インタビュー

親と子のおなかと心を満たす訪問の食事支援「おうち食堂」

在宅医療のスペシャリスト・川越正平先生がホストを務め、生活全般を支える「真の地域包括ケア」についてさまざまな異業種から学ぶ対談シリーズ。第4回は、いち早く子どもの食の貧困に注目し、独自の施策を実施する東京都江戸川区の児童女性課課長、野口さんと語り合った。(内容は2019年3月当時のものです。)

ゲスト:野口 千佳子
江戸川区子ども家庭部児童女性課課長。




住民が若く子どもも多い地域の課題はやはり「貧困」

川越●子ども食堂が全国的な広がりを見せていますが、江戸川区では、個々の世帯に食事支援ボランティアが入って、買い物・調理・片づけまで行う「おうち食堂」に力を入れていると伺いました。

野口●江戸川区は、東京23区のなかでは年少人口率が高く、一方で離婚率も高く、複数の子どもを育てている一人親世帯が多いのが現状です。昔からそういう状況でしたので、地域の力を活用した事業を以前から実施しています。たとえば、子育て経験者の方のお宅でゼロ歳児を預かる「保育ママ制度」や、放課後の小学校を利用して、定員を設けず誰もが利用できる居場所事業「すくすくスクール」を実施しています。

川越●すくすくスクールで対応しているのはボランティアですか?

野口●指導員のほかに年間延べ2万人以上のボランティアがスポーツや囲碁・将棋などを教えています。なかには80歳代以上の方で「子どもたちに教えることが生きがい」という方もいます。子どもたちは正直なので、教える側の自己満足でやっていると「つまんない」とすぐ来なくなる(笑)。どうやったら面白さが伝わるか、反応をもらうことが続けるパワーになっているようです。

三食とれず夏休みにやせてしまう子どもたち

川越●子ども食堂もそうですが、子どもをキーワードにすると、自然に人が集まります。それが「おうち食堂」にもつながっているんですね。

野口●子どもの貧困ということが言われるようになって、江戸川区でも実態調査を行いました。すると、小学生でひらがなが読めない、自分の名前が書けない、きょうだいが多く上の兄姉が小さい子の面倒をみている、経済的問題で高校進学を諦めるなど、学習支援が必要な子や経済的困窮が浮き彫りになりました。なかには一日三食とれずに、給食だけが頼りで夏休みにやせてしまう子どもがいることもわかりました。

川越●深刻ですね。生活保護世帯との重なりはありますか。

野口●生活保護世帯は行政としっかりつながっているので逆に大丈夫なんです。それよりも、行政が把握していない世帯、どうしても生活保護を受けたくなくて一人親で頑張っているとか、福祉サービスにつながっていない家庭のほうがかなり深刻ですね。

週1回の支援で驚くほどの変化が

野口●江戸川区では子ども食堂は以前からあったのですが、本当に助けが必要な子が来ているか確認のしようがないんですね。実際、ダブルワークやトリプルワークのお母さんが子どもに一日500円渡して「これで何か買って食べなさい」と言っても、子どもはゲームのカードを買ってしまったり、困っているという認識がないという現実がありました。そこで、実際に家庭に入り食事をつくる「おうち食堂」と、お弁当を届ける「CODOMOごはん便」の二つの食支援事業を立ち上げました。

川越●困っていても自ら情報も取れない世帯に、食を直接届けようという発想ですね。利用者負担や利用回数に制限はありますか。

野口●「ごはん便」は非課税世帯対象で一食100円、「おうち食堂」は支援が必要な家庭対象で、無料です。保健師や虐待を扱うケースワーカーなど、家庭の実態を知っている人から紹介してもらい、職員が家庭訪問をして課題を把握しながら支援につなげています。利用は年48回としています。

川越●だいたい週1回のペースですね。お弁当を届けるだけでも家の様子は観察できますし、「おうち食堂」となるとさらに長い時間、ボランティアと一緒にいるわけですね。

野口●有償ボランティアは短くても2時間は家にいます。精神疾患のあるお母さんなど、最初は人とのかかわりの苦手な人もいましたが、繰り返し週に1回入っていくことで本当に変わっていくんです。そして食の支援が必要な家庭は学習支援や経済的支援、健康面などほかにも支援が必要であることがみえてくるので、課題発見と、医療機関や福祉など必要なサービスにつなぐのが目的です。

家庭との距離を測れるボランティアの力

川越●ただ栄養を満たすとか、お母さんの心の支援だけでない効果もありそうで、これはボランティアさんの力が大きいですね。

野口●そうなんです。われわれはつい「こうしたらだめよ」と言ってしまいがちですが、支援を必要としている世帯は、親も子どもも怒られてばかりの人が多く、言ったら叱られるからと相談せずに孤立していく。でも、おうち食堂で「おいしい」という会話から少しずつ、硬かったところがやわらかくなっていくし、ボランティアの皆さんは世帯ごとの踏み込まれたくない部分などを肌で感じながら、家庭との距離をつくってくださっています。

川越●そういうことは行政ではなかなか難しいですね。このような食をきっかけにしたアプローチは子どもだけでなく、たとえば引きこもりの人、ゴミ屋敷の住民や独居の認知症の方にも使えそうですね。

野口●医療と連携した例もあって、中学生で肥満と糖尿で入院した子の退院後の食生活が心配だということで、ごはん便の支援を続けたら1ヵ月後に5キロ痩せたんです。届いたお弁当を、ふだん家で使っている器にあけてみて「あ、普通の人はこれぐらいしか食べてないんだ」と、いかに自分たちが食べすぎていたかがわかったとご家族が言っていました。食生活改善につながり体重が落ちてきていい方向に向かっていると、医師からもほめられたそうです。

川越●お話を伺っていると、食を中心とした支援、年齢を問わない居場所・交流の場づくりなど、江戸川区は今の地域課題解決の優れたモデルですね。いろんな部署が横断的にかかわらないと解決できない複合的な問題が増えているので、ほかの市区町村でもそうした取り組みが広がるといいですね。

第5回に続く

〇東京都江戸川区子育て支援事業 > おうち食堂
https://www.city.edogawa.tokyo.jp/e077/kosodate/kosodate/kosodateshienjigyo/syokunosien.html

あおぞら診療所院長 川越正平
【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。

記事編集:株式会社メディカ出版

『医療と介護Next』2019年3月発行より要約転載。本文中の状況などは掲載当時のものです。

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