記事一覧

感染クラスター対応をゲームで疑似体験!「クラスター8」体験レポート
感染クラスター対応をゲームで疑似体験!「クラスター8」体験レポート
特集
2026年8月12日
2026年8月12日

感染クラスター対応をゲームで疑似体験!「クラスター8」体験レポート

「施設で新型感染症のクラスターが発生。しかも施設長は感染して不在——さあ、どうする?」。そんな緊迫の状況をカードゲームで疑似体験できるワークショップが、第8回日本在宅医療連合学会大会(2026年7月4日・5日、札幌)で開催されました。その名も「感染クラスター乗り切り体験ゲーム『クラスター8』」。実際にプレイヤーとして参加したNsPace編集部が、ゲームの様子と学びをレポートします。 「クラスター8」とは?現場の声から生まれた体験ゲーム クラスター8は、介護施設での感染クラスター発生時の対応を、チームで疑似体験するボードゲーム型の研修ツールです。開発の中心となったのは、コロナ禍で数多くの施設の感染対応を支援してきた医療・介護の実践者集団「一般社団法人KISA2隊(キサツ隊)」。「issue+design」との共同開発により、現場で見てきた工夫や失敗の教訓を集めて作られたといいます。 印象的だったのは、冒頭で語られた開発の動機です。クラスターの被害は感染者数だけでは語れません。感染対応を優先するあまり利用者さんのADL(日常生活動作)が低下してしまう、スタッフが疲弊して離職につながる、チームの人間関係が壊れてしまう——。そうした「二次被害」も含めて危機をどう乗り切るかを、安全な場で体験してもらいたい。ゲームにはそんな願いが込められています。 ゲームの舞台は「施設長不在の小規模施設」 ゲームの舞台は、利用者さん10名を職員6名で支える小規模な介護施設です。ある日、施設長が新型ウイルス感染症に感染して自宅隔離となり、残された職員だけでクラスター対応に立ち向かう——という設定で始まります。参加者は4人1組のチームとなり、それぞれ「医療職員」「介護職員」「ケアマネジャー」「感染対策委員」の役割を担当。感染発生からの8日間をターン制で進めていきます。ルールの骨格はシンプルです。 チーム共通の目標は「施設全体の感染者を一定数以下に抑える」こと 各自にはそれぞれ役割に応じた個人目標がある(職員の感染を防ぐ、利用者さんのADLを守る、職員の元気度を保つ…など) 毎ターン、20種類の「アクションカード」から実行する行動を最大3つまで選ぶ アクションには実行に必要な職員数があり、職員が感染すると打てる手がどんどん減っていく そして意地悪なことに、20種類のアクションの中には「実はあまり効果がないもの」も紛れ込んでいます。限られた人手で何を優先するか。チームの合意形成そのものが、このゲームの本体です。 体験して分かった「合意形成」の難しさ 編集部も1つのチームに入って参加しました。実際にやってみると、これが想像以上に悩ましいのです。 感染拡大を抑えたい医療職視点では、消毒やゾーニングを優先したい。一方で、利用者さんの生活を守る介護職視点では、隔離や制限ばかりだと個人目標のADLが守れない。職員の元気度を担当するメンバーからは「その前に職員が倒れます」と“待った”がかかる。それぞれの正義がぶつかる中で、3枚しか選べないカードをどれにするか——制限時間は刻一刻と減っていきます。 ゲームの結果は、チームの選択によって「グッドエンド」から「バッドエンド」まで複数のエンディングに分岐します。感染は抑えたのに利用者さんのADLが大きく低下し、職員の離職が始まってしまう、という苦いエンディングもあり、「感染者数さえ抑えればよいわけではない」という開発者のメッセージがここにも表れていました。 答え合わせで学ぶ、初動対応のポイント ゲーム後の解説パートでは、推奨される対応が具体的に示されました。詳細は割愛しますが、編集部が特に持ち帰りたいと感じたポイントを3つご紹介します。 (1)最初にやるべきは「指揮系統の明確化」 責任者が不在でも対応が止まらないよう、誰が判断し、誰に確認するのかをまず決める。指示待ちによる初動の遅れが、その後の展開を大きく左右します。 (2)ご家族への連絡は「有事の前」から 有事の連絡だけでは、ご家族の不安は募るばかり。平時から「何もないとき」にも連絡を取り、信頼関係を築いておくことで、緊急時の連絡も前向きに受け止めてもらえる、という指摘にはハッとさせられました。 (3)「よかれと思った対策」にも落とし穴がある 一見有効に思える対策でも、使い方や場面によっては逆効果になり得るものがあります。たとえば仕切りの設置が換気を妨げてしまうケースのように、「その対策は何のためか」を理解して選ぶことの大切さが強調されていました。 訪問看護ステーションでも「避難訓練」を 主催者が繰り返し語っていたのは、「これはあくまで疑似体験、いわば避難訓練です」ということ。本番はもっと過酷で、時間も情報も足りない中での判断を迫られます。だからこそ、平時に安全な場で「チームで決める」経験をしておくことに価値があるのだと感じました。 また、このゲームは医療職と介護職の合意形成ツールとしての側面も持っています。医療の正義と生活の正義、どちらも大切だからこそぶつかる。その調整を疑似体験できる研修ツールは、訪問看護ステーションと連携先の施設・事業所が合同で取り組む研修としても効果的だと感じました。 BCP(業務継続計画)は作って終わりになりがちです。自分たちの計画が本当に機能するのか、ゲームという形で点検してみる。そんな選択肢があることを、多くの事業所の方に知っていただきたいと感じた90分でした。 【参考文献】 第8回日本在宅医療連合学会大会運営事務局:「ワークショップ・交流集会・ハンズオンセミナー(事前予約)」.第8回日本在宅医療連合学会大会.https://www.aeplan.jp/jahcm2026/workshop/ 2026/8/6閲覧 一般社団法人KISA2隊:「感染クラスター8|感染対策研修をゲームで楽しく実施する!」.一般社団法人KISA2隊ウェブサイト.https://kisa2tai.or.jp/lp/cluster8/ 2026/8/6閲覧 厚生労働省老健局:「介護現場における感染対策の手引き 第3版」.厚生労働省ウェブサイト.令和5年9月.https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001149870.pdf 2026/8/6閲覧 厚生労働省:「介護施設・事業所における業務継続計画(BCP)作成支援に関する研修」.厚生労働省ウェブサイト.https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/douga_00002.html 2026/8/6閲覧

心温まるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
心温まるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
特集
2026年8月7日
2026年8月7日

