コミュニケーションに関する記事

【愛知県蒲郡市の災害対策】複数の自治体との合同訓練&ボートレース場の電源利用
【愛知県蒲郡市の災害対策】複数の自治体との合同訓練&ボートレース場の電源利用
インタビュー
2025年6月3日
2025年6月3日

【愛知県蒲郡市の災害対策】複数の自治体との合同訓練&ボートレース場の電源利用

近年、大規模な自然災害が連続して発生し、南海トラフ地震への備えも求められるなか、医療現場における防災対策の重要性はますます増しています。より質の高い備えに寄与できるよう、先進的な防災対策を行う事例をご紹介。今回は、愛知県蒲郡市医師会の会長を務める近藤耕次先生にお話を伺いました。 【プロフィール】近藤 耕次 先生こんどうクリニック院長/蒲郡市医師会 会長藤田保健衛生大学(現:藤田医科大学)および同大学院を卒業。1989年に蒲郡市民病院に入職し、内科・神経内科部長を経験した後、2002年にこんどうクリニックを開業。2020年に蒲郡市医師会の会長に就任。 周辺自治体や企業と連携。蒲郡市の防災対策 ―蒲郡市では、どのような防災対策をしているのですか? 毎年、市民参加型の「市民総ぐるみ防災訓練」を市内の中学校を中心に実施し、災害初動期における対応を訓練しています。 訓練内容は、 ・多数傷病者を想定したトリアージ訓練・救護本部の設置および情報処理訓練・市民による避難所の開設・運営訓練・避難所と災害対策本部との状況報告訓練 など、多岐にわたります。消防団・警察官、歯科医師会、薬剤師会、蒲郡市医療救護所登録看護師など、多職種の協力を得ながら実践的なプログラムを組んでいるんです。 そのほか、全市民を対象とした「シェイクアウト訓練」や、災害用伝言ダイヤル「171」の体験訓練なども行われているほか、2025年1月には豊橋・豊川・田原の各市の自治体と連携して「東三河南部医療圏災害時保健医療活動訓練」も実施しました。主に南海トラフ地震を想定し、災害時の医療対応をシミュレーション。竹島ふ頭地区の重症患者をドクターヘリで災害拠点病院の蒲郡市民病院まで搬送する流れを確認し、伝達方法やネットワーク体制の課題を洗い出しました。 なお、医師会は蒲郡市防災会議にも参加しており、発災時の救護所の開設方法や医薬品・血液製剤の確保の流れなど、継続的に防災対策の見直しと確認を行っています。今後も繰り返し防災訓練の実施や検討・改善を行い、体制を整えていきたいと考えています。 ―在宅療養者の災害対応についても教えてください。 はい。現段階では、人工呼吸器利用者や在宅酸素療養者、透析が必要な方を対象に、以下のような避難環境の整備を進めています。 人工呼吸器利用者蒲郡市市民病院で優先的に受け入れ。在宅酸素療法療養者災害時も安定的に電源供給ができる「蒲郡競艇場(ボートレース蒲郡)」に救護所を開設し、誘導。医療機器メーカーに必要分の酸素ボンベ等を搬入してもらう。透析が必要な患者市内に2ヵ所ある「透析クリニック」が受け入れ。ポンプ車を稼働させ、クリニックに水を供給する。 ただ、避難先を決めておくだけでは不十分です。特別対応を要するすべての方の安全を守るには、その人数や疾患の詳細を把握しておかなければなりません。医療機関も蒲郡市全体の患者数は把握していませんし、蒲郡市在住で市外の医療機関にかかっているケースもあります。周辺自治体と連携しながら全体把握のためのしくみをつくる必要があったのです。 そこで、人工呼吸器利用者と在宅酸素療養者に関しては、行政に申請して「蒲郡電源あんしんネットワーク」に登録いただくしくみをつくっています。また、複数の自治体が在宅医療・福祉統合型支援ネットワークシステム「東三河ほいっぷネットワーク」(多職種間で情報を共有したり、患者さんやご家族側から情報発信をしたりできるシステム)に、災害関連情報を確認できる機能を新設しています。 「私はどうなるの?」 災害対策に注力するきっかけ ―近藤先生が防災対策に注力されるようになったきっかけについて教えてください。 きっかけは、筋萎縮性側索硬化症(ALS)を患い、意思伝達装置がないと意思表示ができない患者さんから、「もし電気が止まってしまったら、私はどうなるの?」と質問されたことです。当時の私は、その方に何も答えられませんでした。そこで、蒲郡市役所の長寿課や蒲郡市長、中部電力、医療機器メーカーなどに相談し、踏み込んだ防災対策を検討し始めたんです。蒲郡競艇場を避難所として活用する案も、その過程で蒲郡市から提案いただきました。 ―行政を巻き込みながらの対策づくりが実現できた理由や、協力を打診する際に気を付けていることについて教えてください。 私ども医師会が先頭に立ち、行政の中でも医療的観点からの防災対策の強化に課題感を強くもっていた蒲郡市役所の長寿課と、トップである市長の両方に積極的に働きかけたことが功を奏したのではないかと感じています。 また、周囲に相談したり協力を求めたりする際は、笑顔で柔らかいコミュニケーションをとることを意識しています。お互いが安心感をもち、考えをきちんと伝え合える関係を目指したいと思っています。 今後のカギは「共通認識づくり」 ―防災対策のさらなる拡充に向けて、現状課題として考えている点があれば教えてください。 より幅広く、深い共通認識(ルール)づくりをしなければならないと考えています。例えば、「被害状況がどれほどのレベルであればほかの市町村への応援要請を出すか」という基準の設定。これが曖昧だと、判断を間違える可能性が高まり、被害が拡大したり、せっかくの応援をもてあましたりしかねません。報告様式の統一も必要でしょう。現在は市町村ごとに形式や書式が異なるため、情報の漏れや過多が生まれるリスクがあります。災害時の情報整理は非常に難しいので、統一を急ぎたいですね。 また、救護所の備品、管理の見直しも重要です。「災害発生から3日間ほどは外傷の手当てが中心になる」といったように、リアルな状況を想定した上で、フェーズによって必要な備品の検討が必要だと考えています。管理の面では、特に薬剤の使用期限は徹底的にチェックしなくてはなりません。飲み薬は災害発生から1週間程度で供給体制が整うとされており、過度な備蓄はコスト増にもつながる可能性も。慎重な判断が求められます。 そして、連絡手段の確保も大切ですね。携帯電話は電池切れや通信障害で使用できなくなる可能性があるため、それ以外の手段もあらかじめ検討しておく必要があります。安否の情報を関係者で共有するためのルールづくりも含めて、災害の備えとして欠かせません。 ―在宅療養者の方向けの災害対策についてはいかがでしょうか? 人工呼吸器利用者や在宅酸素療養者、透析患者の方々以外にも多様な疾患・障害を持つ方がいらっしゃいますから、対象をより広げて対策を講じなければならないと考えています。 蒲郡市では福祉避難所を設けていますが、現状ではすべての方に対応することはできません。ニーズに応じて複数の福祉避難所をつくる案を検討しているものの、災害時は一人ひとりが「適切な福祉避難所」に移動できない可能性もあるでしょう。ベストな対策を引き続き検討していきたいと考えています。 訪問看護師に伝えたい防災対策のポイント ―災害対策に関して、訪問看護師の皆さまへアドバイスやメッセージをお願いします。 訪問看護の事業所単位で取り組みたいことのひとつに、利用者さんの「要介助度ランク」の検討があります。例えば、災害発生直後に優先して訪問すべき方、1週間以内に訪問すべき方などをあらかじめ設定しておくことで、限られた人員でも効率的に対応することができます。災害時は、基本的に時間の経過とともに支援人員が増えていくもの。だからこそ、特に人手が足りない災害直後の混乱期を乗り切るための備えが重要になります。 また、各事業所でBCP(業務継続計画)を策定しているかと思いますが、日頃から少ない人員で運営している事業所は特に、災害時に単独で対応するのは限界があります。重要なのは、地域の訪問看護ステーションが協力し、「自分たちは同じ地域のグループなんだ」という意識をもって地域BCPを考えていくことではないでしょうか。 関連記事:[7]連携の観点から事業所のリソース不足の解消方法を考えてみよう 最後にお伝えしたいのは、災害時は訪問看護師さんご自身とご家族の安全確保を最優先にしていただきたい、ということです。その上で、可能な範囲内で仕事にあたればよいと思います。どうか「医療従事者だから利用者さんを優先しなければ」と思い詰めないでください。 ※本記事は、2025年3月の取材時点の情報をもとに構成しています。 取材・執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

血液透析の基礎知識と透析室の1日の流れ 訪問看護の連携のポイントも
血液透析の基礎知識と透析室の1日の流れ 訪問看護の連携のポイントも
特集
2025年5月27日
2025年5月27日

