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【3月11日up】つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!大賞・審査員特別賞・ホープ賞・協賛企業賞【2025】
【3月11日up】つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!大賞・審査員特別賞・ホープ賞・協賛企業賞【2025】
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2025年3月11日
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つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!大賞・審査員特別賞・ホープ賞・協賛企業賞【2025】

NsPaceの特別イベント「第3回 みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。厳正な審査を経て、受賞作品が決定しましたので発表いたします。本記事では、大賞1件、審査員特別賞3件、ホープ賞1件、協賛企業賞5件のエピソードをご紹介します! 「お母さん~看護の襷をつなぐということ~」 投稿者: 木戸 恵子(きど けいこ)さん 株式会社ウッディ 訪問看護ステーションはーと(東京都) 浦安にある、とある病室での20時半すぎ。重い空気が流れるカンファレンスが行われていた。患者さんは、31歳のえみさん。肺がんで12L/分の酸素投与をうけている。えみさんは、涙ながらに、家に帰りたいと医師に訴えていた。えみさんは、1~7歳までの4人お子さんをもつお母さん。憧れの東京ディズニーランドに行くため家族で宮崎から上京した。途中、機内で呼吸困難が出現。着陸後、病院に運ばれた。急展開の中、子供たちと別れた。「お母さん、お母さん」と子供たちの泣く声が聞こえた。必要な治療と厳しいICを受けた。宮崎に帰る体力は乏しく、予断の許さない命と説明されたが、えみさんの強い意思と覚悟に医療者も心揺れた。療養の場は在宅医療と訪問看護へと襷(たすき)が渡った。帰郷を目標に在宅で3日間体調を整える。緩和ケアだけではなく、身体と心に栄養を蓄える。看護師は精一杯、気力を高める手当てをした。一方、静岡・神戸・岡山・宮崎の訪問看護の仲間の協力を仰ぎ陸路帰郷に決定、準備に入った。サロンカーに酸素ボンベを25本備え、エアマットを敷いた。在宅医師と看護師が同乗し宮崎を目指して出発した。20時間後、えみさんの笑顔は子供たちの中にあった。「お母さん、お母さん」とはしゃぐ声が聞こえる。在宅医療と訪問看護は地元のステーションへ襷がつながった。長い1200kmであり、貴重な5日間となった。翌日、えみさんは家族に囲まれ旅立った。 2025年1月投稿 「ハッピーライフ通信を活用してから意味のある看看連携ができた」 投稿者: 大橋 奈美(おおはし なみ) さん 訪問看護ステーションハートフリーやすらぎ(大阪府) ハッピーライフ通信は、退院後、訪問看護の現場を経験していない病院看護師が具体的に想像できるといいなと思い訪問看護での事実を病院へフィードバックしてみようと考えたことから始まった。病院と在宅の看護師間で意味のある連携ができるよう、紹介元へ退院後2~3週間の療養者の様子を写真付きのお手紙『ハッピーライフ通信』にして送る。退院指導された内容の中で、退院後変更した点を肯定的にフィードバックする。ある病院看護師からは、「急性期のベッドサイドケアのみの看護だったが、外の世界を見ることで看護の意味が繋がった。病院ではベッドの回転率に振り回され、看護の喜びが薄れてきて、自分の看護への思いが枯渇してきていると感じることがあった。そんな現状の中で読んだハッピーライフ通信は心に沁みた。良い看取りだったと泣ける喜びを知った。日常の看護では、看護師は泣いていられないくらい忙しい。療養者の安らかな看取りを手紙で届けてくれることは、自分たちの看護が決して無駄ではなく、本当に繋がったということを実感した」とお返事をいただいた。看護師は日常業務に追われ、退院後を知る機会は多くはない。訪問看護師たちも病院看護師もやりとりを通じて、互いの立場や役割、看護への理解が深まり、まさに愛のある看看連携の役に立つ連携、やりがいに繋がっていくと実感する。 2025年1月投稿 「看護師にご褒美をくれたA氏」 投稿者: 田端 支普(たばた しほ) さん 訪問看護ステーションハートフリーやすらぎ(大阪府) A氏は腎臓がん末期、多発肺転移、酸素が必要な状態で1人暮らしの自宅に退院してきました。自宅に帰って第一声は「あ~やっぱり家がいいわ。死ぬまで家にいたい」でした。そして酸素を外し「タバコは死んでもやめへんで」と言って一服したのでした。その時のA氏の幸せそうな顔を今でも覚えています。そんなA氏から夜になると電話が鳴るのです。ターミナル期のA氏からの夜の電話にドキッとしながら電話に出ると「布団がおちた」「明日何時に来る?」という内容に、緊急電話違うやんとホッとしながら返事をして電話を切るのでした。ターミナル期のA氏からの夜の電話は心臓に悪いので、私はこちらから先に電話して「明日は10時に訪問するよ」「もう寝たらすぐ明日やで。お休み」とお休み電話をするようにしたのでした。そんなA氏とのお別れの時が近づいてきたころA氏に「病院と違って夜は1人になるけど退院してきてよかった?」と聞いてみました。するとA氏は、「こんな風に、皆が毎日、来てくれて淋しくなかった」「毎晩、看護師さんとおやすみって電話して、おやすみって答えてくれて、それが嬉しかった」「1人じゃないって思った」「不安で帰って来たけど、不安が安心に変わった」と話してくれました。このA氏の言葉に私は目頭が熱くなりました。A氏の「不安で帰って来たけど、不安が安心に変わった」という言葉に、看護師へご褒美をもらった気持ちになりました。 2025年1月投稿 「意思疎通、出来ます。」 投稿者: 服部 景子(はっとり けいこ) さん 愛全会 訪問看護ステーションとよひら・ちゅうおう(北海道) 80代女性、脳梗塞、失語、介護5。ケアマネより「意思疎通不可の方。大声を上げる為2箇所のデイサービスから利用終了と言われ困っている」と訪問依頼。トシ子さんは身体を固くし大きな声を上げ続けており、バイタルどころか全てのケアを拒否されます。表情を固くしたままの娘さんとも会話が続きません。4回目の訪問時、玄関の外までトシ子さんの声が響いていました。「デイサービスから迷惑と言われてしまいました。マンションからも苦情が来ないか気がかりです」と娘さんがうつむきます。「意味無く声を上げている訳では無いと思います。一生懸命何か伝えて下さっているのに、汲み取れない私が悪いんです。鈍い看護師でごめんなさい」。そう伝えると、娘さんの頬が緩んだように見えました。いつもは娘さんだけを目で追うトシ子さんが、突然私と視線を合わせ顔をしかめて声を上げます。「トシ子さん何処か辛いのですか?」と尋ねると、微かに頷いて返事をしてくれました。その様子を見て、娘さんも私もびっくり。腕?腰?足?には無反応、お腹?に"うん"と。便は2日置きに出ていると聞いていましたが、浣腸で大量排泄。その後、整腸剤内服と週1回の摘便で、大声を上げる事が無くなりました。今では、バイタルはもちろんリハビリも出来ます。ニコッと微笑んでくれますし、一緒にハミングしたり、テレビを見て笑ったり、デイサービスにも通っています。皆様!トシ子さんは意思疎通可です! 2025年1月投稿 ※訪問看護歴3年未満の方対象 「いつものアップルパイ」 投稿者: 梶本 聡美(かじもと さとみ) さん 訪問看護ステーションかすたねっと(大阪府) 脳腫瘍により片麻痺や失語症があるTさんはご主人の介護を受けて生活しており、台所に立つこともなくなっていた。訪問看護に対していつも受け身で淡々としているTさんはどこか諦めを感じているように見えた。作業療法士としてどう関わればいいか悩んでいた私に、管理者が「Tさんとアップルパイ作らない?」と声をかけてくれた。管理者が訪問した時にTさんが「私の作るアップルパイ美味しいのよ」と言っていたらしい。こうして始まった訪問看護でのアップルパイ作り。