心温まるエピソード【つたえたい訪問看護の話】第3回vol08

訪問看護の現場では、利用者さんやご家族との日々の関わりのなかで、その人らしさや大切にしてきた思いに触れる瞬間があります。今回は、「みんなの訪問看護アワード2025」に寄せられた投稿のなかから、利用者さんと訪問看護師の間に生まれた、忘れがたい5つのエピソードをご紹介します。 「筆が引き出すあのころの顔つき」 「もう、心も体も衰えました」と繰り返し話していた90代のAさん。かつて親しんだ筆を手にした瞬間、その表情は凛と引き締まり、迷いのない筆運びで作品を書き上げました。Aさんのなかに今も息づいていた力と、娘さんが懐かしい母の姿を見つけたエピソードです。 90代のAさんは、訪問するといつも笑顔で「私はもう、心も体も衰えました」と繰り返し話していました。そんなある日、足腰が弱り、自分では上がれなくなっていた2階へ、介助のもとで一緒に上がることになりました。案内していただいたのは、かつてAさんが使っていた部屋です。壁には、額に入れられたたくさんの習字や刺繍の作品が飾られていました。そこは、Aさんの生きてきた時間が詰まったような部屋でした。Aさんが以前、習字をしていたことは聞いていました。しかし、Aさんはいつも、「もう衰えて、指も曲がってしまったから、習字はできませんわ」と話していました。部屋で習字道具を見つけた私は、「やってみませんか」と声をかけ、1階の部屋まで運びました。「あきません。もうできません」Aさんは首を横に振りました。それでも私は、「私にも教えてほしいんです」とお願いし、墨汁を用意して筆を手渡しました。すると、Aさんの目の色が変わりました。すっと立ち上がり、背筋をぴんと伸ばして半紙に向かいます。そこには、気迫さえ感じさせる凛とした姿がありました。Aさんは、迷いのない筆運びですらすらと文字を書き上げ、最後に自らの雅号を添えました。そして、完成した作品を見つめながら、さまざまな感情が込み上げたように涙ぐんでいました。後日、筆を持つAさんの写真を娘さんに見ていただくと、「私が幼いころ、母はとても厳しい人でした。あのころのような、きりっとした表情を引き出してくださって、とてもうれしいです。こんな顔、久しぶりに見られました」と、喜びの言葉をいただきました。その後、Aさんの「もう衰えました」という言葉には、昔のように誰かのために何かをしたくても、思うようにできないもどかしさが込められていたのだと分かりました。 2025年1月投稿 「最期の願いを託した両親への手紙」 病状が進行するなか、ご両親への手紙を書きたいと願った38歳の佐藤さん。痛みや倦怠感が強まるなかでも少しずつ言葉をつづり、家族への感謝と思いやりを一通の手紙に託しました。その手紙が、今もご両親の心を支えているエピソードです。 佐藤さんは38歳。直腸がんが全身に転移し、ご家族は医療者から、予後が数カ月程度と見込まれると説明を受けていました。ご本人に病状をどのように伝えるかについては、ご家族と医療・ケアチームで慎重に話し合われていました。リハビリに取り組んでいたある日、佐藤さんから声をかけられました。「オレ、両親に手紙を書きたいんだ。協力してくれないかい?」薬の副作用もあり、痛みや倦怠感が強まり、体調は悪化し続けましたが、それでも佐藤さんは決して諦めることなく「やるんだ!」と、まさに決死の思いで書き上げました。完成した手紙には、自分が家族より先に旅立つことへの悲しみとともに、ご両親やご兄妹への最大級の感謝と、ご両親のこれからを気遣う言葉が綴られていました。「僕が亡くなったら家族に渡してください」そう約束した6日後、佐藤さんは亡くなりました。まだ温かい彼に手を合わせ、ご両親に手紙をお渡ししました。四十九日が過ぎたころ、ご両親にお会いすると、手紙を振り返りながら「ちゃんと分かっていたんだね」「私たちのこと心配してくれていたから、元気でいなくてはね」と目に涙を浮かべながら、小さく笑顔を見せてくださいました。佐藤さん。あなたが残した手紙は、今でもご両親を支えていますよ。 2025年1月投稿 「どうか最期まで満面の笑顔で」 表情や左手の動きで、豊かに気持ちを伝えていたTさん。満面の笑みは、関わる人たちの心を和ませていました。やがて表情が少なくなっていくなか、最期のときを迎える直前に見せた、穏やかなほほ笑みが心に残るエピソードです。 高次脳機能障害と右半身麻痺のあるTさん。失語により言葉を理解しているかどうかの判断も難しい状況で、意思表示の手段は、表情と動かせる左手の動きのみでした。移乗は断固拒否され、寝たまま左手で食事をする生活を20年程続けていました。好き嫌いがはっきりしていたTさんは、受け入れにくいことがあると、表情や動かせる左手で強く気持ちを示すことがありました。一方、うれしいときには満面の笑みを浮かべ、涙を流したり、握手を求めたりすることもありました。そうした豊かな感情表現と笑顔には、周囲の人の心を和ませる不思議な力がありました。だんだんと食が細くなり痩せ細るTさん。以前のように強く気持ちを表すことも少なくなり、力なく笑うようになっていきました。満面の笑みを見ることはなくなり、つらさからか泣くことも増えていきました。段々と表情も乏しくなるなか、最期のときを迎える直前、看護師の顔を見て微笑んだTさん。まるで「ありがとう」と伝えてくれているような穏やかな表情を見て、穏やかな気持ちになりました。Tさん、これからも大好きなパンと巻き寿司を口いっぱいに頬張りながら、あの素敵な笑顔で過ごしてね。 2025年1月投稿 「木曜日の午後2時」 がんの終末期を自宅で過ごしていた正義さんは、体調が変化しても、外を歩くことを楽しみにしていました。亡くなる2週間前まで一歩ずつ散歩を続け、いつも笑顔を見せていた正義さん。後になって知った「木曜日の午後2時」への思いに、訪問看護師の胸が熱くなったエピソードです。 がん終末期に病院を退院した正義(まさよし)さん。とてもダンディで心温かく、まるで正義の味方のような方でした。退院してから少しずつ元気になり、ベッド中心の生活から次第に歩けるようになりました。私が選んだウォーカーをとても気に入ってくださり、どんどん歩ける距離も伸びていきました。その姿は、腰椎に転移があるとは思えないほどでした。夏には1キロメートル近く散歩できました。足の悪い私は、スタスタ歩く正義さんについて行くのが大変なこともありました。秋の終わりになると、足がむくみ始め、重さも増して歩くスピードも遅くなりました。冬になっても、雨さえ降っていなければ、どれだけ寒い日でも「少しだけお付き合いください」と言われ、一緒に歩きました。吐く息が真っ白になるほど寒い日でも「風が気持ちいいですね」と笑っていました。正義さんと一緒に春を迎えられるとは、思っていませんでした。足は大きくむくんでいましたが、それでも正義さんは「外にでたい」と話し、私たちは一緒に20メートルほど歩きました。体はつらそうなのに嬉しそうでした。亡くなる2週間前にも、わずか10メートルではありましたが、歩くことができました。一歩一歩はとてもゆっくりで、足取りも重く、つらそうでした。それでも、正義さんの表情には嬉しそうな笑みが浮かんでいました。その翌日から全身の痛みが強まり、正義さんはベッドから動けなくなりました。傾眠状態になってからも、ケアの後には「ありがとうございました」と言って、いつものように笑顔を見せてくださいました。正義の味方のような方でした。後日、娘さんから「父は、訪問看護が来る木曜日の午後2時を、いつも心待ちにしていました」と聞きました。その言葉を聞いた瞬間、涙があふれました。けれど、木曜日の午後2時を心待ちにしていたのは、私も同じでした。 2025年1月投稿 「痛みとの孤独な闘い」 進行した膵臓がんと診断されたKさんは、入院ではなく、住み慣れた自宅で過ごすことを望みました。十分とはいえない生活環境のなかでも、訪問看護師や医師と関わりながら、自分らしい時間を過ごしたKさん。最期まで本人の希望を支えた日々と、看護師の心に残った言葉を描いたエピソードです。 生活保護で一人暮らしをしていた67歳のKさん。血糖値の管理が難しくなったことをきっかけに、訪問看護の介入を開始した。その後、著しい高血糖で入院し、肝臓への転移を伴う進行膵臓がんと診断された。Kさんは積極的な治療を希望せず、住み慣れた自宅で緩和ケアを受けながら過ごすことを選択した。がん性疼痛が強くなったため、年末からは医療用麻薬による疼痛緩和が開始されるも、入院は望まず。室内は生活環境を整えることが難しい状態で、寝具や排泄の環境も十分ではなかった。はじめは支援を受け入れることにためらいがあったが、体を動かすことが難しくなるにつれ、少しずつ排泄ケアなどを受け入れてくださるようになった。私たちは寝具や衣類を整え、Kさんらしく過ごせる方法を一緒に考えた。「一人で過ごすのは寂しくないですか。痛みを和らげるために、入院する方法もありますよ」そう声をかけると、Kさんは、「病院はどうしても嫌や。ここにおるんが気楽や」と答えた。決して整った環境ではなかったが、そこはKさんが長く暮らしてきたかけがえのない自宅だった。私はその思いを受け止め、主治医やほかの看護師と相談しながら、自宅で過ごし続けられるよう支援することを決めた。ラジオから懐かしい曲が流れると、Kさんは頭を揺らしてリズムを取った。私たちも一緒に歌い、穏やかな時間を過ごした。訪問診療医から「こういう看取りもいいね。みんなで支えれば、ここで最期まで過ごせると思う」と言葉をかけてもらったことも、支援を続けるうえで大きな支えとなった。最期が近いと感じた日の早朝、夢のなかにKさんが現れ、「ありがとうな」と声をかけてくれました。長く関わっていた別の看護師も、同じころにKさんの夢を見たという。Kさんは、自分が望んだ場所で最期まで過ごされた。私たちの関わりは、Kさんの寂しさや痛みを少しでも和らげ、心の支えとなったのだろうかと、今も考える。『負けないで、もう少し』今後、この歌を耳にするたびにKさんを思い出し、私たち自身が前を向くための応援歌として口ずさむことでしょう。 2025年1月投稿 利用者さんやご家族との信頼関係から生まれる温かい瞬間は、訪問看護師にとってかけがえのない宝物です。これからも一人ひとりの人生に寄り添い、心通う看護を届けていきたいですね。 編集: NsPace編集部

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
特集
2026年8月7日
2026年8月7日

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】第3回vol07

訪問看護の現場では、疾患や障害などがある中でも懸命に前向きに生きる利用者さんがたくさんいます。「みんなの訪問看護アワード2025」に投稿されたエピソードから、利用者さんの前向きな姿勢に力を分けてもらえるエピソードをご紹介します。 「彼女が教えてくれた『手当て』」 末期乳がんの彼女は、自然療法で治すという固い意思を持ち、激痛の時には「薬よりも人の温もりだよ」と語った彼女のエピソード。 「息を引き取られたそうです」クリニックからの電話に言葉が出なかった。というのも、彼女は数年前に末期の乳がんで余命宣告をされたにもかかわらず、何度となく山を乗り越えてきたため、なんとなく絶対死なないような気がしていたからだ。彼女はとても強い方だった。「自然療法で治す」という固い意思を持っていたので、腫瘍から膿が出ようが、リンパ漏で下半身がビショビショになろうが、薬は一切使わなかった。一方で、どんなに体調が悪くても自分でできるリハビリを考え、常に身体を動かし、歌を歌い、いつも笑っていた。痛みや高熱も身体の必然の反応として受け止め、自然に治していく姿を見ていると「薬って本当に必要?」とさえ感じた。それでも激痛に震える彼女を前にすると「薬を使えば楽にしてあげられるのに…」と看護師として何もできないジレンマで辛くなることもあった。しかし彼女はそんな時には決まって「手当て」を希望されたのだ。看護の原点ともいえる「手当て」。「あなたが触ってくれるだけで楽になる。薬よりも人の温もりだよ」という彼女の言葉は、学生時代に学んだナイチンゲールの教えを彷彿とさせた。浮腫んだ身体にゆっくり手を沈めていく感触。「ああ、気持ちいい」と静かにつぶやいていた彼女の声。彼女の選択が正しかったのかは分からない。正直、もっと違う選択もあったのではないかとさえ感じる。それでも彼女が信じた治療に寄り添えたこと。それは間違いではなかったと感じている。 2024年10月投稿 利用者さんの前向きな姿勢や人生の歩みは、関わる訪問看護師だけでなく読者にまで元気や力を与えてくれます。あらためて、訪問看護師と利用者さんの関係は共鳴するのだと考えさせられます。 編集: NsPace編集部

