難病看護に関する記事

ALS患者に必要なリハビリテーション【呼吸筋編:柔軟性を維持し合併症予防】
ALS患者に必要なリハビリテーション【呼吸筋編:柔軟性を維持し合併症予防】
コラム 会員限定
2026年3月10日
2026年3月10日

ALS患者に必要なリハビリテーション【呼吸筋編:柔軟性を維持し合併症予防】

本記事は、医療関係者のスキルアップを目的として医療機器の画像を掲載しているため、NsPace会員様(医療関係者)限定で公開しています。 ALSを発症して10年、現役医師・梶浦先生によるコラム連載、第2弾。ALSでは、進行とともに呼吸筋の機能が徐々に低下していきます。そのため、呼吸機能をなるべく長く保てるようリハビリテーション(以下、リハビリ)がとても重要です。今回は、呼吸のしくみを踏まえた上で、梶浦先生が実践するリハビリの方法についてご紹介いただきます。 ※推奨されるリハビリの方法は、個人の症状によって異なります。必ず、主治医や担当のリハビリスタッフ同意のもとで実施してください。安全のため、自己判断で行うのは避けましょう。 はじめに 前回のコラム(「ALS患者に必要なリハビリテーション【四肢編:拘縮予防が最大のポイント】」参照)では、四肢のリハビリ⽅法をご紹介しました。今回は体幹、特に呼吸筋のリハビリを取り上げます。 ALSは、全⾝のさまざまな筋⼒が低下していく進⾏性の疾患です。呼吸を司る呼吸筋も例外ではありません。呼吸筋も筋⼒が低下して使わなくなっていくと柔軟性が失われ、肺の予備能⼒が低下し、無気肺(肺の⼀部に空気が⼊っていない状態)や肺炎などのリスクが高まります。 このため、肺や呼吸筋の柔軟性を保つリハビリがとても大切です。リハビリの方法を理解するためには、まず⼈がどのように呼吸をしているのか、そのしくみについて説明していきます。 呼吸のしくみ ⾃分の⼒で肺⾃体を膨らませて空気を取り込んでいると思われている⽅もいらっしゃるかもしれませんが、実際にはそうではありません。肺そのものには膨らむ機能はなく、胸郭と横隔膜を広げることで胸腔内(胸郭と横隔膜に囲まれた肺を収納しているスペース)を陰圧にし、間接的に空気を肺に取り込むことで呼吸が行われています。 胸腔内の容積を広げる⽅法は、⼤きく分けて2つあります。 ●胸式呼吸外肋間筋を収縮させ、肋骨を引き上げて胸郭を前後左右に広げる⽅法●腹式呼吸横隔膜を収縮させて、胸腔内を下方向に広げる⽅法 通常の呼吸ではどちらか⼀⽅ではなく、外肋間筋と横隔膜、両⽅の働きによって呼吸運動が⾏われています(図1)。 図1 呼吸のしくみ リハビリに適した体勢 横隔膜の下には、肝臓や胃、腸などの内臓があります。⽴位や座位であれば、重⼒によって内臓が下がるため、横隔膜が広がるスペースができます。しかし、ALSの症状が進⾏すると、⼈⼯呼吸器を装着し、仰臥位(仰向け)の姿勢で過ごすことが多くなります。 ⼈⼯呼吸器を使用している状態では、呼吸はほぼ⼀定の間隔と換気量に設定されるため、深呼吸ができません。また、内臓が重力で下がらないため、横隔膜を使った腹式呼吸もしづらくなります。これらの理由から、仰臥位では胸式呼吸が中心となります。 そうすると、下肺野まで空気が十分に届かず、痰の貯留や無気肺の原因になってしまいます。可能であれば、できるだけ座位に近い姿勢になるようベッドを起こすか、⾞椅⼦に移乗した状態で、横隔膜と下肺野がしっかり広がる体勢を整えてからリハビリを始めてください。 肺・胸郭の柔軟性を保つためのリハビリ 用手的呼吸介助手技 ⽤⼿的呼吸介助⼿技 (breathing assist)は胸郭の弾性を利⽤し、胸郭の⽣理的運動に一致する方向に圧迫する⼿技です。 具体的には、介助者の手掌から指先までを胸郭の形状にぴったりと合わせる様に密着させて、呼気時に胸郭を斜め下方向に圧迫することで、胸式呼吸のリハビリが行えます。これにより、胸郭の柔軟性をある程度維持できます。圧迫する方向は、仰臥位と座位で変わりません(図2)。 図2 用手的呼吸介助手技(呼気時) 注意!:用手的呼吸介助手技は、骨粗鬆症といった骨折リスクのある基礎疾患をお持ちの⽅は控えたほうがよいです。必ず主治医の同意を得て⾏うようにしてください。 呼吸リハビリ機器を用いたリハビリ より効率的に胸式呼吸と腹式呼吸のリハビリを⾏うために、呼吸リハビリ機器である「LICトレーナー(R)」(図3/以下、登録商標マーク(R)を省略し表記)を使用する方法があります1)。 LICとは、「lung insufflation capacity」の略で、「肺強制吸気量」を意味します。LICトレーナーにアンビューバッグを接続し、用手的に肺に空気を入れることで、強制的に深呼吸した状態をつくり、この状態を一定時間保つことができます。これにより胸郭と横隔膜の両方を広げられるため、これまで外部からのアプローチが困難であった腹式呼吸のリハビリも可能になりました。 なお、LICトレーナーの概要は、前回のコラム#21「ALS患者に必要な情報「実用編」 ~のど~」でご紹介していますので、ぜひそちらをご参照ください。今回は、LICトレーナーを使って、実際にどういった方法でリハビリを行っているのかをご紹介したいと思います。 図3 LICトレーナー LICトレーナーは主治医の許可を得て、理学療法⼠の指導のもと、⾃宅での使⽤が可能です。継続的に使⽤することで、肺の柔軟性維持や咳嗽⼒の向上が期待できます。 ●導入開始時期のめやす「⾃分の⼒では深呼吸ができない」と感じた時期から、気管切開して⼈⼯呼吸器を装着してからでも、いつでも開始可能ですので、主治医と相談してみてください。私は、呼吸のリハビリを開始するのに遅すぎることはないと思っています。 ●具体的なリハビリの⽅法 導入時・20cmH2Oから開始する・気道内圧20cmH2Oまで加圧し、5~10秒程度息止めをし排気した後、適宜インターバルを入れる(用手換気〔バギング〕回数:500mL×4~5回程度)・これを5回繰り返して1セットとし、1日3~6セット行う・肺活量が測定可能な段階の方は、⾃⼒での肺活量との差を1,000mL以上に維持できるとよい 上記のリハビリに慣れてきたら、主治医と相談しながら、少しずつ気道内圧を上げていきます。 深吸気換気量が物⾜りなくなったら……・気道内圧30~40cm H2O まで加圧し、5~10秒程度息止めをし排気した後、適宜インターバルを入れる(バギング回数:500mL×6~8回程度)・これを5回繰り返して1セットとし、1日3~6セット行う さらに慣れてきたら、主治医と相談の上、息止めの時間を適宜調整します。 私の場合、気道内圧40cmH2Oで30秒おきに胸郭を圧迫し、上肺野の容積を減らし、下肺野に空気がたくさん⼊るように横隔膜をしっかりと広げています。そして、LICトレーナーでのリハビリが終わったら、⽤⼿的呼吸介助⼿技で胸郭のリハビリを⾏う、これを毎⽇3セット実施しています。 実際のLICトレーナーを使用する様子は、動画でもご覧いただけます。▼enjoy ALS (YouTubeチャンネル)https://www.youtube.com/@S.Kaji_SND ※リンク先はYouTube(外部サイト)となります。※チャンネル内の「ALS_LICトレーナー導入編」「ALS_LICトレーナー応用編」の動画をご参照ください。※動画の撮影では「なごみ訪問看護ステーション」に協力いただきました。 LICトレーナー使用時の注意点:LICトレーナーは肺に圧をかけて⾏うリハビリのため、練習および導入は、肺実質に以下のような問題がある場合は実施しないでください2)。・慢性閉塞性肺疾患(COPD)・肺気腫・ブラ(肺の内部に異常な量の気泡が形成された状態)・気胸の既往また、2025年8月現在、LICトレーナーは保険適⽤外で、導⼊には約5万円程度の費⽤がかかります。経済的な負担が大きい場合は、医療保険を使って⼈⼯呼吸器と一緒にレンタルできる「カフアシスト」を代替手段として選択する方法もあります。 コラム執筆者:医師 梶浦 智嗣「さくらクリニック」皮膚科医。「Dermado(デルマド)」(マルホ株式会社)にて「ALSを発症した皮膚科医師の、患者さんの診かた」を連載。また、「ヒポクラ」にて全科横断コンサルトドクターとしても活躍。編集:株式会社照林社 【引用文献】1)Yorimoto K,Ariake Y,Saotome T,et al:Lung Insufflation Capacity with a New Device in Amyotrophic Lateral Sclerosis:Measurement of the Lung Volume Recruitment in Respiratory Therapy.Prog Rehabil Med 2020;5.https://doi.org/10.2490/prm.202000112025/10/23閲覧2)「LIC トレーナー」添付文書https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/kikiDetail/ResultDataSetPDF/202126_11B3X10044000001_A_01_022025/10/23閲覧

【EB難病看護事例】「知られていない」がゆえに届かない看護 制度解釈の課題
【EB難病看護事例】「知られていない」がゆえに届かない看護 制度解釈の課題
特集
2026年2月10日
2026年2月10日

