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ALS患者に必要な情報「実用編」~下肢(2)ベッド上生活~
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ALS患者に必要な情報「実用編」~下肢(2)ベッド上生活~

ALSを発症して7年、41歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。今回は梶浦さんが実際に使用した道具や工夫を紹介する「実用編」の第4弾。前半では、前回(「実用編」下肢(1))から引き続き、足の筋力低下に伴って移動方法が変わることに対する工夫をご紹介します。後半は、基本的にはベッド上で生活するようになってから快適に過ごすための工夫を紹介します。ALSはもちろん、ほかの疾患等のかたたちの生活にも参考にしてください。 トイレでの排泄を続けたい 立ち上がるのが難しくなっていちばん困るのが、トイレの問題です。自分のトイレ事情を公表するのは抵抗があることなので、患者側からの工夫が発信されることは、私の知るかぎりありませんでした。 しかし、トイレで排泄できるか、ベッド上でオムツや差し込み式便器で排泄するかによって、QOLがかなり変わってきます。私はどうしてもベッド上で排泄したくなかったので、いろいろ調べましたが、どこにもよさそうな方法は見つけられませんでした。立ち上がってトイレに移乗することができなければ、さらに、トイレで座る姿勢を保持できなければ、ベッド上で排泄する方法しかないようでした。 そんななかで考えついたのが、前回紹介した電動介護リフトとポータブルトイレを組み合わせた方法です。具体的な方法をご紹介したいと思います。 リフトとポータブルトイレを使って排泄する方法 (1)ポータブルトイレをベッドの側にセットする(2)ベッドの上で、お尻部分が空いている脚分離型のリフト用スリングシートを体の下に敷き込み、ズボンを脱ぐ(3)電動介護リフトを使ってポータブルトイレに移動する(後述)(4)ポータブルトイレに座り(後述)、用を足す(5)排泄が終わったら、そのまま洗浄してベッドに戻る トイレまでの移動時のポイント (3)の移動時、私は頭部を自分の力で保持できないため、頸部カラーを装着しています。 私はこれを装着し、人工呼吸器をつけたままリフトで体を吊り上げて、トイレに移動しています。 トイレに移動した後のポイント (4)のトイレに移動したとき、一つめのポイントは便座に完全に座らないことです。 完全に座ってしまうと、自分の力で体幹を支えないといけませんが、この段階の多くのALS患者さんはそれができません。なので、体幹の保持はリフト用シートに任せて、リフトに吊られたまま、お尻をわずかに便座にのせて、全体のバランスをとります。 ここでもう一つのポイントが、トイレの前に足台を置くことです。足を足台にのせることで、足の重みを分散させることができますし、和式便器に座っているような姿勢になるため、腹圧がかかりやすくなります。 ALS患者さんは、腹筋もだんだんと弱くなり、排泄時にいきめなくなってくるので、自然に腹圧がかかるこの姿勢はとても合理的です。 今でもこの方法で排泄できています 私は自分の力でまったく腹圧がかけられなくなった今でも、下剤の内服や座剤で調整しながら、この方法でトイレでの排泄ができています。ベッド上で排泄することに抵抗がある人はご検討ください。 ただ、誰もが簡単にできる方法ではありません。試される際は、必ず主治医の同意のもと、慣れるまでは看護師やリハビリテーションスタッフの立ち会いの上で行なってください。 ベッド上の生活を快適に過ごす工夫 ベッド上で入浴できる浴槽 トイレの問題とともに、歩けなくなって困るのが入浴の問題です。 要介護度にもよりますが、週1~2回程度は訪問入浴サービス(専門のスタッフが自宅まで浴槽を持ってきて、入浴介助を行なってくれるサービス)を使って入浴もできます。ただ、毎日でもお風呂に入りたい人には工夫が必要です。 電動介護リフトを風呂場につけることもできますが、私の家では構造的に大規模な工事になってしまうのと、家族が使用するスペースが狭くなってしまうため、リフトの設置はやめました。車いすに移乗できる間は、風呂用の車いすに乗って風呂場まで行き、車いすごとシャワーを浴びていました。 体幹の保持が難しくなったり、人工呼吸器が外せなくなったりしたら、この方法も難しくなります。そんなとき、ビニールプールのような簡易浴槽を使用して、ベッド上で入浴できる方法を見つけました。 まず、ベッドの上に寝ている状態で、浴槽をシーツのように体の下に敷き込んでから、空気を入れて膨らませます。私が使っているものには、強力なハンドブロア(送風機)が付いていました。この方法だとベッドに寝たまま入浴ができます。人によっては頭が前屈しすぎてつらい場合があり、そのときは肩甲骨の下にバスピローを入れて高さを調節します。 注水・排水は専用のポンプも使えますし、私は浴室からホースで直接ベッド上の浴槽に注水し、入浴後は、付属の排水ホースを浴室まで引っ張っていき、ベッドと浴室の高低差を使って排水しています。 背中に熱がこもるのを防げる送風ファン付きマットレス ベッド上で生活しているALS患者さんの多くは、自分の力では姿勢を変えられません。もちろん介助者の力を借りて適宜体位変換をしてもらうのが好ましいのですが、それでも長時間同じ姿勢でいることが多くなります。 そうなると不快なのが、特に夏場なんかには背中に熱がこもってしまうことです。他の部分には汗をかいていないのに、背中だけ汗がびっしょりなんてこともしばしばあります。 そんなときに、送風ファン付きマットレスが便利です。いくつか種類があるのですが、私は「風のマットレス ドライブリーゼ」という商品を使っています。これは、薄いメッシュ状のマットレスの下部に送風機が付いており、常にマットレスの内部に空気が循環するしくみになっていて、背中に熱がこもるのを防いでくれます。 空気を循環させるため、マットレスがつぶれすぎないように少し硬めに作られているので、人によっては硬く感じるかもしれません。その場合は、柔らかいマットレスの上に敷いて使うのがおすすめです。私は、空気で硬さを調節できるマットレス(「ロホ・マットレス」を使っています)を柔らかめにして敷いておき、この上にドライブリーゼを敷いています。電動ベッドでも使えています。 コラム執筆者:医師 梶浦智嗣 記事編集:株式会社メディカ出版記事協力:株式会社アテックス     アビリティーズ・ケアネット株式会社 [編集部注]記事内容は執筆者個人の見解・経験です。ロホ・マットレスの上に他のマットレスを置いて使用することは、メーカーが推奨する使用方法ではありません。

