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訪問看護の現場で活きる!感染対策の基礎知識【セミナーレポート前編】
訪問看護の現場で活きる!感染対策の基礎知識【セミナーレポート前編】
特集 会員限定
2025年8月5日
2025年8月5日

訪問看護の現場で活きる!感染対策の基礎知識【セミナーレポート前編】

2025年5月16日に開催したNsPace(ナースペース)のオンラインセミナー「訪問看護の現場で活きる!感染対策のヒント」。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行期を振り返り、訪問看護における感染対策についてご講演いただきました。講師は、感染管理に造詣が深い松橋 久恵さんです。セミナーレポート前編では、訪問看護における感染対策の特徴や考え方、直面する課題についてご紹介します。 ※約90分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)が特に注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】松橋 久恵 さん訪問看護師/元 感染管理認定看護師(2010~2024年)1997年から20年以上にわたって国立がん研究センター東病院にて勤務。2010年には感染管理認定看護師の資格を取得し、院内の感染対策に専門的に取り組む業務にも従事した。2019年に「訪問看護ステーションそら」に入職し、現在に至る。 「感染」の定義 感染とは、病原体が宿主の体内に侵入し、発育・増殖すること。単に体内に病原体が定着しただけでは発症しません。感染が成立しやすい主な条件は以下のとおりです。 病原性が強い 未知の病原体で抗体をもっていない ウイルス量が多い流行期である 抵抗力が弱っている(高齢者・小児・基礎疾患を持つ人など) 感染予防の考え方 「感染経路」を断ち切る標準予防策 文献1)より引用 人から人への感染は、上図の輪で表した感染経路がつながったときに成立します。この輪を断ち切ることが予防の第一歩。そして、この考えに基づいた対策が「標準予防策(スタンダードプリコーション)」です。 標準予防策では、感染症の有無にかかわらず、すべての対象者の「血液」「体液」「分泌物」「排泄物」「粘膜」「損傷のある皮膚」には感染リスクがあると考えて対応します。代表的な対策は、以下のとおりです。 手指衛生 個人防護具(手袋・マスク・ガウン・ゴーグルなど)の適切な使用 環境整備 器材の管理(洗浄消毒滅菌) 廃棄物の処理や取り扱いへの注意 特に重要なのは手指衛生です。ウイルスや細菌は手によって運ばれるため、感染経路を断つ上で最も有効な手段といえます。感染性のあるものを扱った際には、目・鼻・口といった「侵入門戸」に手が触れないよう特に注意が必要です。たとえ病原体が手に付着していても、これらの部位に触れなければ感染は成立しません。感染を防ぐ上で最終的な防御ラインを担っているのが「手」であるため、やはり手指衛生の徹底は欠かせないのです。 コロナ禍を振り返る 新型コロナウイルス感染症への対応ガイド 2020年以降の新型コロナウイルス感染症感染拡大時には、多くの訪問看護事業所が対応に苦慮したでしょう。2023年1月に環境感染学会が発行した「医療機関における新型コロナウイルス感染症への対応ガイド(第5版)」(以下「ガイド」)では、新型コロナウイルス感染症に対して、これまで多くの医療現場や社会全体が抱えてきた「どこまでやればいいのか」「何が本当に必要なのか」といった疑問に対して、最新の知見をもとに一定の方向性が示されています。基本的には、標準予防策をベースとし、リスクの高い場面では必要な対策を追加するという考え方です。 ■日常ケアは標準予防策の徹底が重要 COVID-19において、特別な対応が必要とされるのは一部の場面に限られます。例えば、吸引や酸素吸入などエアロゾルを発生させる手技を行う場合にはN95マスクの使用が推奨されますが、日常的なケアでは標準予防策を適切に実施することで十分に対応可能とされています。また、互いにマスクを着用していれば飛沫が直接届くリスクは低いため、アクリル板の使用も必須ではないとされています。 なお、新型コロナウイルス感染対策において、医療現場で全員がマスクを着用する「ユニバーサルマスキング」が推奨されており、これも標準予防策の一部のように考えられるようになってきています。COVID-19患者は発症の2日前から他人に感染させる可能性があるため、ケア提供者から利用者さんへの感染リスクを減らす観点から、ユニバーサルマスキングは重要です。なお、マスク素材はサージカルマスクまたは不織布マスクが望ましく、布マスクなどの性能には限界があるため注意が必要です。 ■COVID-19疑い例:状況に応じて個人防護具を選択 COVID-19の疑いがある場合、患者さんとの距離や接触の程度によっても個人防護具の選択は変わります。たとえば、身体接触がほぼ無い場合にはガウンの着用は不要で、環境表面に触れる可能性があるなら手袋を着用する、といったように「目的に応じた選択的な対策」が求められます。 ■COVID-19確定例:原則シューズカバーは不要 文献2)より引用 COVID-19確定例の場合、シューズカバーを脱ぐ際に手指が汚染されるリスクを考慮し、基本的にはシューズカバーの使用は推奨されていません。衣類に付着したウイルスは増殖しないとされているため、たとえ靴下やズボンにウイルスが付着したとしても、過度に心配する必要はないとされています。 訪問看護における感染対策の難しさ 医療現場における感染対策の情報は、多くが病院や施設での実施を前提にまとめられています。環境や条件の違いから、病院と同じ水準の感染対策を訪問看護の現場でそのまま実施するのは、現実的に難しいといえるでしょう。ここからは、訪問看護における感染対策についてみていきます。 感染リスクについて 病院や施設の場合、「集団生活」であることを理由に、患者さんや利用者さんに対して一定の強制力をもって協力を求めることができます。「周囲に迷惑をかけたくない」という雰囲気が自然に生まれる環境ですし、資源(人手・資金・物資等)も比較的整っています。 一方の訪問看護では、基本的に訪問時の一時的な協力依頼にとどまるケースがほとんどです。利用者さんに症状が見られても検査結果を待たずに対応せざるをえず、看護師側が感染リスクを抱えながらケアにあたる場面も少なくありません。 病原体の伝播リスクについて 訪問看護の場合、多数の患者さんが集まる医療機関とは異なり、病原体の伝播リスクは比較的低いとされています。 主な感染源は 感染したサービス提供者や家族 汚染された器材 ですが、訪問看護の現場では、医療処置やケアを行う人は限られています。また、器材の共有が少なく、カテーテル挿入などの侵襲的処置も最小限にとどまります。 訪問看護における感染対策のポイント 標準予防策の実施率アップを目指す 当たり前に感じる方もいるかもしれませんが、スタッフ一人ひとりがきちんと標準予防策を意識し、確実に実施できるかどうかが感染対策の鍵になります。ガイドで繰り返し強調されているように、新型コロナウイルス感染対策においても標準予防策の徹底が重要でした。感染経路が多様であっても、感染対策の基本となる柱は変わりません。 在宅医療の現場でも同様に、標準予防策の実施率を上げていくことが感染リスクを下げ、医療従事者と利用者さんやそのご家族を守り、感染拡大を防ぐことにつながるということを、改めて意識していただきたいと思います。 感染経路別予防策の追加 未知の感染症であっても、基本的にいずれかの感染経路に分類されます。そのため、標準予防策に加えて、感染経路別予防策を追加していくことも必要です。以下に、代表的な感染経路(図)とそれぞれに対する予防策の例をご紹介します。 (C)HAICS/T.Torii■空気予防策長く続く咳や発熱は結核、発疹が伴えば麻疹や水痘の可能性があるため、発症者はサージカルマスク、ケア者はN95マスクを装着。抗体をもっている、罹患歴がある場合は通常のマスクを選択可能。■飛沫予防策呼吸器症状が見られ、流行期にあるときは、ケア者も発症者もサージカルマスク(場合によってはN95マスク)を装着。■接触予防策下痢や嘔吐が見られる場合、ガウンを着用し、ほかの利用者さんとの器材の共有は避ける(共有する場合は消毒する)。次亜塩素酸ナトリウムを含む製品を利用した環境清掃も有効。 感染症発症者にマスクを着用してもらうことは、最も有効な感染拡大防止策のひとつです。咳エチケットの観点から、協力を求めても問題ないと思います。マスク着用が困難な場合は、ケア提供者が目を保護するとよいでしょう。また、換気を徹底することでリスクをさらに軽減できます。(換気については後編で解説) 症状を確認しながら経験的な経路別予防策を追加することは、訪問看護における感染予防の実践には欠かせません。そのため、標準予防策と組み合わせて、柔軟に対応していくことが重要です。 以下の表は、訪問看護における標準予防策と、実際の場面で求められる経験的な感染対策をまとめています。 例えば、「7. 退室」時の標準予防策は「手指衛生」のみですが、利用者さんが「ノロウイルスかもしれない」と考えられる場合には、退出前にベッド周辺を消毒用クロスでさっと拭き取るなど、「環境整備」の対応を追加することもあります。 感染症まん延に対する心構え 「発生ゼロ」目標と人権侵害 医療関連感染の対策における目標は、「発生ゼロ」を目指すのが基本です。しかし、新型コロナウイルス感染症の流行状況をふまえると、市中感染で同水準を目指すのは非現実的でしょう。 特に感染拡大期には、社会活動そのものを制限するほどの対策が必要となり、社会生活との両立は困難です。その点を理解しないと、感染者や医療従事者が苦しみますし、必要以上に責められる結果になりかねません。例えば、症状を隠して出社する、発症者を非難する、感染は自己責任といわれる…といった、コロナ禍に一部で見られた風潮の背景にも「理解不足」があるでしょう。 市中感染の場合、「発生ゼロ」を目標とするのではなく、感染者への早期対応やサービス・事業を継続していくための体制づくりに力を注ぐことが重要だと考えています。また、感染症には昔から「人権侵害」の問題がつきものです。特に新しい感染症が発生し、正しい知識が浸透していないときは、恐怖感や不安感から差別的行動が生まれやすくなります。 例えば新型コロナの流行時には、訪問看護師が玄関の外で感染防護服を着用する場面も見られました。「慎重な対応をしておくに越したことはない」と思われるかもしれませんが、実際の感染リスクを鑑みると過剰なケースもあり、近隣住民の目に触れることで利用者さんが差別や偏見を受けるリスクもあります。特に防護具を着用する場面や方法には十分な配慮が必要です。 感染対策を行う上では、単にマニュアル通りに動くのではなく、「本当に必要か」「その行動が利用者さんにどのような影響を与えるか」を立ち止まって考えることが求められます。医療従事者には、冷静な判断をする力と、利用者さんの人権を尊重し、生活環境への配慮をする姿勢が不可欠です。 次回はより具体的な標準予防策の実践や訪問看護ならではの感染対策、BCPについて解説していきます。>>後編はこちら(※近日公開)訪問看護の現場で活きる!感染対策の実践【セミナーレポート後編】 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア 【引用】1)NPO法人HAICS研究会PICSプロジェクト 編著「オールカラー改訂2版 訪問看護師のための在宅感染予防テキスト」メディカ出版, 2020,p14.2)⼀般社団法⼈ 環境感染学会.「医療機関における新型コロナウイルス感染症への対応ガイド第5版」,2023.

