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【ALS難病看護事例】長期の経過を支える難しさ 変化に応じたケアの試行錯誤
【ALS難病看護事例】長期の経過を支える難しさ 変化に応じたケアの試行錯誤
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2025年10月28日
2025年10月28日

【ALS難病看護事例】長期の経過を支える難しさ 変化に応じたケアの試行錯誤

筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)をテーマに、訪問看護師としての取り組みをご紹介します。ALSは突然発症し、残酷な内容の告知をされ「どうしたらよいのか分からない」状況のまま、急な意思決定を迫られることが少なくありません。そのような状況の療養者に訪問看護師としてどのようにかかわればよいのか、日々悩まれている方も多いのではないでしょうか。 本記事では、初回訪問時からの難病看護師の専門的な視点やアセスメント、本人やご家族への具体的な対応についてご紹介します。訪問看護の現場で役立てていただければ幸いです。 筋萎縮性側索硬化症(ALS)とは ALSは、運動ニューロンが障害を受け、手足や舌などがうまく動かせなくなり、筋肉が痩せていく病気です。個人差はありますが、徐々に症状が進行し、ADL(activities of daily living:日常生活動作)の低下や嚥下困難などの症状が顕著になっていきます。 そうなると、今までの日常生活が困難となり、諦めや選択を迫られます。また、症状の進行に伴い、情動制止困難な症状が出現することがあり、介護者やかかわる多職種は精神的に追い詰められ、サービスの継続が困難になる場合もあります。 事例紹介:Aさん(60代、男性) 主介護者は妻で、中学生の息子との3人家族です。Aさんは、就労中の電話対応で呂律が回っていないことを指摘され、医療機関を受診しALSと診断されました。セカンドオピニオンを受けているうちに症状が進行し、経口摂取が困難となり、脱水症状で緊急搬送されました。その後、胃瘻を造設され、退院時に訪問看護を紹介されました。以下は、初回訪問時の状況です。Aさんご夫婦は、当初、訪問看護の利用には消極的でした。  【初回訪問時の状況】Aさん(椅子に座り筆談):「喉は開けるつもりはないので、訪問看護はいらないです」妻(落ち着いた様子):「主人もいらないと言っていますし、まだ大丈夫です」「なんとか工夫して食べていますし」「最近、座ってでないと眠りにくいようですけど」訪問看護師:「そうなんですね」「あまり睡眠がとれていないですかね。頭痛など大丈夫でしょうか」「胃瘻も気になりますし、2週間に1回だけでもお顔を見せていただけませんか」「少し飲み込みづらさがあると思いますので、リハビリをしてみるのはいかがでしょうか」「次回の病院受診時にご一緒させていただいてよろしいでしょうか。お願いします」「何か困ったことがあればいつでもご連絡くださいね」Aさん・妻:「まあ……そこまで言うなら。そのくらいなら、いいかな」 初回訪問:難病看護師としての視点 (1)身体面・精神面のアセスメント 【身体面】球麻痺が進行し、唾液が流れるため、タオルを常に噛んでいる状態でした。誤嚥のリスクが非常に高いと考え、誤嚥による肺副雑音の出現、SpO2の低下を確認します。夜間も座位でないと睡眠がとれないことから、呼吸筋麻痺の進行が想定され、CO2ナルコーシスの症状も確認します。 【精神面】診断されて間もない時期であり、詳しく状況を理解されておらず、病気の進行に対する理解や気持ちが追いついていないと考えられます。ご夫婦に危機感はないように見られましたが、初回訪問であり、装っておられる可能性もあります。 (2)訪問体制のアセスメント 最初は少ない訪問回数の提案でつながりを確保し、徐々に訪問サービスに慣れていただきます。また、初期は特に症状の改善に期待を持たれているため、訪問リハビリテーション(以下、リハビリ)のほうが受け入れもよく、スムーズに開始できる場合が多いです。その場合はリハビリから開始し、スタッフと情報共有しながら進行状況に応じ看護師の訪問を開始します。 初回のアセスメントで「リスクが高い状態である」と考えられる場合は、必ず緊急体制の必要性を説明し、早期に契約します。また、緊急訪問時に重要となる吸引器はすぐに準備し、自治体が行う日常生活用具給付等事業の利用申請を促します。吸引器は、制度の申請から実際に手元に届くまでに数ヵ月かかる場合が多いです。そのため、まずは訪問看護ステーションの吸引器を持参するか、レンタルするなどして緊急時に備えておきます。 (3)意思決定支援のためのアセスメント Aさんが、医師からの説明内容や自身で検索された情報から、どの程度の知識があり、どのように理解されているのか、また何を大切にされており、何が自尊心の維持につながるのかを情報収集します。 早い段階から保健師やケアマネジャーらと多職種カンファレンスを行い、本人と妻の「今の」意思を共有します。意思は変化しますので、意思確認に必要な情報を継続的に共有することも大切です。また、同じ疾患の方の情報も伝え、今後起こり得る状況を想定できるように、精神状況に配慮しながら意思決定支援につなげていきます。  ワンポイントアドバイス●意思決定支援はていねいに進めるAさんのように進行が早く、気持ちの準備ができていない場合は、タイミングを見て、ていねいに時間をかけた意思決定支援を進めることが大切です。●焦ってリスクを伝えない関係性ができていない状態で、看護師が焦ってリスクを伝えようとすると、受け入れができずに怒りを表出される可能性があります。その結果、訪問を拒否されてしまうこともあるため、注意が必要です。●初期段階の連携が重要診断後の初期には、大学病院や総合病院の主治医から訪問看護指示書を受けるケースが多く、連携が取りにくいことがあります。その場合には、FAXで状態報告を行うのもよいですが、可能な限り受診に同行することをおすすめします。病院との連携がスムーズになるだけでなく、診察を待つ間に本人や介護者とゆっくり話すことができるので、信頼関係の構築にもつながります。 家族(介護者)への支援 Aさんは呼吸状態が悪化し、緊急入院となりました。そして、ご家族で相談され、気管切開・気管食道分離術を受けました。その後、妻から「病院の先生に施設をすすめられましたが、私は自宅で介護をしたいです。どうしたらよいでしょうか」と泣きながら連絡がありました。 妻には、自宅での介護生活をイメージできるように24時間必要なケアについて、「利用できるサービスや制度」「機器を利用することにより負担が軽減できるケア」「妻が行う必要があるケア」の3つに分けて具体的に説明しました(表1)。サービスを利用していない時間は、基本的に介護者がケアを行います。訪問看護師は24時間体制で支えますが、「介護者は覚えることが多く、負担が大きくなる可能性がある」ことを伝え、事前に介護者の意思を確認しておくことも重要です。 希望があれば実際にご自宅で介護されているお宅に一緒にうかがいます。また、病院には、妻の意思を伝え、退院前の指導項目やカンファレンスに参加すべきサービス事業所を提案します。 表1 妻に伝えた24時間必要なケアの内容 利用できるサービスや制度・ 訪問看護・訪問リハビリ・ 訪問診療・ 訪問介護(介護ヘルパー・重度障害ヘルパー)・ 訪問入浴・ 療養通所介護(人工呼吸器装着状態でも利用可能なデイサービス)・ 日常生活用具給付事業(吸引器、パルスオキシメータなどの支給を受けることができる)機器を利用することにより負担が軽減できるケア・ 福祉用具のレンタルや購入:移動や体位変換、排泄、入浴時などの介護負担を軽減させる→福祉用具:介護ベッド、マットレス、クッション、ポータブルトイレ、手すり、車椅子、シャワーチェアー、バスボードなど在宅人工呼吸療法関連機器[強力な助っ人]の一例●唾液吸引チューブ(メラ唾液持続吸引チューブ:泉工医科工業)●喀痰吸引器(アモレSU1:トクソー技研株式会社)●気道粘液除去装置(カフアシストE70:株式会社フィリップス・ジャパン)妻が行う必要があるケア・ 呼吸器管理(画面表示内容の理解、アラーム対応、回路・加湿器対応など)・ 気管カニューレの管理(吸引)・ 胃瘻管理(注入)・ 体位変換・ 療養者のメンタルケア など 本人が抱える苦痛への対応 Aさんは、症状の進行に伴う喪失体験を繰り返すたびに、妻に厳しく当たるようになりました。「妻だから、介護はおまえの仕事」と介護サービスを拒否し、妻を頻回に呼び出します。妻は、どのように夫にかかわればよいか悩み、息子と過ごす時間もとれなくなったことで精神的に追い込まれていきました。 妻には1人で悩まないように伝え、Aさんには「望まれる在宅生活を続けていくなら、奥様の協力が必要ですが、このままでは奥様は体調を壊してしまいます。ご協力をお願いします」と伝えました。Aさんは怒りを表出し、拒否されました。 情動制止困難への対応 ALSでは「情動静止困難」と呼ばれる、こだわりが強くなる、怒りが強く継続する、思いやりや気遣いができなくなる、といった自身の元来の性格では考えられないような症状を認めることがあります。 情動制止困難の症状が出現すると、主介護者のご家族はもちろん、多職種のチームメンバーが精神的に追い込まれ、在宅生活が継続できなくなる可能性があります。そのため、難病看護師は、症状が出現するとチームの中心となり、症状の説明やかかわり方を検討し、伝えていく役割を担います。以下は、かかわり方の具体的な例です。  (1)身体面のアセスメントを行い、さまざまな症状への対応を工夫し、苦痛の除去を検討する【さまざまな症状と対応例】● 四肢と腰部に疼痛がある:体位の工夫(クッションやマットレスなどの福祉用具の利用)、リハビリテーション、マッサージ、鎮痛薬の開始● 全身掻痒感がある:訪問入浴の導入、清拭の強化(ハッカ水を利用)、軟膏・アレルギー薬の開始● 不眠、不安が見られる:例えば、車椅子に移乗し外を見る、といったような気分転換を取り入れる、会話・傾聴の時間をつくる、パソコンによる動画視聴、抗うつ薬や睡眠導入薬の開始(2)本人に「なぜそのように感じたのか」、「なぜそのような態度をとったのか」を問う(3)本人の身体状況や精神状況のタイミングを見て、現状を説明する(説明中に本人の怒りが表現された場合も冷静に説明する。落ち着くまで、説明の中断もあり得る)(4)本人の希望を実現するための手段を提案し、本人と一緒に考え選択する(できること、できないことを分かりやすく伝える。落ち着くまで、説明の中断もあり得る)このほかに、看護師や介護ヘルパーが精神的苦を受けないように、事業所ができる対応もあります。例えば、1人で訪問せずに2人体制にしたり(複数名訪問看護:看護補助者や介護ヘルパーが同行する)、特定のスタッフをターゲットとして攻撃するような場合は、そのスタッフは無理をせず訪問を控えるといった方法があります。 妻に対しては、時間をかけて思いを何度も傾聴し、いつでも相談できる体制をつくりました。追い込まれて精神的に耐えられないときには、外出し距離を置くことを提案し、サービスの調整を行いました。レスパイト入院や通所サービスは、Aさんの拒否が特に強かったので、制度を利用することで訪問看護や訪問リハビリテーションの回数を増やし、何とか妻のレスパイトができるようになりました。 ワンポイントアドバイス●レスパイト:地域の資源を知り、組み合わせて利用する・地域の病院を利用したレスパイト入院・在宅人工呼吸器使用患者支援事業 ・1週間に5回、年間260回を限度に利用できる ・1日に複数の訪問看護ステーションを利用できる など・重症障害者医療的ケア支援事業 ・各市町村が独自に行う支援で、医療的ケアを行う看護師を派遣するもの ・月4時間を限度とし、自己負担分は支援に要する費用の1割(原則)・療養通所介護・ショートステイ地域には、上記以外にもさまざまな制度やサービスが整備されています。ご家族(介護者)の状況に応じてレスパイトを利用し、長期にわたる療養を支え続けられるようサポートできるとよいでしょう。 本人・介護者と向き合い解決策を探し続ける 自尊心の維持につながるケア 本人やご家族が表出した感情を受け止め、それに向き合うことが大切です。問題に対して「何かできることはないか」をあきらめずに探し続ける姿勢が求められます。訪問看護師は、本人やご家族の精神的苦痛やスピリチュアルペインを一番身近に感じ、理解し、共感できる存在だと感じています。 Aさんは、その後、長い在宅療養生活を経て症状が進行し、意思疎通が困難になりました。しかし、これまでの経験から、本人の機嫌や好みなどをある程度想像することができました。脈の速度や顔色、呼吸回数などを手がかりに、妻と「今、笑っているね」「機嫌が悪そうですね」とAさんの気持ちを読み取りながらケアを行うことで、妻のメンタルケアにもつながりました。 徐々に妻は、花見に出かけたり、喫茶店で過ごしたり、ケアグッズを工夫したりと、生活の中に楽しみを取り入れる余裕ができました。そんななか、難病看護師から妻に、これまでの介護経験を活かせる資格の取得を提案しました。 こうしたかかわりを続けていくなかで、妻は「主人がリビングで寝ている。この生活がうちの家族の形です」「自分のことはあきらめていましたが、今は介護の仕事が気分転換になっています」と笑顔で話されるようになりました。 介護者の精神面・社会面の支援も必要 進行期における精神的に不安定で過酷な状況をご家族とともに乗り越えてきた経験が、信頼関係の構築につながると考えます。本人の希望に寄り添い、毎日のケアに工夫を取り入れ、「楽しみながら」支援することで、つらいなかでも笑顔のあふれる在宅療養生活が継続できます。 長時間介護する妻が、介護から離れて社会参加できる環境を整えることは、妻自身が人生を歩むための大切な時間をつくり、生きがいにつながっていると考えます。療養者への支援はもちろん重要ですが、療養者を支える介護者の支援も大切です。制度を最大限に利用し、療養者の負担を軽減すると同時に、介護者にも自分自身の時間や場を提供する支援が求められます。 また、悩み試行錯誤しながらの「難病ケア」は訪問看護師やリハビリスタッフの「やりがい」「自信」にもつながっていると感じています。  本事例は、本人の承諾を得た上で掲載しています。個人が特定されないよう、必要な情報を匿名化し、適切に調整を行っています。本内容は教育・研究を目的としており、特定の診療や治療を推奨するものではありません。   執筆:西尾 まり子地域ケアステーション・八千代 訪問看護ステーション 管理者近畿大学病院 難病患者在宅医療支援センター所属日本難病看護学会認定・難病看護師、在宅ケア認定看護師訪問看護師として神経難病療養者の在宅支援に携わりながら、相談・指導を行う。在宅医療現場での特定行為実践にも力を入れている。編集:株式会社照林社 【参考文献】○ 荻野美恵子,小林庸子,早乙女貴子,他編:神経疾患の緩和ケア.南山堂,東京,2019.○ 髙橋一司医学監修,中山優季,原口道子,松田千春編著:神経難病の病態・ケア・支援がトータルにわかる.照林社,東京,2024.

