コミュニケーションに関する記事

認知症の緩和ケアがよく分かる スピリチュアルペイン、BPSD、末期の苦痛への対応
認知症の緩和ケアがよく分かる スピリチュアルペイン、BPSD、末期の苦痛への対応
特集
2026年7月14日
2026年7月14日

認知症の緩和ケアがよく分かる スピリチュアルペイン、BPSD、末期の苦痛への対応

非がん疾患の患者さんに質の高い緩和ケアを届けるための知識・視点を整理。訪問時のケアの実践につながるヒントをお届けします。今回のテーマは認知症です。東京ふれあい医療生活協同組合 オレンジほっとクリニック 東京都地域連携型認知症疾患医療センター長の平原佐斗司先生に、認知症の緩和ケアにおける課題の中から、スピリチュアルペインへの対応、BPSDのとらえ方、末期認知症の苦痛への支援などを中心に、その考え方や実践のあり方について解説いただきます。 認知症の緩和ケアにおける課題 認知症の緩和ケアアプローチとは、「単に身体的苦痛をとる治療やケアにとどまらず、認知症の行動・心理症状(BPSD)、合併する疾患、および健康問題に対する適切な治療を含む、認知症のすべての治療とケアを意味する」1)と定義されています。ここでいう緩和ケアアプローチとは、緩和ケアに特化していない環境で、日常のケアの中に、緩和ケアの手法や手順を統合するための方法を指します。つまり、在宅で認知症ケアに関わるあらゆる専門職が身に着けておくべき考え方や手法であるといえるでしょう。 わが国における認知症に対する緩和ケアの課題は、以下に示すとおり多岐にわたります。 摂食嚥下障害など食にまつわる課題 末期の肺炎の苦痛に対する緩和ケア 終末期の褥瘡 疼痛など重度から末期の身体的苦痛への対応 合併症・併存症の急性期の痛みや呼吸苦などの苦痛 BPSDとして表出される身体的心理的苦悩への対応 心不全、骨折などの併存疾患のマネジメントと全身管理 うつ、不安、不眠、孤独などの精神的な苦痛への対応 認知症の人がもつスピリチュアルペイン(実存的苦痛)への対応 独居、経済的困窮、セルフネグレクトなど社会的な苦痛への対応 身体拘束を含む医療行為に伴う苦痛への対応や治療負担(treatable burden)への配慮 認知症の人の苦痛の評価法の確立 認知症の告知に伴う苦痛への配慮 本人本位のACP(アドバンスケアプランニング)推進 認知症の人の家族ケア 遺族の悲嘆ケア 経済社会的状況によるケアの格差 など さらに、認知症の緩和ケアのニーズは、2016年から2060年の間に世界で4倍近く、先進国でも3倍以上に増加し、特に日本などの東アジア地域で急増する2)といわれています。このため、ニーズの急増に対応していくことも今後の緩和ケアにおける最大の課題と考えられています。 スピリチュアルペインへの対応 認知症の人の言葉や行動の裏には、その人の心の痛みや苦悩があると理解されるようになり、認知症の人のスピリチュアルペインが注目されています。診断後早期のスピリチュアルペインを和らげることは、緩和ケアの観点からも重要です。 認知症の人は、認知機能の低下による日常生活の失敗から、自尊感情や自己効力感の低下、アイデンティティ(自分が自分らしくあること)の喪失を経験しており、「自己の存在の意味の消滅から生じる苦痛(スピリチュアルペイン)」を感じているのです。 認知症の人のスピリチュアルペインへのアプローチはまだ確立されたものはありませんが、生活障害に対するタイミングのよい支援、その人の視点に立った理解と共感に満ちたコミュニケーション、peer support(同じ立場の方々との交流)などが大切になります。 BPSDを緩和ケアの視点でとらえる BPSDは「本人が現実の世界に適応しようと、もがき苦しんでいる徴候ととらえるべき」と考えられるようになってきています。また、BPSDを認めた認知症の人の3分の2に疼痛が認められ、そのうちのほぼ半数が中等度から重度の疼痛を経験しており、BPSDは認知症の人の病態の変化や苦痛を表すサインであることも少なくありません。 つまり、BPSDの出現や増悪には病態の変化や苦痛の存在、薬物の影響などが要因となっていることが多いため、まずは病態や苦痛のアセスメントが優先されます。BPSDイコール精神科、抗精神病薬という短絡的な対応は厳に慎むべきです。 ご本人のストレスの原因となっている環境を調整するなど非薬物療法を優先させること、その上で薬物療法が必要な場合も、可能な限り安全性の高い薬剤を優先させるといった工夫が必要です。 急性期入院に伴う緩和ケアの視点 認知症の人は、感染症や骨折などの急性疾患を発症しやすく、しばしば入院治療が必要となります。身体合併症を有した認知症の人が急性期病院に入院した場合、疾患に伴う苦痛に加えて、検査や治療に伴う多様な苦痛を経験します。 認知症を有する人は、入院時に2.3~4.7倍せん妄を起こしやすいとされています3)。そして、せん妄発症者の死亡リスクは1.95倍、施設入所リスクは2.4倍で、入院中にせん妄を発症した人の認知症発症リスクは12.52倍に及ぶといいます4)。 また、一般病院に入院した認知症の人、あるいはその疑いがある人の44.5%が何らかの身体拘束を受けています5)。身体拘束は廃用や転倒などの合併症や併存症を生み、認知症の人のADLやQOLを低下させます。 このような入院の害(入院関連機能障害)を考え、急性期においては、まず不要な入院を避け、可能であれば暮らしの場で治療を継続できるようにすることが必要です。仮に急性期に入院治療を行う場合も、身体拘束最小化に取り組んでいる医療機関、治療よりもケアの質がよい医療機関を選択することが大切になります。 末期認知症の人の苦痛評価 アルツハイマー型認知症(AD)の人の疼痛の感受性に関するメタアナリシスなどから、認知症の人も強い苦痛を感じている6)ことが明らかになっています。つまり、重度認知症の人は、痛みを表現することが困難となっているだけであり、決して苦痛を感じなくなっているわけではありません。しかし実際には、進行した認知症の人の苦痛は、しばしば見過ごされたり、過小評価されているために、適切な治療やケア、あるいは緩和ケアに結びつきにくい現状があります。 苦痛の表現が困難な末期認知症の人の苦痛に気付くためには、苦痛の客観的評価法の活用が必要であり、海外では多くの客観的評価法が開発されています。 わが国で客観的評価法を利用するためには、言語妥当性が検証された日本語版が開発されていること、項目数が数個程度等日常臨床で用いやすいことが条件になります。これらの条件を満たす客観的評価としては以下があります。 【痛みの客観的評価】 日本語版PAINAD アビー痛みスケール日本語版 など 【呼吸困難の客観的評価】 RDOS modRDOS-4(図1) 図1 日本語版 modRDOS-4と観察項目 Wong RX,Shirlynn H,Koh YS,et al.:Exploration and Development of a Simpler Respiratory Distress Observation Scale (modRDOS-4) as a Dyspnea Screening Tool:A Prospective Bedside Study.Palliat Med Rep 2021;2(1):9-14.平原佐斗司,鈴木みずえ,金盛琢也,他:言語妥当性が担保された日本語版 modRDOS-4 の開発~在宅ケアや施設で使用できる呼吸困難の客観的評価尺度~.日在宅医療連会誌 2023;4(4):9-15. さらに、われわれは、在宅や施設、病院などで多職種で用いることができる苦痛評価プロトコールを開発しました(図2)。このようなプロトコールを用いることで、認知症ケアにかかわる全専門職が認知症の人の苦痛に早期に気付くことを狙っています。図2 重度~末期認知症の人の苦痛評価プロトコール(改定案) 末期認知症の緩和ケア:食支援、呼吸困難への対応 末期認知症では、食思不振と嚥下障害、肺炎からくる呼吸困難や咳嗽・喀痰などの呼吸器症状、疼痛、長期臥床に伴う褥瘡などの苦痛の緩和が必要になります。 末期の嚥下障害に対してはComfort feeding only(CFO)の考え方に基づく食支援を行います。CFOは認知症末期の経口摂取の在り方として提唱された考え方と実践法であり、食支援の目的を「栄養補給」とするのではなく、「本人の楽しみ」「Comfort(快適さ)」とする考えに立っています。つまり、食べることの目的は、あくまで「食べることが本人にとって快適かどうか」です。不快でないかぎり食支援を継続しますが、不快であればただちに中止し、ほかの心地よいケア(声かけやタッチセラピー、手浴・足浴、音楽、アロマ、こまめな口腔ケアなど)を行います。 末期認知症の緩和ケアのもう一つの課題は、肺炎による呼吸困難です。末期認知症の人の最大3人に2人が、肺炎を合併して死亡していると考えられています。そして、肺炎を合併して死亡した人は、食べられなくなり自然に亡くなった人に比べ、呼吸困難や不快感などの苦痛がはるかに大きい7)ことが報告されています。 末期の肺炎の苦痛緩和に対して輸液や抗菌薬をいつまで継続すべきかについては、エビデンスが不足しているため、個別の状況に基づき判断せざるを得ません。判断が困難な場合、時間を定めて治療を行い、その治療が患者さんの穏やかさに貢献したか否かを判断する方法(Time limited trial:TLT)を試みます。 また、末期認知症の人の肺炎合併時にみられる呼吸困難に対するオピオイドの有効性を示す、質の高い研究は認められませんが、国内外の指針・ガイドラインではオピオイド投与が推奨されています8)。 本文で使用した略語一覧(本文登場順)略語:フルスペル(日本語)BPSD:behavioral and psychological symptoms of dementia(行動心理症状)ACP:advance care planning(今後の治療・療養について患者・家族と医療従事者があらかじめ話し合う自発的なプロセス)ADL:activities of daily living(日常生活動作)QOL:quality of life(生活の質)AD:alzheimer's disease(アルツハイマー型認知症)PAINAD:pain assessment in advanced dimentia(ペインアド)RDOS:respiratory distress observation scale(呼吸困難の客観的評価)COF:comfort feeding only(認知症末期の経口摂取の在り方として提唱された考え方と実践法。食の支援の目的を栄養補給とするのではなく、本人の楽しみ、Comfort(快適さ)とする考え)TLT:time limited trial(時間を定めて治療を行い、その治療が患者の穏やかさに貢献したか否かを判断する方法) 執筆:平原 佐斗司東京ふれあい医療生活協同組合 研修・研究センターオレンジほっとクリニック 東京都地域連携型認知症疾患医療センター長1987年に島根大学医学部卒。現在、東京ふれあい医療生活協同組合 研修・研究センター長ならびに、同オレンジほっとクリニック 地域連携型認知症疾患医療センター長として在宅医療、認知症診療に従事。専門は、在宅医療、非がん疾患の緩和ケアで、研修・研究センターでは在宅医療専門医・指導医として、多くの在宅専門医の育成を行う。学会活動では、日本在宅医療連合学会 代表理事、日本認知症の人の緩和ケア学会 理事長、日本エンドオブライフケア学会 副理事長を務めている。 編集:株式会社照林社 【引用文献】1)van der Steen JT, Radbruch L, Hertogh CM, et al.:White paper defining optimal palliative care in older people with dementia: a Delphi study and recommendations from the European Association for Palliative Care.Palliat Med 2014;28(3):197-209.2)Sleeman KE,de Brito M,Etkind S,et al.:The escalating global burden of serious health-related suffering: projections to 2060 by world regions, age groups, and health conditions.Lancet Glob Health 2019;7(7):e883-e892.3)Inouye SK,Westendorp RG,Saczynski JS:Delirium in elderly people.Lancet 2014;383(9920):911-922.4)Witlox J,Eurelings LS,de Jonghe JF,et al.:Delirium in elderly patients and the risk of postdischarge mortality,institutionalization,and dementia:a meta-analysis.JAMA 2010;304(4):443-451.5)中西三春:一般急性期病院における認知症ケア.老年看 2018;23(2):44–48.6)Stubbs B,Thompson T,Solmi M,et al.:Is pain sensitivity altered in people with Alzheimer's disease? A systematic review and meta-analysis of experimental pain research.Exp Gerontol 2016;82:30-38.7)van der Steen JT,Mehr DR,Kruse RL,et al.:Predictors of mortality for lower respiratory infections in nursing home residents with dementia were validated transnationally.J Clin Epidemiol 2006;59(9):970-979.8)国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター:在宅における末期認知症の肺炎の診療と緩和ケアの指針.https://www.ncgg.go.jp/hospital/news/documents/01zaitaku.pdf2026/2/18閲覧

