災害時対応に関する記事

特集
2022年10月18日
2022年10月18日

[3]訪問看護BCPをリソース中心に考えてみよう

この連載では「訪問看護BCP研究会」の発起人のお一人、日本赤十字看護大学の石田千絵先生に訪問看護事業所ならではのBCPについて解説していただきます。第3回からいよいよ実践的な内容に入っていきます。今回は、全国訪問看護事業協会が作成したBCPのひな形を参照しつつ、リソース(資源)を中心に考えるBCP策定について教えていただきます。 【ここがポイント】・BCPにおけるリソース(資源)は、事業継続に必要な「ヒト・モノ・カネ・情報」の4つに分けて考えることができます。・事業者にとっての災害は「事業継続のためのリソースが足りなくなること」であり、リソースの確保と、それを活用するための手立てを整えておくことがリソース中心のBCPといえます。 今回は、全国訪問看護事業協会が作成した「自然災害発生時における業務継続計画(BCP)-訪問看護ステーション向け-」のうち、「Ⅱ 訪問看護ステーションの事業継続計画(BCP) 考え方と記載例」を参考に進めていきたいと思います。 このガイドラインの「1.総論」にまとめられている「基本方針」「推進体制(災害時の対応体制)」「事業所周辺のリスクと被害想定」について具体的に学んだのちに、「2.平常時の対応」と「3.緊急時(~復旧における事業継続にむけた対応)」の要となるリソース(資源)に注目したBCP策定の考え方をご紹介します。 基本方針 BCPのひな形の最初に記すべき事柄が「基本方針」です。事業所の基本方針、または災害対策における基本方針を記載します。BCP策定における基本方針となりますので、概ねの方針だけでも記しておくと一貫性のあるBCPをつくることができると思います。 また「基本方針」は、被災後の「想定外」な出来事への対応の判断基準ともなり得ます。BCPで災害発生後に起こり得る事象を時間軸に応じて想定し、あらかじめ対策を検討しておいても「想定外」な出来事が起こりますので、被災後で混乱している状況下での適切な判断・行動の指針としても「基本方針」が大切なのです。 「基本方針」の記載例1には、「災害時には、事業所職員の命と安全を第一に守り、担当している利用者の安否確認、安全確保に尽力し、早期の事業の復旧、継続を目指す」1)とあります。この事業所の例では、看護職の職務を全うする以前に、「職員の命と安全を第一に守る」とされている点がポイントとなります。BCP策定においても、「想定外」の出来事が起きた場合でも、「職員の命と安全を守る」という方針に基づいて検討することになります。 推進体制(災害時の対応体制) 推進体制として「主な役割」「部署・役職」「氏名」「補足」ほかを示します。責任者・災害対策本部長、スタッフ情報管理担当、利用者・家族情報管理担当、労務管理担当、設備インフラ担当などの「主な役割」に対して事前に役割を決めておきます。その際、それぞれの役割担当者に対して、リーダーやサブリーダーを配置できるとよりよいです。災害対策や災害マニュアルで取り決めてきた体制を記載するか、BCPの視点で役割を検討して示します。ヒト(スタッフ)・ヒト(利用者/家族)・モノ・カネ・情報に関して網羅されているか、確認をしてください。 事業所周辺のリスクと被害想定 ハザードマップを活用 自然災害のリスクは、市区町村のホームページなどで公開されている「ハザードマップ」で調べましょう。 「ハザード(hazard)」とは日本語で、災害などの危険・危機や、その原因となるものであり、具体的には、地震・洪水・津波・火山、病原菌・ウィルスなどを指します。ハザードマップは、河川や津波による水害、台風や地震による土砂災害など、ハザードの種類毎に危険度が示されたマップ(地図)です。ハザードマップを確認することで、災害の種類ごとに異なる事業所周辺のリスクを適切に把握することができます。 余談ですが、「災害」と「ハザード」は同意語ではありません。災害は、ハザードに人や社会の脆弱性が重なったときに起こるものです。通常地震が起こりにくい国ですと、震度5強の震災で多数の家が倒壊し、多数の死傷者を伴う災害として報道されることがありますが、日本の建築基準法に基づいた家屋であれば倒壊しないことも多く、さらにほかに被害がない場合、「災害」にはならないのです。地震などのハザードを防ぐことはできませんが、地震による災害はある程度の予防ができるのです。 交通やライフラインに関する被害を想定 被害想定としては、市区町村全体でどのようなハザードがあるのか、ハザードにより交通やライフラインに関する被害の想定をするとよいです。例えば、「A町では、〇〇地震が30年以内に70%の確率で起こり、最大で震度6が想定されている。また、毎年のように台風の被害があり、河川の氾濫により事業所が水没する可能性がある」などです。 次に、ハザードマップで最も危険度が高く示されている事象を選択し、想定された被害について具体的にシミュレーションしてみましょう。「震度6の場合、△△線の不通と▲▲通りの閉鎖が想定され、電車や車での訪問は困難になる」「ライフライン(電力・ガス・水道など)」は、「事業所の電力の停電でPCの使用不可・充電不能、固定電話の使用不能、ガスの使用不可、水道の不通により飲料水・手洗いの使用不可」などです。自施設で影響を受ける想定と同時に、それらがいつまで続くのかを想定しておきます。(▶参照ひとくちメモ「ライフラインの応急復旧のめど、どう立てるの?」) 被災から10日程度の自施設を中心とした事象について、より具体的に想定ができるようになると、災害直後から10日程度の対策も十分に検討することができます。もしも、被災状況の時系列での変化が想定できない方は、 BCP を策定したのちに、改めて過去の震災や自然災害の記事をみなさんで読んだり調べたりするような研修も計画されるとよいと思います。まずは、一度、粗くてもよいので、BCP策定を進めていくことをおすすめします。第3回の内容を概ね検討できましたら、第4回の「優先業務・重要業務の選定」に進んでください。 なお、「1.総論」には「研修・訓練の実施」「BCPの検証・見直し」など、事業継続マネジメント(BCM;Business Continuity Management、以下BCMとする)を記す項目が残されていますが、BCMについては第8回で説明をいたします。 リソースに注目したBCP策定の考え方 「1.総論」の推進体制でも責任者・災害対策本部長という災害時の体制のほか、ヒトや情報(スタッフ情報管理担当、利用者・家族情報管理担当)、モノ(設備インフラ担当)・カネ(労務管理担当)というように、ヒト・モノ・カネ・情報といったリソース(資源)の視点で確認をしてきました。事業継続に必要なものも同様に、リソース(ヒト・モノ・カネ・情報)で表すことが可能です。それは、リソースの視点から災害を再定義することができるからです。 先ほど、災害とハザードの関係を説明しましたが、事業所にとっての災害とは、「災害現象によって事業の継続に支障が出る、あるいは事業が継続できなくなること」と言い換えることができます。また、事業継続ができなくなる理由もリソース不足によるものであることから、「事業継続のためのリソースが足りなくなること」が事業者にとっての災害であると再定義できます。このようにリソースの観点から災害を再定義しますと、地震などのハザードが生じても、事業継続のためのスタッフ、カネ、医療資器材などのリソースが潤沢であれば、事業継続は可能であり、事業者にとっては災害にはならないのです2)。 「自然災害発生時における業務継続計画(BCP)-訪問看護ステーション向け-」の「2.平常時の対応」と「3.緊急時(~復旧における事業継続にむけた対応)」がリソースに注目したつくりになっているのは、リソース中心のBCP、すなわち「リソース不足が起こることを想定したリソースの確保と、それを活用するための手立てを整えておくこと」2)が、ハザードを災害にしないための重要なポイントとなるためです。 * 次回は、「1.総論」の中でも策定でつまずくことの多い「優先業務・重要業務の選定」を中心に学んでいきたいと思います。「2.平常時の対応」と「3.緊急時(~復旧における事業継続にむけた対応)」では重要業務・優先業務のリソースについて検討していきますので、とても大切な部分になります。 ひとくちメモ ライフラインの応急復旧のめど、どう立てるの?電気・ガス・水道が大規模地震で使用できなくなった場合、できなくなった理由にもよりますが、過去の震災ではガスよりも電気の復旧が最も早いことが知られています。 東京都防災会議によりますと、電気の応急復旧は、23区部で7日、多摩で7日。上水道は23区部で31日、多摩で13日、下水道は区部で16日、多摩で4日。ガスは57日、電話は区部で14日、多摩は8日で応急復旧がなされることが想定されています3)。 各都道府県の防災会議などで被害想定やライフラインの応急復旧想定がなされていますので、一度確認されるとよいです。それらの情報は、「自然災害発生時における業務継続計画(BCP)-訪問看護ステーション向け-」のひな形「1.総論 5)災害情報の把握」に災害情報収集先とURLなどを記す欄がありますので、記載しておくとよいでしょう。 施設の場合では、ライフラインの復旧は業務継続にとってより重要な要件となります。訪問看護事業所では、業務継続に施設ほどの直接的な影響はないのですが、間接的な影響を与えます。電気が通らないことによるPCやスマートフォンの充電、固定電話の使用ができないなどの情報に関わる問題や、呼吸器を装着している利用者への対応などです。 特に呼吸器装着者などの利用者にとっては、命にかかわる重要な問題が関係していますので、いずれにしても、災害時のライフラインについての想定は必要です。 執筆 石田 千絵日本赤十字看護大学看護学部地域看護学 教授 ●プロフィール1989年聖路加看護大学(現 聖路加国際大学)卒業後、聖路加国際病院他で勤務。1995年阪神淡路大震災および地下鉄サリン事件を契機に、地域×災害に関わる教育や研究を始めた。災害の備えは「平時に自分らしく生き、かつ、社会的によい関係性を保つこと」がモットー。看護学博士。 「訪問看護BCP研究会」とは、2016年にケアプロ株式会社、日本赤十字看護大学、東京大学他の仲間による訪問看護×BCPに特化した研究会。毎月1~2回程度で研究や研修などを行っている。▼訪問看護BCP研究会のホームページはこちら ※記録様式のダウンロードも可能です。 記事編集:株式会社照林社 【引用文献】1)全国訪問看護事業協会.「自然災害発生時における業務継続計画(BCP)-訪問看護ステーション向け-」,2020,p.10.2)菅野太郎著.「リソース中心のBCPの考え方」,BCP研究会編著.『訪問看護事業所のBCP』,東京,日本看護協会出版会,2022、p.30-31. 3)東京都防災会議.「東京都における直下地震の被害想定に関する調査報告書」,1997.