ALSの4大陰性徴候を活用して日常生活を豊かにしよう!
ALSの4大陰性徴候を活用して日常生活を豊かにしよう!
コラム
2025年10月14日
2025年10月14日

ALSの4大陰性徴候を活用して日常生活を豊かにしよう!

ALSを発症して10年、現役医師・梶浦先生によるコラム連載、第2弾。今回は、ALSの重要なポイントである「4大陰性徴候」について取り上げます。症状が進行する中でも最後まで残る機能に注目し、それを日常生活でどのように活用していくかについて、実際に取り組まれている先生の工夫や実践例とともに解説していただきます。 4大陰性徴候とは何か ALSは全⾝の筋⾁が徐々に動かせなくなっていく病気です。教科書やインターネットなどでALSについて調べてみても、この「全⾝の筋⾁が徐々に動かせなくなっていく」というメインの症状に焦点が当てられており、「ALSに出にくい症状」にはあまり触れられていません。しかし、ALS当事者にとっては、こうした出にくい症状を理解し、将来を⾒据えて⽇常⽣活にうまく取り⼊れていくことがとても⼤切なのです! ALSには、出にくい症状が4つほどあり、これを「4大陰性徴候」といいます。このコラムの2回目(>>「分かりやすい! ALSの病態と症状」)でもお伝えしましたが、非常に重要なポイントですので、ここであらためて紹介します。 (1)目は最後まで動かせる! 手足や身体・顔がまったく動かなくなっても、目を動かす筋肉が最終的にある程度は残ることが多いです。 (2)尿意や便意はがまんできることが多い! 尿道や肛門をキュッと締める括約筋も筋肉ですが、障害は受けにくいです。つまり、尿や便が勝手に漏れて、垂れ流しにはなりにくいということです。 (3)感覚障害が起こりにくい! 見たり聴いたり、味覚を感じたり、冷たさや痛さなどを感じる感覚は最後まで残ります。 (4)「褥瘡」、いわゆる「床ずれ」ができにくい! 徐々に寝たきりになっていきますが、褥瘡はできにくいです。これは(3)で書いた、痛みなどの感覚は最後まで残ることが関係します(床ずれは痛いです)。 今回は、4大陰性徴候のうち(1)~(3)について、日常生活でどう活用しているか、私の実践を交えながら紹介していきます。 最後まで動く目を早めに活用しよう 「目は最後まで動かせること」が4⼤陰性徴候の中でも⼀番重要な症状になってきます。 コミュニケーションを取るとき、声が出せるうちは、がんばって声で会話をするでしょう。⼿が動かせるうちは、タブレットやパソコンの操作も、がんばって⼿を使って⾏うでしょう。しかし、それらもいずれできなくなっていきます……。 ここでとても⼤事なポイントは、「完全にできなくなる前に、目を使った⽅法も取り⼊れて、併⽤しながらやっていったほうがいい!!」ということです。完全にできなくなってからでは、絶望感と虚無感に襲われ、そこから目を使った⽅法に切り替えるのが難しくなります。 目を使った⽅法は「アナログな⽅法」と「デジタルな⽅法」の2つに分けて考えることができ、どちらも⽇常⽣活の中でとても重要な役割を果たします。それぞれの方法について説明していきたいと思います。 アナログな方法:⽂字盤を使って会話しよう! 声が出せなくなったら、いずれ「⽂字盤」を使った会話⽅法に切り替えていく必要があります。⽂字盤については第1弾コラムの10回目(>>「⽂字盤を使わない⽂字盤!?〜エアーフリック式⽂字盤〜」)に詳しく書いていますのでご参照ください。ここからは上記のコラムを読んでいただいたことを前提として書いていきます。●エアーフリック式文字盤私が使っているエアーフリック式⽂字盤について、「ALS当事者は文字の配置を覚えられるのですが、介助者が覚えて使いこなすのが⼤変です」との声を何件かいただきました。そこで、文字盤を使っていく上でのポイントを紹介します。また、実際に私が会話している解説動画を作りましたのでこちらも参考にしてください。 ▼ALS_エアーフリック式文字盤https://youtu.be/-qwhvTesF4I?si=CwubuZ04OB6rcylV ※リンク先はYouTube(外部サイト)となります。 動画について:分かりやすいように目の動きをスローモーションにして編集しています。実際にはもっと速く動きます。(「さくらクリニック練馬」が動画編集に協力してくれました) ALS当事者は、毎⽇繰り返し使っていきますし、⾃分のQOLを上げることにもつながるため、わりと皆さん文字盤を覚えられます。⼤事なポイントは、「介助者は無理して⽂字盤を覚える必要はありません!」ということです。 図1は実際の私の部屋を撮影した写真です。私の後ろの壁には、介助者⽤の⽂字盤が常に貼ってありますので、介助者は文字の配置を覚えていなくても、それを⾒ながら読み取ることができます。 図1 介助用文字盤の配置 さらに余裕が出てきたら、各行の頭文字が並ぶ9マスの位置だけでも覚えることで、会話のスピードが格段に上がります。ぜひチャレンジしてみてください。参考までに、私の介助者の中には、右の列を「あたま(頭)」、左の列を「さはら(サハラ砂漠)」と覚えている⼈も多くいます。 デジタルな方法:目の動きでタブレットを操作しよう! ⼿を使ってタブレットやパソコンなどが操作できなくなったら、⼀番スムーズに動かせる目の動きを活⽤することが多くあります。 視線⼊⼒を使った⽅法については、第1弾コラムの13回目(>>「ALS患者に必要な情報「実用編」 ~上肢②コミュニケーションツール~」)をご覧ください。 ここからは、上記のコラムを読んでいただいていることを前提に書いていきます。なお、そのコラムを執筆したのは2022年ですが、それ以降、画期的な出来事が起こりました! なんと、2024年に視線⼊⼒を使った操作が「iPad Pro」に標準機能として搭載されたのです!!▼Apple、視線トラッキング、ミュージックの触覚、ボーカルショートカットなどの新しいアクセシビリティ機能を発表(プレスリリース 2024年5月15日)https://www.apple.com/jp/newsroom/2024/05/apple-announces-new-accessibility-features-including-eye-tracking ほとんどの⽅はピンとこないと思いますが、これまでALS患者やその関係者は、「なんとか視線を使ってタブレットやパソコンを動かせないか」と試⾏錯誤を繰り返してきました。そして、パソコンについては外部装置を接続することで操作を可能にしてきましたが、純正の機械ではないため、機能を最⼤限に活⽤するには難しい面がありました。 そのような中、Appleが⾝体障害者のために、「iPad Pro」に視線⼊⼒装置を標準搭載してくれたことで、その機能を⼗分に活⽤できるようになりました。これによりタブレットも視線の動きで操作できるようになり、利便性が大きく向上し、⾝体障害者の社会的活動の可能性が広がりました。 一番⾃由に動かせる目を活⽤することは、最初の「とっかかり」としてはスムーズかと思います。ただし、目は⽂字盤をはじめさまざまなことに使いますので、酷使するとどうしても疲労が溜まりやすくなります。 また、いくら「目は最後まで動かせる」といっても、私のように10年⽣きていると、徐々に目も動かしづらくなってくることもあります。(もちろん10年経っても変わらず目を⾃由に動かせる⽅もいらっしゃいますので、ALS当事者の⽅は必要以上に不安にならないでください。) このような理由からも、目を使った⽅法以外にもタブレットを操作できる手段を知っておいてほしいと思います。 ちなみに私は、疲労を分散させるために、用途に応じて操作方法を使い分けていました。例えば、⼤学で講義をする時は、目を使ってパソコンを操作し資料を作成し、医師として診療を⾏う時には、歯の噛む⼒を使って空圧センサーを押し、タブレットを操作していました(空圧センサーについても第1弾コラムの13回目に詳しく書いています)。 私は現在、目が⾃由に動かしにくくなってきたため、空圧センサーのみを使用しています。以下にセンサーに接続するセンサーチューブの作り方と、吸引カテーテル(口腔内の唾液を低圧持続吸引してくれるカテーテル)との連結方法をまとめたのでご覧ください。>>センサーチューブの作成方法と吸引カテーテルとの連結方法はこちらから ※リンク先は「さくらクリニック練馬」のWebサイト(外部サイト)となります。 この⽅法は、口周りに障害物が何もないことが前提となるため、NPPV※を装着している方には使用できません。一方、気管切開をしている⽅で、わずかでも噛む⼒が残っている⽅にとっては、⼝腔内の唾液を吸引しながらタブレットを操作できる、とてもよい⽅法だと思います。ぜひ参考にしてみてください。 ※NPPV:非侵襲的陽圧換気。気管切開を行わないで、マスクを着用するだけの人工呼吸器。 ちなみに、私がNPPVをやめて気管切開を決断した理由の1つには、目と⻭以外に⾃由に動かせる場所がなくなり、早くこの⽅法を試してみたかったということもあります。 実際に私が⻭の動きでiPadを操作している動画も載せておきます。よく⾒ないと分からないですが、2mmくらい⻭が動かせれば操作できます。 ▼ALS_空圧スイッチを使ったiPadの操作方法https://youtu.be/EgM5bV9HIxs?si=BErItzSlxNqOKwfV ※リンク先はYouTube(外部サイト)となります。 この動画の撮影と編集は、私の息⼦が⼿伝ってくれました。息⼦よ、いつもありがとう!! 衣類を工夫し尿器で排泄:がまんできる力を活かす 四肢や体幹が動かせなくなると、「ベッド上でおむつで排泄しないといけない」と思っている⼈も多いかもしれませんが、ALSでは膀胱直腸障害は起こりにくいため、排泄をがまんすることができます(もちろん⼀般論であり、個⼈差があります)。⼯夫次第ではポータブルトイレや尿器を使って排泄できます。 ポータブルトイレでの排泄⽅法は、第1弾コラムの 18回目(>>「ALS患者に必要な情報「実用編」 ~下肢(2)ベッド上生活~」)に詳しく書いてますので、ご参照ください。 尿器を使用したベッド上での排尿の工夫として、これは男性の場合に限りますが、ズボンの前面を切り、スナップボタンを取り付けることで、ズボンを脱がずに陰茎を出して尿器をセットする方法があります。 ちなみに私は、尿器をセットしやすくするために下着は履かず、加工したズボンを直接履き、毎⽇⼊浴後に着替えています(⼊浴⽅法についても、18回目のコラムをご参照ください)。 実際に加⼯した私のズボンは図2をご覧ください。図2 加工したズボン(男性用) 「感じる力」を大切に:感覚が残ることを活かす ⾒たり聴いたり、味覚を感じたり……五感をフルに活⽤して、⽇々の⽣活をより豊かにしていきましょう! 上述した⽅法でタブレットを⾃分で操作できるようになれば、世界は格段に広がります。自分の好きなタイミングで読書をしたり、ドラマや映画を観たり、好きな⾳楽を聴いたりすることができます。 また、気管切開をして⼈⼯呼吸器を装着していても、誤嚥防⽌術さえ行っていれば、⼯夫次第で⽐較的⻑い期間、飲⾷を楽しむこともできます(もちろん個⼈差はあります)。誤嚥防止術の詳細については第1弾コラムの16回目(>>「「気管切開+誤嚥防止術」という考えかた!」)を参照してください。 * * * このように「できなくなっていくこと」ではなく、「何が最後までできるのか」に焦点を当ててALSという病気と向き合ってみると、⾒えてくる世界がまったく違ってきます。ALSという病気は、⼈間の可能性についてあらためて考えさせられる病気だなぁと、つくづく思う次第です。  コラム執筆者:医師 梶浦 智嗣「さくらクリニック」皮膚科医。「Dermado(デルマド)」(マルホ株式会社)にて「ALSを発症した皮膚科医師の、患者さんの診かた」を連載。また、「ヒポクラ」にて全科横断コンサルトドクターとしても活躍。編集:株式会社照林社

