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初回訪問から始まる臨死期の意思決定支援 訪問看護師の役割とは
初回訪問から始まる臨死期の意思決定支援 訪問看護師の役割とは
特集
2026年9月15日
2026年9月15日

初回訪問から始まる臨死期の意思決定支援 訪問看護師の役割とは

在宅医療の第一線で活躍されている、すぎもと在宅医療クリニックの杉本由佳先生に解説していただき、臨死期における訪問看護師の役割を深く掘り下げていきます。今回は、信頼関係構築の起点となる初回訪問での状態把握のポイント、そして利用者さん・ご家族の意思決定支援に求められる実践的なかかわりについてお届けします。 「自宅で最期まで」を支えるために すべての人はいつか死を迎えます。その場所は病院、自宅、施設、ホスピスなどさまざまです。近年では、在宅医や訪問看護師、ケアマネジャー、ヘルパーなど多職種や社会資源を活用することで、自宅で最期を迎えることも可能になってきました。 しかし一方で、在宅療養には課題も多くあります。独居や老々介護、認知症の増加に加え、経済的困窮者の増加により、在宅療養が困難になるケースも少なくありません。 これらの課題を克服し、自宅で利用者さんを最期まで支えるためには、各職種の密な連携が不可欠です。また、それぞれのメンバーに、病態を正しく判断する能力と対応力、そして継続的なスキルアップが求められます。特に訪問看護師には多くの役割が期待されているといえるでしょう。 その役割を具体的に考える上で、まず注目したいのが初回訪問です。訪問看護師の皆さんに意識していただきたい視点とかかわりについて解説していきます。 初回訪問は状態把握と信頼関係構築の起点 病院からの事前情報を基に訪問する場合や、在宅医・利用者さん本人からの直接依頼で訪問する場合などがあります。いずれにおいても、初回訪問時は「初めまして」と挨拶をし、利用者さんとの最初の会話に注意を払いましょう。 この初対面の印象は重要です。「予想より元気そうな様子」「かなり厳しい状況かもしれない」といった直感的な判断材料となります。まずは意識状態、表情、体形、栄養状態、脱水の有無、浮腫・黄疸・貧血の兆候、皮膚の衛生状態、呼吸状態などの確認を行い、利用者さんの状態を大まかに把握しましょう。その後、腹水・胸水・腫瘤の触知、バイタルサインの測定、排尿・排便などの確認を通じて、病状をより詳しく推測していきます。(図1) 図1 初回訪問時に確認すること これらの項目を確認し、利用者さんの状態を慎重に見きわめる。 そして、どのような治療やケアを施しても生命的に厳しい状況なのか、あるいは痛み・呼吸困難・栄養状態などに対応することで改善の可能性があるのかを慎重かつ敏速に判断する必要があります。また、病院からの情報よりも病状が悪化しているのかも見きわめます。 特に病状が急速に悪化していると感じた場合は、初回訪問時に十分な時間をかけて本人やご家族と密にコミュニケーションを取り、信頼関係を速やかに構築し、意思決定支援を行うことが重要です。 意思決定支援をするために 1)本人やご家族の病状認識の確認 特に厳しい状況にある利用者さんの場合、初回訪問時には在宅医と訪問看護師が同席することが望ましいです。病院で病気の進行や予後についてどの程度説明がされているかを確認し、同時に利用者さん本人やご家族がそれをどのように受け止めているかを推測します。 例えば、家族やご本人が以下のようにおっしゃる場面にしばしば遭遇します。「先生は『まだまだ大丈夫』と言っていたけれど、食事量が減ってきていて、元気がなくなってきているので心配だ」「先生は『厳しい状態で、週単位です』と言われたけれど、私はどこも悪くなく健康そのものだと感じている」 医師の診断と利用者さんやご家族の認識にズレがある場合、または病院と在宅の医師の見立てに相違がある場合には、速やかに調整を行わないと、自宅での治療に遅れが生じてしまうことがあります。さらに、理解や心の準備が不完全であった場合には、「なぜこんなに急に亡くなってしまったのか?」と死亡後のご家族の喪失感が深まってしまう可能性もあります。 正確な情報を共有し、利用者さんとご家族の気持ちを尊重しながら、適切な意思決定を支援することが大切です。 2)性格や家庭環境を把握 以下の要素を確認し、現在の状況に応じて安全に行える治療・ケアを選択して提案します。 ・ 独居の有無、ご家族間の関係性(親密度・距離感)・ 本人および介護者(キーパーソン)の認知機能や体力レベル・嗜好や衛生環境(生活環境、介護スペース、ライフラインなど)・食生活、経済状況(医療・介護保険の負担割合など) 利用者さんの理解力が低い場合や病識がない、または否認している場合や認知症の独居などでは在宅療養が困難となることがあります。そのようなケースでは、経済状況や医療依存度に見合った施設の検討も必要です。 3)病状の説明、理解の確認 在宅医の説明を念頭に置きながら、利用者さんの環境や能力、体調を考慮し、理解しやすいように分かりやすく説明をしましょう。落ち着いた雰囲気で、ゆっくりと伝えることが重要です。 例えば、「もともとは〇〇癌ですが、現在は肺への転移が主な症状の悪化要因となっています。さらに、肝臓にも腫瘍がありますが、これによる痛みは今後もほとんどないと思われます」といった説明です。 在宅医の説明が利用者さんやご家族に十分に伝わっていないと判断した場合は、訪問看護師がより分かりやすい言葉で補足説明を行うとよいでしょう。理解の確認は何度か繰り返し行い、不明な点を気軽に質問できる環境を整えることが大切です。 4)予後予測に基づく症状や対応・治療方法の説明 病状の変化を理解した上で、自宅で可能な治療・ケアを提案しましょう。治療方針を決めるのは在宅医になりますが、利用者さん・ご家族の思いや、看護師の意見も重要です。在宅医に対し、看護師の気持ちや意見をしっかり伝え、議論できるような信頼関係を築くことが理想です。 予測される症状に対して、環境に見合った、適切な対応を伝えることで本人やご家族の不安を軽くすることができます。以下に、症状別・利用者さんへの安心につながる説明の例をご紹介します。ただし、「大丈夫です。治ります」といった過度な期待を持たせる表現は避けるべきでしょう。 表1 症状別・利用者さんへの安心につながる説明の例 痛みの管理「痛みが出た場合は、適切な痛み止めを使用するので安心してください。近年は改良された薬が多数開発されており、利用者さんに合ったものを選びやすくなっています」 呼吸困難への対応「呼吸が苦しくなった際は、自宅でも酸素を吸うことができます。必要になった場合、すぐに手配できるので心配ありません」 栄養補助「食事が口から摂れなくなる前に、高カロリーの点滴を行うことで、体の負担を軽減できます。また、口から摂取が可能であれば、今はいろいろな病状に対応した補助食品がたくさんあるので、経口補助食品のサンプルをお持ちします。少量でも栄養価が高く、おいしく摂取できます」 浮腫・腫れの対応「むくみや腫れが出た場合は、ステロイドを使用すると症状が軽減することがあります。例えば、顔にできた赤みの強いニキビがステロイド軟膏で改善されるのと同じような効果が期待できます。先生に相談してみましょう」 5)ご家族の受け入れ、心の準備を促すかかわり 病状が進行すると、治療を行っても近い将来に死を迎えることは避けられません。QOL(生活の質)やADL(日常生活動作)をできる限り維持することは可能ですが、永遠の命を保証することはできません。 そのため、死が近づいた際の話をする場合には、自宅での生活を意識した伝え方が望ましいでしょう。例を以下に示します。 「せっかく自宅で療養しているのだから、痛みをなくし、やりたいことをできる限り支援します」「多少不自由な点があるかもしれませんが、楽しく快適に過ごせるようお手伝いします」「ギリギリまで自力でトイレに行けるよう福祉用具も駆使しながら支援します」 利用者さんが「今日は一日楽だった」と思える時間を作るために、「私たち医療者が全力で支える」という姿勢が重要です。ていねいな言い回し以上に、気持ちを込めた言葉や態度こそが利用者さんにとって必要なものであるといえます。 しかし、病状の進行や介護の負担により、「家で最期まで過ごす」と決意していた利用者さんやご家族の気持ちが揺れることもあります。病状の変化やご家族の表情に曇りが見えたときには、必ず声をかけ、心の負担を和らげながら治療・ケアの方針を随時見直していくことが大切です。そして、「必ず家で看取らないといけないわけではないですよ。納得できる形を一緒に考えていきましょう」と、柔軟な選択肢があることを伝えることも必要です。 利用者さんとご家族が愛情に満ちた濃密な時間を過ごせるよう支援し、利用者さんとご家族、そして医療者との間に信頼関係を築けるようにすることが何より大切です。どこで誰とどのように生活し、最期を迎えたいのかを何度も話し合い、調整を重ねる過程こそが大切な思い出となるでしょう。 執筆:杉本 由佳すぎもと在宅医療クリニック 院長 1995年名古屋市千種区にすぎもと在宅医療クリニック開業。在宅栄養管理、緩和医療が専門分野。 所属学会日本在宅医療連合学会(専門医・指導医・評議員・特任理事)日本緩和医療学会(認定研修施設 認定医)日本栄養治療学会(認定医) その他、活動実績● 日本在宅医療連合学会「がん疾患の在宅医療人材育成講座」執筆● 原著論文「在宅静脈栄養における脂肪乳剤の使用状況と問題点 」Medical Nutritionist of PEN Leaders Vol.2 No.1 2018 に掲載 編集:株式会社照林社

