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肝不全の緩和ケアがよく分かる 病態・症状対応・意思決定支援
肝不全の緩和ケアがよく分かる 病態・症状対応・意思決定支援
特集
2026年6月30日
2026年6月30日

肝不全の緩和ケアがよく分かる 病態・症状対応・意思決定支援

非がん疾患の患者さんに質の高い緩和ケアを届けるために、訪問看護師が知っておきたい知識・視点を整理します。今回のテーマは「肝不全」。黄疸や肝性脳症など肝不全特有の症状とその観察項目・対応方法、在宅での意思決定支援における訪問看護師の役割について、梶原診療所の谷田貝 昂先生に分かりやすく解説していただきます。 肝不全とは~病態と終末期のとらえ方~ 肝不全とは、種々の肝疾患により高度の肝機能低下が起こり、黄疸・皮膚掻痒症、肝性脳症、腹水、出血傾向など多彩な臨床症状が生じる状態です1)。肝不全の代表的な原因疾患は肝硬変であり、その背景にはウイルス性肝炎(B型肝炎・C型肝炎)、アルコール性肝障害、非アルコール性脂肪性肝疾患などがあります。 肝硬変は、長期にわたり無症状で経過する代償期を経て、非代償期に移行すると腹水や肝性脳症、食道静脈瘤出血、肝癌などの合併症を呈し、QOLが急激に低下します。 肝硬変の予後を予測する上では「Child-Pugh(チャイルド・ピュー)スコア」と「MELDスコア」が代表的な指標です。Child-Pughスコアは代償期、非代償期の予後予測に優れ(表1、2)、MELDスコアは非代償期の予後予測の精度が高いとされています2)(表3)。特に、MELDスコアが30を超えると3ヵ月以内の死亡率は50%に達するという報告もあり3)、緩和ケアの導入が求められる時期に入ります。 表1  Child-Pugh スコア 判定基準1点2点3点アルブミン(g/dL)3.5超2.8以上3.5以下2.8未満ビリルビン(mg/dL)2.0未満2.0以上3.0以下3.0超腹水なし軽度 コントロール可能中等度以上 コントロール困難肝性脳症(度)なし1~23~4プロトロンビン時間(秒、延長)(%)4未満(70超)4以下6以上(40以上70以下)6超(40未満) 5~6点:Child-Pugh 分類A、7~9点:Child-Pugh 分類B、10~15点:Child-Pugh 分類C文献4)より引用 表2 Child-Pugh スコアと⽣存率 12ヵ⽉24ヵ⽉Child-Pugh 分類 A95%90%Child-Pugh 分類 B80%70%Child-Pugh 分類 C45%38%⽂献5) を参考に作成 表3  MELDスコアと3ヵ月後の患者死亡率 MELD スコア3ヵ月後の患者死亡率<91.9%10~196.0%20~2919.6%30~3952.6%40<71.3%文献6)を参考に作成 MELDスコアはインターネットなどで計算可能。▼MDCalc :MELD(UNOS/OPTN).https://www.mdcalc.com/calc/2693/meld-score-original-pre-2016-model-end-stage-liver-disease QOLを脅かす主要症状とケア・治療の基本 肝不全の患者は、苦痛につながる複数の症状を同時に抱えることが多く、QOLを著しく損ないます。肝不全特有の症状とケア・治療については以下のとおりです。 黄疸・皮膚掻痒症 肝不全による黄疸の症状に皮膚掻痒症があり、皮疹を認めないにもかかわらず、全身性にかゆみが生じます。強いかゆみは日常生活の活動性や睡眠を妨げることがあるため、ケアとして保湿や冷却などを適切に行うことが大切です。抗ヒスタミン薬は皮膚掻痒症に適応がある薬剤ですが、慢性肝疾患患者の症状改善には不十分であったという報告もあり、大規模な臨床試験は報告されていません3)。既存治療が奏功しない皮膚掻痒症に対してはナルフラフィンの投与が検討されます3)。 肝性脳症 アンモニアに代表される中毒物質の代謝・排除障害により発生する精神神経症状です。精神状態の変化や羽ばたき振戦、意識障害などの症状を認めます。便秘や脱水、タンパク質の過剰摂取、感染、消化管出血、鎮静剤の過剰投与などが誘因となるため、排便コントロールや食事・水分の管理などが大切です。家族が最初に異常に気がつくこともあり、訴えに耳を傾けることも重要です。薬物治療は、肝不全用成分栄養剤、合成二糖類(ラクツロース)、難吸収性抗菌薬(リファキシミン)、カルニチン製剤(レボカルニチン)などの投与を行います。 腹水・浮腫 低アルブミン血症や門脈圧亢進などの機序により、腹部膨満感、食欲低下、呼吸困難感などが見られ、会話や歩行といった日常動作にも支障をきたします。これらの自覚症状や体重・腹囲を指標として、塩分制限と利尿薬の調整を行うことが治療の基本です。難治例には、定期的な腹水穿刺・排液が行われることもあります。また、腹水がある患者が発熱した際には、腹腔内の細菌感染である特発性細菌性腹膜炎の可能性も考慮し、抗菌薬による治療を行います。 消化管出血 食道胃静脈瘤や門脈圧亢進症性胃症、消化性潰瘍を有する患者では、出血すると急変する可能性があります。黒色便で発見されることもあるため、便の色や血圧低下、頻脈などを日々チェックします。数ヵ月以上の予後が見込まれる場合には、緊急内視鏡治療によって延命できる可能性があるため、緊急時の体制を整えておくことが重要です。 疼痛 肝不全の患者では、肝がんの合併による疼痛や、腹水による圧迫感が生じることがあります。鎮痛薬はアセトアミノフェンが第一選択です7)。NSAIDsは腎障害や血液凝固障害により消化管出血の原因となる可能性があるため、投与は慎重になるべきです。また、オピオイド系鎮痛薬のほとんどは肝臓で代謝を受けるため、肝不全の患者に対しては投与量や投与間隔を調整して使用する必要があります7)。 訪問看護でできる観察項目と対応の例 訪問看護師は患者の変化を観察し、多職種や家族と連携して病状の悪化を防ぐ上で重要な役割を担います。以下に主要な観察項目と対応の例を示します。 (1)黄疸、皮膚の状態と掻痒感の訴え 【観察項目】皮膚や眼球の黄染、乾燥、引っかき傷、夜間の不眠の訴えなど。【対応】保湿剤や軟膏の使用状況を確認します。引っかいてしまう場合には、爪を切ったり、衣服を工夫したりする(ウールや化学繊維を避ける)とよいでしょう。改善しない場合にはナルフラフィンなどの薬剤調整について医師と相談します。 (2)意識状態と認知機能の変化(肝性脳症の兆候) 【観察項目】会話の受け答えが遅い、言動のつじつまが合わない、昼夜逆転、羽ばたき振戦(手を伸ばして開いた状態で震える)など。【対応】家族に「普段と違う受け答えがないか」尋ねることが早期発見に役立ちます。食事は低タンパク食(0.5~0.7g/kg/日)を検討します。排便回数を確認(軟便で1日2回以上が目安)し、便秘がある場合は医師に報告してラクツロース製剤を中心とした便秘症治療薬の薬剤調整を提案します8)。 (3)腹部の膨満感(腹水貯留)や浮腫の程度 【観察項目】体重・腹囲の増加、下腿~足背のむくみ、歩行が不安定など。【対応】塩分制限(5~7g/日以下)、飲水制限を行います3)。また、体重や腹囲などを参考に医師に利尿薬の調整を相談します。腹水による症状が強い場合には、腹水穿刺も考慮されます。必要に応じて、苦しくないように体位の調整(ファーラー位やセミファーラー位など)を家族に提案することも有用です。下肢の浮腫に対しては弾性ストッキングの装着や足浴、リンパマッサージなどを行います。 (4) 排便・排尿の状況の確認 【観察項目】便の色・性状・回数、排尿回数・尿量。【対応】1日1~2回以上の排便が保てているかを確認し、便秘があれば早めに調整します。黒色便を認める場合には、消化管出血を考えて迅速に医師に報告してください。腹水貯留時には排尿回数と尿量に注意します。 上記の観察項目については、患者・家族にも繰り返し伝え、自己管理を促すことも訪問看護師の重要な役割です。また、精神的・心理的な不安感が強い患者には、傾聴を行い、安心感を提供します。さらに、家族の不安や介護負担にも目を向け、家族の「つらさ」に共感を示す声かけを意識しつつ、介護保険サービスの利用状況を確認し、ケアマネジャーとの連携も欠かせません。 在宅での意思決定支援 肝不全となり多彩な症状を認めるようになると、増悪・寛解を繰り返しながら慢性・進行性の経過をたどります。経過中に肝性脳症を認めて意思疎通が困難となることや、消化管出血などにより急変する可能性もあり、予測困難な経過をたどることが少なくありません。そのため、早期からアドバンス・ケア・プランニング(ACP)を開始し、患者本人の意思を尊重した療養方針を明確にすることが重要です。 ACPでは、「どこで過ごしたいか」「どのような医療を望むか」「延命治療は希望するか」などを話し合い、多職種で共有することで、本人の価値観・人生観を尊重したケア・介護体制を構築します。 訪問看護師は日々の関わりの中で患者の本音を聞き取り、医師や家族に伝える橋渡し役となります。最期の時間を穏やかに過ごせるよう、ACPの継続的な見直しも含めて支援していきます。 * * * 肝不全の緩和ケアでは、黄疸・皮膚掻痒症、肝性脳症、腹水、出血傾向など、特有の症状が多く現れるため、それぞれの対応をあらかじめ考えて、家族と情報共有することが重要です。特に肝性脳症による意識障害や、消化管出血による急変に備えて、早期からのACPによる意思決定支援が欠かせません。 在宅療養の場では、訪問看護師が生活支援、多職種との連携、心理的サポート、症状緩和、意思決定支援までを担うことになり、その役割は非常に大きくなります。肝不全の患者が「自分らしく生きる」ことを支えるためには、訪問看護師の専門的かつ継続的な関与が必要不可欠です。 本文で使用した略語一覧(本文登場順)QOL:quality of life(生活の質)MELD:mayo end stage liver disease(末期肝疾患重症度モデル)NSAIDs:non-steroidal anti-inflammatory drugs(非ステロイド性抗炎症薬)ACP:advance care planning(アドバンス・ケア・プランニング) 執筆:谷田貝 昂東京ふれあい医療生協 梶原診療所 医師/医療法人社団 雄昂会 やたがいクリニック 副院長 獨協医科大学卒業後、順天堂大学医学部附属順天堂医院 消化器内科に入局。その後、東京ふれあい医療生協 梶原診療所にて訪問診療に従事。現在は、やたがいクリニック副院長として外来診療・内視鏡診療を行う一方、梶原診療所での訪問診療、ならびに東京都認知症疾患医療センター オレンジほっとクリニックにおいて外来診療を担当している。   編集:株式会社照林社 【引用文献】1)池田健次:ウイルス性肝硬変に対する抗ウイルス療法.日消誌 2010;107:8-13.2)松尾 裕一郎,坂井 正弘:肝不全・腎不全.medicina 2018;55(11):1806-1810.3)日本消化器病学会:肝硬変診療ガイドライン2020(改訂第3版).南江堂,東京,2020.4)肝炎情報センター:肝硬変の程度の分類.https://www.kanen.jihs.go.jp/sick/kinds/kankouhen.html2026/1/23閲覧5)D'Amico G,Garcia-Tsao G,Pagliaro L:Natural history and prognostic indicators of survival in cirrhosis:a systematic review of 118 studies.J Hepatol 2006;44(1):217-231.6)Wiesner R,Edwards E,Freeman R,et al:Model for end-stage liver disease (MELD) and allocation of donor livers.Gastroenterology 2003;124(1):91-96.7)内藤隆文:肝障害を合併する患者の薬物療法マネジメント 疼痛×肝障害.薬局 2020;71(13):3673-3677. 8)吉崎秀夫:肝不全. 日本エンドオブライフケア学会監修,平原佐斗司, 荻野美恵子編:エンドオブライフケア ,南山堂,東京,2022:282-287.

