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家族看護 渡辺式家族アセスメント/支援モデルとは【総論 後編】

家族看護総論【後編】

この連載では、訪問看護ならではの家族看護について「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」を通して考えます。今回は、渡辺先生にこのモデルの特徴や分析プロセスを詳しく解説していただきます。モデルの思考過程をツール化したシートについてもご紹介いただきます。

>>前編はこちら
家族看護とは何か、看護職に求められることは【総論 前編】

渡辺式家族アセスメント/支援モデルとは

渡辺式家族アセスメント/支援モデルとは、「援助者が対象者・家族との関わりに困った場面や時期に、いったい何が起こっていたのか、ことの全容を明らかにし、援助の方向性(方策)を導き出すための思考過程」をモデル化したものです。

例えば、「あのお母さん、何度説明しても自己流のケアのやり方を変えてくれない。どうしてなんだろう、困っちゃうな」とか、「本人と家族の思いがズレていて、にっちもさっちもいかない」といったような援助に行き詰まりを感じた場面で効力を発揮します。

モデルの前提にある考え方と特徴

このモデルの前提となっているのはシステム理論、すなわち「ある出来事は、そこに関与する人が互いに影響を及ぼし合って生じる」(循環的因果関係)という考え方です。したがって、「困った」場面を分析する際にも、相手(療養者や家族成員)のことはもちろんですが、自分たち援助者についても客観的に分析します。

家族看護においてもさまざまなモデルが開発されていますが、援助者を分析対象とするのはこのモデルをおいてほかにはなく、大きな特徴といえます。

「人間関係見える化シート®」

渡辺式家族アセスメント/支援モデルでは、その思考過程をツール化したシート(渡辺式シート)が開発されています。

このシートは
Ⅰ:事例情報シート
Ⅱ:人間関係見える化シート®
Ⅲ:支援方法、実施、評価シート
の3つのパートで構成されています。特に、「Ⅱ:人間関係見える化シート」に沿って分析していくと、複雑な問題も整理されて、支援の糸口を見出せるでしょう。このシートは思考過程を共有できるため、主にカンファレンスやコンサルテーションで活用されています。

図1に、Ⅱ:人間関係見える化シート®を抜粋し示します。

図1 Ⅱ:人間関係見える化シート®

人間関係見える化シート

渡辺式シートは、NPO法人 日本家族関係・人間関係サポート協会のウェブサイトからダウンロードできます。

文脈と関係性を解きほぐす(分析のプロセス)

(1)登場人物と看護師の文脈(ストーリー)を考える

まずは、「困りごと」「対処」「背景」という3つの視点から、個々の登場人物のストーリーを考えます。

事例として、何度説明しても自己流のやり方を変えようとしない母親と看護師との関わりを考えてみましょう。母親はいったい何に困り、どう対処しているのか、その対象の背景になっているものは何かを、母親の皮膚の内側に入ったようなつもりになって考え、シートに記入します(図2)。

看護師からすれば、望ましいとはいえないケアの方法にこだわる「困った」母親は、「看護師から再三指導されること」に困っていて(困り事)、「自分のやり方に固執する」という対処をとっているのかもしれません(対処)。その背景には、「母親としてのプライド」や「このやり方で大丈夫という自負」、あるいは「このやり方が慣れている」、「そこまで手間はかけられない」という母親なりの判断があるのかもしれません(背景)。

こうして母親になり替わったような気持ちで考えてみると、看護師にとっての「困った母親」は、実は看護師の存在に「困っている母親」でもあるという認識の転換が起こることがあります。

同様に、看護師のストーリーをあらためて考えてみると、「再三指導を繰り返す」という対処の裏側に、「療養者本人を守りたい」、「本人のために母親にはがんばって欲しい」という願いがあります。それと同時に、「あるべき母親に近づいて欲しい」といった願いもあり、母親をコントロールしたくなる気持ちが見え隠れすることもあるでしょう。

相手の、そして看護師自身のストーリーを深く推察することによって、対象を理解し、自分自身へのさまざまな気づきを得ることができます。

図2 文脈(ストーリー)と相互関係

文脈(ストーリー)と相互関係

(2)登場人物間の関係性を考える

登場人物と看護師のストーリーを分析した後、次は登場人物間の関係性を考えます。先の例でいえば、母親と看護師の関係性です。

この場合、看護師が再三指導することにより、母親は抵抗し、ますます自分のやり方に固執するという悪循環が生じているといえるでしょう。また、看護師が何とか母親に分かってもらいたいと思うがあまり、母親に向けるパワーが高くなり、母親もそれに負けじとパワーを高めている状態です。両者の心理的な距離は、知らず知らずのうちに近づきすぎており、両者ともに居心地の悪い関係になっていると考えられます。