【EB難病看護事例】「知られていない」がゆえに届かない看護 制度解釈の課題

「指定難病のなかで訪問看護を必要とする疾患は?」と聞かれると、多くの人はパーキンソン病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの神経系難病を思い浮かべるかもしれません。一方で、希少難病を抱える方々も訪問看護を必要としており、病状によっては毎日の訪問看護が欠かせない場合もあります。それにもかかわらず、現在の制度ではこうしたニーズに十分応えられていないのが実情です。今回は、希少難病の1つである「表皮水疱症(epidermolysis bullosa:EB)」を例に、この課題について考えてみたいと思います。 表皮水疱症(EB)とは EBは遺伝性疾患であり、表皮と真皮を接続させるタンパク質の遺伝子に異常があります。そのため、皮膚そのものが非常に脆弱で、軽微な外力で全身の皮膚や口腔粘膜などに水疱やびらんが生涯にわたって生じます。特に足趾や手指など日常的に外力の加わる部位は、深い潰瘍を形成し、癒着することもあります。さらに、びらんした全身の皮膚からは常に血液や滲出液が漏れ出るため、慢性的な貧血や低栄養を伴うことに加えて、合併症による皮膚がんで生命を脅かされることも少なくありません1)。日本における患者数は、約500~1,000名と報告されていますが、難病法における医療費助成受給者証を取得されているのは約300名です2)。 EBの治療/対症療法について 筆者によるこれまでの研究では、EB専門医は非常に少なく、診断後の病状に応じたケアや合併症予防のための積極的な介入はあまり行われていません。主に皮膚ケアに必要となる「ガーゼや創傷被覆材などの処方」が中心となっていました。 現状、病状管理について相談しやすい医療環境とはいえず、家族は在宅生活のなかで日々絶え間なく生じる皮膚病状と対峙し、ケア方法を手探りで模索し続けています。ご存じのとおり、皮膚は身体最大の臓器であり、病状が全身に及ぶ場合、1日の多くの時間がケアに費やされます。皮膚ケアだけでなく、入浴や食事、病状を悪化させないための衣類や寝具の工夫、移動の介助など、EBケアは生活全般にわたるのです。これらの膨大なケアは、今もなお家族の孤軍奮闘によって支えられています。 事例:Kさん(高校生)の皮膚ケアの実際 では、EB患者さんの皮膚ケアとはいったいどのようなものなのでしょうか。高校生のKさんの事例をもとに実際を紹介します。Kさんは全身の皮膚や口腔粘膜などに病状があり、指趾の癒着もあるため、皮膚ケアのみならず日常生活すべてに支援が必要です。 現在、入浴を含めた全身の皮膚ケアは、週3回行われています。このケアには、Kさんの母親、祖父母のどちらか、さらに訪問看護師が参加し、計3人で実施しています。ケアには1日4時間以上かかりますが、訪問看護師が参加できるのは利用時間の1時間半のみです。 以下の語りは、皮膚ケアを担っておられるKさんの母親のものです。 「(訪問看護師が入る)1時間半の後ね、右足だけやりはって、包帯巻くとこまでいかないの。その1時間でやっとできるのが、血を抑えるのと薬塗んのんと水疱を潰すっていうところ、しかも右足だけ。右足と右手か。右半分を彼女たち(訪問看護師)に任して、左半分を私がして。おばあちゃんは(水疱の中の水を)抜いたりはできない。だからそれこそ、おばあちゃんが、なんか、よく見てるし、そのもう1人の人のこともよく知ってるから、そろそろテープ要るなとか、あと4枚ガーゼが足らんなとか分かるみたいで、うん、で、先々にやってくれてすごい助かるんやけど」2)。 皮膚ケアには多くの時間・人手が必要 皮膚ケアは、Kさんの身体の左右に分かれて、母親と訪問看護師によって同時進行で進められていきます。祖父母たちはケアの進行具合に応じて、テープをカットしたり、ガーゼを準備したりしています。 当然、病状は日々変化します。そのため、全身の皮膚病状に応じて軟膏やガーゼ、創傷被覆材の種類を変える必要があります。また、ガーゼや創傷被覆材は体の動きに追従するよう固定を工夫しなくてはなりません。出血や滲出液があるため、入浴日だけでなく、毎日ガーゼや創傷被覆材の交換が必要です。このように、Kさんの皮膚ケアには時間も人手も多くが求められます2)。 生命予後の改善と医療・福祉サービスの役割 これまで、病状が重いEB患者さんは、びらんした皮膚からの感染症や、皮膚がんの発症によって短命となるケースが多くみられました。そのため、EB患者さんを対象とした看護学研究は、まずは生命を維持し、在宅での生活が継続できるよう家族の存在を前提としたものでした3),4),5)。 しかし近年では、家族による献身的なケアに加えて、病状に応じたさまざまな創傷被覆材の使用や、合併症の早期治療が進められるようになり、生命予後の改善が図られるようになっています。その結果、重度でも成人期を迎えるEB患者さんが増えてきたのです。それは今後、EB患者さんが自立した生活を送るためには、これまで家族が担ってきた役割を、医療や福祉サービスなどが引き受ける必要があることを意味しています。 Kさんの皮膚ケアからも分かるように、EB患者さんの皮膚ケアには訪問看護師による専門的な支援が求められます。しかし、冒頭で述べたように、EB患者さんが訪問看護を毎日利用することは難しい状況にあります。 訪問看護制度における課題 ご存じのとおり、訪問看護を利用する場合、医療保険であれば週3日までです。しかし、以下の条件に該当する場合には、訪問看護の利用日数や回数が大幅に拡大されます6)。  「特掲診療科・別表第7 厚生労働大臣が定める者」(以下、別表第7) 「特掲診療科・別表第8 厚生労働大臣が定める者」(以下、別表第8) 「特別訪問看護指示書」が交付された場合 別表第7について 別表第7では、主に病名が指定されており、神経系難病が多く対象となっています。しかし、そのなかに希少難病であるEBは含まれていません。 別表第8について 別表第8では、医療的ケアが必要な状態にある者が指定されています。そのなかの1つに「真皮を超える褥瘡の状態にある者」があります。EB患者さんたちも病状によっては、全身のさまざまな部位に真皮を超える皮膚病状が存在しているため、この条件に該当するかと思われます。 しかし、「真皮を超える褥瘡の状態にある者」という表現には、いかようにも解釈が可能な曖昧さが含まれています。例えば、「EBの病状はそもそも褥瘡ではないため条件に該当しない」と判断される場合もあれば、「EBの病状も真皮を超えていれば褥瘡の状態と同一であるため該当する」とされる場合もあります。つまり、「真皮を超える褥瘡の状態にある者」という制度的な位置づけは、医療者の解釈によって判断が異なってしまうという現状があるのです。 特別訪問看護指示書について 特別訪問看護指示書は、一時的に病状が悪化した場合に主治医が交付する書類です。重度のEB患者さんの場合、常に真皮を超える皮膚病状が存在していることから、「一時的に」病状が悪化しているわけではないため、その目的から外れるのです2)。 希少難病の共通課題と支援体制 今回、お話しした状況はEB患者さんに限らず、他の希少難病を抱える患者さんたちにも当てはまる可能性が高いと考えられます。希少難病という特性上、患者数が少ないため、これらの問題をまとまった声として社会に伝えることができないかもしれません。今後、希少難病を抱える患者さんの生命やQOL(生活の質)、そして家族との生活が、安定的かつ持続的に維持できる体制の整備が喫緊に求められているのです。  本事例は、本人の承諾を得た上で掲載しています。個人が特定されないよう、必要な情報を匿名化し、適切に調整を行っています。本内容は教育・研究を目的としており、特定の診療や治療を推奨するものではありません。   執筆:戸田 真里京都光華女子大学 看護福祉リハビリテーション学部看護学科在宅看護学、立命館大学生存学研究所 客員研究員日本難病看護学会認定・難病看護師として、病院や在宅支援機関、難病相談支援センターでの勤務を経て、現職。主な著書に『からだがやぶれるー希少難病 表皮水疱症』(生活書院、2024年刊)がある。編集:株式会社照林社 【引用文献】1) 山本明美他編:稀少難治性皮膚疾患に関する診療の手引き.稀少難治性皮膚疾患に関する調査研究班事務局,2011.2) 戸田真里:からだがやぶれる 希少難病 表皮水疱症.生活書院,東京,2024.3) 上嶋仁美:先天性表皮水疱症を有する児の看護.Neonatal Care 1997;10:224-229.4) 中村久美:表皮水疱症児の両親への日常生活指導と訪問看護との連携.日創傷オストミー失禁管理会誌 2014:18(4);354-357.5) 和田実里,中込さと子:栄養障害型表皮水疱症学童の発育過程と皮膚症状ならびに親によるケアに関する記述研究.日遺伝看会誌 2014;12(2):2-17.6) 厚生労働省:訪問看護(改定の方向性).令和5年11月6日.https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001164130.pdf2025/3/31閲覧

【MS難病看護事例】看護ができることが見えにくい 孤立を防ぐかかわりと制度の狭間
【MS難病看護事例】看護ができることが見えにくい 孤立を防ぐかかわりと制度の狭間
特集
2026年2月3日
2026年2月3日

【MS難病看護事例】看護ができることが見えにくい 孤立を防ぐかかわりと制度の狭間

皆さんは「多発性硬化症」について、どのようなイメージをもっていますか?「何となく聞いたことはあるが、どのような病気なのかよく分からない」「ALS(筋萎縮性側索硬化症)やパーキンソン病と同じような難病というイメージ」など、訪問看護師にたずねるとよくこのような答えが返ってきます。今回は多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)を取り上げ、対話を通じた支援により、制度の狭間に陥りやすい対象者が孤立しないようにかかわった事例を紹介します。 多発性硬化症(MS)とは はじめに、多発性硬化症について簡単に説明します。正式名は「multiple sclerosis」といい、その頭文字をとって「MS」と呼んでいます。 症状が多彩で再発・寛解を繰り返す MSは、自己免疫機序の関与によって、視神経・脳・脊髄の中枢神経系に慢性的な炎症を引き起こす神経難病です。視力障害・構音障害・運動障害・感覚障害・歩行障害など症状は多彩で、再発と寛解を繰り返すのが特徴。また、自己管理による再発の予防・制御が難しく、症状の不確かさが顕著なこともMSの特性です。 ライフイベントにも影響 特に20~40代に発症しやすいことから、就労、結婚、妊娠、出産、子育てなど、人生のライフイベントの時期と重なるケースも多く見られます。さらに、MSの症状は外観からは分かりにくく、周囲から理解されにくいことから、ライフイベントやQOL(quality of life:生活の質)に大きく影響を及ぼすことがあるのも大きな特徴の1つです。 治療の進歩により地域での療養が可能に 近年、MSの治療が急速に進歩していることから、それまで入院を余儀なくされていたMSの方も、外来で治療を受けながら、地域で在宅療養や社会生活を送れるようになってきました。退院後、症状が軽い方は外来通院のみとなるため、看護師と出会う機会はほぼなくなります。一方、症状や障害が重く、医療的ケアが必要な方は、訪問看護や訪問リハビリテーション(以下、訪問リハビリ)を利用している方もいらっしゃいます。 * * * 今回は、難病看護師でもある筆者が「お話をうかがう」ことを通してかかわらせていただいている事例を紹介します。なお、本事例については、本人の承諾のもと、一部加工して掲載しています。 事例紹介:A氏(40代、男性) Aさんは、高齢の両親と同居しています。以前は妻・子どもと暮らしていましたが、MS発症後に別居生活となりました。 20代後半のときに手足の感覚に違和感を覚え、急に階段が降りられなくなるなどの症状が出現。近医の整形外科を何度も受診し、MRI検査も行いましたが「原因が分からない」と言われ続けました。そんななか、たまたま脳に関する記事を読んで「もしかしたら」と思い、別の病院を紹介してほしいと依頼し、B病院の神経内科を受診しました。そこでも「今の段階ではよく分からない」と言われ、C大学病院の脳神経内科の紹介を受け、受診した結果、30代でMSの確定診断を受けました。 診断後、しばらくは内服治療を行っていましたが、点滴治療に変更となり、現在は4~6週間に1回通院しています。本人は、「薬が効いている実感がない」と話します。MSの身体障害度を示すEDSS*は7.5、右半身麻痺があり、排尿困難があります。終日電動車椅子を使用し、自力での移乗は不可という状況です。 *EDSS(expanded disability status scale:総合障害度スケール):MSの身体障害度を評価するスケール。障害度は0から10で、0.5ずつ20段階で評価、スコア0は神経機能正常、6以上になると歩行に杖や装具などの補助が必要と評価されます。 Aさんは、30代後半から徐々に症状が悪化し、通勤ができなくなりましたが、在宅ワークに切り替えて仕事は継続できています。歩行ができなくなったため、外出の機会は激減しました。生活や身体介護は、すべて両親が行っています。膀胱留置カテーテル交換のため、医療保険による訪問看護を月約1回の頻度で利用しています。 Aさんが語るさまざまな思い 初回の対話 初めての対話の際は、確定診断を受けたときの気持ちや家族への思いが語られました。「まさか自分がMSになるとは思わなかった。確定したのはいいんだけど、だからといって病気が治るわけでもないので、不安でしかなかった。この病気はとてもつらい病気なので」「こんな病気になってしまって、家族に申し訳ないという思いと、迷惑もかけたくないし、どんどん悪くなる自分の姿を子どもにも見せたくないって、そういう思いしかなかった。結局、この歳で高齢の両親に迷惑や負担をかけることになっちゃったんですけどね。でも、そうするしかないと思って自分で決めたので」 2回目の対話 2回目の対話では、仕事のことや今の「やり場がない」思いが語られました。「何よりも自分の体が動かないってことが一番ストレスなんでね。迷惑をかけて生きるっていうのが一番嫌なので。死ねるなら、ほんと死にたいなって思いもあるし。人間で生きていられること、自分で動けるってことが生きてるってことだと思うので。今はもう自分1人では何もできないし、どこにも行けないし、自分がやりたいって思ったことができないんで。正直、生きてるっていう意味では半分くらいじゃないかなって思う。なので、生きる権利を保障するためにも“安楽死”の制度があったらいいなと思う」「ちょうど社会的にも、こういう障害をもった人を雇いなさいっていうタイミングがあったじゃないですか。会社に義務も課せられて。それもうまく重なって、在宅ワークに移ることができたって感じだと思う。ただ怖いのは、人間、本音と建前があるじゃないですか。だから、鵜呑みにはせず、なるべく会社の役に立つようにと思って、最初は週1~2日くらい顔を出してたんですけど、途中から症状がどんどん悪くなってしまい、最近は会社に行くこともできなくなってしまった」 3回目の対話 訪問看護師のことや今後についての思いが語られました。「それでも、まだね、特に両親のおかげで一日一日過ごすことができている。正直言うと、ここまで自分の意思がしっかりしてると自分でも想像していなくて、20××年頃には、もう寝たきりになっているんじゃないかなって思ってたので。でも、将来への不安はずっとあるし消えることはない」「訪問看護師には話していない。というか、話せる雰囲気ではない。MSのこともよく知らない感じだし。毎回『体調はどうですか』って聞かれるけど、大丈夫なはずがない。自分の思うように体が動かないとか、それって自由がないってことだと思うんですよね。だから、時々言い方もきつくなったりして。申し訳ないなと思うんですけど」 寄り添い理解し最善をともに考える 私が行っている支援は、本人の気持ちに真摯に向き合い寄り添い、思いを受け止め、常に一緒に考える姿勢をもち続けることです。また、病状進行に伴う生活のしづらさ、本人の価値観や考え、希望を理解し、ともに「最善」を考えていくことです。 この方の場合、障害者総合支援法が活用できますが、利用への葛藤があり、導入に至っていません。むしろ、今一番望んでいることは「MSの症状とこの体で日常生活を送るための個別に応じた具体的指導や助言(食事・栄養面、入浴方法、睡眠、生活動作、随伴症状を和らげる工夫など日々の細々したこと)」「じっくりと話を聞いてくれる専門職」なのです。 MSは生涯にわたり付き合っていく疾患であり、病気の経過は一様ではありませんが、難病看護は決して特別なものではありません。しかし、このようなケースは支援の狭間に陥りやすくなるため孤立させないよう本人の憂慮する思いに対話を通して支援を行っています。 本事例を通して、MSの方の看護・支援について考えていただき、皆さんの今後の難病看護や訪問支援活動の一助となってもらえれば幸いです。   本事例は、本人の承諾を得た上で掲載しています。個人が特定されないよう、必要な情報を匿名化し、適切に調整を行っています。本内容は教育・研究を目的としており、特定の診療や治療を推奨するものではありません。   執筆:牧 千亜紀東京医療保健大学立川看護学部 看護学科 地域・在宅看護学領域日本難病看護学会認定・難病看護師行政保健師として難病保健事業や支援活動を担当したことが契機となり、現在は「地域における難病支援」をテーマに調査研究活動を行う。編集:株式会社照林社