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
特集
2026年6月26日
2026年6月26日

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】第3回vol02

訪問看護の現場では、疾患・障害などがある中でも懸命に前向きに生きる利用者さんがたくさんいます。「みんなの訪問看護アワード2025」に投稿されたエピソードから、利用者さんの前向きな姿勢に力を分けてもらえるエピソードをご紹介します。 「長い人生の締めくくり」 耳が聞こえないMさんが、戦時中や人生の思い出を語ってくれたことで、忘れられない経験をしたエピソード。 Mさんは耳が聞こえません。戦争中に爆弾の衝撃を受けた影響だそうです。怒ってはいないのに笑顔もなく、淡々とされています。畑で倒れているところを緊急搬送され入院。超高齢、圧迫骨折、脱水や食欲不振と診断され訪問看護が介入となりました。退院後も食欲不振が続きましたが、点滴などの治療の希望はなく、静かに時が流れていく中で“何かケアができないのか?これで良いのか?”と、いつも感じていたある日の訪問。筆談中に突然、昔のことを淀みなく話し始めました。戦時中に別れた友人たちのこと、戦後の命は自分だけの命ではなく友人たちのものでもあると思っていること、病院に行かなかった理由、ご家族への思いなど。ひとしきり話した後、「ばあさん、アルマイトの弁当に白飯詰めて(棺に)入れてくれや。先に逝くから」と笑顔。90歳を超える妻は、驚きもせず、台所から弁当箱を持ってきて「これですね」と見せています。私には想像すらできない人生を歩んできたご夫婦の姿に、私にできることは、ただただ相手の声に耳を傾け、話を聴き、共感することだけだったと気づかされました。Mさんは、こうして自分の思いを全部吐きだし、白飯と梅干し弁当を持って旅立ちました。長い人生の締めくくりに立ち会った忘れられない経験でした。 2025年1月投稿 「その人らしい生き方」 心不全の治療を拒否し、「好きなことをして家で死にたい」と希望された利用者さんのエピソード。 基幹病院から「状態が安定しないが、退院を希望されている方の訪問看護をお願いしたい」と、連絡がありました。心不全の治療拒否をされているということで、どんな方なのか退院前カンファレンスを開いてもらい、ご本人とお話をさせてもらいました。この方の訴えとしては、「自分は死ぬなら家がいい。すきな酒、タバコ、好きなことをして家で死にたい」と、話されていました。“家に帰りたい“という意思の強さから、退院することになりました。退院日にご自宅に帰られると、医師より禁止されていたタバコ、お酒、お菓子を食べて幸せそうに、ご自身の想いを話し、意気揚々と過ごしておられました。用意された介護ベッドではなく、長年過ごしてきた家のソファーでお酒を片手に幸せそうに横になる姿を見て、スタッフみんなで「この方の願いを叶えてあげたい」と話をしました。この方が選んだ人生なのだから、その選択に寄り添いたいと思い訪問し、ご家族が不安にならないようにお話をたくさんしました。退院から2週間後、ソファーで両手を挙げ“万歳”と、人生を全うしたように満足げな表情で逝去されました。ご家族も「本人が望むように過ごせたことに悔いはない」と、お話しされていました。医療者として、看護を提供し生活の改善や向上をしていくという使命があります。ただ、それが医療者側の押し付けになってしまってはいけないということを改めて実感し、訪問看護でしかできない看護だと思いました。 2025年1月投稿 「ふたつの別れ」 重篤な心疾患のY子さんとあたたかい心の絆を結んだエピソード。 7年前の話だ。Y子さんは、重篤な心疾患で在宅酸素をして呼吸苦と向き合いながらも笑顔で前向きに暮らしていた。担当看護師の私はほとんど毎日訪問して、ケアをしながらたくさんの話をした。Y子さんは私を親しげに「ヤナイ!」と呼んでいた。「桜が見たいなぁ」とおっしゃった時、私は「見に行きましょうよ」と言った。Y子さんは「こんな酸素もしてるのにどうやって行くのよ」とすねたように言ったので「私がおんぶします」と言うと「ヤナイが連れてってくれるの?本当に?」と半信半疑に聞いてきた。「大丈夫、私は力があるんです」と答えると、Y子さんは「ふふふ」と子どものように笑った。Y子さんとはたくさんの楽しい時間を過ごした。想い出もたくさんある。そんな中、私が他の訪問看護ステーションへ異動が決まった。私は「もっと力になりたかったです」と声を上げて泣いた。利用者さんの前で泣いたのは初めてだった。Y子さんも涙をこらえて私を抱きしめてくれた。私たちは今生の別れになることを知っていた。もともと絵の上手だったY子さんはたくさんの絵を遺してくれた。それは、私がY子さんをおぶっている絵。二人は桜の下にいた。薔薇園にも宇宙空間にもいた。それから約1年後、Y子さんは亡くなった。2度目の、そして最後の別れだった。あの時のY子さんの年齢を私は追い越した。スマホに残る、私におぶさったY子さんの写真を見るたび「ヤナイ!」という声が聞こえる。 2025年1月投稿 「ただ、あなたがいてくれる。それだけでいい…」 認知症で自転車整備会社の経営者だった男性を、「この人がいてくれるだけでいい」と愛しそうに見つめる奥さんの深い愛を感じるエピソード。 ラクナ梗塞、認知症を既往にもつ、70代後半の男性利用者さん。訪問看護が介入当初は高次脳機能障害と認知機能の低下により、奥さんが介護するも昼夜問わず転倒を繰り返している状態でした。ご本人は自転車整備会社の経営者をしていましたが、病気や災害などを機に閉業し跡地に自宅を建てました。奥さんは、「この人は自転車が大好きで、いつまでもこの場所でこの人と暮らしていたい」と、切実な訴えと覚悟がありました。訪問看護では環境整備や排泄、入浴、食事の介助方法を奥さんと一緒に練習しました。利用者さんは転倒もなくなり、自分の気持ちを話せるようになるなど改善が見られました。本当に奥さんは頑張られました。現在、病状は進行し、歩くことも話すことも難しくなってきました。「この人は話すこともない、座っているだけかもしれない。だけどこの人がいてくれるだけでいいんだ」と、奥さんの愛しそうに本人を見つめる姿に深い愛を感じます。この風景、この空間がずっと続いてほしい。そう想って私は今日も訪問します。私にとっても「あなたが元気でいてくれる、ただそれだけでいい」そう想いながら…。 2025年1月投稿 「はいチーズ!」 80代の利用者さんとの、感謝と笑顔と家族の絆に関するエピソード。 年に1度、特別な日。お客様のお誕生日に、看護師の私ができること。この仕事をしていると、80代、90代、はたまた0歳から1歳を迎え、その1年を奇跡だと言いようのない喜びに溢れる人たちがいる。私は毎年できる限り、お客様とご家族の写真を撮り、現像しバースデーカードとしてお渡しすることにしている。はじめはカードにイラストを描いてプレゼントしていたので、お誕生日が近くなるとお客様の趣味や好きなものをお伺いしていた。「自分には得意なものも取り柄もないんだ」と、笑いながら言うAさんに「じゃあ、好きなものはありませんか」と尋ねると、Aさんはうーんと悩み、ぽそりと「奥さんだよ。本当に、自慢の奥さんなんだ」と話してくれた。私はなんだかすごく嬉しくなってしまって、奥さんを呼び「せっかくだから、お2人で一緒に写真を撮りませんか」と提案した。最初は「いやだ、そんなのいいわよ~」と奥様。するとAさんは「1年に1回なんだから。」と、奥様の手を取り、2人とも照れながらもカメラに笑顔を向けてくれた。写真を現像してお誕生日にお渡しすると奥様は、「こんな笑顔久しぶりに見ました。病気になってから写真なんて撮らなかったから…」と、カードを抱きしめ「素敵な思い出になるわ」と言ってくださった。私が作る1枚のバースデーカードが、大切な思い出として残せるなら。在宅に携わるからこそ、小さなことだけどできること。「いきますよ、はいチーズ!」 2025年1月投稿 利用者さんの前向きな姿勢や人生の歩みは、関わる訪問看護師だけでなく読者にまで元気や力を与えてくれます。あらためて、訪問看護師と利用者さんの関係は共鳴するのだと考えさせられます。 編集: NsPace編集部