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
特集
2026年8月3日
2026年8月3日

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】第3回vol05

訪問看護の現場では、疾患・障害などがある中でも懸命に前向きに生きる利用者さんがたくさんいます。「みんなの訪問看護アワード2025」に投稿されたエピソードから、利用者さんの前向きな姿勢に力を分けてもらえるエピソードをご紹介します。 「半年かけて開いた、全盲のAさんの心」 全盲でリハビリに意欲がなかったAさんが、ご主人の献身的な支援と根気強い関わりで前向きになったエピソード。 全盲のAさんは、「もうベッドから動かないから」という理由で、病院でもリハビリをほとんどせずに自宅へ戻られました。もともと、家の中はご主人の支えで歩かれていたようで、ご主人の希望もあり、訪問リハビリでの介入が始まりました。関わって半年ぐらいは、リハビリに対する意欲もなかなか出ず、「少しずつリハビリして外の空気を吸いましょうね」と声かけに対して、「外の空気を吸うなら窓を開けたら吸えるよ」と笑いながら返答をされるAさんでした。それでも、ご主人は僕が行なっているリハビリを見ながら、僕の知らない間にノートにメモをしてくださっていました。リハビリのノートを作り、それを見ながらご主人もリハビリをしてくださっていました。すると、約半年経ったころにAさんから「私もポータブルトイレを使えるようになるかな?」とはじめて前向きな発言がありました。目標もなく帰って来られたAさんでしたが、いつしか週1回40分のリハビリを楽しみにしてくださり、心を開いてくださいました。 2025年1月投稿 「家(うち)はいいな」 胆のうがん末期で「やっぱり家はいいな」と大好きなソーダを飲み笑顔で過ごした数時間後、奥様に見守られ自宅で旅立った忘れられない看取りのエピソード。 胆のうがん末期の利用者様。“時々入院、ほぼ在宅”という状態で奥様が介護されていた。ご本人も奥様も病気については良く理解されており、ご自分の意思もしっかりされていた。在宅しているときは、ほぼ毎日訪問していた。「病院の看護師さんは忙しそうでゆっくり話を聞いてもらえない。でも訪問看護師さんは、自分一人のために家まで来てくれる。看護師さんを独り占めできる」と、訪問看護を大変喜んでくださった。最後の入院の際は、「今しか家に帰ることができない」と、急に退院が決まった。朝から訪問看護の電話が鳴り続けた。病院の看護師、相談員、ケアマネジャーの誰もが、どうしても家に帰してあげたいと感じた。その日の夕方、無事に家へ帰ることができた。大好きなソーダを飲まれ「やっぱり家はいいな」と、笑顔で話をされた。その数時間後、奥様に見守られ息をひきとられた。忘れることのできない看とりだった。 2025年1月投稿 「最期の希望 本人・家族の思いに寄り添う訪問看護」 肺がん末期で食事制限をされていた70代男性が「自分の事は自分で決める」と、最期まで意思を貫き好きな物を食べながら過ごしたエピソード。 肺がん末期の状態で、イレウスを繰り返す70代男性。妻と二人暮らし。「何もするな。延命治療はしたくない」と、退院を希望し訪問看護を紹介される。入院中は24時間点滴をし、食事制限があった。スープ類を少々楽しむ程度を許可されていた。退院早々に、塩ラーメンを食べて焼酎を飲む。家族は「言い出すと聞かないからしかたないです」と話し、本人は「食べれんのはストレス、嫌だ。自分の意思に任せて、自分のことは自分で決める。仏壇に供えられても死んだら食べれん、生き地獄」と、話す。だが、妻は「せっかく退院したのに。また入院になるのか心配」。本人と妻の思いに耳を傾け、食事の工夫を相談したり、看護師と信頼関係を築きながら調整したりすると、徐々に受け入れてもらえる。しかし、恐れていたイレウスになり、数日後には緊急入院。 本人の希望である“生まれ育った自宅に帰りたい”という思いに関係機関と連携して寄り添った。家族のケアをしながら、亡くなる数日前まで好きな物を食べては吐きながら過ごした。本人の意思を貫き、最期まで住み慣れた自宅で支援をした。 2024年12月投稿 「新婚50年」 肺がん末期で余命宣告を受けた男性が、泣き崩れる奥様と訪問看護の支援で穏やかに旅立ったエピソード。 「まさか今回の肺炎の入院で、一気に終末期状態へ突入するとは思わなかった。抗がん剤を始めて1年も経っていないのに…」朗らかで外交的。奥様と2人だけの楽しく豊かな人生を歩んできた男性は、肺がんの診断後、間質性肺炎の急性増悪もあり、酸素投与が必要な状態となりました。それまでは自分で車を運転し、奥様と一緒に受診し、治療の後は美味しい食事を楽しんで帰る――ごくごく平穏な毎日でした。この入院を機に余命宣告を受け、奥様は泣き崩れるばかり。片付けをしても何をしても涙があふれ、本人は「1日も早く帰りたい」と、夫婦2人で退院日を決めてしまうほどでした。退院カンファレンスでは、予定よりも早い退院を希望されたので、全員がザワつき、手配していたヘルパーや訪問診療医の日程も調整が困難な状況。状態が状態なだけに、訪問診療のバックアップなしでの退院は、医療関係者みんなが不安をもらしました。希望する日に退院したとしても、すぐに訪問診療医が介入できない状況だったのです。それならば、訪問看護でお引き受けしましょう!退院から2日間は、訪問診療医より症状が悪化した際と酸素流量の詳細な指示をいただき、無事退院しました。あらゆる支援を2日間で濃密に提供し、彼らしい笑顔とユーモアが回復していきました。どこに行っても「新婚50年」と、言って周りを和ませる彼は、退院して4日目の早朝に旅立ちました。旅立つ前夜は、美味しいアイスを夫婦で召し上がったそうです。 2024年12月投稿 「元気になって」 100歳を超えて看取りのために自宅に戻ったAさんが、日に日に元気になり食欲も出て歩き出し、3年以上経った今も元気に過ごしているエピソード。 Aさんとの出会いは“自宅で最期を迎えさせてあげたい”という家族の思いがきっかけでした。病院や施設での生活を経て、食欲もなく年齢も100歳を超えていたAさん。しかし、帰ってくると日に日に元気になりました。食欲も出てきて、歩き出しトイレに行くこともできるようになりました。「シャワーを浴びたい」との本人の希望で、週2回のシャワー浴が始まりました。良く食べて良く話しました。びっくりするくらい元気になり、時々昼夜逆転していることもありました。看取りのはずだったAさんは、あれから3年以上元気に過ごしています。我がステーションの最高齢!いつまでも元気でいて欲しいです。 2024年12月投稿 利用者さんの前向きな姿勢や人生の歩みは、関わる訪問看護師だけでなく読者にまで元気や力を与えてくれます。あらためて、訪問看護師と利用者さんの関係は共鳴するのだと考えさせられます。 編集: NsPace編集部

第8回日本在宅医療連合学会大会レポート!訪問看護に役立つ注目プログラム
第8回日本在宅医療連合学会大会レポート!訪問看護に役立つ注目プログラム
特集
2026年7月28日
2026年7月28日