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
特集
2026年7月13日
2026年7月13日

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】第3回vol06

訪問看護の現場では、疾患・障害があっても、自分らしく前向きに生きる利用者さんがたくさんいます。今回は「みんなの訪問看護アワード2025」に寄せられた投稿の中から、利用者さんの生き方や言葉に元気をもらえるエピソードをご紹介します。 「精神疾患を抱えた利用者さまの社会復帰を目指して」 うつ病で自宅にこもり、生活環境の維持も難しくなっていた60代のTさんが、根気強い訪問看護の支援を受け、シャワー浴を希望し、ヘルパーと買い物にも出かけられるようになったエピソード。 Tさんは60代の女性です。うつ病のため自宅にこもっておられ、自宅は室内に物が多く、生活環境の維持が難しい状況でした。身内も遠方に住んでおり、経済的な支援以外は受けられない状態でした。夏に圧迫骨折で入院したことをきっかけに、地域での生活を支える目的で、ケアマネジャーを通じて当ステーションへ訪問看護の依頼がありました。訪問開始前のカンファレンスでTさんと面会した際には、入院中も入浴を拒否されており、体臭が強い状態でした。1つの質問に対する返答までに10分以上かかることも多く、担当ケアマネも対応に苦慮していました。まずは伸び切った爪を整え、室内でできるリハビリから支援を始めました。介入当初は保清を拒否し、「リハビリだけをしてくれればいい」と話されていました。そこで、まずはTさんの思いを丁寧に傾聴しました。そのうえで、入浴によって体が楽になったり気分転換につながったりすること、清潔を保つことでヘルパーと一緒に買い物へ行くなど、生活の幅が広がる可能性があることを根気強くお伝えしました。その結果、現在ではご本人からシャワー浴を希望されるようになり、ヘルパーと買い物にも出かけられるまでになりました。今回の経験を通して、病院勤務では得られなかった学びがありました。利用者さまの思いを汲み取り、多職種がそれぞれの役割を果たしながら支援することで、ADLやQOLの向上につながったのではないかと思っています。 2024年12月投稿 「小さな命が教えてくれたこと」 18トリソミーのAちゃんを自宅で見守るご家族。毎晩のように鳴り響くアラーム音への不安の中、訪問看護師は夜中や明け方にも駆けつけ、最期まで寄り添いました。ご家族が「自宅で看取ることができました」と振り返ったエピソードです。 「訪問看護師さんって何をしてくれるのかな」Aちゃんのママはそう思っていたそうです。NICUから訪問依頼があったのは、数年前の梅雨の時期でした。診断名は「18トリソミー」。長期生存は難しく、退院後に急変した場合も侵襲的な治療はおこなわない方針が、主治医から示されていました。退院するとご家族は「家に帰れてよかった」と笑顔でその日を迎えられました。しかし、その後は夜泣きなどで酸素飽和度が低下し、アラームが毎晩のように鳴る日々が続きました。不安になったママから訪問看護へSOSの電話が入り、私たちは夜中や明け方にも駆けつけました。ご家族が少しでも長く一緒に過ごせるよう願いながら、その都度駆けつけ、必要に応じて主治医と連絡をとりました。しかし、つらいことばかりではありません。Aちゃんのお姉ちゃんがそばで声をかけたり遊んだりすると、Aちゃんはかわいらしい笑顔を見せてくれました。その時間は、ご家族にとっても私たちにとっても、ホッとできるひと時でした。それから3か月後、パパから「このまま自宅でみんなで見送ります」との連絡がありました。私たちが駆けつけると、ご両親に抱かれた小さな命は、静かに旅立っていかれました。ご両親は「覚悟はしていたけれど……」と涙されながらも、私たち看護師にお礼を言ってくださいました。「訪問看護師さんって何をしてくれるのかなと思っていましたが、『こんなことで電話してもいいかな』『こんなことで来てくれるかな?』と思って電話しても、すぐに駆けつけてくれて。最期まで寄り添ってもらったので、自宅で看取ることができました」そう言っていただけたことは、今でも忘れられません。 2024年12月投稿 「最後の願い~自宅で死にたい~」 心不全末期で「家で死ぬために、ここまで頑張ってきた」と語った86歳の女性。本人の強い意思と家族の思いに寄り添い、自宅で最期を迎えるという願いを支えたエピソード。 出会ってわずか2日でお別れとなった、86歳の女性。心不全と認知症を患っていた。ある日、心不全の急性増悪が疑われる状態となり、ケアマネジャーから訪問看護の介入依頼があった。訪問すると、死期が迫っていると感じるほど切迫した状態だったので、私の頭には、救急要請の4文字が浮かんだ。救急要請について問いかけると、「家で死ぬために、ここまで頑張ってきたんや」と力強く話された。娘さんにこれまでの経過を伺うと、ご本人は幾度となく「入院はしたくない。家で死にたい」と話していたという。私はご本人の強い意志を受け止め、在宅医への相談を提案し、緊急往診を依頼した。在宅医が到着し、心エコーやレントゲンを実施。病状や治療について説明を受けると、ご本人は「楽にしてください」と希望された。治療をしなければ命に関わることが改めて説明されたが、「かまへん。楽にして」と意思は変わらなかった。入院について迷っていたご家族も、「もう十分頑張った。本人の希望どおりにしてあげたい」と、ご本人の意思を受け入れた。その後、苦痛緩和のための持続鎮静が開始された。一番の願いであった自宅のベッドで、お子さん3人に見守られながら穏やかに旅立たれた。私はこの事例を通して、意思決定支援とは、本人の価値観や願いに寄り添い、本人と家族が納得できる選択を支えることなのだと強く感じた。 2024年12月投稿 「痛みを和らげるのは薬だけじゃない」 胃がん末期で「食べられないなら早く死にたい」と落ち込んでいたYさんが、家族や多職種と花見を楽しみ、「たくさんの人に出会えて幸せです」と語ったエピソード。 胃がん末期のYさん。食べることが好きで、いつも『孤独のグルメ』を観ていた。なんとか食べられるものを口から食べていたが、やがて絶食となり、CVポートから点滴による栄養管理が始まった。主治医から予後は限られていると伝えられた。「食べられないなら早く死にたい」と元気をなくすYさん。ご家族も、元気をなくしたYさんを見て「つらい」と涙を流していた。少しして桜の季節がやってきた。ご家族で毎年恒例の花見をしていたそう。このまま何も食べられず、恒例の花見もできないまま最期を迎えることになったら、後悔しないだろうか。私はそんな思いを医師やYさんとご家族に伝えた。やはりYさんの願いは「食べたい」「花見に行きたい」ということだった。ご家族も同じ思いだった。医師から「固形でないものなら食べてもいいですよ。花見も行けるうちに行っておいで」と背中を押していただき、家族や多職種とお花見へ出かけた。みんなでアイスを食べたあの時のYさんの笑顔は、決して忘れられない。Yさんからは「私はたくさんの人に出会えて幸せです」と言っていただいた。私もYさんからたくさんのことを学んだ。がん終末期の苦痛を和らげるのは薬だけではない。あたたかい人の関わりによって、痛みや苦痛が和らぐこともあるのだと実感した。 2024年11月投稿 「ケアは魔法」 がん終末期で頑なにケアを拒んでいたAさん。最後の訪問で清拭と着替えを受け入れ、「まるで、魔法だな」と涙ぐみながら話してくださったエピソード。 少し前のお話になります。がん終末期の高齢男性の利用者様、Aさん。奥様との2人暮らしでした。心が強く、つらくても人に頼らず頑張ってこられました。訪問看護を受けていても、その姿勢は変わらず、私たちにもなかなか頼ろうとはされませんでした。そんな折、身体が思うように動かなくなり、転居が決まりました。翌日の転居を控え、訪問看護はその日が最後でした。私が「お身体を拭いて、着替えましょうか」とお伝えすると、少し動くのもつらそうなご様子でした。しばらく間を置いた後、「じゃ、お願いしようかな」と小さな声で話されました。それまでケアを受け入れることはほとんどなかったAさんでした。「できるだけ、体への負担が少ないよう、手早く済ませますね」と声をかけ、清拭と着替えを行いました。終わった後、「お疲れ様でした。ご協力いただき、ありがとうございました」とお伝えすると「まるで、魔法だな」とAさんが話されました。その言葉が褒め言葉であることは、すぐに伝わってきました。こんなにも心に残る褒め言葉があるのだと、胸が熱くなりました。涙ぐむAさんと握手をしてお別れしました。翌日、Aさんは予定されていた転居先へ向かわれました。私がAさんと言葉を交わしたのは、あの日が最後となりました。あの言葉は、お別れの際の気遣いだったのかもしれません。それでも、ケアにおいては質が大切であり、常に意識して取り組む必要があるのだと改めて思いました。後日、ごあいさつに来られた娘さんから、「最後の訪問看護の日、父が涙を見せていたのを初めて見ました」とお聞きしました。Aさん、ありがとう。 2024年11月投稿 利用者さんの前向きな姿勢や生き方に、励まされた経験のある訪問看護師も多いのではないでしょうか。今回ご紹介したエピソードからも、訪問看護はケアを提供するだけでなく、利用者さんやご家族から多くのことを学び、支えられる関係であることが伝わってきます。 編集: NsPace編集部

