心不全患者の在宅管理

特集
2021年10月19日
2021年10月19日

第2回 生活をよく知る訪問看護師だからこそできること

福岡大学病院循環器内科では、地域の訪問看護ステーションと連携して、心不全患者の急性増悪・再入院を防ぐための取り組みを行って効果を上げています。第1回目は、大学病院と訪問看護ステーションの連携の概要を紹介しました。今回は、患者さん・家族が暮らす生活の場で訪問看護師が行うアセスメントの実際と、大学病院の専門医のサポートの実際を紹介します。 生活の場に密着している訪問看護師への期待 福岡大学病院循環器内科の志賀悠平医師は、「急性期医療を担う大学病院の外来では、多くて月2回、たいていは1~2か月に1回くらいしか患者さんを診ることができません。しかも、私たちは病院に来ている患者さんしか診ていません。お家にいらっしゃる状態というのが見えないため、在宅で食事をめぐる問題や行動面のトラブルが起こっていても把握できません。しかし、訪問看護師さんたちは少なくとも週1回入っていますから、病態の悪化や状態の変化などの細やかなチェックができます。在宅でのチェックにおいては、訪問看護師さんのほうがプロフェッショナルなのではないかと思っています」と訪問看護師への期待の大きさを語ります。 福岡大学病院循環器内科志賀悠平 医師 「病院ではわからない部分を知ることができるのは、私たち訪問看護師の特権だと思っています。患者さんの状態だけでなく家庭内のキーパーソンや家族の支援体制、家屋構造なども、在宅療養における有用な情報です」と博多みずほ訪問看護ステーションの黒木絵巨所長は言います。 博多みずほ訪問看護ステーション黒木絵巨 所長 何らかの症状があっても「年のせいだから」と見過ごされがち 心不全には、心臓の機能低下によって起こる2通りの症状があります。「収縮機能」が低下することによって全身の臓器に十分な血液が行き渡らないことから起こる症状と、「拡張機能」が弱くなり血液がうっ滞することによって起こる症状の2タイプです。血液が十分に行き渡らなくなって起こる症状には、疲労感、不眠、冷感などがあり、血液のうっ滞によって起こる症状には、むくみ(浮腫)、息切れ、呼吸困難などがあります。 黒木さんは特に『むくみ』には十分に注意するそうです。「通常は足背などを見てむくみの程度を判断しますが、訪問してお顔をみたときに『あれ? ちょっとおかしいな』と感じることもあります」と話します。 特に高齢者では、「収縮機能が保たれた心不全(拡張不全)」が多いことがわかってきています。血液を送り出す力が衰え、静脈や肺、心臓などに血液が溜まりやすくなってしまうもので、通常の検査では見つかりにくいとされています。さらに高齢者では自覚症状がはっきりと現れにくく、何らかの症状があっても「年のせいだから」などと見過ごされがちです。日常生活にいつも接している訪問看護師ならではの『直感』が重視される部分も大きそうです。 むくみのほかには、息切れや呼吸困難感も重要なサインの1つで、軽い場合は階段を上がる際に息切れする程度ですが、進行すると少し歩いただけで息苦しくなると言います。さらに悪化すると、夜寝ているときに咳が出て寝られなくなることもあります。「起座呼吸」にまで進んだ場合は入院が必要と言われています。 患者情報がタイムリーに多職種で共有されるメリット このように、訪問看護師の適切なアセスメントがタイムリーに多職種で共有されるメリットは大きいです。そのためには、ICTにより多職種が情報を共有できるツールの介在が欠かせません。 黒木さんはICTによる情報連携について、「現在は福岡大学病院の志賀先生のところと開業医、私たちの訪問看護ステーション、ケアマネジャーがICTツールでつながっています。私たちは医師とすぐに連絡を取りたいと思っても、この時間は電話してもいらっしゃらないだろうなと躊躇してしまうことも多いです。特に大学病院の先生との連絡ツールとして本当に助かっているので、もっともっと取り入れていきたいと思っています。こうやって即座に連携が取れるということは本当に心強いですね」と話しています。 志賀先生も、「訪問薬剤師と共有ツールでつながっていたこともあります。認知機能に少し障害があって服薬カレンダーをうまく使えず服薬管理ができないケースなどでは、薬剤の適正処方や服薬指導をきめ細かく行うために、薬剤師との情報共有ができて非常に有効でした」と、多職種連携のための共有ツールを高く評価されています。 心不全の再入院までの期間が延びているという『手応え』 福岡大学病院と博多みずほ訪問看護ステーションの有機的な連携によって心不全患者の再入院予防を図る取り組みの効果について志賀先生は、「まだまだ数は少ないのですが、確実に地域とつながっているという感触を得ています。少ない症例ではありますが、再入院までの期間が延びているという手応えはしっかり感じています」と述べてくださいました。 急性期病院での診療のかたわら、週1回訪問診療クリニックでの臨床を続けている志賀先生ならではの『地域包括ケアマインド』と、黒木さんをはじめとした訪問看護師の『在宅看護のスペシャリティ』がうまくマッチしたケースと言えるでしょう。 * 心不全看護の専門性をさらに高めるために黒木さんが取得された「心不全療養指導士」資格については、ご存知ですか?心不全療養指導士シリーズでご紹介します。 ** 志賀 悠平福岡大学病院循環器内科 医局長専門は心臓CT、高血圧、心不全、心臓リハビリテーション。日本内科学認定医、日本循環器学会専門医、日本高血圧学会専門医・指導医、日本心臓リハビリテーション学会指導士、医学博士。 黒木 絵巨博多みずほ訪問看護ステーション 所長大分県出身。3児の母。総合病院、透析クリニック勤務の後、2018年から訪問看護師として勤務。2021年3月に心不全療養指導士資格取得。 記事編集:株式会社照林社