【SCD難病看護事例】難病だけではない 介護職との連携、別疾患発症から看取りまで
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特集
2026年1月20日
2026年1月20日

【SCD難病看護事例】難病だけではない 介護職との連携、別疾患発症から看取りまで

今回は、脊髄小脳変性症(spinocerebellar degeneration:SCD)を患い、侵襲的人工呼吸器を装着している療養者と、介護を担う高齢家族および介護職員へのアプローチを紹介します。介護職員による医療的ケアに伴う課題の解決や、別の疾患を発症したことで療養生活に生じた変化にどのように対応したかに焦点を当て、行政を含む多面的な連携の実践例をお伝えします。 脊髄小脳変性症(SCD)とは SCDは、主に小脳の神経細胞が変性して現れる症状を中心とした神経変性疾患の総称です。「歩行時にふらつく」「呂律が回らない」「不規則に手が震える」などの症状が出現し、進行していきます。また、SCDは孤発性(非遺伝性)と遺伝性の2つに大きく分けられ、孤発性は全体の約7割で、残り3割が遺伝性です。 事例紹介:Aさん(70代、女性) Aさんは、SCDと診断されてから7年後に気管切開を行い、侵襲的人工呼吸器を導入しました。現在は70代の夫と2人暮らしをしています。別居の長男、長女がいますが、それぞれ仕事の都合や遠方に住んでいるため、介護の協力は得られません。主介護者は夫です。夫は、高血圧や尿管結石といった持病を抱えています。定期的に外来通院をしていますが、病状の悪化により、入院治療を受けた既往もあります。 Aさんは医療保険を利用し、以下のサービスを受けています。訪問看護:週2回訪問リハビリテーション(以下、リハビリ):週1回訪問診療:3週に1回訪問入浴:週1回訪問介護:日中毎日、夜間週3回 在宅難病療養者への支援体制 在宅難病療養者のAさんが住み慣れた地域で自分らしく生活できるよう、各分野の専門職だけでなく、行政や地域を含めたチームが一丸となって支援を行っています。 Aさんと夫(介護者)の思いを尊重し、介護負担の軽減を図りながら、Aさんが安心・安全かつ快適に過ごせるよう、社会資源を活用することが大切です。具体的には、さまざまな訪問系サービス事業所の介入や在宅難病患者一時入院事業によるレスパイトケア入院の利用などがあります。 長期療養による課題と現状 しかしながら、長期にわたる療養や病状の進行、併発する(併存)疾患、新たな疾患の罹患などにより、医療処置が必要となる場面も増えていきます。夫はいつまで続くのか先の見えない、24時間絶え間なく続く介護に対し、精神的にも肉体的にも疲弊してしまうこともあり、夫自身の健康管理もままならず、十分な介護負担の軽減が実現できない現状もありました。 本事例で取り上げる2つのアプローチ 今回は、侵襲的人工呼吸器を装着するSCD療養者のAさんに対して、以下の2つのアプローチを行いました。 ●介護職員による医療的ケアの支援医療的ケアを他者に委ねたいというAさんと家族の思いを尊重し、行政をはじめとした関係機関の介入も含め、介護職員による支援体制を整備しました。 ●別疾患に罹患し、診断を受けてから看取りに至るまでの支援予期せぬ別疾患の発症が療養生活に大きな影響を与えました。これまで穏やかだった日々が、突然目まぐるしい日々へと変化したのです。この突然の変化に対応するため、Aさん、夫、サービス事業所のスタッフに対する支援を行いました。 介護職員による医療的ケアの実施と体制整備 喀痰吸引や胃瘻からの栄養剤注入は研修を受けた介護職員が行っていました*。しかし、その他の医療的ケア(例えば、気管切開部や胃瘻部の処置など)はAさんの夫や訪問看護師が行っていたため、大幅な負担の軽減には至らず、介護職員からも「自分たちが行えるケアについて知りたい」との意見がありました。 *喀痰吸引および経管栄養は研修を修了し、認定証の交付を受け、登録事業者として登録済みの施設で勤務していることを要件に実施可能 県庁や市役所への確認と対応 そこで、県庁の担当者に以下の2点を確認しました。  医療的ケアに該当する業務の再確認 特例として介護職員が医療的ケアを行うことの可否 担当者からは「特例はない」との回答があり、加えて「関係職種の業務内容を整理し確認してみてはどうか」と助言されました。その後、関係各所とカンファレンスを行うなかで、夫から「胃瘻からの内服薬の注入(内服注入)を介護職員にお願いしたい」という意向が示されました。この要望を受け、Aさんが居住する市役所の担当者に「介護職員が胃瘻からの内服注入を行えるか」と確認したところ、以下の条件を満たす場合に認められるとの回答を得ました。  主治医の許可があること 内服薬は分かりやすく一包化され、簡単な手技で注入できること 本人または家族の同意があること これらの条件をふまえ、訪問看護スタッフでカンファレンスを行い、訪問看護師の役割を整理していきました。 手順書作成と介護職員への指導・緊急時対応の整備 主治医に介護職員による内服注入の承諾を得た後、訪問看護師は、実際にAさんに行っている胃瘻からの内服注入の手技を確認しました。そして、写真や注意点を盛り込んだ手順書を作成し、それをもとにチェックリスト(図1)も作成しました。 訪問看護師が介護職員とともに手順書を確認しながら、内服注入の指導を行いました。そして、指導看護師(介護職員等たん吸引等実施研修会に係る指導者講習会を修了した看護師)がチェックリストに沿って介護職員の手技を確認・評価します。さらに、1ヵ月ごとに手技の確認を行い、緊急時に介護職員が対応できるよう、緊急時フローシートの作成も進めていきました。 図1 内服注入のチェックリスト 別の疾患に罹患。診断から看取りまでの支援 侵襲的人工呼吸器の導入から6年後の3月下旬に、Aさんにビリルビン尿、皮膚黄染が出現しました。採血した結果、肝胆道系酵素の値が上昇しており、明らかな異常値を示したため、入院精査をすすめられました。しかし、夫はAさんの身体に負担のかからない、在宅でできる治療を希望されたため、外来でCT検査を実施しました。その結果、黄疸の原因は腫瘍である可能性が高いことが示唆され、主治医から「黄疸の進行が速いと、予後は月単位以下の可能性がある」と説明されました。 訪問看護の回数を増やして対応 夫からは「どのくらいの期間で黄疸が進んでいくのか」「どのようなことに気を付けて過ごせばよいのか」という質問がありました。また、介護職員からは「夫が眠れていない、食欲がない」などの情報提供があり、夫だけでなく、介護職員自身も不安を感じているようでした。 これを受けて、訪問看護スタッフ間でカンファレンスを行い、情報を共有するとともに、訪問看護の回数を増やすことにしました。夫の同意を得た上で、以下のように訪問回数を変更しました。  4月初旬:週2回から週3回に変更 4月中旬:週3回から週5回に変更 図2 Aさんの経過 家族支援への取り組み 訪問看護を増やすことで、別の疾患に罹患したことによる病状変化への対応や、日々変化する病状についての説明、不安の軽減など、家族支援に努めました。具体的には、発熱、下血、尿量減少といった病状変化への対応や病状の経過、今後起こり得る変化について説明し、家族の不安を受け止め、寄り添いながら支援しました。 終末期に関する介護職員への教育 また、終末期についての知識が不足している介護職員に対しては、終末期にたどる経過や症状について説明を行い、症状出現時の対処方法を指導しました。その際に、「些細なことでも気になることがあれば訪問看護師に報告すること」「常時対応できる体制を整えているので、いつでも連絡できること(24時間緊急時対応)」を繰り返し伝えていきました。 緊急時対応と家族への説明 別の疾患に罹患してから看取りまでの1ヵ月間で、症状の出現や状態報告に関する緊急連絡は9回、病状変化や医療機器のトラブルに関する緊急訪問は3回ありました。看取りの3日前には、現状を家族に説明し、症状の変化以外にも不安なことや心配なことがあった場合には直ちに訪問看護師に連絡するよう伝えました。また、再度自宅での看取りの意思を確認し、エンゼルケアの内容について説明を行いました。その後、Aさんは家族に看取られ、穏やかな最期を迎えられました。 難病看護における支援のポイント 「住み慣れた自分の家で自分らしく過ごしたい」「本人の思いを尊重し、本人らしく過ごしてほしい」という、療養者本人とその家族の思いを尊重し、安心・安楽に過ごせるよう支援していくことが大切です。そのために以下の取り組みが必要でしょう。  療養者の変化に迅速に対応し、そのつど適切なケアを提供する 介護者の思いの本質を明らかにし、柔軟に療養支援体制の変更を考慮する 在宅ケアチームが一丸となり、支援する   本事例は、本人の承諾を得た上で掲載しています。個人が特定されないよう、必要な情報を匿名化し、適切に調整を行っています。本内容は教育・研究を目的としており、特定の診療や治療を推奨するものではありません。   執筆:片桐 恵社会医療法人若竹会 ゆうあい訪問看護ステーション日本難病看護学会認定・難病看護師大学病院など病院勤務を経て2007年より現職。3学会合同呼吸療法認定士、在宅褥瘡予防・管理師。編集:株式会社照林社 【参考文献】○王麗華,木内妙子,小林亜由美,他:在宅看護現場において求められる訪問看護師の能力.群馬パース大紀 2008;6:91-99.○阿部まゆみ:神経難病の緩和医療とホスピス.医療2005;59(7):364-369.