分かりやすい! ALSの最新治療~痛くない筋肉注射の方法~
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コラム
2025年7月29日
2025年7月29日

分かりやすい! ALSの最新治療~痛くない筋肉注射の方法~

ALSを発症して10年、現役医師・梶浦先生によるコラム連載、第2弾。今回は、ALSの最新治療法について解説します。エダラボンの内服薬や高用量のメコバラミンなど患者のQOLを高める治療の最前線をお伝えします。 ALSの疫学と原因について 日本におけるALSの患者数は1万人弱で、10万人あたり7〜11人程度の有病率とされています。男女比は1.3〜1.5:1で、やや男性に多い傾向にあります。 ALS患者の約90%は孤発性(家族歴がない)ですが、残りの約10%は家族内で発症することが知られており、家族性ALSとも呼ばれています。家族性ALSの原因となる遺伝子変異はこれまで30種類以上見つかっており、日本ではSOD1という遺伝子に変異があるパターンが最も多く、遺伝子変異の中の約20%(ALS全体の約2%)を占めます1)。 好発年齢は50〜70歳くらいですが、まれに若い年代で発症することもあります。私のように30代以下で発症するケースは全体のわずか約10%です。前回のコラム(>>分かりやすい!  ALSの診断方法〜二転三転した私の病名〜)で書きましたが、若年発症例は珍しいからこそ、さまざまな疾患の可能性が考えられ、結果として診断が遅れることもあるのです。 発症のメカニズムも徐々に分かってきています。運動ニューロンの中にTDP-43という異常タンパク質が蓄積し、それが細胞死を引き起こすと考えられています2)。「なぜTDP-43が蓄積するのか」「どうすればそれを除去できるのか」といった疑問が解明されれば、根本的な治療につながるのですが、その実現にはまだ時間がかかりそうです。そのため現在は、運動ニューロンの保護を目的とした対症療法が主な治療法となっています。 ALSの平均余命 一般的に、人工呼吸器を使用しないALS患者の平均余命はおよそ2〜5年とされています。その一方で、胃瘻による栄養管理を行いながら、人工呼吸器を装着する場合、生存期間の中央値は20年ともいわれています。(>>ALSの平均寿命が2〜5年なんて嘘だ!) しかしながら、この過酷な病気とともに生きていく人は少なく、気管切開を行い人工呼吸器を導入する人は、全体の20〜30%程度に過ぎません。 ALS治療の大きな柱:「栄養療法」と「薬物療法」 栄養療法について ALS患者は、病初期から著しく体重減少を起こすことがあります。体重減少の原因には以下のとおりさまざまなものがあります。 ALS特有の病初期~中期にかけての異常な代謝亢進(人工呼吸器を装着するまで) 病気の進行に伴う全身の筋肉量の減少 嚥下機能の低下に伴う食事摂取量の減少 呼吸機能の低下に伴う努力性呼吸*によるエネルギー消費量の増加  *努力性呼吸:自然に呼吸ができないため、一所懸命に呼吸をすること。   「ALSを発症した当初から体重を落とした群」と「体重を落とさなかった群」を比較した研究によると、後者の群のほうが人工呼吸器の装着までに要した期間が長く、QOLが低下する速度もゆるやかであったと報告されています3),4)。このことから、食事と合わせた高カロリー療法が進行を遅らせる効果があるとされています。 一方、発症後期(人工呼吸器装着後)は代謝量の減少に伴い、必要なカロリーも減少します。そのため徐々に摂取カロリーも減らす必要があります。ちなみに、今の私の摂取カロリーは1日900kcalです。 薬物療法について 日本では長年、「リルゾール」と「エダラボン」の2剤が治療薬として認可されていました。詳しくは「ALSの治療法について〜栄養療法がとても大切!〜」をご参照ください。ここからは「enjoy!ALS」第1弾の連載を終了してからの2年間で新しく変わった治療について解説していきます。 【ALS最新治療】エダラボンの内服薬が登場! 1つ目は、エダラボンが点滴から内服に変わったことです。これはALS患者にとって非常にうれしい進展でした。2週間ごとに点滴を留置するわずらわしさから解放されたことで、QOLが大きく向上しました。 【ALS最新治療】第3の治療薬、高用量メコバラミンが承認! 2つ目は、高用量のメコバラミンが、2024年9月に世界に先駆けて日本で初めて承認されたことです。 メコバラミンは、高用量ビタミンB12の筋肉注射製剤です。ビタミンB12は昔から神経保護作用があることが知られており、500μgの錠剤が末梢神経障害の治療薬として広く医療現場で使用されてきました。1990年代より、厚生労働省の研究班による臨床研究において、従来の承認用量の50~100倍量にあたる高用量メコバラミンが、ALSに対して臨床効果を示す可能性が示唆されました。これを受け、2006年から数百人規模の患者を対象とした臨床試験を経て、病初期のALS患者において進行スピードがゆるやかになったことが確認されたため、今回ついに承認されることになりました。 なぜ内服ではなく「筋肉注射」なのか? では、なぜリルゾールやエダラボンのように内服製剤にならず、筋肉注射という痛みを伴う投与方法になったのでしょうか。 ビタミンB12はさまざまな食品に含まれる水溶性ビタミンです。口から入ってきたビタミンB12は、胃から分泌された「内因子」というタンパク質と結合し、小腸の末端である回腸から吸収され、血中に運ばれます。 図1に示したとおり、従来の用量である500μg程度の量であれば、ビタミンB12は内因子と結合することができます。しかし、高用量メコバラミンはその100倍にあたる50mgものビタミンB12が含有されているため、経口投与ではほとんどが内因子と結合せず、便として排泄されてしまいます。こうした理由から、内服よりも比較的緩徐に血中に運ばれる筋肉注射による投与方法が選ばれたのです。図1 なぜ高用量メコバラミンは筋肉注射なのか 高用量のビタミンB12は内服では吸収しきれません。そのため筋肉注射が必要なのです。   高用量メコバラミンは週2回のペースで筋肉注射を継続していく治療です。なるべく痛みを軽減できるように、投与していきましょう。 筋肉注射では、痛みを感じるポイントが3つあります。 1.注射針が皮膚に刺さるときの痛み 2.薬液が筋肉内を押し広げながら注入されるときの痛み 3.薬液と人体のpH(酸・塩基成分の割合)や浸透圧の違いによる痛み これらの痛みを軽減するための工夫をご紹介します(図2)。 極力細い針を使用する 注射針は数字によって太さが分かれており、数字が大きいほど細い針になります。一般的に採血や点滴などで使用する針は22Gや23Gの太さですが、私は27Gというかなり細い針を使用しています。 それでも痛い場合は、針を刺す部分の皮膚を保冷剤などで冷やして感覚を鈍らせてから注射するとよいかと思います。 なるべくゆっくり注入する なるべくゆっくりと薬液を注入していくことで痛みを和らげられます。 高用量メコバラミンはそもそも痛みが出にくい 薬液の成分によりますが、高用量メコバラミンは薬液のpHや浸透圧が人体に近いため、比較的痛みは少ないです。 図2 筋肉注射の痛みを和らげる工夫 高用量メコバラミンはpH・浸透圧の差が小さいため、薬液自体の刺激が少ない。これらのポイントを意識していただけるだけで、痛みに対する不安がだいぶ和らぐと思います。ぜひ参考にしてみてください。 【ALS最新治療】トフェルセンの登場! 遺伝子治療への第一歩 3つ目は、2024年12月に、疫学のところで述べたSOD1という遺伝的原因を標的とする治療薬「トフェルセン」が日本でも承認されたことです。ちなみに、米国では2023年に迅速承認されています。 SOD1に変異をもつALS患者では、有害なタンパク質が運動ニューロンの変性を発現させ、進行性の筋力の低下や機能の喪失を招きます5)。トフェルセンは根治的治療薬ではないものの、ALSの進行スピードを遅らせる効果が認められています。遺伝子にアプローチする初めての薬剤であることから、今後のALS治療に大きな期待がもてます。わずか2年の間に、ALSの治療はこんなにも進歩しています。これらの事実は、ALS患者の皆さんにとって大きな希望になることでしょう!   コラム執筆者:医師 梶浦 智嗣「さくらクリニック」皮膚科医。「Dermado(デルマド)」(マルホ株式会社)にて「ALSを発症した皮膚科医師の、患者さんの診かた」を連載。また、「ヒポクラ」にて全科横断コンサルトドクターとしても活躍。編集:株式会社照林社 【引用文献】1)Nakamura R,Sone J,Atsuta N,et al:Next-generation sequencing of 28 ALS-related genes in a Japanese ALS cohort.Neurobiol Aging 2016;39(219):e1-8.2)葛原茂樹:ALS研究の最近の進歩:ALSとTDP-43.臨神経 2008;48(9):625-633.3)Shimizu T,Nakayama Y,Matsuda C,et al:Prognostic significance of body weight variation after diagnosis in ALS:a single-centre prospective cohort study.J Neurol 2019;266(6):1412-1420.4)Nakayama Y,Shimizu T,Matsuda C,et al:Body weight variation predicts disease progression after invasive ventilation in amyotrophic lateral sclerosis.Sci Rep 2019;9(1):12262.5)Akçimen F,Lopez ER,Landers JE,et al:Amyotrophic lateral sclerosis: translating genetic discoveries into therapies.Nat Rev Genet 2023;24(9):642-658. 【参考文献】○筋萎縮性側索硬化症診療ガイドライン作成委員会編,日本神経学会監修:筋萎縮性側索硬化症(ALS)診療ガイドライン2023.南江堂,東京,2023.

