アセスメントに関する記事

温活で体質改善? 自律神経とホルモンバランスを整える方法
温活で体質改善? 自律神経とホルモンバランスを整える方法
特集
2026年3月3日
2026年3月3日

温活で体質改善? 自律神経とホルモンバランスを整える方法

温活は、体を温めることで自律神経のバランスを整えたり、血流を促進することで体の不調を緩和したりする効果が期待できるシンプルな健康習慣です。日常生活の中で簡単に取り入れられるため、訪問看護の現場でも活用しやすく、利用者さんの健康維持や生活の質向上につながります。 本記事では、温活の基本からメリット、実践方法まで解説します。ご自身の健康管理はもちろん、利用者さんやご家族への健康アドバイスの際にも役立ててください。 温活とは 温活は、体温の低下に伴うさまざまな不調を改善する取り組みです。体温が低下すると血流が滞り、免疫力の低下や代謝の悪化を招きます。特に現代人は冷暖房の影響やストレス、偏った食生活などによって体が冷えやすいため、意識的に温活を行うとよいでしょう。 温活では、体を外側と内側の両方から温めます。また、一時的に行うものではなく、日々の生活に根付かせる必要があります。 温活のメリット 温活には、次のメリットがあります。 自律神経が整うことでストレスが軽減する 温活を行うことで自律神経のバランスが整い、ストレスの軽減につながります。自律神経には、活動時に優位になる交感神経と、リラックス時に働く副交感神経があります。 冷えによって交感神経が過剰に働くと、体は常に緊張状態になり、ストレスを感じやすくなります。反対に、体を温めることで副交感神経が優位になり、心身ともにリラックスできるため、不安やイライラを軽減する効果が期待できます。 女性の健康維持に役立つ 女性は男性に比べて筋肉量が少なく、ホルモンバランスの変化によって冷えやすい体質の方が多く見られます。冷えが原因で生理痛や月経不順が悪化することもあります。 温活によって血行が促進されると、女性ホルモンバランスが整い、月経痛の緩和やホルモンバランスの乱れによる冷えの緩和が期待できます。 血行促進による冷え性・むくみの改善 体が冷えて血流が滞ると、手足の先まで十分な酸素や栄養が行き渡らず、冷え性やむくみを引き起こします。特に長時間同じ姿勢を続けると、下半身の血流が悪くなりやすく、足がむくみやすくなるでしょう。体を温めることで血管が広がり、血液の流れがスムーズになるため、冷え性やむくみの改善に役立ちます。 基礎代謝アップで、脂肪が蓄積しにくい体に 冷えは、体の基礎代謝を低下させ、エネルギー消費量が低下するため、余ったエネルギーが脂肪として蓄積されやすくなります。体を温めて血流が良くなると、基礎代謝が上がり、脂肪がエネルギーとして消費されやすくなります。 肌のターンオーバー促進による美肌効果 冷えによって血流が悪くなると、肌のターンオーバー(新陳代謝)が滞り、老廃物が排出されにくくなります。その結果、肌がくすんだり、ニキビや肌荒れの原因となったりすることがあります。 温活により、自律神経のバランスが整うと、新陳代謝が良くなり、肌トラブルの緩和が期待できます。 温活の方法 温活は、日常生活の中で簡単に取り入れることができる健康習慣です。運動や食事、生活環境の工夫などは、高齢者でも無理なく続けることができます。温活の方法について詳しく見ていきましょう。 運動で筋肉量を増やして体温を上げる 筋肉は、体内の熱を生み出す役割を担っています。高齢者は加齢により筋肉量が減少しやすく、基礎代謝が低下することで冷えを感じやすくなります。そのため、日常生活の中で適度な運動を取り入れ、筋肉を維持・増強することが大切です。 激しい運動をする必要はなく、散歩や階段の上り下り、簡単なストレッチなど、無理なく続けられるものを選ぶとよいでしょう。 食生活を見直す 食べ物によって体を温める効果が期待できるものと、逆に冷やしてしまうものがあります。温活を意識するなら、体を温める食材を積極的に取り入れることが大切です。 たとえば、加熱した生姜やニンニク、根菜類などは体の内側から温める作用があります。一方で、夏野菜や南国の果物、冷たい飲み物は体を冷やすため、食べすぎに注意が必要です。 基本は、1日3食、規則正しく栄養バランスに優れた食事をとることです。一汁三菜を基本とし、炭水化物やビタミン、ミネラル、食物繊維などをバランスよくとりましょう。 エアコンの使い方を工夫する 現代の住環境では、エアコンが欠かせません。しかし、冷房の使い方によっては体を冷やしすぎてしまうことがあります。特に夏場の冷房は、室温と外気温の差が大きいと自律神経が乱れ、冷えやだるさの原因になります。 また、風が直接当たることも冷やしすぎや温めすぎにつながるため、スイングで風が体に当たらないようにしましょう。 冷えない衣服選び 衣服の選び方によっても、体の温まり方は変わります。特に「首」「手首」「足首」の3つの首を温めることで、血流をスムーズにし、全身を温める効果が期待できます。 締め付けが強すぎる衣類は、血流を悪化させるため避けるのがポイントです。また、就寝時も靴下や腹巻きを活用することで、寝冷えを防ぎ、快適な睡眠につながります。ただし、足の裏に熱がこもると良質な睡眠を妨げてしまうため、就寝時に靴下を着用する際は、着脱が楽なゆるめのものがおすすめです。 良質な睡眠をとる 就寝前にぬるめのお湯(38~40℃)に浸かることで体全体が温まり血行が促進されるだけでなく、寝つきが良くなり、深い眠りにつながるとされています。これは、入浴によって手足の末梢血管からの放熱が進み、深部体温が低下することで、自然な眠気が訪れるためです。また、上述したように副交感神経が優位になることで、心身の緊張がほぐれリラックスしやすくなります。こうした体の変化により、主観的な睡眠の質が向上し、より快適な睡眠が得られると考えられています。 * * * 訪問看護の現場では、利用者さんの生活環境や体調に合わせた温活のアドバイスを行い、適切なケアを提供することが求められます。食事や運動、衣類の工夫など、無理なく続けられる温活についてアドバイスし、利用者さんとご家族の健康をサポートしましょう。 編集・執筆:加藤 良大監修:豊田 早苗とよだクリニック院長鳥取大学卒業後、JA厚生連に勤務し、総合診療医として医療機関の少ない過疎地等にくらす住民の健康をサポート。2005年とよだクリニックを開業し院長に。患者さんに寄り添い、じっくりと話を聞きながら、患者さん一人ひとりに合わせた診療を行っている。 【参考】〇厚労省.健康づくりのための睡眠指針の改訂に関する検討会.「健康づくりのための睡眠ガイド 2023」(令和6年2月)https://www.dietitian.or.jp/trends/upload/data/342_Guide.pdf2026/2/24閲覧

非がん疾患の緩和ケアがよく分かる 予後予測・症状緩和・がんとの違い
非がん疾患の緩和ケアがよく分かる 予後予測・症状緩和・がんとの違い
特集
2026年2月17日
2026年2月17日