シートでは、こういったパワーバランスや心理的距離を三角形の高さや楕円の位置によって表します。具体的には、図3に示したとおり、看護師、母親双方のパワーを示す三角形の高さは、適正ラインよりも高くなっていると考えられます。そして、看護師は母親との距離を近づけようと、矢印が示すように母親にパワーを向けています。一方母親は、看護師にこれ以上距離を詰められないように、看護師に対し、負けじとパワーを向けていると考えられます。

図3 パワーバランスと両者の心理的距離

パワーバランスと両者の心理的距離

看護師自身の変化も含め支援の方策を考える

さて、登場人物と看護師のストーリー、および関係性を考えた後は、支援方策を検討します。すなわち、どうしたらパワーバランスや心理的距離を改善し、悪循環を是正できるのか、そのためには、看護師自身がどう変化すればよいのか、どのように相手に働きかけたらよいのかを考えます。

先の事例であれば、看護師の「再三指導を繰り返す」という対処から、「母親のやり方を(一旦は)認める」という方向に変化するという道が見えてきました。そうすれば、母親の抵抗のパワーは低くなり、母親と話し合える道が開きそうです。母親のプライドや自負を尊重し、安心感を届けることを意識することも大切でしょう。母親と目標を再度共有し、看護師としての判断も示すこと。そして、ともに目標達成のために望ましく、実現可能な方法を試行錯誤しながら見つけていくことが重要だといえます。表1に「支援の方策」をまとめましたのでご参照ください。

表1 支援の方策

・母親のやり方を一旦は認め、母親のパワーを下げる
・母親のプライドや自負を尊重し、安心感を届ける
・母親と話し合って目標を共有する
・ともに目標達成のために望ましく、実現可能な方法を見つけていく(考える)

このように、分析をひとつの仮説とし、支援方策を考えて実施し、その結果を評価し、さらにアセスメントを繰り返していきます。

以上が渡辺式家族アセスメント/支援モデルの概要です。次回からは事例編です。実際に援助に行き詰まりを感じた場面を取り上げ、渡辺式家族アセスメント/支援モデルを使って支援の方策を考えていきます。

また、私が理事長を務める「日本家族関係・人間関係サポート協会」では、「渡辺式」家族看護に関する入門から認定インストラクターの養成にいたるまで、各種セミナーを開催しております。

▼NPO法人 日本家族関係・人間関係サポート協会 各種セミナーのご案内
https://famirela.com/seminar

お問い合わせは、当協会までお寄せください。

執筆:渡辺 裕子
NPO法人日本家族関係・人間関係サポート協会 理事長
「渡辺式」家族看護研究会 副代表

 
●プロフィール
1982年千葉大学大学院看護研究科修了後、市町村保健師として勤務。その後「家族看護研究所」「家族ケア研究所」を立ち上げ、2022年から現職。長年、患者・家族、職場の人間関係に悩む看護職のサポートを行ってきた。
 
「NPO法人日本家族関係・人間関係サポート協会」では、「ケアが循環する社会の実現」を理念に掲げ、一般市民を対象とした「かぞくのがっこう」のほか、「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」に関する各種セミナーを実施している。
 
NPO法人日本家族関係・人間関係サポート協会のホームページ
※渡辺式シートのダウンロードも可能です。

編集:株式会社照林社


【参考】
〇渡辺裕子著.「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」,渡辺裕子監修.『家族看護を基盤とした地域・在宅看護論 第6版』,東京,日本看護協会出版会,2022,p.107-119.
〇渡辺裕子著,鈴木和子著.「家族看護過程」,鈴木和子,渡辺裕子,佐藤律子著『家族看護学 : 理論と実践 第5版』東京,日本看護協会出版会,2019,p.98-107.
〇渡辺裕子著.「人間関係見える化シートのご紹介」コミュニティケア.21(11),2019,p.38-46.
〇垣見留美子,株﨑雅子著.「行き詰まりを打開する、渡辺式家族アセスメント/支援モデル」訪問看護と介護.28(2),2023,p.102-108.
〇富岡里江著.「療養者への医療提供を拒む家族」訪問看護と介護,28(2),2023,p.110-117.
〇茶谷妙子著.「子の障害に戸惑う家族」訪問看護と介護,28(2),2023,p.118-128.
〇堤 真紀著.「療養者に対して指示的な家族」訪問看護と介護,28(2),2023,p.130-138.

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