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
特集
2026年7月6日
2026年7月6日

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】第3回vol4

訪問看護の現場では、疾患・障害があっても、自分らしく前向きに生きる利用者さんがたくさんいます。今回は「みんなの訪問看護アワード2025」に寄せられた投稿の中から、利用者さんの生き方や言葉に元気をもらえるエピソードをご紹介します。 「訪問看護を続ける原点 やる気をもらった一枚の色紙」 16年前、東京赴任で不安を抱えていた新米訪問看護師が、利用者のAさんから贈られた一枚の色紙に励まされ、訪問看護を続ける原点となったエピソード。 16年前、私が訪問看護師として初めて赴任したのは東京でした。故郷の山形を離れ、ブランクがある中で久しぶりに現場に出る私は「新しい仕事、久しぶりの現場、新しい土地……やっていけるのか?」と不安でいっぱいでした。そんな中、私が受け持つことになったAさん。現代文の教員であったAさんは、時々思わず出てしまう私の方言に興味を持って「お国言葉はあったかくていいね」と言って和ませてくれる、とてもやさしい方でした。ある日、Aさんから一枚の色紙を差し出され、そこには「為せば成る為さねば成らぬ何事も成らぬは人の為さぬなりけり」と私の地元の偉人の言葉が書いてありました。訪問中の何気ない会話から、私になじみのある言葉を選び、訪問看護師になりたての私にエールを送ってくださったAさん。色紙を見た瞬間、とても温かい気持ちになり、「今できることを頑張ろう!」というやる気が出てきました。Aさんとの出会いがあったからこそ、今も訪問看護を続けられているのかもしれません。あの時いただいた色紙は私の大事な宝物です。 2025年1月投稿 「久しぶりの写真」 初回訪問時の写真撮影をきっかけに、利用者さんの笑顔や「久しぶりに写真を撮る喜び」が広がるエピソード。 なかなか訪問できないスタッフのために、初回訪問時にご本人・ご家族の了承をいただいたうえでお写真を撮らせてもらい、ファイルに綴じるようにしています。お写真を撮ると伝えると、髪型を気にされたり、お化粧を気にされたりする方もいました。初回訪問のため、たまたま在宅だった息子さんと満面の笑みで映る利用者さん。なかには「久しぶりに写真を撮った」と言われるご夫妻。大谷選手の名前を出して「『おおたにー』と言うと自然と笑顔になりますよ」とお声がけし、その笑顔を写真に残す。写真を印刷してお渡しし、また笑顔が見られる。 2025年1月投稿 「息子への想い」 レノックス・ガストー症候群とともに54年を生きた息子を、「大丈夫」と抱きしめ続けたお母さまの愛と、5年間寄り添った訪問看護師の想いを描いたエピソード。 Aさんは、へその緒をたすきのように体に巻き付けて出生。生後7か月ころに熱性けいれんを起こしたことをきっかけに検査を受け、「レノックス・ガストー症候群」と診断を受けた。「けいれんは一生つきまとうよ」と医師から言われた時はショックでしかたなかったけど、「そんなこと言ってられない」とお父さんと二人で世話をしてきた。大きなけいれんのたびに、お母さまは「大丈夫、大丈夫」とAさんを抱きしめた。その後、けいれんが落ち着く光景を何度も見てきた。養護学校にも楽しそうに通った。ここまでのお話は、訪問看護師として5年関わったAさんが病院で亡くなったあと、ご自宅に伺ったときのお母さまの語りである。お母さまと並んでうれしそうな顔をしているAさんの写真と、たくさんの思い出話で一緒に泣いた。「可愛かった」と話すお母さまの姿を前に、我が子に先立たれたお気持ちを思うと、何と声をかければ良いのか分からなかった。高齢になるお母さまのために、Aさんの施設への入所も検討していたこともあり、「Aさんなりに、お母さまを楽にさせてあげたいと思ってくれたのかもしれませんね」とお伝えするのが精いっぱいだった。お父さまの人生の最終段階にも、訪問看護師として伴走した。ひとりになったお母さまのことが心配で、これからも時々連絡していこうと思う。そんなことを考えながら、Aさんの遺影に語りかけた。「54年間、よく頑張りましたね。お疲れ様でした。」 2025年1月投稿 「絶対に駄目よ。」 膵臓がん末期のSさんが「私と代わってほしい」と口にしたあと、「絶対に駄目よ」と続けた言葉に、最期まで自分らしく生き抜く強さを感じたエピソード。 私が訪問看護師となって、最初に受け持ったのが膵臓がん末期のSさんでした。笑顔が素敵で人生経験も豊富なSさんから、点滴の時間や浮腫へのケアの時間に、さまざまなお話を聞かせてもらいました。亡くなる10日前、だんだん動けなくなってきたSさんに、私にお手伝いできること、こんなことをしてほしいなどありませんか?と聞いてみました。Sさんは少し口角を上げて「私と代わってほしいわね」と話されました。私は正直驚きました。何て答えたら良いのだろう、と戸惑いました。少し考えて私は「お体大変なんですよね、変わってほしいですよね。Sさんの感じている大変さは、経験した人にしかわからないですよね」と伝えると、今度は笑わずに「絶対に駄目よ。こういう経験したら。」と凛とした口調でした。最期まで病と闘い、自分らしく生ききろうとしている人生の先輩の言葉だと思いました。「Sさんだから頑張れているんですね」と伝えると「そうなのかしらぁ」といつもの柔らかい笑顔でした。Sさんは、強くて優しくて時々涙も流し、最期まで自分らしく生ききった方でした。こんな風に、人生の最期に出会わせていただき、ともに歩むことができる訪問看護は、戸惑うことも多いですが、ありがたい経験をさせていただける仕事だと思います。 2025年1月投稿 「寄り添って最後まで」 がんのターミナル期、一人暮らしで最期まで在宅を望み続けた利用者さん。時には苛立ちを見せながらも、心の通った関わりを感じたエピソード。 病院勤務から訪問看護勤務にかわり、初めて受け持った利用者さんだった。癌のターミナル期だったが、在宅での療養を希望されていたため、訪問看護が介入し、関わりを持っていった。ほとんど目が見えていない状況もあり、普段は関係性が保てたが、自分の思い通りにならないことや、周囲が思うように応えられないと感じた時には、苛立ち、怒り口調になることがしばしばあった。病院勤務ではそのような関わりを持つ時間がなかったので、対応や言葉かけ一つにも難しさを感じた。ところが、私がしばらく訪問できない時には、他のスタッフから「Bさん(私の名前)は元気かと言っていたよ」と聞き、嬉しい気持ちになった。在宅での療養を望まれていましたが、環境的に難しい状況となりました。しかし、所長に相談すると、さまざまなサービスを活用することで在宅療養を継続できるようになりました。訪問者全員の名前を覚えていて、冗談を交えながら会話を楽しんでいるようだった。1人暮らしで、身の回りのことが難しくなったため入院を勧めたが、在宅で過ごしたいというご本人の思いは最後まで変わらなかった。最終的には入院するに至ったが、本人の意向を尊重しながら関わる中で、その思いを言葉や表情で返してくださることが、訪問看護のやりがいではないかと感じた一事例だった。 2025年1月投稿 利用者さんの前向きな姿勢や生き方に、励まされた経験のある訪問看護師も多いのではないでしょうか。今回ご紹介したエピソードからも、訪問看護はケアを提供するだけでなく、利用者さんやご家族から多くのことを学び、支えられる関係であることが伝わってきます。 編集:NsPace編集部