特集
2022年10月11日
2022年10月11日

[2]既存の資料からからBCPを読み解いてみよう

この連載では「訪問看護BCP研究会」の発起人のお一人、日本赤十字看護大学の石田千絵先生に訪問看護事業所ならではのBCPについて解説していただきます。今回は、既存のBCPに関する資料を参考にしつつ、訪問看護事業所のBCPに必要な内容について教えていただきます。 【ここがポイント】・従来の災害対策とBCPの共通点は、災害時に組織的な活動ができるよう体制を整えるために策定することです。・BCPは、重要業務の遂行を継続・復旧させるための計画であり、想定する期間は数ヵ月先にも及びます。ゆえに、相違点は、復旧の具体性と想定する期間です。 第2回は、従来の自然災害対策とBCPの共通点や相違点を明らかにした上で、厚生労働省老健局の「介護施設・事業所における自然災害発生時の業務継続ガイドライン」や全国訪問看護事業協会のBCPのひな形など、既存の自然災害に関わる資料を紐解き、BCPに入れるべき内容について学んでいきましょう。 自施設における災害対策とBCPの共通点 はじめに、視点を国から自施設に下ろして(鳥の目から虫の目に近づけて)、自施設における従来の災害対策とBCPにおける共通点を見ていきましょう。 災害対策もBCPも事前に自施設のある地域で起こり得る災害リスクを想定し事前に対策を講じます。ハザードマップを用いて自施設の地域のハザードを把握しておきます。 被災直後は、大規模地震災害の原則であるCSCATTT(図1)に基づき対応します。CSCAが医療マネジメントで、TTTは医療的支援です。広域災害の現場で、初めて出会う人びとが即時に組織を構築し、同じ方向性を持って活動を行うための共通の方針ですが、病院や施設、訪問看護事業所においてもCSCAは重要です。 そのほか、図2と図3を見ても、発災直後を想定した方針や危機管理体制、スタッフの参集基準や連絡網の設定、発災後の活動については共通点といえます。 図1 大規模地震災害の原則 従来の災害対策とBCPとの相違点 BCPとは「重要な事業(または業務)を中断させない、または中断しても可能な限り短い期間で復旧させるための方針、体制、手順等を示した計画」です1)。従来の災害対策マニュアルなどになくてBCPには記されている事柄を、定義や図1を用いて端的に見てみますと、「優先業務(重要業務)の選定」「BCP発動基準」「復旧目標」「復旧させるための方針・体制・手順」といった言葉が目に留まると思います。 BCPは、優先業務・重要業務の継続や一時中断しても復旧させるための計画なので、自施設における優先業務・重要業務は何か? を選定した後に、優先業務・重要業務が具体的にどのようなリソースによって成り立ち、そのリソースは災害時にどのようなリスクにさらされるのか? リスクに対してどのようにリソースを再獲得したり代替したりするのか? 想定外のリスクが生じた場合、どのような方針に基づいてその都度判断するのか? などを想定し検討しておきます。 優先業務・重要業務の遂行を継続・復旧させるために、より具体的なリスク想定とその対応を検討して備えておく点が、BCPを策定する本質的な意図となります。その結果、数ヵ月先の復旧に関わる想定までをBCPでは検討しますが、従来の災害対策では発災直後から1週間程度を想定してつくられていますので、具体性と想定する期間が異なるといえます。 「BCP発動基準」と「復旧目標」 ところが、BCPを遂行する際に必要な「BCP発動基準」や「復旧目標」については、唯一の基準や目安が存在するわけではありません。モノづくりの企業と訪問看護事業所とでは、優先業務・重要業務や連携する職種や機関などが異なりますし、病院や介護施設とも異なります。 特に「優先業務・重要業務の選定」では、訪問看護の対象者・家族の疾患や生活によって優先度・重要度を考えた場合、呼吸器疾患の独居の利用者は、介護力の高い家族のいるリハビリテーションで利用している利用者よりも優先度・重要度は高いのですが、優先度・重要度の低い利用者・家族への訪問看護であっても、レセプトなどのほかの業務に比べると優先度・重要度は明らかに高い業務といえます。 そのため、「復旧目標」の決め方も一筋縄ではいきません。「BCP発動基準」は、例えば震度5弱以上で発動させるといった設定は可能ですが、同じ震度で被災しても実際の被災状況までは事前に想定しきれませんので、「復旧目標」の時期を決めることはきわめて困難であると考えます。 事前にわかっていることは、リソースの中でも「カネ」や「ヒト」に関わる基準です。被災後2ヵ月のスタッフの給与支払いに問題が生じないことや、1ヵ月程度でスタッフの心と身体に積極的ケアが必要になるという経験知を活かし、私が所属しているBCP研究会では「復旧目標」を1ヵ月単位で設定することを推奨しています。 厚生労働省老健局 業務継続計画ガイドライン 図2は、厚生労働省老健局が作成した「介護施設・事業所における自然災害発生時における業務継続計画ガイドライン」で示されている「自然災害BCPのフローチャート」2)です。 1~5章で構成されており、「1章 総論」「4章 他施設との連携」「5章 地域との連携」が参考になると思います。2章と3章は、施設用の内容となっています。 図2 自然災害(地震・水害など)BCPのフローチャート 厚生労働省老健局.「介護施設・事業所における自然災害発生時の業務継続ガイドライン」,2020,p.8より引用.https://www.mhlw.go.jp/content/000749543.pdf 2022/7/11閲覧 訪問看護事業協会 自然災害発生時における業務継続計画(BCP) 図3は、全国訪問看護事業協会が作成した「自然災害発生時における業務継続計画(BCP)-訪問看護ステーション向け-」3)の目次(抜粋)です。 厚生労働省老健局のフローチャートに基づき、訪問看護事業所が使えるように、2と3の項目がつくり替えられています。訪問看護事業所では、訪問看護などの優先業務・重要業務を考えますと、電気・ガス・水道などのライフライン以上に、スタッフなどの人的資源、衛生資材などの物理的資源など、資源(リソース)に注目することが有効なためです。 リソースに注目することで、具体的にBCP策定の検討が進みやすくなりますし、自施設内で対応しきれない場合に地域・他組織とどのように連携するとよいかという検討もしやすくなります。 図3 「自然災害発生時における業務継続計画(BCP)」の目次(「Ⅱ 訪問看護ステーションの事業継続計画(BCP) 考え方と記載例」の項目を抜粋) 全国訪問看護事業協会.「自然災害発生時における業務継続計画(BCP)―訪問看護ステーション向け―」,2020,p.2-3.より引用.https://www.zenhokan.or.jp/wp-content/uploads/r2-1-3.docx2022/7/11閲覧 BCP策定はまだまだ間に合う! 今回は、従来の災害対策とBCPの共通点と相違点を中心に学びました。BCP策定をする際に多くの人が迷う「復旧目標」の考え方や、厚生労働省および全国訪問看護事業協会のBCPひな形についても言及させていただきました。 令和2年度に実施された「訪問看護事業所の災害時における事業継続計画(BCP)の実態調査」によると、2020(令和2)年4月時点で、BCPを「策定済だった」「策定中だった」「策定を検討していた」事業所は、合わせて34.1%であり、その内容には偏りがあったとされています4)。BCPを策定している/検討をしている事業所であっても、内容までは十分に検討されていなかったことがわかります。 まだ何も手をつけていないけれど、2024(令和6)年3月までに策定できるのだろうか? つくってみたけれど、これでよいのだろうか? など、不安な気持ちを抱いている方が多いと思いますが、まだまだ間に合います。でもせっかくつくるのなら、実効性の高いBCPがよいと思いますので、次回はリソース(資源)に注目して、具体的なBCP策定の考え方をご紹介していきます。 執筆 石田 千絵日本赤十字看護大学看護学部地域看護学 教授 ●プロフィール1989年聖路加看護大学(現 聖路加国際大学)卒業後、聖路加国際病院他で勤務。1995年阪神淡路大震災および地下鉄サリン事件を契機に、地域×災害に関わる教育や研究を始めた。災害の備えは「平時に自分らしく生き、かつ、社会的によい関係性を保つこと」がモットー。看護学博士。 「訪問看護BCP研究会」とは、2016年にケアプロ株式会社、日本赤十字看護大学、東京大学他の仲間による訪問看護×BCPに特化した研究会。毎月1~2回程度で研究や研修などを行っている。▼訪問看護BCP研究会のホームページはこちら ※記録様式のダウンロードも可能です。記事編集:株式会社照林社 【引用文献】1)内閣府.「事業継続ガイドライン-あらゆる危機的事象を乗り越えるための戦略と対応-」,2013.2)厚生労働省老健局.「介護施設・事業所における自然災害発生時における業務継続計画ガイドライン」,2020.https://www.mhlw.go.jp/content/000749543.pdf2022/7/11閲覧3)全国訪問看護事業協会.「自然災害発生時における業務継続計画(BCP)-訪問看護ステーション向け-」,2020.4)全国訪問看護事業協会.「令和2年度 一般社団法人全国訪問看護事業協会研究助成(一般)報告書」,2022.https://www.zenhokan.or.jp/wp-content/uploads/researchgrant2020.pdf 2022/7/11閲覧

