難病看護に関する記事

特集
2021年8月10日
2021年8月10日

重症筋無力症(MG)

「難病を知る」シリーズ、第2回は、近年、有病率が増えている重症筋無力症(MG)です。 病態 重症筋無力症(じゅうしょうきんむりょくしょう:MG)は、筋力の低下を主な症状とする自己免疫疾患です。遺伝性ではありません。 骨格筋の収縮は、アセチルコリン(ACh)の働きが関与しています。神経と筋とのつなぎ目の部分で、AChが神経終末から放出され、筋肉側にあるACh受容体にAChが結合することで、筋収縮が起こります。 MGでは、ACh受容体などを攻撃する異常な自己抗体が生じます。その抗体がAChの結合などを阻害し、筋収縮が妨げられる結果、筋力低下につながります。 なぜ、そのような自己抗体が作られるのか、原因はよくわかっていません。ACh受容体抗体のある人では胸腺腫などの合併も多く、胸腺のかかわりも疑われています。 疫学  2018年の全国疫学調査では患者数は約2.9万人で、人口10万人あたりの有病率は23.1人でした。2006年の調査結果と比べると、有病率は約2倍に増えています(難病情報センター調べ)。 男性よりも女性に多い疾患です(男女比1:1.7)。好発年齢は5歳未満と、女性では30~50歳代、男性では50~60歳代です。近年は高齢での発症(後期発症)が増加しています。 症状・予後 運動の継続ですぐに力が入らなくなり(易疲労性)、休息することで回復するのが特徴です。症状は日内変動し、夕方に症状が悪化しがちです。 初期には、まぶたが下がる(眼瞼下垂)、ものが二重に見える(複視)といった、眼症状の出現がよくみられます。 力が入らず持ったものをよく落とす、階段を上るときに脚がだるい、頸が前に下がるなど四肢や頸部の筋力低下、発語の障害(構音障害)や嚥下障害、咀嚼障害、また顔面筋力の低下や呼吸困難などがみられることもあります。 症状の出かたにより、眼瞼下垂や複視など眼症状のみが現れるタイプ(眼筋型)と、四肢の筋力にも症状が及ぶ(全身型)に分類されることがあります。重症度を示す指標であるMGFA分類では、眼筋型はⅠ、全身型はⅡ~Ⅴです。眼筋型から全身型に移行することもあります。 全身型では、急激な呼吸状態の悪化(クリーゼ)に注意が必要です。クリーゼの誘因は、感染症や手術、薬物、疲労などです。重篤な場合は人工呼吸器が必要になりますが、生命予後には影響はありません。 MGの長期予後は、免疫療法の普及により大きく改善しました。寛解率は2割未満ですが、生活や仕事に支障がない程度まで改善する例が5割以上に達しています。その一方で、あまり改善がみられないケースも1割ほどあります。 治療法 MGは自己免疫疾患なので、ステロイドや免疫抑制薬を用いた免疫療法が基本です。特に全身型の治療では免疫療法が中心となります。ただ、免疫療法でステロイド剤の長期投与は副作用がQOLを悪化させるため、早期からの免疫療法で生活に支障をきたす症状は短期間で改善させ、維持量を少量に抑えることが目指されます。 そのほか対症療法として、神経筋接合部のAChの濃度を高めることで神経から筋肉の信号量を増やす、コリンエステラーゼ阻害薬が補助的に用いられます。胸腺腫の合併のある人などでは、手術で胸腺を摘出することもあります。全身型で、これらの治療法で効果がみられない場合は、抗体製剤が用いられることもあります。 一方、症状が重篤な場合や、急激な増悪時は、自己抗体を除去する血液浄化療法や、免疫グロブリンを大量に投与する方法なども用いられます。 看護の観察ポイント ●筋力低下や眼症状など症状の変化 ●日常生活やセルフケアの実施に支障をきたしていないか ●転倒していないか ●構音障害によりコミュニケーションに問題が生じていないか ●嚥下障害や食事動作による筋疲労で、食事内容・量に影響が出ていないか ●適切に服薬ができているか ●口から唾があふれる、頭を支えられず首が垂れる、呼吸時に分泌物でごろごろと音がするなどの症状がないか ●患者さん、家族が不安やストレスを抱えていないか 次回は脊髄性筋萎縮症について解説します。 ** 監修:あおぞら診療所院長 川越正平 【略歴】 東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版  【参考】 ・難病情報センター『重症筋無力症(指定難病11) 病気の解説(一般利用者向け)』 https://www.nanbyou.or.jp/entry/120 ・日本神経学会『重症筋無力症診療2014』 https://www.neurology-jp.org/guidelinem/mg.html ・井上智子ほか編(2016)『疾患別看護過程 第3版』,医学書院

