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細やかな連携で、利用者の生活に安心を~チームで支え合う職場づくり~アルト訪問看護ステーション 小島さんにインタビュー
細やかな連携で、利用者の生活に安心を~チームで支え合う職場づくり~アルト訪問看護ステーション 小島さんにインタビュー
インタビュー
2025年9月9日
2025年9月9日

細やかな連携で、利用者の生活に安心を~チームで支え合う職場づくり~アルト訪問看護ステーション 小島さんにインタビュー

【PR】この記事はNsPace Careerナビ編集部が取材・編集しています。 アルト訪問看護ステーションは、開設から20年近くにわたり地域に深く根差し、利用者様一人ひとりに寄り添う質の高い看護を提供しています。管理者を務める小島様は、このステーションで19年にわたり、訪問看護師としてその歴史を支えてきました。そんな小島様に、アルト訪問看護ステーションの魅力や訪問看護師としてのやりがい、そして今後の展望についてうかがいました。 訪問看護との出会いは「ご縁」 看護学校を卒業後に系列の病院で3年間、急性期の内科や循環器科の病棟に勤め、結婚をきっかけに一度退職しました。28歳頃に、また病棟で2年半ほどパート勤務をしましたね。妊娠・出産を経て、子どもが小さいうちはパートとして診療所に勤めました。そこで3年ほど働き、子どもが小学校に上がるタイミングで一度看護師の仕事をお休みしたんです。 そして38歳のとき、当ステーションにご縁をいただきました。実は身内が当ステーションのグループ系列のサービスを受けていて。その関係で、会社の担当者の方から「働いてみない?」と声をかけられたんです。そのご縁がきっかけで、今に至るまで19年間、このステーションでお世話になっています。 アルト訪問看護ステーションの強み:グループ連携と多職種協働 当ステーションの一番の強みは、グループ全体での密な連携にあります。グループ内では住宅型有料老人ホームや認知症のグループホームも運営しており、在宅でのケアが難しくなった利用者さんも、グループ内の施設で継続してサポートできるんです。利用者さんの状況に合った環境で生活できるようサポートできるのは、私たちにとっても大きな喜びですね。 また、同じグループ内にデイサービスもあるので、利用されている方も多く、グループ全体で利用者さんに関われるので、連携がとてもスムーズなんですよ。利用者さんのちょっとした変化…… たとえば身体に小さな傷を見つけたときには、すぐにデイサービスのスタッフと連絡を取り合い、悪化予防に努めることができます。このような迅速で丁寧な連携は、利用者さんにとって大きな安心につながっているのではないでしょうか。 さらに、ケアマネジャーも同じ建物内にいることがほとんどなので、ひとつのグループ内ですべてのサポートが提供できますし、医療面では系列クリニックとの連携も密に取れています。 このように、多職種と細やかに連携できる環境があるからこそ、利用者さんに質の高い看護を提供できているんです。外部の事業所からの介入がない分、まるで身内のように個別性に応じたサポートができる、そんな環境が整っていると感じています。 働きやすい環境と温かいチームワーク 私が長く働き続けられるのは「働きやすさ」に配慮された環境があるからだと思います。たとえば、有給休暇はほぼ完全に消化できる体制が整っていますし、子育て世代へのサポートも手厚いんですよ。 グループ内に保育園があるので、子どものいるスタッフも安心して働けます。実際に、現在も子育て中のスタッフが数名おり、産休からの復帰実績もあります。お互いに子育てへの理解が深く、子どもの急な発熱や体調不良などにも融通の利く環境が整っているのは、本当に助かるところですね。 当ステーションのチームワークも自慢です。利用者さんの訪問は受け持ち制ではなく、ケアの方針はみんなで相談しながら決めています。訪問業務や勤務形態の都合上、全員がそろってカンファレンスをおこなう時間を取るのは難しいのですが、スタッフ2~3人でも積極的に話し合い、その内容を、全員が見て共有できるように工夫しています。 そうすることで、ステーション内での意見の統一が図れますし、スタッフ一人ひとりの意見を反映したケアを確立できるんです。 オンコール体制についても、今はおもに私が担当していますが、新しく入ってくれた常勤スタッフが慣れてきたら、ひとりに負担が偏らないよう分担していく予定です。現時点で在籍しているスタッフは、半数が訪問看護未経験者でした。当ステーションでは、未経験の方でも働きやすいように、手厚いフォローがありますので安心してもらえると思います。 病院での経験がある方も多いので、そのときにはオリエンテーションを通して、訪問看護の基本や、病院との違いを丁寧に伝えています。あとは日々の訪問を通して、実践的な教育とフィードバックを大切にしているので、しっかりと訪問看護の現場を学んでいける環境です。 これまで、人手が少ない時期が多く、正直大変なこともありました。しかし、利用者さんに対して責任を持って看護を提供している以上、新しいスタッフが入るまでみんなで協力し、なんとか乗り越えてきました。 最も大変だったのは、やはりコロナ禍の時期です。当時は、2〜3週間休みがない状況が続きました……人数が少ないなかで感染症対策にも気を配りながらの仕事は、本当にしんどかったです。でもこの経験を通して、スタッフ間の絆は一層強まったと感じています。みんな優しくて協力的なので、居心地がいいんですよ。長く勤めたいと思える職場だと感じていますし、気遣いなく働ける環境です。 「アルト訪問看護ステーション」の仕事風景 密な連携が訪問看護のやりがいにつながる 訪問看護師のやりがい、魅力は本当に尽きません。当ステーションはクリニックが母体で、診療所と連携しているので、医療的ケアが必要な方、たとえば在宅酸素療法をおこなっている方や、がんのターミナルケア、重症度の高い利用者さんも担当します。看取りのケアや、がん、さまざまな疾患、高齢によって少しずつ状態が悪化していく方々への看護を通して、常に多くの学びがあります。 現在は精神疾患の利用者さんはほとんどいませんが、高齢でさまざまな疾患を抱えた方が多いため、きめ細やかな看護を提供できるのが特徴です。在宅ならではの、利用者さん一人ひとりに時間をかけてじっくりと寄り添うことができるのは、この仕事の醍醐味だと思っています。自分が「こうしていきたい」と思う看護ができる、これは本当に大きなやりがいにつながっていますね。利用者さんが安心して最期まで過ごせる環境をサポートできるよう、施設やご家族、先生方と密に連携を取りながら支援できるよう心がけています。 地域を支えていくために。連携を活かして利用者の願いを叶える 現状は小規模なステーションですが、今後、スタッフが充実すれば、利用者さんからの新規の介入依頼も積極的に受け入れていきたいと考えています。とくに、ターミナルケアの対象者や医療保険を利用される方々への支援を拡大していきたいですね。今は、人手不足で母体のクリニックからの依頼でさえ断らざるを得ないこともあるんです。 利用者さんの生活を地域で支えていくためには、なによりも「人」が必要です。私たちは、利用者さんのためにグループ内で密に連携することを得意としています。この連携を活かし、今後も利用者さんやご家族の「このまま家で過ごしたい」という願いを支え続けたいと思っています。利用者さんやご家族はもちろん、多職種と連携・協力できる訪問看護を提供したいと考えている方に、ぜひ来ていただきたいです。 インタビュアーより 看護師だけでなく、介護士やケアマネジャーとの細やかな連携で利用者さまに質の高い看護を提供されているアルト訪問看護ステーション様。ステーション内のコミュニケーションも活発で、相談しやすく働きやすい職場環境が整っています。「利用者様のために」という想いをスタッフ全員が持ち、同じ方向に進んでいける…そんなチームワークのある素敵なステーション様です。 事業所概要 アルト訪問看護ステーション(大阪府大阪市) 住所:大阪府大阪市西成区南津守1丁目5-24運営方針・理念: 自宅で療養されている利用者様を、主治医や多職種と連携を行いながらサポートします。 利用者様が安心して快適な療養が送れるよう、病状や状態に応じた適切な看護サービスを提供します。 記事提供:NsPace Careerナビ編集部

利用者のため。スタッフのため。求められる場所で貢献したい~しりうす訪問看護ステーション 柴田さんにインタビュー~
利用者のため。スタッフのため。求められる場所で貢献したい~しりうす訪問看護ステーション 柴田さんにインタビュー~
インタビュー
2025年8月26日
2025年8月26日