分かりやすい! ALSの診断方法〜二転三転した私の病名〜
分かりやすい! ALSの診断方法〜二転三転した私の病名〜
コラム
2025年6月24日
2025年6月24日

分かりやすい! ALSの診断方法〜二転三転した私の病名〜

ALSを発症して10年、現役医師・梶浦先生によるコラム連載、第2弾。今回は、医師がどのようにALSと診断するのか、梶浦先生のご経験も交えながら解説していただきます。 ALSの診断には2つの重要なポイントがある 重要なポイント、それは次のとおりです。順番に説明していきます。(1) ALSは除外診断である(2) 上位運動ニューロンと下位運動ニューロンの両方が体の広範囲で障害されていることを証明できる ALSは除外診断である 例えば、インフルエンザはウイルスを特定することで診断され、がんは画像検査や生検(腫瘍細胞の一部を採取して行う検査)によって診断を確定できます。しかし、ALSには特異的マーカーや決定的な検査所見がありません。そのため、ALSと同じように運動ニューロンが障害される疾患を一つひとつ除外し、どれにも当てはまらない場合に初めてALSと診断されます。これを「除外診断」といいます。 ALS以外の疾患を除外するために、以下のような検査が行われます。・神経伝導検査・筋電図検査・血液検査・髄液検査・MRI検査(脳、脊髄) など 運動ニューロン障害の広がりを証明する 前回のコラム(>>分かりやすい! ALSの病態と症状)でお伝えしたように、上位運動ニューロンは主に「ブレーキ」の役割を、下位運動ニューロンは主に「アクセル」の役割を担っています。これらが体の広範囲で障害されていることを証明していきます。 ■上位運動ニューロン障害の検査方法 「ブレーキ」が障害されるため、「アクセル」の制御ができない状態です。代表的な症状として、以下の現象がみられます。 腱反射亢進:アキレス腱や膝、肘などの腱を医療用のハンマーで軽く叩くと筋肉が過剰に動く。 クローヌス:アキレス腱や太ももなどの大きな筋肉や腱を急に動かすと、筋肉の動きを止めることができず、「ガクガク」と一定のリズムで動き続ける。 医師はこれらの症状の有無や範囲を診察し、上位運動ニューロンの障害を確認します。 下位運動ニューロン障害の検査方法 「アクセル」が障害されるため、以下のような変化が起こります。 筋力低下と筋委縮:筋肉が動かせず、筋肉が細くなり、筋力が落ちていく。 筋力が低下している部位を客観的に把握するため、筋力を数値化していきます。具体的には、握力の測定や、筋力を徒手的に評価する「徒手筋力検査」(manual muscle testing:MMT)が行われます。MMTは主要な部位の筋力を判定し、0~5点の6段階で判定します。参考までに表1に実際の点数の付け方を示します。 表1 徒手筋力検査(MMT) 点数 機能段階 5 強い抵抗を加えても、運動域全体にわたって動かせる 4 抵抗を加えても、運動域全体にわたって動かせる 3 抵抗を加えなければ重力に抗して、運動域全体にわたって動かせる 2 重力を除去すれば、運動域全体にわたって動かせる 1 筋の収縮がわずかに確認されるだけで、関節運動は起こらない 0 筋の収縮はまったくみられない 線維束性収縮:体のさまざまな場所の筋肉が、自分の意思とは無関係に「ピクピク」と細かく動く症状。 前回のコラムで紹介したとおり、線維束性収縮も下位運動ニューロン障害の存在を証明する大切な所見です。線維束性収縮は自覚でき、強く症状が出ているときは他人からも目視できますが、わずかな症状でも客観的に確認できる「針筋電図検査」を実施します。 針筋電図検査は、細い針電極を体のさまざまな部位の筋肉に刺し、筋肉のわずかな「ピクピク」を電気的な活動として捉えることで、まだ筋力低下が起こっていない早期の段階でも異常を発見できます。ただし、線維束性収縮は常にみられるわけではなく、同じ場所に起こるとも限りません。針を刺した場所とタイミングで「ピクピク」が出ていなければ、確実な診断が難しい場合もあり、そこにもどかしさを感じています。 なお、最も多いALSの症状の進行パターンは、まず左右どちらかの手や足の遠位部の筋力が低下していき、徐々に体の中心に近い部分や反対側の筋力が低下していき、全身に広がっていきます。 発症初期は、まだ筋力の低下は限局した部位にしかみられないため、この段階で診断するのはとても難しいです。 私の診断までの経過 発症と初めての受診 2015年、当時34歳の私は、アメリカのカリフォルニア大学(UCSD)に研究のために留学していました。同年の7月に、右手の指先の筋力低下と、利き腕である右腕が左腕よりも細いことに気がつきました。8月にUCSDの神経内科を受診すると、「ALSの可能性が高いので精査が必要です」と言われ、10月に帰国しました。 診断への長い道のり 帰国後、すぐに総合病院の神経内科を受診し、MRIや筋電図検査などで精査したところ、「まだ右腕だけに症状は限局しているものの、ほかの疾患は考えにくいので、おそらくALSだろう」と言われました。「もしかしたらALSではないのでは?」という私の淡い期待は崩れ去り、絶望と恐怖で一晩中泣いていました……。 しかし、その後、診断は二転三転したのです。 2015年11月 今後の治療法を相談していくために神経内科専門の病院を紹介され受診しました。そこで、担当の医師に「ALSと確定するのはまだ早いので、運動ニューロン病を専門としている大学病院の神経内科にセカンドオピニオンに行かないか」と提案されました。わらにもすがる思いだった私は、すぐに行くことを決めました。 同年12月 あらためて精査するために、紹介された大学病院に2週間入院することになりました。そこではMRIや筋電図検査に加えて髄液検査やエコー検査など、さまざまな検査をしました。 すべての検査結果が出て、教授回診のときに診断が告げられることになりました。尋常ではない緊張感で座って待っていた私のもとに、教授を筆頭に医局の医師たち、研修医、医学部の実習生たちなど10人以上がやってきました。そして、少しの沈黙の後に、教授が私の肩をポンポンと軽く叩き「よかったね、ALSじゃないよ」と言ってくれました。 その瞬間、私はあまりのうれしさと安堵感で、緊張の糸が切れ、その場で泣き崩れました。「先生、僕はまだ生きられるんですね!」と言って、人目もはばからず、大勢の前で泣きじゃくりました。そのときの診断名は「多巣性運動ニューロパチー」というものでした。 翌年(2016年)1月 診断名もついたことですし、私は神奈川県にある自分の所属する大学病院で仕事を再開しながら、治療をしていくことにしました。検査結果や紹介状を持参して、自分の所属する大学病院の神経内科を受診すると、「この診断は違うのではないか」と言われ、再度精査することになりました……。 感情が揺さぶられ過ぎて、まるでジェットコースターに乗っている感じで、精神的にどんどん削られていき疲弊していきました。結局そこでも筋電図検査をはじめさまざまな検査を行い、今度は「平山病」という診断になりました。平山病は手術をすれば症状の改善が見込めるため、手術をする予定になりました。 同年4月 手術の予定日が決まっていましたが、手術の直前に舌に線維束性収縮がみられたため、ALSと確定診断され、手術は急遽中止になりました。そのときの私は「自分はALSじゃないのか?」とうすうす気がついていたため、ショックという感情よりは、やっと診断が確定したことに対する安堵感のほうが強かったことを覚えています。 診断の難しさと私が伝えたいこと 私を担当してくださった神経内科専門医の皆さんは、本当に親身になって一所懸命に検査をしてくれました。それでも、そのつど診断名が変わり、確定診断に9ヵ月かかりました。そのくらい、発症初期の段階でALSを診断するのは難しいのです。 私と同じように、なかなか確定診断にいたらず、「つらくて不安な期間」を過ごしている方も少なからずいらっしゃると思い、今回は診断方法とともに私の経験談も書きました。  コラム執筆者:医師 梶浦 智嗣「さくらクリニック」皮膚科医。「Dermado(デルマド)」(マルホ株式会社)にて「ALSを発症した皮膚科医師の、患者さんの診かた」を連載。また、「ヒポクラ」にて全科横断コンサルトドクターとしても活躍。編集:株式会社照林社