肝不全の緩和ケアがよく分かる 病態・症状対応・意思決定支援
肝不全の緩和ケアがよく分かる 病態・症状対応・意思決定支援
特集
2026年6月30日
2026年6月30日

肝不全の緩和ケアがよく分かる 病態・症状対応・意思決定支援

非がん疾患の患者さんに質の高い緩和ケアを届けるために、訪問看護師が知っておきたい知識・視点を整理します。今回のテーマは「肝不全」。黄疸や肝性脳症など肝不全特有の症状とその観察項目・対応方法、在宅での意思決定支援における訪問看護師の役割について、梶原診療所の谷田貝 昂先生に分かりやすく解説していただきます。 肝不全とは~病態と終末期のとらえ方~ 肝不全とは、種々の肝疾患により高度の肝機能低下が起こり、黄疸・皮膚掻痒症、肝性脳症、腹水、出血傾向など多彩な臨床症状が生じる状態です1)。肝不全の代表的な原因疾患は肝硬変であり、その背景にはウイルス性肝炎(B型肝炎・C型肝炎)、アルコール性肝障害、非アルコール性脂肪性肝疾患などがあります。 肝硬変は、長期にわたり無症状で経過する代償期を経て、非代償期に移行すると腹水や肝性脳症、食道静脈瘤出血、肝癌などの合併症を呈し、QOLが急激に低下します。 肝硬変の予後を予測する上では「Child-Pugh(チャイルド・ピュー)スコア」と「MELDスコア」が代表的な指標です。Child-Pughスコアは代償期、非代償期の予後予測に優れ(表1、2)、MELDスコアは非代償期の予後予測の精度が高いとされています2)(表3)。特に、MELDスコアが30を超えると3ヵ月以内の死亡率は50%に達するという報告もあり3)、緩和ケアの導入が求められる時期に入ります。 表1  Child-Pugh スコア 判定基準1点2点3点アルブミン(g/dL)3.5超2.8以上3.5以下2.8未満ビリルビン(mg/dL)2.0未満2.0以上3.0以下3.0超腹水なし軽度 コントロール可能中等度以上 コントロール困難肝性脳症(度)なし1~23~4プロトロンビン時間(秒、延長)(%)4未満(70超)4以下6以上(40以上70以下)6超(40未満) 5~6点:Child-Pugh 分類A、7~9点:Child-Pugh 分類B、10~15点:Child-Pugh 分類C文献4)より引用 表2 Child-Pugh スコアと⽣存率 12ヵ⽉24ヵ⽉Child-Pugh 分類 A95%90%Child-Pugh 分類 B80%70%Child-Pugh 分類 C45%38%⽂献5) を参考に作成 表3  MELDスコアと3ヵ月後の患者死亡率 MELD スコア3ヵ月後の患者死亡率<91.9%10~196.0%20~2919.6%30~3952.6%40<71.3%文献6)を参考に作成 MELDスコアはインターネットなどで計算可能。▼MDCalc :MELD(UNOS/OPTN).https://www.mdcalc.com/calc/2693/meld-score-original-pre-2016-model-end-stage-liver-disease QOLを脅かす主要症状とケア・治療の基本 肝不全の患者は、苦痛につながる複数の症状を同時に抱えることが多く、QOLを著しく損ないます。肝不全特有の症状とケア・治療については以下のとおりです。 黄疸・皮膚掻痒症 肝不全による黄疸の症状に皮膚掻痒症があり、皮疹を認めないにもかかわらず、全身性にかゆみが生じます。強いかゆみは日常生活の活動性や睡眠を妨げることがあるため、ケアとして保湿や冷却などを適切に行うことが大切です。抗ヒスタミン薬は皮膚掻痒症に適応がある薬剤ですが、慢性肝疾患患者の症状改善には不十分であったという報告もあり、大規模な臨床試験は報告されていません3)。既存治療が奏功しない皮膚掻痒症に対してはナルフラフィンの投与が検討されます3)。 肝性脳症 アンモニアに代表される中毒物質の代謝・排除障害により発生する精神神経症状です。精神状態の変化や羽ばたき振戦、意識障害などの症状を認めます。便秘や脱水、タンパク質の過剰摂取、感染、消化管出血、鎮静剤の過剰投与などが誘因となるため、排便コントロールや食事・水分の管理などが大切です。家族が最初に異常に気がつくこともあり、訴えに耳を傾けることも重要です。薬物治療は、肝不全用成分栄養剤、合成二糖類(ラクツロース)、難吸収性抗菌薬(リファキシミン)、カルニチン製剤(レボカルニチン)などの投与を行います。 腹水・浮腫 低アルブミン血症や門脈圧亢進などの機序により、腹部膨満感、食欲低下、呼吸困難感などが見られ、会話や歩行といった日常動作にも支障をきたします。これらの自覚症状や体重・腹囲を指標として、塩分制限と利尿薬の調整を行うことが治療の基本です。難治例には、定期的な腹水穿刺・排液が行われることもあります。また、腹水がある患者が発熱した際には、腹腔内の細菌感染である特発性細菌性腹膜炎の可能性も考慮し、抗菌薬による治療を行います。 消化管出血 食道胃静脈瘤や門脈圧亢進症性胃症、消化性潰瘍を有する患者では、出血すると急変する可能性があります。黒色便で発見されることもあるため、便の色や血圧低下、頻脈などを日々チェックします。数ヵ月以上の予後が見込まれる場合には、緊急内視鏡治療によって延命できる可能性があるため、緊急時の体制を整えておくことが重要です。 疼痛 肝不全の患者では、肝がんの合併による疼痛や、腹水による圧迫感が生じることがあります。鎮痛薬はアセトアミノフェンが第一選択です7)。NSAIDsは腎障害や血液凝固障害により消化管出血の原因となる可能性があるため、投与は慎重になるべきです。また、オピオイド系鎮痛薬のほとんどは肝臓で代謝を受けるため、肝不全の患者に対しては投与量や投与間隔を調整して使用する必要があります7)。 訪問看護でできる観察項目と対応の例 訪問看護師は患者の変化を観察し、多職種や家族と連携して病状の悪化を防ぐ上で重要な役割を担います。以下に主要な観察項目と対応の例を示します。 (1)黄疸、皮膚の状態と掻痒感の訴え 【観察項目】皮膚や眼球の黄染、乾燥、引っかき傷、夜間の不眠の訴えなど。【対応】保湿剤や軟膏の使用状況を確認します。引っかいてしまう場合には、爪を切ったり、衣服を工夫したりする(ウールや化学繊維を避ける)とよいでしょう。改善しない場合にはナルフラフィンなどの薬剤調整について医師と相談します。 (2)意識状態と認知機能の変化(肝性脳症の兆候) 【観察項目】会話の受け答えが遅い、言動のつじつまが合わない、昼夜逆転、羽ばたき振戦(手を伸ばして開いた状態で震える)など。【対応】家族に「普段と違う受け答えがないか」尋ねることが早期発見に役立ちます。食事は低タンパク食(0.5~0.7g/kg/日)を検討します。排便回数を確認(軟便で1日2回以上が目安)し、便秘がある場合は医師に報告してラクツロース製剤を中心とした便秘症治療薬の薬剤調整を提案します8)。 (3)腹部の膨満感(腹水貯留)や浮腫の程度 【観察項目】体重・腹囲の増加、下腿~足背のむくみ、歩行が不安定など。【対応】塩分制限(5~7g/日以下)、飲水制限を行います3)。また、体重や腹囲などを参考に医師に利尿薬の調整を相談します。腹水による症状が強い場合には、腹水穿刺も考慮されます。必要に応じて、苦しくないように体位の調整(ファーラー位やセミファーラー位など)を家族に提案することも有用です。下肢の浮腫に対しては弾性ストッキングの装着や足浴、リンパマッサージなどを行います。 (4) 排便・排尿の状況の確認 【観察項目】便の色・性状・回数、排尿回数・尿量。【対応】1日1~2回以上の排便が保てているかを確認し、便秘があれば早めに調整します。黒色便を認める場合には、消化管出血を考えて迅速に医師に報告してください。腹水貯留時には排尿回数と尿量に注意します。 上記の観察項目については、患者・家族にも繰り返し伝え、自己管理を促すことも訪問看護師の重要な役割です。また、精神的・心理的な不安感が強い患者には、傾聴を行い、安心感を提供します。さらに、家族の不安や介護負担にも目を向け、家族の「つらさ」に共感を示す声かけを意識しつつ、介護保険サービスの利用状況を確認し、ケアマネジャーとの連携も欠かせません。 在宅での意思決定支援 肝不全となり多彩な症状を認めるようになると、増悪・寛解を繰り返しながら慢性・進行性の経過をたどります。経過中に肝性脳症を認めて意思疎通が困難となることや、消化管出血などにより急変する可能性もあり、予測困難な経過をたどることが少なくありません。そのため、早期からアドバンス・ケア・プランニング(ACP)を開始し、患者本人の意思を尊重した療養方針を明確にすることが重要です。 ACPでは、「どこで過ごしたいか」「どのような医療を望むか」「延命治療は希望するか」などを話し合い、多職種で共有することで、本人の価値観・人生観を尊重したケア・介護体制を構築します。 訪問看護師は日々の関わりの中で患者の本音を聞き取り、医師や家族に伝える橋渡し役となります。最期の時間を穏やかに過ごせるよう、ACPの継続的な見直しも含めて支援していきます。 * * * 肝不全の緩和ケアでは、黄疸・皮膚掻痒症、肝性脳症、腹水、出血傾向など、特有の症状が多く現れるため、それぞれの対応をあらかじめ考えて、家族と情報共有することが重要です。特に肝性脳症による意識障害や、消化管出血による急変に備えて、早期からのACPによる意思決定支援が欠かせません。 在宅療養の場では、訪問看護師が生活支援、多職種との連携、心理的サポート、症状緩和、意思決定支援までを担うことになり、その役割は非常に大きくなります。肝不全の患者が「自分らしく生きる」ことを支えるためには、訪問看護師の専門的かつ継続的な関与が必要不可欠です。 本文で使用した略語一覧(本文登場順)QOL:quality of life(生活の質)MELD:mayo end stage liver disease(末期肝疾患重症度モデル)NSAIDs:non-steroidal anti-inflammatory drugs(非ステロイド性抗炎症薬)ACP:advance care planning(アドバンス・ケア・プランニング) 執筆:谷田貝 昂東京ふれあい医療生協 梶原診療所 医師/医療法人社団 雄昂会 やたがいクリニック 副院長 獨協医科大学卒業後、順天堂大学医学部附属順天堂医院 消化器内科に入局。その後、東京ふれあい医療生協 梶原診療所にて訪問診療に従事。現在は、やたがいクリニック副院長として外来診療・内視鏡診療を行う一方、梶原診療所での訪問診療、ならびに東京都認知症疾患医療センター オレンジほっとクリニックにおいて外来診療を担当している。   編集:株式会社照林社 【引用文献】1)池田健次:ウイルス性肝硬変に対する抗ウイルス療法.日消誌 2010;107:8-13.2)松尾 裕一郎,坂井 正弘:肝不全・腎不全.medicina 2018;55(11):1806-1810.3)日本消化器病学会:肝硬変診療ガイドライン2020(改訂第3版).南江堂,東京,2020.4)肝炎情報センター:肝硬変の程度の分類.https://www.kanen.jihs.go.jp/sick/kinds/kankouhen.html2026/1/23閲覧5)D'Amico G,Garcia-Tsao G,Pagliaro L:Natural history and prognostic indicators of survival in cirrhosis:a systematic review of 118 studies.J Hepatol 2006;44(1):217-231.6)Wiesner R,Edwards E,Freeman R,et al:Model for end-stage liver disease (MELD) and allocation of donor livers.Gastroenterology 2003;124(1):91-96.7)内藤隆文:肝障害を合併する患者の薬物療法マネジメント 疼痛×肝障害.薬局 2020;71(13):3673-3677. 8)吉崎秀夫:肝不全. 日本エンドオブライフケア学会監修,平原佐斗司, 荻野美恵子編:エンドオブライフケア ,南山堂,東京,2022:282-287.