第8回日本在宅医療連合学会大会レポート!訪問看護に役立つ注目プログラム

2026年7月4日・5日の2日間、札幌で「第8回日本在宅医療連合学会大会」が開催されました。在宅医療に携わる多職種が全国から集まる年に一度の大会に、NsPace編集部も参加してきました。会場の熱気や、訪問看護師の皆さんにもぜひ知っていただきたいプログラムの数々を、参加レポートとしてお届けします。 第8回日本在宅医療連合学会大会とは 日本在宅医療連合学会が開催する全国大会で、今回で8回目を迎えます。会期は2026年7月4日(土)・5日(日)の2日間、会場は札幌コンベンションセンターと札幌市産業振興センターの2ヵ所。大会長は大友 宣氏(医療法人財団老蘇会 静明館診療所)が務め、大会テーマには「在宅医療ラララララ~パラダイムシフトをパラダイムシフトする次世代の在宅医療~」が掲げられました。 在宅医療の学会と聞くと医師向けの印象があるかもしれませんが、実際の参加者は医師のほか、看護師、薬剤師、ケアマネジャー、介護職、リハビリテーション職など実に多彩です。プログラムもシンポジウムや一般演題だけでなく、参加型のワークショップ、市民公開講座など幅広く用意されており、「在宅医療に関わるすべての職種のための大会」という空気を強く感じました。 編集部が聴講したシンポジウムとワークショップ 編集部は、訪問看護の現場に関わりの深いテーマを中心に選んで聴講しました。その一部をご紹介します。 「在宅ドクターカーの対応と在宅病院前救急との融合 ―地域包括ケアにおける新たな医療体制構築に向けて―」 在宅医療と救急医療をどうつなぐかを考えるシンポジウム。利用者さんの急変時に「搬送か、在宅での継続か」を迫られる場面は訪問看護師にとっても身近なテーマであり、在宅と救急の連携という切り口が印象的でした。 在宅医療の効率化、ご自慢バトル! 全国の在宅医療の現場から、業務効率化の工夫を持ち寄ってプレゼンし、参加者の投票で最優秀を決めるユニークな企画。従来のFAX管理を突き詰めた効率化からAI活用まで、明日から真似したくなるアイデアが次々と登場し、会場も大いに盛り上がっていました。 感染クラスター乗り切り体験ゲーム「クラスター8」 介護施設で新型感染症のクラスターが発生した、という設定をカードゲームで疑似体験するワークショップ。多職種のチームで「限られた人手で何を優先するか」を話し合いながら進める形式で、編集部も実際にプレイヤーとして参加しました。 ACPで安楽死を求められたら 「終末期の意思決定支援」という重いテーマを、寸劇を交えながら現場目線で考えるシンポジウム。答えのない問いに、多職種がそれぞれの立場から向き合う構成でした。 在宅で挑む終末期がん患者の苦痛緩和〜緩和的鎮静の決断と多職種の力〜 在宅での緩和的鎮静をテーマに、講義と多職種でのグループワークを組み合わせたワークショップ。多くの参加者が集まる盛況ぶりで、このテーマへの現場の関心の高さがうかがえました。 会場で感じた3つのこと (1)「体験して学ぶ」プログラムの充実 ゲームやグループワーク、投票企画など、参加者が手と口を動かして学ぶ「参加型のプログラム」が目立ちました。講義を聞くだけでは持ち帰りにくい「判断の難しさ」を、体験を通して実感できる仕掛けが印象的でした。 (2)多職種がフラットに議論する文化 医師、看護師、薬剤師、ケアマネジャー、介護職が同じテーブルで対等に意見を交わす場面が、参加型のプログラムを中心に数多く見られました。在宅医療の意思決定は多職種の力で支えるものだ、というメッセージを会場全体から感じました。 (3)答えのないテーマから逃げない姿勢 終末期の意思決定や感染対応など、正解が1つに定まらないテーマこそ、現場の実感を持ち寄って議論する。そんな姿勢が大会全体を貫いていたように思います。 まとめ 在宅医療の「今」を肌で感じられる2日間でした。訪問看護師の皆さんにとっても、日々のケアを見つめ直すヒントが数多くある大会だと感じます。編集部が特に注目した「クラスター8」と「緩和的鎮静」のワークショップについては、あらためて詳しいレポート記事をお届けする予定です。どうぞお楽しみに。 取材・編集・執筆:NsPace編集部 【参考】 第8回日本在宅医療連合学会大会運営事務局:「開催概要」.第8回日本在宅医療連合学会大会.https://www.aeplan.jp/jahcm2026/outline/ 2026/7/6閲覧 第8回日本在宅医療連合学会大会運営事務局:「プログラム」.第8回日本在宅医療連合学会大会.https://www.aeplan.jp/jahcm2026/program/ 2026/7/6閲覧 第8回日本在宅医療連合学会大会運営事務局:「ワークショップ・交流集会・ハンズオンセミナー(事前予約)」.第8回日本在宅医療連合学会大会.https://www.aeplan.jp/jahcm2026/workshop/2026/7/6閲覧

熱中症対策義務化とは?職場で必要な対応
熱中症対策義務化とは?職場で必要な対応
特集
2026年7月28日
2026年7月28日

熱中症対策義務化とは?職場で必要な対応

2025年6月1日から、職場における熱中症対策が強化されました。労働安全衛生規則の改正により、熱中症のおそれがある作業を行う事業者には、報告体制の整備、対応手順の作成、関係者への周知が義務付けられています。訪問看護の現場でも、夏場の移動、屋外での待機、空調が十分でない居宅でのケアなど、熱中症リスクが高まる場面があります。この記事では、熱中症対策義務化の概要と、訪問看護ステーションで確認したい対応ポイントを解説します。 熱中症対策義務化とは 熱中症対策義務化とは、職場で熱中症のおそれがある作業を行う場合に、事業者が重症化を防ぐための体制や手順を整えることを義務付けたものです。厚生労働省の資料では、熱中症のおそれがある労働者を早期に見つけ、状況に応じて迅速かつ適切に対応するため、「体制整備」「手順作成」「関係者への周知」が事業者に義務付けられたと説明されています。 つまり、単に水分補給を呼びかけるだけではなく、熱中症が疑われる人が出たときに、誰へ報告し、誰が判断し、どのように医療機関へつなぐのかを、あらかじめ決めておく必要があります。 対象となる作業 義務化の対象は、熱中症を生ずるおそれのある作業です。具体的には、暑さ指数であるWBGT値が28度以上、または気温31度以上の環境で、連続1時間以上、または1日4時間を超えて行うことが見込まれる作業とされています。 訪問看護では、屋外作業が中心ではなくても、以下のような場面で注意が必要です。 夏場の自転車や徒歩での訪問 炎天下での移動や待機 空調が十分でない居宅でのケア 入浴介助や清拭など、身体的負担が大きいケア 防護具やマスクを着用した状態でのケア 連続訪問で休憩が取りにくい勤務 室内であっても、温度や湿度が高い場合は熱中症のリスクがあります。「屋外ではないから大丈夫」と考えず、訪問先や移動中の環境も含めて確認することが大切です。 事業者に求められる3つの対応 報告体制を整備する まず必要なのは、熱中症の自覚症状があるスタッフや、熱中症のおそれがあるスタッフを見つけた人が、すぐに報告できる体制を作ることです。 たとえば、以下のような内容を決めておきます。 報告先の担当者 報告する連絡手段 担当者が不在の場合の連絡先 訪問中に症状が出た場合の連絡方法 直行直帰時の報告ルール 訪問看護では、スタッフが1人で移動し、1人で利用者さん宅を訪問する場面が多くあります。そのため、事務所内だけでなく、外出中でもすぐに連絡できる体制を整えることが重要です。 対応手順を作成する 次に、熱中症が疑われる場合の対応手順を作成します。環境省の資料でも、熱中症のおそれがある作業者を把握した場合に、迅速かつ的確な判断ができるよう、必要な措置の内容や実施手順を定めることが求められています。 手順には、以下のような内容を含めるとよいでしょう。 涼しい場所へ移動する 衣服をゆるめる 水分・塩分を補給する 体を冷やす 意識状態を確認する 改善しない場合は医療機関へ相談する 意識障害がある場合はためらわずに救急要請をする 特に、意識がぼんやりしている、受け答えがおかしい、自力で水分を取れない、症状が改善しないといった場合は、早急な対応が必要です。 関係者へ周知する 体制や手順を作成しても、スタッフが内容を知らなければ現場で使えません。そのため、作成したルールを関係者へ周知することも義務化の重要なポイントです。厚生労働省は、報告体制や対応手順をあらかじめ定め、関係作業者に周知することを求めています。 周知方法としては、以下が考えられます。 朝礼やミーティングで共有する マニュアルに記載する 事務所内に掲示する チャットツールで共有する 訪問バッグに対応フローを入れる 新人研修や夏前の研修で説明する 訪問看護では、常勤スタッフだけでなく、非常勤スタッフやオンコール担当者にも同じ情報が伝わるようにすることが大切です。 訪問看護で確認したい熱中症対策 訪問看護ステーションでは、スタッフ自身の熱中症対策と、利用者さんの熱中症予防の両方を考える必要があります。 スタッフ向けには、訪問スケジュールの調整、休憩時間の確保、飲料の携帯、移動手段の見直し、暑さ指数の確認などが有効です。環境省が提供する暑さ指数の情報も、日々の判断に役立ちます。厚生労働省の職場における熱中症予防情報では、「STOP!熱中症 クールワークキャンペーン」など、職場での熱中症予防に関する情報が掲載されています。 利用者さんについては、室温、湿度、水分摂取量、尿量、食事量、発汗、意識状態などを観察します。高齢者は暑さやのどの渇きを感じにくいことがあり、エアコンを使わずに過ごしている場合もあります。訪問時には、室温だけでなく、生活環境や家族のサポート状況も確認しましょう。 記録・報告のポイント 熱中症の疑いがある場合は、症状だけでなく、発生した状況も記録します。 たとえば、以下のように整理します。「13時ごろ、訪問移動後に頭痛と強い倦怠感あり。気温32度。水分摂取は午前中に約300mL。事務所へ報告し、涼しい場所で休憩。水分・塩分補給後もふらつきが残るため、管理者判断で受診を調整。」 利用者さんの場合は、以下のように記録します。「訪問時、室温30度、エアコン未使用。発汗あり、口渇の訴えあり。尿量は昨日より少ないとのこと。意識レベルは普段と変わりなく、食事と水分は経口摂取できそうと仰っている。水分摂取を促し、また、家族による室温管理と定期的な水分補給の声掛けを依頼した。主治医へ報告。」 「いつ」「どこで」「どのような症状があり」「どのように対応したか」を残すことで、再発予防やチーム内共有にもつながります。 まとめ 熱中症対策義務化により、職場では熱中症のおそれがある作業に対して、報告体制の整備、対応手順の作成、関係者への周知が求められるようになりました。訪問看護では、夏場の移動や空調が十分でない居宅でのケアなど、熱中症リスクが高まる場面があります。スタッフが安全に働ける環境を整えることは、利用者さんへ安定したケアを届けるためにも重要です。 熱中症対策は、個人の注意だけに任せるものではありません。事業所としてルールを整え、スタッフ全員が同じ手順で動けるようにしておくことが、重症化の予防につながります。 監修:飛鳥馬 沙耶(あすま さや)/訪問看護ステーション 管理者HCU・高度急性期病棟にて約6年間、循環器・心臓外科・脳外科領域を中心とした急性期看護に従事。2023年より訪問看護ステーションの管理者として、在宅医療の現場に携わる。専門領域は、訪問看護・在宅医療、急性期看護。 【参考文献】● 厚生労働省:「職場における熱中症対策の強化について」.https://www.mhlw.go.jp/content/001476821.pdf,2026/5/30閲覧● 厚生労働省:「職場における熱中症予防情報」.https://neccyusho.mhlw.go.jp/,2026/5/30閲覧● 富山労働局:「職場における熱中症対策の強化について(令和7年6月1日施行)」.https://jsite.mhlw.go.jp/toyama-roudoukyoku/news_topics/oshirase/0706nechushokyoka.html,2026/5/30閲覧● 鹿児島労働局:「職場における熱中症対策の強化について」.https://jsite.mhlw.go.jp/kagoshima-roudoukyoku/hourei_seido_tetsuzuki/anzen_eisei/nettyusyou/2025-0418-7.html,2026/5/30閲覧● 環境省:「熱中症の対処方法(応急処置)」.https://www.wbgt.env.go.jp/heatillness_checksheet.php,2026/7/13閲覧● 厚生労働省:「STOP!熱中症 クールワークキャンペーン(職場における熱中症予防対策)」.https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000116133.html,2026/7/21閲覧