特集
2022年10月4日
2022年10月4日

[1]そもそもBCPって何だろう?

訪問看護事業所にも策定が義務づけられたBCP。みなさんはもう準備をはじめていますか? この連載では、訪問看護事業所ならではのBCPについて「訪問看護BCP研究会」の発起人のお一人、日本赤十字看護大学の石田千絵先生に全8回にわたって解説していただきます。第1回の今回はBCPへの理解を深めるため、国の災害対策を振り返りつつBCPが必要になってきた背景を教えていただきます。 【ここがポイント】・訪問看護事業所においても災害時や感染症への対応強化を図る目的で、「業務」と「事業」を継続させるBCPの策定が義務づけられました。・訪問看護事業所では2024(令和6)年3月31日までにBCP策定に取り組む必要があります。 BCP策定の義務化 近年の度重なる自然災害に加え、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)などで人々の健康危機が続くなか、訪問看護事業所などに関わる皆様におかれましては、日々ご活躍のことと思います。 これからの時代、自然災害やパンデミックを引き起こす感染症が発生した場合であっても、訪問看護事業所などは、必要なサービスを継続的にご利用者様に提供できる体制を構築することが大切です。すべての事業所が業務継続をすることで利用者への継続訪問を可能にし、事業継続できることで地域医療に貢献できるからです。そこで、国は、すべての訪問看護事業所などを対象に、事業継続に向けた計画などの策定、研修の実施、訓練の実施などを、2024(令和6)年3月31日までに取り組むよう義務づけました1)2)。いわゆる、BCP策定の義務化です。 BCPの定義 BCPは、Business Continuity Plan(業務/事業継続計画)の略です。内閣府によると、「大地震等の自然災害、感染症のまん延、テロ等の事件、大事故、サプライチェーン(供給網)の途絶、突発的な経営環境の変化など不測の事態が発生しても、重要な事業を中断させない、または中断しても可能な限り短い期間で復旧させるための方針、体制、手順等を示した計画のこと」と定義されています3)。 なお、Businessは、「業務」や「事業」の双方の意味合いで用いられ、訪問看護事業所における重要な「業務」である訪問看護などを継続させるだけでなく、訪問看護事業所の「事業」を継続させる意味を含みます。 わが国の災害対策 では、なぜBCP策定が注目されることになったのでしょうか? わが国における近年の災害対策と併せて説明していきたいと思います。 日本列島は、「地震、津波、暴風、竜巻、豪雨、地滑り、洪水、崖崩れ、土石流、高潮、火山噴火、豪雪など極めて多種の自然災害が発生しやすい自然条件下に位置する」4)と防災基本計画に記載されています。歴史的にも大規模な自然災害が多くありましたが、戦後、大きな震災がないまま経過し、1995(平成7)年1月に阪神・淡路大震災が起きました。さらに、同年3月にわが国で初めてのテロ事件である、地下鉄サリン事件が起きました。大規模な都市型自然災害と未曽有のテロ事件が起きたため、平成7年を災害元年として、国が主導して危機管理に力が注がれていきました。 大規模自然災害では、災害時要配慮者に災害関連死が多いという事実が注目され、「避けられた災害死」への対策として、災害拠点病院(災害時における初期救急医療体制の充実強化を図るための医療機関)、DMAT(Disaster Medical Assistance Team、災害派遣医療チーム)、EMIS(Emergency Medical Information System、広域災害救急医療情報システム)などのしくみがつくられました。また、「災害対策基本法」や「災害救助法」など、従来からある法律の改定では対応しきれないニーズ、すなわち、被災者の生活の立ち上がりを迅速、かつ確実に支援するために、「被災者生活再建支援法」が1998(平成10)年に制定されるなど、必要に応じて法の改定や策定もなされてきました。 2011(平成23)年3月11日の東日本大震災では「避けられた災害死」(近年は「防ぎえた死」を使用します)だけでなく、「二次健康被害の最小化」が注目されました。災害時保健医療対策の3本柱(①医療救護(救急)体制の構築、②保健予防活動、③生活環境衛生対策)の遂行のためにも、ニーズとリソースの調整や支援と受援の調整を行う都道府県の本庁や保健所の指揮命令部署を支援するチームとして、DHEAT(Disaster Health Emergency Assistance Team、災害時健康危機管理支援チーム)が必要とされました。2016(平成28)年の熊本地震では、はじめてDPAT(Disaster Psychiatric Assistance Team、災害派遣精神医療チーム)が出動し、2018(平成30)年の西日本豪雨で、はじめてDHEATが派遣されました。 このように、保健医療に関わるしくみは必要に応じて策定され、実働してきました。 災害拠点病院におけるBCP策定義務化 さて、改めてBCPの流れを見ていきましょう。話は2011(平成23)年にさかのぼります。東日本大震災における課題と対応について、「災害医療等のあり方に関する検討会」で検討された結果、「医療機関が自ら被災することを想定して防災マニュアルを作成することが有用。さらに、医療機関は、業務継続計画を作成することが望ましい。」と報告されました5)。 この結果を受けて、2012(平成24)年3月の医政局長通知で、医療機関におけるBCP策定が努力義務とされ、2017(平成29)年3月の通知では、災害拠点病院指定要件が一部改正され、被災後、早期に診療機能を回復させるためのBCP策定、研修および訓練の実施、地域医療関連機関・団体などとの訓練の実施を、2019(平成31)年3月までに整備・実施するよう義務付けられました6)。 なお、2018(平成30)年の調査でBCP策定をしていなかった災害拠点病院は28.8%だったのですが、2019(平成31)年の調査結果では、(指定を返上した1病院を除く)すべての災害拠点病院が、BCP策定を行っていました7)。 COVID-19と訪問看護事業所におけるBCP策定義務化 自然災害が毎年のように起こるなかで、COVID-19によるパンデミックが起き、介護施設や訪問看護事業所などによるサービスの継続的な実施が一部危機状態に陥ったことなどの影響もあり、介護報酬および診療報酬における法律が見直され、すべての訪問看護事業所においてBCP策定が義務づけられたのです。 * 次回は、訪問看護事業所におけるBCP策定の実態や厚生労働省のBCPひな形など、既存の資料から、災害対策とBCPの違いやBCPで作成すべき内容について、説明していきたいと思います。 執筆 石田 千絵日本赤十字看護大学看護学部地域看護学 教授 ●プロフィール1989年聖路加看護大学(現 聖路加国際大学)卒業後、聖路加国際病院他で勤務。1995年阪神淡路大震災および地下鉄サリン事件を契機に、地域×災害に関わる教育や研究を始めた。災害の備えは「平時に自分らしく生き、かつ、社会的によい関係性を保つこと」がモットー。看護学博士。 「訪問看護BCP研究会」とは、2016年にケアプロ株式会社、日本赤十字看護大学、東京大学他の仲間による訪問看護×BCPに特化した研究会。毎月1~2回程度で研究や研修などを行っている。▼訪問看護BCP研究会のホームページはこちら※記録様式のダウンロードも可能です。記事編集:株式会社照林社 【引用文献】1)厚生労働省.「指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準の一部を改正する省令」,2021.2)厚生労働省.「指定訪問看護の事業の人員及び運営に関する基準の一部を改正する省令」,2022.3)内閣府.「事業継続ガイドライン-あらゆる危機的事象を乗り越えるための戦略と対応-」,2013.4)内閣府.「防災基本計画」,2022.https://www.bousai.go.jp/taisaku/keikaku/pdf/kihon_basicplan.pdf2022/7/11閲覧5)厚生労働省:災害医療等のあり方に関する検討会 報告書(平成23年10月)https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001tf5g-att/2r9852000001tf6x.pdf2022/7/11閲覧6)第14回救急・災害医療提供体制等の在り方に関する検討会.「病院の業務継続計画(BCP)の策定状況について」,2019.https://www.mhlw.go.jp/content/10802000/000511797.pdf2022/7/11閲覧7)厚生労働省.「病院の業務継続計画(BCP)策定状況調査の結果」,2019.