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
特集
2026年6月26日
2026年6月26日

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】第3回vol02

訪問看護の現場では、疾患・障害などがある中でも懸命に前向きに生きる利用者さんがたくさんいます。「みんなの訪問看護アワード2025」に投稿されたエピソードから、利用者さんの前向きな姿勢に力を分けてもらえるエピソードをご紹介します。 「長い人生の締めくくり」 耳が聞こえないMさんが、戦時中や人生の思い出を語ってくれたことで、忘れられない経験をしたエピソード。 Mさんは耳が聞こえません。戦争中に爆弾の衝撃を受けた影響だそうです。怒ってはいないのに笑顔もなく、淡々とされています。畑で倒れているところを緊急搬送され入院。超高齢、圧迫骨折、脱水や食欲不振と診断され訪問看護が介入となりました。退院後も食欲不振が続きましたが、点滴などの治療の希望はなく、静かに時が流れていく中で“何かケアができないのか?これで良いのか?”と、いつも感じていたある日の訪問。筆談中に突然、昔のことを淀みなく話し始めました。戦時中に別れた友人たちのこと、戦後の命は自分だけの命ではなく友人たちのものでもあると思っていること、病院に行かなかった理由、ご家族への思いなど。ひとしきり話した後、「ばあさん、アルマイトの弁当に白飯詰めて(棺に)入れてくれや。先に逝くから」と笑顔。90歳を超える妻は、驚きもせず、台所から弁当箱を持ってきて「これですね」と見せています。私には想像すらできない人生を歩んできたご夫婦の姿に、私にできることは、ただただ相手の声に耳を傾け、話を聴き、共感することだけだったと気づかされました。Mさんは、こうして自分の思いを全部吐きだし、白飯と梅干し弁当を持って旅立ちました。長い人生の締めくくりに立ち会った忘れられない経験でした。 2025年1月投稿 「その人らしい生き方」 心不全の治療を拒否し、「好きなことをして家で死にたい」と希望された利用者さんのエピソード。 基幹病院から「状態が安定しないが、退院を希望されている方の訪問看護をお願いしたい」と、連絡がありました。心不全の治療拒否をされているということで、どんな方なのか退院前カンファレンスを開いてもらい、ご本人とお話をさせてもらいました。この方の訴えとしては、「自分は死ぬなら家がいい。すきな酒、タバコ、好きなことをして家で死にたい」と、話されていました。“家に帰りたい“という意思の強さから、退院することになりました。退院日にご自宅に帰られると、医師より禁止されていたタバコ、お酒、お菓子を食べて幸せそうに、ご自身の想いを話し、意気揚々と過ごしておられました。用意された介護ベッドではなく、長年過ごしてきた家のソファーでお酒を片手に幸せそうに横になる姿を見て、スタッフみんなで「この方の願いを叶えてあげたい」と話をしました。この方が選んだ人生なのだから、その選択に寄り添いたいと思い訪問し、ご家族が不安にならないようにお話をたくさんしました。退院から2週間後、ソファーで両手を挙げ“万歳”と、人生を全うしたように満足げな表情で逝去されました。ご家族も「本人が望むように過ごせたことに悔いはない」と、お話しされていました。医療者として、看護を提供し生活の改善や向上をしていくという使命があります。ただ、それが医療者側の押し付けになってしまってはいけないということを改めて実感し、訪問看護でしかできない看護だと思いました。 2025年1月投稿 「ふたつの別れ」 重篤な心疾患のY子さんとあたたかい心の絆を結んだエピソード。 7年前の話だ。Y子さんは、重篤な心疾患で在宅酸素をして呼吸苦と向き合いながらも笑顔で前向きに暮らしていた。担当看護師の私はほとんど毎日訪問して、ケアをしながらたくさんの話をした。Y子さんは私を親しげに「ヤナイ!」と呼んでいた。「桜が見たいなぁ」とおっしゃった時、私は「見に行きましょうよ」と言った。Y子さんは「こんな酸素もしてるのにどうやって行くのよ」とすねたように言ったので「私がおんぶします」と言うと「ヤナイが連れてってくれるの?本当に?」と半信半疑に聞いてきた。「大丈夫、私は力があるんです」と答えると、Y子さんは「ふふふ」と子どものように笑った。Y子さんとはたくさんの楽しい時間を過ごした。想い出もたくさんある。そんな中、私が他の訪問看護ステーションへ異動が決まった。私は「もっと力になりたかったです」と声を上げて泣いた。利用者さんの前で泣いたのは初めてだった。Y子さんも涙をこらえて私を抱きしめてくれた。私たちは今生の別れになることを知っていた。もともと絵の上手だったY子さんはたくさんの絵を遺してくれた。それは、私がY子さんをおぶっている絵。二人は桜の下にいた。薔薇園にも宇宙空間にもいた。それから約1年後、Y子さんは亡くなった。2度目の、そして最後の別れだった。あの時のY子さんの年齢を私は追い越した。スマホに残る、私におぶさったY子さんの写真を見るたび「ヤナイ!」という声が聞こえる。 2025年1月投稿 「ただ、あなたがいてくれる。それだけでいい…」 認知症で自転車整備会社の経営者だった男性を、「この人がいてくれるだけでいい」と愛しそうに見つめる奥さんの深い愛を感じるエピソード。 ラクナ梗塞、認知症を既往にもつ、70代後半の男性利用者さん。訪問看護が介入当初は高次脳機能障害と認知機能の低下により、奥さんが介護するも昼夜問わず転倒を繰り返している状態でした。ご本人は自転車整備会社の経営者をしていましたが、病気や災害などを機に閉業し跡地に自宅を建てました。奥さんは、「この人は自転車が大好きで、いつまでもこの場所でこの人と暮らしていたい」と、切実な訴えと覚悟がありました。訪問看護では環境整備や排泄、入浴、食事の介助方法を奥さんと一緒に練習しました。利用者さんは転倒もなくなり、自分の気持ちを話せるようになるなど改善が見られました。本当に奥さんは頑張られました。現在、病状は進行し、歩くことも話すことも難しくなってきました。「この人は話すこともない、座っているだけかもしれない。だけどこの人がいてくれるだけでいいんだ」と、奥さんの愛しそうに本人を見つめる姿に深い愛を感じます。この風景、この空間がずっと続いてほしい。そう想って私は今日も訪問します。私にとっても「あなたが元気でいてくれる、ただそれだけでいい」そう想いながら…。 2025年1月投稿 「はいチーズ!」 80代の利用者さんとの、感謝と笑顔と家族の絆に関するエピソード。 年に1度、特別な日。お客様のお誕生日に、看護師の私ができること。この仕事をしていると、80代、90代、はたまた0歳から1歳を迎え、その1年を奇跡だと言いようのない喜びに溢れる人たちがいる。私は毎年できる限り、お客様とご家族の写真を撮り、現像しバースデーカードとしてお渡しすることにしている。はじめはカードにイラストを描いてプレゼントしていたので、お誕生日が近くなるとお客様の趣味や好きなものをお伺いしていた。「自分には得意なものも取り柄もないんだ」と、笑いながら言うAさんに「じゃあ、好きなものはありませんか」と尋ねると、Aさんはうーんと悩み、ぽそりと「奥さんだよ。本当に、自慢の奥さんなんだ」と話してくれた。私はなんだかすごく嬉しくなってしまって、奥さんを呼び「せっかくだから、お2人で一緒に写真を撮りませんか」と提案した。最初は「いやだ、そんなのいいわよ~」と奥様。するとAさんは「1年に1回なんだから。」と、奥様の手を取り、2人とも照れながらもカメラに笑顔を向けてくれた。写真を現像してお誕生日にお渡しすると奥様は、「こんな笑顔久しぶりに見ました。病気になってから写真なんて撮らなかったから…」と、カードを抱きしめ「素敵な思い出になるわ」と言ってくださった。私が作る1枚のバースデーカードが、大切な思い出として残せるなら。在宅に携わるからこそ、小さなことだけどできること。「いきますよ、はいチーズ!」 2025年1月投稿 利用者さんの前向きな姿勢や人生の歩みは、関わる訪問看護師だけでなく読者にまで元気や力を与えてくれます。あらためて、訪問看護師と利用者さんの関係は共鳴するのだと考えさせられます。 編集: NsPace編集部

