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つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!入賞【2026】
つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!入賞【2026】
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2026年3月10日
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つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!入賞【2026】

NsPaceの特別イベント「第4回 みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。厳正な審査を経て、受賞作品が決定しました。本記事では、入賞エピソード15件をご紹介します! 大賞・審査員特別賞・ホープ賞・協賛企業賞はこちらつたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!大賞・審査員特別賞・ホープ賞・協賛企業賞【2026】 「Yさんの日常に伴走」 投稿者: 安藤 芳雄(あんどう よしお) さん andYou訪問看護ステーション(埼玉県) Yさんは65歳女性。独り暮らし車椅子生活。Yさんの愛猫4歳は車椅子の肘掛けに乗る。さながらナウシカとテトのよう。Yさんはゴジラとプロレスが好き。通販も大好き。Yさんは大食い。うどん3玉ペロリ。これがYさんの普通。Yさんの左下肢は股関節から下が無い。右下肢は麻痺。坐骨に不治のD4褥瘡あり。Yさんのベッド移乗法は柔道の前回り受け身。これがYさんの普通。尿は留置カテーテルだけど便は不意に出てしまうことがある。独りではどうにもできないので緊急訪問看護する。人に頼るところはしっかり頼る。これがYさんの普通。Yさんは時々高熱が出る。多分褥瘡からの熱。これもYさんの普通だけど、これは辛い。私たちは決めた 【毎日朝晩褥瘡を洗おう】その日から高熱が出なくなった。訪問看護1日2回がYさんの普通になった。アウトレットモールに出かけた。人生初のジンギスカンを食べた。新幹線に乗って、USJのアトラクションに乗った。富士山には行けなかった。「よいお年を」で別れた翌朝に「あけましておめでとう」の挨拶をした。Yさんは嚥下が弱くなった。むせるのが普通になった。それでもお餅16個食べた。これが普通だから。肺炎が治らずHOTが始まった。入院治療よりも自宅で愛猫との生活を選んだ。Yさんの普通だ。最期の前日、愛猫を親友に託した。全てやりきった顔だった。今でも空から見守ってくれている。 2026年1月投稿 「『ごめんね』が『ありがとう』に変わった日」 投稿者: 奥田 玲子(おくだ れいこ) さん さんふらわぁ訪問看護リハビリステーション(東京都) 病状の進行により寝たきりとなり、四肢麻痺のある80代女性利用者さんを在宅で支援していました。自力での排便が困難となり、浣腸や摘便、洗浄、オムツ交換といった排泄ケアが必要な状況でした。その方は元来とても気を遣われる方で、ケアのたびに「汚いことをさせてごめんね」「いつも申し訳ないね」と話されていました。自分の汚物処理に他人の力を借りることに、強い負い目を感じておられたのだと思います。私たちは「それが仕事ですから」「気にしないでくださいね」と伝えてきましたが、申し訳なさは軽くなりませんでした。ある日のケアの中で、「私たちは便を取りに来ているのではなく、〇〇さんの不快感を取りに来ているんですよ」とお伝えしました。その言葉に少し驚いた表情をされた後、その日を境に「ごめんね」は「ありがとう」に変わりました。状況やケア内容は変わっていません。変わったのは、「迷惑をかけている」という捉え方から、「つらさを受け取ってもらっている」という感覚でした。看護とは処置を行うことだけでなく、その人の心の負担を引き受けることでもある。この経験は、私たちの大切にしている看護観を改めて教えてくれました。 2025年12月投稿 「旅立つ前の願い」 投稿者: 葛西 聡子(かさい ふさこ) さん 社会医療法人 函館博栄会 高齢者複合施設 ケアタウン昭里 訪問看護ステーションあまりりす(北海道) 小さな漁業の町の自宅で写真館を営んでいた78歳の男性。住民の成長していく姿を撮り続けてきた。妻と子ども、孫がいつも傍にいた生活。体調に気付いたのは、黄染と腹水が貯留し始めた頃。大腸癌、肝臓転移だった。「入院しない、家で死にたいんだ」。家族も「家に居たらいい」。訪問看護を開始した。黄染で掻痒が強く自宅での入浴を希望し、その時間は彼から沢山の思い出やこれからのことを聞いた。数日後、目が開かなくなり呼吸状態も落ちてきた。家族に、死期に近づく過程を説明した。泣きながらメモを取っていた。気になり夕方、こちらから入電。「呼吸が変わってきた」。訪問すると下顎呼吸となり「看護婦さんが教えてくれたから、覚悟できたよ」。妻は、携帯電話で遠方の家族に電話し「じぃちゃん、頑張ったね、ありがとう」彼の耳に当てて聞かせた。やがて呼吸は止まった。家族に見守られながら、生まれた自宅で亡くなりたいことを話してくれていた。初めての看取りの話です。家族との時間、一緒に看護すること、そしてご本人の最期への思いを理解して叶えていくことを大切に思い訪問看護をしています。 2026年1月投稿 「要介護5から自立へ 在宅回復の軌跡」 投稿者: 金﨑 千晶(かねさき ちあき) さん 訪問看護ステーション ぽっぽスマイル(福岡県) 74歳男性。COVID-19後の重症肺炎により気管切開・人工呼吸器管理での治療を受け、呼吸器からは離脱できたものの、痰が多く経口摂取は困難と判断され、経鼻経管栄養のまま要介護5で退院となった。退院後、訪問診療と訪問看護(看護師・理学療法士・作業療法士・言語聴覚士)による在宅支援を開始。元公務員で意思の強いFさんは、思うようにいかない現実に苛立つ場面もあったが、私たちはその姿を「諦めたくない気持ち」「生きる力」と受け止め、多職種で粘り強く関わった。「頑張る自分が大好き!」その言葉通り、Fさんは毎日のリハビリに真摯に取り組み、徐々に経口摂取が可能となり経鼻胃管は抜去。痰の減少とともに気管カニューレも抜去に至った。久しぶりに奥様と「声」で会話できた日の笑顔は、今も忘れられない。雨の日も暑い日もリハビリを継続し、5ヵ月後には趣味の釣りを再開。最終的に要介護5から非該当(自立)へと回復した。「コミュニケーションボードでの会話は、正直つらかった。今、声で気持ちを伝えられることが本当にうれしい」 そう話すFさんの表情は、穏やかで優しいものだった。7ヵ月後の訪問看護卒業の日。「ここまで一緒に来てくれてありがとう」涙を浮かべながら感謝を伝えてくださった。在宅看護・在宅リハビリは、命を支えるだけでなく、その人らしい人生を取り戻す力がある。本症例は、その確かな可能性を示した一例である。 2026年1月投稿 「花子さんとピアノ」 投稿者: 川上 加奈子(かわかみ かなこ) さん よつば訪問看護リハビリステーション(神奈川県) 「音楽は本当に素敵ですね。聴いていると涙が出そうになります」花子さんは93歳。昔、息子さんと2人で音楽鑑賞にもよく出かけていたとのこと。そのため、訪問看護の際にスマホでクラシックを流すととても喜ばれていた。そんなある日、ふとご自宅にあるピアノに目がとまる。たしか花子さんは幼稚園の先生をされていたからピアノは弾けるはず…。「ピアノ?もう40年も昔の話です。弾けませんよ」と苦笑いする花子さんの手をとり、一緒に鍵盤を押す。すると「ドドソソララソ…」。花子さんは音階を口ずみ、指も辿々しくも動きだしたのである。さらには、私が「ふるさと」をピアノで弾くと大きな声で歌いだされ、「なんて楽しいのかしら。毎回やりたいくらい!」と満面の笑みが溢れた。それ以降、花子さんのリクエストにお応えして、ケアの最後には脳トレと嚥下リハビリとしてピアノと歌を一緒に楽しんでいる。「相手を知ることとは、その人が大切にしていることに興味を持つということ」看護研修で学んだこの言葉を、これからも忘れずに利用者さん一人ひとりと関わっていきたいと思っている。 2025年12月投稿 「全・全・半・全・全・全・半」 投稿者: 小林 桂(こばやし けい) さん 訪問看護ステーション デライト石神井公園(東京都) 意味のない独り言に聞こえる言葉を、私はその日、初めて“追いかけた”。居間で彼は、無表情でぼそっと言った。「全・全・半・全・全・全・半」。独語は不明瞭で、質問しても返答は噛み合わない。会話は同席する両親への聞き取りが中心になり、両親も「何を言っているか分からない。妄想の中にいるみたい」と困っていた。沈黙が落ちるたびに、私も“会話する意味”を見失いかける。心の不調を抱える彼の言葉は、ほどけて、こちらの手からこぼれていくようだった。それでも、意味のない音にしてしまわないよう、私は一つだけ決めた。分からない言葉ほど、そのままにしない。並びに聞き覚えがあり、そっと繰り返すと、彼は続けた。「全・全・半…ドレミファソラシド」ピアノの鍵盤だ。両親に尋ねると「そういえば小学生の頃キーボードを習ってた。そんなこと覚えてたの」と懐かしむ。本人に「弾いていたんですか」と聞くと、視線を落としたまま、静かに一度だけ頷いた。初めて会話が繋がった瞬間だった。私の声は、届いていなかったわけじゃない。そう思った途端、胸の奥がじんわり熱くなった。在宅の居間には、家族の記憶と本人のことばが同時にある。その場で背景に触れられるのが訪問看護の強みだと知った。以来、噛み合わない返答の中にも手がかりがあると考え、目線や言葉の端に意味が宿ると信じて手繰り寄せ、対話の糸をほどくように関わり続けている。 2026年1月投稿 「迷いながらも正解のない選択に寄り添う看護」 投稿者: 坂口 葵(さかぐち あおい) さん カンナ訪問看護ステーション(千葉県) 膀胱がん末期80代後半男性。妻と、別居の娘が三人いる。訪問当初は拒否も強かったが、最期は自宅にいたいとの本人の思いを尊重し、スタッフ皆で丁寧に関わり続け、在宅療養は途切れることなく続いていた。徐々に衰弱が進み、水分摂取が困難になると皮下点滴の継続を巡って家族の意見が割れた。「苦しい時間は短くしてあげたい」そう語る妻に、娘は「でも、何もしないで見ているのは辛い。点滴で少しでも元気になるなら…」と声を詰まらせた。私は迷っていた。点滴を続ければ身体的苦痛は増すかもしれない。だが、ここで止めれば「何もしてあげられなかった」という後悔を家族に残すかもしれない。悩んだ末、結論を出すことを目標にするのではなく、家族が互いの思いを語り尽くす場を整えることが今の最善だと判断した。血圧や脈圧の変化、今後起こり得る経過などを説明し、「正解はありません。迷いながら、その時に一番納得できる選択を一緒に考えましょう」と伝えた。話し合いの末、点滴は一日だけ行われ、翌日の誕生日には家族全員が集い、穏やかな時間を過ごされた。逝去後のエンゼルケアでは、娘が「父さんの髪を洗うの、初めて」と涙を流し、孫たちもそっと手を伸ばした。二十代で訪問の世界に飛び込んだ私は、この仕事を通して人生で本当に大切なことを教えてもらっている。大変だが、これ以上に尊い仕事はないと感じている。そんな誇りを胸に、今日も私は訪問に向かう。 2026年1月投稿 「家族で過ごした宝物の時間」 投稿者: 清水 由佳(しみず ゆか) さん スターク訪問看護ステーション三鷹(東京都) 70代の男性が、ほとんど準備の整わないまま急遽退院することになった。