耳が痛い原因は?緊急対応が必要なケースと様子を見てもいいケースを解説
耳が痛い原因は?緊急対応が必要なケースと様子を見てもいいケースを解説
特集
2026年9月8日
2026年9月8日

耳が痛い原因は?緊急対応が必要なケースと様子を見てもいいケースを解説

耳の痛みは、子どもから高齢者まで幅広い世代に見られることがあり、その原因もさまざまです。耳そのものに異常がある場合もあれば、顎や鼻、喉の炎症が関係していることもあります。本記事では、耳の痛みを引き起こす病気や、緊急対応が必要なケースについて解説します。利用者さんが耳の痛みを訴えられた際のアセスメントに活用してください。 耳の痛みを引き起こす「耳の病気」 まずは、耳が原因で痛みを引き起こしている場合についてみていきましょう。 中耳炎 中耳炎には大きく分けて「急性中耳炎」「滲出性中耳炎」「慢性中耳炎」「真珠腫性中耳炎」の4種類があり、その中でも急性中耳炎は強い痛みを伴うことが特徴です。急性中耳炎は、風邪や上気道感染症の後に発症することが多く、鼻詰まりや鼻水、喉の痛み、咳などの症状に続いて耳の痛みが現れます。進行すると中耳に膿が溜まり、圧力によって鼓膜が膨張して痛みが増します。 外耳炎 外耳炎は、耳の穴から鼓膜までの通路である外耳道に炎症が起こる疾患です。外耳道の皮膚は非常に薄く、刺激に対して敏感なため、何らかの要因で傷ついたり、過度な刺激を受けたりすると、細菌が繁殖し炎症を引き起こすことがあります。初期症状は、軽いかゆみや違和感です。炎症が進行すると、耳の痛みが生じ、耳を引っ張ったり、口を開閉したりするだけで痛みが増すことがあります。 鼓膜炎 鼓膜炎は、外耳と中耳の間に位置する鼓膜に炎症が生じる疾患で、急性と慢性に分類されます。片側の耳に発症することが多く、両耳に同時に発生することは稀です。 急性鼓膜炎は、鼓膜の表面に黄色い水疱が現れます。激しい痛みが生じることが多く、耳鳴りや耳の閉塞感を伴うこともあります。一方、慢性鼓膜炎は、外耳道の繰り返される炎症や感染が原因となり、長期的に持続する疾患です。鼓膜の表面に肉芽やびらん(ただれ)が形成されますが、痛みはそれほど強くはありません。 耳の痛みを引き起こす「耳以外の病気」 耳の痛みが、耳以外の病気によって引き起こされる場合があります。代表的な疾患は次のとおりです。 顎関節症 顎関節症は、顎の関節やその周囲の筋肉に異常が生じることで、口の開閉時に痛みを感じたり、スムーズに口を開けられなくなったりする疾患です。顎関節症の中でも、II型に分類されるタイプは関節の靭帯に異常が起こります。顎関節は耳のすぐ近くに位置しているため、顎関節痛を耳の痛みと感じる場合があります。 副鼻腔炎 副鼻腔炎は、鼻の奥にある副鼻腔という空洞に炎症が生じる疾患です。鼻は耳管とつながっているため、耳の痛みや違和感など、耳の症状を併発することがあります。 急性副鼻腔炎では、鼻づまりや粘り気のある黄色・緑色の鼻水、頭痛、顔面痛(頬や目の奥、鼻周囲の痛み)・顔面腫脹、発熱などが主な特徴です。慢性副鼻腔炎は、急性副鼻腔炎が完治せずに慢性化してしまったもので、鼻づまりが長引き、嗅覚の低下が見られることがあります。 歯のトラブル(虫歯・親知らずなど) 虫歯や親知らずの炎症が進行すると、歯茎が腫れ、周囲の組織にまで炎症が広がることで、神経を通じて耳の痛みを感じることがあります。これは、歯やあご、舌の下などとつながる神経が耳にも分布しているためです。 扁桃周囲膿瘍 扁桃炎が悪化すると、扁桃の周囲に膿がたまり、「扁桃周囲膿瘍」を引き起こすことがあります。のどの痛みが非常に強くなり、唾を飲み込む際にも激痛を伴います。そして、耳にまで痛みが広がることもあります。 ラムゼイ・ハント症候群 ラムゼイ・ハント症候群は、水痘・帯状疱疹ウイルスが原因で発症する疾患です。顔面神経麻痺に加え、耳の周囲や口の中に痛みを伴う発疹が現れることが特徴です。 医療機関を受診した方がよいケース 耳の痛みは、軽い違和感から強い痛みまでさまざまです。痛みの程度や持続時間によっては、すぐに医療機関を受診した方がよいケースも。医療機関を受診した方がよいケースは次のとおりです。 強い痛みがある 強い痛みがある場合は、急性中耳炎の可能性があります。子どもの場合、頻繁に耳を触ったり泣いたりしている場合は強い痛みが起きていることもあり、早めの受診が必要です。 耳の中から出血がある 耳の中から出血がある場合は、外耳炎が悪化している可能性があります。進行すると強い痛みが生じるため、早めの受診が必要です。 顔面麻痺を伴う場合 耳の痛みに顔面麻痺を伴う場合は、ラムゼイ・ハント症候群の可能性があります。放置すると後遺症が残るリスクが高まるため、顔の動きに違和感を覚えたらすぐに診察を受けることが重要です。 高熱が続く場合 急性中耳炎や扁桃周囲膿瘍などの感染症は高熱を伴うことが多く、長引く場合は合併症を防ぐためにも受診が必要です。特に小さな子どもや高齢者は重症化しやすい点に注意が必要です。 耳の痛みで様子を見てもよいケース 耳の痛みが軽度で、短時間で自然におさまる場合は、必ずしも受診する必要はありません。気圧の変化や耳垢の詰まりが原因であれば、数時間以内に症状が軽減することが多いとされています。 ただし、痛みが繰り返し起こる、または徐々に強くなる場合は、慢性的な炎症や病気が隠れている可能性があるため、早めの受診を検討しましょう。 * * * 耳の痛みは、軽度のものから重篤な疾患のサインであるものまでさまざまです。適切な判断を行うために、耳の痛みに関する正しい知識を持つことが重要です。今回、解説した内容を利用者さんのアセスメントにぜひお役立てください。 編集・執筆:加藤 良大監修:瀬尾 達(せお わたる)医療法人瀬尾記念会瀬尾クリニック理事長。耳鼻咽喉科専門医。クリニックでの診療の他、京都大学医学部講師や大阪歯科大学講師を兼任。祖父から代々の耳鼻科医の家系。兄は、聖マリアンナ医科大学耳鼻科教授。テレビやマスコミ出演多数。 【参考】〇日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会「口腔・咽頭の病気」(2026年9月7日)https://www.jibika.or.jp/modules/disease/index.php?content_id=222026/9/7閲覧

緩和的鎮静とは?在宅での判断を支える「倫理の四要件」【学会レポート】
緩和的鎮静とは?在宅での判断を支える「倫理の四要件」【学会レポート】
特集
2026年9月1日
2026年9月1日

