行している施設にぜひ見学をお願いしてみて」とも言っています。自分たちで学ぶ場を企画・実行するといったことも、主体的にやってもらっていますね。 ―例えば、スタッフの皆さんはどんな資格取得にチャレンジされているんですか? 介護士だと喀痰吸引と経管栄養の注入ができる資格、看護師であれば遺品整理士や終末期ケア専門士の資格を取得したケースもありました。利用者さんのニーズを見つけて、それに応えるためにチャレンジする人を評価していますね。 訪問看護だと「認定看護師」「専門看護師」「特定行為」が突出して評価されがちな印象があり、もちろんこれらも大事ですが、本当に利用者さんのケアに活かせているかが大事だと私は思っています。遺品整理や終末期ケアの専門知識も、利用者さんにとっておおいに価値があると思うんです。 経営者こそ学び続ける必要がある ―平田さんは、社会人向け専門職大学院で事業構想を学ばれたり、経営学や看護管理学などを教える勝原私塾で学ばれたりもしています。学び続ける理由を教えてください。 経営者は誰かに怒られたり、注意されたりすることが減っていくので、「勘違い」が始まるんです。学びの世界に足を踏み入れると、自分がいかに無知で、至らない部分があるのかを思い知らされるので、経営者こそ学び続けることが大事だと思っています。 スタッフの前では、夢や理想論はいくらでも語れます。実際に実現に向けて努力していますが、多くの困っている人々をサポートするためには、「エールだけがケアできる」という状態ではダメだとも思うんです。だから、自分に問いかけます。「この施設でできることが、ほかの施設でもできるの?」「私のことを誰も知らない場所で、私は同じことを語れるの?」と。そこで「できる」と言えたら本物ですが、そうでないなら、それは本物ではない。だから、どんな場所でも説得力を持って「できる」と言えるように、学び続けています。 実際、学び場ではこれでもかというぐらい指摘・批判される経験をします(笑)。そうすると、注意されて成長しているスタッフを見て「頑張っているんだな」と思えるし、尊敬もできる。学ぶことで自分の視野が広がり、「こうすべき」という固定観念に縛られた発言をしたり、スタッフの意見を受け入れなくなったりすることも減っていくと思います。 事業拡大で若手がチャレンジできる場を ―最後に、エールの今後の展望について教えてください。 まずは管理職も育ってきた今、サービスの提供エリアを広げて、1人でも多く、地域で安心して暮らせる方が増えるように尽力していきたいです。エリアを拡大すれば新しいニーズが見つかるかもしれないし、ニーズ自体が変わっていくかもしれません。また、事業所が増えれば役職も増えるので、若手社員がチャレンジできる機会が増え、キャリアアップの目標にもつながります。「人の可能性を信じ、応援する。」という当社の理念にもマッチします。これからも、会社もスタッフも私自身も、成長できるように努力したいと思います。 ―ありがとうございました! ※本記事は、2023年12月時点の情報をもとに構成しています。 執筆:高島 三幸取材・編集:NsPace 編集部

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