訪問看護の口腔ケア 口腔トラブルの対処法【セミナーレポート後編】
訪問看護の口腔ケア 口腔トラブルの対処法【セミナーレポート後編】
特集 会員限定
2025年7月22日
2025年7月22日

訪問看護の口腔ケア 口腔トラブルの対処法【セミナーレポート後編】

2025年4月11日、NsPace(ナースペース)はオンラインセミナー「訪問看護の口腔ケア~基礎知識&痛みへの対処法~」を開催。口腔ケアに詳しい緩和ケア認定看護師の笹田豊枝先生を講師に迎え、在宅での口腔ケアの実践方法について、トラブル対処法を含めて教えていただきました。セミナーレポート後編では、代表的な口腔トラブルの対処方法を中心にご紹介します。 ※約75分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)が特に注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 >>前編はこちら訪問看護の口腔ケア 基礎知識&口腔乾燥の対処法【セミナーレポート前編】 【講師】笹田 豊枝 さん訪問看護師/緩和ケア認定看護師/のぞみ訪問看護ステーション 管理者大学病院の病棟看護師、緩和ケアチームの専従看護師、看護専門外来などを経験した後、2020年から訪問看護分野で活躍。口腔ケアにまつわる研修・講演を多数行っている。 がん治療に伴う口腔トラブルの原因と病態 口腔トラブルには、口腔機能の低下や全身性疾患、口呼吸などさまざまな要因が関与しますが、がん治療中にも起こりやすい傾向があります。がん治療による口腔トラブルは重症化しやすく、利用者さん自身が辛い症状を抱えることも少なくありません。 がん治療による口腔トラブルの主な原因は大きく分けて2つあります。 化学療法や放射線療法(照射をしているところ)口腔粘膜への直接障害末梢神経障害唾液分泌障害骨髄抑制による二次的な感染症や虫歯・歯周病の急性増悪 など体が弱っているセルフケア能力の低下食べる、話す機会の減少抗コリン作用薬(オピオイドや向精神薬など)の使用 など これらが口腔粘膜炎や口腔乾燥といった口腔トラブルを引き起こすと、痛みや味覚低下などが発生し、食事や会話が困難になるなど、生活の質(QOL)に大きく影響を及ぼします。 口腔トラブルのケア 口腔トラブル別の対処方法をご紹介します。 [トラブル1]厚い舌苔 まずは水や保湿成分の入った含嗽剤で湿らせたスワブブラシで軽擦し、発泡剤無配合かつ保湿成分入り、タンパク溶解作用をもつ歯磨き剤を舌全体に乗せて、約5分待ちます。その間にブラッシングをはじめできるケアを済ませておき、再び含嗽剤で湿らせたスワブブラシで軽擦すると、舌苔がかなりとれます。ケア後はきれいにして保湿することを繰り返してもらいましょう。 [トラブル2]強い口臭 歯、舌、口腔粘膜をきれいにし、保湿するのが基本方針です(乾燥すると臭いが強くなりやすいため)。日常のケア以外では、歯科での歯石除去も検討してください。 また、アルコール入りのデンタルリンスは乾燥を強めるため、ノンアルコールタイプを選ぶようアドバイスするとよいでしょう。 [トラブル3]口腔内の痛み 痛みがある場合は、まず原因を探ります。多くは口内炎や歯肉炎、舌炎、腫瘍、カンジダなどの口腔内トラブルが由来ですが、心筋梗塞といった全身性の疾患が原因のケースもまれにあります。 ケアにあたっては、痛みを和らげる工夫が必要です。痛みによってケアが困難になると、口腔乾燥や口腔トラブル、そして痛みが増強するという悪循環が起こります。例えば、生理食塩水やアズレンリドカイン含嗽水、ヘッドの小さい歯ブラシを使用してみてください。 そのほか、ケア前に鎮痛剤を使用することも検討しましょう。特に口腔領域に放射線治療を行っていたり、口腔に影響が及ぶ化学療法を受けていたりする方は、鎮痛剤を使用しないとケアはもちろん食事もできない方が多いでしょう。 【鎮痛剤の選択】 まずはロキソプロフェンナトリウムやアセトアミノフェンを試し、十分な効果を得られない場合は、トラマドールや医療用麻薬を使います。内服や貼付剤では不十分であれば、持続皮下注、持続静注を検討しましょう。内服はケアの30分前、皮下注や静脈注は数分前に投与します。 そのほか、麻酔薬やリドカイン入りの含嗽水を事前に口に含み、麻酔がかかったような状態にしてからケアをする方法もあります。 [トラブル4]口腔内出血 口腔内に傷があり、出血している場合は、手袋をつけた指で傷に触れないよう保護しながらブラッシングします。小さい歯ブラシや一本歯ブラシを使い、愛護的にケアすることは、出血を助長させないだけでなく、痛みを与えないためにも大切な工夫となります。ポイントは一度できれいにしようと考えないことです。 ただし、歯がある方の歯ブラシでのブラッシングは必要不可欠なので、工夫しながらケアしてください。また、乾燥は出血を助長する可能性があるのでしっかりと保湿し、血餅は無理にはがさないでください。 【出血点への対処】 生理食塩水や水に浸したガーゼもしくはティッシュで出血部位を圧迫し、止血しながらケアする方法があります。なお、出血点が見つからない場合は歯科医や主治医の力を借りてください。 [トラブル5]カンジダ カンジダは終末期、ステロイドや免疫抑制剤の使用、口腔乾燥で起こりやすく、痛みや味覚障害の原因になります。最も効果的なケアは、きれいにして保湿すること。ミコナゾール軟膏を使うのも有効です。なお、一見きれいな舌でもカンジダの可能性があります。ヒリヒリと痛む場合はカンジダを疑ってください。 * * * 在宅での口腔ケアは本人が継続できなければ意味がないため、できるだけシンプルなケアを提案しましょう。同時に、継続につながる「動機づけ」にも取り組んでみてください。後手にまわらないよう、予防的に行う姿勢をもつことも重要です。 ケアの中身における最大のポイントは、繰り返してきたとおり「きれいにして、保湿すること」。今日からぜひ意識して実践してください。 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

訪問看護の口腔ケア 基礎知識&口腔乾燥の対処法【セミナーレポート前編】
訪問看護の口腔ケア 基礎知識&口腔乾燥の対処法【セミナーレポート前編】
特集 会員限定
2025年7月15日
2025年7月15日