末期の膵がん。医師は「家で看取るのは難しい」と話していた。それでも本人は「家族のそばで過ごしたい」と静かに願った。娘さんの家庭には幼く精神疾患を抱える子どもたち、そして自身の精神的な不安もあった。どう考えても「余裕がある状況」ではない。それでも娘さんは「できる限り家で看たい」と父の思いを受け止めた。私はそんな“覚悟”を支え、連日訪問した。不安が強い娘さんには、玄関先で短い会話を重ねて安心を届けた。落ち込みやすい本人には、お孫さんの布団やクッションをそっと傍に置き、「家族の気配」が心を支えるよう工夫した。私が訪ねると本人は不思議と落ち着いた。「あなたは、私の薬みたいだね」と言われたこともあった。わずか9日間。しかしその短さを感じさせないほど、濃く温かい時間が家族の間につくられていった。夫婦で静かに交わした会話。お孫さん一人ひとりとの別れ。旅立ちのあとには、家族全員でエンゼルケアを行い、最期の“ありがとう”を手で伝えた。私が帰ろうとした時、娘さんが涙をこらえ「宝物の時間を、ありがとう」と仰った。家族の力を信じ、その思いに寄り添い、その人らしい最期をそっと支えた。それは看護の力が確かに息づいた、私にとっても忘れられないエピソードとなった。 2026年1月投稿 「『好き』の力が引き出す可能性」 投稿者: 城間 裕斗(しろま ゆうと) さん えん訪問看護ステーション東京池袋(東京都) パーキンソン病を患うその方は、仮面様顔貌(かめんようがんぼう)で表情の変化が乏しく、日中の多くをベッド上で無気力に過ごされていました。リハビリ中も意欲低下が目立ち、身体機能が徐々に低下していくことに私は焦りを感じていました。そんなある日、会話の中で「昔はハーモニカが得意だった」というお話を聞きました。「もう一度、あの音色を聴きたい」と思った私は、自分でもハーモニカを購入して練習し、次回の訪問時に一曲披露しました。すると、普段は自発的な動きが少ないご本人が、お礼にと自らハーモニカを手に取り、一曲奏でてくださったのです。パーキンソンの症状もあり、本当に吹けるのかと少し不安もありましたが、聴こえてきたのは美しく、力強い音色でした。ベッドサイドでは20代のお孫さんと3歳のひ孫さんも一緒に手拍子をして喜んでおり、その光景に胸が熱くなりました。この経験から、ただ訓練を繰り返すのではなく、その方の歩んできた人生や趣味に寄り添うことの大切さを学びました。これからも、利用者様の「好き」という気持ちを引き出し、心から動きたくなるようなリハビリを目指していきたいです。 2026年1月投稿 「拒絶の先にあった"家で生きる"という選択」 投稿者: 鈴木 開哉(すずき かいや) さん ウィル訪問看護ステーションよこはま北山田(神奈川県) 「どうせお前らも、俺の敵なんだろ」。50代男性独居、アルコール性肝硬変末期。著明な腹水と呼吸苦、失禁が続き、易怒性が強く、入院先や在宅サービスでトラブルを重ね、支援は次々と断たれていた。計画相談員からの依頼は、「今回もかなり難しいが、受けてもらえないか」という切迫した一本の電話だった。私たちは「全ての人に、家に帰る選択肢を」という理念のもと、拒絶されることを前提に介入を決めた。ハラスメントの懸念から男性スタッフのみで開始したが、訪問しても扉は開かず、インターホンは無視される。安否を案じて郵便受けから室内を確認すれば激怒され、追い返される。それでも関わりを絶やさなかった。ある日、意識は朦朧、呂律は回らず、便汚染のベッド上で横たわる姿を目にする。肝性脳症を疑い、拒否の合間に声をかけ続け、往診医と連携し救急搬送につなげた。しかし病院でも居場所はなく、早期退院となる。退院後、彼が受け入れた支援は訪問看護だけだった。薬局も入室できず、私たちが内服を受け取り、一包ずつカレンダーにセットする。扉が閉ざされ続ける中でも相手を知ろうと関わりを続けたことで、少しずつ信頼が生まれ、本心を聞くことができた。その瞬間、看護はようやくケアとして成立した。 2026年1月投稿 「お風呂と寿司で生き抜く力」 投稿者: 清政 満枝(せいまさ みつえ) さん スターク訪問看護ステーション板橋徳丸(東京都) Aさんは70代男性で一人暮らし、透析通院中。脳梗塞を患い高次脳機能障害もありましたが、PT、OT、STリハ継続しながら透析も続けていました。しかし生きていくのが嫌になり、透析通院を拒否するようになりました。様々な職種、多くの友人が説得しましたが、ご本人の意思は変わらず透析をしない日々が続きました。ご本人、遠方に暮らす妹、沢山の友人、仕事仲間、主治医、CM、ヘルパー、リハ、看護師等と何度も話し合いを重ねましたが彼の意思は変わらず、透析は終了しました。彼の願いは好きなことを最期まで続けたい。それは「大好きなお風呂に毎日入りたい」こと、「好きなものを食べたい、外食したい」ということでした。急変や転倒リスクを恐れて制限するのは簡単です。しかし彼の思いを尊重し希望を叶えるため、部屋のレイアウトや福祉用具を工夫したり入浴介助の方法を模索したり、多職種で知恵を絞りチームが一丸となって支えました。ある日彼は「お寿司屋さんに行きたい」と言いました。透析を止めて一ヵ月程経っており体調は決して良くありません。それでも多職種が時間を合わせ、外出を実現。出かける準備をする彼の笑顔は、誰もが忘れられない瞬間でした。本当にやりたいことはもうできません。しかし今できるやりたいことを多職種がチームとなり実現できたことは、訪問看護だからこそできる力。最後まで希望を叶える時間は、支えた全員にとって忘れられない時間でした。 2026年1月投稿 「最期まで医師でありたい」 投稿者: 寺山 佳佑(てらやま けいすけ) さん 訪問看護ステーションかすたねっと(大阪府) 抗がん治療を受けながら在宅で働く神経内科医のKさん。咽頭がん術後に化膿性脊椎炎を発症し腕を上げられなくなり、訪問リハを希望された。気管切開によりコミュニケーションは、筆談。初回の訪問は、現役の神経内科医にリハを行うため、異様な緊張感が漂っていた。私は、腕が上げられない原因を説明しリハを行った。腕は徐々に上げられるようになったが、がんの経過は芳しくない。私はKさんにリハ以外でケアができることはないかと悩んでいた。ある日、「趣味はありますか?」と尋ねると、パソコンの前に案内された。すると、リハ中は仏頂面なKさんが嬉しそうに自分の研究論文を見せてくれた。私は、Kさんにとって医師という仕事が日常であり、「最期まで医師でありたい」という想いが伝わってきた。ちょうどその頃、同僚が社外の研修会を行うため、パーキンソン病の発表を準備していた。そこで、Kさんに発表の内容を見て頂けないかと相談すると、快く引き受けて下さった。次の訪問時、家族が上機嫌でパソコンに向かっている姿を楽しげに話してくれた。Kさんは、同僚に在宅で必要なパーキンソン病の薬や生活指導の内容を丁寧に伝えた。発表後、訪問するなり筆談で「発表はどうだった?」と尋ねられた。私は「大盛況でしたよ」と伝えるとお互いに笑みがこぼれた。Kさんとの出会いは、その人にとっての生きがいを理解することの大切さを学ばせてもらった貴重な経験となった。 2026年1月投稿 「桜を見上げるたびに思い出す」 投稿者: 寺山 恵(てらやま めぐみ) さん 医療法人社団 成美会 訪問看護ステーションあさがお(茨城県) 「その人らしい生活を送れる看護がしたい」という思いから訪問看護へ、そこで初めて出会ったのが、神経難病を抱えるNさんです。日常生活は容易ではなく、転倒を繰り返すNさん、好き嫌いがはっきりとした性格で、調子の悪い日には目も合わせてくれません。理想として思い描いていた看護と現実のギャップに悩みましたが、Nさんの思いを否定せず、そばに居続けることを選びました。そんなある日、「この辛さは誰にも分からない」「筋力を落としたくない。ここに居たい」「娘には迷惑をかけたくない」と想いを私に話してくれました。調子がいい日は一緒に一歩ずつ、調子が悪い日は腋窩を支えながら半歩ずつゆっくりと散歩をし、アパートの敷地内に咲いていた、たった1本小さく咲いている桜を眺め「来年もまた見に来ようね」と笑い合った時間は、今でも心に残り、春になり桜を見るとふとNさんの笑顔を思い出します。体調が急変し、救急車で運ばれていく姿を見送ったのが最後の訪問でした。数ヵ月後、遠方に住む娘さんから「あなたに直接感謝を伝えたくて」と電話があり、人目も憚らず私は泣き崩れ、喪失感から次の訪問に向かうまで気持ちを立て直すのに時間がかかった経験も、深く胸に刻まれています。Nさんとの出会いは、訪問看護とは理想を語ることではなく、その人の人生に覚悟をもって寄り添うことなのだと教えてくれました。 2026年1月投稿 「本当の願い」 投稿者: 豊嶋 絵理(とよしま えり) さん えん訪問看護ステーション三豊(香川県) 指定難病の強皮症である彼女の身体は自分の思い通りには動かない。彼女の痛みを和らげようとマッサージをしている時「豊嶋さんは何で訪問看護師になろうと思ったの?」と聞かれ「こうやってゆっくり話をしながら人と関わりたかったからです」と迷わず答えた。「私もヘルパーやっててね、よく時間を過ぎても話を聞いて励ましてあげてた。豊嶋さんは私と同じやね」と微笑んだ。彼女には以前、他事業所が介入しており様々な理由で契約が終了した経緯がある。調子が良くシャワー浴ができた日「寒いと痛みが強くなって辛いんよ。前は無理って言われたけど本当はお風呂がいい。けどシャワーできるようになっただけいいよね」と寂しそうに諦めた言葉。けれど前向きな彼女を私は知っている。「○○さん!色々工夫は必要だけど、挑戦してみましょう!諦めるのはまだ早いです」。勝算があったわけではないが、私は彼女に挑戦して欲しかった。うちの事務所の強みはリハビリスタッフがいること。早速担当スタッフへ相談し福祉用具も手配。我々の心配をよそに動作確認クリア!初めて湯船に入れた時は、満面の笑顔で「無理って言われたしやる前から諦めてた。家のお風呂に入れたの2年ぶりよ!本当に嬉しい。試してくれてありがとう!」 彼女の本当の願いが叶った瞬間に私が立ち会えたのも、彼女の勇気とそれを支えてくれたチームのお陰。ここからまた彼女の挑戦は続く。それをサポートするのが私の仕事。 2026年1月投稿 「旅のコンダクター」 投稿者: 八箇 多恵(はっか たえ) さん 訪問看護ステーション 十色(富山県) 肺癌の末期を宣告後、彼は全国各地を旅して回り、食べ歩きにも行き、緩和ケア病棟から1次退院をした時は、冬がやがて訪れる頃だった。彼の要望は、バイタルサイン測定も排泄や食事の話も、「それをしたところで命が伸びる訳でもなく、それならこの1時間を有意義なものにしたい」と、1時間看護師と色々な話をすることを希望した。彼は旅プラン提案するのが好きだった。私が訪問すると「所長、皆にリフレッシュ休暇あげよ!人生楽しまなきゃ、今しかできないことあるし」と話をしていた。いつの間にか見られないはずだった桜を見て、七夕の短冊は「リフレッシュ休暇が取得できるようになりますように」と、記載されていた。その後状態悪化で再入院。顔を見に行くと「これ、母ちゃんが忘れないようにって持たしてきた」。照れながら見せたのは、我々の新年の挨拶の写真入チラシ。「あんたらのお陰で家での生活楽しかったわ」。病室にも分厚い時刻表の本と、地図があった。「いつでも相談のれるようにな」と笑顔で笑った。今年から、リフレッシュ休暇採用になって皆順に旅する予定である。 2026年1月投稿 * * * 皆さま、おめでとうございます!今後、「みんなの訪問看護アワード」表彰式の様子をご紹介する記事や、大賞を受賞したエピソードの漫画記事も順次公開予定です。ぜひご覧ください。 編集: NsPace編集部 [no_toc]

つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!大賞・審査員特別賞・ホープ賞・協賛企業賞【2026】
つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!大賞・審査員特別賞・ホープ賞・協賛企業賞【2026】
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2026年3月10日
2026年3月10日

つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!大賞・審査員特別賞・ホープ賞・協賛企業賞【2026】

NsPaceの特別イベント「第4回 みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。厳正な審査を経て、受賞作品が決定しましたので発表いたします。本記事では、大賞1件、審査員特別賞3件、ホープ賞1件、協賛企業賞5件のエピソードをご紹介します! 「わたしらしさを、ともにつくる」 投稿者: 中田 富久(なかだ とみひさ) さん OUR訪問看護ステーション(宮崎県) 当所を立ち上げて間もない頃、挨拶まわりの最中にケアマネさんから静かに問われました。「HIVの方でも…対応できますか?」その一言に一瞬戸惑いながらも、真剣な眼差しに心を動かされ、私は「必ず支えます」と答えました。初めて彼と向き合った日、こんな言葉を聞きました。「わたしらしい人生を、もう一度つくっていきたいんです」幼少期に血友病を発症し、その後に薬害HIVが判明。十代の半ばまで病院や療養学校で日々を重ねてきた彼。脳出血にもあい、社会とのつながりが薄れていた彼にとって、訪問看護は“外の世界との架け橋”だったかもしれません。訪問を重ねるほどに、心の奥に押し込めてきた願いが溢れ始めました。仕事に挑戦したい。自由に外へ出たい。自宅のお風呂に入りたい。それは、ずっと言えなかった「本当の願い」でした。私たちは彼の言葉を胸に、多職種や地域の力を借りながら奔走しました。制度の壁、環境の整備、医療的なリスク…簡単ではなかったけれど、ひとつ実現するたびに、彼の表情が少しずつ明るくなっていくのが分かりました。そしてある日、彼はこう言いました。「3年前の生活から、180°変わりました」彼の『らしさづくり』ははじまったばかりです。訪問看護とは、誰かの人生の再スタートにそっと火を灯す仕事。これからも私たちは、地域の力とともに彼の『わたしらしさ』を『とも』につくっていきます。 2026年1月投稿 「言葉を遺す」 投稿者: 鈴木 沙恵子(すずき さえこ) さん (株)Hale ハレノヒ訪問看護ステーション(東京都) 「明日は娘の結婚式だ。」胃癌終末期50歳のAさん。点滴、麻薬による疼痛管理、胃管、尿管挿入中。血圧は80台/s、尿もほとんどでない状態にあった。待ち望んでいた娘の結婚式を明日迎える。早朝から同行することとなった私は医師の指示で朝の時点で管はすべて抜去した。命がけの外出だった。民間救急車内で寝たまま点滴を行い血圧低下を防いだ。到着時、後方の扉が開いた瞬間そこには新郎新婦がいた。今この瞬間亡くなるリスクが高いことを誰もがわかっていた。Aさんの目の色が変わった。「辿り着いた。行くぞ」タキシードに着替えバージンロードを車いすに乗り進んだ。Aさんは笑顔だった。嬉しい、楽しい、挨拶にいこう。私はAさんの言葉をすべて記録に残した。尿もでないこの状態で幸せな言葉が溢れていた。今看護師の私に求められている役割は判断だ。血圧を維持したい。痛みを軽くしたい。目を開けてこの景色をみていられるように何とかしたい。そしてこんなにも幸せな笑顔のAさんの言葉を家族に残したい。神経を張り巡らせ、ひと時もAさんから目を離すことなく看護師として存在した。式を退出するその時、Aさんは私に言った。「俺の娘はこの世で一番綺麗だろう」他人の私にだからこそ言えた言葉だ。Aさんに喜びを与えられた気がした。Aさんは日付が変わる頃、家族に見守られ静かに息を引き取った。私は家族に幸せなAさんの言葉をたくさん遺すことができた。 2026年1月投稿 「ママ、ぼくが作ったよ」 投稿者: 高橋 さゆり(たかはし さゆり) さん ReHOPE 南町田(東京都) 脳転移と闘う40代のSさま。「一番の気がかりは子どものこと」と涙され、8歳の息子さまとの時間を何より大切に入居されました。ある日、息子さまの「ママの生姜焼きが食べたい」という一言から、病室での料理会が実現。麻痺のある手を添えて包丁を握り、香ばしい匂いと笑顔が弾ける中、母の味を再現しました。それから餃子作りなどを重ね、食を通じて家族の記憶を紡いだ日々。そして迎えた最期の時。Sさまが絞り出した言葉は「やきそば」でした。その声に応えようと、息子さまは自ら焼きそばを作り、母の口元へ。「ママ、ぼくが作ったよ」。食べることは叶わずとも、成長した愛息からの贈り物は心を満たし、その瞬間、Sさまは安らかな母の顔をしていました。息子さまが新学期を迎えた春の日、Sさまは静かに旅立たれました。最期まで「母」として生き抜いた強さと、母を支え成長された息子さまの姿。それはSさまが遺した、何より尊い愛の証でした。 2026年1月投稿 「たっくん、天国で元気にしてるかい?」 投稿者: 山藤 響子(やまふじ きょうこ) さん 医療法人社団 永生会 大和田訪問看護ステーション(千葉県) 末期心疾患で余命1ヵ月と告知された、当時2歳の「たっくん」。ご家族の「どうしてもたっくんを家に連れて帰りたい!」の一言から、在宅移行が動き出しました。家族、訪問診療、訪問薬局、そして私たち訪問看護チームが輪になり、当時前例のなかった強心剤24時間持続投与に挑みました。ブロビアックカテーテル、日中のネーザルハイフロー、夜間のBiPAP。複数の医療デバイスが絡む中、CADDポンプの薬剤カセット交換や急変の不安が立ちはだかり、受け入れの可否を巡ってチーム内でも揺れました。それでも手技を標準化し、連絡網と物品を整え、家族と何度も練習を重ねて「暮らし」を守る体制を作りました。その後、たっくんは宣告を大きく超える8ヵ月をご自宅で過ごされました。たっくんが虹の橋を渡った後、お母様は「たっくんが愛の種まきをしてくれて、皆様とも出会えて幸せでした」と語ってくださいました。小さな身体で最後まで懸命に生き抜いたたっくんと、その時間を抱きしめ続けたご家族に、私たちは深い敬意を抱いています。この経験は今も、私たちの看護の軸として息づいています。 2026年1月投稿 「それでも地域で生きている」 投稿者: 米原 拓也(よねはら たくや) さん スターク訪問看護ステーション三鷹・調布(東京都) ベッド上で寝たきりの要介護5、90代男性。ストマ管理が必要な夫の生活を支えていたのは、認知症を抱える80代の妻だった。基本的なパウチ交換はできていたが、排便のたびにパウチを交換してしまうことや徘徊で買い物に出たまま家に戻れず、看護師がショッピングモールを探し回ったこともある。また、やかんの火を消し忘れ、訪問時にガスがついたままのこともあった。医療者の視点では「問題」が並ぶ夫婦だった。それでも妻は繰り返し語った。「夫が亡くなるまで、ここにいさせてあげたい。私は夫より一日でも長く生きられればいいんです」。その言葉には、揺るぎない覚悟があった。往診医、看護師、リハビリスタッフ、ケアマネジャー、ヘルパー、家族が何度も話し合いを重ね、夫婦の安全を守るためにそれぞれの訪問時間を調整して夫婦のもとへ訪れた。完璧な生活ではない。それでも、この夫婦は夫が逝去する最期まで自分たちの家で暮らし続けることができた。課題をなくすことが支援のゴールではない。課題を抱えながらも「それでも地域で生きる」力に向き合い、その人の人生を支えることこそが、訪問看護の本質であると深く教えられた事例であった。 2026年1月投稿 NTTプレシジョンメディシン賞 協賛企業: NTTプレシジョンメディシン株式会社業務をまるごとDX。訪問看護ステーション用電子カルテ「モバカルナース」 「島唄が架けた、言葉なき架け橋」 投稿者: 稲葉 実結(いなば みゆ) さん ソフィアメディ訪問看護白金高輪ステーション(東京都) 人工鼻を使用し、発語ができない独居の女性。生来お話し好きだった彼女は、思いが伝わらない苛立ちを、いつも諦めたような首振りと沈黙で終わらせていた。指先の震えから書字も拒み、私たちの間に「言葉」が架かることは一度もなかった。なかなか縮まらない距離に、私自身も無力感を感じる日々が続いていた。転機は、壁に飾られた一枚の海辺の写真だった。ある離島の出身だと知り、次回の訪問時にスマホでその島の「島唄」を流してみた。私が鼻歌を添えると、彼女の手が静かに拍子を取り始め、やがてその瞳から音もなく涙が溢れ落ちた。驚く私に、彼女は両手を合わせ、拝むような仕草を見せた。そして、あれほど拒んでいたホワイトボードを自ら引き寄せ、震える手でゆっくりと記した。「懐かしい」。その日を境に、彼女と「声なき会話」が続くようになった。いまでは、私が転んで作ったアザを笑って、それでいて心配するようになった。言葉の会話はなくとも、沈黙が来ることはなくなった。看護とは病を診るだけでなく、その人の人生が奏でてきた音色に耳を澄ますこと。島唄が架けてくれた小さな絆は、今も私の中で優しく響いている。 2026年1月投稿 東洋羽毛賞 協賛企業: 東洋羽毛工業株式会社ーより良い眠りから、健やかな毎日へー私たちは現場で頑張る訪問看護師の皆様を快適な眠りでサポートします 「また生まれてきたら同じ両親の元へ」 投稿者: 前田 昌紀(まえだ まさき) さん M.Crew訪問看護ステーション(東京都) ある日の訪問の合間、車での移動。バス停で待つ母子を見かけます。男の子は高校生くらい。ニコニコしてお母さんと話しています。その男の子は松葉杖をついていて、片方の足の先がありません。可哀想に…。怪我か病気で失くしたんだろうか…。その後もニコニコとお母さんに話している様子を見て、「頑張って」と心の中で声をかけます。それから、3ヵ月くらい経った頃に近くの大学病院のソーシャルワーカーから訪問看護の新規依頼。17歳の男の子で骨肉腫、肺転移による末期状態の診断。数日後に訪問診療の先生と初回訪問に伺います。「あっ!あの時の男の子だ!」。優しい笑顔で迎え入れる本人に、心の中でつぶやきました。病状が進行する中、「もう一度ラグビーを観に行きたい」。看護師が付き添い、試合を観に行ったり、訪問の先生が、本人が好きな選手のサインを知り合いに頼んでもらってくださいました。徐々に病状が進行し、苦しさから「もう終わりにしたい!」と訴えるようになり、お薬を調整していきました。最期の意識がなくなる寸前に、両親に「ありがとう」と、か細い声で言いました。意識をなくした後に看護師から「また生まれてきたら同じところに生まれて来ようね」との声がけに確かに「うん」と頷き、1時間後に息を引き取りました。数ヵ月後、近くのコンビニでお母さんが働き始め、再会。訪問の合間に寄るといつもカウンター越しにお互い涙を目にためて話しています。 2026年1月投稿 アクリーティブ賞 協賛企業: アクリーティブ株式会社レセプト請求業務の代行を通じ、訪問看護事業者様がよりご利用者様と向き合える環境づくりをご支援します。 「"あたたかさ"で支える」 投稿者: 平林 陵星(ひらばやし りょうせい) さん 訪問看護ステーションこむすび(和歌山県) 「今日はあそこのお店のケーキ。まぁ、なんだかんだ言って、コンビニスイーツが一番ええわな」と、超が付くほどの甘党のAさん。肺がん末期の状態で、在宅酸素や麻薬の持続注射を行っています。病気は進行し、酸素流量は最大量に。大好きなスイーツも受け付けなくなり、呼吸困難を緩和するため浅い鎮静剤の投与が始まりました。そんな矢先、奥様が「看護師さん見て!来週、家の隣にコンビニがオープンするんやって!なんとか行けやんかなぁ」と、チラシを片手に嬉しそうに相談してくれました。Aさんも「オープン日に行こう」と約束。雨予報が快晴に変わったオープン当日。医師の了承を得て、ご家族と私と車椅子に乗ったAさんコンビニへ向かいました。しんどい中でも、Aさんはスイーツ棚をじっと見つめ、自分で欲しいものをカゴに入れていました。イベントのガラガラ抽選会はハズレでしたが、店員さんの粋な計らいで「当たりだよ」と伝えられ景品を獲得。さらに、サプライズで外でご親族が待っていてくれました。皆で数週間ぶりの日なたぼっこを楽しんだ後、選んだスイーツを食べることもできました。数日後、Aさんは穏やかなお顔で旅立たれました。後日、奥様は「あの時、看護師さんだけでなく、あたたかい周りのみんなに支えられました」と話してくれました。あの日の色んな“あたたかさ”は、今でも私の心を照らし続けてくれています。 2025年11月投稿 「無人島に街を!」メディヴァ賞 協賛企業: 株式会社メディヴァ患者視点の医療改革を理念に、医療・介護・予防分野において、革新と価値創造を目指すコンサルティング企業 「理念である『地域の懸け橋』の瞬間」 投稿者: 栗原 拓郎(くりはら たくろう) さん アール・クラ横浜(神奈川県) 新規依頼の問い合わせ。子どものお母さんからだった。療育センターから「呼吸リハビリに詳しい理学療法士がいると聞きまして…」の連絡。エリアを確認すると、訪問の範囲外で片道1時間以上の距離だった。普段なら断るが切実な相談内容に「少し時間をください!」と電話を切る。訪問ができなくても、何か私にできることがあるのではないか…考える。依頼先の近隣にある基幹病院の療法士が、地域ブロックの代表者であることを思い出し相談してみることに。内容を説明すると快く引き継いでくれ病院のOBが訪問看護で働いていると紹介してくれる。OBの方から「知り合いに適任者がいるので紹介します」とさらに繋いでくれる。対応できる療法士が決まり、ご家族から「紹介してもらった方は、昔から療育センターで担当してもらっていた方でした。息子も喜んでいます」との内容だった。訪問エリア外でも地域のネットワークを使い、弊社理念である「地域の懸け橋」を繋いだ瞬間を感じることができた1日だった。 2025年12月投稿 ワールドアベニュー賞 協賛企業: 株式会社ワールドアベニュー海外の看護・医療現場で有給で働ける看護師限定ワーホリや海外正看護師資格取得をサポートしている留学会社です。 「ICTで言葉の壁を超える多文化共生ケア」 投稿者: 小川 祥子(おがわ しょうこ) さん ウィル訪問看護ステーションよこはま北山田(神奈川県) 生後まもない女の子。先天性表皮水疱症。触れるだけで皮膚が剥がれ、感染の不安と隣り合わせの毎日だった。インドネシア国籍の両親は、慣れない日本、言葉の壁、宗教的背景の中で、先が見えない状況の中、ご両親には不安の色が滲んでいた。私たちは翻訳アプリを使い、何度も言葉を探しながら対話を重ねた。伝えたいことが伝わらないもどかしさの中で、よくある質問や不安をまとめたパウチを作成し、「いつでも確認できる安心」を形にした。在宅でのケアは容易ではない。水疱の破疱、入浴、軟膏や被覆材の選択。感染を防ぎたい一方で、過度に守ることで発達を妨げてしまうのではないかという葛藤があった。私たちは「守る」と同時に「育てる」視点を忘れず、医師と密に連携し、見守り下では手先の自由を確保し、指の癒着を防ぐ関わりを続けた。また、ケアの中心から外れがちだった兄にも目を向け、家族全体を看る姿勢を大切にした。MCSを活用し、皮膚状態を共有することで異常の早期発見にもつなげた。退院後半年、感染を起こすことなく自宅での生活が続いている。日々の関わりの中で少しずつ日本語を習得し、簡単な意思表示やコミュニケーションを自らとってくれるようになっている。言葉の壁を越えて相手を知ろうとし続けたことが、不安だった育児を「この子と生きる時間」へと変えていった。 2026年1月投稿 皆さま、おめでとうございます! 入賞作品については、こちらの記事をご覧ください。つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!入賞【2026】 編集: NsPace編集部 [no_toc]