Tさんは言葉が出難いながらも作業の助言をしたり、煮詰めたりんごの火加減を確認するなど、表情豊かで精力的に動いていた。アップルパイ作りが気になるスタッフやケアマネも訪問し、賑やかになった空間の中心にはTさんの笑顔があった。焼きたてのアップルパイを食べ「いつもの味」と呟いたTさん。今後できないことが増えても、今できること、楽しめることを探して関わっていきたいと思った。 2025年1月投稿 看護のアイちゃん:本物の看護がしたい賞 協賛企業: セントワークス株式会社処置屋さんでも報告屋さんでもない、本物の看護がしたい!として誕生したソフト『看護のアイちゃん』です! 「パソコンの得意な看護師さん」 投稿者:小出 真理子(こいで まりこ) さん 訪問看護ステーション オリーヴ(長野県) 数年前に受けたALSの男性のお話です。一年前から急激に進行しており退院したいがこれが最後かもしれないと病棟でカンファレンスに呼ばれました。数名の医師や病棟看護師、ケアマネージャーなど見たこともない数の専門職が集まっていました。本人は気管切開を拒否しており病棟看護師が泣き出すくらい悲壮な雰囲気が漂っていました。訪問2日目、私たちも緊張しながら医療機器を操作したり本人の希望であるノートパソコンを起動。呼吸苦の中やっとのことでパソコンを開けると画面には初期化しますか?という見慣れない表示。困惑して諦めようとしていたので操作を代わりました。彼が指示した場所を開けてみると画像添付されており元職場の部下からでした。画像を開けると、今より自信に満ちて笑顔の健康的なご本人の証明写真でした。開けた時に、私はハッとして遺影にされるつもりなのだと感じました。彼は私に「これだけが心残りで、パソコン操作をしたかった」と満足げでした。それからすぐ病院に戻られ数ヶ月後に亡くなられました。奥様にお悔やみのハガキを送ると「パソコンの得意な看護師さんだったんだぞ」と妻に語っていたと記されていました。数回しか関わりの無かった方でしたが、心残りのない人生を支援したいという看護観があの時形成されたのを感じます。 2024年12月投稿 「無人島に街を!」メディヴァ賞 協賛企業: 株式会社メディヴァ患者視点の医療改革を理念に、医療・介護・予防分野において、革新と価値創造を目指すコンサルティング企業 「地域に開かれた場所として」 投稿者: 馬場 直子(ばば なおこ) さん 訪問看護サボテン砂町(東京都) 脳梗塞後遺症、糖尿病による褥瘡悪化の創処置にて訪問看護利用となった80代女性。夫と息子と3人暮らし。夫、心臓の持病を抱え介護のストレスを訴えていた。数カ月後、妻の容態が急変し入院。入院後コロナ禍で面会が出来ない状況となり、頻回にステーションに立ち寄り妻の心配を話し帰られる。それがしばらく来ない日が続き心配していた矢先、亡くなったとケアマネより連絡あり。お悔やみに訪問した際、もっと色々としてあげたらと後悔を口にする。その後、1人になった寂しさや自身の体調の不安定さから、以前の様に頻回にステーションへ顔を出すようになる。朝早くまた昼、夜と。ステーションに居るスタッフが血圧測定や健康相談、何気ない話で安心した顔で帰って行く。下町の商店街にあるステーションで、子供や高齢者、海外の方など知らない方でも気軽に立ち寄れる場所。これからも、地域の輪が広がってほしいと思います。 2025年1月投稿 東洋羽毛賞 協賛企業: 東洋羽毛工業株式会社私たちは現場で頑張る訪問看護師の皆様を快適な眠りでサポートします。 「マクワウリ」 投稿者: 木内 亜紀(きうち あき) さん 地域ケアステーションゆずり葉(埼玉県) 初めて訪問した日、彼は怒っていた。これまでの医療者との関わりに不満を募らせる彼にどうしたら傍に寄せてもらえるのか。彼の心が穏やかだった頃ー。そうだ、子供の頃美味しかったものはなんですか?季節は6月終わり。夏の暑い最中に食べた懐かしい味を思い浮かべてもらう。「マクワウリかな。井戸水で冷やして食べた。美味かったなぁ」。一瞬、子供に戻って教えてくれた。心の扉がほんの少しだけ開いたけど、マクワウリって?すぐにステーションの皆にヘルプ。最年長看護師が休日に青果市場で発見!早速お届けすると目をまん丸にさせて「どこにあったの?」とクシャクシャな笑顔。その日から少しずつ目が優しくなった。怒っている人は、大切にされたい人。ある日、彼から「病院にいた時にお世話になった人にお礼がしたい」と頼まれた。名前もしっかり覚えている。一か八か、その場で病院に連絡してみた。するとたまたま出勤日で、電話にも出てくださった。彼は電話口で大泣きしながら「ありがとう。あなただけが僕に親身になってくれた。本当に感謝してる」と伝えていた。電話を切った後、まだ泣いていた。私もちょっと泣いた。それから数日、彼はひとり暮らしのベッドの上で亡くなっていた。社会的には孤独死というのかもしれない。でもきっと彼はひとりじゃなかった。そう思う。天国で、先に逝った大切な人とマクワウリの話をしてくれていたら嬉しいな。 2025年1月投稿 Tomopiia賞 協賛企業: 株式会社 Tomopiia看護師の『聴く』を育てる、新しい看護のカタチ「SNS看護」が学べるTomopiia(トモピィア)です。 「経験年数を超えて」 投稿者: 越村 麻子(こしむら あさこ) さん なないろ訪問看護ステーション(千葉県) 血管性認知症の利用者さん。いつも無表情でいわゆる易怒性があり、看護師へ怒鳴ることは日常茶飯事、時にはケア中手を上げることも。彼を担当しているのは、ブランク25年を経て訪問看護師1年目となったNさん。ある日Nさんと同行することになりました。ケア中、髭剃りのため首にかけたタオルを外そうとする利用者さん。私は咄嗟に「外さないで大丈夫です、これから髭剃りをしますから。」と伝えたが、Nさんは利用者さんの行動を不思議そうに見ていた。すると利用者さんは緩慢な動作で、Nさんの手についた汚れをそのタオルで拭き「わりぃね」と一言。「何かと思った、ありがとうございます」と返すNさん。2人で朗らかに笑っていました。私は、認知症の利用者さんが「状況理解ができずタオルを外そうとした」と決めつけていた自分に気付きハッとしました。Nさんは「何かは分からないけど、何かをしたいんだろうと思って」と言っていました。良いケアの提供に、経験年数は関係ないな。誰のためのケアなのか、心地よいケアとは。ケア専門職として忘れてはいけないことを、Nさんから学んだ日でした。 2024年11月投稿 NTTプレシジョンメディシン賞 協賛企業: NTTプレシジョンメディシン株式会社業務をまるごとDX。訪問看護ステーション用電子カルテ「モバカルナース」 「後悔しない人生」 投稿者: 鈴木 沙恵子(すずき さえこ) さん ハレノヒ訪問看護ステーション(東京都) 利用者様から学ばせていただいたお話です。「人生はあっという間に終わってしまうんだよ。後悔しないために毎日努力を続けなさい。」90代男性Kさん。職業元デザイナー。人生の終末期にいただいた言葉でした。Kさんはそう言いながら笑顔で私の首にスカーフを巻いてくれました。どの色が合うかコーディネートするその表情はとても真剣で、Kさんであり続けるその姿勢に胸が熱くなりました。この3日後、Kさんは永眠されました。相手の気持ちを受けとめること。丁寧にお辞儀をすること。感謝すること。いただいた笑顔に、もっと大きな笑顔でお返しするとその場の空気が変わること。在宅の現場で仕事をしている私は人生の大先輩方にたくさんのことを学ばせていただいています。利用者様が医療者にお世話になっていると感じるのではなく、利用者様が辛いときや苦しい時にはたくさんの人が自分を支えてくれるんだと思える環境を提供することが、在宅医療だと感じています。これからも私のありがとうの気持ちは心からのありがとうだと伝わるように、ひとつひとつ丁寧にケアを行っていきたいと思います。私の人生の最期に、Kさんのように前向きで真っすぐで、誠実な言葉を誰かに残せるだろうか。その時伝えられる言葉が、看護師として努力してきた自分の証となる言葉だといいな、と心から思っています。 2024年12月投稿 皆さま、おめでとうございます! 入賞作品については、こちらの記事をご覧ください。つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!入賞 編集: NsPace編集部 [no_toc]