訪問看護の口腔ケア 基礎知識&口腔乾燥の対処法【セミナーレポート前編】

NsPace(ナースペース)が2025年4月11日に開催したオンラインセミナー「訪問看護の口腔ケア~基礎知識&痛みへの対処法~」。口腔ケアに精通している緩和ケア認定看護師の笹田豊枝さんが登壇し、在宅での口腔ケアの基本や、よくあるトラブルへの対処法を解説いただきました。セミナーレポート前編では、口腔ケアの基礎知識や口腔乾燥への対策をまとめます。 ※約75分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)が特に注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】笹田 豊枝 さん訪問看護師/緩和ケア認定看護師/のぞみ訪問看護ステーション 管理者大学病院の病棟看護師、緩和ケアチームの専従看護師、看護専門外来などを経験した後、2020年から訪問看護分野で活躍。口腔ケアにまつわる研修・講演を多数行っている。 口腔ケアの目的 口腔ケアの主な目的は以下のとおりです。 口腔内を清潔に保つ爽快感を得る口腔内の乾燥や口臭を軽減する歯周病や誤嚥性肺炎などの二次的感染症を予防する食べる、話す機能の維持や改善を図る文献1)より引用 また、口腔粘膜は、組織や器官の保護、食べ物の温度・硬さ・味を感じ取る感覚機能、唾液の分泌による口腔内の清潔保持や消化を助ける作用など、多くの役割を担っています。口腔粘膜の状態が悪化すると、食事や会話に支障をきたすだけでなく、全身の健康状態にも影響を及ぼすことがあるのです。 通常の口腔ケアをしっかり行うことは、おいしく食べられる、快適に話せるようになるなど、生活の質(QOL)を高めるだけでなく、口腔内疾患や全身性疾患の予防にもつながります。看護師は、こうした好循環を目指していくとよいのではないかと考えています。 アセスメントと評価 ケアに先立って、まずはアセスメントと評価を行います。具体的には、次の5点を確認してください。 (1)口腔内の状況 歯、粘膜、舌、歯肉、口唇について、乾燥の有無を含めた現在の状況を観察しましょう。併せて、声や嚥下、唾液の状況もチェックしてください。なお、トラブルが疑われる場合は必ずペンライトを使用して詳しく観察します。 (2)口腔ケアへの認識、生活習慣 口腔ケアの基本はセルフケアです。利用者さんのケアへの認識や生活習慣に合わせ、自力で行えるよう支援します。 まずは意識状態や理解力、ケアへの意識を把握し、それに応じた介助方法を選択します。また、その方ができるだけ自立できるように、普段の口腔ケア習慣やセルフケアの状況、学習能力、自発性を踏まえて、個別に口腔ケアプランを立てていくことが大切です。 (3)ADL 麻痺をはじめ、身体機能に何らかの障害がある場合は、適切なサポートを検討します。 (4)口腔内トラブルのリスク因子 唾液分泌量やカルシウム量、免疫機能の低下により易感染状態にある場合は、早めの保湿ケアが必要です。 (5)ケアの妨げとなる要因 嘔吐や出血はケアの妨げとなるため、リスクがあれば早い段階で対応します。特に出血傾向がある場合、通常通りのケアを続けることでかえって症状が悪化することもあります。必要に応じて主治医や歯科医師と連携しながら、安全かつ適切な対応を検討することが大切です。 口腔乾燥の定義と主な原因 口腔乾燥の症状には、乾燥感だけでなく、口腔の違和感や義歯不適合などのさまざまなトラブルが含まれています。なお、口腔の乾燥感を本人が自覚しており、かつ唾液分泌の低下がある場合は「口腔乾燥症」と診断されます。 口腔乾燥の主な原因は、以下の7つです。 薬剤による副作用プレセデックスをはじめとした催眠性の鎮痛剤や抗がん薬、抗パーキンソン剤、麻薬などは乾燥を引き起こしやすいです。 放射線療法による障害(後編で解説) 口腔機能の低下(話せない、食べられない)唾液腺や唾液分泌機能が正常な場合も、義歯不適合や麻痺などによって口腔機能に障害が起こると、唾液腺への「適度な物理的刺激」が低下し、唾液の分泌量が減ります。がんの患者さんは急に痩せて義歯が合わなくなるケースが少なくないので、特に注意が必要です。 全身性疾患シェーグレン症候群や糖尿病が例として挙げられます。 その他の疾患うつ病、ストレスや精神的緊張による自律神経への影響、流行性耳下腺炎をはじめとした唾液腺疾患、唾液分泌に関わる神経が手術や放射線療法などによる損傷などにより、口腔の乾燥を招く可能性があります。 口呼吸唾液の分泌量が正常でも、口呼吸があると口腔粘膜が乾燥します。 部屋の乾燥 口腔乾燥のケア方法 口腔乾燥のケアは、口腔内をきれいに清掃すること。清掃のステップごとにポイントをご紹介します。 Step1 保湿 清掃を始める前には必ず保湿を行ってください。乾燥した状態で口腔内に指や器具を入れられると苦痛を感じますし、その状態でかさぶたや痰を無理に除去すると痛みを伴います。また、口角が切れるといった損傷の原因にもなりかねません。 保湿の方法は、まず利用者さんの口角に白色ワセリンをたっぷりと塗布。ケア者のグローブを装着した指にも白色ワセリンを塗る、もしくは湿らせます。 そして、可能であれば利用者さんにうがいをしてもらいましょう。難しい場合は、スポンジブラシで口腔保湿剤やワセリンを塗擦する粘膜ケアを行います。その後にブラッシングをしていくと、固着した剥離上皮や痰などが浮いてくるので、取り除いてください。 【口腔清掃時はコップを2つ用意】 器具が汚れたままでケアを続けると、誤嚥性肺炎の原因になりかねません。水を入れたコップをあらかじめ2つ用意し、スポンジブラシをこまめにきれいにしながらケアをしましょう。 Step2 ブラッシング 口腔ケアの基本であるブラッシングのポイントは以下のとおりです。 【歯磨き剤の選び方】 口腔乾燥がある場合は、発泡剤入りの歯磨き剤は避けましょう。ラウリル硫酸ナトリウム無配合で低刺激、かつ保湿成分を含む歯磨き剤が市販されています。 Step3 含嗽(うがい) 「ぶくぶく、くちゅくちゅ、がらがら」といったうがい動作は、非常に複雑な行為なので、口腔機能の向上にもつながります。うがいができる方にはぜひ行ってもらいましょう。 このとき使用する洗口液は、ノンアルコールで刺激性の低いものを選びます。保湿成分が入ったものだとなおよいです。粘膜の炎症症状が強い場合はアズレンスルホン酸ナトリウム水和物を、さらに激しい痛みもある場合は医師が処方するリドカイン入りのうがい液か生理食塩水の使用を検討します。 Step4 舌掃除 水で湿らせて水気を切ったスポンジブラシで、1日に1回、軽い力で10こすりくらいして舌苔を除去します。やりすぎは舌粘膜を傷つけるので、角化層をこすりすぎないよう注意して、無理なくはがれるものだけを除去しましょう。清掃後はスポンジブラシの汚れをきれいに拭きとってください。 Step5 口唇口腔粘膜の保護 口唇が乾燥している場合は、やはり白色ワセリンを塗布するとよいでしょう。 口腔粘膜の乾燥が目立つ場合は、長もちするジェルタイプの口腔保湿剤を口腔内に薄く塗りましょう。厚く塗ると除去するのが大変になります。また、次に保湿剤を塗る際は、細菌が繁殖しないように古いジェルをきれいに回収することを徹底してください。 可能であれば、利用者さん自身に保湿剤を塗っていただき、舌を使って口腔内に広げてもらうと口腔運動の促進にもつながります。唾液が自然に出てくるまで続けてもらってください。 次回は在宅での口腔ケアの実践方法に加え、実際に起こりやすいトラブル対処法についても具体的に解説します。>>後編はこちら訪問看護の口腔ケア 口腔トラブルの対処法【セミナーレポート後編】 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア 【引用文献】1)村松真澄:日本口腔ケア学会口腔ケア研修会資料,2008.3.8

エンゼルケア応用編 ~ご家族対応とQ&A~【セミナーレポート後編】
エンゼルケア応用編 ~ご家族対応とQ&A~【セミナーレポート後編】
特集 会員限定
2025年6月24日
2025年6月24日