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
特集
2026年6月26日
2026年6月26日

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】第3回vol01

訪問看護の現場では、疾患・障害があっても、自分らしく前向きに生きる利用者さんがたくさんいます。今回は「みんなの訪問看護アワード2025」に寄せられた投稿の中から、利用者さんの生き方や言葉に元気をもらえるエピソードをご紹介します。 「泣き笑いのお別れ」 コロナ禍をきっかけに在宅で最期まで過ごすことを選んだ70代女性。娘さんたちに見守られながら、笑いと涙が入り混じる穏やかなお別れを迎えたエピソードです。 私が訪問看護に携わり始めたころに訪問していた患者さんは、70代の女性で、消化器系のがんを患っておられました。医師より予後6ヶ月との説明を受け、ご本人・ご家族も理解されていました。数年前にご主人を肺がんで亡くされ、次女さんとの二人暮らしでした。長女さんは東京、三女さんは大阪にお住まいでした。当初、患者さんは「できるところまで通院し、最期は病院で迎える」と決めておられました。しかしコロナ禍で、県外に住む娘さんたちと思うような面会ができないため、「在宅で最期まで」と決められました。意識が朦朧となり、いよいよお別れまで数日となったある日、娘さんより電話がかかってきました。「母の息が止まっています。すぐ来てもらえますか?」駆け付けると、次女さん、三女さんが落ち着いた様子で出迎えてくれました。往診医にも連絡したとのことでした。「あのね、母はもうご飯食べられないでしょ。だからこのお部屋で『お母さんこれ美味しいのよ』なんて妹とおしゃべりしながら食べていて、ふと母の方を見たら息をしていなかったの」「不謹慎よね。でもこんなに、楽に、スーッと眠るように天に召されるのなら、在宅で最期まで過ごすのもいいなって」と。次女さん、三女さんと一緒にエンゼルケアをし、娘さんたちがお母さんにお化粧をしてくれました。安らかなお顔を見ながら、笑顔と涙が入り混じった、お別れをされました。 2025年1月投稿 「わしの自慢のビニールハウス」 80代末期がんのAさんが、「わしが立てたんや!12個あるんや!」と誇らしげに語ったビニールハウス。大切な思い出を写真に残したエピソードです。 「もう二度と病院には行きたくない!」初回訪問時にそう話されたのは、80代で末期がんのAさんでした。特別地域に住み、地域外の医師に訪問診療をなんとかお願いし、引き受けていただけました。山や田畑に囲まれた自宅。庭にはたくさんの鯉。多くを語らないAさんでしたが、蘭やアスパラをたくさん育てていた話はとても誇らしげに話してくれました。寝ていることが多かったですが「どこでもいいから外へ行きたい」という想いを聞き、ご家族と一緒に、行き先未定の散歩が始まりました。Aさんの指さす方へ進み、辿り着いた先は蘭やアスパラを育てたハウスでした。「これはわしが立てたんや!12個あるんや!」と教えてくれました。私が、この様子をなんとしてでも写真に残したいとAさんに伝えると、見せてくれた笑顔は忘れません。その1週間後、その笑顔は遺影として飾られました。どんな地域でも利用者さんの心に寄り添える訪問看護師でありたいと思います。 2025年1月投稿 「これからも頑張ってね」 新卒で訪問看護ステーションに就職し、利用者さんとご家族に育ててもらいながら、「これからも頑張ってね」と励まされたエピソード。 私は新卒で訪問看護ステーションに就職しました。先輩スタッフだけでなく、利用者さんやご家族に育ててもらっていると実感したエピソードです。Hさんは脳挫傷により寝たきりの方でした。気管切開をしており、ケアでは吸引を実施していました。私は、Hさんへの初めての吸引にとても緊張していました。そしてHさんも、不安そうな表情を浮かべていたのを覚えています。ご家族からは、「うちに来て、いろいろ学んで成長してほしいからね。頑張ってね。」とお言葉をいただき、嬉しく思うと同時に、HさんとHさんご家族のために自分自身も成長しないといけないなと気持ちが引き締まりました。Hさんは話すことはできませんが、何度も訪問しているうちに視線や表情でHさんの思いが少しずつわかるようになってきました。私がくみ取った思いが合っているときは、Hさんの表情が柔らかくなり、リラックスした様子を見せてくれることが増えました。その後、私はステーションを異動することになり、これまでのお礼を伝えると、ご家族から「うちにも、あなたと年の同じ看護師の卵がいるから、見守っていたのよ。これからも頑張ってね」と言われ、その言葉を忘れずに今も頑張っています。 2025年1月投稿 「お家マジックに助けてもらって。」 入院中はすべてのケアを拒否していたYさんが、自宅で過ごす中で少しずつ訪問看護を受け入れてくれた「お家マジック」のエピソード。 入院中は、治療・看護・リハビリなどのすべてを拒否していたYさん。退院にあたり、主治医から訪問リハビリ(言語聴覚士:ST)と訪問看護の介入の指示が出ました。しかし、ご家族もケアマネジャーも「ご本人の拒否により1、2回の訪問で終了になるだろう」と考えていました。先に訪問をした訪問リハビリでは、バイタルサイン測定も拒否されたと聞いて、戦々恐々としながら訪問看護初日を迎えました。バイタルサインは問題なく測定できましたが、枕元で奥様から情報を得ていると、Yさんが「うーーっ」と不機嫌な声を出されて表情も険しい状態でした。難聴があり、近くで話している声が雑音に聞こえるのではないかと考え、別室で奥様とお話するようにしました。また、体温計や血圧計を見せると、こちらの意図をわかってくださりスムーズにバイタルサイン測定ができるようになりました。すぐに、訪問中止になるだろうという予想を裏切り、現在、訪問開始から3カ月目に入りました。清拭、陰部清拭、足浴まで受け入れられています。爪切りもYさんから希望されています。受け入れ状態を見ながら、少しずつ介入の範囲を広げたことが良かったのではないかと考えています。それ以上に大きかったのは、住み慣れたご自宅でYさんのペースを保ちながら過ごせたことだったのかもしれません。その安心感が、訪問看護を受け入れる心境につながったように感じています。これからもお家マジックに助けてもらいながら、Yさんの希望に沿って介入範囲を広げていきたいと思います。 2025年1月投稿 「キラキラのにんじんしりしり」 コロナ罹患後に間質性肺炎が悪化した60代のJさんが、目をキラキラさせながら自慢のにんじんしりしりのレシピを教えてくれた心温まるエピソード。 コロナ罹患後、間質性肺炎が悪化した60代のJさん。退院にあたり訪問看護の利用を開始しました。入院前のJさんは家事全般を完璧にこなし、ご自宅には可愛らしいJさんのこだわりがたくさん詰まっていました。退院後は旦那さんが家事担当に。レンジの使い方から家事を始めた旦那さんが戸惑う様子を眺めながら、Jさんはもどかしさを感じていました。「料理と掃除をしたい」とリハビリも懸命に頑張りますが、2度の呼吸器感染の影響で食事をするのもやっとの呼吸状態です。担当看護師が毎日お弁当を作っているのを知り、「お弁当のおかずにするなら、にんじんしりしりよ。でも私のはちょっと違うの。にんじんに火が通ったら明太子を入れて、仕上げに醤油をチョンって入れるの。チョンってところがポイント!」と呼吸を整えながら、目をキラキラさせ、まるで目の前で調理しているかのように話します。後日、私がレシピ通りに作ったことを報告すると、Jさんはとっても嬉しそうな表情を見せてくれました。ご自宅でご家族に見守られながら旅立った今も、にんじんしりしりは我が家のお弁当の片隅にあります。そのたびに、目をキラキラさせながらレシピを教えてくれたJさんを思い出します。 2025年1月投稿 利用者さんの前向きな姿勢や生き方に、励まされた経験のある訪問看護師も多いのではないでしょうか。今回ご紹介したエピソードからも、訪問看護はケアを提供するだけでなく、利用者さんやご家族から多くのことを学び、支えられる関係であることが伝わってきます。 編集: NsPace編集部