IAD(失禁関連皮膚炎)とは? 鑑別が必要な疾患も紹介【多数の症例写真で解説】
IAD(失禁関連皮膚炎)とは? 鑑別が必要な疾患も紹介【多数の症例写真で解説】
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2025年3月11日
2025年3月11日

IAD(失禁関連皮膚炎)とは? 鑑別が必要な疾患も紹介【多数の症例写真で解説】

在宅療養者によくみられる皮膚症状を、皮膚科専門医の袋 秀平先生(ふくろ皮膚科クリニック 院長)が写真を見比べながら分かりやすく解説。今回はIAD(incontinence associated dermatitis:失禁関連皮膚炎)を取り上げます。 はじめに~普通の皮膚科医が思っていること IADとは何か IAD(アイエーディ)はincontinence associated dermatitisの略で、直訳すれば「失禁関連皮膚炎」となります。2007年、「便や尿が会陰部へ接触した際に生じる皮膚の炎症」として提唱されました1)。日本創傷・オストミー・失禁管理学会の定義2)によれば、IADは「尿または便(あるいは両方)が皮膚に接触することにより生じる皮膚炎」とされており、いわゆる狭義の湿疹・皮膚炎だけでなく、物理・化学的皮膚障害、皮膚障害性真菌感染症を含んでいます。 つまりIADは診断名ではなく、失禁患者における外陰部周辺の広義の皮膚障害を表す概念であって、失禁ケアの重要性、必要性を喚起するためにつくられたものと考えられます。 この連載の第2回で触れましたが、皮膚科の世界では「皮膚炎」は湿疹とほぼ同義語です。一方、真菌による炎症は「真菌感染症」であり、真菌による湿疹(=皮膚炎)とは呼びません。そのあたりが、皮膚科医にとっては「IADの定義がちょっと気持ち悪い」と感じるところになっています。 >>「第2回」についてはこちら湿疹皮膚炎とは? 種類や症状、改善方法が分かる【写真で解説】 IADの重要性 筆者が初めてこのIADという概念に接したときに、正直に申し上げれば「普通に診断すればよいのでは」と思いました。しかし病院、在宅、施設のすべての現場に皮膚科医が居合わせるわけではありません。看護・介護のケアによって予防でき、患者のQOL(quality of life:生活・生命の質)の向上を考えれば、おむつ回りの皮膚のトラブルをIADとして捉えることは十分に意味があると感じています。 私は一般の在宅診療のほか、数件の高齢者施設にも出向いて診療しています。2024年のデータですが、1月から3月までの間に95人の施設入居者の診療を行いました。主訴として一番多かったのは湿疹皮膚炎です。IADをあえて病名としてみると、IADを主訴とする例は6人、主訴ではなく副訴としてIADの状態にあったのは16人。合計すると22名になり、全体の4分の1近くにのぼることが分かりました(表1)。施設でもIADが大きな問題になっていることを感じます。 本稿では皮膚科医として、発生してしまったIADや鑑別すべき疾患などについて解説します。 表1 2024年1~3月における高齢者施設往診時のデータ   コラム IADと皮膚科医IADという概念は、皮膚科医の間に広く浸透しているものではないようです。詳しく調べたわけではありませんが、筆者の周囲、特に在宅や施設に関わったことがない医師や、若い皮膚科医の間での認知度が低いように感じました。さらに、IADの延長線上にはMASD(moisture associated skin damage:水分関連皮膚損傷)3)という概念がありますが、そちらに至ってはほとんどの皮膚科医が知らないように思います(筆者も、2024年の第33回日本創傷・オストミー・失禁管理学会学術集会に参加するまで知りませんでした)。 実際の皮膚の症状を見てみよう ここからはIADとされる状態、あるいはIADと鑑別が必要と思われる皮膚疾患について症例写真をもとに解説します4)。 IADに包括される疾患 (1)(尿・便による)接触皮膚炎刺激性接触皮膚炎で、おそらくこれが頻度としては一番多いでしょう。刺激性接触皮膚炎は皮膚のバリア機能と刺激物との戦いですから、浸軟してバリア機能が落ちている外陰部では容易に発症します(図1)。 図1 刺激性接触皮膚炎 尿・便の刺激や洗いすぎにより紅斑・腫脹・鱗屑がみられます。鱗屑に真菌が存在するかどうかは、視診だけではわからないので検査をおすすめします。 (2)真菌感染症カンジダによる場合と白癬による場合があると思われます(図2)。この連載の第3回で記したように、検査によって真菌を証明することが理想です。 >>「第3回」についてはこちら真菌症とは? フットケアにも活かせる知識【写真で解説】 図2 真菌感染症 (左)臀部の白癬です。本連載の第3回で述べたように、境界明瞭な紅斑・堤防状隆起・中心治癒傾向の3つの特徴を持っています。(右)カンジダ症です。膜様鱗屑を付着しています。視診だけで診断するのは難しいかもしれません。 (3)臀部肉芽種臀部中心に、肉芽腫様の結節が形成される疾患です(図3)。不潔や浸軟が原因とされています。 図3 臀部肉芽腫 肉芽腫様の結節(→)を認める。 (4)間擦疹(かんさつしん)間擦部(鼠径部、肛門周囲など皮膚が擦れて摩擦を受ける場所)に生じる皮膚の炎症です(図4)。 図4 鼠径部に発症した間接疹   * * * 上記(1)(3)(4)は真菌と関係なく発症しますが、それぞれに真菌感染も合併することがあるため注意を要します。 IADと鑑別する必要がある皮膚疾患 (1)単純疱疹と帯状疱疹真菌症と同じく病原体による感染症ですが、単純疱疹と帯状疱疹はIADには包括されていません。この両者は同じヘルペスウイルス科に属するウイルスにより発症し、個疹(一つひとつの皮疹の形)では区別できないため、皮疹の分布や症状などで診断します(図5)。診断が難しい場合、最近では鑑別するためのキットが販売されており、キットを用いた検査も行われています。 図5 単純疱疹と帯状疱疹 個疹(それぞれの皮疹)は頂点が少し陥凹した水疱が基本ですが、帯状疱疹は通常、単一の神経の支配領域に分布するため左右どちらかに限定されます。 (2)腫瘍性疾患図6は前医に湿疹と診断されて外用薬を長く使用されていた例ですが、実際には陰嚢に生じた乳房外パジェット病(アポクリン腺という汗をつくる組織から生じる皮膚がん)でした。湿疹であればIADの範疇に入りますが、腫瘍は尿・便失禁とは関係ないですね。ほかに発生する可能性がある腫瘍として、悪性のものでは基底細胞癌、有棘細胞癌、ボーエン病など、良性では脂漏性角化症や被殻血管腫などが挙げられます。腫瘍か否かを判別するのは意外に難しく、皮膚生検を要する場合もあります。 図6 乳房外パジェット病 基本的にはIADと区別すべきだが、失禁の影響で増悪する場合が多い皮膚疾患 (1)褥瘡褥瘡とIADはもちろん別物ですが、仙骨部から臀部にかけての褥瘡の好発部位はIADが発生する部位に一致し、浸軟や摩擦で皮膚が脆弱化しているため褥瘡もできやすくなっています。実際に診療の場で「これは褥瘡とすべきなのか、IADなのか」と迷う例もあります(図7)。 図7 褥瘡かIADか悩んだ例 「褥瘡ができました」と診察依頼があった例です。丸をつけた仙骨部には瘢痕が見られ、その部分は褥瘡であったように思われます。一方で矢印のびらんは、IADとすべきか、と考えます。 (2)老人性臀部角化性苔癬化皮膚臀裂部の上方両側に、肥厚してザラザラした局面をつくる状態です。「座りダコ」と考えてよいと思います。バリア機能が低下するため、湿疹や真菌症を起こしやすく、乾燥して亀裂を生じ、潰瘍化する場合もあります。保湿や外用薬による治療やケア、姿勢(座り方)の矯正といった介入が必要です(図8)。尿・便の影響を強く受けますが、それらと関係なく発症するためIADに包括はされません。 図8 老人性臀部角化性苔癬化皮膚 老人性臀部角化性苔癬化皮膚です。左右は別の例ですが、角化・苔癬化した皮膚は脆弱で、びらんや潰瘍化しやすくなります。 IADを見たらどうする? IADに遭遇した場合の治療指針として、「おむつ皮膚炎治療アルゴリズム」があります5)(図9)。この場合の「おむつ皮膚炎」はIADと読み替えてよいでしょう。 まずミディアム以下のステロイドを外用し、改善すればそれでOK、改善しない場合に皮膚科医の診察を要請し、必要に応じて真菌検査を行うというものです。結果的に3週間後に6割弱で改善以上という成果を得られていますので、すぐに皮膚科医が診察できない場合は参考にされるとよいでしょう(本当はいろいろな現場で皮膚科医が診察することができればよいのですが)。 図9 おむつ皮膚炎治療アルゴリズム 【おむつ皮膚炎】おむつを当てている部位における紅斑・びらん・浸軟などの皮膚症状常深祐一郎先生の許諾を得て転載 最後に IADについては看護領域で多くの参考となる著作があります。NsPaceの「在宅の褥瘡・スキンケアシリーズ」でも解説されています。今回はIADが生じるメカニズムや、評価のためのIAD-setなどには触れず、純粋に皮膚科医としての視点で述べてみました。みなさまの参考となりましたら幸いです。 >>予防的スキンケアに関する記事はこちら在宅の褥瘡・スキンケアシリーズスキンケアのポイントは?失禁関連皮膚炎(IAD)のアセスメントと予防 執筆:袋 秀平ふくろ皮膚科クリニック 院長東京医科歯科大学医学部卒業。同大学学部内講師を務め、横須賀市立市民病院皮膚科に勤務(皮膚科科長)。1999年4月に「ふくろ皮膚科クリニック」を開院。日本褥瘡学会在宅担当理事・神奈川県皮膚科医会副会長・日本専門医機構認定皮膚科専門医編集:株式会社照林社 【引用文献】1)Gray M,Bliss DZ,Doughty DB,et al.:Incontinence-associated dermatitis:a consensus.J Wound Ostomy Continence Nurs 2007;34(1):45-54.2)日本創傷・オストミー・失禁管理学会編集:IADベストプラクティス.照林社,東京,2019:6.3)Young T:Back to basics: understanding moisture-associated skin damage.Wounds UK 2017;13(2):56-65.4)袋 秀平:IADとする前に―包括される疾患と鑑別が必要な疾患―.MB Derma 2021;316:37-44.5)常深祐一郎,福田亮子,出口亜紀子,他:高齢者のいわゆる「おむつ皮膚炎」に対する治療アルゴリズムの提案.看護研究 2015;48(2):180-188.

訪問看護師が知っておきたい医療費助成制度 基礎知識&概要
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特集
2025年3月4日
2025年3月4日

