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訪問看護師の家族看護 療養者のセルフケア&家族との関わり【事例紹介】

家族看護 事例

この連載では、訪問看護ならではの家族看護について「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」を通して考えます。今回は、子どもに対する心配が大きく、過干渉になってしまう家族が登場します。訪問看護師はどう対処すればよいか困惑しますが、支援者である自分自身を深く見つめなおすことで状況が変化していきます。

事例紹介

Aさん(10代後半、女性)

有名進学高校に在籍していましたが、友人関係のトラブルが引き金となり、幻覚や妄想などの症状が出現し、統合失調症と診断されました。

数ヵ月の入院生活を経て、現在は休学し自宅療養中。全般的に意欲や自発性の低下が見られるものの、母親の送迎により週2回デイケアに通所しています。母親は日中仕事で不在のため、Aさん一人ではインターホンの対応ができず心配だとして、祖母に来てもらっています。

Aさんは携帯電話やSNSを利用して友人と交流を持ちたいと母親に訴えますが、発症前にSNSでの友人とのやりとりで落ち込むことがあったことを理由に、母親は携帯電話を持つことやSNSの利用を禁止しています。Aさんは残念そうではありますが、母親とぶつかることはなく、漫画を読んだり、テレビを見たりして、ほかのことで気を紛らせています。訪問看護師がAさんへ問いかければ、そつなく返事が返ってきますが、Aさんから積極的に話すことはありません。

家族構成

同居家族は、Aさんの父(50代、会社員)、母(50代、教員)、弟(高校生)の4人。近隣に住む母方の祖母が支援してくれています。母親は管理職のため多忙ですが、仕事の調整をしながらなんとかAさんの送迎を行っています。

訪問看護師の悩み(直面している課題)

Aさんが携帯電話やSNSを利用して友人と交流を持ちたいと訴えても認めず、一人で留守番することにも難色を示す母親が、かえってAさんの自立を阻害しているように感じ、違和感を持っています。Aさんの力量をアセスメントして、母親にAさんの自立に向けた方法を提案したいと思いますが、母親がAさんの行動を強く統制しているためそれもできません。

そして、訪問看護師に対する母親の対応が威圧的に感じられ、母親にどのように関わったらよいのか糸口が見いだせず困っています。まだ訪問を始めて日が浅く、結局のところ、「心配だからダメ」という母親の話を一方的に聞くばかりで、深くは踏み込めないままに訪問が続いています。

渡辺式家族アセスメント/支援モデルで考える

検討場面の明確化

Aさんの願いを聞き入れもせず、Aさんを一人で留守番させることもしない母親。そんな母親に対して、訪問看護師は違和感を持っていました。どのように関わったらよいのか訪問看護師が困惑していた、この時期を取り上げて、Aさん、母親、訪問看護師に何が起こっていたのか検討したいと思います。

それぞれの文脈(ストーリー)

■訪問看護師
訪問看護師はAさんの自発性を大切にし、Aさんの希望を叶えたいと思っていましたが、結局、母親の話を一方的に聞くという対処に終わっていました。背景にあったのは、Aさんの実際の力量がアセスメントできず、母親を説得する具体的な材料を持っていなかったこと、また母親の言動から考えを曲げようとしない頑なさに圧迫感を覚えていたことが挙げられます。

■母親
母親は、Aさんが携帯電話やSNSを利用して友人と交流を持ちたいという願いに困惑し、娘の願いを聞き入れず、自己のコントロール下に置くという対処をとったと考えます。その背景には、発症の引き金になったのが友人関係のトラブルであり、また同じことが起こるのではないかという不安や、何としても再発だけは避けたい、親として自分が娘を守らなければという使命感があったと思われます。

■Aさん
Aさんは母親から携帯電話を持つことやSNSの利用を禁止され、仲のよい友人に連絡できないことに困っていました。しかしAさんは、母親に強く不満を訴えることもなく、母親の判断に身を委ね、漫画を読んだり、テレビを見たりして、ほかのことで気を紛らわせています。その背景には、元々反抗期を経ておらず、母親の意見に従ってきた母子関係がありました。また、薬の鎮静効果による眠気や陰性症状による意欲低下があること、「母親が自分のことを心配してくれていることもわからないではない」という気持ちがあったと考えられます。