その「偶然」は「偶然」ではない
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その「偶然」は「偶然」ではない

スタッフマネジメントに役立つコミュニケーションの話題を、訪問看護管理者のみなさまへお届けしてきました。最終回は、看護師としてのあなたのキャリアを考えるときに思い出してほしい、「計画された偶然」に関するお話です。 計画された「偶然」 世の中で成功を収めたとされる人たちに「そのような成功に至るまでにどのように計画を立て、どのような努力を重ねたのですか」と質問してみると、意外や意外、8割が「いや、計画したというより偶然こうなったのです」と答えるといいます。「そんなバカな」と思うかもしれません。しかし、これはきちんと研究された理論なのです。 心理学者のジョン・D・クランボルツは、ある調査の結果、18歳のときに考えていた職業に就いている人は全体の2%にすぎない、というのです。慎重に立てた計画よりも、想定外や偶然の出来事が人生やキャリアに影響を与えているのではないか。クランボルツはこれを「計画された偶発性理論(Planned Happenstance Theory)」と名付けました。 キャリアというと、「しっかりと目標を立ててそれに向かって一つひとつ努力を重ねるもの」だと一般的に思われています。しかし、今の世の中はVUCA(不確実、不安定、複雑、曖昧)の時代といわれています。いくら緻密に計画を立てても、予測不能の変化や技術の進歩、気候変動、グローバルな出来事で思うとおりにいかず、個人の意思でコントロールできることはほとんどありません。 個人のキャリアも、最初に立てた計画に固執してはかえって変化に対応しそこなう。そうではなく、大きな方向性は決めておきながらも、人生の瞬間・瞬間で判断をして行動をすることで、チャンスを生かすことができる。それがこの理論の考えかたです。 偶然の出来事が人生を変える 私は仕事上、いろんな看護師さんのキャリアに出会います。 看護師になる人は、専門学校や大学に進学する時点で「看護師になろう」と決めていることが多いです。ところが看護師になってから、思ってもいなかった道に進む人がいます。 たとえば、看護師の臨床経験をもとに、新たなテクノロジーを医療現場に適した形に応用する会社をつくった人。訪問看護師をやりながら、訪問看護ステーションの経営コンサルタントをしている人。昔から漫画を描くのが得意で、看護師になってから医療のことをわかりやすくイラストで描いているうちにイラストレーターになった人。ファッションが大好きで看護師になってからもファッションモデルをやっていたら、いつの間にかファッションプロデューサーになっていた人……など。 もちろん、みなさん看護師ですから、看護学校や看護大学を卒業して国家試験を受けて合格しているところまでは共通したキャリアです。看護師になってからの偶然の出来事が、それぞれの人生を変えています。 技術会社の社長になった人は、大学生のときに医療ミスが原因で病状が悪化した患者さんと出会い、ナースになってから「あの人の命をテクノロジーで救えなかっただろうか」と思い、働きながら勉強を始めました。イラストレーターになった人は、仕事中の出来事を院内勉強会でイラスト資料にしたら大好評となり、出版社にそのイラストを持ち込んだのがきっかけで思いがけない道が広がりました。 偶然をキャリアのきっかけにできる人 こうしてみるとすごく行動力のある看護師さんのようですが、ご本人たちは「いたってふつうのナースです」と言います。しかし、このような人には共通点があります。 ・好奇心が強い。自分のやりたいことに正直。・あきらめない。失敗してもまたチャレンジする。・楽観的。きっとうまくいくと信じている。・こだわらない。「ぜったいにこうあるべき」と思わず、状況に応じて柔軟に対応する。・冒険的。新しい世界に飛び込むことをいとわない。 目の前の出来事にこうした態度で取り組んでいると、もともと自分が望んでいた方向に知らないうちに進んでいるというのです。なので「偶然」が「必然」となって自分のキャリアをつくっていくことになります。 「偶然」の受け止めかたは人それぞれです。ある人にとっては失敗体験になる同じ出来事が、ある人にとっては大きなヒントになり、何かのスタートのきっかけになるかもしれません。 偶然の出会いは必然かもしれない 人との出会いも同じです。偶然出会った人が、あなたの人生に大きな意味をもたらします。出会おうとしても出会えない。しかし、出会ってしまうと「このタイミングで出会ったことは奇跡としか思えない!」と思ってしまうこと、ありませんか。 人間関係はさまざまな出会いによって生まれ、コミュニケーションによって育まれます。「一期一会」という言葉があります。一生に一度だけの機会だと思って真摯に取り組むという意味です。上司、同僚、部下、患者さん、利用者さん……。いろんな出会いは、あなたに何かを教えてくれ、何かの転機になってくれる、一つひとつが大切なものなのです。 この2年間の世界では、以前は想像もできなかったコロナ禍で、予測不能な出来事がたくさん起こりました。しかし、この偶然もあなたにとっての「必然」かもしれません。この変化をどう生かしていくかはあなたしだいです。 12回にわたりコミュニケーションをテーマにいろいろな話を書かせていただきました。これもまたみなさまにとって何かの「必然」となりますことを願っています。ありがとうございました。 執筆松井貴彦・まついたかひこ ライフキャリアコンサルタントNPO法人いきいきライフ協会 理事、一般社団法人看護職キャリア開発協会 所属。1962年生まれ。同志社大学文学部心理学専攻卒(現心理学部)卒。出版社にて求人広告制作(コピーライター、ディレクター)、就職情報誌編集者、編集マネジャー。その後、医療・看護系出版社、関連会社の代表取締役など歴任。国家資格キャリアコンサルタント、GCDF-Japanキャリアカウンセラー(米国CCE, Inc.認定のキャリアカウンセラー資格)。自分史アドバイザー。YouTubeは「松井貴彦 まっチャンネル」で検索。記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇白石弓夏.『Letters~今を生きる「看護」の話を聞こう』大阪,メディカ出版,2020,192p.〇J.D.クランボルツ,A.S.レヴィン著.花田光世ほか訳.『その幸運は偶然ではないんです!』東京,ダイヤモンド社,2005,232p.