血液透析の基礎知識と透析室の1日の流れ 訪問看護の連携のポイントも

血液透析の基本的なしくみや透析室における1日の流れを詳しく解説し、透析中・透析後のリスク管理、訪問看護と透析室の情報共有や連携のポイントについても紹介。安全で質の高いケアを提供するための実践的な知識をお届けします。 血液透析とは 腎臓は、体内の老廃物や余分な水分を除去し、電解質バランスを調整する働きがあります。血液透析はこの機能を補助する治療法で、1分間に200~300mLの血液を体外に取り出し、ダイアライザーと呼ばれる透析器(人工腎臓)を介してきれいにし、再び体内に戻します(図1)。 通常、血液透析は週3回(月・水・金、もしくは火・木・土)の通院が必要で、1回の治療時間は3~5時間程度です。 健常な方の腎臓は24時間365日働いているのに対し、血液透析ではその10~15%程度の働きしかできず、腎臓の働きを完全に代行することはできません。そのため、血液透析では不足してしまう腎臓本来の機能を補うため、薬剤の投与(内服・注射)や日常生活の管理が欠かせません。 図1 血液透析のしくみ 透析室の1日の流れ 血液透析は特殊な治療であり、透析患者さんのことや透析室で行われていることがよく分からないと感じる方も多いのではないでしょうか。透析室の1日の流れを知ることで、透析治療のイメージを持ちやすくなり、よりよいケアやスムーズな連携につながるのではないかと考えます。ここでは、透析室の看護師の業務を中心に1日の流れをお伝えします。  8:15 出勤・透析開始の準備個々の患者さんに応じた血液透析が開始できるよう準備します。ダイアライザーや血液回路を透析機械にセットし、プライミングを行います。プライミングとは、ダイアライザーと回路内の空気を除去し、清浄化透析液または生理食塩水で洗浄、充填することを指します。  【訪問看護師さんに知っておいてほしいこと】利用者さんに何らかの問題が発生した場合は、早めに連絡を!ダイアライザーや回路の使いまわしはできないため、患者さんが来院できない場合や血液透析を開始できない身体状況だった場合、破棄しなければなりません。利用者さんに何らかの問題が発生した場合は、透析室に早めに連絡をいただけるとありがたいです。前日までの連絡がベストですが、透析室が不在の時間帯であれば、FAXやメールでのご連絡でもOKです。 8:45 朝のミーティング・申し送り 8:50 患者さんの入室・状態確認患者さんが入室したら、バイタルサインの測定、顔色や表情の観察、呼吸状態、歩行状態などを確認します。安全に透析が開始できるかどうかを判断し、必要時には医師へ報告します。連絡ノートの内容も確認します。 【訪問看護師さんに知っておいてほしいこと】出血リスクがある利用者さんは、必ず透析室に情報共有を!透析では抗凝固薬を使用するため、例えば転倒や打撲の既往があるといった出血リスクがある方の場合、抗凝固薬の種類(表1)を変更する必要があります。見た目に問題がなくても、抗凝固薬の影響で透析中の出血リスクが高まります。特に頭部外傷は注意が必要なため、透析室に必ず情報共有をしてください。表1 抗凝固薬の種類 抗凝固薬 適応 特徴 半減期 未分画ヘパリン 状態が安定していて出血傾向のない患者 開始時のワンショットだけでなく、透析中も継続的に使用する 1時間程度 低分子ヘパリン 軽度の出血傾向がみられる患者 半減期が長いため、初回投与のみでの使用が可能 3~4時間程度 ナファモスタットメシル酸塩 出血を起こす可能性が高い患者 抗凝固効果の範囲が血液回路内にほぼ限定される 8分程度 体重測定患者さんの状態を確認したら、体重を測定します。前回の透析後からの体重増加を確認し、体内に蓄積した余分な水分量を判断し、血液透析で取り除く量(除水量)を決定します。この時、服装や靴、コルセットなどが前回と異なると正確な測定ができません。 【訪問看護師さんに知っておいてほしいこと】衣服や付帯品の変更があれば、連絡ノートに記載を!透析室では裸体重を把握するため、衣服や靴の重さを風袋として個別に管理しています。そのため、当院ではご家族や介護施設などには、連絡ノートに新しい衣服や付帯品に関する記載をお願いしています。例えば、図2のように、夏場と冬場で衣服が変わると、その分体重も変動します。コルセットを使用している患者さんの場合は、その重さも考慮しなければなりません。図2 夏場と冬場の衣服による体重の違い夏場は薄めの衣服だが、冬場は厚めのものに変わる。衣服の違いで体重が変動するため、コルセットのような付帯品の有無もチェックが必要。 9:00 透析開始・穿刺バスキュラーアクセス(シャント)の状態(シャント音・スリル・感染の有無)を確認し、穿刺します(>>バスキュラーアクセスについては次回詳しく解説します)。穿刺には、15~16Gの針を2本使用。1本は体内の血液を回収する側(動脈)に刺し、もう1本はきれいになった血液を体内に戻す側(静脈)に刺します。穿刺ミスがないよう集中して行います。太い針を使用するため、多くの患者さんは痛み止めの麻酔テープやクリームを使用しています。 穿刺後、ベッドサイドの透析機械(コンソール)で血液を体外に循環させ、血液透析を開始します。先述のとおり、1分間に200~300mLの血液を体外循環するため、この時間帯は1日の中で最も緊張する場面です。 10:00~13:00 血液透析中の観察と処置血液透析中、血液から尿毒素を取り除き、除水することで、急激な浸透圧の変化(血漿浸透圧の低下)が起こります。また、血液中の水分が除去され血管内水分量が低下することにより循環血液量が減るため、血圧が低下しやすくなります。 特に以下のような場合は、血圧低下やショックに注意が必要です。 除水量が多い ドライウェイト(基礎体重)が合っていない(>>ドライウェイトについては次回詳しく解説します) 心機能が低下している 糖尿病の既往がある 降圧薬を服用している など 透析中の状態を確認するため、30~60分ごとに血圧測定を行います。同時に、患者さんの顔色や意識状態、体動の有無、穿刺部位なども確認し、異常があれば早急に対応します。最近では、認知症患者さんの対応(体動・大声・針の自己抜去など)も増えています。 また、透析中の時間を活用し、患者さんに応じた処置や指導、フットケアや運動療法などを実施します。 11:00~13:00 休憩スタッフが交代で休憩に入るため、透析室内の人員は少なくなります。 13:00 透析終了・止血透析終了後、患者さんのバイタルサインを確認し、医師から指示されている薬剤の確認と投与を行います。注射薬剤の多くは、透析により抜けてしまうため、透析終了直前に投与します。その後、返血(体外循環していた血液を体内に戻すこと)を行い、穿刺針を抜いて止血します。 止血確認後、患者さんは帰宅します。止血が不十分な場合、穿刺口から再出血する恐れがありますので、止血できているか、しっかり確認します。 透析終了後は、血圧低下や急変対応、返血、抜針、止血などにより、透析室内は忙しい時間帯になります。 帰宅の準備透析終了後は循環動態が不安定になっています。特に高齢者や糖尿病患者、循環器合併症がある患者では、自律神経系の異常により血管収縮能力が低下し、透析後に座位や立位になることで、容易に起立性低血圧を起こすことがあるため、注意が必要です。 血圧低下の有無や歩行時のふらつきを確認し、問題なければ再度体重測定を行い、帰宅します(表2)。ちなみに、透析後の体重測定では、計画通りの除水ができたかを確認します。 表2 帰宅前の確認事項 ・ 体重・ 血圧・ 歩行状態・ 顔色・ シャント音・ 止血 血液透析は、体内から老廃物や水分を除去するため、身体に負担がかかります。また、身体に必要な栄養素やエネルギーも消費するため、透析後の疲労感(だるさ)につながります(図3)。患者さんによっては、透析の日は1日中しんどいという方もいます。 図3 透析後の疲労感につながる理由 環境整備患者さんが帰宅した後は、血液回路の片づけ、血液透析装置やベッド周囲の環境整備、ベッドメイキングを実施します。 14:30 患者の情報共有当日の透析記録をまとめ、申し送りやカンファレンスを行い、患者さんの情報を共有します。この時間帯は比較的落ち着いた状態で業務をしています。 16:45 退勤昼のシフトのみの施設では、職員の退勤後は連絡が取れなくなる可能性があるため、その前に連絡しておくとよいでしょう。翌日にかかわる情報は、FAXやメールなどで事前に共有しておくとスムーズです。 1日の忙しくなる時間帯を図にしてみました(図4)。業務負荷が比較的少ない時間帯であれば、透析室との連絡が取りやすいと思います。情報共有が必要な場合は、このタイミングを活用するのも1つの方法かもしれません。参考になれば幸いです。 図4 透析室における1日の業務負荷のイメージ * * * 透析室では、患者さんの状態に応じた迅速な判断とケアが求められます。また、訪問看護との情報共有が重要であり、透析中・透析後のリスク管理が患者さんのQOL向上につながります。透析治療について理解を深めていただき、よりよいケアの提供をめざしましょう。  執筆:熊澤 ひとみ医療法人偕行会 透析医療事業部 副事業部長透析看護認定看護師【職歴】昭和63(1988)年 名古屋共立病院 入職平成11(1999)年 偕行会 セントラルクリニック 異動平成17(2005)年 透析医療事業部 副事業部長令和3(2021)年 医療法人偕行会 法人本部 理事【所属学会】日本腎不全看護学会 監事日本臨床腎臓病看護学会日本透析医学会編集:株式会社照林社