それぞれの関係性

次に母親、Aさん、訪問看護師の三者全体の関係性を俯瞰してみましょう(図1)。

■母親とAさん
母親はAさんをコントロールし、Aさんはそれに身を任せています。このままでは変化は起こらず、悪循環といえるでしょう。

■Aさんと訪問看護師
訪問看護師は、Aさんの気持ちを引き出そうと問いかけますが、Aさんはそつなく合わせるような対応です。対立や葛藤関係にあるわけではないですが、このままでは関係はなかなか深まらないと思われます。

■母親と訪問看護師
母親は、訪問看護師に対して期待はあるものの、何をどこまで期待できるのかが分からない状況です。再発への不安からとにかく今は自分の考えを通したいと主張しています。

まだ訪問を開始してから日も浅く、母親に対して関わりにくさを感じている訪問看護師は、母親に深く踏み込むことはせず、話を聞きながらAさんの主張に対してしかたなく応じています。訪問看護師は母親へのアプローチの方法を探っている状態だと思われます。

図1 Aさん、長女、訪問看護師の相互関係

相互関係

パワーバランスと心理的距離

ここでは、母親と訪問看護師を取り上げて考えてみます(図2)。

母親の言動に圧迫感や関わりにくさを抱いていた訪問看護師のパワーは低くなっていたと思われます。一方、再発への不安が強く、何としても娘を守らなければという強い使命感に駆られていた母親のパワーは高いと考えられます。

両者の心理的距離はどうでしょう。お互いに関心を寄せていますが、娘を守りたい母親は境界を越えて訪問看護師へ迫っており、ベクトルもやや太くなっています。訪問看護師の方は、母親に対し何とか関わりの糸口を見つけようと、母親へ関心を向けながらもとどまっています。

図2 母親と訪問看護師のパワーバランスと心理的距離

パワーバランス

アセスメントをもとに支援の方策を考える

まずは、看護師のパワーを上げる必要があります。そのために、経験豊かなスタッフとの同行訪問を実施しました。これまでは母親に圧迫感を抱いていましたが、ベテランのスタッフとともにいることで安心感が得られ、落ち着いて母親の思いをじっくり聴き、話し合うことができました。

訪問看護師は、「友人関係で失敗してそれが再発につながるのが怖い」と訴える母親の気持ちを十分に受け止めるように努めました。そして、折に触れて「失敗はむしろ成功へのヒントになること」を伝え、訪問看護師として「失敗から学んで成長につなげることができるように支援すること」を保証しました。

また、母親に対し、Aさんの状況や母親の役割について繰り返し丁寧に説明しました。つまり、Aさんは病気を抱えつつも親からの自立という大切な発達段階を歩んでいる途上にあること、母親は自分自身の不安に圧倒されるのではなく、娘であるAさんを見守り自立を応援する段階にあることを伝えたのです。

Aさんに対しては、Aさんが自分の意思を尊重できるように「どうしたいのか?」と問いかけることを大切にしながら関わりました。

こうした支援により、母親は徐々にAさんの自立を見守れるように変わってきました。現在Aさんはデイケアに一人で通い、留守番もできるようになりました。一定のルールのもと携帯電話も使いこなしています。母親は過干渉になることもなく、Aさんとの距離感も良好なものとなっています。

事例におけるアセスメントと支援のポイント

●過干渉にならざるを得ない母親の不安の強さをアセスメントし、十分受け止めたこと
●母親に苦手意識を感じる自分自身を認め、ほかのスタッフに応援を求めたこと
●母親に、失敗は成功のヒントになること、またたとえ失敗しても成長につなげられるように支援すると保証したこと
●母親に自立を促す役割の大切さを強調し続けたこと

執筆:株崎 雅子
地方独立行政法人埼玉県立病院機構埼玉県立循環器・呼吸器病センター
 
●プロフィール
2010年より「渡辺式」家族看護を学び、2023年「渡辺式」家族看護認定インストラクターを取得。現在は「渡辺式」の普及を目指し、急性期病院での活用や看護管理者への活用に向けて奮闘中です。
 
執筆:堤 真紀
訪問看護ステーションみのり東京支店 所長
 
●プロフィール
2023年「渡辺式」家族看護認定インストラクターを取得し、現在は臨床だけでなく、家族看護の講義や執筆を行うなど実績を積み重ねています。
 
編集:株式会社照林社

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