悩んだ&困ったエピソード【つたえたい訪問看護の話】
悩んだ&困ったエピソード【つたえたい訪問看護の話】
特集
2026年3月3日
2026年3月3日

悩んだ&困ったエピソード【つたえたい訪問看護の話】

多職種で連携を行う在宅医療ではたくさんの人と関わるため、時折「聞いていた話と違う!」という困った出来事や、「どうやって支援環境を整えればいいの?」という困難な問題に遭遇することがあります。「みんなの訪問看護アワード2023」に投稿されたエピソードから、訪問看護をしていて困ったエピソードを3例ご紹介します。 「孫はSNSで発信を続ける売れないミュージシャン」 利用者さんの環境を整えるのも訪問看護師の大事な仕事ですが、利用者さんのご家族に悩むケースも少なくありません。 患者さんは78歳のご高齢。公営の団地に住まわれていました。息子さんは 子どもが産まれてすぐに離婚され子どもを引き取られました。息子さんは毎日仕事に忙しくされ家のことは何もされないので、この患者さんがお孫さんを育てあげた感じです。蜂窩織炎で毎日の処置が必要とのことで訪問看護が入りました。狭い団地にお孫さんの物らしき荷物がびっしりと詰め込まれ患者さんの寝る場所すらなく、患者さんは炊事場の前の小さなスペースに椅子に座って眠るという生活だったようです。そんなお孫さんはひと部屋の中にベッドを入れ、壁を背に配信のスペースを設け SNSに歌の配信を行っていました。しかし仕事はせずに患者の年金を当てに生活され、ほぼネグレクトな状態でした。こちらが挨拶をすれば挨拶を返してくれるような程度のコミュニケーションしか取れません。患者さんの生活基準も低くそこからの対応が必要な状態でした。結局、座ってしか眠れない状態では傷も良くならないということで患者さんは入院になりました。入院中に家の環境を整える話は出ていましたがその孫が連絡を取り合わないので話は進まない状態です。 2023年2月投稿 「退院カンファで『歩ける』って聞いたのに」 退院して在宅へ戻る際、医療機関の担当者と情報の共有を行いますが、評価の判断や言葉の認識が同じではないことを考えさせられる事例です。 コロナよりも数年前。回復期病棟から退院予定の60代の女性。もっと動けるようになりたいと、訪問看護とリハビリを希望。退院カンファでPTより「装具と杖で歩行は自立」と言われる。初訪問で家族から一言「歩けません!」。よくよく聞くと「装具をつけていない」ことが発覚。装具をつけて解決かと思ったら、本人も家族も、装着の方法も必要性も分かっていなかった。「普通家では靴もこんなの(装具)もつけないでしょ」と本人。必要性を伝え、着脱練習を何度か繰り返した後、スタッフ不在でも歩行可能となる。退院直前まで、機能の底上げに偏りすぎてはいけない、歩く動作の周辺を含めた、生活を意識したリハビリを病院でも意識してもらうことの大切さを感じました。 2023年2月投稿 「訪問サービスが本当に必要な場所とは」 目の前の利用者さんとの支援だけではなく、社会的な視点での問題に困ることもあります。 私は1ヵ月前に今の事業所へ転職した、まだまだ未熟者の新人訪問看護師です。私の事業所は、1年ほど前より、離島への訪問を行っています。離島での訪問看護に必要性を感じた社長が、自ら村長と話をし、島民への訪問看護・リハビリが始まりました。ご存知の通り、離島などのへき地は、若い方は少なく、高齢者が多いため、老老介護や家族介護がほとんどです。施設や病院もなく、診療所に医師と看護師が1人ずつ。離島医療がテーマの某ドラマを生で見ているようでした。都合上月にたった2回の訪問ですが、利用者のADLが以前と比べ明らかに変化してきていると聞き、さらなる可能性を感じます。また、倒れていても、周りに人がいない等の理由で、発見や対応が遅れてしまうことも多々あるとのことでした。現在、昔と比べ、訪問看護ステーションの数はかなり増えてきてますが、本当に必要な場所へはまだまだ普及していないのが現実です。 2023年1月投稿 事業所内の「報・連・相」もしっかりと 今回は3例の実体験を通じ、異なる困りごとをご紹介しました。支援環境を整えられないという社会的・物理的な問題から、対人的な問題まで日々さまざまな困りごとが発生します。訪問看護は原則1名で訪問しているため、こうした困りごとも1人で抱え込みがちです。「三人寄れば文殊の知恵」という言葉もある通り、管理者や先輩などと共有することで解決を図れることも多いでしょう。まずは社内のコミュニケーションを円滑にしていきたいですね。 編集: 合同会社ヘルメース イラスト: 藤井 昌子 

温活で体質改善? 自律神経とホルモンバランスを整える方法
温活で体質改善? 自律神経とホルモンバランスを整える方法
特集
2026年3月3日
2026年3月3日

温活で体質改善? 自律神経とホルモンバランスを整える方法

温活は、体を温めることで自律神経のバランスを整えたり、血流を促進することで体の不調を緩和したりする効果が期待できるシンプルな健康習慣です。日常生活の中で簡単に取り入れられるため、訪問看護の現場でも活用しやすく、利用者さんの健康維持や生活の質向上につながります。 本記事では、温活の基本からメリット、実践方法まで解説します。ご自身の健康管理はもちろん、利用者さんやご家族への健康アドバイスの際にも役立ててください。 温活とは 温活は、体温の低下に伴うさまざまな不調を改善する取り組みです。体温が低下すると血流が滞り、免疫力の低下や代謝の悪化を招きます。特に現代人は冷暖房の影響やストレス、偏った食生活などによって体が冷えやすいため、意識的に温活を行うとよいでしょう。 温活では、体を外側と内側の両方から温めます。また、一時的に行うものではなく、日々の生活に根付かせる必要があります。 温活のメリット 温活には、次のメリットがあります。 自律神経が整うことでストレスが軽減する 温活を行うことで自律神経のバランスが整い、ストレスの軽減につながります。自律神経には、活動時に優位になる交感神経と、リラックス時に働く副交感神経があります。 冷えによって交感神経が過剰に働くと、体は常に緊張状態になり、ストレスを感じやすくなります。反対に、体を温めることで副交感神経が優位になり、心身ともにリラックスできるため、不安やイライラを軽減する効果が期待できます。 女性の健康維持に役立つ 女性は男性に比べて筋肉量が少なく、ホルモンバランスの変化によって冷えやすい体質の方が多く見られます。冷えが原因で生理痛や月経不順が悪化することもあります。 温活によって血行が促進されると、女性ホルモンバランスが整い、月経痛の緩和やホルモンバランスの乱れによる冷えの緩和が期待できます。 血行促進による冷え性・むくみの改善 体が冷えて血流が滞ると、手足の先まで十分な酸素や栄養が行き渡らず、冷え性やむくみを引き起こします。特に長時間同じ姿勢を続けると、下半身の血流が悪くなりやすく、足がむくみやすくなるでしょう。体を温めることで血管が広がり、血液の流れがスムーズになるため、冷え性やむくみの改善に役立ちます。 基礎代謝アップで、脂肪が蓄積しにくい体に 冷えは、体の基礎代謝を低下させ、エネルギー消費量が低下するため、余ったエネルギーが脂肪として蓄積されやすくなります。体を温めて血流が良くなると、基礎代謝が上がり、脂肪がエネルギーとして消費されやすくなります。 肌のターンオーバー促進による美肌効果 冷えによって血流が悪くなると、肌のターンオーバー(新陳代謝)が滞り、老廃物が排出されにくくなります。その結果、肌がくすんだり、ニキビや肌荒れの原因となったりすることがあります。 温活により、自律神経のバランスが整うと、新陳代謝が良くなり、肌トラブルの緩和が期待できます。 温活の方法 温活は、日常生活の中で簡単に取り入れることができる健康習慣です。運動や食事、生活環境の工夫などは、高齢者でも無理なく続けることができます。温活の方法について詳しく見ていきましょう。 運動で筋肉量を増やして体温を上げる 筋肉は、体内の熱を生み出す役割を担っています。高齢者は加齢により筋肉量が減少しやすく、基礎代謝が低下することで冷えを感じやすくなります。そのため、日常生活の中で適度な運動を取り入れ、筋肉を維持・増強することが大切です。 激しい運動をする必要はなく、散歩や階段の上り下り、簡単なストレッチなど、無理なく続けられるものを選ぶとよいでしょう。 食生活を見直す 食べ物によって体を温める効果が期待できるものと、逆に冷やしてしまうものがあります。温活を意識するなら、体を温める食材を積極的に取り入れることが大切です。 たとえば、加熱した生姜やニンニク、根菜類などは体の内側から温める作用があります。一方で、夏野菜や南国の果物、冷たい飲み物は体を冷やすため、食べすぎに注意が必要です。 基本は、1日3食、規則正しく栄養バランスに優れた食事をとることです。一汁三菜を基本とし、炭水化物やビタミン、ミネラル、食物繊維などをバランスよくとりましょう。 エアコンの使い方を工夫する 現代の住環境では、エアコンが欠かせません。しかし、冷房の使い方によっては体を冷やしすぎてしまうことがあります。特に夏場の冷房は、室温と外気温の差が大きいと自律神経が乱れ、冷えやだるさの原因になります。 また、風が直接当たることも冷やしすぎや温めすぎにつながるため、スイングで風が体に当たらないようにしましょう。 冷えない衣服選び 衣服の選び方によっても、体の温まり方は変わります。特に「首」「手首」「足首」の3つの首を温めることで、血流をスムーズにし、全身を温める効果が期待できます。 締め付けが強すぎる衣類は、血流を悪化させるため避けるのがポイントです。また、就寝時も靴下や腹巻きを活用することで、寝冷えを防ぎ、快適な睡眠につながります。ただし、足の裏に熱がこもると良質な睡眠を妨げてしまうため、就寝時に靴下を着用する際は、着脱が楽なゆるめのものがおすすめです。 良質な睡眠をとる 就寝前にぬるめのお湯(38~40℃)に浸かることで体全体が温まり血行が促進されるだけでなく、寝つきが良くなり、深い眠りにつながるとされています。これは、入浴によって手足の末梢血管からの放熱が進み、深部体温が低下することで、自然な眠気が訪れるためです。また、上述したように副交感神経が優位になることで、心身の緊張がほぐれリラックスしやすくなります。こうした体の変化により、主観的な睡眠の質が向上し、より快適な睡眠が得られると考えられています。 * * * 訪問看護の現場では、利用者さんの生活環境や体調に合わせた温活のアドバイスを行い、適切なケアを提供することが求められます。食事や運動、衣類の工夫など、無理なく続けられる温活についてアドバイスし、利用者さんとご家族の健康をサポートしましょう。 編集・執筆:加藤 良大監修:豊田 早苗とよだクリニック院長鳥取大学卒業後、JA厚生連に勤務し、総合診療医として医療機関の少ない過疎地等にくらす住民の健康をサポート。2005年とよだクリニックを開業し院長に。患者さんに寄り添い、じっくりと話を聞きながら、患者さん一人ひとりに合わせた診療を行っている。 【参考】〇厚労省.健康づくりのための睡眠指針の改訂に関する検討会.「健康づくりのための睡眠ガイド 2023」(令和6年2月)https://www.dietitian.or.jp/trends/upload/data/342_Guide.pdf2026/2/24閲覧