特集
2021年8月3日
2021年8月3日

筋萎縮性側索硬化症(ALS)

在宅で暮らす指定難病の方の支援は、訪問看護の重要な使命の一つです。今回から、訪問看護が必要とされることの多い難病について、最低限知っておきたい病態・疫学と、看護のポイントを解説します。第1回は筋萎縮性側索硬化症(ALS)です。 病態 筋萎縮性側索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう:ALS)は、運動ニューロンが障害されることで起こる、進行性の疾患です。随意筋への指令伝達が障害されるため、全身の筋肉(上肢・下肢、舌、のど、呼吸筋など)が徐々にやせ、筋力が衰えていきます。 運動ニューロンのうち、上位運動ニューロンは、大脳皮質運動野から出た指令を脳幹や脊髄に伝えます。下位運動ニューロンは、脳幹や脊髄に伝わった指令を、末端の筋肉に伝達します。 ALSでは、上位と下位、両方の運動ニューロンが変性・消失し、指令が伝わらなくなることで、筋力低下や筋萎縮が進みます。原因はまだ解明されていません。 疫学 2019年度末時点でのALSの受給者証所持者数は1万人弱です。中年以降で発症が増加し、60〜70歳代が最多です(※1)。男性に多く、女性の1.3~1.4倍の有病率です。 ALSは多くの場合は遺伝しません。ただし、全体の5~10%で家族内での発症があります(家族性ALS)。 症状・予後 手足の筋力低下や、筋萎縮、球麻痺による言語障害・嚥下障害、呼吸筋麻痺による呼吸障害などが、進行性で現れます。 初期症状では手指を動かしにくい、腕の力が弱くなる、足がつっぱる、転倒しやすくなるといった四肢の症状が主体で、そこから全身に広がっていくパターンが典型的です。しかし、最初に進行性球麻痺(構音障害や嚥下障害など)がみられる例や、呼吸障害が出る例、認知症を伴う例などもあり、発症パターンはさまざまです。 全身の筋肉に比較的速く症状が広がり、最終的には呼吸筋麻痺が生じ、人工呼吸器を使わない場合の生命予後は発症後2~5年です。一方、人工呼吸器を用いない状態で発症から10年以上の生存例もあり、経過も個人差の大きい疾患です。 なお、病状が進んでも、視力や聴力、体の感覚などは比較的保たれる傾向があります。眼球運動は残りやすいため、眼球の動きを通じたコミュニケーション方法が活用できることも多いです。 治療・管理など ALSに対しては、神経細胞の障害を抑制し、進行を遅らせる薬が用いられますが、根本的な治療法はありません。そのため、対症療法が主体となります。 対症療法では、機能維持や障害を補う動作訓練などリハビリテーションと、リハビリテーションを実施できる栄養状態を評価する「リハビリテーション栄養」の考えかたに基づく介入が推奨されます。 栄養状態は、代謝亢進が目立つ初期には体重減少をできるだけ抑え、エネルギー消費が減少していく進行期にはエネルギー過剰とならないよう計画します。嚥下機能などに伴い、食形態の見直しや栄養療法の導入なども必要になります。 どんな病態でも同様ですが、消化管瘻や人工呼吸器の導入に際しては、基本的には本人の意思が優先されます。早期から多職種がかかわり、意思決定を支援する必要があります。 嚥下障害 残存機能を生かすリハビリや摂食方法、食形態の工夫などを行います。病態の進行をよく観察し、状況により、経管栄養法(消化管瘻や経鼻栄養など)が検討される場合があります。 呼吸障害 呼吸筋の訓練や排痰法の指導などを行うことがあります。呼吸障害が進んだ場合、人工呼吸療法による呼吸管理を検討します。人工呼吸療法には、マスクを用いる非侵襲的陽圧換気(NPPV)と、気管切開下陽圧換気(TPPV)があります。 