特集

口腔ケアと全身の関連

この連載では、実例をとおして、口腔ケアの効果や手法を紹介します。第1回は、口腔の衛生・機能への介入が全身状態を改善させた事例です。

歯科衛生士は口腔管理のプロフェッショナル

私は現在、歯科衛生専門学校の講師として「チーム医療演習」「口腔リハビリテーション」を教えるかたわら、東京都世田谷区の多機能型クリニック歯科室「さくら中央クリニック」に非常勤で勤務し、要介護者の歯科治療や摂食嚥下リハビリテーションに従事しています。
このシリーズでは、口腔ケアの大切さとその手法などについて、実例を紹介しながら解説していきます。

「歯科衛生士という仕事は何か?」と患者さんや看護師に尋ねると、「歯磨き(口腔ケア)を教えてくれるプロ」「歯石を取る仕事」などが返ってきます。でも、口腔ケアにも種類があります。

一般に、歯科医師・歯科衛生士が行うケアは、専門的口腔ケア。患者本人や看護師・介護職が行う口腔ケアは日常的口腔ケアと、区別されます。

専門的な口腔ケアには、口腔の周囲にある筋肉へのアプローチなど、安全な食へ導くためのケア(摂食嚥下リハビリテーションを含む機能的口腔ケア)も含まれます。つまり、歯科衛生士はリハビリテーションにかかわる職種なのです。

私が所属している一般社団法人日本摂食嚥下リハビリテーション学会は、学会員の約2割が歯科衛生士です。同学会では学会指定の研修を受講後、入会後2年以上を経過すると学会認定士受験資格が得られます。私も受験し、摂食嚥下リハビリテーション認定士を取得しました。

このように、歯科衛生士の仕事は、口腔衛生と口腔機能、両面からの口腔管理なのです。

肺炎が約半数に激減! 命を守る口腔ケア

口腔ケアをないがしろにすると全身状態に影響を及ぼすことは、訪問看護師の皆さまもご存じかと思います。

なかでも歯周病菌群は、嫌気性菌であることと、血管を詰まらせてしまうという特徴から、糖尿病と歯周病との相互関連をはじめ、狭心症など重篤な疾患の原因菌であると認識されています1)

米山武義先生の研究2)では、週に1回、2年間、歯科専門職が全国の介護施設に赴いて専門的口腔ケアを行ったグループと、日常的口腔ケアのみのグループとを比較したところ、前者の発熱発症率、肺炎罹患率、肺炎死亡率が、すべて約半数だったことがわかりました。高齢者の死因の常に上位にある肺炎を、専門的口腔ケアが予防する。つまり、口腔ケアが命を守ることに関与できることの、裏づけとなる研究でした。

また、飯島勝矢医師(東京大学高齢社会研究機構)は、「オーラルフレイル(飲み込みづらいなど、口腔機能の軽度の衰え)と、口腔や歯に対する意識低下が放置されると、全身のフレイルや要介護状態につながりかねない」とする知見を述べています。

このように近年、要介護高齢者の口の健康の大切さがいっそう叫ばれるようになったのは、たいへん喜ばしいことです。

このような多くの先行研究に支えられ、私は居宅療養管理指導の一員として、長年要介護者の口腔ケアにたずさわってきました。今回は最後に、そのなかでも記憶に残る症例を紹介します。

【事例】胃瘻でも口腔リハで咳嗽反射が改善

Aさん、女性、80歳。介護度5。胃瘻、心筋梗塞ほか既往あり。
自宅で家族の手厚い介護を受けていたが、心臓発作を起こし救急搬送。無事に手術を終え、回復期病院で退院を心待ちにしていた。しかし発熱が続いたため退院は延期に。娘さんが、入院中も口腔ケアの存続を望まれ、かかりつけ歯科医への依頼となった。

入院前からAさんの口腔ケアに訪問していた私は、かかりつけ歯科医師とともに病院へ向かいました。

胃瘻であっても口腔ケアは欠かせません。私はAさんに、歯磨きと、経口摂取へ導くための摂食嚥下リハビリテーションを、20分ほど行いました。

Aさんの口腔ケア・口腔リハビリ前後の表情の変化

口腔ケア・口腔リハビリ前
口腔ケア・口腔リハビリ後

口がしっかり開き、頬が紅潮しているのがわかります。

その夜、娘さんから電話がありました。

「山田さん、今日も母のところへ行ってくださったのよね。でも母の口の中に、びっくりするくらい痰がたまっていました」

それは、口腔のリハビリやケアでの刺激によって、咳嗽反射が改善し、喉の奥の汚れが口へと出てきた結果でした。ご自分で痰を吐き出せるようになったのはよいことです。

やがてAさんは熱も下がり、数日後に無事に退院されました。もちろん体調によっては、すぐにこのような反応がみられないことや、熱が下がりにくいこともあるでしょう。しかしAさんの場合、歯科衛生士や娘さん、介護職がふだんから口腔ケアを行い、その重要性を認識しており、娘さんが病院での歯科の介入を強く要望したことが奏効したと思います。

次回のテーマは、「義歯」です。

注:居宅療養管理指導では病院に訪問することは通常できません。しかし入院した回復期病院に歯科医は不在で、娘さんが自宅で行っていた専門的口腔ケアを強く望まれたことで実現しました。

執筆
山田あつみ
(日本摂食嚥下リハビリテーション学会認定士、歯科衛生士)

記事編集:株式会社メディカ出版

【参考】
1)山田あつみ.『介護現場で今日からはじめる口腔ケア』飯田良平監.大阪,メディカ出版,2014,71-5.

2)米山武義ほか.『要介護高齢者に対する口腔衛生の誤嚥性肺炎予防効果に関する研究』『日本歯科医学会誌』20,2001,58-68.

この記事を閲覧した方にオススメ

× 会員登録する(無料) ログインはこちら