訪問看護師が知っておきたい医療費助成制度 基礎知識&概要

医療費助成制度は、患者さんの自宅療養を支える上で欠かせないサポートですが、複雑で分かりにくい側面があります。そのため、訪問看護師として助成制度についてしっかりと理解しておくことが重要です。今回は、訪問看護にかかわる代表的な助成制度を取り上げ、その概要を分かりやすく解説します。 ※本記事は、2025年1月時点の情報をもとに構成しています。 医療費助成制度の基礎知識 患者さんから質問されて、特に答えにくいのが医療費に関することではないでしょうか。健康保険証を持っている場合、医療費の自己負担割合は、原則として高齢者は1割、未就学児は2割、それ以外の人は3割と決められており、年齢によって割合が異なります。また、高齢者の医療費は1ヵ月の上限が18,000円だったり、自治体によっては小児の医療費がかからなかったりと、条件によってまちまちで複雑です。 改めて、医療費助成制度に関する考え方を図1で簡単に示します。 図1 医療費と自己負担分、助成制度 (1)は、治療を受けたときの医療費の総額を示しています。(2)は、医療費の保険者負担分と自己負担分を表しています。(3)は自己負担分に対して医療費が助成される場合を示しています。(4)は、自治体からさらに助成を受けられる場合のイメージです。 訪問看護においては、患者さんの金銭的な負担を減らすさまざまな制度があります。病院では相談室の社会福祉士や事務が対応しますが、訪問看護ステーションでは訪問看護を担当する看護師が直接質問を受けることも多いでしょう。 ここからは、訪問看護を行う上で知っておいたほうがよい医療費に関する代表的な助成制度の概要を説明したいと思います。 指定難病に関する助成制度 指定難病患者さんへの医療費助成は、患者さんの自己負担が所得に応じて1,000円から30,000円まで変化します。病院や診療所、薬局、訪問看護ステーションなどの自己負担額は、患者さんごとに決められた上限額までです。 なお、患者さんによって月初に「自己負担上限額管理票」の記入が必要となる場合があります。その際は、毎月月末に患者さんの自己負担額が確定してから記入します。 高額療養費制度 医療機関を受診し、自己負担額が高額になったときに、患者さんの負担を少なくしてくれるのが高額療養費制度です。医療機関や薬局に支払った額が、上限額を超えた場合に、その超えた金額が支給されます。一時的な自己負担はありますが、申請すれば、後から払い戻されます。 支払いを上限額までに抑えたい場合は、「限度額適用認定証」またはマイナンバーカードによる健康保険証(マイナ保険証)※1を利用します。限度額適用認定証は、訪問看護がスタートした患者さんから、健康保険証と別に確認してほしいと言われることがあります。 ※1 マイナンバーカードによる健康保険証(マイナ保険証)は、限度額適用認定証を兼ねています。 高額療養費制度は患者さんが恩恵を受けることが多く、大抵の場合、70歳以上であれば18,000円、70歳未満であれば85,000円以内に収まります※2。また、「世帯合算」や「多数回該当」のしくみにより、さらに負担額を減らすことも可能です。 ※2 上限額は、年齢や所得によって異なります。適用区分と上限額に関する詳細は厚生労働省のサイトをご参照ください。▼厚生労働省:高額療養費制度を利用される皆さまへhttps://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryouhoken/juuyou/kougakuiryou/index.html さらに、介護サービスを利用していれば「高額介護合算療養費制度」が活用できます。この制度は、医療保険と介護保険における1年間の自己負担の合算額が高額な場合に、自己負担を軽減する制度です。 自立支援医療制度(精神通院医療、更生医療、育成医療) 自立支援医療制度は、心身の障害を除去・軽減するための医療を提供するにあたり、患者さんの医療費の自己負担を軽減する制度です。 小児に関する支援医療制度が更生医療と育成医療、精神科系の疾患に関する支援医療制度が精神通院医療として区分されています。 更生医療は、身体障害者福祉法第4条に規定された身体障害者が対象となります。また、育成医療は、児童福祉法第4条第2項に規定される障害児(幼児:満1歳から、小学校就学の始期に達するまでの者)が対象となります。精神通院医療は、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第5条に規定された統合失調症、精神作用物質による急性中毒またはその依存症、知的障害、その他の精神疾患を有する者が対象となります。 自己負担額は0円から20,000円までですが、一定所得以上に該当する場合や「重度かつ継続」(継続的に相当額の医療費負担が発生する方1))に該当しない場合は対象外となります。 その他の医療支援制度 生活保護の医療扶助と介護扶助 その他の医療費に関する支援制度として生活保護における医療扶助と介護扶助があります。医療・介護サービスは公費で負担されるため自己負担はありません。 特定疾病療養費 特定疾病療養費は、慢性腎不全や血友病、HIV感染者の高度な治療を長期間にわたって継続しなければならない療養について、自己負担限度額を減額する高額療養費の特例の制度です。 基本的には、毎月10,000円の負担となりますが、透析については70歳未満の標準報酬月額53万円以上の方は自己負担限度額が20,000円になります。 * * * 医療費には、各地方が独自に実施する助成制度もあります。都道府県や市区町村ごとに異なる助成が行われています。 代表的なものとして子どもの医療費にかかる助成が挙げられます。「中学卒業まで」や「高校卒業まで」と住んでいる自治体によって対象となる年齢の違いがあります。さらに、乳幼児医療やひとり親家庭医療、重度心身障害者医療に対する支援も行われています。支援内容は、地域による差が大きく、その違いは各自治体を比較してみると分かると思います。 医療費助成制度を正しく理解しよう 訪問看護ステーションでの毎月のレセプト作成や、患者さん・利用者さんから自己負担額を受け取るにあたって疑問に思うことも多くあると思います。それは医療保険制度や医療費助成制度が複雑で理解しづらいためです。 今回は訪問看護に関連する助成制度の概要を解説しました。今後は、各助成制度の具体的な利用方法や申請のポイントをさらに詳しく紹介していきます。患者さんや家族が適切な支援を受けられるよう、必要な知識をしっかりと身につけましょう。知識を深めることで、あなたの仕事にもきっと役立つはずです。 【今後のラインアップ】第2回 指定難病に関する助成制度について第3回 高額療養費制度について第4回 小児に関する医療支援制度について第5回 精神科領域に関する医療支援制度について第6回 その他の医療支援制度について(生活保護、特定疾病療養など) 執筆:木村 憲洋高崎健康福祉大学健康福祉学部医療情報学科 教授 武蔵工業大学(現・東京都市大学)工学部機械工学科卒業、国立医療・病院管理研究所研究科(現・国立保健医療科学院)修了。民間病院を経て、現職。著書に『<イラスト図解>病院のしくみ』(日本実業出版社)などがある 編集:株式会社照林社 【引用文献】1)厚生労働省:障害者福祉.https://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/jiritsushienhou04/ 2025/1/31閲覧

ニャースペースのつぶやき 夏
ニャースペースのつぶやき 夏
特集
2025年3月4日
2025年3月4日

世代を越えた関わりがほほえましい ニャースペースのつぶやき【訪問看護あるある】

家にいるから家族と触れ合える 在宅療養をしているからこそ、お孫さんとの関わりが持てることも。ほほえましいにゃ 在宅で療養していると、世代を越えた家族との触れ合いがあったり、利用者さんがご家族のケアを担っていたりすることも。訪問看護師さんからは、「車椅子の利用者さんが、幼児のお孫さんの食事のお世話をしているケースもあります。関わりや役割を持てて利用者さんも嬉しそうです」「ベッド上の生活をしている利用者さんがいらっしゃいましたが、お孫さんがベッドに乗って一緒に遊んだり、添い寝したりしていることもあり、とても良い表情をしていました」といった声が聞かれました。 ニャースペース病棟経験5年、訪問看護猫3年目。好きな言葉は「猫にまたたび」「わかる!」「こんな『あるある』も聞いて!」など、みなさんの感想やつぶやき、いつでも投稿受付中にゃ!>>投稿フォーム

ストーマトラブル対処法 装具選択とケーススタディ【セミナーレポート後編】
ストーマトラブル対処法 装具選択とケーススタディ【セミナーレポート後編】
特集 会員限定
2025年2月25日
2025年2月25日

ストーマトラブル対処法 装具選択とケーススタディ【セミナーレポート後編】

2024年11月8日に開催したNsPace(ナースペース)オンラインセミナー「事例で解説!ストーマトラブル対処法」。講師は、ながのホームケアコンサルティング代表/皮膚・排泄ケア認定看護師の原慎吾さんです。豊富な経験をふまえ、ストーマトラブルの解消につながるアセスメントや装具選択について、具体的に紹介してくださいました。セミナーレポート後編では、装具の選び方や、実際の事例検討の様子をまとめます。 ※75分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 >>前編はこちらストーマトラブル対処法 アセスメントと原因【セミナーレポート前編】 【講師】原 慎吾さんながのホームケアコンサルティング代表/皮膚・排泄ケア認定看護師急性期の中核病院に20年以上勤務し、ストーマ、褥瘡の管理などを10数年経験。トラブルが起きても通院できない患者さんをサポートする必要性を感じ、起業。病院や施設、医療機器メーカーへのコンサルティング事業を展開するほか、ストーマアクセサリーの開発も手がける。2021年には訪問看護ステーションも開業。 装具とアクセサリーの選択 装具の変更を検討するにあたっては、以下の4つのポイントを押さえておきましょう。 ポイント1:皮膚保護剤の組成 面板選びでは、皮膚保護剤の素材を考慮する必要があります。細かく理解するのは大変なので、長期用、中期用、短期用といった使用期間に着目するのがおすすめです。 >>関連記事皮膚保護剤(面板)の組成については以下をご参照ください。【セミナーレポート】後編:装具を選ぶポイントとケーススタディ-明日から生かせる! ストーマトラブルへの対応- ポイント2:面板の形状 装具には、柔らかくて皮膚への影響が少ない平面装具と、硬いプラスチックや皮膚保護剤で作られた凸面装具とがあります。 硬い腹壁には平面装具(および柔らかい皮膚保護剤)を、柔らかい腹壁には凸面装具(および硬めの皮膚保護剤)を選択するとよいといわれています。硬い腹壁に硬い凸面装具を貼ると、互いに押し合うことで剥がれやすくなったり、お腹の皮膚に圧力がかかり、皮膚損傷の原因となったりすることがあります。逆にしわの多い腹壁に柔らかい平面装具を使うと、その腹壁のしわで伸びたり縮んだりして、漏れの原因になるため注意しましょう。 腹壁の状態は、お腹に対して指の向きを並行にして押し当てて確認します。沈む指が1本以下なら硬い、1本以上2本未満なら普通、それ以上は柔らかいと判断します。 なお、凸面装具の形状には、メーカーごとに違いがあります。また、同じように「柔らかい凸面」と表現されていても、プラスチックの柔らかさは会社によって異なるもの。そのほか、コンベックスの有無、コンベックスの高さにも差があります。各メーカーの特徴を把握すると選択しやすくなるので、ぜひ利用者さんの装具を触って研究してみてください。 ポイント3:コスト 凸面装具よりも平面装具のほうが単価は安く、1枚300円台から購入できるため、コストを考えれば平面装具で管理できるストーマが理想的です。 ただ、最も重要なのは「漏れないこと」なので、単価にとらわれすぎないようにしてください。実際に、私の印象では、ストーマ保有者の8割以上は凸面装具を使っています。 ポイント4:アクセサリーの選択と使用 装具に加えて選択されるアクセサリーとしては、粉状皮膚保護剤や、粘土のような用手成形の皮膚保護剤が代表的です。在宅の場合、ストーマを保有する利用者さんの皮膚トラブルにはよく粉状皮膚保護剤を使うので、1本は用意することをおすすめします。くぼみやしわの補整に使う用手成形は、アレルギーがなければ、どのメーカーのものを使ってもOKです。 ストーマ傍ヘルニアへの対応 ストーマの周囲の皮膚が膨隆する「ストーマ傍ヘルニア」は、術後時間が経ってから発生する慢性合併症です。座位や立位をとって重力がかかると腸管が脱出し、臥位になると戻ります。腹壁が動くため、面板を貼るのが難しく、剥がれやすくもなります。 このケースでは、突き出た部分と反発したり皮膚を傷つけたりする可能性があるため、硬い凸面装具は使えません。同じく深い凸面装具も、押し合ってしまうのでNGです。平面装具や柔らかい凸面装具、浅い凸面装具は、実際に試してみないとわかりませんが、漏れのリスクが高まります。 そこで活用してほしいのが、ストーマ用ベルト。10,000円ほどかかりますが、腹壁の動きを抑え、安定させてくれます。臥位になる就寝中は外し、活動時のみ着ければOKです。 嵌頓(かんとん)には注意を ストーマ傍ヘルニアには、臥位でも腸管の突き出しが戻らない「嵌頓」という状態もあります。臥位になると腹壁が平らになる場合は心配ありませんが、嵌頓が見られた際には医師に相談してください。 ストーマ皮膚トラブル・ケーススタディ 最後に、実際の事例における対応を見ていきましょう。 ストーマ近接部にびらんがある場合 面板をストーマより1、2mm大きめにカットして貼ると、びらん、浸出液が出る部分に重なるため密着しません。そこに排泄物が入り込み、びらんが悪化します。 対処方法としては、粉状皮膚保護剤を使用します。散布すると、浸出液を吸ってゼリー状になり、びらん表面に膜を作って皮膚を保護してくれます。 ただし、粉状皮膚保護剤の効果は長くもちません。とくにびらんがひどい場合は、粉状皮膚保護剤を使いながら装具の交換を連日行い、排泄物が皮膚を溶かす時間をなるべく減らします。すると、10日ほどで状態が改善するので、そこから装具の変更やアクセサリーの追加を検討しましょう。 ストーマの最大径と基部径の差が大きい場合 ストーマの頭(最大径)が大きく首(基部径)が小さい「マッシュルーム型」になるケースでは、面板を頭のサイズに合わせてカットするとストーマ周囲の皮膚の露出が大きくなり、ただれてしまいます。 この場合は、面板の穴を首のサイズに合わせ、放射状に切り込みを入れましょう。そうすれば、皮膚の露出を抑えられます。 * * * ストーマを造設すると、精神面でも身体面でも大きなハンディキャップを背負うことになります。その上トラブルが生じれば、利用者さんにとっての負担はより大きくなるでしょう。このことを心に留めながら、トラブルの早期改善や予防に努めていただければ幸いです。 本セミナーでお伝えした内容が、皆さんのケアに少しでも役立ち、利用者さんの状態や身体の変化に寄り添う継続的な支援につながることを願っています。 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