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
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2026年6月26日
2026年6月26日

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】第3回vol01

訪問看護の現場では、疾患・障害があっても、自分らしく前向きに生きる利用者さんがたくさんいます。今回は「みんなの訪問看護アワード2025」に寄せられた投稿の中から、利用者さんの生き方や言葉に元気をもらえるエピソードをご紹介します。 「泣き笑いのお別れ」 コロナ禍をきっかけに在宅で最期まで過ごすことを選んだ70代女性。娘さんたちに見守られながら、笑いと涙が入り混じる穏やかなお別れを迎えたエピソードです。 私が訪問看護に携わり始めたころに訪問していた患者さんは、70代の女性で、消化器系のがんを患っておられました。医師より予後6ヶ月との説明を受け、ご本人・ご家族も理解されていました。数年前にご主人を肺がんで亡くされ、次女さんとの二人暮らしでした。長女さんは東京、三女さんは大阪にお住まいでした。当初、患者さんは「できるところまで通院し、最期は病院で迎える」と決めておられました。しかしコロナ禍で、県外に住む娘さんたちと思うような面会ができないため、「在宅で最期まで」と決められました。意識が朦朧となり、いよいよお別れまで数日となったある日、娘さんより電話がかかってきました。「母の息が止まっています。すぐ来てもらえますか?」駆け付けると、次女さん、三女さんが落ち着いた様子で出迎えてくれました。往診医にも連絡したとのことでした。「あのね、母はもうご飯食べられないでしょ。だからこのお部屋で『お母さんこれ美味しいのよ』なんて妹とおしゃべりしながら食べていて、ふと母の方を見たら息をしていなかったの」「不謹慎よね。でもこんなに、楽に、スーッと眠るように天に召されるのなら、在宅で最期まで過ごすのもいいなって」と。次女さん、三女さんと一緒にエンゼルケアをし、娘さんたちがお母さんにお化粧をしてくれました。安らかなお顔を見ながら、笑顔と涙が入り混じった、お別れをされました。 2025年1月投稿 「わしの自慢のビニールハウス」 80代末期がんのAさんが、「わしが立てたんや!12個あるんや!」と誇らしげに語ったビニールハウス。大切な思い出を写真に残したエピソードです。 「もう二度と病院には行きたくない!」初回訪問時にそう話されたのは、80代で末期がんのAさんでした。特別地域に住み、地域外の医師に訪問診療をなんとかお願いし、引き受けていただけました。山や田畑に囲まれた自宅。庭にはたくさんの鯉。多くを語らないAさんでしたが、蘭やアスパラをたくさん育てていた話はとても誇らしげに話してくれました。寝ていることが多かったですが「どこでもいいから外へ行きたい」という想いを聞き、ご家族と一緒に、行き先未定の散歩が始まりました。Aさんの指さす方へ進み、辿り着いた先は蘭やアスパラを育てたハウスでした。「これはわしが立てたんや!12個あるんや!」と教えてくれました。私が、この様子をなんとしてでも写真に残したいとAさんに伝えると、見せてくれた笑顔は忘れません。その1週間後、その笑顔は遺影として飾られました。どんな地域でも利用者さんの心に寄り添える訪問看護師でありたいと思います。 2025年1月投稿 「これからも頑張ってね」 新卒で訪問看護ステーションに就職し、利用者さんとご家族に育ててもらいながら、「これからも頑張ってね」と励まされたエピソード。 私は新卒で訪問看護ステーションに就職しました。先輩スタッフだけでなく、利用者さんやご家族に育ててもらっていると実感したエピソードです。Hさんは脳挫傷により寝たきりの方でした。気管切開をしており、ケアでは吸引を実施していました。私は、Hさんへの初めての吸引にとても緊張していました。そしてHさんも、不安そうな表情を浮かべていたのを覚えています。ご家族からは、「うちに来て、いろいろ学んで成長してほしいからね。頑張ってね。」とお言葉をいただき、嬉しく思うと同時に、HさんとHさんご家族のために自分自身も成長しないといけないなと気持ちが引き締まりました。Hさんは話すことはできませんが、何度も訪問しているうちに視線や表情でHさんの思いが少しずつわかるようになってきました。私がくみ取った思いが合っているときは、Hさんの表情が柔らかくなり、リラックスした様子を見せてくれることが増えました。その後、私はステーションを異動することになり、これまでのお礼を伝えると、ご家族から「うちにも、あなたと年の同じ看護師の卵がいるから、見守っていたのよ。これからも頑張ってね」と言われ、その言葉を忘れずに今も頑張っています。 2025年1月投稿 「お家マジックに助けてもらって。」 入院中はすべてのケアを拒否していたYさんが、自宅で過ごす中で少しずつ訪問看護を受け入れてくれた「お家マジック」のエピソード。 入院中は、治療・看護・リハビリなどのすべてを拒否していたYさん。退院にあたり、主治医から訪問リハビリ(言語聴覚士:ST)と訪問看護の介入の指示が出ました。しかし、ご家族もケアマネジャーも「ご本人の拒否により1、2回の訪問で終了になるだろう」と考えていました。先に訪問をした訪問リハビリでは、バイタルサイン測定も拒否されたと聞いて、戦々恐々としながら訪問看護初日を迎えました。バイタルサインは問題なく測定できましたが、枕元で奥様から情報を得ていると、Yさんが「うーーっ」と不機嫌な声を出されて表情も険しい状態でした。難聴があり、近くで話している声が雑音に聞こえるのではないかと考え、別室で奥様とお話するようにしました。また、体温計や血圧計を見せると、こちらの意図をわかってくださりスムーズにバイタルサイン測定ができるようになりました。すぐに、訪問中止になるだろうという予想を裏切り、現在、訪問開始から3カ月目に入りました。清拭、陰部清拭、足浴まで受け入れられています。爪切りもYさんから希望されています。受け入れ状態を見ながら、少しずつ介入の範囲を広げたことが良かったのではないかと考えています。それ以上に大きかったのは、住み慣れたご自宅でYさんのペースを保ちながら過ごせたことだったのかもしれません。その安心感が、訪問看護を受け入れる心境につながったように感じています。これからもお家マジックに助けてもらいながら、Yさんの希望に沿って介入範囲を広げていきたいと思います。 2025年1月投稿 「キラキラのにんじんしりしり」 コロナ罹患後に間質性肺炎が悪化した60代のJさんが、目をキラキラさせながら自慢のにんじんしりしりのレシピを教えてくれた心温まるエピソード。 コロナ罹患後、間質性肺炎が悪化した60代のJさん。退院にあたり訪問看護の利用を開始しました。入院前のJさんは家事全般を完璧にこなし、ご自宅には可愛らしいJさんのこだわりがたくさん詰まっていました。退院後は旦那さんが家事担当に。レンジの使い方から家事を始めた旦那さんが戸惑う様子を眺めながら、Jさんはもどかしさを感じていました。「料理と掃除をしたい」とリハビリも懸命に頑張りますが、2度の呼吸器感染の影響で食事をするのもやっとの呼吸状態です。担当看護師が毎日お弁当を作っているのを知り、「お弁当のおかずにするなら、にんじんしりしりよ。でも私のはちょっと違うの。にんじんに火が通ったら明太子を入れて、仕上げに醤油をチョンって入れるの。チョンってところがポイント!」と呼吸を整えながら、目をキラキラさせ、まるで目の前で調理しているかのように話します。後日、私がレシピ通りに作ったことを報告すると、Jさんはとっても嬉しそうな表情を見せてくれました。ご自宅でご家族に見守られながら旅立った今も、にんじんしりしりは我が家のお弁当の片隅にあります。そのたびに、目をキラキラさせながらレシピを教えてくれたJさんを思い出します。 2025年1月投稿 利用者さんの前向きな姿勢や生き方に、励まされた経験のある訪問看護師も多いのではないでしょうか。今回ご紹介したエピソードからも、訪問看護はケアを提供するだけでなく、利用者さんやご家族から多くのことを学び、支えられる関係であることが伝わってきます。 編集: NsPace編集部

そのほかのエピソード
そのほかのエピソード
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2026年6月19日
2026年6月19日