利用者のため。スタッフのため。求められる場所で貢献したい~しりうす訪問看護ステーション 柴田さんにインタビュー~

 【PR】この記事はNsPace Careerナビ編集部が取材・編集しています。 急性期病棟で働いていた柴田さん。訪問看護へ進むきっかけはどのようなものだったのでしょうか。ご自身で訪問看護ステーションを立ち上げられた経緯や今後のビジョンについて伺いました。 理学療法士として訪問看護の道へ。きっかけは「自分の目で確かめてみたい」という想いから 私が理学療法士になったのは、家系が全員医療系だったことが影響しています。そのような家庭環境だったので、普段の生活でも医療に関する会話が多かったんです。 その頃はそれがあまり好きではなかったのですが、将来を考えたときに、やはり医療系で考えるようになって…当時は理学療法士は今ほど有名ではなかったのですが、資格があればスポーツ関係のことができるし、それだけでなく病院や施設など、興味によって選択肢が広がるなと思いました。それが理学療法士の資格をとったきっかけです。結局、最初の就職先は病院でしたけどね。 最初に就職したのは、埼玉県にある急性期の病院です。呼吸・循環器病棟とICUに勤務していて、患者さんが入院した理由が「自宅でのサービスが行き届いてなかった」とか「一度退院したのに、自宅での体調管理に問題があった」といったことがありました。そのような経験もあり、訪問看護の世界を自分の目で確かめてみたくなったんです。 あと、私は親を早くに亡くしているのですが、自宅で親をみているときに、訪問看護を使っていたことがあるんです。なので、訪問看護についてはだいたいわかっていましたが、当時は訪問看護のサービスに納得いかない部分がありました。 「コミュニケーションや移動距離の問題に疑問を持ったことから、自分で訪問看護ステーションを立ち上げた」とお話しされる柴田さん 自分自身で訪問看護ステーションを立ち上げることを決意した理由 私の親が利用していた訪問看護に納得がいかなかった理由のひとつに「コミュニケーション」があります。 コミュニケーションは、私自身が会社を立ち上げるにあたり、とても気をつけているところでもありますね。 たとえば、訪問看護では利用者さんやご家族の生活を考える必要がありますが、なかには医療従事者が「この手順はこういうふうにしてください」と決めてしまうことも実際にはあるんですよね。 ですが、医療従事者が利用者さんやご家族の生活をすべて決めてしまうと、自宅に帰ってきている意味がないと考えています。だから、利用者さんと同じ目線に立って物事を考え、コミュニケーションをとることを大切にしています。 あと、訪問看護ステーションのなかには「事業所から利用者さん宅への移動距離が長い」という理由で断るところもあります。 自分が訪問看護ステーションを立ち上げてみて、確かに移動距離が長いと訪問しづらいということは実感しています。でも誰かが行かないとその利用者さんは誰がサポートするのでしょうか。サポートが必要な方がいるならば、距離があっても行くべきだと思うんです。 このように、コミュニケーションや移動距離の問題に疑問を持ったことから、自分で訪問看護ステーションを立ち上げることを決めました。 訪問看護ステーション設立時の苦悩とは 急性期病院を経験後、ある会社の訪問看護ステーションで5年ほど働きました。経営に関わってきたときに、現場の想いを伝えても、あまり理解してもらえなくて。このまま働き続けたら自分に嘘をついてしまうことになり、自分のやりたかった訪問看護はできないと考えて退職を選びました。その後、自分で訪問看護ステーションを立ち上げました。 訪問看護ステーションを立ち上げるにあたっては、父が経営者をしていたので、事業を立ち上げるときの流れや必要なことなどはなんとなく頭の中で理解できていました。そのおかげで立ち上げのところまでは問題なかったのですが、実際の数字の部分については、想像と現実とのギャップはすごくありますね。 やりたい理想と、経営者として視点にたったときのギャップに、なかなか折り合いをつけるのが難しいです。自分の理想が高いので、その未来に描いている自分の姿と、今この時点での自分とのギャップに苦しんでいる感覚ですね。 今後のビジョンは「求められる場所で1番に」 高齢化率が高くなっている地域や、基幹病院が少なく入退院が激しい地域は、退院後の受け皿も少ないことがあります。そういった背景から「訪問看護ステーションを作らないか」とお声がけいただくこともあります。 まずは、当ステーションのサテライトを立ち上げようと考えています。現在のメインは北区ですが、地形的に南側への訪問が距離が長く大変なので、ゆくゆくは北と南で事業所を作って、うちで完結できればいいなと思っています。2か所になれば、スタッフの負担が減らせるのも大きいです。 理想の会社像としては、地域で名前を知らない人がいないくらいの会社にしたいという想いがあります。まずは「北区で1番」が最初の目標。基本的には次々と事業所を展開するつもりはありません。展開すればするほど手が回らなくなり結果的にサービスが雑になることはしたくないからです。 展開するのであれば、医師から直接「ここに出してほしい」と依頼があったりしたときや、訪問看護の手がなくて困っている地域で、訪問看護の需要があればそこに展開したいですね。「今求められているところで1番になる」というのが、直近での理想のところです。 その理想を叶えるためにも、多職種との連携は大切にしています。なかでも、相手の期待を超えるようなサービスを提供できるように意識していますね。 たとえば、情報の提供とやりとりの早さ。外部の方との連携はとくに丁寧にやるようにしています。会議や勉強会にお声がけいただいたときは、時間が合えば可能な限り参加して、いろんな事業所の方と顔見知りになれるよう、私が率先してやっています。 スタッフ全員で理念とビジョンに向かう姿勢を スタッフへの教育は、基本理念とビジョン、基本方針を軸にしています。スタッフとのコミュニケーションも大切だと考えているので、年に4回は定期的に面談し、ふり返りをしています。 事業所のミッションやビジョン、バリューは、ただ置いてあるだけだとなにも機能しないので、それを追い求めることを徹底しています。そのおかげか、スタッフにも当ステーションの軸が根付いてきているんじゃないかなと感じますね。 もし仕事で判断に迷うことがあっても、軸があるので、立ち戻れるんですよね。基本理念や方針に紐づいたことだったら、スタッフには自由にやってもらいたいなと思っています。 入職者の採用のときに大事にしているのは、第一印象やフィーリングです。時間を守ることやメールのやりとり、挨拶、笑顔など、基本的なことです。看護技術は身についているに越したことはないですが、重視はしていません。人柄が大切だと思っています。 インタビュアーより ご自身の過去の経験から、訪問看護ステーションを立ち上げられた柴田様。スタッフが働きやすい環境やサポート体制づくりに注力されています。スタッフの皆様の笑顔あふれる素敵なステーション様でした! 事業所概要 しりうす訪問看護ステーション(東京都北区) 住所:東京都北区赤羽北1丁目12-14 運営方針・理念VISION:人の和を大切に信頼を育み、関わるすべての人々に笑顔と安心をMISSION:確かな技術に真心を乗せて地域から最優先に選ばれる会社を目指しますVALUE:①常にお客様起点で物事を考え行動します②時代の最先端を見つめ、他の模範となるサービスを提供します③社会、顧客、働く仲間と共存共栄を図ります 記事提供:NsPace Careerナビ編集部

患者さんの想いを尊重した看護/ラミーナ訪問看護ステーション
患者さんの想いを尊重した看護/ラミーナ訪問看護ステーション
インタビュー
2025年8月5日
2025年8月5日

「言葉を大切に」~患者さんの想いを尊重した看護を提供~ラミーナ訪問看護ステーション 木村さんにインタビュー

 【PR】この記事はNsPace Careerナビ編集部が取材・編集しています。 病棟勤務を経てがんセンターに転職し、14年間の緩和ケアの経験を積まれた木村様。訪問看護ステーションを立ち上げられた経緯や大切にされている想い、今後のビジョンをうかがいました。 緩和ケアを経て訪問看護の世界へ 看護学校を卒業して大学病院に入職し、脳外科や泌尿器科、ICU、呼吸器内科、循環器内科、放射線科の病棟で働きました。看護師として10年目を迎えたとき、今後は緩和ケアに携わりたいと思ったのです。 その頃から訪問看護にも興味を持っていましたが、まずは緩和ケアを学んでからと考えました。そんなときに千葉県にあるがんセンターに緩和ケア病棟ができると聞き、転職を決めました。 がんセンターでは、整形外科、泌尿器科、緩和ケア病棟を経て、退院調整をする部門の「在宅支援センター」が立ち上がり、私は初期から関わらせてもらいました。病院全体の在宅調整を担う中で、在宅で過ごす患者さんのことや、支援してくださる訪問診療や訪問看護、居宅介護支援事業所と連携させて頂きました。この時期に今のラミーナに繋がる多くの学びがありました。 千葉県がんセンターを退職後、さくさべ坂通り診療所で在宅緩和ケアを学びながら緩和ケア認定看護師の資格を取得しました。 その後、千葉県がんセンター時代からお世話になっている五味クリニックの関連会社から2017年に訪問看護ステーションが開設され、管理者となりました。管理は初めての経験が多く、戸惑いや不安もありましたが、会社のサポートもあり業績は順調で、2021年に独立し今年6月で4周年を迎えることができました。五味博子先生は、今も変わらず連携してくださっていて、安心して訪問することができています。 「自分でステーションを立ち上げるときに「患者さんの思いや言葉を大切にする」ということを軸にやっていこうと決めました。」とお話しされる木村さん 大事にしているのは「患者さんが語る言葉や想い」 当ステーションの特徴は「患者さんの言葉を大事にする」ことです。看護師それぞれに思いは持っていますが、まずは「患者さんがなにを考えているのか」「どんな体験をしながら過ごしているのか」など、患者さんの言葉で語ってもらい、そこを理解するところから始めています。 患者さんの考えていることが不利益にならなければ基本的に見守る姿勢ですし、もし不利益になるようなら、指導というのではなく「こういう方法もあるのではないか」と提案する形で進めていくことを意識しています。 やはり患者さんに語っていただくには、コミュニケーションスキルが欠かせません。患者さんの言葉を勝手に置き換えていないか、意識しながら聴くようにしています。 「患者さんの言葉を大切にする」という軸は、がんセンターでの経験に原点があります。当時は緩和ケアの知識を持っていたこともあり「こういう風にした方がいい」「この薬を使った方がいい」というように患者さんのためにと言いつつ、割と自分の世界を押し付けていた気がします。 その当時の患者さんに「自分たちでどうするかを選ぶのではなく、レールに乗せられているようだ」と言われたことがありました。患者さんがどうしたいのかを、自分では考えているつもりでしたが「こうした方がいいのではないか」と誘導しているような感覚があって、だんだん苦しくなりました。 在宅の世界に入って、相手との向き合い方を180度変える必要が出たときに、これまでいかに自分本位で看護をしていたかというのを実感しました。その経験から、ステーションの理念は「患者さんの思いや言葉を大切にする」ということを軸にやっていこうと決めました。 地域とつながり、気軽に相談できる場を作りたい ステーションを立ち上げた当初は、規模を大きくして、スタッフも充実させて……というように、事業所として安定することばかりを考えていました。でも、大きくなった先に何を見据えるのかという部分が私のなかにあまり見えてこなかったのです。1人ひとりの患者さんを大事にしていくのであれば、今くらいの規模でみんなが密に連携を取れている方が、働きやすいのかなと今は思っています。 個人的に考えているのは、患者さんやご家族が、病院ではない場所で、がんやがん以外の病気について、安心してフラットに話せるような場所を作りたいと考えています。様々な不安や今後のことを、ゆっくり考えたり話したりすることで、少しずつ自分を取り戻せる場所が必要だと感じています。 そういった場所作りを進めていくには、地域の方々との交流が大切だと思っているのですが、現時点ではあまりできていません。公民館で病気予防に関する勉強会や健康教育はさせてもらっていますが、たとえば町内会や自治会とはつながっていないと気づきました。 訪問看護という点では、お看取りをさせていただいた患者さんのご家族から「あのとき母もお願いしたから、父もお願いします」というようなうれしいつながりはありますが、対地域への存在感はまだまだ地道な活動が必要かなと思っています。当ステーションのある地区は他市に比べて訪問看護ステーションの数が少ないので、地域でアイデアを出し合って、横のつながりも大事にできたらいいですね。 会議をする「ラミーナ訪問看護ステーション」のスタッフさん。 スタッフ連携で、より良い職場づくりと丁寧な看護の提供を 当ステーションは丁寧なケアと丁寧な対応をするスタッフが多いです。頼もしいスタッフがそろってくれていて、ありがたいですし、患者さんから感謝されたり、つながりをより感じられたりするところだと思います。患者さんとしっかり向き合って看護を提供したいという方がいたら、ぜひ一緒にやっていきたいです。 私自身もまだまだ未熟なところがあるので、みんなに教えてもらいつつ、新しいものを取り入れながら、時代に沿って活動していくことを大事にしながらやっていきたいと思っています。 私自身、一看護師かつ経営者としては初めてなので、今でも人事評価制度やラダーについて、どういう取り組みをするか悩むこともあります。 教育はもちろんですが、お給料の面でもみんなの頑張りを反映させたいですし、まだまだ試行錯誤していますよ。スタッフには大変な思いをさせているかもしれないけれど、良い形で還元できるようにしたいです。 最初は緩和ケア専門のステーションにしたいという思いがありましたが、周りを見渡すと、がんだけでなく本当にさまざまな病気の方がいて、みんな一生懸命生きていらっしゃることを知りました。今はがん以外の疾患も積極的に訪問させていただいています。 患者さんの言葉を大事にして「今どう生きていきたい」とか「こんな風にしていきたい」というような言葉を拾うことをこれからも大切にしていきます。 そして私たちから患者さんにあらためて聞かなくても「あの人はそう言ってたよね」というように、患者さんの言葉を引き出しにたくさんしまっていけるような、そういう日々の訪問と関わりをしていきたいと思っています。 インタビュアーより がんセンターで長く緩和ケアに携わられた木村様。「患者さんの言葉を大切にする」という優しく温もりある姿勢がとても印象的でした。木村様を中心にスタッフの皆様もとても和やかな雰囲気で、密な連携を大切にされています。患者さんの思いを尊重した看護を提供したい方にぴったりのステーション様です! 事業所概要 ラミーナ訪問看護ステーション(市原市) 住所:市原市辰巳台東1-11-7 辰巳台イーストメゾン105号 運営方針・理念: 「家で過ごす」をかなえる 患者さん・ご家族の思いを聴き自分らしく生ききることを支援します 記事提供:NsPace Careerナビ編集部