GCS(グラスゴー・コーマ・スケール)とは?意識レベル評価の基本
GCS(グラスゴー・コーマ・スケール)とは?意識レベル評価の基本
特集
2026年7月14日
2026年7月14日

GCS(グラスゴー・コーマ・スケール)とは?意識レベル評価の基本

訪問看護の現場において、利用者さんの意識レベルに変化があったとき、そのことを客観的に評価することは重要です。この記事では、GCSの基本的な考え方や評価項目、JCSとの違い、訪問看護師が意識状態を観察するときのポイントを解説します。 GCSとは GCSとは、Glasgow Coma Scale(グラスゴー・コーマ・スケール)の略称です。意識レベルを評価するためのスケールで、主に頭部外傷や脳血管障害など、意識状態の変化が重要になる場面で用いられます。 GCSでは、以下の3つの反応を確認します。 E:Eye opening/開眼反応 V:Verbal response/言語反応 M:Motor response/運動反応 それぞれの項目に点数をつけ、合計点で意識レベルを評価します。合計点は3〜15点で、点数が高いほど意識状態が良好で、点数が低いほど意識障害が強いと判断されます。 GCSの評価項目 GCSは、単に「起きているか」「眠っているか」だけを見るものではありません。開眼反応、会話の成立、指示への反応などを分けて確認することで、意識状態をより具体的に把握します。 E:開眼反応 開眼反応では、利用者さんがどのような刺激で目を開けるかを確認します。 点数状態4点自発的に開眼する3点呼びかけで開眼する2点痛み刺激で開眼する1点開眼しない 普段から目を開けて会話できる方が、呼びかけても目を開けにくい場合は、意識レベルの低下が疑われます。ただし、眠気、薬剤の影響、疲労、視覚障害などが関係することもあるため、普段の状態との違いを確認することが大切です。 V:言語反応 言語反応では、会話の内容や受け答えの適切さを確認します。 点数状態5点見当識がある4点混乱した会話がある3点不適切な発語がある2点意味のない発声がある1点発語がない 「今日は何月何日か」「ここはどこか」「名前を言えるか」などを確認し、受け答えが状況に合っているかを見ます。会話ができていても、話の内容がかみ合わない、急に混乱が強くなった、言葉が出にくいなどの変化がある場合は注意が必要です。 M:運動反応 運動反応では、指示に対して体を動かせるか、刺激に対してどのような反応があるかを確認します。 点数状態6点指示に従って動く5点痛み刺激の部位に手を持っていく4点痛み刺激から逃げるように動く3点異常な屈曲反応がある2点異常な伸展反応がある1点反応がない 運動反応は、GCSの中でも重症度の判断に関わる重要な項目です。たとえば「右手を握ってください」「足を動かしてください」といった簡単な指示に反応できるかを確認します。痛み刺激を用いる評価は、医療職が状態や安全性を確認したうえで行う必要があります。 GCSの点数の見方 GCSは、E・V・Mの点数を合計して評価します。たとえば、開眼反応が4点、言語反応が5点、運動反応が6点であれば、合計は15点です。記録するときは、合計点だけでなく、各項目の内訳も書くことが大切です。例:GCS 15点(E4V5M6)例:GCS 10点(E3V3M4)合計点だけでは、どの反応が低下しているのか分かりにくい場合があります。同じ10点でも、言語反応が低いのか、運動反応が低いのかによって、状態の捉え方が変わります。そのため、GCSは合計点とあわせて、E・V・Mの内訳を伝えることが重要です。GCSの公式資料でも、合計点だけでなく開眼・言語・運動の3要素をそれぞれ報告することの重要性が示されています。 GCSとJCSの違い 日本の医療現場では、GCSとあわせてJCS(Japan Coma Scale)が使われることもあります。JCSは、日本で広く用いられている意識レベルの評価法で、刺激に対する覚醒の程度を数字で表します。一方、GCSは開眼、言語、運動の3つの反応をそれぞれ点数化します。そのため、JCSよりも評価項目が細かく、意識状態の変化を具体的に共有しやすいという特徴があります。ただし、GCSは評価に慣れが必要です。とくに訪問看護の現場では、利用者さんのもともとの認知機能、発語の状態、麻痺の有無、難聴、失語、気管切開の有無などによって、正確に評価しにくいことがあります。その場合は、無理に点数化するのではなく、「普段と比べてどう違うか」を具体的に記録することが大切です。 訪問看護の現場で観察したいポイント 訪問看護の現場では、GCSの点数をつけること自体が目的ではありません。大切なのは、利用者さんの普段の状態を知ったうえで、変化に早く気づくことです。 たとえば、以下のような変化がある場合は注意が必要です。 呼びかけへの反応が鈍い 目を開けにくい 会話がかみ合わない 急にぼんやりしている 手足の動きに左右差がある いつもできる指示に従えない 強い頭痛、嘔吐、けいれんを伴う 転倒後に意識がはっきりしない これらの変化がある場合は、バイタルサイン、転倒や頭部打撲の有無、服薬状況、発熱、脱水、血糖異常の可能性などもあわせて確認します。特に、急な意識レベルの低下や麻痺、ろれつが回らないなどの症状がある場合は、速やかに医師や救急へ相談する必要があります。 GCSを記録するときの注意点 GCSを記録するときは、点数だけでなく、観察した状況も残しておくと情報共有がしやすくなります。たとえば、以下のように記録します。「訪問時、呼びかけで開眼。名前は言えるが、場所の理解があいまい。右手を握る指示には応じる。GCS 13点(E3V4M6)。普段は会話明瞭で見当識あり。」このように書くと、点数だけでなく、普段との違いも伝わります。医師や救急隊へ連絡する際にも、状態の変化を具体的に説明しやすくなります。また、気管切開や挿管などで発語が難しい場合は、言語反応を「発語なし」として1点にするのではなく、評価不能(NT)として扱い、その理由を記録します。あわせて、頷き、首振り、ジェスチャー、筆談などで意思疎通ができるか、指示に応じられるかといった観察内容も残します。たとえば「気管切開中のためVは評価不能(V-NT)。呼びかけで開眼し、頷きで意思表示あり。右手を握る指示に応じる」のように記録すると、点数だけでは伝わりにくい実際の反応を共有しやすくなります。GCSでは、点数そのものだけでなく、評価できなかった理由と、実際に観察できた反応を明確に記録することが重要です。 まとめ GCSは、意識レベルを開眼、言語反応、運動反応の3つに分けて評価する指標です。合計点は3〜15点で、点数が低いほど意識障害が強いと考えられます。訪問看護の現場では、GCSの点数を正確につけることだけでなく、利用者さんの普段の様子との違いを把握することが大切です。呼びかけへの反応、会話の内容、指示への反応などを観察し、急な変化がある場合は早めに医師や救急へ相談しましょう。GCSを理解しておくことで、意識状態の変化をより客観的に伝えやすくなります。訪問看護や介護の現場でも、利用者さんの安全を守るための観察ポイントとして役立つ指標です。 監修:飛鳥馬 沙耶(あすま さや)/訪問看護ステーション 管理者HCU・高度急性期病棟にて約6年間、循環器・心臓外科・脳外科領域を中心とした急性期看護に従事。2023年より訪問看護ステーションの管理者として、在宅医療の現場に携わる。専門領域は、訪問看護・在宅医療、急性期看護。 【参考文献】 ● StatPearls:「Glasgow Coma Scale」.https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK513298/,2026/5/25閲覧● Glasgow Coma Scale Official Site:「Assessment of Glasgow Coma Scale」.https://www.glasgowcomascale.org/,2026/5/25閲覧● BrainLine:「What Is the Glasgow Coma Scale?」.https://www.brainline.org/article/what-glasgow-coma-scale,2026/5/25閲覧● 日本集中治療医学会J-PADガイドライン作成委員会†「日本版・集中治療室における成人重症患者に対する痛み・不穏・せん妄管理のための臨床ガイドライン」:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsicm/21/5/21_539/_pdf/-char/ja, 2026/07/06閲覧

認知症の緩和ケアがよく分かる スピリチュアルペイン、BPSD、末期の苦痛への対応
認知症の緩和ケアがよく分かる スピリチュアルペイン、BPSD、末期の苦痛への対応
特集
2026年7月14日
2026年7月14日