緩和的鎮静とは?在宅での判断を支える「倫理の四要件」【学会レポート】

終末期の利用者さんから「つらいときは眠らせてほしい」と言われたら——。在宅医療に携わる医療・介護職にとって、いつか向き合う可能性のある「緩和的鎮静」をテーマにしたワークショップが、第8回日本在宅医療連合学会大会(2026年7月4日・5日、札幌)で開催されました。緩和的鎮静とは何か、その判断を支える「倫理の四要件」とは。講義と多職種グループワークで構成された学びの濃い90分を、NsPace編集部がレポートします。 ※本記事は学会ワークショップの内容を編集部がレポートしたものです。実際の鎮静の判断は、関連学会の手引きを確認し、主治医を含む多職種チームで行ってください。 ワークショップ概要〜経験はあるのに、枠組みは知られていない ワークショップ冒頭で行われたリアルタイムアンケートでは、鎮静に携わった経験のある参加者が多数を占めた一方、判断の拠りどころとなる「持続的鎮静における倫理の四要件」については、知らないと答えた方が目立ちました。 多くの医療従事者が経験しているのに、判断の枠組みは十分に知られていない。このギャップこそが、緩和的鎮静の難しさを物語っています。ワークショップは前半が講義、後半が架空症例をもとにした多職種グループワークという構成で進みました。 緩和的鎮静とは〜「眠らせること」が目的ではない 講義ではまず、緩和的鎮静の定義が整理されました。現在の定義は「治療抵抗性の苦痛を緩和することを目的として、鎮静薬を投与すること」。ポイントは、意識を低下させること自体が目的ではない、という点です。 緩和的鎮静は大きく2つに分類されます。 間欠的鎮静:夜間など苦痛の強い時間帯に限って鎮静薬を使い、その後は中止する方法 持続的鎮静:鎮静薬を持続的に投与する方法。さらに次の2つに分かれます。 調節型鎮静:苦痛の強さに応じて少量から調節する方法。意識の低下はあくまで副産物で、「これくらいなら耐えられる」という状態を最小量で目指す 持続的深い鎮静:調節型では緩和が難しい、または難しいと予測される切迫した状況で、深い鎮静状態とする方法 原則として調節型鎮静が優先で、持続的深い鎮静はそれでも緩和できない場合の選択肢である、という整理が示されました。 なぜ倫理が問われるのか 鎮静、特に持続的深い鎮静がデリケートな問題となる理由も明確に示されました。鎮静により意思疎通や自己決定が難しくなること、そして、その行為自体が予後を短縮する可能性が否定しきれないことです。講義では、予後が短い(日の単位)と予測される場合には、持続的深い鎮静が予後を極端に縮めることはないと想定されているものの、厳密な断定は難しいという研究の現状も紹介されました。だからこそ、どんなに苦しそうに見えても、倫理的な論点をチームで議論し、丁寧に意思決定のプロセスを踏むことが欠かせないのです。 判断を支える「倫理の四要件」 講義の核心は、持続的鎮静の倫理性を支える4つの要件でした。 (1)相応性 さまざまな選択肢を検討したうえで、鎮静が「相対的に最善」と判断できること。検討の軸は「苦痛の強さ」「治療抵抗性の確実さ」「予測される予後」の3つです。ここで強調されたのは、苦痛の強さとは「強い苦痛」ではなく「耐え難い苦痛」かどうか、という点。周囲からどれほど苦しそうに見えても、本人が「耐えられる」というなら、それは耐え難い苦痛ではない。主観を尊重する視点が印象的でした。また、治療抵抗性とは「他の手段を尽くしたか」ということ。安易に鎮静に飛びつかない、といういましめでもあります。 (2)医療者の意図 鎮静の意図が「苦痛の緩和」であり、生命予後の短縮ではないことを、関わる医療者が理解していること。 (3)患者・家族の意思 本人に意思決定能力があれば本人の意思を確認し、難しい場合はこれまでの言葉や価値観から推定します。家族と話すときは「ご家族はどうしたいですか」ではなく「ご本人ならどう望まれるでしょうか」と、本人の意思を推定する形で対話すること。そして、決断の責任を家族だけに背負わせず、医療チームも一緒に背負うことが大切だと語られました。 (4)医療チームによる判断 一人で決めないこと。在宅医療では全員が集まることが難しい場面もありますが、実施可能な範囲で複数の視点から意見を求め、意思決定の過程を記録に残すことの重要性が強調されました。 グループワーク〜訪問看護師の「相談」から始まる事例 後半は、終末期の肺がんの利用者さん(架空症例)をもとにしたグループワークでした。「苦しい時間が続くなら眠らせてほしい」という本人のかねてからの言葉。「眠ると話せなくなるのでは」と揺れるご家族。そして、症状緩和を尽くしても苦痛が取りきれない状況で、訪問看護師から医師へ「持続的鎮静はどうでしょうか」と相談が上がる——という設定です。各テーブルでは、医師・看護師・薬剤師・ケアマネジャーなど多職種が「四要件はどの程度満たされているか」「鎮静の前にできることはないか」を議論しました。正解探しではなく、迷いや葛藤も大切な意見として扱うというグラウンドルールのもと、それぞれの職種の視点が交わる時間となりました。 「鎮静の前に、叶えたいことを話し合う」 質疑応答で心に残ったやりとりがあります。症例の利用者さんには「家の近くの海が見たい」という願いがありました。この願いにどう向き合うか、という問いに対して、登壇者からは「なぜ海に行きたいのか、その奥にある思いを掘りさげることが大事」という視点が示されました。海そのものが大切な人もいれば、大切な人との思い出こそが本質という人もいます。願いの背景を理解できれば、たとえ海に行けなくても、その人にとって意味のある関わりができるかもしれません。鎮静を検討する前に、本人の叶えたいことをチームで話し合う意義を、あらためて考えさせられる場面でした。 まとめ〜訪問看護師は利用者の意思決定に伴走する〜 在宅で利用者さんに継続的に寄り添う存在として、訪問看護師は重要な役割を担っています。 グループワークの事例でも、鎮静の検討は訪問看護師の気づきと相談から始まりました。 「眠らせてほしい」という言葉を受け止め、耐え難い苦痛かどうかを見きわめ、本人と家族の揺れる思いをチームにつなぐ。倫理の四要件は医師だけのものではなく、訪問看護師が意思決定のプロセスに参加するための共通言語でもある——そう感じたワークショップでした。 なお、鎮静に関する考え方は、日本緩和医療学会の「がん患者の治療抵抗性の苦痛と鎮静に関する基本的な考え方の手引き(2023年版)」にまとめられており、学会ウェブサイトからどなたでも閲覧できます。ぜひ一度目を通してみてください。 【参考文献】 第8回日本在宅医療連合学会大会運営事務局:「ワークショップ・交流集会・ハンズオンセミナー(事前予約)」.第8回日本在宅医療連合学会大会.https://www.aeplan.jp/jahcm2026/workshop/ 2026/8/27閲覧 日本緩和医療学会 ガイドライン統括委員会:「がん患者の治療抵抗性の苦痛と鎮静に関する基本的な考え方の手引き(2023年版)」.日本緩和医療学会ウェブサイト.2023年6月20日発行.https://www.jspm.ne.jp/publication/guidelines/individual.html?entry_id=1391 2026/8/27閲覧

多疾患併存の緩和ケアがよく分かる 開始のタイミングと支援ニーズの理解
多疾患併存の緩和ケアがよく分かる 開始のタイミングと支援ニーズの理解
特集
2026年8月18日
2026年8月18日