難病看護の特徴とは? 療養支援の伴走者・難病看護師の役割も解説
難病看護の特徴とは? 療養支援の伴走者・難病看護師の役割も解説
特集
2025年6月10日
2025年6月10日

難病看護の特徴とは? 療養支援の伴走者・難病看護師の役割も解説

訪問看護において、難病患者の支援者は療養生活を支える重要な役割を担っています。この記事では、難病看護の特徴や療養支援に求められる考え方を分かりやすく解説するとともに、難病看護の専門家「日本難病看護学会認定・難病看護師」(以下、難病看護師)の役割や支援内容についても詳しく紹介します。 生活障害を軸にみる難病看護 難病は、原因不明で治療法未確立のため、長期に療養が必要となる疾病であり、その希少性からめったに出会うことはありません。ですが、訪問看護の対象としては、それなりの「層」があるといえます。 難病と一口で言っても、令和7(2026)年4月時点で指定難病だけで348疾病に及びます。私たちは、ADL(activities of daily living:日常生活動作)と症状の程度などから、指定難病を3類型に分けて、生活障害を軸にみることを提案しました(図1)1)。 類型1:「ADL要介助、症状が不安定」 療養生活支援のニーズをもつ 類型2:「ADL自立、症状不安定」 病状改善のニーズをもつ 類型3:「ADL自立、症状は安定」 病状維持のニーズをもつ  図1 指定難病の類型化 文献1)より引用 このなかで訪問看護の対象となるのは、類型1である場合が多いようです。訪問看護制度における別表7(※1)や別表8(※2)、さらには介護保険の第2号保険者に指定難病が多く含まれていることもあり、訪問看護の世界では、難病は希少とは言い切れないところがあります。 ※1 別表7 厚生労働大臣が定める疾病等 末期の悪性腫瘍、多発性硬化症、重症筋無力症、スモン、筋萎縮性側索硬化症、脊髄小脳変性症、ハンチントン病、進行性筋ジストロフィー症、パーキンソン病関連疾患、多系統萎縮症、プリオン病、亜急性硬化性全脳炎、ライソゾーム病、副腎白質ジストロフィー、脊髄性筋萎縮症、球脊髄性筋萎縮症、慢性炎症性脱髄性多発神経炎、後天性免疫不全症候群、頸髄損傷、人工呼吸器を使用している状態 下線:指定難病、点線:特定疾患 ※2 別表8 厚生労働大臣が定める状態等 1 在宅麻薬等注射指導管理、在宅腫瘍化学療法注射指導管理又は在宅強心剤持続投与指導管理若しくは在宅気管切開患者指導管理を受けている状態にある者又は気管カニューレ若しくは留置カテーテルを使用している状態にある者2 以下のいずれかを受けている状態にある者在宅自己腹膜灌流指導管理、在宅血液透析指導管理、在宅酸素療法指導管理、在宅中心静脈栄養法指導管理、在宅成分栄養経管栄養法指導管理、在宅自己導尿指導管理、在宅人工呼吸指導管理、在宅持続陽圧呼吸療法指導管理、在宅自己疼痛管理指導管理、在宅肺高血圧症患者指導管理3 人工肛門又は人工膀胱を設置している状態にある者4 真皮を超える褥瘡の状態にある者5 在宅患者訪問点滴注射管理指導料を算定している者 経過に合わせてチームで支援を展開 難病には以下の特徴があります1)。1)症状が多彩で個別性が高いこと2)社会資源を活用して生活を組み立てること 難病患者の支援では、経過を知り、経過をともに歩むことと、難病患者が利用できる社会資源を知り、適切な時機に選択できるようにすることが大切です。もちろん、これは訪問看護だけではなしえません。多職種連携により、チームで伴走しながら展開しています。こうした支援こそが、難病看護の最大の魅力といえ、この記事ではその魅力を紐解いていきたいと思います。 「療養行程」に沿ってケアを紡ぐ 難病看護では経過に応じた支援が重要であり、図2に示す「療養行程」という考え方を大切にしています。以下にこの図をもとに支援のポイントについて説明します。 図2 難病の療養行程 文献2)より引用 難病の療養行程には5つの経過があります。 発症期:症状を自覚し、診断がつく時期 進行期:健康障害・生活障害の軽度から重度、重度から軽度へと変動しながら、症状が進行している時期 移行期:医療処置や療養の場の選択に基づいた支援を行う時期 維持・安定期:必要な治療や適切な支援により、症状コントロールがつき、健康問題・生活障害への対応法が確立している時期 終末期:死を身近にとらえ、グリーフケアを必要とする時期 これらの経過に沿って、タイミングを逃さずケアを紡いでいきます。この療養行程は、看護等支援者側からみたものであり、近年では「患者の旅路(patient journey)」という表現もよく用いられていると思います。 患者の旅路とは 「患者の旅路」という概念は「医療専門職が患者を理解して医療ケアを向上させるために、そして患者が自らのたどる道筋を理解し、病いと共に生きる生活をつくり上げていくために利用」3)されており、患者中心の医療、患者とともにある医療をめざすものです。難病患者への訪問看護を通じ、患者が他者との「出会い」を経験し、「変容」をきたす。「この病気になったからこそ見える世界がある」という言葉に代表されるようなナラティブの書き換えに通じた概念であるといえます。 難病の訪問看護では「出会い」に課題 難病の訪問看護は、「出会い」のタイミングから難しさがあります。訪問看護が難病の「発症期」からかかわることは想定しにくく、進行期や医療処置管理が必要になることがきっかけで、導入、つまり出会うことになるのではないでしょうか。 訪問看護が開始された時点で、患者が意思伝達障害をきたしていれば、人となりを知ることや関係性を築くことにおいて困難があります。また、呼吸障害や嚥下障害をきたしていれば、命を護ることで精一杯な状況もあります。さらに、ADLが自立している場合や目に見えない症状を呈している場合、訪問看護の必要性が認識されないことも生じます。 難病看護の専門家「難病看護師」とその役割 難病看護は、療養行程に沿ってチームで支援していくことといえますが、では、実際にどうしたらよいのか?ということが次なる疑問です。前述したように、訪問看護の世界では、難病は珍しくないかもしれません。しかし、希少疾患・個別性が高いことは否めず、ルーチンでのかかわりが通用しないこともあります。支援者側のバーンアウトも問題になっていますし、希少疾患のため相談先は少なく、全国津々浦々、看護師たちが孤立して悩んでいることも少なくありませんでした。 私たちの先人は、1979年に「在宅看護研究会」を発足し、年に1度、実践を報告し合う活動を続けていました。それが1994年に「日本難病看護学会」となり、2017年に法人格をもつ学術団体として「一般社団法人日本難病看護学会」となりました。 その過程のなかで、難病法の施行を見据え、難病看護の専門家を求めるニーズの高まりがあり、2013年に日本難病看護学会認定・難病看護師制度を発足しました。「難病看護師」は、難病看護に関する幅広い知識と療養生活支援技術を有していると認められた者をいい、以下の役割を果たすこととしました4)。 ● 難病の病態・病期に応じた看護判断に基づき、患者の主体的な療養生活を支援する看護実践ができる● 質の高い療養生活を送ることができるよう、難病患者・家族に対して相談・助言を行うことができる● 難病患者・家族の支援について、看護職員・関係職種の職員に対して連携し、助言・支持ができる● 難病患者・家族の生活の質向上を目指した地域としての取り組みに参画し、社会支援システムの向上・創造に寄与できる文献4)より引用 すなわち、質の高い難病看護実践と、相談・助言などのコンサルト、そして地域の支援体制の中核としてコーディネートができる、リーダーシップを発揮できる人材です。制度発足から10年以上が経過し、2025年3月現在、600人以上の難病看護師を認定してきました。 この資格を持っているからといって、給与が上がるわけでも、診療報酬を加算できるわけでもありません。「難病看護に詳しい人」であることを分かりやすく示すための資格といえるかもしれません。ですが、「退院調整時に難病看護師がいる訪問看護ステーションを紹介した」「地域の関係機関に向けて、難病に関する勉強会を開催した」など、難病看護師が地域支援のハブとなって活躍している様子が報告されるようになり、難病支援についての情報拠点として、目に見える形となったことの意義は大きかったかといえます。 * * * この連載では、そんな難病看護師たちの、日ごろの活動を紹介してもらうことで、難病の抱える7つの難とそこへの取り組みの一端を紹介していきます。正解はない世界のなかで、日々最適解を当事者とともに探している、そんな難病看護師たちの実践を共有してください。 【ALS難病看護事例】長期の経過を支える難しさ 変化に応じたケアの試行錯誤 【PSP難病看護事例】「食べたい」を叶える 支援者の不安に向き合う多職種連携 【MSA難病看護事例】ADL低下に気づけない 病識の乏しさがみられたときの対応 【SCD難病看護事例】難病だけではない 介護職との連携、別疾患発症から看取りまで 【MS難病看護事例】看護ができることが見えにくい 孤立を防ぐかかわりと制度の狭間 【EB難病看護事例】「知られていない」がゆえに届かない看護 制度解釈の課題 【人工呼吸器装着者 難病看護事例】災害時どうする?避難計画策定の実際と課題 監修・執筆:中山 優季東京都医学総合研究所 社会健康医学研究センター 難病ケア看護ユニット、日本難病看護学会認定・難病看護師看護学生時代よりALS在宅人工呼吸療養者の支援にかかわり、ケアや長期経過に関する集学的研究、療養環境向上に関する研究に取り組んでいます。編集:株式会社照林社 【引用文献】1)中山優季:神経難病看護とは.髙橋一司医学監修,中山優季,原口道子,松田千春編著,神経難病の病態・ケア・支援がトータルにわかる,照林社,東京,2024:ⅹ.2)中山優季:神経難病看護とは.髙橋一司医学監修,中山優季,原口道子,松田千春編著,神経難病の病態・ケア・支援がトータルにわかる,照林社,東京,2024:ⅻ.3)細田満和子:「新しい自分」を見つける「患者の旅路」.Jpn J Rehabil Med 2020:57(10);898-903.4)日本難病看護学会:難病看護師制度.https://nambyokango.jp/nambyokangoshi/2025/3/31閲覧