【MSA難病看護事例】ADL低下に気づけない 病識の乏しさがみられたときの対応
【MSA難病看護事例】ADL低下に気づけない 病識の乏しさがみられたときの対応
特集
2026年1月6日
2026年1月6日

【MSA難病看護事例】ADL低下に気づけない 病識の乏しさがみられたときの対応

多系統萎縮症(multiple system atrophy:MSA)のケアでは、対症療法やリハビリテーション(以下、リハビリ)による機能維持やADLの向上が重要です。特に運動機能や嚥下機能の維持に加え、生活環境の整備も欠かせません。今回は訪問看護で実践されているMSA患者への具体的なアプローチを紹介します。患者さんの尊厳を大切にしながら、安全で安心な療養生活を支える工夫や、本人・家族との信頼関係を築くためのポイントを探ります。 多系統萎縮症(MSA)とは MSAは、中枢神経系が進行的に障害される神経変性疾患です。パーキンソン症状、小脳失調症状、自律神経症状など、複数の症状が現れることが特徴です。原因は不明で治療法はありませんが、対症療法とリハビリで症状の緩和を図ります。看護では患者さんの転倒予防や日常生活動作(activities of daily living:ADL)の支援、本人と家族の心理的サポートが重要となります。 事例紹介:Aさん(60代、男性) Aさんは、妻と2人で暮らしており、車で30分ほどの距離に長男が住んでいます。Aさんは事務職に長年従事し、定年まで勤め上げました。退職後にMSAを発症しています。 Ⅹ年-1年 発症(歩行不安定)Ⅹ年 確定診断Ⅹ年+2年4ヵ月 病状評価・リハビリ入院、退院時より訪問看護介入 退院前カンファレンスに参加 Aさんの状態 退院前カンファレンスで初めてAさんにお会いしたときは、呂律不良が進行し、単語レベルでの会話となっていました。表情は硬く、イエス・ノーで意思疎通が可能な状況ですが、笑顔がぎこちない印象です。また、把持物があれば歩行は可能との情報がありましたが、病院内では車椅子を使用して移動されていました。 主治医からの病状説明 主治医から、Aさんの病気が「多系統萎縮症」という進行性の病気であることに加え、以下が説明されました。 小脳・脳幹の萎縮により失調症状があること 一般的に発症から5年で車椅子生活、9年で寝たきりの経過をたどること 声帯の開大不全により突然死の可能性があるが、気管切開をすることで突然死を予防できること 嚥下機能の低下に対して、胃瘻が必要になること 一緒に説明を聞いた妻は、「今まで(突然死のリスクの話は)聞いたことがなかった」と驚いた様子でした。 今後の治療方針と退院後の訪問看護 退院前カンファレンスの時点では、今後の気管切開や胃瘻造設に関する方針はまだ決まっていませんでした。また、Aさん自身は妻への介護負担を心配し、施設入所を検討しているとの情報が共有されました。 今回のリハビリ入院を経て、退院後は訪問看護ステーションから看護師と作業療法士(OT)による訪問が開始されました。 介入前からできる支援 入院中に訪問看護の依頼があった場合、病院で開催される退院前カンファレンスに訪問看護師が参加します。主治医からの病状説明を聞き、内容を確認します。 退院後、会ったことのある看護師が自宅を訪問することで、本人や家族の緊張を和らげることができるでしょう。退院後には、本人と家族が病状や治療方針をどのように理解しているか確認し、追加・修正が必要な場合は補足説明をします。また、今後の方針について、意思決定のために不足している情報提供を行います。例えば、介護は家族だけで負担する必要はなく、介護保険や障害福祉サービスを利用できることを伝える、胃瘻や気管カニューレについて具体的なイメージを持てるような説明をする(写真や図表を使用)、吸引器や吸引チューブを持参して実際の吸引を見ていただくなど、必要に応じて医療的ケアの詳細をお伝えします。 退院当日、多職種で生活環境を整備 退院当日、Aさんの自宅に訪問しました。専門病院から退院調整看護師も同行し、Aさんの表情は病院でお会いしたときとは見違えるほど穏やかで、ニコニコとされていました。 退院当日に、生活環境の整備を行いました。なお、場合によっては退院前の家屋調査等に同行し、自宅内の動線を確認できることもあります。 屋内動線の課題と転倒防止対策 自宅内の動線を確認すると、リビングのベッドからトイレまでの移動に問題が見つかりました。方向転換が3ヵ所も必要で、Aさんは上肢の筋力は維持されているものの、失調と姿勢反射障害によりバランスが悪く、転倒リスクが高い状態でした。 Aさん、妻、ケアマネジャー、福祉用具業者、訪問看護師でサービス担当者会議を行い、ベッドの配置を変更し、トイレまでの動線を直線にし、取り外し可能な置き型の手すりを設置しました。 動線と歩行器選定のポイント MSAの場合、筋力は維持できていてもバランスを崩しやすく、方向転換時に転倒するリスクが高い傾向があります。そのため、方向転換をなるべく減らすような動線の確保に努めましょう。 また、同様の理由から、歩行器の選定にも注意が必要です。力を加えると車輪が動いてしまう歩行器は使いにくい場合が多く、抑速ブレーキ付きのタイプや、ピックアップ方式で使用するタイプの歩行器を導入するとよいでしょう。これにより、歩行器だけが移動してしまい、バランスを崩して転倒することを防ぎます。 退院後の支援の実際 退院日の翌日からは通常の訪問が開始。Mさんの場合、訪問看護ステーションからは、訪問看護とリハビリが週1回ずつ実施される予定です。看護師は、日常生活の状況を把握し、食事・排泄・保清・自主トレーニング(以下、自主トレ)の確認や実施、介護状況の確認を行います。さらに、介護保険を利用して、週1回のデイケアと福祉用具の貸与が行われることになっています。 自主トレに対する消極的な姿勢 リハビリ訪問時、自主トレに積極的でない様子が見られました。理由をたずねると、リハビリ入院中に主治医から余命も含めてIC(インフォームド・コンセント)があったことで、本人から「どうせこの病気は」といったネガティブな発言があり、リハビリに対して消極的になっていることが分かりました。進行のスピードは人によって違うことを説明し、筋力維持の大切さを本人に伝えました。 MSAにおけるリハビリの重要性 MSAのリハビリは、筋力の維持を目標に介入します。握力は比較的保たれる特徴がありますが、振戦があるため、縦型の手すりのほうが持ちやすく、介護保険でレンタル可能な工事不要の置き型手すりがおすすめです。このような手すりを設置し、把持する場所を確保することで、自分で動ける機会が増え、筋力の維持につながります。 水分摂取に関する問題 入院中、水分に軽くとろみをつけるよう言われていましたが、Aさんが嫌がるために、とろみをつけずに水分を摂取していることが妻からの話で明らかになりました。本人に理由を聞いてもニコニコしているだけです。「(とろみ付きでは)おいしくないですか?」という問いに対し、イエスと大きく頷いていました。 入浴方法の現状と今後 入浴については、入院前と同じ方法を続けています。浴室の床に正座をして体を洗い、手すりにつかまり浴槽をまたいで入浴します。今後、進行に伴って入浴方法の再検討が必要であることが、今一つ想像できないようで、またぐ際にバランスを崩しそうになっています。 病状説明と理解の課題 MSAの症状の1つなのか、病状の説明が正しく理解されないことを経験します。個人差はありますが、病識が薄く、食事にとろみが必要であっても使用しないケースや、食欲旺盛となり体重増加が止まらないといったケースもあります。このような状況の修正はなかなか難しいですが、看護師としては諦めずに必要性を伝え続ける姿勢が重要です。誤嚥の確認や体重測定を行い、目の前で数字を示すことや、栄養状態の評価を継続して行うことが大切だと考えます。 進行性神経難病におけるADL低下への対応 MSAに限らず、進行性の神経難病を患う方のADL低下に対し、看護師は代替の方法を提案する場面があります。本人や家族にとっては「今できていること」の継続が日常生活の目標となっている場合もあります。そのため、代替案を伝える際には、本人の意向を大切にしつつ、安全を担保する方法を「いつ」「誰が」「どのように」伝えるかを慎重に検討する必要があります。場合によっては、できている段階で代替案を提案したことで、信頼関係を失ってしまうこともあるほどです。 現状を正しく評価しつつ、代替案を用意しておき、伝えるタイミングを待つ姿勢も大切だと考えています。 本事例は、本人の承諾を得た上で掲載しています。個人が特定されないよう、必要な情報を匿名化し、適切に調整を行っています。本内容は教育・研究を目的としており、特定の診療や治療を推奨するものではありません。   執筆:小林 真理子訪問看護ステーションRNC管理責任者日本難病看護学会認定・難病看護師1996年、鳥取赤十字看護専門学校を卒業後、鳥取赤十字病院、武蔵野赤十字病院にて看護業務に従事。2004年より都内の訪問看護ステーションで勤務し、2013年に訪問看護ステーションRNCを開設。編集:株式会社照林社

ALS患者に必要なリハビリテーション【四肢編:拘縮予防が最大のポイント】
ALS患者に必要なリハビリテーション【四肢編:拘縮予防が最大のポイント】
コラム
2025年12月16日
2025年12月16日

ALS患者に必要なリハビリテーション【四肢編:拘縮予防が最大のポイント】

ALSを発症して10年、現役医師・梶浦先生によるコラム連載、第2弾。ALSは筋肉そのものの病気ではないため、過度な筋力トレーニング(以下、筋トレ)は逆効果になることもあります。では、どのようなリハビリテーション(以下、リハビリ)が適切なのでしょうか。今回は、病気の進行に応じた適切なリハビリや、四肢の拘縮を防ぐ工夫について、梶浦先生ご自身の実践を交えて解説していただきます。 ALS患者にとってのリハビリとは これまでのコラムでも書いてきましたが、ALSは運動ニューロンが障害されることで、脳からの命令が筋肉に伝わらず、結果的に筋肉が動かせなくなっていく病気です。 筋肉自体の病気ではありません。 そのため、リハビリのポイントは、 適度に筋肉や関節を動かしていくことで、残存する運動機能をできる限り温存し、筋肉や関節が硬くなるのを予防していくこと につきます。 過度な筋トレは逆効果 徐々に筋肉が細くなり、筋力が落ちていくため、筋トレがよいリハビリだと思われる方もしばしばいらっしゃいます。しかし、過度な筋トレは以下の理由により、ALS患者には逆効果となってしまいます。 (1)ALSでは運動ニューロンが徐々に壊れていき、正常に機能している筋肉も少なくなっていくため残された筋肉を無理に使いすぎると、その筋肉やそれを支配する神経に過剰な負荷がかかり、症状の進行を早める可能性があります。   (2)ALS患者は筋肉の再生能力が健常者より低下しており、筋トレによるダメージからの回復が不十分になるため過度な筋トレによってダメージを受けた筋肉が修復されないまま疲労が蓄積され、結果的に筋力が低下してしまうことがあります。 体が動かせるうちにできるリハビリ まだ体が動かせるうちは「今できる日常動作を無理のない範囲で、できる限り継続していく」というのが、適切なリハビリです。 例えば、まだ歩ける方は、歩くこと自体がよいリハビリになります。過度な負荷をかけずに、歩くことをできる限り継続してください。ただし、転倒するようになってきたり、足元がおぼつかないと感じるようになったときには、無理せず主治医に相談してください。 ベッド上の生活でできる四肢のリハビリ 私のように、四肢体幹が動かせなくなり、人工呼吸器を装着して、主にベッド上での生活がメインになってからは、四肢と体幹(呼吸筋)の2つに分けてリハビリを考えるとよいでしょう。今回はそのうちの、「四肢のリハビリ」について書いていきたいと思います。 筋力が落ちて、自分の力では四肢体幹が動かせなくなると、体は自然と筋肉の緊張がゆるみ、安静に保つための基本的な姿勢をとるようになります(図1)。 図1 安静を保つ姿勢のイメージ この姿勢が楽だからといって、長時間同じ姿勢でいると、徐々に関節や筋肉がその状態で硬くなってしまいます。この現象を「拘縮」と呼びます。 拘縮が引き起こす問題 拘縮を起こしてしまうと、次のような理由から、日常生活の中でさまざまな弊害が出てきてしまいます。 血流が悪くなる 関節痛や筋肉痛の原因になる 関節の可動域が制限される(例えば、着衣や車椅子への移乗などの動作が難しくなる) ベッド上での生活がメインになっている段階では、自分の力で筋肉や関節を動かすことが難しいため、以下のいずれかが必要です。  他者に動かしてもらう 自分でもできる拘縮を予防する工夫を取り入れる 他者に体を動かしてもらう場合 ALS患者さんによって、硬くなる部位は異なります。 上位運動ニューロンが優位に障害されている部位:緊張性麻痺(筋緊張が亢進) 下位運動ニューロンが優位に障害されている部位:弛緩性麻痺(筋緊張が低下) リハビリスタッフさんや看護師さんは、これを前提に、個々の症状に合った可動域訓練をはじめとしたリハビリテーションを行うようしてください。 ただ、一般的に「硬くなりやすい動き」もあります。例えば、 手指の関節を屈曲・伸展する動き(こぶしを握ったり、開いたりする動き) 前腕を回外する動き(前腕を前に出し、手のひらを上に向ける動き。ちなみに、手のひらを下に向ける動きは回内です) アキレス腱を伸ばす動き などが多いです。そのことを意識しながら、可動域訓練をするとよいでしょう。 私が実践している拘縮の予防方法 拘縮を予防していく上で最も重要なのは、「頻度」です。いくらリハビリスタッフや看護師さんたちに体を動かしてもらったとしても、時間は限られています。そこで、ポイントとなるのが、「拘縮を予防する動きをできるだけ日常生活の姿勢の中に取り入れること」です。ここからは、私が行っている拘縮予防の工夫をご紹介します。 尖足(せんそく)拘縮の予防 尖足拘縮とは、足関節が足底のほうへ屈曲し、つま先が下を向いた位置で固まってしまうことをいいます(図2)。これはALS患者によく見られる代表的な拘縮の1つなので、早期から予防していくことを強くおすすめします。 図2 尖足拘縮とは 足関節が足底のほうへ屈曲し、つま先が下を向いた位置で固まってしまう状態。 私はサポート器具を自作し、尖足拘縮を予防しています。今回はその作り方をご紹介します。 ベッドのフットボード側の長さを測り、その長さに収まるように、木の板をカットする(板のカットはホームセンターで行ってもらえます) 木の板の上に発泡スチロール製のブロックをボンドで貼り付ける(発泡スチロールのブロックはホームセンターで購入可)・図3のようにゴムバンドを板とブロックに巻き付けるとさらに強度が上がる図3 ゴムバンドで固定した板とブロック 2をベッドの足元に置いて、図4のように足首が垂直になるようにする 図4 ベッドの足元に置いた板とブロック 作り方は以上です。足が届かない場合は、板の後ろにクッションを入れて厚みを調整してみてください。足を伸ばしている間は、なるべくこの姿勢を維持することで尖足を予防することができます。 前腕の回内拘縮の予防 まずは、図5のようにベッド上で上腕・前腕をなるべく外側にひねり、手のひらを上に向けます(回外肢位をとる)。 図5 回外肢位 このとき、クッションのように軽い重りとなるものを手のひらに乗せて、回外肢位を保持します(図6)。 図6 回外肢位を保持する工夫 余力があれば、かかとをお尻につけるように膝を曲げ、膝をクッションにもたれさせます。そうすることで、回外肢位に負荷をかけつつ、アキレス腱の伸展も同時に行え、尖足予防にもなるため一石二鳥です。 私はベッドの上にいる時は、ほとんどこの2つの姿勢で過ごしています。ぜひ参考にしてみて下さい。 実際のポジショニングの様子は、動画でもご覧いただけます。▼enjoy ALS (YouTubeチャンネル)https://www.youtube.com/@S.Kaji_SND ※リンク先はYouTube(外部サイト)となります。※チャンネル内の「ALS_自分でできる四肢の拘縮予防」の動画をご参照ください。  注意点:必ず専門家と相談を!今回ご紹介した拘縮予防の方法は、個人の拘縮の部位や症状によります。必ず、主治医やリハビリスタッフの同意のもとで行ってください。  コラム執筆者:医師 梶浦 智嗣「さくらクリニック」皮膚科医。「Dermado(デルマド)」(マルホ株式会社)にて「ALSを発症した皮膚科医師の、患者さんの診かた」を連載。また、「ヒポクラ」にて全科横断コンサルトドクターとしても活躍。編集:株式会社照林社