多疾患併存の緩和ケアがよく分かる 開始のタイミングと支援ニーズの理解

非がん疾患の患者さんに質の高い緩和ケアを届けるための知識・視点を整理。訪問時のケアの実践につながるヒントをお届けします。今回は、「多疾患併存(multimorbidity、マルチモビディティ)」を取り上げます。東京ふれあい医療生活協同組合 ふれあいファミリークリニックの角允博先生に、多疾患併存に対する緩和ケアにおいて必要とされる支援について解説いただきます。 はじめに 多疾患併存とは、一般的に2つ以上の慢性疾患が1人の患者に並存している状態と定義されます1)。またQOLの低下、死亡率、ポリファーマシー、転倒、入院などのリスク増加との関連が示されており、国際的にも喫緊の課題に挙げられています2)。 本稿では、多疾患併存に対する緩和ケアの意義と課題を、「なぜ」「いつ」「どのように」の3つの観点から検討します。 なぜ多疾患併存の緩和ケアが求められるのか WHOの緩和ケアの定義は「緩和ケアは生命を脅かす病に直面する患者と家族のQOLを、痛みやその他の身体的・心理社会的・スピリチュアルな問題を早期に発見・評価し対応することで苦痛を予防・緩和するアプローチ」とされています 3)。 日本ではこれまで緩和ケアはがん中心に発展してきましたが、この定義に照らせば対象はすべての重篤疾患であり、がん以外の慢性疾患にも対応する体制整備が急務とされています。また、これまでは単一疾患に対する緩和ケアが主体でしたが、現在のわが国の超高齢者の多くは認知症や心不全、COPD、脊柱管狭窄症など複数の慢性疾患・障害の連鎖の中で終末期を迎えています。こうした患者群では疾患間の相互作用や医療的介入の複雑化により、身体的・心理社会的苦痛が重層化しています。したがって、疾患単位の管理を超えた緩和ケアが今、求められているのです。 多疾患併存の緩和ケアをいつ提供するのか 多疾患併存の軌跡は一見予測不可能なため、終末期を特定することがしばしば困難です。多疾患併存の中でも、慢性的で治癒不可能な性質を反映している「Advanced multimorbidity」 (高度な多疾患併存)という概念がありますが、近年のレビューでは緩和ケアを必要とする多疾患併存症の患者をどのように認識し、どの時期に緩和ケアを提供することが望ましいかは明らかではありません4)。 「サプライズクエスチョン」による特定方法 終末期を迎え、緩和ケアを必要とする可能性のある患者を特定するための方法の1つに、「サプライズクエスチョン」というシンプルな質問法があります。これは、「患者が12ヵ月以内に亡くなっても驚きませんか?」と医師や看護師が自問し「驚かない」と回答することで緩和ケア対象者を同定する方法です。 サプライズクエスチョンを検討したメタアナリシスでは、「驚かない」と回答した場合のその後の死亡率を感度として0.69、「驚く」と回答した場合のその後の死亡率を特異度として0.69であり、中等度の精度を示しました。ただし、セッティング、追跡期間、回答者により、ばらつきがみられました5)。 「治療負担」という考え方 また、多疾患併存への緩和ケアの開始は、治療負担の概念から考えることもできます。Mayらは、慢性疾患患者や長期医療を受ける人々にとって、病気そのもの(症状、制約、合併症など)から生じる負担(burden of illness)に加えて、医療制度・治療プロセス・自己管理から生じる「治療負担」(burden of treatment)という別の重みがあると論じ、注意喚起をしています6)。 これらの負担に対応する能力はcapabilityと呼ばれ、負担とのバランスが崩れると個々の患者の医療成果が悪化するだけでなく、介護者の負担が増大し、さらに医療サービスの需要とコストが増加する可能性が指摘されています7)。これをふまえ、多疾患併存の各疾患の医療制度・治療プロセス・自己管理が患者や介護者の生活にどのような影響を及ぼしているかを把握し、医療者と生活者である患者の間で調整を行うことが重要です。 この調整は、今まで疾患治癒を目的としていた医療的介入を縮小し、症状緩和や患者家族の生活を配慮したケアにシフトするアプローチです。医療従事者が多疾患併存への治療介入自体が患者にとって生活負担になっていると感じる時こそ、緩和ケアの契機になると考えられます。 多疾患併存に対してどういった緩和ケアを行うか 多疾患併存にどのような緩和ケアを行うかは明らかになっていない点が多いですが、多疾患併存に対する緩和ケアのニーズをまとめた先行文献8)、9)を参考に、どういった緩和ケアが必要かを考察します。 (1)身体的苦痛 多疾患併存の身体的苦痛では、痛みと移動の困難が最も多いといわれています8)。日常臨床でも心不全、腎不全などの内部疾患に伴う疼痛、変形性膝関節症や脊柱管狭窄症などの整形疾患、帯状疱疹後神経痛など多様な痛みを訴える患者に遭遇します。さらに認知機能障害を合併した場合、疼痛の評価は困難となることも多くあります。 症状は疾患間で相互作用を及ぼし、一連の疾患をそれぞれ個別に治療し、他疾患を考慮に入れないことは非効率的で、潜在的に有害であることを考慮する必要があります10)。 移動の困難については、介護保険サービスによるリハビリテーションや福祉用具を活用してサポートしているのが現状ですが、「移動が困難であること」それ自体が患者の「苦痛」であることを認識しておく必要があります。これらの身体的苦痛は、後述する心理社会的・スピリチュアルな苦痛と混在し、その表現型として疼痛を訴える場合もあり、解釈には注意を要します。 (2)心理社会的苦痛 Nicholsonらの研究によると、多疾患併存の患者とその介護者は、身体的なニーズには十分に対応されていると考えていた一方で、心理社会的およびスピリチュアルなニーズへのサポートが不足していると認識していました。 心理面では「不幸」「孤独」「不安」「抑うつ」、社会面では「社会的なつながりの維持」「個性とアイデンティティの維持」「介護者への信頼」「家族のサポート」がテーマとして抽出されました8)。心理面は社会面とも密接に関係し、患者本人だけでなく、対応する家族や介護者への教育的サポートも必要であると示されています。 社会的なつながりの維持については、患者と介護者の双方において指摘されています。患者自身も機能の低下によって社会と断絶されることは容易に想像されますが、介護者もまたフルタイムの介護を提供することで、社会的接触が減少し、友人、隣人、地域社会からの孤立感を訴えます。 実臨床において、介護者が患者に信頼され、家族がサポートできる体制をとれているケースがすべてではありません。その結果、患者家族は施設入所を選びますが、介護施設で問題になるのが多数の入居者の中で個性とアイデンティティを維持することです8)。こういった社会的苦痛に現行の介護保険制度の枠組みだけで対応していくことは困難であり、介護施設を含め、介護を社会にひらいていく上での新たな取り組みも必要であると考えられます。 (3)スピリチュアルペイン さらに、Nicholsonらによる研究では、多疾患併存のスピリチュアルに対するニーズは、「意味と目的」「悲しみと喪失」「宗教性および宗教的嗜好」「現在をよく生きること」の4つのテーマに分類されています8)。がん患者において、時間存在である人間は、過去から将来をつなぐ時間の中で現在を生きていますが、罹患し将来がみえなくなることで現在の生に意味や存在が成立しなくなるといわれています11)。この時間存在の概念は、「意味と目的」や「現在をよく生きること」といったニーズに関連します。 多疾患併存の高齢者は、長期にわたる臨床経過の中で、こうした実存的な課題に直面しているのです。時にそれはスピリチュアルペインほど強くない訴えで、身体的・心理社会的苦痛と混在して表出されるため、これを識別・認識するのがしばしば困難になります。 臨床では、「もう生きていてもしょうがない」「早く迎えが来ないかな」「迷惑ばかりかけている」といった言葉を耳にすることも少なくありません。ここではそれをメッセージとして受け取り、言語化し、それを相手に返していく作業が大切です。元来、スピリチュアルペインの概念はがん領域で問題になることが多くありましたが、訪問看護を含めた在宅医療従事者はこの問題に今後、普遍的に取り組む必要があると考えます。 まとめ 本稿では、多疾患併存に対する緩和ケアの必要性、導入時期、提供方法について検討しました。多疾患併存の緩和ケアは、緩和ケア領域のみならず在宅医療やプライマリケアの現場でも喫緊の課題です。今後、臨床実践と研究の両面から、患者の多層的な苦痛を的確に理解し支える枠組みの構築が期待されます。 本文で使用した略語一覧(本文登場順)QOL:quality of life(生活の質)WHO:world health organization(世界保健機関)COPD:chronic obstructive pulmonary disease(慢性閉塞性肺疾患) 執筆:角 允博東京ふれあい医療生活協同組合 ふれあいファミリークリニック 東京都足立区小台宮城で家庭医・在宅医として外来、在宅を通じプライマリケアに従事。多疾患併存における臨床的複雑性と意思決定にチームで取り組んでいる。 編集:株式会社照林社 【参考文献】 1)Valderas JM,Starfield B,Salisbury C,et al.:Defining comorbidity:implications for understanding health and health services.Ann Fam Med 2009;7(4):357-363.2)Multimorbidity:clinical assessment and management.NICE guideline,2016.https://www.nice.org.uk/guidance/ng562026/8/10閲覧3)日本ホスピス緩和ケア協会:WHO(世界保健機関)の緩和ケアの定義(2002年)https://www.hpcj.org/info/history.html2026/8/10閲覧4)Bowers SP,Black P,McCheyne L,et al.:Descriptions of advanced multimorbidity:A scoping review with content analysis.J Multimorb Comorb 2025;15:26335565251326309.5)Gupta A,Burgess R,Drozd M,et al.:The Surprise Question and clinician-predicted prognosis:systematic review and meta-analysis.BMJ Support Palliat Care 2024;15(1):12-35.6)May CR,Eton DT,Boehmer K,et al.:Rethinking the patient:using Burden of Treatment Theory to understand the changing dynamics of illness.BMC Health Serv Res 2014;14:281.7)May C,Montori VM,Mair FS:We need minimally disruptive medicine.BMJ 2009;339:b2803.8)Nicholson CJ,Combes S,Mold F,et al.:Addressing inequity in palliative care provision for older people living with multimorbidity.Perspectives of community-dwelling older people on their palliative care needs:A scoping review.Palliat Med 2023;37(4):475-497.9)Llop-Medina L,Fu Y,Garcés-Ferrer,et al.:Palliative Care in Older People with Multimorbidities:A Scoping Review on the Palliative Care Needs of Patients,Carers,and Health Professionals.Int J Environ Res Public Health 2022;19(6):3195.10)Hourican C,Peeters G,Melis R,et al.:Understanding multimorbidity requires sign-disease networks and higher-order interactions,a perspective.Front Syst Biol 2023;3:1155599.11)村田久行:終末期がん患者のスピリチュアルペインとそのケア.日ペインクリニック会誌 2011;18(1):1–8.

感染クラスター対応をゲームで疑似体験!「クラスター8」体験レポート
感染クラスター対応をゲームで疑似体験!「クラスター8」体験レポート
特集
2026年8月12日
2026年8月12日