特集
2021年10月12日
2021年10月12日

第1回 地域ぐるみで心不全患者を支える

超高齢社会を迎えて心不全患者が増加しています。心不全の主な症状はむくみ(浮腫)、息切れ、呼吸困難などですが、高齢心不全患者は自覚症状に気づかないことが多く、知らない間に急性増悪を起こして再入院するケースが多いといいます。福岡大学病院循環器内科では、地域ぐるみの包括医療を行って再入院を防ぐ好結果を得ています。地域連携の取り組みの実際を2回にわたって紹介します。 必要なのは地域ぐるみの多職種チーム医療 心不全とは、何らかの異常により心臓のポンプ機能が低下して、全身に十分な血液を送り出せなくなった状態をいいます。心不全患者数は全国で約120万人、2030 年には130 万人にもなると推計されています。特に高齢になればなるほど罹患者率が高くなることが知られており、超高齢社会を迎えつつあるわが国では、近未来的に心不全患者数は急増するものと予想されています¹。 そこで、日本心不全学会では2016年に、75歳以上の高齢心不全患者を対象にした治療指針である「高齢心不全患者の治療に関するステートメント」を公表しました。この中で、高齢心不全患者の円滑な診療のためには、基幹病院専門医とかかりつけ医、および多職種チームによる管理システムの構築が必要であることが明らかにされています²。 再発・再入院を防ぐ専門職どうしの密なつながり 急性期循環器医療を担う福岡大学病院循環器内科では、心不全の急性増悪・再発予防のための地域包括ケア活動として、チーム医療を推進しています。 福岡大学病院1973年開院。病床数915床(一般:855床、精神:60床)を有する福岡市西部地区および周辺地域の中核的医療センターの役割を果たす。 志賀悠平医師は、「増加する心不全患者の継続的な管理を考えるとき、急性期を担う循環器医師と地域に密着して活動されている開業医の方々、そして患者さんの生活をいつもそばで看ている訪問看護師や訪問理学療法士が、連携して包括的な医療に取り組む必要があります」と言います。 急性増悪を引き起こす要因としては、水分や塩分の制限の不徹底、治療薬内服の管理不足、さらに過度な活動による過労などが挙げられます。「これらは、患者さん自身の自己管理の不徹底によることもありますが、医療者側がうまくコントロールできていないこともあり、そのアンバランスによって入院になってしまうことが多いです。ですから、在宅で常に日常生活を看ている訪問看護師さんの役割は大きいのです」と志賀先生。 福岡大学病院循環器内科志賀悠平 医師 患者・家族の生活に密着している訪問看護師だからできること 同科と連携を密にしている博多みずほ訪問看護ステーションの黒木絵巨所長は、「在宅に戻られた心不全患者さんでは、特に水分や塩分の適正なコントロールが必要で、そのための食事指導が大切です。家に戻ってくると、どうしても好きなものを食べてしまう方が多く、漬物などが好きな高齢者は過剰な塩分を摂ってしまいがちです。日々の食事の内容は私たち訪問看護師が最も把握しなければならないところだと思います」と言います。 