コラム

コラム

ALSの平均寿命が2〜5年なんて嘘だ!

ALSを発症して6年、40歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。ALSについてインターネット上の情報が示すのは絶望的な情報。でも、アップデートされた正しい情報が示すのは、「ALSはともに生きていく病気だ!」 検索上位は絶望を誘う情報ばかり ALSと診断された患者や家族は、診断を受けたら、インターネットを使ってALSのことを調べるでしょう。 「ALS」と入力したら、検索の上位に出てくるのは「症状」や「寿命」などのワード。 ALSとはどんな病気か、まだほとんど知らない状態で入ってくるのが、平均寿命が2年〜5年という衝撃的な情報です。多くの人が、そこで、「自分はあと数年しか生きられないのか」と理解し、絶望するのです。 恥ずかしながら、医師である私も、そう理解しました。 発症当時34歳だった私は何の持病もなく、健康そのものでした。それなのに、40歳まで生きられないのか……。そう思い、愕然としました。愕然としすぎて、どこか他人事のようで現実感がなかったくらいですが、ただ漠然とした恐怖と不安に押しつぶされていました。 多くのALS患者さんも、同じような感情を抱くのだと思います。 『呼吸筋麻痺は終末期』は本当か インターネット上の多くの情報は、呼吸筋麻痺を「ALSの終末期」ととらえています。 確かに、ALS患者さんの多くは、気管切開による侵襲的人工呼吸療法(TPPV)をして生きていく道を選びません。実際、TPPVの導入割合は、日本で約 20〜30%と推計されています。 (余談ですが、欧米では数%から10%強そこそこなので、これでも日本は世界からみたら飛びぬけて TPPV が多い国ととらえられています。1)) なぜこんなにも、TPPVで生きていく人が少ないのでしょうか? それは多くの人が、ほとんど体が動かせず、治療法もないこの病気に希望が見いだせないからでしょう。 在宅環境のめまぐるしい進歩を味方に 確かに治療法はまだありません。しかしTPPVで在宅療養していく生活環境は、目まぐるしく進歩しています。特にtechnologyの進歩はすごい! 医学の進歩をはるかに凌駕しています。 ここ数年で、体の一部分が動かせさえすれば、iPhoneやiPadを操作できるようになりました。私も、最初のころは手の指で、手が難しくなってきて次は足の指で、その次は歯で、操作しています。私は今でも、これで、医師として仕事もするし、メールやLINEもするし、さまざまな動画コンテンツだって見ることができるし、本や漫画も読めるし、ゲームだってできる。ちなみに私はドラクエをしています(笑)。 たぶんこれからも、technologyはどんどん進歩していくし、それに伴ってALSの在宅療養環境もどんどん改善していくでしょう。 これだけでも、大きな希望です! 『呼吸筋麻痺は維持期』という考えかた だから私は、「呼吸筋麻痺はALSの終末期」ではなく、「呼吸筋麻痺はALSの維持期」と考えます! 実際、「胃瘻造設をして栄養管理を行いながらTPPVをしているALS患者の生存期間中央値は20年」というデータも都立神経病院から出ています2)。ALSの好発年齢が50〜70歳であることを考えると、十分に天寿も全うできる数字です。 これからは「ALSは死ぬ病気ではなく、ともに生きていく病気」になっていくでしょう。 ALSは20年だって生きられる病気だ 私もALS患者です、「ともに生きていく」ことが大変なのはよくわかります。私の考えを押しつけるつもりもまったくありません。TPPVを選ばないことも、立派な選択肢の一つだと思います。 ただ同じALS患者として、医師として、ALS患者さんには、正しい、アップデートされた情報をもって、TPPVをするかTPPVをしないかを選択してほしいと切に思います。私の記事がその一端を担えれば幸いです。 もう一度言います。 「ALSの平均寿命が2〜5年なんて嘘だ!」 「気管切開して、TPPVをした場合、ALSは20年だって生きられる可能性のある病気だ!」 ** コラム執筆者:医師 梶浦智嗣 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】1)荻野美恵子.『日本におけるALS終末期』臨床神経.48,2008,973-5.2)木村英紀.『長期TPPV下における問題点とその対策について』難病と在宅ケア.27(2),2021,60-3.