そのほかのエピソード
そのほかのエピソード
特集
2026年6月19日
2026年6月19日

そのほかのエピソード【つたえたい訪問看護の話】第2回vol13

訪問看護の現場では、さまざまなエピソードやドラマが生まれます。「みんなの訪問看護アワード2024」に投稿されたエピソードから、印象深いエピソードをご紹介します。 「学び続けることが看護の充実へつながった事例」 レビー小体型認知症の80代女性とご家族への看護を通して、学びを深め充実した看護を提供できたエピソード。 レビー小体型認知症の80代の女性へ訪問看護に入らせていただきました。ご主人と二人暮らしで、娘さまは近くに住んでおられました。夕方になると何度も娘さまに電話が入り「鍵がかかっているのに人が入ってくる」など理解しがたい訴えが繰り返され困っているとのことでした。契約の際に、「お母さまの症状で人の気配を感じておられますか」などレビー小体型認知症の症状を伺っていると、急に涙を流され「やっと光が見えました」「何をどうして良いのかわからなかったのです」と話してくださいました。夜間に緊急訪問が何度かありました。すぐに駆けつけ幻視や錯視への対応を繰り返すことで安心されたのか、幻視の内容はかわいい子どもへと変化していきました。レビー小体型認知症に対する学びを深めたいと思っていたことが、ご本人やご家族の安心に繋がったと考えます。また私自身は、看護を通してご本人やご家族に安心を提供できたことがとても充実した経験でした。 2024年1月投稿 「女子会」 「生きている意味がない」と話していたALSのAさんが、ケアマネさんの提案で女子会を開き、笑顔を取り戻したエピソード。 新卒で訪問看護師になり、3年目の時に出会ったALSのAさん。病状が進行し、ベッド生活となり、「生きているのがつらい。生きている意味がない」と話すことが増えていった。Aさんの気持ちをどのように受けとめれば良いのか悩んでいた時に、ケアマネさんが「女子会をしよう!」と提案してくれた。早速、女子会の準備に取りかかった。楽しい女子会にはごちそうが必要なので、旦那さんとの思い出話に出てきていた“デートで行ったレストランのステーキ弁当”を選んだ。女子会当日は、ケアマネさん、ヘルパーさん、リハビリの先生など、いろんな方が集まってくれた。Aさんも女子の顔をして、女子会定番の芸能人のゴシップネタなどを話して、Aさんも含めて集まった女子みんなが楽しく、あっという間に女子会はお開きになった。その時に話していた安住アナが元旦に結婚した。“空に旅立ったAさんに報告しないと”と思いながら、訪問中に空を見上げたお正月だった。 2024年1月投稿 訪問看護の現場では、日々さまざまなドラマが生まれています。一つひとつのエピソードが、訪問看護の魅力や意義を伝えてくれます。 編集: NsPace編集部

後悔・葛藤エピソード【つたえたい訪問看護の話】
後悔・葛藤エピソード【つたえたい訪問看護の話】
特集
2026年6月19日
2026年6月19日

後悔・葛藤エピソード【つたえたい訪問看護の話】第2回vol12

訪問看護の仕事は、時に自分の力不足を痛感したり、利用者さんやご家族にとって何が最善なのか悩んだりすることがあります。答えの出ない問いを抱えながら支援に向き合う場面も少なくありません。「みんなの訪問看護アワード2024」から、そうした後悔や葛藤を感じたエピソードをご紹介します。 「幸せとは」 87歳のTさんに「今まで生きてきた中で1番幸せだったことは?」と尋ねた時、思いもよらない答えに人生観を考えさせられたエピソード。 「『幸せとは、体験するものではなく、あとから思い出して気づくものだ』ですって!深いですねー」87歳のTさんの訪問時には、毎回その日の名言カレンダーを読み上げ、それについて話し合っていました。「Tさんが今まで生きてきた中で1番幸せだと思ったことは何ですか?」と私。すると、少しの沈黙の後に「何もない」とTさん。「そうなんですね。でも長い人生ですから、何か心に残っていることがありそうな気もします。」と私。すると、また「…何もない」とTさん。近くで会話を聞いていた息子さんにも何だか申し訳ない気持ちになっていたその時でした。「だって、ずっと幸せだから」とぽそりとTさんが言われたのです。一瞬、時が止まったような衝撃を受け、泣きそうになっている自分がいました。寝たきりになってもなお、愛する息子2人がいつもそばにいてくれて、大好きな餡子を毎日食べさせてもらえること。それこそがTさんにとって、過去ではなく現在進行形の幸せなんだと教えられたのでした。『幸せとは…』私もいつか人生を振り返った時、「ずっと幸せだった」とTさんのように思えたらいいなと感じています。 2023年12月投稿 「訪問看護をやってみたい」 医療行為に長年のブランクがあった看護師が、パーキンソン病で入院していた母を思いながら訪問看護の道に進んだエピソード。 私には、医療行為に対して何十年ものブランクがあった。それでも、訪問看護をやってみたいという思いがあった。当然ながら不安はあり、教育用DVDを購入したり、県ナースセンターへ出向き、採血の練習をしたりしていた。そのころ、母は療養型病院に入院していた。現在勤務している訪問看護ステーションはその病院と同じ敷地内にあり、私は仕事をしながら病棟へ洗濯物を受け取りに通い続けていた。母は、長年パーキンソン病に苦しんでいた。特養に入居して1年ほど経ったころ、67歳で脳出血を発症。その後は寝たきりとなり、発語も難しく、経管栄養で生活するようになった経緯があった。そのような母の姿を見守りながら、切なさや悔しさが込み上げ、涙することがよくあった。平成29年6月、母は病院で息を引き取った。10年に及んだ母との療養の日々も、その時ひとつの区切りを迎えた。そして偶然にも、その月の末に新たな看護小規模多機能型居宅介護(看多機)がオープンし、ステーションは移転することになり、私自身も新たなスタートを切ることになった。いまも訪問看護で利用者さんやご家族と関わるたびに、母を思い出す。さまざまな在宅生活のあり方を学び続けている。 2023年12月投稿 「私が訪問看護を目指したきっかけ」 子宮がんで余命2週間の知人Aさんから、「家に帰るように言ってくれて、ありがとう」と言われたことが、訪問看護の道に進むきっかけとなったエピソード。 知人Aさんは、子宮がんの進行に伴いイレウスを併発し、緊急入院し、医師から余命2週間と告知され、現実を受容できない状態でした。入院したことを知り、コロナ禍のため電話でのやり取りをする中で、家に帰りたい思いが伝わってきました。退院後の生活を具体的にイメージできず、不安から在宅療養に踏み切ることができない状態でした。私は、Aさんが望む最期の過ごし方を考えることが先ではないかとお伝えしました。在宅での生活に必要な支援や方法については、その後に考えていけばよいのではないかと話しました。結果、Aさんは医師やご家族と話し合いを重ね、在宅での緩和ケアを開始できることになりました。当初は余命を告げられたことに怒りを見せる場面もありましたが、時間の経過とともに、少しずつ現実を受け入れていかれました。最後には、念願だった自身のやりたいことを実現することができ、知人、友人、家族にお別れの言葉も言えました。看取りが近いある日、「あの時、家に帰るように言ってくれて、ありがとう。ホンマにあんたの言う通りにして、良かった。病院にいたら、後悔するところやった。」と言ってくれました。それから数日後、Aさんは逝去しました。私は、この出来事をきっかけに訪問看護の道に進むことができました。 2023年12月投稿 「はじめての看取り」 がんの利用者様のご家族が未告知を選択し、最期まで笑顔のような表情で旅立った姿から、その選択の意味を考えさせられたエピソード。 担当していたがんの利用者様に転移がわかりました。ご本人はとても明るく、2人の娘様が交代で介護されており、訪問中は冗談を言いながら、とても楽しかったことを今でも覚えています。日に日に食べられるものや量も減り、痛みも増す中、麻薬持続注射を開始。ご家族は不安がいっぱいで表情がこわばっていましたが、そんな中でもご本人とは冗談を言い合いながら空気が濁ることはありませんでした。医師から「余命3ヶ月」と説明を受けた娘様たちは、「お母さんの明るいところを奪いたくない」「最後まで落ち込んでほしくない」と考え、未告知を選択されました。訪問看護師になって、はじめてのお看取りとなり、未告知という選択はどうなのだろうかと、自分の中で葛藤がありましたが、最期の訪問で私は確信しました。扉を開けた瞬間のご家族の表情は忘れられません。今にも泣き崩れそうな表情で。それでもご家族と一緒にお身体をきれいにしながら、私たちの会話は自然と楽しかった思い出ばかりになりました。最期の表情は笑顔のようで、ご家族にとって納得できる選択だったのだと感じました。あれから4年が経ちました。あの経験を通して、利用者様やご家族それぞれの選択を尊重できる訪問看護師になろうと、今でも奮闘中です。 2023年11月投稿 日々のケアで“どうしたらよかったか”と悩み、迷うことは、多いのではないでしょうか。大切なのは利用者さんやご家族の思いに耳を傾け、その人にとって何が最善なのかを考え続けること。そして、その答えを探しながら誠心誠意向き合うことなのかもしれません。 編集: NsPace編集部