非がん疾患の緩和ケアがよく分かる 予後予測・症状緩和・がんとの違い

非がん疾患の患者さんに質の高い緩和ケアを届けるための知識・視点を整理。訪問時のケアの実践につながるヒントをお届けします。今回は、東京ふれあい医療生活協同組合 研修・研究センターの平原佐斗司先生に、非がん疾患における緩和ケアの現状、予後予測、苦痛に対する評価法やアプローチの特徴について分かりやすく解説いただきます。 非がん疾患における緩和ケアの現状 緩和ケアは、がんから非がん疾患を含むあらゆる疾患へ、小児から高齢者まで対象が広がっています。そして、緩和ケア病棟だけでなく、在宅・地域を中心として急性期病院や施設など、あらゆるセッティングで提供される、より基本的で包括的なケアへと広がりをみせています。 欧米では、1990年代に非がん疾患患者の終末期に緩和ケアの光が当たっていないことが明らかになり、今世紀に入ってからは非がん疾患の緩和ケアがそれぞれの国の方法で推進されてきました。一方、わが国においては、2010年頃からようやく注目されるようになり、最近になり各領域で非がん疾患の緩和ケアに関する実践・教育・研究で進展がみられるようになってきています。 わが国における緩和ケアの対象 わが国の在宅医療において非がん疾患の緩和ケアの対象として多い疾患は、主に後期高齢者にみられ、以下のとおりです。 臓器不全(非がん性呼吸器疾患〔NMRD〕、心不全、末期腎不全、肝不全) 認知症や脳卒中後遺症 パーキンソン病やパーキンソン関連疾患、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの神経難病 頻度は少ないですが、以下のような対象もあります。 重症の医療的ケア児 トラジション(成人した障害児者) など また、世界に目を向けてみると、アフリカや開発途上国ではHIVや感染症なども緩和ケアの対象となっています。 わが国の非がん疾患の緩和ケアには、がんの緩和ケアとは異なるいくつかの特徴があります。 緩和ケアの対象となる非がん疾患患者の多くは後期高齢者であること 病の軌跡に影響する因子が多様で複雑であるため、がんに比べて予後の予測が困難であること 自律が損なわれたり、同意能力が疑われたりする高齢者や認知症の人が少なくないため、意思決定において困難を伴う場合が少なくないこと 「病の軌跡」とは Lynnらは終末期の疾患軌道を、「がん等のモデル」、「心肺疾患などの臓器不全モデル」、「認知症・老衰モデル」の3つに分類しました(図1)1)。 図1 疾患群別軌道モデル 文献1)より筆者訳 がんの軌道の最大の特徴は、最期の1、2ヵ月で急速に全般的機能が低下することです。臓器不全、特に心不全や非がん性呼吸器疾患などは急性増悪を繰り返し、最後の急性増悪で比較的急な経過で死亡に至ります。認知症・老衰群では、緩やかにスロープを降りるように機能が低下し、やがて死に至ります。高齢者では、この認知症・老衰群が半数近くを占めるといわれています。 このような病の軌跡の違いを反映して、ADL依存となるリスクは、がんで一般の人の約1.5倍、臓器不全群で約3倍、認知症・老衰群では8倍と報告されています。 さて、このような病の軌跡はあくまでも基本であって、疾患や年齢によって異なる特徴があります。例えば、高齢がん患者の場合は、約半数が数ヵ月前より徐々に機能が低下することが分かっています。また、臓器不全群でも透析しない選択(保存的腎臓療法:CKM)をした末期腎不全患者(ESKD)の病の軌跡は、末期がんと類似しており、最後の1、2ヵ月で急速に機能が低下することが明らかになりました。 がんと非がん疾患、予後予測における違い がんの予後予測が比較的可能な理由 病の軌跡の特性は、予後予測の困難さに影響しています。がんは、原発巣や癌種が違っても、症状や臨床経過において一定の共通性・法則性が認められます。そして、その共通性・法則性は、終末期になるほど顕在化するという特徴があります。 これは、がんの基本病態が「自律増殖」と「浸潤・転移」であることに起因します。進行したがんは侵害受容器や神経に浸潤するため、比較的早期から疼痛が出現し、疼痛は増強しながら長期に持続します。そして、原発巣や転移臓器でのがんの増殖により呼吸不全、麻痺、肝不全といった臓器の機能不全を引き起こします。最期には異常な内分泌・代謝状態(悪液質)を来たし、だるさや食思不振、痩せなど、すべてのがんに共通した全身症状が現れます。 このようながんの特性に着目すれば、ある程度の信頼性のある予後予測ツールの開発が可能となるのです。 非がん疾患における予後予測の難しさ 一方、非がん疾患にはもともとの疾患の軌道に共通性がなく、以下に示すように多種多様です。 脳卒中のように突然発症するもの 腎不全や肝不全のように潜在的に進行するもの 心疾患や呼吸器疾患のように急性増悪を繰り返すもの アルツハイマー型認知症のように緩やかに機能が低下するもの ALSのように比較的早く呼吸や嚥下機能が低下し、生命の危機が訪れるもの このように、非がん疾患では、疾患や個人によって機能が低下する部位や臓器、進行の仕方やスピードがさまざまであることに加え、標準治療の実施の有無や本人の治療選択など、病態以外の因子が病の軌跡に大きく影響します。その結果、非がん疾患では月単位、週単位の予後予測は困難で、信頼性の高い予後予測ツールは開発できていません。 また、緩和ケアの対象となる非がん疾患患者の多くは後期高齢者であり、ほとんどがmultimorbidity(多疾患併存状態)であるため、予後に関係する疾患が複数あり、経過の中で主病名が入れ替わることも珍しくはありません。multimorbidityの高齢者のエンドオブライフ(EOL)期では、疾患ごとの予後予測指標はあてにならないことが多いのです。 そのため近年では、正確な予後予測を求めるのではなく、緩和ケアが必要と考えられる対象者を疾患にかかわらず、適切なタイミングで同定することに主眼が置かれるようになってきました。この目的のために、「GSF-PIG」や「SPICT」のようなさまざまなツールが開発されています。 苦痛の客観的評価法の有用性 非がん疾患では、緩和すべき苦痛ががんとは異なる場合があります。がんでは疼痛が最大の課題であるのに対して、多くの非がん疾患では「呼吸困難」や「摂食・嚥下障害」が最大の課題と考えられています。 高齢で認知症を合併することが多い非がん疾患患者の苦痛の評価においては、がんで用いられる「NRS」(痛みのスケール)といった主観的評価法や、「IPOS」などの複雑な総合評価は、実用的ではないことが少なくありません。 認知症高齢者など、自ら苦痛をはっきり訴えられない非がん疾患患者に対しては、苦痛の客観的評価法が有用です。欧米ではこうした評価法が実際の臨床現場で広く用いられていますが、わが国においてはその普及は十分でありません。 痛みの客観的評価法 海外では、痛みの客観的評価法として30以上のスケールが開発されていますが、日常使いができる程度の項目数(数項目程度)であり、日本語版が開発されているものとなると、以下のものに絞られます。 日本語版PAINAD アビー痛みスケール日本語版 呼吸困難の客観的評価法 呼吸困難の客観的評価法は、痛みの客観的評価法ほど多くは開発されていません。その中でゴールドスタンダードとされるのは8項目からなる「RDOS」で、日本語版も開発されています。近年、RDOSよりも簡便な呼吸困難の客観的評価法としてmodRDOS-4が開発され、筆者がその日本語版である「日本語版modRDOS-4」を開発しています。 このような、客観的評価法を積極的に使用することで、高齢者や認知症の人の苦痛に早期に気付くことが可能となります。 症状緩和に対する薬剤的アプローチの特徴 症状緩和の考え方や方法については、がんと非がん疾患では共通点もありますが、異なる点も多くあります。 非がん疾患、とりわけ心不全などの臓器不全群では、症状緩和のためにも標準的な疾患の治療とケアを最期まで継続することが重要になります。 オピオイドの使用について 症状緩和のための薬剤的アプローチにおいても、がんと非がんにはさまざまな違いがあります。例えば疼痛に対するオピオイド使用量は、がんでは痛みに応じて上限なく増量していくわけですが、非がん疾患の投与量はモルヒネ換算で最大60mg、多くても90mgまでとします。また、がんの場合と異なり、ケミカルコーピング防止の観点から疼痛に対するレスキューの使用は推奨されません。 一方、非がん疾患の呼吸困難に対するオピオイドの使用は、基本的には疾患に対する治療を最大限行っても緩和されない場合に考慮され、多くはモルヒネ換算1日10mgまでの少量で呼吸困難緩和の効果が期待できます。 緩和ケアの対象となるESKDではモルヒネの投与は、透析をしていない場合はほぼ禁忌と考えられます。腎機能の影響が少ないオキシコドンや、影響がほとんどないブプレノルフィン、フェンタニルが選択されます。心不全に腎不全を合併した状態(心腎症候群)や、肝不全に腎不全を合併した状態(肝腎症候群)などでも同様に、基本的にモルヒネ以外の薬剤の選択が必要になります。 そのほかの薬剤的アプローチについて オピオイド以外の鎮痛薬では、腎不全や心不全ではNSAIDsは基本的に避けるべきで、アセトアミノフェンの使用が推奨されます。 末期がんでは終末期の食思不振やだるさに対してステロイドを使用する場合がありますが、心不全などの非がん疾患ではステロイドは水分貯留に働く可能性があるため、基本的には使用しません。 非がん疾患の緩和ケアの今後 非がん疾患の苦痛に対する薬剤的アプローチは、緩和ケアのごく一部です。非がん疾患の中でも心不全、NMRD、ESKDなどの臓器不全群では緩和のための薬剤選択は比較的重要です。しかし、認知症や神経難病などの緩和ケアにおいては、日々の看護やケア、リハビリテーションの質そのものが、そのまま緩和ケアの質につながると考えます。 非がん疾患の緩和ケアはこの数年、研究面では一定の進歩がありました。しかし、がんと比べて全体的に教育・実践のレベルや制度においてはまだまだ課題があるといえるでしょう。 これから始まるこのシリーズでは、主要な非がん疾患の緩和ケアについて学んでいければと思います。 本文で使用した略語一覧(本文登場順)NMRD:non-malignant respiratory disease(非がん性呼吸器疾患)ALS:amyotrophic lateral sclerosis(筋萎縮性側索硬化症)HIV:human immunodeficiency virus(ヒト免疫不全ウィルス)ADL:activities of daily living(日常生活動作)CKM:conservative kidney management(保存的腎臓療法)ESKD:end stage kidney disease(末期腎不全患者)EOL:end of life(エンドオブライフ)GSF-PIG:GSF-prognostic indicator guidanceSPICT:supportive and palliative care indicator toolNRS:numerical rating scale(数値的評価スケール)IPOS:integrated palliative care outcome scalePAINAD:pain assessment in advanced dementia scaleRDOS:respiratory distress observation scaleNSAIDs:non-steroidal anti-inflammatory drugs(非ステロイド性抗炎症薬) 執筆:平原 佐斗司東京ふれあい医療生活協同組合 研修・研究センター 1987年に島根大学医学部卒。現在、東京ふれあい医療生活協同組合 研修・研究センター長ならびに、同オレンジほっとクリニック 地域連携型認知症疾患医療センター長として在宅医療、認知症診療に従事。専門は、在宅医療、非がん疾患の緩和ケアで、研修・研究センターでは在宅医療専門医・指導医として、多くの在宅専門医の育成を行う。学会活動では、日本在宅医療連合学会 代表理事、日本認知症の人の緩和ケア学会 理事長、日本エンドオブライフケア学会 副理事長を務めている。 編集:株式会社照林社 【引用文献】1) Lynn J:Perspectives on care at the close of life. Serving patients who may die soon and their families.The role of hospice and other services.JAMA 2001;285(7):925-932.

エンバーミングとご家族のケア―最後の時間を穏やかに過ごすために
エンバーミングとご家族のケア―最後の時間を穏やかに過ごすために
コラム
2026年2月17日
2026年2月17日