【PSP難病看護事例】「食べたい」を叶える 支援者の不安に向き合う多職種連携
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特集
2025年12月9日
2025年12月9日

【PSP難病看護事例】「食べたい」を叶える 支援者の不安に向き合う多職種連携

今回は進行性核上性麻痺(progressive supranuclear palsy:PSP)をテーマに、摂食支援の取り組みについて紹介します。本人の「食べたい」という思いに対して支援を計画するなかで、スタッフが抱える「怖さ」や「不安」が明らかになりました。こうした不安が少しでも軽減し、各スタッフが自分の専門性と役割を再確認しながら、本人の願いに応える支援を行う、そんな多職種連携をめざした取り組みについてお伝えします。 進行性核上性麻痺(PSP)とは PSPは、比較的高齢者に発症する神経変性疾患であり、固縮や無動を特徴としたパーキンソン症状を呈します。疾患の進行に伴い、嚥下障害や構音障害、認知機能障害などの多岐にわたる症状が出現するため、支援が必要な生活課題がたくさん生じます。訪問看護で出会う頃(進行期以降)には、療養者や家族、支援にかかわる多職種スタッフ(以下、スタッフ)はさまざまな困りごとや課題に直面していることが多いです。こうした状況では、難病看護の専門的な視点からの状況判断やケアの提供に基づいた、チームでの協働が重要となるでしょう。 事例紹介:Mさん(70代、男性) Mさんは定年退職まで数々の調理場で勤務し、料理をつくることも食べることもとにかく大好きな方です。 定年退職から数年後に、歩きにくさと食べにくさが出現し、パーキンソン病の疑いで外来で治療を受けていました。2年後、体動困難と誤嚥性肺炎で入院し、その際にPSPと確定診断され、退院を機に訪問看護や訪問介護などのサービスを導入して自宅へ戻りました。その後、誤嚥性肺炎で再入院し、重度の嚥下障害のため胃瘻を造設して退院しましたが、疾患の進行に伴う生活課題の増加から有料老人ホームへ入居しました。 経口摂取の制限があるなか、毎日「コーヒーやあんこを食べたい、少しでもよいから」と涙ながらに話していました。ADL(activities of daily living:日常生活動作)の全般において、見守りから介助が必要な状況でした。それでも「動きたい」「食べたい」という思いが強く、息が苦しくとも歩行器を使って歩いたり、1人でコーヒーを飲んではむせ込んだりすることを繰り返していました。  【Mさんの思い】自分が誤嚥性肺炎肺炎になるとは思わなかった。コーヒーや好きなものを食べたい気持ちは今もある。体調がよいときは外の空気を吸いたい。口から食べられなくなったら生きている意味がない。最期まで好きなものを食べて死にたいよ。 【家族の思い】本人の思うように過ごしてほしい。 「何が不安なのか」が分からない すべての訪問看護師が難病看護や摂食嚥下ケアに携わってきているわけではなく、「PSPに出会うのは初めて」「PSPのことがよく分からない」という方も多いでしょう。慣れないときには、何が分からなくて不安なのか、何が怖いのかも漠然としているものです。 そのため、私は、「コーヒーなどの水分を摂る時によくむせていますね。むせにくい姿勢や食形態があるのかも。どんな姿勢の時にむせることが多いと感じますか?」「口の中がとてもキレイですね。皆さんの口腔ケアのおかげです。どんな工夫をしながらやっていますか?」というように、日々のかかわりやケアの場面に絡めて、スタッフの思いを引き出すよう心がけました。すると、スタッフから以下の相談や報告が寄せられるようになったのです。 【相談内容】・摂食支援時の姿勢やこれまでの介助のしかただとむせてしまう・覚醒が悪い時間帯や苦手な姿勢があるため、どのように対応したらよいか【報告内容】・Mさんが食べたいもの、好きなもの・呼吸状態や痰の性状・量・摂食介助後の状況 上記の相談や報告があった際、次のように説明をしました。「PSPはむせずに誤嚥をする不顕性誤嚥のほうが心配なので、むせることは悪いことではないんですよ。Mさんの場合、むせた後に鼻汁が増えたり、喉からゴロゴロと音が聴こえたりすることがあります。むせた後に声を出してもらって、湿性嗄声になっていないか、鼻汁の増加がないかを確認してみましょう」こうしたやりとりを通じて、Mさんの思いを実現するためのチーム体制の基盤ができあがっていくのを実感しました。 管理者・指導者は、吸引や姿勢の調整、緊急時の連絡基準を定め、いつでも対応できるような環境を整えることが大切です。そうすることで、チームの信頼関係の構築にもつながるでしょう。 スタッフの専門性に基づき役割を明確に Mさんのケースでは、「食べたい」思いに寄り添いたい気持ちが、スタッフから痛いほど伝わってきましたが、施設としてのルールや、スタッフ間の思いのすれ違いが障壁となっているようでした。これだけのスタッフが揃っているなら、それぞれの立場からMさんを支援できるような環境づくりが必要と考えました。 食べる支援のための準備として、各スタッフの役割を以下のとおり明確にしました。 ヘルパー:介護プランに応じた支援、本人が希望したときのコーヒーの摂取介助施設看護師:1日3回の経管栄養注入、排便管理、口腔ケア、吸引処置言語聴覚士:週1回の嚥下機能および食形態・姿勢の評価、摂食介助の指導理学療法士:身体機能の評価、摂取介助時の姿勢の評価や指導難病看護師:多職種スタッフへの疾患に関する教育・指導、週1回の専門的な視点からの全身状態のアセスメント・評価、摂食支援方法の検討、訪問診療の医師・看護師・ケアマネジャーへの報告訪問看護師:全身状態の観察・アセスメント、摂食支援の実施・評価、Mさんの思いの表出への支援、施設スタッフからの情報収集・困りごとの共有、ケアマネジャーとのサービス調整 これらの役割を明確にした上で、ケアマネジャーや施設スタッフと相談し、サービスの予定を組み立てました(図1)。 図1 Mさんの週間サービスの予定表 【訪問看護の内容】● 月曜日〜金曜日(平日):1日2回の訪問 ・1回目の訪問:全身状態のアセスメント・評価、状況に応じた摂食支援と口腔ケア ・2回目の訪問:全身状態の評価と状態に応じた離床支援● 土曜日と日曜日:1日1回の訪問 ・平日の1回目の訪問内容と同様 訪問看護では、Mさんの意向に沿って、昼食時の摂食支援を中心としたプランとし、平日は摂食支援後の評価や離床支援のために複数回訪問を計画。複数回訪問にすることで、施設スタッフやヘルパーとコミュニケーションを取る機会が増え、タイムリーな報告や相談、ケアの実施や評価がしやすくなりました。 スタッフ全員が「チームの一員」でいられること、「1人ではない」と思える環境を整えることが大切です。 実際の摂食支援の内容 Mさんが食べたいものを軸に、表1に示した内容を基準に食べ物を探しました。 表1 Mさんの食品リスト (1) 安価で近くのスーパーで購入できるもの(2) 現在の嚥下機能に適したもの(3) 介助しやすいもの例)● 黒みつ、はちみつ、さまざまな味のジャムやソース● お湯で溶かすおしるこ(とろみをつける)● お湯でつくれるとろみつきのコーヒー● ゼリー、プリン、ヨーグルト、水ようかん 言語聴覚士や理学療法士と相談し、以下の手順で摂食介助の実施方法を周知しました。実際には写真つきの資料を作成しています。 ● 右側臥位(姿勢の写真を添付)して、舌に塗り込む。またはティースプーン半分の量を口に入れる● 食事前後に吸引と口腔ケアを行う● とろみのつけ方:100mLに対して、とろみスティックを1本(3g)使用 Mさんの嚥下状態や金銭的な問題などを総合的に判断した結果、食品には限りがある状況でしたが、最期を迎える直前までMさんは食べることを継続できました。Mさんの思いを実現するために、あきらめずに寄り添った多職種連携の成果であると考えています。Mさんの食べているときのにこやかな表情は、これからも忘れることはないでしょう。 難病の療養支援における多職種連携と環境づくり 私自身がMさんの事例をとおして、感じたことは以下のとおりです。 多職種スタッフが難病の療養支援を経験していない場合、何をどうすればよいか分からず、不安を感じることがあるため、難病を理解している相談役が必要になること。 多職種スタッフに対して、疾患の特徴と経過をふまえた看護判断を分かりやすく伝える必要があること。 スタッフがそれぞれの専門性や役割に専念できる環境を整えることが、療養者やスタッフにとっての安心材料となり、療養者の希望を叶えることにつながること。 訪問看護師だけではできることにも限りがあります。多職種スタッフをつなぎながら、支援を分担することが重要です。また、それぞれのスタッフがもつ専門性や価値観に合わせて、指導方法や伝え方を変えるといった工夫が求められます。さらに、療養者が実現したい思いに対し、多職種スタッフや訪問看護師が担える範囲かどうかを判断する必要があります。その上で、状況に応じて支援内容を見直すことが必要です。  本事例は、本人の承諾を得た上で掲載しています。個人が特定されないよう、必要な情報を匿名化し、適切に調整を行っています。本内容は教育・研究を目的としており、特定の診療や治療を推奨するものではありません。   執筆:出町 玲株式会社ケアサークル ほーむおんナースステーション、日本難病看護学会認定・難病看護師急性期病院の脳神経内科病棟で経験を積み、日本難病看護学会認定難病看護師を取得。その後、現訪問看護ステーションに勤務し、難病看護にかかわる教育や研修企画等を行いながら日々難病を抱える利用者さんや家族のところへ訪問をしている。編集:株式会社照林社