励みになったエピソード【つたえたい訪問看護の話】
励みになったエピソード【つたえたい訪問看護の話】
特集
2025年2月25日
2025年2月25日

励みになったエピソード【つたえたい訪問看護の話】

訪問看護師として働いていると大変な出来事もたくさんありますが、利用者さんが自身の訪問を楽しみにし、感謝してもらえると心の励みになることでしょう。「みんなの訪問看護アワード2023」に投稿されたエピソードの中から、支援を通じて利用者さんやご家族から元気をもらったエピソードを5つご紹介します。 「本人と家族の意思を尊重できたことで…」 利用者さんとのお別れで悲しい中でも、訪問看護を楽しみにしてくれていた利用者さんの想いやご家族からの感謝が励みになるエピソードです。 利用者様は、直腸がん末期の方でした。訪問看護導入時はADLも自立されて、ご家族と自宅周囲の散歩をおこなっておりました。訪問時は、毎回笑顔で「よく来たね」と看護師を暖かく迎えてくださいました。がん末期であり疼痛増強にて、ADLは徐々に低下していきました。また肺転移もみられており、呼吸困難感も出現いたしました。予後が週単位となり、症状が増強しているため本人に入院をすすめると「まだ家にいたい」とおっしゃっており、家族も「本人の意見を尊重してまだ家でみます」との意向により在宅療養が継続になりました。意識レベルの低下がみられ、主治医の医療機関へ救急搬送になり、同日お亡くなりになりました。グリーフケアで後日訪問した際にご家族より「本人の希望通り、ぎりぎりまで家にいられてよかったです。毎回お父さんは看護師さんが来るのを楽しみで看護師さんが来ると元気になるんですよ」とおっしゃっていただきました。 2023年2月投稿 「訪問が楽しみ…それだけで頑張れる」 利用者さんにとって、訪問看護の時間が希望に近づくための大切で待ち遠しい時間だと受け止めてもらえた励みになるエピソードです。 在宅HOTを導入されている利用者様でした。ご自宅の敷地内にぶどう棚や畑、ビニールハウスなどでいろんな野菜や果物を育てておられご本人様の希望も今までどおり、作物の手入れができるようになりたいというものでした。訪問内容としては、呼吸訓練を主に呼吸法の訓練も取り入れておりました。天候や体調が良い日にはご自宅敷地内の畑やぶどう棚を見に散歩をしておりました。敷地内の散歩の際には本人も気持ちが昂るのか足早となり、呼吸困難がでてしまうこともありました。ご本人の嬉しい気持ちも察しておりますが、時には少し厳しく指導させていただくこともありました。その後、呼吸状態が安定せず逝去となりました。この後、長女様よりご連絡をいただき、訪問のある日は早くに着替えをし、来るのを楽しみにされていたとうかがい嬉しく思いました。 2023年2月投稿 「こころに寄り添う家族の絆」 故人とのお別れやお見送りは、看護師として経験を重ねても辛く、心苦しい場面です。しかし、ご家族が心残りなく見送れるよう支援できたときには、嬉しさを感じることもあります。そんな訪問看護のリアルが伝わるエピソードです。 お看取りで関わらせていただいたIさんとご家族のお話です。Iさんは、自宅退院後1週間ほどでご自宅にて亡くなられました。奥様は、亡くなる直前の数時間「苦しい」「痛い」と話すIさんの体をさすったり、手を握ったりしていたそうです。最後までIさんの心に寄り添うご家族の姿に、強さと絆を感じました。エンゼルケアのご依頼があり、奥様やお嫁さんと一緒に体拭きをさせていただきました。その際、ご家族の皆さまから、Iさんはずっと「家で死にたい」とおっしゃっていたという話を聞きました。ご本人の想いに寄り添ったからこそ、できたことなのだと思います。後日談ですが、偶然会ったお嫁さんから「体拭きが一緒にできてよかった。実の両親の時はできなかったから。」とお礼の言葉をいただき、とても嬉しかったです。弊社の理念は「こころに寄り添い、地元で生きることを支援します」ご利用者さんはもちろん、家族の想いにも寄り添う訪問看護をしていきます。 2023年2月投稿 「その言葉で頑張れる」 垣間見える本心にこそ力をもらえる、そんなエピソードです。 90代 認知症の利用者様。排便コントロールで訪問させていただいていますが、ケア中はいつも全力で抵抗。ご家族も「なんでこんなに力があるの」と手を焼くほど。その日も抵抗されながら、気持ち悪いよね、もうすぐ終わりますよ、と声を掛けながらケア実施。たっぷりお通じが出た後の達成感をご家族と称えあっていると、ご家族ではない小さな声が「ありがとう」と。びっくりして思わずご家族と顔を見合わせてしまいましたが、ふとした言葉が日々の励みになります。今日も変わらず抵抗されながらの排便コントロール。私も全力で応えます。 2023年2月投稿 「笑顔いっぱい」 利用者さんの生き生きとした様子や素敵な場の雰囲気が伝わってくるエピソードです。 90代男性、心不全で在宅生活。元々社交的でボランティア活動などを積極的にしたりと、しっかりした方でした。心不全で入退院を繰り返すようになってから外出はデイサービス程度でした。ある日、趣味のマジックショーを開催できないかと家族より相談を受けました。体調のことを考えて自宅で家族と看護師を集めて会を開き、その後サプライズでお誕生日会を開きました。普段見ることのないイキイキした素敵な表情をされ、「ありがとう。みんなの笑顔とみんなが喜んでくれたことがとても嬉しい」と言ってもらいました。訪問看護師として利用者さんの生活を支えるだけでなく、本当の意味で利用者さんに支えられ支えあっていると感じました。さらにあたたかい幸せな気持ちになれ、感謝でいっぱいでした。 2023年1月投稿 利用者さんと励まし合う関係 利用者さんの人生や生活とともに歩む訪問看護では、ときに家族の一員かのようにあたたかい言葉をかけられ、「また頑張ろう」と思える活力をもらえることも。そうした人とのつながりがたくさんできるのも訪問看護の魅力のひとつかもしれませんね。 編集: 合同会社ヘルメース イラスト: 藤井 昌子 

おたふくかぜの原因・症状・合併症は?ワクチンや男性不妊との関連も解説
おたふくかぜの原因・症状・合併症は?ワクチンや男性不妊との関連も解説
特集
2025年2月25日
2025年2月25日