エンバーミングとご家族のケア―最後の時間を穏やかに過ごすために

エンバーミングは、ご遺体の状態を保つための技術であると同時に、大切な人の死を受け止め、お別れの準備ができるよう時間と環境を整えるための支援でもあります。今回は、エンバーミングによる心理的な影響や、著者が代表取締役を務める株式会社ジーエスアイで取り組んでいる施術後のご家族との関わりについて教えていただきます。 はじめに ACP(アドバンス・ケア・プランニング)をはじめ、患者本人の医療行為に関する意思を尊重する取り組みが広がりつつあります。それと同時に、さまざまな民間団体が「終活」という枠組みの中で、亡くなる前にご家族の負担を軽減するための活動を積極的に展開しています。 「最後にどのように送られたいか」「どのように送りたいか」を本人とご家族、それぞれの希望を生前に共有し、準備しておくことで、いざという時に心の余裕が生まれ、その人らしい最後を迎えられるのだと思います。 アメリカから帰国後に、終末期医療や訪問医療に携わる医療従事者と、エンバーミングについて意見交換をしたことがあります。ご家族にとってエンバーミングは「安らかできれいな姿でお見送りができる」「葬儀の日程が先になった場合でも、保冷庫の中に預けたままではなく、そばにいてあげられる」といった点から、選択肢の1つになり得ると肯定的な意見があった一方で、次のような疑問も投げかけられました。 「その変わらない姿を見ることで、長く一緒に過ごすうちに、かえって死を受け入れられなくなるのではないでしょうか」 こうした疑問を受け、今回は「エンバーミング」と「死を受け入れること」について、現在もエンバーミングと並行して取り組んでいる「グリーフ(悲嘆)」の視点から考察していきたいと思います。 「きれいな姿」が死の受容を妨げる? また別の機会に、葬儀社の方々とエンバーミングについて意見交換をした際にも、似たような話がよく聞かれました。 例えば、 亡くなって体温が下がり、さらにドライアイスなどで冷やされた身体に触れることで、死の現実を実感できる。変化しなければお別れの決心がつきにくい 儀式が滞りなく進むことで、死を受け入れることができる。エンバーミングを行い、日程を延ばせば、お別れができなくなる といった内容が代表的なものでした。 依頼を断るケースもある 起業した20年ほど前、まだエンバーミングを知る人も少なかった頃、あるご遺族からエンバーミングのご相談がありました。その方がエンバーミングを希望する理由を含め、長時間お話をお聴きする中で、その言動から故人との間に極度の依存関係があり、精神的にも執着している可能性が高いと感じられました。 また、日本遺体衛生保全協会(IFSA)が定める自主基準(表1)のうち、海外搬送の場合を除き、死亡後50日を超えてのご遺体の保存処置を行わないというルールにも同意いただけませんでした。そのため、依頼を受けてしまうと大きな問題へと発展する恐れがあると判断し、やむなくお断りしたケースでした。 表1 IFSAの自主基準 1.本人またはご家族の署名による同意に基づいて行うこと2.IFSAに認定され、登録されている高度な技術能力を持った技術者によってのみ行われること3.処置に必要な血管の確保および体腔の防腐のために最小限の切開を行い、処置後に縫合・修復すること4.海外移送をする場合を除いて、死亡と判定された日から50日を超えて保全しない 日本遺体衛生保全協会:エンバーミングの法的解釈.https://www.embalming.jp/embalming/interpretation/(2025/8/26閲覧)より許諾を得て転載 しかし、これはあくまでも例外的なケースであり、基本的に私たちは、IFSAの自主基準に同意していただければ、処置依頼を受けるようにしています。 その上で強調しておきたいのは、「お別れができないから」という理由で葬儀や火葬を取りやめた事例は、これまで一度もないということです。私たちはご遺族が大切な方と最後のお別れをきちんとできるように、できる限りの支援をしています。 実際、アメリカにおいてもエンバーミングを説明する際には、故人の面影やその人らしい表情を取り戻すための大切なプロセスとして「Preparation(準備)」という言葉がよく使われます。エンバーミングは、お別れの時間を整えるための行為であり、私たちの姿勢もそこに重なります。 処置後も関わり「死を受け入れる」手助けに エンバーミングを行っても、ご遺体が安置される環境によっては、状態が変化することがあります。それは皮膚の乾燥です。心臓の停止により血流が止まり、体内の水分供給が断たれるため、時間とともに水分が蒸発し、特に外気に触れる部分や皮膚の薄い部分が乾燥しやすくなります。 このため、処置後も表皮の保湿を続けなければ、どうしても乾燥は進んでしまいます。ご安置が1週間を超える場合には、定期的にご自宅を訪問してお身体の状態を確認し、保湿や化粧直しなどを行います。お見送りやお別れの日まで、よりよい状態を保つために故人と関わり続ける必要があるのです。これを、当社は「様子見」と呼び、大切な取り組みとして位置づけています。 また、この機会を利用して「死を受け入れる」プロセスを進めるための働きかけも行っています。 エンバーミングの処置依頼を受ける時点では、さまざまな事情から葬儀の日程が決まっていないこともあります。そのような場合には、ご遺族が納得した上でお別れの場に臨めるように、様子見の際にお話を伺いながら、後悔の念や罪悪感を抱えていることがあれば、その解消に向けた支援ができるよう意識しています。もう少し理解していただきやすくするために、当社が実際に行っている支援の工夫をお伝えしましょう。 少しずつ変化をつける ご遺体の安置時には、安らかに眠っているかのように見えるよう、パジャマや浴衣をお着せします。納棺の日には、その人らしさを象徴するようなお見送りのための服装への着替えをご提案することもあります。納棺を通じて、旅立ちの準備が進んでいることを自覚できるように変化をつけ、徐々に死を受け入れる流れを作っています。 罪悪感や後悔の解消をサポート 闘病中は病気の治療が最優先となり、それ以外のことが後回しにされることがよくあります。「おしゃれがしたい」「きれいにメイクをしたい」「爪をかわいくしたい」といった願いも、「元気になったらね」と先送りされることが多く、結果的に叶わなかったということが少なくありません。亡くなった後に、「生前にもう少し好きにさせてあげればよかった」と後悔されるご遺族が少なくないのです。 多くの企業では、エンバーミングとお化粧をエンバーミングセンター内で完結させます。しかし、先述したように、当社ではご希望があればご自宅でメイクはもちろん、マニキュアを塗るなど、生前にできなかったことを最後に叶えて差し上げることもあります。 生前にご本人がしたいとお話しされていたことや、ご家族の希望を細かくお伺いし、元気だった頃のお写真を参考にしながら、できる限りそのお姿に近づけていきます。最後にご家族と一緒に仕上げていく時間を設けることで、最後の思い出作りができるよう工夫をしています。 「おかえり」と迎える時間の大切さ ご遺族は、表情が戻った故人を見て、「おかえりなさい」「お家に帰ってきたよ」と声をかけられます。故人が病院で亡くなり家に帰ってきた時には、「死体」になってしまったという感覚が拭えないのか、遠巻きに見ているご遺族も中にはいらっしゃるのですが、エンバーミング後は、その感覚はなくなるそうです。大切な人との思い出がよみがえり、周囲の人に「ぜひ顔を見ていって」「あの人に会っていって」と声をかけられる方が本当に多いです。 エンバーミングを施しただけでも、ご遺体の状態が安定し、ご遺族の不安は解消されることでしょう。それだけでなく、ご遺体の前で、ご遺族が感じていることを話す機会を作ることで、最後のお別れまでの時間が、ゆっくりと「大切な人の死」を受け入れる時間になっていくのだと思います。  執筆:橋爪 謙一郎株式会社ジーエスアイ 代表取締役一般社団法人グリーフサポート研究所 代表理事米国で葬祭科学とエンバーミング、グリーフサポートを学び、帰国後(有)ジーエスアイと(一社)研究所を設立。現在は東大大学院で脳科学的視点からグリーフの研究を行う。編集:株式会社照林社

【EB難病看護事例】「知られていない」がゆえに届かない看護 制度解釈の課題
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特集
2026年2月10日
2026年2月10日

【EB難病看護事例】「知られていない」がゆえに届かない看護 制度解釈の課題

「指定難病のなかで訪問看護を必要とする疾患は?」と聞かれると、多くの人はパーキンソン病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの神経系難病を思い浮かべるかもしれません。一方で、希少難病を抱える方々も訪問看護を必要としており、病状によっては毎日の訪問看護が欠かせない場合もあります。それにもかかわらず、現在の制度ではこうしたニーズに十分応えられていないのが実情です。今回は、希少難病の1つである「表皮水疱症(epidermolysis bullosa:EB)」を例に、この課題について考えてみたいと思います。 表皮水疱症(EB)とは EBは遺伝性疾患であり、表皮と真皮を接続させるタンパク質の遺伝子に異常があります。そのため、皮膚そのものが非常に脆弱で、軽微な外力で全身の皮膚や口腔粘膜などに水疱やびらんが生涯にわたって生じます。特に足趾や手指など日常的に外力の加わる部位は、深い潰瘍を形成し、癒着することもあります。さらに、びらんした全身の皮膚からは常に血液や滲出液が漏れ出るため、慢性的な貧血や低栄養を伴うことに加えて、合併症による皮膚がんで生命を脅かされることも少なくありません1)。日本における患者数は、約500~1,000名と報告されていますが、難病法における医療費助成受給者証を取得されているのは約300名です2)。 EBの治療/対症療法について 筆者によるこれまでの研究では、EB専門医は非常に少なく、診断後の病状に応じたケアや合併症予防のための積極的な介入はあまり行われていません。主に皮膚ケアに必要となる「ガーゼや創傷被覆材などの処方」が中心となっていました。 現状、病状管理について相談しやすい医療環境とはいえず、家族は在宅生活のなかで日々絶え間なく生じる皮膚病状と対峙し、ケア方法を手探りで模索し続けています。ご存じのとおり、皮膚は身体最大の臓器であり、病状が全身に及ぶ場合、1日の多くの時間がケアに費やされます。皮膚ケアだけでなく、入浴や食事、病状を悪化させないための衣類や寝具の工夫、移動の介助など、EBケアは生活全般にわたるのです。これらの膨大なケアは、今もなお家族の孤軍奮闘によって支えられています。 事例:Kさん(高校生)の皮膚ケアの実際 では、EB患者さんの皮膚ケアとはいったいどのようなものなのでしょうか。高校生のKさんの事例をもとに実際を紹介します。Kさんは全身の皮膚や口腔粘膜などに病状があり、指趾の癒着もあるため、皮膚ケアのみならず日常生活すべてに支援が必要です。 現在、入浴を含めた全身の皮膚ケアは、週3回行われています。このケアには、Kさんの母親、祖父母のどちらか、さらに訪問看護師が参加し、計3人で実施しています。ケアには1日4時間以上かかりますが、訪問看護師が参加できるのは利用時間の1時間半のみです。 以下の語りは、皮膚ケアを担っておられるKさんの母親のものです。 「(訪問看護師が入る)1時間半の後ね、右足だけやりはって、包帯巻くとこまでいかないの。その1時間でやっとできるのが、血を抑えるのと薬塗んのんと水疱を潰すっていうところ、しかも右足だけ。右足と右手か。右半分を彼女たち(訪問看護師)に任して、左半分を私がして。おばあちゃんは(水疱の中の水を)抜いたりはできない。だからそれこそ、おばあちゃんが、なんか、よく見てるし、そのもう1人の人のこともよく知ってるから、そろそろテープ要るなとか、あと4枚ガーゼが足らんなとか分かるみたいで、うん、で、先々にやってくれてすごい助かるんやけど」2)。 皮膚ケアには多くの時間・人手が必要 皮膚ケアは、Kさんの身体の左右に分かれて、母親と訪問看護師によって同時進行で進められていきます。祖父母たちはケアの進行具合に応じて、テープをカットしたり、ガーゼを準備したりしています。 当然、病状は日々変化します。そのため、全身の皮膚病状に応じて軟膏やガーゼ、創傷被覆材の種類を変える必要があります。また、ガーゼや創傷被覆材は体の動きに追従するよう固定を工夫しなくてはなりません。出血や滲出液があるため、入浴日だけでなく、毎日ガーゼや創傷被覆材の交換が必要です。このように、Kさんの皮膚ケアには時間も人手も多くが求められます2)。 生命予後の改善と医療・福祉サービスの役割 これまで、病状が重いEB患者さんは、びらんした皮膚からの感染症や、皮膚がんの発症によって短命となるケースが多くみられました。そのため、EB患者さんを対象とした看護学研究は、まずは生命を維持し、在宅での生活が継続できるよう家族の存在を前提としたものでした3),4),5)。 しかし近年では、家族による献身的なケアに加えて、病状に応じたさまざまな創傷被覆材の使用や、合併症の早期治療が進められるようになり、生命予後の改善が図られるようになっています。その結果、重度でも成人期を迎えるEB患者さんが増えてきたのです。それは今後、EB患者さんが自立した生活を送るためには、これまで家族が担ってきた役割を、医療や福祉サービスなどが引き受ける必要があることを意味しています。 Kさんの皮膚ケアからも分かるように、EB患者さんの皮膚ケアには訪問看護師による専門的な支援が求められます。しかし、冒頭で述べたように、EB患者さんが訪問看護を毎日利用することは難しい状況にあります。 訪問看護制度における課題 ご存じのとおり、訪問看護を利用する場合、医療保険であれば週3日までです。しかし、以下の条件に該当する場合には、訪問看護の利用日数や回数が大幅に拡大されます6)。  「特掲診療科・別表第7 厚生労働大臣が定める者」(以下、別表第7) 「特掲診療科・別表第8 厚生労働大臣が定める者」(以下、別表第8) 「特別訪問看護指示書」が交付された場合 別表第7について 別表第7では、主に病名が指定されており、神経系難病が多く対象となっています。しかし、そのなかに希少難病であるEBは含まれていません。 別表第8について 別表第8では、医療的ケアが必要な状態にある者が指定されています。そのなかの1つに「真皮を超える褥瘡の状態にある者」があります。EB患者さんたちも病状によっては、全身のさまざまな部位に真皮を超える皮膚病状が存在しているため、この条件に該当するかと思われます。 しかし、「真皮を超える褥瘡の状態にある者」という表現には、いかようにも解釈が可能な曖昧さが含まれています。例えば、「EBの病状はそもそも褥瘡ではないため条件に該当しない」と判断される場合もあれば、「EBの病状も真皮を超えていれば褥瘡の状態と同一であるため該当する」とされる場合もあります。つまり、「真皮を超える褥瘡の状態にある者」という制度的な位置づけは、医療者の解釈によって判断が異なってしまうという現状があるのです。 特別訪問看護指示書について 特別訪問看護指示書は、一時的に病状が悪化した場合に主治医が交付する書類です。重度のEB患者さんの場合、常に真皮を超える皮膚病状が存在していることから、「一時的に」病状が悪化しているわけではないため、その目的から外れるのです2)。 希少難病の共通課題と支援体制 今回、お話しした状況はEB患者さんに限らず、他の希少難病を抱える患者さんたちにも当てはまる可能性が高いと考えられます。希少難病という特性上、患者数が少ないため、これらの問題をまとまった声として社会に伝えることができないかもしれません。今後、希少難病を抱える患者さんの生命やQOL(生活の質)、そして家族との生活が、安定的かつ持続的に維持できる体制の整備が喫緊に求められているのです。  本事例は、本人の承諾を得た上で掲載しています。個人が特定されないよう、必要な情報を匿名化し、適切に調整を行っています。本内容は教育・研究を目的としており、特定の診療や治療を推奨するものではありません。   執筆:戸田 真里京都光華女子大学 看護福祉リハビリテーション学部看護学科在宅看護学、立命館大学生存学研究所 客員研究員日本難病看護学会認定・難病看護師として、病院や在宅支援機関、難病相談支援センターでの勤務を経て、現職。主な著書に『からだがやぶれるー希少難病 表皮水疱症』(生活書院、2024年刊)がある。編集:株式会社照林社 【引用文献】1) 山本明美他編:稀少難治性皮膚疾患に関する診療の手引き.稀少難治性皮膚疾患に関する調査研究班事務局,2011.2) 戸田真里:からだがやぶれる 希少難病 表皮水疱症.生活書院,東京,2024.3) 上嶋仁美:先天性表皮水疱症を有する児の看護.Neonatal Care 1997;10:224-229.4) 中村久美:表皮水疱症児の両親への日常生活指導と訪問看護との連携.日創傷オストミー失禁管理会誌 2014:18(4);354-357.5) 和田実里,中込さと子:栄養障害型表皮水疱症学童の発育過程と皮膚症状ならびに親によるケアに関する記述研究.日遺伝看会誌 2014;12(2):2-17.6) 厚生労働省:訪問看護(改定の方向性).令和5年11月6日.https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001164130.pdf2025/3/31閲覧