エンゼルケア応用編 ~ご家族対応とQ&A~【セミナーレポート後編】

2025年3月14日、NsPace(ナースペース)は、エンゼルケアの実践的な知識をご紹介するオンラインセミナー「エンゼルケア 応用編 ~状態別対応とコミュニケーション~」を開催。「エンゼルメイク研究会」代表の小林光恵さんに、顔や体の状態別のケア方法やお看取り前後のコミュニケーションについて教えていただきました。 セミナーレポート後編では、ご家族とのコミュニケーションの工夫やQ&Aセッションの内容をお届けします。 ※約90分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 >>前編はこちらエンゼルケア応用編 ~お顔の状態別ケア~【セミナーレポート前編】 【講師】小林 光恵さん看護師、作家。編集者を経験後、1991 年からは執筆業を中心に活躍しており、漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者としても知られる。2001 年には、看護師としての経験をいかして「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表に就任。2015 年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表も務める。 切開部や拘縮への対応 亡くなられた後、気切部をはじめとした切開部の断端は生着しません。そのため、ケアとしてはまず清拭を行い、創部をしっかりと合わせて、できれば皮膚接合用などのテンションの高いテープを貼ります。その上からフィルム剤、さらにベージュの不織布を貼って、切開部を目立たなくしましょう。ポイントは、一貫して「生着しないこと」に留意して対応することです。 また、関節部分が屈曲したまま硬く固定される「拘縮」が見られる方の対応は、医療者側では行いません。ご家族から関節を伸ばしたいとご要望があった場合は、葬儀社への相談を促してください。 ご家族とのコミュニケーション エンゼルケアでは、ご家族とのコミュニケーションも大切な要素のひとつです。お看取り前後やケアを行う際には、以下のような声かけを意識すると、ご家族の安心や信頼につながります。 お看取り前の声かけ 着替え用衣類の準備については、医師から「残された時間」や「最期が近づいていること」などの病状説明があったタイミングでご案内するとより自然です。「万が一のときは」と前置きのひと言を添えることで、ご家族にも配慮した伝え方になります。 エンゼルケア時 私が自身の母を看取った際は、看護師の方々が「息が止まったら連絡をください」「担当医は◯時に到着します」といった業務的な案内にとどめてくださったことが、かえって心の支えになりました。そうした経験から、私は亡くなった後の言葉がけは必須ではないと考えています。無理に声をかける必要はなく、ご家族の状況に応じた柔軟な対応が大切です。 例えば、抱き移しの際に「どうぞ抱いて差し上げてください」とお声かけするだけでも、ご家族の心情に寄り添う関わりになります。 また、事業所のスタンスにもよりますが、エンゼルケア終了後に「ご不明な点がありましたらいつでもご連絡ください」と伝えておくと、ご家族は心強いはずです。 時代の流れをふまえたエンゼルケアを 近年、「死」への対応についての社会の捉え方は大きく変化しています。とくに葬送はこのところ大幅な簡略化が進み、時間をかけずに終わらせるケースが増加傾向にあります。つまり、ご遺体と過ごす時間が少なくなりつつあります。 これからのエンゼルケアのあり方について検討する際も、そうした流れをふまえる必要があるでしょう。グリーフワークにとってプラスになることを意識しながら、ぜひ事業所のみなさんで考えてみてください。 Q&Aセッション Q.エンゼルケアの説明と料金の提示はどのように行うとよいでしょうか? エンゼルケアの料金は、細かな金額こそ異なるものの、多くの事業所で請求されています。金額提示方法については、研究会では契約書へ記載することを推奨しています。金額とあわせて、事業所で実施しているエンゼルケアの内容を整理して記載しておくとよいでしょう。「担当看護師◯名が◯分間の中で、必要と判断した看護(体をきれいにする、着替えさせるなど)を行います」のように書くのがおすすめです。 Q.自壊創があり、滲出液や出血が見られる場合はどのように対応すればよいですか? 研究会では、生前と同様の処置を継続するのがよいと考えています。滲出液が多く臭気が強い場合は、次亜塩素酸水をスプレーし、その上で生前お使いだった臭気を抑制する軟膏を塗布するなどがよいでしょう。 【お顔への対応】 後頭部や体の背面に滲出液や出血が見られる場合は、重力の影響を受けて流出が続き、時間経過とともにそれらが溜まって汚染が広がる可能性があり、フィルム剤で創部を密閉したり、汚染を吸収する布類を敷いたりなどの対応の必要があります。 それに比べて、お顔の創部は重力の影響は大きくなく、水分を吸収するガーゼなどを当て、フィルム剤で密閉したあとは、ベージュのテープや肌の色に近い布などでカバーして目立ちにくくします。 【浮腫によって滲出液が出ている場合の対応】 浮腫による滲出液はいつまで出続けるか予測がつかないため、汚染しないように吸収するものを当てておく必要があります。身につける衣服も滲出液に汚染される可能性があるので、とくに大事なお着替えの場合は、時間を空けて着せる、吸収するものを当てた状態で着用していただくなどの対応をとってください。 Q.お顔の乾燥を最小限にするコツ、また手に入れやすい保湿剤を教えてください。 乾燥の防止に必要なのは油分をたっぷりなじませることです。おすすめの保湿剤は、化粧品のクリーム。油分で油膜をつくるワセリンやオリーブオイルでも乾燥は防止できますが、化粧品としてつくられた保湿クリームは、伸びのよさやなじみやすさの点で優秀です。 クリームを選ぶ際は「バニシングクリーム」や「コールドクリーム」を避けてください。前者は油分が少ない、あるいは油分がまったく入っておらず、後者はクレンジングやマッサージに適したもので、いずれも保湿には向きません。「保湿クリーム」と表記されているものを選びましょう。 また、最も乾燥に注意したい部位は唇で、葬儀社の方も「唇はとにかく早い段階で保湿してほしい」と話します。唇はワセリンやオリーブオイルなどで保湿し、メイクをする場合は口紅をしっかり塗ります。 * * * 今回は研究会が考えるエンゼルケアのノウハウについて、具体的な場面をイメージしながらお伝えしてきました。ぜひ現場で実践して、より質の高いケアを目指していただければ幸いです。 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

エンゼルケア応用編 ~お顔の状態別ケア~【セミナーレポート前編】
エンゼルケア応用編 ~お顔の状態別ケア~【セミナーレポート前編】
特集 会員限定
2025年6月17日
2025年6月17日

エンゼルケア応用編 ~お顔の状態別ケア~【セミナーレポート前編】

2025年3月14日、NsPace(ナースペース)はオンラインセミナー「エンゼルケア 応用編 ~状態別対応とコミュニケーション~」を開催しました。講師を務めてくださったのは、「エンゼルメイク研究会」代表の小林光恵さん。顔や身体の状態に応じた対応のノウハウや、エンゼルケアの重要なポイントであるご家族とのコミュニケーションのコツなどを教えていただきました。 セミナーレポート前編では、状態別「お顔のケア方法」についてご紹介します。 ※約90分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】小林 光恵さん看護師、作家。編集者を経験後、1991年からは執筆業を中心に活躍しており、漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者としても知られる。2001年には、看護師としての経験をいかして「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表に就任。2015年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表も務める。 お顔の状態別ケア「黄疸が出ている」 お身体に黄疸が出ている場合、「ビリルビン色素の酸化亢進」などが主な原因となって皮膚がくすむように変色します。その変化は一様に表れるわけではなく、眉毛やひげ、毛髪の生え際などに顕著に見られます。 こうした変化については、あらかじめご家族へご説明しておくことが大切です。説明文書の中に「黄疸によって肌色が変化する可能性がある」ことを明記しておくとよいでしょう。口頭での説明も可能ですが、タイミングを逃したり、十分に伝わらなかったりする場合もあるため、文書での案内もあわせて行うことをおすすめします。また、ご家族から後になって「肌色が変化している」とご連絡をいただいた場合は、黄疸による自然な変化であることやカバー方法について丁寧に説明してください。 肌色はいつ、どれくらい変化する? 黄疸による肌色の変化は、死後1日ほど経過してから強く表れることが多く、一般的には薄緑がかった色から濃いグレーになっていきます。 臨終時:黄色死後 24 時間から 36 時間ほど:淡緑色死後 36 時間から 48 時間ほど:淡緑灰色 しかし、変化には個人差が大きく、厳密に変化の度合いを予測するのは難しいのが実情です。先々のくすみに備えてカバーしようとするとファンデーションが厚塗りになり、自然さが失われてしまいがちなため、メイクを施す時点の肌の状態に合わせて仕上げてください。 その後の肌色の変化が気になった場合には、ファンデーションでカバーしていただいてよいことを、ご家族に口頭で伝えるか文書に記述しておくことをおすすめします。 黄疸カバーメイクの方法 黄疸をメイクでカバーする際のポイントは、「黄色」を使うこと。できればクレンジングマッサージをした後に保湿とベースメイクを済ませ、黄色のクリームファンデーションや下地をなじませましょう。その上で、赤みを加えたファンデーションで失われた血色を補い、さらに肌色のリキッドもしくはクリームファンデーションを重ねます。耳や首の皮膚の色も変化するので、露出している部分の塗り忘れのないように意識してください。 お顔の状態別ケア「まぶたが閉じない」 まぶたが閉じていない状態でお亡くなりになった方へのケアには、クレンジングマッサージがおすすめです。マッサージを行うことで、お顔が徐々に柔らかくなり、まぶたが自然と閉じることがあります。 それでもうまく閉じない場合は「二重まぶたをつくる化粧品の糊」を使用することがあります。やり直しが可能で、時間経過によってまぶたやその周囲がひきつれたという報告もありません。上下のまぶたの縁に糊を薄くつけ、その部分を手で扇いで少し乾かしてから合わせると、自然に閉じることができます。 ケアをするまでの乾燥対策も忘れずに 眼球表面が外気に触れると、乾燥が進み、色調変化を起こすリスクがあります。閉じる対応までの間、眼球の表面に綿棒でオリーブオイルなどの油分を塗布しておきましょう。もしくは、外気が触れないようにガーゼでカバーします。 その際、ご家族に「目は乾燥しやすいのでカバーします。後ほどまぶたを閉じるケアをしますね」と説明することも忘れないでください。 お顔の状態別ケア「お口が開いている」 お口が開いている場合は、まず、枕を少し高くし、筒状に丸めたタオルを顎の下に挟んで口を閉じましょう。それでもうまく閉じない時は、ご本人が使用されていた入れ歯を装着するとうまくいく可能性があります。ただし、中には「入れ歯を装着しても、顎は固定できるものの口元が閉じない」というケースも。この場合、口内の入れ歯が接する部分に「入れ歯安定剤」を薄く塗布してから口を閉じることで解消できることもあります。 なお、口腔内の変形をはじめとしたトラブルによってご本人の入れ歯を装着できない場合は、エンゼルメイク専用の入れ歯を使う選択肢もあります。 口を閉じるケアは必須ではない ご家族によっては「無理に口を閉じなくてよい」と希望されることもあるので、よく相談しながら対応を検討してください。ただし、口が開いたままだと口腔内が乾燥するため、口腔ケアの仕上げに油分を塗布しておくことをおすすめします。 お顔の状態別ケア「痩せている」 頬がこける、眼窩がくぼむなど、顔が痩せた状態で亡くなる方も少なくありません。この場合の対応について、研究会では「含み綿は行わない」ことを基本方針としています。理由は、自然な見た目にするのが非常に難しいためです。 頬やまぶたに含み綿をすると凸凹ができるケースが多く、「その人らしさ」が失われてしまうことも。また、こめかみには含み綿を入れることができないため、頬やまぶたにだけ行うと、不自然なバランスになるリスクもあります。そのため、含み綿を施す時間をほかのケアに充てたほうがよいというのが私たちの見解です。 どうしても痩せた印象を和らげたい場合には、1段明るめのファンデーションを使って気になる部分をやさしくカバーする方法もあります(イラスト「緑色」斜線部分)。 また、ご希望があれば、葬儀関係者やエンバーマーの技術によってお顔全体を自然にふっくらと整えることが可能な場合もあります。こうした対応についてご家族から要望があった際には、葬儀社へ相談するよう案内してください。 含み綿を希望するご家族は多くない エンゼルメイクは、その場にいらっしゃる近しいご家族のために行うもの。そして多くの場合、そのご家族は痩せる経過や痩せた状態のお顔をそばで見てきており、その姿を受け入れている面があるからか、臨終後すぐにお顔をふっくらさせてほしいと希望されるケースはあまり聞きません。ご家族の想いに寄り添うエンゼルケアを目指すのであれば、クレンジングマッサージやシャンプーなど、ほかのケアを一つひとつ丁寧に行うことが、より大切ではないかと考えています。 次回は、お看取り前やエンゼルケア時のご家族とのコミュニケーションの工夫、Q&Aセッションの内容などをまとめます。 >>後編はこちらエンゼルケア応用編 ~ご家族対応と Q&A~【セミナーレポート後編】 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