無理なくみんなで備える。日本訪問看護認定看護師協議会の災害対策【後編】
無理なくみんなで備える。日本訪問看護認定看護師協議会の災害対策【後編】
インタビュー
2025年7月8日
2025年7月8日

無理なくみんなで備える。日本訪問看護認定看護師協議会の災害対策【後編】

地震・大雨・台風等、各地で災害が起きているなか、医療現場における防災対策の重要性はますます増しています。今回は、日本訪問看護認定看護師協議会でBCP作成支援活動を行ってきた戸崎さんと碓田さんに、今後のBCP作成支援活動や災害対策に対する考え方などを伺います。 >>前編はこちら手探りで始めたBCP作成支援 日本訪問看護認定看護師協議会の災害対策【前編】  日本訪問看護認定看護師協議会訪問看護認定看護師のネットワーク構築と、訪問看護全体の質向上を目指して2009年に誕生。訪問看護・在宅ケアのスペシャリストである認定看護師が集い、情報交換をしつつ自己研鑽を積み、地域包括ケアシステムの推進に貢献できるように活動している。参考:日本訪問看護認定看護師協議会 立ち上げ経緯&想い【特別インタビュー】戸崎 亜紀子さん星総合病院法人在宅事業部長/在宅ケア認定看護師/日本訪問看護認定看護師協議会 理事。総合病院で急性期看護を経験した後、育児・介護のため一時退職。クリニック勤務を経て星総合病院に入職し、精神科病棟を経験した後、訪問看護ステーションへ。訪問看護ステーション管理者、在宅事業部事務局長、法人看護部長を経て、現職。東日本大震災(2011)や令和元年東日本台風(台風19号)(2019)では、被災者・支援者の両方を経験。碓田 弓さん訪問看護認定看護師。総合病院にて外科病棟、緩和ケア病棟、透析室を経験した後、病院系列の訪問看護ステーションに異動し、12年勤務。介護施設併設の訪問看護ステーションの立ち上げおよび管理者を経験したのち、2023年9月よりみんなのかかりつけ訪問看護ステーション四日市に入職。 ※本文中敬称略 地域に広がっていくBCP 2024年度BCP作成支援 セミナーの様子 ―前編ではこれまでのBCP作成支援活動について伺ってきましたが、今後の活動について教えてください。 戸崎: 活動内容は未定ですが、アンケートの反応も良かったので、可能であればニーズに応じて実施していきたいと思っています。いろいろな方向性が考えられますが、碓田さんは今後どういった活動が重要だと思いますか? 碓田: 個人的には、連携型BCP・地域BCP策定モデル事業が推進されているので、これをどう地域に広げていくか、というところが重要になってくるのではないかと思っています。 戸崎: 確かに、それは大切ですね。私は今後、事業所によってBCPへの温度差が広がっていくのではないかと考えています。BCPに関しては、「委託会社を利用してとにかく作成を間に合わせた」というケースもある一方で、「もっと連携を強めて地域に広げていきたい」という取り組みをしているケースもあります。 すでにBCPに関連する無料の研修やツールもかなり増えてきましたが、それでも「どうすればよいかわからない」「参加できていない」という方がいらっしゃる現状があります。基本のところからわからないと言っている方々を底上げした方がいいのか、それとも先を見据えているステーションに対してもっと先に行けるように支援していけばいいのか……。慎重に検討したいところです。 碓田: そうですね。私の体感としては「とにかく間に合わせた」事業所が大半なのではないかなと思っています。シミュレーションについても、「やってはいるけど、これでいいのかどうか分からない」という声をよく聞きます。 だからこそ、自分たちのステーションだけでやろうとするのではなく、「地域のステーションみんなでやろう」となれば、「自分はこれができてないな」とか「あの事業所はここまでやってるのか。真似してみよう」といった気づきや底上げに繋がるのではないかと考えています。 無理なく、できることから始める ―ありがとうございます。近年、南海トラフ地震に対する警戒も強まっていますが、災害に対する心構えを教えてください。 戸崎: はい。不安を抱えていらっしゃる方が多いと思います。私自身の経験として、2011年の東日本大震災の2年前に「宮城県沖地震の再発率が80%」という話があったことを思い出します。当時、「本当に来るんだろうか」という半信半疑の空気感がありましたが、「何か防災訓練をしておこう」という比較的気軽な気持ちで、事業所のスタッフと阪神淡路大震災の被災の記録や、日本海沖地震の新潟のステーションの手記などを読み合わせしました。「大変だったんだね」と感想を言い合い、「やっぱり対応マニュアルを少し見直しておこうか」という話になりました。 本当に肩の力を抜きながらやった訓練でしたが、振り返ってみれば、このときの話し合いや見直しが、東日本大震災での対応に活かされたと感じる部分がいくつもあるのです。災害について「みんなで話し合っておく」ことは本当に大事だと思います。 2023年度の研修(「どうする!うちのBCP」)に参加してくださった管理者さんも、「研修を機にみんなで話し合う場を持ってみたら、確かに質の向上につながると思った。みんながまとまったようにも感じた」とお話ししてくださいました。BCPを作るだけではなく、みんなで取り組むことが減災につながる。災害は起きてしまうから完全には防げませんが、「減災」には必ずつながります。 BCP作成支援活動をしていて、管理者や担当者が誰か一人で作っているケースが多いと感じたのですが、それではなかなか進まないんです。「ああでもない」「こうでもない」とみんなで議論する時間がとても大事だと思います。 ハードルを上げず、一人で抱え込まないことが大事 碓田: そうですね。BCPも一人で作っていると不安になり、手が止まってしまうと思います。事業所内外を問わず、まわりの人と相談しながら進めることが大事ですね。 戸崎: はい。つい忘れがちなのですが、BCPは「業務継続計画」なので、主語は利用者さんではなく「自分たち」。「私たちが」業務を継続できるための計画であり、「職員が何らかの事情で来られなくなっちゃったときにどうしましょう?」という計画も含まれるわけですよね。例えば、感染症が地域で流行り、子どもがいるスタッフが軒並みダウンする……といったこともあるかもしれません。想像以上に身近なんです。 「人が少なくなったときに、どの業務を優先し、どの業務を後回しにするか」を考えるのがBCPの基本ですから、事業所でスタッフと一緒に「どうする?」って考えたほうがいいでしょう。一度やってみると、きっと有意義だと感じるのではないかと思います。 碓田: 地域BCPに関しても、地域の人たちで一度でも実際に集まって話し合っておく、ということがとても大事になりそうですね。私も自分の地域でやっていきたいと思います。 戸崎: それも大切ですね。郡山でも最近、事業所の垣根を超えて、行政も入った机上訓練を初めて実施しています。地域の全員が参加できなくても、机上訓練だったとしても、1回実施するだけでも、やるとやらないとでは大きく異なります。机上訓練であれば、そこまでハードルは高くありませんしね。 碓田: あまりハードルを上げないことが大事ですね。立派な計画書を作ろう、完璧に訓練しようと思うと、何から手をつけていいのかわからなくなってしまいます。まずは災害について気軽に話せる場をつくるところから始めたいですね。そこから、「じゃあ〇〇が必要だ」などと繋げていける。そういったことの積み重ねでブラッシュアップしていけるのではないかと思います。 戸崎: そうですね。あとは、災害は、本当にどこでいつ、何が起きるかわかりません。2025年に入ってからだけでも、大規模な地震や山火事、道路の陥没やそれに付随するインフラ停止など、さまざまな災害がありました。「こんなことが起こるなんて」と驚くような災害も起こってしまいました。 不安になると思いますが、災害は「想定できるもの」と「想定できないもの」に分かれることを意識するといいかと思います。例えば台風は事前に気象予報で来ると知ることができますし、地震や停電などに関しては、事前にシミュレーションして対応方法を決めておき、マニュアルを作っておけば対応しやすくなるでしょう。 すべて想定することはできなくても、少しでも考えておけば、応用できることがきっとあります。「どうせわからないから」とやらないのではなく、やっぱり少しでも準備しておくことが大切なんです。自分事になっていないスタッフがいても、気軽に事業所内で話し合うだけでも、気負ってしまってやらないよりずっといいんです。ぜひ、そのことを意識していただきたいです。 ―ありがとうございました。 取材・編集・執筆:NsPace編集部