分かりやすい! ALSの病態と症状
分かりやすい! ALSの病態と症状
コラム
2025年5月27日
2025年5月27日

分かりやすい! ALSの病態と症状

ALSを発症して10年、現役医師でもある梶浦先生が、ALSとはどういった病気なのか、分かりやすく解説します。 ALSへの理解がケアやリハに活かされる 「分かりやすい」と自分へのハードルを上げてから書き始めた今回のコラムですが、これには私なりの思いがあります。 これから書いていく具体的な日常生活の工夫やリハビリテーションの工夫を理解して取り入れていただくには、筋萎縮性側索硬化症(ALS)とは「どんな病気で、なぜこんな症状が起こるのか」を簡単にでも知っておいていただきたいです。そのほうが、なぜこの工夫をするとよいのか、納得しながら実践できますので、より身につきやすいかと思います。 難しいことを難しく書くのは簡単です。ですが、私なりにできる限り簡単に説明しようと、自分を戒めるために今回このようなタイトルにしました。 ALS当事者の方が理解しづらい場合には、支援者である介護士や看護師、リハビリテーションスタッフの皆さんにはこれから説明することをぜひ参考にしていただき、利用者さんにお伝えいただければと思います。 ALS理解の鍵は運動神経のしくみを知ること 人体においての神経系は、機能的に大きく分けると運動神経と感覚神経、自律神経の3つに分類されます(表1)。 表1 人体の3つの神経系 運動神経体を動かす筋肉につながり、脳からの命令を筋肉に伝える神経感覚神経痛い、痒い、冷たい、熱い、何かに触れているなど、さまざまな感覚を脳に伝える神経自律神経体温、心拍、血圧、排尿、排便など、生きていく上で必要な機能を自然にコントロールしてくれる神経 ALSは、この中の筋肉を動かす運動神経だけが選択的に障害され、徐々に全身の筋肉が動かせなくなっていく、進行性の神経疾患です。 この運動神経のしくみを理解することがALSの病態を理解する上で、一番大切になってきます。 例えば、脳で「手を動かしたい」と考えるとします。すると、脳の中の運動神経細胞(上位運動ニューロン)からその命令が神経線維を伝わり、脳幹あるいは脊髄で次の神経細胞(下位運動ニューロン)に命令を伝えます。そして、この命令は下位運動ニューロンの神経線維を伝わり、手の筋肉に到達して手を動かします。 ALSで障害される場所は、脳から下りてくる上位運動ニューロンと、命令の乗り換えの場所(前角細胞)から始まる下位運動ニューロンの両方です。両方が障害されると、結果的に筋肉を動かすことができなくなってしまいます。 注)「運動ニューロン」という言葉が分かりにくい方は、運動ニューロンとは脳からの命令を筋肉に伝える「導線」のようなものだとイメージしてください 上位運動ニューロンと下位運動ニューロンの働き では、実際上位運動ニューロンと下位運動ニューロンはそれぞれどんな働きをしているのでしょうか? 例えば、皆さんがペンで文字を書くときの繊細な動きをする場合と、りんごをわしづかみにするときの大胆な動きをする場合とでは、力の入れ方を無意識のうちに使い分けていると思います。 これは、上位運動ニューロンと下位運動ニューロンが、お互いにバランスを取り合って、自然な動きになるように力の配分をコントロールしているためです。具体的には、脳からの命令を受けた下位運動ニューロン(下位運動ニューロンは筋肉に直接つながっています)が主に「アクセル」の役割を果たし、筋肉を動かします。一方、上位運動ニューロンは「ブレーキ」として機能し、下位運動ニューロンの「アクセル」の力加減を調整して、力が暴走しないようにしているのです。(図1を参照) 図1 運動神経のしくみ ALSの主な症状 ALSの初期症状は、上肢に現れることが比較的多いですが、患者さんによっては下肢や喉から症状が現れることもあります。進行すると徐々に自分の意思で身体を動かすことが難しくなり、ペンや箸が握れなくなったり、歩行が困難になっていきます。 口や喉が動かなくなると、話す、食べるといった行為が困難になり、誤嚥する可能性も高くなります。さらに進行すると、自身で呼吸することができなくなり、生きていくためには人工呼吸器が必要となります。また、ALSでは筋肉を動かす運動神経のみが選択的に障害されるため、感覚は残ります。また、意識ははっきりしており、精神的な働きは障害されないことも大きな特徴です(例外もありますが)。 次に上位運動ニューロンと下位運動ニューロンの働きをもとに、ALSに特徴的な症状を紹介します。 筋肉が「ガクガク」と痙攣して治まらない! アキレス腱や太ももなどの大きな筋肉や腱を急に動かすと、「ガクガク」と一定のリズムでその筋肉が動き続けることがあります。これは「クローヌス」と呼ばれる症状で、上位運動ニューロンが障害されることで起こります。つまり、「ブレーキ」が壊れることで、「アクセル」の制御ができなくなっている状態です。 筋肉が勝手にピクピクと動く! 体のいろいろな場所の筋肉が、自分の意思とは無関係に勝手にピクピクと細かく動くことがあります。これは「線維束性収縮」と呼ばれる症状で、下位運動ニューロンが障害されることで起こります。例えるなら、正常なら10本の下位運動ニューロンで動かしていた筋肉を、1本の下位運動ニューロンで動かさなくてはいけないという状態です。1本のニューロンにかかる負担が過度に大きくなり、がんばり過ぎることで勝手に動いてしまっている状態です(図2)。 この症状が起きている部分は、「アクセル」が壊れてきている場所なので、徐々に筋肉が細くなり、動かせなくなっていきます。 図2 下位運動ニューロンの正常な状態と障害された状態(線維束性収縮) ALSの4大陰性徴候とは ALSは全身の筋肉が動かせなくなっていく病気ですが、出にくい症状というものが4つほどあり、4大陰性徴候といいます。 (1)目は最後まで動かせる!手足や身体・顔がまったく動かなくなっても、目を動かす筋肉が最終的にある程度は残ることが多いです。(2)尿意や便意はがまんできることが多い! 尿道や肛門をキュッと締める括約筋も筋肉ですが、障害は受けにくいです。つまり、尿や便が勝手に漏れて、垂れ流しにはなりにくいということです。(3)感覚障害が起こりにくい!これは最初のほうでも書きましたが、見たり聴いたり、味覚を感じたり、冷たさや痛さなどを感じる感覚は最後まで残ります。(4)「褥瘡」、いわゆる“床ずれ”ができにくい!徐々に寝たきりになっていきますが、褥瘡はできにくいです。これは(3)で書いた、痛みなどの感覚は最後まで残ることが関係します(床ずれは痛いです)。 * * * これまでの症状を読まれた方の多くは、「感覚は残るのに動けないなんてつらすぎる……」と思われるかもしれません。ですが、このALSに出にくい症状を前向きに捉えて、うまく日常生活の工夫に取り入れていくことが、困難な状況の中でも、日々の生活をできる限り豊かにしていく方法なのだと思います!! なので、今後このコラムでALSの4大陰性徴候を活用して快適に生活する具体的な方法を書いていこうと思います。  コラム執筆者:医師 梶浦 智嗣「さくらクリニック」皮膚科医。「Dermado(デルマド)」(マルホ株式会社)にて「ALSを発症した皮膚科医師の、患者さんの診かた」を連載。また、「ヒポクラ」にて全科横断コンサルトドクターとしても活躍。編集:株式会社照林社

私は難病ALSを発症して10年になる44歳の現役医師です
私は難病ALSを発症して10年になる44歳の現役医師です
コラム
2025年4月30日
2025年4月30日