コラム

COVID-19×訪問看護の最前線から~後編~

COVID-19が世界にとって未知の病気だった2000年初頭。社会全体が恐怖におびえ大きくうねり始めるなかで、いち早く訪問看護師という立場からCOVID-19と対峙し、現在もケアを続けている岩本大希さん。パンデミックのなかで岩本さんが行ったことや、第5波で看たCOVID-19感染者看護の実例、そして第6波に向けての心構えについて寄稿いただきました。後編では、COVID-19感染者看護の実例を中心にお届けします。 ≪ 前編はこちらからご覧いただけます COVID-19感染拡大の最中、命を守れないのではないかと感じることが増えていく 本文医療機関のひっ迫は一向に改善の様子がない。「入院待機者」という人々が在宅領域にもあふれ出し、2021年の8月にはピークを迎えた。1日10件全てコロナの入院待機者への訪問の日があるほどだった。 ・[感染case3]認知症の親御さんと暮らしている50代の方50代で認知症の親御さんと暮らしている方が動けなくなっていた。酸素、点滴を自宅で開始。なんとか酸素飽和度は上がる、でも呼吸回数は落ち着かず、苦しいだろうことが見てとれた。にもかかわらず、「母をなんとか助けてください。母をお願いします」自分より親御さんのことをとにかく心配されていた。ほぼ同時に親御さんも発熱し陽性となり、自宅にいることしかできない状況であった。誰がお世話するのか? 誰もいない。訪問看護師である自分ができることをやるしかない。親御さんは「私はいいから子どもを助けてくださいお願いします」と僕の手を握りしめる。お互いに想い合っていることがわかる。「はい、ちゃんと看ますので安心してください」と握り返す。親御さんも呼吸が悪くなり酸素を始めた。治療も大事だが、それよりも毎日の食べるものが用意できないので、併せて二人の食事を買い出す。重症化リスクも高いため毎日観察しに訪問し、食べやすいようおにぎりやアイス、うどんなどを買って行った。親御さんは顔もわからないような格好をした僕に驚かないどころか、手を合わせて「神様だわ」と言ってくれた。本当の神様だったらもっと色んな人を助けられるだろうが、僕はご飯を買って観察して励まして見守るだけしかできず、入院できるときを毎日待った。 ・[感染case4]家族と暮らす壮健そうな40代の方着いたときには酸素飽和度は80%代で、すぐに酸素開始するが7リットルでも酸素飽和度の上がりが悪い。オキシマイザーを使うとなんとか96%に。一度帰宅し、次の朝イチでまた訪問すると顔色の印象が悪い。呼吸数も多くマズイと冷や汗が出る。でも入院できないのだ。帰り際、小学校低学年くらいのお子さんが心配そうに犬を抱えて僕を見ていた。翌日以降のため、酸素濃縮器7リットル機をもう1台入れて2台連結し14リットルまで増やすため搬入予定とした。そうしているうちに入院が決まった。危機一髪で命を守れてよかったと安堵したことを覚えている。 ・[感染case5]全員がCOVID-19陽性の外国人家族の方40代の方。酸素飽和度が下がり、酸素が玄関先に届けられたと連絡をもらい導入のため向かう。しかし到着したら民間救急車がきていた。「入院が決まりました」とのこと。良かった。「パパどこいくのー??」窓から子ども3人が顔を覗かせていた。搬送される本人に付きそうパートナーを見ると明らかに顔色が悪かった。家族はみんな陽性と聞いていた。パートナーに「体調悪い?」と聞くと、「呼吸は平気だが吐いていて3日食べられていない」と言う。脱水症状だろう。すぐに依頼元から保健所に確認を頼んだが、パートナーは外国の方で日本語はあまり得意ではなさそうだ、聞き取りに工夫がいるため、きっと保健所の電話に的確に答えられておらず、見逃されたのかもしれなかった。この方も入院できるとよい。しかし両親ともに入院になれば、3人の子どもたちはどうするのだろう? どうすればよいかは保健所に任せるしかなく、次の現場に向かった。 ・[感染case6]犬と暮らす50代男性の方50代の男性でお一人暮らし。犬を飼っている。すでに酸素がなければ酸素飽和度は80%台と重症ラインにあった。点滴やステロイドを使って看護していると、保健所から入院の打診が入る。しかしこの男性は、飼い犬の世話があるため入院をお断りしていた。翌日改めて訪問すると、明らかに悪化している。保健所から僕は「どうにか犬の面倒を見られる人を確保してくれ」と言われた。ペットホテルを探したり、友人に頼んだりしたが、犬の面倒を見る人は見つからなかった。このままでは一晩持つかどうか、苦肉の策で「僕が面倒を見るから入院しませんか?」と提案し、無事入院の運びとなった。その日から一人ぼっちの濃厚接触犬へ、毎日トイレとエサ、水の交換のため訪問した。これでよかったのかわからなかったが、人懐こい犬は僕の来訪を毎日喜んでくれた。その様子を見るとやるべきことをやったかな、と思った。 第6波をいつでも迎えられるよう、連携と準備が必要だ 第5波のなかで、僕はこれら数十人と関わった。全員、ワクチンを打てていなかった人たちだった。予約をして待っていたり、1回目が終わっていたりする人たちばかりだった。日本のワクチン接種スピードの加速は諸外国に比べても脅異的で歴史に残るほどだと思う。しかし残念なことに、デルタ株の驚異的な速さに追いつかれてしまった。これから第6波がくることが予想されている。その日をいつでも迎えられるよう、多くの地域と連帯しながら準備を行い、沢山の人たちが予防行動を取れることを祈っている。 ** 岩本大希WyL株式会社 代表取締役 / ウィル訪問看護ステーション江戸川 所長 / 看護師・保健師・在宅看護専門看護師ドラマ『ナースマン』に影響を受け、「最も患者さんに近い存在」として医療に関わりたいと思い、看護師になることを決意。2016年4月にWyL株式会社を創立し、直営で2店舗、関連会社でフランチャイズ4店舗を運営。(2020年12月現在)「全ての人に“家に帰る”選択肢を」を理念に掲げ、小児、精神、神経難病、困難な社会的な背景があるなど、在宅療養のなかでも受け皿の少ない利用者を中心に訪問看護事業を展開している。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