手探りで始めたBCP作成支援 日本訪問看護認定看護師協議会の災害対策【前編】
手探りで始めたBCP作成支援 日本訪問看護認定看護師協議会の災害対策【前編】
インタビュー
2025年7月1日
2025年7月1日

手探りで始めたBCP作成支援 日本訪問看護認定看護師協議会の災害対策【前編】

地震・大雨・台風等、各地で災害が起きているなか、医療現場における防災対策の重要性はますます増しています。より質の高い備えに寄与できるよう、災害対応に取り組む事例をご紹介します。今回は、日本訪問看護認定看護師協議会のBCP作成支援活動について、当協議会の戸崎さん、碓田さんにお話を伺いました。前編では、BCP作成支援活動を始めたきっかけや内容について教えていただきました。  日本訪問看護認定看護師協議会訪問看護認定看護師のネットワーク構築と、訪問看護全体の質向上を目指して2009年に誕生。訪問看護・在宅ケアのスペシャリストである認定看護師が集い、情報交換をしつつ自己研鑽を積み、地域包括ケアシステムの推進に貢献できるように活動している。参考:日本訪問看護認定看護師協議会 立ち上げ経緯&想い【特別インタビュー】戸崎 亜紀子さん星総合病院法人在宅事業部長/在宅ケア認定看護師/日本訪問看護認定看護師協議会 理事。総合病院で急性期看護を経験した後、育児・介護のため一時退職。クリニック勤務を経て星総合病院に入職し、精神科病棟を経験した後、訪問看護ステーションへ。訪問看護ステーション管理者、在宅事業部事務局長、法人看護部長を経て、現職。東日本大震災(2011)や令和元年東日本台風(台風19号)(2019)では、被災者・支援者の両方を経験。碓田 弓さん訪問看護認定看護師。総合病院にて外科病棟、緩和ケア病棟、透析室を経験した後、病院系列の訪問看護ステーションに異動し、12年勤務。介護施設併設の訪問看護ステーションの立ち上げおよび管理者を経験したのち、2023年9月よりみんなのかかりつけ訪問看護ステーション四日市に入職。 ※本文中敬称略 BCP作成支援活動を始めたきっかけ ―日本訪問看護認定看護師協議会(以下「協議会」)では、2023年度からBCP作成支援活動をされています。まずは、こちらの活動を始めたきっかけや想いについて教えてください。 戸崎: はい。協議会では、かねてより地域貢献活動事業を行ってきましたが、2023年度の活動を理事会で決めていく際、義務化が迫っているBCP策定に関連する事業を行ってはどうか?という提案をしたことがきっかけです。 私は福島県郡山市に住んでおり、東日本大震災や令和元年東日本台風の際は、自分自身が、そして地域が被災しています。また、災害時に地域の人たちをどうやって支援していくか、試行錯誤しながら対応してきました。新型コロナウイルスの感染拡大時も、住民や職員が罹患することもありながら、保健師のチームを行政に応援派遣するなどの取り組みを行っています。振り返ってみると、地域のつながりの中で、支援する側とされる側の両方を体験してきたように思います。 訪問看護師の皆さんも、地域に根差しているお仕事だからこそ、被災者であり支援者の立場になる可能性があります。私は、自分が大きな災害を経験しているからこそ、少しでも災害発生時に備えることの重要性を皆さんに伝えたいと考えているんです。参考:地域住民の心身の健康のために【訪問看護認定看護師 活動記/東北ブロック】実は、当時BCP作成支援の研修を運営する自信はなかったのですが、協議会の理事たちから「経験者が想いを直接伝えたほうがいい」という後押しをもらい、思い切ってチャレンジしてみることにしました。そして、活動メンバーを募ったところ、碓田さんを含めて6名の方が手を挙げてくださったんです。 ―ありがとうございます。碓田さんは、なぜ活動メンバーに入ろうと思ったのでしょうか。 碓田: コロナ禍での経験が大きく影響しています。新型コロナウイルス感染症が拡大していた当時、私は介護施設に併設する訪問看護ステーション(以下「ステーション」)の立ち上げをしていたのですが、施設内でクラスターが発生してしまったんです。情報が錯綜し、みんな得体の知れないウイルスへの恐怖感を抱えていました。 医師に診察を頼んでも断られる状況でしたし、介護施設のスタッフのなかには比較的高齢な方がいて、「自分たちの命の問題に関わるから、もう働けません」というお話がありました。働くスタッフが極端に減り、どうやって事業を継続すればいいのか、途方に暮れる経験をしたんです。 だからこそ、「BCP作成は絶対に必要だ」という強い想いを持っています。しかし、当時はBCPをどう作成すればよいのか、私もよくわかっていませんでした。「自分自身も学びながら支援したい」という思いがあって、運営委員に立候補したんです。 何度も集まり方向性を検討 ―どういった支援を提供すればいいのか、正解がなかなか見えないなかでのチャレンジだったと思いますが、実際に活動をスタートさせるまでの経緯を教えてください。 戸崎: はい。運営メンバーの中には、災害対応にまつわる講師の経験もある稲葉典子さん(西宮協立訪問看護センター/兵庫)や、杉山清美さん(大野医院/愛知)がいらしたので、お二人に色々と教えてもらいながら検討していきました。稲葉さんは在宅医療のBCP策定に関わる研究(厚生労働科学特別研究事業)の訪問看護BCP分科会メンバーでしたし、杉山さんは「まちの減災ナース」(日本災害看護学会)の認定を受けていますから、大変心強かったです。 ただ、それでも方向性を含めてゼロから作っていったので時間がかかり……。開始までに合計7回ほど打ち合わせをしました(笑)。 碓田: そうでしたね(笑)。でも、これを機に「まちの減災ナース」の活動なども知ることができましたし、個人的にはとても勉強になりました。当初は現地に出向いてBCP作成支援をしていくことも検討していましたが、なかなか時間も取れないだろうということで、オンラインでやることにしましたよね。 戸崎: そうですね。中身についてもかなり悩みましたが、BCP作成にお困りの事業所に対して、ある程度の形になるところまで寄り添っていくことにしました。初めての試みということもあり、定員は3事業所に絞りました。  当時の募集案内より抜粋 ―研修当日、どのように進行したのかについても教えてください。 戸崎: 合計3回のプログラムで、1回目は1時間。BCPに関する解説(座学)と、みなさんのBCP作成進捗状況に応じて、次回までの宿題を決めていく、という流れです。基本的には、厚生労働省が提供しているBCP策定の手引き(オールハザード型BCP)を埋めていく、という作業ですが、「どう埋めればいいかわからない」と悩んでいる方もいたので、ヒアリングしながらアドバイスしていきました。 2回目は、随時講義を挟みながら、3時間ほどかけて個別にしっかりとBCPに関する質疑応答をしました。「ここがうまく埋められない」などの悩み事を伺いながら、一つひとつアドバイスしていくという流れです。 最後となる3回目は、研修実施支援として、洪水が起こった際のシミュレーションを体験いただきました。3回目だけは、ご参加いただいた事業所のスタッフの方々も参加可としています。なお、個別にお話を伺う際はオンラインビデオツールでグループを分割し、1事業所につき2人ぐらい担当がついてBCP作成のサポートを行っていきました。順次、講師もグループを巡回するという形式です。  当時の募集案内より抜粋 ―シミュレーションの設定として「洪水」を選んだのはなぜでしょうか。 碓田: 災害時にトイレの使用ができなくなることや、避難所に移動できなくなる、といった状況を一度想定しておいたほうがいいだろうという意見が委員内で出たためです。洪水の場合、そういった困りごとが発生する可能性が高いそうです。 翌年度はオンラインのセミナー形式へシフト ―ありがとうございます。その後、2024年度のBCP作成支援では、オンラインで単発のセミナーを開催されています。これについては、どういった経緯で内容を決定されたのでしょうか。 戸崎: はい。支援のニーズは引き続きあったものの、皆さん2024年度からの義務化に合わせて一旦BCPの作成自体はされているはずなので、「研修・訓練・見直し」部分を中心に講義を展開することにしました。 碓田: 2023年度の対象を絞った支援も密度が濃く有意義だったと思いますが、2024年度はより多くの方々に聞いていただき、最終的に地域BCPにもつなげていけるような研修を目指そうというお話にもなりましたね。 戸崎: はい。そのため、訪問看護師だけではなく、ケアマネジャー、理学療法士、作業療法士、事務職など、さまざまな職種の方々に門戸を開きました。参加しやすい日程で参加してもらえるよう、同内容を2回行うことにし、合計86名の方々に参加いただくことができました。  当時の募集案内 アンケートも好評で、「BCPは災害マニュアルではないことがわかった」「事業所で研修担当になったが、何をすればいいかイメージがついた」といったお声もいただきました。 ―知りたいことをコンパクトにまとめたセミナーを展開されたのですね。ありがとうございます。後編では、今後の活動についてや、災害対策に対する考え方を伺います。 >>後編はこちら無理なくみんなで備える。日本訪問看護認定看護師協議会の災害対策【後編】 取材・編集・執筆:NsPace編集部

【愛知県蒲郡市の災害対策】複数の自治体との合同訓練&ボートレース場の電源利用
【愛知県蒲郡市の災害対策】複数の自治体との合同訓練&ボートレース場の電源利用
インタビュー
2025年6月3日
2025年6月3日