ALS患者に必要な情報「実用編」~下肢(1)~
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ALS患者に必要な情報「実用編」~下肢(1)~

ALSを発症して7年、41歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。今回は実用編の第3弾。梶浦さんが実際に使用した道具や工夫を紹介します。ALSはもちろん、他の疾患等をもつ方たちの生活にも参考にしてください。 下肢の症状によって何に困るか ALSの初発症状で、上肢の次に多いのが、下肢の症状です。下肢の筋力が低下すると、足が上がりづらくなり、歩きにくくなった・つまずきやすくなった・よく転ぶようになった、などの症状が出ます。また、人によっては頻回に足がつるようになり、痛みを伴うこともあります。 足を思うように動かせないし、だるい、疲れる。それでも「歩くのをやめてしまったら、今後ずっと車いすでの生活を送らなければならない」そう考えると、歩くのを諦める決断をするのには相当な覚悟がいるでしょう。 しかし、転ぶようになってしまったら、歩くことが重大な事故につながりかねません。私もギリギリまで自分の足で歩きたくて、頑張っていましたが、転んだときに受け身がとれず、そのまま顔面から倒れて眉間をパックリ切った経験があります。それ以来、歩かなくなりましたが、今思えばもっと早く歩くのをやめておけばよかったです。 車いすの選びかた 歩けなくなってからの移動手段としては、屋外では車いすの一択でしょう。車いすは、手動式のものから、電動式のもの、リクライニング機能がついておりフルフラット近くまで倒せるものなど、さまざまなものがあります。 手動式の車いすは、人に押してもらうぶんにはよいのですが、自分の力で動かそうとすると手の筋力をかなり使うので、ALS患者さんには不向きかもしれません。なので、手が少しでも動かせる間は、電動式の車いすを使う。操縦が難しくなってきたり、姿勢の保持がつらくなってきたりしたときに、リクライニング機能付きの車いすに乗り替えていくのがよいのではないでしょうか。 電動式の車いすには、ヘッドレストが付いていないものが多いのですが、ヘッドレストを後付けすることもできます。頭部の保持がつらくなってきたら、早めに付けることがおすすめです。 車いすクッションの選びかた 車いすには長時間座っています。それを考えると、車いすクッションの選択もとても重要です。 筋力が残っている時期は硬さがあるタイプを 立ち上がりや、座りなおしができる間は、少し硬さのあるもののほうがよいと思います。柔らかすぎるものは、お尻が沈んでしまい、立ち上がるときに足に力が入りにくくなってしまいます。 私の場合は、いろいろ試した結果、「アウルREHA 3Dジャスト」(加地)というクッションがよかったです。 これは適度な硬さがあり、3D形状が体にフィットして、姿勢の保持をサポートしてくれるため、座っているのも立ち上がるのも楽でした。 立ち上がりが難しくなったら体圧分散できるタイプを 足に力が入らなくなり、介助者の力を借りても立ち上がりや座り直しができなくなったら、柔らかくて体圧分散機能の高いものがよいと思います。長時間同じ体勢でもお尻が痛くなりにくいです。 私は「ロホ・クァドトロセレクト」(アビリティーズ・ケアネット)のハイタイプを愛用しています。 屋内のちょっとした移動に適したいす 屋外での移動は車いすがよいのですが、車いすだとサイズが大きく小回りも利きにくいので、自宅内でのちょっとした移動には不便なことがあります。 そんなときに重宝したのが、「ユニ21EL電動・低床」(アビリティーズ・ケアネット)です。 このいすは、車いすよりも小回りが利き、座ったまま足こぎで移動できます。歩くことは難しくなったが、まだ足こぎはできる程度の筋力が残っている間はとても便利でした。電動で座面を昇降できるため(左右両方の手すりの下にボタンがある)、足こぎするときは座面を低くし、立ち上がるときは座面を高くしてブレーキで後輪をロックすることで、立ち上がりも安全に楽にできます。 立ち上がりやすく快適なソファ 日中ベッド以外で過ごすときにとても快適だったのが、起立補助機能がついた電動リクライニングソファでした。 私は、歩けなくなっても、いすから立ち上がる程度の筋力がまだ残っている間は、ベッドではなく、できるだけ車いすやソファで過ごしたいと思っていました。 そんなときに探し出したのが、起立補助機能つき電動リクライニングソファです。このソファは電動で座面後部がせり上がるため、立ち上がるのがとても楽でした。また、フルフラット近くまで倒すこともできるので、休みたいときは楽な姿勢で休むことができます。 このような機能がついているソファが、福祉用具店だけではなく、大型家具店でも売られていますので、興味のあるかたはぜひ調べてみてください。諸事情により商品名は割愛しますが、私は大型家具店の5万円台のものを使っていました。 立ち上がりが難しくなったら 立ち上がることが難しくなり、ベッドから車いすへ移動しにくくなったときにとても便利なのが、電動介護リフトです。力がない介助者でも、一人で移動介助を行うことができます。 スリングシートの選びかた 電動リフトでは、体の下にリフト用のスリングシートを敷き込んで、スリングシートごと体を包み込んでハンモックのような状態で体をリフトで吊り上げて移動します。 スリングシートはいろいろ種類がありますが、ALS患者さんは徐々に頭を支える筋力も落ちてきて、自分の力では頭を支えられなくなってしまいます。なので、頭まですっぽり覆えるタイプのものをおすすめします。 リフトの種類 リフトには床走行式と天井走行式の二種類あります。 床走行式は置くだけなので設置は簡易ですが、大きいので置くスペースが必要なのと、高さがあまり出せないという難点があります。 一方天井走行式は、設置には工事が必要ですが、スペースを広く活用できて、天井高に応じて高さがかなり出せるので移動がスムーズにできます(工事が不要なレール組み立て式もあります)。 どちらもメリット・デメリットがありますので、ご家庭の状況に応じて検討していただければよいかと思います。ちなみに、私は天井走行式を使っています。 コラム執筆者:医師 梶浦智嗣記事編集:株式会社メディカ出版記事協力:株式会社加地     アビリティーズ・ケアネット株式会社