コラム

COVID-19×訪問看護の最前線から~前編~

COVID-19が世界にとって未知の病気だった2000年初頭。社会全体が恐怖感におびえ大きくうねり始めるなかで、いち早く訪問看護師という立場からCOVID-19と対峙し、現在もケアを続けている岩本大希さん。パンデミックのなかで岩本さんが行ったことや、第5波で看たCOVID-19感染者看護の実例、そして第6波に向けての心構えについて寄稿いただきました。前編と後編に分けてお届けします。 COVID-19という未知の感染症拡大を前に、僕たちの毎日は変わろうとしていた 2020年初頭から国内で流行が始まったCOVID-19。2021年8月に第5波と呼ばれるパンデミックまで僕たちは経験した。僕自身のCOVID-19への対応の始まりは2020年の3月ごろだったと思う。今では当たり前になってしまったが、「緊急事態宣言」という言葉がなにを意味するのかも当時十分にはわからず、「緊急事態宣言ってなんだ? 外国のように都市封鎖がされるのか? 訪問はそもそもいけるのか?」とうろたえていたことを覚えている。でも在宅ケア領域ではまだ直接的になにかCOVID-19の対処することもなく、これから自分たちがどうなるのか、どうすればよいのか、対策をとる必要があるのかも不明な状況だった。そこで、自分にできることを探そうと思った。 緊急時、訪問看護の立場からできることはなにか?の模索が始まった まずは緊急事態宣言下で訪問看護活動はそもそも可能なのか?ということを中央行政に確認する必要があった。なぜなら、訪問看護ステーションにおける現場の対処の指針となるものや、運営に関するガイドラインとなり得る情報がどこにもなかったからだ。通常は学会や職能団体から発信されるものであるが、全国において未知の状況ばかりでまとめようがなかったためそれも当然であった。 そこで僕が始めたのは、正式なものが発信されるまでのつなぎとして、自ら信頼できる同業者たちを集め、有志で現場のためのガイドを作成し、FacebookやTwitterなどで発信していくことだった。僕と同じようにうろたえている人のためになにかできればと思った。 2020年8月、ホテル療養を行うCOVID-19感染者へのサポートをいち早く開始 その直後くらいからだろうか。急激に感染者数が増え始め、訪問看護の現場でもCOVID-19の濃厚接触者となったがん末期の方のお看取りの対応をしたり、沖縄県にあるウィル訪問看護ステーション豊見城では看護協会や保健所と協働して全国でも早い段階でホテル療養者へのサポートを開始したりした。 2021年に入り流行はさらに大きくなっていく。関西において極めて厳しい医療ひっ迫が起き、それに対処した北須磨訪問看護リハビリセンターの藤田愛さんをはじめとした訪問看護師や医師らとともに勉強会などを開きながら、その経験や知恵を取り込み、またWEBメディアや雑誌などで発信することを進めていった。 関西の第4波から少しだけ間をおいて、関東でも第5波が始まると、デルタ株の猛威は強く、医療機関のひっ迫まであっという間であった。入院できずに「入院待機者」という人々が在宅領域にもあふれ出し、保健所をはじめとした行政や医師会や看護協会などの職能団体もその急激な変化に追いつけず、皆が必死にどうにかしようとしていた。 2021年8月、COVID-19第5波はピークを迎え状況は様変わりしていく そのなかの一つに僕たちの訪問看護ステーションもあった。2021年の8月にはピークを迎え、1日10件全てコロナの入院待機者への訪問の日があるほどだった。20代、30代、40代、50代の中等症がほぼ全てを占め、明らかにそれまでの流行とは様相が異なっていた。いくつかケースを振り返る。 ・[感染case1]ご両親と同居している20代の方職場で感染し、毎日嘔吐してしまい数日脱水で苦しんでいた。呼吸も苦しく酸素投与も始めた。点滴で補正しなければ命の危険があるため連日でお伺いする。ご両親の不安もいかほどか、涙されながらの親御さんのお話を伺う。何もできないと思いつめなくても、そばで見守っているだけできっと本人は安心ですよ、と伝え続けた。 ・[感染case2]30代、妊娠初期の方僕と同い年くらいの方へ訪問すると、妊婦さんだった。それに気づいて必要以上に緊張を覚えた。呼吸はまだ平気そうであったが、つわりも重なり食べられず脱水になっていた。ここでも点滴を行う。フェイスシールドと手袋の向こう側で脱水の妊婦さんの血管を探すのは困難で、冷や汗をかきながら集中が必要だった。お母さんはお腹の赤ちゃんのことがとにかく不安であろう、しかし赤ちゃんにコロナがどういう影響を及ぼすのか、僕にはわからず、安心してもらえる言葉を探したいがうまく見つけられなかった。パートナーの方も動揺が強い。点滴して、療養についてできる限りのことを伝える。「来てくれるだけで安心しました…」。ほんとはすぐ入院できればいい、でもそれができない状況だったので、とにかくこれ以上悪化しないことを祈るだけ祈った。 後編では、「認知症の親御さんと暮らしている50代の方」のケースや、「全員がCOVID-19陽性の外国人家族の方」のケース、第6波に向けての準備についてお伝えします。 ** 岩本大希WyL株式会社 代表取締役 / ウィル訪問看護ステーション江戸川 所長 / 看護師・保健師・在宅看護専門看護師ドラマ『ナースマン』に影響を受け、「最も患者さんに近い存在」として医療に関わりたいと思い、看護師になることを決意。2016年4月にWyL株式会社を創立し、直営で2店舗、関連会社でフランチャイズ4店舗を運営。(2020年12月現在)「全ての人に“家に帰る”選択肢を」を理念に掲げ、小児、精神、神経難病、困難な社会的な背景があるなど、在宅療養のなかでも受け皿の少ない利用者を中心に訪問看護事業を展開している。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

