アセスメントに関する記事

【ALS難病看護事例】長期の経過を支える難しさ 変化に応じたケアの試行錯誤
【ALS難病看護事例】長期の経過を支える難しさ 変化に応じたケアの試行錯誤
特集 会員限定
2025年10月28日
2025年10月28日

【ALS難病看護事例】長期の経過を支える難しさ 変化に応じたケアの試行錯誤

筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)をテーマに、訪問看護師としての取り組みをご紹介します。ALSは突然発症し、残酷な内容の告知をされ「どうしたらよいのか分からない」状況のまま、急な意思決定を迫られることが少なくありません。そのような状況の療養者に訪問看護師としてどのようにかかわればよいのか、日々悩まれている方も多いのではないでしょうか。 本記事では、初回訪問時からの難病看護師の専門的な視点やアセスメント、本人やご家族への具体的な対応についてご紹介します。訪問看護の現場で役立てていただければ幸いです。 筋萎縮性側索硬化症(ALS)とは ALSは、運動ニューロンが障害を受け、手足や舌などがうまく動かせなくなり、筋肉が痩せていく病気です。個人差はありますが、徐々に症状が進行し、ADL(activities of daily living:日常生活動作)の低下や嚥下困難などの症状が顕著になっていきます。 そうなると、今までの日常生活が困難となり、諦めや選択を迫られます。また、症状の進行に伴い、情動制止困難な症状が出現することがあり、介護者やかかわる多職種は精神的に追い詰められ、サービスの継続が困難になる場合もあります。 事例紹介:Aさん(60代、男性) 主介護者は妻で、中学生の息子との3人家族です。Aさんは、就労中の電話対応で呂律が回っていないことを指摘され、医療機関を受診しALSと診断されました。セカンドオピニオンを受けているうちに症状が進行し、経口摂取が困難となり、脱水症状で緊急搬送されました。その後、胃瘻を造設され、退院時に訪問看護を紹介されました。以下は、初回訪問時の状況です。Aさんご夫婦は、当初、訪問看護の利用には消極的でした。  【初回訪問時の状況】Aさん(椅子に座り筆談):「喉は開けるつもりはないので、訪問看護はいらないです」妻(落ち着いた様子):「主人もいらないと言っていますし、まだ大丈夫です」「なんとか工夫して食べていますし」「最近、座ってでないと眠りにくいようですけど」訪問看護師:「そうなんですね」「あまり睡眠がとれていないですかね。頭痛など大丈夫でしょうか」「胃瘻も気になりますし、2週間に1回だけでもお顔を見せていただけませんか」「少し飲み込みづらさがあると思いますので、リハビリをしてみるのはいかがでしょうか」「次回の病院受診時にご一緒させていただいてよろしいでしょうか。お願いします」「何か困ったことがあればいつでもご連絡くださいね」Aさん・妻:「まあ……そこまで言うなら。そのくらいなら、いいかな」 初回訪問:難病看護師としての視点 (1)身体面・精神面のアセスメント 【身体面】球麻痺が進行し、唾液が流れるため、タオルを常に噛んでいる状態でした。誤嚥のリスクが非常に高いと考え、誤嚥による肺副雑音の出現、SpO2の低下を確認します。夜間も座位でないと睡眠がとれないことから、呼吸筋麻痺の進行が想定され、CO2ナルコーシスの症状も確認します。 【精神面】診断されて間もない時期であり、詳しく状況を理解されておらず、病気の進行に対する理解や気持ちが追いついていないと考えられます。ご夫婦に危機感はないように見られましたが、初回訪問であり、装っておられる可能性もあります。 (2)訪問体制のアセスメント 最初は少ない訪問回数の提案でつながりを確保し、徐々に訪問サービスに慣れていただきます。また、初期は特に症状の改善に期待を持たれているため、訪問リハビリテーション(以下、リハビリ)のほうが受け入れもよく、スムーズに開始できる場合が多いです。その場合はリハビリから開始し、スタッフと情報共有しながら進行状況に応じ看護師の訪問を開始します。 初回のアセスメントで「リスクが高い状態である」と考えられる場合は、必ず緊急体制の必要性を説明し、早期に契約します。また、緊急訪問時に重要となる吸引器はすぐに準備し、自治体が行う日常生活用具給付等事業の利用申請を促します。吸引器は、制度の申請から実際に手元に届くまでに数ヵ月かかる場合が多いです。そのため、まずは訪問看護ステーションの吸引器を持参するか、レンタルするなどして緊急時に備えておきます。 (3)意思決定支援のためのアセスメント Aさんが、医師からの説明内容や自身で検索された情報から、どの程度の知識があり、どのように理解されているのか、また何を大切にされており、何が自尊心の維持につながるのかを情報収集します。 早い段階から保健師やケアマネジャーらと多職種カンファレンスを行い、本人と妻の「今の」意思を共有します。意思は変化しますので、意思確認に必要な情報を継続的に共有することも大切です。また、同じ疾患の方の情報も伝え、今後起こり得る状況を想定できるように、精神状況に配慮しながら意思決定支援につなげていきます。  ワンポイントアドバイス●意思決定支援はていねいに進めるAさんのように進行が早く、気持ちの準備ができていない場合は、タイミングを見て、ていねいに時間をかけた意思決定支援を進めることが大切です。●焦ってリスクを伝えない関係性ができていない状態で、看護師が焦ってリスクを伝えようとすると、受け入れができずに怒りを表出される可能性があります。その結果、訪問を拒否されてしまうこともあるため、注意が必要です。●初期段階の連携が重要診断後の初期には、大学病院や総合病院の主治医から訪問看護指示書を受けるケースが多く、連携が取りにくいことがあります。その場合には、FAXで状態報告を行うのもよいですが、可能な限り受診に同行することをおすすめします。病院との連携がスムーズになるだけでなく、診察を待つ間に本人や介護者とゆっくり話すことができるので、信頼関係の構築にもつながります。 家族(介護者)への支援 Aさんは呼吸状態が悪化し、緊急入院となりました。そして、ご家族で相談され、気管切開・気管食道分離術を受けました。その後、妻から「病院の先生に施設をすすめられましたが、私は自宅で介護をしたいです。どうしたらよいでしょうか」と泣きながら連絡がありました。 妻には、自宅での介護生活をイメージできるように24時間必要なケアについて、「利用できるサービスや制度」「機器を利用することにより負担が軽減できるケア」「妻が行う必要があるケア」の3つに分けて具体的に説明しました(表1)。サービスを利用していない時間は、基本的に介護者がケアを行います。訪問看護師は24時間体制で支えますが、「介護者は覚えることが多く、負担が大きくなる可能性がある」ことを伝え、事前に介護者の意思を確認しておくことも重要です。 希望があれば実際にご自宅で介護されているお宅に一緒にうかがいます。また、病院には、妻の意思を伝え、退院前の指導項目やカンファレンスに参加すべきサービス事業所を提案します。 表1 妻に伝えた24時間必要なケアの内容 利用できるサービスや制度・ 訪問看護・訪問リハビリ・ 訪問診療・ 訪問介護(介護ヘルパー・重度障害ヘルパー)・ 訪問入浴・ 療養通所介護(人工呼吸器装着状態でも利用可能なデイサービス)・ 日常生活用具給付事業(吸引器、パルスオキシメータなどの支給を受けることができる)機器を利用することにより負担が軽減できるケア・ 福祉用具のレンタルや購入:移動や体位変換、排泄、入浴時などの介護負担を軽減させる→福祉用具:介護ベッド、マットレス、クッション、ポータブルトイレ、手すり、車椅子、シャワーチェアー、バスボードなど在宅人工呼吸療法関連機器[強力な助っ人]の一例●唾液吸引チューブ(メラ唾液持続吸引チューブ:泉工医科工業)●喀痰吸引器(アモレSU1:トクソー技研株式会社)●気道粘液除去装置(カフアシストE70:株式会社フィリップス・ジャパン)妻が行う必要があるケア・ 呼吸器管理(画面表示内容の理解、アラーム対応、回路・加湿器対応など)・ 気管カニューレの管理(吸引)・ 胃瘻管理(注入)・ 体位変換・ 療養者のメンタルケア など 本人が抱える苦痛への対応 Aさんは、症状の進行に伴う喪失体験を繰り返すたびに、妻に厳しく当たるようになりました。「妻だから、介護はおまえの仕事」と介護サービスを拒否し、妻を頻回に呼び出します。妻は、どのように夫にかかわればよいか悩み、息子と過ごす時間もとれなくなったことで精神的に追い込まれていきました。 妻には1人で悩まないように伝え、Aさんには「望まれる在宅生活を続けていくなら、奥様の協力が必要ですが、このままでは奥様は体調を壊してしまいます。ご協力をお願いします」と伝えました。Aさんは怒りを表出し、拒否されました。 情動制止困難への対応 ALSでは「情動静止困難」と呼ばれる、こだわりが強くなる、怒りが強く継続する、思いやりや気遣いができなくなる、といった自身の元来の性格では考えられないような症状を認めることがあります。 情動制止困難の症状が出現すると、主介護者のご家族はもちろん、多職種のチームメンバーが精神的に追い込まれ、在宅生活が継続できなくなる可能性があります。そのため、難病看護師は、症状が出現するとチームの中心となり、症状の説明やかかわり方を検討し、伝えていく役割を担います。以下は、かかわり方の具体的な例です。  (1)身体面のアセスメントを行い、さまざまな症状への対応を工夫し、苦痛の除去を検討する【さまざまな症状と対応例】● 四肢と腰部に疼痛がある:体位の工夫(クッションやマットレスなどの福祉用具の利用)、リハビリテーション、マッサージ、鎮痛薬の開始● 全身掻痒感がある:訪問入浴の導入、清拭の強化(ハッカ水を利用)、軟膏・アレルギー薬の開始● 不眠、不安が見られる:例えば、車椅子に移乗し外を見る、といったような気分転換を取り入れる、会話・傾聴の時間をつくる、パソコンによる動画視聴、抗うつ薬や睡眠導入薬の開始(2)本人に「なぜそのように感じたのか」、「なぜそのような態度をとったのか」を問う(3)本人の身体状況や精神状況のタイミングを見て、現状を説明する(説明中に本人の怒りが表現された場合も冷静に説明する。落ち着くまで、説明の中断もあり得る)(4)本人の希望を実現するための手段を提案し、本人と一緒に考え選択する(できること、できないことを分かりやすく伝える。落ち着くまで、説明の中断もあり得る)このほかに、看護師や介護ヘルパーが精神的苦を受けないように、事業所ができる対応もあります。例えば、1人で訪問せずに2人体制にしたり(複数名訪問看護:看護補助者や介護ヘルパーが同行する)、特定のスタッフをターゲットとして攻撃するような場合は、そのスタッフは無理をせず訪問を控えるといった方法があります。 妻に対しては、時間をかけて思いを何度も傾聴し、いつでも相談できる体制をつくりました。追い込まれて精神的に耐えられないときには、外出し距離を置くことを提案し、サービスの調整を行いました。レスパイト入院や通所サービスは、Aさんの拒否が特に強かったので、制度を利用することで訪問看護や訪問リハビリテーションの回数を増やし、何とか妻のレスパイトができるようになりました。 ワンポイントアドバイス●レスパイト:地域の資源を知り、組み合わせて利用する・地域の病院を利用したレスパイト入院・在宅人工呼吸器使用患者支援事業 ・1週間に5回、年間260回を限度に利用できる ・1日に複数の訪問看護ステーションを利用できる など・重症障害者医療的ケア支援事業 ・各市町村が独自に行う支援で、医療的ケアを行う看護師を派遣するもの ・月4時間を限度とし、自己負担分は支援に要する費用の1割(原則)・療養通所介護・ショートステイ地域には、上記以外にもさまざまな制度やサービスが整備されています。ご家族(介護者)の状況に応じてレスパイトを利用し、長期にわたる療養を支え続けられるようサポートできるとよいでしょう。 本人・介護者と向き合い解決策を探し続ける 自尊心の維持につながるケア 本人やご家族が表出した感情を受け止め、それに向き合うことが大切です。問題に対して「何かできることはないか」をあきらめずに探し続ける姿勢が求められます。訪問看護師は、本人やご家族の精神的苦痛やスピリチュアルペインを一番身近に感じ、理解し、共感できる存在だと感じています。 Aさんは、その後、長い在宅療養生活を経て症状が進行し、意思疎通が困難になりました。しかし、これまでの経験から、本人の機嫌や好みなどをある程度想像することができました。脈の速度や顔色、呼吸回数などを手がかりに、妻と「今、笑っているね」「機嫌が悪そうですね」とAさんの気持ちを読み取りながらケアを行うことで、妻のメンタルケアにもつながりました。 徐々に妻は、花見に出かけたり、喫茶店で過ごしたり、ケアグッズを工夫したりと、生活の中に楽しみを取り入れる余裕ができました。そんななか、難病看護師から妻に、これまでの介護経験を活かせる資格の取得を提案しました。 こうしたかかわりを続けていくなかで、妻は「主人がリビングで寝ている。この生活がうちの家族の形です」「自分のことはあきらめていましたが、今は介護の仕事が気分転換になっています」と笑顔で話されるようになりました。 介護者の精神面・社会面の支援も必要 進行期における精神的に不安定で過酷な状況をご家族とともに乗り越えてきた経験が、信頼関係の構築につながると考えます。本人の希望に寄り添い、毎日のケアに工夫を取り入れ、「楽しみながら」支援することで、つらいなかでも笑顔のあふれる在宅療養生活が継続できます。 長時間介護する妻が、介護から離れて社会参加できる環境を整えることは、妻自身が人生を歩むための大切な時間をつくり、生きがいにつながっていると考えます。療養者への支援はもちろん重要ですが、療養者を支える介護者の支援も大切です。制度を最大限に利用し、療養者の負担を軽減すると同時に、介護者にも自分自身の時間や場を提供する支援が求められます。 また、悩み試行錯誤しながらの「難病ケア」は訪問看護師やリハビリスタッフの「やりがい」「自信」にもつながっていると感じています。  本事例は、本人の承諾を得た上で掲載しています。個人が特定されないよう、必要な情報を匿名化し、適切に調整を行っています。本内容は教育・研究を目的としており、特定の診療や治療を推奨するものではありません。   執筆:西尾 まり子地域ケアステーション・八千代 訪問看護ステーション 管理者近畿大学病院 難病患者在宅医療支援センター所属日本難病看護学会認定・難病看護師、在宅ケア認定看護師訪問看護師として神経難病療養者の在宅支援に携わりながら、相談・指導を行う。在宅医療現場での特定行為実践にも力を入れている。編集:株式会社照林社 【参考文献】○ 荻野美恵子,小林庸子,早乙女貴子,他編:神経疾患の緩和ケア.南山堂,東京,2019.○ 髙橋一司医学監修,中山優季,原口道子,松田千春編著:神経難病の病態・ケア・支援がトータルにわかる.照林社,東京,2024.