渡辺式家族アセスメント 関係性検討と援助の方向性【セミナーレポート後編】
渡辺式家族アセスメント 関係性検討と援助の方向性【セミナーレポート後編】
特集 会員限定
2025年5月20日
2025年5月20日

渡辺式家族アセスメント 関係性検討と援助の方向性【セミナーレポート後編】

NsPace(ナースペース)のオンラインセミナー「家族看護~渡辺式家族アセスメント/支援モデル 導入編~」(2025年2月21日開催)のテーマは、家族看護に活用したい「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」(以下、渡辺式)。開発者の渡辺裕子さんをお招きし、その活用方法を詳しく教えていただきました。セミナーレポート後編では、渡辺式全5ステップのうち3〜5と、検討にあたって意識したいポイントをご紹介します。 ※約90分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 >>前編はこちら家族看護 「渡辺式」とは? 場面と登場人物の整理【セミナーレポート前編】>>関連記事「家族看護」シリーズ一覧 【講師】渡辺 裕子さんNPO法人日本家族関係・人間関係サポート協会 理事長/「渡辺式」家族看護研究会 副代表千葉大学大学院 看護研究科を修了後、市町村保健師として勤務。その後「家族看護研究所」「家族ケア研究所」を立ち上げ、2022年から現職。患者とその家族、職場の人間関係に悩む看護職を長年サポートしている。 ステップ3:対象者と援助者の関係性を検討する 対象者と援助者の関係性を検討します。本事例では、以下のような悪循環が生まれていることが見えてきました。 長女と母親長女は母親に対して苛立ちをぶつけ、甘える。しかし、母親に受け流されるため、さらにぶつける。母親は余計にしんどくなってまた受け流す。長女と訪問看護師長女は訪問看護師の前で両親を怒鳴ることで、不満を訴えている。訪問看護師は対処法がわからず、訴えを聞き流す。長女はますます強く訴える。母親と訪問看護師訪問看護師は母親を心配して気遣うが、母親は取り繕い、ますます気になる。 ステップ4:力関係と両者の心の距離感を検討する ステップ4では、ステップ3で整理した関係性をさらに細かく見ていきます。具体的には、「パワーバランス」の検討、相手との間に本来必要なパートナーシップを構築できているかを考えましょう。なお、「本来必要なパートナーシップ」とは、以下の条件を満たすものです。 パートナーシップの条件1. 利用者さんとご家族、援助者が対等である2. お互いの専門性を尊重し、相手に足りないものを交換し合う(訪問看護師は看護の、ご本人やご家族は「利用者さんの人生」の専門家)3. 望ましい心理的距離を保てている4. 目標を常に共有する5. 援助者はできる限りのサポートを提供し、利用者さんやご家族に力を発揮してもらい、協働する 本事例では、長女の訴えのパワーが適正範囲(ベースライン)を超えています。一方の訪問看護師は「あまり関わりたくない」という思いもあり、パワーが低い状態です。 また心理的距離についても、長女はバウンダリー(心の境界線)を超えて訪問看護師のほうに近寄っており、訪問看護師はやや逃げ腰です。 ステップ5:アセスメントをもとに、支援方策を考える ステップ5では、ここまでのアセスメントをもとに、「5つの柱」を意識しながら支援方策を立てます。 援助の方向性5つの柱1. 悪循環を是正する2. パワーバランスや心理的距離の乱れを是正する3. 背景の中で変えられるものにアプローチする4. ストレングスに働きかける5. 課題を共有し、今後の方向性を話し合う 「悪循環の是正」の観点では、聞き流される度に長女の訴えがエスカレートする状況を変えなければなりません。 「パワーバランスや心理的距離の乱れを是正する」という観点では、長女のパワーを下げて訪問看護師のパワーを上げること。つまり適正なバウンダリーを守り、よい距離感をキープすることを目指す必要があるでしょう。 「背景の中で変えられるものにアプローチする」では、ステップ2で整理した背景から、すぐに変えられそうな要素に焦点を当ててアプローチします。ポイントは、チームで取り組むこと。チームで考えれば「声のかけ方がわからない」という悩みは早期に解決できるかもしれません。また、「家族の問題にどこまで関わるべきかわからない」という悩みについても、組織としての判断を検討すると、自身の後ろに支えがあることを実感でき、訪問看護師のパワーの向上につながるはずです。 「ストレングスに働きかける」のは、家族看護において必須。問題ばかりを見ず、どの家族にもある強みに目を向けましょう。 最後の「課題を共有し、今後の方向性を話し合う」では、Aさんの介護をどうしていきたいかを、対象人物みんなで改めて考える必要があります。 具体的な支援方法の案 上記をふまえると、以下のような支援方法が考えられます。 支援方法1長女の背景に焦点を当てて気持ちを想像し、更年期障害の可能性も検討しながら、訴えを受け止める。長女の困りごとを一緒に考える姿勢をもつ。[理由/目的]・悪循環が是正され、心理的距離も少しずつ変化するはず。・長女への理解が深まることで、「援助者を困らせる人」ではなく「困っている人」なのだというリフレーミングが起こる。支援方法2カンファレンスで情報を共有の上、介入の必要性の有無を検討し、チームとして意思決定する。[理由/目的]・訪問看護師のパワーが上がる。支援方法3対象人物の訪問看護師には同行訪問の機会を設け、同僚の対応を見られるようにする。また、長女にかける言葉はチームで検討する。[理由/目的]・訪問看護師の背景に働きかける。支援方法4訪問スケジュールに余裕をもたせる。[理由/目的]・「中途半端な関わりになることへの不安」の解消を目指す。支援方法5長女、母親、訪問看護師で介護の体制について再度話し合う。[理由/目的]・母親にも長女にも過剰な負担がかからない体制をつくる。 このように、分析結果をひとつの仮説として捉え、支援方策を考え実施します。その後、その結果を評価し、さらなるアセスメントを繰り返すことで、支援の質を向上させていきます。 シート作成のポイント 人間関係見える化シート(R)の目的は、完璧に埋めることではなく、支援の糸口を探すことにあります。具体的な支援方法をなかなか見出せない事例もあるかと思いますが、理解が深まるだけでも、援助者の関わり方や対応が変わることもあるでしょう。 なお、このシートは、「誰が悪いか」を決めるものではありません。対象人物の言動の理由や根拠を認め、悪循環を見つけることで、現状を正しく理解しましょう。それができれば、中立性を保持できます。 * * * 渡辺式家族アセスメント/支援モデルは、利用者さん・ご家族への支援を構造的に捉え直す手がかりとなります。家族看護に悩んだ際は、ぜひ渡辺式を使い、現状を俯瞰した上で具体的な方策を考えてみてください。また、人間関係見える化シート(R)を職場内で共有し、共通の視点や枠組み、言葉で語り合える仲間を増やすのも重要なポイントです。本稿が、利用者さんやご家族との関わりにおける課題の整理や問題解決を考える上で少しでもお役に立てれば幸いです。 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

家族看護 「渡辺式」とは? 場面と登場人物の整理【セミナーレポート前編】
家族看護 「渡辺式」とは? 場面と登場人物の整理【セミナーレポート前編】
特集 会員限定
2025年5月13日
2025年5月13日