コラム

在宅療養開始 ~スーパー理学療法士(PT)現る!~

ALSを発症して6年、40歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。ALSは、できなくなる前に先回りができる病気。しかしそれにも限界を感じていたある日、出会ったのは……?! 遠隔診療を開始してから 2019年3月に退職した後は、在宅での生活を開始しました。仕事も、それまでのように直接患者さんを診るのではなく、iPadに送られてくる画像や情報をもとに診療する、遠隔診療に変えました。直接診察できない寂しさはありましたが、医師が不足している地域の人たちや、病院にかかれない人たちの助けになるため、やりがいを感じていました。 その後も徐々に全身の筋力が落ちていき、できることが少なくなっていきました。しかし、この病気のいいところは、「次にできなくなることの予測ができる!」。予測ができるということは、先回りができる!ともいえるのです。 動かなくなる前に対策をしよう! 多くのALS患者は、線維束性攣縮という、筋肉の不随意性の細かい痙攣を自覚します(要は、筋肉が勝手にピクピク動く)。 下位運動ニューロンが障害されたときに出る症状であり、これが出てきたら、その部分の筋力が落ちてくるので、そう心得ておくとよいのです。 私は視力がとても悪く、コンタクトレンズを着けて生活していましたが、腕が上がらなくなりコンタクトレンズを着けられなくなる前に、ICL(眼内コンタクトレンズ)の手術をしました。また、歩けなくなる前に家をバリアフリーに改築し、力を使わずに移乗ができるように、天井走行リフトを設置しました。そして、2019年6月、まだまだ食べられるうちに胃瘻を造設する手術をしました。特に、早期に胃瘻を造設し、しっかり栄養をとることがとても重要!!なので、また折をみて触れたいと思います。 すごいPTさんに出会った! このころには、右手は動かせず、左手の指だけわずかに動く程度でした。それでも何とか力を振りしぼってiPadを操作していたのですが、限界を感じていました。 どうすればいいのかわからないまま、いろいろな方法を模索していたとき、退職して引っ越しをしたタイミングで、新しい訪問看護ステーションと出会いました。そこの理学療法士(PT)さんたちが、すごかったのです。 私はそれまで、「PTさんは、関節や筋肉の拘縮を予防するためのリハビリテーションとして、ストレッチやマッサージをしてくれる人たち」だと思っていました。しかし、その訪問看護ステーションとPTさんたちは違いました。職種の範囲にとらわれず、「生活の質(QOL)を上げること」を看護・リハビリテーションと考えてくれていました。今の私が何に困っていて、何が必要なのかを判断して迅速に対応してくれました。 できていたことが、できなくなる前に 当時の私は、左手でiPhoneやiPadのタッチパネルが押せず、仕事ができなくなってきたことに、一番困っていました。そのことをPTさんに相談すると、指のわずかな動きでスイッチを押してiPadを操作できることを教えてくれました。そして、押しやすい親指の形に合わせたスイッチを3Dプリンターで作ってくれたのです! こんなことまでPTさんがやってくれるのか! 驚きつつ、私は新しい可能性の発見と、まだまだ仕事ができることに気分が高揚しました。 その後も、親指でスイッチが押せなくなったら、中指の動きを感知する空圧センサーを作ってくれました。また、パソコンの視線入力装置の調整、車いすの調整やトイレの手すりの調整、文字盤を使わずに目の動きだけで会話する方法があることを教えてくれたりと、QOLを上げるさまざまなことをしてくれました。 そのような強力な味方に支えられながら、近い将来できなくなるであろうことを予測しながら、できなくなる前に先手を打っていきました。 そうすることで、「できていたことが、いきなりできなくなる」絶望感や虚無感を味わうことなく、うまくストレスを分散させながらコントロールすることができたのだと思います。 最後の食事! 2019年7月ごろからはNPPV(非侵襲的陽圧換気。気管切開を行わないで、マスクを着けるだけの人工呼吸器)を導入しました。 最初は睡眠時だけ装着し、徐々に慣れさせながら、日中にも着けるようにしていきました。 NPPVを導入するタイミングは難しいのですが、呼吸筋の疲労を取る意味でも、息苦しさを感じる前に、早期から導入することをおすすめします。鼻だけ覆うタイプや、鼻と口の両方覆うタイプなど、何種類かあるので、いろいろ試してみるといいですよ。 それ以降は、徐々に呼吸機能とともに嚥下機能も落ちていき、一回に食べる量が減って、食べることに時間がかかるようになってきました。必要な栄養は胃瘻から摂るようにして、食べることは「味を楽しむもの」と割り切って考えるようにしました。食べることの疲労が強くなり、誤嚥する可能性も出てきたため、2020年4月に食べることを止めました。 皆さんが最後の晩餐として食べたいものは何でしょうか? ちなみに、私の最後の食事は「牛肉のバター醤油チャーハン」でした。 **コラム執筆者:医師 梶浦智嗣記事編集:株式会社メディカ出版