腹膜透析ケアの基本 病院と在宅における看護師の役割とは
腹膜透析ケアの基本 病院と在宅における看護師の役割とは
特集
2025年10月21日
2025年10月21日

腹膜透析ケアの基本 病院と在宅における看護師の役割とは

腎代替療法の1つである腹膜透析(Peritoneal Dialysis:PD)は、在宅で治療を続けられる利点がありますが、適切な管理が必要です。患者さんが安全なPD療法を継続するためには、特に訪問看護師の支援が不可欠です。今回は、PDの基礎知識を概観した上で、病院および在宅における看護師の役割と、患者さんの支援に必要なケアの基本スキルについて解説します。 腹膜透析(PD)の基礎知識 腹膜透析(PD)は、患者さんの腹腔内に留置したカテーテルを通じて透析液を注入し、腹膜を透析膜として利用する治療法です(図1)。体液過剰や老廃物・電解質異常を補正するため、透析液の注液と排液を1日数回、毎日繰り返す必要があります。 図1 PDのしくみ 腹腔内に透析液を注入し、一定時間ためておくと、腹膜の毛細血管を介して老廃物や過剰な水分が透析液へ移動する。十分移動した時点で、透析液を体外に排出することで、血液がきれいになる。 PDには患者さん自身や介助者が注液と排液の操作を行う連続携行式腹膜透析(ContInuous Ambulatory Peritoneal Dialysis:CAPD)と、主に就寝中に機器によって自動的に注液と排液を行う自動腹膜透析(Automated Peritoneal Dialysis:APD)があります。患者さんの希望や生活リズムに合わせ、高い自由度で治療を計画できるのもPD療法の特徴です。いずれの治療法もカテーテル管理や体液異常、感染症(特に腹膜炎や出口部感染、皮下トンネル感染)の予防および早期発見が重要で、継続的な観察と異常の早期対応が求められます。 これらを的確に行うためには、看護師による継続的な関わりが欠かせません。ここからは、病院看護師と訪問看護師、それぞれの役割についてみていきましょう。 病院看護師の役割 病院看護師は、PD療法を選択した患者さんに、治療の導入前から計画的に、手技指導のみならず、自宅環境や在宅療養に必要な社会資源を含めた支援の必要性を聞き取っていきます。カテーテル挿入後は、カテーテルケアや入浴時の注意点など、日常生活の指導を継続するとともに、頻度が高く緊急性の高い合併症を早期に発見できるよう多岐にわたる指導を行います。導入期に特に重要な支援は以下のとおりです。  自己管理支援患者さんが手技を安全に行えるまで、無菌的操作や透析液の取り扱い、記録方法を繰り返し指導します。感染予防教育腹膜炎(排液混濁、腹痛など)や出口部感染、皮下トンネル感染(出口部や皮下トンネル部の発赤、腫脹、圧痛、膿性浸出液など)の早期発見のため観察と指導を行います。多職種連携医師や栄養士、薬剤師、訪問看護師、ソーシャルワーカーなど多職種と連携し、患者さんの生活全体を見据えた支援体制を構築します。 訪問看護師の役割 在宅でPD療養を開始した後、訪問看護師が担う役割はより実践的かつ包括的になります。 日常療養支援生活環境を確認し、PD療法に適した清潔な環境が確保されているか、出口部ケアがなされているか、注排液の量・時間に問題がないか、体重や血圧が安定しているかなどを評価します。異常の早期発見排液混濁(腹膜炎)、出口部や皮下トンネル部の発赤、腫脹、圧痛、膿性浸出液(出口部感染、皮下トンネル感染)など感染症の兆候、さらに体重や血圧の変化から体液過剰の兆候を早期に発見します。再教育・モチベーション維持長期にわたるPD療法において、患者さんの不安や手技の質の低下を予防するため、継続的な情報共有や手技指導のために声かけを行うことも必要です。病院看護師・医師との連携異常発生の際に速やかに情報を共有し対応することで、病状の悪化を未然に防ぎ、入院を回避することができます。 ケアの基本スキルと意識すべき視点 病院看護師・訪問看護師ともに、基本スキルは共通しています。 無菌的操作の徹底無菌状態でチューブの接合や切り離しができる装置も普及してきました。しかし、停電や災害時など器具が使えない状況でのPD療法を想定すると、安全なPDのためのバッグ交換時の無菌的操作は基本スキルといえます。日々の観察・アセスメント能力体液管理では、体重や浮腫、血圧などの経過を観察・評価して、体液過剰を早期に発見します。カテーテル出口部や皮下トンネル部の観察では発赤、腫脹、圧痛や膿性浸出液など感染症の早期発見に努めます。排液は白濁や血性腹水といった腹膜炎の兆候を見逃さないことが重要です。患者さんとの信頼関係の構築在宅治療の質の向上のため、患者さんがPD療法に対し日々感じていることを率直に語ってもらう必要があります。互いに何でも相談できる信頼関係を早期に構築することも基本スキルの1つといえます。説明力異常を早期発見した際に、何が起こっているかを患者さんに説明し、その状況を主治医に報告するための説明力も重要です。ただし、近年では言葉やテキストによる情報共有以外に、画像共有が可能な連携アプリケーションを利用したスムーズな情報共有も可能となっています。教育スキル在宅で手技指導や食事指導を繰り返すことで、患者さんの清潔操作や食事管理が改善し、PD療法が安定しやすくなります。 両者に共通する意識すべき視点は、「患者さんが安定した生活やPD療法を継続できること」を最大の目標にすることです。ケアの場面では常に“患者さん中心”の視点を最優先にしてください。PD患者さんの治療の質のみならず生活の質の向上のために、単なる技術的支援にとどまらず、心理的・社会的支援も含めた包括的な支援を心がけるようにしましょう。 おわりに PDは、患者さんの生活の質を保ちながら実施できる優れた透析治療である一方で、継続には一定の在宅管理と専門的支援が必要です。訪問看護師は専門性を発揮しつつ、在宅治療であるPD療法を行う患者さんに最も身近なところで寄り添うことができる数少ない存在です。 さらに進行する高齢化時代に、在宅で専門的知識を持ち、生活者としてのPD患者さんに伴走できる訪問看護師の役割はますます重要になります。患者さんと訪問看護師、そして病院スタッフの円滑な情報共有にて、患者さん一人ひとりに合わせた支援を実践することで、素晴らしいPD療養生活がかなうと思います。 本記事では、PD療法の支援に活用できる「訪問看護師用チェックリスト」をご用意しました。各チェック項目に基づいて、評価や対応内容を記録できるようになっています。日々のケアにぜひお役立てください。>>訪問看護師用チェックリスト ~在宅腹膜透析の安定継続のために~  執筆:上村 太朗松山赤十字病院 腎臓内科 部長2001年 愛媛大学医学部卒業関西圏の市中基幹病院で研修2005年 松山赤十字病院入職2016年 松山赤十字病院腎臓内科部長前任部長・原田篤実より受け継いだラストマンシップを診療の軸に、地域と連携し、すべての腎臓病患者さんが困らない医療を心がけています。編集:株式会社照林社 【参考文献】○日本透析医学会学術委員会腹膜透析ガイドライン改訂ワーキンググループ 編:腹膜透析ガイドライン2019.医学図書出版,東京,2019.

ALSの4大陰性徴候を活用して日常生活を豊かにしよう!
ALSの4大陰性徴候を活用して日常生活を豊かにしよう!
コラム
2025年10月14日
2025年10月14日

ALSの4大陰性徴候を活用して日常生活を豊かにしよう!