認知症の緩和ケアがよく分かる スピリチュアルペイン、BPSD、末期の苦痛への対応

非がん疾患の患者さんに質の高い緩和ケアを届けるための知識・視点を整理。訪問時のケアの実践につながるヒントをお届けします。今回のテーマは認知症です。東京ふれあい医療生活協同組合 オレンジほっとクリニック 東京都地域連携型認知症疾患医療センター長の平原佐斗司先生に、認知症の緩和ケアにおける課題の中から、スピリチュアルペインへの対応、BPSDのとらえ方、末期認知症の苦痛への支援などを中心に、その考え方や実践のあり方について解説いただきます。 認知症の緩和ケアにおける課題 認知症の緩和ケアアプローチとは、「単に身体的苦痛をとる治療やケアにとどまらず、認知症の行動・心理症状(BPSD)、合併する疾患、および健康問題に対する適切な治療を含む、認知症のすべての治療とケアを意味する」1)と定義されています。ここでいう緩和ケアアプローチとは、緩和ケアに特化していない環境で、日常のケアの中に、緩和ケアの手法や手順を統合するための方法を指します。つまり、在宅で認知症ケアに関わるあらゆる専門職が身に着けておくべき考え方や手法であるといえるでしょう。 わが国における認知症に対する緩和ケアの課題は、以下に示すとおり多岐にわたります。 摂食嚥下障害など食にまつわる課題 末期の肺炎の苦痛に対する緩和ケア 終末期の褥瘡 疼痛など重度から末期の身体的苦痛への対応 合併症・併存症の急性期の痛みや呼吸苦などの苦痛 BPSDとして表出される身体的心理的苦悩への対応 心不全、骨折などの併存疾患のマネジメントと全身管理 うつ、不安、不眠、孤独などの精神的な苦痛への対応 認知症の人がもつスピリチュアルペイン(実存的苦痛)への対応 独居、経済的困窮、セルフネグレクトなど社会的な苦痛への対応 身体拘束を含む医療行為に伴う苦痛への対応や治療負担(treatable burden)への配慮 認知症の人の苦痛の評価法の確立 認知症の告知に伴う苦痛への配慮 本人本位のACP(アドバンスケアプランニング)推進 認知症の人の家族ケア 遺族の悲嘆ケア 経済社会的状況によるケアの格差 など さらに、認知症の緩和ケアのニーズは、2016年から2060年の間に世界で4倍近く、先進国でも3倍以上に増加し、特に日本などの東アジア地域で急増する2)といわれています。このため、ニーズの急増に対応していくことも今後の緩和ケアにおける最大の課題と考えられています。 スピリチュアルペインへの対応 認知症の人の言葉や行動の裏には、その人の心の痛みや苦悩があると理解されるようになり、認知症の人のスピリチュアルペインが注目されています。診断後早期のスピリチュアルペインを和らげることは、緩和ケアの観点からも重要です。 認知症の人は、認知機能の低下による日常生活の失敗から、自尊感情や自己効力感の低下、アイデンティティ(自分が自分らしくあること)の喪失を経験しており、「自己の存在の意味の消滅から生じる苦痛(スピリチュアルペイン)」を感じているのです。 認知症の人のスピリチュアルペインへのアプローチはまだ確立されたものはありませんが、生活障害に対するタイミングのよい支援、その人の視点に立った理解と共感に満ちたコミュニケーション、peer support(同じ立場の方々との交流)などが大切になります。 BPSDを緩和ケアの視点でとらえる BPSDは「本人が現実の世界に適応しようと、もがき苦しんでいる徴候ととらえるべき」と考えられるようになってきています。また、BPSDを認めた認知症の人の3分の2に疼痛が認められ、そのうちのほぼ半数が中等度から重度の疼痛を経験しており、BPSDは認知症の人の病態の変化や苦痛を表すサインであることも少なくありません。 つまり、BPSDの出現や増悪には病態の変化や苦痛の存在、薬物の影響などが要因となっていることが多いため、まずは病態や苦痛のアセスメントが優先されます。BPSDイコール精神科、抗精神病薬という短絡的な対応は厳に慎むべきです。 ご本人のストレスの原因となっている環境を調整するなど非薬物療法を優先させること、その上で薬物療法が必要な場合も、可能な限り安全性の高い薬剤を優先させるといった工夫が必要です。 急性期入院に伴う緩和ケアの視点 認知症の人は、感染症や骨折などの急性疾患を発症しやすく、しばしば入院治療が必要となります。身体合併症を有した認知症の人が急性期病院に入院した場合、疾患に伴う苦痛に加えて、検査や治療に伴う多様な苦痛を経験します。 認知症を有する人は、入院時に2.3~4.7倍せん妄を起こしやすいとされています3)。そして、せん妄発症者の死亡リスクは1.95倍、施設入所リスクは2.4倍で、入院中にせん妄を発症した人の認知症発症リスクは12.52倍に及ぶといいます4)。 また、一般病院に入院した認知症の人、あるいはその疑いがある人の44.5%が何らかの身体拘束を受けています5)。身体拘束は廃用や転倒などの合併症や併存症を生み、認知症の人のADLやQOLを低下させます。 このような入院の害(入院関連機能障害)を考え、急性期においては、まず不要な入院を避け、可能であれば暮らしの場で治療を継続できるようにすることが必要です。仮に急性期に入院治療を行う場合も、身体拘束最小化に取り組んでいる医療機関、治療よりもケアの質がよい医療機関を選択することが大切になります。 末期認知症の人の苦痛評価 アルツハイマー型認知症(AD)の人の疼痛の感受性に関するメタアナリシスなどから、認知症の人も強い苦痛を感じている6)ことが明らかになっています。つまり、重度認知症の人は、痛みを表現することが困難となっているだけであり、決して苦痛を感じなくなっているわけではありません。しかし実際には、進行した認知症の人の苦痛は、しばしば見過ごされたり、過小評価されているために、適切な治療やケア、あるいは緩和ケアに結びつきにくい現状があります。 苦痛の表現が困難な末期認知症の人の苦痛に気付くためには、苦痛の客観的評価法の活用が必要であり、海外では多くの客観的評価法が開発されています。 わが国で客観的評価法を利用するためには、言語妥当性が検証された日本語版が開発されていること、項目数が数個程度等日常臨床で用いやすいことが条件になります。これらの条件を満たす客観的評価としては以下があります。 【痛みの客観的評価】 日本語版PAINAD アビー痛みスケール日本語版 など 【呼吸困難の客観的評価】 RDOS modRDOS-4(図1) 図1 日本語版 modRDOS-4と観察項目 Wong RX,Shirlynn H,Koh YS,et al.:Exploration and Development of a Simpler Respiratory Distress Observation Scale (modRDOS-4) as a Dyspnea Screening Tool:A Prospective Bedside Study.Palliat Med Rep 2021;2(1):9-14.平原佐斗司,鈴木みずえ,金盛琢也,他:言語妥当性が担保された日本語版 modRDOS-4 の開発~在宅ケアや施設で使用できる呼吸困難の客観的評価尺度~.日在宅医療連会誌 2023;4(4):9-15. さらに、われわれは、在宅や施設、病院などで多職種で用いることができる苦痛評価プロトコールを開発しました(図2)。このようなプロトコールを用いることで、認知症ケアにかかわる全専門職が認知症の人の苦痛に早期に気付くことを狙っています。図2 重度~末期認知症の人の苦痛評価プロトコール(改定案) 末期認知症の緩和ケア:食支援、呼吸困難への対応 末期認知症では、食思不振と嚥下障害、肺炎からくる呼吸困難や咳嗽・喀痰などの呼吸器症状、疼痛、長期臥床に伴う褥瘡などの苦痛の緩和が必要になります。 末期の嚥下障害に対してはComfort feeding only(CFO)の考え方に基づく食支援を行います。CFOは認知症末期の経口摂取の在り方として提唱された考え方と実践法であり、食支援の目的を「栄養補給」とするのではなく、「本人の楽しみ」「Comfort(快適さ)」とする考えに立っています。つまり、食べることの目的は、あくまで「食べることが本人にとって快適かどうか」です。不快でないかぎり食支援を継続しますが、不快であればただちに中止し、ほかの心地よいケア(声かけやタッチセラピー、手浴・足浴、音楽、アロマ、こまめな口腔ケアなど)を行います。 末期認知症の緩和ケアのもう一つの課題は、肺炎による呼吸困難です。末期認知症の人の最大3人に2人が、肺炎を合併して死亡していると考えられています。そして、肺炎を合併して死亡した人は、食べられなくなり自然に亡くなった人に比べ、呼吸困難や不快感などの苦痛がはるかに大きい7)ことが報告されています。 末期の肺炎の苦痛緩和に対して輸液や抗菌薬をいつまで継続すべきかについては、エビデンスが不足しているため、個別の状況に基づき判断せざるを得ません。判断が困難な場合、時間を定めて治療を行い、その治療が患者さんの穏やかさに貢献したか否かを判断する方法(Time limited trial:TLT)を試みます。 また、末期認知症の人の肺炎合併時にみられる呼吸困難に対するオピオイドの有効性を示す、質の高い研究は認められませんが、国内外の指針・ガイドラインではオピオイド投与が推奨されています8)。 本文で使用した略語一覧(本文登場順)略語:フルスペル(日本語)BPSD:behavioral and psychological symptoms of dementia(行動心理症状)ACP:advance care planning(今後の治療・療養について患者・家族と医療従事者があらかじめ話し合う自発的なプロセス)ADL:activities of daily living(日常生活動作)QOL:quality of life(生活の質)AD:alzheimer's disease(アルツハイマー型認知症)PAINAD:pain assessment in advanced dimentia(ペインアド)RDOS:respiratory distress observation scale(呼吸困難の客観的評価)COF:comfort feeding only(認知症末期の経口摂取の在り方として提唱された考え方と実践法。食の支援の目的を栄養補給とするのではなく、本人の楽しみ、Comfort(快適さ)とする考え)TLT:time limited trial(時間を定めて治療を行い、その治療が患者の穏やかさに貢献したか否かを判断する方法) 執筆:平原 佐斗司東京ふれあい医療生活協同組合 研修・研究センターオレンジほっとクリニック 東京都地域連携型認知症疾患医療センター長1987年に島根大学医学部卒。現在、東京ふれあい医療生活協同組合 研修・研究センター長ならびに、同オレンジほっとクリニック 地域連携型認知症疾患医療センター長として在宅医療、認知症診療に従事。専門は、在宅医療、非がん疾患の緩和ケアで、研修・研究センターでは在宅医療専門医・指導医として、多くの在宅専門医の育成を行う。学会活動では、日本在宅医療連合学会 代表理事、日本認知症の人の緩和ケア学会 理事長、日本エンドオブライフケア学会 副理事長を務めている。 編集:株式会社照林社 【引用文献】1)van der Steen JT, Radbruch L, Hertogh CM, et al.:White paper defining optimal palliative care in older people with dementia: a Delphi study and recommendations from the European Association for Palliative Care.Palliat Med 2014;28(3):197-209.2)Sleeman KE,de Brito M,Etkind S,et al.:The escalating global burden of serious health-related suffering: projections to 2060 by world regions, age groups, and health conditions.Lancet Glob Health 2019;7(7):e883-e892.3)Inouye SK,Westendorp RG,Saczynski JS:Delirium in elderly people.Lancet 2014;383(9920):911-922.4)Witlox J,Eurelings LS,de Jonghe JF,et al.:Delirium in elderly patients and the risk of postdischarge mortality,institutionalization,and dementia:a meta-analysis.JAMA 2010;304(4):443-451.5)中西三春:一般急性期病院における認知症ケア.老年看 2018;23(2):44–48.6)Stubbs B,Thompson T,Solmi M,et al.:Is pain sensitivity altered in people with Alzheimer's disease? A systematic review and meta-analysis of experimental pain research.Exp Gerontol 2016;82:30-38.7)van der Steen JT,Mehr DR,Kruse RL,et al.:Predictors of mortality for lower respiratory infections in nursing home residents with dementia were validated transnationally.J Clin Epidemiol 2006;59(9):970-979.8)国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター:在宅における末期認知症の肺炎の診療と緩和ケアの指針.https://www.ncgg.go.jp/hospital/news/documents/01zaitaku.pdf2026/2/18閲覧