家族看護 「渡辺式」とは? 場面と登場人物の整理【セミナーレポート前編】

2025年2月21日、NsPace(ナースペース)はオンラインセミナー「家族看護~渡辺式家族アセスメント/支援モデル 導入編~」を開催。家族看護に役立つ「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」(以下「渡辺式」)について、開発者である渡辺裕子さんが、具体的な事例を挙げながら教えてくださいました。セミナーレポート前編では、渡辺式の基礎知識と、全5ステップのうち1~2をまとめます。 ※約90分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】渡辺 裕子さんNPO法人日本家族関係・人間関係サポート協会 理事長/「渡辺式」家族看護研究会 副代表千葉大学大学院 看護研究科を修了後、市町村保健師として勤務。その後「家族看護研究所」「家族ケア研究所」を立ち上げ、2022年から現職。患者とその家族、職場の人間関係に悩む看護職を長年サポートしている。 渡辺式家族アセスメント/支援モデルとは 渡辺式は、訪問看護師をはじめとした援助者が利用者さんとそのご家族との関わりに悩んだ際に、「ことの全容」を明らかにし、援助の方向性を導き出すための思考過程です。 渡辺式の3つの特徴 援助に行き詰まりを感じた場面や時期を特定した分析ツールある程度の期間支援を継続している中で、悩みや気持ちのモヤモヤが発生した際に有効な「渡辺式シート」。局面を特定して理解を深める。 援助者自身をも分析対象とする悩みは相手と援助者との関係の中で起こるため、援助者自身の思いや行動も分析対象とする。 個々の理解から関係性へと視点を拡げるツール複数の人を対象としている。分析対象人物を個々に掘り下げた先に、人間関係が見えてくる。 「渡辺式シート」とは 渡辺式家族アセスメント/支援モデルでは、支援を考えるときの思考の流れを整理できるように、「渡辺式シート」※というツールがあります。このシートは、次の3つのパートで構成されています。※NPO法人 日本家族関係・人間関係サポート協会のウェブサイトより「渡辺式シート」のダウンロードが可能です。 ● I:事例情報シート● II:人間関係見える化シート(R)● III:支援方策・実施・評価シート なかでも「Ⅱ:人間関係見える化シート(R)」は、ご家族の関係性を整理しながら、どこに支援の手がかりがあるかを見つけていくのに役立ちます。複雑な背景があるケースでも、整理して考えられるようになります。援助者が利用者さんやご家族に日頃から寄り添い、理解を深めても、自身を含めた人間関係の全容把握は難しいもの。このシートを使って全体を俯瞰していきます。 なお、人間関係見える化シート(R)は、チームメンバーで思考過程を共有する際に使うことを想定してつくりました。事例検討会やカンファレンスでぜひご活用ください。 >>関連記事家族看護とは何か、看護職に求められることは【総論 前編】家族看護 渡辺式家族アセスメント/支援モデルとは【総論 後編】 事例紹介「Aさん(80代前半/男性)の家族看護」 人間関係見える化シート(R)の内容は、以下の5ステップに分かれています。Aさんの家族看護事例1)を使って説明していきましょう。 Aさん(80代前半の男性)主病名・既往歴脳梗塞(7年前に発症)、肺気腫生活歴30代後半から飲食店を経営。脳梗塞の発症をきっかけに、70代半ばで店を引退。日常生活自立度要介護4。胃ろうを造設しており、車いす生活。排泄はおむつを使用。自発語は出にくいが意思疎通は可能。Aさんの家族妻:70代。明るく社交的な性格。介護の実働を担う。長女:50代。Aさんの店を長年手伝い、経営の管理を担当。結婚歴はなし。介護に関する諸手続きや対外的な対応、サービスの決定を担う。肩の痛みを訴えている。長男:別居。年に数回帰省するのみで、介護にはノータッチ。 対応に困難をきたしたできごと 本事例における訪問看護師の困りごとは、長女の言動です。AさんのADLが低下して介護量が増加したことに伴い、訪問看護師の前で両親に罵声を浴びせるようになりました。 長女から母親へ「ややこしいことを私に押しつけて、お母さんは自分勝手! こんな人生になると思わなかった」と、体の不調や自分が思うように生きられないのは「家の犠牲」になったせいだと主張。長女からAさんへ「親を介護する娘は早死にするんだって。私はお父さんより先に逝くかもしれない」と発言。 訪問看護師はこうした言動が目に余ると感じながらも、声の大きな長女に苦手意識があり、圧倒されていました。また、訪問時間が限られていることもあり、中途半端に関わって火に油を注ぐことにならないかと懸念もしています。 本事例でどのように渡辺式を活用するか、具体的に見ていきましょう。 ステップ1:検討場面の明確化 基本的には事例提供者ファーストで判断するので、訪問した看護師の希望に沿って、今回は「長女が母親を怒鳴る場面」とします。 次に「対象人物(誰に焦点を当てるか)」を整理。この場面では訪問看護師と長女、母親になるので、以下のようにシートに記入します。 ステップ2:対象者と援助者の言い分を明らかにする 「困りごと」「対処」「背景」の3つを整理しましょう。人の行動の裏には必ず理由があるため、対象人物の皮膚の内側に入ったような気持ちで考えてください。 長女困りごと自分でもコントロールできない苛立ち対処両親に暴言を吐いて気持ちをぶつける背景 ・人生に対する不満足感 ・やりがいの喪失 ・将来への不安 ・兄弟間で感じる理不尽 ・Aさんの現状への悲しみと苛立ち ・両親への甘え ・ストレス発散の機会がない ・更年期のホルモンの乱れ 母親困りごと娘から怒鳴られ、暴言を吐かれる対処聞こえないふりをして無言を貫く背景 ・言い返さないほうがよいという経験からの判断 ・長女の勢いに圧倒され、対応方法がわからない ・介護の疲れ ・ことを荒立てたくない気持ち ・自分さえ我慢すればよいという判断 ・長女に負担をかけていることへの親としての負い目 訪問看護師困りごと訪問中に長女が両親に暴言を吐く対処ケアに集中して聞こえないふりをする背景 ・長女への苦手意識 ・どう声をかけるべきかわからない ・長女の苛立ちを受け止める自信がない ・中途半端な関わりになることへの不安 ・家族の問題にどこまで関わるべきかわからない ・できれば面倒なことに関わりたくない気持ち こうして推察すると、対象人物の言動の意味や物語を理解しやすくなります。上記は仮説ですが、それが支援の第一歩になるのです。 次回は、前編に引き続き、渡辺式全5ステップのうちステップ3〜5を取り上げます。援助者と利用者さん・ご家族との関係性や、それぞれの力関係・心理的距離について具体的に検討しながら、支援を進める上で意識したいポイントを解説します。 >>後編はこちら渡辺式家族アセスメント 関係性の整理と援助の方向性【セミナーレポート後編】>>関連記事「家族看護」シリーズ一覧 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア 【引用】(1)渡辺 裕子監修(著),中村 順子,本田 彰子ほか(編)「家族看護を基盤とした地域・在宅看護論 第6版」東京,日本看護協会出版会,2022,P110-119,

新任訪問看護師の戸惑い 育成の課題と行動指針【セミナーレポート後編】
新任訪問看護師の戸惑い 育成の課題と行動指針【セミナーレポート後編】
特集 会員限定
2025年4月22日
2025年4月22日