自分やチームを「無能化」させないために
コラム

自分やチームを「無能化」させないために

この連載は、訪問看護ステーションで活躍するみなさまに役立つコミュニケーションのテーマを中心にお届けします。第11回は、能力主義の組織は無能化する……という怖いお話です。 組織は無能化していく 「能力主義のチームに長く所属すると、そのうち無能になってしまう」。そんな法則があるのをご存じですか?  衝撃的ですよね。この法則は社会学者のL.J.ピーターが発表したので、「ピーターの法則」といわれます。能力主義のチームに所属していれば、自分の実力がしっかり評価されるはずだから、無能になるなんて矛盾していると思いますよね。しかしそうではないとピーターはいいます。 一般的に、能力主義の組織は階層的にできていて、一定の能力が身に付けばさらに上の層に昇格していきます。ですから、能力を発揮して認められて昇格した人は、次なる上の層を目指します。こうして能力のある人は出世できるのが能力主義の良いところです。 でもいつまでも出世できるとはかぎりません。層が上がると求められる能力も上がり、上がるほどポストも減っていきます。どこかのポジションで能力の限界がくれば、そのポジションに留まりつづけることになります。そうなると、やがてそのポジションは「無能レベルに達してしまった人」ばかりになります。 つまり、能力主義の階層組織では「あらゆる組織は無能化する」というのがピーターの法則なのです。 会社でいえば、「課長」の階層は「部長になれない人」の集まり。そういえば「万年課長」なんて言葉もあります。課長止まりでそれ以上昇進できない人を指しています。 組織は無能化し、肥大化していく さらにピーターの法則では、無能な管理職が各地位を占めるようになると、組織全体もだんだん無能化していく……といわれています。つまり、無能化した管理職に評価される部下もしだいに無能化していく、というわけです。 もう一つ「パーキンソンの法則」というのもあります。これは平たくいえば「あらゆる組織は肥大化する」というものです。 仕事のできる人は自分の領域を広げて人を増やすので組織は大きくなります。一方で、仕事のできない無能なリーダーも、自分が仕事をできないぶん人を集めることで補おうとするので組織は大きくなる。つまり、いずれにせよ組織は放っておけば肥大化するというのです。 よく「大企業病」といわれますが、その原因にはこの「ピーターの法則」や「パーキンソンの法則」も当てはまるでしょう。 人事施策でうまくいくか それではどうしたらよいか? これは組織のトップマネジメントの永遠の課題です。 よくいわれる解決方法は、人事施策で昇進や昇格の制度をつくり、しっかり教育を行い、無能化を防ぐことです。もちろんこれは間違いではありません。「無能な状態に陥った人」を配置換えしたり、思い切って降格させたりすることも打開策になることがあります。「それが能力主義だ!」と言ってしまえばそうなのかもしれません。しかし、人事施策で解決しようとすることは、非常にデリケートな問題を含みます。 私自身の経験ですが、子会社に5年間出向して社長をした時期があります。社長でなければ経験できないようなことにチャレンジができました。しかし状況は厳しく、当初掲げた目標を達成することはできないまま本社に戻ることになり、そのときに降格処分を受けました。社長ですから経営責任をとるのは当たり前ではありますが、その降格はサラリーマンである私にとっては大きな苦しみでした。 今となっては笑って話せますが、当時は人間性や人格まで否定されたような気持ちになったものです。 それは、会社の中だけの価値観で生きてきたため、その組織の評価が絶対的な自分の評価だと思っていたからです。逆に会社の中で評価されていても、一歩外に出るとまったく通用しないなんてケースもあります。同じ組織の中だけでずっと生きていると、まさに社会的に「無能化」してしまうこともあるのです。 子会社から戻った私は、それまで経験したことのない介護分野の新規事業に飛び込みました。50代になってからのチャレンジでしたが、そこでまた新たに鍛えられました。無能化していた自分が新しい世界で「まだ自分にはノビシロがある」と気づくことができたのです。 自分を無能化させないために 一つの組織の中で上司の顔色をうかがってばかりいると、上司からの評価に自分の人生が左右されてしまう可能性があります。「サラリーマンの最大のリスクは上司である」と言った人がいます。無能な上司の下にいると自分も無能になる可能性がありますから、これは言いえて妙な言葉です。 人生100年時代といわれます。自分や自分のチームを無能化させないためには、組織の中だけで生きるのではなく、組織を離れた世界でも生きていける自分の価値、自分の強みを磨くことです。そのために一つの組織の中だけでコミュニケーションをとるのではなく、さまざまな分野や世界の人とコミュニケーションをとることです。それによってコミュニケーションスタイルも磨かれていきます。 昔は「自分の強み」が一つあれば何とか定年まで生きていけました。でもこれからの時代、強みは三つくらいほしいところです。30代で一つ、40代で一つ、そして50代で一つ。こうすれば、60歳になるまでに三つの強みが持てます。それを活かせば定年からも無能化することなく、新しい世界が広がるはずです。 執筆松井貴彦・まついたかひこ ライフキャリアコンサルタントNPO法人いきいきライフ協会 理事、一般社団法人看護職キャリア開発協会 所属。1962年生まれ。同志社大学文学部心理学専攻卒(現心理学部)卒。出版社にて求人広告制作(コピーライター、ディレクター)、就職情報誌編集者、編集マネジャー。その後、医療・看護系出版社、関連会社の代表取締役など歴任。国家資格キャリアコンサルタント、GCDF-Japanキャリアカウンセラー(米国CCE, Inc.認定のキャリアカウンセラー資格)。自分史アドバイザー。YouTubeは「松井貴彦 まっチャンネル」で検索。記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇ローレンス・J・ピーターほか.渡辺伸也訳.『ピーターの法則:創造的無能のすすめ』東京,ダイヤモンド社,2003,222p.〇藤原和博.『坂の上の坂:55歳までにやっておきたい55のこと』東京,ポプラ社,2011,271p.