ALSを発症して10年、現役医師・梶浦先生によるコラム連載、第2弾。今回は、ALSの重要なポイントである「4大陰性徴候」について取り上げます。症状が進行する中でも最後まで残る機能に注目し、それを日常生活でどのように活用していくかについて、実際に取り組まれている先生の工夫や実践例とともに解説していただきます。 4大陰性徴候とは何か ALSは全⾝の筋⾁が徐々に動かせなくなっていく病気です。教科書やインターネットなどでALSについて調べてみても、この「全⾝の筋⾁が徐々に動かせなくなっていく」というメインの症状に焦点が当てられており、「ALSに出にくい症状」にはあまり触れられていません。しかし、ALS当事者にとっては、こうした出にくい症状を理解し、将来を⾒据えて⽇常⽣活にうまく取り⼊れていくことがとても⼤切なのです! ALSには、出にくい症状が4つほどあり、これを「4大陰性徴候」といいます。このコラムの2回目(>>「分かりやすい! ALSの病態と症状」)でもお伝えしましたが、非常に重要なポイントですので、ここであらためて紹介します。 (1)目は最後まで動かせる! 手足や身体・顔がまったく動かなくなっても、目を動かす筋肉が最終的にある程度は残ることが多いです。 (2)尿意や便意はがまんできることが多い! 尿道や肛門をキュッと締める括約筋も筋肉ですが、障害は受けにくいです。つまり、尿や便が勝手に漏れて、垂れ流しにはなりにくいということです。 (3)感覚障害が起こりにくい! 見たり聴いたり、味覚を感じたり、冷たさや痛さなどを感じる感覚は最後まで残ります。 (4)「褥瘡」、いわゆる「床ずれ」ができにくい! 徐々に寝たきりになっていきますが、褥瘡はできにくいです。これは(3)で書いた、痛みなどの感覚は最後まで残ることが関係します(床ずれは痛いです)。 今回は、4大陰性徴候のうち(1)~(3)について、日常生活でどう活用しているか、私の実践を交えながら紹介していきます。 最後まで動く目を早めに活用しよう 「目は最後まで動かせること」が4⼤陰性徴候の中でも⼀番重要な症状になってきます。 コミュニケーションを取るとき、声が出せるうちは、がんばって声で会話をするでしょう。⼿が動かせるうちは、タブレットやパソコンの操作も、がんばって⼿を使って⾏うでしょう。しかし、それらもいずれできなくなっていきます……。 ここでとても⼤事なポイントは、「完全にできなくなる前に、目を使った⽅法も取り⼊れて、併⽤しながらやっていったほうがいい!!」ということです。完全にできなくなってからでは、絶望感と虚無感に襲われ、そこから目を使った⽅法に切り替えるのが難しくなります。 目を使った⽅法は「アナログな⽅法」と「デジタルな⽅法」の2つに分けて考えることができ、どちらも⽇常⽣活の中でとても重要な役割を果たします。それぞれの方法について説明していきたいと思います。 アナログな方法:⽂字盤を使って会話しよう! 声が出せなくなったら、いずれ「⽂字盤」を使った会話⽅法に切り替えていく必要があります。⽂字盤については第1弾コラムの10回目(>>「⽂字盤を使わない⽂字盤!?〜エアーフリック式⽂字盤〜」)に詳しく書いていますのでご参照ください。ここからは上記のコラムを読んでいただいたことを前提として書いていきます。●エアーフリック式文字盤私が使っているエアーフリック式⽂字盤について、「ALS当事者は文字の配置を覚えられるのですが、介助者が覚えて使いこなすのが⼤変です」との声を何件かいただきました。そこで、文字盤を使っていく上でのポイントを紹介します。また、実際に私が会話している解説動画を作りましたのでこちらも参考にしてください。 ▼ALS_エアーフリック式文字盤https://youtu.be/-qwhvTesF4I?si=CwubuZ04OB6rcylV ※リンク先はYouTube(外部サイト)となります。 動画について:分かりやすいように目の動きをスローモーションにして編集しています。実際にはもっと速く動きます。(「さくらクリニック練馬」が動画編集に協力してくれました) ALS当事者は、毎⽇繰り返し使っていきますし、⾃分のQOLを上げることにもつながるため、わりと皆さん文字盤を覚えられます。⼤事なポイントは、「介助者は無理して⽂字盤を覚える必要はありません!」ということです。 図1は実際の私の部屋を撮影した写真です。私の後ろの壁には、介助者⽤の⽂字盤が常に貼ってありますので、介助者は文字の配置を覚えていなくても、それを⾒ながら読み取ることができます。 図1 介助用文字盤の配置 さらに余裕が出てきたら、各行の頭文字が並ぶ9マスの位置だけでも覚えることで、会話のスピードが格段に上がります。ぜひチャレンジしてみてください。参考までに、私の介助者の中には、右の列を「あたま(頭)」、左の列を「さはら(サハラ砂漠)」と覚えている⼈も多くいます。 デジタルな方法:目の動きでタブレットを操作しよう! ⼿を使ってタブレットやパソコンなどが操作できなくなったら、⼀番スムーズに動かせる目の動きを活⽤することが多くあります。 視線⼊⼒を使った⽅法については、第1弾コラムの13回目(>>「ALS患者に必要な情報「実用編」 ~上肢②コミュニケーションツール~」)をご覧ください。 ここからは、上記のコラムを読んでいただいていることを前提に書いていきます。なお、そのコラムを執筆したのは2022年ですが、それ以降、画期的な出来事が起こりました! なんと、2024年に視線⼊⼒を使った操作が「iPad Pro」に標準機能として搭載されたのです!!▼Apple、視線トラッキング、ミュージックの触覚、ボーカルショートカットなどの新しいアクセシビリティ機能を発表(プレスリリース 2024年5月15日)https://www.apple.com/jp/newsroom/2024/05/apple-announces-new-accessibility-features-including-eye-tracking ほとんどの⽅はピンとこないと思いますが、これまでALS患者やその関係者は、「なんとか視線を使ってタブレットやパソコンを動かせないか」と試⾏錯誤を繰り返してきました。そして、パソコンについては外部装置を接続することで操作を可能にしてきましたが、純正の機械ではないため、機能を最⼤限に活⽤するには難しい面がありました。 そのような中、Appleが⾝体障害者のために、「iPad Pro」に視線⼊⼒装置を標準搭載してくれたことで、その機能を⼗分に活⽤できるようになりました。これによりタブレットも視線の動きで操作できるようになり、利便性が大きく向上し、⾝体障害者の社会的活動の可能性が広がりました。 一番⾃由に動かせる目を活⽤することは、最初の「とっかかり」としてはスムーズかと思います。ただし、目は⽂字盤をはじめさまざまなことに使いますので、酷使するとどうしても疲労が溜まりやすくなります。 また、いくら「目は最後まで動かせる」といっても、私のように10年⽣きていると、徐々に目も動かしづらくなってくることもあります。(もちろん10年経っても変わらず目を⾃由に動かせる⽅もいらっしゃいますので、ALS当事者の⽅は必要以上に不安にならないでください。) このような理由からも、目を使った⽅法以外にもタブレットを操作できる手段を知っておいてほしいと思います。 ちなみに私は、疲労を分散させるために、用途に応じて操作方法を使い分けていました。例えば、⼤学で講義をする時は、目を使ってパソコンを操作し資料を作成し、医師として診療を⾏う時には、歯の噛む⼒を使って空圧センサーを押し、タブレットを操作していました(空圧センサーについても第1弾コラムの13回目に詳しく書いています)。 私は現在、目が⾃由に動かしにくくなってきたため、空圧センサーのみを使用しています。以下にセンサーに接続するセンサーチューブの作り方と、吸引カテーテル(口腔内の唾液を低圧持続吸引してくれるカテーテル)との連結方法をまとめたのでご覧ください。>>センサーチューブの作成方法と吸引カテーテルとの連結方法はこちらから ※リンク先は「さくらクリニック練馬」のWebサイト(外部サイト)となります。 この⽅法は、口周りに障害物が何もないことが前提となるため、NPPV※を装着している方には使用できません。一方、気管切開をしている⽅で、わずかでも噛む⼒が残っている⽅にとっては、⼝腔内の唾液を吸引しながらタブレットを操作できる、とてもよい⽅法だと思います。ぜひ参考にしてみてください。 ※NPPV:非侵襲的陽圧換気。気管切開を行わないで、マスクを着用するだけの人工呼吸器。 ちなみに、私がNPPVをやめて気管切開を決断した理由の1つには、目と⻭以外に⾃由に動かせる場所がなくなり、早くこの⽅法を試してみたかったということもあります。 実際に私が⻭の動きでiPadを操作している動画も載せておきます。よく⾒ないと分からないですが、2mmくらい⻭が動かせれば操作できます。 ▼ALS_空圧スイッチを使ったiPadの操作方法https://youtu.be/EgM5bV9HIxs?si=BErItzSlxNqOKwfV ※リンク先はYouTube(外部サイト)となります。 この動画の撮影と編集は、私の息⼦が⼿伝ってくれました。息⼦よ、いつもありがとう!! 衣類を工夫し尿器で排泄:がまんできる力を活かす 四肢や体幹が動かせなくなると、「ベッド上でおむつで排泄しないといけない」と思っている⼈も多いかもしれませんが、ALSでは膀胱直腸障害は起こりにくいため、排泄をがまんすることができます(もちろん⼀般論であり、個⼈差があります)。⼯夫次第ではポータブルトイレや尿器を使って排泄できます。 ポータブルトイレでの排泄⽅法は、第1弾コラムの 18回目(>>「ALS患者に必要な情報「実用編」 ~下肢(2)ベッド上生活~」)に詳しく書いてますので、ご参照ください。 尿器を使用したベッド上での排尿の工夫として、これは男性の場合に限りますが、ズボンの前面を切り、スナップボタンを取り付けることで、ズボンを脱がずに陰茎を出して尿器をセットする方法があります。 ちなみに私は、尿器をセットしやすくするために下着は履かず、加工したズボンを直接履き、毎⽇⼊浴後に着替えています(⼊浴⽅法についても、18回目のコラムをご参照ください)。 実際に加⼯した私のズボンは図2をご覧ください。図2 加工したズボン(男性用) 「感じる力」を大切に:感覚が残ることを活かす ⾒たり聴いたり、味覚を感じたり……五感をフルに活⽤して、⽇々の⽣活をより豊かにしていきましょう! 上述した⽅法でタブレットを⾃分で操作できるようになれば、世界は格段に広がります。自分の好きなタイミングで読書をしたり、ドラマや映画を観たり、好きな⾳楽を聴いたりすることができます。 また、気管切開をして⼈⼯呼吸器を装着していても、誤嚥防⽌術さえ行っていれば、⼯夫次第で⽐較的⻑い期間、飲⾷を楽しむこともできます(もちろん個⼈差はあります)。誤嚥防止術の詳細については第1弾コラムの16回目(>>「「気管切開+誤嚥防止術」という考えかた!」)を参照してください。 * * * このように「できなくなっていくこと」ではなく、「何が最後までできるのか」に焦点を当ててALSという病気と向き合ってみると、⾒えてくる世界がまったく違ってきます。ALSという病気は、⼈間の可能性についてあらためて考えさせられる病気だなぁと、つくづく思う次第です。  コラム執筆者:医師 梶浦 智嗣「さくらクリニック」皮膚科医。「Dermado(デルマド)」(マルホ株式会社)にて「ALSを発症した皮膚科医師の、患者さんの診かた」を連載。また、「ヒポクラ」にて全科横断コンサルトドクターとしても活躍。編集:株式会社照林社

訪問看護のカスタマーハラスメント しくみ作りと対策【セミナーレポート後編】
訪問看護のカスタマーハラスメント しくみ作りと対策【セミナーレポート後編】
特集 会員限定
2025年10月7日
2025年10月7日