おたふくかぜ(流行性耳下腺炎)の原因・症状・合併症は?ワクチンや男性不妊との関連も解説

おたふくかぜ(流行性耳下腺炎)は、主に子どもがかかる感染症とされていますが、大人がかかる場合もあることや合併症などについて理解しておくことが大切です。この記事では、おたふくかぜの原因・症状・対処方法や予防接種ついて解説します。訪問看護の利用者さんやご自身・ご家族の健康管理のためにも確認しておきましょう。 おたふくかぜについて おたふくかぜは正式名称を流行性耳下腺炎といい、片側または両側の唾液腺が腫れることが特徴のウイルス感染症です。原因や症状、感染経路、流行時期、合併症などについて具体的に見ていきましょう。 原因 おたふくかぜは、ムンプスウイルスによって引き起こされる感染症です。感染力は、麻疹(はしか)や水痘(水ぼうそう)ほどではないものの、人口が密集した地域で流行する傾向があります。 症状 ムンプスウイルスに感染後、2〜3週間の潜伏期を経て唾液腺腫脹(両側、あるいは片側の耳下腺)と圧痛、嚥下痛、発熱などが主な症状ですが、感染しても症状が現れない不顕性感染もみられます。症状のピークは発症から48時間以内で、通常は1〜2週間で軽快します。コクサッキーウイルスやパラインフルエンザウイルスなどによる耳下腺炎や反復性耳下腺炎などと症状が似ています。反復性耳下腺炎は耳下腺腫脹を繰り返し、軽度の痛みがあるものの発熱はないことがほとんどです。おたふくかぜは4・5歳の子どもに多く見られ、15歳頃までに9割超の子どもが感染するとされています。2歳未満での感染例はあまりなく、特に0歳での感染は極めてまれです。また、1歳前後の幼児の場合は耳下腺の腫れが見られないケースのほか、症状がほとんどない「不顕性感染」となる場合も少なくありません。成人や学童期、思春期・青年期以降の子どもが感染する場合、症状が顕著に現れる傾向があります。特に唾液腺以外の部位が侵されることが多く、合併症の頻度も高くなります。 感染経路 ムンプスウイルスの感染経路は、飛沫感染・接触感染で非常に強い感染力を持っているといわれています。唾液を介して感染し、上気道粘膜上皮や頚部リンパ節で増殖した後、唾液腺のほか、睾丸、すい臓、腎臓、髄膜などで増殖します。 流行時期 おたふくかぜは季節に関係なく発生しますが、一般的には冬から初春にかけて流行する傾向があります。感染の広がりが比較的遅く、流行が広がるまでには長期間かかります。約2年間の流行期とそれに続く3年間の流行閑期があります。 重症化リスク おたふくかぜが重症化すると、5日以上続く発熱、強い頭痛、強い腹痛、吐き気、睾丸の痛みなどが現れます。大人は免疫機能が子どもよりも優れている分、ウイルスを排除する働きの反動として症状が強く現れる傾向があります。 合併症 おたふくかぜの合併症は、無菌性髄膜炎や脳炎、すい臓炎、聴神経炎などです。思春期以降の男性がおたふくかぜにかかると、精巣炎(睾丸炎)が起きる可能性もあります。 おたふくかぜのワクチン接種 おたふくかぜのワクチンは、合計2回の接種が推奨されています。1回目は1歳になってからなるべく早く、2回目は小学校入学前の1年間で接種します。妊娠早期におたふくかぜにかかると流産のリスクが高まるとの見解があるため、妊娠前にワクチンを接種しておくことが大切です。 おたふくかぜの保育園・幼稚園での対応方法 おたふくかぜは、学校保健安全法により学校で予防すべき感染症の第二種に指定されており、感染拡大を防ぐために出席停止の規定が設けられています。耳下腺、顎下腺、または舌下線の腫脹が発症した後、5日を経過し、かつ全身状態が良好になるまで出席停止です。ただし、病状が軽く、感染の恐れがないと医師に認められた場合は出席できます。また、以下のような場合も、出席停止となります。 患者の同居家族に感染している可能性がある人物がいる場合、予防処置の施行やその他の事情により、医師が感染の恐れがないと認めるまで おたふくかぜが発生した地域から通学する者については、その発生状況により出席停止が必要と認めたとき 流行地を旅行した者については、出席停止が必要と認めたとき このように、おたふくかぜの出席停止の有無や期間は保育園・幼稚園の考え方で異なるため、規定を確認する必要があります。 おたふくかぜで男性不妊になるって本当? 思春期以降におたふくかぜにかかると、ムンプスウイルスが精巣に炎症を起こすことがあります。これをムンプス精巣炎といい、精子を作る機能が低下するとされています。ムンプス精巣炎になると、数ヵ月から1年後に精巣が萎縮し、これが両方の睾丸に見られる場合は無精子症になる可能性があります。ただし、両方の精巣が萎縮する事例は少なく、不妊のリスクはそれほど高くはありません。 * * * おたふくかぜは、片側または両側の唾液腺が腫れることが特徴のウイルス感染症です。大人がかかると重症化しやすいため、早期に医療機関を受診した上で経過を注視しなければなりません。今回、解説した内容をご自身やご家族の体調管理、利用者さんのアセスメントにぜひ役立ててください。 編集・執筆:加藤 良大監修:豊田 早苗とよだクリニック院長鳥取大学卒業後、JA厚生連に勤務し、総合診療医として医療機関の少ない過疎地等にくらす住民の健康をサポート。2005年とよだクリニックを開業し院長に。患者さんに寄り添い、じっくりと話を聞きながら、患者さん一人ひとりに合わせた診療を行っている。 【参考】◯NIID 国立感染研究所「流行性耳下腺炎(ムンプス、おたふくかぜ)」https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/529-mumps.html2025/2/18閲覧◯島根県感染症情報センター「流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)」https://www1.pref.shimane.lg.jp/contents/kansen/topics/tp010417.htm2025/2/18閲覧◯千葉医師会「おたふくかぜ」(2015/11/2)https://www.chiba-city-med.or.jp/column/063.html2025/2/18閲覧

ストーマトラブル対処法 アセスメントと原因【セミナーレポート前編】
ストーマトラブル対処法 アセスメントと原因【セミナーレポート前編】
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2025年2月18日
2025年2月18日

ストーマトラブル対処法 アセスメントと原因【セミナーレポート前編】

NsPace(ナースペース)では、2024年11月8日にオンラインセミナー「事例で解説!ストーマトラブル対処法」を開催しました。講師にお迎えしたのは、ながのホームケアコンサルティング代表/皮膚・排泄ケア認定看護師の原慎吾さんです。アセスメント方法や装具、アクセサリーの選び方など、トラブル解消のノウハウを教えていただきました。セミナーレポート前編では、アセスメントに必要な知識をまとめます。 ※75分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】原 慎吾さんながのホームケアコンサルティング代表/皮膚・排泄ケア認定看護師急性期の中核病院に20年以上勤務し、ストーマ、褥瘡の管理などを10数年経験。トラブルが起きても通院できない患者さんをサポートする必要性を感じ、起業。病院や施設、医療機器メーカーへのコンサルティング事業を展開するほか、ストーマアクセサリーの開発も手がける。2021年には訪問看護ステーションも開業。 ストーマトラブルのアセスメントの重要性 ストーマ装具装着により皮膚トラブルが起きたとき、まずはしっかりアセスメント行い、原因を明らかにすることが重要です。そうしないと、トラブルが再発してしまいます。ストーマ装具装着に関連する皮膚トラブルの主な原因は、以下の4つです。 <皮膚トラブルが起こる4つの原因>原因1:皮膚保護剤によるアレルギー(医学的要因)原因2:細菌や真菌による感染(生理的要因)原因3:排泄物付着によるもの(科学的刺激)原因4:装具の脱着による刺激(物理的刺激) 「原因4」については、面板を無理に剥がすようなケースで起こり得るため、粘着剥離剤を使用したり、面板を丁寧に剥がしたりすることでリスクを軽減できます。ほかの3つについては、それぞれの特徴や対処方法を詳しく見ていきましょう。 原因1:皮膚保護剤によるアレルギー(医学的要因) アレルギーが起きた場合は、今使っているものと似た形状の「他社製の装具」に変更します。同じメーカーだと面板の素材が共通する場合が多いためです。 その上で、アレルギー反応が起きている部分には、ステロイド(ミディアム以下のクラス)を使います。ポイントは、油脂性軟膏ではなくローションタイプの外用剤を選択すること。油脂性軟膏を塗ると、面板が粘着しなくなってしまいます。 2週間ほどステロイドを使っても改善が見られなければ、真菌感染を疑って皮膚科を受診してください。なお、ステロイドより先に抗真菌薬を使ってはいけないことに注意しましょう。抗真菌薬を使うと「肌表面の真菌」がいなくなり、顕微鏡検査や培養で真菌の有無を鑑別することが困難になります。 原因2:細菌や真菌による感染(生理的要因) 皮膚保護剤によるアレルギーが「ストーマ粘膜から全周的に赤くなる(面板を貼っている箇所以外はきれい)」のに対し、細菌や真菌による感染の場合、面板の外を含めて赤い斑点が連続せずに広がります。 この場合は、抗真菌薬(できれば軟膏ではなくローションタイプ)を使います。装具を変更する必要はありません。 なお、医師から「現状の装具の交換頻度よりも高い頻度で抗真菌薬を塗って」と指示されるケースもあります。その場合、皮膚トラブルが解消されるまでは、装具の交換頻度を上げなければならず、粘着力が強い長期交換用の装具を使用すると剥離刺激によって皮膚に大きな負担がかかります。薬剤を塗る期間中は、長期交換用の装具の使用は避けてください。 原因3:排泄物付着によるもの(科学的刺激) 排泄物の刺激で皮膚トラブルが起きた場合は、同じ装具を使用していても改善されないので、他社の装具への変更やアクセサリーの追加によって対処します。 患部の特徴としては、ストーマ粘膜から連続して発赤、びらんが見られます。何らかの原因で、ここに排泄物が触れていると考えられるでしょう。 排泄物の漏れやもぐりこみの原因をアセスメントしつつ、皮膚の改善を図ると、10日間ほどで上の写真のような状態になるはずです。その後、装具の変更を検討してください。発赤やびらんがあり、浸出液が出る状態では、装具をうまく装着できません。 なお、皮膚の改善にあたっては、安易に薬剤を使ってはいけません。肛門周囲によく使われるアズノール軟膏、亜鉛華軟膏などを使うと、皮膚を保護する面板をうまく貼れなくなります。 漏れ・もぐりこみの原因を探る 科学的刺激への対処では、漏れやもぐりこみの原因を探る必要があるとご紹介しました。具体的には、以下のような原因が考えられます。 装具と腹壁の不適合 装具が腹壁の状態に合っていないケースです。ストーマ造設時から長年にわたって同じ装具を使っている方は多くいらっしゃいますが、体型や皮膚の状態は加齢に伴って変化するため、装具の見直しが必要です。 装着時の不適切な手技 軟膏を塗る、洗浄後の濡れた皮膚に面板を貼る、面板を貼ってすぐに体を動かすなどの不適切な手技もトラブルの原因です。 面板には「初期の密着力が弱い」という特徴があります。装着してからしばらくすると体温や汗によって皮膚保護剤が溶けて皮膚のしわに入り込み、12~24時間かけて完全に密着します。そのため、貼った直後に動くと隙間ができて剥がれてしまう可能性があります。貼ってから5〜10分は体を動かさず、面板を温めるように上から手を置くのがベストです。 装具の限界を超えた装着 「もったいない」という考えから、装具を適切なタイミングで交換しないケースもよく見られます。中には「漏れるまで貼っている」という方も。利用者さんの状況を確認し、適切な使用期間で装具交換ができるように導いてください。 なお「漏れのリスク」は、剥がした面板の裏面をチェックするとわかります。 漏れない装具は、裏面のふやけた部分が「きれいな正円」を描いていますが、漏れやすい装具では円がいびつな形になる傾向があります。便の潜り込み具合や膨潤・溶解の程度などは漏れの原因を探る手がかりになるため、面板の裏側を確認する習慣をつけることをおすすめします。 次回は装具やアクセサリーの選び方、ストーマ傍ヘルニアへの対応やストーマトラブルの症例について解説します。 >>後編はこちらストーマトラブル対処法 装具選択とケーススタディ【セミナーレポート後編】 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