あなたには師匠と呼べる人がいますか
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あなたには師匠と呼べる人がいますか

この連載は、訪問看護ステーションで活躍するみなさまに役立つコミュニケーションのテーマを中心にお届けします。第10回は、師匠を見つけることのすすめです。 師匠と弟子の関係 前回、「ブレずに生きるには自己一致すること」と書きました。ちょっと抽象的でわかりにくいという人のために、今回はより具体的に書きます。仕事や生きかたでブレないためのポイント。それは「師匠を見つける」ということです。 「師匠」といえば、芸事を思い浮かべる人も多いと思います。たとえば落語の世界では師匠は絶対的な存在です。師匠につかなければ落語の世界で生きていくことはできません。 師匠につくことは「入門」といわれ、それがまず落語の世界で生きることの絶対条件です。入門すれば師匠の言うことが「絶対」で、すべてにおいて師匠の判断が必要です。極端にいえば「弟子は師匠の所有物」といっても過言ではありません。なので師匠はいつでも弟子を破門することもできます。師匠のいない人は落語会では生きていけませんから、「破門」=「落語会からの追放」を意味します。 落語界の弟子は芸を習うだけでなく、寄席に行けば下働きをしますし、朝は早くから師匠の家で掃除や洗濯、身の回りのお世話、家事全般をします。それも落語の修行の一部だとみなされるのです。 師匠は教えてくれる人ではない 「師匠」を英語に置き換えると、和英辞書によれば「マスター」「ティーチャー」「メンター」などが当てはまるようです。しかし一般的にティーチャーは「先生」と訳されます。ティーチャーは「教える人」ですが、師匠は必ずしも教えません。 師匠はその姿を見せることで、弟子に体験的で直感的な育成を行うのです。弟子は「教わる」よりも「見て学ぶ」のです。 「学ぶ」は、もともと「真似(まね)ぶ」から転じた言葉だともいわれます。そこには弟子の主体性が必要です。師匠は手とり足とり教えるというよりも、日常生活も含めて弟子にその生きかたを見せて、そこから学ばせるという関係性です。ここに、「師弟関係」といわれる独特のコミュニケーションがあります(ある意味、この師弟関係でいちばん学ぶものは、芸そのものよりも師匠とのコミュニケーションのとりかたではないかと私は思っています)。 今の時代、「そんなの古いよ」と思う人もいるかもしれません。実際、落語の世界でも師弟関係は昔とは少しずつ変わっているようでもあります。とはいっても基本はやはり主体的に真似ることです。師匠とは、命令や指示・強制で弟子を育てるのではなく、その姿・立ち居振る舞いで、弟子を感化していくもの。弟子は、教えてもらうのではなく自ら学ぶものです。 師と仰ぎたい人を見つける だから「ブレない自分」をつくろうと思うなら「教えてくれる人」ではなく「自ら求めていきたい」人を探してください。 仕事で身近にそういう人がいれば、めちゃくちゃラッキーです。その人のやりかたを徹底的に真似てみてください。何か困ったことがあれば「あの人ならどうするだろう。どんな判断をするだろう」とその人になったつもりで考えるのです。 師と仰ぐ人の行動や判断が、理解できないことがあるかもしれません。そのときも成長のチャンスです。成長は、必ずしも現在の延長線上にあるとはかぎりません。違和感があることもあるでしょう。成長には「違和感を受け入れる」ことによって開花する段階もあります。 まずは型を身に付ける 日本の茶道や武道の世界には「守破離(しゅはり)」という言葉があります。 まずは師匠から教わった型を徹底的に「守」る。それができたうえで他流派の型と照らし合わせる。自分に合ったよりよい型を模索し試すことで、既存の型を「破」ることができる。そうして、師匠に教わった型と自分で見いだした新しい型の双方に精通すれば、既存の型にとらわれず、自在に型から「離」れることができる。これが「守破離」です。 ちなみに型のできた人が型を破ることを「型破り」、型のない人が型を破ったら「形無し」というそうです。「型破り」になるためには、まずは基本である型を身に付けることから始まるのです。 仕事に置き換えると、「守」は半人前から一人前の段階。指導を仰ぎながら仕事をし始めて、自律的に仕事できる状態くらいまで。「破」は、一人前になってから現状の仕事を分析して、さらに改善や改良をできる段階。いわゆる「一人前に毛が生えたくらい」です。そして「離」は、新しい知識や技術を取り入れて、仕事を新たに創造できる状態を指します。 身の回りを見渡して師匠と呼べる人がいない場合は、歴史上の人物でも、小説上の人物でも構いません。自分が岐路に立ったとき「その人ならどうするだろう」と思える人を見つけ、その人から生きる哲学を学ぶのです。「なぜその人を師匠とするのか」、それを一度言語化してみてください。抽象的な言葉になってもよいのです。むしろ師匠の存在は一言では言い表せない抽象度の高いものかもしれません。 執筆松井貴彦・まついたかひこ ライフキャリアコンサルタントNPO法人いきいきライフ協会 理事、一般社団法人看護職キャリア開発協会 所属。1962年生まれ。同志社大学文学部心理学専攻卒(現心理学部)卒。出版社にて求人広告制作(コピーライター、ディレクター)、就職情報誌編集者、編集マネジャー。その後、医療・看護系出版社、関連会社の代表取締役など歴任。国家資格キャリアコンサルタント、GCDF-Japanキャリアカウンセラー(米国CCE, Inc.認定のキャリアカウンセラー資格)。自分史アドバイザー。YouTubeは「松井貴彦 まっチャンネル」で検索。記事編集:株式会社メディカ出版