【ALS難病看護事例】長期の経過を支える難しさ 変化に応じたケアの試行錯誤
【ALS難病看護事例】長期の経過を支える難しさ 変化に応じたケアの試行錯誤
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2025年10月28日
2025年10月28日

【ALS難病看護事例】長期の経過を支える難しさ 変化に応じたケアの試行錯誤

本記事は、医療関係者のスキルアップを目的として医療行為に関する詳細な記述や症例を掲載しています。 筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)をテーマに、訪問看護師としての取り組みをご紹介します。ALSは突然発症し、残酷な内容の告知をされ「どうしたらよいのか分からない」状況のまま、急な意思決定を迫られることが少なくありません。そのような状況の療養者に訪問看護師としてどのようにかかわればよいのか、日々悩まれている方も多いのではないでしょうか。 本記事では、初回訪問時からの難病看護師の専門的な視点やアセスメント、本人やご家族への具体的な対応についてご紹介します。訪問看護の現場で役立てていただければ幸いです。 筋萎縮性側索硬化症(ALS)とは ALSは、運動ニューロンが障害を受け、手足や舌などがうまく動かせなくなり、筋肉が痩せていく病気です。個人差はありますが、徐々に症状が進行し、ADL(activities of daily living:日常生活動作)の低下や嚥下困難などの症状が顕著になっていきます。 そうなると、今までの日常生活が困難となり、諦めや選択を迫られます。また、症状の進行に伴い、情動制止困難な症状が出現することがあり、介護者やかかわる多職種は精神的に追い詰められ、サービスの継続が困難になる場合もあります。 事例紹介:Aさん(60代、男性) 主介護者は妻で、中学生の息子との3人家族です。Aさんは、就労中の電話対応で呂律が回っていないことを指摘され、医療機関を受診しALSと診断されました。セカンドオピニオンを受けているうちに症状が進行し、経口摂取が困難となり、脱水症状で緊急搬送されました。その後、胃瘻を造設され、退院時に訪問看護を紹介されました。以下は、初回訪問時の状況です。Aさんご夫婦は、当初、訪問看護の利用には消極的でした。  【初回訪問時の状況】Aさん(椅子に座り筆談):「喉は開けるつもりはないので、訪問看護はいらないです」妻(落ち着いた様子):「主人もいらないと言っていますし、まだ大丈夫です」「なんとか工夫して食べていますし」「最近、座ってでないと眠りにくいようですけど」訪問看護師:「そうなんですね」「あまり睡眠がとれていないですかね。頭痛など大丈夫でしょうか」「胃瘻も気になりますし、2週間に1回だけでもお顔を見せていただけませんか」「少し飲み込みづらさがあると思いますので、リハビリをしてみるのはいかがでしょうか」「次回の病院受診時にご一緒させていただいてよろしいでしょうか。お願いします」「何か困ったことがあればいつでもご連絡くださいね」Aさん・妻:「まあ……そこまで言うなら。そのくらいなら、いいかな」 初回訪問:難病看護師としての視点 (1)身体面・精神面のアセスメント 【身体面】球麻痺が進行し、唾液が流れるため、タオルを常に噛んでいる状態でした。誤嚥のリスクが非常に高いと考え、誤嚥による肺副雑音の出現、SpO2の低下を確認します。夜間も座位でないと睡眠がとれないことから、呼吸筋麻痺の進行が想定され、CO2ナルコーシスの症状も確認します。 【精神面】診断されて間もない時期であり、詳しく状況を理解されておらず、病気の進行に対する理解や気持ちが追いついていないと考えられます。ご夫婦に危機感はないように見られましたが、初回訪問であり、装っておられる可能性もあります。 (2)訪問体制のアセスメント 最初は少ない訪問回数の提案でつながりを確保し、徐々に訪問サービスに慣れていただきます。また、初期は特に症状の改善に期待を持たれているため、訪問リハビリテーション(以下、リハビリ)のほうが受け入れもよく、スムーズに開始できる場合が多いです。その場合はリハビリから開始し、スタッフと情報共有しながら進行状況に応じ看護師の訪問を開始します。 初回のアセスメントで「リスクが高い状態である」と考えられる場合は、必ず緊急体制の必要性を説明し、早期に契約します。また、緊急訪問時に重要となる吸引器はすぐに準備し、自治体が行う日常生活用具給付等事業の利用申請を促します。吸引器は、制度の申請から実際に手元に届くまでに数ヵ月かかる場合が多いです。そのため、まずは訪問看護ステーションの吸引器を持参するか、レンタルするなどして緊急時に備えておきます。 (3)意思決定支援のためのアセスメント Aさんが、医師からの説明内容や自身で検索された情報から、どの程度の知識があり、どのように理解されているのか、また何を大切にされており、何が自尊心の維持につながるのかを情報収集します。 早い段階から保健師やケアマネジャーらと多職種カンファレンスを行い、本人と妻の「今の」意思を共有します。意思は変化しますので、意思確認に必要な情報を継続的に共有することも大切です。また、同じ疾患の方の情報も伝え、今後起こり得る状況を想定できるように、精神状況に配慮しながら意思決定支援につなげていきます。  ワンポイントアドバイス●意思決定支援はていねいに進めるAさんのように進行が早く、気持ちの準備ができていない場合は、タイミングを見て、ていねいに時間をかけた意思決定支援を進めることが大切です。●焦ってリスクを伝えない関係性ができていない状態で、看護師が焦ってリスクを伝えようとすると、受け入れができずに怒りを表出される可能性があります。その結果、訪問を拒否されてしまうこともあるため、注意が必要です。●初期段階の連携が重要診断後の初期には、大学病院や総合病院の主治医から訪問看護指示書を受けるケースが多く、連携が取りにくいことがあります。その場合には、FAXで状態報告を行うのもよいですが、可能な限り受診に同行することをおすすめします。病院との連携がスムーズになるだけでなく、診察を待つ間に本人や介護者とゆっくり話すことができるので、信頼関係の構築にもつながります。 家族(介護者)への支援 Aさんは呼吸状態が悪化し、緊急入院となりました。そして、ご家族で相談され、気管切開・気管食道分離術を受けました。その後、妻から「病院の先生に施設をすすめられましたが、私は自宅で介護をしたいです。どうしたらよいでしょうか」と泣きながら連絡がありました。 妻には、自宅での介護生活をイメージできるように24時間必要なケアについて、「利用できるサービスや制度」「機器を利用することにより負担が軽減できるケア」「妻が行う必要があるケア」の3つに分けて具体的に説明しました(表1)。サービスを利用していない時間は、基本的に介護者がケアを行います。訪問看護師は24時間体制で支えますが、「介護者は覚えることが多く、負担が大きくなる可能性がある」ことを伝え、事前に介護者の意思を確認しておくことも重要です。 希望があれば実際にご自宅で介護されているお宅に一緒にうかがいます。また、病院には、妻の意思を伝え、退院前の指導項目やカンファレンスに参加すべきサービス事業所を提案します。 表1 妻に伝えた24時間必要なケアの内容 利用できるサービスや制度・ 訪問看護・訪問リハビリ・ 訪問診療・ 訪問介護(介護ヘルパー・重度障害ヘルパー)・ 訪問入浴・ 療養通所介護(人工呼吸器装着状態でも利用可能なデイサービス)・ 日常生活用具給付事業(吸引器、パルスオキシメータなどの支給を受けることができる)機器を利用することにより負担が軽減できるケア・ 福祉用具のレンタルや購入:移動や体位変換、排泄、入浴時などの介護負担を軽減させる→福祉用具:介護ベッド、マットレス、クッション、ポータブルトイレ、手すり、車椅子、シャワーチェアー、バスボードなど在宅人工呼吸療法関連機器[強力な助っ人]の一例●唾液吸引チューブ(メラ唾液持続吸引チューブ:泉工医科工業)●喀痰吸引器(アモレSU1:トクソー技研株式会社)●気道粘液除去装置(カフアシストE70:株式会社フィリップス・ジャパン)妻が行う必要があるケア・ 呼吸器管理(画面表示内容の理解、アラーム対応、回路・加湿器対応など)・ 気管カニューレの管理(吸引)・ 胃瘻管理(注入)・ 体位変換・ 療養者のメンタルケア など 本人が抱える苦痛への対応 Aさんは、症状の進行に伴う喪失体験を繰り返すたびに、妻に厳しく当たるようになりました。「妻だから、介護はおまえの仕事」と介護サービスを拒否し、妻を頻回に呼び出します。妻は、どのように夫にかかわればよいか悩み、息子と過ごす時間もとれなくなったことで精神的に追い込まれていきました。 妻には1人で悩まないように伝え、Aさんには「望まれる在宅生活を続けていくなら、奥様の協力が必要ですが、このままでは奥様は体調を壊してしまいます。ご協力をお願いします」と伝えました。Aさんは怒りを表出し、拒否されました。 情動制止困難への対応 ALSでは「情動静止困難」と呼ばれる、こだわりが強くなる、怒りが強く継続する、思いやりや気遣いができなくなる、といった自身の元来の性格では考えられないような症状を認めることがあります。 情動制止困難の症状が出現すると、主介護者のご家族はもちろん、多職種のチームメンバーが精神的に追い込まれ、在宅生活が継続できなくなる可能性があります。そのため、難病看護師は、症状が出現するとチームの中心となり、症状の説明やかかわり方を検討し、伝えていく役割を担います。以下は、かかわり方の具体的な例です。  (1)身体面のアセスメントを行い、さまざまな症状への対応を工夫し、苦痛の除去を検討する【さまざまな症状と対応例】● 四肢と腰部に疼痛がある:体位の工夫(クッションやマットレスなどの福祉用具の利用)、リハビリテーション、マッサージ、鎮痛薬の開始● 全身掻痒感がある:訪問入浴の導入、清拭の強化(ハッカ水を利用)、軟膏・アレルギー薬の開始● 不眠、不安が見られる:例えば、車椅子に移乗し外を見る、といったような気分転換を取り入れる、会話・傾聴の時間をつくる、パソコンによる動画視聴、抗うつ薬や睡眠導入薬の開始(2)本人に「なぜそのように感じたのか」、「なぜそのような態度をとったのか」を問う(3)本人の身体状況や精神状況のタイミングを見て、現状を説明する(説明中に本人の怒りが表現された場合も冷静に説明する。落ち着くまで、説明の中断もあり得る)(4)本人の希望を実現するための手段を提案し、本人と一緒に考え選択する(できること、できないことを分かりやすく伝える。落ち着くまで、説明の中断もあり得る)このほかに、看護師や介護ヘルパーが精神的苦を受けないように、事業所ができる対応もあります。例えば、1人で訪問せずに2人体制にしたり(複数名訪問看護:看護補助者や介護ヘルパーが同行する)、特定のスタッフをターゲットとして攻撃するような場合は、そのスタッフは無理をせず訪問を控えるといった方法があります。 妻に対しては、時間をかけて思いを何度も傾聴し、いつでも相談できる体制をつくりました。追い込まれて精神的に耐えられないときには、外出し距離を置くことを提案し、サービスの調整を行いました。レスパイト入院や通所サービスは、Aさんの拒否が特に強かったので、制度を利用することで訪問看護や訪問リハビリテーションの回数を増やし、何とか妻のレスパイトができるようになりました。 ワンポイントアドバイス●レスパイト:地域の資源を知り、組み合わせて利用する・地域の病院を利用したレスパイト入院・在宅人工呼吸器使用患者支援事業 ・1週間に5回、年間260回を限度に利用できる ・1日に複数の訪問看護ステーションを利用できる など・重症障害者医療的ケア支援事業 ・各市町村が独自に行う支援で、医療的ケアを行う看護師を派遣するもの ・月4時間を限度とし、自己負担分は支援に要する費用の1割(原則)・療養通所介護・ショートステイ地域には、上記以外にもさまざまな制度やサービスが整備されています。ご家族(介護者)の状況に応じてレスパイトを利用し、長期にわたる療養を支え続けられるようサポートできるとよいでしょう。 本人・介護者と向き合い解決策を探し続ける 自尊心の維持につながるケア 本人やご家族が表出した感情を受け止め、それに向き合うことが大切です。問題に対して「何かできることはないか」をあきらめずに探し続ける姿勢が求められます。訪問看護師は、本人やご家族の精神的苦痛やスピリチュアルペインを一番身近に感じ、理解し、共感できる存在だと感じています。 Aさんは、その後、長い在宅療養生活を経て症状が進行し、意思疎通が困難になりました。しかし、これまでの経験から、本人の機嫌や好みなどをある程度想像することができました。脈の速度や顔色、呼吸回数などを手がかりに、妻と「今、笑っているね」「機嫌が悪そうですね」とAさんの気持ちを読み取りながらケアを行うことで、妻のメンタルケアにもつながりました。 徐々に妻は、花見に出かけたり、喫茶店で過ごしたり、ケアグッズを工夫したりと、生活の中に楽しみを取り入れる余裕ができました。そんななか、難病看護師から妻に、これまでの介護経験を活かせる資格の取得を提案しました。 こうしたかかわりを続けていくなかで、妻は「主人がリビングで寝ている。この生活がうちの家族の形です」「自分のことはあきらめていましたが、今は介護の仕事が気分転換になっています」と笑顔で話されるようになりました。 介護者の精神面・社会面の支援も必要 進行期における精神的に不安定で過酷な状況をご家族とともに乗り越えてきた経験が、信頼関係の構築につながると考えます。本人の希望に寄り添い、毎日のケアに工夫を取り入れ、「楽しみながら」支援することで、つらいなかでも笑顔のあふれる在宅療養生活が継続できます。 長時間介護する妻が、介護から離れて社会参加できる環境を整えることは、妻自身が人生を歩むための大切な時間をつくり、生きがいにつながっていると考えます。療養者への支援はもちろん重要ですが、療養者を支える介護者の支援も大切です。制度を最大限に利用し、療養者の負担を軽減すると同時に、介護者にも自分自身の時間や場を提供する支援が求められます。 また、悩み試行錯誤しながらの「難病ケア」は訪問看護師やリハビリスタッフの「やりがい」「自信」にもつながっていると感じています。  本事例は、本人の承諾を得た上で掲載しています。個人が特定されないよう、必要な情報を匿名化し、適切に調整を行っています。本内容は教育・研究を目的としており、特定の診療や治療を推奨するものではありません。   執筆:西尾 まり子地域ケアステーション・八千代 訪問看護ステーション 管理者近畿大学病院 難病患者在宅医療支援センター所属日本難病看護学会認定・難病看護師、在宅ケア認定看護師訪問看護師として神経難病療養者の在宅支援に携わりながら、相談・指導を行う。在宅医療現場での特定行為実践にも力を入れている。編集:株式会社照林社 【参考文献】○ 荻野美恵子,小林庸子,早乙女貴子,他編:神経疾患の緩和ケア.南山堂,東京,2019.○ 髙橋一司医学監修,中山優季,原口道子,松田千春編著:神経難病の病態・ケア・支援がトータルにわかる.照林社,東京,2024.