特集 会員限定
2022年9月27日
2022年9月27日

【セミナーレポート】vol.3 具体的なBCP策定手順 後編/BCP策定へのSTEP~いのちと暮らしを守る、継続可能な業務計画を考える~

2022年6月24日(金)に実施したNsPace(ナースペース)オンラインセミナー「BCP策定へのSTEP~いのちと暮らしを守る、継続可能な業務計画を考える~」では、WyL株式会社 代表取締役で現役看護師の岩本大希さんを講師に迎え、2024年から義務化される訪問看護ステーションのBCP策定について考えました。セミナーレポート最終回となる今回は、その中で紹介された全8STEPのBCPの策定手順のうち、STEP4〜8(BCP発動~地域連携、運用訓練まで)をまとめます。※約60分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】岩本 大希さんWyL株式会社 代表取締役/ウィル訪問看護ステーション江戸川 所長/看護師・保健師・在宅看護専門看護師2016年4月にWyL株式会社を創立し、直営で2店舗、関連会社でフランチャイズ4店舗を運営(2020年12月現在)。訪問看護現場におけるBCPの重要性にいち早く着目し、2021年には厚生労働省が推進する研究事業(厚生労働科学特別研究事業)「在宅医療の事業継続計画(BCP)策定に係る研究」に参画。 目次▶ 【STEP 4】業務の評価と分析 ・業務の洗い出しと評価 ・優先業務のリスクの分析▶ 【STEP 5】エスカレーションの整理▶ 【STEP 6】計画のまとめと運用ルールの確認▶ 【STEP 7】「連携型BCP」「地域包括BCP」の策定▶ 【STEP 8】演習、トレーニングの実施 --> ▶ 【STEP 4】業務の評価と分析 STEP4では、既存の業務の整理を行います。以下の2つの段階を踏んで見直していきましょう。 業務の洗い出しと評価 まずは平時の業務を洗い出してリスト化し、それぞれ以下の3つの優先度に分類していきましょう。 ①優先業務:災害時にも継続する必要がある業務②縮小業務:優先度は中程度。縮小または変更することが可能な業務③一時休止業務:優先度が低く、一時的に休止が可能な業務 例えば地震が起こった際はどうなるでしょうか? 看護がないと生活できない利用者さんはたくさんいるので、頻度を減らす可能性こそありますが、おそらく訪問は行かなければならないですよね。しかし、他の機関との連携や調整は縮小してもいいのではないか。同行訪問してのOJTや座学の教育は状況が落ち着くまで休止することにしよう。そういった形で、業務の優先順位を決めていきます。 優先業務のリスクの分析 継続しなければならない優先業務が明確になったら、その業務のリスク分析をしていきましょう。具体的には、どんな要因(ボトルネック)で業務を続けられなくなるのか、継続が困難になった際の代替手段はあるのかを考えます。これもSTEP2でご紹介したシナリオの想定と同じように、「ヒト」「モノ」「カネ」「ライフライン」「情報」という5つの観点で整理をしていきます。 このように業務の評価と分析をきちんと行うことで、事業継続の可能性を確実に高める計画を立てられます。 ▶ 【STEP 5】エスカレーションの整理 続くSTEP5では、「エスカレーション」という考え方に基づいて、特定の条件下でどんな対応をしていくかをまとめます。エスカレーションとは、端的にいうと危険度に応じて適切な対応をとること。危険度は被害のレベルとほぼ同じ意味と考えてもらえるとわかりやすいかと思います。被害をこうむる立場の視点で危険度を4つの段階に分類し、それぞれのステージで起こすべきアクションを決めて、シートにまとめていきましょう。各ステージの大まかなイメージは以下のとおりです。 ステージ1:災害対応マニュアルなどを活用し、リスク発生から一週間ほどで業務を復旧できるレベル。 ステージ2:業務復旧に時間がかかり、一部の業務を縮小あるいは休止し、優先度の高い業務だけに絞って続けていくレベル。BCPを発動する段階。 ステージ3:事業所単位では業務の復旧ができないレベル。近隣の訪問看護ステーションに人員を融通してもらったり、一部の利用者さんの訪問を任せたり、連携型BCPを発動してサバイブしていく段階。 ステージ4:すべての業務を中断し、避難しなければならないレベル。場合によっては事業所をクローズすることも。東日本大震災などはこのステージ4にあたる。 ▶ 【STEP 6】計画のまとめと運用ルールの確認 STEP1〜5までの検討内容をひとつの文書にまとめます。シートや冊子など、形式は各事業所で使いやすい形を自由に選んでください。このSTEP6までのアクションで、事業所単位でのBCP策定は完了となります。しかし、BCPはつくることがゴールではなく、完成後はきちんと運用し、リスク発生時に確実に対応できる状態を維持することが必要です。そのためには、定期的に内容を見直す担当者は誰か、発動者は誰か、改めて整理しましょう。また、完成した文書がスタッフ一人ひとりに行き渡るようにする方法も考え、実践してくださいね。 ▶ 【STEP 7】「連携型BCP」「地域包括BCP」の策定 事業所のBCPが完成したら、自分の事業所だけでは対応できない事態になった場合の協力体制の検討、つまり「連携型BCP」や「地域包括BCP」づくりにも取り組んでみましょう。このとき、近隣の訪問看護ステーションに協力依頼をした際の診療報酬の請求ルールについても考え、協定や事前契約を結んでおくと安心です。 ▶ 【STEP 8】演習、トレーニングの実施 演習を行ってBCPで決めた行動をとれるか確認したり、方針や自分がやるべきことを覚えるトレーニングをしたりすることも重要なステップです。実際に動く中で、足りないことを発見できる可能性もあるでしょう。よりよい計画にアップデートするためにも、ぜひ時間をつくって取り組んでください。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