【MS難病看護事例】看護ができることが見えにくい 孤立を防ぐかかわりと制度の狭間
【MS難病看護事例】看護ができることが見えにくい 孤立を防ぐかかわりと制度の狭間
特集
2026年2月3日
2026年2月3日

【MS難病看護事例】看護ができることが見えにくい 孤立を防ぐかかわりと制度の狭間

皆さんは「多発性硬化症」について、どのようなイメージをもっていますか?「何となく聞いたことはあるが、どのような病気なのかよく分からない」「ALS(筋萎縮性側索硬化症)やパーキンソン病と同じような難病というイメージ」など、訪問看護師にたずねるとよくこのような答えが返ってきます。今回は多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)を取り上げ、対話を通じた支援により、制度の狭間に陥りやすい対象者が孤立しないようにかかわった事例を紹介します。 多発性硬化症(MS)とは はじめに、多発性硬化症について簡単に説明します。正式名は「multiple sclerosis」といい、その頭文字をとって「MS」と呼んでいます。 症状が多彩で再発・寛解を繰り返す MSは、自己免疫機序の関与によって、視神経・脳・脊髄の中枢神経系に慢性的な炎症を引き起こす神経難病です。視力障害・構音障害・運動障害・感覚障害・歩行障害など症状は多彩で、再発と寛解を繰り返すのが特徴。また、自己管理による再発の予防・制御が難しく、症状の不確かさが顕著なこともMSの特性です。 ライフイベントにも影響 特に20~40代に発症しやすいことから、就労、結婚、妊娠、出産、子育てなど、人生のライフイベントの時期と重なるケースも多く見られます。さらに、MSの症状は外観からは分かりにくく、周囲から理解されにくいことから、ライフイベントやQOL(quality of life:生活の質)に大きく影響を及ぼすことがあるのも大きな特徴の1つです。 治療の進歩により地域での療養が可能に 近年、MSの治療が急速に進歩していることから、それまで入院を余儀なくされていたMSの方も、外来で治療を受けながら、地域で在宅療養や社会生活を送れるようになってきました。退院後、症状が軽い方は外来通院のみとなるため、看護師と出会う機会はほぼなくなります。一方、症状や障害が重く、医療的ケアが必要な方は、訪問看護や訪問リハビリテーション(以下、訪問リハビリ)を利用している方もいらっしゃいます。 * * * 今回は、難病看護師でもある筆者が「お話をうかがう」ことを通してかかわらせていただいている事例を紹介します。なお、本事例については、本人の承諾のもと、一部加工して掲載しています。 事例紹介:A氏(40代、男性) Aさんは、高齢の両親と同居しています。以前は妻・子どもと暮らしていましたが、MS発症後に別居生活となりました。 20代後半のときに手足の感覚に違和感を覚え、急に階段が降りられなくなるなどの症状が出現。近医の整形外科を何度も受診し、MRI検査も行いましたが「原因が分からない」と言われ続けました。そんななか、たまたま脳に関する記事を読んで「もしかしたら」と思い、別の病院を紹介してほしいと依頼し、B病院の神経内科を受診しました。そこでも「今の段階ではよく分からない」と言われ、C大学病院の脳神経内科の紹介を受け、受診した結果、30代でMSの確定診断を受けました。 診断後、しばらくは内服治療を行っていましたが、点滴治療に変更となり、現在は4~6週間に1回通院しています。本人は、「薬が効いている実感がない」と話します。MSの身体障害度を示すEDSS*は7.5、右半身麻痺があり、排尿困難があります。終日電動車椅子を使用し、自力での移乗は不可という状況です。 *EDSS(expanded disability status scale:総合障害度スケール):MSの身体障害度を評価するスケール。障害度は0から10で、0.5ずつ20段階で評価、スコア0は神経機能正常、6以上になると歩行に杖や装具などの補助が必要と評価されます。 Aさんは、30代後半から徐々に症状が悪化し、通勤ができなくなりましたが、在宅ワークに切り替えて仕事は継続できています。歩行ができなくなったため、外出の機会は激減しました。生活や身体介護は、すべて両親が行っています。膀胱留置カテーテル交換のため、医療保険による訪問看護を月約1回の頻度で利用しています。 Aさんが語るさまざまな思い 初回の対話 初めての対話の際は、確定診断を受けたときの気持ちや家族への思いが語られました。「まさか自分がMSになるとは思わなかった。確定したのはいいんだけど、だからといって病気が治るわけでもないので、不安でしかなかった。この病気はとてもつらい病気なので」「こんな病気になってしまって、家族に申し訳ないという思いと、迷惑もかけたくないし、どんどん悪くなる自分の姿を子どもにも見せたくないって、そういう思いしかなかった。結局、この歳で高齢の両親に迷惑や負担をかけることになっちゃったんですけどね。でも、そうするしかないと思って自分で決めたので」 2回目の対話 2回目の対話では、仕事のことや今の「やり場がない」思いが語られました。「何よりも自分の体が動かないってことが一番ストレスなんでね。迷惑をかけて生きるっていうのが一番嫌なので。死ねるなら、ほんと死にたいなって思いもあるし。人間で生きていられること、自分で動けるってことが生きてるってことだと思うので。今はもう自分1人では何もできないし、どこにも行けないし、自分がやりたいって思ったことができないんで。正直、生きてるっていう意味では半分くらいじゃないかなって思う。なので、生きる権利を保障するためにも“安楽死”の制度があったらいいなと思う」「ちょうど社会的にも、こういう障害をもった人を雇いなさいっていうタイミングがあったじゃないですか。会社に義務も課せられて。それもうまく重なって、在宅ワークに移ることができたって感じだと思う。ただ怖いのは、人間、本音と建前があるじゃないですか。だから、鵜呑みにはせず、なるべく会社の役に立つようにと思って、最初は週1~2日くらい顔を出してたんですけど、途中から症状がどんどん悪くなってしまい、最近は会社に行くこともできなくなってしまった」 3回目の対話 訪問看護師のことや今後についての思いが語られました。「それでも、まだね、特に両親のおかげで一日一日過ごすことができている。正直言うと、ここまで自分の意思がしっかりしてると自分でも想像していなくて、20××年頃には、もう寝たきりになっているんじゃないかなって思ってたので。でも、将来への不安はずっとあるし消えることはない」「訪問看護師には話していない。というか、話せる雰囲気ではない。MSのこともよく知らない感じだし。毎回『体調はどうですか』って聞かれるけど、大丈夫なはずがない。自分の思うように体が動かないとか、それって自由がないってことだと思うんですよね。だから、時々言い方もきつくなったりして。申し訳ないなと思うんですけど」 寄り添い理解し最善をともに考える 私が行っている支援は、本人の気持ちに真摯に向き合い寄り添い、思いを受け止め、常に一緒に考える姿勢をもち続けることです。また、病状進行に伴う生活のしづらさ、本人の価値観や考え、希望を理解し、ともに「最善」を考えていくことです。 この方の場合、障害者総合支援法が活用できますが、利用への葛藤があり、導入に至っていません。むしろ、今一番望んでいることは「MSの症状とこの体で日常生活を送るための個別に応じた具体的指導や助言(食事・栄養面、入浴方法、睡眠、生活動作、随伴症状を和らげる工夫など日々の細々したこと)」「じっくりと話を聞いてくれる専門職」なのです。 MSは生涯にわたり付き合っていく疾患であり、病気の経過は一様ではありませんが、難病看護は決して特別なものではありません。しかし、このようなケースは支援の狭間に陥りやすくなるため孤立させないよう本人の憂慮する思いに対話を通して支援を行っています。 本事例を通して、MSの方の看護・支援について考えていただき、皆さんの今後の難病看護や訪問支援活動の一助となってもらえれば幸いです。   本事例は、本人の承諾を得た上で掲載しています。個人が特定されないよう、必要な情報を匿名化し、適切に調整を行っています。本内容は教育・研究を目的としており、特定の診療や治療を推奨するものではありません。   執筆:牧 千亜紀東京医療保健大学立川看護学部 看護学科 地域・在宅看護学領域日本難病看護学会認定・難病看護師行政保健師として難病保健事業や支援活動を担当したことが契機となり、現在は「地域における難病支援」をテーマに調査研究活動を行う。編集:株式会社照林社