コラム

トータルペインでとらえる

在宅緩和ケアのtipsを紹介します。第2回は、在宅緩和ケアのtipsのなかでも、基本となる「全人的苦痛(トータルペイン)」の概念について紹介します。 がん患者と家族の苦痛 杉並PARK在宅クリニック 院長の田中公孝と申します。 痛み、呼吸苦、食欲不振、うつ状態、精神的な不安、家族の不和の顕在化、遺産相続の悩み、……etc.がん末期の患者さんとその家族には、経過のなかで、さまざまな苦痛が訪れる事実。訪問看護師の皆さんには、イメージがつくところではないでしょうか。 がん末期の場合、病院から在宅医療に切り替わってからは、経過が速いことも多く、一つ一つのプロブレムに何とか対処しようと、目の前のことに精いっぱいになってしまいがちです。しかし、そんなときこそ、トータルペインの考えに立ち戻って、一度冷静になって整理することをおすすめしたいと思います。そして、プロブレムに対して多職種でどうアプローチしていくかを検討・相談するのです。 トータルペインとは 簡単に説明すると、患者の苦痛をトータルにとらえる考えかたです。 患者の苦痛は、 ●身体的苦痛●精神的苦痛●社会的苦痛●スピリチュアルペイン の四つに分類されます。 これらの苦痛は、密接に絡み合っています。たとえば、直接の訴えは「痛み」の場合でも、身体的要因だけをみるのではなく、すべての要因を考える必要があります。 身体的苦痛である「痛み」が強いと、精神的苦痛である「うつ状態」や「いらだち」につながります。逆も然りで、精神的苦痛は、身体的な痛みの増強要因でもあります。 終末期に経済的な問題を抱えているとサービスが十分に入れず、身体的苦痛への対処が後手後手になってしまう、という事例もときどき見かけます。こうした金銭面の問題があった場合、公的な援助を利用できないかと考えることも、身体的苦痛を先々取り除いていくために大事なアプローチといえるでしょう。 さらに、在宅で看取りをしていく以上、「家族の介護負担」という苦痛も出現します。これまで距離をとっていた家族が急遽介護に参加する、という場面もみられます。家族内の微妙な距離感や、意見の違いなども、あらかじめ聴取し、認識しておく必要があります。 プロブレムを正確にとらえる さて、以上のようにがん末期の事例では、身体的・精神的・社会的・スピリチュアルといったそれぞれの苦痛が互いに関連します。まずは、目の前の患者さんとご家族のプロブレムがどれだけあって、それらが、四つの苦痛のどれに当てはまるか。それを考えることから始めるのがおすすめです。 具体的には、身体的苦痛は? 精神的苦痛は? 社会的苦痛は? スピリチュアルな苦痛は? ……と、順々に目の前の患者さんの状態を想起して、文字にして書き出してみるのです。 言語化することは大変ですが、このトレーニングを繰り返すことで、がん末期の患者さんとその家族に起きているプロブレムを、より正確にとらえることができるようになります。   複数の苦痛が絡み合った事例 それでは、トータルペインに沿ったプロブレムの列挙の方法について、より具体的にイメージしてもらえるように、私が経験した事例を挙げたいと思います。 【事例】70代女性、膵がん末期。20××年12月末から心窩部痛あり、20××+1年2月A病院受診。切除不能局所進行膵頭部がんの診断。手術は不可、抗がん剤を服用したが副作用(食欲不振、便秘、発熱、皮膚そう痒など)のため中止。緩和ケアの方針で、当院訪問診療となった。 【家族構成】ご本人と、弟夫婦の3人暮らし。 【経過】当院介入後は、前医への不信感・強い悲嘆があり、時間をかけて傾聴。今後は私たちと訪問看護と相談しながら一つ一つ進めていきましょうとお話しした。病状の進行が速く、がん疼痛が週単位で悪化。内服の麻薬は訪問のたびに増量、その後、貼付薬にオピオイドローテーション。もともと繊細な性格だったが、がんになって以降、感情失禁が多く、抗不安薬も適宜使用。下腿浮腫が著明だったことから利尿薬を追加し、弾性ストッキングおよび訪問マッサージを導入。徐々に排便コントロールも難しくなってきたことから、下剤を増量し、訪問看護の臨時訪問で適宜浣腸を施行。加えて、老老介護のためご家族の介護疲弊がかなりたまってきていること、毎週のペースで麻薬を増量しており、病状が悪化していることから、入院のタイミングをご本人・ご家族・多職種で相談し、緩和ケア病棟入院へ。しかし、「入院生活は思っていたものと違った」とご本人より話があり、早期退院。最期は弟夫婦も自宅看取りの覚悟を決められ、数週間後看取りとなった。 本事例の苦痛を整理していくと…… ・身体的苦痛:がん疼痛、便秘、下腿浮腫・精神的苦痛:前医への不信感、強い悲嘆、入院生活へのストレス・社会的苦痛:老老介護による家族の介護疲弊・スピリチュアルペイン:本人の計り知れない死生観に対する悩み、家族の自宅か病院か迷う最期の場の検討 ととらえました。(なお、スピリチュアルペインはこの字数で述べることは困難なので、今回は触れないでおきます。) それぞれのプロブレムに対して薬を用いたり、訪問看護と相談・対応したり、ご家族に現在感じていることを伺ったりと対応していきました。そして、ご本人の希望を尊重し、紆余曲折しながらも、自宅看取りまで進めていったという事例でした。 早期からの情報収集と整理が重要 この事例からもわかるように、がん末期の事例では常に、複数のプロブレムが起こります。 身体的苦痛 × 精神的苦痛 × 社会的苦痛 × スピリチュアルペイン ── といったコンボがきたとき、さまざまな薬、さまざまな把握、さまざまな説明が、現場では必要になってきます。そうなったとき慌てないよう、初回訪問の時点で(難しければ2回・3回の訪問までに)、四つの苦痛の概念を頭に浮かべて、きたるべき時に備えて情報収集をし、検討しておくことがとても重要です。 そして、自身で、プロブレムをトータルペインのどれにあたるかを整理できるようになってきたら、ぜひ医学的アプローチは医師に、社会的苦痛に関係することはケアマネジャーに、相談または提案をすることを実践していきましょう。緩和ケアを実践できる訪問看護師が、今後ますます増えていくことを期待しております。 ** 著者:田中 公孝 2009年滋賀医科大学医学部卒業。2015年家庭医療後期研修修了し、同年家庭医療専門医取得。2017年4月東京都三鷹市で訪問クリニックの立ち上げにかかわり、医療介護ICTの普及啓発をミッションとして、市や医師会のICT事業などにもかかわる。引き続き、その人らしく最期まで過ごせる在宅医療を目指しながらも、新しいコンセプトのクリニック事業の立ち上げを決意。2021年春 東京都杉並区西荻窪の地に「杉並PARK在宅クリニック」開業。 杉並PARK在宅クリニックホームページhttps://www.suginami-park.jp/ 記事編集:株式会社メディカ出版