特集 会員限定
2022年9月20日
2022年9月20日

【セミナーレポート】vol.2 具体的なBCP策定手順 前編/BCP策定へのSTEP~いのちと暮らしを守る、継続可能な業務計画を考える~

2022年6月24日(金)、NsPace(ナースペース)のオンラインセミナー「BCP策定へのSTEP~いのちと暮らしを守る、継続可能な業務計画を考える~」を開催しました。講師は、厚生労省の「在宅医療の事業継続計画(BCP)策定に係る研究」のメンバーであり、訪問看護ステーションの所長として現場でも活躍する、WyL株式会社 代表取締役の岩本大希さん。セミナーレポート第2回となる今回は、セミナーで紹介された全8STEPのBCPの策定方法のうち、STEP1〜3(平時の備え〜リスク発生直後)までをまとめます。※約60分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】岩本 大希さんWyL株式会社 代表取締役/ウィル訪問看護ステーション江戸川 所長/看護師・保健師・在宅看護専門看護師2016年4月にWyL株式会社を創立し、直営で2店舗、関連会社でフランチャイズ4店舗を運営(2020年12月現在)。訪問看護現場におけるBCPの重要性にいち早く着目し、2021年には厚生労働省が推進する研究事業(厚生労働科学特別研究事業)「在宅医療の事業継続計画(BCP)策定に係る研究」に参画。 目次▶ 【STEP 1】BCP策定の目的や方針、体制の決定▶ 【STEP 2】リスクの分析・評価 ・リソースを確認する ・リスクを抽出し、マッピングする ・リスクごとにシナリオを作成する ・各シナリオのリスク値を算定し、優先度を整理する ・対策の検討体制を決める▶ 【STEP 3】緊急・初期対応の整備 ・アクションカード ・マネジメントカード --> ▶ 【STEP 1】BCP策定の目的や方針、体制の決定 まずはBCP策定の目的と基本方針を明らかにするとともに、検討チームの体制を整えます。誰がルールづくりを主導、あるいは見直すのか。有事の際に「BCPを発動します」と宣言する発動者は誰か。また、その担当者が何らかの事情で機能しないとき、次点は誰か。そこまで考えておけると安心です。なお、体制の構築においては、管理者や意思決定者だけでなく現場のスタッフまで巻き込むことがポイント。みんなでつくることで、いざ発動したときの実行可能性を高められるでしょう。 ▶ 【STEP 2】リスクの分析・評価 続いて、以下の手順で事業所が抱える現状の課題を把握していきましょう。 リソースを確認する まずは、事業所のリソースを整理することから始めます。例えば、有事の際にどれくらいの人員がすぐに対応できるのかを考えてみましょう。歩いて事務所に来られる距離に住んでいるのは誰か。育児や介護などの制限がなく、夜間でも動きやすいのは誰か。プライバシーに配慮しつつ、可能な範囲でお互いの状況を理解しておくことが大切です。 リスクを抽出し、マッピングする 次に、天災や事故、人災など、起こりうるリスクを抽出し、マッピングしていきます。『人命や事業の継続に対する影響』を縦軸にして大きいものほど上に、『頻度』を横軸にして高いものほど右にリスクを配置していきましょう。つまり、右上に位置するリスクほど警戒しなければならないということになりますね。 なお、土砂崩れや水害が起こりやすい地域や地盤が弱い地域など、立地によって特徴が異なるため、このマッピングの結果はさまざま。事業所の環境などを改めて確認し、反映してください。マッピングが完了したら、その結果を「リスクアセスメントサマリー」として、簡単な文章にまとめます。「●●は頻度が高いので確実に備えが必要」「●●(大地震など)は頻度こそ低いが起こったとき影響が極めて大きく、長期的な備えが必要」などといった形です。 リスクごとにシナリオを作成する 抽出したリスクごとに、「ヒト」「モノ」「カネ」「ライフライン」「情報」5つの観点でシナリオを作成します。どんな『最悪の事態』が起こるかを具体的に想定する作業です。例えば、地震が起きたときのことを少し考えてみましょう。「ヒト」に発生する悪いシナリオとしては、安否確認ができない、交通網が断絶あるいは運行していない時間帯で参集できない、訪問先で被災した、などといったことが挙げられます。そうやって整理していくと、さまざまなリスクに共通する要素、つまりは早急に対応すべき課題が見えてきます。 各シナリオのリスク値を算定し、優先度を整理する シナリオを作成したら、それぞれの「リスク値」を計算しましょう。以下の基準でシナリオの影響度を1〜3点、脆弱性を1〜4点で評価し、「脆弱性×影響度」で算出します。 <影響度→シナリオが起こったときの影響の大きさ>1点:あまり/ほとんど影響がない2点:影響はあるが、業務中断には至らない3点:影響は極めて深刻<脆弱性→シナリオについて対策がどれくらいとられているか>1点:十分な対策がとられており、定期的に点検もしている2点:対策はとられているが、たまにしか点検していない3点:対策はとられているが、まったく点検していない4点:まったく/ほとんど対策がとられていない/わからない 『リスク値が高いシナリオ=優先して対策を練るべきシナリオ』となります。とくに9点以上になるものは早急に着手しなければなりません。 対策の検討体制を決める 対策を立てるべきシナリオが明確になったら、優先度が高いものから検討体制を決めていきましょう。誰がいつまでにやるのかを明確にし、放置されないようにしてください。 ▶ 【STEP 3】緊急・初期対応の整備 続いて、緊急・初期対応を考えていきます。基本的には既存の災害対策マニュアルを使用してもらえれば問題ないかと思いますが、以下のツールも用意し、状況に合わせて活用するといいでしょう。 アクションカード 何らかのリスクが発生した際に配る『やることリスト』が記載されたカードです。例えば病院なら、「●●号室の電気を確認する」「自動ドアを開ける」などと書かれたカードを師長が配布し、スタッフはそのとおりに行動します。 ただし訪問看護ステーションの場合は、リスク発生時にスタッフが事務所にいるとは限りません。そのため、起こすべき行動を訪問先や移動中、事務所、自宅など、場所ごとに分けて記載する必要があります。さらに、どこにいてもカードを見られるようにすることもポイント。印刷してラミネートしたものを携帯させたり、PDFデータにして配布、もしくは電子カルテに取り込んだりして、全員が必ず取り出せるようにしておきましょう。 また、カードには「自分の安全確保を最優先にし、帰宅できる場合は自宅に戻ってほしい」など大原則となる方針を記載し、全員で意識を合わせておくのがおすすめです。スタッフが自身を犠牲にして業務にあたってしまう可能性を排除できます。 マネジメントカード マネジメントカードは、予兆がある、すなわち準備する時間があるリスクへの備えとして使います。例えば台風なら、自治体が発出する警報のレベルに合わせて対応を記載。安否確認や避難誘導、土嚢を積むなど、いつまでに何をすべきかをまとめておけば、それに沿って的確に行動できるでしょう。そのリストを一枚のカードにまとめておくと、実行可能性が高まります。 また、上記のようなツールを準備するとともに、緊急指揮命令系統と安否確認の手順の取り決めもしておいてください。安否確認については、利用者の疾患や家族構成などを基準にあらかじめカテゴリー分けしておき、カテゴリーごとに担当スタッフを決めておくとスムーズです。 次回は「vol.3 具体的なBCP策定手順 後編」についてお伝えします。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

