がんの治験における訪問看護の親和性と期待

インタビュー
2022年5月31日
2022年5月31日

希少がんの治験にいつか訪問看護師の力が

全国から被験者を募る希少がんでの治験では、訪問看護に期待できるものとしてプレスクリーニング時のオンライン診療の場などが考えられます。今回は、がんの治験に関する訪問看護の親和性を四つの観点から考えます。 砂川優聖マリアンナ医科大学 臨床腫瘍学講座 主任教授 はじめに 今回は、がんの治験に関する訪問看護の親和性を、①がん治験の重要性と困難性 ②治験業務に求められるもの ③訪問看護が関与するオンライン診療のイメージ ④がん患者へのメリット ── の四つの観点から考えます。さらに、DCT(Decentralized Clinical Trial)普及の壁と訪問看護への期待に言及します。 ①がん治験の重要性と困難性 がん治験の対象になるのは、主に進行がんで、余命が告げられた患者さんも少なくありません。訪問看護に従事する皆さんは、そのような患者さん・利用者さんを対象にして、ケアを提供されているのだと思います。 がん治療において、治験そのものが治療となります。従来の薬では症状の改善が見込めない患者さんが対象であり、治験への参加が患者さんの生きる望みとなる場合だってあるのです。 ただ、希少な遺伝子異常を有するがんの場合、治験の対象となる患者さんを見つけるためには、100人検査して1人いるかというレベルで遺伝子異常を探し出す作業を必要とします。 こうした作業を、医療機関への来院に依存する従来型の治験で実施した場合、症例の集積がきわめて困難です。全国的に広く治験の対象となる患者さんを見つける必要性からもDCTは有効であり、さらに、DCTが普及すれば、在宅にいる患者さんに、プレスクリーニング、スクリーニング、そして、治験を実施できる可能性が生まれます。 ②治験業務に求められるもの 治験業務には、決められたプロトコールがあります。高い精度の実施および報告水準が求められ、誰が行っても同じ結果になることが必須です。 看護師という資格のうえに、研修等で治験に必要なスキルを積み上げれば、治験が求める水準の診療補助行為を実施することができるはずです。 こうしたことから、DCTの普及の条件の一つに、治験に対応できる訪問看護師さんの登場があると考えます。 ③訪問看護が関与するDCTのイメージ 治験参加中の患者さんには、採血、採尿、バイタル測定などの検査および観察を実施し、体調の変化や病状の回復具合を調べます。そのようなデータ収集を担うのが訪問看護師さんだとイメージしています。 また、オンライン診療で医師が診察をする際に、患者さんの横に訪問看護師さんが寄り添い、バイタル測定や五感をフル動員して観察を行い、医師に報告するといったDCTへの関与のしかたもイメージできます。 訪問看護師さんがいることで、在宅治験の精度が上がるのだと思います。 ④がん患者へのメリット 自宅などに居ながら治験に参加するにあたって、プレスクリーニングやスクリーニングを含め、患者さんの最も近くにいる訪問看護師さんたちのサポートがあれば、患者さん自身も安心して治験に臨めます。つまり、訪問看護師さんたちがいることで、患者さんが全国のどこに住んでいても治験といった治療を享受できる可能性が生まれます。 たとえば、「治験を実施している医療機関が近くにない」「医療機関が遠くてとても通えない」などと治験を諦めていた患者さん。または、「自分の疾患が治験の対象になるかもしれないという情報すら知らなかった」といった患者さんに、DCTの普及と訪問看護師さんたちの存在は、大きなチャンスを贈ることができるのかもしれません。 DCT普及の壁と訪問看護への期待 日本におけるDCTへの取り組みは、始まったばかりです。オンライン診療の信頼性をどのように確保するか、治験に参加している患者さんの状態を正確に把握するためにはどうするか、得られたデータが治験の水準を満たすのか、拠点病院の設定基準はどのように定めるのか、治験業務を担ってくれる医師・CRC(治験コーディネーター)・看護師の連携はどのように行うのかなど、DCTのレギュレーションを確立するために、乗り越えなければならない壁の高さは決して低くはありません。コスト面に関してのさらなる検討も必要でしょう。 DCTは、そうした高い壁を乗り越えるだけのメリットを、医療側にも患者さん側にももたらすものだと確信しています。 DCTには、デジタルデバイスを含めたICTの発展も欠かせません。しかし、それだけでDCTの質を上げることはできません。臨床の現場にはすぐれた専門職が必要です。患者さんに直接触れ合うことができる訪問看護師さんの存在は、治験の質、日本の医療の質を高めてくれる可能性に満ちています。 記事編集:株式会社メディカ出版