分かりやすい! ALSの病態と症状
分かりやすい! ALSの病態と症状
コラム
2025年5月27日
2025年5月27日

分かりやすい! ALSの病態と症状

ALSを発症して10年、現役医師でもある梶浦先生が、ALSとはどういった病気なのか、分かりやすく解説します。 ALSへの理解がケアやリハに活かされる 「分かりやすい」と自分へのハードルを上げてから書き始めた今回のコラムですが、これには私なりの思いがあります。 これから書いていく具体的な日常生活の工夫やリハビリテーションの工夫を理解して取り入れていただくには、筋萎縮性側索硬化症(ALS)とは「どんな病気で、なぜこんな症状が起こるのか」を簡単にでも知っておいていただきたいです。そのほうが、なぜこの工夫をするとよいのか、納得しながら実践できますので、より身につきやすいかと思います。 難しいことを難しく書くのは簡単です。ですが、私なりにできる限り簡単に説明しようと、自分を戒めるために今回このようなタイトルにしました。 ALS当事者の方が理解しづらい場合には、支援者である介護士や看護師、リハビリテーションスタッフの皆さんにはこれから説明することをぜひ参考にしていただき、利用者さんにお伝えいただければと思います。 ALS理解の鍵は運動神経のしくみを知ること 人体においての神経系は、機能的に大きく分けると運動神経と感覚神経、自律神経の3つに分類されます(表1)。 表1 人体の3つの神経系 運動神経体を動かす筋肉につながり、脳からの命令を筋肉に伝える神経感覚神経痛い、痒い、冷たい、熱い、何かに触れているなど、さまざまな感覚を脳に伝える神経自律神経体温、心拍、血圧、排尿、排便など、生きていく上で必要な機能を自然にコントロールしてくれる神経 ALSは、この中の筋肉を動かす運動神経だけが選択的に障害され、徐々に全身の筋肉が動かせなくなっていく、進行性の神経疾患です。 この運動神経のしくみを理解することがALSの病態を理解する上で、一番大切になってきます。 例えば、脳で「手を動かしたい」と考えるとします。すると、脳の中の運動神経細胞(上位運動ニューロン)からその命令が神経線維を伝わり、脳幹あるいは脊髄で次の神経細胞(下位運動ニューロン)に命令を伝えます。そして、この命令は下位運動ニューロンの神経線維を伝わり、手の筋肉に到達して手を動かします。 ALSで障害される場所は、脳から下りてくる上位運動ニューロンと、命令の乗り換えの場所(前角細胞)から始まる下位運動ニューロンの両方です。両方が障害されると、結果的に筋肉を動かすことができなくなってしまいます。 注)「運動ニューロン」という言葉が分かりにくい方は、運動ニューロンとは脳からの命令を筋肉に伝える「導線」のようなものだとイメージしてください 上位運動ニューロンと下位運動ニューロンの働き では、実際上位運動ニューロンと下位運動ニューロンはそれぞれどんな働きをしているのでしょうか? 例えば、皆さんがペンで文字を書くときの繊細な動きをする場合と、りんごをわしづかみにするときの大胆な動きをする場合とでは、力の入れ方を無意識のうちに使い分けていると思います。 これは、上位運動ニューロンと下位運動ニューロンが、お互いにバランスを取り合って、自然な動きになるように力の配分をコントロールしているためです。具体的には、脳からの命令を受けた下位運動ニューロン(下位運動ニューロンは筋肉に直接つながっています)が主に「アクセル」の役割を果たし、筋肉を動かします。一方、上位運動ニューロンは「ブレーキ」として機能し、下位運動ニューロンの「アクセル」の力加減を調整して、力が暴走しないようにしているのです。(図1を参照) 図1 運動神経のしくみ ALSの主な症状 ALSの初期症状は、上肢に現れることが比較的多いですが、患者さんによっては下肢や喉から症状が現れることもあります。進行すると徐々に自分の意思で身体を動かすことが難しくなり、ペンや箸が握れなくなったり、歩行が困難になっていきます。 口や喉が動かなくなると、話す、食べるといった行為が困難になり、誤嚥する可能性も高くなります。さらに進行すると、自身で呼吸することができなくなり、生きていくためには人工呼吸器が必要となります。また、ALSでは筋肉を動かす運動神経のみが選択的に障害されるため、感覚は残ります。また、意識ははっきりしており、精神的な働きは障害されないことも大きな特徴です(例外もありますが)。 次に上位運動ニューロンと下位運動ニューロンの働きをもとに、ALSに特徴的な症状を紹介します。 筋肉が「ガクガク」と痙攣して治まらない! アキレス腱や太ももなどの大きな筋肉や腱を急に動かすと、「ガクガク」と一定のリズムでその筋肉が動き続けることがあります。これは「クローヌス」と呼ばれる症状で、上位運動ニューロンが障害されることで起こります。つまり、「ブレーキ」が壊れることで、「アクセル」の制御ができなくなっている状態です。 筋肉が勝手にピクピクと動く! 体のいろいろな場所の筋肉が、自分の意思とは無関係に勝手にピクピクと細かく動くことがあります。これは「線維束性収縮」と呼ばれる症状で、下位運動ニューロンが障害されることで起こります。例えるなら、正常なら10本の下位運動ニューロンで動かしていた筋肉を、1本の下位運動ニューロンで動かさなくてはいけないという状態です。1本のニューロンにかかる負担が過度に大きくなり、がんばり過ぎることで勝手に動いてしまっている状態です(図2)。 この症状が起きている部分は、「アクセル」が壊れてきている場所なので、徐々に筋肉が細くなり、動かせなくなっていきます。 図2 下位運動ニューロンの正常な状態と障害された状態(線維束性収縮) ALSの4大陰性徴候とは ALSは全身の筋肉が動かせなくなっていく病気ですが、出にくい症状というものが4つほどあり、4大陰性徴候といいます。 (1)目は最後まで動かせる!手足や身体・顔がまったく動かなくなっても、目を動かす筋肉が最終的にある程度は残ることが多いです。(2)尿意や便意はがまんできることが多い! 尿道や肛門をキュッと締める括約筋も筋肉ですが、障害は受けにくいです。つまり、尿や便が勝手に漏れて、垂れ流しにはなりにくいということです。(3)感覚障害が起こりにくい!これは最初のほうでも書きましたが、見たり聴いたり、味覚を感じたり、冷たさや痛さなどを感じる感覚は最後まで残ります。(4)「褥瘡」、いわゆる“床ずれ”ができにくい!徐々に寝たきりになっていきますが、褥瘡はできにくいです。これは(3)で書いた、痛みなどの感覚は最後まで残ることが関係します(床ずれは痛いです)。 * * * これまでの症状を読まれた方の多くは、「感覚は残るのに動けないなんてつらすぎる……」と思われるかもしれません。ですが、このALSに出にくい症状を前向きに捉えて、うまく日常生活の工夫に取り入れていくことが、困難な状況の中でも、日々の生活をできる限り豊かにしていく方法なのだと思います!! なので、今後このコラムでALSの4大陰性徴候を活用して快適に生活する具体的な方法を書いていこうと思います。  コラム執筆者:医師 梶浦 智嗣「さくらクリニック」皮膚科医。「Dermado(デルマド)」(マルホ株式会社)にて「ALSを発症した皮膚科医師の、患者さんの診かた」を連載。また、「ヒポクラ」にて全科横断コンサルトドクターとしても活躍。編集:株式会社照林社

渡辺式家族アセスメント 関係性検討と援助の方向性【セミナーレポート後編】
渡辺式家族アセスメント 関係性検討と援助の方向性【セミナーレポート後編】
特集 会員限定
2025年5月20日
2025年5月20日