そのほかのエピソード【つたえたい訪問看護の話】第2回vol13

訪問看護の現場では、さまざまなエピソードやドラマが生まれます。「みんなの訪問看護アワード2024」に投稿されたエピソードから、印象深いエピソードをご紹介します。 「学び続けることが看護の充実へつながった事例」 レビー小体型認知症の80代女性とご家族への看護を通して、学びを深め充実した看護を提供できたエピソード。 レビー小体型認知症の80代の女性へ訪問看護に入らせていただきました。ご主人と二人暮らしで、娘さまは近くに住んでおられました。夕方になると何度も娘さまに電話が入り「鍵がかかっているのに人が入ってくる」など理解しがたい訴えが繰り返され困っているとのことでした。契約の際に、「お母さまの症状で人の気配を感じておられますか」などレビー小体型認知症の症状を伺っていると、急に涙を流され「やっと光が見えました」「何をどうして良いのかわからなかったのです」と話してくださいました。夜間に緊急訪問が何度かありました。すぐに駆けつけ幻視や錯視への対応を繰り返すことで安心されたのか、幻視の内容はかわいい子どもへと変化していきました。レビー小体型認知症に対する学びを深めたいと思っていたことが、ご本人やご家族の安心に繋がったと考えます。また私自身は、看護を通してご本人やご家族に安心を提供できたことがとても充実した経験でした。 2024年1月投稿 「女子会」 「生きている意味がない」と話していたALSのAさんが、ケアマネさんの提案で女子会を開き、笑顔を取り戻したエピソード。 新卒で訪問看護師になり、3年目の時に出会ったALSのAさん。病状が進行し、ベッド生活となり、「生きているのがつらい。生きている意味がない」と話すことが増えていった。Aさんの気持ちをどのように受けとめれば良いのか悩んでいた時に、ケアマネさんが「女子会をしよう!」と提案してくれた。早速、女子会の準備に取りかかった。楽しい女子会にはごちそうが必要なので、旦那さんとの思い出話に出てきていた“デートで行ったレストランのステーキ弁当”を選んだ。女子会当日は、ケアマネさん、ヘルパーさん、リハビリの先生など、いろんな方が集まってくれた。Aさんも女子の顔をして、女子会定番の芸能人のゴシップネタなどを話して、Aさんも含めて集まった女子みんなが楽しく、あっという間に女子会はお開きになった。その時に話していた安住アナが元旦に結婚した。“空に旅立ったAさんに報告しないと”と思いながら、訪問中に空を見上げたお正月だった。 2024年1月投稿 訪問看護の現場では、日々さまざまなドラマが生まれています。一つひとつのエピソードが、訪問看護の魅力や意義を伝えてくれます。 編集: NsPace編集部

後悔・葛藤エピソード【つたえたい訪問看護の話】
後悔・葛藤エピソード【つたえたい訪問看護の話】
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2026年6月19日
2026年6月19日

後悔・葛藤エピソード【つたえたい訪問看護の話】第2回vol12

訪問看護の仕事は、時に自分の力不足を痛感したり、利用者さんやご家族にとって何が最善なのか悩んだりすることがあります。答えの出ない問いを抱えながら支援に向き合う場面も少なくありません。「みんなの訪問看護アワード2024」から、そうした後悔や葛藤を感じたエピソードをご紹介します。 「幸せとは」 87歳のTさんに「今まで生きてきた中で1番幸せだったことは?」と尋ねた時、思いもよらない答えに人生観を考えさせられたエピソード。 「『幸せとは、体験するものではなく、あとから思い出して気づくものだ』ですって!深いですねー」87歳のTさんの訪問時には、毎回その日の名言カレンダーを読み上げ、それについて話し合っていました。「Tさんが今まで生きてきた中で1番幸せだと思ったことは何ですか?」と私。すると、少しの沈黙の後に「何もない」とTさん。「そうなんですね。でも長い人生ですから、何か心に残っていることがありそうな気もします。」と私。すると、また「…何もない」とTさん。近くで会話を聞いていた息子さんにも何だか申し訳ない気持ちになっていたその時でした。「だって、ずっと幸せだから」とぽそりとTさんが言われたのです。一瞬、時が止まったような衝撃を受け、泣きそうになっている自分がいました。寝たきりになってもなお、愛する息子2人がいつもそばにいてくれて、大好きな餡子を毎日食べさせてもらえること。それこそがTさんにとって、過去ではなく現在進行形の幸せなんだと教えられたのでした。『幸せとは…』私もいつか人生を振り返った時、「ずっと幸せだった」とTさんのように思えたらいいなと感じています。 2023年12月投稿 「訪問看護をやってみたい」 医療行為に長年のブランクがあった看護師が、パーキンソン病で入院していた母を思いながら訪問看護の道に進んだエピソード。 私には、医療行為に対して何十年ものブランクがあった。それでも、訪問看護をやってみたいという思いがあった。当然ながら不安はあり、教育用DVDを購入したり、県ナースセンターへ出向き、採血の練習をしたりしていた。そのころ、母は療養型病院に入院していた。現在勤務している訪問看護ステーションはその病院と同じ敷地内にあり、私は仕事をしながら病棟へ洗濯物を受け取りに通い続けていた。母は、長年パーキンソン病に苦しんでいた。特養に入居して1年ほど経ったころ、67歳で脳出血を発症。その後は寝たきりとなり、発語も難しく、経管栄養で生活するようになった経緯があった。そのような母の姿を見守りながら、切なさや悔しさが込み上げ、涙することがよくあった。平成29年6月、母は病院で息を引き取った。10年に及んだ母との療養の日々も、その時ひとつの区切りを迎えた。そして偶然にも、その月の末に新たな看護小規模多機能型居宅介護(看多機)がオープンし、ステーションは移転することになり、私自身も新たなスタートを切ることになった。いまも訪問看護で利用者さんやご家族と関わるたびに、母を思い出す。さまざまな在宅生活のあり方を学び続けている。 2023年12月投稿 「私が訪問看護を目指したきっかけ」 子宮がんで余命2週間の知人Aさんから、「家に帰るように言ってくれて、ありがとう」と言われたことが、訪問看護の道に進むきっかけとなったエピソード。 知人Aさんは、子宮がんの進行に伴いイレウスを併発し、緊急入院し、医師から余命2週間と告知され、現実を受容できない状態でした。入院したことを知り、コロナ禍のため電話でのやり取りをする中で、家に帰りたい思いが伝わってきました。退院後の生活を具体的にイメージできず、不安から在宅療養に踏み切ることができない状態でした。私は、Aさんが望む最期の過ごし方を考えることが先ではないかとお伝えしました。在宅での生活に必要な支援や方法については、その後に考えていけばよいのではないかと話しました。結果、Aさんは医師やご家族と話し合いを重ね、在宅での緩和ケアを開始できることになりました。当初は余命を告げられたことに怒りを見せる場面もありましたが、時間の経過とともに、少しずつ現実を受け入れていかれました。最後には、念願だった自身のやりたいことを実現することができ、知人、友人、家族にお別れの言葉も言えました。看取りが近いある日、「あの時、家に帰るように言ってくれて、ありがとう。ホンマにあんたの言う通りにして、良かった。病院にいたら、後悔するところやった。」と言ってくれました。それから数日後、Aさんは逝去しました。私は、この出来事をきっかけに訪問看護の道に進むことができました。 2023年12月投稿 「はじめての看取り」 がんの利用者様のご家族が未告知を選択し、最期まで笑顔のような表情で旅立った姿から、その選択の意味を考えさせられたエピソード。 担当していたがんの利用者様に転移がわかりました。ご本人はとても明るく、2人の娘様が交代で介護されており、訪問中は冗談を言いながら、とても楽しかったことを今でも覚えています。日に日に食べられるものや量も減り、痛みも増す中、麻薬持続注射を開始。ご家族は不安がいっぱいで表情がこわばっていましたが、そんな中でもご本人とは冗談を言い合いながら空気が濁ることはありませんでした。医師から「余命3ヶ月」と説明を受けた娘様たちは、「お母さんの明るいところを奪いたくない」「最後まで落ち込んでほしくない」と考え、未告知を選択されました。訪問看護師になって、はじめてのお看取りとなり、未告知という選択はどうなのだろうかと、自分の中で葛藤がありましたが、最期の訪問で私は確信しました。扉を開けた瞬間のご家族の表情は忘れられません。今にも泣き崩れそうな表情で。それでもご家族と一緒にお身体をきれいにしながら、私たちの会話は自然と楽しかった思い出ばかりになりました。最期の表情は笑顔のようで、ご家族にとって納得できる選択だったのだと感じました。あれから4年が経ちました。あの経験を通して、利用者様やご家族それぞれの選択を尊重できる訪問看護師になろうと、今でも奮闘中です。 2023年11月投稿 日々のケアで“どうしたらよかったか”と悩み、迷うことは、多いのではないでしょうか。大切なのは利用者さんやご家族の思いに耳を傾け、その人にとって何が最善なのかを考え続けること。そして、その答えを探しながら誠心誠意向き合うことなのかもしれません。 編集: NsPace編集部

