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自己流の介護を続ける家族への関わり【家族看護 事例】

家族看護 事例

この連載では、訪問看護ならではの家族看護について「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」を通して考えます。今回は、体調不良を抱えながら認知症の母親を一人で介護する家族のケースです。さまざまなストレスを抱える中で、支援者の提案や要望を受け入れることができず、自己流の介護を続ける家族への関わりを考えてみたいと思います。

事例紹介

Aさん(80代、女性)

5年前にアルツハイマー型認知症と診断。 現在は体調管理をメインに週1回の訪問看護を利用、緊急時の対応も契約しています。最近、食に対する意欲がなくなり、食べないために痩せが目立つようになってきました。水分摂取も忘れがちで、冬場に脱水症状を起こしたことがあります。そのときは、意識がもうろうとなったところを、訪問看護師がオンコール対応を行いました。

家族構成

Aさんの夫は10年前に他界。娘が2人いますが、主に介護を担うのは同居している独身の長女(60代)です。次女は他県へ嫁ぎ、ほとんど介護に関わることはありません。

訪問看護師の悩み(直面している課題)

長女は昔から体が弱く、両親から大事に育てられてきました。家事はあまり得意ではなさそうで、食事は出来合いの総菜を購入し並べるだけです。掃除や洗濯なども滞りがちになっていました。

訪問看護師は、せめてAさんが十分な栄養を摂れるように栄養剤の購入や水分摂取の声かけなどを訪問のたびに長女にお願いしますが、状況はなかなか改善されません。それどころか「母はこれしか食べてくれないから」と、食卓にはあんパンが山のように積まれるだけになってしまいました。

長女はそのうち看護師が訪問する時間になると自室に引きこもるようになってしまいました。声をかけても「体調が悪い」と言って部屋から出てこようとしません。訪問看護師は、このままでは再びAさんが脱水症状を起こしたり、栄養状態の悪化で体調を壊したりするのではないかと困っています。

渡辺式家族アセスメント/支援モデルで考える

検討場面の明確化

「長女が看護師の提案や要望を聞き流し、自己流の介護を続けている場面」を分析してみましょう。登場人物は、訪問看護師、長女、Aさんですが、ここでは訪問看護師と長女のストーリーを考えてみます。

それぞれの文脈(ストーリー)

■訪問看護師
訪問看護師は、長女がAさんに適切な食事の準備や介護をしないためにAさんが体調を崩すかもしれないことを心配していました。

訪問看護師には「Aさんを守りたい」という責任感や、「家族は療養者の体調や生活を改善するために協力すべきだ」という思いがあります。また、長女の大変さを理解できるからこそ、「介護や家事の負担軽減方法を提案することも看護師の仕事だ」という役割意識もありました。

これらの背景から訪問看護師は、長女に必要な介護方法や手立てを提案し、取り組むことを要望するという対処をとっていました。

■長女
一方、長女は今まで自分をかばってくれていた母親が、以前の母親でなくなってしまったという喪失感を抱えていたと思われます。他県に居住し、ほとんど介護に関わらない妹に対する不公平感も抱いていたことでしょう。そして何より、母親の介護や家事に関して次々に訪問看護師から提案されたり、求められたりすることに対し困っていたと考えられます。

長女は、「自分も体がつらく、いろいろ言われてもできない」、「どう対応してよいかわからない」と感じていたと想像されます。また、これまで体が弱く、家族から守られてきた存在であった長女は、困った時には、結局誰かが何とかしてくれていたという過去の体験がありました。今回も長女は、自己流の介護を続けたまま引きこもり、提案や要望を聞き流すという対処をとっていたのだと思われます。

それぞれの関係性

次にAさん、長女、訪問看護師の三者全体の関係性を俯瞰してみましょう(図1)。

訪問看護師は、Aさんを「守る」ために長女に対しさまざまな提案や要望を繰り返し、回答を迫っています。それに対し、長女は「聞き流す」ことでわが身を守っています。訪問看護師が迫れば迫るほど、長女は「聞き流す」という対処を強化し、両者は悪循環にあると考えられます。

図1  Aさん、長女、訪問看護師の相互関係

医療者との相互関係

パワーバランスと心理的距離

長女と訪問看護師について検討した内容を図2に示します。

訪問看護師は現状を変えようとパワーをかなり高くして、長女に提案と要望を行っています。また、Aさんを守ろうと境界を超えて長女に迫っているようです。

疲れて体調がよくない長女はパワーも低く、気持ちも訪問看護師には向いていません。これ以上迫られるのを避けようと、壁を立てて何とかしのいでいるようです。

図2 長女と訪問看護師のパワーバランスと心理的距離

パワーバランスと心理的距離
両者ともにパワーの適正なライン(点線)に対して大きく高低差が付いてしまっている。

アセスメントをもとに支援の方策を考える

ここまでのアセスメントをもとに、次の2つの支援の柱を考えました。

(1)看護師のパワーを下げる

訪問看護師には、長女に「負担軽減方法を提案することも看護師の仕事だ」という意識と、「家族は療養者の体調や生活を改善するために協力すべき」という価値観がありました。高くなっているパワーを下げるために、まずは支援者がこの「役割意識」から一旦離れ、いつの間にか陥りやすい「価値観を手放す」ことが大事になってきます。

そして、Aさん自身へのアプローチ、すなわち認知機能の悪化による気分障害(うつ状態や意欲・自発性の低下)に対し、在宅医との連携でアプローチの方法を再検討します。

(2)長女のパワーを上げる

低くなっている長女のパワーを上げるために、長女が抱える「母親がもはや以前とは同じではなくなってしまった」という深い喪失感に寄り添います。まずは長女が十分に癒され、周囲の支援を実感できるようにすることが不可欠でしょう。一人で介護する長女が、気持ちを吐き出せるようなアプローチを大切にしたいものです。

さらには、体調が悪いと感じている長女が、身体的精神的にも落ち着いた状態でいられるよう、長女自身の体調管理のサポートも重要です。

事例におけるアセスメントと支援のポイント

●支援者(訪問看護師)の中にいつの間にか醸成されている価値観や役割意識が相手を追い詰めていることがある。支援はそれを手放すことから始める
●支援者が不十分に感じる介護も、家族にとっては自分なりにできる精一杯の対応の場合もある。不用意に迫ることは避ける
●家族はそれまでと違う療養者の姿に深い喪失感を抱えることがある。家族が変化を起こす前に癒しといたわりを必要としていることがある

執筆:茶谷 妙子
訪問看護ステーションひなた
 
●プロフィール
訪問看護認定看護師
「渡辺式」家族看護認定インストラクター、個別セッションファシリテーターとして活動。現在は訪問看護師向けの相談業務に従事。
 
編集:株式会社照林社 

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