精神科領域の医療費助成制度(精神通院医療) 訪問看護師が知っておきたい基礎知識
精神科領域の医療費助成制度(精神通院医療) 訪問看護師が知っておきたい基礎知識
特集
2026年2月24日
2026年2月24日

精神科領域の医療費助成制度(精神通院医療) 訪問看護師が知っておきたい基礎知識

最近では、高齢者に限らず、精神科領域に特化した訪問看護ステーションが増えてきています。訪問看護ステーションを運営するなかで、精神科訪問看護の訪問可否についての問い合わせも多くなってきているのではないでしょうか。今回は、精神科訪問看護の制度と自立支援医療制度の精神通院医療について解説します。 ※本記事は、2025年5月時点の情報をもとに構成しています。 精神科訪問看護とは 精神科訪問看護とは、精神疾患のある方に対して、医師の指示のもと自宅や施設を訪問し、精神症状の安定や身体症状の予防、服薬管理や生活支援などを通じて再発予防と生活の維持を図るサービスです。地域における精神医療の一環として提供されます。 精神科訪問看護を行うための要件 精神科訪問看護を行うと「精神科訪問看護基本療養費」を算定できます。この算定には厚生局への届出が必要であり、届出には、以下のいずれかに該当する保健師、看護師、准看護師または作業療法士が在籍していることが要件となります1)。 (1) 精神科を標榜する保険医療機関において、精神病棟又は精神科外来に勤務した経験を1年以上有する者(2) 精神疾患を有する者に対する訪問看護の経験を1年以上有する者(3) 精神保健福祉センター又は保健所等における精神保健に関する業務の経験を1年以上有する者(4) 国、都道府県又は医療関係団体等が主催する精神科訪問看護に関する知識・技術の習得を目的とした20時間以上を要し、修了証が交付される研修を修了している者 多くの場合、(4)の研修を修了した上で届出を行い、訪問看護を実施しているのではないでしょうか。 なお、精神科訪問看護は、精神科の医師が発行する「精神科訪問看護指示書」と「精神科訪問看護計画書」にもとづいて実施します。 精神通院医療(公費番号:52)における医療費助成 精神科訪問看護における医療費助成は、自立支援医療制度における「精神通院医療」に規定されています。対象は、精神疾患のため通院による継続的な医療が必要な方で、医療費の自己負担分の一部が公費で負担されます。 この制度で注意すべき点は精神通院医療の範囲です。「病院または診療所に入院しないで行われる医療」、すなわち通院医療で、「精神障害および当該精神障害に起因して生じた病態」が対象となっていることです。 医療費助成のしくみは図1を参照してください。高額療養費を控除した後、所得区分に応じた自己負担上限額までが自治体負担により助成されます。 図1 精神通院医療の医療費助成のしくみ 自己負担上限額は、表1に示したとおり、所得区分に応じた上限額か、1割を支払います。所得区分は、生活保護世帯から市町村民税課税世帯(所得割235,000円以上)までの6段階と、自己負担0円から自立支援医療対象外までに分かれています。また、「重度かつ継続」の該当の有無により、負担額が分かれます。 表1 精神通院医療の自己負担上限月額 ※1については、2027年3月31日以降は対象となりません。 なお、「重度かつ継続」の対象者は、以下のとおりです2)。次のいずれかに該当する方:●医療保険の「多数回該当」の方(直近の12ヵ月以内に、国民健康保険などの公的医療保険の「高額療養費」の支給を3回以上受けた方)●1~5の精神疾患の方(カッコ内はICD-10(疾病及び関連保健問題の国際統計分類)による分類)1 症状性を含む器質性精神障害(F0) (例)高次脳機能障害、認知症 など2 精神作用物質使用による精神および行動の障害(F1) (例)アルコール依存症、薬物依存症 など3 統合失調症、統合失調症型障害および妄想性障害(F2)4 気分障害(F3) (例)うつ病、躁うつ病 など5 てんかん(G40)●3年以上精神医療を経験している医師から「情動および行動の障害」または「不安および不穏状態」を示すことから入院によらない計画的かつ集中的な精神医療(状態の維持、悪化予防のための医療を含む)が続けて必要であると判断された方 受給者証と自己負担上限額管理票の取り扱い 精神通院医療の認定を受けると、患者さんには「受給者証」と「自己負担上限額管理票」が交付されます。受給者証は指定医療機関で使用できます。訪問看護ステーションが対象となるには、自立支援医療の「指定自立支援医療機関」としての届け出が必要です。 自己負担上限額管理票の運用については、訪問看護ではレセプト処理後に金額が確定するため、管理が複雑になる場合があります。 * * * 自立支援医療の精神通院医療は、更生医療や育成医療とは所得区分の扱いが異なるため、分かりにくい部分があるかもしれません。制度の概要を理解した上で、利用者さんの受給者証を確認し、レセプト返戻が発生しないよう適切に管理することが大切です。   執筆:木村 憲洋高崎健康福祉大学健康福祉学部医療情報学科 教授武蔵工業大学(現・東京都市大学)工学部機械工学科卒業、国立医療・病院管理研究所研究科(現・国立保健医療科学院)修了。民間病院を経て、現職。著書に『<イラスト図解>病院のしくみ』(日本実業出版社)などがある編集:株式会社照林社 【引用文献】1)厚生労働省:訪問看護ステーションの基準に係る届出に関する手続きの取扱いについて(保医発0305第7号 令和6年3月5日).2)厚生労働省:自立支援医療(精神通院医療)について.https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12200000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu/0000146932.pdf2025/5/28閲覧 【参考文献】○厚生労働省:自立支援医療(精神通院医療)の概要.https://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/jiritsu/seishin.html2025/5/28閲覧

非がん疾患の緩和ケアがよく分かる 予後予測・症状緩和・がんとの違い
非がん疾患の緩和ケアがよく分かる 予後予測・症状緩和・がんとの違い
特集
2026年2月17日
2026年2月17日

非がん疾患の緩和ケアがよく分かる 予後予測・症状緩和・がんとの違い

非がん疾患の患者さんに質の高い緩和ケアを届けるための知識・視点を整理。訪問時のケアの実践につながるヒントをお届けします。今回は、東京ふれあい医療生活協同組合 研修・研究センターの平原佐斗司先生に、非がん疾患における緩和ケアの現状、予後予測、苦痛に対する評価法やアプローチの特徴について分かりやすく解説いただきます。 非がん疾患における緩和ケアの現状 緩和ケアは、がんから非がん疾患を含むあらゆる疾患へ、小児から高齢者まで対象が広がっています。そして、緩和ケア病棟だけでなく、在宅・地域を中心として急性期病院や施設など、あらゆるセッティングで提供される、より基本的で包括的なケアへと広がりをみせています。 欧米では、1990年代に非がん疾患患者の終末期に緩和ケアの光が当たっていないことが明らかになり、今世紀に入ってからは非がん疾患の緩和ケアがそれぞれの国の方法で推進されてきました。一方、わが国においては、2010年頃からようやく注目されるようになり、最近になり各領域で非がん疾患の緩和ケアに関する実践・教育・研究で進展がみられるようになってきています。 わが国における緩和ケアの対象 わが国の在宅医療において非がん疾患の緩和ケアの対象として多い疾患は、主に後期高齢者にみられ、以下のとおりです。 臓器不全(非がん性呼吸器疾患〔NMRD〕、心不全、末期腎不全、肝不全) 認知症や脳卒中後遺症 パーキンソン病やパーキンソン関連疾患、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの神経難病 頻度は少ないですが、以下のような対象もあります。 重症の医療的ケア児 トラジション(成人した障害児者) など また、世界に目を向けてみると、アフリカや開発途上国ではHIVや感染症なども緩和ケアの対象となっています。 わが国の非がん疾患の緩和ケアには、がんの緩和ケアとは異なるいくつかの特徴があります。 緩和ケアの対象となる非がん疾患患者の多くは後期高齢者であること 病の軌跡に影響する因子が多様で複雑であるため、がんに比べて予後の予測が困難であること 自律が損なわれたり、同意能力が疑われたりする高齢者や認知症の人が少なくないため、意思決定において困難を伴う場合が少なくないこと 「病の軌跡」とは Lynnらは終末期の疾患軌道を、「がん等のモデル」、「心肺疾患などの臓器不全モデル」、「認知症・老衰モデル」の3つに分類しました(図1)1)。 図1 疾患群別軌道モデル 文献1)より筆者訳 がんの軌道の最大の特徴は、最期の1、2ヵ月で急速に全般的機能が低下することです。臓器不全、特に心不全や非がん性呼吸器疾患などは急性増悪を繰り返し、最後の急性増悪で比較的急な経過で死亡に至ります。認知症・老衰群では、緩やかにスロープを降りるように機能が低下し、やがて死に至ります。高齢者では、この認知症・老衰群が半数近くを占めるといわれています。 このような病の軌跡の違いを反映して、ADL依存となるリスクは、がんで一般の人の約1.5倍、臓器不全群で約3倍、認知症・老衰群では8倍と報告されています。 さて、このような病の軌跡はあくまでも基本であって、疾患や年齢によって異なる特徴があります。例えば、高齢がん患者の場合は、約半数が数ヵ月前より徐々に機能が低下することが分かっています。また、臓器不全群でも透析しない選択(保存的腎臓療法:CKM)をした末期腎不全患者(ESKD)の病の軌跡は、末期がんと類似しており、最後の1、2ヵ月で急速に機能が低下することが明らかになりました。 がんと非がん疾患、予後予測における違い がんの予後予測が比較的可能な理由 病の軌跡の特性は、予後予測の困難さに影響しています。がんは、原発巣や癌種が違っても、症状や臨床経過において一定の共通性・法則性が認められます。そして、その共通性・法則性は、終末期になるほど顕在化するという特徴があります。 これは、がんの基本病態が「自律増殖」と「浸潤・転移」であることに起因します。進行したがんは侵害受容器や神経に浸潤するため、比較的早期から疼痛が出現し、疼痛は増強しながら長期に持続します。そして、原発巣や転移臓器でのがんの増殖により呼吸不全、麻痺、肝不全といった臓器の機能不全を引き起こします。最期には異常な内分泌・代謝状態(悪液質)を来たし、だるさや食思不振、痩せなど、すべてのがんに共通した全身症状が現れます。 このようながんの特性に着目すれば、ある程度の信頼性のある予後予測ツールの開発が可能となるのです。 非がん疾患における予後予測の難しさ 一方、非がん疾患にはもともとの疾患の軌道に共通性がなく、以下に示すように多種多様です。 脳卒中のように突然発症するもの 腎不全や肝不全のように潜在的に進行するもの 心疾患や呼吸器疾患のように急性増悪を繰り返すもの アルツハイマー型認知症のように緩やかに機能が低下するもの ALSのように比較的早く呼吸や嚥下機能が低下し、生命の危機が訪れるもの このように、非がん疾患では、疾患や個人によって機能が低下する部位や臓器、進行の仕方やスピードがさまざまであることに加え、標準治療の実施の有無や本人の治療選択など、病態以外の因子が病の軌跡に大きく影響します。その結果、非がん疾患では月単位、週単位の予後予測は困難で、信頼性の高い予後予測ツールは開発できていません。 また、緩和ケアの対象となる非がん疾患患者の多くは後期高齢者であり、ほとんどがmultimorbidity(多疾患併存状態)であるため、予後に関係する疾患が複数あり、経過の中で主病名が入れ替わることも珍しくはありません。multimorbidityの高齢者のエンドオブライフ(EOL)期では、疾患ごとの予後予測指標はあてにならないことが多いのです。 そのため近年では、正確な予後予測を求めるのではなく、緩和ケアが必要と考えられる対象者を疾患にかかわらず、適切なタイミングで同定することに主眼が置かれるようになってきました。この目的のために、「GSF-PIG」や「SPICT」のようなさまざまなツールが開発されています。 苦痛の客観的評価法の有用性 非がん疾患では、緩和すべき苦痛ががんとは異なる場合があります。がんでは疼痛が最大の課題であるのに対して、多くの非がん疾患では「呼吸困難」や「摂食・嚥下障害」が最大の課題と考えられています。 高齢で認知症を合併することが多い非がん疾患患者の苦痛の評価においては、がんで用いられる「NRS」(痛みのスケール)といった主観的評価法や、「IPOS」などの複雑な総合評価は、実用的ではないことが少なくありません。 認知症高齢者など、自ら苦痛をはっきり訴えられない非がん疾患患者に対しては、苦痛の客観的評価法が有用です。欧米ではこうした評価法が実際の臨床現場で広く用いられていますが、わが国においてはその普及は十分でありません。 痛みの客観的評価法 海外では、痛みの客観的評価法として30以上のスケールが開発されていますが、日常使いができる程度の項目数(数項目程度)であり、日本語版が開発されているものとなると、以下のものに絞られます。 日本語版PAINAD アビー痛みスケール日本語版 呼吸困難の客観的評価法 呼吸困難の客観的評価法は、痛みの客観的評価法ほど多くは開発されていません。その中でゴールドスタンダードとされるのは8項目からなる「RDOS」で、日本語版も開発されています。近年、RDOSよりも簡便な呼吸困難の客観的評価法としてmodRDOS-4が開発され、筆者がその日本語版である「日本語版modRDOS-4」を開発しています。 このような、客観的評価法を積極的に使用することで、高齢者や認知症の人の苦痛に早期に気付くことが可能となります。 症状緩和に対する薬剤的アプローチの特徴 症状緩和の考え方や方法については、がんと非がん疾患では共通点もありますが、異なる点も多くあります。 非がん疾患、とりわけ心不全などの臓器不全群では、症状緩和のためにも標準的な疾患の治療とケアを最期まで継続することが重要になります。 オピオイドの使用について 症状緩和のための薬剤的アプローチにおいても、がんと非がんにはさまざまな違いがあります。例えば疼痛に対するオピオイド使用量は、がんでは痛みに応じて上限なく増量していくわけですが、非がん疾患の投与量はモルヒネ換算で最大60mg、多くても90mgまでとします。また、がんの場合と異なり、ケミカルコーピング防止の観点から疼痛に対するレスキューの使用は推奨されません。 一方、非がん疾患の呼吸困難に対するオピオイドの使用は、基本的には疾患に対する治療を最大限行っても緩和されない場合に考慮され、多くはモルヒネ換算1日10mgまでの少量で呼吸困難緩和の効果が期待できます。 緩和ケアの対象となるESKDではモルヒネの投与は、透析をしていない場合はほぼ禁忌と考えられます。腎機能の影響が少ないオキシコドンや、影響がほとんどないブプレノルフィン、フェンタニルが選択されます。心不全に腎不全を合併した状態(心腎症候群)や、肝不全に腎不全を合併した状態(肝腎症候群)などでも同様に、基本的にモルヒネ以外の薬剤の選択が必要になります。 そのほかの薬剤的アプローチについて オピオイド以外の鎮痛薬では、腎不全や心不全ではNSAIDsは基本的に避けるべきで、アセトアミノフェンの使用が推奨されます。 末期がんでは終末期の食思不振やだるさに対してステロイドを使用する場合がありますが、心不全などの非がん疾患ではステロイドは水分貯留に働く可能性があるため、基本的には使用しません。 非がん疾患の緩和ケアの今後 非がん疾患の苦痛に対する薬剤的アプローチは、緩和ケアのごく一部です。非がん疾患の中でも心不全、NMRD、ESKDなどの臓器不全群では緩和のための薬剤選択は比較的重要です。しかし、認知症や神経難病などの緩和ケアにおいては、日々の看護やケア、リハビリテーションの質そのものが、そのまま緩和ケアの質につながると考えます。 非がん疾患の緩和ケアはこの数年、研究面では一定の進歩がありました。しかし、がんと比べて全体的に教育・実践のレベルや制度においてはまだまだ課題があるといえるでしょう。 これから始まるこのシリーズでは、主要な非がん疾患の緩和ケアについて学んでいければと思います。 本文で使用した略語一覧(本文登場順)NMRD:non-malignant respiratory disease(非がん性呼吸器疾患)ALS:amyotrophic lateral sclerosis(筋萎縮性側索硬化症)HIV:human immunodeficiency virus(ヒト免疫不全ウィルス)ADL:activities of daily living(日常生活動作)CKM:conservative kidney management(保存的腎臓療法)ESKD:end stage kidney disease(末期腎不全患者)EOL:end of life(エンドオブライフ)GSF-PIG:GSF-prognostic indicator guidanceSPICT:supportive and palliative care indicator toolNRS:numerical rating scale(数値的評価スケール)IPOS:integrated palliative care outcome scalePAINAD:pain assessment in advanced dementia scaleRDOS:respiratory distress observation scaleNSAIDs:non-steroidal anti-inflammatory drugs(非ステロイド性抗炎症薬) 執筆:平原 佐斗司東京ふれあい医療生活協同組合 研修・研究センター 1987年に島根大学医学部卒。現在、東京ふれあい医療生活協同組合 研修・研究センター長ならびに、同オレンジほっとクリニック 地域連携型認知症疾患医療センター長として在宅医療、認知症診療に従事。専門は、在宅医療、非がん疾患の緩和ケアで、研修・研究センターでは在宅医療専門医・指導医として、多くの在宅専門医の育成を行う。学会活動では、日本在宅医療連合学会 代表理事、日本認知症の人の緩和ケア学会 理事長、日本エンドオブライフケア学会 副理事長を務めている。 編集:株式会社照林社 【引用文献】1) Lynn J:Perspectives on care at the close of life. Serving patients who may die soon and their families.The role of hospice and other services.JAMA 2001;285(7):925-932.