特集 会員限定
2022年9月13日
2022年9月13日

【セミナーレポート】vol.1 BCP策定の基礎知識/BCP策定へのSTEP~いのちと暮らしを守る、継続可能な業務計画を考える~

2022年6月24日(金)に行ったNsPace(ナースペース)主催の訪問看護師向けオンラインセミナー「BCP策定へのSTEP~いのちと暮らしを守る、継続可能な業務計画を考える~」。来年度の診療報酬改定で訪問看護ステーションでもBCPの策定が義務化されることを受け、BCPとはどんなものか、どういう手順でつくればいいのかを、複数の訪問看護ステーションを運営するWyL株式会社 代表取締役の岩本大希さんに教えてもらいました。第1回の本記事では、今知っておきたい基礎知識についてご紹介します。※約60分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】岩本 大希さんWyL株式会社 代表取締役/ウィル訪問看護ステーション江戸川 所長/看護師・保健師・在宅看護専門看護師2016年4月にWyL株式会社を創立し、直営で2店舗、関連会社でフランチャイズ4店舗を運営(2020年12月現在)。訪問看護現場におけるBCPの重要性にいち早く着目し、2021年には厚生労働省が推進する研究事業(厚生労働科学特別研究事業)「在宅医療の事業継続計画(BCP)策定に係る研究」に参画。 目次▶ BCPってどんなもの? 定義と策定が必要な理由▶ 医療領域におけるBCP策定の重要性と難しさ ・医療領域のBCPは独自に作成することが必要▶ BCPと災害対策マニュアルとの違い ・使用する順番は災害対応マニュアル→BCP▶ 同業者や地域の他業種と一緒につくるBCPもある --> ▶ BCPってどんなもの? 定義と策定が必要な理由 近年よく耳にするようになった「BCP」とは、正式には「Business Continuity Planning」といい、日本語では「事業継続計画」と呼ばれています。その名前のとおり、災害をはじめとした何らかのリスクが発生した際、万が一業務を中断せざるを得ない状況になっても、できるだけ早く復旧するための計画のことです。『何らかのリスク』とは、具体的には以下のようなものが挙げられます。 自然災害(天災):地震・台風・水害・土砂崩れ・積雪・感染症・火災技術的リスク(事故):停電・上水道停止・下水道機能不全・火災・ガス共有停止・PCシャットダウン人為的リスク(人災):多数傷病者事故・テロ BCPを策定する理由は、端的にいうと『亡くなってしまう方を減らすため』。BCPをきちんと策定し、それに準じた対応をすることで、災害それ自体でいのちを落とす方の数、または二次災害を含めた関連死の件数を半減させられる可能性があるといわれています。ちなみに、この『亡くなってしまう方』の中には、利用者さんだけでなく従業員も含まれます。つまりBCPの策定は、みなさんの周りにいる大切な人たちの、そしてみなさん自身のいのちを守るための重要なアクションなのです。 ▶ 医療領域におけるBCP策定の重要性と難しさ BCPの策定が早くから進められていた業界の代表例としては、工場をもつ製造業や鉄道をはじめとした交通事業、水道・ガス・電気などのインフラ事業が挙げられます。サービスの供給をストップするわけにはいかない業界が先駆けとなっていることがわかるでしょう。 では、私たちが従事する福祉を含めた医療サービスはどうでしょうか? 間違いなく『公益性が高いインフラ』に該当するはずですよね。そこで2024年度の診療報酬改定で、訪問看護ステーションにもBCPの策定が必須となったのだと考えられます。 医療領域のBCPは独自に作成することが必要 医療現場におけるBCPの策定には課題が多くあります。まず大前提として、医療サービスの提供には高い専門性が求められ、誰でもできるわけではありません。さらに、発災直後に患者数、それも緊急性の高いケースが急増するという需要の変化や、個別性が高いサービスであることなども考慮しなければならない。つまり、他の業界で使われているものを流用することは難しく、自分たちで一から対策を練らなければなりません。 ▶ BCPと災害対策マニュアルとの違い BCPというワードを聞いて「既存の災害対策マニュアルだけでは不十分なの?」と疑問に思われる方もいらっしゃるかと思いますが、BCPと災害対応マニュアルでは役割が異なります。BCPは事業を復旧させていくための大きなプランで、災害対応マニュアルはその中の一部、初動の部分のみについて対応をまとめたものです。 なお、災害対策マニュアルは事象(地震、水害など)ごとに対応をまとめているのに対し、BCPは天災に限らず事故や人災などあらゆるリスクに対応する形、『オールハザードアプローチ』となっているのもポイントです。BCPは、原因となるリスクが何であるかに関わらず、事業の継続・復旧を図るための計画をまとめたものということですね。 使用する順番は災害対応マニュアル→BCP 活用の順番としては、何らかのリスクが起こった際、まずは災害対応マニュアルを使って初期対応にあたります。その後、事業をすぐに復旧することが難しい場合はBCPを発動し、計画に則ってじわじわと元の状態に戻していく流れになります。 ▶ 同業者や地域の他業種と一緒につくるBCPもある BCPと一口にいっても、厳密にはいくつかの種類があります。まずは、事業所単位での対応を考えるBCP。基本的にはこれが最小単位となるでしょう。これをベースにして、外部組織と連携してつくるBCPがあります。 連携型BCP:近隣の同業者と連携してつくるBCP地域包括BCP:同じエリアにある病院やヘルパー事業所、クリニック、医師会、保健所など、他業態の組織も含めて幅広く連携してつくるBCP  こうしてネットワークが広がれば、ひとつの事業所単位では対応できないリスクも乗り越えられる可能性が高まります。ただ、最小単位である事業所のBCPをまとめられていない段階で、連携型や地域包括BCPのことまで考えるのは、なかなかハードルが高いはず。まずは事業所のBCPを策定することで、自分たちのリソースだけでは対応できないこと、連携の必要性が自ずと見えてくるので、そこを最初の第一歩として取り組んでもらえればいいのではと思います。 次回は「vol.2 具体的なBCP策定手順 前編」についてお伝えします。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

特集
2021年7月13日
2021年7月13日

第1回 訪問看護ステーションの「働き方改革」/[その2]新型コロナウイルス感染症他の災害対策:事業継続のために

連載:働きやすい訪問看護ステーションにするための労務管理ABC 令和3年度介護報酬改定で感染症・災害対策の強化が義務化されました。職員を守り、地域の利用者を守り続けられる、災害や感染症にも負けない訪問看護ステーションが求められています。 ●ここがポイント!・令和3年度介護報酬改定で感染症・災害対策の強化が義務化された。・国が提供するツールを活用して、効率よくBCPを作成しよう!・ステーション内だけでなく、他のステーションや事業所とも協働し、いざというときの連携体制をとれるようにしよう! 最近の自然災害・感染症にはどんなものがある? 2020年初頭から私たちの生活を脅かし続けている新型コロナウイルス感染症。最近では変異株が流行ってきているということもあり、1日でも早い収束が望まれるところです。 私たちの生活を脅かしているのは、新型コロナウイルス感染症だけではありません。最近の自然災害を見てみましょう。 2017年 7月 福岡県と大分県で集中豪雨。死者行方不明者40人以上2018年 6月 大阪府北部を震源とする震度6弱の地震2018年 6月~8月 東日本・西日本に記録的な猛暑2018年 7月 広島県、岡山県、愛媛県などに集中豪雨。死亡者200人以上2018年 9月 北海道胆振東部で震度7の地震。約295万戸が停電に2019年 8月 九州北部で長時間にわたる集中豪雨。観測史上1位の記録を更新した地域も2019年 9月 関東地方で過去最強クラスの台風(台風15号)2019年 10月 関東地方・甲信地方・東北地方などで記録的な大雨2020年 7月 熊本県を中心に九州地方や中部地方などに集中豪雨が発生2020年 1月 新型コロナウイルス感染症の拡大 ここ数年だけ見ても、各地で大規模な自然災害、甚大な被害が発生していることがわかります。 令和3年度介護報酬改定で義務化された感染症や災害対策 令和3年度介護報酬改定では、「感染症や災害が発生した場合であっても、利用者に必要なサービスが安定的・継続的に提供される体制を構築」することが求められるようになりました。 具体的には、日ごろからの備えと業務継続に向けた取り組みの推進として、次のことが求められます。 ◎感染症対策の強化(※3年の経過措置期間あり)〈目的〉感染症の発生やまん延等に関する取り組みの徹底を求めるため〈義務づけられる取り組み〉委員会の開催、指針の整備、研修の実施、訓練(シミュレーション)の実施等 ◎業務継続に向けた取り組みの強化(※3年の経過措置期間あり)〈目的〉感染症や災害が発生した場合でも、必要な介護サービスが継続的に提供できる体制を構築するため〈義務づけられる取り組み〉業務継続に向けた計画(BCP)等の策定、研修の実施、訓練(シミュレーション)の実施等 守るべき資源とはどんなもの? 災害や感染症の流行といった自然災害に遭遇しても、地域に必要な看護サービスを止めない、もしくは一時的に止めても再開できる事業所運営が求められます。そして、その看護サービス提供に必要な資源を守ることが重要です。 守るべき資源とは、まず職員。そして、建物・設備、そしてライフライン(電気・ガス・水道・情報通信など)です。 なお、雇用契約を結んだ時点で、ステーションには職員の安全や健康を守る義務(安全配慮義務)が発生し、労働安全衛生法に従い、さまざまな措置を講じる義務があります。 ①安全衛生教育(労働安全衛生法第59条)事業者は労働者に対して、雇入れ時および作業内容の変更時などに、安全衛生教育を実施 ②健康診断(労働安全衛生法第66条)事業者は常時使用する労働者に対して、雇入れ時および1年以内ごとに1回、定期的に健康診断を実施 上記以外にも、感染予防に努めたり、体調不良の職員がいた場合は勤務調整などを行わなければいけません。 最近の自然災害の状況を見てもわかる通り、水害や地震、停電など人命やライフラインに影響が起きるような災害が発生しています。 職員の生命を守るためにも、そして地域で事業継続し、必要な看護を届けるためにも、災害の種類に応じた資源の守り方や事業継続のしかたを考えていきましょう。 まず、業務継続に向けた計画(BCP)等を作成してみよう! まずは、業務継続計画(BCP)を作成してみましょう。厚労省のホームページでは、BCPを作成するための研修動画やガイドライン、ひな形が掲載されています。 ▼厚生労働省HP:介護施設・事業所における業務継続計画(BCP)作成支援に関する研修https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/douga_00002.html 研修動画を見ながら、そしてひな形を活用しながら、ステーションの防災・減災の取り組みの活動の一環として職員の方々と対話をしながら作成していくとよいでしょう。また、地域の訪問看護ステーション連絡協議会などの会議の場で、各地域で想定される自然災害や各ステーションの防災対策、連携方法や情報共有方法などについて話し合い、いざという時の協力関係を結べるようにしておきましょう。 なお、内閣府の防災情報のページから、都道府県ごとに設けている防災に関するホームページにアクセスすることができますので、ぜひご確認ください。 ▼内閣府HP:各自治体防災情報 ホームページ一覧http://www.bousai.go.jp/simulator/list.html 加藤明子 加藤看護師社労士事務所代表看護師・特定社会保険労務士・医療労務コンサルタント 看護師として医療機関に在籍中に社会保険労務士の資格を取得。社労士法人での勤務や、日本看護協会での勤務を経て、現在は、加藤看護師社労士事務所を設立し、労務管理のサポートや執筆・研修を行っている。 ▼加藤看護師社労士事務所https://www.kato-nsr.com/ 編集協力:株式会社照林社