後悔・葛藤エピソード【つたえたい訪問看護の話】
後悔・葛藤エピソード【つたえたい訪問看護の話】
特集
2026年6月12日
2026年6月12日

後悔・葛藤エピソード【つたえたい訪問看護の話】第2回vol11

訪問看護の仕事は、時に自分の力不足により迷惑をかけてしまうことや、適切な支援ができないこともあります。また何が正しいのか、どういう支援をするのが良いのか答えが出ず葛藤する場面に遭遇することもあるでしょう。「みんなの訪問看護アワード2024」から、そうした後悔や葛藤を感じたエピソードをご紹介します。 「訪問看護の『道』」 北海道の厳しい雪道を走りながら、訪問看護を「道」と捉え、いつか利用者さんから黒帯を授けてもらえる日を信じて走り続けるエピソード。 寒さも厳しく、雪が降る。ゆえに、舗道も道路も進むのが大変だ。訪問看護のように看護師が移動して各家庭での看護を展開することは苦労が多い。車や衣服に積まれた雪を払い除けたとしても、吹雪くこともある。道路は凍りツルツルで、自動車事故は多発するし、歩いていても滑って転ぶこともある。事故が起きなくても渋滞が起こり、予定通りの訪問ができないことがある。それでも訪問しなければならない。それが私たちの仕事だからだ。過酷である。看護とは「道」のようなものだと思ったことがあった。柔道や剣道、空手道、華道、茶道のような「道」。「看護道」と名づけたくなるような感覚のことがあった。実際、私は学生時代に空手部に所属していた。しかし、その35年余りの看護道の人生ではいつも私は初心者のような実力と自信のなさに悩み、いつまで経っても有段者になれず、黒帯に憧れ続けている。きっといつか、利用者さんが私に黒帯を授けてくださることを信じて、今日も厳しい雪道である看護道を走り続けるのである。 2024年1月投稿 「信頼関係で届いた思い」 双極性感情障害を抱えるAさんの困難な時に、5年間の信頼関係が生んだエピソード。 双極性感情障害を抱えるAさんは、時々躁状態になって入院することがあります。ある日、不眠で多弁な様子がありました。行動化はないものの躁状態になりつつあると感じ、すぐに主治医に報告して薬が増えました。薬が効いてくるまで時間がかかりますが、入院せずに様子を見ていました。そんな中での訪問時、「昔の事業のことで別れた妻が申請すれば20万円受け取れるから受け取らせてあげたい。90万円かかるけれど探偵を雇って妻の居場所を突き止めたい。親戚が売った土地のお金を分けてもらえれば支払える」と話がありました。元妻も親戚も関わりを拒否しているため、とても現実的ではありませんでした。躁状態の時に現実的なことを言っても、説得は難しいので悩みました。思わず出た言葉が「私は別れた妻のことよりも、あなたの幸せを願っている」でした。数十秒の間があったと思います。「…探すのやめよう」と言ってくれました。現実的に無理であることは理解していなかったと思いますが、私の気持ちを受け止めてくれたのだと思います。5年間築いた信頼関係がもたらした結果だと、実感した出来事でした。 2024年1月投稿 「命のコール」 前立腺癌末期のNさんが、夜中に看護師を呼ぶのを遠慮して6時間我慢していたことから、オンコールの大切さを再認識したエピソード。 朝7時10分にオンコールの電話が鳴る。受電するなり「お父さんが夜中の1時から、全然おしっこが出てないのよ。」とNさんの奥さまが話す。奥さまへ今から緊急訪問することをお伝えし、Nさんのご自宅に緊急訪問する。「Nさん、おはようございます」とご挨拶するとNさんより、「朝から看護師さん呼んでしまって申し訳ないです」と申し訳なさそうにお話される。Nさんは前立腺がん末期にて尿管が挿入されている。尿の浮遊物が多く、浮遊物が詰まり尿流出ができていなかった。1時から7時までの6時間、尿意や腹痛が伴っていたが、我慢していたと。しかし、夜中に看護師を呼ぶ事を遠慮していたと話し、「夜中、看護師さんだって寝てるのに起こすのがかわいそうでさ」と、話す。ナースコールや緊急時の電話は、利用者さんにとって遠慮してしまいがち。一方で、私たちは利用者さんの安心・安全・安楽な生活を過ごしていただく支援をすることが訪問看護の使命である。 2024年1月投稿 「能登半島地震を経験して」 能登半島地震を経験し、社内のBCPと災害訓練、リモート支援により職員と利用者の安全を守ることができたエピソード。 緊急警報が鳴り響き「強い揺れに警戒してください」の言葉が不安をあおる。立っていられない強い揺れ。「止まらん!いつまで続くん」ひたすら揺れがおさまるのを待った。社内で災害時に自動送信されるライフメールが届き、自分の安否連絡を送信した。16時12分、看護師のKから電話がきた。「職員と利用者の安否を確認しますか。ライフメールで安否確認するね。まずは自分の安全確保して!東京のメンバーに応援の要請しよう。リモートで繋ごう」すぐに東京の看護師さんがリモートで応援を招集してくれた。自社開発の電子カルテ“ウィルクラウド”は災害時に優先度順に切り替えられる。東京メンバーの支援により優先度AとBの利用者の安否確認を完了。社内にはBCPがあり、普段から災害訓練をしていた。翌日から看護師たちが自主的に出勤してくれた。医療依存度の高い方、高齢者と障害者、山間部の土砂崩れや断水地域の道路状況を確認した。訪問は2名体制で対応し、飲料水の提供や体調確認をして安全を守ることができた。能登の被害はさらに大きいため支援を続けていく。 2024年1月投稿 「みんな違ってみんな良い」 自分の看護に自信がなかった訪問看護師が、保育園での経験を活かして利用者さんと関わる中で、「自分にしかできない看護もある」と思えるようになったエピソード。 利用者さんでCさんという方がおり、娘さんは仕事を辞めて介護をしています。Cさんは訪問看護を開始したころ、「いつ死んでも構わない」とお話ししていましたが、お孫さんができてから「少しでも長生きしてお孫さんの成長を見たい」と話すようになっています。私が訪問すると、お孫さんの成長や関わり方で分からないことがあると相談を受けることが多くなり、手遊び歌をして一緒に遊ぶこともあります。Cさんや娘さんも、お孫さんが楽しそうにしている様子を見て和やかな雰囲気で過ごすことができています。私が来るのを「待っていた」と話してくださることもあり、今までの経験が活かせていると感じることもあります。利用者さん一人ひとり違うように、訪問看護師もみんな違って自分にしかできない看護もあると思えるようになりました。 2023年12月投稿 日々のケアで“どうしたらよかったか”と悩み、迷うことは、多いのではないでしょうか。大切なのは利用者さんやご家族のニーズを捉え、どのように看護を提供していくことがいいのかを考えて、誠心誠意実践していくことなのかもしれません。 編集: NsPace編集部

最期・お看取りエピソード【つたえたい訪問看護の話】
最期・お看取りエピソード【つたえたい訪問看護の話】
特集
2026年6月12日
2026年6月12日

最期・お看取りエピソード【つたえたい訪問看護の話】第2回vol10

人生の最期をどこで、どのように過ごしたいか。その願いは一人ひとり異なります。訪問看護師は、ご本人やご家族の思いに寄り添いながら、その人らしい最期の時間を支えています。今回は、「みんなの訪問看護アワード2024」に寄せられたエピソードの中から、看取りの現場で生まれた心温まる物語をご紹介します。 「最期まで家にいること」 入院を予定していた103歳の利用者さんが、「最期まで家で過ごしたい」という思いを大切にしながら在宅での日々を選択。看取りを終えたご家族が「家で看取れて本当に良かった」と振り返ったエピソードです。 診療所から新規の依頼があった。103歳、末期がん、ご家族が自宅では看取れないため、入院までの3日間だけ訪問看護利用をお願いしたいと。半年前まで一人暮らしをしていたが、食事摂取量減少あり息子さんご夫婦と同居されていた。症状は落ち着いていたため、今までの生活や楽しかった旅行の話などで盛り上がり、笑いながら2人で話をした。ご本人は自宅にいたいようだったが、さまざまな事情を考慮して入院を選択された息子さんに対し、『このまま自宅で』とは言えなかった。入院当日、訪問時にどんな話をしようかと頭を悩ませていた。その時、息子さんから電話があり「本人にどうするか聞いたら家にいたいと言ったので自宅で看取ろうと思います。」それから2ヶ月近く、ご本人・ご家族ともに穏やかな日々を過ごし、ご本人は自宅で亡くなった。息子さんご夫婦から「家で看取れて本当に良かった」と言われたこと、訪問看護との関わりも含め、ご本人とご家族が自宅で過ごす選択を考えるきっかけになったことに嬉しさがこみ上げた。 2023年12月投稿 「私の訪問看護の原点」 「早く幼稚園に戻りたい」と願った70代の幼稚園経営者。最期まで大切な仕事と向き合い続けたその生き方が、一人の看護師の原点となったエピソードです。 看護師1年目の私は、幼稚園を経営する70代の女性、Aさんを受け持った。Aさんはがんを患い、入院していたが、「早く退院して幼稚園に戻りたい」と話していた。当時は現在のような在宅療養を支える制度が十分に整っておらず、介護保険制度も始まる前だった。話を聴くだけの自分の力のなさを感じた。ある日、準夜勤で出勤すると「明日、退院するの。早く帰らないと。若いお母さんたちが待っているから」と話された。当時としては珍しいケースで、病院の計らいによりご本人には退院と説明し、外泊となった。ご家族は『母の生き方を尊重する。どうしても体調が悪くなったら連れてくる』という合意のもとであった。一生涯の仕事を持ち、その仕事を全うしようとする、スーツを着て凛としたAさんに心を打たれた。約1週間後に永眠されたのだが、Aさんの生き方やそれを支えたご家族をみて、やりたいことを最期まで貫けるよう、暮らしを支えられる看護師になりたいと思った。今もAさんを思い出し、訪問看護を実践している。療養者の生き方に伴走できる看護を実践したいと思う。 2023年12月投稿 人生の最期をどこで、どのように迎えるか。その選択を支え、最後まで寄り添う訪問看護の役割の大きさを感じるエピソードでした。一人ひとりの人生の締めくくりに立ち会わせていただけることの尊さを改めて感じます。 編集: NsPace編集部