ブレずに生きるには ~「自分なりの方針」を決めよう~
コラム

ブレずに生きるには ~「自分なりの方針」を決めよう~

この連載は、訪問看護ステーションで活躍するみなさまに役立つコミュニケーションのテーマを中心にお届けします。第9回は、「ブレない」ためにはどうすればよいかを考えてみましょう。 「ブレる」とは? よく「あの人の言っていることはブレブレだなぁ」とか「私はブレずにやっていきたい」などと言います。「ブレない」は、どちらかといえば褒め言葉です。なぜ「どちらかといえば」なのかは後で触れます。 「ぶれる」を辞書で調べると「正常な位置からずれ動く。とくに写真で写す瞬間にカメラが動く」とあります。イメージがわかりやすいですね。もともとは、「写真を写す瞬間にカメラが動く」状態をいいます。そこから、「心がブレる」は、「何かの瞬間に、ふだんの言動と違うことをしてしまう」ことを指します。 「正しい位置からずれ動く」のは、「正しい位置」がわかっていないから、シャッターを切る瞬間にどこに焦点を当てればよいか、どういう構図にすればよいかわからずに動いてしまうということでしょう。 ブレない人は、自分の本来の姿を知っている 写真写りのよい人には自分のキメ顔があります。どの方向からどの角度で、どんな表情をしたときがいちばんよい顔かを知っていて、シャッターを切る瞬間に最高の表情にもっていくのです。つまり「ブレない」というのは、戻るべき場所、立つべき場所、あるべき姿を知っている、ということです。それって自分探しみたいなものです。 まぁ、わざわざ探さなくてもわかりきっていることもあります。たとえば「映画ならエンターテイメントが好きで、ホラーやスプラッターが苦手。小説なら歴史ものが好きで海外ものより日本もの」とか、「音楽なら70年代ロックが好き、でもテクノっぽい80年代サウンドもけっこう好き」とか、自分の好みがありますよね。それがわかっていると、友だちにホラー映画に誘われても「ごめん、私それ苦手なの」とすぐに反応できるのではないでしょうか。 ところが、仕事とか世の中のことや政治のような、あまり自分の立つ場所がまだはっきりしていない話になると、「あれもいいな」「こっちもいいな」といろんな人の姿や意見に振り回されてしまう。若いころや、新しい世界に飛び込んだときだと、特にそうです。 ブレずに生きるには、自分の方針に沿って生きよう 「自分らしくブレずに生きたい」という声をよく聞きます。では「ブレずに生きる」にはどうするか、が今回のテーマです。それは「自分の方針に沿って生きる」ということです。「自分の方針? そんなの考えたこともない」という人もおられるでしょう。そんな人でも、「自分の方針」が実はあるのです。 人にはそれぞれ「自分なりの方針」があります。それが自分のなかで言語化されていて、そこから逸れない人が「ブレない人」です。自分に正直に生きている人といってもよいでしょう。自分のありたい姿や自分の好みがはっきりしていて、それを大事にしている人です。たとえば先の例の「好きな映画」について、その理由をはっきり言える人です。 ぼんやりと思っているだけでなく、言葉にすることが大事です。「映画を見ることで、日常では体験できないようなことを楽しみたいから」「悲しいことやつらいことがあっても映画を見ることで自分の気持ちの整理をしたり、主人公の生き方にヒントを見つけ出したりしたいから」といった言葉にするのです。これが自分の映画に関する「方針」です。見る映画を選ぶときにこの方針を貫けば、映画についてはブレなくなります。もし人からこの方針に合わない映画に誘われたら断ればよいのです。 長所と短所は裏表 人の意見に左右されない。そんなところから「ブレない自分」を鍛えていけます。ランチは自分の食べたいものを食べる。休日の予定は自分の意思を優先する。頼まれごとも気の向かないことは引き受けない……など。 もしかしたらそれは「自分勝手」と言われるかもしれません。それでもいいんだと思ってください。冒頭に、「ブレない」は「どちらかといえば・・・・・・・・褒め言葉」と書きました。ブレないことは場合によっては「自分勝手」「融通が利かない」などと言われてしまうこともあるのです。 長所と短所はつねに裏表です。ブレない人は「信念のある人」「自分軸がある人」であると同時に、「自分勝手」「融通の利かない人」なのです。それを受け入れることができればブレない人になれます。ある意味、開き直れるかどうかです。 開き直れるとブレにくくなります。「だってそれが私だから」「ごめんなさい。それは私以外の人にお願いしてください」と言いやすくなります。そして自分の思いどおりにならなかったときは「まっ、そんなこともあるさ」とあっさりあきらめて、自分のやりたいほうにハンドルを切る。自分の好みに合う人、方針が似ている人を見つけたら「気が合いそうですね」「ご一緒しましょう」と声を掛けていけばよいのです。 「ブレない生きかた」とは、前回までに取り上げた言葉で言えば「自己一致している」ということです。自分の判断基準を持って、それに正直に生きていくということなのです。 執筆松井貴彦・まついたかひこ ライフキャリアコンサルタントNPO法人いきいきライフ協会 理事、一般社団法人看護職キャリア開発協会 所属。1962年生まれ。同志社大学文学部心理学専攻卒(現心理学部)卒。出版社にて求人広告制作(コピーライター、ディレクター)、就職情報誌編集者、編集マネジャー。その後、医療・看護系出版社、関連会社の代表取締役など歴任。国家資格キャリアコンサルタント、GCDF-Japanキャリアカウンセラー(米国CCE, Inc.認定のキャリアカウンセラー資格)。自分史アドバイザー。YouTubeは「松井貴彦 まっチャンネル」で検索。 記事編集:株式会社メディカ出版

「気管切開+誤嚥防止術」という考えかた!
コラム

「気管切開+誤嚥防止術」という考えかた!