博多みずほ訪問看護ステーション黒木絵巨 所長 〈博多みずほ訪問看護ステーション〉2000年より福岡市で開設。呼吸器疾患の利用者が多く、呼吸リハビリテーションや機器管理などに力を入れて、サービスを提供。 塩分摂取の目安は、軽症ならば1日7g以下、重症では1日3g以下に制限するように指導します。具体的には、黒木さんが言うように漬物や佃煮を減らすこと、香辛料やレモンなど使って味付けや調理法を工夫することによって塩分制限を行います。「患者さんも自分をよく見せたいから、『そんなに漬物は食べていない』などとおっしゃるのですが、実態を把握するのが私たちの役目だと思っています」と黒木さん。 同訪問看護ステーションには訪問リハビリテーションのスタッフもいるため、運動や休息・睡眠にかかわること、さらには家の構造など、病院では知り得ない情報を主治医に伝えて適切な指示をもらうことができます。入院中にはわからない、在宅での日常生活の中に潜んでいる心不全の再発リスクをみつけて医師につなぎ、的確な指示のもと適切にコントロールするのが訪問看護ステーションの大切な役割です。 有機的連携のために必須な多職種の情報共有システム このような有機的な地域連携を実現するために必須なのが、多職種連携のための情報共有システムです。福岡大学病院と博多みずほ訪問看護ステーションでは情報共有のためのICTツールを活用しています。 志賀先生は、「訪問看護師さんが何かを察知した場合、いち早く大学病院に情報提供してくれることで、我々もタイムリーに医療上の指示を出すことができます。患者さんに最も密着している訪問看護師さんの視点だからこその情報も多くあります。家庭内にはさまざまな状況があります。家族間トラブルなどがある場合は、ご家族からの一方的なお話では判断できないこともあります。訪問看護師さんや訪問理学療法士の方々はケアの場面で日々、本人やご家族と接していますから、現場の『空気感』をお持ちです。そうしたリアルな情報を即時にウェブ上で共有できて初めて、有効な地域連携ができるのだと思っています」と話してくださいました。 ** 志賀 悠平福岡大学病院循環器内科 医局長専門は心臓CT、高血圧、心不全、心臓リハビリテーション。日本内科学認定医、日本循環器学会専門医、日本高血圧学会専門医・指導医、日本心臓リハビリテーション学会指導士、医学博士。 黒木 絵巨博多みずほ訪問看護ステーション 所長大分県出身。3児の母。総合病院、透析クリニック勤務の後、2018年から訪問看護師として勤務。2021年3月に心不全療養指導士資格取得。 記事編集:株式会社照林社 【引用文献】1.日本心臓財団『高齢者の心不全』https://www.jhf.or.jp/check/heart_failure/01/ 2.日本心不全学会ガイドライン委員会『高齢心不全患者の治療に関するステートメント』http://www.asas.or.jp/jhfs/pdf/Statement_HeartFailurel.pdf?iref=pc_rellink_01

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