【愛知県蒲郡市の災害対策】複数の自治体との合同訓練&ボートレース場の電源利用

近年、大規模な自然災害が連続して発生し、南海トラフ地震への備えも求められるなか、医療現場における防災対策の重要性はますます増しています。より質の高い備えに寄与できるよう、先進的な防災対策を行う事例をご紹介。今回は、愛知県蒲郡市医師会の会長を務める近藤耕次先生にお話を伺いました。 【プロフィール】近藤 耕次 先生こんどうクリニック院長/蒲郡市医師会 会長藤田保健衛生大学(現:藤田医科大学)および同大学院を卒業。1989年に蒲郡市民病院に入職し、内科・神経内科部長を経験した後、2002年にこんどうクリニックを開業。2020年に蒲郡市医師会の会長に就任。 周辺自治体や企業と連携。蒲郡市の防災対策 ―蒲郡市では、どのような防災対策をしているのですか? 毎年、市民参加型の「市民総ぐるみ防災訓練」を市内の中学校を中心に実施し、災害初動期における対応を訓練しています。 訓練内容は、 ・多数傷病者を想定したトリアージ訓練・救護本部の設置および情報処理訓練・市民による避難所の開設・運営訓練・避難所と災害対策本部との状況報告訓練 など、多岐にわたります。消防団・警察官、歯科医師会、薬剤師会、蒲郡市医療救護所登録看護師など、多職種の協力を得ながら実践的なプログラムを組んでいるんです。 そのほか、全市民を対象とした「シェイクアウト訓練」や、災害用伝言ダイヤル「171」の体験訓練なども行われているほか、2025年1月には豊橋・豊川・田原の各市の自治体と連携して「東三河南部医療圏災害時保健医療活動訓練」も実施しました。主に南海トラフ地震を想定し、災害時の医療対応をシミュレーション。竹島ふ頭地区の重症患者をドクターヘリで災害拠点病院の蒲郡市民病院まで搬送する流れを確認し、伝達方法やネットワーク体制の課題を洗い出しました。 なお、医師会は蒲郡市防災会議にも参加しており、発災時の救護所の開設方法や医薬品・血液製剤の確保の流れなど、継続的に防災対策の見直しと確認を行っています。今後も繰り返し防災訓練の実施や検討・改善を行い、体制を整えていきたいと考えています。 ―在宅療養者の災害対応についても教えてください。 はい。現段階では、人工呼吸器利用者や在宅酸素療養者、透析が必要な方を対象に、以下のような避難環境の整備を進めています。 人工呼吸器利用者蒲郡市市民病院で優先的に受け入れ。在宅酸素療法療養者災害時も安定的に電源供給ができる「蒲郡競艇場(ボートレース蒲郡)」に救護所を開設し、誘導。医療機器メーカーに必要分の酸素ボンベ等を搬入してもらう。透析が必要な患者市内に2ヵ所ある「透析クリニック」が受け入れ。ポンプ車を稼働させ、クリニックに水を供給する。 ただ、避難先を決めておくだけでは不十分です。特別対応を要するすべての方の安全を守るには、その人数や疾患の詳細を把握しておかなければなりません。医療機関も蒲郡市全体の患者数は把握していませんし、蒲郡市在住で市外の医療機関にかかっているケースもあります。周辺自治体と連携しながら全体把握のためのしくみをつくる必要があったのです。 そこで、人工呼吸器利用者と在宅酸素療養者に関しては、行政に申請して「蒲郡電源あんしんネットワーク」に登録いただくしくみをつくっています。また、複数の自治体が在宅医療・福祉統合型支援ネットワークシステム「東三河ほいっぷネットワーク」(多職種間で情報を共有したり、患者さんやご家族側から情報発信をしたりできるシステム)に、災害関連情報を確認できる機能を新設しています。 「私はどうなるの?」 災害対策に注力するきっかけ ―近藤先生が防災対策に注力されるようになったきっかけについて教えてください。 きっかけは、筋萎縮性側索硬化症(ALS)を患い、意思伝達装置がないと意思表示ができない患者さんから、「もし電気が止まってしまったら、私はどうなるの?」と質問されたことです。当時の私は、その方に何も答えられませんでした。そこで、蒲郡市役所の長寿課や蒲郡市長、中部電力、医療機器メーカーなどに相談し、踏み込んだ防災対策を検討し始めたんです。蒲郡競艇場を避難所として活用する案も、その過程で蒲郡市から提案いただきました。 ―行政を巻き込みながらの対策づくりが実現できた理由や、協力を打診する際に気を付けていることについて教えてください。 私ども医師会が先頭に立ち、行政の中でも医療的観点からの防災対策の強化に課題感を強くもっていた蒲郡市役所の長寿課と、トップである市長の両方に積極的に働きかけたことが功を奏したのではないかと感じています。 また、周囲に相談したり協力を求めたりする際は、笑顔で柔らかいコミュニケーションをとることを意識しています。お互いが安心感をもち、考えをきちんと伝え合える関係を目指したいと思っています。 今後のカギは「共通認識づくり」 ―防災対策のさらなる拡充に向けて、現状課題として考えている点があれば教えてください。 より幅広く、深い共通認識(ルール)づくりをしなければならないと考えています。例えば、「被害状況がどれほどのレベルであればほかの市町村への応援要請を出すか」という基準の設定。これが曖昧だと、判断を間違える可能性が高まり、被害が拡大したり、せっかくの応援をもてあましたりしかねません。報告様式の統一も必要でしょう。現在は市町村ごとに形式や書式が異なるため、情報の漏れや過多が生まれるリスクがあります。災害時の情報整理は非常に難しいので、統一を急ぎたいですね。 また、救護所の備品、管理の見直しも重要です。「災害発生から3日間ほどは外傷の手当てが中心になる」といったように、リアルな状況を想定した上で、フェーズによって必要な備品の検討が必要だと考えています。管理の面では、特に薬剤の使用期限は徹底的にチェックしなくてはなりません。飲み薬は災害発生から1週間程度で供給体制が整うとされており、過度な備蓄はコスト増にもつながる可能性も。慎重な判断が求められます。 そして、連絡手段の確保も大切ですね。携帯電話は電池切れや通信障害で使用できなくなる可能性があるため、それ以外の手段もあらかじめ検討しておく必要があります。安否の情報を関係者で共有するためのルールづくりも含めて、災害の備えとして欠かせません。 ―在宅療養者の方向けの災害対策についてはいかがでしょうか? 人工呼吸器利用者や在宅酸素療養者、透析患者の方々以外にも多様な疾患・障害を持つ方がいらっしゃいますから、対象をより広げて対策を講じなければならないと考えています。 蒲郡市では福祉避難所を設けていますが、現状ではすべての方に対応することはできません。ニーズに応じて複数の福祉避難所をつくる案を検討しているものの、災害時は一人ひとりが「適切な福祉避難所」に移動できない可能性もあるでしょう。ベストな対策を引き続き検討していきたいと考えています。 訪問看護師に伝えたい防災対策のポイント ―災害対策に関して、訪問看護師の皆さまへアドバイスやメッセージをお願いします。 訪問看護の事業所単位で取り組みたいことのひとつに、利用者さんの「要介助度ランク」の検討があります。例えば、災害発生直後に優先して訪問すべき方、1週間以内に訪問すべき方などをあらかじめ設定しておくことで、限られた人員でも効率的に対応することができます。災害時は、基本的に時間の経過とともに支援人員が増えていくもの。だからこそ、特に人手が足りない災害直後の混乱期を乗り切るための備えが重要になります。 また、各事業所でBCP(業務継続計画)を策定しているかと思いますが、日頃から少ない人員で運営している事業所は特に、災害時に単独で対応するのは限界があります。重要なのは、地域の訪問看護ステーションが協力し、「自分たちは同じ地域のグループなんだ」という意識をもって地域BCPを考えていくことではないでしょうか。 関連記事:[7]連携の観点から事業所のリソース不足の解消方法を考えてみよう 最後にお伝えしたいのは、災害時は訪問看護師さんご自身とご家族の安全確保を最優先にしていただきたい、ということです。その上で、可能な範囲内で仕事にあたればよいと思います。どうか「医療従事者だから利用者さんを優先しなければ」と思い詰めないでください。 ※本記事は、2025年3月の取材時点の情報をもとに構成しています。 取材・執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

第3回みんなの訪問看護アワード 投稿エピソードを深掘り【特別トークセッション 後編】
第3回みんなの訪問看護アワード 投稿エピソードを深掘り【特別トークセッション 後編】
インタビュー
2025年5月20日
2025年5月20日