ALSを発症して7年、41歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。今回は、嚥下機能が低下しても誤嚥を起こさなくする、誤嚥防止術のお話です。 誤嚥防止術という選択肢 ALS患者さんで、気管切開は受けても、誤嚥防止術まで受ける人はかなり少ないのが現実です。 気管切開をするかどうかギリギリまで悩んで、結果的に呼吸状態が悪化して緊急処置として気管切開をする人もいます。また気管切開をするかどうかで頭がいっぱいで、その先にある誤嚥防止術のことまで考えられない人や、そもそもその選択肢を知らない人もいます。 気管切開をして人工呼吸器をつけて生きていくと決めた人には、誤嚥防止術を受ける選択肢もあることを、ぜひ知っておいてほしいと思います。 気管切開をするとどうなる? 気管切開という手術は、文字どおり気管を切開して、気管と外部(皮膚)を交通する孔を開ける方法です。その孔に外部からカニューレという管を入れて、そこに人工呼吸器をつないで呼吸をサポートしてもらいます。 この方法で安定した呼吸状態が確保されます。カニューレには、空気で膨らむ風船のようなもの(カフ)が付いています。カフを膨らませることで、カニューレを気管内に固定することができ、同時に、喉から気管内に垂れ込んでくる唾液をせき止める働きもします。しかし、垂れ込みを完全に予防することはできず、カフの脇から垂れ込んだ唾液は適宜吸引しないといけません。吸引しきれず肺の奥に落ちてしまった唾液は、誤嚥性肺炎の原因になってしまいます。 唾液の垂れ込みを防ぐ誤嚥防止術 唾液の垂れ込みを完全に防ぐために気道の一部を閉鎖する手術が、「誤嚥防止術」です。喉頭を温存するか・気道をどの部分で閉鎖するか(声門上か、声門部か、声門下か)などによって、いろいろな術式があります。 以上のように、さまざまな術式がありますので、誤嚥防止術を検討される人はぜひ主治医と相談してみてください。 誤嚥防止術のメリットとデメリット 私は将来的に誤嚥防止術を受けると決めており、手術や入院の回数を減らすため、気管切開+声門閉鎖術を同時にしました。 嚥下機能・発声機能が残っている人や、いきなり誤嚥防止術を受けることに抵抗がある人は、呼吸状態を安定させる目的で、まずは気管切開のみで様子をみる。その後嚥下機能が低下して、唾液の垂れ込みが多くなって気管吸引の回数が増えたり、誤嚥性肺炎を起こしたりがあれば、改めて誤嚥防止術を行うという方法もあります。 誤嚥防止術を行うメリット・気管吸引の回数が減るので、本人・介助者ともに負担が軽減される・誤嚥性肺炎を起こすリスクがなくなる・誤嚥をするリスクがなくなるので、多少の嚥下機能が残っていれば、食べかたの工夫(後述)しだいで長期間食事を楽しめる誤嚥防止術を行うデメリット・発声を失う・気管切開のみ受けた人は、もう一度入院して手術を受けなければならない・手術をできる医師と施設が少ない 食べかたの工夫 以下は、私が行なっている方法です。個々の嚥下機能に依存しますので、すべての人ができるわけではありませんので、お試しする際は必ず主治医の同意のもと、言語聴覚士(ST)さんとともに行なってください。 嚥下の工夫 嚥下機能が低下していて気管切開(誤嚥防止術)をしていない場合は、誤嚥を予防するために顎を引くようにして嚥下するのがよいです。頸部を後屈した姿勢で嚥下しようとすると誤嚥しやすくなるので、注意が必要です。 誤嚥防止術を受けている場合は誤嚥をする心配がないので、逆に、頸部を後屈したほうが飲み込みやすいです。頸部を後屈した姿勢で、食べ物を飲み込むタイミングで介助者に顎を上げてもらい、嚥下反射を促してもらいながら、重力を利用して食事を喉の奥に落とすイメージで嚥下します。表現が悪いかもしれないですが、鵜飼いの鵜のイメージです。私はベッドの角度を40度まで上げて、枕を薄くして首を後屈した状態で食事をとるようにしています。 食形態の工夫 残存する嚥下機能にもよりますが、一般的には、食事の形態もできるかぎりペースト状やトロミ食のほうが、嚥下はしやすくなります。粒状のものは、喉の奥に引っかかる感じがして嚥下しにくく、私の場合は喉の奥を綿棒でつつかれた感じがして、嘔吐反射を起こします。 私は、固形物を食べたいときは、ガーゼに包んで奥歯で咀嚼し、食事の味だけを楽しんでいます。味を搾り出した後はガーゼごと取り出します。この方法はかなりおすすめで、果物など汁気の多い食べ物はもちろん、焼肉やお刺身から、ラーメンなどの麺類まで、幅広く楽しむことができます。 ちなみに私は、焼肉をガーゼに包んで奥歯で咀嚼して味を絞り出した後に、味付けした生卵とお粥を食べて、「すき焼き風」にして楽しむことが多いです。 液体の飲みかたの工夫 飲み物などの液体は、嚥下機能が弱くても重力を利用して比較的簡単に摂取することができます。ただ、コツがいります。ふつうのコップで飲もうとすると口の脇からこぼれてしまいます。 上述した食事のときの体勢をとり、介助者に顎を上げてもらい後屈した姿勢を保ちながら、舌の真ん中~やや奥に飲み物を入れるとこぼさずにうまく飲めます。 私は30mLのカテーテルチップ型シリンジに飲み物を入れて、口に差し込んで飲んでいます。この方法ですと、ちょうどシリンジの先端が舌の真ん中あたりにきます。目盛が付いているため一回に入れる量も調整しやすく、おすすめです。 味覚変化をふまえた介助の工夫 誤嚥防止術をしてもしなくても、気管切開をして人工呼吸器を装着すれば、鼻腔に空気は通らなくなるため、匂いはほとんどわからなくなります。 また私の場合は味覚も変化しました。甘味・塩味は変わりませんでしたが、苦味・酸味・辛味などは強く感じるようになりました。特に苦味はかなり強く、大好きだったコーヒーやビールは飲めなくなりました(人によると思いますが)。 ちなみに、甘味・塩味は舌先で感じるので、介助者には舌の手前~真ん中に食べ物をのせるように食事介助してもらうと、より味を感じやすくなると思います。 以上、私が思いつくかぎりのメリット・デメリットを書いてみました。誤嚥防止術を行うかどうかの参考にしていただけたら幸いです。 コラム執筆者:医師 梶浦智嗣記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇荻野美恵子ほか編.『神経疾患の緩和ケア』東京,南山堂,2019,364p.