患者視点で取り組む腹膜透析患者の生活支援とセルフケア指導の実際
患者視点で取り組む腹膜透析患者の生活支援とセルフケア指導の実際
特集
2026年2月3日
2026年2月3日

患者視点で取り組む腹膜透析患者の生活支援とセルフケア指導の実際

高齢化の進行とともに、在宅医療の重要性が増すなかで、腹膜透析(Peritoneal Dialysis:PD)は、患者さんの生活の質(QOL)を維持しながら続けられる腎代替療法として改めて注目されています。しかし、安定した治療には、本人やご家族の理解、セルフケア能力に加え、医療者による継続的な支援が不可欠です。本稿では、PD療法を受ける患者さんの生活支援とセルフケア指導について、訪問看護師と基幹病院の連携を軸に、当事者の視点を重視した支援のあり方を考察します。 腹膜透析(PD)患者の生活管理における支援 PD患者の生活管理は、「医療」と「日常生活」が密接に結びついている点に特徴があります。透析液の交換や出口部の管理、手技の清潔保持など、日常的に行う行為が直接的に治療の質にかかわります。 ここで重要なのは、患者さんの日常生活を理解した上での指導と支援です。たとえば、視力や手指の巧緻性に問題を抱える患者さんには、PDを行う部屋の明るさや手指の清潔保持の工夫が必要です。また、家庭内の空間や生活動線を観察し、最適な透析スペースの確保や感染リスクの軽減策を提案することも訪問看護師に求められる、かつ訪問看護師にしかできない役割です。 さらに、高齢PD患者さんでは、生活全体の「フレイル予防」や「転倒予防」も重要です。適度な運動の指導や食事内容のチェック、服薬状況の確認など、PD療法の枠を超えた包括的な生活支援が、生活の安定化、ひいてはPD治療の安定化につながります。訪問看護師がこれらのニーズに気づき、地域の医療資源や介護サービスとの連携を調整することが、患者さんの生活を守る要となります。 セルフケア指導と家族教育の工夫 PDのセルフケアには一定の技術と衛生管理が必要ですが、それ以上に大切なのは、患者さんとご家族がその意味を理解し、必要性に納得して実践できることです。手技の必要性を十分理解できていないと、技術的には可能でも、その段階をスキップし、治療に問題を起こし合併症につながる、といったことにもなりかねません。 基幹病院では、導入時の入院中に十分な教育が行われますが、退院後の継続的なフォローやフィードバックも同様に重要です。ここで訪問看護師が果たす役割は大きく、以下のような支援が効果的と考えます。 ●視覚的・体感的な指導文字や口頭で伝わりにくい部分は、実際の動作を一緒に行いながら確認し、分かりやすく指導します。使用する物品の配置や動線もともに確認することで、生活に即した工夫ができます。 ●「できること」に着目する支援できないことばかりに目を向けるのではなく、できることを評価し、徐々に自己管理の幅を広げていきます。こうしたかかわりが、患者さんの自信とモチベーションの維持につながります。 ●家族との対話を重視家族が過剰な負担感を持たずに関われるよう、役割分担や休息の確保を意識した支援を行います。特に高齢の配偶者が介護を担うケースでは、無理のない協力体制を築くことが継続の鍵となります。これは、患者さんの生活に身近な訪問看護師の「現場の眼」があってこそ実現する支援の一つです。 * * * PDを継続するなかで、不安や疑問が生じることは避けられません。そうしたときに「すぐ相談できる人がいる」という安心感が、患者さんやご家族のセルフケア力を下支えします。訪問看護師はその 「つなぎ役」として、基幹病院との情報共有や、タイムリーな報告・相談を担うことが求められます。そして、この支援体制の確立と維持は、PD療法の継続において不可欠です。 このような連携をより円滑に行うための手段として、近年では、医療情報をリアルタイムに共有できる情報通信技術(ICT)を活用したアプリケーションの導入が進んでいます。画像や動画を用いた情報のやり取りや、双方向性のコミュニケーションによって、基幹病院との効率的な連携が可能となっています。 基幹病院との連携で支える「生活に根差したPD」 PD療法は、「治療」ではありますが、「暮らしのなかで営まれる医療」であるともいえます。そのため、患者さんの生活に密着した視点と、医学的・専門的な視点とのバランスが求められます。 基幹病院は治療の安全性や技術的指導において中心的役割を担い、訪問看護師は先述したとおり、「その人らしい生活」を維持するための「現場の眼」として、PD治療において不可欠の存在です。 例えば出口部の感染が疑われた際には、単に処置を行うだけでなく、生活習慣や清潔行動の背景を踏まえた改善策を患者さんに提案しましょう。また、基幹病院には、感染の事実を報告するだけでなく、必要に応じて情報を共有し合うなど、双方向の支援体制を築いていくことが理想です。 この点については、ICTツールを活用することで、訪問看護の内容を写真つきで共有したり、病院からの指示をリアルタイムで確認できたりする体制が整いつつあります。病院-訪問看護-患者・家族が一体となってPD治療を支えられるようになってきたといえるでしょう。 おわりに 腹膜透析は、患者さん自身がご家族や訪問看護師、基幹病院の協力のもと、なるべく透析前に近い生活を取り戻すための治療であり、「在宅医療の未来」を象徴するものともいえます。患者さんの視点に立ち、セルフケアと生活支援の両輪で支えることが、PD療法の安定継続と患者さんの満足度につながります。 訪問看護師の温かいまなざしと専門性、そして基幹病院との協働が、「腎代替療法の一治療形態」としてではなく「暮らしを支える生活の一部としての腹膜透析」を実現する鍵となるでしょう。   執筆:上村 太朗松山赤十字病院 腎臓内科 部長2001年 愛媛大学医学部卒業関西圏の市中基幹病院で研修2005年 松山赤十字病院入職2016年 松山赤十字病院腎臓内科部長前任部長・原田篤実より受け継いだラストマンシップを診療の軸に、地域と連携し、すべての腎臓病患者さんが困らない医療を心がけています。編集:株式会社照林社

【SCD難病看護事例】難病だけではない 介護職との連携、別疾患発症から看取りまで
【SCD難病看護事例】難病だけではない 介護職との連携、別疾患発症から看取りまで
特集
2026年1月20日
2026年1月20日