感染クラスター対応をゲームで疑似体験!「クラスター8」体験レポート

「施設で新型感染症のクラスターが発生。しかも施設長は感染して不在——さあ、どうする?」。そんな緊迫の状況をカードゲームで疑似体験できるワークショップが、第8回日本在宅医療連合学会大会(2026年7月4日・5日、札幌)で開催されました。その名も「感染クラスター乗り切り体験ゲーム『クラスター8』」。実際にプレイヤーとして参加したNsPace編集部が、ゲームの様子と学びをレポートします。 「クラスター8」とは?現場の声から生まれた体験ゲーム クラスター8は、介護施設での感染クラスター発生時の対応を、チームで疑似体験するボードゲーム型の研修ツールです。開発の中心となったのは、コロナ禍で数多くの施設の感染対応を支援してきた医療・介護の実践者集団「一般社団法人KISA2隊(キサツ隊)」。「issue+design」との共同開発により、現場で見てきた工夫や失敗の教訓を集めて作られたといいます。 印象的だったのは、冒頭で語られた開発の動機です。クラスターの被害は感染者数だけでは語れません。感染対応を優先するあまり利用者さんのADL(日常生活動作)が低下してしまう、スタッフが疲弊して離職につながる、チームの人間関係が壊れてしまう——。そうした「二次被害」も含めて危機をどう乗り切るかを、安全な場で体験してもらいたい。ゲームにはそんな願いが込められています。 ゲームの舞台は「施設長不在の小規模施設」 ゲームの舞台は、利用者さん10名を職員6名で支える小規模な介護施設です。ある日、施設長が新型ウイルス感染症に感染して自宅隔離となり、残された職員だけでクラスター対応に立ち向かう——という設定で始まります。参加者は4人1組のチームとなり、それぞれ「医療職員」「介護職員」「ケアマネジャー」「感染対策委員」の役割を担当。感染発生からの8日間をターン制で進めていきます。ルールの骨格はシンプルです。 チーム共通の目標は「施設全体の感染者を一定数以下に抑える」こと 各自にはそれぞれ役割に応じた個人目標がある(職員の感染を防ぐ、利用者さんのADLを守る、職員の元気度を保つ…など) 毎ターン、20種類の「アクションカード」から実行する行動を最大3つまで選ぶ アクションには実行に必要な職員数があり、職員が感染すると打てる手がどんどん減っていく そして意地悪なことに、20種類のアクションの中には「実はあまり効果がないもの」も紛れ込んでいます。限られた人手で何を優先するか。チームの合意形成そのものが、このゲームの本体です。 体験して分かった「合意形成」の難しさ 編集部も1つのチームに入って参加しました。実際にやってみると、これが想像以上に悩ましいのです。 感染拡大を抑えたい医療職視点では、消毒やゾーニングを優先したい。一方で、利用者さんの生活を守る介護職視点では、隔離や制限ばかりだと個人目標のADLが守れない。職員の元気度を担当するメンバーからは「その前に職員が倒れます」と“待った”がかかる。それぞれの正義がぶつかる中で、3枚しか選べないカードをどれにするか——制限時間は刻一刻と減っていきます。 ゲームの結果は、チームの選択によって「グッドエンド」から「バッドエンド」まで複数のエンディングに分岐します。感染は抑えたのに利用者さんのADLが大きく低下し、職員の離職が始まってしまう、という苦いエンディングもあり、「感染者数さえ抑えればよいわけではない」という開発者のメッセージがここにも表れていました。 答え合わせで学ぶ、初動対応のポイント ゲーム後の解説パートでは、推奨される対応が具体的に示されました。詳細は割愛しますが、編集部が特に持ち帰りたいと感じたポイントを3つご紹介します。 (1)最初にやるべきは「指揮系統の明確化」 責任者が不在でも対応が止まらないよう、誰が判断し、誰に確認するのかをまず決める。指示待ちによる初動の遅れが、その後の展開を大きく左右します。 (2)ご家族への連絡は「有事の前」から 有事の連絡だけでは、ご家族の不安は募るばかり。平時から「何もないとき」にも連絡を取り、信頼関係を築いておくことで、緊急時の連絡も前向きに受け止めてもらえる、という指摘にはハッとさせられました。 (3)「よかれと思った対策」にも落とし穴がある 一見有効に思える対策でも、使い方や場面によっては逆効果になり得るものがあります。たとえば仕切りの設置が換気を妨げてしまうケースのように、「その対策は何のためか」を理解して選ぶことの大切さが強調されていました。 訪問看護ステーションでも「避難訓練」を 主催者が繰り返し語っていたのは、「これはあくまで疑似体験、いわば避難訓練です」ということ。本番はもっと過酷で、時間も情報も足りない中での判断を迫られます。だからこそ、平時に安全な場で「チームで決める」経験をしておくことに価値があるのだと感じました。 また、このゲームは医療職と介護職の合意形成ツールとしての側面も持っています。医療の正義と生活の正義、どちらも大切だからこそぶつかる。その調整を疑似体験できる研修ツールは、訪問看護ステーションと連携先の施設・事業所が合同で取り組む研修としても効果的だと感じました。 BCP(業務継続計画)は作って終わりになりがちです。自分たちの計画が本当に機能するのか、ゲームという形で点検してみる。そんな選択肢があることを、多くの事業所の方に知っていただきたいと感じた90分でした。 【参考文献】 第8回日本在宅医療連合学会大会運営事務局:「ワークショップ・交流集会・ハンズオンセミナー(事前予約)」.第8回日本在宅医療連合学会大会.https://www.aeplan.jp/jahcm2026/workshop/ 2026/8/6閲覧 一般社団法人KISA2隊:「感染クラスター8|感染対策研修をゲームで楽しく実施する!」.一般社団法人KISA2隊ウェブサイト.https://kisa2tai.or.jp/lp/cluster8/ 2026/8/6閲覧 厚生労働省老健局:「介護現場における感染対策の手引き 第3版」.厚生労働省ウェブサイト.令和5年9月.https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001149870.pdf 2026/8/6閲覧 厚生労働省:「介護施設・事業所における業務継続計画(BCP)作成支援に関する研修」.厚生労働省ウェブサイト.https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/douga_00002.html 2026/8/6閲覧

心温まるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
心温まるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
特集
2026年8月7日
2026年8月7日

