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[3]身体の死後変化はエンゼルケアの必須知識!

死後のご遺体の変化に驚かれるご家族が少なくありません。ご家族にきちんと説明できるためにも、死後の身体変化に関する情報をしっかりと押さえておきましょう。また、どういった変化が生じるのか把握しておくことで、変化を最小限に抑える対処が可能ですし、さまざまな身体変化に遭遇しても冷静に対応することができます。

亡くなった高齢女性Aさんのご家族から困惑した声音で、担当だった看護師に電話がありました。

「おばあちゃんの口のまわりに灰色の輪がくっきりと浮き出てきたんです。不吉なことなんじゃないかって言う人もいて・・・・・・。一体、何なんでしょう、これ」

Aさんは黄疸が出ていたために、その死後変化として皮膚に変色が起こったのです。黄疸をもたらしているビリルビン色素の酸化亢進などによって時間とともに変色が起こります。毛根部が変色の生じやすい部位で、髪の生え際や眉、ひげ(あるいは口まわり、女性も口周囲にうぶ毛があるため)などに注意が必要です。

Aさんのご家族はそれを知らなかったため驚かれたのですね。看護師は異常事態ではないことを伝え、対処法などを次のように説明し安心していただきます。

「黄疸が出ていた方は、お口のまわりがくすんで輪のように見えることもあります。自然な変化ですから、ご心配はいりません。気になるようでしたら、その部分をファンデーションでカバーしていただいて問題ありません」

そして、必要に応じてファンデーションを使用したカバー方法なども説明します。

望ましいのは、黄疸のある肌は時間の経過とともに皮膚に変色が生じると思われることを、あらかじめエンゼルケアのときに説明できることです。さらに、最も望ましいのは、そのことを含めて死後変化のことなどが書いてある文書をお渡しすることです。文書については、連載の最終回でふれる予定ですので参考になさってください。

身体の死後変化の知識を得ておくことは、エンゼルケアを行ううえで必須です。亡くなった人のそれまでの身体の状態を把握している看護師は、例えば前出の黄疸の出ている方のように、変化についてのさまざまな配慮・対応が可能なためです。

知っておきたい身体の死後変化の特徴

では、ここで「身体の主な死後変化」を図1に示します。

図1 身体の主な死後変化

( )内は、変化が始まる目安の時間を示す。変化の強度や速度には個人差がある。各項目の詳細については以下を参照。
筋の硬直(死後硬直)(1時間~)
筋弛緩後、下顎(1~3時間)、全身(3~6時間)へと硬直が進む。循環停止により酸素供給が停止することなどによる。死後半日から1日の間に硬直のピークを迎え、その後、解けはじめる。死の直前まで筋肉を使用していたり(急死)、高齢ではない場合などは硬直が強く表れる。
体表面の乾燥(3時間~)
循環停止によって内部から体表面への水分補給がなくなり、自力で保湿できなくなり乾燥する。特に外気にふれている頭部(その中でも口唇)は乾燥が急激に進む。表皮が失われている箇所や開放性の創部も乾燥しやすい。また、乾燥とともに皮膚の脆弱化も進む。
水分量の多い乳児・小児は、成人よりも乾燥傾向が強い。
顔の扁平化(直後~)
重力の影響による。
蒼白化(30分~)
重力の影響を受け、比重の重い赤血球が沈下することで、皮膚の血色が失われる。
全身の上面に生じるが、露出している顔面が特に目立つ。
顔のうっ血(3時間~)
急性の心疾患で亡くなった方に生じることが多い。
腐敗(6時間~)
恒常性の消失で細菌バランスが崩壊し、細菌群(中温菌)が異常繁殖することによって生じる。腹腔内からはじまり胸腔内、そして全身に広がる。身体の状態(水分が多い、栄養が多い、温かいなど)によって腐敗の進行度が変わる。
体温低下(直後~)
恒常性の消失で、気温の影響をまともに受ける。上下肢の末端部や外気にふれる顔面などから低下する。体幹部は下がりにくい。
止血しづらくなる
血液の凝固因子が大量に消費されることなどから、止血しづらい状態になる。
黄疸の方の皮膚色の変化(24時間~)
黄疸をもたらしている色素の酸化亢進などによって生じる。黄色→淡緑色→淡緑灰色に変化する。