渡辺式家族アセスメント 関係性検討と援助の方向性【セミナーレポート後編】

NsPace(ナースペース)のオンラインセミナー「家族看護~渡辺式家族アセスメント/支援モデル 導入編~」(2025年2月21日開催)のテーマは、家族看護に活用したい「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」(以下、渡辺式)。開発者の渡辺裕子さんをお招きし、その活用方法を詳しく教えていただきました。セミナーレポート後編では、渡辺式全5ステップのうち3〜5と、検討にあたって意識したいポイントをご紹介します。 ※約90分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 >>前編はこちら家族看護 「渡辺式」とは? 場面と登場人物の整理【セミナーレポート前編】>>関連記事「家族看護」シリーズ一覧 【講師】渡辺 裕子さんNPO法人日本家族関係・人間関係サポート協会 理事長/「渡辺式」家族看護研究会 副代表千葉大学大学院 看護研究科を修了後、市町村保健師として勤務。その後「家族看護研究所」「家族ケア研究所」を立ち上げ、2022年から現職。患者とその家族、職場の人間関係に悩む看護職を長年サポートしている。 ステップ3:対象者と援助者の関係性を検討する 対象者と援助者の関係性を検討します。本事例では、以下のような悪循環が生まれていることが見えてきました。 長女と母親長女は母親に対して苛立ちをぶつけ、甘える。しかし、母親に受け流されるため、さらにぶつける。母親は余計にしんどくなってまた受け流す。長女と訪問看護師長女は訪問看護師の前で両親を怒鳴ることで、不満を訴えている。訪問看護師は対処法がわからず、訴えを聞き流す。長女はますます強く訴える。母親と訪問看護師訪問看護師は母親を心配して気遣うが、母親は取り繕い、ますます気になる。 ステップ4:力関係と両者の心の距離感を検討する ステップ4では、ステップ3で整理した関係性をさらに細かく見ていきます。具体的には、「パワーバランス」の検討、相手との間に本来必要なパートナーシップを構築できているかを考えましょう。なお、「本来必要なパートナーシップ」とは、以下の条件を満たすものです。 パートナーシップの条件1. 利用者さんとご家族、援助者が対等である2. お互いの専門性を尊重し、相手に足りないものを交換し合う(訪問看護師は看護の、ご本人やご家族は「利用者さんの人生」の専門家)3. 望ましい心理的距離を保てている4. 目標を常に共有する5. 援助者はできる限りのサポートを提供し、利用者さんやご家族に力を発揮してもらい、協働する 本事例では、長女の訴えのパワーが適正範囲(ベースライン)を超えています。一方の訪問看護師は「あまり関わりたくない」という思いもあり、パワーが低い状態です。 また心理的距離についても、長女はバウンダリー(心の境界線)を超えて訪問看護師のほうに近寄っており、訪問看護師はやや逃げ腰です。 ステップ5:アセスメントをもとに、支援方策を考える ステップ5では、ここまでのアセスメントをもとに、「5つの柱」を意識しながら支援方策を立てます。 援助の方向性5つの柱1. 悪循環を是正する2. パワーバランスや心理的距離の乱れを是正する3. 背景の中で変えられるものにアプローチする4. ストレングスに働きかける5. 課題を共有し、今後の方向性を話し合う 「悪循環の是正」の観点では、聞き流される度に長女の訴えがエスカレートする状況を変えなければなりません。 「パワーバランスや心理的距離の乱れを是正する」という観点では、長女のパワーを下げて訪問看護師のパワーを上げること。つまり適正なバウンダリーを守り、よい距離感をキープすることを目指す必要があるでしょう。 「背景の中で変えられるものにアプローチする」では、ステップ2で整理した背景から、すぐに変えられそうな要素に焦点を当ててアプローチします。ポイントは、チームで取り組むこと。チームで考えれば「声のかけ方がわからない」という悩みは早期に解決できるかもしれません。また、「家族の問題にどこまで関わるべきかわからない」という悩みについても、組織としての判断を検討すると、自身の後ろに支えがあることを実感でき、訪問看護師のパワーの向上につながるはずです。 「ストレングスに働きかける」のは、家族看護において必須。問題ばかりを見ず、どの家族にもある強みに目を向けましょう。 最後の「課題を共有し、今後の方向性を話し合う」では、Aさんの介護をどうしていきたいかを、対象人物みんなで改めて考える必要があります。 具体的な支援方法の案 上記をふまえると、以下のような支援方法が考えられます。 支援方法1長女の背景に焦点を当てて気持ちを想像し、更年期障害の可能性も検討しながら、訴えを受け止める。長女の困りごとを一緒に考える姿勢をもつ。[理由/目的]・悪循環が是正され、心理的距離も少しずつ変化するはず。・長女への理解が深まることで、「援助者を困らせる人」ではなく「困っている人」なのだというリフレーミングが起こる。支援方法2カンファレンスで情報を共有の上、介入の必要性の有無を検討し、チームとして意思決定する。[理由/目的]・訪問看護師のパワーが上がる。支援方法3対象人物の訪問看護師には同行訪問の機会を設け、同僚の対応を見られるようにする。また、長女にかける言葉はチームで検討する。[理由/目的]・訪問看護師の背景に働きかける。支援方法4訪問スケジュールに余裕をもたせる。[理由/目的]・「中途半端な関わりになることへの不安」の解消を目指す。支援方法5長女、母親、訪問看護師で介護の体制について再度話し合う。[理由/目的]・母親にも長女にも過剰な負担がかからない体制をつくる。 このように、分析結果をひとつの仮説として捉え、支援方策を考え実施します。その後、その結果を評価し、さらなるアセスメントを繰り返すことで、支援の質を向上させていきます。 シート作成のポイント 人間関係見える化シート(R)の目的は、完璧に埋めることではなく、支援の糸口を探すことにあります。具体的な支援方法をなかなか見出せない事例もあるかと思いますが、理解が深まるだけでも、援助者の関わり方や対応が変わることもあるでしょう。 なお、このシートは、「誰が悪いか」を決めるものではありません。対象人物の言動の理由や根拠を認め、悪循環を見つけることで、現状を正しく理解しましょう。それができれば、中立性を保持できます。 * * * 渡辺式家族アセスメント/支援モデルは、利用者さん・ご家族への支援を構造的に捉え直す手がかりとなります。家族看護に悩んだ際は、ぜひ渡辺式を使い、現状を俯瞰した上で具体的な方策を考えてみてください。また、人間関係見える化シート(R)を職場内で共有し、共通の視点や枠組み、言葉で語り合える仲間を増やすのも重要なポイントです。本稿が、利用者さんやご家族との関わりにおける課題の整理や問題解決を考える上で少しでもお役に立てれば幸いです。 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

第3回みんなの訪問看護アワード 投稿エピソードを深掘り【特別トークセッション 後編】
第3回みんなの訪問看護アワード 投稿エピソードを深掘り【特別トークセッション 後編】
インタビュー
2025年5月20日
2025年5月20日