【SCD難病看護事例】難病だけではない 介護職との連携、別疾患発症から看取りまで

今回は、脊髄小脳変性症(spinocerebellar degeneration:SCD)を患い、侵襲的人工呼吸器を装着している療養者と、介護を担う高齢家族および介護職員へのアプローチを紹介します。介護職員による医療的ケアに伴う課題の解決や、別の疾患を発症したことで療養生活に生じた変化にどのように対応したかに焦点を当て、行政を含む多面的な連携の実践例をお伝えします。 脊髄小脳変性症(SCD)とは SCDは、主に小脳の神経細胞が変性して現れる症状を中心とした神経変性疾患の総称です。「歩行時にふらつく」「呂律が回らない」「不規則に手が震える」などの症状が出現し、進行していきます。また、SCDは孤発性(非遺伝性)と遺伝性の2つに大きく分けられ、孤発性は全体の約7割で、残り3割が遺伝性です。 事例紹介:Aさん(70代、女性) Aさんは、SCDと診断されてから7年後に気管切開を行い、侵襲的人工呼吸器を導入しました。現在は70代の夫と2人暮らしをしています。別居の長男、長女がいますが、それぞれ仕事の都合や遠方に住んでいるため、介護の協力は得られません。主介護者は夫です。夫は、高血圧や尿管結石といった持病を抱えています。定期的に外来通院をしていますが、病状の悪化により、入院治療を受けた既往もあります。 Aさんは医療保険を利用し、以下のサービスを受けています。訪問看護:週2回訪問リハビリテーション(以下、リハビリ):週1回訪問診療:3週に1回訪問入浴:週1回訪問介護:日中毎日、夜間週3回 在宅難病療養者への支援体制 在宅難病療養者のAさんが住み慣れた地域で自分らしく生活できるよう、各分野の専門職だけでなく、行政や地域を含めたチームが一丸となって支援を行っています。 Aさんと夫(介護者)の思いを尊重し、介護負担の軽減を図りながら、Aさんが安心・安全かつ快適に過ごせるよう、社会資源を活用することが大切です。具体的には、さまざまな訪問系サービス事業所の介入や在宅難病患者一時入院事業によるレスパイトケア入院の利用などがあります。 長期療養による課題と現状 しかしながら、長期にわたる療養や病状の進行、併発する(併存)疾患、新たな疾患の罹患などにより、医療処置が必要となる場面も増えていきます。夫はいつまで続くのか先の見えない、24時間絶え間なく続く介護に対し、精神的にも肉体的にも疲弊してしまうこともあり、夫自身の健康管理もままならず、十分な介護負担の軽減が実現できない現状もありました。 本事例で取り上げる2つのアプローチ 今回は、侵襲的人工呼吸器を装着するSCD療養者のAさんに対して、以下の2つのアプローチを行いました。 ●介護職員による医療的ケアの支援医療的ケアを他者に委ねたいというAさんと家族の思いを尊重し、行政をはじめとした関係機関の介入も含め、介護職員による支援体制を整備しました。 ●別疾患に罹患し、診断を受けてから看取りに至るまでの支援予期せぬ別疾患の発症が療養生活に大きな影響を与えました。これまで穏やかだった日々が、突然目まぐるしい日々へと変化したのです。この突然の変化に対応するため、Aさん、夫、サービス事業所のスタッフに対する支援を行いました。 介護職員による医療的ケアの実施と体制整備 喀痰吸引や胃瘻からの栄養剤注入は研修を受けた介護職員が行っていました*。しかし、その他の医療的ケア(例えば、気管切開部や胃瘻部の処置など)はAさんの夫や訪問看護師が行っていたため、大幅な負担の軽減には至らず、介護職員からも「自分たちが行えるケアについて知りたい」との意見がありました。 *喀痰吸引および経管栄養は研修を修了し、認定証の交付を受け、登録事業者として登録済みの施設で勤務していることを要件に実施可能 県庁や市役所への確認と対応 そこで、県庁の担当者に以下の2点を確認しました。  医療的ケアに該当する業務の再確認 特例として介護職員が医療的ケアを行うことの可否 担当者からは「特例はない」との回答があり、加えて「関係職種の業務内容を整理し確認してみてはどうか」と助言されました。その後、関係各所とカンファレンスを行うなかで、夫から「胃瘻からの内服薬の注入(内服注入)を介護職員にお願いしたい」という意向が示されました。この要望を受け、Aさんが居住する市役所の担当者に「介護職員が胃瘻からの内服注入を行えるか」と確認したところ、以下の条件を満たす場合に認められるとの回答を得ました。  主治医の許可があること 内服薬は分かりやすく一包化され、簡単な手技で注入できること 本人または家族の同意があること これらの条件をふまえ、訪問看護スタッフでカンファレンスを行い、訪問看護師の役割を整理していきました。 手順書作成と介護職員への指導・緊急時対応の整備 主治医に介護職員による内服注入の承諾を得た後、訪問看護師は、実際にAさんに行っている胃瘻からの内服注入の手技を確認しました。そして、写真や注意点を盛り込んだ手順書を作成し、それをもとにチェックリスト(図1)も作成しました。 訪問看護師が介護職員とともに手順書を確認しながら、内服注入の指導を行いました。そして、指導看護師(介護職員等たん吸引等実施研修会に係る指導者講習会を修了した看護師)がチェックリストに沿って介護職員の手技を確認・評価します。さらに、1ヵ月ごとに手技の確認を行い、緊急時に介護職員が対応できるよう、緊急時フローシートの作成も進めていきました。 図1 内服注入のチェックリスト 別の疾患に罹患。診断から看取りまでの支援 侵襲的人工呼吸器の導入から6年後の3月下旬に、Aさんにビリルビン尿、皮膚黄染が出現しました。採血した結果、肝胆道系酵素の値が上昇しており、明らかな異常値を示したため、入院精査をすすめられました。しかし、夫はAさんの身体に負担のかからない、在宅でできる治療を希望されたため、外来でCT検査を実施しました。その結果、黄疸の原因は腫瘍である可能性が高いことが示唆され、主治医から「黄疸の進行が速いと、予後は月単位以下の可能性がある」と説明されました。 訪問看護の回数を増やして対応 夫からは「どのくらいの期間で黄疸が進んでいくのか」「どのようなことに気を付けて過ごせばよいのか」という質問がありました。また、介護職員からは「夫が眠れていない、食欲がない」などの情報提供があり、夫だけでなく、介護職員自身も不安を感じているようでした。 これを受けて、訪問看護スタッフ間でカンファレンスを行い、情報を共有するとともに、訪問看護の回数を増やすことにしました。夫の同意を得た上で、以下のように訪問回数を変更しました。  4月初旬:週2回から週3回に変更 4月中旬:週3回から週5回に変更 図2 Aさんの経過 家族支援への取り組み 訪問看護を増やすことで、別の疾患に罹患したことによる病状変化への対応や、日々変化する病状についての説明、不安の軽減など、家族支援に努めました。具体的には、発熱、下血、尿量減少といった病状変化への対応や病状の経過、今後起こり得る変化について説明し、家族の不安を受け止め、寄り添いながら支援しました。 終末期に関する介護職員への教育 また、終末期についての知識が不足している介護職員に対しては、終末期にたどる経過や症状について説明を行い、症状出現時の対処方法を指導しました。その際に、「些細なことでも気になることがあれば訪問看護師に報告すること」「常時対応できる体制を整えているので、いつでも連絡できること(24時間緊急時対応)」を繰り返し伝えていきました。 緊急時対応と家族への説明 別の疾患に罹患してから看取りまでの1ヵ月間で、症状の出現や状態報告に関する緊急連絡は9回、病状変化や医療機器のトラブルに関する緊急訪問は3回ありました。看取りの3日前には、現状を家族に説明し、症状の変化以外にも不安なことや心配なことがあった場合には直ちに訪問看護師に連絡するよう伝えました。また、再度自宅での看取りの意思を確認し、エンゼルケアの内容について説明を行いました。その後、Aさんは家族に看取られ、穏やかな最期を迎えられました。 難病看護における支援のポイント 「住み慣れた自分の家で自分らしく過ごしたい」「本人の思いを尊重し、本人らしく過ごしてほしい」という、療養者本人とその家族の思いを尊重し、安心・安楽に過ごせるよう支援していくことが大切です。そのために以下の取り組みが必要でしょう。  療養者の変化に迅速に対応し、そのつど適切なケアを提供する 介護者の思いの本質を明らかにし、柔軟に療養支援体制の変更を考慮する 在宅ケアチームが一丸となり、支援する   本事例は、本人の承諾を得た上で掲載しています。個人が特定されないよう、必要な情報を匿名化し、適切に調整を行っています。本内容は教育・研究を目的としており、特定の診療や治療を推奨するものではありません。   執筆:片桐 恵社会医療法人若竹会 ゆうあい訪問看護ステーション日本難病看護学会認定・難病看護師大学病院など病院勤務を経て2007年より現職。3学会合同呼吸療法認定士、在宅褥瘡予防・管理師。編集:株式会社照林社 【参考文献】○王麗華,木内妙子,小林亜由美,他:在宅看護現場において求められる訪問看護師の能力.群馬パース大紀 2008;6:91-99.○阿部まゆみ:神経難病の緩和医療とホスピス.医療2005;59(7):364-369.

【MSA難病看護事例】ADL低下に気づけない 病識の乏しさがみられたときの対応
【MSA難病看護事例】ADL低下に気づけない 病識の乏しさがみられたときの対応
特集
2026年1月6日
2026年1月6日

【MSA難病看護事例】ADL低下に気づけない 病識の乏しさがみられたときの対応

多系統萎縮症(multiple system atrophy:MSA)のケアでは、対症療法やリハビリテーション(以下、リハビリ)による機能維持やADLの向上が重要です。特に運動機能や嚥下機能の維持に加え、生活環境の整備も欠かせません。今回は訪問看護で実践されているMSA患者への具体的なアプローチを紹介します。患者さんの尊厳を大切にしながら、安全で安心な療養生活を支える工夫や、本人・家族との信頼関係を築くためのポイントを探ります。 多系統萎縮症(MSA)とは MSAは、中枢神経系が進行的に障害される神経変性疾患です。パーキンソン症状、小脳失調症状、自律神経症状など、複数の症状が現れることが特徴です。原因は不明で治療法はありませんが、対症療法とリハビリで症状の緩和を図ります。看護では患者さんの転倒予防や日常生活動作(activities of daily living:ADL)の支援、本人と家族の心理的サポートが重要となります。 事例紹介:Aさん(60代、男性) Aさんは、妻と2人で暮らしており、車で30分ほどの距離に長男が住んでいます。Aさんは事務職に長年従事し、定年まで勤め上げました。退職後にMSAを発症しています。 Ⅹ年-1年 発症(歩行不安定)Ⅹ年 確定診断Ⅹ年+2年4ヵ月 病状評価・リハビリ入院、退院時より訪問看護介入 退院前カンファレンスに参加 Aさんの状態 退院前カンファレンスで初めてAさんにお会いしたときは、呂律不良が進行し、単語レベルでの会話となっていました。表情は硬く、イエス・ノーで意思疎通が可能な状況ですが、笑顔がぎこちない印象です。また、把持物があれば歩行は可能との情報がありましたが、病院内では車椅子を使用して移動されていました。 主治医からの病状説明 主治医から、Aさんの病気が「多系統萎縮症」という進行性の病気であることに加え、以下が説明されました。 小脳・脳幹の萎縮により失調症状があること 一般的に発症から5年で車椅子生活、9年で寝たきりの経過をたどること 声帯の開大不全により突然死の可能性があるが、気管切開をすることで突然死を予防できること 嚥下機能の低下に対して、胃瘻が必要になること 一緒に説明を聞いた妻は、「今まで(突然死のリスクの話は)聞いたことがなかった」と驚いた様子でした。 今後の治療方針と退院後の訪問看護 退院前カンファレンスの時点では、今後の気管切開や胃瘻造設に関する方針はまだ決まっていませんでした。また、Aさん自身は妻への介護負担を心配し、施設入所を検討しているとの情報が共有されました。 今回のリハビリ入院を経て、退院後は訪問看護ステーションから看護師と作業療法士(OT)による訪問が開始されました。 介入前からできる支援 入院中に訪問看護の依頼があった場合、病院で開催される退院前カンファレンスに訪問看護師が参加します。主治医からの病状説明を聞き、内容を確認します。 退院後、会ったことのある看護師が自宅を訪問することで、本人や家族の緊張を和らげることができるでしょう。退院後には、本人と家族が病状や治療方針をどのように理解しているか確認し、追加・修正が必要な場合は補足説明をします。また、今後の方針について、意思決定のために不足している情報提供を行います。例えば、介護は家族だけで負担する必要はなく、介護保険や障害福祉サービスを利用できることを伝える、胃瘻や気管カニューレについて具体的なイメージを持てるような説明をする(写真や図表を使用)、吸引器や吸引チューブを持参して実際の吸引を見ていただくなど、必要に応じて医療的ケアの詳細をお伝えします。 退院当日、多職種で生活環境を整備 退院当日、Aさんの自宅に訪問しました。専門病院から退院調整看護師も同行し、Aさんの表情は病院でお会いしたときとは見違えるほど穏やかで、ニコニコとされていました。 退院当日に、生活環境の整備を行いました。なお、場合によっては退院前の家屋調査等に同行し、自宅内の動線を確認できることもあります。 屋内動線の課題と転倒防止対策 自宅内の動線を確認すると、リビングのベッドからトイレまでの移動に問題が見つかりました。方向転換が3ヵ所も必要で、Aさんは上肢の筋力は維持されているものの、失調と姿勢反射障害によりバランスが悪く、転倒リスクが高い状態でした。 Aさん、妻、ケアマネジャー、福祉用具業者、訪問看護師でサービス担当者会議を行い、ベッドの配置を変更し、トイレまでの動線を直線にし、取り外し可能な置き型の手すりを設置しました。 動線と歩行器選定のポイント MSAの場合、筋力は維持できていてもバランスを崩しやすく、方向転換時に転倒するリスクが高い傾向があります。そのため、方向転換をなるべく減らすような動線の確保に努めましょう。 また、同様の理由から、歩行器の選定にも注意が必要です。力を加えると車輪が動いてしまう歩行器は使いにくい場合が多く、抑速ブレーキ付きのタイプや、ピックアップ方式で使用するタイプの歩行器を導入するとよいでしょう。これにより、歩行器だけが移動してしまい、バランスを崩して転倒することを防ぎます。 退院後の支援の実際 退院日の翌日からは通常の訪問が開始。Mさんの場合、訪問看護ステーションからは、訪問看護とリハビリが週1回ずつ実施される予定です。看護師は、日常生活の状況を把握し、食事・排泄・保清・自主トレーニング(以下、自主トレ)の確認や実施、介護状況の確認を行います。さらに、介護保険を利用して、週1回のデイケアと福祉用具の貸与が行われることになっています。 自主トレに対する消極的な姿勢 リハビリ訪問時、自主トレに積極的でない様子が見られました。理由をたずねると、リハビリ入院中に主治医から余命も含めてIC(インフォームド・コンセント)があったことで、本人から「どうせこの病気は」といったネガティブな発言があり、リハビリに対して消極的になっていることが分かりました。進行のスピードは人によって違うことを説明し、筋力維持の大切さを本人に伝えました。 MSAにおけるリハビリの重要性 MSAのリハビリは、筋力の維持を目標に介入します。握力は比較的保たれる特徴がありますが、振戦があるため、縦型の手すりのほうが持ちやすく、介護保険でレンタル可能な工事不要の置き型手すりがおすすめです。このような手すりを設置し、把持する場所を確保することで、自分で動ける機会が増え、筋力の維持につながります。 水分摂取に関する問題 入院中、水分に軽くとろみをつけるよう言われていましたが、Aさんが嫌がるために、とろみをつけずに水分を摂取していることが妻からの話で明らかになりました。本人に理由を聞いてもニコニコしているだけです。「(とろみ付きでは)おいしくないですか?」という問いに対し、イエスと大きく頷いていました。 入浴方法の現状と今後 入浴については、入院前と同じ方法を続けています。浴室の床に正座をして体を洗い、手すりにつかまり浴槽をまたいで入浴します。今後、進行に伴って入浴方法の再検討が必要であることが、今一つ想像できないようで、またぐ際にバランスを崩しそうになっています。 病状説明と理解の課題 MSAの症状の1つなのか、病状の説明が正しく理解されないことを経験します。個人差はありますが、病識が薄く、食事にとろみが必要であっても使用しないケースや、食欲旺盛となり体重増加が止まらないといったケースもあります。このような状況の修正はなかなか難しいですが、看護師としては諦めずに必要性を伝え続ける姿勢が重要です。誤嚥の確認や体重測定を行い、目の前で数字を示すことや、栄養状態の評価を継続して行うことが大切だと考えます。 進行性神経難病におけるADL低下への対応 MSAに限らず、進行性の神経難病を患う方のADL低下に対し、看護師は代替の方法を提案する場面があります。本人や家族にとっては「今できていること」の継続が日常生活の目標となっている場合もあります。そのため、代替案を伝える際には、本人の意向を大切にしつつ、安全を担保する方法を「いつ」「誰が」「どのように」伝えるかを慎重に検討する必要があります。場合によっては、できている段階で代替案を提案したことで、信頼関係を失ってしまうこともあるほどです。 現状を正しく評価しつつ、代替案を用意しておき、伝えるタイミングを待つ姿勢も大切だと考えています。 本事例は、本人の承諾を得た上で掲載しています。個人が特定されないよう、必要な情報を匿名化し、適切に調整を行っています。本内容は教育・研究を目的としており、特定の診療や治療を推奨するものではありません。   執筆:小林 真理子訪問看護ステーションRNC管理責任者日本難病看護学会認定・難病看護師1996年、鳥取赤十字看護専門学校を卒業後、鳥取赤十字病院、武蔵野赤十字病院にて看護業務に従事。2004年より都内の訪問看護ステーションで勤務し、2013年に訪問看護ステーションRNCを開設。編集:株式会社照林社