最期・お看取りエピソード【つたえたい訪問看護の話】
最期・お看取りエピソード【つたえたい訪問看護の話】
特集
2026年6月5日
2026年6月5日

最期・お看取りエピソード【つたえたい訪問看護の話】第2回vol08

人生の最期をどこで、どのように過ごしたいか。その願いは一人ひとり異なります。訪問看護師は、ご本人やご家族の思いに寄り添いながら、その人らしい最期の時間を支えています。今回は、「みんなの訪問看護アワード2024」に寄せられたエピソードの中から、看取りの現場で生まれた心温まる物語をご紹介します。 「焼酎お湯割りとろみ付き」 人生の最期が近づく中で、「大好きな焼酎をもう一度飲みたい」という願いを叶えた福さん。訪問看護だからこそ実現できた、ご本人らしい最期のひとときを描いたエピソードです。 90代の福さん。長らくベッド上で生活をしていましたが、誤嚥性肺炎を繰り返し徐々に食欲も低下してきました。「食べたいものを食べさせてあげたい」というご家族の希望もあり、ご本人に聞いてみると、「焼酎が飲みたい」と弱々しくもはっきりと答えました。ご家族はそれを聞いて微笑みました。「おじいちゃん、焼酎が大好きだったんですよ」と。早速、主治医とも相談のうえ、大好きだった焼酎のお湯割にとろみをつけて福さんのもとへ。眠っている時間が増えてきていた中で、焼酎の匂いを嗅ぐとにっこり笑って「焼酎だ」と答えてくれました。ほとんど食事がとれなくなっていましたが、その焼酎を一口飲んで「おいしい」と笑顔で答えてくれました。それから間もなくして福さんは亡くなりました。私が最期に福さんの笑顔を見たのはこの時です。訪問看護だからこそ叶えられた、ご本人とご家族の願いでした。天国でも、ゆっくりと焼酎を味わってくださいね。 2024年1月投稿 「花嫁の看取り」 「いつかウエディングドレスを着てみたかった」。そんな妻の願いを、最期の時間の中で叶えた夫婦の物語。人生の締めくくりに寄り添う訪問看護の温かさが伝わるエピソードです。 看護の現場には、言葉で表しきれない感銘深い体験が数多くある。大腸がん・肝転移の47歳女性のケース。予後は厳しいと引き継がれ、自宅へ退院された。夫婦には子どもはおらず、親戚とも疎遠だった。妻は病状が急速に悪化し、翌朝に息を引き取った。一晩中苦しむ妻を看続けた夫は「退院は間違いだったのか」と吐露。「家に帰れば延命できるかもしれない、と勝手な期待があった」と苦悩の言葉。2人で夢見て建てた家でずっと仲良く人生を歩んでいきたかったろうに。妻との別れが近づく時間を、夫はどのような思いで過ごしていたのだろう。私たちは妻を見送る夫の心情に涙した。「夫婦になって20年、妻はウエディング姿に憧れていた」と話を聞き「花嫁姿にして差し上げませんか」と提案、夫は涙ぐみながら頷いた。早速、ウエディングドレスの調達に奔走し、ベールをかぶり、ブーケを持ち純白ドレスに身を包んだ妻。その姿を、蝶ネクタイ姿の夫が静かに見つめていた。その後「お墓探しは、生前に妻と新居を探していたころと同じなんです」とお墓購入の近況報告をいただいた。 2024年1月投稿 「大切な人への最後のメッセージ」 素直に伝えられなかった娘への感謝の気持ち。訪問看護師が思いをつなぎ、親子が心を通わせることができた最期の日々を描いたエピソードです。 子宮がん末期、余命あとわずかとなった60代の女性。「まだ死にたくはなかったけど、死を受け入れる覚悟はできている。すべての準備は完璧です」と話されていた。ただ、娘さんとの間にわだかまりがあり、素直になれずにいた。私が訪問すると「あの子には、今まで私の身の回りのことを何から何までやってもらって、本当に感謝しています。」といって涙を流していた。その言葉を娘さんに直接伝えることができず、「あの子には、話さなくても全部分かっていると思います。」ともいっていた。後日、私が娘さんとお会いした時に、そのメッセージを娘さんに伝えたところ、娘さんも涙を流して「母がそんなことを話していたんですか…。」と驚いていた。娘さんからのメールや、会いに来てくれることを、お母様がとても喜んでいたことも伝えた。その一週間後、家族に見守られ、娘さんに手を握られながら、穏やかに旅立たれた。最期の時に、互いに思いが通じ合った親子の姿が印象的だった。 2024年1月投稿 「社長として。旦那として。」 人生の最終段階にあっても、会社を支える社長として、そして愛する妻の夫として生き続けたAさん。最期までその人らしく過ごす姿に触れた訪問看護師のエピソードです。 施設内訪問看護に就職して初めて受け持ったAさん。仕事一筋で、責任感が強く、何事も自分でやり遂げる方でした。一代で会社を興し、ご家族で経営されています。直腸がんが全身に転移し、長年治療を続けてきましたが、全身状態も悪くなり入居となりました。入居時は努力呼吸がみられ、返答も難しい状態。しかし、時折体を起こしてコーラを希望されるなど、起き上がる様子もみられました。入居8日目の夕方「車椅子に乗りたい」「フロアを回りたい」「プリンを食べたい」とはっきりした口調で話されました。笑い話をしたと思ったら「まじめな話をします」と筆談し、「会社が心配だ。妻と話したい」と訴え、自分の携帯で奥様の声を聞いていました。その時初めて、患者さんではなく「社長」としての姿を見た気がしました。次の日の午前、Aさんは亡くなりました。入居から9日でした。最期に社長として、そして夫として過ごす時間を持つことができたAさん。その大切な時間に立ち会わせていただけたことは、私にとっても忘れられない経験となりました。 2024年1月投稿 「やっぱり家にいたい」―あなただから言えた本音 「本当は家で最期まで過ごしたい」。誰にも言えなかった本音を引き出したのは、信頼関係を築いてきた訪問看護師でした。利用者さんの願いに寄り添い続けた看護の力を感じるエピソードです。 常勤の訪問看護師になりたてのAさんは、今日もがん末期のBさんに振り回されていた。「訪問に行ったらいないんです。天気が良いから外出していたそうで、『今から来て』って言うんですよ」「今日は、お弁当を買ってきてほしいって言うんですよ」ほかにもさまざまな出来事があった。デイサービスで介護職員にため口をきかれたって、Bさんが怒っていた時も、Aさんは丁寧に話を聞いていた。Bさんは、お茶を飲みながら、若いころの話や日々の出来事を語ってくださった。ある時、Bさんは胸水が溜まって受診することに。連携を学ぶために受診へ同行すると、Bさんは入院を拒否した。帰宅後、Bさんはぽつりとこう話した。「本当は家で最期までいたい。だって、父親が建ててくれた家だから」Aさんは、親戚との関係調整にも奔走し、Bさんがかわいがっていた甥に遺言を託す機会もつくった。急な状況だったが、日ごろから連携しているクリニックの医師にも協力を依頼した。Aさんは、Bさんの願いを叶え、ご自宅で最期を迎えられるよう支援することができた。その1年後、Bさんの親族から「自分も最期は家で暮らしたい」と希望された。それは、AさんがとことんBさんに向き合った結果だったのかもしれません。今では、その人らしさを大切にできる訪問看護師へと成長しました。Aさんのような訪問看護師に憧れ、この仕事を目指す人が増えてくれたら嬉しいな。 2024年1月投稿 人生の最期に何を大切にしたいかは、人それぞれです。訪問看護は、その人や家族の思いに寄り添いながら、限られた時間の中で「その人らしさ」を支える仕事です。今回ご紹介したエピソードからも、一人ひとりの願いに向き合う訪問看護の価値と、看取りの時間の尊さが伝わってきました。 編集: NsPace編集部