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
特集
2026年7月13日
2026年7月13日

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】第3回vol06

訪問看護の現場では、疾患・障害があっても、自分らしく前向きに生きる利用者さんがたくさんいます。今回は「みんなの訪問看護アワード2025」に寄せられた投稿の中から、利用者さんの生き方や言葉に元気をもらえるエピソードをご紹介します。 「精神疾患を抱えた利用者さまの社会復帰を目指して」 うつ病で自宅にこもり、生活環境の維持も難しくなっていた60代のTさんが、根気強い訪問看護の支援を受け、シャワー浴を希望し、ヘルパーと買い物にも出かけられるようになったエピソード。 Tさんは60代の女性です。うつ病のため自宅にこもっておられ、自宅は室内に物が多く、生活環境の維持が難しい状況でした。身内も遠方に住んでおり、経済的な支援以外は受けられない状態でした。夏に圧迫骨折で入院したことをきっかけに、地域での生活を支える目的で、ケアマネジャーを通じて当ステーションへ訪問看護の依頼がありました。訪問開始前のカンファレンスでTさんと面会した際には、入院中も入浴を拒否されており、体臭が強い状態でした。1つの質問に対する返答までに10分以上かかることも多く、担当ケアマネも対応に苦慮していました。まずは伸び切った爪を整え、室内でできるリハビリから支援を始めました。介入当初は保清を拒否し、「リハビリだけをしてくれればいい」と話されていました。そこで、まずはTさんの思いを丁寧に傾聴しました。そのうえで、入浴によって体が楽になったり気分転換につながったりすること、清潔を保つことでヘルパーと一緒に買い物へ行くなど、生活の幅が広がる可能性があることを根気強くお伝えしました。その結果、現在ではご本人からシャワー浴を希望されるようになり、ヘルパーと買い物にも出かけられるまでになりました。今回の経験を通して、病院勤務では得られなかった学びがありました。利用者さまの思いを汲み取り、多職種がそれぞれの役割を果たしながら支援することで、ADLやQOLの向上につながったのではないかと思っています。 2024年12月投稿 「小さな命が教えてくれたこと」 18トリソミーのAちゃんを自宅で見守るご家族。毎晩のように鳴り響くアラーム音への不安の中、訪問看護師は夜中や明け方にも駆けつけ、最期まで寄り添いました。ご家族が「自宅で看取ることができました」と振り返ったエピソードです。 「訪問看護師さんって何をしてくれるのかな」Aちゃんのママはそう思っていたそうです。NICUから訪問依頼があったのは、数年前の梅雨の時期でした。診断名は「18トリソミー」。長期生存は難しく、退院後に急変した場合も侵襲的な治療はおこなわない方針が、主治医から示されていました。退院するとご家族は「家に帰れてよかった」と笑顔でその日を迎えられました。しかし、その後は夜泣きなどで酸素飽和度が低下し、アラームが毎晩のように鳴る日々が続きました。不安になったママから訪問看護へSOSの電話が入り、私たちは夜中や明け方にも駆けつけました。ご家族が少しでも長く一緒に過ごせるよう願いながら、その都度駆けつけ、必要に応じて主治医と連絡をとりました。しかし、つらいことばかりではありません。Aちゃんのお姉ちゃんがそばで声をかけたり遊んだりすると、Aちゃんはかわいらしい笑顔を見せてくれました。その時間は、ご家族にとっても私たちにとっても、ホッとできるひと時でした。それから3か月後、パパから「このまま自宅でみんなで見送ります」との連絡がありました。私たちが駆けつけると、ご両親に抱かれた小さな命は、静かに旅立っていかれました。ご両親は「覚悟はしていたけれど……」と涙されながらも、私たち看護師にお礼を言ってくださいました。「訪問看護師さんって何をしてくれるのかなと思っていましたが、『こんなことで電話してもいいかな』『こんなことで来てくれるかな?』と思って電話しても、すぐに駆けつけてくれて。最期まで寄り添ってもらったので、自宅で看取ることができました」そう言っていただけたことは、今でも忘れられません。 2024年12月投稿 「最後の願い~自宅で死にたい~」 心不全末期で「家で死ぬために、ここまで頑張ってきた」と語った86歳の女性。本人の強い意思と家族の思いに寄り添い、自宅で最期を迎えるという願いを支えたエピソード。 出会ってわずか2日でお別れとなった、86歳の女性。心不全と認知症を患っていた。ある日、心不全の急性増悪が疑われる状態となり、ケアマネジャーから訪問看護の介入依頼があった。訪問すると、死期が迫っていると感じるほど切迫した状態だったので、私の頭には、救急要請の4文字が浮かんだ。救急要請について問いかけると、「家で死ぬために、ここまで頑張ってきたんや」と力強く話された。娘さんにこれまでの経過を伺うと、ご本人は幾度となく「入院はしたくない。家で死にたい」と話していたという。私はご本人の強い意志を受け止め、在宅医への相談を提案し、緊急往診を依頼した。在宅医が到着し、心エコーやレントゲンを実施。病状や治療について説明を受けると、ご本人は「楽にしてください」と希望された。治療をしなければ命に関わることが改めて説明されたが、「かまへん。楽にして」と意思は変わらなかった。入院について迷っていたご家族も、「もう十分頑張った。本人の希望どおりにしてあげたい」と、ご本人の意思を受け入れた。その後、苦痛緩和のための持続鎮静が開始された。一番の願いであった自宅のベッドで、お子さん3人に見守られながら穏やかに旅立たれた。私はこの事例を通して、意思決定支援とは、本人の価値観や願いに寄り添い、本人と家族が納得できる選択を支えることなのだと強く感じた。 2024年12月投稿 「痛みを和らげるのは薬だけじゃない」 胃がん末期で「食べられないなら早く死にたい」と落ち込んでいたYさんが、家族や多職種と花見を楽しみ、「たくさんの人に出会えて幸せです」と語ったエピソード。 胃がん末期のYさん。食べることが好きで、いつも『孤独のグルメ』を観ていた。なんとか食べられるものを口から食べていたが、やがて絶食となり、CVポートから点滴による栄養管理が始まった。主治医から予後は限られていると伝えられた。「食べられないなら早く死にたい」と元気をなくすYさん。ご家族も、元気をなくしたYさんを見て「つらい」と涙を流していた。少しして桜の季節がやってきた。ご家族で毎年恒例の花見をしていたそう。このまま何も食べられず、恒例の花見もできないまま最期を迎えることになったら、後悔しないだろうか。私はそんな思いを医師やYさんとご家族に伝えた。やはりYさんの願いは「食べたい」「花見に行きたい」ということだった。ご家族も同じ思いだった。医師から「固形でないものなら食べてもいいですよ。花見も行けるうちに行っておいで」と背中を押していただき、家族や多職種とお花見へ出かけた。みんなでアイスを食べたあの時のYさんの笑顔は、決して忘れられない。Yさんからは「私はたくさんの人に出会えて幸せです」と言っていただいた。私もYさんからたくさんのことを学んだ。がん終末期の苦痛を和らげるのは薬だけではない。あたたかい人の関わりによって、痛みや苦痛が和らぐこともあるのだと実感した。 2024年11月投稿 「ケアは魔法」 がん終末期で頑なにケアを拒んでいたAさん。最後の訪問で清拭と着替えを受け入れ、「まるで、魔法だな」と涙ぐみながら話してくださったエピソード。 少し前のお話になります。がん終末期の高齢男性の利用者様、Aさん。奥様との2人暮らしでした。心が強く、つらくても人に頼らず頑張ってこられました。訪問看護を受けていても、その姿勢は変わらず、私たちにもなかなか頼ろうとはされませんでした。そんな折、身体が思うように動かなくなり、転居が決まりました。翌日の転居を控え、訪問看護はその日が最後でした。私が「お身体を拭いて、着替えましょうか」とお伝えすると、少し動くのもつらそうなご様子でした。しばらく間を置いた後、「じゃ、お願いしようかな」と小さな声で話されました。それまでケアを受け入れることはほとんどなかったAさんでした。「できるだけ、体への負担が少ないよう、手早く済ませますね」と声をかけ、清拭と着替えを行いました。終わった後、「お疲れ様でした。ご協力いただき、ありがとうございました」とお伝えすると「まるで、魔法だな」とAさんが話されました。その言葉が褒め言葉であることは、すぐに伝わってきました。こんなにも心に残る褒め言葉があるのだと、胸が熱くなりました。涙ぐむAさんと握手をしてお別れしました。翌日、Aさんは予定されていた転居先へ向かわれました。私がAさんと言葉を交わしたのは、あの日が最後となりました。あの言葉は、お別れの際の気遣いだったのかもしれません。それでも、ケアにおいては質が大切であり、常に意識して取り組む必要があるのだと改めて思いました。後日、ごあいさつに来られた娘さんから、「最後の訪問看護の日、父が涙を見せていたのを初めて見ました」とお聞きしました。Aさん、ありがとう。 2024年11月投稿 利用者さんの前向きな姿勢や生き方に、励まされた経験のある訪問看護師も多いのではないでしょうか。今回ご紹介したエピソードからも、訪問看護はケアを提供するだけでなく、利用者さんやご家族から多くのことを学び、支えられる関係であることが伝わってきます。 編集: NsPace編集部