【EB難病看護事例】「知られていない」がゆえに届かない看護 制度解釈の課題
【EB難病看護事例】「知られていない」がゆえに届かない看護 制度解釈の課題
特集
2026年2月10日
2026年2月10日

【EB難病看護事例】「知られていない」がゆえに届かない看護 制度解釈の課題

「指定難病のなかで訪問看護を必要とする疾患は?」と聞かれると、多くの人はパーキンソン病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの神経系難病を思い浮かべるかもしれません。一方で、希少難病を抱える方々も訪問看護を必要としており、病状によっては毎日の訪問看護が欠かせない場合もあります。それにもかかわらず、現在の制度ではこうしたニーズに十分応えられていないのが実情です。今回は、希少難病の1つである「表皮水疱症(epidermolysis bullosa:EB)」を例に、この課題について考えてみたいと思います。 表皮水疱症(EB)とは EBは遺伝性疾患であり、表皮と真皮を接続させるタンパク質の遺伝子に異常があります。そのため、皮膚そのものが非常に脆弱で、軽微な外力で全身の皮膚や口腔粘膜などに水疱やびらんが生涯にわたって生じます。特に足趾や手指など日常的に外力の加わる部位は、深い潰瘍を形成し、癒着することもあります。さらに、びらんした全身の皮膚からは常に血液や滲出液が漏れ出るため、慢性的な貧血や低栄養を伴うことに加えて、合併症による皮膚がんで生命を脅かされることも少なくありません1)。日本における患者数は、約500~1,000名と報告されていますが、難病法における医療費助成受給者証を取得されているのは約300名です2)。 EBの治療/対症療法について 筆者によるこれまでの研究では、EB専門医は非常に少なく、診断後の病状に応じたケアや合併症予防のための積極的な介入はあまり行われていません。主に皮膚ケアに必要となる「ガーゼや創傷被覆材などの処方」が中心となっていました。 現状、病状管理について相談しやすい医療環境とはいえず、家族は在宅生活のなかで日々絶え間なく生じる皮膚病状と対峙し、ケア方法を手探りで模索し続けています。ご存じのとおり、皮膚は身体最大の臓器であり、病状が全身に及ぶ場合、1日の多くの時間がケアに費やされます。皮膚ケアだけでなく、入浴や食事、病状を悪化させないための衣類や寝具の工夫、移動の介助など、EBケアは生活全般にわたるのです。これらの膨大なケアは、今もなお家族の孤軍奮闘によって支えられています。 事例:Kさん(高校生)の皮膚ケアの実際 では、EB患者さんの皮膚ケアとはいったいどのようなものなのでしょうか。高校生のKさんの事例をもとに実際を紹介します。Kさんは全身の皮膚や口腔粘膜などに病状があり、指趾の癒着もあるため、皮膚ケアのみならず日常生活すべてに支援が必要です。 現在、入浴を含めた全身の皮膚ケアは、週3回行われています。このケアには、Kさんの母親、祖父母のどちらか、さらに訪問看護師が参加し、計3人で実施しています。ケアには1日4時間以上かかりますが、訪問看護師が参加できるのは利用時間の1時間半のみです。 以下の語りは、皮膚ケアを担っておられるKさんの母親のものです。 「(訪問看護師が入る)1時間半の後ね、右足だけやりはって、包帯巻くとこまでいかないの。その1時間でやっとできるのが、血を抑えるのと薬塗んのんと水疱を潰すっていうところ、しかも右足だけ。右足と右手か。右半分を彼女たち(訪問看護師)に任して、左半分を私がして。おばあちゃんは(水疱の中の水を)抜いたりはできない。だからそれこそ、おばあちゃんが、なんか、よく見てるし、そのもう1人の人のこともよく知ってるから、そろそろテープ要るなとか、あと4枚ガーゼが足らんなとか分かるみたいで、うん、で、先々にやってくれてすごい助かるんやけど」2)。 皮膚ケアには多くの時間・人手が必要 皮膚ケアは、Kさんの身体の左右に分かれて、母親と訪問看護師によって同時進行で進められていきます。祖父母たちはケアの進行具合に応じて、テープをカットしたり、ガーゼを準備したりしています。 当然、病状は日々変化します。そのため、全身の皮膚病状に応じて軟膏やガーゼ、創傷被覆材の種類を変える必要があります。また、ガーゼや創傷被覆材は体の動きに追従するよう固定を工夫しなくてはなりません。出血や滲出液があるため、入浴日だけでなく、毎日ガーゼや創傷被覆材の交換が必要です。このように、Kさんの皮膚ケアには時間も人手も多くが求められます2)。 生命予後の改善と医療・福祉サービスの役割 これまで、病状が重いEB患者さんは、びらんした皮膚からの感染症や、皮膚がんの発症によって短命となるケースが多くみられました。そのため、EB患者さんを対象とした看護学研究は、まずは生命を維持し、在宅での生活が継続できるよう家族の存在を前提としたものでした3),4),5)。 しかし近年では、家族による献身的なケアに加えて、病状に応じたさまざまな創傷被覆材の使用や、合併症の早期治療が進められるようになり、生命予後の改善が図られるようになっています。その結果、重度でも成人期を迎えるEB患者さんが増えてきたのです。それは今後、EB患者さんが自立した生活を送るためには、これまで家族が担ってきた役割を、医療や福祉サービスなどが引き受ける必要があることを意味しています。 Kさんの皮膚ケアからも分かるように、EB患者さんの皮膚ケアには訪問看護師による専門的な支援が求められます。しかし、冒頭で述べたように、EB患者さんが訪問看護を毎日利用することは難しい状況にあります。 訪問看護制度における課題 ご存じのとおり、訪問看護を利用する場合、医療保険であれば週3日までです。しかし、以下の条件に該当する場合には、訪問看護の利用日数や回数が大幅に拡大されます6)。  「特掲診療科・別表第7 厚生労働大臣が定める者」(以下、別表第7) 「特掲診療科・別表第8 厚生労働大臣が定める者」(以下、別表第8) 「特別訪問看護指示書」が交付された場合 別表第7について 別表第7では、主に病名が指定されており、神経系難病が多く対象となっています。しかし、そのなかに希少難病であるEBは含まれていません。 別表第8について 別表第8では、医療的ケアが必要な状態にある者が指定されています。そのなかの1つに「真皮を超える褥瘡の状態にある者」があります。EB患者さんたちも病状によっては、全身のさまざまな部位に真皮を超える皮膚病状が存在しているため、この条件に該当するかと思われます。 しかし、「真皮を超える褥瘡の状態にある者」という表現には、いかようにも解釈が可能な曖昧さが含まれています。例えば、「EBの病状はそもそも褥瘡ではないため条件に該当しない」と判断される場合もあれば、「EBの病状も真皮を超えていれば褥瘡の状態と同一であるため該当する」とされる場合もあります。つまり、「真皮を超える褥瘡の状態にある者」という制度的な位置づけは、医療者の解釈によって判断が異なってしまうという現状があるのです。 特別訪問看護指示書について 特別訪問看護指示書は、一時的に病状が悪化した場合に主治医が交付する書類です。重度のEB患者さんの場合、常に真皮を超える皮膚病状が存在していることから、「一時的に」病状が悪化しているわけではないため、その目的から外れるのです2)。 希少難病の共通課題と支援体制 今回、お話しした状況はEB患者さんに限らず、他の希少難病を抱える患者さんたちにも当てはまる可能性が高いと考えられます。希少難病という特性上、患者数が少ないため、これらの問題をまとまった声として社会に伝えることができないかもしれません。今後、希少難病を抱える患者さんの生命やQOL(生活の質)、そして家族との生活が、安定的かつ持続的に維持できる体制の整備が喫緊に求められているのです。  本事例は、本人の承諾を得た上で掲載しています。個人が特定されないよう、必要な情報を匿名化し、適切に調整を行っています。本内容は教育・研究を目的としており、特定の診療や治療を推奨するものではありません。   執筆:戸田 真里京都光華女子大学 看護福祉リハビリテーション学部看護学科在宅看護学、立命館大学生存学研究所 客員研究員日本難病看護学会認定・難病看護師として、病院や在宅支援機関、難病相談支援センターでの勤務を経て、現職。主な著書に『からだがやぶれるー希少難病 表皮水疱症』(生活書院、2024年刊)がある。編集:株式会社照林社 【引用文献】1) 山本明美他編:稀少難治性皮膚疾患に関する診療の手引き.稀少難治性皮膚疾患に関する調査研究班事務局,2011.2) 戸田真里:からだがやぶれる 希少難病 表皮水疱症.生活書院,東京,2024.3) 上嶋仁美:先天性表皮水疱症を有する児の看護.Neonatal Care 1997;10:224-229.4) 中村久美:表皮水疱症児の両親への日常生活指導と訪問看護との連携.日創傷オストミー失禁管理会誌 2014:18(4);354-357.5) 和田実里,中込さと子:栄養障害型表皮水疱症学童の発育過程と皮膚症状ならびに親によるケアに関する記述研究.日遺伝看会誌 2014;12(2):2-17.6) 厚生労働省:訪問看護(改定の方向性).令和5年11月6日.https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001164130.pdf2025/3/31閲覧