インタビュー
2021年4月6日
2021年4月6日

これから地方での開業を志す人へ/第4回 訪問看護の1人開業・立ち上げ

訪問看護ステーションを一人開業し、ぷりけあ訪問看護ステーションを設立された後、看護を通して、地域で暮らす利用者一人ひとりの自分らしい生き方の支援をめざす渡部さん。最終回は、地域における訪問看護の可能性、今後のビジョンについて伺いました。 ボランティアで学んだチームとしてのつながり ―渡部さんの場合は被災地特例でしたが、地方ですぐに人を集められない場合、まずは有償ボランティアから始めて地域のネットワークを作り、それから開業するというモデルは、ほかでも実現可能なものだと思いますか。 渡部: 可能だと思います。私が震災の活動でキャンナス石巻を立ち上げたときは50番目でしたが、今のキャンナスは全国に130ヶ所以上の拠点があります。 キャンナスのネットワークは全国にあるし、交流会や勉強会などネットワーク構築体制も十分にあります。人とのつながりと、自分のやる気があれば、何でもできますよ。私が一人開業している時も、バックにはサポートしてくれるネットワークがあるというのが、自分の中ですごく安心感につながりました。  勤務先の職場内だけで閉じこもっているより、たくさんのことが学べて、いろいろな人とつながることができて 楽しいと思います。 ―運営にあたって、これまでの経験で役立ったことはありますか。 渡部: 自分一人で抱えすぎない、やりすぎない。人を信じてみんなで得意なところを出し合っていく、ということですかね。それがボランティア時代の自分の失敗から学んだことです。 たとえ一人開業だとしても、訪問看護を通していろいろな所とつながっているので、本当に一人でやることは限られています。 避難所でボランティア活動をしていたとき 、「信頼ってどういう意味かわかる?」と言われたことがありました。私がリーダー看護師だったとき 、自分が一番情報を持っている、自分が一番できる、みたいなおごりがあったんです。でも、自分一人でできることはたかが知れています。信頼とは、「ヒトを信じて頼る」 ということです。利用者さんのことを考えれば、自分の得意・不得意を理解したうえで、お互いに得意なところでつながり合った、「利用者さんのため、生活と命を守る」という目的を共にしたチームでサポートする方がずっといい。 こうした経験を踏まえて、今はいい意味で適当になったというか、変わった気がします。 これは自分よりも得意な人がいると思ったら、どんどん人に任せています。もちろん丸投げみたいな任せ方はいけないですが、相手からすれば任されることで新たな分野を学ぶきっかけや、成長する機会になることもあると思います。 ―それは、ほかの施設との連携という点でも同様ですね。 渡部: 今は過去の経験を踏まえて、地域内での連携も積極的にはかっています。 コロナ禍も災害の一つだと思いますが、もしうちの職員などから新型コロナウイルス感染者が出ても、地域内のステーションと連携をして、他のステーションの看護師が訪問に行けるように地域内で合意形成し体制を作っています。 そのために、利用者さんへ同意文書を配ったり、個別ケアの方法を文書化したりと、準備をしています。 看護師が地域社会に貢献できる可能性の追求 ―ぷりけあ訪問看護ステーションとして、また渡部さん自身として、今後どうしていきたいと思っていらっしゃいますか。 会社の事業でいうと、ステーション単体で7年やってきましたが、2021年の5月から通所介護サービスをオープン予定です。訪問看護を利用してくださっている方の中で、医療的依存度の高い方や、医療的ケアのある障害の方が日中安心して通える場所がない現実を、目の当たりにしてきました。 そうした方々から「ぷりけあさんでやってほしい」とずっと言われていました。 介護保険の地域密着型通所介護として指定を受ける予定ですが、うちの強みはスキルの高い看護師が多く在籍していることなので、その資源を生かしてどんな障害や病気のある方でも受け入れられるような場所にしていきたいと思っています。 個人的には、まだ子どもが小さいので育児にも手がかかる状況です。理想を言えば、やりたいことはいろいろありますけれど、今は家庭が崩壊しない程度に(笑)、地域に足りないこと、困っている方のためにできることを堅実にやっていこうと思っています。 いずれは、志を共にできる看護師さんと多く出会って、違うところにも拠点を持ちたいですし、誰でもどこでも、生きていて良かったと感じていただけるようなケア・サービスを利用できるような社会に、少しでも貢献できればと思っています。 ―最後に、訪問看護ステーションに興味がある方々にメッセージがあればお願いします。 渡部: そうですね… 興味があればぜひ、訪問看護の雑誌を読んだり、訪問看護をしている人とつながったり、ステーションの見学に行ったりして、つながる一歩を踏み出してほしいです。 訪問看護の現場では、幅広い年齢・疾患・生活背景の人々との出会いがあり、人生の重要な決断に立ち会う場面や、喜怒哀楽に寄り添うドラマティックな日々があります。 ひとりで判断して対応していくための専門的スキルも学べますし、自分の人間力も試されます。はじめはうまくいかないこともあるかもしれませんが、全てが自分の身になり、どんどん楽しさが分かってくると思います。 そして、日本は世界でも類をみないスピードで超高齢社会に突入しています。私たちは、その中での医療の役割、ケアのあり方ということを考え、作っていける時代に生まれているんです。 超高齢社会の中で、看護師がどのように地域に貢献していけるのか。それを共に考え、実践していける人が一人でも多く必要です。 ぜひ訪問看護の世界に触れる一歩を踏み出し、看護する感動、生きる感動を感じていただけたら、嬉しいです。 ** ぷりけあ訪問看護ステーション 代表取締役/保健師・看護師 渡部 あかね(わたなべ あかね)旧姓:佐々木 東日本大震災のボランティア活動で、医療者が地域の中に出向いていかなければ気づけ対応できないニーズが非常に多いことを経験。看護師として、本当に困っている人のそばに身を置いて関わっていきたいという思いから、被災地特例で一人開業し、その後2014年にぷりけあ訪問看護ステーションを開業。