第3回みんなの訪問看護アワード 投稿エピソードを深掘り【特別トークセッション 後編】

2025年3月8日(土)に、東京駅からすぐのイベントホール「My Shokudo Hall & Kitchen」にて開催した「第3回 みんなの訪問看護アワード」表彰式。ファシリテーターに特別審査員の長嶺由衣子さんを迎え、受賞者の皆さんとトークセッションを開催しました。後編では、エピソード投稿のきっかけや書ききれなかった想いを深掘りしていきます。 >>前編はこちら第3回みんなの訪問看護アワード 訪問看護師になった理由【特別トークセッション 前編】 【ファシリテーター】長嶺 由衣子(ながみね ゆいこ)さん東京科学大学 公衆衛生学分野 非常勤講師【登壇者】有川 美紀(ありかわ みき)さん八幡医師会訪問看護ステーション(福岡県)「みんなの訪問看護アワード2025」入賞投稿エピソード「訪問看護の『正解』とは」松橋 久恵(まつはし ひさえ)さん株式会社メディハート 訪問看護ステーションそら(東京都)「みんなの訪問看護アワード2025」入賞投稿エピソード「私たちの足跡は残さない」 服部 景子(はっとり けいこ)さん愛全会 訪問看護ステーションとよひら・ちゅうおう(北海道)「みんなの訪問看護アワード2025」審査員特別賞投稿エピソード「意思疎通、出来ます。」 ※以下、本文中敬称略※本記事は、2025年3月時点の情報をもとに構成しています。 『正解』に悩みながらも、再び前を向く 長嶺: ここからは皆さんのエピソードを深掘ってディスカッションしていきたいと思います。まずは有川さんから、どうしてこのエピソードを投稿しようと思ったのですか? 有川: はい。エピソードを投稿するときは、ちょうど利用者のNさんが亡くなられて間もないタイミングで、「本当にこの関わりで良かったのだろうか」とモヤモヤを抱えていました。そんな時に投稿をすすめていただいたので、エピソードにまとめてみることにしたんです。 長嶺: ALS(筋萎縮性側索硬化症)は人によって経過が大きく異なりますし、関わり方に悩む訪問看護師さんも多いと思います。交流会に「絶対に行かない」と言われた時は、どのようなアプローチをされたのでしょうか。 有川: 交流会の話が出る前から、Nさんは「やりたいことは全部やったから」とおっしゃり、外出には消極的で、寝たきりの時間が増えていました。でも、私たちがサポートに入れば、近所へのお花見や奥様との外出も十分に可能な状態だったので、「まだまだ目標を持てるのに……」と思っていたんです。そこで私は「どうして行きたくないのか」を、利用者さんの気持ちに寄り添いながら丁寧に聞いていきました。すると、車椅子での移動やお手洗いのことなど、外出時の不安を教えてくださいました。 それからは、リハビリスタッフとともに利用者さんの不安を一つひとつ解消していきました。スタッフが会場の下見をし、Nさんと車椅子選定をして、当日のスケジュールも綿密に決めていきました。最終的には奥様の後押しもあって、ご参加いただけることになったんです。 長嶺: 専門職から見たら、「まだまだできることがある」と評価し、支援したくなる気持ちと、ご本人の意欲が乖離している場合、アプローチすることは医療者のエゴなのでは……と悩むこともありますよね。有川さんは、リハビリスタッフとともに信頼関係を築き上げ、丁寧に利用者さんの不安を解消していったのだろうと思います。交流会参加後は、利用者さんやご家族にどのような変化がありましたか? 有川: 参加直後はNさんもご家族もとても喜んでくださり、私たちも嬉しく感じていました。しかしその後、利用者さんが涙もろくなったり、「息が苦しい」と訴えたりすることが増え、体調を崩されてしまい……。私の中では悔いが残っています。エピソードタイトルにもあるように「訪問看護の『正解』とは」を改めて考えるきっかけになりました。でも、奥様のあたたかな声かけによって「よし!また頑張ろう」と前向きになることができ、今後より良い看護をしていくための原動力になっています。 長嶺: 私もALSの方と向き合う時は、常に「関わり方」を問われているように感じます。貴重なご経験を共有いただきありがとうございました。 家族を想い続けた利用者さんの気持ちを代筆 長嶺: 続いて松橋さんは、若年性のがんを患われた女性のエピソードを投稿してくださいました。投稿のきっかけを教えてください。 松橋: 私は、以前から亡くなった方についてノートにまとめて振り返りをしてきたのですが、ノートに書き留めていた彼女のことがまっさきに思い浮かんだんです。彼女は訪問に伺っても、つらいことや症状について話すのは始めの10分程度。残りの時間はずっとご家族の話をしてくださいました。そんな彼女の言葉が次々と頭に浮かんできたので、このエピソードを書くことにしました。 長嶺: いつもご家族の話を聞かせてくださっていたんですね。利用者さんのご家族が幼い場合、闘病の様子をあえて見せる場合と、見せない場合とがあると思うのですが、今回はどういう経緯で隠すことになったのでしょうか? 松橋: あえて「隠す」というよりも、彼女のお話やご自宅の様子から、自然と私たちの足跡は残さない結果になったんです。お部屋の中はお子さんたちの描かれた絵でいっぱいでしたし、彼女は「平然と生きていたい」とおっしゃっていました。ご家族の前では平然としていたい。けれども平然とできないこともあり、そうした部分を私たち訪問看護でサポートするために、自然と足跡を残さない看護をすることになりました。 長嶺: そうだったんですね。お薬をファイルにセットしてさらに本棚に入れるというアプローチも素晴らしいと思ったのですが、なぜそのアイデアに至ったのでしょうか? 松橋: 彼女はどんな薬か一つひとつ確認してから飲みたいとおっしゃっていましたが、お薬カレンダーに入れてしまうと、それが難しくなります。また、お子さんたちの素敵な絵がいっぱいのお部屋にお薬カレンダーを飾るのは相応しくないと感じました。ファイルなら、月曜の朝の薬はこれ、夜の薬はこれ、火曜日は……とページごとにファイリングして、彼女自身も薬の内容を確認しながら飲むことができますので、その方法を活用していました。 長嶺: 非常に勉強になりました。お手紙は松橋さんが代筆されたとのことですが、どんな風に書いていったのでしょうか? 松橋: 彼女はいつも、お子さんの名前の由来やご主人との馴れ初め、大切にしているご友人とのエピソードなどを楽しそうに話してくださったんです。だから、私の頭の中には、彼女の言葉がまるで録音テープから流れるようにすーっと出てきたので、その言葉をそのまま書いたという流れです。病状が進む中で、書きたい気持ちはあるものの「書く気になれない」とおっしゃったので、私が書いてよいか確認した上で、代筆しました。 長嶺: 訪問看護ならではの素敵なエピソードをありがとうございました。 「困難事例」といわれたケースへのアプローチ方法 長嶺: 続いて服部さん、エピソードを投稿しようと思ったきっかけを教えていただけますか? 服部: はい。トシ子さんは、当初「困難事例」と言われていましたが、次第に表情が柔らかくなり、できることが増えていきました。所長やケアマネジャーさんたちからも「トシ子さん、すごく変わったね!」と言われ、ぜひ皆さまにもこのエピソードをお伝えできればと思い、投稿しました。 長嶺: このエピソードを読んで、まさに看護のプロフェッショナリズムだと思いました。服部さんのような看護師さんとご一緒させていただくと、私たち医師もすごく助けられる場面が多いと思います。「意思疎通不可」「サービス利用をさせてもらえません」と言われる方は少なくないと思いますが、どうアプローチされていますか? 服部: 私自身も病院で勤めていた時には、サマリーの入力欄に『意思疎通「可」「不可」』のチェック項目しかなく、乱暴な共有をしていたと反省しています。だからこそ、実際に伺ってみて、利用者さんから何を求められているのか、何ができて何ができないのかという情報整理から始めています。 長嶺: 私も自分の目でご本人の状態を確認するところから始めますが、後からサマリーを見返すと「意思疎通不可」と書かれていて、自分のアセスメントとのギャップを感じることがあります。「困難事例」といわれているケースについて、どう思いますか? 服部: 利用者さん自身が困難なのではなく、それを受け取る「私たち」が困難なのかなと思っています。 長嶺: 確かに、「困難」と感じる側の課題であることは多分にありますね。体制の問題もありますが、私たちがどれだけ人を受け入れるキャパシティがあるかどうかというところにかかっているのではないかと思います。 今回のエピソードでは、スタートからどれくらいの期間で利用者さんのSOSに気付くことができたのでしょうか。 服部: これまでの経験上、お通じが整っていないとさまざまなトラブルが起こる印象があり、実は始めから「お腹が原因ではないか」とは思っていました。ただ、当初はバイタルサイン測定もお腹を触ることも難しい状態でした。 そうした中、4回目の訪問に伺うと、私がご自宅に入る前にトシ子さんが娘さんに大声をあげている声が聞こえてきたのです。「これは訪問看護やデイサービスが嫌だからではなく、娘さんに何かSOSを発しているのでは?」と感じました。そこで、娘さんに「これは感情失禁や認知症ではなく、何か意味があるはず」とお伝えすると、「実は私もそう思ってるんです!」と笑顔を見せてくださいました。娘さんの緊張が解れた様子をトシ子さんもしっかりと見ていて、その後から急にトシ子さんが私と目を合わせて「ううん!!」と声をあげてくださるようになり、エピソードに書いた流れでお腹のSOSに気付けました。娘さんの心のバリアを解す声かけができたことが、その後のスムーズなケアに繋がったのではないかと自分では考えています。 長嶺: 私も経験上、「困難事例」と言われている方の中には、「食事」「排泄」「睡眠」のどれかがうまくいっていないだけで、それを改善するとみるみる状態がよくなることが多いなという印象があります。 皆さん、本日は本当に学びになるお話をありがとうございました。 執筆: 高橋 佳代子取材・ 編集: NsPace編集部

第3回みんなの訪問看護アワード 訪問看護師になった理由【特別トークセッ
第3回みんなの訪問看護アワード 訪問看護師になった理由【特別トークセッ
インタビュー
2025年5月13日
2025年5月13日

第3回みんなの訪問看護アワード 訪問看護師になった理由【特別トークセッション 前編】

2025年3月8日(土)に、東京駅からすぐのイベントホール「My Shokudo Hall & Kitchen」にて開催した「第3回 みんなの訪問看護アワード」表彰式。表彰、特別トークセッション、懇親会などを行い、会場は大いに盛り上がりました。ここでは、特別トークセッションの内容をピックアップしてお届けします。 ファシリテーターに特別審査員の長嶺由衣子さんを迎え、訪問看護の道に進んだ理由ややりがい、エピソードを投稿したきっかけや背景などを3名の受賞者の皆さまにお話しいただきました。前編は、訪問看護の道に進んだきっかけややりがいについてのお話です。 【ファシリテーター】長嶺 由衣子(ながみね ゆいこ)さん東京科学大学 公衆衛生学分野 非常勤講師【登壇者】有川 美紀(ありかわ みき)さん八幡医師会訪問看護ステーション(福岡県)「みんなの訪問看護アワード2025」入賞投稿エピソード「訪問看護の『正解』とは」松橋 久恵(まつはし ひさえ)さん株式会社メディハート 訪問看護ステーションそら(東京都)「みんなの訪問看護アワード2025」入賞投稿エピソード「私たちの足跡は残さない」 服部 景子(はっとり けいこ)さん愛全会 訪問看護ステーションとよひら・ちゅうおう(北海道)「みんなの訪問看護アワード2025」審査員特別賞投稿エピソード「意思疎通、出来ます。」 ※以下、本文中敬称略※本記事は、2025年3月時点の情報をもとに構成しています。 訪問看護師を志したきっかけややりがいは? 長嶺: 本日は、訪問看護師の皆さまが抱える心配事や葛藤にまつわるエピソードをピックアップし、それらのエピソードを投稿してくださった三名の受賞者の方々とお話ししていければと思っています。まずは自己紹介をお願いします。 有川: 福岡の北九州市から来ました「八幡医師会訪問看護ステーション」の有川美紀と申します。私の働く地域は高齢化率が35%を超えているのですが、山の麓にあって、とにかく階段がたくさんある地域です。家の前まで車で行けないようなお宅もたくさんあります。7年ほど大学病院で働いた後に訪問看護師を15年ほどやっています。よろしくお願いします。 松橋: 東京の「訪問看護ステーションそら」の松橋久恵と申します。私は20年病院で勤めていましたが、家庭の都合で退職して訪問看護師になりました。2024年まで感染管理認定看護師としても活動していました。どうぞよろしくお願いします。 服部: 北海道から参りました「訪問看護ステーションとよひら・ちゅうおう」の服部景子と申します。私は看護師歴25年で、うち訪問看護師歴は12年ほどになります。よろしくお願いいたします。 利用者さんと膝を突き合わせ、心を通わせる 長嶺: よろしくお願いします。では、皆さんが訪問看護の道に進んだ理由を教えてください。 有川: 私は、実は学生時代の実習のころから訪問看護の仕事にとても魅力を感じていたんです。病院実習に泣きながら通っていたということもありますが……。「訪問看護っていいな」「いつかやりたいな」と思っていたので、出産を機にこの道に進みました。さまざまな課題を抱えている地域ではありますが、日々前向きにお仕事をさせてもらっています。 長嶺: ありがとうございます。松橋さんは20年病院勤めをされてから訪問看護に移られたのですね。どうして訪問看護師になったのですか? 松橋: はい。家庭の都合で病院を退職することになり、次の仕事でも感染管理の経験を活かそうと思ったのですが、改めて「どんな仕事をすると楽しいかな」とじっくり考えた時に、訪問看護の世界が頭に浮かんだんです。 訪問看護の魅力は、利用者さんの暮らしの中に入り込み、「生活」と「看護」が並行し、互いに影響し合いながら進んでいく点にあると思います。これまで得られなかった体験が日々積み重なり、人としての経験値も深まっていくのを感じます。そうした環境で、その人らしく過ごせるよう支援しながら看護を届けられることに、大きなやりがいを感じています。 長嶺: ありがとうございます。服部さんは、今回三度目の受賞ですね。訪問看護を始めたきっかけを教えてください。 服部: はい。私は、急性期の病院で働いていた際、「今と違うステージで働いてみたいな」と思った時に、本屋さんで一冊の本に出会ったことが訪問看護を始めるきっかけになりました。聖路加病院の押川真喜子先生が書かれた『在宅で死ぬということ』という一冊なのですが、本当に感動して……。「家で死ぬってすごくいいな」「自分の家族も家で看取りたいな」と思ったんです。それで「訪問看護やってみよう!」と決意しました。 訪問看護は、利用者さんやご家族と膝を突き合わせて、じっくり対話を重ねながら信頼関係を築いていくことができると感じています。利用者さんとご家族と一緒に悩んだり、悲しんだり、喜んだりする日々にやりがいを感じています。 長嶺: 利用者さんやご家族とじっくり関係を築いていけるのも訪問看護ならではの魅力ですね。ありがとうございます。 * * * 次回は、エピソードを投稿したきっかけやその背景を深掘ります。エピソードには書ききれなかった想いやその後の利用者さんの様子などを語っていただきます。 >>後編はこちら第3回みんなの訪問看護アワード 投稿エピソードを深掘り【特別トークセッション 後編】 執筆:高橋 佳代子取材・編集:NsPace編集部 【参照】〇日本医師会.『JMAP地域医療情報システム』「福岡県 北九州市八幡東区」https://jmap.jp/cities/detail/city/401082025/5/9閲覧〇北九州市「各区の高齢者人口・高齢化率比較」(令和6年4月1日現在)https://www.city.kitakyushu.lg.jp/files/001111766.pdf2025/5/9閲覧