第3回みんなの訪問看護アワード 投稿エピソードを深掘り【特別トークセッション 後編】

2025年3月8日(土)に、東京駅からすぐのイベントホール「My Shokudo Hall & Kitchen」にて開催した「第3回 みんなの訪問看護アワード」表彰式。ファシリテーターに特別審査員の長嶺由衣子さんを迎え、受賞者の皆さんとトークセッションを開催しました。後編では、エピソード投稿のきっかけや書ききれなかった想いを深掘りしていきます。 >>前編はこちら第3回みんなの訪問看護アワード 訪問看護師になった理由【特別トークセッション 前編】 【ファシリテーター】長嶺 由衣子(ながみね ゆいこ)さん東京科学大学 公衆衛生学分野 非常勤講師【登壇者】有川 美紀(ありかわ みき)さん八幡医師会訪問看護ステーション(福岡県)「みんなの訪問看護アワード2025」入賞投稿エピソード「訪問看護の『正解』とは」松橋 久恵(まつはし ひさえ)さん株式会社メディハート 訪問看護ステーションそら(東京都)「みんなの訪問看護アワード2025」入賞投稿エピソード「私たちの足跡は残さない」 服部 景子(はっとり けいこ)さん愛全会 訪問看護ステーションとよひら・ちゅうおう(北海道)「みんなの訪問看護アワード2025」審査員特別賞投稿エピソード「意思疎通、出来ます。」 ※以下、本文中敬称略※本記事は、2025年3月時点の情報をもとに構成しています。 『正解』に悩みながらも、再び前を向く 長嶺: ここからは皆さんのエピソードを深掘ってディスカッションしていきたいと思います。まずは有川さんから、どうしてこのエピソードを投稿しようと思ったのですか? 有川: はい。エピソードを投稿するときは、ちょうど利用者のNさんが亡くなられて間もないタイミングで、「本当にこの関わりで良かったのだろうか」とモヤモヤを抱えていました。そんな時に投稿をすすめていただいたので、エピソードにまとめてみることにしたんです。 長嶺: ALS(筋萎縮性側索硬化症)は人によって経過が大きく異なりますし、関わり方に悩む訪問看護師さんも多いと思います。交流会に「絶対に行かない」と言われた時は、どのようなアプローチをされたのでしょうか。 有川: 交流会の話が出る前から、Nさんは「やりたいことは全部やったから」とおっしゃり、外出には消極的で、寝たきりの時間が増えていました。でも、私たちがサポートに入れば、近所へのお花見や奥様との外出も十分に可能な状態だったので、「まだまだ目標を持てるのに……」と思っていたんです。そこで私は「どうして行きたくないのか」を、利用者さんの気持ちに寄り添いながら丁寧に聞いていきました。すると、車椅子での移動やお手洗いのことなど、外出時の不安を教えてくださいました。 それからは、リハビリスタッフとともに利用者さんの不安を一つひとつ解消していきました。スタッフが会場の下見をし、Nさんと車椅子選定をして、当日のスケジュールも綿密に決めていきました。最終的には奥様の後押しもあって、ご参加いただけることになったんです。 長嶺: 専門職から見たら、「まだまだできることがある」と評価し、支援したくなる気持ちと、ご本人の意欲が乖離している場合、アプローチすることは医療者のエゴなのでは……と悩むこともありますよね。有川さんは、リハビリスタッフとともに信頼関係を築き上げ、丁寧に利用者さんの不安を解消していったのだろうと思います。交流会参加後は、利用者さんやご家族にどのような変化がありましたか? 有川: 参加直後はNさんもご家族もとても喜んでくださり、私たちも嬉しく感じていました。しかしその後、利用者さんが涙もろくなったり、「息が苦しい」と訴えたりすることが増え、体調を崩されてしまい……。私の中では悔いが残っています。エピソードタイトルにもあるように「訪問看護の『正解』とは」を改めて考えるきっかけになりました。でも、奥様のあたたかな声かけによって「よし!また頑張ろう」と前向きになることができ、今後より良い看護をしていくための原動力になっています。 長嶺: 私もALSの方と向き合う時は、常に「関わり方」を問われているように感じます。貴重なご経験を共有いただきありがとうございました。 家族を想い続けた利用者さんの気持ちを代筆 長嶺: 続いて松橋さんは、若年性のがんを患われた女性のエピソードを投稿してくださいました。投稿のきっかけを教えてください。 松橋: 私は、以前から亡くなった方についてノートにまとめて振り返りをしてきたのですが、ノートに書き留めていた彼女のことがまっさきに思い浮かんだんです。彼女は訪問に伺っても、つらいことや症状について話すのは始めの10分程度。残りの時間はずっとご家族の話をしてくださいました。そんな彼女の言葉が次々と頭に浮かんできたので、このエピソードを書くことにしました。 長嶺: いつもご家族の話を聞かせてくださっていたんですね。利用者さんのご家族が幼い場合、闘病の様子をあえて見せる場合と、見せない場合とがあると思うのですが、今回はどういう経緯で隠すことになったのでしょうか? 松橋: あえて「隠す」というよりも、彼女のお話やご自宅の様子から、自然と私たちの足跡は残さない結果になったんです。お部屋の中はお子さんたちの描かれた絵でいっぱいでしたし、彼女は「平然と生きていたい」とおっしゃっていました。ご家族の前では平然としていたい。けれども平然とできないこともあり、そうした部分を私たち訪問看護でサポートするために、自然と足跡を残さない看護をすることになりました。 長嶺: そうだったんですね。お薬をファイルにセットしてさらに本棚に入れるというアプローチも素晴らしいと思ったのですが、なぜそのアイデアに至ったのでしょうか? 松橋: 彼女はどんな薬か一つひとつ確認してから飲みたいとおっしゃっていましたが、お薬カレンダーに入れてしまうと、それが難しくなります。また、お子さんたちの素敵な絵がいっぱいのお部屋にお薬カレンダーを飾るのは相応しくないと感じました。ファイルなら、月曜の朝の薬はこれ、夜の薬はこれ、火曜日は……とページごとにファイリングして、彼女自身も薬の内容を確認しながら飲むことができますので、その方法を活用していました。 長嶺: 非常に勉強になりました。お手紙は松橋さんが代筆されたとのことですが、どんな風に書いていったのでしょうか? 松橋: 彼女はいつも、お子さんの名前の由来やご主人との馴れ初め、大切にしているご友人とのエピソードなどを楽しそうに話してくださったんです。だから、私の頭の中には、彼女の言葉がまるで録音テープから流れるようにすーっと出てきたので、その言葉をそのまま書いたという流れです。病状が進む中で、書きたい気持ちはあるものの「書く気になれない」とおっしゃったので、私が書いてよいか確認した上で、代筆しました。 長嶺: 訪問看護ならではの素敵なエピソードをありがとうございました。 「困難事例」といわれたケースへのアプローチ方法 長嶺: 続いて服部さん、エピソードを投稿しようと思ったきっかけを教えていただけますか? 服部: はい。トシ子さんは、当初「困難事例」と言われていましたが、次第に表情が柔らかくなり、できることが増えていきました。所長やケアマネジャーさんたちからも「トシ子さん、すごく変わったね!」と言われ、ぜひ皆さまにもこのエピソードをお伝えできればと思い、投稿しました。 長嶺: このエピソードを読んで、まさに看護のプロフェッショナリズムだと思いました。服部さんのような看護師さんとご一緒させていただくと、私たち医師もすごく助けられる場面が多いと思います。「意思疎通不可」「サービス利用をさせてもらえません」と言われる方は少なくないと思いますが、どうアプローチされていますか? 服部: 私自身も病院で勤めていた時には、サマリーの入力欄に『意思疎通「可」「不可」』のチェック項目しかなく、乱暴な共有をしていたと反省しています。だからこそ、実際に伺ってみて、利用者さんから何を求められているのか、何ができて何ができないのかという情報整理から始めています。 長嶺: 私も自分の目でご本人の状態を確認するところから始めますが、後からサマリーを見返すと「意思疎通不可」と書かれていて、自分のアセスメントとのギャップを感じることがあります。「困難事例」といわれているケースについて、どう思いますか? 服部: 利用者さん自身が困難なのではなく、それを受け取る「私たち」が困難なのかなと思っています。 長嶺: 確かに、「困難」と感じる側の課題であることは多分にありますね。体制の問題もありますが、私たちがどれだけ人を受け入れるキャパシティがあるかどうかというところにかかっているのではないかと思います。 今回のエピソードでは、スタートからどれくらいの期間で利用者さんのSOSに気付くことができたのでしょうか。 服部: これまでの経験上、お通じが整っていないとさまざまなトラブルが起こる印象があり、実は始めから「お腹が原因ではないか」とは思っていました。ただ、当初はバイタルサイン測定もお腹を触ることも難しい状態でした。 そうした中、4回目の訪問に伺うと、私がご自宅に入る前にトシ子さんが娘さんに大声をあげている声が聞こえてきたのです。「これは訪問看護やデイサービスが嫌だからではなく、娘さんに何かSOSを発しているのでは?」と感じました。そこで、娘さんに「これは感情失禁や認知症ではなく、何か意味があるはず」とお伝えすると、「実は私もそう思ってるんです!」と笑顔を見せてくださいました。娘さんの緊張が解れた様子をトシ子さんもしっかりと見ていて、その後から急にトシ子さんが私と目を合わせて「ううん!!」と声をあげてくださるようになり、エピソードに書いた流れでお腹のSOSに気付けました。娘さんの心のバリアを解す声かけができたことが、その後のスムーズなケアに繋がったのではないかと自分では考えています。 長嶺: 私も経験上、「困難事例」と言われている方の中には、「食事」「排泄」「睡眠」のどれかがうまくいっていないだけで、それを改善するとみるみる状態がよくなることが多いなという印象があります。 皆さん、本日は本当に学びになるお話をありがとうございました。 執筆: 高橋 佳代子取材・ 編集: NsPace編集部

家族看護 「渡辺式」とは? 場面と登場人物の整理【セミナーレポート前編】
家族看護 「渡辺式」とは? 場面と登場人物の整理【セミナーレポート前編】
特集 会員限定
2025年5月13日
2025年5月13日