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2025年10月14日
2025年10月14日

ALSの4大陰性徴候を活用して日常生活を豊かにしよう!

ALSを発症して10年、現役医師・梶浦先生によるコラム連載、第2弾。今回は、ALSの重要なポイントである「4大陰性徴候」について取り上げます。症状が進行する中でも最後まで残る機能に注目し、それを日常生活でどのように活用していくかについて、実際に取り組まれている先生の工夫や実践例とともに解説していただきます。 4大陰性徴候とは何か ALSは全⾝の筋⾁が徐々に動かせなくなっていく病気です。教科書やインターネットなどでALSについて調べてみても、この「全⾝の筋⾁が徐々に動かせなくなっていく」というメインの症状に焦点が当てられており、「ALSに出にくい症状」にはあまり触れられていません。しかし、ALS当事者にとっては、こうした出にくい症状を理解し、将来を⾒据えて⽇常⽣活にうまく取り⼊れていくことがとても⼤切なのです! ALSには、出にくい症状が4つほどあり、これを「4大陰性徴候」といいます。このコラムの2回目(>>「分かりやすい! ALSの病態と症状」)でもお伝えしましたが、非常に重要なポイントですので、ここであらためて紹介します。 (1)目は最後まで動かせる! 手足や身体・顔がまったく動かなくなっても、目を動かす筋肉が最終的にある程度は残ることが多いです。 (2)尿意や便意はがまんできることが多い! 尿道や肛門をキュッと締める括約筋も筋肉ですが、障害は受けにくいです。つまり、尿や便が勝手に漏れて、垂れ流しにはなりにくいということです。 (3)感覚障害が起こりにくい! 見たり聴いたり、味覚を感じたり、冷たさや痛さなどを感じる感覚は最後まで残ります。 (4)「褥瘡」、いわゆる「床ずれ」ができにくい! 徐々に寝たきりになっていきますが、褥瘡はできにくいです。これは(3)で書いた、痛みなどの感覚は最後まで残ることが関係します(床ずれは痛いです)。 今回は、4大陰性徴候のうち(1)~(3)について、日常生活でどう活用しているか、私の実践を交えながら紹介していきます。 最後まで動く目を早めに活用しよう 「目は最後まで動かせること」が4⼤陰性徴候の中でも⼀番重要な症状になってきます。 コミュニケーションを取るとき、声が出せるうちは、がんばって声で会話をするでしょう。⼿が動かせるうちは、タブレットやパソコンの操作も、がんばって⼿を使って⾏うでしょう。しかし、それらもいずれできなくなっていきます……。 ここでとても⼤事なポイントは、「完全にできなくなる前に、目を使った⽅法も取り⼊れて、併⽤しながらやっていったほうがいい!!」ということです。完全にできなくなってからでは、絶望感と虚無感に襲われ、そこから目を使った⽅法に切り替えるのが難しくなります。 目を使った⽅法は「アナログな⽅法」と「デジタルな⽅法」の2つに分けて考えることができ、どちらも⽇常⽣活の中でとても重要な役割を果たします。それぞれの方法について説明していきたいと思います。 アナログな方法:⽂字盤を使って会話しよう! 声が出せなくなったら、いずれ「⽂字盤」を使った会話⽅法に切り替えていく必要があります。⽂字盤については第1弾コラムの10回目(>>「⽂字盤を使わない⽂字盤!?〜エアーフリック式⽂字盤〜」)に詳しく書いていますのでご参照ください。ここからは上記のコラムを読んでいただいたことを前提として書いていきます。●エアーフリック式文字盤私が使っているエアーフリック式⽂字盤について、「ALS当事者は文字の配置を覚えられるのですが、介助者が覚えて使いこなすのが⼤変です」との声を何件かいただきました。そこで、文字盤を使っていく上でのポイントを紹介します。また、実際に私が会話している解説動画を作りましたのでこちらも参考にしてください。 ▼ALS_エアーフリック式文字盤https://youtu.be/-qwhvTesF4I?si=CwubuZ04OB6rcylV ※リンク先はYouTube(外部サイト)となります。 動画について:分かりやすいように目の動きをスローモーションにして編集しています。実際にはもっと速く動きます。(「さくらクリニック練馬」が動画編集に協力してくれました) ALS当事者は、毎⽇繰り返し使っていきますし、⾃分のQOLを上げることにもつながるため、わりと皆さん文字盤を覚えられます。⼤事なポイントは、「介助者は無理して⽂字盤を覚える必要はありません!」ということです。 図1は実際の私の部屋を撮影した写真です。私の後ろの壁には、介助者⽤の⽂字盤が常に貼ってありますので、介助者は文字の配置を覚えていなくても、それを⾒ながら読み取ることができます。 図1 介助用文字盤の配置 さらに余裕が出てきたら、各行の頭文字が並ぶ9マスの位置だけでも覚えることで、会話のスピードが格段に上がります。ぜひチャレンジしてみてください。参考までに、私の介助者の中には、右の列を「あたま(頭)」、左の列を「さはら(サハラ砂漠)」と覚えている⼈も多くいます。 デジタルな方法:目の動きでタブレットを操作しよう! ⼿を使ってタブレットやパソコンなどが操作できなくなったら、⼀番スムーズに動かせる目の動きを活⽤することが多くあります。 視線⼊⼒を使った⽅法については、第1弾コラムの13回目(>>「ALS患者に必要な情報「実用編」 ~上肢②コミュニケーションツール~」)をご覧ください。 ここからは、上記のコラムを読んでいただいていることを前提に書いていきます。なお、そのコラムを執筆したのは2022年ですが、それ以降、画期的な出来事が起こりました! なんと、2024年に視線⼊⼒を使った操作が「iPad Pro」に標準機能として搭載されたのです!!▼Apple、視線トラッキング、ミュージックの触覚、ボーカルショートカットなどの新しいアクセシビリティ機能を発表(プレスリリース 2024年5月15日)https://www.apple.com/jp/newsroom/2024/05/apple-announces-new-accessibility-features-including-eye-tracking ほとんどの⽅はピンとこないと思いますが、これまでALS患者やその関係者は、「なんとか視線を使ってタブレットやパソコンを動かせないか」と試⾏錯誤を繰り返してきました。そして、パソコンについては外部装置を接続することで操作を可能にしてきましたが、純正の機械ではないため、機能を最⼤限に活⽤するには難しい面がありました。 そのような中、Appleが⾝体障害者のために、「iPad Pro」に視線⼊⼒装置を標準搭載してくれたことで、その機能を⼗分に活⽤できるようになりました。これによりタブレットも視線の動きで操作できるようになり、利便性が大きく向上し、⾝体障害者の社会的活動の可能性が広がりました。 一番⾃由に動かせる目を活⽤することは、最初の「とっかかり」としてはスムーズかと思います。ただし、目は⽂字盤をはじめさまざまなことに使いますので、酷使するとどうしても疲労が溜まりやすくなります。 また、いくら「目は最後まで動かせる」といっても、私のように10年⽣きていると、徐々に目も動かしづらくなってくることもあります。(もちろん10年経っても変わらず目を⾃由に動かせる⽅もいらっしゃいますので、ALS当事者の⽅は必要以上に不安にならないでください。) このような理由からも、目を使った⽅法以外にもタブレットを操作できる手段を知っておいてほしいと思います。 ちなみに私は、疲労を分散させるために、用途に応じて操作方法を使い分けていました。例えば、⼤学で講義をする時は、目を使ってパソコンを操作し資料を作成し、医師として診療を⾏う時には、歯の噛む⼒を使って空圧センサーを押し、タブレットを操作していました(空圧センサーについても第1弾コラムの13回目に詳しく書いています)。 私は現在、目が⾃由に動かしにくくなってきたため、空圧センサーのみを使用しています。以下にセンサーに接続するセンサーチューブの作り方と、吸引カテーテル(口腔内の唾液を低圧持続吸引してくれるカテーテル)との連結方法をまとめたのでご覧ください。>>センサーチューブの作成方法と吸引カテーテルとの連結方法はこちらから ※リンク先は「さくらクリニック練馬」のWebサイト(外部サイト)となります。 この⽅法は、口周りに障害物が何もないことが前提となるため、NPPV※を装着している方には使用できません。一方、気管切開をしている⽅で、わずかでも噛む⼒が残っている⽅にとっては、⼝腔内の唾液を吸引しながらタブレットを操作できる、とてもよい⽅法だと思います。ぜひ参考にしてみてください。 ※NPPV:非侵襲的陽圧換気。気管切開を行わないで、マスクを着用するだけの人工呼吸器。 ちなみに、私がNPPVをやめて気管切開を決断した理由の1つには、目と⻭以外に⾃由に動かせる場所がなくなり、早くこの⽅法を試してみたかったということもあります。 実際に私が⻭の動きでiPadを操作している動画も載せておきます。よく⾒ないと分からないですが、2mmくらい⻭が動かせれば操作できます。 ▼ALS_空圧スイッチを使ったiPadの操作方法https://youtu.be/EgM5bV9HIxs?si=BErItzSlxNqOKwfV ※リンク先はYouTube(外部サイト)となります。 この動画の撮影と編集は、私の息⼦が⼿伝ってくれました。息⼦よ、いつもありがとう!! 衣類を工夫し尿器で排泄:がまんできる力を活かす 四肢や体幹が動かせなくなると、「ベッド上でおむつで排泄しないといけない」と思っている⼈も多いかもしれませんが、ALSでは膀胱直腸障害は起こりにくいため、排泄をがまんすることができます(もちろん⼀般論であり、個⼈差があります)。⼯夫次第ではポータブルトイレや尿器を使って排泄できます。 ポータブルトイレでの排泄⽅法は、第1弾コラムの 18回目(>>「ALS患者に必要な情報「実用編」 ~下肢(2)ベッド上生活~」)に詳しく書いてますので、ご参照ください。 尿器を使用したベッド上での排尿の工夫として、これは男性の場合に限りますが、ズボンの前面を切り、スナップボタンを取り付けることで、ズボンを脱がずに陰茎を出して尿器をセットする方法があります。 ちなみに私は、尿器をセットしやすくするために下着は履かず、加工したズボンを直接履き、毎⽇⼊浴後に着替えています(⼊浴⽅法についても、18回目のコラムをご参照ください)。 実際に加⼯した私のズボンは図2をご覧ください。図2 加工したズボン(男性用) 「感じる力」を大切に:感覚が残ることを活かす ⾒たり聴いたり、味覚を感じたり……五感をフルに活⽤して、⽇々の⽣活をより豊かにしていきましょう! 上述した⽅法でタブレットを⾃分で操作できるようになれば、世界は格段に広がります。自分の好きなタイミングで読書をしたり、ドラマや映画を観たり、好きな⾳楽を聴いたりすることができます。 また、気管切開をして⼈⼯呼吸器を装着していても、誤嚥防⽌術さえ行っていれば、⼯夫次第で⽐較的⻑い期間、飲⾷を楽しむこともできます(もちろん個⼈差はあります)。誤嚥防止術の詳細については第1弾コラムの16回目(>>「「気管切開+誤嚥防止術」という考えかた!」)を参照してください。 * * * このように「できなくなっていくこと」ではなく、「何が最後までできるのか」に焦点を当ててALSという病気と向き合ってみると、⾒えてくる世界がまったく違ってきます。ALSという病気は、⼈間の可能性についてあらためて考えさせられる病気だなぁと、つくづく思う次第です。  コラム執筆者:医師 梶浦 智嗣「さくらクリニック」皮膚科医。「Dermado(デルマド)」(マルホ株式会社)にて「ALSを発症した皮膚科医師の、患者さんの診かた」を連載。また、「ヒポクラ」にて全科横断コンサルトドクターとしても活躍。編集:株式会社照林社