足のミカタ2~在宅における爪白癬の治療とケア~【セミナーレポート後編】
足のミカタ2~在宅における爪白癬の治療とケア~【セミナーレポート後編】
特集 会員限定
2025年12月23日
2025年12月23日

足のミカタ2~在宅における爪白癬の治療とケア~【セミナーレポート後編】

本記事は、医療関係者のスキルアップを目的として医療行為に関する詳細な記述や症例写真等を掲載しています。また、損傷を伴う皮膚画像を含みますので、あらかじめご了承ください。 NsPace(ナースペース)のオンラインセミナー「足のミカタ2~足浴&爪切りをもっと詳しく~」(2025年9月19日開催)では、2024年開催の「足のミカタ~重症化を防ぐフットケア~」に続き、倉敷市立市民病院 形成外科 医長の小山先生を講師に招聘。足病のミカタ(見方)をはじめ、爪切りの方法など日常的なフットケアから治療の考え方まで、実践的な内容について詳しく解説いただきました。 セミナーレポート後編では、主に爪白癬についてまとめました。検査や治療の重要性や、実際の症例などをご紹介します。 ※約80分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 >>前編はこちら足のミカタ 2~爪トラブルの観察と爪切りの実践~【セミナーレポート前編】>>小山先生の過去セミナーレポート記事はこちら【足のミカタ~重症化を防ぐフットケア~】シリーズ記事一覧 【講師】小山 晃子先生倉敷市立市民病院 形成外科 医長平成16年に高知大学を卒業し、倉敷市立児島市民病院にて臨床初期研修を修了。平成18年から川崎医科大学附属病院 形成外科・美容外科にて、褥瘡・創傷治癒を学ぶ。平成24年より現職。入院・外来・在宅で医療を提供しながら、医療者や介護者、市民を対象としたセミナーも行い、褥瘡・フットケアの「ミカタ」を増やすべく活動している。 爪白癬の治療の必要性 爪白癬は、爪の中に白癬菌が多数存在するため、爪を切るたびに粉がパラパラと舞い上がります。その白癬菌を含む粉が、日常生活の中で足趾の間に付着することで、新たな白癬を引き起こすことがあります。同居者に感染が広がるケースも珍しくなく、体や顔にまで白癬が拡大して重症化する場合もあります。 また、爪が変形することによって、靴が履けなくなる、爪が切れなくなる、ひどい場合は分厚くなった爪が皮膚に食い込んでしまう(陥入爪)といったトラブルが起こることも。さらに、二次感染によって指が腫れたり膿んだりすると、歩行障害を招くおそれもあります。最近の研究では、爪白癬の影響で転倒リスクが高まることも指摘されています。 このように、爪白癬は見た目の問題にとどまらず、生活の質や安全にも影響を及ぼすため、適切な治療が推奨されます。 爪白癬の検査と治療 爪白癬にはかゆみや痛みといった症状がないこともあり、「年齢のせいだろう」と深刻に考えていない利用者さんは多くいらっしゃいます。しかし、可能性を否定できない場合はまず「爪白癬ではないか」と疑って検査をすることが重要です。 検査の方法としては、爪のかけらを特殊な薬で溶かし、それを顕微鏡で観察して白癬菌の有無を確認する「直接鏡検」というやり方が古くから行われています。しかし、最近になって抗原検査もできるようになりました。インフルエンザやコロナの抗原検査と同じ原理で、切った爪を溶かしてカートリッジに滴下し、反応があれば陽性です。往診でも特殊な機械を使わずに検査ができるので、重宝しています。 爪白癬の症例 ここからは、症例を通して爪白癬の治療の実際を見ていきましょう。2つのケースをご紹介します。 症例1「爪根部の緑膿菌感染」 「爪の根本が緑になり、触るとぷよぷよしていて、痛みもある」と来院された患者さん。爪白癬を起こし、指先から楔状(くさびじょう)に爪甲の裏へと感染が進んで、白癬菌が爪を食べた部分に水分が溜まっていたと思われます。 そこから緑膿菌や皮膚の常在菌が感染を起こし、根本部分に膿の袋ができて、痛みが生じていたのです。 治療としては、処置を行う指に局所麻酔を使用した上で、駆血。そして、慎重に後爪郭の皮膚を切開し、膿を排出していきます。すると、爪の根元が爪母から離れて隙間ができていました。切開部分は、一時的に開放創として処置・管理します。 その後、創面は上皮化傾向で薄い皮膚が確認され、新しい爪が生えてくる兆候が見られました。 しかし、このままでは白癬菌によって再び膿んでしまう可能性が高いので、まずは軟膏での治療を試みます。ただ、やはり軟膏では爪白癬は治りきらなかったため、爪外用液に変更。それから4ヵ月後には、白癬に感染した爪を端まで追い出せました。 症例2「爪外用液の副作用による皮膚炎」 爪白癬の塗り薬の副作用で皮膚炎が起きてしまった患者さん。爪の甲に薬を塗っていましたが、爪郭に小さい水疱が無数にでき、皮膚には浮腫が見られ、びらんを起こしている箇所もありました。 さらに足趾の間にも小さい水疱が形成され、薬を塗っていない部位にも皮疹が見られており、自家感作性皮膚炎を起こしてしまいました。 写真で振り返ってみると、塗り薬を使用する前から傷があったことが明らかに。そこに爪外用液という強い薬を塗ったことで、副作用が発生したと考えられます。 爪外用液の使用は直ちに中止し、ステロイド薬の服用・外用薬に切り替えると、皮膚の状態は改善しました。 なお、爪白癬を塗り薬で治療する場合は、爪切りをしたり、爪に穴を空けたりして、白癬菌がいる箇所にダイレクトに外用液が届くようにすると効きやすくなります。ただし、過剰に切ってしまうと爪の成長に支障が出る場合もあるので、様子を見ながら慎重に行う必要があります。治療が進んだ際は、爪甲の生え方に問題がないかも確認していきます。 在宅でのフットケアの考え方 在宅の現場では、さまざまな状況にある利用者さんを支えていることと思います。その中には、人生の最終局面を迎えている方もいらっしゃるでしょう。どんな治療目標を立てるにしても、私たち専門職は「ケアが継続される体制」を諦めてはいけないと考えています。 病院、在宅、施設を問わずみんなで力を合わせ、利用者さんの多様な状況や願いに寄り添い、治癒や現状維持に努める。そして、利用者さんが苦痛によって人権、命の質を損なう事態を防ぐ。それが、私が臨床でいつも大切にしていることです。 * * * 今回のセミナーでは、変形爪・白癬といった足病が、歩行障害や全身にかかわる病変につながる可能性について触れてきました。裏を返せば、足のケアをすることで利用者さんの全身の健康、生活を守れるかもしれないということです。 訪問看護師のみなさんには改めて足のミカタ(見方)を意識し、そこからどんな行動を起こすべきかを考えていただけたらと思います。そして、「利用者さんのミカタ(味方)になる」という姿勢でケアに臨んでほしいと考えています。今回の内容が、日々のケアの一助となれば幸いです。 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア 【参考】〇日本フットケア・足病医学会(編):重症化予防のための足病診療ガイドライン,2022.〇東 禹彦(著):爪 基礎から臨床まで 改訂第2版,金原出版,2016.