腹膜透析の普及と支援の現場:教育体制、多職種連携、訪問看護の課題【特別対談】
腹膜透析の普及と支援の現場:教育体制、多職種連携、訪問看護の課題【特別対談】
インタビュー
2025年4月15日
2025年4月15日

腹膜透析の普及と支援の現場:教育体制、多職種連携、訪問看護の課題【特別対談】

小倉記念病院腎センター科長の栗本幸子さんと、在宅看護センター北九州管理者の坂下聡美さんによる特別対談。後編では、腹膜透析(Peritoneal Dialysis:PD)の実践に携わるスタッフの育成・研修体制のほか、多職種連携で重視すること、訪問看護における制度上の課題などについてお話をうかがいました。 >>前編はこちら地域で支える腹膜透析:病院×訪問看護ステーションの連携【特別対談】 ※本記事は、2024年12月の取材時点の情報をもとに構成しています。 ▼プロフィール栗本 幸子(くりもと ゆきこ) 氏一般財団法人平成紫川会 小倉記念病院看護部 腎センター 科長 認定看護管理者同院の循環器病棟および腎臓内科病棟の科長を経て、2023年11月より現職。2017年に認定看護管理者の資格を取得。坂下 聡美(さかした さとみ) 氏一般社団法人 在宅看護センター北九州 代表理事(管理者・看護師)パーキンソン病療養指導士北九州市立看護専門学校を卒業後、病院や地域のクリニックでの勤務を経て、2000年より訪問看護に従事。2018年、公益財団法人笹川保健財団の支援を受け、北九州学術研究都市「ひびきの」に日本財団在宅看護センター「一般社団法人 在宅看護センター北九州」を開設。※文中敬称略 PDの研修方法と新人教育の工夫 ー病院や事業所ではどのような方法でPDの研修をされていますか。 栗本: 小倉記念病院では、新人のときから「PD患者さんは特別な存在ではない」という意識をもってもらうようにしています。新人の集合研修の中にもPDを取り入れているほか、どの病棟にもPD患者さんが入院できるようにしているので、病棟ごとに教育担当者から指導を受け、経験を積んでいきます。 また、当院は日本腹膜透析医学会(JSPD)の教育研修医療機関でもあるので、年に4回ほど外部向けの教育研修も実施しています。PD患者さんが多いため、他の病院の方々から見学の依頼を受けることも多く、個別のプログラムを組んで対応することもありますね。 坂下: 在宅看護センター北九州でも、PDに関してはOJTで研修を行います。新人が入職したときは最初の3回ほどは必ず先輩について実習を行い、4回目以降から少しずつ独り立ちします。自信がない場合は、遠隔作業支援システムを活用しバックアップしています。患者さんの同意が必要ですが、ウェアラブルカメラを新人が装着し、リアルタイムで先輩が状況を確認。音声も届けられるので、必要なときには声をかけます。 新人にとっても、実際に隣に先輩がいるよりも遠隔で見守ってもらうほうが緊張せず、落ち着いて作業できるようです。スタッフのストレスを軽減しつつ、患者さんにとっても安心感を提供できるツールであると感じています。 看護の連携が患者さんの大きな安心につながる ーPDにまつわる多職種連携の取り組みについて教えてください。 栗本: 当院では2週間に1回、「PDカンファレンス」を行っており、そこには医師、外来看護師、病棟看護師、管理栄養士、ソーシャルワーカー、理学療法士、薬剤師など、PD療法に関わる全職種が参加します。もうすぐ退院される患者さんや、これから入院される患者さんについて情報を共有し、ディスカッションを行うんです。例えば、退院前の患者さんの場合、無事に自宅に戻れるかどうか、栄養状態やADL(日常生活動作)などさまざまな視点でチェックし、必要に応じて訪問看護の導入や家族のサポート体制を整えています。患者さんの生活状況を多角的に把握し、多職種と連携しながら進めていくことが重要だと考えています。 ー多職種が関わるからこそ、患者さんが安心して自宅に戻れるのですね。 栗本: そうですね。そこで、ひとつの大きな課題になるのが、「訪問看護が必要かどうか」ということです。本当に家族だけのサポートでよいのか、その家族もいない場合にはどうしたらよいのか。こういったことは家族だけで考えてもなかなか解決しません。それを、ソーシャルワーカーや、当院のような訪問看護と連携している病院が協力することで、ある程度、その患者さんが安心して地域に戻っていただけるベースをつくることができると思います。そこは、本当に大事にしたいと考え、取り組んでいるところです。 坂下: 訪問看護の立場からみると、退院前のカンファレンスで話をうかがえること、何かあったときに病院の看護師さんたちに質問できる環境があることは、大きな安心につながります。 あとは、医療機器メーカーとの連携も欠かせません。在宅では、さまざまなメーカーのいろいろな機器を患者さんが使用されているので、1個ずつの使用方法についていくのが大変です。でも、メーカーに相談したら、すぐに勉強会を組んでくださり、訪問看護ステーションにも出向いてくださって使用方法を教えてもらいました。こういった連携がとてもありがたいです。 ー訪問看護導入にあたり、患者さんにとってどういった点がハードルになることが多いのでしょうか。 栗本: やはり、経済的な問題です。費用負担を心配される患者さんもいらっしゃるので、カンファレンスでは制度面・費用面のことも話し合っています。私たちがいかにサポートできるか、患者さんに喜んでいただけるかを考えながら調整していくようにしています。 坂下: 一般的に、訪問看護での24時間対応をつけると一割負担で月に600円程度が目安ですが、「払えないからつけなくていい」と言われることがあります。数百円単位でも患者さんにとっては大きな負担になることがありますし、医療制度のしくみの中で使える支援やサービスに関する知識も、訪問看護師にとってはとても大事だと思います。 PDという選択肢を提示できる土壌をつくる ー患者さんにPDという選択肢が提示されないケースが多い現状に対し、今後どういった取り組みが必要だと思われますか。 栗本: 選択肢を提示し、患者さんが望む治療を選べるように、まずはPDを提供する側の土壌をつくっていくことが重要だと考えています。継続的な治療をサポートできるように病院や訪問看護が連携すること、院内や事業所内でPDを継続できるような教育・指導体制の強化を積極的に進めていくことが大切だと思います。 その一環として、当院では情報連携のICTツール「バイタルリンク(R)」を活用して3つの訪問看護ステーションと連携し、高齢独居のPD患者さんをフォローしているケースがあります。この方は、1日3回のPDが必要なのですが、病院と各ステーションが患者さんの1日の状態をリアルタイムで把握できる体制になっているので、切れ目のない看護を提供できている実感があります。ICTの活用は今後ますます重要になってくるのではないでしょうか。 坂下: そうですね。さまざまなケースに対応できる体制の整備は必要ですね。あとは、PDという治療法の存在をしっかり広めていくことも、医療を提供する側の大切な役割と感じています。 例えば、山間部にお住まいの患者さんが血液透析に通うのが難しくなったため、訪問看護が入ってPDを選択されるといったケースもあります。PDは自宅で治療ができるので、通院の負担も減り、1回の治療にかかる時間も比較的短め。透析のタイミングを調整すれば、自由に使える時間が増え、患者さんの生活の質(QOL)を保つことができるでしょう。最近は、60代や70代でバリバリ仕事をされている方が多いので、そういう方たちの希望のひとつにPDがなるのかなと思っています。また、自宅で最期まで過ごしたいと希望される方が増えてきていますが、その場合には「PDラスト」という選択肢もあります。在宅医の先生がついていれば、PDをしながらでも最期まで看取れるようになります。 患者さん、ご家族、医師、看護師などでACP(Advance Care Planning、または人生会議)を行い、患者さんにとっての最善を選べるサポートができるとよいですね。 栗本: 当院のような基幹病院が、PDをサポートする訪問看護師さんや在宅医に対して「何かあればいつでも連絡ください」と言える体制を整えていくことも大切ですね。逆に、訪問看護師さんから「こうしてほしい」といったご提案をいただき、それをもとに改善を重ねながら、今後も連携を続けさせていただきたいなと思っています。 坂下: そうですね。お互いに意見を交換しながら、利用者さんが安心して治療を続けられるよう、よりよい連携・支援体制をつくっていきたいですね。今後ともよろしくお願いします。 取材・編集: NsPace編集部執筆: 株式会社照林社