分かりやすい! ALSの最新治療~痛くない筋肉注射の方法~
分かりやすい! ALSの最新治療~痛くない筋肉注射の方法~
コラム
2025年7月29日
2025年7月29日

分かりやすい! ALSの最新治療~痛くない筋肉注射の方法~

ALSを発症して10年、現役医師・梶浦先生によるコラム連載、第2弾。今回は、ALSの最新治療法について解説します。エダラボンの内服薬や高用量のメコバラミンなど患者のQOLを高める治療の最前線をお伝えします。 ALSの疫学と原因について 日本におけるALSの患者数は1万人弱で、10万人あたり7〜11人程度の有病率とされています。男女比は1.3〜1.5:1で、やや男性に多い傾向にあります。 ALS患者の約90%は孤発性(家族歴がない)ですが、残りの約10%は家族内で発症することが知られており、家族性ALSとも呼ばれています。家族性ALSの原因となる遺伝子変異はこれまで30種類以上見つかっており、日本ではSOD1という遺伝子に変異があるパターンが最も多く、遺伝子変異の中の約20%(ALS全体の約2%)を占めます1)。 好発年齢は50〜70歳くらいですが、まれに若い年代で発症することもあります。私のように30代以下で発症するケースは全体のわずか約10%です。前回のコラム(>>分かりやすい!  ALSの診断方法〜二転三転した私の病名〜)で書きましたが、若年発症例は珍しいからこそ、さまざまな疾患の可能性が考えられ、結果として診断が遅れることもあるのです。 発症のメカニズムも徐々に分かってきています。運動ニューロンの中にTDP-43という異常タンパク質が蓄積し、それが細胞死を引き起こすと考えられています2)。「なぜTDP-43が蓄積するのか」「どうすればそれを除去できるのか」といった疑問が解明されれば、根本的な治療につながるのですが、その実現にはまだ時間がかかりそうです。そのため現在は、運動ニューロンの保護を目的とした対症療法が主な治療法となっています。 ALSの平均余命 一般的に、人工呼吸器を使用しないALS患者の平均余命はおよそ2〜5年とされています。その一方で、胃瘻による栄養管理を行いながら、人工呼吸器を装着する場合、生存期間の中央値は20年ともいわれています。(>>ALSの平均寿命が2〜5年なんて嘘だ!) しかしながら、この過酷な病気とともに生きていく人は少なく、気管切開を行い人工呼吸器を導入する人は、全体の20〜30%程度に過ぎません。 ALS治療の大きな柱:「栄養療法」と「薬物療法」 栄養療法について ALS患者は、病初期から著しく体重減少を起こすことがあります。体重減少の原因には以下のとおりさまざまなものがあります。 ALS特有の病初期~中期にかけての異常な代謝亢進(人工呼吸器を装着するまで) 病気の進行に伴う全身の筋肉量の減少 嚥下機能の低下に伴う食事摂取量の減少 呼吸機能の低下に伴う努力性呼吸*によるエネルギー消費量の増加  *努力性呼吸:自然に呼吸ができないため、一所懸命に呼吸をすること。   「ALSを発症した当初から体重を落とした群」と「体重を落とさなかった群」を比較した研究によると、後者の群のほうが人工呼吸器の装着までに要した期間が長く、QOLが低下する速度もゆるやかであったと報告されています3),4)。このことから、食事と合わせた高カロリー療法が進行を遅らせる効果があるとされています。 一方、発症後期(人工呼吸器装着後)は代謝量の減少に伴い、必要なカロリーも減少します。そのため徐々に摂取カロリーも減らす必要があります。ちなみに、今の私の摂取カロリーは1日900kcalです。 薬物療法について 日本では長年、「リルゾール」と「エダラボン」の2剤が治療薬として認可されていました。詳しくは「ALSの治療法について〜栄養療法がとても大切!〜」をご参照ください。ここからは「enjoy!ALS」第1弾の連載を終了してからの2年間で新しく変わった治療について解説していきます。 【ALS最新治療】エダラボンの内服薬が登場! 1つ目は、エダラボンが点滴から内服に変わったことです。これはALS患者にとって非常にうれしい進展でした。2週間ごとに点滴を留置するわずらわしさから解放されたことで、QOLが大きく向上しました。 【ALS最新治療】第3の治療薬、高用量メコバラミンが承認! 2つ目は、高用量のメコバラミンが、2024年9月に世界に先駆けて日本で初めて承認されたことです。 メコバラミンは、高用量ビタミンB12の筋肉注射製剤です。ビタミンB12は昔から神経保護作用があることが知られており、500μgの錠剤が末梢神経障害の治療薬として広く医療現場で使用されてきました。1990年代より、厚生労働省の研究班による臨床研究において、従来の承認用量の50~100倍量にあたる高用量メコバラミンが、ALSに対して臨床効果を示す可能性が示唆されました。これを受け、2006年から数百人規模の患者を対象とした臨床試験を経て、病初期のALS患者において進行スピードがゆるやかになったことが確認されたため、今回ついに承認されることになりました。 なぜ内服ではなく「筋肉注射」なのか? では、なぜリルゾールやエダラボンのように内服製剤にならず、筋肉注射という痛みを伴う投与方法になったのでしょうか。 ビタミンB12はさまざまな食品に含まれる水溶性ビタミンです。口から入ってきたビタミンB12は、胃から分泌された「内因子」というタンパク質と結合し、小腸の末端である回腸から吸収され、血中に運ばれます。 図1に示したとおり、従来の用量である500μg程度の量であれば、ビタミンB12は内因子と結合することができます。しかし、高用量メコバラミンはその100倍にあたる50mgものビタミンB12が含有されているため、経口投与ではほとんどが内因子と結合せず、便として排泄されてしまいます。こうした理由から、内服よりも比較的緩徐に血中に運ばれる筋肉注射による投与方法が選ばれたのです。図1 なぜ高用量メコバラミンは筋肉注射なのか 高用量のビタミンB12は内服では吸収しきれません。そのため筋肉注射が必要なのです。   高用量メコバラミンは週2回のペースで筋肉注射を継続していく治療です。なるべく痛みを軽減できるように、投与していきましょう。 筋肉注射では、痛みを感じるポイントが3つあります。 1.注射針が皮膚に刺さるときの痛み 2.薬液が筋肉内を押し広げながら注入されるときの痛み 3.薬液と人体のpH(酸・塩基成分の割合)や浸透圧の違いによる痛み これらの痛みを軽減するための工夫をご紹介します(図2)。 極力細い針を使用する 注射針は数字によって太さが分かれており、数字が大きいほど細い針になります。一般的に採血や点滴などで使用する針は22Gや23Gの太さですが、私は27Gというかなり細い針を使用しています。 それでも痛い場合は、針を刺す部分の皮膚を保冷剤などで冷やして感覚を鈍らせてから注射するとよいかと思います。 なるべくゆっくり注入する なるべくゆっくりと薬液を注入していくことで痛みを和らげられます。 高用量メコバラミンはそもそも痛みが出にくい 薬液の成分によりますが、高用量メコバラミンは薬液のpHや浸透圧が人体に近いため、比較的痛みは少ないです。 図2 筋肉注射の痛みを和らげる工夫 高用量メコバラミンはpH・浸透圧の差が小さいため、薬液自体の刺激が少ない。これらのポイントを意識していただけるだけで、痛みに対する不安がだいぶ和らぐと思います。ぜひ参考にしてみてください。 【ALS最新治療】トフェルセンの登場! 遺伝子治療への第一歩 3つ目は、2024年12月に、疫学のところで述べたSOD1という遺伝的原因を標的とする治療薬「トフェルセン」が日本でも承認されたことです。ちなみに、米国では2023年に迅速承認されています。 SOD1に変異をもつALS患者では、有害なタンパク質が運動ニューロンの変性を発現させ、進行性の筋力の低下や機能の喪失を招きます5)。トフェルセンは根治的治療薬ではないものの、ALSの進行スピードを遅らせる効果が認められています。遺伝子にアプローチする初めての薬剤であることから、今後のALS治療に大きな期待がもてます。わずか2年の間に、ALSの治療はこんなにも進歩しています。これらの事実は、ALS患者の皆さんにとって大きな希望になることでしょう!   コラム執筆者:医師 梶浦 智嗣「さくらクリニック」皮膚科医。「Dermado(デルマド)」(マルホ株式会社)にて「ALSを発症した皮膚科医師の、患者さんの診かた」を連載。また、「ヒポクラ」にて全科横断コンサルトドクターとしても活躍。編集:株式会社照林社 【引用文献】1)Nakamura R,Sone J,Atsuta N,et al:Next-generation sequencing of 28 ALS-related genes in a Japanese ALS cohort.Neurobiol Aging 2016;39(219):e1-8.2)葛原茂樹:ALS研究の最近の進歩:ALSとTDP-43.臨神経 2008;48(9):625-633.3)Shimizu T,Nakayama Y,Matsuda C,et al:Prognostic significance of body weight variation after diagnosis in ALS:a single-centre prospective cohort study.J Neurol 2019;266(6):1412-1420.4)Nakayama Y,Shimizu T,Matsuda C,et al:Body weight variation predicts disease progression after invasive ventilation in amyotrophic lateral sclerosis.Sci Rep 2019;9(1):12262.5)Akçimen F,Lopez ER,Landers JE,et al:Amyotrophic lateral sclerosis: translating genetic discoveries into therapies.Nat Rev Genet 2023;24(9):642-658. 【参考文献】○筋萎縮性側索硬化症診療ガイドライン作成委員会編,日本神経学会監修:筋萎縮性側索硬化症(ALS)診療ガイドライン2023.南江堂,東京,2023.

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