足のミカタ2~爪トラブルの観察と爪切りの実践~【セミナーレポート前編】
足のミカタ2~爪トラブルの観察と爪切りの実践~【セミナーレポート前編】
特集 会員限定
2025年12月16日
2025年12月16日

足のミカタ2~爪トラブルの観察と爪切りの実践~【セミナーレポート前編】

本記事は、医療関係者のスキルアップを目的として医療行為に関する詳細な記述や症例写真等を掲載しています。また、損傷を伴う皮膚画像を含みますので、あらかじめご了承ください。 2025年9月19日、NsPace(ナースペース)はオンラインセミナー「足のミカタ2~足浴&爪切りをもっと詳しく~」を開催しました。2024年に実施した「足のミカタ~重症化を防ぐフットケア~」の続編として、今回も倉敷市立市民病院 形成外科 医長の小山先生が登壇。要望の多かった爪切りについても詳しく教えてくださいました。 今回はそんなセミナーの様子を、前後編に分けてレポート。前編では、爪切りの基本や変形爪への対処法についてご紹介します。 ※約80分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】小山 晃子先生倉敷市立市民病院 形成外科 医長平成16年に高知大学を卒業し、倉敷市立児島市民病院にて臨床初期研修を修了。平成18年から川崎医科大学附属病院 形成外科・美容外科にて、褥瘡・創傷治癒を学ぶ。平成24年より現職。入院・外来・在宅で医療を提供しながら、医療者や介護者、市民を対象としたセミナーも行い、褥瘡・フットケアの「ミカタ」を増やすべく活動している。 爪切りの基本〜観察と道具の準備〜 75歳以上の一人暮らしの高齢者に「日常生活の中で困ること」を聞くと、「爪切り」と答える方が多くいらっしゃいます。そのため訪問看護師のみなさんにも、ぜひ爪切りの基本を押さえていただきたいと考えています。 爪の正常な状態への理解と血流評価 爪切りを始める前に、まず爪の正常な状態について理解し、血流評価を行うことが大切です。利用者さんの爪を観察する際は、正常な爪と比較しながら「どこに問題があるか」「どんな処置が必要か」を考えます。 血流評価は必ずしも病院で行う必要はなく、CRT(キャピラリー・リフィリング・タイム/ Capillary Refilling Time)や足背動脈の触知など、訪問先で実施できる方法があります。血の巡りが悪い足には、新しい傷を作らないよう注意してください。 万が一出血しても、血流が保たれていれば自然に止血しますし、傷も治ります。しかし、血流障害がある場合には、わずかな傷でも状態が急激に悪化し、感染や壊死などのトラブルにつながるおそれがあります。 血流評価の具体的な方法や爪の構造・爪切りの基本などの解説は、過去セミナー記事をご参照ください。>>血流評価の具体的な方法はこちら足のミカタ 重症化を防ぐフットケア アセスメント編【セミナーレポート前編】>>爪の基礎知識・爪切りの基本についてはこちら足のミカタ 重症化を防ぐフットケア 爪のケア実践編【セミナーレポート後編】 【ミニ解説】~在宅での足浴の考え方(血流の状態に応じた対応)~ 爪切りの前に血流評価をするのと同様に、足浴を行う際も血流状態の把握が大切です。足浴は、患者さんの血流状態によって大きく方針が変わるため、以下の表のように分けると実務で迷いが少なくなります。ぜひ参考にしてみてください。 道具を用意する 爪切りをする際は、次の道具を準備します。変形爪のケアも、基本的にはこれらの道具で行います。 PPE(マスク、ゴーグル、手袋、エプロン) 敷物(新聞、ゴミ袋など):切った爪の飛散防止のため。シーツやゴミ袋でも代用可 爪切り 爪用ゾンデ(2種類) ピンセット ぬれタオル:爪切りした後の足を拭くために利用 ゾンデは、爪の垢を除去する道具で、爪甲と側爪郭、終爪郭(爪先側の爪床周囲の皮膚)を区別するのに使用します。私はヘラ状のものと、先が細くなっていてカーブしたものの2種類を用意しています。 爪切りは、のこぎり状のギザギザ刃で、爪をしっかり捉え滑りにくく、安定して切れるものがおすすめです。このタイプの爪切りは、ハンドル側の可動部を前方に移動させると(左下写真:赤丸部分)、テコの原理で力が増幅され、少ない力でも、しっかり爪を切ることが可能です。 変形爪の症例〜観察と処置〜 当院の外来には、爪切りで困っている方が数多くいらっしゃいます。多くの場合は変形爪で、肥厚していたり、縦横方向に巻いていたり、爪が指に食い込んでいたり……。本来は前に伸びるはずの爪が反り返って上に伸びてくる反り爪の方もいらっしゃいます。 今回はその中から、私が爪切りをしてきた変形爪の症例を2つご紹介します。「足のミカタ(見方)」の参考になればと思います。 症例1「上に突出した肥厚爪」 「爪切りができない」といって来院された患者さん。患者さんは「爪をはがすんでしょう?」と不安なご様子でした。 爪を観察してみると、上から見たときは「爪が大きい」と感じる程度ですが、横から見ると上に突出していました。 爪の下に角質が厚く積み重なり、爪甲が浮いた状態でした。「車のボンネットが開いたように」という表現がわかりやすいかもしれません。 さまざまな方向から観察しながら、重なった層を一枚ずつはがすように爪を切っていきました。 症例2「反り返って皮膚に食い込んでいる爪」 90代の女性の患者さんで、数日前から足が痛いとのことで来院されました。 爪を観察すると、すぐに指のつけ根が腫れていることに気づきます。さらにさまざまな方向から観察すると、爪甲が反り返って、爪先が後爪郭付近の皮膚に食い込んでいることがわかりました。 そこで、慎重に爪切りを行いました。なお、麻酔は使用していません。 爪切り後4日ほど経つと、皮膚に開いていた傷は自然と治癒しました。 高齢者に起こりやすい巻き爪、陥入爪 高齢者の爪トラブルとして多いのが、巻き爪です。爪甲は、圧がかからない状態では、縦にも横にも湾曲する性質をもっています。それが、歩行の際に地面からの圧を受け止めることで正常な形を保っているのです。 しかし、あまり歩かなくなったり、指先が浮くような「爪に圧がかからない歩き方」が常態化したりすると、爪は本来の曲がる性質を発揮して巻き爪になっていきます。 なお、陥入爪(巻いた爪が皮膚に食い込み、痛みを伴う状態)の基本的な治療は、足趾(とくに母趾)にしっかりと圧がかかるように踏み込むことです。ただし、外反母趾やADLの低下などで歩くことが難しく、かつ痛みや傷が見られるケースでは、病院の受診を検討してください。 >>関連記事巻き爪が起こる原因について足のミカタ 重症化を防ぐフットケア 爪のケア実践編【セミナーレポート後編】 高齢者の爪トラブルへの対応と実践 上述したように、高齢になると爪が厚くなる、変形するといったトラブルが起こりやすく、爪の状態に合わせた爪切りを行うことが大切です。ここでは、実例を交えながら代表的な変形爪に対する具体的な爪切りの方法やポイントをご紹介します。 巻き爪 爪の状態を確認するまずは爪の状態をよく観察し、どのように爪を切るかイメージします。巻き爪のように湾曲している爪を切るときは、小さく挟んで慎重に切ります。爪のカーブに沿うように、少しずつ少しずつ切り進めていくとよいでしょう。爪切りを爪の湾曲に沿わせることで、痛みを抑えながら安全に処置ができます。 爪切りを当てる角度を調整する爪切りをする際は、爪がたわまないように、爪の丸みに合わせて爪切りの角度を変えながら少しずつ回転させて切っていきます。このとき、無理な力を加えると痛みにつながるため、爪のカーブに合わせて爪切りを「回していく」ように動かすのがポイントです。 ゾンデで爪下の角質を除去する適宜ゾンデを使って、爪甲と終爪郭部の間にたまった角質をやさしく取り除きます。この工程で「どの部分を切るべきか」「どこまで切っても問題ないか」をしっかり確認しておきます。 爪を整える(長さの調整)角質を除去し、切る部分を確認したら、最後に爪の長さを整えます。これで、痛みを起こさず自然な形に整えることができます。 挟み爪 挟み爪と呼ばれる状態では、爪甲が強く湾曲し、終爪郭部の皮膚を巻き込んでしまうことがあります。 状態を確認しゾンデで爪の境目を整える(巻き込みの程度を把握)爪の状態を確認しながら、どの程度皮膚が巻き込まれているかを見極めます。ゾンデを使って爪甲と爪郭の境目を丁寧に探ります。このとき、境目にたまった角質をやさしく取り除きながら、どこまでが角質でどこからが爪なのかを確認します。角質を除去することで、爪の切るべきラインが明確になります。 爪甲側をカットする境界が確認できたら、爪甲側(浮いている部分)を慎重にカットしていきます。皮膚(=お家の壁)を傷つけず、爪甲(=屋根)だけを剥がすように意識すると、力加減のイメージがつかみやすいでしょう。角質の部分は少しずつハサミで切り進めます。切っていくと、赤や黒の斑点が見えることがありますが、これは角質内出血や爪・角質が皮膚に刺さったことで染み出した血の跡である場合が多いです。最終的に、上記の手順で確認しながら、爪は安全な長さまで整えて終了します。 肥厚爪 肥厚爪では、爪甲がU字状に強く湾曲していることがあります。挟み爪同様にU字の中央部分には皮膚が持ち上がって入り込んでいる場合があるため、単純に爪の長さを切ろうとすると、誤って皮膚を切ってしまう危険があるため注意します。 爪の状態を確認するまずは、皮膚の盛り上がりに注意しながら爪と皮膚の境界をしっかり確認します。 外側の爪から慎重にカットする 爪が皮膚を巻き込んでいるため、外側の爪から順に、剥離するようなイメージで切り進めます。無理に引っ張らず、少しずつ「浮いている部分」だけを処置するようにします。 終爪郭部との隙間を確認しながら整える処置が進むと、浮き上がっていた指先の皮膚(終爪郭部)が見えてくる段階に入ります。このとき、爪と皮膚の間のわずかな隙間を確認しながら、爪の先端を慎重にカットしていきます。焦らず、爪と皮膚を分ける意識を持つのがポイントです。 牡蠣殻のような爪 牡蠣殻のような爪とは、爪が層をなして重なり合っている状態を指します。 状態を確認する(層状に重なった爪)爪の状態をよく観察し、どのように切るかイメージします。 層と層の間に爪切りを入れる爪の先端から、層(レイヤー)の隙間に爪切りの刃先をそっと差し込みます。このとき、層を削ぐように切り進めるのがポイントです。パチンと切ると、層がふっと浮き上がり、爪の一部がはがれるように取れます。 浮いた層を剥がすように除去する層が浮いたら、雲母(うんも)を剥がすように優しく取り除きます。写真のように、爪の層と層の間に刃を入れて順番に処置していくと、重なった爪が自然にポロッと取れていきます。 陥入爪の処置「フェノール法」 私が病院で行う陥入爪の手術、「フェノール法」についてもご説明します。 まず、処置を行う指に局所麻酔を施し、知覚を遮断します。そして、血流を一時的に止めるため指をゴムで駆血し、皮膚に巻き込んでいる爪を根元まで切除。その後、切除した部分の爪母をフェノールという薬で焼灼し、爪の再生を防ぎます。最後にエタノールで中和、洗浄したら、手術は終了です。 フェノール法で治療を行うと、「の」の字に近い重度の巻き爪でも、爪が食い込まないようになります。 次回は、爪白癬の検査や治療の重要性、実際の症例について解説します。>>後編はこちら足のミカタ 2~在宅における爪白癬の治療とケア~【セミナーレポート後編】>>小山先生の過去セミナーレポート記事はこちら【足のミカタ~重症化を防ぐフットケア~】シリーズ記事一覧 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア 【参考】〇厚生労働省老人保健健康増進等事業.みずほ情報総研株式会社:一人暮らし高齢者・高齢者世帯の生活課題とその支援方策にかんする調査研究事業報告書(平成24年3月)〇日本フットケア・足病医学会(編):重症化予防のための足病診療ガイドライン,2022.〇東 禹彦(著):爪 基礎から臨床まで 改訂第2版,金原出版,2016.

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