インタビュー
2022年5月24日
2022年5月24日

希少がんの在宅治験の可能性

治験の最前線では、遺伝子解析による希少がんの臨床試験がさかんに実施されています。しかし該当するのは100人に1人以下ということも。ここでは、訪問看護師による希少がんの在宅治験業務の可能性を考えていきます。 砂川優聖マリアンナ医科大学 臨床腫瘍学講座 主任教授 治験はがん治療の有力な選択肢 訪問看護師の在宅治験業務への参加は、DCT(Decentralized Clinical Trial:分散型臨床試験)の普及における鍵の一つとなるかもしれません。DCTが待ち望まれる理由を、私の専門領域であるがん治療の臨床視点で押さえるところから、話を始めたいと思います。 がんが生まれる主な原因は、遺伝子の異常だとされています。そこで、がん薬物治療の主流は、患者さんのがん組織にどのような異常が起こっているのかを調べ(遺伝子解析)、特定の遺伝子異常に対する薬を投与するという方向に向かっています。その薬は治験において投与されています。言い換えれば、現在は、治験そのものが、がんの治療の有力な選択肢となっています。 がん治験の現状 治験は、保険承認を得るための臨床試験です。がん治療における従来型の治験は、薬の効果がまだよくわからない段階で行うものでしたが、現在では、ある程度治療効果が予測できる薬を投与する治験が増えています。 その意味からも、患者さんにとって治療の選択肢として、治験への期待が高まっています。 ところが、日本の場合、がんの治験は首都圏や近畿圏の医療機関に集中しているのが現状です。それ以外の地域に住んでいる患者さんは、遠くまで出向かなければ治験が受けられないという、高いハードルがあります。 がん患者に恩恵をもたらすDCT DCTは、自宅などに居ながら治験に参加できる画期的な方法です。DCTが普及することによって、患者さんが全国どこにいても治験に参加できるというメリットが生まれます。がん患者さんにとってDCTは、治験による治療のチャンスを広げてくれる待望のしくみだといえます。 薬の開発への好影響 薬の開発面に視点を移せば、特に希少がんの場合、治験の対象となる患者さんが見つけにくいという現状があります。患者さんが見つからなければ治験ができず、結果として薬の開発が進みません。DCTの普及により、患者さん発見のアンテナを全国的に広げることができると、薬の開発の速度と精度が上がります。 治験の手続き面でのメリット 近年、治験の手続きがますます複雑化しています。DCTになれば、手続きの全プロセスが電子化され、たとえば、最初に入手した患者情報をそのまま転送できるので、手続きの煩雑さを大きく軽減することができます。 希少がんの治験 私が勤務する聖マリアンナ医科大学では、希少な遺伝子異常を有する固形がんを対象とした治験を行っています。 薬の標的となる遺伝子異常が全固形がんの1%に満たないものもあり、一般的な治験の手法では、症例の集積がきわめて困難です。 一般的な治験の手法とは、すなわち、治験の対象となるかもしれない患者さんに、治験を実施している医療機関に出向いてもらい、がんの遺伝子検査について説明し、同意を得た後に、腫瘍組織の遺伝子解析を行うという手順を必要とします。ところが前述したように治験対象となる合致率は少なく、多くの患者さんが無駄足となってしまいます。 オンライン診療を利用した治験のプレスクリーニング 聖マリアンナ医科大学病院腫瘍内科では、治験の対象となる遺伝子異常がある患者さんを探し出すプレスクリーニングに、オンライン診療を利用する取り組みを行っています。 これにより、候補被験者の紹介を全国レベルまで広げることができ、さらに、患者さんがわざわざお越しにならなくても、治験対象としての適格性があるか否かを判断できるようになりました。 2022年3月時点で10人の患者さんにオンライン診療による治験のプレスクリーニングを実施しました。希少な遺伝子異常であるためまだ異常を認める患者さんが見つかっておらず、治験に移行した患者さんはいませんが、希少がん治験の可能性を実感しています。 DCTの可能性 DCTが運用できれば、現在はプレスクリーニングにとどまっているオンライン診療を、治験の全工程に拡大することができます。その実現には、レギュレーションの整備、治験の質の担保、対費用効果など解決しなければならない壁がいくつかありますが、治験のDCT化は世界的な傾向でもあり、日本においてもDCTの普及に大きな期待が寄せられています。 ――後半へ続く。 記事編集:株式会社メディカ出版

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