家族看護 「渡辺式」とは? 場面と登場人物の整理【セミナーレポート前編】

2025年2月21日、NsPace(ナースペース)はオンラインセミナー「家族看護~渡辺式家族アセスメント/支援モデル 導入編~」を開催。家族看護に役立つ「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」(以下「渡辺式」)について、開発者である渡辺裕子さんが、具体的な事例を挙げながら教えてくださいました。セミナーレポート前編では、渡辺式の基礎知識と、全5ステップのうち1~2をまとめます。 ※約90分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】渡辺 裕子さんNPO法人日本家族関係・人間関係サポート協会 理事長/「渡辺式」家族看護研究会 副代表千葉大学大学院 看護研究科を修了後、市町村保健師として勤務。その後「家族看護研究所」「家族ケア研究所」を立ち上げ、2022年から現職。患者とその家族、職場の人間関係に悩む看護職を長年サポートしている。 渡辺式家族アセスメント/支援モデルとは 渡辺式は、訪問看護師をはじめとした援助者が利用者さんとそのご家族との関わりに悩んだ際に、「ことの全容」を明らかにし、援助の方向性を導き出すための思考過程です。 渡辺式の3つの特徴 援助に行き詰まりを感じた場面や時期を特定した分析ツールある程度の期間支援を継続している中で、悩みや気持ちのモヤモヤが発生した際に有効な「渡辺式シート」。局面を特定して理解を深める。 援助者自身をも分析対象とする悩みは相手と援助者との関係の中で起こるため、援助者自身の思いや行動も分析対象とする。 個々の理解から関係性へと視点を拡げるツール複数の人を対象としている。分析対象人物を個々に掘り下げた先に、人間関係が見えてくる。 「渡辺式シート」とは 渡辺式家族アセスメント/支援モデルでは、支援を考えるときの思考の流れを整理できるように、「渡辺式シート」※というツールがあります。このシートは、次の3つのパートで構成されています。※NPO法人 日本家族関係・人間関係サポート協会のウェブサイトより「渡辺式シート」のダウンロードが可能です。 ● I:事例情報シート● II:人間関係見える化シート(R)● III:支援方策・実施・評価シート なかでも「Ⅱ:人間関係見える化シート(R)」は、ご家族の関係性を整理しながら、どこに支援の手がかりがあるかを見つけていくのに役立ちます。複雑な背景があるケースでも、整理して考えられるようになります。援助者が利用者さんやご家族に日頃から寄り添い、理解を深めても、自身を含めた人間関係の全容把握は難しいもの。このシートを使って全体を俯瞰していきます。 なお、人間関係見える化シート(R)は、チームメンバーで思考過程を共有する際に使うことを想定してつくりました。事例検討会やカンファレンスでぜひご活用ください。 >>関連記事家族看護とは何か、看護職に求められることは【総論 前編】家族看護 渡辺式家族アセスメント/支援モデルとは【総論 後編】 事例紹介「Aさん(80代前半/男性)の家族看護」 人間関係見える化シート(R)の内容は、以下の5ステップに分かれています。Aさんの家族看護事例1)を使って説明していきましょう。 Aさん(80代前半の男性)主病名・既往歴脳梗塞(7年前に発症)、肺気腫生活歴30代後半から飲食店を経営。脳梗塞の発症をきっかけに、70代半ばで店を引退。日常生活自立度要介護4。胃ろうを造設しており、車いす生活。排泄はおむつを使用。自発語は出にくいが意思疎通は可能。Aさんの家族妻:70代。明るく社交的な性格。介護の実働を担う。長女:50代。Aさんの店を長年手伝い、経営の管理を担当。結婚歴はなし。介護に関する諸手続きや対外的な対応、サービスの決定を担う。肩の痛みを訴えている。長男:別居。年に数回帰省するのみで、介護にはノータッチ。 対応に困難をきたしたできごと 本事例における訪問看護師の困りごとは、長女の言動です。AさんのADLが低下して介護量が増加したことに伴い、訪問看護師の前で両親に罵声を浴びせるようになりました。 長女から母親へ「ややこしいことを私に押しつけて、お母さんは自分勝手! こんな人生になると思わなかった」と、体の不調や自分が思うように生きられないのは「家の犠牲」になったせいだと主張。長女からAさんへ「親を介護する娘は早死にするんだって。私はお父さんより先に逝くかもしれない」と発言。 訪問看護師はこうした言動が目に余ると感じながらも、声の大きな長女に苦手意識があり、圧倒されていました。また、訪問時間が限られていることもあり、中途半端に関わって火に油を注ぐことにならないかと懸念もしています。 本事例でどのように渡辺式を活用するか、具体的に見ていきましょう。 ステップ1:検討場面の明確化 基本的には事例提供者ファーストで判断するので、訪問した看護師の希望に沿って、今回は「長女が母親を怒鳴る場面」とします。 次に「対象人物(誰に焦点を当てるか)」を整理。この場面では訪問看護師と長女、母親になるので、以下のようにシートに記入します。 ステップ2:対象者と援助者の言い分を明らかにする 「困りごと」「対処」「背景」の3つを整理しましょう。人の行動の裏には必ず理由があるため、対象人物の皮膚の内側に入ったような気持ちで考えてください。 長女困りごと自分でもコントロールできない苛立ち対処両親に暴言を吐いて気持ちをぶつける背景 ・人生に対する不満足感 ・やりがいの喪失 ・将来への不安 ・兄弟間で感じる理不尽 ・Aさんの現状への悲しみと苛立ち ・両親への甘え ・ストレス発散の機会がない ・更年期のホルモンの乱れ 母親困りごと娘から怒鳴られ、暴言を吐かれる対処聞こえないふりをして無言を貫く背景 ・言い返さないほうがよいという経験からの判断 ・長女の勢いに圧倒され、対応方法がわからない ・介護の疲れ ・ことを荒立てたくない気持ち ・自分さえ我慢すればよいという判断 ・長女に負担をかけていることへの親としての負い目 訪問看護師困りごと訪問中に長女が両親に暴言を吐く対処ケアに集中して聞こえないふりをする背景 ・長女への苦手意識 ・どう声をかけるべきかわからない ・長女の苛立ちを受け止める自信がない ・中途半端な関わりになることへの不安 ・家族の問題にどこまで関わるべきかわからない ・できれば面倒なことに関わりたくない気持ち こうして推察すると、対象人物の言動の意味や物語を理解しやすくなります。上記は仮説ですが、それが支援の第一歩になるのです。 次回は、前編に引き続き、渡辺式全5ステップのうちステップ3〜5を取り上げます。援助者と利用者さん・ご家族との関係性や、それぞれの力関係・心理的距離について具体的に検討しながら、支援を進める上で意識したいポイントを解説します。 >>後編はこちら渡辺式家族アセスメント 関係性の整理と援助の方向性【セミナーレポート後編】>>関連記事「家族看護」シリーズ一覧 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア 【引用】(1)渡辺 裕子監修(著),中村 順子,本田 彰子ほか(編)「家族看護を基盤とした地域・在宅看護論 第6版」東京,日本看護協会出版会,2022,P110-119,

第3回みんなの訪問看護アワード 訪問看護師になった理由【特別トークセッ
第3回みんなの訪問看護アワード 訪問看護師になった理由【特別トークセッ
インタビュー
2025年5月13日
2025年5月13日