PENUT記事
PENUT記事
コラム
2026年6月2日
2026年6月2日

訪問看護師向け在宅看取り指導者養成プログラム「PENUT-T」特徴&指導者の声/日本訪問看護財団

在宅での看取りを支える訪問看護師の育成には、実践力だけでなく「人を育てる力」が求められています。PENUT連載最終回となる本記事のテーマは、在宅看取りを地域に広げ、次世代を育てる指導者を育成するための実践的プログラム「PENUT-T(ピーナット・ティー)」です。プログラムの特徴や指導者のリアルな声を通して、その魅力と可能性をご紹介します。 訪問看護師向け在宅看取り指導者養成プログラム(PENUT-T)とは PENUTの連載第3弾では、訪問看護師向け在宅看取り指導者養成プログラム(PENUT-T: Program of End-of-life care for home visiting Nurses Training-Trainer)をご紹介します。 PENUT-Tは、在宅看取りを推進するという使命感をもち、所属施設や地域において在宅看取りを実践できる訪問看護師を意欲的に養成できる「指導者」の育成を目的としたプログラムです。2024年度より年1回開催しており、現在は全国で126名の指導者が活動しています(2026年度末時点)。 プログラムは講義と演習で構成され、1日間の集合研修として実施されます(表1)。 PENUT-Tの4つの特徴 1.教育学の専門家による講義 講義「グループワーク研修の実施・評価とファシリテーターの役割・コツ」は、教育学の専門家が担当します。講義では、実践者を対象とした研修で押さえておくべき理論やポイント、ファシリテーターの役割と実践のコツについて学習します。 2.PENUTスーパーバイザーによるファシリテータートレーニング 演習はグループワーク形式で実施され、各グループにはスーパーバイザーが配置されます。スーパーバイザーは、在宅看取りを指導的立場で実践し、社会活動を通じてPENUTの質向上と普及に貢献してきた訪問看護師の方々です。 前列左から:大橋 奈美氏、柴田 三奈子氏、中島 朋子氏、平原 優美、富岡 里江氏、藤田 愛氏後列左から:岩本 大希氏、福田 裕子氏、清野 美砂氏、島田 珠美氏、黒澤 薫子氏、豊田 好美氏 3.修了後は「指導者」としてPENUT演習の開催が可能に PENUT-Tの修了者は、指導者としてPENUTの演習を開催できるようになります。指導者は、開催日時、開催形式(集合/オンライン)、受講料などを自ら設定し、地域や所属施設の在宅看取り実践力向上を目的に研修を企画・実施しています。 4.エビデンスに基づくプログラム PENUT-TはPENUTと同様に、アンケート調査、インタビュー調査、専門家のレビュー、モデル事業を経て開発された、エビデンスに基づく系統的なプログラムです。PENUT-Tの有効性を検証した研究成果は、日本看護科学学会の学術集会1)および学会誌2)にて公表しています。 1)濱谷 雅子, 平原 優美, 小沼 絵理, 沼田 華子, 野口 麻衣子, 菱田 一恵, 岡本 有子, 竹森 志穂, 新幡智子, 山田 享介, 栗田 佳代子, 山本 則子. 訪問看護師向け在宅看取り教育プログラム(指導者)(PENUT-T)の有効性の検討. 第44回日本看護科学学会学術集会(2024年12月)2)濱谷 雅子, 平原 優美, 小沼 絵理, 新幡 智子, 沼田 華子, 野口 麻衣子, 菱田 一恵, 山田 享介, 岡本有子, 竹森 志穂, 栗田 佳代子, 山本 則子. 訪問看護師向け在宅看取り指導者養成プログラム(PENUT-T)の有効性の検討. 日本看護科学会誌. in press. 指導者の声 地域で活躍する指導者の声を紹介します。 小川 綾乃さん(ソフィアメディ訪問看護ステーション成城 管理者、訪問看護認定看護師/2025年度PENUT-T修了)―PENUT-Tを受講し、指導者を取得した理由を教えてください。これまでもELNEC-J(End-of-Life Nursing Education Consortium-Japan)コアカリキュラム指導者として、講義を行ってきましたが、より在宅の場にフィットした内容で学びを届けたいという思いがありました。また、自ステーションが本年度から東京都の教育ステーションに認定されたこともPENUT-T受講のきっかけとなりました。お看取りの経験が少ない地域のステーションに対してPENUTを実施することで、地域全体の在宅看取りケアの底上げに貢献できるのではないかと考え、受講を決めました。―PENUT-Tを実際に受講してみていかがでしたか。鍋田先生の「グループワーク研修の実施・評価とファシリテーターの役割・コツ」は、本当に素晴らしく、思わず引き込まれる講義でした。私はこれまで、研修では本題を話すことが最も重要だと考えており、研修の目標はついさらっと流してしまいがちでした。しかし、まずは目標をしっかり共有することが、受講者の学びを大きく左右するのだと気づかされました。さらに、「受講者としっかり目線を合わせる」など、講義を進めるうえでの受講者との接し方や心構えも学ぶことができました。受講後すぐに講師を務める機会があったのですが、学んだことを早速実践しています。―グループワーク(演習)はいかがでしたか。グループメンバーは初対面の方ばかりだったので、最初はお互いをきちんと評価し合うことが難しく、「コミュニケーションが上手ですね」「笑顔が素敵ですね」といった、当たり障りのないフィードバックに終始していました。そんなとき、スーパーバイザーから「そういうのはいらない。大事なことはきちんと伝えなければ駄目だ」とズバッと指摘していただき、受講者の学びのために指導者としてどうあるべきか、その心構えを教えていただきました。また、スーパーバイザーは、常に広い視野で状況を捉えていて、いただくアドバイスはどれも有意義でした。大人数の前で手を挙げて質問するのは躊躇してしまう場面もありますが、各グループにスーパーバイザーがついてくださったことで、気軽に質問や相談ができ、理解が深まり、腑に落ちる学びが得られました。ここで身につけたファシリテーションスキルは、面談などさまざまな場面で生きています。―PENUTの開催についてはどのようにお考えですか。自社では、新卒や卒後3年以内の若いスタッフが増えています。お看取りの経験がなく、終末期の身体の変化を知らないスタッフも少なくありません。そのようなスタッフには、PENUTで知識を身につけてもらうことで、利用者や家族に安心していただけるサポートにつながると考えています。まずは自社スタッフを対象にPENUTを実施し、その後は地域でもぜひ開催してみたいです。一方で、演習開催の前に、講義受講料が必要となる点が1つのネックだと考えています。例えば、会社全体から受講希望者を募り、受講料を会社負担で実施できないかなど、いくつかの方法を検討してはいるのですが、まだ実施には至っていないのが現状です。―PENUT-Tの受講を検討している方へメッセージをお願いします。コミュニケーションの取り方やファシリテーションの方法など、自分自身の学びにつながり、実践でいかせる内容が多くあります。受講に迷っている方は、ぜひ受講していただけたらと思います。また、一緒に学んだ仲間との横のつながりができるのもPENUT-Tの魅力です。地域でPENUTを開催する際にも、一人で抱え込まず、仲間と協力しながら取り組むことができます。仲間づくりという点でも、とてもおすすめの研修です。 土屋 清美さん(つむぐ訪問看護ステーション 管理者、訪問看護認定看護師/2023年度 PENUT-T修了)―PENUT-Tを受講し、指導者を取得した理由を教えてください。これまでELNEC-Jコアカリキュラム指導者として地域で活動してきました。ELNEC-Jは病院向けの内容も多いのですが、在宅看取りに特化したプログラムが新たにできたと聞き、自分自身の知識を深めたいと思ったことが受講理由のひとつです。自ステーションのケアの質をより高めたいという思いもありました。さらに、訪問看護認定看護師として「地域に向けて何かできることはないか」と考えていたこともあり、指導者の取得を決めました。―自ステーションのケアの質の向上という点で、PENUTをどのようにいかされていますか。PENUTでは、訪問看護計画の立案とコミュニケーションの演習を行います。経験の浅い訪問看護師が作成する訪問看護計画書は、どうしても看護師側の視点に寄ってしまう傾向があります。そのため、「利用者の目線に立つとどのような計画になるだろうか」と一緒に考える時間を大切にしています。また、利用者や家族への声掛けに躊躇してしまうスタッフもいるため、実際の場面を振り返りながら、コミュニケーションの取り方について一緒に考える機会をつくっています。スタッフにはPENUTの受講を積極的に勧めています。私もスタッフも、PENUTの教材をボロボロになるまで読み込み、日々の実践にいかしています。―地域に向けてはいかがでしょうか。自ステーションが所属する練馬区訪問看護ステーション連絡会の石神井ブロックには、研修会チームがあり、不定期で勉強会を行っています。まずは自ステーションのケアの質を高めていくことを大切にしながら、いずれはPENUT開催の企画を提案できたらと考えています。一方で、開催に至るまでのハードルの高さや日々の忙しさなどには課題も感じています。先日、あすか山訪問看護ステーションがPENUTを開催されたと伺いました。そのような事例も参考にしながら、地域での学びの場づくりにつなげていきたいと思っています。―PENUTやPENUT-Tの受講を検討している方へメッセージをお願いします。PENUTは、在宅という実践の場をしっかりと見据えてつくられたプログラムなので、困ったときに該当ページを開くと、何かしらのヒントが得られると思います。演習では、訪問看護計画書の作成方法やコミュニケーションについてグループで話し合うことで、自分の傾向に気づき、多くの学びを得られる点も魅力です。さらにPENUT-Tを受講して、学んだ知識をスタッフ教育にいかせるようになったと実感しています。 連載のおわりに ここまで3回にわたり、PENUTについてご紹介してきました。開発に携わった多くの訪問看護師、講師、研究者の思いが形となり、PENUTを受講してくださった訪問看護師の皆さんが、今日も全国で素晴らしいケアを実践されていることは、私たちにとって何にも代えがたい喜びです。 一方で、PENUTをより多くの地域や多様な現場へ届けていくためには、例えば、指導者による演習開催の推進、受講者のフォローアップ体制の強化など、まだまだ取り組むべき課題が残されています。さらに、プログラムを時代の変化や現場のニーズに合わせてブラッシュアップし続けていくことも必要です。 これからも、現場の皆さんとともに歩みながら、より実践に根ざした学びの場を育てていきたいと考えています。 PENUT受講案内1. 講義お申込受付中受講形式:オンデマンド配信受講時間:約11時間(テスト含む)受講可能期間:60日間(この間は繰り返し受講可能)プログラム・対象等詳細: https://www.jvnf.or.jp/penutkensyu/2. 演習【日本訪問看護財団主催】(1)会場開催開催日時:2026年11月14日(土)9:30~16:05申込期間:2026年8月1日(土)~10月28日(水)プログラム・対象等詳細:https://jvnf.manaable.com/login/cd87bf81-a546-4684-be21-d46b52f07f9f/detail(2)Web開催開催日時:2027年1月30日(土)9:20~16:05申込期間:2026年10月1日(木)~2027年1月13日(水)プログラム・対象等詳細:https://jvnf.manaable.com/login/230e3b63-f73b-4f42-9799-e2e9e012e5fa/detail【他団体(PENUT-T修了者)主催】他団体主催の演習は、トップページのお知らせに掲載しておりますhttps://www.jvnf.or.jp/penut/PENUT-T受講案内受講形式:集合研修(東京会場)開催日時:2027年2月20日(土)申込期間:2026年11月1日(日)~2027年2月3日(水)プログラム・対象等詳細は、日本訪問看護財団公式ホームページにて後日公表いたします 研修情報・詳細はこちらさらに詳しい情報や研修開催情報については、PENUT専用ウェブサイトをご覧ください。https://www.jvnf.or.jp/penut/ 執筆:濱谷 雅子(はまたに まさこ)/公益財団法人 日本訪問看護財団 事業部博士(看護学)。早稲田大学スポーツ科学部を卒業後、修士課程から看護学の道へ。2020年度より現職。日本訪問看護財団が5年間にわたり実施した「訪問看護師向け在宅看取り教育プログラムの開発」事業では、主研究者として開発に携わる。訪問看護師の優れた実践をインタビュー調査などを通じて理論化し、その成果を広く社会へ発信する研究活動を行っている。