私は難病ALSを発症して10年になる44歳の現役医師です

「enjoy!ALS」の第2弾が始まりました!今回のシリーズでは、梶浦智嗣先生に寄せられた在宅療養に関する疑問や悩みをもとに、さまざまな疾患の方にも役立つ実践的な情報をお届けします。 再開!「enjoy!ALS 2」 皆さん、こんにちは。私は2021~2023年までの2年間、こちらで「enjoy!ALS」のタイトルでコラムの連載をしておりました。 ありがたいことに、連載が終了してからもたくさんの反響をいただきました。訪問看護師さんや訪問リハビリスタッフさん、在宅療養中のALS当事者の方やその介護士の方々から、「今このような状況なのですが、この場合どうすればよいでしょうか?」との質問が多く寄せられ、実際に家に来ていただいて説明したこともありました。質問の中には工夫次第で解決できるものも多くあり、似たような質問も少なくありませんでした。 いただいたご質問の一部をご紹介します。 【訪問看護師さん】・侵襲の少ない気管吸引や鼻・口吸引のコツ・安全な人工呼吸器のホースの固定方法 など【訪問リハビリスタッフさん】・体や胸郭(肺)の拘縮予防に関するリハビリテーションの工夫【ALS当事者】・安楽な体位(仰臥位や座位、側臥位)のとり方・身の回りに置く必要がある物品(人工呼吸器や吸引器、吸引カテーテルなど)の配置方法・最新のコミュニケーションツール(コミュニケーション方法全般)・ALSの最新の治療について など 実際の在宅療養の現場では、居住スペースの広さや環境は整っているか、ケアに必要な物品が充実しているか、介助者の人数は足りているか、当事者がどこまで積極的なケアの介入を望んでいるかなど、家庭ごとに状況が異なります。そのため、個々に合ったケアプランを立てていく必要があり、なかなか皆さんに共通して当てはまるよいケア方法を見つけていくのは難しいのが現状です。 ただ、そんな中でも皆さんが困っていることには似ているところも多くありました。そこで、ALSに限らず、在宅療養を必要としている、さまざまな疾患の皆さんにも応用できる内容を「enjoy!ALS 2」として、連載していく運びとなりました。 連載終了後の私の経過と現在の状況 はじめに、前回の連載が終了してからの2年間の私の経過と現在の状況を説明させていただきたいと思います。 体調面での大きな変化はなし すでに4年前くらいから全身の運動機能はほぼ全廃しておりましたので、ほとんど変わっていません。唯一自分の意思で動かせるわずかな嚥下機能と噛む力も、さほど変わらず残っていますので、工夫をした飲食方法(>>「気管切開+誤嚥防止術」という考えかた!参照)や歯を使ったタブレット端末の操作(今後の連載で詳しく書きます)は現在もできています。 呼吸機能は、毎日の呼吸リハビリテーション(こちらも今後の連載で詳しく書きます)のおかげで、気管切開を行い侵襲的人工呼吸器(TPPV)を着けた4年前と比べても全然変わっていません。(むしろ、呼吸器の設定は変えていないのに、座位での一回換気量は上がっているので、よくなってるともいえます!) ただ、まぶたを上げる力の低下(眼瞼下垂)と目を動かす力の低下は徐々に進んできています……。 仕事面では新しく始めたことも 約2年前より、訪問診療を行っている「さくらクリニック」の中野の本院と練馬の分院で皮膚科医として働くようになりました。私のように在宅療養を必要とする患者さんたちの主治医と情報を共有して連携しながら、皮膚病変の診療を行っています。 このような体で、どのように患者さんたちの診療しているのか、皆さん、想像できないと思います。参考までに、下記に実際のカルテの一部を載せておきます(図1)。 図1 実際のカルテ(一部) ODT:occlusive dressing technique ※カルテの掲載に関しては、本人・家族、関係者の了承を得ています。 その他、コラムの執筆を行ったり、医師向けのサイトで全科横断コンサルトドクターとしても活動しています。 * * * 以上のように、私の経過を書かせていただきましたが、客観的に見て、私のALSの進行スピードは特別速くもなく、遅くもなく、標準的な範囲だと思います。 たとえALSを発症して10年も経ち、運動機能がほぼ全廃し、声も出せず、人工呼吸器を装着していても、適切なリハビリテーションと、日々の生活の工夫次第で、今までとはまったく違う形で自分らしい充実した人生を見つけていけると私は信じています! ALSを知ってほしい:私の経験から伝えたいこと 今はまだ、日々の診療もコラムの執筆もすべて、歯のわずかな噛む力でタブレット端末を操作して行えています。しかし、ALSは進行性の病気であり、正直に言って、私もあとどのくらいの期間文字を打てるかは分かりません。 それでも、文字が打てるうちに、たとえALSと診断されたとしても「生きたい」と願う人が生きる希望を持てる世の中をつくりたいと考えています。私の10年間にわたる闘病生活の経験と医師としての知識を生かして、後に続く同じ病気の方々の生活が少しでも豊かになるよう、ALS当事者や支援者の皆さんにとって参考になる情報を具体的に、分かりやすく書いていこうと思っています。 そのためには、まず、ALS当事者や支援者の皆さんが、少しでもよいのでALSという病気・病態について理解していただくことが大切と感じています。どんなことができなくなり、何が最後までできるのかを、私なりに説明してから、冒頭でご紹介した皆さんからの質問に答えていく形でコラムを書いていきたいと思います。  コラム執筆者:医師 梶浦 智嗣「さくらクリニック」皮膚科医。「Dermado(デルマド)」(マルホ株式会社)にて「ALSを発症した皮膚科医師の、患者さんの診かた」を連載。また、「ヒポクラ」にて全科横断コンサルトドクターとしても活躍。編集:株式会社照林社

訪問看護認定看護師トークセッション 地域連携編
訪問看護認定看護師トークセッション 地域連携編
インタビュー 会員限定
2024年6月11日
2024年6月11日

訪問看護認定看護師トークセッション 地域連携編【セミナーレポート後編】

NsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー「訪問看護認定看護師によるトークセッション〜人材育成と地域連携の実例紹介~」を2024年2月3日に実施しました。スピーカーにお迎えしたのは、訪問看護認定看護師の野崎加世子さんと富岡里江さん。トークセッション形式で、訪問看護が抱える課題やその解決方法を議論しました。 今回はそのセミナーの内容を、前後編に分けて記事化。後編では地域連携について、実際の事例を紹介しながら考えていきます。 ※約60分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 >>前編はこちら訪問看護認定看護師トークセッション 人材育成編【セミナーレポート前編】 【講師】野崎 加世子さん初代訪問看護認定看護師協議会代表理事、現監事。「これからの在宅医療看護介護を考える会」代表。富岡 里江さん訪問看護ステーションはーと勤務。POO マスター、「渡辺式」家族看護認定インストラクター。東京都訪問看護教育ステーション事業における研修の企画・運営も担当。【ファシリテーター】中村 優子さんフリーアナウンサー・インタビュアー。著名人の YouTube チャンネル運営他、著者インタビューを多数手掛ける。 ※本文中敬称略 地域連携における現状と課題 中村: 野崎さんが活動する岐阜県における地域連携の現状と、連携強化のために実践している工夫について教えてください。 野崎: 私が活動しているのは人口10万人ほどの山間地が多いエリアで、地域サービスの不足が課題になっています。 その課題解消に向けて、地域の方たちと「顔の見える連携」を実践しています。なるべく直接顔を合わせるよう意識しつつ、ICTも活用。コロナ禍の連携にはオンラインミーティングを利用しました。 また、タブレット端末に専用ソフトをインストールし、利用者さんの情報を関係者間で共有しています。訪問範囲が広く、連携先の機関に出向くには時間がかかるので、とても便利です。 中村: 地域連携の難しさを感じるのはどんなときですか? 野崎: 病院から退院された利用者さんがスムーズに在宅での生活に移るには、訪問看護師と、医師や薬剤師、ケアマネジャー、ヘルパー、リハビリ職など、多職種が密に連携し、情報を共有する必要があります。しかし、ひとり暮らしや高齢の利用者さんが多く、民生委員やご近所の方などインフォーマルなサービスの方々が連携メンバーに加わるケースも。すると、個人情報保護の観点で話せないことも出てきます。さじ加減が難しいですね。 中村: 本当に多様な方々と連携されているんですね。連携時に意識なさっていることはありますか? 野崎: 会議の際に、参加者全員がわかる言葉選びを意識しています。医師や看護師が難しい医療用語を使うと、ほかの方々が発言しなくなってしまうケースもあるので。それぞれがお互いの立場や役割を理解し、わかりやすい言葉でコミュニケーションをとり、しっかり支え合えるよう心がけています。 地域連携の活動事例 中村: ここからは、地域連携の事例をお聞きできればと思います。まずは富岡さん、いかがでしょうか。 富岡: 私からは、予期せぬ手術で気管切開、人工呼吸器管理になったALS(筋萎縮性側索硬化症)の男性、Aさんの事例をご紹介します。 Aさんは奥さまに先立たれ、お子さん2人をひとりで育ててきた男性です。ALSに消化器疾患を併発し、状態が悪化。医師から「看取りが近い」と宣告され、長女さんは大学を休学して介護することを決意されました。 しかし、そのことを知った地域連携室が「本当にこれでよいのか」と悩み、私に相談をいただいたんです。 実際にAさんにお会いすると、病室にいながらインターネットでお子さんたちの日用品や食料品を手配したり、「家の中なら動ける」とおっしゃったりと、看取りが近いと宣告されたとは思えない様子でした。自身の最期を気にするよりも、お子さんの将来を楽しみにしているのが伝わってきましたね。 在宅ならもう少しADLの回復が見込めるかもしれないと考え、ケアマネジャーを含め各方面と相談。ご家族にも長期的な介護になる可能性を伝え、長女さんの就職も見据えて、在宅チームを結成しました。 そしてAさんは自宅に戻ると、やはりADLが回復。家庭の中心的な役割を担われるまでになりました。チームで介護にあたった結果、長女さんも大学を卒業し、就職できています。早期に関係者間の共通理解を図れたことで、連携、協働がうまく実現できた事例です。 中村: 非常に印象深いケースのご紹介をありがとうございます。野崎さんの活動事例も教えてください。 野崎: 私からは、気管切開を経て頻回の吸引が必要になった小児・Bさんの事例をご紹介します。 Bさんは「お兄ちゃんと同じ普通小学校に行きたい」という希望をもっていましたが、当時は特別支援学校にも看護職員がいない時代。教育委員会は普通小学校に吸引が必要なBさんの通学を許可してくれませんでした。私は、厚生労働省や他県の認定訪問看護師に相談しつつ、自分でも調査しました。すると、決して入学は無理ではないとわかってきたんです。 かかりつけ医や地域への協力を打診し、訪問看護師とBさんのお母さんとが交代で吸引を行う体制を整えました。そして、3年かけてやっと普通小学校への通学許可を得たんです。その後Bさんは、成長するにつれ自身で吸引を行うようになり、普通高校、国立大学へ進学したんですよ。そして、「普通小学校に通える子を増やしたい」という想いをもって2023年度から教員として小学校に就職し、今も元気に働いています。訪問看護師・認定訪問看護師になったからこそ支援できた事例でした。 中村: お二方とも、まさに訪問看護認定看護師の強みを活かされた貴重な情報の共有をありがとうございました。最後に、訪問看護師のみなさまへのメッセージをお願いします。 野崎: 訪問の現場では、日々つらいことや思い通りにならないことがあったり、孤独を感じたりするのではないかと思います。でも、相談に乗ってくれる人は必ずいます。目の前の利用者さんを大事にし、楽しみながら訪問看護を実践していきましょう。 富岡: ひとりで不安を抱えているなら、今回ご紹介した相談先に連絡したり、訪問先でもICTを活用して同僚とつながったりして、ぜひ周りに頼ってください。そして、できるだけ楽しく日々看護にあたり、利用者さんの笑顔を引き出してもらえたらと思います。全国の仲間と一緒に頑張りましょう! 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