さまざまな変化を図1で把握するとともに、全体的な変化の特徴として次の4点も押さえておくとよいでしょう。各タイミングでの判断に役立ちます。

①死後の身体は「不可逆的に変化する」

図1に示した変化をはじめとして、死後変化のすべては不可逆的に進行します。つまり、変化する一方で、元の状態に戻ることはありません。生きているときのように、維持しよう、回復しようと身体は機能しません。

例えば、口唇は粘膜のため特に乾燥しやすい部分です。時間とともに乾燥が進み、表面が茶褐色に変色してしまったり、口唇全体の厚みが減ってしまったりし、それらが元の状態に戻ることはありません。ですから、早い段階で油分を塗布するなど、乾燥防止を行う必要があるのです。

ちなみに、葬儀社の方から看護師に対して「とにかく唇だけでも早めに油分を付けておいてほしい」と言われることがあります。葬儀社の方が担当する段には、すでに口唇の乾燥が極まってしまっていることがあるからのようです。

エンゼルメイクを含むエンゼルケアの時点で何をしておくべきなのかを判断し、実施することがポイントになってきます。

②死後の身体変化は「予測しきれない面がある」

どんな死後変化がどの程度、どんな速さで起こるのか、エンゼルケアの時点ではその後を予測しきれない面があります。その大きな理由として、次の2点が挙げられます。

・個体差を厳密には予測できない
死後の身体変化は、死に至ったときの身体状態により個体差があります。例えば、体内の水分量が多く、さらに亡くなるまで高熱が続いていた場合は腐敗が早く強く出るかもしれないというようにおよその予想はできますが、厳密な予想はできません。

・管理状況に左右される
ご遺体は、身体の状態を一定に保つ機能は働いていないので、気温、湿度など身体を取り巻く環境の影響をまともに受けます。皆さんの手が離れた後、例えば暑い日などに適切な冷却がなされなければ急激に腐敗が進み、体液が漏れ出たりします。

身体の変化に困惑したご家族から問い合わせや相談の連絡があったなら、まず「お身体はいろいろな変化が出るのが自然のことです。異常事態ではないので心配はいりませんよ」と応対し、具体的な対応方法を説明するとよいでしょう。

③死後の身体は「傷みやすい」

死後の身体変化が生じているイメージをつかんでほしいと思い、あえて「傷む」という表現を使います。

例えはあまりよくありませんが、釣ってきた魚を暖かい日に冷却もせず、ラップもかけずにテーブルの上に放置してしまうと、魚は急激に傷んでいきますね。人の身体も何もしなければ同じように傷んでいきます。

冷却や乾燥防止対策を行い、なるべく変化を抑えますが、抑えきれないケースも少なくありません。ただ現在は、亡くなった人との対面時には、衣類や花などでカバーされて目にふれないような配慮がされており、私たちは「傷む」という自然現象を忘れがちです。このことを含んでおいて、必要なときに「ご遺体は傷みやすいですよ」とご家族に説明します。

④死後の身体は「重力の影響を受ける」

図1に示した「蒼白化」や「顔の扁平化」は重力に抗えなくなった結果、起こる変化です。他にも、身体の後面に開放性の創部(褥瘡など)がある場合は滲出液が漏れ出やすいので、あらかじめ対応をしておくといった判断ができます。

また、図1に示したように血液は止血しづらい状態になるため、鼻出血などがあると長く出続けることがあります。その場合は枕の高さを変えたり顔の向きを変えるなどし、重力の働く方向を変えることで、体外への出血量を減らせることがあります。

ご家族がご遺体を「起立させてほしい」と希望した例では、担当の看護師は便漏れなどがないように、重力の影響を考えながら希望に応じたとのことでした。

ワンポイントメモ
臭気の話
死後の早い段階で、気になる臭いが発生しやすい場所は、口腔内と瞼内です。
 
下顎が、早ければ死後1時間程度で硬くなるため、臭気防止のために口腔内だけは早めにケアを行います。マウスケア用のスポンジやガーゼなどで汚れを拭ったり、可能であれば歯磨きもします。瞼内のケアでは、眼脂に注意します。眼脂などの分泌物からも臭気発生の恐れがあるため、綿棒で拭うなど可能な範囲で除去しておきます。
 
腐敗による臭気もその後発生します。エンゼルケアの段階で行う臭気対策は、第4回で解説する冷却が有効です。



執筆 小林 光恵
看護師、作家

 
●プロフィール
看護師、編集者を経験後、1991年より執筆業を中心に活躍。2001年に「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表を務める。2015年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表。漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者。

記事編集:株式会社照林社

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