新任訪問看護師の戸惑い 育成の課題と行動指針【セミナーレポート後編】

2025年1月23日に実施したNsPace(ナースペース)のオンラインセミナー「新任訪問看護師の戸惑いあるある~ギャップを感じるのはなぜ?~」。聖路加国際大学 講師の佐藤直子先生をお招きし、新任訪問看護師の戸惑いをテーマに講演いただきました。セミナーレポート後編では、新人育成における業界の課題や、東京ひかりナースステーションでの実際の取り組みなどをまとめます。 ※60分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 >>前編はこちら新任訪問看護師の戸惑い 困難感への理解と支援【セミナーレポート前編】 【講師】佐藤 直子 先生聖路加国際大学 講師/東京ひかりナースステーション 顧問/在宅看護専門看護師2003年より訪問看護に携わり、2019年~東京ひかりナースステーションクオリティマネジメント部部長。2010年に聖路加国際大学大学院の修士課程(CNSコース)を、2020年には博士課程(DNPコース)を修了。 訪問看護業界全体の育成の課題 業界全体の教育における課題には、以下のようなものがあります。 即戦力人材の減少 訪問看護が急拡大したのは、介護保険制度が始まり、ステーションが増えた2000年からです。当時は、再就職を考えている、もしくはブランクがある病院出身の看護師を即戦力として採用するのが一般的でした。しかし、病院の機能分化が進み、入院期間も短くなるにつれて、「生活を支援する」という視点で即戦力となれる看護師は、ほとんど見かけなくなっています。 育成体制が追い付いていない 人手も資金も時間も限られているステーションでは、育成体制を十分に整えることが難しいといわれています。 「病院や病棟の色」がついた看護師の増加 訪問看護に求められるのは「看護師基礎教育で学んだ内容」であり、特別に学ぶことはほとんどありません。しかし、例えば急性期医療の経験があると、安全や感染の知識に偏って重きを置いてしまうケースも。その結果、訪問看護の現場でギャップに苦しみます。 事業所の育成力 もちろん個人差がありますが、ベテラン訪問看護師はノウハウや思考の言語化が苦手な傾向があり、新任者にうまく伝わらないケースが多いです。 こうした訪問看護業界の現状をふまえ、新任者には「自分が先輩も新人もお互いに学べる職場を作る」という意識をもってもらえるとありがたいです。また、「訪問看護」と一口にいっても、事業所ごとに性質は異なります。新任者にとっては、入職したステーションの性質とやりたいことが合わないと、つらさの一因になるでしょう。訪問看護ステーションの内実がわかりづらい点も業界の課題であり改善が必要ですが、新任者の方は、就活中も入職後も時間をかけて慎重に見極めてください。 東京ひかりナースステーションの取り組み 訪問看護師の育成では、知識・技能・態度が重要です。そこで、東京ひかりナースステーションでは、以下の取り組みを実践しています。 知識の支援 レベル別の知識テスト(基本知識、特定の利用者さんを担当する際に必要な知識など)を実施。正解を伝えるだけでなく、足りない知識の勉強方法も解説します。 技術の支援 爪切りや巻き爪のケア、胼胝と鶏眼の処理、スキンテアの対処法など「病院では頻度が低いけれど訪問看護ではよく実践する技術」をリスト化し、演習を行います。演習は訪問予定に応じて都度実施し、「忘れてしまった」ということがないようにします。 態度や姿勢の支援 態度や姿勢を支えるのは、「考え方や行動の指針」です。正解はないので、各ステーションで「何を大切に看護するか」を考えてください。 なお、当ステーションでは毎週2時間のミーティングを行い、お互いのケースについて相談し合います。全員が自分ごととして考え、行動レベルのプランを協力して構築。態度や姿勢を言葉で伝えるのは難しいですが、実例を挙げて対話し、「自分たちが大切にしたいこと」を共通認識にしていくと、自ずと行動指針ができてきます。 普遍的な訪問看護の行動指針 ステーションごとに指針を確立し、共有することが重要とお話ししましたが、一方で「訪問看護の普遍的な考え方、行動指針」もあると思います。 利用者さんが暮らすこと、生きることを支援する 「生きる」は「命がある」だけを指すのではなく、生きがいや役割をもつことも含みます。1秒でも長く生きられるように支援するだけでは、十分とはいえないでしょう。また、暮らしに焦点を当てるからこそ、短期目標に加えて超長期目標を立てることも特徴です。数年先の暮らしを想像しながら看護を展開します。 セルフケアの維持・向上を目指す 訪問看護師の多くは、自分ではなく「利用者さん」を主語にしてケアを語ります。例えば「(私が)患者を立たせる」とはいわずに「(支援したら)患者が立った」と表現するのは、利用者さんの能動的・自律的な行動を支援したいと考えているからでしょう。 利用者さんごとに正常・異常を判断する 訪問看護師のアセスメントの基準は、「前回訪問時の利用者さんの様子や個々人にとっての正常」です。病院では驚かれる数値でも、訪問看護師は利用者さんの軌跡をふまえて評価します。 利用者さんを含めたチームでアプローチする 訪問看護師は、利用者さんの目標に向かってチームでアプローチします。ポイントは、「チーム」に利用者さんやご家族も含まれること。ご本人やご家族が行動しないと目標を達成できませんし、彼らが最も真剣に目標と向き合っていることをわかっているからこその考え方です。 また、訪問看護師だけでは何もできないことを理解し、多職種やフォーマル、インフォーマルを含めたチームでの協働を目指します。そして、そのために必要な合意や情報共有を大切にしています。 * * * 訪問看護は地域医療において重要な役割を担い、その支え手である看護師の育成と意識づけは欠かせません。より良い看護を提供できる環境を整えるためには、皆で成長できる環境を目指すことが大切です。新任者の皆さまも、より良い職場を作るために積極的にアプローチしていく姿勢で臨んでいただけたら幸いです。 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

新任訪問看護師の戸惑い 困難感への理解と支援【セミナーレポート前編】
新任訪問看護師の戸惑い 困難感への理解と支援【セミナーレポート前編】
特集 会員限定
2025年4月15日
2025年4月15日

新任訪問看護師の戸惑い 困難感への理解と支援【セミナーレポート前編】

2025年1月23日、NsPace(ナースペース)はオンラインセミナー「新任訪問看護師の戸惑いあるある~ギャップを感じるのはなぜ?~」を開催。新任訪問看護師の戸惑いをテーマに、聖路加国際大学 講師の佐藤直子先生にお話を伺いました。セミナーレポート前編では、新任者の悩みと、それらを解消するサポート方法を紹介します。 ※約60分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)が特に注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】佐藤 直子 先生聖路加国際大学 講師/東京ひかりナースステーション 顧問/在宅看護専門看護師2003年より訪問看護に携わり、2019年~東京ひかりナースステーションクオリティマネジメント部部長。2010年に聖路加国際大学大学院の修士課程(CNSコース)を、2020年には博士課程(DNPコース)を修了。 訪問看護入職者の一般的な戸惑い・困難感 訪問看護師が感じる戸惑いや困難感に関して、いくつかの研究をもとに、以下のように分類しました。 ■個人の課題(仕事がうまくできない情けない思い)・知識や技術の不足・単独訪問の判断の難しさと責任・時間内にケアが終わらない など■場やシステムの課題、職場全体で取り組むべき問題・勤務体制(24時間対応、休みのとりにくさ)・(薬剤を含む)医療データが少ない、かつ入手が困難・他職種連携(これまで関わったことがない職種との連携) など■訪問看護特有ではない問題・職場内の人間関係・家庭との両立 など文献1)-3)の結果を集約 私が問いたいのは、「これらの問題は本当に『問題』なのか」ということです。例えば、ベテラン訪問看護師の多くは「介護保険制度や医療保険制度の理解は追い追いで良い」と話します。 また、単独訪問の判断の難しさと責任については、考え方を変える必要があるでしょう。訪問看護では、「患者の管理」を行うのではなく「ケアの管理」をします。患者管理をしようとすると、判断することや責任を負うことがつらくなってしまうでしょう。具体例として、訪問看護師が「この利用者さんは次回の訪問まで転倒しない」と判断することはできませんよね。「転ばせない」ことを主軸に患者管理をしようとすると、訪問の後も不安感が募ってしまうのです。それよりもちゃんと動けるケア、転んだらどのように起き上がるのかを考えるほうが良いです。 さらに、時間内にケアが終わらないのも新任者なら当たり前のことであり、問題ありません。技術は経験を重ねることで向上します。まずはそのことを上司や同僚に相談しましょう。 誤解されがちな「現場での判断のあり方」 「訪問看護師は一人で現場に行き、判断する」と考えている方もいますが、これは誤りです。テクノロジーの発達により、現場で個人が判断する時代は終わりました。例えば、利用者さんの体に新しい傷があれば、共有アプリに写真をアップロードし、先輩やドクターにその場で処置方法を確認できます。 また、私は訪問看護の最大の強みは、利用者さんと一緒に判断できることだと考えています。「私は看護師としてこのように判断しましたが、いつもどのように対処していますか?私はこの対応が良いと思いますが。」と利用者さんにぜひ尋ねてみてください。本来、医療やケアの選択は、利用者さんご自身が最も強い決定権をもつものです。 ただし、自分で判断するのが難しい利用者さんには噛み砕いて伝えたり、過去の記録に基づいて検討したりすることは必要です。 先輩看護師のフォローについて ここからは、主に新任者本人ではなく、サポートする先輩看護師に向けてお話しします。新任訪問看護師が一人で訪問するようになった際、「電話があるから大丈夫」「カメラがあるから大丈夫」ではなく、適切なフォローをすることが大切です。 例えば、よく言われる「何かあったら言ってね」という言葉は、一見親切そうで、実はとても不親切。新任者はその「何か」を判断できないからこそ困っているのです。 「どう?何か気になることはある?」「特に問題がなくても、訪問終わる前に連絡してね」といった積極的な声かけが大切です。新任者が自信を持って判断できるようになるまで、少ししつこいくらいに寄り添う(やりすぎかどうかは本人に聞いてくださいね)ことが、本当の支援につながります。 アンラーニングについて 訪問看護の新任者の葛藤を理解するためには、「アンラーニング」への理解も不可欠です。アンラーニングとは、既存の知識や価値観を捨て、新たに学び直すことを指します。 新任者は、前の職場の価値観を新しい職場で少なからず捨てるものがあります。捨てて新しい価値観を受け入れる過程では、苦しさを感じ、その気持ちを怒りとして表すことがあります。「このやり方は間違いだ」「前の職場ではこうしていた」と主張したり、悶々としたりといった具合です。受け入れる側には、その苦しみを理解するとともに、現在の職場の価値観を言葉にすることが求められます。サポーティブに関わることを意識しましょう。 なお、こうした苦しみは、キャリアを積んだ方でも感じます。なぜなら、看護理論家のパトリシア・ベナーさんもおっしゃっている通り、「経験がない部門に移れば、誰もが初心者になる」から。そして、初心者は行動指針やルールが分からず、状況に応じた行動ができないので、職場のローカルルールや大事にしていることを伝えてくださいね。 実践の原則を学ぶポイントは「経験の質」 初心者の成長に必要なのは、時間ではなく「経験の質」です。 経験学習のコツ経験すれば理解するのではなく、その経験にどんな意味があったのか、なぜそうなったのかを振り返り次に活かす。その振り返りは、なぜそうなったのかが分かるベテラン先輩が支援すべし! 「経験による学習」をうまくできない方は多く、周りが支援をしないと「ただ経験しただけ」になってしまいます。ベテラン先輩が「振り返り」の部分を支援しましょう。私が顧問を務めるステーションでは、クラウド上で「振り返りノート」をやりとりします。新任者の記録に先輩がフィードバックする形式です。 フィードバックのコツ 入職したてはすべての事象が新鮮で、情報を「そのまま」受け止めがち。そこで私は、振り返りノートで「起きた行為の意味」を説明します。また、「印象的だった」「勉強になった」という記述があれば、「具体的に何が印象的で、何を学んだか」を繰り返し聞きます。 特に注意すべきは「印象的」という言葉で、これは予想と違うことを意味します。先輩の仕事に「感動したケース」もあれば、「教科書と違って違和感を持ったケース」もあるでしょう。そこを明確にしないと、アンラーニングにおける葛藤や、誤った価値観の構築を招きます。 また、教訓が身についてくると、さまざまなケースで使いたくなるもの。その際は、どんなケースで教訓を適用できるかといった留意点をフィードバックします。 次回は、新人育成における業界の課題や、東京ひかりナースステーションでの実際の取り組みについてお話しいただきます。 >>後編はこちら新任訪問看護師の戸惑い 育成の課題と行動指針【セミナーレポート後編】 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア 【引用文献】1)森 陽子ら著.「新たに訪問看護分野に就労した看護師が訪問看護への移行期に経験した困難とその関連要因」日本看護管理学会誌,2016,20(2),p104-1142)平尾 由美子ら著.「病棟業務から訪問看護業務に移行した直後に看護師が感じる戸惑い・困難,8(1)」千葉県立保健医療大学紀要,2017,p169-176.3)柴田 滋子ら著.「訪問看護師が抱く困難感」日本農村医学会雑誌,2018,66(5),p.567-572 【参考文献】〇P.ベナーら著.早野ZITO真佐子訳.「ベナー ナースを育てる」医学書院,2011〇松尾 睦.『職場が生きる人が育つ 「経験学習」入門』ダイヤモンド社,2011