エンジョイALS
エンジョイALS
コラム
2023年7月25日
2023年7月25日

enjoy!ALS最終回〜人生を味わいつくそう〜

ALSを発症して8年、42歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。ちょうど2年の区切りを迎え、今まで読んでくださった皆さまへ感謝を込めて、最終回をお届けします。 ALS患者に必要な「情報」を届けたい 「enjoy!ALS」というタイトルで毎月連載を書いてきて、24回目の今回でちょうど2年が経ちました。「コラムを書いてくれないか?」というお話をいただいた当初は連載回数や内容など何も決まっていませんでしたが、書いていくうちに、この連載を書くことで救えるALS患者さんがいるのではないか。だとしたら、これも医師としての立派な仕事ではないだろうか。そう思うようになっていきました。 特にALSという病気は、診断されてから初期の段階でのハードルがとても高いのです。 ALS患者さんの多くは、まだ体が比較的自由に動かせる病気の初期の段階で「将来的には手も足も動かなくなり、声も出せず、呼吸もできなくなり人工呼吸器を装着しないと生きることができない」。そんな絶望的な情報がいっぺんに入ってきます。それをいきなり受け入れて処理することなんて、とうていできるはずがありません。多くの方はそこで絶望感に打ちひしがれ、症状の進行に対処する方法がわからず、対応が後手後手にまわってしまいます。 しかし、私はALSを発症して8年の経験のなかで、この病気をうまく乗り越えていくには、できるだけ先手先手をとることが最も重要なのだと実感しました。 もちろん簡単にできることではないですが……。そのためには多くの有益な「情報」と、自分を支えてくれる家族やヘルパーさん、医師や看護師やリハビリテーションスタッフなどの「支援者」の存在が不可欠です。 この「情報」の部分を、私の連載で少しでもカバーしたいと思いました。私がALSを発症したときに「こんな情報が欲しかった!」というものを、私なりにまとめて、ALS患者さんやその家族、関係者の皆さまに少しでもお役に立てるものをお届けしたい。そして、ALSと診断されたからといって人生を諦める必要はない。考えかたと工夫しだいで十分楽しく生活できることを伝えたい。そういう思いで、熟慮を重ねて書いてきました。 2年間というちょうどよい区切りで、私の伝えたいことがまとまって書けたので、今回で最終回にしたいと思います。決して体調が悪くなったり、文字が打てなくなったから終わりにするわけではありません。 深い谷底からでも、見上げれば光が見える ALSを発症してから始めた皮膚科遠隔診療は今でも毎日続けており、気がつけば今まで遠隔診療してきた患者さんが10,000人を超えました! 体調は良いです。technologyを武器に、まだまだこれからも医師として働きつづけていきます! 以前、私の主治医の佐藤先生が、この連載の第1回目を読んで、自身のクリニックのブログで紹介してくださいました。 その最後に Enjoy!ALS。その先にあるのはRejoice!(祝福せよ)、=運命を受け入れた上で人生を味わい楽しみなさい、という力強い応援歌ではないだろうか。 梶浦さんの文章を読んで、つくづくそう感じた次第です。 という言葉をいただきました。ありがたい限りです。 人生が常に順調な人などいません。良い時もあれば、悪い時もあります。「人生山あり谷あり」といいますが、このALSという病気では深い谷が待ち構えています。深い谷底に落ちたら、周りは真っ暗かもしれません。しかし上を見れば必ず光が見えます。私は、ALSにかぎらずどんなにつらい病気でも必ず希望はあると思っています。 この病気は確かに、つらいことも大変なことも多いです。しかし、そんななかでも病気を少しずつ受け入れて、前向きに生きていれば楽しいこともたくさんあります。 たとえどんな病気であろうとも、その人の価値や尊厳を奪うことはできない! 全部ひっくるめて、一度きりの自分の人生なのだから、思う存分味わいつくそう! Enjoy ALS!! 最後に…… この連載を始めるにあたり、ありのままの自分を写真で載せるか、イラストにするか、迷いました。 この連載は、ALSと診断されてまだそれを受容できていない患者さんや、その家族、関係者の方々に、勇気や希望を送りたいという思いで書きはじめました。私は、まだALSと診断されて間もない、病気を受容できていないころは、人工呼吸器を付けて寝たきりになっている患者さんの写真を見るだけで、将来の自分の姿と重ね合わせてつらくなってしまうため、なるべく見ないようにしていました。なのでこの連載では、どんな人にも安心して読んでいただけるように、人工呼吸器をつけている私を、明るく、イケメン風(作者特権です!笑)にイラストで描いてもらうことにしました。 しかし、病気の経過とともに変わっていく、ありのままの自分の姿を経時的に示すことも、ALSという病気を理解する上で大切な情報の一つであることも事実です。 なので、もし機会があれば今後、自分の経過や、お役立ち情報を、写真を加えながら詳しくまとめて、本にして書いていこうかとも思っていますが、今は違う記事でも書きながらちょっと休憩しようかなぁ……。 今まで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございました! そして温かいメールをくださった方々に、たいへん励まされました! 皆さまが幸せになれますように!! コラム執筆者:医師 梶浦 智嗣編集:株式会社メディカ出版 2024年3月4日「Dermado」(マルホ株式会社)で梶浦 智嗣先生の新連載が始まりました。「ALSを発症した皮膚科医師の、患者さんの診かた」

エンジョイALS
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コラム
2023年6月27日
2023年6月27日

ALS患者の皆さん、自分らしく生きよう!

ALSを発症して8年、42歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。今回は、困難と向き合い、乗り越えていくための、梶浦さん自身の考えかたを紹介します。 ALS患者が「自分らしく生きる」とは ALS患者が自分らしく生きていく。それは、趣味や、生きがいを見つけながら、少しずつ今の自分の状態を受け入れていき、最終的には「これが今の自分!」と胸を張って(開き直って!?)生きることではないでしょうか。 言うのは簡単ですが、誰でも簡単にできることではありません。この連載第11回(「難病患者の病気を受容するプロセス 〜希望を持つことの大切さ〜」参照)で書いたように、「受容」に至る過程で、多くの苦悩や挫折を乗り越えないといけません。 今回は、この困難を乗り越えるための、私自身の考えかたを書こうと思います。 困難を乗り越えていくために! 「遠い未来のことは考えすぎない!」「将来どうなるかではなく、今何ができるかを考える!」 これは、これまで私がたびたび書いてきたことですが、病気を乗り越えていくために最も大切ではないかと思います。ALSという病気は、進行に個人差があります。なかには発症してから10年以上経っても、症状があまり進まない人もいます。なので、絶望的な未来を想像しすぎても落ち込んでしまうだけで、良いことはありません。 大事なのは、今の自分の症状と向き合いながら、少し先の未来を想像して、対策をしていく、その積み重ねです。 たとえば、「指先の動きが悪くなってきて普通の箸が使いにくくなったら、介護用の箸(※)を使うようにしよう」。そして「今後もっと指先の動きが悪くなって、介護用の箸も使えなくなることも想定できる。おかずを、小鉢に分けるのではなく、食べやすいワンプレートにしよう。介護用のスプーンも用意しておこう」など、そのつど工夫と対策を繰り返していくことです。 はじめから遠くにある大きな山(困難)をひとりで登ろうとしても、とうてい無理です。必ず挫折してしまいます。 近くにある小さな山を、仲間たち(家族、ヘルパーさん、医療スタッフさんなど)と協力して一つずつ登っていく。振り返ってみたら、もうこんなに登ってきたのかと思えるような登りかたが理想的なのだと思います。 医師の多くは、大きな山の存在は教えてくれますが、山の登りかたを教えてはくれません。それもそのはずです。山の大きさや登りかたは人それぞれ違いますし、当事者でないとなかなかわからないことが、とても多いのです。なので、医師であり患者でもある私が発信しなくてはならない。そう思って、意気込んで今までいろいろ書いてきました。 ※連載第12回「ALS患者に必要な情報「実用編」 ~上肢①〜」の「指先の筋力が低下しても使える箸」参照 人工呼吸器を着けて外に出かけよう! 多くのALS患者さんは、病気の進行とともに、あまり外に出なくなります。歩けなくなるといった物理的な障害もありますが、気持ちの面で前向きになれないといった精神的な要因もあると思います。 私の場合は、歩けなくなっても電動車いすを操作できる間は、積極的にいろいろな所に出かけていました。しかし、腕もまったく動かなくなって、電動車いすを操作できなくなり、人工呼吸器を装着するようになってからは、あまり外に出なくなりました。人手が必要だったり、用意に時間がかかったりと物理的な障害もありましたが、「人工呼吸器を着けている自分を世間の人は好奇な目で見てくるのではないか」……そんなふうに考えてしまい、なかなか外に出る気分になれませんでした。 そんななかで、息子の幼稚園最後の運動会がありました。妻と息子には来てほしいと言われていましたが、「変な目で見られたら嫌だなぁ」「息子が私のせいでイジメられたりしないか?」など、いろいろと考えてしまい、なかなか行く勇気が出ませんでした。しかし、この機会に行かなかったら外に出るきっかけを失ってしまうと思い、ドキドキしながら運動会に行きました。いざ行ってみたら、周りの人たちは私のことなど気にもしません。皆さん他人の私なんかより自分の子どもの活躍に夢中です。そのときに、世間から特別な目で見られると思っていた私は自意識過剰だったんだなぁと気づかされました。 そして、息子が「わーい、パパ来てくれたんだ」と、満面の笑顔で私のところに走って来てくれたことが、何よりも嬉しかったです。息子は私がつらいときに救ってくれる存在であることをつくづく感じました。 「世間の人は私のことなど気にしていない。私が勝手に世間の人から特別扱いされていると思い込んでいただけなんだ」 そう思えるようになってからは、積極的に外に出るようになり、今でも公園に行ったり、電車やタクシーに乗って遠出したりと、毎週外出しています。(私のわがままを快く聞いてくださるヘルパーの皆さま、いつも本当にありがとうございます!) たまに外に出て、日光を浴びて、風を感じながら、暑さや寒さを通して季節を体感する。以前は当たり前だったそんな行為が、気分をリフレッシュさせ、日々の生活にメリハリをつけて豊かにしてくれますし、体調管理にもつながってきます。 なので、体が動かなくなっても、人工呼吸器を着けていても、周りの人を巻き込んで外に出かけよう!! 発信しよう! ALSは徐々に全身の筋肉が動かせなくなっていく難病中の難病です。有病率は10万人あたり7~11人程度1)と推計されており、非常にまれな疾患です。今のところ治療法もなく、それぞれの症状に合わせて対症療法や生活の工夫を凝らしていくしかありません。ただ、症状や療養環境などの個人差も大きいことから、すべての患者さんに当てはまるような工夫はなかなかないのが現実です。 神経難病のケアを専門とされている先生がたが、いろいろな工夫を発信してくださっていますが、ALSはかなり特殊な病気です。意識はハッキリとしており、やりたいことや訴えたいことは明確にあるのにもかかわらず、体が動かせず、声も出せないので、うまく伝えられない。ただのジレンマとも違うこの独特な感覚は、当事者にしかわかりえない感覚であり、だからこそ当事者にしか思いつかない発想や、当事者にしか語れない経験談があるはずです。 なので、ALS患者自身がそれぞれの工夫や経験を発信して、それをつないでいくことが、ALS患者の未来を豊かにしていく方法なのだと思います。 それが可能なのは10万人のうち、たった7~11人しかいないのです! ALS患者が自らのことを発信する。その行為自体にとても価値があり、それが誰かのためになる。そう思えれば、自分自身の生きがいにもつながっていきます。 自分の病気の経過を日記のようにブログに書くのもおすすめです。ちょっとした生活の工夫、介護者にされて嬉しかったこと、反対に嫌だったこと、など、内容は何でもよいのだと思います。今は誰でもSNSで発信できる時代です。一人でも多くの人が経験談を発信して、それを参考にして一人でも多くの人の生活が豊かになれたらいいなぁと思います。 コラム執筆者:医師 梶浦 智嗣 編集:株式会社メディカ出版 【参考・引用】1)「筋萎縮性側索硬化症診療ガイドライン」作成委員会編.筋萎縮性側索硬化症診療ガイドライン2013.東京,南江堂,2013,2.

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