心温まるエピソード【つたえたい訪問看護の話】第3回vol08

訪問看護の現場では、利用者さんやご家族との日々の関わりのなかで、その人らしさや大切にしてきた思いに触れる瞬間があります。今回は、「みんなの訪問看護アワード2025」に寄せられた投稿のなかから、利用者さんと訪問看護師の間に生まれた、忘れがたい5つのエピソードをご紹介します。 「筆が引き出すあのころの顔つき」 「もう、心も体も衰えました」と繰り返し話していた90代のAさん。かつて親しんだ筆を手にした瞬間、その表情は凛と引き締まり、迷いのない筆運びで作品を書き上げました。Aさんのなかに今も息づいていた力と、娘さんが懐かしい母の姿を見つけたエピソードです。 90代のAさんは、訪問するといつも笑顔で「私はもう、心も体も衰えました」と繰り返し話していました。そんなある日、足腰が弱り、自分では上がれなくなっていた2階へ、介助のもとで一緒に上がることになりました。案内していただいたのは、かつてAさんが使っていた部屋です。壁には、額に入れられたたくさんの習字や刺繍の作品が飾られていました。そこは、Aさんの生きてきた時間が詰まったような部屋でした。Aさんが以前、習字をしていたことは聞いていました。しかし、Aさんはいつも、「もう衰えて、指も曲がってしまったから、習字はできませんわ」と話していました。部屋で習字道具を見つけた私は、「やってみませんか」と声をかけ、1階の部屋まで運びました。「あきません。もうできません」Aさんは首を横に振りました。それでも私は、「私にも教えてほしいんです」とお願いし、墨汁を用意して筆を手渡しました。すると、Aさんの目の色が変わりました。すっと立ち上がり、背筋をぴんと伸ばして半紙に向かいます。そこには、気迫さえ感じさせる凛とした姿がありました。Aさんは、迷いのない筆運びですらすらと文字を書き上げ、最後に自らの雅号を添えました。そして、完成した作品を見つめながら、さまざまな感情が込み上げたように涙ぐんでいました。後日、筆を持つAさんの写真を娘さんに見ていただくと、「私が幼いころ、母はとても厳しい人でした。あのころのような、きりっとした表情を引き出してくださって、とてもうれしいです。こんな顔、久しぶりに見られました」と、喜びの言葉をいただきました。その後、Aさんの「もう衰えました」という言葉には、昔のように誰かのために何かをしたくても、思うようにできないもどかしさが込められていたのだと分かりました。 2025年1月投稿 「最期の願いを託した両親への手紙」 病状が進行するなか、ご両親への手紙を書きたいと願った38歳の佐藤さん。痛みや倦怠感が強まるなかでも少しずつ言葉をつづり、家族への感謝と思いやりを一通の手紙に託しました。その手紙が、今もご両親の心を支えているエピソードです。 佐藤さんは38歳。直腸がんが全身に転移し、ご家族は医療者から、予後が数カ月程度と見込まれると説明を受けていました。ご本人に病状をどのように伝えるかについては、ご家族と医療・ケアチームで慎重に話し合われていました。リハビリに取り組んでいたある日、佐藤さんから声をかけられました。「オレ、両親に手紙を書きたいんだ。協力してくれないかい?」薬の副作用もあり、痛みや倦怠感が強まり、体調は悪化し続けましたが、それでも佐藤さんは決して諦めることなく「やるんだ!」と、まさに決死の思いで書き上げました。完成した手紙には、自分が家族より先に旅立つことへの悲しみとともに、ご両親やご兄妹への最大級の感謝と、ご両親のこれからを気遣う言葉が綴られていました。「僕が亡くなったら家族に渡してください」そう約束した6日後、佐藤さんは亡くなりました。まだ温かい彼に手を合わせ、ご両親に手紙をお渡ししました。四十九日が過ぎたころ、ご両親にお会いすると、手紙を振り返りながら「ちゃんと分かっていたんだね」「私たちのこと心配してくれていたから、元気でいなくてはね」と目に涙を浮かべながら、小さく笑顔を見せてくださいました。佐藤さん。あなたが残した手紙は、今でもご両親を支えていますよ。 2025年1月投稿 「どうか最期まで満面の笑顔で」 表情や左手の動きで、豊かに気持ちを伝えていたTさん。満面の笑みは、関わる人たちの心を和ませていました。やがて表情が少なくなっていくなか、最期のときを迎える直前に見せた、穏やかなほほ笑みが心に残るエピソードです。 高次脳機能障害と右半身麻痺のあるTさん。失語により言葉を理解しているかどうかの判断も難しい状況で、意思表示の手段は、表情と動かせる左手の動きのみでした。移乗は断固拒否され、寝たまま左手で食事をする生活を20年程続けていました。好き嫌いがはっきりしていたTさんは、受け入れにくいことがあると、表情や動かせる左手で強く気持ちを示すことがありました。一方、うれしいときには満面の笑みを浮かべ、涙を流したり、握手を求めたりすることもありました。そうした豊かな感情表現と笑顔には、周囲の人の心を和ませる不思議な力がありました。だんだんと食が細くなり痩せ細るTさん。以前のように強く気持ちを表すことも少なくなり、力なく笑うようになっていきました。満面の笑みを見ることはなくなり、つらさからか泣くことも増えていきました。段々と表情も乏しくなるなか、最期のときを迎える直前、看護師の顔を見て微笑んだTさん。まるで「ありがとう」と伝えてくれているような穏やかな表情を見て、穏やかな気持ちになりました。Tさん、これからも大好きなパンと巻き寿司を口いっぱいに頬張りながら、あの素敵な笑顔で過ごしてね。 2025年1月投稿 「木曜日の午後2時」 がんの終末期を自宅で過ごしていた正義さんは、体調が変化しても、外を歩くことを楽しみにしていました。亡くなる2週間前まで一歩ずつ散歩を続け、いつも笑顔を見せていた正義さん。後になって知った「木曜日の午後2時」への思いに、訪問看護師の胸が熱くなったエピソードです。 がん終末期に病院を退院した正義(まさよし)さん。とてもダンディで心温かく、まるで正義の味方のような方でした。退院してから少しずつ元気になり、ベッド中心の生活から次第に歩けるようになりました。私が選んだウォーカーをとても気に入ってくださり、どんどん歩ける距離も伸びていきました。その姿は、腰椎に転移があるとは思えないほどでした。夏には1キロメートル近く散歩できました。足の悪い私は、スタスタ歩く正義さんについて行くのが大変なこともありました。秋の終わりになると、足がむくみ始め、重さも増して歩くスピードも遅くなりました。冬になっても、雨さえ降っていなければ、どれだけ寒い日でも「少しだけお付き合いください」と言われ、一緒に歩きました。吐く息が真っ白になるほど寒い日でも「風が気持ちいいですね」と笑っていました。正義さんと一緒に春を迎えられるとは、思っていませんでした。足は大きくむくんでいましたが、それでも正義さんは「外にでたい」と話し、私たちは一緒に20メートルほど歩きました。体はつらそうなのに嬉しそうでした。亡くなる2週間前にも、わずか10メートルではありましたが、歩くことができました。一歩一歩はとてもゆっくりで、足取りも重く、つらそうでした。それでも、正義さんの表情には嬉しそうな笑みが浮かんでいました。その翌日から全身の痛みが強まり、正義さんはベッドから動けなくなりました。傾眠状態になってからも、ケアの後には「ありがとうございました」と言って、いつものように笑顔を見せてくださいました。正義の味方のような方でした。後日、娘さんから「父は、訪問看護が来る木曜日の午後2時を、いつも心待ちにしていました」と聞きました。その言葉を聞いた瞬間、涙があふれました。けれど、木曜日の午後2時を心待ちにしていたのは、私も同じでした。 2025年1月投稿 「痛みとの孤独な闘い」 進行した膵臓がんと診断されたKさんは、入院ではなく、住み慣れた自宅で過ごすことを望みました。十分とはいえない生活環境のなかでも、訪問看護師や医師と関わりながら、自分らしい時間を過ごしたKさん。最期まで本人の希望を支えた日々と、看護師の心に残った言葉を描いたエピソードです。 生活保護で一人暮らしをしていた67歳のKさん。血糖値の管理が難しくなったことをきっかけに、訪問看護の介入を開始した。その後、著しい高血糖で入院し、肝臓への転移を伴う進行膵臓がんと診断された。Kさんは積極的な治療を希望せず、住み慣れた自宅で緩和ケアを受けながら過ごすことを選択した。がん性疼痛が強くなったため、年末からは医療用麻薬による疼痛緩和が開始されるも、入院は望まず。室内は生活環境を整えることが難しい状態で、寝具や排泄の環境も十分ではなかった。はじめは支援を受け入れることにためらいがあったが、体を動かすことが難しくなるにつれ、少しずつ排泄ケアなどを受け入れてくださるようになった。私たちは寝具や衣類を整え、Kさんらしく過ごせる方法を一緒に考えた。「一人で過ごすのは寂しくないですか。痛みを和らげるために、入院する方法もありますよ」そう声をかけると、Kさんは、「病院はどうしても嫌や。ここにおるんが気楽や」と答えた。決して整った環境ではなかったが、そこはKさんが長く暮らしてきたかけがえのない自宅だった。私はその思いを受け止め、主治医やほかの看護師と相談しながら、自宅で過ごし続けられるよう支援することを決めた。ラジオから懐かしい曲が流れると、Kさんは頭を揺らしてリズムを取った。私たちも一緒に歌い、穏やかな時間を過ごした。訪問診療医から「こういう看取りもいいね。みんなで支えれば、ここで最期まで過ごせると思う」と言葉をかけてもらったことも、支援を続けるうえで大きな支えとなった。最期が近いと感じた日の早朝、夢のなかにKさんが現れ、「ありがとうな」と声をかけてくれました。長く関わっていた別の看護師も、同じころにKさんの夢を見たという。Kさんは、自分が望んだ場所で最期まで過ごされた。私たちの関わりは、Kさんの寂しさや痛みを少しでも和らげ、心の支えとなったのだろうかと、今も考える。『負けないで、もう少し』今後、この歌を耳にするたびにKさんを思い出し、私たち自身が前を向くための応援歌として口ずさむことでしょう。 2025年1月投稿 利用者さんやご家族との信頼関係から生まれる温かい瞬間は、訪問看護師にとってかけがえのない宝物です。これからも一人ひとりの人生に寄り添い、心通う看護を届けていきたいですね。 編集: NsPace編集部

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
特集
2026年8月7日
2026年8月7日

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】第3回vol07

訪問看護の現場では、疾患や障害などがある中でも懸命に前向きに生きる利用者さんがたくさんいます。「みんなの訪問看護アワード2025」に投稿されたエピソードから、利用者さんの前向きな姿勢に力を分けてもらえるエピソードをご紹介します。 「彼女が教えてくれた『手当て』」 末期乳がんの彼女は、自然療法で治すという固い意思を持ち、激痛の時には「薬よりも人の温もりだよ」と語った彼女のエピソード。 「息を引き取られたそうです」クリニックからの電話に言葉が出なかった。というのも、彼女は数年前に末期の乳がんで余命宣告をされたにもかかわらず、何度となく山を乗り越えてきたため、なんとなく絶対死なないような気がしていたからだ。彼女はとても強い方だった。「自然療法で治す」という固い意思を持っていたので、腫瘍から膿が出ようが、リンパ漏で下半身がビショビショになろうが、薬は一切使わなかった。一方で、どんなに体調が悪くても自分でできるリハビリを考え、常に身体を動かし、歌を歌い、いつも笑っていた。痛みや高熱も身体の必然の反応として受け止め、自然に治していく姿を見ていると「薬って本当に必要?」とさえ感じた。それでも激痛に震える彼女を前にすると「薬を使えば楽にしてあげられるのに…」と看護師として何もできないジレンマで辛くなることもあった。しかし彼女はそんな時には決まって「手当て」を希望されたのだ。看護の原点ともいえる「手当て」。「あなたが触ってくれるだけで楽になる。薬よりも人の温もりだよ」という彼女の言葉は、学生時代に学んだナイチンゲールの教えを彷彿とさせた。浮腫んだ身体にゆっくり手を沈めていく感触。「ああ、気持ちいい」と静かにつぶやいていた彼女の声。彼女の選択が正しかったのかは分からない。正直、もっと違う選択もあったのではないかとさえ感じる。それでも彼女が信じた治療に寄り添えたこと。それは間違いではなかったと感じている。 2024年10月投稿 利用者さんの前向きな姿勢や人生の歩みは、関わる訪問看護師だけでなく読者にまで元気や力を与えてくれます。あらためて、訪問看護師と利用者さんの関係は共鳴するのだと考えさせられます。 編集: NsPace編集部