コミュニケーション障害 発声や構音などが障害されると、コミュニケーションも阻害されます。とくに、コミュニケーションの阻害は、意思決定に際して困難を生じることが予想されるので、早い時点から検討と具体化を進める必要があります。残された機能を生かし、筆談や指文字、文字盤のほか、自分で動かせる部位を利用した意思伝達装置が用いられます。 リハビリのポイント ●早期からの関節拘縮や筋萎縮などによる痛みの予防・改善などに、ストレッチや、関節可動域を維持するリハビリが有効 ●軽度~中等度の筋力低下では、筋疲労をきたさない適度の負荷量で、筋力増強訓練も可能(月単位・週単位で筋力が低下していく病態を適切にとらえながら継続実行していくことは容易ではなく、とても重要なポイント) ●病状の進行に伴い、体位変換や、車いすでの座位保持など、生活の支援内容やその方法を随時変更・検討する ●福祉用具や補助具の導入などでは、本人の状態や生活への希望をふまえることはもちろん、刻々と変わる状態に合わせ、タイムリーな選定を支援する ●嚥下障害や呼吸障害、構音障害に対するリハビリ、動作のアドバイスを行う など 看護の観察ポイント 訪問時の「現在」で観察すべきこと、週〜月単位で把握すべきことがあることに留意しましょう。今の状態だけでなく、変化の有無とその様子を継続してみていけることは、訪問看護の強みといえます。 ●日常生活に支障をきたしていないか ●転倒しやすくなっていないか ●目立った体重減少がないか ●食事や水分が十分摂取できているか ●排便コントロールができているか ●むせや飲み込みにくさなど嚥下障害を疑わせる症状が出ていないか ●構音や発声などでコミュニケーションが阻害されていないか ●ふさぎ込む、不安を訴えるなど精神状態に変化がないか ●不眠の症状が出ていないか ●家族の身体的・精神的負担の程度 など 次回は重症筋無力症について解説します。 ** 監修:あおぞら診療所院長 川越正平 【略歴】 東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版  【参考】 ※1 厚生労働省『令和元年度衛生行政報告例 統計表 年度報 難病・小児慢性特定疾病』2021-03-01 https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00450027&tstat=000001031469&cycle=8&tclass1=000001148807&tclass2=000001148808&tclass3=000001148810&stat_infid=000032045204&tclass4val=0 ・日本神経学会『筋萎縮性側索硬化症診療ガイドライン2013』 https://www.neurology-jp.org/guidelinem/als2013_index.html ・難病情報センター『筋萎縮性側索硬化症(ALS)(指定難病2) 病気の解説(一般利用者向け)』 https://www.nanbyou.or.jp/entry/52 ・難病情報センター『筋萎縮性側索硬化症(ALS)(指定難病2) 診断・治療指針(医療従事者向け)』 https://www.nanbyou.or.jp/entry/214 ・一般社団法人日本ALS協会『治療の進め方』 http://alsjapan.org/how_to_cure-summary/ ・井上智子ほか編(2016)『疾患別看護過程 第3版』,医学書院

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