表彰式イベントレポート
表彰式イベントレポート
特集
2026年6月2日
2026年6月2日

第4回 みんなの訪問看護アワード表彰式イベントレポート【3月8日開催】

2026年3月8日(日)、東京駅近くのイベントホール「My Shokudo Hall & Kitchen」(東京都千代田区)にて、「第4回 みんなの訪問看護アワード」の表彰式を開催しました。 本アワードでは、応募されたエピソードを所属や氏名をすべて伏せた匿名形式を採用。厳正な審査を経て、計25のエピソードが受賞作品として選出されました。 当日は、受賞者の皆さまに加え、特別審査員の先生方や協賛企業の皆さまにもご参加いただき、表彰のほか特別トークセッションや懇親会を実施。胸を打つエピソードや学びの多いトークが続き、会場は終始、共感とあたたかな拍手に包まれました。当日の様子や参加者の皆さまの声を、写真とともにご紹介します。 受賞者の皆さまへのトロフィー・記念品授与 まずは受賞者の皆さまへの表彰が行われました。受賞者お一人おひとりが登壇し、トロフィーと記念品を受け取るとともに、投稿のきっかけや受賞の喜びなどを語りました。 受賞者お一人おひとりを表彰 贈呈されたトロフィー  全受賞エピソード つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!大賞・審査員特別賞・ホープ賞・協賛企業賞【2026】 つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!入賞【2026】 受賞者の皆さまのコメントをピックアップしてご紹介します。 鈴木 開哉さん入賞ウィル訪問看護ステーションよこはま北山田(神奈川県)「訪問看護でしていることは外からは見えにくく、その価値が十分に評価されにくい面もあると感じています。だからこそ、自分たちのケアの意味や訪問看護の魅力を改めて発信したいと思い、応募しました。このような賞をいただき、大変嬉しく思っています」 坂口 葵さん入賞カンナ訪問看護ステーション(千葉県)「大変なこともありますが、訪問看護は毎日がとても楽しく、気づくと仕事のことばかり考えてしまうほど夢中になっています。これからは若手の方にもその楽しさを伝え、訪問看護の輪を広げていきたいです」 大賞に輝いたのは、OUR訪問看護ステーション(宮崎県)の中田 富久さんが投稿したエピソード「わたしらしさを、ともにつくる」です。血友病とHIVを抱え、幼少期から病院中心の生活だった利用者さんが、訪問看護を通して「自分らしい人生」を広げていくエピソードを投稿してくださいました。 大賞を受賞した中田さんのコメントを一部ご紹介します。 「私たちのステーションで初めて担当した利用者さんで、思い入れがあったことから、この事例を選びました。彼は社会とのつながりが薄く、当初はどのようにコミュニケーションをとればよいのか、私自身も試行錯誤しました。しかし、一つひとつのケアの必要性や意味、本当の願いを叶えるためのプロセスを根気よくお伝えする中で、少しずつ心が通うようになったと感じています。今も彼との関わりは続いています。この受賞を励みに、今後も一人ひとりの利用者さんと向き合っていきたいです」 中田さんのエピソードについて、特別審査員の高砂 裕子さんは次のように語りました。 「人生の『最期』に寄り添うエピソードも心に残りましたが、本エピソードは人生の『再スタート』に火を灯した点が印象的で、大賞とさせていただきました。全国訪問看護事業協会では、HIV感染者の方の在宅支援にも取り組んでいます。高齢化などで通院が難しくなった方が訪問看護を利用されるケースも増えており、このエピソードにあるように、どんな背景の方であっても、その方らしい暮らしを支える訪問看護の役割の大きさを改めて実感しました」 受賞エピソードをテーマにしたトークセッション 表彰後は、特別審査員の長嶺 由衣子さんと受賞者3名による特別トークセッションが行われました。3名のエピソードは、日本のグローバル化や超高齢化、施設内訪問看護など、多様な現場を映し出す内容で、訪問看護の本質や今後の展開を考える貴重な機会となりました。 エピソードの背景やその時の思いも語られ、会場も聞き入るトークセッションに 海外の方への訪問看護を経験した小川 祥子さんは、利用者さんとご家族が抱える不安や孤独に寄り添い、多職種と連携しながら信仰や言語の違いに配慮しながら看護に当たった様子を紹介。看護だけでなく「日本で安心して暮らせる居場所づくり」を重視したと語った点が印象的でした。施設内訪問看護で、8歳のお子さんを持つお母様のホスピスケアに携わった高橋 さゆりさんは、ご家族とともにお母様を支えつつ、施設全体でお子さんの成長も見守り、ご家族それぞれが自分らしく過ごせるよう支援したプロセスを語りました。お母様が旅立たれてからも、たくましく成長するお子さんの様子も語られ、会場はあたたかい拍手で包まれました。 寝たきりのご主人を認知症の奥様が支えるエピソードを投稿した米原 拓也さんは、「課題を解決するだけが看護のゴールではない」と実感したと語りました。多職種や地域と連携しながら利用者さんやご家族の「生きる力」を支えたプロセスを紹介し、訪問看護の本質や多様な支援のあり方を伝えました。 参加者の皆さまからは度々拍手があがり、また、受賞者の一人である八箇 多恵さんからは、富山市の取り組みも紹介されました。富山市では認知症等により見守りが必要な方へQRコード付きの見守りシールを配付する取り組みを実施しているとのこと。 訪問看護の多様な現場や想い、ご家族に寄り添う姿、多職種・地域での支援の重要性などが共有され、参加者にとって学びの多いトークセッションとなりました。 お祝いの声があふれ、笑顔に包まれた懇親会 式典終了後に懇親会を開催。大賞のエピソードは漫画化特典がありますが、懇親会の冒頭では、看護師で漫画家の広田 奈都美さんからもコメントをいただきました。 「訪問看護は、利用者さんの生きる力を支え、本当の願いを叶えるために、その方に合った関わり方や支援を考え、形にしていく仕事です。今日のエピソードでは、そのプロセスが具体的に語られましたよね。皆さんの経験は、全国のステーションの方々に多様なアプローチの仕方や考え方があることを知ってもらうきっかけになるはずです。今日の受賞式だけでなく、ぜひ日々の交流の中でもこうしたエピソードを語り合い、訪問看護の可能性をさらに広げてほしいと思います」 懇親会では、受賞者や特別審査員、協賛企業の皆さまが、このイベントの意義や訪問看護の今後の役割について語り合う様子が見られました。1日の訪問件数の調整やスタッフ間の教育・連携の工夫などを話題にするテーブルも。あちこちで熱心な意見交換が行われ、いつまでもお話が途切れない様子が印象的でした。 審査員の先生方のコメント 最後に、「みんなの訪問看護アワード」や表彰式について、特別審査員の先生や参加者の皆さまにうかがった感想をご紹介します。 高砂 裕子さん(一般社団法人全国訪問看護事業協会 副会長)こうして受賞者の皆さまが集まれたことを、大変嬉しく思います。訪問看護は「正解のない仕事」だからこそ、悩みや葛藤も多いと思います。でも、だからこそ利用者さんやご家族の人生に寄り添う、忘れがたい瞬間も生まれるのだと改めて感じました。訪問看護では、多職種との連携も含め、「みんなで考えること」がとても大切です。ぜひこれからも、ステーション内外問わず、多くの方とご自身の体験を語り合っていただけたらと思います。 高橋 洋子さん(公益財団法人日本訪問看護財団 事業部部長)受賞者には若手の方も多く、40〜50代が中心といわれる訪問看護師の世界に新しい風が育っていることを嬉しく、頼もしく感じました。利用者さんの最期に寄り添うだけでなく、生きる力や希望を支える看護の大切さも改めて実感しました。看護師は病気だけを見る仕事と思われがちですが、こうしたアワードを通して、より多くの方に訪問看護師の多様な関わり方を知ってもらえたらと期待しています。 山本 則子さん(東京大学大学院医学系研究科 教授)数々のエピソードを拝読し、訪問看護は本当にクリエイティブな仕事だと改めて感じました。「本当の願い」という言葉が何度か出てきましたが、利用者さんの本当の願いに応えるためにあらゆる工夫を尽くすところが、この仕事の素晴らしいところだと思います。一方で、独居の方や老老介護の方が増えるなど、社会の変化に合わせて、医療保険や介護保険といった制度自体も変わっていくことが求められているのではないかと感じました。 長嶺 由衣子さん(東京科学大学 公衆衛生学分野 非常勤講師)受賞者の方々のエピソードから感じたのは、利用者さんやご家族を中心に置きながら、自分たちがどう変わるかを常に考えているという共通の価値観です。この柔軟性こそ、訪問看護の本質ではないでしょうか。また、受賞に至らなかった方も、エピソードを書いて送った行為自体を大切にしてほしいです。何が大事だったかを振り返り、自分の看護を客観視する時間を持つことは、必ず今後の成長につながると思います。 「第4回 みんなの訪問看護アワード」表彰式にご参加いただいた皆さまの集合写真 表彰式にご参加いただいた皆さま、本当にありがとうございました。大賞エピソードの漫画も公開していますので、ぜひご覧ください。 取材・執筆:高橋 佳代子編集:NsPace編集部

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