コラム

「セルフイメージ」を置き換える

この連載は、訪問看護ステーションで活躍するみなさまに役立つコミュニケーションのテーマを中心にお届けします。第6回は、自己効力感を高める要因となる、代理体験のお話です。

自己効力感を高める代理体験

前回、自己効力感をつくりだす五つの要因のうち、四つを説明しました。自己効力感を高める最後の一つは「代理体験」です。これは「モデリング」とも呼ばれます。

自分の目標とする人やあこがれの人を見て、その人の活躍や成果を自分に重ね合わせることです。自分の目標とする人・あこがれる人が努力を重ねて成果を上げる姿を見て、自分も「やればできる」と思える。これが代理体験です。

活躍を自分に投影させる

今、日本の野球少年のヒーローは、ロサンゼルス・エンゼルスで活躍している大谷翔平選手でしょう。ピッチャーとしてもバッターとしても彼の活躍に野球選手としての夢が大きく広がります。いえ野球少年だけではありません。老若男女が彼の姿を追っています。

何しろ、大リーグという世界の舞台に立ち、しかも「二刀流」という、大リーグ選手でもやったことのないことをニコニコ笑顔でやってみせる。

活躍する舞台は違えども、進学や就職で新しい世界に飛び込んだ若者、異動や昇進、転職、独立など仕事でさまざまな課題や困難と向き合う人たちにとって、大谷選手がどれだけのプレッシャーと向かい合っているのかは想像に難くありません。そのなかで彼がどんな言動をして、どんな成果を上げていくのか。そこに自分を投影させている人も多いのではないでしょうか。

モデルに重ね合わせて考える

もちろん順調なときばかりではありません。打てないとき、勝てないときもあります。

そのとき彼はどうするのか? そしてどう乗り越えるのか? 自分ならどうするのか? 重ね合わせながら考えます。このときに「視座」が変わるのです。今までの自分とは違う立場や視点からモノを見ることができるかもしれません。「そうなんだ! こうすればいいんだ!」という勇気やアイデアが自分のなかに生まれます。

「学ぶ」は「まねぶ(真似ぶ)」から転じた言葉だという説があります。大谷選手の活躍を見た子どもたちのなかには、今後「二刀流」を目指す人も増えるでしょう。これまで、高校野球までは「エースで4番」はいても、大学、社会人、プロ野球では「ピッチャーかバッターか」を選ぶのが普通でした。でも大谷選手の活躍は新しい常識が生まれるきっかけになりました。

真似ることでセルフイメージが変わる

好きなモデルさんのファッションコーディネートを真似したり、同じブランドのバッグやアクセサリー、服を選んだり、髪型を似せたりする人も多いですね。それをすることによって、何となく自信がついたり、「私にもこんな見せかたができるかも」と思えたりします。

着ている服や髪型、持っているバッグで何が変わると思いますか? 頭の中のセルフイメージが変わるのです。

前回の話のように、人は、頭に描いたイメージになるように体が動きます。だから、ファッションが変わると、それを身に着けている自分のイメージが変わり、それに合わせて歩き方や立ち居振る舞いも変わります。話す内容も変わっていくかもしれません。

「なりたい自分」が具体的であればあるほど、その自分に近づきやすくなります。そうなるように自分が変わっていくのです。これが「セルフイメージの置き換え」です。

うまくいかないときや苦しいときがあっても、「こんなときあの人だったらどうするだろう。どんな言葉を発するだろう、どんな行動をとるだろう」と考えることで、自分の振舞にもヒントが見つかります。これが自己効力感をアップすることにつながります。

モデルとした人の逆境

しかし、この代理経験、モデリングには一つ注意しなければならないことがあります。自分がモデルとした人が努力したにもかかわらず失敗をしたときに、一緒に自己効力感を失ってしまうことがあるのです。

モデルとした人が歴史上の人物なら、その成功も失敗もすでにわかっていますが、現在活躍中の人だと、未来がどうなるかは誰にもわかりません。成功ばかりの人生はありえません。人生には必ず、順風、無風のときも、逆風のときもあります。だから逆風のときも、モデルとした人がそこからどう対処していくのかを見守りながら、今度はその人を応援していくことが自分の自己効力感を高めることにつながります。

セルフイメージをふまえたコミュニケーション

コミュニケーションの視点でいえば、メンバーのセルフイメージの置き換えを支援するようなかかわりができるのが望ましいです。つまり、その人が「どうなりたいのか」に、本人が具体的に気づくようなサポートです。日ごろから「どんな人になりたいか」を聞いておくのもよいでしょう。それがまだぼんやりとしているうちは、セルフイメージができていないということです。

「具体的に」とは、言葉にできるようにすることです。対話をしながら「それはたとえばどんなふうに?」「もう少し聞かせて」と声掛けをすることで、本人によって「なりたい自分」の輪郭をはっきりさせていくことができます。

執筆
松井貴彦・まついたかひこ ライフキャリアコンサルタント

NPO法人いきいきライフ協会理事、一般社団法人看護職キャリア開発協会所属。
1962年生まれ。同志社大学文学部心理学専攻卒(現心理学部)卒。出版社にて求人広告制作(コピーライター、ディレクター)、就職情報誌編集者、編集マネジャー。その後、医療・看護系出版社、関連会社の代表取締役など歴任。
国家資格キャリアコンサルタント、GCDF-Japanキャリアカウンセラー(米国CCE, Inc.認定のキャリアカウンセラー資格)。自分史アドバイザー。YouTubeは「松井貴彦まっチャンネル」で検索。
 
記事編集:株式会社メディカ出版

【参考】
〇Albert Bandura.本明寛ほか翻訳.『激動社会の中の自己効力』東京,金子書房,1997,368p.

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