第3回みんなの訪問看護アワード 訪問看護師になった理由【特別トークセッション 前編】

2025年3月8日(土)に、東京駅からすぐのイベントホール「My Shokudo Hall & Kitchen」にて開催した「第3回 みんなの訪問看護アワード」表彰式。表彰、特別トークセッション、懇親会などを行い、会場は大いに盛り上がりました。ここでは、特別トークセッションの内容をピックアップしてお届けします。 ファシリテーターに特別審査員の長嶺由衣子さんを迎え、訪問看護の道に進んだ理由ややりがい、エピソードを投稿したきっかけや背景などを3名の受賞者の皆さまにお話しいただきました。前編は、訪問看護の道に進んだきっかけややりがいについてのお話です。 【ファシリテーター】長嶺 由衣子(ながみね ゆいこ)さん東京科学大学 公衆衛生学分野 非常勤講師【登壇者】有川 美紀(ありかわ みき)さん八幡医師会訪問看護ステーション(福岡県)「みんなの訪問看護アワード2025」入賞投稿エピソード「訪問看護の『正解』とは」松橋 久恵(まつはし ひさえ)さん株式会社メディハート 訪問看護ステーションそら(東京都)「みんなの訪問看護アワード2025」入賞投稿エピソード「私たちの足跡は残さない」 服部 景子(はっとり けいこ)さん愛全会 訪問看護ステーションとよひら・ちゅうおう(北海道)「みんなの訪問看護アワード2025」審査員特別賞投稿エピソード「意思疎通、出来ます。」 ※以下、本文中敬称略※本記事は、2025年3月時点の情報をもとに構成しています。 訪問看護師を志したきっかけややりがいは? 長嶺: 本日は、訪問看護師の皆さまが抱える心配事や葛藤にまつわるエピソードをピックアップし、それらのエピソードを投稿してくださった三名の受賞者の方々とお話ししていければと思っています。まずは自己紹介をお願いします。 有川: 福岡の北九州市から来ました「八幡医師会訪問看護ステーション」の有川美紀と申します。私の働く地域は高齢化率が35%を超えているのですが、山の麓にあって、とにかく階段がたくさんある地域です。家の前まで車で行けないようなお宅もたくさんあります。7年ほど大学病院で働いた後に訪問看護師を15年ほどやっています。よろしくお願いします。 松橋: 東京の「訪問看護ステーションそら」の松橋久恵と申します。私は20年病院で勤めていましたが、家庭の都合で退職して訪問看護師になりました。2024年まで感染管理認定看護師としても活動していました。どうぞよろしくお願いします。 服部: 北海道から参りました「訪問看護ステーションとよひら・ちゅうおう」の服部景子と申します。私は看護師歴25年で、うち訪問看護師歴は12年ほどになります。よろしくお願いいたします。 利用者さんと膝を突き合わせ、心を通わせる 長嶺: よろしくお願いします。では、皆さんが訪問看護の道に進んだ理由を教えてください。 有川: 私は、実は学生時代の実習のころから訪問看護の仕事にとても魅力を感じていたんです。病院実習に泣きながら通っていたということもありますが……。「訪問看護っていいな」「いつかやりたいな」と思っていたので、出産を機にこの道に進みました。さまざまな課題を抱えている地域ではありますが、日々前向きにお仕事をさせてもらっています。 長嶺: ありがとうございます。松橋さんは20年病院勤めをされてから訪問看護に移られたのですね。どうして訪問看護師になったのですか? 松橋: はい。家庭の都合で病院を退職することになり、次の仕事でも感染管理の経験を活かそうと思ったのですが、改めて「どんな仕事をすると楽しいかな」とじっくり考えた時に、訪問看護の世界が頭に浮かんだんです。 訪問看護の魅力は、利用者さんの暮らしの中に入り込み、「生活」と「看護」が並行し、互いに影響し合いながら進んでいく点にあると思います。これまで得られなかった体験が日々積み重なり、人としての経験値も深まっていくのを感じます。そうした環境で、その人らしく過ごせるよう支援しながら看護を届けられることに、大きなやりがいを感じています。 長嶺: ありがとうございます。服部さんは、今回三度目の受賞ですね。訪問看護を始めたきっかけを教えてください。 服部: はい。私は、急性期の病院で働いていた際、「今と違うステージで働いてみたいな」と思った時に、本屋さんで一冊の本に出会ったことが訪問看護を始めるきっかけになりました。聖路加病院の押川真喜子先生が書かれた『在宅で死ぬということ』という一冊なのですが、本当に感動して……。「家で死ぬってすごくいいな」「自分の家族も家で看取りたいな」と思ったんです。それで「訪問看護やってみよう!」と決意しました。 訪問看護は、利用者さんやご家族と膝を突き合わせて、じっくり対話を重ねながら信頼関係を築いていくことができると感じています。利用者さんとご家族と一緒に悩んだり、悲しんだり、喜んだりする日々にやりがいを感じています。 長嶺: 利用者さんやご家族とじっくり関係を築いていけるのも訪問看護ならではの魅力ですね。ありがとうございます。 * * * 次回は、エピソードを投稿したきっかけやその背景を深掘ります。エピソードには書ききれなかった想いやその後の利用者さんの様子などを語っていただきます。 >>後編はこちら第3回みんなの訪問看護アワード 投稿エピソードを深掘り【特別トークセッション 後編】 執筆:高橋 佳代子取材・編集:NsPace編集部 【参照】〇日本医師会.『JMAP地域医療情報システム』「福岡県 北九州市八幡東区」https://jmap.jp/cities/detail/city/401082025/5/9閲覧〇北九州市「各区の高齢者人口・高齢化率比較」(令和6年4月1日現在)https://www.city.kitakyushu.lg.jp/files/001111766.pdf2025/5/9閲覧

大賞エピソード漫画化!「お母さん~看護の襷をつなぐということ~」第1話【つたえたい訪問看護の話】
大賞エピソード漫画化!「お母さん~看護の襷をつなぐということ~」第1話【つたえたい訪問看護の話】
特集
2025年4月30日
2025年4月30日

大賞エピソード漫画化!「お母さん~看護の襷をつなぐということ~」第1話【つたえたい訪問看護の話】

NsPaceの特別イベント「第3回 みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。大賞を受賞したのは、株式会社ウッディ 訪問看護ステーションはーと(東京都)の木戸 恵子さんの投稿エピソード、「お母さん~看護の襷をつなぐということ~」です。 本エピソードを『ナースのチカラ ~私たちにできること 訪問看護物語~』著者の広田 奈都美先生に、漫画にしていただきました。ぜひご覧ください! >>全受賞エピソードはこちらつたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!大賞・審査員特別賞・ホープ賞・協賛企業賞【2025】つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!入賞【2025】 「お母さん~看護の襷をつなぐということ~」第1話 続く。第2話は、約2ヵ月後に公開予定です。 漫画:広田 奈都美(ひろた なつみ)漫画家/看護師。静岡県出身。1990年にデビューし、『私は戦う女。そして詩人そして伝道師』(集英社)、『ナースのチカラ ~私たちにできること 訪問看護物語~』『おうちで死にたい~自然で穏やかな最後の日々~』(秋田書店)など作品多数。>>『ナースのチカラ』の試し読みはこちら【漫画試し読み】『ナースのチカラ』第1巻1話(その1)投稿者: 木戸 恵子(きど けいこ)さん株式会社ウッディ 訪問看護ステーションはーと(東京都) >>「第3回 みんなの訪問看護アワード」特設ページ [no_toc]

私は難病ALSを発症して10年になる44歳の現役医師です
私は難病ALSを発症して10年になる44歳の現役医師です
コラム
2025年4月30日
2025年4月30日

私は難病ALSを発症して10年になる44歳の現役医師です

「enjoy!ALS」の第2弾が始まりました!今回のシリーズでは、梶浦智嗣先生に寄せられた在宅療養に関する疑問や悩みをもとに、さまざまな疾患の方にも役立つ実践的な情報をお届けします。 再開!「enjoy!ALS 2」 皆さん、こんにちは。私は2021~2023年までの2年間、こちらで「enjoy!ALS」のタイトルでコラムの連載をしておりました。 ありがたいことに、連載が終了してからもたくさんの反響をいただきました。訪問看護師さんや訪問リハビリスタッフさん、在宅療養中のALS当事者の方やその介護士の方々から、「今このような状況なのですが、この場合どうすればよいでしょうか?」との質問が多く寄せられ、実際に家に来ていただいて説明したこともありました。質問の中には工夫次第で解決できるものも多くあり、似たような質問も少なくありませんでした。 いただいたご質問の一部をご紹介します。 【訪問看護師さん】・侵襲の少ない気管吸引や鼻・口吸引のコツ・安全な人工呼吸器のホースの固定方法 など【訪問リハビリスタッフさん】・体や胸郭(肺)の拘縮予防に関するリハビリテーションの工夫【ALS当事者】・安楽な体位(仰臥位や座位、側臥位)のとり方・身の回りに置く必要がある物品(人工呼吸器や吸引器、吸引カテーテルなど)の配置方法・最新のコミュニケーションツール(コミュニケーション方法全般)・ALSの最新の治療について など 実際の在宅療養の現場では、居住スペースの広さや環境は整っているか、ケアに必要な物品が充実しているか、介助者の人数は足りているか、当事者がどこまで積極的なケアの介入を望んでいるかなど、家庭ごとに状況が異なります。そのため、個々に合ったケアプランを立てていく必要があり、なかなか皆さんに共通して当てはまるよいケア方法を見つけていくのは難しいのが現状です。 ただ、そんな中でも皆さんが困っていることには似ているところも多くありました。そこで、ALSに限らず、在宅療養を必要としている、さまざまな疾患の皆さんにも応用できる内容を「enjoy!ALS 2」として、連載していく運びとなりました。 連載終了後の私の経過と現在の状況 はじめに、前回の連載が終了してからの2年間の私の経過と現在の状況を説明させていただきたいと思います。 体調面での大きな変化はなし すでに4年前くらいから全身の運動機能はほぼ全廃しておりましたので、ほとんど変わっていません。唯一自分の意思で動かせるわずかな嚥下機能と噛む力も、さほど変わらず残っていますので、工夫をした飲食方法(>>「気管切開+誤嚥防止術」という考えかた!参照)や歯を使ったタブレット端末の操作(今後の連載で詳しく書きます)は現在もできています。 呼吸機能は、毎日の呼吸リハビリテーション(こちらも今後の連載で詳しく書きます)のおかげで、気管切開を行い侵襲的人工呼吸器(TPPV)を着けた4年前と比べても全然変わっていません。(むしろ、呼吸器の設定は変えていないのに、座位での一回換気量は上がっているので、よくなってるともいえます!) ただ、まぶたを上げる力の低下(眼瞼下垂)と目を動かす力の低下は徐々に進んできています……。 仕事面では新しく始めたことも 約2年前より、訪問診療を行っている「さくらクリニック」の中野の本院と練馬の分院で皮膚科医として働くようになりました。私のように在宅療養を必要とする患者さんたちの主治医と情報を共有して連携しながら、皮膚病変の診療を行っています。 このような体で、どのように患者さんたちの診療しているのか、皆さん、想像できないと思います。参考までに、下記に実際のカルテの一部を載せておきます(図1)。 図1 実際のカルテ(一部) ODT:occlusive dressing technique ※カルテの掲載に関しては、本人・家族、関係者の了承を得ています。 その他、コラムの執筆を行ったり、医師向けのサイトで全科横断コンサルトドクターとしても活動しています。 * * * 以上のように、私の経過を書かせていただきましたが、客観的に見て、私のALSの進行スピードは特別速くもなく、遅くもなく、標準的な範囲だと思います。 たとえALSを発症して10年も経ち、運動機能がほぼ全廃し、声も出せず、人工呼吸器を装着していても、適切なリハビリテーションと、日々の生活の工夫次第で、今までとはまったく違う形で自分らしい充実した人生を見つけていけると私は信じています! ALSを知ってほしい:私の経験から伝えたいこと 今はまだ、日々の診療もコラムの執筆もすべて、歯のわずかな噛む力でタブレット端末を操作して行えています。しかし、ALSは進行性の病気であり、正直に言って、私もあとどのくらいの期間文字を打てるかは分かりません。 それでも、文字が打てるうちに、たとえALSと診断されたとしても「生きたい」と願う人が生きる希望を持てる世の中をつくりたいと考えています。私の10年間にわたる闘病生活の経験と医師としての知識を生かして、後に続く同じ病気の方々の生活が少しでも豊かになるよう、ALS当事者や支援者の皆さんにとって参考になる情報を具体的に、分かりやすく書いていこうと思っています。 そのためには、まず、ALS当事者や支援者の皆さんが、少しでもよいのでALSという病気・病態について理解していただくことが大切と感じています。どんなことができなくなり、何が最後までできるのかを、私なりに説明してから、冒頭でご紹介した皆さんからの質問に答えていく形でコラムを書いていきたいと思います。  コラム執筆者:医師 梶浦 智嗣「さくらクリニック」皮膚科医。「Dermado(デルマド)」(マルホ株式会社)にて「ALSを発症した皮膚科医師の、患者さんの診かた」を連載。また、「ヒポクラ」にて全科横断コンサルトドクターとしても活躍。編集:株式会社照林社

