利用者・家族からの暴力・ハラスメント 基礎知識【セミナーレポート前編】
NsPace(ナースペース)では、2024年5月10日・24日に、オンラインセミナー「【訪問看護】利用者・家族からの暴力・ハラスメント対策(全2回)」を開催しました。講師として登壇してくださったのは、北須磨訪問看護・リハビリセンター所長で、利用者・家族からの暴力・ハラスメント対策に長らく尽力している藤田愛さんです。 本セミナーでは講義とグループディスカッションを行いましたが、今回は講義の内容を前後編に分けて記事化。前編では、暴力・ハラスメントの基礎知識として、その内容や実態、訪問看護の現場ならではのリスクなどをまとめます。 【講師】藤田 愛さん医療法人社団 慈恵会 北須磨訪問看護・リハビリセンター 所長/慢性疾患看護専門看護師/ヘルスケア・マネジメント修士(専門職)取得神戸市立中央市民病院、兵庫県立西宮保健所に勤務した後、1998年から訪問看護師として活動。2004年の北須磨訪問看護・リハビリセンター開設時から現職。訪問看護師が利用者やその家族から受ける暴力・ハラスメントの予防・改善に長年取り組む。2022年より「訪問看護師等の暴力・ハラスメント研修プログラム」の開発研究も行っている。 暴力・ハラスメントの種類と内容 訪問看護において発生しうる暴力・ハラスメントは、以下の4つが挙げられます。 身体的暴力 殴る、蹴る、ものを投げるといった物理的な攻撃を加える暴力。 精神的暴力 大声で怒鳴る、または怒鳴り続けるなど、苦情・クレームの範囲を超えた言葉や態度で攻撃する暴力。 セクシュアルハラスメント 性的嫌がらせ全般。例えば、訪問時にわざとアダルトビデオを流したり、入浴介助のために看護師が着替えているところを盗撮したりといった例がみられます。 カスタマーハラスメント 看護師の些細なミスをあげつらって執拗に攻撃する、土下座を要求するなどといった、過剰な要求や不当な言いがかり。近年特に増えており、相談や研修の依頼が多く寄せられています。 暴力・ハラスメント行為者は、看護師に対し、「利用者およびその家族の要求にはすべて応えるべき」と考えています。その要求の背景には、訪問看護サービスへの過剰な期待や、社会への不満、孤独感、挫折感の発散といった自己中心的な理由がある場合が多いのです。 暴力・ハラスメントの実態 一般社団法人全国訪問看護事業協会から2019年に発表された「訪問看護師が利用者・家族から受ける暴力に関する調査研究事業 報告書」1)によると、全業務期間の中で何らかの暴力・ハラスメントを受けた経験がある方は、全体の半数近くに上りました。具体的な内訳は、身体的暴力が45.1%、精神的暴力が52.7%、セクシュアルハラスメントが48.4%です。 訪問看護師は「よい看護を提供したい」という思いが強いがゆえに、利用者からの過剰な要求に応じることがあります。そして、利用者やその家族からの暴力・ハラスメントに直面しても「仕方がない」と諦め、受け入れてしまう状況が少なくありません。しかし、利用者や家族を大切にし、よりよい看護を提供することと、暴力やハラスメントを受け入れることは同義ではありません。これらをきちんと区別し、暴力やハラスメントを容認しない姿勢が必要です。 自宅訪問における暴力・ハラスメントのリスク 訪問看護における利用者・家族からの暴力・ハラスメントのリスク要因をみていきましょう。 利用者・家族側のリスク要因 利用者・家族側のリスク要因としては、以下のようなものがあります。 疾患に伴う幻覚やせん妄などの症状がある治療や介護について適切な支援を受けられていない違法行為や暴力行為をした過去がある、攻撃的な言動がみられる、人間関係にトラブルを抱えているといった生活歴や背景がある訪問看護サービスへの過度な期待や誤解がある 利用者の症状や生活背景の把握に努めるとともに、サービスの提供範囲や看護の内容を契約書や看護計画に反映し、正確に理解していただくよう働きかけることが大切です。 事業所側のリスク要因 事業所の管理者・経営者の暴力やハラスメントに対する意識が低いと、トラブルが起きた際に初動が遅れてしまい、同様のトラブルが繰り返されるリスクも高まるでしょう。暴力・ハラスメントの予防や撲滅には管理者・経営者の意識が重要です。 環境のリスク要因 訪問看護は、基本的に密室で1対1、家族がいれば1対多数の状況になるため、暴力やハラスメントが行われた際、判断や証明が難しい環境といえるでしょう。病院や施設のように近くにほかの職員がいないので、応援要請にもすぐには応えてもらえません。また、一般家庭にはさまざまな物品があるため、それらが暴力に使用される可能性も。これも大きなリスクと考えられます。 暴力・ハラスメント対策を行う目的と目標 利用者や家族から訪問看護師への暴力・ハラスメント対策の目的は、訪問看護師の基本的人権を尊重することと、質の高いケアを提供することにあります。訪問看護師の安全が脅かされ、心身に悪影響があれば、質の高いケアの継続的な提供は阻害されます。 ここで忘れてはいけないのが、「被害者の心への影響」です。暴力・ハラスメントが起こると、「適切なアセスメントがされなかったのでは」と被害者である訪問看護師個人の問題にされる傾向があります。これによって被害者が我慢したり、自身の未熟さを責めたりして、心の健康を損なうケースが生じるのです。 そして暴力・ハラスメント対策の目標は、暴力・ハラスメントの発生防止に努めること。また、被害が起きてしまったら最小限にとどめることです。 次回は暴力・ハラスメントへの具体的な対応や被害者への理解・二次被害の防止について解説します。>>後編はこちら利用者・家族からの暴力・ハラスメント 対策&対応【セミナーレポート後編】 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア 【参考】1)一般社団法人全国訪問看護事業協会「訪問看護師が利用者・家族から受ける暴力に関する調査研究事業 報告書」平成31(2019)年3月https://www.zenhokan.or.jp/wp-content/uploads/h30-2.pdf2024/8/22閲覧