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
特集
2026年7月6日
2026年7月6日

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】第3回vol4

訪問看護の現場では、疾患・障害があっても、自分らしく前向きに生きる利用者さんがたくさんいます。今回は「みんなの訪問看護アワード2025」に寄せられた投稿の中から、利用者さんの生き方や言葉に元気をもらえるエピソードをご紹介します。 「訪問看護を続ける原点 やる気をもらった一枚の色紙」 16年前、東京赴任で不安を抱えていた新米訪問看護師が、利用者のAさんから贈られた一枚の色紙に励まされ、訪問看護を続ける原点となったエピソード。 16年前、私が訪問看護師として初めて赴任したのは東京でした。故郷の山形を離れ、ブランクがある中で久しぶりに現場に出る私は「新しい仕事、久しぶりの現場、新しい土地……やっていけるのか?」と不安でいっぱいでした。そんな中、私が受け持つことになったAさん。現代文の教員であったAさんは、時々思わず出てしまう私の方言に興味を持って「お国言葉はあったかくていいね」と言って和ませてくれる、とてもやさしい方でした。ある日、Aさんから一枚の色紙を差し出され、そこには「為せば成る為さねば成らぬ何事も成らぬは人の為さぬなりけり」と私の地元の偉人の言葉が書いてありました。訪問中の何気ない会話から、私になじみのある言葉を選び、訪問看護師になりたての私にエールを送ってくださったAさん。色紙を見た瞬間、とても温かい気持ちになり、「今できることを頑張ろう!」というやる気が出てきました。Aさんとの出会いがあったからこそ、今も訪問看護を続けられているのかもしれません。あの時いただいた色紙は私の大事な宝物です。 2025年1月投稿 「久しぶりの写真」 初回訪問時の写真撮影をきっかけに、利用者さんの笑顔や「久しぶりに写真を撮る喜び」が広がるエピソード。 なかなか訪問できないスタッフのために、初回訪問時にご本人・ご家族の了承をいただいたうえでお写真を撮らせてもらい、ファイルに綴じるようにしています。お写真を撮ると伝えると、髪型を気にされたり、お化粧を気にされたりする方もいました。初回訪問のため、たまたま在宅だった息子さんと満面の笑みで映る利用者さん。なかには「久しぶりに写真を撮った」と言われるご夫妻。大谷選手の名前を出して「『おおたにー』と言うと自然と笑顔になりますよ」とお声がけし、その笑顔を写真に残す。写真を印刷してお渡しし、また笑顔が見られる。 2025年1月投稿 「息子への想い」 レノックス・ガストー症候群とともに54年を生きた息子を、「大丈夫」と抱きしめ続けたお母さまの愛と、5年間寄り添った訪問看護師の想いを描いたエピソード。 Aさんは、へその緒をたすきのように体に巻き付けて出生。生後7か月ころに熱性けいれんを起こしたことをきっかけに検査を受け、「レノックス・ガストー症候群」と診断を受けた。「けいれんは一生つきまとうよ」と医師から言われた時はショックでしかたなかったけど、「そんなこと言ってられない」とお父さんと二人で世話をしてきた。大きなけいれんのたびに、お母さまは「大丈夫、大丈夫」とAさんを抱きしめた。その後、けいれんが落ち着く光景を何度も見てきた。養護学校にも楽しそうに通った。ここまでのお話は、訪問看護師として5年関わったAさんが病院で亡くなったあと、ご自宅に伺ったときのお母さまの語りである。お母さまと並んでうれしそうな顔をしているAさんの写真と、たくさんの思い出話で一緒に泣いた。「可愛かった」と話すお母さまの姿を前に、我が子に先立たれたお気持ちを思うと、何と声をかければ良いのか分からなかった。高齢になるお母さまのために、Aさんの施設への入所も検討していたこともあり、「Aさんなりに、お母さまを楽にさせてあげたいと思ってくれたのかもしれませんね」とお伝えするのが精いっぱいだった。お父さまの人生の最終段階にも、訪問看護師として伴走した。ひとりになったお母さまのことが心配で、これからも時々連絡していこうと思う。そんなことを考えながら、Aさんの遺影に語りかけた。「54年間、よく頑張りましたね。お疲れ様でした。」 2025年1月投稿 「絶対に駄目よ。」 膵臓がん末期のSさんが「私と代わってほしい」と口にしたあと、「絶対に駄目よ」と続けた言葉に、最期まで自分らしく生き抜く強さを感じたエピソード。 私が訪問看護師となって、最初に受け持ったのが膵臓がん末期のSさんでした。笑顔が素敵で人生経験も豊富なSさんから、点滴の時間や浮腫へのケアの時間に、さまざまなお話を聞かせてもらいました。亡くなる10日前、だんだん動けなくなってきたSさんに、私にお手伝いできること、こんなことをしてほしいなどありませんか?と聞いてみました。Sさんは少し口角を上げて「私と代わってほしいわね」と話されました。私は正直驚きました。何て答えたら良いのだろう、と戸惑いました。少し考えて私は「お体大変なんですよね、変わってほしいですよね。Sさんの感じている大変さは、経験した人にしかわからないですよね」と伝えると、今度は笑わずに「絶対に駄目よ。こういう経験したら。」と凛とした口調でした。最期まで病と闘い、自分らしく生ききろうとしている人生の先輩の言葉だと思いました。「Sさんだから頑張れているんですね」と伝えると「そうなのかしらぁ」といつもの柔らかい笑顔でした。Sさんは、強くて優しくて時々涙も流し、最期まで自分らしく生ききった方でした。こんな風に、人生の最期に出会わせていただき、ともに歩むことができる訪問看護は、戸惑うことも多いですが、ありがたい経験をさせていただける仕事だと思います。 2025年1月投稿 「寄り添って最後まで」 がんのターミナル期、一人暮らしで最期まで在宅を望み続けた利用者さん。時には苛立ちを見せながらも、心の通った関わりを感じたエピソード。 病院勤務から訪問看護勤務にかわり、初めて受け持った利用者さんだった。癌のターミナル期だったが、在宅での療養を希望されていたため、訪問看護が介入し、関わりを持っていった。ほとんど目が見えていない状況もあり、普段は関係性が保てたが、自分の思い通りにならないことや、周囲が思うように応えられないと感じた時には、苛立ち、怒り口調になることがしばしばあった。病院勤務ではそのような関わりを持つ時間がなかったので、対応や言葉かけ一つにも難しさを感じた。ところが、私がしばらく訪問できない時には、他のスタッフから「Bさん(私の名前)は元気かと言っていたよ」と聞き、嬉しい気持ちになった。在宅での療養を望まれていましたが、環境的に難しい状況となりました。しかし、所長に相談すると、さまざまなサービスを活用することで在宅療養を継続できるようになりました。訪問者全員の名前を覚えていて、冗談を交えながら会話を楽しんでいるようだった。1人暮らしで、身の回りのことが難しくなったため入院を勧めたが、在宅で過ごしたいというご本人の思いは最後まで変わらなかった。最終的には入院するに至ったが、本人の意向を尊重しながら関わる中で、その思いを言葉や表情で返してくださることが、訪問看護のやりがいではないかと感じた一事例だった。 2025年1月投稿 利用者さんの前向きな姿勢や生き方に、励まされた経験のある訪問看護師も多いのではないでしょうか。今回ご紹介したエピソードからも、訪問看護はケアを提供するだけでなく、利用者さんやご家族から多くのことを学び、支えられる関係であることが伝わってきます。 編集:NsPace編集部

× 会員登録する(無料) ログインはこちら