後悔・葛藤エピソード【つたえたい訪問看護の話】
後悔・葛藤エピソード【つたえたい訪問看護の話】
特集
2026年6月12日
2026年6月12日

後悔・葛藤エピソード【つたえたい訪問看護の話】第2回vol11

訪問看護の仕事は、時に自分の力不足により迷惑をかけてしまうことや、適切な支援ができないこともあります。また何が正しいのか、どういう支援をするのが良いのか答えが出ず葛藤する場面に遭遇することもあるでしょう。「みんなの訪問看護アワード2024」から、そうした後悔や葛藤を感じたエピソードをご紹介します。 「訪問看護の『道』」 北海道の厳しい雪道を走りながら、訪問看護を「道」と捉え、いつか利用者さんから黒帯を授けてもらえる日を信じて走り続けるエピソード。 寒さも厳しく、雪が降る。ゆえに、舗道も道路も進むのが大変だ。訪問看護のように看護師が移動して各家庭での看護を展開することは苦労が多い。車や衣服に積まれた雪を払い除けたとしても、吹雪くこともある。道路は凍りツルツルで、自動車事故は多発するし、歩いていても滑って転ぶこともある。事故が起きなくても渋滞が起こり、予定通りの訪問ができないことがある。それでも訪問しなければならない。それが私たちの仕事だからだ。過酷である。看護とは「道」のようなものだと思ったことがあった。柔道や剣道、空手道、華道、茶道のような「道」。「看護道」と名づけたくなるような感覚のことがあった。実際、私は学生時代に空手部に所属していた。しかし、その35年余りの看護道の人生ではいつも私は初心者のような実力と自信のなさに悩み、いつまで経っても有段者になれず、黒帯に憧れ続けている。きっといつか、利用者さんが私に黒帯を授けてくださることを信じて、今日も厳しい雪道である看護道を走り続けるのである。 2024年1月投稿 「信頼関係で届いた思い」 双極性感情障害を抱えるAさんの困難な時に、5年間の信頼関係が生んだエピソード。 双極性感情障害を抱えるAさんは、時々躁状態になって入院することがあります。ある日、不眠で多弁な様子がありました。行動化はないものの躁状態になりつつあると感じ、すぐに主治医に報告して薬が増えました。薬が効いてくるまで時間がかかりますが、入院せずに様子を見ていました。そんな中での訪問時、「昔の事業のことで別れた妻が申請すれば20万円受け取れるから受け取らせてあげたい。90万円かかるけれど探偵を雇って妻の居場所を突き止めたい。親戚が売った土地のお金を分けてもらえれば支払える」と話がありました。元妻も親戚も関わりを拒否しているため、とても現実的ではありませんでした。躁状態の時に現実的なことを言っても、説得は難しいので悩みました。思わず出た言葉が「私は別れた妻のことよりも、あなたの幸せを願っている」でした。数十秒の間があったと思います。「…探すのやめよう」と言ってくれました。現実的に無理であることは理解していなかったと思いますが、私の気持ちを受け止めてくれたのだと思います。5年間築いた信頼関係がもたらした結果だと、実感した出来事でした。 2024年1月投稿 「命のコール」 前立腺癌末期のNさんが、夜中に看護師を呼ぶのを遠慮して6時間我慢していたことから、オンコールの大切さを再認識したエピソード。 朝7時10分にオンコールの電話が鳴る。受電するなり「お父さんが夜中の1時から、全然おしっこが出てないのよ。」とNさんの奥さまが話す。奥さまへ今から緊急訪問することをお伝えし、Nさんのご自宅に緊急訪問する。「Nさん、おはようございます」とご挨拶するとNさんより、「朝から看護師さん呼んでしまって申し訳ないです」と申し訳なさそうにお話される。Nさんは前立腺がん末期にて尿管が挿入されている。尿の浮遊物が多く、浮遊物が詰まり尿流出ができていなかった。1時から7時までの6時間、尿意や腹痛が伴っていたが、我慢していたと。しかし、夜中に看護師を呼ぶ事を遠慮していたと話し、「夜中、看護師さんだって寝てるのに起こすのがかわいそうでさ」と、話す。ナースコールや緊急時の電話は、利用者さんにとって遠慮してしまいがち。一方で、私たちは利用者さんの安心・安全・安楽な生活を過ごしていただく支援をすることが訪問看護の使命である。 2024年1月投稿 「能登半島地震を経験して」 能登半島地震を経験し、社内のBCPと災害訓練、リモート支援により職員と利用者の安全を守ることができたエピソード。 緊急警報が鳴り響き「強い揺れに警戒してください」の言葉が不安をあおる。立っていられない強い揺れ。「止まらん!いつまで続くん」ひたすら揺れがおさまるのを待った。社内で災害時に自動送信されるライフメールが届き、自分の安否連絡を送信した。16時12分、看護師のKから電話がきた。「職員と利用者の安否を確認しますか。ライフメールで安否確認するね。まずは自分の安全確保して!東京のメンバーに応援の要請しよう。リモートで繋ごう」すぐに東京の看護師さんがリモートで応援を招集してくれた。自社開発の電子カルテ“ウィルクラウド”は災害時に優先度順に切り替えられる。東京メンバーの支援により優先度AとBの利用者の安否確認を完了。社内にはBCPがあり、普段から災害訓練をしていた。翌日から看護師たちが自主的に出勤してくれた。医療依存度の高い方、高齢者と障害者、山間部の土砂崩れや断水地域の道路状況を確認した。訪問は2名体制で対応し、飲料水の提供や体調確認をして安全を守ることができた。能登の被害はさらに大きいため支援を続けていく。 2024年1月投稿 「みんな違ってみんな良い」 自分の看護に自信がなかった訪問看護師が、保育園での経験を活かして利用者さんと関わる中で、「自分にしかできない看護もある」と思えるようになったエピソード。 利用者さんでCさんという方がおり、娘さんは仕事を辞めて介護をしています。Cさんは訪問看護を開始したころ、「いつ死んでも構わない」とお話ししていましたが、お孫さんができてから「少しでも長生きしてお孫さんの成長を見たい」と話すようになっています。私が訪問すると、お孫さんの成長や関わり方で分からないことがあると相談を受けることが多くなり、手遊び歌をして一緒に遊ぶこともあります。Cさんや娘さんも、お孫さんが楽しそうにしている様子を見て和やかな雰囲気で過ごすことができています。私が来るのを「待っていた」と話してくださることもあり、今までの経験が活かせていると感じることもあります。利用者さん一人ひとり違うように、訪問看護師もみんな違って自分にしかできない看護もあると思えるようになりました。 2023年12月投稿 日々のケアで“どうしたらよかったか”と悩み、迷うことは、多いのではないでしょうか。大切なのは利用者さんやご家族のニーズを捉え、どのように看護を提供していくことがいいのかを考えて、誠心誠意実践していくことなのかもしれません。 編集: NsPace編集部

最期・お看取りエピソード【つたえたい訪問看護の話】
最期・お看取りエピソード【つたえたい訪問看護の話】
特集
2026年6月12日
2026年6月12日

最期・お看取りエピソード【つたえたい訪問看護の話】第2回vol10

人生の最期をどこで、どのように過ごしたいか。その願いは一人ひとり異なります。訪問看護師は、ご本人やご家族の思いに寄り添いながら、その人らしい最期の時間を支えています。今回は、「みんなの訪問看護アワード2024」に寄せられたエピソードの中から、看取りの現場で生まれた心温まる物語をご紹介します。 「最期まで家にいること」 入院を予定していた103歳の利用者さんが、「最期まで家で過ごしたい」という思いを大切にしながら在宅での日々を選択。看取りを終えたご家族が「家で看取れて本当に良かった」と振り返ったエピソードです。 診療所から新規の依頼があった。103歳、末期がん、ご家族が自宅では看取れないため、入院までの3日間だけ訪問看護利用をお願いしたいと。半年前まで一人暮らしをしていたが、食事摂取量減少あり息子さんご夫婦と同居されていた。症状は落ち着いていたため、今までの生活や楽しかった旅行の話などで盛り上がり、笑いながら2人で話をした。ご本人は自宅にいたいようだったが、さまざまな事情を考慮して入院を選択された息子さんに対し、『このまま自宅で』とは言えなかった。入院当日、訪問時にどんな話をしようかと頭を悩ませていた。その時、息子さんから電話があり「本人にどうするか聞いたら家にいたいと言ったので自宅で看取ろうと思います。」それから2ヶ月近く、ご本人・ご家族ともに穏やかな日々を過ごし、ご本人は自宅で亡くなった。息子さんご夫婦から「家で看取れて本当に良かった」と言われたこと、訪問看護との関わりも含め、ご本人とご家族が自宅で過ごす選択を考えるきっかけになったことに嬉しさがこみ上げた。 2023年12月投稿 「私の訪問看護の原点」 「早く幼稚園に戻りたい」と願った70代の幼稚園経営者。最期まで大切な仕事と向き合い続けたその生き方が、一人の看護師の原点となったエピソードです。 看護師1年目の私は、幼稚園を経営する70代の女性、Aさんを受け持った。Aさんはがんを患い、入院していたが、「早く退院して幼稚園に戻りたい」と話していた。当時は現在のような在宅療養を支える制度が十分に整っておらず、介護保険制度も始まる前だった。話を聴くだけの自分の力のなさを感じた。ある日、準夜勤で出勤すると「明日、退院するの。早く帰らないと。若いお母さんたちが待っているから」と話された。当時としては珍しいケースで、病院の計らいによりご本人には退院と説明し、外泊となった。ご家族は『母の生き方を尊重する。どうしても体調が悪くなったら連れてくる』という合意のもとであった。一生涯の仕事を持ち、その仕事を全うしようとする、スーツを着て凛としたAさんに心を打たれた。約1週間後に永眠されたのだが、Aさんの生き方やそれを支えたご家族をみて、やりたいことを最期まで貫けるよう、暮らしを支えられる看護師になりたいと思った。今もAさんを思い出し、訪問看護を実践している。療養者の生き方に伴走できる看護を実践したいと思う。 2023年12月投稿 人生の最期をどこで、どのように迎えるか。その選択を支え、最後まで寄り添う訪問看護の役割の大きさを感じるエピソードでした。一人ひとりの人生の締めくくりに立ち会わせていただけることの尊さを改めて感じます。 編集: NsPace編集部

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