訪問看護のカスタマーハラスメント しくみ作りと対策【セミナーレポート後編】

NsPace(ナースペース)のオンラインセミナー「訪問看護のカスタマーハラスメント対策~安心して訪問看護ができるために~」(2025年6月20日開催)では、医療現場のカスタマーハラスメント(以下「カスハラ」)対策に詳しい坪田康佑先生を講師にお迎えし、訪問看護業界のハラスメントの実態や、講じるべき対策について教えていただきました。セミナーレポート後編では、具体的なカスハラ対策についてご紹介します。 ※約75分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 >>前編はこちら訪問看護のカスタマーハラスメント 実態と制度【セミナーレポート前編】 【講師】坪田 康佑さん看護師/国会議員政策担当秘書/日本男性看護師會代表理事慶應義塾大学 看護医療学部を卒業。米国 Canisius 大学で MBA 取得。看護 DX や医療現場のカスタマーハラスメント対策など、さまざまな角度から看護師支援に取り組む。 カスハラ対策は組織の責務 訪問看護現場におけるカスハラに対しては、訪問看護ステーションや経営者が対策を講じる必要があります。 2020年6月には、厚生労働省が「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して、雇用管理上講ずべき措置等についての指針」で、事業主が職場全体で対策を進めるべきという告示を出しました。 また、労働安全衛生法の第69条には「労働者の健康の保守増進を図るため必要な措置を継続的かつ計画的に講ずるよう努めなければいけない」と定められており、労働契約法でも「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるように、必要な考慮をする」という安全配慮義務が規定されています。事業所の規模を問わず、暴力・ハラスメント対策は、事業主や管理者の義務なのです。 事業所で講じるべきカスハラ対策 適切なカスハラ対応ができる体制・しくみ作りのため、まず必要なのは「カスハラをカスハラとして認識する」こと。現時点では「嫌な気持ちになったら報告する」という当たり前の行動ができていないことを理解し、「これってハラスメントなのでは?」という段階で声を上げられるしくみ作りを目指してください。そのために、まず事業所内で暴力・ハラスメントの定義を理解しておく必要があります。(暴力・ハラスメントの定義については前編「訪問看護のカスタマーハラスメント 実態と制度」参照) 上記をふまえ、以下のような体制・しくみを構築しておけば、発生後の対応で難しいとされる「速やかな指示」もできるはずです。 適切に警察に連絡できる体制 暴力をふるう、襲いかかる、凶器を持ち出すといった、暴行・傷害につながる事案は、警察に相談しなければなりません。いざというときに躊躇しないために、事前に警察へご挨拶に伺っておく、関係機関との協力体制を確認しておくのがおすすめです。また、警察に連絡する基準を明確にし、一人ひとりが認識することも必要でしょう。警察への相談窓口「#9110」では、緊急性のないトラブルや不安にも対応してくれます。 利用者さんとの関係の悪化を心配して通報を控えていると、カスハラは止まらず、悪循環を招きます。その利用者さんを担当する事業所が変わった場合、被害者はさらに増えるでしょう。訪問看護業界からの人材流出という問題にもつながるので、通報する勇気をもってください。 なお、こうしたしくみ作りは、利用者さんと訪問看護師がよい関係を築き、質の高い看護を提供していくためのものです。その想いと対策の内容を利用者さんやスタッフに伝え、みんなで理想的な関係を作っていくことが重要です。 被害者の心情に配慮した対応 ハラスメントが発生した際、スタッフへの最初の指示は「逃げて」です。スタッフが身の安全を確保できたら、客観的に問いかけて被害状況を記録していきます。 当たり前ですが、悪いのはハラスメントをした人間です。すべてのハラスメントは、被害者の尊厳や自尊心を傷つけるもの。被害者にはしっかりと「あなたは何も悪くない」と伝えてください。 そして被害者となったスタッフには、心理的ケアが必要です。状況に応じた受診方法を定めた上で事務所全体に共有し、それに則ってサポートしましょう。なお、被害状況によっては労災に該当することもあるため、医師に診断を受けるのは重要です。 また、継続的にケアを続けるのもポイント。時間が経ってから精神的な後遺症が表れることもあるので、管理職を中心に事業所全体でケアをしてください。専門家によるカウンセリングが受けられるしくみを用意しておくのもおすすめです。 さらに、被害を受けたスタッフが十分な休息をとれるよう、早退や休暇の取得ができる体制も必要です。なお、休むことで収入が減るという状況だと、カスハラは隠蔽する方向にイニシアティブが働きます。体制づくりの際にご注意ください。 二次被害になりやすい言い方の例と改善方法 ハラスメントへの対応時に意識したいのが、二次被害の防止です。「なぜすぐに相談しなかった?」「なぜ利用者を怒らせた?」といった「Why don’t you~?」型の言葉で原因追及をするのは、傷つけや行動否定といった二次被害につながるため、あくまで状況の整理に徹しましょう。気をつけなければならない点を洗い出すまでで終わりにしてください。 また「飲んで忘れよう」「遊んで気晴らしをしよう」といった逃避行動をすすめるのも二次被害につながります。事実から目をそらさず、問題を丁寧に取り扱っていきましょう。 感受性を高める実践的対策 カスハラ対策には、スタッフ一人ひとりの「暴力・ハラスメントへの感受性」を高めることも重要です。ポスターを貼って理解を促す、勉強会や研修を行うなどして、感受性を高めてください。ポイントは、定期的に行うこと。これまでのキャリアの中で培われた価値観は根強く、ハラスメントの定義を誤って認識していると簡単には正せないので、継続的なアプローチが必要です。 それから、「相談」をしやすいしくみ作りも求められます。相談ができるようになると連絡、やがては報告もできるようになっていくので、まずは嫌な思いをしたときに気持ちを話す習慣をつけられるようにしてください。 また、通報ツールや防犯グッズをスタッフに配布するのも効果的。カスハラが起こったときに録音や警備会社への連絡ができる商品があります。カスタマーハラスメント防止対策推進事業の奨励金や、地域医療介護総合確保基金の補助などの支援策もあるので、ぜひ活用してください。 * * * 看護師の笑顔は利用者さんの笑顔を、利用者さんの笑顔は家族の笑顔を、家族の笑顔は地域の笑顔を生むと私は考えています。看護師の笑顔を守ることは、たくさんの人々を笑顔にする第一歩。ぜひ一緒に看護師の笑顔を作っていきましょう。 【講師・坪田 康佑さんよりコメント】2025年9月30日、私が理事を務める二団体が、東京都産業労働局より「カスタマーハラスメント対策団体」として認証されました。今後は東京都の予算を活用し、相談窓口の設置や啓発活動を進めてまいります。専用サイトなども準備中ですので、何かありましたらお気軽にご連絡ください。・一般社団法人日本男性看護師會 代表理事 https://nursemen.net/・一般社団法人訪問看護支援協会 理事 https://kango.or.jp/ 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア 【参考文献】〇厚生労働省:事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)【令和 2年6月1日適用】.https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605661.pdf2025/9/4 閲覧〇坪田 康佑・池田 智・矢山 壮:訪問看護のハラスメントの実態と対策に関して.日本在宅看護学会第 14 回学術集会(2024 年 11 月 17 日),配布資料.〇三木 明子 監修・著:訪問看護・介護事業所必携! 暴力・ハラスメントの予防と対応,メディカ出版,2019〇日経ヘルスケア著・編:患者トラブル解決マニュアル,日経BP出版センター,2009

訪問看護のカスタマーハラスメント 実態と制度【セミナーレポート前編】
訪問看護のカスタマーハラスメント 実態と制度【セミナーレポート前編】
特集 会員限定
2025年9月30日
2025年9月30日

訪問看護のカスタマーハラスメント 実態と制度【セミナーレポート前編】

2025年6月20日、NsPace(ナースペース)はオンラインセミナー「訪問看護のカスタマーハラスメント対策~安心して訪問看護ができるために~」を開催。医療現場のカスタマーハラスメント(以下「カスハラ」)対策に詳しい坪田康佑先生に、訪問看護における暴力・ハラスメントの実態や対策について伺いました。セミナーレポート前編では、カスハラの基礎知識や、現場が抱える課題などをまとめます。 ※約75分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】坪田 康佑さん看護師/国会議員政策担当秘書/日本男性看護師會代表理事慶應義塾大学 看護医療学部を卒業。米国Canisius大学でMBA取得。看護DXや医療現場のカスタマーハラスメント対策など、さまざまな角度から看護師支援に取り組む。 カスハラの定義と分類 訪問看護現場でのカスハラについて考えるにあたり、最初に「暴力、ハラスメントの定義」を明確にしておきましょう。 【身体的暴力】身体的な力を使って危害を及ぼす行為。実際に触れていなくても、拳を上げた時点で身体的暴力に該当します。 例叩かれる、つねられる、爪で引っかかれる、ものを投げられる、唾を吐かれる、背後から蹴られる 【精神的暴力】個人の尊厳や価値を言葉によって傷つけたり、貶めたりする行為。 例強い口調や大きな声で文句をいわれる、人格を否定される、理不尽なクレームで長時間拘束される 【セクハラ】性的な誘いや嫌がらせ、好意的態度の過度な要求など。 例体に触れられる、卑猥なことをいわれる、(訪問看護師の)身体的な特徴を話題にする、(利用者さん自身の)陰部を触るように要求される 新潟県はハラスメントを「暴言型」「暴力型」「時間拘束型」「リピート型」「SNS/インターネット上での誹謗中傷型」などの9つに分類し、対策を定めた「ペイシェントハラスメント対策指針」を発表しました。「ペイシェントハラスメント」と明記された行政文書は、これが初めてです。都道府県を越えて活用できる内容なので、ぜひ参考にしてください。 ハラスメントの定義に「原因」は含まれない カスハラが起こったとき、管理職が被害を受けたスタッフ側のサービスや態度、または利用者さんの病気に原因を探してしまうケースはよく見られます。しかし、ハラスメントの定義に原因は含まれません。原因に関係なく、「ハラスメントがあった」のであれば、その事実を否定してはいけません。再発防止に向けた検討を行いましょう。 訪問看護現場におけるカスハラの実態 2019年に行われた全国訪問看護事業協会の調査では、訪問看護師の45%が「身体的暴力」を、53%が「精神的暴力」を、利用者さんやその家族から受けたことがあると答えています。また、セクハラを受けた方の割合も48%に上りました。 さらに、2020年に福岡県の訪問看護ステーションを対象に実施された実態調査では、訪問看護師の約40%が、利用者さんやその家族などから暴力を受けた経験があることが明らかに。しかも、そのうちの半数は「1年以内」に暴力を受けています。現場でのカスハラは、「過去」ではなく「今」起こっているのです。 訪問看護業界では早急に対策を講じ、スタッフを守っていかなければなりません。 「声を上げられない」現場の空気 多くの訪問看護師がカスハラを受けているにも関わらず、被害の声が上がりにくいという現状もあります。その一因となっているのが、以下のような被害者の心理的背景です。 被害者の心理的背景・痛みはあったが、ケガには至らなかった・私のかかわり方が悪かったのかもしれない・管理者に説明するのは気が進まない・ことを大きくしたくない・利用者さんのために我慢しよう・認知症の方だから仕方がない こうした自責思考や「利用者さんのためを思っての選択」が、訪問看護現場のカスハラをなかったことにしてきました。しかし、起こった事案はきちんと共有し、対策を考えていかなければなりません。また、管理者は「声が上がらない=問題は起きていない」と捉えず、背景を考慮して「声を上げられる環境づくり」に取り組む必要があります。 訪問看護のハラスメント相談率は、訪問介護よりも低い 相談の意志という観点では、訪問看護のほうが訪問介護よりもハラスメントに関する相談率が低いことが厚生労働省の調査でわかっています。ハラスメントについて「些細な内容でも相談した」と回答した人の割合は、訪問看護は40%を下回りました。「ハラスメントを受けた際に、内容によっては相談した」という回答を含めてやっと80%を超える状況で、ハラスメントを受けても相談しなかった人が約20%もいます。 相談しない理由は、「利用者やその家族に病気、障害があるから」との回答が約半数を占めました。続いて「自分自身でうまく対応できていたから」が約34%、「問題が大きくなると面倒だから」が約16%となっています。 「利用者さんは病気だから」と考えない 「精神疾患がある方のほうがカスハラを起こしがち」と考える方は少なくありませんが、精神科とそれ以外の訪問看護での暴力発生率を比べると、精神科以外のほうが多いことがわかっています。精神疾患だから、認知症だからと考えず、カスハラへの感受性を高め、きちんと対策を講じなければなりません。 国や警察の取り組み カスハラに対する国の取り組みとして、厚生労働省は2021年に「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を発表しています。 また2022年6月には、警視庁から各都道府県警に対して医療機関との連携を推進するよう促す通知が出されました。これを受けて警察では、医療機関や医師会からの通報・相談は関係部門で連携し、必要に応じて助言・対応・検挙などを行う体制の整備が進められました。さらに2024年2月には体制強化を明記した再通知が出されており、医療従事者の安全を守るため、的確かつ確実な対応に努める構えです。 ここで重要なのが「警察に電話する」ことが即「逮捕」につながるわけではないことです。生活安全部門も関わりながら、指導や助言などの対策をしてくれます。必要なときは躊躇せずに相談してください。 次回は事業所で講じるべき具体的なカスハラ対策や被害者の心のケア、二次被害の予防などについて解説いただきます。 >>後編はこちら訪問看護のカスタマーハラスメント しくみ作りと対策【セミナーレポート後編】 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア 【参考文献】〇滋賀県・公益社団法人滋賀県看護協会: 訪問看護・訪問介護事業所における暴力・ハラスメント対策マニュアル.令和元年度滋賀県委託事業 訪問看護師・訪問介護職員安全確保・離職防止対策事業. 2020.〇新潟県 病院局業務課:新潟県病院局 ペイシェントハラスメント対策指針,令和6年5月https://www.pref.niigata.lg.jp/uploaded/life/677384_2027172_misc.pdf2025/9/4 閲覧〇全国訪問看護事業協会:訪問看護師が利用者・家族から受ける暴力に関する調査研究事業報告,2019〇坪田 康佑・池田 智・矢山 壮:訪問看護のハラスメントの実態と対策に関して.日本在宅看護学会第14回学術集会(2024年11月17日),配布資料.〇厚生労働省:事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)【令和2年6月1日適用】.https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605661.pdf2025/7/31閲覧〇厚生労働省.:介護現場におけるハラスメントに関する調査研究(2019年3月)https://www.mhlw.go.jp/content/12305000/000947359.pdf2025/9/4 閲覧〇厚生労働省:カスタマーハラスメント対策企業マニュアル,2022https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000915233.pdf2025/9/4 閲覧〇警察庁:医療機関等との連携によるストーカー事案等の適切な対応について(令和6年1月22日付 警察庁丙企発第3号).https://www.npa.go.jp/laws/notification/2024iryoukikanrenkei.pdf2025/9/4 閲覧