コラム

訪問看護の社長業~創業経営者 水谷氏から学んだこと 内部体制に関する方針 パート3~

第11回は、いよいよ「内部体制に関する方針」のパート3です。パート1の冒頭に紹介したとおり「成果はすべてお客様から得られます。会社の内部は全て費用でしかありません。赤字会社の社長は、いつでも内部管理に終始しますが、本末転倒です。」というのが基本姿勢ですが、とはいえ、そこで働くスタッフが基本方針を間違って解釈したり、方向性に迷ったりしないようきちんと明示しておくことは大切です。今回は、その中であえて1項目を抜き出して説明します。 会議に関する方針 以下、事業所専門職スタッフ全員参加のミーティングを想定しています。日常的に実施される専門職のケースカンファレンスだけではなく、事業所の運営をスムーズに行うための全体ミーティングを月に1回は実施すべきと水谷氏は勧めます。各事業所が自走経営するための会議、といったところでしょうか。ただ訪問すればいいだけ、という意識で仕事をするのではなく、労働生産性を意識して高め合うためにも、このような会議を定期実施してはいかがでしょうか。 ①情報交換と意思統一、計画・実績確認を重視します。 ②会議の目的とは? 以下の項目について情報共有と対策検討をします。 ・お客様サービス・ご要望・クレーム対応 ・ご紹介先、関係機関との情報疎通・増客 ・人員・設備の過不足、スタッフ空き情報、請求回収について ・教育・研修計画/実施、地域集会参加促進 ・制度変更や実地指導の確認 ③会議開始にあたり、前回決定事項の確認をする。終了時には、当日決定事項の確認をする。 ④お客様が主体ということを念頭におく。 ⑤機微、場の空気を読むこと。話が飛んだり、すり替わったりすると時間を無駄にし、全員の神経を疲労させます。 ⑥先行き対策に知恵を出すことが優先です。誹謗・中傷の場ではありません。 ⑦決まった時間内で終了するのがベストです。会議前には、話す要点を整理してくると運営がスムーズです。 ⑧アジェンダ(議題)と議事録は必須です。レジメは開始数日前、議事録は翌日が基本です。担当を決めて習慣にしてください。 上記、②は運営・経営に直結する内容。それ以外は、会議への臨み方です。各社多少のアレンジはあると思いますが、スタッフが慣れないうちは、社長や本部スタッフなどがファシリテートして会議を進行してください。大事なのは、現場で起きていること(特に悪い事)がきちんと社長へ上がることです。どこかでクレームが隠蔽されたり、ご要望に対して何かにつけボトルネックがあったりすると、正常な経営ができません。現場で起きていることが正しく社長・本部へ伝わり、逆に会社の経営方針や意思を現場に浸透させるには、膝をつめて話し合いを重ねるしかありません。ある程度の緊張感をもった「会議」を実施することで、なあなあ体質にならない集団ができることと思います。 さて、「水谷氏から学んだこと」も佳境に入って参りました。次回は「評価についての方針」についてお話しします。ご期待ください。 ** 一般社団法人訪問看護エデュケーションパーラー理事長  上原良夫 【略歴】2012年ソフィアメディ(株)入社。訪問看護事業の営業開発課長・教育研修事業部長・介護事業統括部長・医療連携推進室長を経て、(株)CUCの支援医療法人の訪問診療事務長、在宅事業企画担当。2020年7月より一般社団法人訪問看護エデュケーションパーラー理事長に就任。訪問看護事業の教育研修企画・ 各種 コンサルティング、業務委託においてアームエイブル(株)ゼネラルマネージャー兼務