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
特集
2026年8月3日
2026年8月3日

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】第3回vol05

訪問看護の現場では、疾患・障害などがある中でも懸命に前向きに生きる利用者さんがたくさんいます。「みんなの訪問看護アワード2025」に投稿されたエピソードから、利用者さんの前向きな姿勢に力を分けてもらえるエピソードをご紹介します。 「半年かけて開いた、全盲のAさんの心」 全盲でリハビリに意欲がなかったAさんが、ご主人の献身的な支援と根気強い関わりで前向きになったエピソード。 全盲のAさんは、「もうベッドから動かないから」という理由で、病院でもリハビリをほとんどせずに自宅へ戻られました。もともと、家の中はご主人の支えで歩かれていたようで、ご主人の希望もあり、訪問リハビリでの介入が始まりました。関わって半年ぐらいは、リハビリに対する意欲もなかなか出ず、「少しずつリハビリして外の空気を吸いましょうね」と声かけに対して、「外の空気を吸うなら窓を開けたら吸えるよ」と笑いながら返答をされるAさんでした。それでも、ご主人は僕が行なっているリハビリを見ながら、僕の知らない間にノートにメモをしてくださっていました。リハビリのノートを作り、それを見ながらご主人もリハビリをしてくださっていました。すると、約半年経ったころにAさんから「私もポータブルトイレを使えるようになるかな?」とはじめて前向きな発言がありました。目標もなく帰って来られたAさんでしたが、いつしか週1回40分のリハビリを楽しみにしてくださり、心を開いてくださいました。 2025年1月投稿 「家(うち)はいいな」 胆のうがん末期で「やっぱり家はいいな」と大好きなソーダを飲み笑顔で過ごした数時間後、奥様に見守られ自宅で旅立った忘れられない看取りのエピソード。 胆のうがん末期の利用者様。“時々入院、ほぼ在宅”という状態で奥様が介護されていた。ご本人も奥様も病気については良く理解されており、ご自分の意思もしっかりされていた。在宅しているときは、ほぼ毎日訪問していた。「病院の看護師さんは忙しそうでゆっくり話を聞いてもらえない。でも訪問看護師さんは、自分一人のために家まで来てくれる。看護師さんを独り占めできる」と、訪問看護を大変喜んでくださった。最後の入院の際は、「今しか家に帰ることができない」と、急に退院が決まった。朝から訪問看護の電話が鳴り続けた。病院の看護師、相談員、ケアマネジャーの誰もが、どうしても家に帰してあげたいと感じた。その日の夕方、無事に家へ帰ることができた。大好きなソーダを飲まれ「やっぱり家はいいな」と、笑顔で話をされた。その数時間後、奥様に見守られ息をひきとられた。忘れることのできない看とりだった。 2025年1月投稿 「最期の希望 本人・家族の思いに寄り添う訪問看護」 肺がん末期で食事制限をされていた70代男性が「自分の事は自分で決める」と、最期まで意思を貫き好きな物を食べながら過ごしたエピソード。 肺がん末期の状態で、イレウスを繰り返す70代男性。妻と二人暮らし。「何もするな。延命治療はしたくない」と、退院を希望し訪問看護を紹介される。入院中は24時間点滴をし、食事制限があった。スープ類を少々楽しむ程度を許可されていた。退院早々に、塩ラーメンを食べて焼酎を飲む。家族は「言い出すと聞かないからしかたないです」と話し、本人は「食べれんのはストレス、嫌だ。自分の意思に任せて、自分のことは自分で決める。仏壇に供えられても死んだら食べれん、生き地獄」と、話す。だが、妻は「せっかく退院したのに。また入院になるのか心配」。本人と妻の思いに耳を傾け、食事の工夫を相談したり、看護師と信頼関係を築きながら調整したりすると、徐々に受け入れてもらえる。しかし、恐れていたイレウスになり、数日後には緊急入院。 本人の希望である“生まれ育った自宅に帰りたい”という思いに関係機関と連携して寄り添った。家族のケアをしながら、亡くなる数日前まで好きな物を食べては吐きながら過ごした。本人の意思を貫き、最期まで住み慣れた自宅で支援をした。 2024年12月投稿 「新婚50年」 肺がん末期で余命宣告を受けた男性が、泣き崩れる奥様と訪問看護の支援で穏やかに旅立ったエピソード。 「まさか今回の肺炎の入院で、一気に終末期状態へ突入するとは思わなかった。抗がん剤を始めて1年も経っていないのに…」朗らかで外交的。奥様と2人だけの楽しく豊かな人生を歩んできた男性は、肺がんの診断後、間質性肺炎の急性増悪もあり、酸素投与が必要な状態となりました。それまでは自分で車を運転し、奥様と一緒に受診し、治療の後は美味しい食事を楽しんで帰る――ごくごく平穏な毎日でした。この入院を機に余命宣告を受け、奥様は泣き崩れるばかり。片付けをしても何をしても涙があふれ、本人は「1日も早く帰りたい」と、夫婦2人で退院日を決めてしまうほどでした。退院カンファレンスでは、予定よりも早い退院を希望されたので、全員がザワつき、手配していたヘルパーや訪問診療医の日程も調整が困難な状況。状態が状態なだけに、訪問診療のバックアップなしでの退院は、医療関係者みんなが不安をもらしました。希望する日に退院したとしても、すぐに訪問診療医が介入できない状況だったのです。それならば、訪問看護でお引き受けしましょう!退院から2日間は、訪問診療医より症状が悪化した際と酸素流量の詳細な指示をいただき、無事退院しました。あらゆる支援を2日間で濃密に提供し、彼らしい笑顔とユーモアが回復していきました。どこに行っても「新婚50年」と、言って周りを和ませる彼は、退院して4日目の早朝に旅立ちました。旅立つ前夜は、美味しいアイスを夫婦で召し上がったそうです。 2024年12月投稿 「元気になって」 100歳を超えて看取りのために自宅に戻ったAさんが、日に日に元気になり食欲も出て歩き出し、3年以上経った今も元気に過ごしているエピソード。 Aさんとの出会いは“自宅で最期を迎えさせてあげたい”という家族の思いがきっかけでした。病院や施設での生活を経て、食欲もなく年齢も100歳を超えていたAさん。しかし、帰ってくると日に日に元気になりました。食欲も出てきて、歩き出しトイレに行くこともできるようになりました。「シャワーを浴びたい」との本人の希望で、週2回のシャワー浴が始まりました。良く食べて良く話しました。びっくりするくらい元気になり、時々昼夜逆転していることもありました。看取りのはずだったAさんは、あれから3年以上元気に過ごしています。我がステーションの最高齢!いつまでも元気でいて欲しいです。 2024年12月投稿 利用者さんの前向きな姿勢や人生の歩みは、関わる訪問看護師だけでなく読者にまで元気や力を与えてくれます。あらためて、訪問看護師と利用者さんの関係は共鳴するのだと考えさせられます。 編集: NsPace編集部

第8回日本在宅医療連合学会大会レポート!訪問看護に役立つ注目プログラム
第8回日本在宅医療連合学会大会レポート!訪問看護に役立つ注目プログラム
特集
2026年7月28日
2026年7月28日

第8回日本在宅医療連合学会大会レポート!訪問看護に役立つ注目プログラム

2026年7月4日・5日の2日間、札幌で「第8回日本在宅医療連合学会大会」が開催されました。在宅医療に携わる多職種が全国から集まる年に一度の大会に、NsPace編集部も参加してきました。会場の熱気や、訪問看護師の皆さんにもぜひ知っていただきたいプログラムの数々を、参加レポートとしてお届けします。 第8回日本在宅医療連合学会大会とは 日本在宅医療連合学会が開催する全国大会で、今回で8回目を迎えます。会期は2026年7月4日(土)・5日(日)の2日間、会場は札幌コンベンションセンターと札幌市産業振興センターの2ヵ所。大会長は大友 宣氏(医療法人財団老蘇会 静明館診療所)が務め、大会テーマには「在宅医療ラララララ~パラダイムシフトをパラダイムシフトする次世代の在宅医療~」が掲げられました。 在宅医療の学会と聞くと医師向けの印象があるかもしれませんが、実際の参加者は医師のほか、看護師、薬剤師、ケアマネジャー、介護職、リハビリテーション職など実に多彩です。プログラムもシンポジウムや一般演題だけでなく、参加型のワークショップ、市民公開講座など幅広く用意されており、「在宅医療に関わるすべての職種のための大会」という空気を強く感じました。 編集部が聴講したシンポジウムとワークショップ 編集部は、訪問看護の現場に関わりの深いテーマを中心に選んで聴講しました。その一部をご紹介します。 「在宅ドクターカーの対応と在宅病院前救急との融合 ―地域包括ケアにおける新たな医療体制構築に向けて―」 在宅医療と救急医療をどうつなぐかを考えるシンポジウム。利用者さんの急変時に「搬送か、在宅での継続か」を迫られる場面は訪問看護師にとっても身近なテーマであり、在宅と救急の連携という切り口が印象的でした。 在宅医療の効率化、ご自慢バトル! 全国の在宅医療の現場から、業務効率化の工夫を持ち寄ってプレゼンし、参加者の投票で最優秀を決めるユニークな企画。従来のFAX管理を突き詰めた効率化からAI活用まで、明日から真似したくなるアイデアが次々と登場し、会場も大いに盛り上がっていました。 感染クラスター乗り切り体験ゲーム「クラスター8」 介護施設で新型感染症のクラスターが発生した、という設定をカードゲームで疑似体験するワークショップ。多職種のチームで「限られた人手で何を優先するか」を話し合いながら進める形式で、編集部も実際にプレイヤーとして参加しました。 ACPで安楽死を求められたら 「終末期の意思決定支援」という重いテーマを、寸劇を交えながら現場目線で考えるシンポジウム。答えのない問いに、多職種がそれぞれの立場から向き合う構成でした。 在宅で挑む終末期がん患者の苦痛緩和〜緩和的鎮静の決断と多職種の力〜 在宅での緩和的鎮静をテーマに、講義と多職種でのグループワークを組み合わせたワークショップ。多くの参加者が集まる盛況ぶりで、このテーマへの現場の関心の高さがうかがえました。 会場で感じた3つのこと (1)「体験して学ぶ」プログラムの充実 ゲームやグループワーク、投票企画など、参加者が手と口を動かして学ぶ「参加型のプログラム」が目立ちました。講義を聞くだけでは持ち帰りにくい「判断の難しさ」を、体験を通して実感できる仕掛けが印象的でした。 (2)多職種がフラットに議論する文化 医師、看護師、薬剤師、ケアマネジャー、介護職が同じテーブルで対等に意見を交わす場面が、参加型のプログラムを中心に数多く見られました。在宅医療の意思決定は多職種の力で支えるものだ、というメッセージを会場全体から感じました。 (3)答えのないテーマから逃げない姿勢 終末期の意思決定や感染対応など、正解が1つに定まらないテーマこそ、現場の実感を持ち寄って議論する。そんな姿勢が大会全体を貫いていたように思います。 まとめ 在宅医療の「今」を肌で感じられる2日間でした。訪問看護師の皆さんにとっても、日々のケアを見つめ直すヒントが数多くある大会だと感じます。編集部が特に注目した「クラスター8」と「緩和的鎮静」のワークショップについては、あらためて詳しいレポート記事をお届けする予定です。どうぞお楽しみに。 取材・編集・執筆:NsPace編集部 【参考】 第8回日本在宅医療連合学会大会運営事務局:「開催概要」.第8回日本在宅医療連合学会大会.https://www.aeplan.jp/jahcm2026/outline/ 2026/7/6閲覧 第8回日本在宅医療連合学会大会運営事務局:「プログラム」.第8回日本在宅医療連合学会大会.https://www.aeplan.jp/jahcm2026/program/ 2026/7/6閲覧 第8回日本在宅医療連合学会大会運営事務局:「ワークショップ・交流集会・ハンズオンセミナー(事前予約)」.第8回日本在宅医療連合学会大会.https://www.aeplan.jp/jahcm2026/workshop/2026/7/6閲覧