在宅における透析患者さんの合併症対応【事例あり】&導入時の心理的支援の重要性
在宅における透析患者さんの合併症対応【事例あり】&導入時の心理的支援の重要性
特集
2025年9月2日
2025年9月2日

在宅における透析患者さんの合併症対応【事例あり】&導入時の心理的支援の重要性

透析治療は、身体的な負担だけでなく、生活の変化や将来への不安などから、精神的にも大きなストレスを伴います。うつ状態や孤立感を抱える患者さんも少なくないため、訪問看護においては身体的ケアと並行し、患者さんの心に寄り添うサポートも不可欠です。今回は透析患者さんに対する支援として、事例を交えた合併症対応と、透析受容の心理的段階に応じた関わりについて解説します。 透析患者さんに起こりやすい症状 透析患者さんの状態に変化があった際、「どうしたらよいのか分からない」「自分に対応できるか不安」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。基本的な対応の流れは、透析患者さんでもそうでない方でも大きく変わりません。ただし、透析患者さんには特有の注意点があります。 今回は、「血圧の低下」「高カリウム血症」「溢水」を取り上げ、透析患者さんならではの対応のポイントについてお伝えします。特に、「高カリウム血症」や「溢水」は、心停止や呼吸困難といった重篤な状態を引き起こす可能性があり、緊急透析が必要となるケースも少なくありません。こうした症状を早期に察知し、迅速に対応することが、患者さんの命を守る上で重要です。 1 血圧の低下 透析直後や帰宅後は、脱水傾向により血圧が低下することがあります。透析後は自律神経が不安定になりやすいため、急な立ち上がりや歩行は避けたほうがよいでしょう。 なぜ透析後に脱水が起こるのか?透析では、体内の余分な水分を取り除く「除水」が行われ、体重をドライウェイト(DW:目標体重)に近づけます。その過程で、以下のような場合に脱水状態になることがあります。  大量の除水により循環血液量が減少した場合 DWが適切ではない場合 透析による血管拡張 交感神経活動の低下 急激な電解質変動による循環動態の乱れ これらにより、帰宅途中や直後に立ちくらみ、めまい、ふらつき、倦怠感、冷汗、血圧低下(収縮期血圧が90mmHg以下)の症状を起こすことがあります。 安静を促し、水分補給を行うのが対応の基本(図1) 安静にして様子を見る(横になり下肢を挙上する) 水分摂取を行う(回復が見られない場合は透析施設へ連絡する) 血圧が回復しない、または意識障害がある場合は、速やかに救急要請する 図1 血圧が低下したときの対応 安静を促し、水分補給を行う。血圧低下に加えて、顔面蒼白、冷汗、頻呼吸、意識障害(JCSⅡ以上)などの症状が見られたら、「ショック状態」と判断し、救急要請が必要。 2 手足の「しびれ」と高カリウム血症 透析患者さんは腎機能が低下しているため、体内にカリウムが蓄積しやすく、高カリウム血症を起こしやすい状態です。 高カリウム血症の症状カリウムは筋肉や神経の働きに重要な役割を果たします。濃度が高くなると表1のような症状が現れます。 表1 血清カリウム濃度に応じた症状 5.5mEq/L以上初期症状手足のしびれ(感覚異常)、筋力低下・脱力感、口周囲の違和感、吐き気7.0mEq/L以上重度症状意識障害、不整脈(テント状T波)、心停止のリスク *数値は一般的な数値であり、個人差があります   事例:食事が引き金の高カリウム血症A氏(70代・男性) 息子夫婦と同居 透析スケジュール:火・木・土の週3回 透析歴:1年 現在の状況:透析を開始し、尿量が減少してきている 訪問看護師が月曜日の午前中に訪問すると、A氏から手指のしびれ、口周囲の違和感、軽度の吐き気の訴えがあった。「いつもと特に変わったことはないけれど、朝起きたら唇がしびれていて、何かおかしい。手先もしびれている気がする」とのこと。食事内容を確認すると、「昨日は息子夫婦と一緒に外食をして、生野菜と果物をたくさん食べた」との発言があった。 【訪問看護師の対応】緊急透析検討のため透析施設へ連絡 訪問看護師は、A氏の症状から高カリウム血症とアセスメント。緊急透析を検討する必要があるため、透析施設へ連絡し、症状と食事内容の情報を伝えました。 【透析室での対応】緊急透析および食事指導を実施 来院時の血中カリウム値は7.0mEq/L、心電図ではテント状T波を確認しました。緊急透析を実施し、症状は改善されました。その後、カリウム吸着薬が処方され、カリウム制限に関する食事指導を行いました。 【対応のポイント】しびれの訴えには要注意 しびれの訴えがあった場合は、バイタルサインを確認し、直近の透析状況および食事内容を確認します。予防策として、ブロッコリーやバナナ、生の野菜ジュース、干し芋のような乾物など、カリウムの多く含まれる食品の摂取を控えるよう指導し、食事管理を徹底してもらいます。また、透析の適正な実施が必要です。 3 溢水による心不全 透析患者さんは腎機能が著しく低下しており、水分や塩分を尿として排出できないため、体内に水分が蓄積しやすくなります。この状態を「溢水(いっすい)」と呼びます。 溢水の症状体重増加、頸静脈の怒張、呼吸困難・息切れ・咳嗽・湿性ラ音の聴取・血清泡沫痰、水分蓄積による浮腫 呼吸困難時は安楽な体位をとる呼吸困難は、座位やファウラー位で軽減することが多くあります(図2)。患者さんの安楽な体位を工夫するようにしてください。 図2 呼吸困難時の対応 呼吸困難は、上半身を起こす座位やファウラー位で軽減することが多くある。安楽な体位になるよう工夫する。   事例:会話中の息切れで気づいた、心不全症状B氏(70代、女性) 独居 透析スケジュール:火・木・土の週3回 透析歴:15年 既往歴:心筋梗塞、脳梗塞、気管支喘息 訪問看護師が月曜日の朝に訪問したところ、以下の症状を確認した。 ・呼吸困難(会話時に息切れ)、臥位にて増強(起座呼吸) ・下腿浮腫(+2:4mmのくぼみ) ・体重:前回の透析後より+4.2kgの増加(DW:40kg) ・バイタルサイン:血圧 170/98mmHg、SpO₂ 88%、心拍数 112回/分 ・顔色不良、倦怠感強い 【訪問看護師の対応】心不全を疑い全身状態をアセスメント 心不全を疑い、アセスメントを開始しました。バイタルサインの測定、浮腫・呼吸状態の観察、直近の透析状況(特に最終体重)・体重増加量・食事内容(水分摂取量)を確認し、透析施設へ緊急連絡しました。 【透析室での対応】緊急透析を実施し、DWの見直しも 透析室では、緊急透析を行い、除水3.8Lを実施。透析後は、呼吸状態・浮腫ともに改善しました。あらためてドライウェイトを見直すとともに、塩分・水分管理の再指導を行いました。 体重増加と呼吸状態の変化は心不全のサイン中2日明けの訪問(B氏の場合は火曜日)は特に注意が必要です。その間の体重増加や呼吸状態の変化は、心不全のサインです。患者さんの「いつもと違う」訴えを見逃さず、透析施設・主治医との連携が大切です。 * * * 合併症への対応では、訪問看護師によるアセスメントが不可欠です。異常を察知した際には、ためらわずに透析施設と情報を共有し、重症化の予防に努めましょう。 透析導入時の心理的支援のポイント では次に、患者さんの心のケアにおいて重要な「心理的支援」についてご紹介します。透析を受け入れる過程で患者さんが経験する心理的な段階に応じた支援のあり方や、訪問看護師が果たす役割について解説します。 透析患者さんの多くは、透析治療を生活の一部として受け入れ、前向きに適応していく心理的・社会的なプロセスを辿ります。訪問看護師が理解しておくべき、透析受容の心理的段階と支援のポイントは以下のとおりです。 透析受容の心理的段階(図3) 透析治療の開始から時間の経過とともに、患者さんは以下のような段階を経験します。 図3 透析受容の心理的段階 ●混乱期治療開始時には、「なぜ自分が透析を?」という戸惑いや否定的な感情が強く表れます。病気の受容が難しく、治療や生活の変化に対する不安が大きく、精神的な混乱が生じます。 ●変化期少しずつ治療や生活の制限について理解が進み、自分なりの対処法や工夫を模索するようになり、生活の再構築に向けた前向きな姿勢が見られるようになります。 ●共存期透析治療を日常の一部として受け入れ、前向きに捉えるようになります。自己管理やセルフケアへの意欲が高まり、治療とともに生きる意識が芽生えます。 ただし、すべての患者さんがこのプロセスを順調に進むわけではありません。透析を始めて何年経っても受け入れられず、苦しんでいる方もいます。透析の受容は、性格・価値観・生活背景・家族や社会的支援の有無など、さまざまな要因に左右されるため、画一的な経過をたどるものではありません。 各段階に応じた支援の重要性 患者さんの心理状態に応じた支援は非常に重要です。特に混乱期には、透析に関する詳しい指導を行っても、患者さんが情報を受け取る余裕がなく、内容が頭に入らないことがあります。指導を受ける気持ちになれない場合も少なくありません。 このような時期には、まずは患者さんの気持ちに寄り添い、安心感を与えるかかわりが何よりも大切です。患者さんが少しずつ気持ちを整理し、「透析」という現実を受け止められるようになるまで、焦らずに支援を続ける姿勢が求められます。 透析の受容は一度で完了するものではなく、揺れ動くプロセスです。訪問看護師の皆さんには、患者さんが今どの段階にいるのかを見極め、それぞれの段階に応じた「今の気持ち」に丁寧に寄り添いながら支援していくことが重要です。  執筆:熊澤 ひとみ医療法人偕行会 透析医療事業部 副事業部長透析看護認定看護師【職歴】昭和63(1988)年 名古屋共立病院 入職平成11(1999)年 偕行会 セントラルクリニック 異動平成17(2005)年 透析医療事業部 副事業部長令和3(2021)年 医療法人偕行会 法人本部 理事【所属学会】日本腎不全看護学会 監事日本臨床腎臓病看護学会日本透析医学会編集:株式会社照林社