コラム

positiveに生きよう! 〜ALSと診断されてからの経過と心の葛藤〜

ALSを発症して6年、40歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載。第2回は、診断前後の日々と葛藤の様子をお話しします。「enjoy!ALS」と思えるまでの心の動きは…… 「今の自分にできることを考えていこう!」 私は体も動かないし、声も出せないが、内面は何も変わっていない。 できなくなったことも多いし、大変なことも多いが、できることも、まだまだたくさんある。 できなくなったことを悔やむのではなく、今の自分にできることだけを考えて、生きていこう! ALSと診断されてから、すぐにそう考えられたわけではありません。そこまでには、さまざまな苦悩や葛藤がありました。 ALSという病気は、今まで培ってきたキャリアや地位やプライドがひっくり返されて、まったく違う人生を歩んでいかないといけない病気です。 そこで、まず私がALSと診断されてから在宅加療を開始するまでの、経過と心の葛藤についてお話ししたいと思います。 留学先で、「何かおかしい!?」 前回もお話ししましたが、私は大学病院で皮膚科医として勤務しながら、「毛包幹細胞」について研究をしていました。その研究のため、2015年の4月に、アメリカのUCSD(カリフォルニア大学サンディエゴ校)に留学しました。 留学中は毎日趣味のサーフィンをしてから、職場に行く、充実した日々を過ごしていました。ところが、7月ごろから、少しずつ文字が書きづらくなってきたことに気が付きました。 当初は疲れているだけかと思い、さほど気にしていませんでしたが、8月になっても治らず、右腕が左腕よりも細いことに気が付きました。 さすがにおかしいと思い、自分の症状について調べはじめました。ちょうどサーフィンで首を痛めていたこともあり、同僚の整形外科医にも相談し、頸椎症や椎間板ヘルニアなどの可能性を考えMRIを撮りましたが、明らかな異常はありませんでした。するとUCSDの神経内科を紹介され、診察してもらうと、すぐにALS専門医に紹介されました。 何が何だか…… その時点で頭が真っ白になっていました。専門的な話を英語で説明され、さらに、何が何だかわかりませんでした。ただ、最後に「ALS専門医の貴方からみて、私はALSだと思いますか?」と聞くと、「多分ALSだろう」と言われたことだけは、はっきり覚えています。 その瞬間、後頭部をハンマーで殴られたような衝撃が走りました。事態が飲み込めず、ただただ呆然としていました。徐々にその診断の重さを理解して、気がついたら帰り道で号泣していました。 当時、私は34歳でした。2歳になる息子もおり、これからのことを考えると、恐怖と絶望で胸が張り裂けそうでした。ただそんななか、妻だけは気丈に振る舞い、私を支えてくれたおかげで、何とか正気を保つことができました。 まだ診断が確定したわけではないため、急いで帰国して精査しました。その後、さまざまな病院で検査するも、なかなか確定診断がつきません。さまざまな診断名を言われ、そのたびに一喜一憂する日々が続き、精神的にかなり疲弊して行きました。 結局ALSと確定診断されたのは、症状が出現してから9か月後の、2016年4月でした。そのときには右腕以外にも症状が出現しており、ALSの診断に納得したのを覚えています。 ALSと確定してから その後の日々は、今までとはまったく違うものでした。 すぐに仕事に復帰し、元どおりの生活を再開しましたが、右手が動かずカルテが書けなかったり、手術ができなくなったり、今まで当たり前のようにできていたことが、徐々にできなくなっていきました。なぜこんなことになってしまったのか? 何かの間違いではないか? と、自問自答を繰り返す日々が続きました。いくら考えても答えは出るはずもなく、考えれば考えるだけ気分が落ち込むだけでした。 時間があればいろいろ考えてしまいます。暇な時間を作らないように、一生懸命仕事をし、たくさん息子と遊び、映画を観て、ボーッとする時間をなくすようにしました。そして遠い未来のことは考えすぎず、今の自分の状態でできることだけをやるようにしました。 どうしても、つらく悲しくなるときは、ため込まず思いっきり泣くようにしました。よく手嶌葵さんの『明日への手紙』を聴き「明日を描こうともがきながら、進んでいく」という歌詞に自分を投影して泣いたのを覚えています。 そうやって、ストレスをコントロールしながら徐々に病気を受け入れて、自分の症状と向き合っていきました。何よりも妻が常にサポートしつづけ、息子がそばにいてくれたおかげで、前向きにやってこられました。 限界まで現場に出たい 私は医師という仕事が大好きです。限界まで、現場で働いて、直接患者さんを診療したいと思いました。 パソコンのキーボードがうてなくなったら音声入力装置を使い、歩けなくなったら電動車いすで通勤し、何とか診療を続けることができました。最後は声が出しづらくなっていましたが、同僚が自分の手となり声となって、ペアで診療してくれました。 さすがに、最後は患者さんより自分のほうが明らかに重症で、患者さんたちに心配されてしまい、診療が滞ってしまったため、2019年3月に退職し、東京の実家に戻り在宅加療を開始しました。 次回は、在宅加療を開始してから今に至るまでの経過をお話ししたいと思います。 私の主治医であるさくらクリニック練馬の佐藤先生が、クリニックのブログに前回コラムの感想を載せてくれました。よかったらこちらもご覧ください。 ** コラム執筆者:医師 梶浦智嗣 記事編集:株式会社メディカ出版