熱中症対策義務化とは?職場で必要な対応
熱中症対策義務化とは?職場で必要な対応
特集
2026年7月28日
2026年7月28日

熱中症対策義務化とは?職場で必要な対応

2025年6月1日から、職場における熱中症対策が強化されました。労働安全衛生規則の改正により、熱中症のおそれがある作業を行う事業者には、報告体制の整備、対応手順の作成、関係者への周知が義務付けられています。訪問看護の現場でも、夏場の移動、屋外での待機、空調が十分でない居宅でのケアなど、熱中症リスクが高まる場面があります。この記事では、熱中症対策義務化の概要と、訪問看護ステーションで確認したい対応ポイントを解説します。 熱中症対策義務化とは 熱中症対策義務化とは、職場で熱中症のおそれがある作業を行う場合に、事業者が重症化を防ぐための体制や手順を整えることを義務付けたものです。厚生労働省の資料では、熱中症のおそれがある労働者を早期に見つけ、状況に応じて迅速かつ適切に対応するため、「体制整備」「手順作成」「関係者への周知」が事業者に義務付けられたと説明されています。 つまり、単に水分補給を呼びかけるだけではなく、熱中症が疑われる人が出たときに、誰へ報告し、誰が判断し、どのように医療機関へつなぐのかを、あらかじめ決めておく必要があります。 対象となる作業 義務化の対象は、熱中症を生ずるおそれのある作業です。具体的には、暑さ指数であるWBGT値が28度以上、または気温31度以上の環境で、連続1時間以上、または1日4時間を超えて行うことが見込まれる作業とされています。 訪問看護では、屋外作業が中心ではなくても、以下のような場面で注意が必要です。 夏場の自転車や徒歩での訪問 炎天下での移動や待機 空調が十分でない居宅でのケア 入浴介助や清拭など、身体的負担が大きいケア 防護具やマスクを着用した状態でのケア 連続訪問で休憩が取りにくい勤務 室内であっても、温度や湿度が高い場合は熱中症のリスクがあります。「屋外ではないから大丈夫」と考えず、訪問先や移動中の環境も含めて確認することが大切です。 事業者に求められる3つの対応 報告体制を整備する まず必要なのは、熱中症の自覚症状があるスタッフや、熱中症のおそれがあるスタッフを見つけた人が、すぐに報告できる体制を作ることです。 たとえば、以下のような内容を決めておきます。 報告先の担当者 報告する連絡手段 担当者が不在の場合の連絡先 訪問中に症状が出た場合の連絡方法 直行直帰時の報告ルール 訪問看護では、スタッフが1人で移動し、1人で利用者さん宅を訪問する場面が多くあります。そのため、事務所内だけでなく、外出中でもすぐに連絡できる体制を整えることが重要です。 対応手順を作成する 次に、熱中症が疑われる場合の対応手順を作成します。環境省の資料でも、熱中症のおそれがある作業者を把握した場合に、迅速かつ的確な判断ができるよう、必要な措置の内容や実施手順を定めることが求められています。 手順には、以下のような内容を含めるとよいでしょう。 涼しい場所へ移動する 衣服をゆるめる 水分・塩分を補給する 体を冷やす 意識状態を確認する 改善しない場合は医療機関へ相談する 意識障害がある場合はためらわずに救急要請をする 特に、意識がぼんやりしている、受け答えがおかしい、自力で水分を取れない、症状が改善しないといった場合は、早急な対応が必要です。 関係者へ周知する 体制や手順を作成しても、スタッフが内容を知らなければ現場で使えません。そのため、作成したルールを関係者へ周知することも義務化の重要なポイントです。厚生労働省は、報告体制や対応手順をあらかじめ定め、関係作業者に周知することを求めています。 周知方法としては、以下が考えられます。 朝礼やミーティングで共有する マニュアルに記載する 事務所内に掲示する チャットツールで共有する 訪問バッグに対応フローを入れる 新人研修や夏前の研修で説明する 訪問看護では、常勤スタッフだけでなく、非常勤スタッフやオンコール担当者にも同じ情報が伝わるようにすることが大切です。 訪問看護で確認したい熱中症対策 訪問看護ステーションでは、スタッフ自身の熱中症対策と、利用者さんの熱中症予防の両方を考える必要があります。 スタッフ向けには、訪問スケジュールの調整、休憩時間の確保、飲料の携帯、移動手段の見直し、暑さ指数の確認などが有効です。環境省が提供する暑さ指数の情報も、日々の判断に役立ちます。厚生労働省の職場における熱中症予防情報では、「STOP!熱中症 クールワークキャンペーン」など、職場での熱中症予防に関する情報が掲載されています。 利用者さんについては、室温、湿度、水分摂取量、尿量、食事量、発汗、意識状態などを観察します。高齢者は暑さやのどの渇きを感じにくいことがあり、エアコンを使わずに過ごしている場合もあります。訪問時には、室温だけでなく、生活環境や家族のサポート状況も確認しましょう。 記録・報告のポイント 熱中症の疑いがある場合は、症状だけでなく、発生した状況も記録します。 たとえば、以下のように整理します。「13時ごろ、訪問移動後に頭痛と強い倦怠感あり。気温32度。水分摂取は午前中に約300mL。事務所へ報告し、涼しい場所で休憩。水分・塩分補給後もふらつきが残るため、管理者判断で受診を調整。」 利用者さんの場合は、以下のように記録します。「訪問時、室温30度、エアコン未使用。発汗あり、口渇の訴えあり。尿量は昨日より少ないとのこと。意識レベルは普段と変わりなく、食事と水分は経口摂取できそうと仰っている。水分摂取を促し、また、家族による室温管理と定期的な水分補給の声掛けを依頼した。主治医へ報告。」 「いつ」「どこで」「どのような症状があり」「どのように対応したか」を残すことで、再発予防やチーム内共有にもつながります。 まとめ 熱中症対策義務化により、職場では熱中症のおそれがある作業に対して、報告体制の整備、対応手順の作成、関係者への周知が求められるようになりました。訪問看護では、夏場の移動や空調が十分でない居宅でのケアなど、熱中症リスクが高まる場面があります。スタッフが安全に働ける環境を整えることは、利用者さんへ安定したケアを届けるためにも重要です。 熱中症対策は、個人の注意だけに任せるものではありません。事業所としてルールを整え、スタッフ全員が同じ手順で動けるようにしておくことが、重症化の予防につながります。 監修:飛鳥馬 沙耶(あすま さや)/訪問看護ステーション 管理者HCU・高度急性期病棟にて約6年間、循環器・心臓外科・脳外科領域を中心とした急性期看護に従事。2023年より訪問看護ステーションの管理者として、在宅医療の現場に携わる。専門領域は、訪問看護・在宅医療、急性期看護。 【参考文献】● 厚生労働省:「職場における熱中症対策の強化について」.https://www.mhlw.go.jp/content/001476821.pdf,2026/5/30閲覧● 厚生労働省:「職場における熱中症予防情報」.https://neccyusho.mhlw.go.jp/,2026/5/30閲覧● 富山労働局:「職場における熱中症対策の強化について(令和7年6月1日施行)」.https://jsite.mhlw.go.jp/toyama-roudoukyoku/news_topics/oshirase/0706nechushokyoka.html,2026/5/30閲覧● 鹿児島労働局:「職場における熱中症対策の強化について」.https://jsite.mhlw.go.jp/kagoshima-roudoukyoku/hourei_seido_tetsuzuki/anzen_eisei/nettyusyou/2025-0418-7.html,2026/5/30閲覧● 環境省:「熱中症の対処方法(応急処置)」.https://www.wbgt.env.go.jp/heatillness_checksheet.php,2026/7/13閲覧● 厚生労働省:「STOP!熱中症 クールワークキャンペーン(職場における熱中症予防対策)」.https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000116133.html,2026/7/21閲覧

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