訪問看護の現場で活きる!感染対策の実践【セミナーレポート後編】
訪問看護の現場で活きる!感染対策の実践【セミナーレポート後編】
特集 会員限定
2025年8月19日
2025年8月19日

訪問看護の現場で活きる!感染対策の実践【セミナーレポート後編】

2025年5月16日、NsPace(ナースペース)はオンラインセミナー「訪問看護の現場で活きる!感染対策のヒント」を開催。訪問看護の現場で実施したい感染対策について、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行の振り返りをふまえて解説いただきました。講師は、感染管理に造詣が深い松橋 久恵さんです。セミナーレポート後編では、具体的な感染予防のためのアクションをご紹介します。 ※約90分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)が特に注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 >>前編はこちら訪問看護の現場で活きる!感染対策の基礎知識【セミナーレポート前編】 【講師】松橋 久恵 さん訪問看護師/元 感染管理認定看護師(2010~2024年)1997年から20年以上にわたって国立がん研究センター東病院にて勤務。2010年には感染管理認定看護師の資格を取得し、院内の感染対策に専門的に取り組む業務にも従事した。2019年に「訪問看護ステーションそら」に入職し、現在に至る。 標準予防策の具体的な実践 前編(>>「訪問看護の現場で活きる!感染対策の基礎知識」)では、新型コロナウイルス感染症の感染対策においても「標準予防策(スタンダードプリコーション)」の徹底が重要であることをお伝えしました。これは在宅医療の現場においても例外ではありません。標準予防策の実施率を高めることは、感染リスクを減らすだけでなく、医療従事者や利用者さん、ご家族を守り、さらには感染拡大を防ぐことにもつながります。 そこで今回は、訪問看護の現場で活用できる、標準予防策の具体的な実践方法をご紹介します。 手指衛生 石けんと流水による手洗い、またはアルコール手指消毒のことです。適切なタイミングと方法で実施することが重要です。 (C)HAICS/T.Torii 手指衛生を実施すべき主なタイミングは以下の通りです。 患者に触れる前 清潔操作の前 患者に触れた後 血液・体液に触れた後 患者周囲の環境に触れた後  特に「血液や吐物、排泄物を扱った」時は、手袋をしていても手に付着している可能性があるので、石けんと流水による手洗いを、目にみえる汚れがなければアルコール手指消毒をしましょう。また、手洗いは、指先、指の間、手のしわなど、汚れが残りやすい部分を意識して丁寧に行うことが大切です。 個人防護具(PPE)の使用 血液や体液、汗を除く分泌物、排泄物、粘膜や損傷のある皮膚を扱う場合、もしくは清潔な取り扱いが必要なケアを行う際は、個人防護具を使います。個人防護具は常に着ける必要はありませんが、使用する際は必ず単回使用としてください。 ■着脱の基本 着用時は最後に手袋を装着し、手の清潔を守ります。反対に、脱ぐときは最も汚染しやすい手袋が最初で、手首から裏返すように外し、フェイスシールドやガウンなど、ほかの防護具は手指衛生の後に脱ぎます。 ■個人防護具は行動に合わせて選択を 「感染症」ではなく「これから自分が何をするか」に合わせて適切な個人防護具を選択しましょう。 (C)HAICS/T.Torii 環境整備 環境整備とは、埃や汚れを除去し、清潔で臭いのない空間を保つことです。 例えば、血液や排泄物、吐物で汚れたリネンには感染性があるため、個人防護具を着用の上、予洗いをしてから塩素系漂白剤で消毒します。血液や排泄物などのタンパク質は塩素系消毒剤を不活化するため、先に取り除いておかないと、消毒の効果を十分に得られない可能性があります。なお、塩素系漂白剤は金属腐食や脱色を招くこともあるので、使用後は触れた箇所を水拭きしましょう。 ほかには熱水消毒(80℃で10分以上煮る)も有効ですが、在宅では難しい場合が多いため、乾燥機やアイロンによる熱処理での代替をおすすめします。また、消毒薬を必ず使う必要はありません。手がよく触れる場所を、洗剤などで丁寧に掃除することも大切です。 器材の管理 器材を消毒する前に、しっかり洗浄して汚れを落とすことが基本です。消毒では、家庭で入手できる消毒薬を利用しましょう。塩素系漂白剤を薄めたものがよく使われますが、適切な濃度にすること、つくり置きしないこと(時間経過で濃度が変化するため)を守ってください。 なお、洗浄消毒の対象となるのは「正常な皮膚のみと接触する器材」「(在宅では)粘膜や創傷に接触する器材」です。「無菌の組織に接触する器材」は医療関連感染を起こさないよう、単回使用が原則とされています。 在宅医療廃棄物の処理・取り扱い 「インスリン注射針が不適切に廃棄されることで、一般の回収業者や商業施設の清掃作業員の方が受傷してしまった」といった医療機関外の事故が、残念ながら起こっています。ご存じかとは思いますが、鋭利なものは耐貫通性の蓋つき容器に入れて持ち運びましょう。また、血液や体液、排泄物が付着した可能性があるものはビニール袋に入れて密封し、ヘルパーさんやご家族などが安全に処理できるよう配慮が必要です。 万が一針刺し事故が起きた場合は、肝炎ウイルスやHIVなどに曝露する可能性があります。すぐに大量の流水と石けんで洗い流し、感染源である利用者さんと自身の採血を行って、受診してください。なお、針を扱う際は手袋を装着していると安全性が高まります。 ■利用者さんからみた在宅医療廃棄物の廃棄方法 インスリン注射針をはじめとした一部の在宅医療廃棄物は、専用容器に入れれば、医療機関や薬局などで回収してくれます。必要に応じてご案内ください。 訪問看護ならではの感染対策 訪問看護の現場では、以下の感染対策も重要になります。 換気 窓を開ければいいというものではなく、ポイントは「一方向の窓を常時少しだけ開けておく」ことです。窓を小さく開けることで、寒い冬や暑い夏でも室温を保ちながら換気できます。換気扇を活用して空気の流れをつくるのもよいでしょう。 空気清浄機はあくまで換気を補完するもので、単体では十分な換気の効果は得られません。空気清浄機があるから大丈夫、と安心してしまわないよう注意が必要です。また、エアコンは室内の空気を循環させているだけで、外の空気を入れたり中の空気を出したりする機能は基本的にありません。つまり、換気の手段にはならないため、窓を開ける、換気扇を使用する、といったほかの方法と併用しましょう。 ゾーニング マスクは「ユニバーサルマスキング」として常に着用しておきます。訪問時はまず、グリーンゾーンに荷物を置き、手指消毒を行います。次に、イエローゾーンで必要なケア物品を準備し、個人防護具を着用します。そして、レッドゾーンでケアを行い、作業が終わったらその場で個人防護具を脱ぎ、適切に廃棄して再度手指消毒を行います。退出前には、持ち帰る物品や荷物を拭いて清掃・消毒し、最後にもう一度手指消毒をして退出する、という一連の流れになります。 ガウンを着る場合は、ケア中にウイルスや細菌が衣服につくのを防止するのが目的なので、イエローゾーンで着用しても問題ないと考えられます。着脱する理由を明確にして、安全に、かつ余裕をもって脱ぎ着できるようにしてください。 BCP(事業継続計画) 職員の健康や生活を維持しつつ、感染拡大防止に努めながら事業を継続するための対策や備えが求められます。以下のような点について、事業所のメンバーやほかの事業者と話し合い、実践、検討しておきましょう。 ・手指衛生の訓練をする・手袋の着脱や使用シーンを含めて個人防護具の使い方を検討する・個人防護具のローリングストック(常に一定量を確保)・体調不良を申告しやすい雰囲気をつくる・余裕をもった訪問計画の検討と柔軟な対応 * * * 訪問先の環境はそれぞれ異なりますが、本セミナーでお伝えした標準予防策の重要性を理解していただければ、現場で求められる感染対策を柔軟に検討・実践できるはずです。また、繰り返しになりますが、在宅医療の現場でも標準予防策の実施率を高めていくことが欠かせません。 「自分がこれから何をするのか」「どのようなケアを行うのか」を常に意識しながら感染対策に取り組むことが、利用者さん、そして私たち自身を守ることにつながります。このセミナーの内容が、みなさんの日々の業務に少しでも役立てば幸いです。 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

訪問看護の現場で活きる!感染対策の基礎知識【セミナーレポート前編】
訪問看護の現場で活きる!感染対策の基礎知識【セミナーレポート前編】
特集 会員限定
2025年8月5日
2025年8月5日