「敗血症」の知識&注意点【訪問看護師の疾患学び直し】
「敗血症」の知識&注意点【訪問看護師の疾患学び直し】
特集
2025年2月18日
2025年2月18日

「敗血症」の知識&注意点【訪問看護師の疾患学び直し】

このシリーズでは、訪問看護師が出会うことが多い疾患を取り上げ、おさらいしたい知識を提供します。今回はパーキンソン病について、訪問看護に求められる知識、どんな点に注意すべきなのかを、在宅医療の視点から解説します。 敗血症の基礎知識 敗血症とは「感染に対して制御することができない生体反応が起こるために、生命を脅かすさまざまな臓器の機能不全が起こる状態」です。65歳を超えると発生率が年々増加します。敗血症による死亡率は高く、敗血症に関連する臓器不全が1つ増えるごとに、死亡率は約15%増加します1)。 敗血症の症状と注意すべき身体所見 発熱があり、意識はややぼんやりとしていることが多いです。尿失禁や転倒、食欲不振は、高齢者の敗血症においてよくみられる症状です。 敗血症に関連する状態として菌血症があります。菌血症は、一時的に血液に細菌が入った状態(血液培養陽性)です。免疫機能が正常ならば、細菌は排除されます。 一方、敗血症は、菌血症が進行して全身に炎症が広がり、臓器障害を引き起こす状態です。血液培養は必ずしも陽性となりません。菌血症では悪寒戦慄(shaking chills)を伴うことがあります。悪寒戦慄とは、強い寒気を感じ、毛布をかぶっても歯がガチガチと震える状態です。菌血症の相対リスクは12倍に上昇します2)。高齢者の悪寒戦慄では、胆管炎や尿路感染症を第一に考えます3)。 敗血症の最も初期の症状は、頻呼吸(呼吸性アルカローシス)です。呼吸数を確認しましょう。組織環流障害を示唆する症状と身体所見には、意識変容(中枢神経)、尿量減少(腎臓)、網状皮斑や冷感(皮膚)があります4)。 敗血症では、肺炎や腹腔内感染、尿路感染、皮膚軟部組織感染の頻度が高いので、表1の症状に注意して病歴を聴取し、身体所見を確認しましょう。 表1 注意が必要な症状と身体所見 症状身体所見肺炎咳、痰ラ音(crackles)腹腔内感染(胆道感染症、腸閉塞、虫垂炎)腹痛、嘔吐、下痢腹部の圧痛、肝叩打痛、腹膜刺激徴候尿路感染頻尿、排尿時痛、残尿感、腰痛下腹部に圧痛、肋骨脊柱角に叩打痛皮膚感染(褥瘡)発赤、疼痛、膿皮膚びらん、壊死 「昨日元気で今日ショック 皮疹があれば儲けもの」、これは感染症診療の第一人者である青木眞先生の言葉です。元気だった人が、急にショック状態となることがあります。この場合、皮疹が認められれば次の疾患を疑います。 ● トキシックショック症候群(toxic shock syndrome:TSS)● 髄膜炎菌感染症● リケッチア感染症(ツツガムシ病、日本紅斑熱)● 脾臓がない人の肺炎球菌/インフルエンザ桿菌/髄膜炎菌/Capnocytophaga感染症● 肝臓が悪い人のVibrio vulnificus/Aeromonas hydrophila感染症● 黄色ブドウ球菌などによる急性感染性心内膜炎● 劇症型Clostridium perfringens感染症 診断 敗血症の診断基準として、quick SOFA(quick sepsis-related organ failure assessment:qSOFA、クイックソファもしくはキューソファと呼ぶ)を確認します。 qSOFA (1)呼吸数≧22回/分(2)精神状態の変化(3)収縮期血圧≦100mmHg2つ以上を満たす場合に敗血症を疑う(予想死亡率10%以上) 呼吸数は、橈骨動脈を触れて、脈拍を測定するふりをしながら、患者さんに気がつかれないように30秒間計測し、その結果を2倍にして求めます。時計がないときは、患者さんの呼吸をまねて、自分の呼吸より速いか確かめます。 最新トピックス2021年の敗血症ガイドラインでは、敗血症または敗血症性ショックの評価にqSOFAスコアを使用しないことを推奨しています。National Early Warning Score(NEWS)、全身性炎症反応症候群(SIRS)、Modified Early Warning Score(MEWS)などの他のスコアリングシステムは、院内死亡やICU入院の予測においてqSOFAよりも優れています5)。 研究により、qSOFAは特異度は高いのですが、感度が低いことが示されています。すなわち、qSOFA陽性であれば敗血症が疑われますが、陰性であっても必ずしも敗血症ではないとはいえないことに注意が必要です。 訪問時における病歴聴取/身体所見のポイント 意識レベル、発熱、悪寒戦慄、血圧、呼吸数を確認します。 既往歴(例えば、糖尿病や血液透析、がん)や薬剤歴(例えば、ステロイドや抗がん剤)を確認し、免疫不全状態がどうかを判断します。 症状や身体所見から、どこが感染巣なのかを推測します。 治療 敗血症が疑われる場合、迅速に治療を行わなければ患者の予後が悪くなります。病院での精査治療が必要になるので、訪問看護師としては敗血症の可能性を探り、主治医とすぐに連絡をとります。可能ならば末梢ルートを確保し、生理食塩液の点滴をしながら、早急に病院に救急搬送することが大切です。病院で行われる治療(敗血症の1時間バンドル)について要点を解説します。 敗血症の1時間バンドル 乳酸値が2mmol/L以上に上昇している場合は、改善を確認するために2~4時間以内に再検査します。 抗菌薬治療を開始する前に、2セットの血液培養を採取します。 広域スペクトルの抗菌薬を1時間以内に投与します。最も一般的な病原体は、グラム陰性菌(大腸菌、クレブシエラ属)、またはグラム陽性菌(黄色ブドウ球菌、肺炎球菌)です。  低血圧、または乳酸値>4mmol/Lなら生理食塩液または乳酸リンゲル液を30mL/kgで投与します3)。 十分な輸液にもかかわらず、平均動脈圧*を65mmHg以上に維持できなければ、血管収縮薬(ノルアドレナリン)を使用します。 *平均動脈圧=(収縮期血圧―拡張期血圧)÷3+拡張期血圧 ●菌血症を疑う症状は悪寒戦慄です。●qSOFAで(1)呼吸数≧22回/分、(2)精神状態の変化、(3)収縮期血圧≦100mmHgのうち、2つ以上を満たす場合に、敗血症を疑います。●敗血症の原因となる感染症で多いのは、肺炎、腹腔内感染、尿路感染、皮膚軟部組織感染です。 執筆:山中 克郎福島県立医科大学会津医療センター 総合内科学講座 特任教授、諏訪中央病院 総合診療科 非常勤医師、大同病院 内科顧問1985年 名古屋大学医学部卒業名古屋掖済会病院、名古屋大学病院 免疫内科、バージニア・メイソン研究所、名城病院、名古屋医療センター、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)、藤田保健衛生大学 救急総合内科 教授/救命救急センター 副センター長、諏訪中央病院 総合診療科 院長補佐、福島県立医科大学会津医療センター 総合内科学講座 教授を経て現職。 編集:株式会社照林社 【引用文献】1)Chick D,ed:Sepsis.MKSAP 19 Pulmonary and Critical Care Medicine, American College of Physicians,2022:77-80.2)Tokuda Y,Miyasato H,Stein GH,et al:The degree of chills for risk of bacteremia in acute febrile illness.Am J Med 2005;118(12):1417.3)坂本壮:救急外来ただいま診断中!第2版.中外医学社,東京,2024:136-172.4)塩尻俊明監修,杉田陽一郎著:研修医のための内科診療ことはじめ.羊土社,東京,2022:21-24.5)Evans L,Rhodes A,Alhazzani W,et al:The Surviving Sepsis Campaign: International Guidelines for Management of Sepsis and Septic Shock 2021.Intensive Care Med 2021;47(11):1181-1247.