メンバーが指示どおりに動かない
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メンバーが指示どおりに動かない

この連載は、訪問看護ステーションで活躍するみなさまに役立つコミュニケーションのテーマを中心にお届けします。第8回は、メンバーの動きが自分の期待に合わない状況の、どこに問題があるのかを考えてみましょう。 「ただ指示に従う」組織を目指しますか? 前回、「相手の良いところを探して、ノートの見開きいっぱいに箇条書きで書けるまでは相手に注意や指導はしない」と書きました。この話を若い管理職(Cさん)にしたところ「話としてはわかるし理想だと思いますが、実際にそんなことをしていたら時間がかかりすぎます。その間は気になることを注意しないなんて、上司として示しもつきません!」とのこと。確かにそれも一理あります。 そこで私はCさんに聞きました。「それではCさんは、時間をかけずにメンバーが自分の言うことを聞いてくれればよいと思っているのですか」。すると「もちろんです。時間はかからないほうがいいです。こっちだって忙しいし、組織なのですから上から言われたことは素直に聞いてほしいです」とCさん。 そこで私はさらに聞きました。「それならCさんは、上司の指示には何も言わず、そのまますぐに動き出しますか」と。するとCさんはうーんと腕を組みました。 命令を出して人を動かすことはできますし、スピードも速いでしょう。それが組織ですし、もちろんそれが必要なときもあります。でもそれがあなたの目指す組織でしょうか? 私は、個人を尊重した働きかたを推進して組織を活性化していくお手伝いをしています。人に言われてやるのではなく、自分で考えてアイデアを出して、チームみんなで目標達成していけるようなチームづくりを大事にしています。その視点でいえば、命令で人が動くマネジメントは、できるだけ避けるべきだと私は思っています。もしメンバーの動きと自分の思いにズレがあるのなら、そのズレを両者が認識することから始めるのがよいと考えます。 ズレがどこにあるのか そうCさんに話し、さらに詳しく状況を聞くと、そのメンバーは「忙しいときに頼んでもいない作業を勝手にやって、それを注意したらすねてしまった」ということでした。さて、どこに問題があるのでしょうか。    「メンバーの良いところを探す」という目でみると「頼まれてもいない作業を勝手にやった」は、自発的な行動であり、良いことです。そこを無視してまず注意した。これは否定から入ってしまっています。 チームとしては、そのメンバーのしたことは「そんなことは後でいいのに」という内容だったのでしょう。注意したくなるのもよくわかります。でも相手はそこをまだ理解できていなかったか、やるべきことがわかっていなかったのでしょう。だからその点を理解してもらえればよいのです。 「『それをやってくれたのは良いことだし、いいアイデアだと思います。ところで今、チームとしての優先順位は何だとあなたは思っていますか?』と聞いてみるところから始めてみては」と私はCさんに伝えました。 理解してもらいたければ、まず相手を理解する 「そんなこと言わなくてもわかっているでしょう」とCさんは言いましたが、「わかっていないからCさんとの意識のズレが生じたように見えます」「どちらかが悪いわけでもなく、ただ優先順位が共有できていなかっただけのように思えますよ」と話しました。するとCさんは「なるほど……。私はメンバーの良いところを探すつもりが、悪いところを探して、注意するのが先になっていました。褒めるほうが先なのにね」と言ってくれました。 「言うことを聞かせよう」と思うと、かえってその思いが相手に伝わって、思うようにいかないことがあります。自分のことを理解してもらおうと思えば、まず相手のことを先に理解すること。自分の思いを伝えたいあまりに相手の思いに気づかないことはよくあります。 管理者に大切な「自己一致」 前回の繰り返しになりますが、カール・ロジャーズの▷無条件の肯定的配慮 ▷共感的理解 ▷自己一致 ── の三つの視点で自分を振り返ってみましょう。 どれも大切なのですが、私は、管理者がメンバーマネジメントする上では「自己一致」がいちばん大切で、難しいように思います。 自己一致とは、自分にウソをつかず、矛盾しないということです。「ありのままに」いられることです。メンバーに合わせるために無理に相手に迎合したり、逆に虚勢をはって相手を威嚇したりしないことです。自分に正直でないとストレスがたまります。「自分さえ少し我慢すれば」などとは思わないことです。 マネジャーともなるとメンバーも複数いることでしょう。一人で我慢していると、ほかのメンバーの我慢も蓄積します。我慢が突然耐え切れなくなることもあります。気分に左右されず安定した判断をするためには、意識的に、つねに自分に正直でありつづけることです。 執筆松井貴彦・まついたかひこ ライフキャリアコンサルタントNPO法人いきいきライフ協会 理事、一般社団法人看護職キャリア開発協会 所属。1962年生まれ。同志社大学文学部心理学専攻卒(現心理学部)卒。出版社にて求人広告制作(コピーライター、ディレクター)、就職情報誌編集者、編集マネジャー。その後、医療・看護系出版社、関連会社の代表取締役など歴任。国家資格キャリアコンサルタント、GCDF-Japanキャリアカウンセラー(米国CCE, Inc.認定のキャリアカウンセラー資格)。自分史アドバイザー。YouTubeは「松井貴彦 まっチャンネル」で検索。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇諸富祥彦.『カール・ロジャーズ入門:自分が“自分”になるということ』東京,コスモス・ライブラリー,1997,362p.

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