訪問看護の現場で活きる!感染対策の基礎知識【セミナーレポート前編】

2025年5月16日に開催したNsPace(ナースペース)のオンラインセミナー「訪問看護の現場で活きる!感染対策のヒント」。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行期を振り返り、訪問看護における感染対策についてご講演いただきました。講師は、感染管理に造詣が深い松橋 久恵さんです。セミナーレポート前編では、訪問看護における感染対策の特徴や考え方、直面する課題についてご紹介します。 ※約90分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)が特に注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】松橋 久恵 さん訪問看護師/元 感染管理認定看護師(2010~2024年)1997年から20年以上にわたって国立がん研究センター東病院にて勤務。2010年には感染管理認定看護師の資格を取得し、院内の感染対策に専門的に取り組む業務にも従事した。2019年に「訪問看護ステーションそら」に入職し、現在に至る。 「感染」の定義 感染とは、病原体が宿主の体内に侵入し、発育・増殖すること。単に体内に病原体が定着しただけでは発症しません。感染が成立しやすい主な条件は以下のとおりです。 病原性が強い 未知の病原体で抗体をもっていない ウイルス量が多い流行期である 抵抗力が弱っている(高齢者・小児・基礎疾患を持つ人など) 感染予防の考え方 「感染経路」を断ち切る標準予防策 文献1)より引用 人から人への感染は、上図の輪で表した感染経路がつながったときに成立します。この輪を断ち切ることが予防の第一歩。そして、この考えに基づいた対策が「標準予防策(スタンダードプリコーション)」です。 標準予防策では、感染症の有無にかかわらず、すべての対象者の「血液」「体液」「分泌物」「排泄物」「粘膜」「損傷のある皮膚」には感染リスクがあると考えて対応します。代表的な対策は、以下のとおりです。 手指衛生 個人防護具(手袋・マスク・ガウン・ゴーグルなど)の適切な使用 環境整備 器材の管理(洗浄消毒滅菌) 廃棄物の処理や取り扱いへの注意 特に重要なのは手指衛生です。ウイルスや細菌は手によって運ばれるため、感染経路を断つ上で最も有効な手段といえます。感染性のあるものを扱った際には、目・鼻・口といった「侵入門戸」に手が触れないよう特に注意が必要です。たとえ病原体が手に付着していても、これらの部位に触れなければ感染は成立しません。感染を防ぐ上で最終的な防御ラインを担っているのが「手」であるため、やはり手指衛生の徹底は欠かせないのです。 コロナ禍を振り返る 新型コロナウイルス感染症への対応ガイド 2020年以降の新型コロナウイルス感染症感染拡大時には、多くの訪問看護事業所が対応に苦慮したでしょう。2023年1月に環境感染学会が発行した「医療機関における新型コロナウイルス感染症への対応ガイド(第5版)」(以下「ガイド」)では、新型コロナウイルス感染症に対して、これまで多くの医療現場や社会全体が抱えてきた「どこまでやればいいのか」「何が本当に必要なのか」といった疑問に対して、最新の知見をもとに一定の方向性が示されています。基本的には、標準予防策をベースとし、リスクの高い場面では必要な対策を追加するという考え方です。 ■日常ケアは標準予防策の徹底が重要 COVID-19において、特別な対応が必要とされるのは一部の場面に限られます。例えば、吸引や酸素吸入などエアロゾルを発生させる手技を行う場合にはN95マスクの使用が推奨されますが、日常的なケアでは標準予防策を適切に実施することで十分に対応可能とされています。また、互いにマスクを着用していれば飛沫が直接届くリスクは低いため、アクリル板の使用も必須ではないとされています。 なお、新型コロナウイルス感染対策において、医療現場で全員がマスクを着用する「ユニバーサルマスキング」が推奨されており、これも標準予防策の一部のように考えられるようになってきています。COVID-19患者は発症の2日前から他人に感染させる可能性があるため、ケア提供者から利用者さんへの感染リスクを減らす観点から、ユニバーサルマスキングは重要です。なお、マスク素材はサージカルマスクまたは不織布マスクが望ましく、布マスクなどの性能には限界があるため注意が必要です。 ■COVID-19疑い例:状況に応じて個人防護具を選択 COVID-19の疑いがある場合、患者さんとの距離や接触の程度によっても個人防護具の選択は変わります。たとえば、身体接触がほぼ無い場合にはガウンの着用は不要で、環境表面に触れる可能性があるなら手袋を着用する、といったように「目的に応じた選択的な対策」が求められます。 ■COVID-19確定例:原則シューズカバーは不要 文献2)より引用 COVID-19確定例の場合、シューズカバーを脱ぐ際に手指が汚染されるリスクを考慮し、基本的にはシューズカバーの使用は推奨されていません。衣類に付着したウイルスは増殖しないとされているため、たとえ靴下やズボンにウイルスが付着したとしても、過度に心配する必要はないとされています。 訪問看護における感染対策の難しさ 医療現場における感染対策の情報は、多くが病院や施設での実施を前提にまとめられています。環境や条件の違いから、病院と同じ水準の感染対策を訪問看護の現場でそのまま実施するのは、現実的に難しいといえるでしょう。ここからは、訪問看護における感染対策についてみていきます。 感染リスクについて 病院や施設の場合、「集団生活」であることを理由に、患者さんや利用者さんに対して一定の強制力をもって協力を求めることができます。「周囲に迷惑をかけたくない」という雰囲気が自然に生まれる環境ですし、資源(人手・資金・物資等)も比較的整っています。 一方の訪問看護では、基本的に訪問時の一時的な協力依頼にとどまるケースがほとんどです。利用者さんに症状が見られても検査結果を待たずに対応せざるをえず、看護師側が感染リスクを抱えながらケアにあたる場面も少なくありません。 病原体の伝播リスクについて 訪問看護の場合、多数の患者さんが集まる医療機関とは異なり、病原体の伝播リスクは比較的低いとされています。 主な感染源は 感染したサービス提供者や家族 汚染された器材 ですが、訪問看護の現場では、医療処置やケアを行う人は限られています。また、器材の共有が少なく、カテーテル挿入などの侵襲的処置も最小限にとどまります。 訪問看護における感染対策のポイント 標準予防策の実施率アップを目指す 当たり前に感じる方もいるかもしれませんが、スタッフ一人ひとりがきちんと標準予防策を意識し、確実に実施できるかどうかが感染対策の鍵になります。ガイドで繰り返し強調されているように、新型コロナウイルス感染対策においても標準予防策の徹底が重要でした。感染経路が多様であっても、感染対策の基本となる柱は変わりません。 在宅医療の現場でも同様に、標準予防策の実施率を上げていくことが感染リスクを下げ、医療従事者と利用者さんやそのご家族を守り、感染拡大を防ぐことにつながるということを、改めて意識していただきたいと思います。 感染経路別予防策の追加 未知の感染症であっても、基本的にいずれかの感染経路に分類されます。そのため、標準予防策に加えて、感染経路別予防策を追加していくことも必要です。以下に、代表的な感染経路(図)とそれぞれに対する予防策の例をご紹介します。 (C)HAICS/T.Torii■空気予防策長く続く咳や発熱は結核、発疹が伴えば麻疹や水痘の可能性があるため、発症者はサージカルマスク、ケア者はN95マスクを装着。抗体をもっている、罹患歴がある場合は通常のマスクを選択可能。■飛沫予防策呼吸器症状が見られ、流行期にあるときは、ケア者も発症者もサージカルマスク(場合によってはN95マスク)を装着。■接触予防策下痢や嘔吐が見られる場合、ガウンを着用し、ほかの利用者さんとの器材の共有は避ける(共有する場合は消毒する)。次亜塩素酸ナトリウムを含む製品を利用した環境清掃も有効。 感染症発症者にマスクを着用してもらうことは、最も有効な感染拡大防止策のひとつです。咳エチケットの観点から、協力を求めても問題ないと思います。マスク着用が困難な場合は、ケア提供者が目を保護するとよいでしょう。また、換気を徹底することでリスクをさらに軽減できます。(換気については後編「訪問看護の現場で活きる!感染対策の実践」で解説) 症状を確認しながら経験的な経路別予防策を追加することは、訪問看護における感染予防の実践には欠かせません。そのため、標準予防策と組み合わせて、柔軟に対応していくことが重要です。 以下の表は、訪問看護における標準予防策と、実際の場面で求められる経験的な感染対策をまとめています。 例えば、「7. 退室」時の標準予防策は「手指衛生」のみですが、利用者さんが「ノロウイルスかもしれない」と考えられる場合には、退出前にベッド周辺を消毒用クロスでさっと拭き取るなど、「環境整備」の対応を追加することもあります。 感染症まん延に対する心構え 「発生ゼロ」目標と人権侵害 医療関連感染の対策における目標は、「発生ゼロ」を目指すのが基本です。しかし、新型コロナウイルス感染症の流行状況をふまえると、市中感染で同水準を目指すのは非現実的でしょう。 特に感染拡大期には、社会活動そのものを制限するほどの対策が必要となり、社会生活との両立は困難です。その点を理解しないと、感染者や医療従事者が苦しみますし、必要以上に責められる結果になりかねません。例えば、症状を隠して出社する、発症者を非難する、感染は自己責任といわれる…といった、コロナ禍に一部で見られた風潮の背景にも「理解不足」があるでしょう。 市中感染の場合、「発生ゼロ」を目標とするのではなく、感染者への早期対応やサービス・事業を継続していくための体制づくりに力を注ぐことが重要だと考えています。また、感染症には昔から「人権侵害」の問題がつきものです。特に新しい感染症が発生し、正しい知識が浸透していないときは、恐怖感や不安感から差別的行動が生まれやすくなります。 例えば新型コロナの流行時には、訪問看護師が玄関の外で感染防護服を着用する場面も見られました。「慎重な対応をしておくに越したことはない」と思われるかもしれませんが、実際の感染リスクを鑑みると過剰なケースもあり、近隣住民の目に触れることで利用者さんが差別や偏見を受けるリスクもあります。特に防護具を着用する場面や方法には十分な配慮が必要です。 感染対策を行う上では、単にマニュアル通りに動くのではなく、「本当に必要か」「その行動が利用者さんにどのような影響を与えるか」を立ち止まって考えることが求められます。医療従事者には、冷静な判断をする力と、利用者さんの人権を尊重し、生活環境への配慮をする姿勢が不可欠です。 次回はより具体的な標準予防策の実践や訪問看護ならではの感染対策、BCPについて解説していきます。>>後編はこちら訪問看護の現場で活きる!感染対策の実践【セミナーレポート後編】 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア 【引用】1)NPO法人HAICS研究会PICSプロジェクト 編著「オールカラー改訂2版 訪問看護師のための在宅感染予防テキスト」メディカ出版, 2020,p14.2)⼀般社団法⼈ 環境感染学会.「医療機関における新型コロナウイルス感染症への対応ガイド第5版」,2023.

分かりやすい! ALSの最新治療~痛くない筋肉注射の方法~
分かりやすい! ALSの最新治療~痛くない筋肉注射の方法~
コラム
2025年7月29日
2025年7月29日