訪問看護師がぎっくり腰になったときどうする?対処法や予防、現場での工夫
訪問看護師がぎっくり腰になったときどうする?対処法や予防、現場での工夫
特集
2025年2月18日
2025年2月18日

訪問看護師がぎっくり腰になったときどうする?対処法や予防、現場での工夫

ぎっくり腰は突然襲ってくる急性腰痛で、日常生活に大きな影響を与えます。特に訪問看護師のように身体的負担の多い職場では、そのリスクが常に付きまといます。本記事では、ぎっくり腰の症状と対処法、訪問看護師が直面する課題、さらに予防策としての「体作り」や「ノーリフティングケア」の重要性について解説します。 ぎっくり腰の症状 ぎっくり腰は医学的には「急性腰痛症」と呼ばれ、急激に発症する腰痛のことを指します。突然の激しい痛みが特徴で、ときには動けなくなるほどの痛みが生じることも。痛みが起きる範囲は主に腰から臀部(お尻)で、場合によっては脚にまで痛みが広がる場合もあります。 ぎっくり腰が起きる主なきっかけは、物を持ち上げようとする、腰をねじるなどの動作ですが、朝起きた直後や特に何もしていないときに発症することも少なくありません。 痛みの原因は多岐にわたりますが、以下の2つが主な原因であることが多いでしょう。 腰の関節や椎間板に過剰な力が加わったことによる損傷(捻挫や椎間板損傷) 腰を支える筋肉や靱帯などの軟部組織の損傷 ぎっくり腰になったときの対処法 ぎっくり腰になったときは、次のように対処しましょう。 安静にする ぎっくり腰になった際には、無理に動かず、痛みを軽減できる姿勢を見つけることが重要です。膝を少し曲げて、仰向けや横に寝る体勢、クッションや毛布を使って腰を支える姿勢で安静に過ごしましょう。 冷やす 発症直後は患部が炎症を起こしている可能性があるため、冷却が効果的です。冷却パックや冷湿布を使用して冷やします。冷却パックの場合、直接肌に触れないようタオルなどで包むことが大切です。また、冷やしすぎは血流障害を引き起こすリスクがあるため、十分に冷やしたらやめましょう。 医師の診察を受ける ぎっくり腰が続いたり、特定の症状がみられたりする場合には、専門医に相談することが重要です。以下のようなケースでは、早めの受診が推奨されます。 何度もぎっくり腰を繰り返す、またはなかなか治らない再発を繰り返す場合は、姿勢や筋力の問題、または別の疾患が原因となっている可能性があります。安静にしても腰痛が回復せず、むしろ悪化している場合、圧迫骨折や炎症性疾患など、通常のぎっくり腰ではない可能性があるでしょう。 下肢に痛みやしびれがある腰椎椎間板ヘルニアや腰部脊柱管狭窄症などにより、神経が圧迫されている可能性があります。特徴として、腰部脊柱管狭窄症では歩いていると足に痛みやしびれが生じて歩けなくなる間歇性跛行※(かんけつせいはこう)がみられます。どちらも症状が悪化し、下肢痛による歩行障害が進行する、日常に支障が出る、排便・排尿障害が出現する、といった場合は手術が検討されます。 ※間歇性跛行とは、歩行などで下肢に負荷をかけると下肢の疼痛・しびれ・冷えを感じ、一時休息することにより症状が軽減し再び運動が可能となること。 発熱、嘔吐、血尿、排尿時痛などの症状がある感染症や内臓疾患などが関連している可能性があります。例えば、解離性大動脈瘤などの血管の病気、尿管結石などの泌尿器の病気、子宮筋腫や子宮内膜症などの婦人科の病気、胆嚢炎や十二指腸潰瘍などの消化器の病気などが考えられます。 訪問看護師の仕事はぎっくり腰と隣り合わせ 訪問看護では、利用者の住環境や希望により、家具や設備の配置の変更が難しい場合もあります。このため、看護師が無理な体勢で作業をすることになり、ぎっくり腰のリスクが高まります。特にトイレへの移乗や入浴介助など身体的負担の大きい場面では、看護師同士でその状況について共有し、以下のような視点から対応を検討しましょう。 倫理的観点……利用者の尊厳や希望を尊重する医療的観点……安全性と効率を兼ね備えた方法を選択する 看護師が、責任感や共感などによって無理をして体を壊してしまうことがないよう、チームで意見を出し合い、多様な視点を取り入れて適切な対応を決める必要があります。訪問看護の現場では、看護師自身の健康を守ることも、質の高いケアを提供するために欠かせない要素です。 訪問看護でぎっくり腰を予防するためのポイント 訪問看護でぎっくり腰を予防するために、下記の2点を押さえましょう。 ぎっくり腰が起こりにくい体作りをする ノーリフティングケアを行う それぞれの方法について、詳しく見ていきましょう。 ぎっくり腰が起こりにくい体作りをする ぎっくり腰の決定的な予防策はありませんが、日々の生活習慣を改善することでリスクを軽減できます。腰痛の多くは、運動不足や長時間のデスクワークといった生活の中で負担が積み重なり、腰や背中、肩の筋肉が硬直することで発症しやすくなります。 正しい姿勢を意識し、肩や背中の緊張をほぐすストレッチを取り入れることが大切です。また、ウォーキングをはじめとした適度な運動を習慣化し、筋肉や関節の柔軟性を保ちましょう。ストレッチングを中心としたエクササイズにより、筋肉の柔軟性を高めるとともに、血流が良い状態へ導くことができます。中央労働災害防止協会「運送業務で働く人のための腰痛予防のポイントとエクササイズ」では、腰痛予防エクササイズが紹介されています。「運送業務で働く人」以外にも役立つ内容のため、チェックしてみましょう。 >>関連記事看護師のボディメカニクスについては、こちらも参考にしてください。訪問看護師のためのリハビリ知識 実践ノウハウ編【セミナーレポート後編】 ノーリフティングケアを行う ノーリフティングケアとは、介護者が利用者を「抱えたり持ち上げたりしないケア」を意味し、介護用リフトやボードなどの福祉用具を活用して移動や移乗を行うケア方法です。介護者の腰痛予防と身体的負担を軽減し、利用者の安全性と快適さを向上させることを目的としています。単に福祉用具を使用するだけでなく、利用者の自立支援という目的を損なわず、双方にとって「安全」「安心」「安楽(負担軽減)」を実現することが求められます。 ノーリフティングケアでは、「押す」「引く」「持ち上げる」「ねじる」「運ぶ」といった人力のみで行う介助を禁止しています。これに加えて、摩擦や抵抗を軽減する工夫が重要とされており、福祉用具の一例としてスライディングシートやボードを利用した移乗方法が推奨されています。 ベッド上での上方移動にはスライディングシートを、車椅子への移乗にはスライディングボードを使用することで、介助に伴う摩擦や筋緊張を最小限に抑えることが可能です。 介護用リフトの場合は、人の腕よりも広い面積で身体を支えるため安定感があり、筋緊張を緩和させ、リフト活用そのものがリハビリにもなります。また身体の緊張が和らぐことで拘縮予防も期待できます。皮膚が脆い高齢者の場合、力任せのケアでは、介護者がどれだけ注意していても、強い力によって痣ができたり、表皮剥離を引き起こしたりするリスクも。ノーリフティングケアは、こうした事故の防止にもつながります。 資源が限られる現場では福祉用具を使用できない場合もありますが、できるだけ不自然な姿勢を避け、腰痛のリスクを減らす工夫をしましょう。特に、長時間の立ちっぱなしや座りっぱなし、前屈や後屈ねん転などの姿勢は、腰痛の原因となりやすいため注意が必要です。 >>関連記事ノーリフティングケアについて、詳しくはこちらの記事をご覧ください。知っておきたいノーリフティングケア 看護師の腰痛予防や利用者の拘縮緩和も * * * 看護師が安全かつ快適に働ける環境を整えることで、利用者と自身の双方にとってより良いケアが実現します。ぎっくり腰は適切な対応と予防でそのリスクを最小限に抑えられるため、ぜひ今回紹介した対策を日々の業務に取り入れてみてください。 編集・執筆:加藤 良大監修:川上 洋平(かわかみ ようへい)医師・医学博士・整形外科専門医神戸大学医学部卒業。米国ピッツバーグ大学留学、膝スポーツ疾患や再生医療を学び、神戸大学病院、新須磨病院勤務を経て、患者さんにやさしく分かりやすい医療を提供することを目的に、かわかみ整形外科クリニックを開業。日本整形外科学会専門医、日本整形外科学会認定スポーツ医。専門は膝関節外科、スポーツ障害、再生医療。かわかみ整形外科クリニック(https://kawakamiseikei.jp/)。 【参考】〇日本整形外科学会「ぎっくり腰」https://www.joa.or.jp/public/sick/condition/acute_low_back.html2025/2/12閲覧〇厚生労働省「医療保健業の労働災害防止(看護従事者の腰痛予防対策)(看護従事者の腰痛予防対策)」https://www.mhlw.go.jp/content/11300000/000564054.pdf2025/2/12閲覧〇厚生労働省「運送業務で働く人のための腰痛予防のポイントとエクササイズ」https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000041115_3.pdf2025/2/12閲覧

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