地域で支える腹膜透析:病院×訪問看護ステーションの連携【特別対談】
地域で支える腹膜透析:病院×訪問看護ステーションの連携【特別対談】
インタビュー
2025年4月8日
2025年4月8日

地域で支える腹膜透析:病院×訪問看護ステーションの連携【特別対談】

在宅で自分で行える透析療法「腹膜透析(Peritoneal Dialysis:PD)」は、患者さんのライフスタイルに柔軟に対応できる点が大きな特徴です。今回は、小倉記念病院 腎センター・科長の栗本幸子さんと、在宅看護センター北九州・管理者の坂下聡美さんに、病院と訪問看護ステーション、それぞれの立場からPDの普及に向けた取り組みについてお話をうかがいました。 ※本記事は、2024年12月の取材時点の情報をもとに構成しています。 ▼プロフィール栗本 幸子(くりもと ゆきこ) 氏一般財団法人平成紫川会 小倉記念病院看護部 腎センター 科長 認定看護管理者同院の循環器病棟および腎臓内科病棟の科長を経て、2023年11月より現職。2017年に認定看護管理者の資格を取得。坂下 聡美(さかした さとみ) 氏一般社団法人 在宅看護センター北九州 代表理事(管理者・看護師)パーキンソン病療養指導士北九州市立看護専門学校を卒業後、病院や地域のクリニックでの勤務を経て、2000年より訪問看護に従事。2018年、公益財団法人笹川保健財団の支援を受け、北九州学術研究都市「ひびきの」に日本財団在宅看護センター「一般社団法人 在宅看護センター北九州」を開設。※文中敬称略 PD患者への支援と地域連携の取り組み ー小倉記念病院と在宅看護センター北九州でのPDに関する取り組みについて教えてください。 栗本: 小倉記念病院では、2005年に腎臓内科を立ち上げ、PDの導入を開始しました。当初はPDを経験したことがないスタッフばかりだったので、研修に力を入れ、育成に取り組んできました。また、2010年からは地域でPD患者さんをフォローできる体制をつくるため、クリニックや訪問看護ステーション向けの研修会を実施してきました。 現在、当院には約280名のPD患者さんがいます。そのうち地域の開業医と連携を取りながらフォローしていただいている患者さんは約1/3。専門的な治療なので、受け入れをしていただけるところが少ない状況です。今後、老老介護や高齢者の独居がますます増えていくなかで、患者さんのご家族のみにサポートを頼るには限界があります。クリニックの医師だけでなく、訪問看護師の方々にもPDについて知っていただき、患者さんを支える仲間になっていただければと考えています。 坂下: 在宅看護センター北九州は開設7年目に入り、現在160名前後の患者さんに在宅訪問看護を行っています。その中でPD患者さんは2名です。今はPD診療を行うクリニックと連携しながら、患者さんがご自宅でPD治療をどう行っていくか、具体的なイメージをもっていただけるようなお手伝いをしています。クリニックでは患者さんを対象にしたPDの勉強会もされていて、そこで訪問看護の導入についても説明をしてくださっています。 私たちが勉強会に参加し、患者さんと直接お会いできる機会もあります。「自宅に戻られたら私たちがサポートさせていただきますので安心してください」とお伝えしています。そういった流れを、少しずつですが、最近つくり始めたところです。 ー全国的にはPD導入率は3.1%*と低めの傾向にあるかと思いますが、小倉記念病院では多数のPD患者さんがいらっしゃいます。具体的な割合や導入時の流れについて教えてください。 栗本: はい。2023年度に当院で透析療法を新たに開始した151名の患者さんのうち、59名がPDを選択されましたので、約4割ですね。 当院では、外来で腎代替療法の説明と共同意思決定(Shared Decision Making:SDM)での選択の支援を行っています。PD認定指導看護師が1回約1時間ほどかけて、患者さんやご家族の生活状況、本人の意欲、価値観、疑問点などを聴き取りながら、腎移植、PD、血液透析(Hemodialysis:HD)といった腎代替療法の決定を支援しています。 特にPDについてはご存じない方が多く、「腹部からチューブが出る」という治療法もイメージしづらいことがほとんどです。PDのお腹のモデルを見たり、触ったりしていただきながら、フラットかつ丁寧にご説明した結果、PD導入率が上がったんです。 なお、カテーテルと称されるチューブを出す位置も患者さんの生活スタイルや環境に応じて決めています。ベルトや着物の帯で覆われない位置にすることもありますし、レアケースですが、障害のある方で腹部だとどうしてもご自身でカテーテルを抜去してしまう場合に背中から出したケースもありました。 *日本透析医学会がPDと認識しているHD併用を含めた透析全体での導入率。正木崇生,花房規男,阿部雅紀,他:わが国の慢性透析療法の現況(2023年12月31日現在).透析会誌 2024;57(12):543-620.https://docs.jsdt.or.jp/overview/file/2023/pdf/2023all.pdf2025/2/15 閲覧 「パリアティブPD」という考え方 ーPDを行っている患者さんや訪問看護利用者さんで、お2人にとって印象に残っているエピソードを教えてください。 栗本: もともとHDをされていた90代男性のケースですね。この方は、治療中に血圧が大きく下がるなど、血行動態が不安定なためHDの継続が困難になり、PDを導入することになりました。 ご家族は「おじいちゃんには、好きなことをして余生を過ごしてほしい」と話され、とても手厚いサポートがありました。最終的には訪問看護も利用され、ご自宅でお看取りとなりました。最期まで穏やかな日々を過ごされたという話を聞いて、この患者さんにはPDが最適な選択肢だったのだなと感じました。 高齢でもご家族や訪問看護といった周囲のサポートがあればPDは可能ですし、最近では、「パリアティブPD」という考え方も浸透してきています。1日4回、しっかり除水しなくても、例えば終末期なら1日2回ぐらいの交換で緩やかに進めていくやり方です。高齢者にとって、やさしい透析の選択肢だと思います。 当院では、患者さん一人ひとりの状況に合わせて、パリアティブPDのような方法も含めて、積極的にご紹介しています。「これくらいならできそう」と導入に前向きになる患者さんやご家族もいらっしゃいますよ。 訪問看護利用者さんから教わった成長の一歩 坂下: 私は「第一号」の患者さんが印象に残っています。私が在宅看護センター北九州を立ち上げたとき、以前勤めていた訪問看護ステーションでPDをされていた方が「あなたの第一号の患者さんになってあげるから、地域の裾野を広げる訪問看護ステーションとしてがんばりなさい」と言ってくださいました。当時はPDのケアに自信を持てずにいたのですが、そのステーションからも背中を押してもらい、最初の患者さんになっていただいたんです。 この方は、私が新人のころからのPD看護の「指導者」でもあります。特に印象に残っているのは、透析のチューブを持って「あなた、ここを握ってごらん。これが温かいうちはまだまだ出ている証拠。冷めてきたら、もう出ていないから。そこからゆっくり落ち着いてやりなさい」と、時間で判断するわけではないのだということを教えてくださって。そうやって患者さんから指導を受けながら、訪問看護師として少しずつ成長させてもらったんです。 PDの普及はまだこれからと思っていますが、「よく知らないから看護ができない」、「不安だから患者さんを受け入れられない」、となってしまうことが訪問看護の課題でもあります。まずはPDについて勉強して、1例でも経験できれば、不安の種が少しずつ小さくなって、看護ができるという自信に変わっていくように思います。 また、訪問看護師にとっては、いざというときに相談できる先があることが大事なポイントです。その体制が整っていれば、PD患者さんの受け入れを後押しする安心材料になると考えています。 感染対策だけじゃない、環境整備 ー坂下さんは、患者さんのご自宅でPDをサポートする中で、どのようなことに注意されていますか。  坂下: 病院のような清潔な環境をそのまま再現はできませんが、腹膜炎を起こさせてはいけないので、感染の原因になり得るものを一つひとつ解消し、家庭の環境を整備するようにしています。 例えば、シャワーヘッドのカビやボディソープの容器のぬめりが感染源になる可能性があるので、チェックリストを作成し、週に1度は確認しています。お部屋の状況によっては、空調を切ってほこりが舞わないようにして作業することもあります。 排便コントロールや食事を始め、いろいろな面で患者さんの生活を整えることも重要です。ご家族の生活リズムも含めて、患者さんの生活がうまく回るために、透析の手技やタイミングも含めて調整しています。 ただし、看護師の価値観だけで「こうしなきゃいけない」と意見を押し付けてしまうと、利用者さんから一切シャットアウトされてしまうこともあります。「患者さんやご家族のために」という気持ちを持ちながら信頼関係を築き、少しずつ歩み寄ることを意識しています。PD療法で特に注意する感染対策では、「なぜこれが必要なのか」の背景をお伝えすることも重要ですね。 ー患者さんがPDを継続する上で、重視されている関わりを教えてください。 坂下: ケアの手順をしっかり守ることで、腹膜炎を防ぎ、長く在宅生活を続けられる例もあるので、そういったエピソードを共有しながら、「きちんとされているから入院せずに済んでいますね」と伝えるようにしています。患者さんの自信につながりますし、「やっぱりちゃんとしないと」という動機づけにもなります。 栗本: 病院では、入院中に患者さんが自分でPDができるように指導することはもちろんですが、患者さんをサポートしてくれる方を1人選んでもらい、その方にも手技を習得してもらうようにしています。お2人に病院で作成したパンフレットをお渡しし、「ここはこうしましょう」と指導して、最終的にはお2人が習得した時点で退院していただくのです。そして、退院されるときに「手の消毒」や「マスクの着用」など、忘れがちなところを一言添えて、パンフレットとともにお帰りいただくようにしています。 >>後編はこちら腹膜透析の普及と支援の現場:教育体制、多職種連携、訪問看護の課題【特別対談】 取材・編集:NsPace編集部執筆:株式会社照林社

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