【MS難病看護事例】看護ができることが見えにくい 孤立を防ぐかかわりと制度の狭間
【MS難病看護事例】看護ができることが見えにくい 孤立を防ぐかかわりと制度の狭間
特集
2026年2月3日
2026年2月3日

【MS難病看護事例】看護ができることが見えにくい 孤立を防ぐかかわりと制度の狭間

皆さんは「多発性硬化症」について、どのようなイメージをもっていますか?「何となく聞いたことはあるが、どのような病気なのかよく分からない」「ALS(筋萎縮性側索硬化症)やパーキンソン病と同じような難病というイメージ」など、訪問看護師にたずねるとよくこのような答えが返ってきます。今回は多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)を取り上げ、対話を通じた支援により、制度の狭間に陥りやすい対象者が孤立しないようにかかわった事例を紹介します。 多発性硬化症(MS)とは はじめに、多発性硬化症について簡単に説明します。正式名は「multiple sclerosis」といい、その頭文字をとって「MS」と呼んでいます。 症状が多彩で再発・寛解を繰り返す MSは、自己免疫機序の関与によって、視神経・脳・脊髄の中枢神経系に慢性的な炎症を引き起こす神経難病です。視力障害・構音障害・運動障害・感覚障害・歩行障害など症状は多彩で、再発と寛解を繰り返すのが特徴。また、自己管理による再発の予防・制御が難しく、症状の不確かさが顕著なこともMSの特性です。 ライフイベントにも影響 特に20~40代に発症しやすいことから、就労、結婚、妊娠、出産、子育てなど、人生のライフイベントの時期と重なるケースも多く見られます。さらに、MSの症状は外観からは分かりにくく、周囲から理解されにくいことから、ライフイベントやQOL(quality of life:生活の質)に大きく影響を及ぼすことがあるのも大きな特徴の1つです。 治療の進歩により地域での療養が可能に 近年、MSの治療が急速に進歩していることから、それまで入院を余儀なくされていたMSの方も、外来で治療を受けながら、地域で在宅療養や社会生活を送れるようになってきました。退院後、症状が軽い方は外来通院のみとなるため、看護師と出会う機会はほぼなくなります。一方、症状や障害が重く、医療的ケアが必要な方は、訪問看護や訪問リハビリテーション(以下、訪問リハビリ)を利用している方もいらっしゃいます。 * * * 今回は、難病看護師でもある筆者が「お話をうかがう」ことを通してかかわらせていただいている事例を紹介します。なお、本事例については、本人の承諾のもと、一部加工して掲載しています。 事例紹介:A氏(40代、男性) Aさんは、高齢の両親と同居しています。以前は妻・子どもと暮らしていましたが、MS発症後に別居生活となりました。 20代後半のときに手足の感覚に違和感を覚え、急に階段が降りられなくなるなどの症状が出現。近医の整形外科を何度も受診し、MRI検査も行いましたが「原因が分からない」と言われ続けました。そんななか、たまたま脳に関する記事を読んで「もしかしたら」と思い、別の病院を紹介してほしいと依頼し、B病院の神経内科を受診しました。そこでも「今の段階ではよく分からない」と言われ、C大学病院の脳神経内科の紹介を受け、受診した結果、30代でMSの確定診断を受けました。 診断後、しばらくは内服治療を行っていましたが、点滴治療に変更となり、現在は4~6週間に1回通院しています。本人は、「薬が効いている実感がない」と話します。MSの身体障害度を示すEDSS*は7.5、右半身麻痺があり、排尿困難があります。終日電動車椅子を使用し、自力での移乗は不可という状況です。 *EDSS(expanded disability status scale:総合障害度スケール):MSの身体障害度を評価するスケール。障害度は0から10で、0.5ずつ20段階で評価、スコア0は神経機能正常、6以上になると歩行に杖や装具などの補助が必要と評価されます。 Aさんは、30代後半から徐々に症状が悪化し、通勤ができなくなりましたが、在宅ワークに切り替えて仕事は継続できています。歩行ができなくなったため、外出の機会は激減しました。生活や身体介護は、すべて両親が行っています。膀胱留置カテーテル交換のため、医療保険による訪問看護を月約1回の頻度で利用しています。 Aさんが語るさまざまな思い 初回の対話 初めての対話の際は、確定診断を受けたときの気持ちや家族への思いが語られました。「まさか自分がMSになるとは思わなかった。確定したのはいいんだけど、だからといって病気が治るわけでもないので、不安でしかなかった。この病気はとてもつらい病気なので」「こんな病気になってしまって、家族に申し訳ないという思いと、迷惑もかけたくないし、どんどん悪くなる自分の姿を子どもにも見せたくないって、そういう思いしかなかった。結局、この歳で高齢の両親に迷惑や負担をかけることになっちゃったんですけどね。でも、そうするしかないと思って自分で決めたので」 2回目の対話 2回目の対話では、仕事のことや今の「やり場がない」思いが語られました。「何よりも自分の体が動かないってことが一番ストレスなんでね。迷惑をかけて生きるっていうのが一番嫌なので。死ねるなら、ほんと死にたいなって思いもあるし。人間で生きていられること、自分で動けるってことが生きてるってことだと思うので。今はもう自分1人では何もできないし、どこにも行けないし、自分がやりたいって思ったことができないんで。正直、生きてるっていう意味では半分くらいじゃないかなって思う。なので、生きる権利を保障するためにも“安楽死”の制度があったらいいなと思う」「ちょうど社会的にも、こういう障害をもった人を雇いなさいっていうタイミングがあったじゃないですか。会社に義務も課せられて。それもうまく重なって、在宅ワークに移ることができたって感じだと思う。ただ怖いのは、人間、本音と建前があるじゃないですか。だから、鵜呑みにはせず、なるべく会社の役に立つようにと思って、最初は週1~2日くらい顔を出してたんですけど、途中から症状がどんどん悪くなってしまい、最近は会社に行くこともできなくなってしまった」 3回目の対話 訪問看護師のことや今後についての思いが語られました。「それでも、まだね、特に両親のおかげで一日一日過ごすことができている。正直言うと、ここまで自分の意思がしっかりしてると自分でも想像していなくて、20××年頃には、もう寝たきりになっているんじゃないかなって思ってたので。でも、将来への不安はずっとあるし消えることはない」「訪問看護師には話していない。というか、話せる雰囲気ではない。MSのこともよく知らない感じだし。毎回『体調はどうですか』って聞かれるけど、大丈夫なはずがない。自分の思うように体が動かないとか、それって自由がないってことだと思うんですよね。だから、時々言い方もきつくなったりして。申し訳ないなと思うんですけど」 寄り添い理解し最善をともに考える 私が行っている支援は、本人の気持ちに真摯に向き合い寄り添い、思いを受け止め、常に一緒に考える姿勢をもち続けることです。また、病状進行に伴う生活のしづらさ、本人の価値観や考え、希望を理解し、ともに「最善」を考えていくことです。 この方の場合、障害者総合支援法が活用できますが、利用への葛藤があり、導入に至っていません。むしろ、今一番望んでいることは「MSの症状とこの体で日常生活を送るための個別に応じた具体的指導や助言(食事・栄養面、入浴方法、睡眠、生活動作、随伴症状を和らげる工夫など日々の細々したこと)」「じっくりと話を聞いてくれる専門職」なのです。 MSは生涯にわたり付き合っていく疾患であり、病気の経過は一様ではありませんが、難病看護は決して特別なものではありません。しかし、このようなケースは支援の狭間に陥りやすくなるため孤立させないよう本人の憂慮する思いに対話を通して支援を行っています。 本事例を通して、MSの方の看護・支援について考えていただき、皆さんの今後の難病看護や訪問支援活動の一助となってもらえれば幸いです。   本事例は、本人の承諾を得た上で掲載しています。個人が特定されないよう、必要な情報を匿名化し、適切に調整を行っています。本内容は教育・研究を目的としており、特定の診療や治療を推奨するものではありません。   執筆:牧 千亜紀東京医療保健大学立川看護学部 看護学科 地域・在宅看護学領域日本難病看護学会認定・難病看護師行政保健師として難病保健事業や支援活動を担当したことが契機となり、現在は「地域における難病支援」をテーマに調査研究活動を行う。編集:株式会社照林社

患者視点で取り組む腹膜透析患者の生活支援とセルフケア指導の実際
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特集
2026年2月3日
2026年2月3日