インタビュー
2021年3月30日
2021年3月30日

一人開業から正規の訪問看護ステーションへ/第3回 訪問看護の1人開業・立ち上げ

渡部さんは訪問看護ステーション一人開業の後、2014年に現在のぷりけあ訪問看護ステーションを設立されました。第3回は、自費サービスも含めた幅広い支援を行うぷりけあ訪問看護ステーションの運営についてお伺いします。 地域での訪問看護におけるサービス継続のために ―ぷりけあ訪問看護ステーションの立ち上げ経緯について教えてください。 渡部: 被災地特例の一人開業には期限が定められていて、生き残りの道として看護師2.5人以上の正規の訪問看護ステーションで継続するしかありませんでした。利用者さんもいましたので、ほかに選択肢がなかったんです。 ぷりけあ訪問看護ステーションの基本理念は、生まれてきてくれてありがとう、生きていてくれてありがとう、と言い合える社会の追求です。どんな病状であっても、どんな生活環境であっても、今生きているということ自体、その人ががんばって時間を積み重ねてきた証だと思うので…。それは利用者さんも、働く職員同士も同じです。 人にはみんな生きてきた歴史があって、その人をちゃんと理解するところから始めるという考え方を、訪問看護を通して社会に少しでも広めていきたい、という思いを込めて活動しています。特に石巻は震災で大きな被害を受けて、生き続けること自体がすごくしんどい時期をみんなで乗り越えてきた地域なので、お互いに思いやりを持って、自分たちのできることをやり続けていきたいと思っています。 ―地方は看護師が集まりにくいと言われていますが、スタッフはどのようにして集まってきたのでしょうか。 渡部: 訪問看護は未経験のスタッフがほとんどです。外来などでは患者さんと関わっていたけれど、家での生活が気になるとか、病院の外でももっと深く関わりたいという思いがあるスタッフが集まってくれました。現在のスタッフは、看護師6人、作業療法士(OT)が1人、事務1人です。みんな、もう病院勤務には戻れないと言っています(笑)。 一時期、人材紹介会社に頼んでいたこともありましたが、今はいい具合に知り合いからの紹介などが増えてきています。ほかのステーションの所長さんがそういう方法を取っていると聞いて、常に訪問先でも「知り合いに看護師さんいますか?」と聞いたりして、いい人とのつながりを作れるようにしています。こうした種まきのようなことが、少しずつ実を結んできているかもしれませんね。 利用者さんの生き方を支援する訪問看護の自費サービス 渡部: 現在の利用者さんは、訪問件数では介護保険と医療保険は5割ずつくらいです。(2020年12月時点) がん末期の方や特別訪問看護指示書による点滴や褥瘡の処置、看取り、精神科や障がいのある方もいます。今は小児の利用者さんはいませんが、重症心身障害の20代の若い方もいます。 -自費サービスもされているそうですね。どのようなものでしょうか。 渡部: 今の介護保険や医療保険では2時間が上限なので、それ以上の時間が必要な場合には自費のサービスを紹介しています。 家族のレスパイトや旅行、買い物、また普段は療養型病院に入院している方が外出する際の付き添いなど、お金を払ってでも外に出たいという要望にお応えしています。石巻市外からも、地域内の訪問看護ステーションでは対応してくれる人がいなくて、前はボランティアさんにお願いしていたこともあるけれど、今はいないということで依頼を受けています。病気や障がいであきらめていたこともあったけれど、社会との関わりのため、自分がやりたいことのために、一歩を踏み出す…。こうした貴重な場面に立ち会えるのは看護師としての醍醐味だと思います。 こうしたニーズは、地域で利用者さんと長く関わっていれば、必然的に出てくるのではないでしょうか。利用者さん本人、それに家族も丸ごとサポートしようとなると、医療や治療をメインにした訪問だけではなく、利用者さんの人生のどこに看護師として関わるのか、ということが求められてくる気がします。 今はコロナ禍なので自粛していますが、本当はもっとやっていきたいですね。看護師はもっと患者さんと向き合いたいと思っている人も多いはず。看護師にはこんな世界もあるんだよ、こんな寄り添い方があるんだよと知ってもらいたいし、経験してもらいたいです。 提供サービス 病状の観察、悪化予防 血圧・体温・脈拍などのチェックをし、全身状態の把握。異常の早期発見 在宅療養上のケア 身体の清拭、洗髪・入浴介助、食事や排泄などの介助・指導 薬の相談・指導 薬の作用・副作用の説明、飲み方の助言、残薬の確認など 医師の指示による医療処置 点滴、膀胱留置カテーテル、胃瘻、インシュリン注射など 医療機器の管理 在宅酸素、点滴ポンプ、人工呼吸器などの管理 床ずれや皮膚トラブルの予防・処置 ―― 認知症や精神疾患のケア 家族の相談、対応方法に関する助言など ご家族への介護支援・相談 介護方法の助言、不安の相談など 介護予防、リハビリテーション ―― ターミナルケア がん末期や終末期を、ご自宅で過ごせるような支援 保険外自費サービス 長時間の外出や旅行の付き添い、介護家族のレスパイト等 ** ぷりけあ訪問看護ステーション 代表取締役/保健師・看護師 渡部 あかね(わたなべ あかね)旧姓:佐々木 東日本大震災のボランティア活動で、医療者が地域の中に出向いていかなければ気づけ対応できないニーズが非常に多いことを経験。看護師として、本当に困っている人のそばに身を置いて関わっていきたいという思いから、被災地特例で一人開業し、その後2014年にぷりけあ訪問看護ステーションを開業。

インタビュー
2021年3月23日
2021年3月23日

被災地特例の一人開業による立ち上げ/第2回 訪問看護の1人開業・立ち上げ

被災地でのボランティア活動で、さまざまな医療ニーズがあることに気づいた渡部さんは、被災地特例の一人開業で訪問看護ステーションを立ち上げました。第2回は、訪問看護ステーションの開業から立ち上げに至るその経緯についてお伺いします。 医療資源が不足する地方の現実 ―一人開業に至るまでの経緯を教えていただけますか。 渡部: 被災地特例として、国から訪問看護ステーションの一人開業許可が出たのですが、市に申請を出したら「訪問看護のニーズはない」と2~3度却下されました。市が言うには、地元の訪問看護ステーションでは利用者さんも亡くなったりして人数が減っているし、経営も厳しい状況だという回答が多かったからだそうです。 でもそれは、震災後に新たに生じているニーズ(家族が亡くなって病院受診や体調管理ができなくなった人、避難所~仮設住宅生活の廃用で全身状態が低下した方、PTSDやうつ病を発症した方、など)を拾えていないと思いました。どんどん取り残されていく人がいることはわかっていたので、3,000人分の署名を集めてあらためて市に申請し、ようやく開業にこぎつけました。 ―具体的にはどのようなニーズがあったのでしょうか。 渡部: 牡鹿半島というエリアは、市の中心部からも遠いので、事業所の採算面を考えると中心部から訪問看護に行けるのは週に1~2回程度。そういう意味で地域的な線引きがあり、受けられる医療資源が限られてしまっていると思いました。がん末期でどんどん病状が変化している方が家で過ごしたいとか、一人暮らしで健康不安がある方とか、認知症が進んでいる方とか…。そういう方のところに、タイムリーに24時間対応で行ける事業所はなかったです。 これは震災前からの課題だったと思いますが、震災の影響でより顕在化したとも言える。たぶん過疎地域などは全国的に同じような課題があると思います。 私としては、地域のためにできることはなんでもしたい、継続的に関わっていきたいと思っていたけれど、ボランティアだと期限があり、いつか終わりになる。それで、キャンナスの代表から「継続的に地域に関わりたいのであれば自立しなさい」と言われていたこともあって、サポートを受けながら開業しました。 「なぜ、一人で?」と聞かれることもありましたが(笑)、一人でやりたかったわけではなく、限られた医療資源の中で私がやれることの一つが、一人開業だったということです。また、一人開業は被災地特例ではあるけれど、地域のために継続的に活動することが、これからの社会に一石を投じることになるかもしれないと思ったんです。 訪問看護未経験からのスタート ―開業にあたり、キャンナスからはどのようなサポートがありましたか。 渡部: 当時の私は訪問看護の経験がなかったので、全国に拠点があるキャンナスのネットワークを活かして、埼玉の訪問看護ステーションで研修をさせてもらいました。わからないことはすぐに聞けるなど、技術的な部分が一番サポートしていただいたところです。事務的なところでは、開業にあたっての書類なども、ひな型をシェアしてもらうなどサポートしていただきました。 ―利用者さんはどのような経緯で受け持つことになったのでしょうか。 渡部: 最初は、キャンナスの時からつながりのあった先生から紹介していただきました。そのほか、牡鹿半島に行く訪問看護ステーションがあまりなかったので、地域包括支援センターからの依頼や、避難所のときからつながりがある方もいらっしゃいました。 当時は一人で8~9人くらいを受け持っていて、月にMAXで80件くらい訪問に出ていたこともあります。在宅酸素を付けている方やうつ病の方、がん末期のお看取りの方もいました。避難所のボランティアは24時間体制だったからか、それに比べれば物足りなかったぐらい。独身で若かったですし、エネルギーがあり余っている感じでしたね(笑)。 ただ、被災地特例の制度では、難病の方や医療保険の方は看られないなどの制限があったので、その部分は介護保険の枠や、キャンナスの制度外の自費サービスである有償ボランティアとしてやっていました。 看護師の人数が増えると、マネジメント的な要素も加わってきますが、一人だと純粋に看護に集中できるし、利用者さんとの関係性を大事にすることができて、すごく楽しかったです。 ** ぷりけあ訪問看護ステーション 代表取締役/保健師・看護師 渡部 あかね(わたなべ あかね)旧姓:佐々木 東日本大震災のボランティア活動で、医療者が地域の中に出向いていかなければ気づけ対応できないニーズが非常に多いことを経験。看護師として、本当に困っている人のそばに身を置いて関わっていきたいという思いから、被災地特例で一人開業し、その後2014年にぷりけあ訪問看護ステーションを開業。

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