新任訪問看護師の戸惑い 育成の課題と行動指針【セミナーレポート後編】
新任訪問看護師の戸惑い 育成の課題と行動指針【セミナーレポート後編】
特集 会員限定
2025年4月22日
2025年4月22日

新任訪問看護師の戸惑い 育成の課題と行動指針【セミナーレポート後編】

2025年1月23日に実施したNsPace(ナースペース)のオンラインセミナー「新任訪問看護師の戸惑いあるある~ギャップを感じるのはなぜ?~」。聖路加国際大学 講師の佐藤直子先生をお招きし、新任訪問看護師の戸惑いをテーマに講演いただきました。セミナーレポート後編では、新人育成における業界の課題や、東京ひかりナースステーションでの実際の取り組みなどをまとめます。 ※60分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 >>前編はこちら新任訪問看護師の戸惑い 困難感への理解と支援【セミナーレポート前編】 【講師】佐藤 直子 先生聖路加国際大学 講師/東京ひかりナースステーション 顧問/在宅看護専門看護師2003年より訪問看護に携わり、2019年~東京ひかりナースステーションクオリティマネジメント部部長。2010年に聖路加国際大学大学院の修士課程(CNSコース)を、2020年には博士課程(DNPコース)を修了。 訪問看護業界全体の育成の課題 業界全体の教育における課題には、以下のようなものがあります。 即戦力人材の減少 訪問看護が急拡大したのは、介護保険制度が始まり、ステーションが増えた2000年からです。当時は、再就職を考えている、もしくはブランクがある病院出身の看護師を即戦力として採用するのが一般的でした。しかし、病院の機能分化が進み、入院期間も短くなるにつれて、「生活を支援する」という視点で即戦力となれる看護師は、ほとんど見かけなくなっています。 育成体制が追い付いていない 人手も資金も時間も限られているステーションでは、育成体制を十分に整えることが難しいといわれています。 「病院や病棟の色」がついた看護師の増加 訪問看護に求められるのは「看護師基礎教育で学んだ内容」であり、特別に学ぶことはほとんどありません。しかし、例えば急性期医療の経験があると、安全や感染の知識に偏って重きを置いてしまうケースも。その結果、訪問看護の現場でギャップに苦しみます。 事業所の育成力 もちろん個人差がありますが、ベテラン訪問看護師はノウハウや思考の言語化が苦手な傾向があり、新任者にうまく伝わらないケースが多いです。 こうした訪問看護業界の現状をふまえ、新任者には「自分が先輩も新人もお互いに学べる職場を作る」という意識をもってもらえるとありがたいです。また、「訪問看護」と一口にいっても、事業所ごとに性質は異なります。新任者にとっては、入職したステーションの性質とやりたいことが合わないと、つらさの一因になるでしょう。訪問看護ステーションの内実がわかりづらい点も業界の課題であり改善が必要ですが、新任者の方は、就活中も入職後も時間をかけて慎重に見極めてください。 東京ひかりナースステーションの取り組み 訪問看護師の育成では、知識・技能・態度が重要です。そこで、東京ひかりナースステーションでは、以下の取り組みを実践しています。 知識の支援 レベル別の知識テスト(基本知識、特定の利用者さんを担当する際に必要な知識など)を実施。正解を伝えるだけでなく、足りない知識の勉強方法も解説します。 技術の支援 爪切りや巻き爪のケア、胼胝と鶏眼の処理、スキンテアの対処法など「病院では頻度が低いけれど訪問看護ではよく実践する技術」をリスト化し、演習を行います。演習は訪問予定に応じて都度実施し、「忘れてしまった」ということがないようにします。 態度や姿勢の支援 態度や姿勢を支えるのは、「考え方や行動の指針」です。正解はないので、各ステーションで「何を大切に看護するか」を考えてください。 なお、当ステーションでは毎週2時間のミーティングを行い、お互いのケースについて相談し合います。全員が自分ごととして考え、行動レベルのプランを協力して構築。態度や姿勢を言葉で伝えるのは難しいですが、実例を挙げて対話し、「自分たちが大切にしたいこと」を共通認識にしていくと、自ずと行動指針ができてきます。 普遍的な訪問看護の行動指針 ステーションごとに指針を確立し、共有することが重要とお話ししましたが、一方で「訪問看護の普遍的な考え方、行動指針」もあると思います。 利用者さんが暮らすこと、生きることを支援する 「生きる」は「命がある」だけを指すのではなく、生きがいや役割をもつことも含みます。1秒でも長く生きられるように支援するだけでは、十分とはいえないでしょう。また、暮らしに焦点を当てるからこそ、短期目標に加えて超長期目標を立てることも特徴です。数年先の暮らしを想像しながら看護を展開します。 セルフケアの維持・向上を目指す 訪問看護師の多くは、自分ではなく「利用者さん」を主語にしてケアを語ります。例えば「(私が)患者を立たせる」とはいわずに「(支援したら)患者が立った」と表現するのは、利用者さんの能動的・自律的な行動を支援したいと考えているからでしょう。 利用者さんごとに正常・異常を判断する 訪問看護師のアセスメントの基準は、「前回訪問時の利用者さんの様子や個々人にとっての正常」です。病院では驚かれる数値でも、訪問看護師は利用者さんの軌跡をふまえて評価します。 利用者さんを含めたチームでアプローチする 訪問看護師は、利用者さんの目標に向かってチームでアプローチします。ポイントは、「チーム」に利用者さんやご家族も含まれること。ご本人やご家族が行動しないと目標を達成できませんし、彼らが最も真剣に目標と向き合っていることをわかっているからこその考え方です。 また、訪問看護師だけでは何もできないことを理解し、多職種やフォーマル、インフォーマルを含めたチームでの協働を目指します。そして、そのために必要な合意や情報共有を大切にしています。 * * * 訪問看護は地域医療において重要な役割を担い、その支え手である看護師の育成と意識づけは欠かせません。より良い看護を提供できる環境を整えるためには、皆で成長できる環境を目指すことが大切です。新任者の皆さまも、より良い職場を作るために積極的にアプローチしていく姿勢で臨んでいただけたら幸いです。 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

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