患者視点で取り組む腹膜透析患者の生活支援とセルフケア指導の実際

高齢化の進行とともに、在宅医療の重要性が増すなかで、腹膜透析(Peritoneal Dialysis:PD)は、患者さんの生活の質(QOL)を維持しながら続けられる腎代替療法として改めて注目されています。しかし、安定した治療には、本人やご家族の理解、セルフケア能力に加え、医療者による継続的な支援が不可欠です。本稿では、PD療法を受ける患者さんの生活支援とセルフケア指導について、訪問看護師と基幹病院の連携を軸に、当事者の視点を重視した支援のあり方を考察します。 腹膜透析(PD)患者の生活管理における支援 PD患者の生活管理は、「医療」と「日常生活」が密接に結びついている点に特徴があります。透析液の交換や出口部の管理、手技の清潔保持など、日常的に行う行為が直接的に治療の質にかかわります。 ここで重要なのは、患者さんの日常生活を理解した上での指導と支援です。たとえば、視力や手指の巧緻性に問題を抱える患者さんには、PDを行う部屋の明るさや手指の清潔保持の工夫が必要です。また、家庭内の空間や生活動線を観察し、最適な透析スペースの確保や感染リスクの軽減策を提案することも訪問看護師に求められる、かつ訪問看護師にしかできない役割です。 さらに、高齢PD患者さんでは、生活全体の「フレイル予防」や「転倒予防」も重要です。適度な運動の指導や食事内容のチェック、服薬状況の確認など、PD療法の枠を超えた包括的な生活支援が、生活の安定化、ひいてはPD治療の安定化につながります。訪問看護師がこれらのニーズに気づき、地域の医療資源や介護サービスとの連携を調整することが、患者さんの生活を守る要となります。 セルフケア指導と家族教育の工夫 PDのセルフケアには一定の技術と衛生管理が必要ですが、それ以上に大切なのは、患者さんとご家族がその意味を理解し、必要性に納得して実践できることです。手技の必要性を十分理解できていないと、技術的には可能でも、その段階をスキップし、治療に問題を起こし合併症につながる、といったことにもなりかねません。 基幹病院では、導入時の入院中に十分な教育が行われますが、退院後の継続的なフォローやフィードバックも同様に重要です。ここで訪問看護師が果たす役割は大きく、以下のような支援が効果的と考えます。 ●視覚的・体感的な指導文字や口頭で伝わりにくい部分は、実際の動作を一緒に行いながら確認し、分かりやすく指導します。使用する物品の配置や動線もともに確認することで、生活に即した工夫ができます。 ●「できること」に着目する支援できないことばかりに目を向けるのではなく、できることを評価し、徐々に自己管理の幅を広げていきます。こうしたかかわりが、患者さんの自信とモチベーションの維持につながります。 ●家族との対話を重視家族が過剰な負担感を持たずに関われるよう、役割分担や休息の確保を意識した支援を行います。特に高齢の配偶者が介護を担うケースでは、無理のない協力体制を築くことが継続の鍵となります。これは、患者さんの生活に身近な訪問看護師の「現場の眼」があってこそ実現する支援の一つです。 * * * PDを継続するなかで、不安や疑問が生じることは避けられません。そうしたときに「すぐ相談できる人がいる」という安心感が、患者さんやご家族のセルフケア力を下支えします。訪問看護師はその 「つなぎ役」として、基幹病院との情報共有や、タイムリーな報告・相談を担うことが求められます。そして、この支援体制の確立と維持は、PD療法の継続において不可欠です。 このような連携をより円滑に行うための手段として、近年では、医療情報をリアルタイムに共有できる情報通信技術(ICT)を活用したアプリケーションの導入が進んでいます。画像や動画を用いた情報のやり取りや、双方向性のコミュニケーションによって、基幹病院との効率的な連携が可能となっています。 基幹病院との連携で支える「生活に根差したPD」 PD療法は、「治療」ではありますが、「暮らしのなかで営まれる医療」であるともいえます。そのため、患者さんの生活に密着した視点と、医学的・専門的な視点とのバランスが求められます。 基幹病院は治療の安全性や技術的指導において中心的役割を担い、訪問看護師は先述したとおり、「その人らしい生活」を維持するための「現場の眼」として、PD治療において不可欠の存在です。 例えば出口部の感染が疑われた際には、単に処置を行うだけでなく、生活習慣や清潔行動の背景を踏まえた改善策を患者さんに提案しましょう。また、基幹病院には、感染の事実を報告するだけでなく、必要に応じて情報を共有し合うなど、双方向の支援体制を築いていくことが理想です。 この点については、ICTツールを活用することで、訪問看護の内容を写真つきで共有したり、病院からの指示をリアルタイムで確認できたりする体制が整いつつあります。病院-訪問看護-患者・家族が一体となってPD治療を支えられるようになってきたといえるでしょう。 おわりに 腹膜透析は、患者さん自身がご家族や訪問看護師、基幹病院の協力のもと、なるべく透析前に近い生活を取り戻すための治療であり、「在宅医療の未来」を象徴するものともいえます。患者さんの視点に立ち、セルフケアと生活支援の両輪で支えることが、PD療法の安定継続と患者さんの満足度につながります。 訪問看護師の温かいまなざしと専門性、そして基幹病院との協働が、「腎代替療法の一治療形態」としてではなく「暮らしを支える生活の一部としての腹膜透析」を実現する鍵となるでしょう。   執筆:上村 太朗松山赤十字病院 腎臓内科 部長2001年 愛媛大学医学部卒業関西圏の市中基幹病院で研修2005年 松山赤十字病院入職2016年 松山赤十字病院腎臓内科部長前任部長・原田篤実より受け継いだラストマンシップを診療の軸に、地域と連携し、すべての腎臓病患者さんが困らない医療を心がけています。編集:株式会社照林社

【SCD難病看護事例】難病だけではない 介護職との連携、別疾患発症から看取りまで
【SCD難病看護事例】難病だけではない 介護職との連携、別疾患発症から看取りまで
特集
2026年1月20日
2026年1月20日

【SCD難病看護事例】難病だけではない 介護職との連携、別疾患発症から看取りまで

今回は、脊髄小脳変性症(spinocerebellar degeneration:SCD)を患い、侵襲的人工呼吸器を装着している療養者と、介護を担う高齢家族および介護職員へのアプローチを紹介します。介護職員による医療的ケアに伴う課題の解決や、別の疾患を発症したことで療養生活に生じた変化にどのように対応したかに焦点を当て、行政を含む多面的な連携の実践例をお伝えします。 脊髄小脳変性症(SCD)とは SCDは、主に小脳の神経細胞が変性して現れる症状を中心とした神経変性疾患の総称です。「歩行時にふらつく」「呂律が回らない」「不規則に手が震える」などの症状が出現し、進行していきます。また、SCDは孤発性(非遺伝性)と遺伝性の2つに大きく分けられ、孤発性は全体の約7割で、残り3割が遺伝性です。 事例紹介:Aさん(70代、女性) Aさんは、SCDと診断されてから7年後に気管切開を行い、侵襲的人工呼吸器を導入しました。現在は70代の夫と2人暮らしをしています。別居の長男、長女がいますが、それぞれ仕事の都合や遠方に住んでいるため、介護の協力は得られません。主介護者は夫です。夫は、高血圧や尿管結石といった持病を抱えています。定期的に外来通院をしていますが、病状の悪化により、入院治療を受けた既往もあります。 Aさんは医療保険を利用し、以下のサービスを受けています。訪問看護:週2回訪問リハビリテーション(以下、リハビリ):週1回訪問診療:3週に1回訪問入浴:週1回訪問介護:日中毎日、夜間週3回 在宅難病療養者への支援体制 在宅難病療養者のAさんが住み慣れた地域で自分らしく生活できるよう、各分野の専門職だけでなく、行政や地域を含めたチームが一丸となって支援を行っています。 Aさんと夫(介護者)の思いを尊重し、介護負担の軽減を図りながら、Aさんが安心・安全かつ快適に過ごせるよう、社会資源を活用することが大切です。具体的には、さまざまな訪問系サービス事業所の介入や在宅難病患者一時入院事業によるレスパイトケア入院の利用などがあります。 長期療養による課題と現状 しかしながら、長期にわたる療養や病状の進行、併発する(併存)疾患、新たな疾患の罹患などにより、医療処置が必要となる場面も増えていきます。夫はいつまで続くのか先の見えない、24時間絶え間なく続く介護に対し、精神的にも肉体的にも疲弊してしまうこともあり、夫自身の健康管理もままならず、十分な介護負担の軽減が実現できない現状もありました。 本事例で取り上げる2つのアプローチ 今回は、侵襲的人工呼吸器を装着するSCD療養者のAさんに対して、以下の2つのアプローチを行いました。 ●介護職員による医療的ケアの支援医療的ケアを他者に委ねたいというAさんと家族の思いを尊重し、行政をはじめとした関係機関の介入も含め、介護職員による支援体制を整備しました。 ●別疾患に罹患し、診断を受けてから看取りに至るまでの支援予期せぬ別疾患の発症が療養生活に大きな影響を与えました。これまで穏やかだった日々が、突然目まぐるしい日々へと変化したのです。この突然の変化に対応するため、Aさん、夫、サービス事業所のスタッフに対する支援を行いました。 介護職員による医療的ケアの実施と体制整備 喀痰吸引や胃瘻からの栄養剤注入は研修を受けた介護職員が行っていました*。しかし、その他の医療的ケア(例えば、気管切開部や胃瘻部の処置など)はAさんの夫や訪問看護師が行っていたため、大幅な負担の軽減には至らず、介護職員からも「自分たちが行えるケアについて知りたい」との意見がありました。 *喀痰吸引および経管栄養は研修を修了し、認定証の交付を受け、登録事業者として登録済みの施設で勤務していることを要件に実施可能 県庁や市役所への確認と対応 そこで、県庁の担当者に以下の2点を確認しました。  医療的ケアに該当する業務の再確認 特例として介護職員が医療的ケアを行うことの可否 担当者からは「特例はない」との回答があり、加えて「関係職種の業務内容を整理し確認してみてはどうか」と助言されました。その後、関係各所とカンファレンスを行うなかで、夫から「胃瘻からの内服薬の注入(内服注入)を介護職員にお願いしたい」という意向が示されました。この要望を受け、Aさんが居住する市役所の担当者に「介護職員が胃瘻からの内服注入を行えるか」と確認したところ、以下の条件を満たす場合に認められるとの回答を得ました。  主治医の許可があること 内服薬は分かりやすく一包化され、簡単な手技で注入できること 本人または家族の同意があること これらの条件をふまえ、訪問看護スタッフでカンファレンスを行い、訪問看護師の役割を整理していきました。 手順書作成と介護職員への指導・緊急時対応の整備 主治医に介護職員による内服注入の承諾を得た後、訪問看護師は、実際にAさんに行っている胃瘻からの内服注入の手技を確認しました。そして、写真や注意点を盛り込んだ手順書を作成し、それをもとにチェックリスト(図1)も作成しました。 訪問看護師が介護職員とともに手順書を確認しながら、内服注入の指導を行いました。そして、指導看護師(介護職員等たん吸引等実施研修会に係る指導者講習会を修了した看護師)がチェックリストに沿って介護職員の手技を確認・評価します。さらに、1ヵ月ごとに手技の確認を行い、緊急時に介護職員が対応できるよう、緊急時フローシートの作成も進めていきました。 図1 内服注入のチェックリスト 別の疾患に罹患。診断から看取りまでの支援 侵襲的人工呼吸器の導入から6年後の3月下旬に、Aさんにビリルビン尿、皮膚黄染が出現しました。採血した結果、肝胆道系酵素の値が上昇しており、明らかな異常値を示したため、入院精査をすすめられました。しかし、夫はAさんの身体に負担のかからない、在宅でできる治療を希望されたため、外来でCT検査を実施しました。その結果、黄疸の原因は腫瘍である可能性が高いことが示唆され、主治医から「黄疸の進行が速いと、予後は月単位以下の可能性がある」と説明されました。 訪問看護の回数を増やして対応 夫からは「どのくらいの期間で黄疸が進んでいくのか」「どのようなことに気を付けて過ごせばよいのか」という質問がありました。また、介護職員からは「夫が眠れていない、食欲がない」などの情報提供があり、夫だけでなく、介護職員自身も不安を感じているようでした。 これを受けて、訪問看護スタッフ間でカンファレンスを行い、情報を共有するとともに、訪問看護の回数を増やすことにしました。夫の同意を得た上で、以下のように訪問回数を変更しました。  4月初旬:週2回から週3回に変更 4月中旬:週3回から週5回に変更 図2 Aさんの経過 家族支援への取り組み 訪問看護を増やすことで、別の疾患に罹患したことによる病状変化への対応や、日々変化する病状についての説明、不安の軽減など、家族支援に努めました。具体的には、発熱、下血、尿量減少といった病状変化への対応や病状の経過、今後起こり得る変化について説明し、家族の不安を受け止め、寄り添いながら支援しました。 終末期に関する介護職員への教育 また、終末期についての知識が不足している介護職員に対しては、終末期にたどる経過や症状について説明を行い、症状出現時の対処方法を指導しました。その際に、「些細なことでも気になることがあれば訪問看護師に報告すること」「常時対応できる体制を整えているので、いつでも連絡できること(24時間緊急時対応)」を繰り返し伝えていきました。 緊急時対応と家族への説明 別の疾患に罹患してから看取りまでの1ヵ月間で、症状の出現や状態報告に関する緊急連絡は9回、病状変化や医療機器のトラブルに関する緊急訪問は3回ありました。看取りの3日前には、現状を家族に説明し、症状の変化以外にも不安なことや心配なことがあった場合には直ちに訪問看護師に連絡するよう伝えました。また、再度自宅での看取りの意思を確認し、エンゼルケアの内容について説明を行いました。その後、Aさんは家族に看取られ、穏やかな最期を迎えられました。 難病看護における支援のポイント 「住み慣れた自分の家で自分らしく過ごしたい」「本人の思いを尊重し、本人らしく過ごしてほしい」という、療養者本人とその家族の思いを尊重し、安心・安楽に過ごせるよう支援していくことが大切です。そのために以下の取り組みが必要でしょう。  療養者の変化に迅速に対応し、そのつど適切なケアを提供する 介護者の思いの本質を明らかにし、柔軟に療養支援体制の変更を考慮する 在宅ケアチームが一丸となり、支援する   本事例は、本人の承諾を得た上で掲載しています。個人が特定されないよう、必要な情報を匿名化し、適切に調整を行っています。本内容は教育・研究を目的としており、特定の診療や治療を推奨するものではありません。   執筆:片桐 恵社会医療法人若竹会 ゆうあい訪問看護ステーション日本難病看護学会認定・難病看護師大学病院など病院勤務を経て2007年より現職。3学会合同呼吸療法認定士、在宅褥瘡予防・管理師。編集:株式会社照林社 【参考文献】○王麗華,木内妙子,小林亜由美,他:在宅看護現場において求められる訪問看護師の能力.群馬パース大紀 2008;6:91-99.○阿部まゆみ:神経難病の緩和医療とホスピス.医療2005;59(7):364-369.

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