訪問看護の呼吸ケア~マスク呼吸療法の看護 実践~【セミナーレポート後編】
訪問看護の呼吸ケア~マスク呼吸療法の看護 実践~【セミナーレポート後編】
特集 会員限定
2025年3月25日
2025年3月25日

訪問看護の呼吸ケア~マスク呼吸療法の看護実践~【セミナーレポート後編】

2024年12月13日のNsPace(ナースペース)オンラインセミナー「訪問看護の呼吸ケア~NPPVを中心に~」では、NPPVを中心とした在宅での呼吸療法の基礎知識や、実践のポイントをご紹介しました。登壇してくださったのは、「楽らくサポートセンター レスピケアナース」の山田真理子さんと津田梓さんです。セミナーレポート後編では、在宅での呼吸ケアの実践にあたって意識すべき点や、トラブルへの具体的な対処法などをまとめます。 ※90分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 >>前編はこちら訪問看護の呼吸ケア~NPPVを中心に~基礎知識【セミナーレポート前編】 【講師】山田 真理子さん「楽らくサポートセンター レスピケアナース」管理者/呼吸ケア指導士。内分泌内科と血液内科の混合病棟、呼吸器内科病棟で勤務した後、在宅酸素や在宅マスク式人工呼吸器等を扱う企業で訪問看護ステーションの管理者を経て、2015年に「楽らくサポートセンター レスピケアナース」を設立。津田 梓さん「楽らくサポートセンター レスピケアナース」訪問看護師。小児から高齢者まで、幅広い年代の利用者さんに人工呼吸器・在宅酸素などを用いたケアを提供。コーディネーションも担当する。 マスク呼吸療法の実践ポイント NPPV(非侵襲的陽圧換気)をはじめとした在宅でのマスク呼吸療法を実践する際のポイントは、大きく2つあります。 【ポイント1】使用時間の確認 間歇的に使用されることが多いので、使用時間を把握する必要があります。利用者さんの申告だけに頼らず、実際の使用状況を確認するとよいでしょう。 具体的には、「トレンドデータ」「モニタリングデータ」で、夜間の使用状況、リークやタイダルボリューム、換気量を把握するのがベスト。確認できない機種の場合は、訪問時に積算時間から使用時間を算出しましょう。なお、データを解析できる機種も多いので、業者に相談するのもおすすめです。 評価に応じて対応の検討を マスク呼吸療法は夜間の睡眠時に行うことが推奨されていますが、日中の使用でも有効な場合があるとされています。血液ガス分析や連続パルスオキシメーターなどを確認の上、呼吸状態を評価し、治療コンプライアンス不良であっても柔軟に対応することが大切です。 声かけがエンパワメントにつながる データを確認する際、使用状況を共有しながら「しっかり使えていますね」、「今日は使用時間が少ない(多い)ですね、何かありました?」といった声かけをすることで、利用者さんの安心感や治療継続へのエンパワメントにつながります。 【ポイント2】マスクフィッティング フィッティングはケアにおける最重要ポイント。締めすぎず、ふんわりとつけましょう。多くのマスクは二重構造で、送気すると外側が膨らみ、顔にフィットします。このタイプのマスクを使用する際は、外側の柔らかいクッションにしわができないよう、また内側の硬いクッションがあたらないようにします。 具体的には、ヘッドギアや額アームを調整しましょう。マスクの種類やサイズ選びにも気をつけてください。 リークの確認は使用する体位で 機器を使用する体位でリークを確認しましょう。主に臥位で使用する機器なので、装着確認も臥位で行うのが基本です。座位で確認するとマスクの重みでリークが生じやすく、結果的にフィッティングがきつくなりがちです。 実際の使用状況を想定しながら装着状態を確認し、適切にフィットしているか繰り返し確認します。また、利用者さんにも正しい装着方法を丁寧に説明することが大切です。 マスク呼吸療法のトラブル 上記のグラフからは、マスク呼吸療法におけるトラブル発生率が使用時間に大きく左右されていないことが分かります。例えば、3時間使用する場合と12時間使用する場合を比較しても、いずれも発生率は約3割です。このことから、トラブルの多くは使用時間の長さではなく、マスクのフィッティングに起因していると考えられます。 スキントラブルの原因と対応 スキントラブルの主な原因は「マスクの締めすぎ」。リークや回路はずれのアラームが鳴る、リークで目が乾燥するといったことがなければ、多少のアラームは気にせず、快適性を重視して問題ありません。 びらんや水疱ができた際は、褥瘡と同様の処置を行います。予防として好発部位を皮膚保護剤でカバーするのもおすすめです。当事業所の利用者さんも、体重が20㎏台で小柄な顔の小さい方が多いので、ゆるくフィッティングしても皮膚が赤くなりがち。そのため、皮膚保護剤をよく利用します。その上で、先にご紹介したフィッティングのコツを意識してください。 マスク以外のトラブルと対策 マスク以外のトラブルは、以下の4つが多く見られます。 1. 送気が冷たい前もって加温加湿器を稼働させたり、就寝中も暖房を使ったりしましょう。2. 口渇加温加湿器の種類の変更や、温度の調整を行いましょう。枕元に水を置くのもおすすめです。3. 排気が体にあたって寒いチューブを回転させて排気があたらないようにしたり、マフラーで首元を温めたりしてください。4. チューブ内の結露結露が加湿器チャンバー内に落ちるよう、加温加湿器の位置を調整する(ベッドより低い位置に設置する)、加湿器側のチューブを垂直に釣るなど工夫するとよいでしょう。なお、汎用性のある人工呼吸器の場合は、温度調整ができる回路に変える方法もあります。 訪問看護におけるセルフマネジメント 利用者さんと長く関わるケースが多い当事業所では、「利用者さんのセルフマネジメント」を大切にしています。セルフマネジメントを成功させるためには、利用者さんと医療者が長きにわたってパートナーシップを結び、病気や障害と付き合っていく姿勢が重要。これは、小児にも共通する考え方です。 利用者さんの中には「介護はいらない」と訪問看護を拒否する方もいますが、「対等なパートナーシップを結びませんか?」と説明すると、うまくいく例が多いです。現場では、「知識を教える」ではなく「必要な情報を提供する」と考え、共に生活や人生の質の向上を目指しています。 * * * 在宅での呼吸ケアをするにあたっては、専門的な知識と継続的なサポートが欠かせません。また、利用者さんの生活に深く関わり、その方の生活や人生の質に影響を与えるからこそ、訪問看護師には慎重な対応と長期的な視点が求められます。日々の変化を見逃さず、利用者さん一人ひとりに合わせた支援を行うことが、より安全で安心な在宅療養へとつながります。本セミナーでお伝えした内容が、皆さんの呼吸ケアに少しでもお役に立てれば幸いです。 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

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