分かりやすい! ALSの最新治療~痛くない筋肉注射の方法~

ALSを発症して10年、現役医師・梶浦先生によるコラム連載、第2弾。今回は、ALSの最新治療法について解説します。エダラボンの内服薬や高用量のメコバラミンなど患者のQOLを高める治療の最前線をお伝えします。 ALSの疫学と原因について 日本におけるALSの患者数は1万人弱で、10万人あたり7〜11人程度の有病率とされています。男女比は1.3〜1.5:1で、やや男性に多い傾向にあります。 ALS患者の約90%は孤発性(家族歴がない)ですが、残りの約10%は家族内で発症することが知られており、家族性ALSとも呼ばれています。家族性ALSの原因となる遺伝子変異はこれまで30種類以上見つかっており、日本ではSOD1という遺伝子に変異があるパターンが最も多く、遺伝子変異の中の約20%(ALS全体の約2%)を占めます1)。 好発年齢は50〜70歳くらいですが、まれに若い年代で発症することもあります。私のように30代以下で発症するケースは全体のわずか約10%です。前回のコラム(>>分かりやすい!  ALSの診断方法〜二転三転した私の病名〜)で書きましたが、若年発症例は珍しいからこそ、さまざまな疾患の可能性が考えられ、結果として診断が遅れることもあるのです。 発症のメカニズムも徐々に分かってきています。運動ニューロンの中にTDP-43という異常タンパク質が蓄積し、それが細胞死を引き起こすと考えられています2)。「なぜTDP-43が蓄積するのか」「どうすればそれを除去できるのか」といった疑問が解明されれば、根本的な治療につながるのですが、その実現にはまだ時間がかかりそうです。そのため現在は、運動ニューロンの保護を目的とした対症療法が主な治療法となっています。 ALSの平均余命 一般的に、人工呼吸器を使用しないALS患者の平均余命はおよそ2〜5年とされています。その一方で、胃瘻による栄養管理を行いながら、人工呼吸器を装着する場合、生存期間の中央値は20年ともいわれています。(>>ALSの平均寿命が2〜5年なんて嘘だ!) しかしながら、この過酷な病気とともに生きていく人は少なく、気管切開を行い人工呼吸器を導入する人は、全体の20〜30%程度に過ぎません。 ALS治療の大きな柱:「栄養療法」と「薬物療法」 栄養療法について ALS患者は、病初期から著しく体重減少を起こすことがあります。体重減少の原因には以下のとおりさまざまなものがあります。 ALS特有の病初期~中期にかけての異常な代謝亢進(人工呼吸器を装着するまで) 病気の進行に伴う全身の筋肉量の減少 嚥下機能の低下に伴う食事摂取量の減少 呼吸機能の低下に伴う努力性呼吸*によるエネルギー消費量の増加  *努力性呼吸:自然に呼吸ができないため、一所懸命に呼吸をすること。   「ALSを発症した当初から体重を落とした群」と「体重を落とさなかった群」を比較した研究によると、後者の群のほうが人工呼吸器の装着までに要した期間が長く、QOLが低下する速度もゆるやかであったと報告されています3),4)。このことから、食事と合わせた高カロリー療法が進行を遅らせる効果があるとされています。 一方、発症後期(人工呼吸器装着後)は代謝量の減少に伴い、必要なカロリーも減少します。そのため徐々に摂取カロリーも減らす必要があります。ちなみに、今の私の摂取カロリーは1日900kcalです。 薬物療法について 日本では長年、「リルゾール」と「エダラボン」の2剤が治療薬として認可されていました。詳しくは「ALSの治療法について〜栄養療法がとても大切!〜」をご参照ください。ここからは「enjoy!ALS」第1弾の連載を終了してからの2年間で新しく変わった治療について解説していきます。 【ALS最新治療】エダラボンの内服薬が登場! 1つ目は、エダラボンが点滴から内服に変わったことです。これはALS患者にとって非常にうれしい進展でした。2週間ごとに点滴を留置するわずらわしさから解放されたことで、QOLが大きく向上しました。 【ALS最新治療】第3の治療薬、高用量メコバラミンが承認! 2つ目は、高用量のメコバラミンが、2024年9月に世界に先駆けて日本で初めて承認されたことです。 メコバラミンは、高用量ビタミンB12の筋肉注射製剤です。ビタミンB12は昔から神経保護作用があることが知られており、500μgの錠剤が末梢神経障害の治療薬として広く医療現場で使用されてきました。1990年代より、厚生労働省の研究班による臨床研究において、従来の承認用量の50~100倍量にあたる高用量メコバラミンが、ALSに対して臨床効果を示す可能性が示唆されました。これを受け、2006年から数百人規模の患者を対象とした臨床試験を経て、病初期のALS患者において進行スピードがゆるやかになったことが確認されたため、今回ついに承認されることになりました。 なぜ内服ではなく「筋肉注射」なのか? では、なぜリルゾールやエダラボンのように内服製剤にならず、筋肉注射という痛みを伴う投与方法になったのでしょうか。 ビタミンB12はさまざまな食品に含まれる水溶性ビタミンです。口から入ってきたビタミンB12は、胃から分泌された「内因子」というタンパク質と結合し、小腸の末端である回腸から吸収され、血中に運ばれます。 図1に示したとおり、従来の用量である500μg程度の量であれば、ビタミンB12は内因子と結合することができます。しかし、高用量メコバラミンはその100倍にあたる50mgものビタミンB12が含有されているため、経口投与ではほとんどが内因子と結合せず、便として排泄されてしまいます。こうした理由から、内服よりも比較的緩徐に血中に運ばれる筋肉注射による投与方法が選ばれたのです。図1 なぜ高用量メコバラミンは筋肉注射なのか 高用量のビタミンB12は内服では吸収しきれません。そのため筋肉注射が必要なのです。   高用量メコバラミンは週2回のペースで筋肉注射を継続していく治療です。なるべく痛みを軽減できるように、投与していきましょう。 筋肉注射では、痛みを感じるポイントが3つあります。 1.注射針が皮膚に刺さるときの痛み 2.薬液が筋肉内を押し広げながら注入されるときの痛み 3.薬液と人体のpH(酸・塩基成分の割合)や浸透圧の違いによる痛み これらの痛みを軽減するための工夫をご紹介します(図2)。 極力細い針を使用する 注射針は数字によって太さが分かれており、数字が大きいほど細い針になります。一般的に採血や点滴などで使用する針は22Gや23Gの太さですが、私は27Gというかなり細い針を使用しています。 それでも痛い場合は、針を刺す部分の皮膚を保冷剤などで冷やして感覚を鈍らせてから注射するとよいかと思います。 なるべくゆっくり注入する なるべくゆっくりと薬液を注入していくことで痛みを和らげられます。 高用量メコバラミンはそもそも痛みが出にくい 薬液の成分によりますが、高用量メコバラミンは薬液のpHや浸透圧が人体に近いため、比較的痛みは少ないです。 図2 筋肉注射の痛みを和らげる工夫 高用量メコバラミンはpH・浸透圧の差が小さいため、薬液自体の刺激が少ない。これらのポイントを意識していただけるだけで、痛みに対する不安がだいぶ和らぐと思います。ぜひ参考にしてみてください。 【ALS最新治療】トフェルセンの登場! 遺伝子治療への第一歩 3つ目は、2024年12月に、疫学のところで述べたSOD1という遺伝的原因を標的とする治療薬「トフェルセン」が日本でも承認されたことです。ちなみに、米国では2023年に迅速承認されています。 SOD1に変異をもつALS患者では、有害なタンパク質が運動ニューロンの変性を発現させ、進行性の筋力の低下や機能の喪失を招きます5)。トフェルセンは根治的治療薬ではないものの、ALSの進行スピードを遅らせる効果が認められています。遺伝子にアプローチする初めての薬剤であることから、今後のALS治療に大きな期待がもてます。わずか2年の間に、ALSの治療はこんなにも進歩しています。これらの事実は、ALS患者の皆さんにとって大きな希望になることでしょう!   コラム執筆者:医師 梶浦 智嗣「さくらクリニック」皮膚科医。「Dermado(デルマド)」(マルホ株式会社)にて「ALSを発症した皮膚科医師の、患者さんの診かた」を連載。また、「ヒポクラ」にて全科横断コンサルトドクターとしても活躍。編集:株式会社照林社 【引用文献】1)Nakamura R,Sone J,Atsuta N,et al:Next-generation sequencing of 28 ALS-related genes in a Japanese ALS cohort.Neurobiol Aging 2016;39(219):e1-8.2)葛原茂樹:ALS研究の最近の進歩:ALSとTDP-43.臨神経 2008;48(9):625-633.3)Shimizu T,Nakayama Y,Matsuda C,et al:Prognostic significance of body weight variation after diagnosis in ALS:a single-centre prospective cohort study.J Neurol 2019;266(6):1412-1420.4)Nakayama Y,Shimizu T,Matsuda C,et al:Body weight variation predicts disease progression after invasive ventilation in amyotrophic lateral sclerosis.Sci Rep 2019;9(1):12262.5)Akçimen F,Lopez ER,Landers JE,et al:Amyotrophic lateral sclerosis: translating genetic discoveries into therapies.Nat Rev Genet 2023;24(9):642-658. 【参考文献】○筋萎縮性側索硬化症診療ガイドライン作成委員会編,日本神経学会監修:筋萎縮性側索硬化症(ALS)診療ガイドライン2023.南江堂,東京,2023.

訪問看護の口腔ケア 口腔トラブルの対処法【セミナーレポート後編】
訪問看護の口腔ケア 口腔トラブルの対処法【セミナーレポート後編】
特集 会員限定
2025年7月22日
2025年7月22日

訪問看護の口腔ケア 口腔トラブルの対処法【セミナーレポート後編】

2025年4月11日、NsPace(ナースペース)はオンラインセミナー「訪問看護の口腔ケア~基礎知識&痛みへの対処法~」を開催。口腔ケアに詳しい緩和ケア認定看護師の笹田豊枝先生を講師に迎え、在宅での口腔ケアの実践方法について、トラブル対処法を含めて教えていただきました。セミナーレポート後編では、代表的な口腔トラブルの対処方法を中心にご紹介します。 ※約75分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)が特に注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 >>前編はこちら訪問看護の口腔ケア 基礎知識&口腔乾燥の対処法【セミナーレポート前編】 【講師】笹田 豊枝 さん訪問看護師/緩和ケア認定看護師/のぞみ訪問看護ステーション 管理者大学病院の病棟看護師、緩和ケアチームの専従看護師、看護専門外来などを経験した後、2020年から訪問看護分野で活躍。口腔ケアにまつわる研修・講演を多数行っている。 がん治療に伴う口腔トラブルの原因と病態 口腔トラブルには、口腔機能の低下や全身性疾患、口呼吸などさまざまな要因が関与しますが、がん治療中にも起こりやすい傾向があります。がん治療による口腔トラブルは重症化しやすく、利用者さん自身が辛い症状を抱えることも少なくありません。 がん治療による口腔トラブルの主な原因は大きく分けて2つあります。 化学療法や放射線療法(照射をしているところ)口腔粘膜への直接障害末梢神経障害唾液分泌障害骨髄抑制による二次的な感染症や虫歯・歯周病の急性増悪 など体が弱っているセルフケア能力の低下食べる、話す機会の減少抗コリン作用薬(オピオイドや向精神薬など)の使用 など これらが口腔粘膜炎や口腔乾燥といった口腔トラブルを引き起こすと、痛みや味覚低下などが発生し、食事や会話が困難になるなど、生活の質(QOL)に大きく影響を及ぼします。 口腔トラブルのケア 口腔トラブル別の対処方法をご紹介します。 [トラブル1]厚い舌苔 まずは水や保湿成分の入った含嗽剤で湿らせたスワブブラシで軽擦し、発泡剤無配合かつ保湿成分入り、タンパク溶解作用をもつ歯磨き剤を舌全体に乗せて、約5分待ちます。その間にブラッシングをはじめできるケアを済ませておき、再び含嗽剤で湿らせたスワブブラシで軽擦すると、舌苔がかなりとれます。ケア後はきれいにして保湿することを繰り返してもらいましょう。 [トラブル2]強い口臭 歯、舌、口腔粘膜をきれいにし、保湿するのが基本方針です(乾燥すると臭いが強くなりやすいため)。日常のケア以外では、歯科での歯石除去も検討してください。 また、アルコール入りのデンタルリンスは乾燥を強めるため、ノンアルコールタイプを選ぶようアドバイスするとよいでしょう。 [トラブル3]口腔内の痛み 痛みがある場合は、まず原因を探ります。多くは口内炎や歯肉炎、舌炎、腫瘍、カンジダなどの口腔内トラブルが由来ですが、心筋梗塞といった全身性の疾患が原因のケースもまれにあります。 ケアにあたっては、痛みを和らげる工夫が必要です。痛みによってケアが困難になると、口腔乾燥や口腔トラブル、そして痛みが増強するという悪循環が起こります。例えば、生理食塩水やアズレンリドカイン含嗽水、ヘッドの小さい歯ブラシを使用してみてください。 そのほか、ケア前に鎮痛剤を使用することも検討しましょう。特に口腔領域に放射線治療を行っていたり、口腔に影響が及ぶ化学療法を受けていたりする方は、鎮痛剤を使用しないとケアはもちろん食事もできない方が多いでしょう。 【鎮痛剤の選択】 まずはロキソプロフェンナトリウムやアセトアミノフェンを試し、十分な効果を得られない場合は、トラマドールや医療用麻薬を使います。内服や貼付剤では不十分であれば、持続皮下注、持続静注を検討しましょう。内服はケアの30分前、皮下注や静脈注は数分前に投与します。 そのほか、麻酔薬やリドカイン入りの含嗽水を事前に口に含み、麻酔がかかったような状態にしてからケアをする方法もあります。 [トラブル4]口腔内出血 口腔内に傷があり、出血している場合は、手袋をつけた指で傷に触れないよう保護しながらブラッシングします。小さい歯ブラシや一本歯ブラシを使い、愛護的にケアすることは、出血を助長させないだけでなく、痛みを与えないためにも大切な工夫となります。ポイントは一度できれいにしようと考えないことです。 ただし、歯がある方の歯ブラシでのブラッシングは必要不可欠なので、工夫しながらケアしてください。また、乾燥は出血を助長する可能性があるのでしっかりと保湿し、血餅は無理にはがさないでください。 【出血点への対処】 生理食塩水や水に浸したガーゼもしくはティッシュで出血部位を圧迫し、止血しながらケアする方法があります。なお、出血点が見つからない場合は歯科医や主治医の力を借りてください。 [トラブル5]カンジダ カンジダは終末期、ステロイドや免疫抑制剤の使用、口腔乾燥で起こりやすく、痛みや味覚障害の原因になります。最も効果的なケアは、きれいにして保湿すること。ミコナゾール軟膏を使うのも有効です。なお、一見きれいな舌でもカンジダの可能性があります。ヒリヒリと痛む場合はカンジダを疑ってください。 * * * 在宅での口腔ケアは本人が継続できなければ意味がないため、できるだけシンプルなケアを提案しましょう。同時に、継続につながる「動機づけ」にも取り組んでみてください。後手にまわらないよう、予防的に行う姿勢をもつことも重要です。 ケアの中身における最大のポイントは、繰り返してきたとおり「きれいにして、保湿すること」。今日からぜひ意識して実践してください。 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

× 会員登録する(無料) ログインはこちら