コラム

訪問看護の社長業~創業経営者 水谷氏から学んだこと 内部体制に関する方針 パート2~

第10回は、前回に引き続き「内部体制に関する方針」についてのパート2をお伝えします。今回は主に組織の管理部門について言及していますが、ここまでこのコラムをお読みになった皆様においては、腑に落ちる内容ではないかと思います。何のための管理部門なのか?その答えは明確、「お客様のため」です。決して、社員の自己都合のため、ましてや管理のための管理にならないよう、皆様の組織の管理部門をぜひ改めて見直してみてください。 管理部門の仕事と役割について ①事業経営を上手くコントロールするには、一般に (1)仕入 (2)加工 (3)販売 (4)会計この4部門に段階的に「強いリーダー」を配置することです。医療・看護・介護業界に置き換えると、 (1)仕入=人事 (2)加工=教育/研修 (3)販売=サービス提供・営業 (4)会計=会計 となります。 ②「人事/総務」「教育/研修」「サービス統括」「営業」「会計」が組織の重要な管理機能です。実務は管理が中心ですが、これが目的ではありません。お客様との良好な関係作りのため、実際のスタッフ訪問の後方支援が目的です。 ③人事部門は、有能な人材確保という最重要課題を抱えています。市場・業界・学生動向など広く社会現況を見渡し、各所にご縁作りをして、計画的でタイムリーかつ経済的な手を適切に打つことです。また、競合他社の研究(経営状況・募集要項・イベントなどの人事計画)も怠らないことが大事です。 ④人事計画はいつでも先手を打つことが必須です。企画・募集・面接・採用・雇用契約・評価・更新・異動と、各自の人生に関わる重要場面を担いますが、クールヘッド&ウォームハートが鉄則です。 ⑤人事担当者は就業規則の変更・追記、社員報酬、配置、各内部制度について、毎年見直しを実施します。特に制度改正や改定時には慎重に対応し、経営に響かないよう留意します。 ⑥総務担当者は、各種事務手続き、福利厚生管理、設備入替・投資、各種規制、制度の認識・普及、各会議・取締役会の議事取りまとめの役割を担当します。またニュース発行紙面、プレスリリース、ホームページ更新やSNS発信など、広報の役割も担当します。 ⑦教育/研修は、医療介護知識や手技向上のほかに、管理者・事務職に対して、制度情報の改正、改定などの要点を早くキャッチして、共通認識させることが大事です。また、人事部門とともに社員資質・スキルのフォローアップを定期実施することにより離職の防止につながります。 ⑧会計・経理は社長直轄です。月間試算表、予実管理表、資金繰り表などは毎月同日に提出すること。移動年計表、国保連請求分析も同様です。社長が経営分析をし、定期性をもって関係先・銀行などへ報告をします。 ⑨国保連請求管理、自己負担金管理、日常の出納管理を行う事務職は、経理課へ定期的に報告、相談をして、疎通を深くしてください。Face to faceを推奨します。未然に請求事故・金銭トラブルなどを防ぐために重要です。 小規模な訪問看護事業所では、上記をすべて管理者が(訪問看護業務・管理者業務と並行して)担当していることも多いですが、職務分掌することによって、より質と労働生産性の高い仕事ができることと思います。組織がある程度の規模になってきたら、訪問現場に理解のある管理部門のプロフェッショナルを採用増員することをおすすめします。 次回は、「内部体制に関する方針」パート3です。 ** 一般社団法人訪問看護エデュケーションパーラー理事長  上原良夫 【略歴】2012年ソフィアメディ(株)入社。訪問看護事業の営業開発課長・教育研修事業部長・介護事業統括部長・医療連携推進室長を経て、(株)CUCの支援医療法人の訪問診療事務長、在宅事業企画担当。2020年7月より一般社団法人訪問看護エデュケーションパーラー理事長に就任。訪問看護事業の教育研修企画・ 各種 コンサルティング、業務委託においてアームエイブル(株)ゼネラルマネージャー兼務

× 会員登録する(無料) ログインはこちら